―第四十四話 動き出す刻 ―
美神除霊事務所は朝から横島の焦った声がした。それはもう近所一帯に響き渡るような大きさでだ。
「待って下さい!お袋には俺が無茶な修行をしたって事は内緒にして下さい!」
「イヤよ。あんたには反省してもらわないと。何時も無茶するんだから」
事務所へと帰った次の日、美神が受話器を手にしようとした瞬間、横島の勘が己の危険を感じ取った。すぐさま美神の受話器を持とうとした手をとり、
聞けば己の母である百合子に連絡するというのだ。妙神山でのやりとりが横島の脳裏にフラッシュバックしかなり焦った口調でそう言う。そんな横島に美神は今後の横島の行動を考え、そう返す。タマモとサラは取り乱している横島を見るのが初めてなので少々驚いている。彼女等が見た横島は昔は絶対に似合う事のないクールという表現なのが多いためだ。前回の小竜姫の折檻は微妙なので省くとする。
「あのヨコシマが取り乱すなんて・・・その母親はいったい何者なの?」
「今の先生があれ程取り乱す以上、只者ではござらんことは間違いないでござろう」
(パパのママ・・・)
タマモの疑問にシロは少し考えたようだが、答えになってないような答えを出す。サラも興味が有ったようで想像してみるも、思いつかない。おキヌはそんな3人や何時の間にか睨み合いに発展した横島の美神を視野に収めながらも思い出す。気合というかプレッシャーだけで最高レベルのGSである美神令子と対等以上な力を見せた女傑の存在を。
「・・・本当に一般人かしら」
ふと無意識にそんな言葉を紡いでしまうおキヌ。けして大きくはない声だったが人の数倍の聴覚を持つタマモ達3人にはハッキリと聞こえた。
「おキヌちゃん。ヨコシマのお母さんの事知っているの?」
「えっと・・・聞こえちゃった?」
「それは本当でござるか?おキヌ殿」
すぐさまそう問いかけるのはタマモ。おキヌは少し参ったかのような苦笑いを浮かべながら右人差し指で頬を軽くかく。その肯定と取れる反応に食いつくのはシロで、サラも黙ってはいるが好奇心をその目にうかべておキヌを見
ている。3人の視線に小さな溜め息みたいなのをついた。
「ええ。結構前だけど知っている。横島さんのお父様がお見えになったから」
「へ~。で、どんな人達なの?」
そして肯定の意を持つ答えを出した。タマモは横島の父親にも興味を持ったようだ。また、それはシロやサラも同じようで好奇心に目を輝かせている。
タマモの一言におキヌの脳裏に浮かぶのは渋めの男性な顔。だが、その顔は直に何かを企む表情になり、スケベでだらしがない顔となる。そして思い出すのは悪霊を素手で殴り倒す姿。同時に百合子が空港で美神と神通棍を介してプラズマを発生させた姿も浮かぶ。
「いろいろな意味で凄まじいの一言に尽きるとしか言えないと思う」
「「「???」」何がどう凄まじいのでござるか?」
おキヌは自身が発した一言に全て集約されているような気がしたが、タマモ達には理解不能だ。シロはもう少し具体的に分かりやすい説明を求めるという意味でそう聞く。
「お父様の方は前の横島さんみたいにスケベで、容姿は・・・そうね。ナイスミドルというか渋いというか・・・」
「だんでぇいというヤツでござるか?」
「・・・それを言うならダンディーでしょう」
シロの質問におキヌは自身の持つ横島大樹という人物を構成するソレを1つずつ挙げていく。シロは外来語が苦手なのかタマモにツッコまれた。サラはおキヌのいうソレをイメージしてみる。メドーサの記憶を有る程度持っているのでおキヌのいう前の横島をベースに考えてみる。
「あと、素手で悪霊を殴り倒したっけ」
「「「へ?」」」
おキヌの一言に3人は口を半開きにし、呆気にとられる。悪霊には基本霊力や妖気等を込められた攻撃などが有力で有るという事を3人は承知しているのだ。故に、素手で撃破するというその行動は驚愕に値する。気合で退けるという説もあるが、それでも常人を逸脱している事には変わりない。
