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「想い託す可能性へ 〜 さんじゅう 〜前編(GS)」

月夜 (2008-03-17 12:42)
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  思い託す可能性へ 〜 さんじゅう 〜(前編)


 転移によって、人の手が一度も入ったことの無い原生の森に立つ令子達一行は、辺りを見回して敵がいないかと探っていた。

 念の為に敵神族達から3Km離れた所に転移したのであるが、用心にこした事はない。

 「凄いわね、ここ。ほうぼうに木が生い茂って、太陽の光がここまであまり届いてないわ」

 「そうだな。それに苔とかもかなり生えていて、かなり歩き辛そうだ。コレが無かったら、こんな所で一生迷い続けるんだからゾッとするな」

 令子の言葉に、忠夫も相槌を打った。

 その手に持った、サクヤヒメからそれぞれ一つずつ手渡されていた布製の、金の刺繍が入った赤い小さなお守りを見ながら。

 「まだこちらは気付かれていませんが、西北西の方角に複数の神気を感じます。
 パピリオ、貴女の眷属はここでは使えますか?」

 「やってみるです」

 小竜姫に促されたパピリオは、次々と眷属を呼び出していく。

 「今はあんまり呼んじゃダメよ。向こうに気付かれるわ」

 令子がパピリオにセーブするよう伝える。

 辺りに漂う薄くも不快な気配に敵に気付かれる事も無いとは思うが、油断は出来ないからだ。

 なぜなら、敵にはヒャクメの遠見を妨害できるオウラという者が居る。もしかしたらこいつは、隠密行動に長けている者ではないかと、令子は推測していた。

 得てしてこういう者は、辺りの違和感に敏感なのだから。

 「分かったです。ん〜、今のところこの子達には影響ないですね。美神達それぞれに分隊長となる眷属を付けておきますから、連絡はその子達を介して行ってください」

 「分かったわ。それじゃ、他の妖蝶たちを森に放って鱗粉の結界を作ってちょうだい」

 「分かったです」

 パピリオは六頭の極彩色の妖蝶を呼び出し、そのうちの一頭が最初に呼び出した五十頭を引き連れて森に向かって入っていった。

 残りのうち四頭は、それぞれ令子・シロ・タマモ・小竜姫の後頭部に止まって羽を休めた。一見すると、蝶型のバレッタのような飾りに見える。

 そこでパピリオはちょっと困った。忠夫にも残り一頭の眷属を付けようとしたのだが、小竜姫達のようにするとなんだか滑稽に見えるからだ。

 それもまぁ面白いかと、頭に浮かんだ想像に笑いを噛み殺して彼の頭に止まらせた。

 「あはははは。 パピリオ、ナイスよっ。くふふ……横島、そこから取っちゃダメだからね」

 パピリオの意図に気付いたタマモが、忠夫の頭を指差して思い切り笑う。

 「えと…くくっ に 似合うでござるよ、先生」

 オールバックにした頭に、極彩色の蝶がバレッタよろしく止まっている事にシロまでも笑い出した。

 小竜姫は困ったように苦笑しながらも、やはり止めようとはしない。

 「いくらなんでも、男にこれはないと思うぞ。パピリオ」

 情けない顔で忠夫は、女性陣が笑い出す原因を作ったパピリオを睨む。強引に取らないのが彼らしいが、彼の表情からすると別の場所にして欲しいらしい。

 「パピリオ。眷属は頭に付けておかないと、念話は出来ないの?」

 令子も忠夫を見て、クスクス笑いながらパピリオに訊いてみた。

 「やった事ないから解りません。試しに胸に付けてみるです」

 そう言ってパピリオは、渋々忠夫の頭に止まらせた妖蝶を彼の左胸に止まらせた。

 『ヨコシマ、私の声が聞こえますか?』

 「お? パピリオの声が聞こえた。それに頭痛も頭に鳴り響く事も無い。偉いぞ、パピリオ!」

 「えっへへー、上手くいったです」

 忠夫に誉められたパピリオは、胸を張って笑顔で喜んだ。

 「それじゃパピリオ。眷属をまた呼び出して、その鱗粉で私達を隠してちょうだい。
 小竜姫、シロ、打ち合わせ通りに各個撃破でお願いね。
 タマモ、シロとパピリオのサポートよろしく」

 令子は自分の盾を呼び出しながら、小竜姫達にそれぞれ指示を出していく。他にも、右袖に仕込んでいる風の刃衣も確かめていた。

 「分かりました」 「了解でござる」 「分かったわ」

 パピリオはコクッと頷き眷属達を少しずつ増やしながら、鱗粉を落とさせ始めた。その新たに呼び出した眷属達のうちいくつかが、鱗粉を落としながら風に乗って森へと分け入っていく。

