「空がきれいね、に…忠夫さん」
「そうだね、空気もきれいだしねルシオラちゃん」
隣に並ぶルシオラちゃんの肩に手を回そうとして、何故か出来なくて。
俺の意気地なし。
「あのー申し訳ありませんが、二人の世界に入らないでいただけますか?
こっち結構大変なのですが……」
背後からごくごく控えめにかかった声。
俺とルシオラちゃん、二人同時に――
「「…ちっ」」
舌打ちした。
がんばれ、横島君!! 〜横島君と中世紀行〜
キーワードは三月、お返し、白い日、三倍。
ええ、なんか先月のあの行事の規模に比べると扱いが小さくて忘れられがちだが。
ありますね、日本独特のあの行事! そう、ホワイトデー!!
先月晴れて彼女が出来た俺。
妄想とか言わない。ホントです事実です現実です。
ルシオラちゃんが俺の彼女です。
お返しに何を上げればいいのかまったく思いつかず、恥ずかしい話だが本人に聞いたのだ。
何が欲しいのか、と?
返答はデート。……ああもう、かわいいなぁ!!
親馬鹿で多分に行き過ぎた愛情を子供たちにこれでもかってほど注ぎまくるアシュタロスさんの手前、家の中ではあんまりいちゃつけず。
かといって、ルシオラちゃんはその事情からいまだに自由な外出は出来ない。
なのでデートらしいデートなんぞしたことがない。
いいとこ、近所の散歩止まり。
そーゆーわけで一も二もなく頷いて。
べスパちゃんたちにはキャンディーの詰め合わせを上げようと決め、当日。
前の晩からアシュタロスさんが部屋にこもりっきりで、さらに部屋の前を通りかかるとなんか不穏な香りがするいう不安要素があるものの。
俺たちのことを知っているべスパちゃんに、こっちは任せてと言われ。
ルシオラちゃんと俺、さぁ行こうかとドアに手をかけたところに奴は登場しやがった。
「ああ、ちょうどいいところに! 貴方に用があったのです! いやいやつい最近になって何故か唐突に思い出したのですが実は私このままでは死んでしまいます!
いつの時代にも天才には敵が多いのですよ、まったく困ったものですね。それで用件というのはですね、貴方に私を――といっても過去の私ですが、助けてもらいたいのです」
顔を見るなり一方的に話し出したのはアシュタロスさんの部下の一人。
何度か見た顔。ザビエルカットの男ヌル。
「いや、え? 俺たちこれから出かけるんだけど……」
「なに大丈夫です危険はありません。この私が言うのですから! ちょっと七百年ほど前に行ってもらうだけですよ! はい、この手紙を持って下さい。過去の私に向けて書いた物です。
本当にこのままでは私、消えかねませんから。大丈夫です、横島さん貴方ならきっとできると信じています!!」
言いたい放題。俺の意見は聞く気無しだな!
「……おに…ええと、忠夫さん? この状況ってまずくない?」
「そうだね。どうみても――まずいよね」
隣、上目遣いでこちらを窺うルシオラちゃんに、俺も渋い声で返す。
果てしなく嫌な予感がするので、ルシオラちゃんとしっかり手を繋ぎ強行突破を試みたけれど。
どうやら一歩遅かった。
ヌルが、手にしていた見るからに怪しい液体を俺たちに向かって降りかける。
液体がかかった部分から体が淡く光りだし、どんどんどんどん透けてゆく!!
「では! 信頼していますよ、行ってきてくださいね? なに、元の、この時代には過去の私が返してくれるはずです!! ……たぶん、どうにかして」
ちょっとまて! おい、最後の自信なさそーな声は何だ!?
そう叫ぼうにも、もはや声を出す事は出来ず。
俺の意識はブラックアウトした。
嗚呼、ルシオラちゃん。ルシオラちゃんはどうなったんだろう?
まぶたを通して、鈍い光が視神経に届く。
背中に硬く冷たい感触。これは、石か?
