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「二人三脚でやり直そう 〜第六十四話〜(GS)」

いしゅたる (2008-03-28 18:01)
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 分厚く黒い雲が空を覆い、日没まで待ちきれないとばかりに、低くなった太陽を覆い隠す。
 街はまるで真夜中のように暗くなり、やがてゴロゴロという雷の唸り声と共に、ぽつりぽつりと雨が降り始めた。
 雨はすぐに豪雨へと変わる。嵐の気配がすぐそこまでやってきていた。

『……冷たいじゃん……』

 美神令子除霊事務所の庭先に首から下を埋められているハーピーは、雨に打たれて寂しげにつぶやいた。

 もう埋められてからかれこれ数時間。現状での最大の脅威を無力化した横島たちは、「家の中はつまんない」と文句を言い出したれーこの我侭にも安心して付き合い、ハーピーの目の前を堂々と横切って近くの公園へと繰り出した。そしてそれからしばらく経つと、再び堂々とハーピーの目の前を横切って帰って行ったのである。
 ハーピーからすれば、屈辱であった。
 自分を罠に嵌めた横島も、遊び疲れて横島に抱かれたまま寝入っているれーこも、自分から眷属の支配権を奪ったおキヌも、主人を無視しておキヌに懐いている眷属たちさえも、全てが恨めしかった。

 そして――自分を打つ雨の冷たさが、そのみじめさに拍車をかけていた。

 あんまりといえばあんまりな不条理さに、だばーっと目の幅いっぱいに涙が溢れる。
 と――その時。


 カッ――ドゴオォオォォンッ!


 事務所の庭先に、轟音と共に雷が落ちた。
 煙が辺りに立ち込める。やがて煙が晴れた時――

「令子……!」

 厳しい表情をした美智恵が、そこにいた。
 彼女は時間移動した先の現状を確認するため、周囲を見回し――

『……うぅ……』

「……?」

 足元からうめき声が聞こえたので、視線を下に降ろす。
 そこには――


 落雷の直撃を受けて真っ黒コゲになったハーピーが、口から煙を吐いていた。


「え……? ハ……ハーピー……?」

『……も……もう……イヤじゃん……』

 涙を溢れさせながらのそのつぶやきは、意識があってのことか否かはいまいち判然としなかった。


   『二人三脚でやり直そう』
      〜第六十四話 ザ・ライト・スタッフ!【その4】〜


「ほんっとーにご迷惑をおかけしましたっ!」

 事務所に通された美智恵は、集まった一同の前で深々と頭を下げた。
 その足元では、一日ぶりに出会った母親を前にしたれーこが、その足にしがみついている。

 彼女の話によると、美智恵とれーこはハーピーに命を狙われていたそうだ。美智恵は気兼ねなく応戦するため、この時代に子供たちを預けてから元の時代にとんぼ返りで戻り、決着をつけてきたらしい。ハーピーを退魔護符で異界へと送還することに成功し、脅威を払拭したところで子供たちを迎えに来たという。
 だがその際、ただおまでもこの時代に連れてきてしまったのは、完全に美智恵の不注意だった。また、安全だと思って連れてきたこの時代でハーピーが舞い戻っていたことも、彼女のミスだという。
 ただおのこと、そしてハーピーのことで迷惑をかけてしまった。そこまで話が及んだところで、美智恵の口から上の謝罪が出てきたのである。

「特に、無関係なその子まで巻き込んでしまったことには……」

「まあ、過ぎたこと言っても始まらないわよねぇ」

 なおも謝罪の言葉を重ねようとする美智恵を、百合子はそう言ってやんわりと制止した。

「ですが……」

「私はいいのよ。もう17年も前の話なんだし」

 のほほんと笑う百合子の背後では、日没になったので起きてきたブラドーが、ただおを抱いていた。
 その顔が懐かしげに緩んでいるあたり、自分の息子のことでも思い出しているのだろう。が――突然、その腕の中のただおが愚図り出した。

「む……?」

「あらあら。ちょっと貸してくださいな」

 横にいたおキヌが、眉根を寄せるブラドーからただおを引き取る。すると、途端に泣きやんだ。

「男より女の胸がいいってか。さすが俺やなー」

 そんな自分の様子を見ながら、おキヌの隣にいた横島が苦笑する。ただおを取り上げられたブラドーは、しかし不満そうにするでもなく、おキヌの腕の中に収まるただおを見て頬を緩めていた。

