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「想い託す可能性へ 〜 さんじゅう 〜後編(GS)」

月夜 (2008-03-22 16:45)
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  想い託す可能性へ 〜 さんじゅう 〜(後編)


 時を少し遡り、パピリオがタマモ達との打合せを終えた頃。

 令子はパピリオの様子を窺って話しかけた。

 「パピリオ。タマモ達のこと、任せても良いわね?」

 「(うぇっ!) な なぜ、私がタマモちゃんと話していると思ったですか?」

 タマモと話し終わった時にタイミング良く令子に話し掛けられ、パピリオはビクッと身体を震わせた。

 「タマモ達にも、パピリオの眷族は付けているでしょ。情報管理をするなら、もう少し広く洞察力を持つ事よ。
 それに指揮をミスった私が言えることじゃないけど、まだ巻き返しは充分できるわ。
 けれど、小竜姫の回復は最優先事項だから、タマモの策で時間稼ぎをさせてもらうわ。
 だから彼女達のサポートよろしくね」

 「わ、分かったです(タマモちゃん、美神はお見通しでしたよ)」

 パピリオは動揺しながらも頷いた。

 自分のミスで起こった事態をリカバーさせる為、タマモ達を信頼して次を考えている令子にパピリオは指揮官というものを学ぶ思いだった。

 ほどなくして、パピリオにシロの要請が届く。

 「美神。シロちゃんが、誘きだした敵をヨコシマの罠を使って撃退するって言ってきたです」

 「そう。けど、無理はさせないで。最悪、幻像をぶつけて敵の注意を逸らしなさい。バレタらバレタで使いようはあるんだから」

 「分かったです」

 令子の言葉にパピリオが頷きかけたその時、タマモからの念話が彼女に届いた。

 (パピリオ、また敵が一人現れた。シロの所にやるわけにはいかないから、私が相手するわ。
 その間、あんたのサポートを離れるけど、短時間だから大丈夫よね?)

 (多分大丈夫です。けど、私には経験が無いので、断言も出来ません。なるべく早く戻ってください)

 (了解)

 そう言って、タマモはパピリオとの念話を切った。

 「美神、タマモちゃんが私のサポートを離れます」

 念話を終えたパピリオは、令子にタマモ達のことを伝える。

 彼女に見透かされているなら隠していても意味が無いし、何か嫌な予感がふつふつと膨れ上がってきたからだ。

 「どうして?」

 「それが、時間差で最初に誘きだした敵とは別の奴が現れたんです。
 そいつまでシロちゃんを追わせるわけにはいかないので、タマモちゃんが撃退するって。
 (思った以上に情報量が多いです。まだ何とかなるけど、長くは保たないっ)」

 タマモのサポートが外れたとたんに、パピリオの処理する情報量が大幅に増えた。自分の予想以上に負担が襲ってきた事に、パピリオの額にうっすらと汗が浮かぶ。

 どうやらタマモは、パピリオに渡す情報をかなり整理して渡していたらしい。経験による、必要な情報の取捨選択ができないパピリオの代わりを、タマモはしていたようだ。

 今、パピリオには各眷族が送ってくる生の情報と、シロをサポートする為の幻像の制御。そして、味方全員の念話を統括するという、膨大な情報の処理を一人でこなす事が求められていた。

 情報伝達のエキスパートとして生み出された彼女だが、それを処理するのは、やはり土倶羅やルシオラだったという事かもしれない。

 みるみるうちにパピリオに疲れが見え始め、幻像の制御が甘くなり情報伝達がままならなくなってきた。

 「ちょっとパピリオ、大丈夫? 眷族からの情報全てを受け取らないで、シロとタマモの様子だけをこっちに頂戴」

 パピリオから送られてくるシロ達の様子が途切れ途切れになってきた事で、令子は彼女に取捨選択の基準を教える。

 「う…うん、やってみるです」

 令子から言われた通りに実行するパピリオ。少しだけ負担が減ったようで、彼女の表情が和らいだ。

 「あ あれ? タマモちゃんに付けた眷属の居場所が判らなくなった!? どうしていきなり! え!? シロちゃんも!!」

 「くそっ」 「ちょっ! どこ行くの!!」

 忠夫は令子の盾に映っていたシロの状況に、いきなり走り出した。

 忠夫のいきなりの行動に令子は忠夫を呼び止めるが、彼はシロを探してくると言って振り向きもしない。

 あっという間に、森の中へと忠夫は姿を消した。

 「あーっ、もう!! パピリオ。タマモとシロの直前の様子はどうだったの!?」

 自分の制止の声に振り向きもしなかった忠夫に怒り、言葉も荒く令子は状況説明をパピリオに求めた。

 パピリオから受け取っていたシロの戦闘状況が、脳裏からぶつっと消えた事に令子は焦っていた。

 「タマモちゃんが敵の爆撃を受けて、そこから分からなくなりました。
 シロちゃんの方は、敵が罠に掛かる直前に私の幻像が見破られて、それをカバーする為にシロちゃんが飛び出し、敵に斬りかかられた所で彼女がいきなり消えて、敵が何かを斬ったとたんに判らなくなりました。
 とりあえず敵の方は、近くに潜ませていた眷属を群がらせて眠らせておいたですけど、それらを使っても判らないんです」

 かなり動揺しているのだろう。パピリオは令子に、今にも泣きそうな顔をして早口で一気に伝えた。

 「落ち着きなさいパピリオ! 念話は!」

 「そ、それも繋がらなくなりました」

 「なんてことっ。(シロが忠夫の罠を使ったなら、ここからそう離れていないわね) 私たちも向かうわよ」

 「了解です」

 一瞬令子は、小周天法をやっている小竜姫に目を向けた。

 彼女は深く集中しているらしく、今のやり取りは聞こえていないらしかった。

 小周天法とは、身体の正中線に沿ってある己の七つのチャクラに霊力を頭から股に、股から頭へと内向きに循環させて霊力を練っていく方法だ。

 仙道における練丹を作る為の方法だが、短時間に霊力を回復させる事にも使える。神仙斉天大聖の弟子である小竜姫は当然使えるのだ。

 ただし、回復量は精神集中の度合いが深まるほど大きくなるので、短時間に大幅な回復をする場合は周りが全く見えなくなり、少々周りで騒いだり軽く小突かれるくらいでは気付けないという欠点がある。