周囲から聞き覚えのない声が煩く響く。
「って、どこだここ?!」
鈍ったままの頭でがばりと起き上がる。石の床、石の壁。見たこともない場所。西洋の鎧を着込んだ男。
とっさに思ったのはルシオラちゃんのこと。
「ルシオラちゃん、大丈夫?!」
傍らに、しっかり繋いだ手をそのままに。気を失っているルシオラちゃんの姿。
抱き起こし、怪我が無いか確かめる。良かった、何ともないみたいだ。
「…ん…? 兄さん?」
目を開けて、俺の姿を確認し、ぼんやりとした声。
「大丈夫、何ともない? 怪我とかしてない? 気分は?」
「平気よ、何とも無いわ。兄さんこそ平気?」
「ああ、俺は大丈夫。でもここって……?」
「だーかーらー! 無視するんじゃありません! こちらを向けと言っているでしょう!!?」
先程からきーきーと煩い声。鬱陶しさを隠しもせず顔に表しそちらを向けば、見知った男が立っていた。
ザビエルカットに時代を間違えているとしか思えない服装。飯を喰うとき邪魔にしかならないだろう髭。
「喧しい、お前のせいだろうがぁ!!」
「せっかくのデートだったのに、邪魔してんじゃないわよ! 馬鹿ー!!」
俺とルシオラちゃんのダブルアタックにより、諸悪の根源つまりヌルは問答無用で床とお友達になった。
「まったく、人の都合を無視してからに! そーゆーとこホントアシュタロスさんと同じだな!!」
「ねー。今日この日のために私がどれだけ頑張ったか! おしゃれのために色々雑誌とか読んだりデートコースとか考えたりしてたんだから!!」
「ヌ、ヌル様?! 貴様らヌル様から……」
「「うっさい!!」」
「ひぃ、ごめんなさい!」
げしげしげしげしげしげしげしげし。
腹いせにヌルを踏みまくる俺たちに部下らしき鎧姿の男が抗議の声を上げるが、一喝されすぐ黙る。
弱いなー。
足元からはこの天才に、とかなぜその名を、とかすみません止めて下さいとか聞こえるがあえて無視。
「で、ここどこかな? いつの間にこんな所に来たんだろう、俺たち」
「そうね。あ、そういえばヌルが言ってたわよね? 七百年前に言ってもらうとか何とか…」
「え、じゃあもしかしてここってその過去とかだったりする!?」
「……ありえるかも。ちょっとそこの、ええと…鎧!」
「は、はい! 何でしょうか?!」
「今は西暦何年の何月何日?」
「は、西暦1242年十一月一日です」
鎧男は完璧な敬礼で、そう答える。
ヌルを踏みつける足さえ止めて、俺とルシオラちゃんは顔を見合わせた。
なんというか、どういう顔をすればいいのかわからない。
冷静に記憶を辿れば思い出してきた。
確か、死ぬから助けて欲しいと言っていたな。そして何かを押し付けてきた。
ああ、手紙だ。片手に握ったままの古めかしいデザインの便箋を確認してため息が出た。
またなんか厄介な事に巻き込まれたな、俺。しかもルシオラちゃんまで。
ああ、なんでこんな事になるんだろう。毎回毎回。くそう…。
とりあえず、果てしなく納得できないが。ここは過去だろ、きっと。
仕方が無いので俺たちの足元で、半ば意識を飛ばしているヌルをたたき起こして例の手紙を突きつけた。
ヌルもやはり納得いかない表情を浮かべていたものの、大人しく手紙を受け取り読み始める。
そしていくらと読まぬうちに、顔色が酷い事になった。
開けっ放しの口からうそだ、そんな馬鹿な…と呟きが。
「なんて書いてるんだろうね? ルシオラちゃん」
「あ、そっか。魔族の使う文字だから兄さ…忠夫さんは読めないのよね」
へー、どこの国の言葉かと思ったら。魔族の文字か。
ルシオラちゃんはひょいっと、横から手紙を覗き込み――可愛らしい顔をしかめた。
「ええ〜っと、なんて書いてあったの?」
「………………ヌル、帰ったら殺す」
俺の言葉を聞いているのかいないのか、ルシラちゃんが低い声でぽそり。
手紙を読み終えたヌルが何故かおびえた様にこちらの様子を窺っているし。
ヌル、お前何書いたんだ?