「ブラドーさん、ご機嫌ですね」

「む……わかるか?」

「そりゃあなあ」

 おキヌに指摘され、ブラドーは照れ臭そうに問い返し、横島がおキヌに同意する。

「……なんだかんだで、余はピートには構ってやれなかったからな。こうして無垢な赤子を見ていると、ピートが生まれた頃のことを思い出して懐かしくなるのだ」

「ピートさんのこと、愛してるんですね」

「余とて親だ。当たり前だろう」

 おキヌの言葉に、ブラドーは彼女の腕の中のただおを見ながら、胸を張って答えた。

「ただ、まあ……あの頃は、ピートの誕生祝いに世界をプレゼントしてやろうと思い、日々頑張ってヨーロッパ中を飛び回っていてな――」

「って、ちょっと待て」

 懐かしそうに思い出話を語りだしたブラドー。だがその内容に、横島は途端に半眼になってツッコミを入れた。
 しかし、ブラドーは聞いた様子もなく、先を続ける。

「しかし人間の反撃に遭って志半ばで深い傷を負い、700年の眠りを余儀なくされてな……結局、次に起きた時はすっかり成長しきってしまっておった。それでも世界をプレゼントするという目的だけでも果たそうと思ったが、その息子自身に止められ――あとは知っての通りだ」

「そんな理由でかよ……」

「あ、あはは……」

 自嘲気味に話すブラドーに、横島とおキヌは乾いた笑いを浮かべるしかできなかった。話している本人は至極真面目なあたり、両者の温度差が痛々しい。
 そんな三人の様子を尻目に、百合子はくすっとほほ笑んで目尻を下げた。なんだかんだで、自分だって今のブラドーと同じように、息子が一番可愛かった時期をもう一度楽しませてもらったのだ。
 たとえ少ない時間であったとしても、その部分だけは感謝したい。百合子は視線を美智恵に戻す。

 その感謝の印――というわけではないが。

「あとね……下げる頭は、取っといた方がいいわよ?」

 百合子は美智恵に一つ忠告を与える。
 だがその言葉の意味を計りかねた美智恵は、「え?」と聞き返してきた。百合子は苦笑し、その意味するところを伝える。

「だって……忠夫を返す相手は、今の私じゃなくて17年前の私でしょ? 目の前で生まれたばかりの息子が行方不明になったんだから、随分取り乱してるわよ。罵倒の十や二十、覚悟しといた方がいいんじゃない?」

 その言葉に美智恵の顔色が青くなるのを見ながら、百合子は「実際、そーゆー記憶があるしね」と付け加えた。
 少々意地悪だったかと思わないでもないが、事前の心構えがあるのとないとでは随分違うし、そもそも美智恵自身も想定していなかったわけではあるまい。

「……覚悟しておきます」

 愛想笑いのつもりか、美智恵は乾いた笑いを浮かべた。
 百合子は笑って頷くと、美智恵が不安を吐き出すかのように「ふぅ」と一息つく。
 そして――

「それと――横島君、っていったかしら?」

「はい?」

 美智恵の突然の呼びかけに、ブラドーと一緒になっておキヌに抱かれたただおを見ていた横島が振り向いた。

「ハーピーを罠にかけて封じたのって、あなたなんですって? ごめんなさい、私の不手際で余計な手間をかけさせちゃって」

「いやいや、罠を用意したのもあいつの動きを封じたのも、おキヌちゃんっスよ。俺は電話で指示しただけっス」

 その言葉に、横島は手をひらひらと振って否定した。
 しかし――

「それだけでも十分よ。それに誘い込んだのはあなただし」

「そうですよ、横島さん。もっと胸張っていいんですよ」

「そー言われると、なんつーかこそばゆいなぁ……」

 美智恵とおキヌに褒められ、くすぐったそうに頬を掻く。

「あなたたちみたいな子が令子の隣にいると思うと、正直心強いわ。この時代、私はもう死んでるみたいだし……」

「え……」

 美智恵がつぶやくと、その表情に一瞬影が落ちる。その雰囲気の変化を、おキヌは敏感に察した。
 だが美智恵は、何事もなかったかのように、すぐに元の表情に戻った。

「ところで、この後ハーピーはどうするつもり?」

「……そうっスね。とりあえず、美神さんが戻るまで保留しとこうかと思うんスけど」

 湿っぽい話は許さない、とばかりに普通の声音で問いかけてきた美智恵に、横島は窓に近寄りながら答えた。そしてその窓から、豪雨の降り注ぐ外、そして前庭に埋めてあるハーピーを見下ろす。

 が――

「…………え?」

 その表情が、驚いたようにきょとんと固まった。

「どうしたの?」

「ハーピーが……いない?」

 横島が眉根を寄せて答えた――その時。


「横島さんっ!」

 ドンッ!