 その様子を眺めながら、小竜姫はふわりと宙に浮いていつでも行ける様に準備する。

 シロはタマモの隣まで行くと、いつでも走り出せるように前傾姿勢になって今か今かと令子の号令を待つ。

 タマモは、先ほどの戦いと同様に妖蝶を通してパピリオの鱗粉を操り、幻術を仕掛ける準備を始めていく。

 「んじゃ、俺もちょっくらトラップでも仕掛けてくるかな」

 「そうね。あんたのサイキックソーサーを使ったトラップだったらダメージは与えられるだろうし、嫌がらせにもなるわね」

 忠夫の言葉に令子は苦笑しながら頷いた。

 忠夫が、シロ達だけを戦わせて自分が護られるという状況に、とうとう我慢の限界に達したと感じたからだ。

 それに、拠点と決めた場所の周りにトラップを用意し、逃げる時間を稼ぐ事にも繋がる。

 「シロ、タマモ。忠夫と一緒にトラップを仕掛けてきて」

 「「了解(でござる)」」

 忠夫はシロとタマモを伴って、トラップを仕掛けに森に入っていく。

 こうして令子達は、防衛拠点をいくつか築いていった。


 少々時を遡り、樹海に吹っ飛ばされた直後のフィルレオ達はというと、激甚な怒りに囚われていた。

 「くそっ。舐めたマネをしてくれる!」

 アルウェイドは、強制転移で飛ばされた先で手近にあった大木数本に八つ当たりをし、へし折って行く。

 辺りには大木が倒れるのに巻き込まれて、他の木々も薙ぎ倒される音が鳴り響いた。

 アルウェイドの周囲一帯がぽっかりと空き地になり、強烈な太陽の光が数百年ぶりに地面に降り注ぐ。

 「やめろっ、アルウェイド! 五月蝿くてかなわん!」

 はらわたが煮えくり返っているのはフィルレオも同じで、アルウェイドの苛立ちが癇(かん)に障って怒鳴った。

 「しかしっ! 東洋の人間風情に舐められたまんまじゃ、俺の気が治まらねぇ!」

 よっぽど頭にきているのだろう。フィルレオの命令に、アルウェイドは従わず反論した。

 「アルウェイド、怒りはあの女神が守る人間達に向けろ」

 そこへフクロウの頭をしたオウラがボソッと、しかし無視できない力強さで喋った。彼の声が微妙に震えているのは、彼が怒りを無理やり押し殺しているせいだ。

 「女神が守る人間たちにだと!?」

 「ああ。この地域の神族は、俺らみたいに恐怖で人間を纏めているわけではないらしい」

 己の端末から情報を引き出しながら、オウラは淡々と説明する。

 曰く、この地域の神族は恐怖では無く、人間の援(たす)けとなる神威を発揮して、その信仰を集めていると。

 その特性にそって、信仰している人間を攻めて数が減れば、あの強大な神気も衰えるだろう。

 オウラが導きだしたのは、そういう結論だった。

 「そうか。ならば、傷を癒して人間の街を襲うぞ」

 「いや待て。それでは他の神々が、黙っていないのではないか? 無関係な人間には極力関わらせるなというのが、命令の主旨であったはず」

 オウラの提案をフィルレオが飲んだ事で、レオルアが内心慌てながら反対意見を述べた。

 「何を言うレオルア。あの女神の方が、積極的に私達の行動を阻んでいるのだぞ。その女神に護られている人間達が、無関係であるはずが無い」

 自分達の基準で、ものを言うフィルレオ。

 西洋と東洋のというより、日本独特の神と人との関係が理解出来ていないのだろう。

 彼らはある意味、この日本の神々の逆鱗に触れようとしていた。

 「まずは傷を癒そう。大した痛手ではないが、それでもあの女神を相手取るにはダメージが大き過ぎる」

 レオルアは、せめて敵対していない人間達に剣を向けたくはないと思い、遅延策を出した。こんな所で人間の大量虐殺など起こされては、たまったものではない。

 時代は変わっているのだ。そんな事をされれば、人間達は恐怖ではなく反発を生んでしまうだろう。

 「それもそうだな。とりあえず傷の手当をやっておこう」

 フィルレオがその策を取り、他の三人も従いだしたのを見てレオルアは内心でホッとして、傷の手当を始めた。

 (アテナ様。この件、本当に根深いようですぞ)

 太陽の光に己の金のたてがみを煌めかせながら、レオルアは真の主に思いを馳せていた。

 暫くして、彼らがそれぞれの傷をある程度癒した頃。

 「ん? 今何かに取り込まれた気がしたが、なんだ?」

 フィルレオは、いきなり変わった周囲の気配に、用心深く視線を向ける。

 「ああ、私も感じました。 ……どうも我々は、何かの結界に取り込まれたようです」

 周りを警戒していたフクロウの頭を持つオウラが、端末の表示を見ながらフィルレオに状況を報告した。

 「ちっ、ぐずぐずしていたらザマぁ無ぇ。隊長、俺はもう行くぜ!」

 「そうだな。どういう結界に取り込まれたかは知らんが、今のところ害意は感じられん。行くぞっ!」

 「「「「ハッ」」」」

 フィルレオ達はオウラを先頭にし、飛び立った。向かうは浅間大社である。

 暫く彼らが飛んでいると、いきなり視界が変わって先ほどのアルウェイドが空けた森の空間に戻されていた。

 「なっ! これは無限結界なのか!」

 オウラが、己の端末と周りの風景を見比べながら叫ぶ。

 「なるほど、これが先ほど隊長達が感じた違和感というわけか(無辜の人間達を襲うなどという、不名誉を行わなくて済んだな)」

 オウラの叫びに内心でホッとし、レオルアは周りの気配を探るようにしながら呟いた。

 「どこからか、俺らを監視しているというのか!?」

 アルウェイドが、周囲を警戒するように感覚を研ぎ澄ませていった。

 それに合わせたかのようにオウラ達も感覚を研ぎ澄ませるが、今のところ何も捉える事は無かった。

 「ぬぅ……。手分けして出口と思わしき空間の揺らぎを探せ!」

 「「「「ハッ!」」」」

 業を煮やしたフィルレオの命令に、全員がそれぞれ別の方向に飛び立っていった。


 「半径10km、幅3kmにわたる扇形をした結界だというのか!?」

 判明した結界の広さに、フィルレオは驚愕する。

 一時間が経って再び集結した彼らは、己の調査結果を報告しあっていた。

 その結果判明したのは、自分達が取り込まれた結界が広大なモノだという事だった。他にも彼らが居た場所は、その扇形の結界から五十メートルほど外側に突出した場所だった。

 「ハ! 我々が取り込まれたこの結界に動物の気配は、我々が最初に飛ばされてきた地点以外は一つもありませんでした。
 また、結界の内側に向かうにつれ、樹木が立ち枯れ、夥しい動物の死骸が広範囲に散乱しておりました(あと、俺の勘違いなのだろうか? 集合した時に、一瞬隊長達が認識出来なかった気がしたんだが……)」