「ま、まぁ事情はわかりました。つまり貴方がたは未来の私によってここへと送られたのですね?」
「そういう事になるなー」
「ええ。承諾は、してないけどね」
優雅に茶を飲みながら、掻い摘んで経緯やら事情やらを説明。
俺たちの時代のヌルの手紙もあってか、こっちのヌルはどうやら信用してくれたらしい。
で、こっちのヌルに話を聞けばどーも結構とんでもない事をしているようである。
簡単に言うと、死の商人をやるつもりであるらしい。
この土地の領主を術によって操り城――今俺たちがいるこの場所のこと――を手に入れ、ここを拠点に様々な化け物を作り各国に売りさばく、と。
領主は城の奥に幽閉しているがその娘であるマリア姫は逃げ、現在近くの村に潜伏しヌルに対する戦力を集めているとか何とか。
「なんかファンタジーの王道ってかお約束ってか」
「そうねー。ありきたりね、セオリーね。こういうお話の場合ラスボスって確実に退治されるわよね」
「そうそう、三流のよくある捨て台詞残してさ」
「すみませんが、本人の前でそういう事を言わないでいただけますか?」
さすがに嫌だったか、苦虫を噛み潰したような顔のヌル。
「あー、もしかしてさ、そのマリア姫に倒されるとか殺されるとかじゃないのか? お前の死因」
「いえ、それは無いでしょう」
俺の推測。けれどヌルはきっぱりはっきりありえないと首を振る。
「マリア姫は勇敢ではありますが、所詮ただの人間。魔術に通じているわけでもありませんし、村人の中にも特殊な力を持ったものはおりません」
だから、その可能性は無いのだと。
「ううん、だったらどうしてかしら? 正直、今の時代の技術でヌルと渡り合うのはほぼ無理でしょう。
ねぇ、心当たりは無いの? 誰か自分を殺せそうな人に?」
ルシオラちゃんの問いかけに、一人だけと、答えがあった。
今は留守にしているが、ここの領主が保護し後援をしているという錬金術師。
ヌルも認める天才、ドクターカオス!
がっしゃああん!!
その名を聞いて、思わずテーブルに突っ伏してしまった。
「に、兄さん大丈夫?」
心配するルシオラちゃんに、平気だよと答え笑う。乾いた笑いではあったけれど。
そぉかぁ。いやあのじーさん長生きだし。そーゆー可能性もあるんだなー。世の中って凄いね!
帰ったらテレサに聞かせてやろう☆
いやいや現実逃避は駄目だろ、自分。
じゃあ、アレか。カオスのじーさんが帰ってきてなんとかすんのか。多分そうなんだろうなぁ。
さて、それじゃあどうするか?
「そのカオスに倒される可能性が高いんだろうなー。どうしようか?」
「私としましては、天才同士手を組みたいと思っているのですが…」
「え、きっと無理でしょ? さっさとこの場所を引き払うのが得策だと思うわ」
そう言ったルシオラちゃんに俺も賛成の意を示す。
むしろヌルと手を組みたいとか、あのじーさんにもまともな神経があるのなら絶対思わないだろうし。
ヌルは残念そうにぶちぶち愚痴をこぼしているが、反論する気は無いらしい。
どうするのかルシオラちゃんと話し合い、やはりこの城から出て行くのが一番だと決定した。
何か言いたそうなヌルは無視。
こちらは初めてのデートを邪魔されてこれでも頭にきてるんだ、なんで気遣ってやる必要がある?
