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「二人三脚でやり直そう 〜第六十三話〜(GS)」

いしゅたる (2008-03-21 18:01/2008-03-21 18:04)
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『カァァァーッ!』

 ゴォン!

「かはぁっ!」

 奇声を張り上げた魔猿の棍が、美神の胴を打つ。
 彼女は肺の中の空気と共に数滴の血を吐き、盛大に吹っ飛ばされた。

『過負荷から解放されたおぬしの霊力は、一時的に出力を増大させておる! さあ、霊力を解放してみせい! さもなければ、行き場のない膨大な霊力は、じきにおぬし自身の体を食い破ることになろうぞ!』

「あ……うっ……くぅ……」

 魔猿――斉天大聖が倒れた美神に喝を飛ばすが、当の美神は言葉を返す余裕すらなく、息を荒げながらフラフラと立ち上がるだけだ。
 彼との戦闘を始めてから、ここまで3分。霊力のない美神としては、それまで実戦で鍛えてきた勘と技術のみを頼りにするしかなく、それでどうにか粘ってきた。だがあまりにもレベルに差がありすぎるため、たったの一秒を凌ぐことにさえ膨大な集中力が必要となり、結果として、わずか3分にして精も根も尽き果ててしまっている。
 しかも、こうまでしてなお、霊力が戻る気配もなかった。手にしている神通ヌンチャクも、まったく霊力が通う様子がないのだ。
 こうなればいよいよ、斉天大聖の言う通りの最後を迎える公算が高くなってきた。

(じょ……冗談じゃないわよ……!)

 言葉を口にする余力すらない美神は、戦慄し胸中で毒付く。

(こんなところで死ぬつもりはないわ……私は美神令子よ! 地球が滅んでも生き残るってのは、決して冗談で言ってる台詞じゃないわ!)

 そう自分に言い聞かせ、自身を鼓舞する。
 ――が、その一方で、「GSにこだわらなければ、もっと楽に生きられただろうに」と囁く自分を感じていた。
 確かにそうだと思う。こんな命懸けの危険な橋を渡るぐらいなら、いっそのことGSを辞めて別の道を模索するべきだったと。

 だが――違うのだ。

 美神にとって、GSとはただの一攫千金のボロい商売なだけではない。確かにお金は好きだし、悪霊をシバくのも快感だが、決してそれだけのためにトップクラスのGSとして走り続けてきたわけではなかった。


 ――彼女にとってのGSとは。

 ――彼女にとってのオカルトとは。


「――ッ!」

 その眼前に、超スピードで棍が迫る。
 疲労が限界まで蓄積された美神の体は、思うように言うことを聞いてくれない。だがそれでも、美神は残った力を振り絞り、咄嗟に身を捻った。

 ドゴォンッ!

「くっ!」

 棍が地面を打つ。その超絶的な威力によって巻き上げられた土はカーテンと化して美神の視界を覆い、つぶてが容赦なく美神を襲った。
 そして次の瞬間、その土のカーテンを突き破り、棍の先端が美神の眼前に現れた。

「!?」

 美神がその棍を視認できた時、既に棍は回避行動が間に合わない距離まで迫っていた。

 ――結果――

 ゴッ!

「っ――――!」

 その突きを額にまともに食らい、美神は声にならない悲鳴を上げた。
 彼女の意識が、急速に薄れていく。

(……私は……霊力を……取り戻さなくちゃいけない……)

 手の平からこぼれる水のごとく、彼女の意識はどんどんとあやふやで頼りないものになっていく。

(……私にとってのGSってのは……死んだママとの……)


 ――れーこも大きくなったやママみたいなごーすとすいーぱーになゆ……! そしたやママのこと守れゆもん!――

 ――あなたならきっとなれるわ……! 最高のゴーストスイーパーに……!――


 もはや遠い過去となった、母の記憶。遠い約束。

 優しい微笑みを浮かべる母。そのシルエットが脳裏をよぎり――


 ――また会おうな――


 ――不意に、そのシルエットが別の人間の姿を取った。

(……せっかく……また会えたってのに……!)