 突如として、魔装術を纏ったおキヌが、横合いから彼を突き飛ばした。
 そして――


 ッシャアアンッ!

「――――ッ!」


 直後、横島が寄っていた窓ガラスが『何か』に突き破られ、部屋の中にその破片をばら撒いた。と同時に、その『何か』によっておキヌが弾き飛ばされた。

「う……っ!」

 倒れたおキヌは苦しげにうめき、立ち上がろうとする。
 と――

「ほんぎゃあ! ほんぎゃあ! ほんぎゃあ!」

 おキヌに抱かれたままだったただおが、今しがたの衝撃で泣き出してしまった。

「おキヌちゃん……!」

「だ、大丈夫です……魔装術の装甲は、結構頑丈ですから……」

 おキヌは魔装術を解かないまま、のろのろと起き上がった。とはいえダメージは馬鹿にできないほどだったようで、その足取りは頼りない。そしてそんな彼女の足元に、パサリと音を立てて何かが落ちる。
 それは――焼けてちぎれたロープと、同じく焼け焦げた紙切れだった。

「これは……?」

『呪縛ロープと捕縛結界符……だな』

「ってことは!?」

『まったく……やってくれたじゃん』

「!」

 心眼がそれの正体を見抜き、横島がそれの意味するところを察したその時、窓の外から声が聞こえてきた。
 聞き間違えようもない――それは、ハーピーの声だった。

 だが――

『……えぐっ……』

 小さな嗚咽が混じる。ハーピーの声は、いわゆる涙声というものになっていた。
 割れた窓から、豪雨の降りしきる暗い空を見上げる。そこでは首から上を真っ黒に焦がしたハーピーが、目いっぱいに涙を溜め込んでいた。
 何かを堪えるかのように口を『へ』の字にし、しきりに鼻をすすり上げている姿が、どうにも痛々しい。

『……じ、じじ、時間移動の落雷のおかげで、フ、フダとロープの一部が、焼けてくれたんだよ……うぐっ……お、おかげで脱出することができたじゃん……ひぐっ……でも、でも、落雷はさすがにヤバかったじゃん……えぐっ……熱かったじゃん……ううっ……ビリビリ痛かったじゃん……えうっ……こ、こ、怖かったじゃん……ひんっ……し、しし、ししし……


 死ぬかと思ったじゃあああーんっ!』


「「「「…………」」」」

 横島顔負けのギャグ顔でみっともなく泣き叫ぶハーピーを尻目に、全員の冷たい視線が美智恵に突き刺さる。

「ちゃ、着地地点にハーピーがいるなんて、わかるわけないじゃない? 不幸な事故よ?」

 確かにその通りなのだが、封印が焼け焦げていたことぐらいは確認できたかもしれない。
 あさっての方向に視線を逸らす美智恵の姿が、やたらと空々しかった。


 ひとしきり泣き、叫び、胸の内にあったものを吐露する。
 ずずっ、と鼻をすすり上げ、ぐいっ、と腕で涙を拭く。

『すぅー……はぁー……』

 深呼吸を一回、二回。雨で湿気を含んだ空気に肺の中を満たされ、それでようやく胸中の感情が薄まった気がした。

 ――うん、よし。

 ハーピーは自分が落ち着いたことを確認すると、きっ、と前方――建物の中にいる人間たちを睨み付けた。
 彼らは一人として濡れていない。自分は雨ざらしだというのに、随分といいご身分なことだ。落ち着いた心に、怒りの炎が燻り始める。

『「「「「……………………」」」」』

 交錯する視線。落ちる沈黙。ハーピーを見つめる視線の中には、警戒だけでなく哀れみも混じっているように見える。
 同情するなら金をくれ――じゃない、死んでくれとでも言いたい気分だった。

 やがて、ハーピーは「コホン」と一つ咳払いし――

『と・ゆーわけで! お前ら全員死ぬじゃーんっ!』

「どわあああーっ!」

 何事もなかったかのように、唐突にフェザー・ブレットを3発放つ。全てが割れた窓に吸い込まれ、中にいた人間に襲い掛かった。
 真っ先に標的になっていた横島が、悲鳴を上げて逃げ回る。

「くっ……!」

 その中で、おキヌが泣き続けるただおを百合子に預け、笛を取り出す。
 が――少し息を吹き込んだだけで、彼女は顔を歪めて笛を取り落とした。

(ラッキーじゃん!)