 言うなれば、今の小竜姫にはセクハラし放題なのだ。そんな状態なので攻撃を受けようものなら、ひとたまりもない。

 「パピリオ、小竜姫の護りも忘れないでよ」

 「言われるまでもないです。小竜姫は私のお姉ちゃんの一人なんです。護るのは当然です」

 何を当たり前な事をと、言わんばかりのパピリオ。

 「そう。なら急ぐわよ(神族も魔族も、意思を持つ者は生活環境が正邪を別けるのかもね)。
 タマモが心配だけど……」

 パピリオの様子に令子は一瞬そんな事を考え、すぐに思考を切替えた。

 「今、眷属を捜索に向かわせてます。けど、なんでタマモちゃんとシロちゃんに付けた眷族は、応答しないんだろう?」

 「そう……(まさかっ。サクヤヒメのお守りを落としたってんじゃないでしょうね? それだと厄介だわ)」

 敵の爆撃によって、サクヤヒメのお守りをタマモが落とした可能性に思い至った令子は、青褪める。

 もしそうなら、パピリオの眷属を向かわせても結界の性質上、遭遇できる可能性は皆無だからだ。

 そう考えれば、タマモとシロに付けられたパピリオの眷属が応答しなくなった理由も判る。

 その眷属たちは、タマモとシロにパピリオの命令通りにしがみついているのだろう。しかしそのせいで、主人であるパピリオの制御から強制的に離されてしまったと令子は推測した。

 迷いの森結界とは、それほどまでに個々の繋がりを拒む。

 パピリオの眷属が大丈夫なのは、ひとえに彼女がお守りを持っているおかげと、彼女の属性が植物を司るサクヤヒメと相性が抜群だからだ。

 それでもパピリオの眷属たちは微妙なバランスによって、サクヤヒメの庇護が成立しているに過ぎない。

 しかもこの結界、個々の内包する神格や霊格のエネルギー総量に左右される側面を持っていた。

 その為に神族や魔族はかなり長い時間抵抗できるが、規格外ではあるけれども人間である令子や忠夫、妖怪のシロやタマモはすぐに結界に取り込まれるのだ。

 例外はサクヤヒメの神気が篭められた品物を持っているか、あるいは神気を直接授けられた者のみ。

 (こんな時にあいつは飛び出してー!! 私の推測だと、忠夫なら何とかできるのにっ!)

 最悪の可能性を打破できる忠夫が飛び出して行った事に、令子の怒りは募っていく。

 令子にとっては癪ではあるが、最初にサクヤヒメに会った時にしたキスで、忠夫は彼女の神気を体内に授けられている。

 彼なら、お守りなど無くてもその神気のおかげで、この結界内を自由に動けるはずなのだ。

 サクヤヒメが彼に持たせたお守りは、言ってみるなら予備に過ぎない。

 しかしこの事は、サクヤヒメは知らない事だった。あの時彼女は、ニニギノミコトとなった忠夫に絶頂させられていたのだから。

 この事を知っているのは、令子だけだった。彼女が言わなかったのは、戦闘に赴くに対してただ予備が欲しかっただけである。

 けれどそれは、敵の方でも忠夫を見付け易いことを意味している事に、令子は気付いていなかった。


 (ヤバイ!!)

 令子の盾に映ったシロの状況に、忠夫は彼女の危機を感じて反射的に走った。

 シロが利用した罠の場所を解っていた彼は、迷いも無く彼女の許に向かう。

 忠夫はシロを救出する為に、鋭利な岩が所々に地面から顔をのぞかせている昼なお暗き原生林を駆けていく。

 後ろで令子が何かを叫んでいたが、構う暇は無く、ただシロを助けてくると告げただけだ。

 理屈じゃなかった。シロが危ないっと思った時には、もう心の底から湧き上がる焦燥感に突き動かされたように身体が動いていた。

 地面は起伏が激しく苔生していたり、時々思わぬ陥没をしていたりと走る事など常人ならば難しいハズなのに、彼は身軽にジャケットをひらめかせながら踏破して行く。

 驚異の身体能力だ。

 「くそぅ、遅えっ! 令子は、アイツらを信頼して任せていたっていうんに……」

 気ばかりが焦ってしまい、忠夫は己の走る速度にいきりたつ。

 心の奥から湧き上がる焦燥に、文珠に余裕があればと歯噛みすらする。

 実際には、不規則に林立する木々の間をスピードスケーター並みの速度で駆け抜けているのだが、それでも彼は遅く感じていた。

 「頼むから無茶はせんでくれよ、シロ! (ぼろっ) え゛っ!   どぁあああああ ぁぁぁぁぁ  グハッ

 気合を入れる為に叫んだ彼は、直後に柔らかいひさしとなっていた土に足を取られ、盛大に地面を転がり岩に激突していた。

 (くぁー、いてぇーっ。急がんといかんというんに、なにやってんだ俺は!)

 ドクドクドクドクと額から流血しながらも、再び走り出す為に立ち上がろうとする忠夫。

 霊衣であるジャケットやスラックスが無事なのは分かるが、身体の方は額以外については数箇所の掠り傷だけらしい。聞きしに勝る頑丈さだった。

 と、そこへ。

 「な、何をしているんでござるか、先生…って、先生! 怪我をしてるではござらぬか!?」

 なんでこんな所に先生が? と、疑問を持ったシロだったが、彼の額から流れる夥しい出血に泡を食って、彼に走り寄った。

 「へぁ? シ、シロ!? 本物のシロか!!」

 「はぁ……拙者はシロ以外の何者でもござらんが、本物のシロでござるよ。
 それより、おとなしくするでござる」

 忠夫のありえない! という響きを持った質問に、キョトンとした感じで答えるシロ。

 彼女は忠夫がなぜ令子達と離れてここに居るのか、本当に訳が解っていない様な感じだった。

 シロはそんな事よりと、立ち上がりかけた状態で固まっていた忠夫に駆け寄って、彼の額の傷口を舐めてヒーリングを始める。

 「お…おまっ 敵二人に囲まれかけてピンチだったんじゃ!?」

 いきなり地面に押し倒されて額を舐められる格好となり、忠夫は柄にも無く赤面してドモリながら質問した。

 ちなみに彼女は、戦闘前は地味な色の着物姿だったのに、今は何故かその着物をチューブトップのようにして胸に巻き、下半身もパレオの様に巻いていた。

 そういう姿なので、シロの汗の匂いに紛れる彼女特有の匂いと、彼女が動くたびにニュムニュムと押し付けられてたゆんと押しかえす豊乳が、忠夫の煩悩を刺激する。

 「ああ、その事でござるか。拙者は狼でござるよ? 森に気配を溶け込ませるなぞ、お手の物でござるよ。
 敵は狼の姿に戻って、撒いてきたでござる。
 あいつらなら今頃、パピリオ殿の鱗粉で眠ってござろう」