 全員の調査結果を纏めて、報告するオウラ。

 集合場所で待っていたフィルレオ達を、彼は一瞬認識出来なかったことに違和感を覚えたが、それは気のせいとして報告はしなかった。

 また、その他にも判明した事に“内側に行くほど死の気配が増す”ことがあった。

 「内側に行くほど木々が立ち枯れ、動物達の白骨化した死骸が増えるだと? 断定は出来ないが、クレタ島のイービルホールに似ているな」

 アルウェイドがオウラの報告に何かを感じたのか、意見を述べてきた。

 「イービルホールだと? あの地球のガス抜き穴か!? 我らでさえ長時間曝されると、危ういものだぞ。そんなものがここにあると言うのか?」

 「いや、俺も実際に見た事は無いんです。ただ噂に聞いていた現象と似ていたもので」

 フィルレオの念押しに、アルウェイドも確証が無い為に言葉を濁した。

 「まぁいい。まずは脱出する事が先決だ。どこかに必ず結界の弱い場所が必ずあるはずだ。そこを探そう」

 「「「「ハッ!」」」」

 脱出するのが先決と判断したフィルレオは、部下達に空間の歪みを探すように再び指示した。

 (く……、ここまで妨害を受けるとは。何者かの意思が働いているというのか!)

 部下達をそれぞれ四方に向かわせながら、フィルレオは己の焦燥感に何者かの悪意を感じずにはいられなかった。

 彼らは神族であったがゆえに、迷いの森結界の影響を受けるのが遅く、その本当の恐ろしさをまだ知らずにいた。


 「上手い事あいつら、一人ずつになってくれたわ」

 自分の盾を出して、脳裏に敵の様子を映した令子は全員に教えた。

 「俺らがここに居るなんて、知らないだろうからなー。これで、懲りて帰る気になってくれれば良いんだが……」

 「それは望み薄ね。でも、神界がアンタを狙う理由の一つはもうすぐ無くなるから、それについては安心してるけどね」

 「俺を狙う理由が減る? それってなんだ?」

 忠夫は令子の言う意味が分からず、首を傾げた。

 今の彼はルシオラを失った横島の記憶は無く、文珠以外の狙われる理由など思いつきもしなかった。

 「今のアンタには関係ないんだけど。この枝世界の横島クンは、あの大戦でベスパの妖毒にやられて霊基構造が崩壊して死にかけたのよ。
 んで、それを防ぐためにルシオラが自分の霊基を間引いて、横島クンにあげちゃったの(そのせいで、彼女は消滅したんだけどね。これは知らせないでいっか)」

 「ふむふむ(なんだ? 何か大事な事を忘れているような気がする)」

 厳しい表情をしながら、忠夫は令子の説明を聴く。

 彼は己の中で、何か大事なことを思い出せない事をもどかしく感じていた。

 「で、天界の馬鹿な奴らは、魔族の霊基を取り込んだ人間なら将来魔族になるかもって理由で、文珠使いを魔族側にやれないという風に、アンタを狙っているわけ」

 「そういう理由もあったんか」

 令子の説明に、忠夫は複雑な表情を浮かべる。

 彼の中では、ワルキューレやジークのように魔族にもイイ奴は居たのにとの思いが強くあって、神族の理由が理解できなかった。

 彼の実感している記憶では、ワルキューレ達はあの大戦で戦死している。そのせいで、表現が過去形となっていた。

 「その理由も、この枝世界の横島クンの中にあったルシオラの霊基がおキヌちゃんの胎内に宿ったことによって、彼女がこの枝世界に生まれるから消えちゃうのよ。
 どういう生まれ方をするのかは、わたしも知らないんだけど」

 「そうか……」

 (俺の霊力量が大幅に上がったのは、この枝世界の俺と融合したからだと令子の<伝>文珠で解ったが、正直戸惑うことばかりだ。
 しかし、ここの俺は上手いことやったもんだな。あん時のヘタレが、おキヌちゃんにシロにタマモだとぉ? 俺はろくに浮気も出来んというのに三人もだとー! なんだかとってもチクショー!!)

 「やぁ〜どぉ〜ろぉ〜くぅ〜っ? なーんか変なこと考えてるわね!?」

 「えっ! い…いやなんにもっ!!」

 忠夫の不埒な気配を察知した令子は彼を見た瞬間に形相が変わり、物凄いオーラを纏いながらゆらりと迫る。

 彼女のその迫力に、忠夫は青褪めながら後退った。

 「うそつけっ! 血の涙流しながら否定しても、説得力あるかー!!」

 「ああ、なんで俺の身体はこう、正直なんだー!!」

 逃げる忠夫を逃がさんとばかりに、令子は風の刃衣を放って彼をでぐるぐる巻きにし、なおかつ締め上げる。

 捕まった忠夫は、涙と鼻水を盛大に垂らしながら声を抑えて叫んでいた。

 「タマモ。拙者、なんだか凄く腹立たしいのでござるが?」

 「あら奇遇ね、私もよ」

 忠夫の不埒な考えを彼女達も察知したのか、シロは霊波刀を出し、タマモはオレンジ色の狐火を一つだけ出した。

 この枝世界の横島は、シロとタマモにも本気だったのだ。彼女達との関係を、浮気と同じように考える忠夫とは違うのである。

 令子はシロとタマモの様子に気付くと、風の刃衣を操って忠夫を彼女達の前に飛ばした!