 それを見て、ハーピーは胸中で喝采を挙げた。最初の一撃は、彼女の心肺機能にダメージを与えていたようである。先ほどあの笛の厄介さを身をもって思い知らされたハーピーは、その結果にニヤリと唇の端を吊り上げた。
 しかし、放っておいて回復されても困る。ハーピーは彼女に狙いをつけ、フェザー・ブレットを放った。

『まずはお前じゃん!』

「させるかよ!」

 だがその前に、横島が躍り出た。手の平に六角形の霊気の盾を作り出し、飛んできた羽根を弾く。

『なにっ!?』

 必殺の一撃が弾かれたことに、ハーピーの顔に驚愕の色が浮かぶ。対し、横島は――


 横にいたブラドーの襟首を、栄光の手を展開してがしっと掴んだ。


「む――?」

 ブラドーが訝しげに眉根を寄せるが、彼が何をと問うより先に――

「逝けブラドー! 君に決めたァァァーッ!」

 叫ぶと同時、野球漫画のピッチャーのように片足を垂直に大きく振り上げ――投げた。

「んなあああぁぁぁーっ!?」

『なにぃーっ!?』

 これには、さすがのハーピーも度肝を抜かれた。驚愕の声を上げている間にも、涙の尾を引くブラドーはどんどんと迫ってきて――

 ごんっ。

「『ごめすっ』」

 ――互いのドタマをハードヒット。二人同時に意味不明の叫びを上げ、ひゅるる〜べしゃりっと地面に落ちる。

「隊ちょ――じゃない、美智恵さん!」

「え? あ……わ、わかったわ!」

 頭上から、横島の声と美智恵のやや困惑気味な返事が聞こえる。
 いつまでもダウンしていられない。ハーピーは起き上がり、即座に飛び上がった。直後、自分が今まで倒れていた場所に霊体ボーガンの矢が突き刺さった。

『こ、この、嘗めた真似を……!』

 いきなり仲間をぶん投げるというデタラメなやり方に、ハーピーは馬鹿にされたような気がしていきり立つ。彼らのいた部屋に視線を向けると、窓際で霊体ボーガンを構える美智恵と、その後ろで奥に引っ込んで行く横島が見えた。

「大丈夫か、おキヌちゃん!?」

 窓の外からでは見えない位置にまで引っ込んだその時、そんな声が聞こえてきた。

「人工幽霊、結界は!?」

『申し訳ありません。結界範囲内ですので、一旦外まで追い出していただかないと……』

「そっか……わかった!」

 そんなやり取りが耳に入り、ハーピーはニヤリと笑った。要は、敷地の外に出なければあの忌々しい結界に阻まれる心配はないということらしい。
 そして横島たちの気配は、そのまま部屋の更に奥の方に移動し、簡単には感じ取れない距離まで離れた。おそらく、部屋を移動したのだろう。
 と――

「くっ……横島め、覚えておれ……!」

 そんな不満の声が背後から聞こえた。ハーピーは背後を確認せず、高く飛び上がる。するとその直後、彼女が今までいた場所に、ブラドーの爪が振るわれた。
 振り向いてその姿を確認すると、彼は頭にでっかいタンコブをこさえ、右手の爪を鋭く伸ばしていた。

「ブラドーさん、ハーピーを結界の外に追い出すわよ!」

 美智恵が指示しながら、霊体ボーガンの矢を発射する。
 だが、ハーピーとしても、そう簡単にやらせるつもりはない。

『お前らなんかに関わってる暇はないじゃん!』

 ハーピーはそう言い放ち、ブラドーが続けて放った魔力砲と美智恵の霊体ボーガンから逃れる。そして適当な窓にフェザー・ブレットを放ち、窓を砕くと中に侵入した。
 部屋を突っ切り、廊下に出ると、美智恵と出くわした。素早く神通棍に持ち替えて攻撃してくる美智恵に、しかしハーピーは彼女を無視し、隣の部屋の扉を蹴破って中に入り込む。
 そしてすかさず窓を割り、外に出た。