 これこの通りと上半身を起こしたシロは、精霊石のネックレスを見せながらニッと、いたずらが成功したように不敵に笑う。

 (わぉぉおおーーん!! 先生を驚かせる事が出来たでござるぅ)

 けれど内心では、飛び跳ねて走り回りたいほどに浮かれていた。

 浮かれはしたけれど直ぐに正気に戻ったシロは、自分を呆然と見つめる忠夫にちょっと嬉しくも恥かしくなり、再び彼の額を舐めてヒーリングを再開する。

 シロは二人の敵に斬りかかれたあの時、精霊石のネックレスを外して狼の姿になって敵の剣筋を躱したのである。

 その後は、狼狽する敵の隙をついて着物を回収し、逃げる途中で気配を周囲に紛らわせて逃げおおせた。

 と、彼女は思っている。真相は別にあるが、この時点において彼女は気付いていなかった。

 敵が追ってこない事で安心したシロはネックレスを首にかけて人の姿に戻ると、成り行きとはいえ真っ二つになってしまった着物を悲しい顔をしながら身に着けた所で忠夫が転がってきたのである。

 原生林という人間の手が入っていない森の中でシロは、本能によって令子が教え込もうとした戦の虚実を体現させていた。

 「(んん? 出血の割には傷が浅いでござるな? まぁ、先生だし、いつもの事でござるな) はい、終わったでござるよ」

 血の味にも嫌な顔をせず、おしまいっとばかりに少し長く一舐めすると、忠夫の傷があらかた治ったと判断したシロは身体をすぐに彼から離した。

 恥らいつつもヒーリングを続けた彼女の認識では、今は戦闘中で応急処置という認識なんだろう。

 「あ……」

 けれど忠夫は彼女の匂いや柔らかさにぼぉーっとなっていて、不意に離れたシロに物凄い喪失感を覚えた。

 「ん? どうしたでござる? 早く美神殿と合流するでござるよ」

 忠夫のちょっとした変化に気付いたシロは、首を傾げて彼が立つのを助ける為に左手を差し出す。

 右手を出さないのは、周りを警戒していつでも防御できるように利き手を自由にするためだ。

 「いや、なんでもない(シロに女を感じちまうとは。こいつは弟子だっていうのに)」

 シロの手を握って助けを借りながら立ち上がると、忠夫は頭を軽く振る。

 しかし彼の心臓は、彼の奥底に眠る想いを表すかのように、軽くドキドキと鼓動が速くなっていた。

 「先生、あ奴らどうしたものでござろう? サクヤヒメ様に頂いた注連縄も、斬られて使えなくなってしまったでござる」

 輪っかにしていた注連縄が真っ二つにされた物を掲げながら、シロは忠夫にこの後どうするかを訊いた。

 仕方なかったとはいえ、捕縛用の注連縄を外していなかったのをシロは悔やんでいた。

 「そうだな……。とりあえず、このまま放置しておこう。パピリオにやられたんなら、暫くは起きてこんだろ。
 それじゃ、皆の所に戻るぞ。
 あ、それとその注連縄、俺にくれ。何かに使えるかもしれん」

 「了解したでござる」

 シロは忠夫の指示に従って彼に注連縄を渡した後、令子達が居るところへ彼の腕に自分の腕を絡ませて戻ろうとした。

 「ちょっ、シロ! おまっ」

 「ふーん……。パピリオにアンタを追わせたのは正解だったけど、なにイチャついてんのよっ

 忠夫がシロにやめるように言おうとした所で、令子の冷たい声が彼の背後から届く。

 彼は油が切れたロボットよろしく、ギギギギと後ろに振り返った。そこには、腕を組んで自分を怒りの形相で睨む令子と、ホッとしたような表情でシロを見ているパピリオが居た。

 令子が短時間で忠夫に追いつけた理由は、パピリオに抱えてもらって追って来たからだ。

 「れ 令子っ。 こ これは違うぞ!?

 思い切り表情を引き攣らせて、否定する忠夫。けれど、強引にシロを振り払おうとはしなかった。

 さすがに、自分の弟子である彼女を邪険には出来ないのだろう。けっして、腕に当る彼女の乳の感触が捨て難い、などと思っているわけではない。

 「良いわよ弁解しなくて。というより、シロっ。忠夫を離すんじゃないわよ!」

 「え!? 美神殿、拙者の行為を咎めないでござるか!? に 偽物でござらぬよな??」

 思いもかけない言葉を令子に言われたシロは、ビックリして忠夫から腕を離そうとした。

 「離すな!」 「ひゃいっ!

 令子の命令に、シロは忠夫の腕にしっかとしがみ付く。

 「お おい、令子。いったいどうしたっていうんだ?」

 「シロ、サクヤヒメから貰ったお守りはどうしたの?」

 忠夫の質問に一瞥だけをくれて答えず、令子はシロを真剣な表情で見ながら訊いた。

 自分の制止を振り切って走っていった忠夫や、仕方ないとはいえシロを彼に抱きつかせるのを許さなければならない事に怒っているようだ。

 「へっ? それはこうしてここに……あれ? 無いでござる!!」

 訊かれたシロは、ごそごそとパレオのように巻いた着物の袖部分に手を入れて確認したが、失くすなと言われたお守りが見つからずに青褪めた。

 彼女は慌てて胸に巻いた着物を取ろうとしたが、それは忠夫に止められた。こんな所で露出されては、先ほどシロに女を感じた彼にとって、色々拙いことが起きそうだからだ。

 具体的には令子による鞭打ちの刑とか、めった打ちの刑とかによる血祭りなどなど。

 「やっぱりか。アンタは本当に運が良かったわ。今のあんたは忠夫から離れられると、わたし達はあんたを認識できなくなるの」

 「どういうことだ? 令子」

 令子の言った事が理解できず、忠夫はシロをしがみつかせながら首を傾げた。

 「お守りを失くしたシロは、お守りを持っている人間に触ってないとわたし達を認識できないのよ。その逆も然りよ」

 「は? でも、シロはさっき俺を認識したぞ?」

 「それは、あんたがサクヤヒメの神気をニニギノミコトの計らいで体内に入れてるからでしょうね」

 忠夫の疑問に、令子はシロが彼と遭遇できた事で自分が推測していた理論に確信を持って、答えた。

 彼の持っているお守りだけだったら、シロは忠夫を認識できなかっただろう。

 忠夫の体内にサクヤヒメの神気が授けられていたからこそ、お守りとの相乗効果でシロは忠夫を認識できたのである。

 ではなぜ、サクヤヒメのお守りを持っていない敵の姿が令子達にはわかるのか?