 「踊れー!」 「うぉ〜! うぁちちちち!?」

 「先生のぉー、不埒者!」 すぱかーん! 「ぶっ!!」

 タマモの狐火が忠夫を燃やし、その熱さに彼がくるくる舞うと、続いてシロが霊波刀でぶっ叩いた。

 霊波刀で張っ倒された忠夫は地面に転がる。シロの霊波刀の威力にタマモの炎はあらかた消えたけれど、所々からブスブスと煙が立ち昇っていた。

 「「よしっ!」」

 シロとタマモが、腕をクロスさせて互いの攻撃を讃えあった。

 「なにが“よしっ!”じゃ〜!」

 「「きゃーっ」」

 ガバッと起き上がった忠夫はシロとタマモに怒鳴るも、彼女達は白々しい悲鳴を上げて小竜姫の後ろに逃げる。

 さっきまで燃えていたのに、忠夫には火傷や擦り傷一つ無かった。

 「横島さん。今はじゃれている場合じゃないんですよ?」

 「しょっ、小竜姫さままでっ。俺には味方はいないんかー!」

 「ヨコシマ」

 「おぅ、パピリオ。俺には……」

 「うるさいです」

 パピリオにまで冷たい目で見られた忠夫は、その場に崩れ落ちた。

 「さて、漫才はここまでにして。パピリオ、鱗粉の結界はどう?」

 いじけて“の”の字を書き出した忠夫を放置して、令子はパピリオに結界の展開状況を訊いた。

 「あんまり広くは展開できなかったです。でも、私達の周りだけなら、敵の狙いをある程度逸れさせる程には散布できました」

 「へぇ、もうそこまで応用できるようになったんだ? 頼もしいわね」

 「えへへへ」

 令子に褒められたパピリオは、はにかみながら喜んだ。

 パピリオは先のシロを導く戦いで、妖蝶の鱗粉がある程度集まると敵のエネルギー波をいくらか反射出来ることに気付いたのだ。

 彼女はエネルギー波の反射角を浅くして鱗粉の消費を抑え、なおかつ攻撃を逸らすという風に応用技を編み出していた。

 その時、近くの森で三回立て続けに爆発音が轟き、空高く敵の一人が舞い上がって落ちた。忠夫が仕掛けた地雷型サイキックソーサーに引っ掛かったようである。

 「と、仕掛けた罠に敵が一人ハマったわ。小竜姫、シロ、タマモ、お願いね」 

 令子の指示に彼女達はそれぞれ頷くと、罠にハマった敵のもとへ森に気配を溶け込ませながら向かった。


 小竜姫達が現場に到着した時、敵の名も知らぬ神兵は両足の治療をしていた。

 ただ、身体のあちこちに焼け焦げたような跡が見られることから、忠夫は地面だけではなく周りの樹木にも爆発系のトラップを仕掛けていたようである。

 老師との模擬戦で、サイキックソーサーに指向性の爆発をさせる事ができたのが、ここで役立っていた。

 (小竜姫殿。手はず通り、タマモのまやかしの後、お願いするでござる)

 (分かりました)

 大木の陰に潜んだ3人は、敵との距離5メートルまで気付かれる事無く接近していた。さすがに声を出すことは出来ないので、やり取りはパピリオの眷属を介した念話に頼っていたけれど。

 シロが言った手筈とは、最初にタマモが幻術で敵の注意を逸らし、続いて小竜姫が敵を張っ倒して気絶させ、最後にシロがふん縛るというものだった。

 (では、タマモさん)

 小竜姫の念話にタマモはコクっと頷くと、自分達とは敵を挟んで反対側の木の陰に忠夫の幻像を出現させた。

 いきなり現れた忠夫(偽)に、その場から反射的に離れる神兵。だが、その方向には小竜姫たちが潜んでいる!

 ザッ

 神兵が小竜姫の踏込み音に気付いた時には、すでに遅かった。

 「あ……」

 彼は振り向こうとした状態で、小竜姫の神剣の腹によって側頭部を殴られて吹っ飛び、岩にべちゃっという感じで声も上げられずに張り付いた。

 「小竜姫殿? これはさすがに、あんまりな気がするでござるよ」

 「後頭部を狙ったつもりが振り向かれてしまって、力の加減を間違えてしまいました。本当なら腰を中心軸にして、頭から地面に叩きつけるつもりだったんですけど……」

 シロの言葉に、小竜姫はちょっと恥ずかしげに目を逸らした。

 どちらにしても、神兵が悲惨な目に合う事は避けられなかったようである。ちなみに先ほどの「あ……」は、小竜姫のもらした言葉だった。

 「とりあえず、この御仁も縛っておくでござる」

 タスキのようにしていた注連縄の束から数本を取り出して、捕縛に掛るシロ。

 「シロ、急いでっ。なんか妙な気配がするわ」

 タマモは辺りを油断無く見回して、相棒に警告する。彼女は己が感じる危機がとてもヤバイ事に、冷や汗を流していた。

 小竜姫は、タマモの警告に感覚を研ぎ澄ます。

 「終わったでござる」

 ちょうどその時、シロの作業が終わった。

 (!!)

 微かな、ほんの微かな気配を小竜姫は捉える事が出来た。反射的にそちらへ、彼女は瞬間移動のような踏み込みで薙ぎ払った!

 (手応えが無い!!)

 「上!」

 誰が言ったかは解らない。けれど、小竜姫は背に走る悪寒に、それを警告と受け取って左に転がった。

 直後、小竜姫が先ほどまで居た場所に見えない何かが、上から下へと一直線に突き抜けて地面に埋没した。

 (な! 私でさえ攻撃が見えない!?)