『こっちじゃん!』

 彼女は今ので建物の大雑把な構造を頭の中に叩き込み、そして感じた気配から本来のターゲット――れーこの位置を割り出した。勘による判断が大部分を占めるが、贅沢を言っている場合ではない。
 追撃してくるブラドーと美智恵をかわしながら、当たりをつけた窓の前に躍り出て――

『ビンゴ……ッ!』

 その窓の内側では、れーこを抱いた百合子がいた。彼女は自分の体を使ってれーこを覆い隠し、ハーピーの方を睨みつけている。

『これで――任務達成じゃん!』

 ハーピーは狙いを済まし、フェザー・ブレットを放った。羽根は窓を突き破り、吸い込まれるように百合子がかばっているれーこに迫る。
 そして羽根は百合子の頬をかすめ、れーこに突き刺さり――


 ぼふっ!


『なに!?』

 れーこの体から羽毛が飛び散り、ハーピーの表情が驚愕に染まる。

「忠夫!」

「おうさ!」

 百合子の呼びかけと同時、窓の陰に隠れていた横島が飛び出し、栄光の手を長く伸ばしてきた。ハーピーは咄嗟に身を捻って回避するが、その爪がハーピーの脇腹を浅く切る。

「浅かった!?」

「もっとよく狙いなさいよ、忠夫!」

 攻撃の失敗に、百合子は横島を叱咤しつつ、その腕に抱いていたものを捨てた。
 亜麻色の髪のウィッグ、破けた子供服、そして――大穴の開いた羽毛枕。

『ダミー!? 本物はどこじゃん!』

「言うわけねーだろ!」

『くっ!』

 問答をしている間に、ブラドーの魔力砲と美智恵の霊体ボーガンの追撃が来た。更に、無数のコウモリまでもが襲来してきて、このままでは数秒と経たずに包囲されそうである。ハーピーは急いで、その場から離脱した。
 状況は、確実にハーピーに不利になりつつあった。敷地内から出なければ結界に阻まれることもないとはいえ、その空間は非常に狭く、満足に飛び回れるほどの広さはない。当然ながら自慢の機動力も満足に発揮することができず、美智恵の支援がついたブラドーの攻撃を避けるだけで、精一杯だった。

『このままじゃジリ貧じゃん……! あのガキさえ殺せれば……!』

 この時代、美智恵は既に故人であるし、れーこさえ殺せれば『時間移動能力者の一族を抹殺』という任務は完遂できる。それ以外の連中から受けた屈辱を返すのも忘れないが、それは後でもいい。
 と――

 ドシュッ!

『うわっ!』

 その時、美智恵の霊体ボーガンがハーピーの頬をかすめた。しつこい邪魔者の存在に、ハーピーの苛立ちは募っていく。
 そして――

『もういいじゃん! 17年前の恨みもあるし、お前から先に殺してやるじゃん!』

 ハーピーは吼え、標的を自分を狙った美智恵に変更する。
 フェザー・ブレットを一発放つが、それは窓の陰に隠れることで回避された。だがハーピーは更に羽根を二枚用意し、ブラドーの攻撃をかわしながら機会を伺い――

 ――窓の陰に隠れた気配が、わずかに動いた。

『今じゃん!』

 その瞬間、ハーピーはフェザー・ブレットを二発同時に放った。美智恵が隠れていた場所、その両脇の窓二つに向かって。
 そして直後、美智恵が片方の窓に姿を現した。霊体ボーガンを構え、その照準はしっかりとハーピーを捉えている。
 だがその引き金が引かれるより早く、フェザー・ブリットの羽根が美智恵に迫っていた。

 ――その時。


「ママ!」


 れーこの声が、ハーピーの鼓膜を震わせた。その声と同時、フェザー・ブリットは美智恵の頬をかすめる。
 どうやら弾道を見切られていたようだが――そんなことは、もはやどうでもいい。

「令子!?」

『そこか!』

 ハーピーが声のした方へと視線を向ける。そこでは、母の危機に思わず窓から身を乗り出したれーこがいた。

「れ、れーこちゃん、出ちゃダメ!」

 その後ろでは、ただおを片手で抱いたおキヌが、彼女を部屋の中へ引き戻そうとその肩を掴んでいた。先ほどの傷の応急処置だろうか、巫女装束の下にサラシか包帯らしき白い布が見えた。
 だが、このチャンスを見逃すハーピーではない。彼女は羽根を構え――

「――ッ! させないっ!」

『遅いじゃん!』

 美智恵が霊体ボーガンの引き金を引くのと、ハーピーがフェザー・ブリットを放つのは、ほぼ同時だった。
 ハーピーはフェザー・ブリットを放つと同時、回避行動に移る。そしてボーガンの矢をかわすと、自身の放った羽根を見た。
 それは、真っ直ぐにれーこへと突き進み――

『今度こそやったじゃん!』

 ハーピーが勝利を確信した。


 ――だが――


「待てぃっ!」


 バシィンッ!