 それは敵がこの結界に、無意識に取り込まれまいと抵抗しているからだ。その反発が影となって、令子達の霊視に見えているのである。

 その逆に、敵からは本来令子達を認識する事は出来ない。それを可能としているのが、サクヤヒメのお守りだ。

 だからお守りを偶然に斬られたシロは、敵の視界から急に消えたようになってしまい、彼らは狼狽したのだ。それが隙となって、パピリオに眠らされたというわけである。

 なぜ敵に見つかるようにしているのか、疑問に思う者も居るだろう。

 確かに迷いの森結界内に敵神族を閉じ込めておけば、令子らの憂いは先延ばしには出来る。

 しかしそうすると敵を逃がさないようにする為に、サクヤヒメは塞いでしまいたい妖穴を塞ぐ事が出来なくなってしまうのである。

 敵神族をこの迷いの森結界に閉じ込めたのは、一時的な処置に過ぎないのだ。令子の様子を見かねて、サクヤヒメが一時的に時間的猶予を作り出したに過ぎないのである。

 後顧の憂いを除くためにも、今後自分達にちょっかいを掛けると痛い目に会うという事を解らせる為にも、令子達は今、敵を撃退する必要があった。

 閑話休題


 「あ、あの時か!」

 気絶したサクヤヒメを訳も分からずに抱えるハメになり、その直ぐ後に令子達に血だるまにされた事を思い出した忠夫は、青褪めながらもにやける。 サクヤヒメの乳の感触でも思い出しているのだろう。

 「そ。(こいつはーっ!) で、そういう状況に陥ったのがもう一人いるの。タマモよ(今は時間が惜しい。くのー、見逃すしかないか)」

 忠夫のにやけ顔に腹が立つ令子だが、タマモの安否が判らず時間が惜しい為に、彼への折檻は見送らざるを得なかった。

 「なんですと! 本当でござるか美神殿!!」

 「本当よ。しかも今度は、忠夫を目印に追うことも出来ないの」

 (さっきの場所から離れると小竜姫が心配だし、パピリオはかなり消耗していて、護衛しながらじゃ情報統括は出来ない。宿六を一人で行かせるしかない……か)

 親指の爪を噛みながら、対応策を考える令子。しかし、一つだけしか確実性のある救出案が浮かばない。

 忠夫に文珠で探してもらうしか、状況を打開する案が出ないのが令子には悔しい。ここに至って、忠夫を単独で行動させなければならない事に、ギリッと歯噛みをする。

 つくづく先ほどの失策が尾を引いている事を、思い知らされる令子だった。

 「そ そんな……」

 令子の言葉にシロは愕然とする。我知らず、しがみついた忠夫の腕を強く抱きしめる。

 「安心しろ、シロ。令子の言うとおりだったら、俺はお守りを持っていなくても大丈夫なようだ。
 なら、俺が持っているお守りをタマモに渡せばいい」

 「先生……」

 自信たっぷりにシロの頭を撫でながら彼女を安心させるように請け負う忠夫を、シロは泣き出さんばかりの表情で見つめる。

 「絶対探し出しなさいよ!」

 「分かった」

 シロをパピリオに預けた忠夫は、令子の言葉に力強く頷くと文珠<導>を発動し、走っていった。

 「さてシロ、戻るわよ。小竜姫が心配だわ(忠夫、頼んだわよっ。そして、無事に帰ってきて)」

 森に消える忠夫を見送って、彼を心配する素振りなど一切見せずに踵を返す令子。

 パピリオと彼女に抱えられたシロも、令子に続く。ただ、シロは令子に向かって何かを訊くか訊くまいかと逡巡していた。

 「美神殿。  拙者を…叱らないのでござる……か?」

 令子から叱られると思っていたシロは、何も言ってこない彼女に余計に不安になって、恐る恐る問いかけた。

 「叱る? なぜ?」

 令子は振り向きもせずに、歩きながら問い返す。

 叱れるはずが無い。シロは見事囮としての役目を果たし、敵神族二人を眠らせたのだから。お守りがなくなったのは、不運だったとしか言えないのだ。

 「拙者達は結果的にとはいえ、美神殿の命令を振り切って離れ離れになってしまったでござる」

 「ま、誉められた事じゃないけどね。でも、あんた達の判断は、あの時点では最上ではなくても妥当ではあったわ。
 味方の戦力で、奇襲以外で敵と渡り合えるのは小竜姫だけなんだから、動けない彼女から敵を離すのは当然なの。
 ただ、わたしはあの時、小竜姫がそこまで消耗しているとは知らなかったから反対しただけ。OK?」

 「お おーけーでござる」

 振り向きもせず、背中を向けて自分に説明する令子にシロは気圧されて、頷くだけだった。

 「それに叱れるわけないわ。あれは、わたしの失策だったんだから」

 「どういう事でござる?」

 「あんなに派手に罠に掛かった敵を、安易に捕縛に向かわせた事よ。あれじゃ敵にも知られることに、わたしは気付けなかったのよ」

 「それは……」

 シロは令子の言葉に反論しようとしたが、止めた。彼女が、その原因を解ってない筈が無いからだ。

 忠夫のおちゃらけで令子達の気が抜け過ぎた事など、とうに気付いているだろうということを。

 この辺のおちゃらけ具合も、自分が慕うこっちの枝世界の先生とは違う事をシロは感じていた。

 (先生、頼むからタマモを。どうか…どうか……無事に助けてくだされ)

 パピリオに抱えられながら、シロはタマモを救出に向かった男に向かって、切に願わずにはいられなかった。


 忠夫は令子達と離れた後、文珠<導>によってタマモが隠れているであろう場所まで物凄い速さで向かっていた。

 (くそー、あんな爆撃を喰らったんか。頼むタマモ、無事で居てくれよ!)

 途中で大小様々なクレーターが出来た場所を通り過ぎ、敵神族の攻撃力の高さを痛感しながら忠夫はタマモの安否を心配する。

 先ほど彼が通り過ぎた場所では、鋭利な岩が大木に無数に突き刺さっていたり、いたる所が焼け焦げていたり、無数の大木が半ばからへし折れていたりしていた。

 彼が握る文珠の反応ではタマモが生きている事は判るが、無事なのか大怪我を負っているのかまでは判らなかった。

 その事が、彼の焦燥感を否応無しにあおっていく。

 (追われてる!? 敵…だよなー?)

 先を急ぐ忠夫は、ふと周辺に違和感を覚えた。何かに見られているような、そんな感覚だった。

 (うぉっ!) パキンっ!

 自分の霊感に、何かが飛んできたという感じがいきなり引っ掛かる。そのとたんに、出した覚えも無いサイキックソーサーが一つ顕現し、何かを弾いて割れた。

 (またっ。ちぃ、考えている暇はねぇっ。ソーサー!)