「横島さんのお母様は何て言うか・・・美神さんを手玉に取れるというか何と言うか・・・それに、プレッシャーは美神さんの霊圧並に感じるし・・・」
「ま、待って!」
「?」
おキヌがそんな事を口にすれば呆気にとられていた3人も現世へ帰還する。タマモはただ今入手した情報に左手で左コメカミに触れながらも制止の声をあげる事に成功した。タマモは頭痛を感じているようにコメカミを擦り、シロは微妙な怯えらしき色を顔に浮べ、サラはイメージが纏まりきらなず、じーっとおキヌを見ていた。おキヌはそんな3人の様子に首を傾げる。
「一先ず整理するわね。お父さんの方はスケベだけどダンディーなおじ様なわけね?悪霊を素手で吹っ飛ばせる」
タマモはそう言いながら確認するかのようにおキヌを見た。おキヌはコクンと頷く。虚偽ではないからだ。
「で、お母さんの方は美神を手玉に取れて―――」
「美神殿の霊圧と同等のプレシャーを放てる―――」
「凄い人?」
上からタマモ、シロ、サラの順で打ち合わせもしていないのに言った。そしておキヌは先と同じように頷く。その事実に3人は同じ事を思った。
「「「本当に人間?(でござるか?)」」」
それは心からの声と言っても可笑しくはなかった。3人の脳裏にはダンディーな40代の男性と美神美智恵並な女傑が思い浮かぶ。その一言におキヌは顔を少し引き攣らせた。
「・・・いい加減離してくれる?」
「美神さんがお袋に連絡しないと約束すれば」
睨み合う美神と横島の戦いは終盤戦へと突入したようだ。視線と視線がぶつかり合い、両者一歩も引けをとらずにらみ合っている。もっとも、美神自身は警告のつもりが変に意地になってしまった結果なのだが。
Prr Prr Prr
「「「「「「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」」」」」」
そんな時電話のコール音が鳴り響く。美神事務所の面々は動きを止めた。美神は横島に目で言う「手を放しなさい」横島は何も言わずに手を放すもその視線は警戒の色が有る。そして何度かのコール音の後、美神は受話器を取った。
「はい。美神除霊事務所です」
「美神さん。ウチのバカ息子はそこにいるかしら」
受話器から聞こえた声は先程から美神が連絡をとろうとしていた横島百合子だったのだ。すぐ近くにいた横島はその声に冷や汗を流し始める。
「います。ですが、その前に1つ報告しておきたい事が」
「・・・何かしら?」
美神の丁寧な口調に百合子は何か重要な事かと考える。例えば・・・以前危惧していた事が事実になったのだろうかという事を。自然と声は冷たく重圧を伴うモノとなった。そしてそれは受話器越しに横島の動きを縛るには十分すぎる効果があった。血の気が一気に引き、顔色は青を通り越し白に近づいていく。
「パパ大丈夫?」
「っ!?あ、ああ・・・」
そんな横島を心配してか横島のズボンの裾を少し引っ張りながら心配そうにそう呟くサラ。その行動に驚きはするも心配そうに自分を見るサラに笑顔を見せ、頭を撫でる。もっとも、その笑顔はぎこちないモノだったが。2人のそんなやりとりを見ながら百合子に横島がそのような無茶をしたのか報告し、その注意をお願いしようと考えていた美神は本題とんなるソレを言おうとする。
「美神さん」
「・・・はい」
だが、それは叶わなかった。受話器から聞こえる声は本人が前にいなくともその威圧感は伝わってくる限りなく重いものだったからだ。美神はすぐに返事をせず、一拍を置く。横島にいたっては冷や汗をだらだらと流し、危険なモノを見るような目で受話器を見ている。サラはそんな横島を盾にするかのように後ろに回り美神を覗き見、サラに習うかのようにシロとタマモはおキヌの後ろに回っていた。百合子はサラのパパ発言が聴こえたのだ。そして、それは考えていた事が事実になったという事だと思ってしまい、美神が一拍を置いた事で百合子は肯定であると瞬時に判断してしまった。常識的に判断して子供が喋れるほど成長しないのだが、オカルトが関係すれば常識の大半は吹き飛ぶための言動だ。