 謎の声と共に、れーこを貫くはずだった羽根が、途中で叩き落された。

『なにぃっ!?』

 確信していた勝利をひっくり返され、ハーピーの顔が驚愕に染まる。そして、フェザー・ブリットを叩き落した攻撃の出所を探し、彼女の視線が屋根の上で止まった。
 そこに立つのは、霊気の光を纏った武器――形状からしてヌンチャクと思える――を携えた、女らしき人影。その顔は、暗くてよく見えない。


「立ち塞がる障害を前に、立ち向かうでもなくただ逃げ続け、ひたすらに力無きおさな子の命を狙う……

 ……人それを『外道』と言う」

『だ、誰じゃん!?』

「貴様に名乗る名前はないッ!」


 カッ――!


 ハーピーの誰何の声に、堂々と拒絶の言葉を叩き付ける。同時、まるでタイミングを計ったかのように、稲光が一瞬だけ人影の姿を照らし出した。
 その人影は、言わずもがな――


「「美神さん!」」


 横島とおキヌが、困惑と――それ以上の喜色をその顔に浮かべ、彼女の名を呼んだ。

「お待たせ! 帰って早々、なんかゴタゴタしてるみたいね?」

 神通ヌンチャクを肩に引っ掛け、ウィンクして応える美神。

「ええ、そうっス。けど、美神さん――」

 横島は彼女の言葉に頷き、そして――


「――もしかして、出るタイミング計ってました?」

「なんのことかしら?」


 その口から出てきたツッコミに、美神は気まずそうに視線を逸らした。
 肯定しているも同然である。


 降りしきる雨の中、屋根の上に立つ美神とハーピーの視線が交錯する。
 ハーピーの背後ではブラドーが爪で、そして二階の窓では美智恵が霊体ボーガンで、それぞれ攻撃準備をしている。少しでも動きが見られれば、即座に攻撃するつもりだ。

『……くくっ……』

 ややあって、ハーピーがくぐもった笑みを浮かべた。

『そうかい。このタイミングでまた邪魔者かと思ったら……ターゲットが増えて万々歳じゃん』

 美神の姿を目にしたハーピーは、横島のようにツッコミを入れることはしない。ただ喜ぶだけである。

『あたいは片方仕留めればいいんだし、だったらお前を狙ったほうが17年前の恨みをスカッと晴らせるじゃん!』

「あら……じゃあ残念ね?」

 しかしそんなハーピーに、美神はにっこりとほほ笑んだ。

『なに?』

「だって……スカッとするのはあんたじゃなくて、私の方なんだから」

『ほざけっ!』

 美神の勝利宣言を強がりと取ったのか、ハーピーは無造作にフェザー・ブレットを放つ。
 同時に美智恵が霊体ボーガンの矢を発射した。そして、それを避けたところでブラドーが時間差攻撃を仕掛けてきた。だが、美神の登場で気分を良くし、テンションの上がったハーピーは、それまで以上の機動力を発揮してそれをかわした。
 そして狙われていた美神は、迫る羽根をヌンチャクを使い、余裕の表情で叩き落し――

「はぁっ!」

 そのまま勢いが乗ったヌンチャクを、ハーピーに向けて振り下ろした。

『何してんじゃん! ぜんぜん届かないよ!』

「何やってんの令子!」

 ハーピーの嘲りと美智恵の叱咤が、美神の耳に届く。
 が――

 グォンッ!

『なっ!?』

 二つの棍を繋ぐ紐が霊気に包まれ、突如としてその長さを伸ばした。そして伸びた棍はそのままハーピーへと迫り、虚を突かれた彼女はそのまま棍の一撃を受けてしまう。

『がっ……!』

 そして地に落ちるハーピー。それを見届けると、美神は階下の窓から身を乗り出している美智恵に視線を向けた。

「れ、令子……今のは……?」

「ママ……」

 そのまま、二人の視線が交錯する。美智恵は戸惑い気味に、美神は懐かしさ半分、困惑半分といった様子で。
 時空を越え、無言で見詰め合う母娘。互いの胸に去来する想いは、しかし口に出されることなく――