 最初の攻撃が防がれて、敵と思わしき存在は飽和攻撃に切替えたらしい。

 忠夫は、自分に向かって飛んでくる何かが気配をいくつも増したのに気付くと、1m半ほどの大きさのサイキックソーサー5枚を自分の周りに展開した。

 ソーサーが忠夫に向かう攻撃をいくつか防ぐ。

 しかし5枚のうち、数発が同時に直撃した3枚が粉々に砕け、爆発する。

 その爆発の閃光と煙によって飽和攻撃が途切れた一瞬の時間を使い、忠夫は慣性を無視したかのように直角に右に曲がって攻撃射線から逃れた。

 (どこだ? どこから…来る!?)

 左右をキョロキョロと忙しく見て、警戒する忠夫。それをあざ笑うかのように、攻撃は彼の真上から来た!

 「うぉ!」

 一瞬早く脳裏に浮かんだ敵の攻撃に、思い切り左に横っ飛びする忠夫。そのまま前回りで受身を取って、ハンズ・オブ・グローリーを右手に発現させた。

 (さっき見えた武器……あれは小竜姫さまを狙った奴だったな)

 忠夫は、自分を攻撃した敵の武器を思いだしながら油断無く身構える。いつでもダッシュが出来るように、靴底の下にも薄いソーサーを用意する。

 令子の盾に映っていた小竜姫を攻撃した敵の武器を、彼は脅威の動体視力で捉えていた。

 あの時、小竜姫が敵の攻撃が見えなかったのは回避行動を優先したからだが、遠く離れた忠夫はその必要が無い為に判別できたようだ。

 (こう敵の動きが分かり難いんじゃ、反撃もままならんな。いっちょ、やったるか!)

 敵の冷静な判断力を削ぐ為、忠夫はニヤリといたずら小僧のような笑みを浮かべて、後ろも見ずに走り出した!

 ダッシュした時、足元にかなりの霊力を圧縮して篭めた小さなサイキックソーサーを残して。

 敵は、いきなり彼が逃げるとは思わなかったのだろう。辺りに何かが動揺したような気配がする。

 その気配に向けてサイキックソーサーを2個、忠夫は低空で放つ。それと同時に、弾道軌道で一つ高空へと飛ばした。

 敵は自分に当るとは思えない軌道で向かってくるサイキックソーサーに、あざけりの笑みを浮かべてやり過ごす事にした。

 それが忠夫の狙いとも知らず。

 忠夫は、敵が居ると思う場所でソーサー2個をぶつけ合って爆発させる。

 その爆発によって敵が動揺したのか、気配が強くなったのを感じた忠夫は、高空に飛ばしていたソーサーをその気配のヌシに思い切り加速してぶつけた!

 盛大な爆発が辺りに轟いた。

 忠夫は戦果を確認せずに、辺り構わず地雷型の小型サイキックソーサーを仕掛けていく。文珠の可能性を突き詰めた彼ではあるが、文珠が切れた時の対処法も確立しているのだ。

 そうでなければ、令子の傍に居続けるなど出来はしない。

 手傷を負った敵が、忠夫が逃げる時に仕掛けた罠に掛ったのだろう。彼の遥か後方で、また一つ盛大な爆発音が轟いた。

 文珠<導>でタマモに近付きながら、忠夫は敵をおちょくる為に更に周りにある木々や草を利用したトラップを次々に仕掛けていく。

 霊波で強靭にした草の束で足を引っ掛ける罠を作ったかと思えば、霊波刀で切り取った蔦(つた)や鋭利な切り口の枝を同じく霊波でコーティングして強靭にし、蔦に引っかかると突き刺さるように襲ってくる罠を仕掛ける。

 他にも若木のしなりを利用した鞭打ち罠や、木と木の間にシロから受け取っていた注連縄を結んで網目状にした捕獲用罠を作る念の入れ用だった。

 その悉(ことごと)くに引っかかっていく敵の追っ手。

 なぜ敵が、忠夫のトラップに掛りまくるのか?

 それは忠夫が巧妙に、ブービートラップとは反対の場所にサイキックソーサー等の霊波をわざと出した罠を仕掛けているからだった。

 これ見よがしの罠に掛るかと避けた先に、足元の輪っかに結ばれた草の束に引っ掛ってすっ転ばされ、続いて岩が頭上から落ちてくるなどされたら、そりゃ頭にも来ようというモノだ。

 こうして罠に引っかかる度に敵は頭に血が上り、冷静な判断が出来なくなる。そしてまた忠夫の罠に引っ掛っていくという、トラップスパイラルに敵は陥っていく。

 しかも凶悪な事に、疑心暗鬼に陥ってくるタイミングを見定めてあるのか、その逆パターンもあったりして侮り難いモノがあった。―― 逆パターンの場合は、トドメに地雷型サイキックソーサーを使用したものだ ――

 本気で逃げに入った忠夫を追うという事は、それだけ追っ手は少なくないダメージを肉体的にも精神的にも負っていくのである。

 それでも、敵神族の追ってくるスピードは速く、じょじょに忠夫に追いついてきていた。

 (やべーな。そろそろ追いつかれちまう。老師仕込みの格闘術が通用すれば良いんだけどな)

 背後から追ってくる敵の気配が強くなってくるにつれ、忠夫の方でも焦りが出てくる。

 いくつか捕縛用のトラップは仕掛けたが、やはり斬られた事によってサクヤヒメの神気が減じたのか、イマイチ効力を発揮してくれなかったようである。

 それでも、忠夫が逃げる時間稼ぎにはなってはいた。

 (足を引っ掛けて転ばすトラップは、相手が空中にいるからもう使えんし。
 そろそろ直接相手するしかないが、やりたくねー……)

 ひょいひょい木々の間に蔦のトラップを仕掛けながら、忠夫は心底嫌そうな顔をする。

 基本的に争いを好まない忠夫は、降りかかる火の粉を払いはするが、自分から進んで突っ込むことはしない。むしろ避けるのが当然と考えてる。

 (タマモもこの近くに居るはずなんだけどな。敵が居ちゃ、探す事もできねぇし……よしっ)

 文珠から感じるタマモの居場所が近いことを確信した忠夫は、相手と直接相対する覚悟を決めた。

 彼は、周りの若木を限界までしならせて固定し、そこにサイキックソーサーを載せていく。

 それを十個作って、全ての照準が空中のある一点に集中するようにした所で、忠夫は身を隠した。

 覗きで培った彼の隠行は、今じゃ武神小竜姫にも通用するレベルだ。ただし、通常モードの彼女にだけという条件が付くけれど。

 それでも見事な隠行で、周りの木々や草木の気配に溶け込む忠夫。彼の手には、ナイフがいつの間にか握られていて、目の前にはピンッと張った蔦があった。

 ほどなくして、目を血走らせたフクロウの頭をしたオウラとか言う神族が、物凄いスピードでぶっ飛んできた!