 小竜姫は戦慄した。武神である自分にさえ見えない攻撃とは、いかなるものなのか。切り札を躊躇う状況ではなかった。

 「タマモ!」

 シロの切羽詰った声に、小竜姫は反射的に超加速を発動させる。

 時が止まったような世界で、小竜姫はタマモに迫る凶刃に冷や汗が出た。

 タマモのうなじの僅か1mmの所で、透き通った水晶で出来たクナイのような物が止まっていたからだ。

 小竜姫は動揺する思いを無理やり鎮めながら、懐から文珠を出して自分が触れた者が、同じ超加速状態になるイメージを篭める。

 珠に浮かんだ文字は<同>。

 すぐに小竜姫はタマモを抱き、驚愕の表情で止まっているシロを抱えてその場を離脱した。

 小竜姫が触ったと同時に、タマモとシロの時間が動き出す。

 「何が起こったの!?」

 「周りが止まっているでござる!?」

 「横島さん の 文珠で 超加速 状態の 私と 同じ 状態に なるように しました。 しかし そう 長く は 保ち ません」

 小竜姫の切り札の超加速は、香港での一戦に比べれば上達したとはいえ、それでもかなりの精神集中を要する。

 文珠の助けがあったとしても、タマモとシロを同じ超加速状態にするのは小竜姫なのだ。その要求される集中力は、本来の使い方ではないだけに桁外れだった。

 小竜姫の一語一語区切るしゃべり方と、彼女の頬を流れるとめどない汗が、それを物語っていた。

 敵の正体を見破る暇も、小竜姫には無かった。

 ある程度離れた所で、小竜姫は超加速を解く。

 「つ 疲れました〜」 「凄い光景でござった」 「あんなの初めてよっ。もう一度体験したいわ!」

 小竜姫は前屈みになって荒い息を吐き、シロとタマモは超加速中の光景に興奮していた。

 「これは……あまり使えませんね」

 自分の手の中で消える文珠を見ながら、小竜姫は呟く。

 彼女達の安全の為だったとはいえ、さすがに超加速3回分を一気に消費するような事は今後のことも考えるとやれるはずがない。

 「さっきのって、美神達が言ってた超加速って奴でしょ? そんなに消耗が激しいの?」

 超加速中の光景に興奮していたタマモは、小竜姫の様子に真顔に戻り、心配になって訊く。

 「いえ、普通の使い方ならそうでもないんです。ただ今回は、タマモさんとシロさんを私の技から護る為に消費が激しかっただけで」

 「どういうこと?」

 「超加速中の者が通常時間の者を急に引っ張ると、通常時間の者は普通、潰れます」

 「なんですって!?」

 小竜姫のいきなりの言葉にタマモは驚く。そんな危険な技に自分達を巻き込んだのかと、憤ってもいた。

 小竜姫が言った事は、大気がある地球上ならではの現象だった。

 音速を突破するだけでも、物凄い衝撃波が発生する空気の壁だ。それが光速に限りなく近付く超加速なら、想像するだに恐ろしい。

 これが月面なら、大気が無いのでそんな心配は無用である。

 「それを防ぐ為に横島さんの文珠でタマモさん達を超加速状態まで持っていき、その維持を私の竜気で補ったのです」

 「そ そう。ありがと」

 小竜姫に簡単に説明されたタマモは、怒りを静めて素直に礼を言った。

 「けれど、さすがに少し休まないと、私は暫く超加速を使えません。消耗が激し過ぎました」

 「分かったわ。小竜姫は休んでて。私とシロで、敵をからかってくるから」 

 ニヤリとした笑みを浮かべて、タマモはシロに目配せをした。

 シロはその目配せに、コクっと頷く。

 「だ ダメですっ。先ほどの攻撃も、私でさえほとんど察知できなかったのです。危険すぎます!」

 「大丈夫よ。助けてくれたのは感謝してる。けどね、森の中で狐と狼を相手にする事の恐さを、奴らに思い知らせてやるわ」

 「しかしっ!(美神さん!)」

 (どうしたの、小竜姫?)

 (タマモさんが、シロさんと一緒に敵に向かうと言ってるんですっ)

 (ちょっ、タマモ? 何があったと言うの!? 二人だけで何とかなる相手じゃないのよ!?)

 いきなり小竜姫に念話で話し掛けられた令子は、彼女の慌てた物言いに嫌な予感を覚えてタマモを止めるべく説得する。

 (小竜姫を休ませる間だけよ。大丈夫、心配ないわ)

 しかし、タマモは令子の制止を軽く受け流すだけだった。

 (待ちなさい!)

 (おあつらえ向きに一人近付いてきたわ。じゃ、また後で)

 (タマモ!)

 令子が叫ぶが、タマモは聞こえない振りをした。

 ちょっとうるさかったが、こちらで聞かないと強く思うとそれも気にならなくなった。

 「シロ、気付いてるわね?」

 「おぅ。やるでござるか?」

 「ええ。  じゃ、小竜姫。美神の所で待ってて。行ってくるわ」

 「タマモさん!」

 小竜姫の声を振り切って、タマモとシロは森の中へと消えた。

 手を伸ばして引き止めようとした小竜姫は、突然がくっと膝をついて座り込んだ。

 (タマモさんには見破られていたんですね。私が暫く戦闘行動が出来ない事を)

 タマモがシロを伴って強行するなら、通常なら小竜姫は力ずくでも止められたはずである。それが出来ないのは、彼女達を伴った変則的な超加速が小竜姫の予想以上に消耗が激しかったからだ。