 薄れ行く意識の中、悔し涙が目に浮かぶ。
 美神はその涙をこぼすまいと、最後の力でまぶたを固く閉じ――そして彼女は、その意識を完全に手放した。


 ――完全に意識が途切れるその寸前、まぶたの隙間から侵入してくる光を感じながら――


「……老師……」

 うつぶせに倒れる美神、そして元の姿に戻った斉天大聖。
 小竜姫は倒れた美神に悲しげな視線を向けながら、斉天大聖の元へと寄って行った。

「修行が足りんな、小竜姫」

 だが斉天大聖は、ニヒルに笑ってキセルを咥える。

「先入観に囚われずによく見てみよ。この小娘は生きておる。仮にも武神が、人の生死を一目で見抜けんでどうする」

「え!? そ、それじゃ美神さんは……!」

「修行は成功じゃよ。意識を手放す直前じゃったから、本人に自覚があるとも思えぬが……まあ、起きればすぐにでも気が付くであろう。こやつの霊能力は戻っておる。
 やれやれ……この年になると、手加減して戦うのはキツいわい」

「はぁ〜……そ、それはまた……」

 美神の無事を知り、小竜姫は気が抜けた様子であった。この土壇場で修行を成功させてしまった彼女を、感心して良いのか呆れて良いのか、あるいは生き残ってくれたことを純粋に喜べば良いのか……わかりかねている様子でもある。
 困惑する小竜姫に斉天大聖は苦笑し、倒れる美神の持つ神通ヌンチャクに視線を向けた。美神が最後の最後で込めた霊力の光が、ちょうど消え去るところであった。
 確かこのヌンチャクは、竜神族の鍛えた業物であり、竜神王自らが美神に下賜した品物であったはずである。

「さて……見たところ、道具を扱うセンスはずば抜けておるようじゃの。こやつなら、このヌンチャクの本当の力を引き出せるやもしれぬ。霊波をシンクロさせてわかったが、なかなか面白そうな前世を持っておることじゃし……くくっ。ここまで先が楽しみな人間も珍しいわい」

 そうつぶやき、斉天大聖は心底面白そうに笑った。


   『二人三脚でやり直そう』
      〜第六十三話 ザ・ライト・スタッフ!【その3】〜


「ほら、いつまで寝てんのよ」

「んあ……」

 百合子に声を掛けられ、ズルズルと引きずられていた横島は目を開ける。
 といっても、言葉通り寝ていたわけではない。少々(?)思考が暴走しているところを、百合子から過剰なツッコミを受けたせいで、気を失っていたのだ。
 そしてそのツッコミに使われた道具――買ったばかりの金属バットは、横島の脳天に振り下ろされたまま、その頭の形に添って変形し、現在横島の頭にそのまま残っている。横島の顔と共に、それは血濡れで真っ赤に染まっていた。

「か、加減ってもんを……」

「必要ないでしょ、あんたには」

 弱々しい声で抗議する血みどろの息子を、ばっさりと切り捨てる母。非道と言うべきか、よくわかってると言うべきかは、意見の分かれるところだろう。百合子が掴んでいた襟を放すと、彼はのろのろと立ち上がって頭のバットを掴み、「キュポンッ!」とコミカルな音を立てて外した。
 そんな二人の目の前には、『中武百貨店』と看板が立てられてある巨大なデパートがあった。周囲は道行く人込みでごった返している。血みどろなのに元気という横島を、気色悪いものを見るような目で見ていた者が少なからずいたが、横島も百合子も華麗にスルーしている。

「つーか、これで十分じゃねーのか?」

「ま、念には念をってやつね」

 横島は既に商店街にてそこそこの量になっていた手荷物を見ながら、何事もなかったかのようにハンカチで血を拭きつつ、疑問を口にした。しかし百合子は、肩をすくめてそう答え、デパートの中に入って行く。

「こーしてあんたと一緒に買い物ってのも、久しぶりよね」

「……そーだな」

 なにげなくつぶやいた百合子の言葉に、横島は少し黙考してから頷いた。

(そーいえば小さい頃は、よくおふくろに手を引かれてデパートの買い物に付き合わされてたもんだな……)

 幼い頃は、多種多様の品揃えを見せるデパートの店内を、物珍しげに見てたものだった。久々に母と共に訪れたデパートは、その頃の気持ちを思い出させてくれる。
 懐かしい気持ちに浸りつつ、横島は百合子の背中を追い、デパートの中に足を踏み入れた。

 ――それからおもちゃ売り場を中心に、赤ん坊の喜びそうなものを見て回る。

 事あるごとに赤子時代のことを振り返って話す母に、横島は内心で恥ずかしく思いながらも、適当に相槌を打っていた。
 そして話が昨晩のおしめ替えのことに及んだ途端、横島は「んのぉぉぉ〜っ!」と悶絶し、頭を抱えて転げ回った。これがひのめのような普通の赤子の話であるなら普通に聞いていられたのだが、困ったことに横島自身の、しかもつい昨夜の出来事である。周囲の奇異の視線が集まるが、そんなこと気にする余裕はなかった。
 そして彼は、悶絶する中で気付く。今現在事務所に残ってれーこやただおの世話をしているのが、おキヌ一人であることに。