 (追っ手は令子が警戒していた奴だったんか……。相当頭にきているな。掛かってくれよっ)

 忠夫が見詰めるのはただ一点。オウラが通過する未来地点だ。

 (今っ!)

 忠夫は一点を凝視しながら、目の前の蔦に手に持っていたナイフを閃かせる。そのとたん、ザゥッといった音を一斉に立てて地雷型サイキックソーサーを載せた若木のしなりが元に戻った!

 全ての地雷型ソーサーが命中した訳ではなかったが、それでも6発分の爆発音がした所から最低でも6発は当たったらしい。

 忠夫は、右手のハンズ・オブ・グローリーを槍状にして、爆煙の中へ思い切り突き伸ばした!

 ザシュッと、予想に反して軽い手応えが忠夫の手に返ってくる。

 (やべっ。外した!)

 忠夫は即座に身を隠していた場所から飛び退く。直後、盾にしていた大木が木っ端微塵に吹っ飛んだ!

 爆煙が晴れたそこには、所々から煙を出すボロボロのオウラの姿があった。

 鎧は黒く煤け、所々には皹(ひび)も入っている。四肢は少なくない裂傷を負ったのか、赤い血が流れていた。

 オウラの目は血走り憤怒の表情をしているはずなのに、口元がつりあがっていて笑っているようにも見える。

 散々自分をおちょくってきた相手が、やっと目の前に現れたのだ。オウラはニタリと笑って、水晶で出来た剣を振りかぶった。

 (やっべー、怒らせすぎた!)

 敵神族の表情に、忠夫は冷や汗を垂らす。

 それでも彼は、霊波刀状態にした栄光の手を斜に構える。けれど、足裏には瞬間的な加速を可能とするサイキックソーサーを用意。

 いつでも逃げられる準備をしているのが、彼らしい。

 「文珠使い横島忠夫……。キサマァ、楽に死ねると思うなよ……

 押し殺した声が、オウラの怒りの深さを如実に表していた。

 生きて確保するのが最低条件だったが、忠夫に散々おちょくられ頭に血が上ったオウラには、最早そんな事などくそくらえだった。

 オウラは、振りかぶった水晶の剣を無造作に振り下ろした!

 忠夫はすぐさま足裏のソーサーを起爆して、左に飛ぶ。

 直後、忠夫が寸前まで居た場所に、数個の5cmくらいの小さな穴が穿たれていた。

 (なんだ? 何が飛んできたんだ?)

 忠夫は、一瞬だけ攻撃が叩き込まれた場所を見た後、すぐに敵に注意を向ける。

 (柄だけ? まさかっ、刀身を飛ばしたっていうのか!? げっ! しかも再生していきやがる!!)

 オウラが持つ武器の柄だけの姿に、何を使って攻撃したきたのか確信した忠夫は、しかし敵の剣がみるみる刀身を再生していく様子に戦慄を覚えた。

 (待てよ? 刀身は一本なのに、なぜ穿たれた穴は複数なんだ?)

 戦慄を覚えながらも、忠夫は分析を続ける。

 そこへ、オウラの2撃目が飛んできた!

 (なっ! 刀身が分裂するだとー!!)

 オウラが放った2撃目をゴキブリのようにカサカサ這って逃げた忠夫は、攻撃してきた刀身が6つに分裂したのを確かに見た。

 オウラの持つ水晶の剣は柄からの全長が120cmほどだが、刀身部分が神気の糸によって繋がれた幾つものクナイだったのだ。

 しかも、そのクナイは生成に時間が掛かるようではあったが、いくつも飛んでくるシロモノだった。

 (ちっくしょー、あんなんまともに相手してられっかー!)

 忠夫は半泣きで逃げながら、内心で悪態を吐きつつ飛んでくる水晶のクナイを霊波刀で弾いたり、サイキックソーサーで迎撃していく。

 最初は、無様に逃げ回る忠夫の姿に多少溜飲が下がる思いだったオウラだったが、それはすぐに苛立ちにとって代わった。

 なぜなら当らないのである。何度攻撃しても、避けられるわ迎撃されるわで一向に致命傷にならないのだ。

 こうなると、その無様な避け方にさえ馬鹿にされたように思えて、怒りが湧いてくる思いだ。

 (ちくしょー、やっぱ隙が無ぇー! ダメージは与えちゃいるが、決定打にならん! どうするか?)

 息が上がりだした身体で必死に避けながら、忠夫は打開策を考える。

 けれど敵に通用しそうな攻撃は、物質化するまで霊力を圧縮した霊刀かその手前までの霊波刀。若しくはE・ダーツくらいしか思い浮かばず、それらを用意するには少なからず時間が必要な為に、彼はただただ逃げる事に専念するだけだった。

 「ちょこまか逃げおってー!!」 「逃げんと死ぬやろがっ!」

 「さっさと死ねー!」 「やなこったーっ!」

 どのくらい逃げ回っただろうか。逃げ回りながらも、ソーサーでちまちま攻撃してダメージを与えていた忠夫は、疲労を隠し切れなくなってきた。

 (チィッ、しつっこい! ゲッ!?)

 真正面からオウラが繰り出してきた三連刺突に続いて、右薙ぎをバックステップで回避しきった忠夫は、しかし不意に軽く崩れた土に足を取られて、うつ伏せに倒れてしまった。

 そこへ頭上から斬撃が襲ってくる!

 「死ねぇぇえええーーー!!」

 (ヤバイッ! 避けられねー!! 令子っ……心眼っ!!)

 オウラの斬撃が真上から迫り回避不能に陥った忠夫は、刹那の瞬間に令子の怒り顔が脳裏に浮かび、次に何故か雪之丞の霊波砲で散った心眼が思い浮かんだ。

 その時、思いもかけない声が聞こえる。

 『やれやれ……おヌシは成長しても変わらぬな。右に片乳がまろび出た令子殿だ』

 「なにぃ!