 今の彼女は、レオルア達を相手取るには不可能なほど竜気を消耗していた。 


 「ミスったわっ。タマモ達が小竜姫と離れた。失策だわ」

 令子は、罠に掛かった敵を安易に捕縛させに行かせた事を悔やむ。

 最大戦力の小竜姫が一時戦闘不能になり、その彼女を逃がす為にタマモがシロと一緒に囮を買って出た。

 タマモは、普段は言葉少なくとっつき難い性格だ。けれど、受けた恩は捻くれながらも必ず返す性格でもあった。

 命を助けてくれた横島とおキヌちゃんに、風邪を引かせてしまったと反省して煎じ薬を置いていった彼女。

 令子は、横島達から聞いていた彼らがタマモを助けた時の状況を思いだし、小竜姫に恩を返す為に無茶をしかねないタマモを心配した。

 「パピリオ、タマモ達の居場所は把握出来てる? 出来てたら私に逐一見せて!」

 「了解です」

 唯一の好材料は、パピリオの眷属が森の中にかなりの数で放たれている事と、眷属を通した念話が出来る事だった。

 とりもなおさずそれは、パピリオが彼女達の居場所を把握している事だということ。

 シュンッ

 そこへ小竜姫が転移して戻り、膝をついた。息も荒く、かなり消耗しているようだった。

 「すみません。引き止められませんでした」

 「今は悔やむより、回復に専念して。パピリオ、文珠いくつ持ってる?」

 右手の親指の爪を噛みながら、令子は小竜姫に回復を優先させる。

 自分の下手を彼女に払ってもらったのだ。それをいかにリカバーするか、令子はそれに集中する。

 小竜姫を心配する言葉を掛けたくても、状況がそれを許さない。

 「2つです」

 「敵の数を考えたら、そのまま持ってた方がいいわね(宿六に出させる?)」

 パピリオの答えに、令子は忠夫に文珠を作ってもらうかと考えがよぎった。

 「小周天法で可能な限り早く回復します。それまで何とか持ち堪えて下さい」

 座禅を組みながら、小竜姫は令子に告げる。

 「それしかないか(勘が告げる。今は忠夫に文珠を出させない方が良いわ)」

 令子は、右手の親指の爪を再び噛みながら、小竜姫の言葉に頷いた。

 (俺が動くのが、本末転倒というのは解っている。けど、あいつらだけに危ない目に合わせて、安全な所に居続けるのがつれぇ……)

 ギリリッと奥歯を噛み締めて、忠夫は静かに…ただ静かに両足に霊力を篭めて行く。

 いつでも彼女らの危機に、駆けつけられる様にと。


 タマモとシロは、接近してくる敵に気配を悟られないように、森の気配と同化していた。

 大木の根元にしゃがみこんだシロが、隣のタマモに話しかけた。

 (タマモ、火之迦具槌をやるでござるか?)

 (うーん……威力は申し分ないんだけど、あれって結構タメがいるでしょ?)

 (そうでござるな。先生相手に練習していた時は、5回に1回しか当てる事は出来なかったでござるし)

 (その1回も、あいつが色仕掛けで引っ掛かるからだしね。事実上当ててないのと一緒だわ)

 当ったといっても、横島はサイキックソーサーを5枚くらい多重展開して直撃は防いでいる。加減の出来ない攻撃である為、彼は避けるのに鼻水と涙をちょちょぎらせてもいたけれど。

 タマモとシロの合体技である火之迦具槌は、タメが必要な上に2分に1発しか準備できないので神族などを相手にした場合、外すと後が無いのである。

 火之迦具槌とは、シロが弾体を用意しタマモが弾頭を用意するものであるが、その大きさが尋常じゃなかった。

 普段シロが用意する弾丸の大きさは3cm前後だが、この火之迦具槌はその10倍の30cmの大きさにする。それにタマモが狐火8個分を圧縮した弾頭を充填するのだ。

 その威力は、敵に着弾するとまず内部から焼き尽くし、その後大爆発を起こして木っ端微塵にするという凶悪極まりない物だった。

 (とりあえずサイキックフラッシャー(改)で、ダメージを与えてみるでござる)

 (……あんた、それってもうそんなに撃てないでしょ? 判ってるんだからね)

 (むぅ。確かにあと9発しか撃てないでござるよ。けど、これしか今のところ拙者には攻撃手段が無いでござる)

 (じゃぁさ、こういうのはどう?)

 タマモはシロの耳元に、ぼそぼそと思いついた事を告げる。

 (それは面白そうでござるが、良いのでござるか? 拙者、美神殿から猪突するなと言われているでござるよ?)

 (あんた一人が死地に向かうんじゃないからいいの。それに、その言葉が出るようなら大丈夫よ。
 敵の攻撃も、さっきのように文珠で忠夫になっていれば、即死するような攻撃はされないわ。そこを突くのよ)

 (なるほど。なら、パピリオ殿だけには伝えておいた方が良いでござろう。仕上げは彼女の眷属で)

 にっと笑みを浮かべるシロ。

 (あら、アンタも考えるじゃない。そうよ、敵を騙すには味方からってね。美神に大きな顔させるのも癪だしね)

 タマモはシロの修正案に頷いて、くふふと人の悪い笑みを浮かべる。

 (パピリオ殿っ)

 (なんですか? シロちゃん)

 (拙者達の念話、聴いておったのでござろう?)

 確信を持った口調で、シロは尋ねる。

 彼女の中では、パピリオは師であり戦友なのだろう。

 (気付いていたですか。安心して下さい。美神には何も話していません。けど……いえ大丈夫でしょう)

 パピリオは何かを言いかけたが、自分に大丈夫と言い聞かせる。

 彼女が心配したのは、近くに居る忠夫の事だった。彼は先ほどから令子の盾の表面を食い入る様に見ながら、両足に霊力を篭めているのだ。

 もちろんソコに映っているのは、大木の根元に潜んでいるタマモとシロの様子だった。

 その忠夫の様子が今にも飛び出していきそうで、パピリオは心配していた。

 シロはパピリオが何を言いかけたのか気になったが、状況が質問を許してはくれなかった。

 上空を飛んでいた敵が、急に辺り構わずに霊波砲を撃ちだしたからだ。しかも、もう一人加わってきた。

 (切羽詰っているでござるな。
 タマモ。拙者のサイキックフラッシャーに、弾込めよろしくでござる)