まぁそういったわけで、俺とルシオラちゃんは決定事項の元迅速に行動を開始した。
早い話が撤収とか撤退とか。そんな感じ。
手近なヌルの部下の鎧男――ヌルの親衛隊暗黒騎士団隊長ゲゾバルスキー男爵とか言うらしい――にいくつか命令。
しっかし暗黒騎士団て……本気で安っぽいファンタジー物のネーミングセンスだな。
ゲゾバルスキーは命じられるまま、さらに下っ端である量産丸出しの鎧に指示を出しきびきび動く。
本来の主であるヌルを無視し、すっかりルシオラちゃんの配下っぽくなっているはきっと魔族としての格の違いとかそんなものだろう。きっと。
ソレを横目で確かめながら、せっかくだからと城内を見学する事にした。
なんといってもやはり本物の城。
TVで見るようないかにも観光客やマニアに向けたような作り物めいた感じは一切無く、こう、石造りの無骨さがいい味を出している。
不釣合いに置かれたなんだかよく分からないものが、それを台無しにしている感があるものの、それでもその風情は中々だ。
全体に命令が行き届いているのか、廊下を走り回る鎧たちがちょっと邪魔だけれど。
「こんな時じゃなかったら、ゆっくりしたい所だねルシオラちゃん」
「そうね、いい感じね。忠夫さん」
のんびりと廊下を歩き、テラスから景色を眺め笑いあう。
おお、いい雰囲気だぞ!!
「ル、ルシオラちゃん…!」
「ん? なぁに…は?! あ、あれは――!!」
勇気を持って彼女の肩を抱こうとした俺の脇。視線を逸らしたルシオラちゃんはなぜかやたらと目を輝かせ身を乗り出した。
視線の先、なにやら俺にはよく分からない複雑な機械と分厚い本を運ぶ量産鎧。
「ちょっと待って、ソレ見せて!!」
周囲の事など目もくれず、突撃するルシオラちゃん。
本を片手に機械を弄くり回してなんだかとっても嬉しそう。
その目に宿る光がちょっとやばげなのは気のせいだろう。
なんというか嬉々として自分の行いやらなにやらを語るアシュタロスさんと似ているだなんて、そんな。
その後もルシオラちゃんは俺にはまったく何がなんだかよく分からない物を発見しては、次から次へと弄くり回していた。
……………泣いてなんか、ないやい!
ええ、そんなこともありまして。
撤退準備が思いのほか進みませんでした。
なんか、途中からとうとうヌルとまで熱く語り合いだして。
哀れみの目で見るなゲゾバルスキー!!
次の日もやっぱりルシオラちゃんはヌルと話し合ってたし。
仕方が無いので動かせるものから片付けるようには命令しといたけど。
俺は茶でも飲みながらその光景を見守っていた。
うう、なんかとっても寂しいよう。
モンスターを作っているだけあってやたら大掛かりな機材が多く、特にエネルギーを生み出す地獄炉が厄介であるらしい。
ヌルが人間界での魔力の源としているもので、一日や二日でどうにかなるモンではないと言われた。
うかつな事をすればこんな城など一瞬で蒸発する恐ろしい代物なのだと。
それならそれで仕方が無い。
カオスのじーさんはまだ帰ってくる気配はないし、例のマリア姫にも動きは無いと聞く。
まだ時間はあるだろう。急がずにやればいいと、言ったのは今日の昼。
事態に変化がったあったのはその日の晩。日付も変わろうかという頃。
うっかりヌルが放し飼いにしていたガーゴイルが何者かに倒された。
ヌルの作ったモンスターは俺も見せてもらったけれど、一般人どころかプロのゴーストスイーパーにだって相手をするのが難しそうなものばかりで。
もしやカオスが帰って来たのか!?と、おお張り切りなヌルは部下に命じ近くの村へと偵察に行かせた。
その報告。ガーゴイルを倒したのは魔女であるらしいが、タイミングよくカオスも帰ってきたと。
もう一つ、収穫、俺が良く知る人造人間の姉、マリア。
ゲゾバルスキーの部下たちがマリアを持ち帰ってきたときは心底驚いた。
まったく動かずまさしく人形状態。汚れてはいるが外傷らしいものは無いため、エネルギー不足か?