 忠夫は聞こえた声に思わず従い、身体ごとそっちを向いた。しかしソコにはもちろん何も無く、彼の背後一センチの所を水晶の刀身が通過しただけだった。

 「いねぇじゃねえか、心眼! 令子の片乳剥きなんて、全裸より貴重なんだぞ!」

 背中に感じた剣風に冷や汗をドバドバと流して思い切り飛び退きながら、忠夫は思わず彼の名を叫び悪態を吐いた。

 『やっと呼んでくれたな。これでまた……後ろに怪我をしたタマモ殿だっ』

 「なに!? ソーサー!!」

 心眼の言葉に忠夫は躊躇無く直径二メートルのサイキック・ソーサーを5枚重ねて己の前に出現させると、そのまま後方に大きく跳んだ。

 空中で身体を後ろに向けるとそこには、両腕から赤い血を夥しく流すタマモが草むらからコケながら出てくる所だった。

 心眼は、忠夫が持つ<導>の文珠からもたらされる情報を、忠夫よりも正確に受け取っていたらしい。

 「キャッ! な、なに! ちょ、離して!」

 いきなり忠夫に抱きつかれて混乱したタマモは、彼の向こう脛を容赦無く蹴りまくる!

 お守りを無くしたタマモは、敵であるオウラを認識していなかった。なので、忠夫が必死で敵の攻撃から彼女を守ろうとしているのも理解できていなかった。

 「うぐぉっ、タ…タマモ、少しおとなしくしてくれっ。ぐぁっ……オウラって奴がこの近くに居るんだ!」

 脛に何度も走る痛みを必死に堪えながら、忠夫はタマモに懇願した。半端無く痛い。

 「くぁっ、心眼! ソーサーの制御は任せた!(ちくしょ。タマモの傷、結構深いじゃねーかっ)」

 心眼に防御を任せながらタマモの傷の具合を診ていた忠夫は、彼女の負った傷の深さに敵に対する怒りが再燃した。

 彼の怒りに反応するように、左手に膨大な霊力が集まっていく。

 『やれやれ、モノ使いの荒い主だ』

 そう言いながらも、どこか嬉しそうな響きがその声色にはあった。

 タマモが急に現れた事によって警戒を強くしたオウラは、姿を消して忠夫達に攻撃を仕掛けてきていた。

 タマモが忠夫に触れた事でオウラも彼女を認識出来るようになったのだが、彼は急に彼女が現れたように見えて驚いていた。

 その為オウラは、冷や水を浴びた様な思いをして冷静さを取り戻し、本来の戦い方に戻っていた。

 彼が得意とする暗殺術に。

 実力者に、気配を消された上で攻撃される事ほど恐ろしい物はない。

 忠夫だけだったらタマモを守りながらでは、手に負えるものではなかっただろう。

 されど、今の彼らには心強い味方である心眼が居る。

 彼は、霊波・霊力を最大限に効率良く操り、忠夫が出した2mあまりのサイキックソーサー5枚を巧み操って、オウラからの攻撃を防いでくれていた。しかし……。

 『主よ。このままだと……』

 「ああ、判ってる。ケリ着けるぞ!」

 いつの間にか右手に握られていた最後の文珠に<暴>の文字が浮かぶ。タマモと遭遇出来た事によって、<導>文珠は役割を終えて既に消えていた。

 『ここに打ち込め!』

 文珠に篭められた視覚・超感覚による「暴く」の効果を余す所無く心眼は使い、敵の居場所を念話で忠夫に伝える。

 「うぉぉおおおお! タマモの傷の分じゃー!!

 心眼から受け取ったイメージに従い、認識阻害の術で隠れて接近してきていたオウラに、忠夫は左手に造っていたE・ダーツに怒りを篭めて射出した!

 オウラは、正確に自分に狙いを付ける忠夫を信じられないという思いで見ながらも、本能に響く悪寒に従い身体を左に捩る!

 スドォゥウウウム!!

 彼は己の身体を捩るのではなく、思い切り横に投げ出していれば戦闘を続行できていたかもしれない。自分の認識阻害の術を人間が見破れるはずが無いという思い込みさえなければ、彼は助かっていたかもしれない。

 逃げていく敵を追うように急角度に曲がったE・ダーツは、そのままオウラの右半身にぶち当たっていた。

 凄まじい閃光と爆風が過ぎ去った後に現れたのは、右半身に大きな裂傷をいくつも作り、その傷口が爆炎で焼け爛れて地面にうつ伏せに倒れたオウラだった。

 時々痙攣をしているのが見られるため、まだ生きてはいるようだ。

 「ふう。何とか生き残ったな。……と、それよりも心眼! お…お前、本当にあの心眼なんか!?」

 オウラの様子を見て、戦う事は無理だろうと判断した忠夫は、声が聞こえた方。すなわち己の右手に話しかけた。

 『うむ。私は小竜姫様によって、あの試験前夜にそなたに与えられた心眼だ。
 久しいな、主よ。あの時情けなかったおヌシが、よもやここまで成長しておったとはな。うれしい限りだ。
 しかし、性格は変わっておらぬようだな』

 「ほっとけ! けど、そうかー。あの時の心眼なんだな……」

 呆れたような笑みのイメージを送ってくる心眼に思わずツッコんだが、忠夫はすぐに感慨深げに空を見上げた。心の汗が落ちそうだ。


 時に余談だが、忠夫と心眼のやり取りの最中にもタマモはずぅ〜っと、彼に抱きしめられていた。


 タマモがなぜ忠夫の腕の中でおとなしくしているのか? それは……。

 “こいつん中に横島クンはいるのよ”

 この戦いに臨む前に、タマモは令子にそう言われていた。あの時は直感でそのことが判った。

 けど、さっきの忠夫が叫んだ言葉 “タマモの傷の分じゃー!!” で、本当に実感した。

 (私は失くしてない……。忠夫はここに居る。  アッ!

 気付いた時には、タマモは忠夫と身体を入れ替えていた。思わず彼の顔を見た。

 忠夫の表情は驚きに満たされていた。

 (死ぬ時って痛いくないのね? でも、忠夫を護れて良かった……)

 タマモはせめて最期だけはと、彼に口付けをする。


 それから十数秒経っても彼女は生きていた。

 「ん  ふっ   え……あれ?」

 『あ〜、ぶしつけで申し訳ない。後ろを見てもらえないだろうか? タマモ殿』

 心眼と呼ばれていた者の声がする。それに従って呆けた彼女は、何も考えられずに後ろを向いた。

 そこには……淡く翡翠色に輝く半透明の幕が一枚。

 タマモの背中の手前50cmの所で、忠夫のサイキック・ソーサーが水晶のクナイを包み込むようにして受け止めていた。

 『さすがは神族の武器といったところか。5枚あった強化版ソーサーのうち、4枚をモノの見事に打ち抜きおった。
 咄嗟に最後の一枚に、弾力性と伸縮性を持たせなかったら危なかったであろうな』