 威力の無い本来のサイキックフラッシャーの先端部分を空洞にした弾丸を、自分の周りに5発用意するシロ。

 その一つ一つに、タマモは超高圧縮した黄色く光る珠状の物を篭めていく。

 これは、タマモが炎術を突き詰めていく上で到達した一つの極み。

 伴侶である忠夫に文珠の作り方を教えてもらって、彼女が試した事から生まれた技だった。

 タマモには珍しく、この技は名を“フレア”と言って、横文字だった。ただこの技は普段の除霊では使い所が無く、タマモは炎術制御の練習用として今まで過ごしてきた。

 この技は珍しい事に爆発はしない。ただ静かに黄色に燃え続けるだけである。4千℃の熱を内向きに放ちながら。

 爆発しない球体に、太陽の爆発現象であるフレアという名前を付ける所に、タマモの皮肉が利いていた。

 ちなみに、なぜタマモがフレアと名付けたかというと、たまたまテレビ番組で太陽の特集が放送されていて、フレアという言葉の響きを彼女が気に入ったからだった。

 このフレアの凄い所は、4千℃もありながらその熱が効果を及ぼすのは球体の周囲1mmの範囲のみ。

 しかも、タマモの制御を外れてもその形を維持しながら空気を暖めもしないので、直接触らなければなんの害も無い。

 凶悪である。たった2センチの黄色く光る球体に触れるだけで、その部分だけが蒸発するのだから。

 これが、先ほどタマモがシロに耳打ちした策の攻撃方法だった。これをシロは、タマモから離れた所で操って敵にぶち当てるのだ。

 タマモ自身も、このフレアを高速で射出する事は出来る。しかし、ただ一直線にしか飛ばす事が出来ないのが欠点だった。

 上空の敵に対してタマモがこれ見よがしな炎球を飛ばし、その近くにシロのサイキックフラッシャーを隠れ蓑にしたタマモのフレアが襲う。

 やられる方にしてみれば、たまった物じゃない。

 シロは、弾込めが終わったサイキックフラッシャーを引き連れて、タマモと一緒に隠れていた大木の陰から飛び出して行った。

 途中で文珠を使ったのだろう、一瞬だけ薄暗い森に光が走った。

 その光か文殊発動時の霊力に気付いたのか、上空から爆撃していた敵二人が移動を始めた。

 (引っ掛かったわ。それじゃ、私も動くかな)

 上空の敵の動きに注意を向けていたタマモは、そっと隠れていた大木から離れていった。


 (引っ掛かったでござるな。確かこの近くには、先生の仕掛けた罠があったはず。そこに誘い込むでござる)

 シロは、上空に居た敵二人が追ってくるのを見ると、走りながらほくそ笑む。

 忠夫が罠を仕掛ける時に、サイキックソーサーを地雷のように仕掛けていく様に、シロはまだまだ自分は未熟だと思わされた。

 シロのサイキックソーサーは、遠隔操作が出来るけれど彼女の制御を離れると、長く維持をさせる事が出来ずに消えるのだ。

 それをいとも容易く行う忠夫に、シロは尊敬の念を新しくしていた。

 (上から攻撃されるのも癪でござるな。一発やってみるか?
 タマモ、上から攻撃されるのは嫌でござるから、敵に向けて上空から襲わせるでござるよ)

 (了解。そいつらの相手は任せるわ。ちょっとこっちにも一人現れたから、そいつを撃退して後を追うわ)

 (分かったでござる。タマモ、気をつけるでござるよ)

 (あんたもね)

 タマモとの打合せを終えたシロは、罠のある場所から5mほど離れた所で立ち止まって、上空に向かって2発の弾丸を打ち上げた。

 高空へと弾道軌道を描く2発の弾丸は、追ってくる敵の上空へと至ると、急降下していく。

 「行け!」

 敵の反応速度を考慮して、シロはギリギリまで自由落下で近付けてから弾丸に最終加速をさせた。

 爆発もせずに、2発は敵を貫通する。

 一瞬だけ片方の敵が光ったが、どちらもダメージを受けたようだ。彼らは何かを言い争いながら地上へと降りてきた。

 (よしっ。後はこっちに誘うだけでござるな。タマモはいないし、パピリオ殿に願うか。
 パピリオ殿っ)

 (どうしました? シロちゃん)

 (敵を地上に引き摺り下ろしたでござる。拙者の前に先生の罠があるでござるから、そこに誘き寄せて欲しいでござる)

 (分かりました。けど、幻像は攻撃力皆無なので、援護よろしくです)

 (らじゃー)

 シロは罠から十メートルほど離れた場所で身を潜めて、パピリオが誘導してくる敵を迎え撃つ準備をする。

 森に気配を溶け込ませたシロは、精霊石のネックレスをいつでも外せるようにしていた。


 その頃レオルアは、先ほど盗み聞いたアルウェイドとフィルレオの会話を反芻していた。

 彼らは上空から攻撃を受けたのか降下していったが、その時にフィルレオが使った術にアルウェイドが大声で抗議していたのを、レオルアは聞いたのだ。

 (あの方というのが誰なのか、やっと掴めたな。まさかクロノス大神とは。
 この混乱の時代で、復権を望むというのか?
 ゼウス大神が眠っている今、かの文珠使いを抱き込めば可能性はあるだろうが……なっ!)

 彼らの背後に居る黒幕の思惑を考えているうちに、警戒が緩くなっていたのだろう。

 すぐ目の前に迫ってきた灼熱を放つ球体を、ギリギリの距離で斬り払った。

 (なんだ? 何も手応えが無い!? ぬぁっ! ぐぅ……!!)

 直後に見えない何かが左肩を貫いた。

 見れば、2cmほどの小さな穴が空いていて、その部分はなんと、蒸発しているではないか!

 (くっ…幻像に紛らわせていたか。かなり厄介だな。
 いや、さすがは大戦を戦い抜いた者達といったところか。
 内偵を進めて、やっと尻尾が掴めたというのに……。ここでやられる訳にもいかぬ。どうしたものか)

 蒸発して穴が空いた左肩を押さえながら、フィルレオに正体を見破られるわけにはいかないレオルアは、この後どうするか逡巡する。

 また、アシュタロス相手に勝った人間達に戦慄を覚えずにはいられなかった。

 このままだと、陰謀の手掛かりが潰えてしまう。それどころか、自分の命さえ危うい。

 (…………、一旦引くしか無いな)

 決断したレオルアは、フィルレオを探す為に感覚を拡げ、突然背を走った悪寒に身を捩った!