 と――その途端、彼の動きがピタリと止まった。

「……落ち着いた?」

「帰る」

 百合子が問いに横島は答えず、代わりにそう短く告げた。

「急ね?」

「当たり前や……考えてみたら、今こーしている間にも、またおしめ替えが必要になってるかもしれんやろ。さすがに自分のおしめ替えを、おキヌちゃんに任せたくないわい」

 そう言う横島の表情は、わずかに青褪めていた。そうなってしまった場合、自分がどれほどの羞恥と屈辱を感じることになるか――想像したくもないといった表情である。
 だが、それを聞いた百合子は――

「あら。さすがにそういう趣味はないわけね? 思ったより変態にはなってないみたいで、母さん一安心だわ」

「当たり前だ……っつーかおふくろ、自分の息子をどんな目で見てたんだよ……?」

「やあねえ。冗談よ」

 聞き捨てならない感想を口にした母親に、横島はじとりとした視線を向ける。だが百合子は、動じることなくひらひらと手を振って、軽い口調で前言を翻した。

「ったく……とにかく帰ろうぜ。買い物も、もう十分だろ?」

 言いながら、横島はきびすを返す。
 と――

 ドンッ。

「うおっ」

「きゃっ」

 振り向きざま、たまたま傍を通ろうとしていたらしい女性とぶつかってしまった。横島は少しよろけただけで終わったが、女性はその場で尻餅をついてしまった。

「あいたた……」

「あらら……何やって「大丈夫ですか美しいお姉さん!」……ちょっと、忠夫」

 百合子の台詞を遮り、突然ナンパに走る横島。その息子の節操のない行動に、百合子の額に井桁が浮かぶ。

「どうやらお尻を打ったようですね! 痛みますか? 痛みますよね! なんならボクがさすってあげましょう! いえいえ遠慮なんかなさらず――「セクハラ禁止っ!」おぶっ!?」

 ナンパどころかセクハラにまで走り出した横島を、百合子が先ほどの金属バットで思いっきり叩き潰した。変形していたバットが、さらに歪に変形する。目の前の女性は、突然の過激なコントに、目を白黒させていた。
 横島が声をかけたその相手は、タイトな服装に身を包んだ女性だった。ショートカットの髪型がよく似合っていて、なかなかの美人である。

 ――が。

(……横島)

(わ、わかってる……美人だったからつい反射的に声かけちまったけど……)

 念を通して注意を促そうとする心眼に、床に倒れ伏して脳天から血を噴水のようにピューピューと噴き出させている横島は、少々戸惑いながらもしっかりと返す。

(ここで来たかよ……ハーピー!)

 そう――横島たちの目の前に現れたその女性は、逆行前に見覚えがあった。
 彼女こそ、れーこを狙ってやってきた刺客であるハーピーが、人間に擬態した姿である。

「えっと……?」

 内心で警戒レベルを上げる横島の目の前では、突然起こった想定外のコントを前にどう反応したら良いかわからない様子のハーピーが、いきなり正体がバレているとも知らずに困惑した表情を見せていた。


 一方その頃――

「ふう、これでよしっと」

 美神事務所で留守番兼子守りを任されているおキヌは、そう言って息を吐き、使用済みのオムツを処分した。
 ――そう。横島の心配も虚しく、おキヌの手によって既におしめ替えは敢行されてしまったのだ。
 当のただおは、新しいオムツに満足したのか、静かな寝息を立てて眠っている。

 おキヌとて、300年前は孤児たちの姉代わり、時には母代わりとして世話をしていた身である。それに、その頃の記憶がほとんどなくなっているにしても、逆行前にひのめの世話だってしていた。今更赤ん坊のおしめ替えにあたふたするようなことはしない。
 だが――

(赤ちゃんでも……横島さんだってことに変わりないんですよね)

 あの子は成長し、いずれ自分の知っている彼になる。それを思うと、不思議な気分になった。
 と――

(成長……)

 ふと脳裏をよぎるのは、先ほどおしめ換えの時に見た『その部分』。
 それが17年の時を経て成長すれば、一体どうなるのか――思わずそんなことに想いを馳せてしまい、不意にその顔が真っ赤に染まった。
 そして次の瞬間には、そんな自分の思考を自覚する。

「きゃーきゃー! 私ってば私ってば……!」

 おキヌは両の頬に手を当て、いやんいやんと上半身をくねらせた。

「おキヌちゃんって……じつはけっこーへんなひとなのかや?」

 そんなおキヌを、れーこはしきりに不思議そうな顔で見つめていた。


 ――ピクッ。

「……?」

 唐突に何かが勘に訴えてきたような気がして、横島はわずかに身を震わせた。

「どうしたの?」

「いや……」

 その小さな変化に気付いた百合子が問いかけてくる。しかし明確に答えられるものがない横島は、曖昧に返した。
 ただ、何か取り返しのつかないことが起きたような気がして、どことなく落ち着かない気分になる。