いや、驚いたのはヌルもそうだったようで。マリアの腕や足を、造りを確かめながら感嘆の声を漏らす。
「いやいや素晴らしい! これほど精密に……この関節など可動域を考えればもはや芸術!」
「そうねそうね! 嗚呼、これ! 銃器を収納する部分なんだけどこんなにコンパクトにして機能性を重視しながらも外観にも無理が無く…!」
ああ、ルシオラちゃんも大喜びだー。
ひたすた好き勝手やっていた二人が、とうとうやっぱりロケットパンチこそ浪漫!と、少年のように輝く目で語り始めたところでストップをかけた。
不満そうな顔をされたが、黙殺。
勝手に改造しちゃ駄目です!! 本人の意志を無視して話を進めるのもいかがなものかと。
調べた結果、やはりエネルギーというか電力不足で機能を停止しているらしい。
何でマリアがここにいるのか知りたいし、充電することに。
カオスのじーさんがいつマリアを作ったのか知らんけど、今の時代にもうマリアみたいなありえないものを造っていたとしたら凄い事なんじゃなかろーか?
充電を終え、目を――もともと開いてたけど――覚ますマリア。
「ここは? 横島さん?」
「マリア、俺が分かるのか?!」
かすかな機会音とともに起き上がり、周囲を確認するマリア。
俺の姿を確認して首を傾げる。
俺を知っているという事は、このマリアは間違いなく俺の知るマリアだ。
「え〜っと話せば長くなるんだけど。この城はここらの領主の城で俺はちょっとした手伝いで…ここは中世で、その」
ああ、なんか言えば言うほどうそ臭くなるというか。説明しづらい!
「マ、マリアはどうしてこんなところにいるんだ!?」
俺の問い、マリアは簡潔に淡々と返答する。
知人である美神除霊事務所で充電させてもらっていたところ、うっかり自分に触れた美神さんとその助手。
二人が感電し、どういった偶然か気が付けばこの時代にいたという。
バッテリーが切れそのままスリープ・モードに移行し、ここで目覚めるまでの事は何も記憶してないらしい。
「それって偶然過去に、ここにきちゃったってことかしら?」
「イエス・ルシオラさん」
「世の中は科学で説明出来んことばっかりやー」
まぁゴーストスイーパーなんてやってる身としては、何も言えんけど。
ヌルは何か思い当たる事でもあるのか、黙りこくって考え事。
そうかと思えば、いきなりそりゃもう上機嫌な顔で言い放つ。
「私は少々用事があるので席をはずさせていただきます! ククククク…ク〜ックックックックックッ!!」
意外と素早い動きですぱぱ〜っと部屋を出て行くけれど……不安だ。とんでもなく不安だ。
何か企んでますよ〜と言わんばかりの表情だ。
「ゲゾバルスキー、ヌルを追いかけて何をやるのか見張っててくれ!」
「は! 了解しました!!」
敬礼し去っていく鎧を見送り、今にも工具を掴んでマリアを解体しそうなルシオラちゃんを止めるべく、そちらに向かった。
…………ゲゾバルスキーからの報告を聞いて、頭を抱えた。
ヌルの性格なら確かにありえるだろうけど。なんでよりにもよってわざわざ挑発するかなー?
「お前なーカオスたちが攻めてきたらどうすつもりなんだよ?」
「ふっ、もちろん迎え撃つまでですよ!」
「駄目でしょうが! 私たちが何のためにここいるのか忘れたの!?」
大人しくこの城から撤退する予定だったのに、戦ってどーする?
ゲゾバルスキーたちにペースを上げるよう頼んで、作戦会議。
若い頃のカオスがどんな奴だか知らないし、一緒にいる魔女――現代のゴーストスイーパー、美神さんもどんな人かは分からない。
でも予想だけど攻めてくるんじゃなかろうか?