 (!! ぐぁっ!)

 とたんに左足の踵に鋭い痛みが走る。見ると、防具には何かが貫通したかのように、両側に穴が空いていた。中身がどうなっているかなど、焼け付く痛みに想像もしたくは無かった。

 どこから攻撃をされたか判らないレオルアは、最初に幻像だった炎球が来た方角を中心に無駄とは思いながら霊波砲を十数発放ち、その空域から逃れていった。


 (ぅく……ミスった。あまりに簡単に幻術に掛るから侮っていたわ。
一発の威力が半端ないじゃないっ)

 両腕から流れる赤い筋を自分の服を切り裂いて止血したタマモは、痛みをこらえながらその場を離れていた。

 出血が止まらないらしく、ジワジワと縛ったところから血が滲んで、点々と地面に雫が落ちていく。

 直撃は免れたが、タマモの予想に反して撃退したレオルアという敵は強かった。

 敵が逃げる時に放った広範囲にばら撒かれた霊波砲によって、巻き上げられた土砂や破壊された樹木の破片が逃げる彼女を後方から襲ったのである。

 大半は避けることに成功したのだが、ほぼ同時に左右の斜め後ろから飛んできた鋭利な破片は回避することも出来なかった。

 (敵の気配が無い所まで逃げないと。ここじゃ治療できない)

 文珠を持っていた彼女がなぜ傷を負ったのか?

 それは、タマモがあらかじめ文珠に<護>の文字を入れていなかったのである。理由は、彼女自身が身に沁みているので触れない。

 もしかしたら彼女は、心の奥底で自分の全てを許した者との絆でもある文珠を失うのが、恐かったのかもしれない。

 彼女が逃げたあとには、金の刺繍が入った赤い小袋が薄暗い森の中にポツンと残されていた。


    後編へ続く


 こんにちは、月夜です。想い託す可能性へ 〜 さんじゅう 〜前編をお届けします。後編はすみません、まだ途中しか出来ていません。もしかすると後編の投稿は、月末になるかと思います。
 誤字・脱字、表現がおかしいところが見つかりましたら、ご指摘頂ければ幸いです。可能な限り速やかに修正致します。
 では、レス返しです。

 〜星の影さま〜
 毎回のレスありがとうございます。今回のお話も、楽しめるものであれば幸いです。
>彼女が復活したとき……
 二人の横島忠夫が完全融合したらどうなるか? 私自身もワクワクしながら書いていますが、見えていない部分もあってまだ完全にには私の中でも固まっていません(^^ゞ ご期待に副える横島クンになればいいんですけど。
>いい味が出てます。パピが(笑)……
 パピリオって感情が直ぐに顔や態度に出るので、かなり楽しく書いています。なので、いい味が出ているという感想が頂けると嬉しいです。
 女華姫様は基本性格が男前なので、女の子な反応をする場面は弄りがいがあります(笑)
>ニニギが農業の神……
 そうですねー。稲作を中心とした種を残していく神様というのは、あんまり知られてないんですよね。私は種→胤という風に解釈して横島クンに割り振りました。
 日本神話の天孫降臨部分は、手当たり次第に伝承を取り込んだ結果だと私は考えています。なので、事実が捻じ曲げられている部分もあるはずと考えて、創作しています。

 〜ソウシさま〜
 またレスが頂けて嬉しいです。
>横島なにげに……
 元々好意を持っている人達ばかりですけどね(^^ゞ<増員 
>シロが技豊富だなぁ……
 シロの技が豊富なのは、横島とタマモが彼女の戦闘スタイルを危ぶんだ結果です。里に居る時はテレビやラジオが無かったのでバランス良かったのですけど、美神さんとこに来てからテレビの勧善懲悪に悪影響を受けまくったんです。
>タマモにも欲しいところかな?
 今回、タマモの新技とシロとの合体技を出してみました。おキヌちゃんの笛の演奏術は、おいおい出していきます。
>早く女華姫のツンツンが……
 女華姫は、ちょっとどうなるか予想がついていません。もしかしたら早苗ちゃんみたくなる可能性がっ(笑) でも、デレる女華姫様か〜。面白そうだな〜(ニヤリ)

 〜読石さま〜
 毎回のレスありがとうございます。
>今回は皆可愛いですねぇ……
 そう言ってくださると、書いたかいがあるというものです♪ タマモの尻尾ビシバシの部分は、私も大好きです^^
>ルシオラ復活が近づいて……
 ルシオラの扱いって結構微妙です。でも、彼女はその一途な想いで押して行くでしょう(笑)
>頭に蝶々膝とかに安心しきった動物たち……
 絵的にもったいないのは本当に同感なんですけど、原作ではよく本性に戻るタマモに対して、シロやパピリオってそういうのが無いんですよね。なので機会があれば、忠夫以外にも絡ませたいと考えています。
 私の物語では、サクヤヒメである本人とおキヌちゃんが居ますし♪

 〜ぽにさま〜
 初めての感想ありがとうございます。今回のお話も楽しまれれば幸いです。
>戦闘前の頭脳戦……
 いい味が出ているとのお言葉、ありがとうございます。今回の戦闘指揮では、少しミスをしてしまいましたけど(^^ゞ
>両横島がらみの女性関係w
 おキヌちゃんと令子さんを中心にして、どんどん混沌としていく女性関係。私も先が見えずにワクワクしています(笑)
>地の文でのおキヌの呼称が……
 この部分は、私も最初の方で迷っていました。しかし、私の中ではリアルタイムで原作を読んでいただけに、「おキヌちゃん」という呼称が定着してしまっていて、逆におキヌだけですと違和感を感じてお話が先に進まなくなりました。
 なので私が書くGS二次小説は、地の文では全て「おキヌちゃん」で統一していきます。
 ご期待に副えず、申し訳ありません。

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