 今二人は、デパートの中にあるレストランで昼食を摂っていた。席の向かい側では、ハーピーも同席している。横島たちの荷物からベビー用品を買い込んでいるのを察し、「私、実はベビーシッターのバイトをしているんですよ」と言って彼らに近付いて来たのだ。
 彼女が何を思って横島たちに近付いて来たのかはわからない。だが、ろくでもないことであるのは間違いなかった。
 とはいえ――警戒心を抱いたものの、表向きだけとはいえ好意的に近付いてくる者を、特に理由もなく突き放すことはできない。この場で正体を看破してやっても、場所が場所なだけに、人的・物的共に大きな被害が出るのは明白なわけだし。
 そういうわけで、相手の出方を見るという意味もあり、彼女と一緒に昼食を摂ることになった。せめてもの嫌がらせで、ローストチキンを注文したりはしたが。

「まあ……その子、お知り合いの子なんですか?」

「ええ。今、ちょっと預かってまして」

 そして、三人でにこやかに談笑する。予想通りというか何と言うか、れーこたちの話になると、ハーピーは食いついてきた。

(……どう思う?)

 百合子と話すハーピーを見ながら、横島は心の中で心眼と話す。

(ここを皮切りに、子供の世話は任せてくださいとか言い出すのではないか? 基本的に悪くない手だが、現状では穴が多いと言わざるを得んな)

(穴?)

(百合子殿とおキヌ殿がいるのに、他に子守り要員を増やす必要などあるまい? そもそも、どう上手く事が運んだところで、奴が人工幽霊の結界に入れないことには変わりないだろう。子供の世話をすると言いながら、子供たちのいる事務所に入れないのでは、意味もなかろうに)

(……意外と間抜けなんだな)

(鳥頭なのではないか?)

(三歩歩くと忘れるのか……かわいそうに)

 心眼とそんなやり取りをしていると、対面に座っているハーピーの額に、ピキ、と井桁が浮かんだ。魔物は魔物なりに、何か感じるものがあったのだろう。

(うーん……んじゃ、こーゆーのはどーだ?)

 そんなハーピーを見ながら、横島はピンと思いついたことを心眼に伝える。心眼は少し黙考し、ややあって了承の意を伝えてきた。

(ふむ……ありきたりだが、それはそれで面白そうだな)

(だろ? そんじゃ俺は、おキヌちゃんに連絡取ってくる)

(うむ)

 そして横島は、心眼を外してテーブルの上に置く。心眼を嵌めていた場所を軽くさすると、おもむろに席を立った。

「ちょっとトイレ行ってくる」

 言って、席から離れた。百合子をハーピーと1対1にするのに心配がないと言えば嘘になるが、あの母親が一筋縄でいかない相手だということは彼が一番よく知っているし、ハーピーにしてもここで無茶はするまい。
 横島はポケットの上に手を当て、その中身の携帯電話の存在を確認する。そして彼は、トイレの個室に入り込んだ。


(上手くいってるじゃん……!)

 その一方でハーピーは、百合子と談笑しながら内心でほくそ笑んでいた。
 最初に二人組の片方からナンパ・セクハラのコンボを受け、何か反応を返すより早くもう片方がそれを沈めるというハプニングがあったものの、それ以外はおおむね予定通りだった。
 結果、こうして二人と打ち解け、食事を一緒にするところまで成功している。このままターゲットの子守りを引き受けることができれば、あとは殺して終わりだ。実に簡単なミッションである。

 と――突然、今まで会話に入れず沈黙していた横島がこちらに視線を向け、どことなく生暖かい視線を送ってきた。理由はわからないが、なんとなく不快な気分になる。
 だがそれを表情に出すのをぐっとこらえ、気付かない振りをして百合子との会話を続けていると、やがて横島はブレスレットを外し、それが嵌っていた場所を手でさすった。ブレスレットの下がかゆくなったので外した、といったところだろう。

「ちょっとトイレ行ってくる」

 彼はブレスレットをテーブルの上に置いたまま、そう言って席を外した。

(……無用心じゃん)

 ハーピーはブレスレットを持っていかなかった横島を、内心であざ笑った。
 あのブレスレットが一種の霊具であることは、一目見てわかっていた。見ただけでは効果はわからないが、あれほどの結界を持つ建物にいた人間の持っている霊具である。警戒するに越したことはない。
 だが、その人間が自ら霊具を手放したのだ。これを無用心と言わずして何と言うか。ハーピーはブレスレットに手を伸ばそうとし――

「あらあら。あの子ったら忘れ物しちゃって……大事なものでしょうに」

 百合子がそうぼやき、ハーピーより先にブレスレットを手にした。ハーピーはすぐに手を引っ込め、内心で「チッ」と舌打ちする。
 と――

「っ……!」

 ブレスレットを手にした百合子が、ピクリと震えた。

「……どうしたんですか?」

「ええ、ちょっと静電気が」

 尋ねると、そう取り繕った。が――心なしか、自分に向ける視線が、わずかに鋭くなった気がする。

(なんだ……?)