「このバカ息子・・・明日の昼、空港へ迎にきい」
とんでもない重圧を発する受話器はどれほど百合子が怒り心頭なのかをハッキリと感じさせるに十分すぎるモノだ。そして百合子はそう告げれば電話が切れた。あちら側の受話器が送信不可能な状態になったのでは。そう思わずにいられない美神除霊事務所の面々。そして音も無く膝を付く横島。
「・・・明日、か」
「だ、大丈夫よ!私が説得するから!」
「そ、そうですよ!誠心誠意説明すればお母様も納得します!」
力なく、すぐにも消えそうな声音でそう呟いた横島を励ますかのように横島の肩を掴みながらそう言う美神とおキヌ。声音が結構裏返っていたりするので説得力は皆無に等しい。そんな2人を見ながら微妙な顔をし、傍観するのはシロとタマモ。
「サラのせい?」
「それは違う。ただ・・・お袋は頭に血が上ると半端じゃないから頭を悩ましているだけだ」
そんな中、消えてしまいそうな声音が事務所内に響いた。美神達に緊張が走る。その声音は<自分は捨てられるのか。自分という存在は許されないのか。>その類のほぼ全てが篭った一言だったが、横島はただ明日襲来する人に関してで頭を悩ましている。そんな横島を怯えた目で見るサラ。その視線に気付いた横島は頬を左人差し指で数回掻いた後、しゃがみ、サラを抱き締めてやる。
「安心しろ。おまえを一人にはしない。それに、会わせるのが早くなっただけだ」
「ひっく・・・うぇぇぇぇぇぇっ」
そう言って笑顔を見せればサラは安心したのか横島の服にしがみつきながら泣きはじめた。横島は左腕に座らせるようにしながら立ち上がり、右手で頭を撫でたり、優しく背中をポンポンと叩いてやる。一見、年の離れた妹を慰める兄に見えないことも無い。そうしているとサラの泣き声はどんどん小さくなっていき、何時の間にか寝息に変わっていた。泣き疲れているも、安心したサラの寝顔にホッとする美神達。
「・・・随分と厄介な事になりそうね」
「言わないで下さい」
美神は明日のことを考えるとそんな事を横島に言う。横島は随分と疲れた口調で返すのは当たり前だと思うおキヌ。そう思うが故に励ますような視線を送る。
翌日、何事もないように一日が始まった。
美神除霊事務所で横島は朝から調子が悪そうで、美神とおキヌも妙に様子がおかしいとシロとタマモは思う。それでも仕方が無いという言葉がよく使われる状況下であるため事務所総出で空港へと向かった。
だが平穏な(?)時は崩れ去るためにあるというのは誰の自論であるかは不明だが横島には当てはまったようだ。空港へ近づくにつれ異変を感じとったのはシロとタマモだった。
「妙な匂いがするでござる」
「・・・あんたも分かったんだったら私の勘違いじゃなさそうね」
美神が運転する車の後部座席で獣形態で丸くなっていたシロは目に警戒の色を浮かべながらそう呟くとタマモは目を警戒するかのように細め、見え始めた空港を睨みつけるように見た。因みに助手席に横島、後部座席におキヌ、シロ、タマモ、サラが乗っている。車種はワゴン車だ。美神はスポーツカーをよく使うので今使っているワゴン車は美智恵から借りた物だったりする。
曰く、家族でお出かけ用だそうだ。もっとも改造車で、装甲には結界で何重にもコーティングしてあるのでかなりの霊的防御力があったりするが。
「で?どんな感じ?」
「そうね・・・人間みたいなのに―――」
「人間ではない感じでござる」
それは兎も角、シロとタマモの様子に美神やおキヌ、横島も雰囲気を戦場のソレへと変えた。美神の質問にタマモは答える。しかし途中で少し考えるように目を瞑り、シロがタマモが続けようとした言葉を続けた。感じていたモノは同じなためタマモは瞑っていた目を開き、バックミラーに映る美神の顔を見ながら頷く。
(人間なのに人間じゃあない?)