「話……後で聞かせてね。今はあいつを片付けるのが先だから」

 そう言うなり、彼女は名残惜しそうに視線を外し、飛び降りた。三階の高さをものともせずに前庭に着地すると、そこではちょうど、ハーピーが起き上がるところだった。
 美神は神通ヌンチャクに霊力を送る。すると棍の先から霊気の帯が伸び、霊気の鞭を形成した。

「ふっ!」

 美神は息を吐くと同時、ハーピーに向かって鞭を振るう。だがハーピーは飛び上がってそれをかわし――

「そこっ!」

『なぁっ!』

 棍のもう一端を逆の手で掴み、そのまま振るった。同時にそちらからも霊気の鞭が伸び、飛び上がったハーピーに巻き付いて、その体を絡め取る。
 今の美神は、神通ヌンチャクの二つの棍を両手に一つずつ持ち、二条鞭のように扱っていた。棍と棍を繋ぐ紐も霊気に覆われており、どうやら伸縮自在になっているらしいそれは、二条鞭の妨げになることはない。
 そして美神は、ハーピーに巻き付かせた鞭をもう一度振り下ろす。

「そりゃっ!」

『ぐぅっ!』

 となると当然、鞭に巻き付けられていたハーピーは、地面に叩き付けられることになる。その衝撃に、彼女は苦悶のうめき声を上げた。

『くっ……こんなもの!』

 ハーピーはダメージに耐え、鞭の戒めから逃れようともがく。しかし体に巻き付けられていた鞭は、緩む様子もない。
 そして――

「どうやら動けないようね?」

 ピシンッ。

 自由になっている方のもう一つの鞭を地面に打ち、美神がハーピーに詰め寄ってくる。

『く、くそ……! あたいをどうするつもりじゃん……!』

 ハーピーは美神を睨みつけ、問いかける。しかし美神は対照的に笑顔であった。


 そう――笑顔。


「どうするって……言ったでしょ? スカッとするのは私の方だって」

『……へ?』

 その言葉に、ハーピーは目を丸くした。同時、猛烈に嫌な予感が背筋を震わす。

「と・ゆーわけで――」

 美神がゆっくりと鞭を振り上げる。ハーピーはそれを目で追う。
 ――そして――


「溜まりに溜まりまくった鬱憤、あんたで晴らさせてもらいましょーか?」


 そう宣言する美神の表情は――

 ――とってもとってもイイ笑顔だったという。


 ……で。

「これよこれ! この感触よ! ああっ、なんて気持ちイイの!? イッちゃいそー!」

『みぎゃあああああーっ!』

 嵐の音さえも上回る打撃音と悲鳴、そして楽しそうな女の笑い声が響き渡る。

「れ、令子、あなたって……」

 そんな娘の姿に、美智恵は呆れて声も出ない様子であった。

「美神さん、霊力封じられて、相当フラストレーション溜まってたんだろーなー」

「生き生きとしてますねー」

 対し、横島とおキヌは微笑ましいとばかりにコメントするのみだ。

「……あなたたち、止めようとか思わないの?」

「「ああなったら無駄ですって」」

 その問いに対し、二人は何をおっしゃいますとばかりに、異口同音に答えた。


「おーっほっほっほっほっ!
 泣け! 叫べ! そして死ねぇぇぇーっ!」

『おぶっ、おぶぶっ……や、やめ……すいません、生まれてすいませーん!』

 ――合掌。


 ――おまけというか蛇足――


『……うぐっ……えっぐ……』

 すっかり嵐も通り過ぎた頃、事務所の前で女の悲しげな嗚咽が寂しく響く。

『も、もうイヤじゃん……なんであたいがこんな目に遭わなきゃならないじゃん……おうち帰りたいじゃん……ひっく……』

「えーと……じゃあ、もう魔界に帰る?」

『……うん……』

 全身ボロボロになってすっかり心が折れたハーピーは、美智恵の退魔護符によって、泣きじゃくりながらも再び魔界に送り返された。
 ――今後の彼女の魔界ライフに幸あれ。


 ――あとがき――


 前々回の超機大戦衝撃は、今回のネタをやりたいがためのチョイスでした。元ネタがわからなくても楽しめるように配慮はしたつもりですけどw ちなみに美神の棍飛ばしは、某「俺の必殺技パート○○」を思い浮かべてくれると近いかも。っても、それさえ知らない人には、余計わからなくなってしまいそうですが(汗
 それにしても、小竜姫さまもそうですが、基本シリアスぶってる女性キャラがへたれると可愛いって思う私は、歪んでますか?
 さて、ハーピーとの戦いも決着つきましたし、次回はハーピー編……というかここまでのエピローグ的な話になります。いわゆる第一部最終回ってやつですね。……といっても話の位置付けがそうであるだけで、本当に『第一部・完』な文で締めるわけじゃないですがw