 違和感を覚えるが、それも一瞬のこと。彼女の視線は、すぐに元通りの柔和なものに戻った。

 その違和感の正体を探ろうと思考を巡らせようとする間もなく、ウェイトレスが注文した料理を運んできた。大きな皿の上に鎮座したローストチキンが、香ばしい匂いを漂わせている。
 自分がここにいるタイミングで鶏肉――そのチョイスに若干頬が引き攣るが、たまたまだと思うことにし、つとめて平静を装う。百合子はそんなハーピーを気にした様子もなく、目の前に置かれた料理に手をつけた。

「忠夫が注文したこのチキン、美味しいですよ。どうですか?」

「ええ、いただきます」

 百合子に勧められ、ハーピーもローストチキンに手をつける。
 ハーピー自身はどちらかといえば猛禽類に属するので、鶏肉でもばっちりいけたのだが――

(……他意はないよね?)

 もし自分の正体が既に看破されていて、このチキンが嫌がらせや皮肉で出てきたものだとすれば、かなり不味い立場になってるということだが――さすがにいきなり見破られているとは考えにくい。
 実際のところ、まさしくもってその通りだったりするのだが、ハーピーは「有り得ない」と結論付け、素直に料理を楽しむことにした。

 ふと手を止め、対面の百合子に視線を向ける。彼女は肩を軽く揉みながら、コキリと首を鳴らした。

「……お疲れのようですね?」

「ええ。子守りは大変で」

(来た!)

 百合子の台詞に、ハーピーは内心で喝采を上げた。

「あら。よろしければ、私がお手伝いしましょうか?」

「いえそんな。悪いですよ」

「お気になさらず。私にとっても、勉強になりますし」

「仕事熱心なんですね」

 ハーピーは現在、ベビーシッターのバイトをしているという設定で横島たちに近付いている。だからこそこの流れは、不自然ではないはずだ。

「それじゃ、お願いしましょうかしら……」

(よっしゃ!)

 百合子の口から承諾の言葉を聞けたことに、表には出さずに内心でガッツポーズを取る。
 と――そこに、横島がトイレから戻ってきた。

「お。料理来たのか」

 彼はそう言い、席に戻るなりチキンを切り分けて口に運ぶ。その手元に、百合子がブレスレットを置いた。

「ほら、忘れ物よ」

「ふぉう。ふぁんひゅ(訳:おう、さんきゅ)」

「口にモノ入れたまま喋るんじゃないわよ」

 横島はチキンを租借しながら、ブレスレットを再び手に嵌める。ブレスレットを奪い損ねたことは残念に思うが、元々「あわよくば」程度にしか意識してなかったことなので、大した問題ではない。

「忠夫、この人に子守り手伝ってもらうことにしたから」

 百合子の言葉に、横島は口の中の物をごっくんと飲み込み、その顔に笑顔を貼り付けた。

「おおっ! そりゃーいい! こんな美人と一緒になって子守り……子供との触れ合いを通して育まれる仲間意識、そして発展する愛情……燃える! こりゃ燃えるぜ!」

「落ち着きなさいよ」

 アホなことを口走り始めた横島に、百合子が苦笑する。口に出した時点で色々台無しなのに、この男はわかっているのかいないのか。

「では、お食事が終わったら案内してくださいますか?」

「喜んで!」

 ハーピーの申し出に、横島は鼻息を荒くして頷く。その傍らでは、百合子が苦笑していた。


 ――ハーピーは知らない。

 その苦笑が、見事に罠に足を踏み入れた彼女に対する、哀れみの苦笑であったことに――


 ――そして、その後――

(しまったじゃん……!)

 横島たちの案内で事務所の前までやってきて、そこでようやっと、ハーピーは自分の失策に気付いた。

「どうしました?」

「い、いえ……」

 百合子が不思議そうに問いかけてくるが、ハーピーは曖昧に返すしかできなかった。
 この建物には結界があり、自分では侵入できないことは、昨晩の時点で既にわかっていた。にもかかわらず、ここに来るまですっかりそれを忘れていたのである。

(どうする……!?)