 そんな事をおっしゃる心眼。

 そう、オウラの最期のあがきに気付いたのは、タマモだけでは無かったのである。

 彼だけは戦闘が終わっても、残心を怠ってはいなかったのだ。

 「すまん、心眼。助かったよ。俺のミスだ」

 『なに、その為の我だ。それに、タマモ殿に慣れぬヒーリングをしておったではないか。文珠も無いのであれば仕方が無い』

 謝ってくる忠夫に内心では満足しつつ、心眼は彼を労う。

 霊能の歩行器という役目から進化し、これからは忠夫を支援する存在へ。心眼は、主の命を守るという己の役目が果たせて喜びに震えていた。

 「さて、令子達と合流するぞ。心眼、案内を頼むな」

 『承知した』

 「あ、それとこの物騒な武器は一応回収しておこう」

 『それが良かろうな(もはや二度と、振るえぬであろうよ)』

 忠夫を庇ったと思っていたのにそれが一人芝居となってしまい、羞恥に真っ赤になって立ち尽くすタマモを、敵の武器を回収した後にお姫様抱っこして忠夫は歩き出した。

 タマモは涙目で忠夫を下から睨みながら、トントン トントンと彼の胸を自由になる右手で叩く。それでも彼の歩みは危なげがなかった。


 「ありがとな」

 しばらく歩いた途中で忠夫は、腕の中のタマモに小さく礼を言った。

 (〜〜〜〜〜〜〜〜ばか

 忠夫の言葉に、タマモは照れて赤くなった顔を見せまいと彼の胸に頭を押し付ける。心の底から安心できる匂いが、彼女を包み込んだ。


 忠夫がタマモを救出していた頃。深手を負ったレオルアは、眠らされたフィルレオとアルウェイドを見つけていた。

 (手掛かりはまだ生きてはいるか。
 だがこの傷では、これ以上の任務を遂行する事は不可能だ。
 それにこの小袋。
 これから漏れ出る神気は、この結界が放つ神気と非常に似ている。
 もしやこれがあれば……試してみて損はないだろうな)

 フィルレオらを捜索する途中で、一度だけ敵が負傷したかを確認する為に砲撃した地点へと向かったレオルアは、そこで強力な存在感を放つ小袋を見つけていた。

 それは、タマモが落としたサクヤヒメのお守りだった。

 そのお守りを持つ事によって、自分が取り込まれかけていた結界の干渉から外れた事を感じたレオルアは、一度引き上げるべく眠らされた二人が目を覚ましても動けないように縛って抱える。

 (今度は敵としてではなく、味方として見(まみ)えたいものよ)

 令子達が居るだろう場所に一瞥をくれて、レオルアは結界から脱出するべく飛び立っていった。


 その様子を一頭の妖蝶が木の枝に羽を休めて、静かに見つめていた。


 遠く離れた浅間大社本殿の一室。

 そこで一心不乱に祈りを捧げる巫女の姿をした現人神 氷室キヌの胎内では、黒い文珠の色がじょじょにヒスイ色に変わってきていた。
 その文珠の中には、ふくらはぎまで現れた女性の素足が見えていた。

 ルシオラ復活まで……あと13時間。


    続く


 こんにちは、月夜です。想い託す可能性へ 〜 さんじゅう 〜後編をここにお届けです。
 今回はシロとタマモにスポットを当ててみました。若干タマモ分が大きいですが、今までシロの方が目立っていましたので、これでインパクトあればいいなと思っています。
 誤字・脱字、表現のおかしな文が見つかりましたら、ご指摘頂ければ幸いです。可能な限り速やかに修正致します。
 では、レス返しです。

 〜星の影さま〜
 毎回のレスありがとうございます。レスが頂けるとホッとすると共に嬉しさがこみ上げてきます。今回のお話、気に入っていただけたら幸いです。
>さまざまな伏線が絡み合って……
 とりあえず、複雑になりそうな所は一旦収束させました。彼が戻る事で、西方域の神族にどういうアクションが起こるかは、まだ未知数ですけど^^
 展開が読めなくて面白いと言って頂けると、私としても嬉しい限りです。
>どっかで細々とSSを書き始めた
 投稿されている場所は判りましたが、まだ読んでいません。私自身の生活が落ち着いたら、読ませて頂きます。

 〜読石さま〜
 いつも感想を書いて頂き、ありがとうございます。読石さまのレスがあると、本当にホッとします^^ 今回のお話、お気に召す展開であれば幸いです。
>横島君はくび元に……
 それは盲点でしたー! そうですよね、忠夫って芸人気質なんだから、それくらいしても良かったんですよね。ちょっと考えてみます。
>敵対状態より危険ぽいなぁって事
 とりあえず、令子さんには見透かされていました(笑) その上で、彼女らを信頼してリカバーを試みようとしました。成功する前に逃げられちゃいましたけど(^^ゞ 
 まだまだ令子さんとタマモの溝は埋まりきっていません。その辺は、令子さんの歩み寄り次第かと。けどまぁ私が書く令子さんは、紅百合の薫陶を受けているんですけどね(笑)
>除くモノ大喜び?
 潰しあいになってしまったのは成り行きですが、ほくそ笑んでいるでしょうね〜。けど、ラスボスの最終目的は悲劇を啜るというものですから、今後どんどん人生を狂わされる者達が出て来ることでしょう。

 〜ソウシさま〜
 いつも感想をありがとうございます。感想を頂けるくらいの物語が紡げていると実感できて嬉しいです。
>小竜姫とタマモが戦闘が……
 態勢を整える前に、敵に逃げられちゃいました。でも彼が復活です。これは忠夫達にとっては収穫じゃないかと^^
>タマモの技が増えて……
 タマモ・シロ・おキヌちゃんの霊能技については、これからもチョコチョコと出していきたいです。
>なんつー合体技を……
 これ、忠夫にも原因があるんですよね。その辺のエピソードも外伝として出したいです。

 〜エフさま〜
 また感想が頂けて嬉しいです。今回のお話もお気に召されれば幸いです。
>日本神話系の知識は……
 これについては私の不徳の致す所です。本来なら、エフさまのように日本神話になじみが無い方でも、どういうエピソードを持った神様かを説明する描写が必要でした。申し訳ありません。それでも面白いと感じて頂けたようで、とても嬉しいです。
>文珠と言霊の辺りとかなるほどと……
 私が考える文珠や言霊の考察に共感頂けて嬉しいです。文珠は扱いが難しいアイテムですが、読者がにやりとする様な使い方が出来るようになりたいです。
>是非最後まで読みたい……
 凄く励みになるお言葉です。物語を死なせないよう、完結までゆっくりとではありますが書いていきます。

 拙作をお読みくださった方々、ありがとうございます。今後も一言でも感想が頂けたら嬉しいです。

 それでは、次回投稿まで失礼致します。
 次回投稿は、4月中旬を予定しています。

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