 ではレス返しー。


○1. のび鼎気
 横島の煩悩なら可能と見ましたっ!(断言

○2. 良介さん
 逆行してる分最初から正体バレてる以上、こうなる結末しか思い浮かびませんでしたw でも百合子は大したことしてなかったりしますがw

○3. 某悪魔さん
 なっ、なぜわかった!? ……って、なんでやねーん!(ズビシッ!

○4. 輝さん
 今回のハーピーも可哀想でした。しかも不幸の第一弾は、その美智恵さんですしw

○5. Tシローさん
 残念ながら、ブラドー2号にはなりませんでした。美神の帰還で、美神事務所完全復活です。ヒャクメの出番は、実はパイパー編で既にあったり……台詞だけですけど。

○6. 俊さん
 ごめんなさい。丁稚三号はやりませんでした。ブラドーだけでも持て余してるのに、これ以上事務所メンバー増やしたら……(汗
 ヒャクメの登場は、やっぱり早まります。除霊委員の話もありますので、すぐには来ませんけど。

○7. Februaryさん
 美神は今回新能力を引っさげ、完全復活です。横島の亀甲縛りはデフォ……かと思いましたが、実は横島は『縛られる方』だったりするんですよねー。今度からは気をつけないと(ぇ
 心眼は、まあ……ああ見えても横島の一部でもあるわけでして?w
 では今回も引き続き、ハーピーの冥福を祈っててください♪(マテ

○8. ミアフさん
 ハーピーは落雷でこんがりと焼かれてしまいましたが、とりあえず、美神が帰って来るまでは粘れましたw

○9. 山の影さん
 落雷でこんがり焼き上がりましたが、丁稚三号にはなりませんでした。霊能力が戻った美神は、神通ヌンチャクを二条鞭にすることができました。とりあえずこれで、原作よりは攻撃の幅が広がるかとw

○10. ハイブリッドレインボウさん
 おおうっ。声が阪口大助の眼鏡君なツッコミですねw ハーピーはなんか鳥頭で定着しちゃったみたいです(汗
 公務員の出番はまだ先になる予定です。その前に前世の方が出てきそうな流れですしw

○11. giruさん
 きっと彼女は、魔界に帰って穏やかな余生を過ごしますよ……たぶん。きっと。めいびー。

○12. にくさん
 犬にマーキングされたり子供にラクガキされたりするんですねw そこまでいったら悲惨ですが、確かにありそうですw

○13. むじなさん
 いえ、むしろここでれーこちゃんが学習したからこそ、今の美神があると思っても……(ぉ
 ハーピーはやっぱりろくなことになりませんでしたっ! 合掌!

○14. 木藤さん
 残念! 一晩置く前に、美智恵によってこんがり焼かれてしまいました!w

○15. 鹿苑寺さん
 美神がウマコマ……それはなかなかシュールですねw シロタマのウマコマといいますと、はっかい。さんのやつですね。あれは見てて楽しかったですw

○16. 秋桜さん
 やっぱり折角美神の力が戻ったんだから、見せ場の一つも作らないと……というわけで、もう少し粘ってもらいました。でも結果は更に悲惨なことになったみたいでw ちなみに前世の記憶は、思い出した状況が状況ですので、既に覚えてないです(^^; ……仮に覚えていたとしても、絶対表に出しそうにありませんがw

○17. あらすじキミヒコさん
 初レスありがとうございます。過分な評価をいただき、恐悦しきりです。横キヌの関係は、まさしく『友達以上恋人未満』な状態ですが、本当に恋人まであと一歩というところまできてます。しかしその最後の一歩は、踏み出さずに焦らし続けようかと思ってます。というのも、おキヌちゃんの『告白しない』の誓約のこともありますが、何よりカップル確定するよりもそれ以前の雰囲気を維持した方が、作劇上ネタを広げやすいと私は思ってますのでw
 これからもこの原作に沿った雰囲気を崩さないよう、気を付けて執筆し続けるつもりです。これからの展開にご期待ください♪


 レス返し終了ー。では次回六十五話にてお会いしましょう♪

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