 必死に思考を巡らせるハーピー。建物に入れない自分がターゲットに触れる機会を作るならば、どうにかして結界の外に連れてきてもらわねばならない。だが、ここに来るまで、「建物の中でベビーシッターの勉強をする」という前提で話を進めてきていたのだ。ただでさえ、ここで逡巡しているだけでも不審なのに、ここに来ての方針変更を申し出るのは、尚更不自然過ぎる。

(こ、こうなったら、こいつらに不意打ちを食らわせて人質に取るしか――!)

 いよいよ強引な手段に訴えるしかないと判断し始めたハーピー。
 だが――

「何やってんスか。入りましょうよ」

 そう言って、横島がハーピーの肩に手を回し、やや強引に敷地内へと引っ張り込もうとする。

「な……! や……!」

 結界に引っ掛かる。そう思い、横島の手を振り解こうとするが――

「…………え?」

 まるでその心配を笑い飛ばしたかのように、その足はあっさりと敷地内へ侵入してしまった。

(結界が……消えてる?)

「どうしたんスか。ほら、行きますよ」

「え? あ、はい」

 理解が追いつかずに呆けたハーピーを、横島が促す。とりあえず肩に手を回す横島をやんわりと振り解き、平静を装って横島の後についていく。
 彼はドアを開き、その内側をハーピーの眼前に晒した。

「さ、入ってください」

(どういうことか知らないけど……好都合じゃん!)

 ここまで来れば、あとは簡単である。ハーピーはわずかに遠慮する仕草を見せてから、「では、失礼します」とほほ笑んで建物の中に入った。


 と――その瞬間。


 ゴィンッ。

「あだっ!?」

 突然、金属製の音と共に脳天に鈍い痛みを感じ、ハーピーは思わずよろめいた。
 一体何が、と思って目の前の床を見てみると、そこには今しがたハーピーの脳天をバウンドして床に落ちたのだろう。鈍い金属音を立てながらゆらゆらと揺れる、金ダライがあった。

「金ダライ……!? な、なんで……ひゃうっ!?」

 疑問を口にする暇もなく、今度は足首に何かが絡みついたような感覚と共に、視界が180度反転した。

「な、なななななな……!?」

 自分の足首がロープで縛られ、天井から吊り下げられている。一瞬にしてそんな状況になってしまったことに、ハーピーの頭はひどく混乱した。
 そして――そこに、ドアから横島と百合子が入ってくる。

「やー、いい眺め♪」

「忠夫……あんたねぇ」

 鼻の下を伸ばす横島に、百合子が呆れた声を出す。その二人の言葉に、逆さまになったことで自分のスカートがめくれ、白い下着があらわになっていることに気付き、慌ててスカートの裾を引っ張って隠した。

「ど、どどどどういうことじゃん!?」

「口調が素に戻ってるぞ、ハーピー」

「…………っ!」

 へらへらと笑う横島に名前を言い当てられ、ハーピーは言葉を失った。事ここに至って、彼女は自分がまんまと嵌められたことに気付いた。

「ま、まさか……気付いてたのか!? いつから!?」

「最初っからかな」

「なっ……!?」

 何気なく答えた横島の言葉に、ハーピーは再び絶句する。自分の擬態は完璧だったはずなのに、目の前の男は一目で見破っていたというのだ。
 彼女は知らないことだったが、この罠が仕掛けられた経緯は、昼食を共にした時にまで遡る。あの時席を外した横島はおキヌと連絡をつけ、この罠を用意してもらったのだ。それと同時にブレスレット――心眼を席に残し、それを手にした百合子に心眼が念話で事情を説明することも忘れていない。
 心眼はその性質上、肌に触れている限り、主人である横島とは念で会話することができる。本来の持ち主以外でも、触れていれば念話が可能であったが、心眼曰く「少々疲れる」らしい。

『くっ……こうなったら!』

 だが――既に気付かれていたというのであれば、もはや擬態している必要はない。ハーピーは擬態を解き、本当の姿を横島たちに晒した。

「鳥人間……!?」

「そーくると思ったよ」

『ほざけっ! 人間ふぜいがっ!』

 その姿に驚くも動揺自体はしてなさそうな百合子。平然とする横島。その二人の態度に、ハーピーは内心で「思い知らせてやる」と憤り、逆さまの状態から自身の羽を一枚だけ毟り取る。
 殺傷能力を持った羽を超高速で投げつけるハーピーの必殺技、フェザー・ブレッドである。

 だが、それを放つより早く――


「おキヌちゃん!」

 ピュリリリリリリリリリリ――ッ!