ヌルは完璧に殺す発言しちゃったみたいだしな?
「ほんとーに誰のせいでこんな事になったと思ってるんだ? お・ま・え・は〜」
「まったくだわ。人の苦労を無駄にするつもりか・し・ら〜ぁ?」
げしげしぐりぐりごりごり。
ルシオラちゃんとシンクロしてヌルを踏みつけながら。
ゲゾバルスキーは冷や汗をだらだら流し。マリアは状況を分析しつつ首を傾げる。
「仕方ない。マリア、悪いけど手を貸してくれないか?」
振り向いた俺の言葉、分からないながらも、それでもマリアは頷いてくれた。
作戦は簡単。良くあるファンタジーの結末っぽい。
攻めてくるにしてもすぐではないだろう。だからソレまでにヌルの偽者を作る。
適度に強く適度に倒されやすく、そんな感じで。
マリアが操られたフリをして、やってきたカオスたちを偽ヌルのもとへ誘導。適当なタイミングで正気に返ったフリ。
そしてその間に俺たちはさっさと逃げる。
「そうね。それならハッピーエンドよね」
「まぁありがちだけど分かりやすくていいよね?」
「………やられ役ですか。この私が、天才が」
「うっさい。
忘れてた。俺たちは元の時代に帰れるよな?!」
思い出し詰め寄る俺に、ヌルは微妙に視線を外しつつ。
「もちろんですよ。このプロフェッサー・ヌルを信用してください!」
「だったら俺の目をちゃんと見ろぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」
嗚呼、すっごい不安だ……。
頭痛がしてきた。今日はもう寝よう。
次の日。それはもう素晴らしいほどの快晴!
こんな状況でなければ、お弁当を持ってピクニックに行きたいくらいだ。
「あ、兄さん小鳥よ。何て種類かしら。きれいな鳴き声ねー」
「そうだね。都会と違って雑音がないから自然の音が良く聞こえるねー」
テラス。ルシオラちゃんと二人で静かな時間。
城内からの忙しない騒音は聞かない方向で。
「ごめんね、デート出来なくて」
「いいのよ、に…忠夫さんのせいじゃないわ」
「ありがとう、ルシオラちゃん」
そんな微笑ましい空間に、無粋な邪魔が入りもしたけれど。
ヌルたちの準備は八割方整ったとか。
おお、もっと掛かるかと思ったんだけどな。頑張ったんだな、鎧たち。
地獄炉はいまだ稼動中。といってもかなり出力などを抑えているようだが。
なんでも俺たちを未来に返す為には莫大なエネルギーがいるらしく、地獄炉からそのエネルギーを引っ張るつもりだとか。
だからこそ必要最低限の出力を維持する為に、まだ停止するわけには行かないのだと。
そーいうもんか。俺には理解できない話なので、ヌルに任せるけど。
……もし失敗したら、どこに逃げようが追い詰めて――潰す!
鎧に指示を出していた俺たちに、その報告が届いたのは昼を少し過ぎた頃。
美神さんがマリア姫を連れて来たのだという。
「……罠っぽくない、それ?」
「俺もそう思う。城に入る為の手段じゃないのか」
「ああ、やはりそう思いますか。ですがいつまでも外で待たせるわけには行きませんし。
ここは相手に乗ってやるのも一興かと」
顔を付き合わせ、ひそひそ。
ある程度準備は整っているし、きっと後からカオスのじーさんたちも来るんじゃないかなと思うし。
「んー、例の偽ヌルはもう出来てるんでしょう? だったら丁度いいからソレを使いましょう」
「しかし…私のダミーは急いで造ったせいで少々知能が」
ルシオラちゃんの提案に、言葉を濁す。
能力は申し分ないがあり合わせの材料で作ったせいか、どう頑張っても知能が本物の半分以下も無いらしい。
話し合った結果、偽ヌルはゲゾバルスキーに遠隔操作させる事となった。
こんなこともあろうかと!と懐からいかにもなコントローラーを取り出したときには、何というか、殴りたくなったけれど。
美神さんたちを通す場所は少々派手なアクションをとっても被害が少ない大広間。
ゲゾバルスキーのサポートには――ヌルだと不安な為、ルシオラちゃんがつく事になり。
俺とヌルはカオスのじーさんを警戒。
一緒に来なかったという事は美神さんたちを囮に、別方面から攻めてくる可能性が高いという事だ。
マリアはすでに城の外で待機している。
自分の親であるカオスのじーさんを騙すのは心苦しいと思うが、マリアは頷いてくれた。
俺がどうして魔族のヌルを助けようとしているのか、その理由すら聞かずに。
本当にいい奴だ、マリアは。
あんなじーさんにはもったいない!!