横島は次々と移り変わる景色を見ながら考える。それは霊感が告げているのは良くないモノであるためだ。まるで黒い何かが体にまとわりつくような不快感。それが意味するのは戦闘の気配。おキヌは自身の得物であるネクロマンサーの笛が入っているポケットの上に手を乗せ、瞑想するかのように
目を瞑った。
「この距離じゃあハッキリしないか?」
「・・・無理でござるな。近づけば近づくほど匂いが誤魔化されていくでござる」
「私もダメ」
横島の疑問にシロは難しい顔をしながらバックミラーに映る横島の顔を見ながら答える。横島はバックミラーで見えるタマモに視線を移すも、タマモは首を横に振った。
「用意周到な事ね。しかも、こっちにシロとタマモがいるって事を知っている上での中途半端な仕事・・・」
「明らかに挑発ですね」
美神は不快に感じているのか苛立ちを込めた言葉を吐く。それに冷静な声音でおキヌがそう断定するかのように目を瞑ったまま告げる。横島は再び視線を外の景色へ移した。
「パパ・・・」
「・・・大丈夫だ」
今まで一言も喋らなかったサラが不安そうな声音で洩らす。横島は視線を一度バックミラーに移し、安心させるかのように微笑めば再び視線を外へと向ける。サラは横島の様子に小さな手をギュッと握り締め、睨みつけるかのように空港を見た。
(ヤツが俺の前に現れるっていうのか?)
横島の双眸が光を灯す。それが憎しみなのか、怒りなのか・・・それは横島自身知る事はない。
横島達が空港へと行く前日。ナルニアの空港―――
「まったく・・・あのバカ息子は・・・・・・」
「百合子。まあ、そうカリカリするな」
飛行機の所定の座席に座り、怒りを少々洩らしている百合子を抑えようとする大樹の姿があった。百合子が怒ってはいるものの、本気で怒っているワケではないと分かっている大樹が苦笑い気味だ。
「けど、あなた・・・」
「俺としては、あの事務所で何もしない事が不思議だったしな。流石俺の息子だ!」
苦笑いする大樹に不満を少々持ってもらおうとした百合子だが、そんな考えは誇らしそうに告げる夫(莫迦)の前に吹き飛んでしまった。
「あんた、日本に着いたら覚悟しい」
「げっ・・・」
笑顔で大樹に告げる百合子。青筋が数本額に見えなければ良かっただろうが、浮んでしまっている。そのことに大樹は自身が地雷に上でタップダンスを踊っていた事に気付いた。だが、既に後の祭り。折檻はすでに確定してしまっている。
「あのう、よろしいでしょうか?」
「あ、はい」
「どうぞ」
少々良くはない雰囲気のなかである女性が声をかける。2人が乗っているのは大型の旅客機で、通路側とその隣り。俗にB、Cと部類される座席だ。つまり窓側、Aの席が残っている。通常この場合声をかけるという事はAの座席に座ろうとする事。それを理解している2人は一度通路へ出る。
「ありがとうございます」
「「いえ」」
彼女は一度頭を下げた。2人も軽く頭を下げ、応対すると彼女は座席へつく。
時差の関係上夕日の見れる時間。
黒い髪をボブカットに切りそろえた彼女はかつて横島が愛し、儚く消えた蛍の化身と瓜二つであった。
―後書き―
長かった・・・我帰還せり!とハイテンションになってしまう程長かったです。
かなり遅れてしまい、すいませんでした。
パソコンが天に召され、新しいのを買う金もなく、親がいい機会だとADSLを光に変えようとし・・・
書類の不備やあーたらこーたらで上手く出来なかった日々・・・
書く時間も奪われ書く事の出来なかった日々・・・ヒジョーに長かったです。
さて、物語の内容としてはこうなりました。
久方ぶりに筆を取るので少々アレ?と疑問を持つ事が点々と・・・2回書き直しました。
そして終に大学生に。あぁ・・・時間が欲しい・・・
~レス返し~
・ソウシ様
角が生え変わるのは何と言うか・・・キャラが勝手に突っ走ったと言いますか何と言うか・・・
私的にも意外だった事なんですよ。GM降臨前に一波乱(?)あるのは確定ですがね~
アピールの方は・・・まあ、彼女達が動いてくれれば(私の頭の中で)楽なんですけどね。
・February様
毎度の事ながら誤字の指摘などありごとうございます。
GM襲来時にかなりたいへんな事になりそうです。修行の成果を発揮させる事にしますよ~