 横島が呼びかけると同時、部屋の奥の扉が開き、部屋の中に奇妙な笛の音が鳴り響く。

『がっ!?』

 その笛の音はハーピーの体に纏わり付き、縛り付けた。正確には縛り付けるというよりも、体を動かそうという気力が根こそぎ奪われるような感覚であった。首だけ動かしてその音源に視線を向けると、羽ペンのような形の白い横笛を吹く巫女姿の少女がいた。
 彼女は笛を吹きながら、横島に向かって呪縛ロープを投げつける。彼はそれをキャッチすると、しゅるりと結びを解いて――

「おりゃっ!」

 掛け声一つ。横島はそのまま、動けないハーピーを呪縛ロープで縛り上げる。

『なああああっ!?』

「おりゃおりゃおりゃおりゃっ!」

 ぐるぐるとハーピーの周りを回り、呪縛ロープによる緊縛は急速に完成していく。
 ――そして――

「ふぅっ。完了♪」

「なんて縛り方してるんだいあんたはっ!」

「おごっ」

 一仕事終えたとばかりに汗を拭う横島を、百合子が額に井桁を浮かべて張り倒した。
 それもそのはず、ハーピーは詳細を説明するのもはばかられる、非常にヒワイな縛り方――いわゆる『亀甲縛り』をされていたからだ。ご丁寧なことに、猿轡まで噛まされている。
 おキヌなんかは、その縛り方を見て顔を真っ赤にしているほどであった。

「ったくあんたは……どうしてこんなバカに育っちゃったのかしらね」

「ま、まあまあ……それにしても、意外と簡単に終わっちゃいましたね」

 笛の魔装化を解いたおキヌが気を取り直し、愚痴をこぼす百合子をなだめながら、横島に話しかける。横島ははたかれた頭をさすりながら、ハーピーの方に視線を向けた。

「うん、そうだね。いやー、眼福「……忠夫?」じゃない。とにかく、もうハーピーは無力化できたわけだし、一安心かな」

 また煩悩全開な台詞を言いかけると、百合子から物騒なプレッシャーが飛んできた。それを受けた横島は、一瞬で大量の冷や汗を噴き出し、慌てて言葉を変えた。

「それはいいとして、これどーにかならないのかい? 子供の教育上悪いんだけど」

「そうですよねぇ……」

『むーっ!』

 ジト目で横島を見る百合子の言葉に、おキヌは苦笑しながら同意する。猿轡を噛まされたハーピーが抗議のうめき声を上げるが、それを取り合う人間はこの場にはいない。

「つっても、縛り直すには一度ほどかなきゃならんし……また笛で動きを止めるところからやり直すのも、おキヌちゃんの負担になるしなぁ」

「あんたが最初からこんな縛り方しなければ良かっただけの話だけどね」

「…………」

 百合子のツッコミに横島は無言で視線を逸らした。

『まあ、いたしかたあるまい。とりあえず――』

 その彼に代わり、心眼が対応策を口にする。


『――埋めるか』


『こんちきしょおおおおおーっ!』

 十数分後、美神令子除霊事務所の前に、心底悔しげな女の叫びがこだました。
 その声の主――ハーピーは、事務所の前庭にて首から下を埋められ、生首状態で目の幅いっぱいに涙を流している。

 ただでさえ呪縛ロープで亀甲縛りをされている上に全身を土の中に埋められ、しかも念の入ったことに、露出したその首の四方には捕縛結界符が配置されていた。これでは身動き一つ取れはしない。
 また、眷属の小鳥を使って脱出しようにも、おキヌに支配権を奪われてしまっている。今や主人を救出するどころか、ターゲットと一緒に戯れている始末だった。
 その上、彼女の傍には『鳥人間除霊中』と書かれた看板が立てられており、ただの人間を装って通行人に助けを求めることさえできない。
 まさしく八方ふさがり。完全に生殺与奪の権利を掴まれてしまい、いつ除霊を決行するかも相手の胸一つという状況である。

『納得いかないじゃあああああーんっ!』

 ハーピーのその叫びも、聞き入れる者はいなかった。


 ――あとがき――


 ハーピーいいとこなしw でも今回ラブコメも戦闘も少なく、ちょっと不完全燃焼気味。まあ、このまま素直に終わらせるつもりはありませんけど。

そして今回、某氏にアドバイス貰って変更した箇所が数点あります。ご協力ありがとうございました♪
 とゆーわけで、次回は決着編です。

 ではレス返しー。


○1. チョーやんさん
 前回までのラブコメは前々から出したかった流れでしたので、やっと出せたものをニヤニヤしてもらえて嬉しい限りですw あのゲームのファーストステージの難易度は有名ですからねぇ……やはり覚えがありましたか(^^;
 5度の書き直し……それはさすがにキツいですね……がんばってください!

○2. 山の影さん
 メインの活動時間が夜の伯爵に頼んだのは間違いですねー。でも、夜這いなら防げるかも? 横島はやらないでしょうがw 原作のハーピーは、退魔護符で送り返されてましたね。おそらく死んではいないでしょう。人工幽霊は、確かにそういう解釈もありますね。私自身はあまり気にしてなかったのでこんな形になりましたが、やはりそういう可能性もあったんでしょう。

○3. ツインさん
 美神は三十一話で竜神王からヌンチャク貰った時から、神通棍は使ってませんでしたよー。まあ、今後の伏線の一つであることは間違いないんですがw

○4. Tシローさん
 赤ん坊が横島本人なことは、今回はしっかり覚えてます。そのせいで少々暴走気味になってしまいましたがw 美神の帰還は、次回になります。ハーピーとも絡ませるので、お楽しみにーw

○5. 鹿苑寺さん
 久々に求婚来ましたねw おかんのバットが本当にア○ゲイルのアレなら、横島はただじゃ済まなかったことでしょうw それにしても、横島とおキヌちゃんが並んで「男女」を踊る……なんてシュールなw

○6. 輝さん
 あー、そういえばいましたね、エセ紳士。きっと彼の実力は余裕で超えてるんじゃないでしょうか?w ブラドーの未来は……まあ、ご想像にお任せ♪ ……南無(ぇ

○7. Mさん
 修行は成功しましたが、どんな形になったかはまた次回に。お楽しみにー♪

○8. 白川正さん
 なるほど。そういう理屈でしたか。私はあの踊りは、霊力チャージではなく黒魔術的な儀式として捉えていたので、その発想はなかったです。そういえば、原作では霊体撃滅波の原理は一切説明されてませんでしたよね。考えてみれば、結構謎の多い技かもしれません。

○9. ハイブリッドレインボウさん
 GS美神はアニメにもなってましたので、声優さんはちゃんといますよー。美神は鶴ひろみさん、横島は堀川りょうさん、おキヌちゃんは國府田マリ子さんです。美神と横島がブ○マとベ○ータというのが、ある意味奇妙な気がしますがw
 あと、横島が赤ん坊の時に百合子からちゃん付けで呼ばれていたのは、原作設定(もっとも、よく見てみたら「忠夫ちゃん」じゃなくて「タダオちゃん」でしたが……)です。詳しくは原作2巻(ワイド版は1巻)『愛に時間を!』を参照ですw
 美神が神通ヌンチャクに替えているのは、三十一話で竜神王から貰って以来の話ですので、今回に始まったことじゃないです。伏線には変わりありませんがw

○10. Februaryさん
 はい、大方の予想通り、美神は次回鬱憤晴らしをかましてくれますw 今からハーピーの冥福を祈っておきましょう(ぇ

○11. 秋桜さん
 今回のハーピー編は、ある意味母親としての百合子を前面に出したかった回でもありましたからねー。彼女がいなければ成り立たなかったとも言えますw まあ、カオスになったらなったで面白かったかもしれませんがw 過去に百合子が美智恵をシバき倒したかどうかは、まあご想像にお任せということで(^^;

○12. エのさん
 実は衝撃、私も最後までクリアしてません。百話は長すぎです(涙
 ベビー用品を二人で買いに行ってたら、もはや後戻りはできないぐらい外堀が埋まっちゃってたでしょうねーw ちなみにバットは、シリアスには関わらないのでご安心をw

○13. 内海一弘さん
 おキヌちゃん、大胆なことしたもんです。事務所の中に横島がいることも、赤ん坊がその横島自身であることも忘れてたみたいですからw しかもまだ夜になってないので、伯爵は今回も出番無しの役立たずですし。
 美神の修行は、タイムテーブル的に短時間で終わってしまうので、横島サイドと平行して進めるにはサラッと流す以外に方法がありませんでした(^^;

○14. いりあすさん
 嫉妬補正で修行成功、というのは私も考えたのですが、とりあえず今回は美神の心情に重きを置きたかったので、シリアスに決めさせてもらいました。おキヌちゃんは、やはり戦闘よりもホームドラマ的なシーンの方が似合いますよねw でもいりあすさん、やっぱり桃キヌ願望強いですよ(^^;

○15. giruさん
 さすがに自分相手に藁人形はしないでしょう。赤ん坊ですし。……でも絶対とは言い切れないのが横島クォリティ(ぇ

○16. ながおさん
 前々から温めていたネタなだけに、好評で嬉しい限りですw 裏でナニするかは知りませんが、ほどほどに〜。


 レス返し終了ー。では次回、美智恵がやってきて美神が戻ってきます。

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