ドッオオォォォォォォンン……!
突如城を揺るがす轟音。な、なんだ?!
「どうしたんだ、一体!?」
「は、広間で魔女ミカミとダミーが交戦に入った模様です!」
手近な量産鎧の返答。
それにしてもいきなり凄いな。美神さんてどーゆう人なんだ?
「申し上げます! ドクター・カオスが空飛ぶじゅうたんで襲来! 現在マリアが迎え撃っております!!」
「そうか。カオスの方はマリアに任せよう。偽者が倒される前に俺たちは撤退の準備を…!」
「了解しました!」
「……………私が上司のはずですが?」
あ、なんかヌルが沈んでる。いいや、放っとこう。
大広間からだろう、城の破壊を目的としているとしか思えない凄まじい音が間断なく響いてくるのが怖い。
これは――急いだ方がいいんじゃないか?
「おいヌル! ぼさっとしてないで行くぞ」
壁に向かって危ない目でぶつぶつ言っていたその襟首を掴んで引きずっていく。
自分で言うのもなんだが、アシュタロスさんを相手にしていたせいで駄目な奴の扱いには慣れているのだ。
向かうは城のもっとも奥。厳重な部屋。地獄炉のある場所。
おうんおうんとおぞましい音がする。
あ、炉の中の骸骨っぽいのと目が合った気がする。
炉の脇に人が二人は入れそうな半透明なガラスケース。
炉から伸びたコードで繋がり、全体がぼやぼやと光り計器類がくるくると動く。
「これで、帰れるんだよな俺たち」
「もちろんです! 私の計算に狂いはありません」
胸を張るヌルに、それでも不安はぬぐいきれない。
だってヌルだし。アシュタロスさんの部下だし。
後もう少し炉のエネルギーが溜まれば、準備は完了するらしい。
時間移動に必要なエネルギーが溜まれば自動的に停止するように炉を設定したと言ったけど、本当だろうか。いまいち信用できない。
偽ヌルが倒された後、この部屋でルシオラちゃんと落ち合うことになっているのだが。
あの爆音から考えて、大丈夫なんだろうか? 安全な場所からの遠隔操作だけど、心配だ。
「ごめんなさい、兄さん! 遅れたわ!」
ばたん! ドアが開いて、駆け寄ってきたルシオラちゃん。
ところどころに埃がついているのはなぜだ!?
「ルシオラちゃん、どうしたの? 何があったの!?」
「あ、ああ大丈夫よ兄…じゃない忠夫さん。怪我はしてないから。
ただちょっと美神さんが過激な手段に訴えてびっくりしただけよ、それにゲゾバルスキーもなんかのってきちゃって……」
微笑む姿にほっと息をつくけど、過激な手段て…。美神さんて一体?
なんか知りたいような知りたくないような。
「マリアはカオスと合流したのかな?」
「それは大丈夫でしょう、先ほどザコソルジャーがドクターカオスとあの人造人間、魔女ミカミが一緒にいるところを目撃しました。
現在はどうやら、幽閉した領主の救出に向かっているようです」
「そうか、じゃあそろそろ頃合だな」
「ええ。あ、丁度炉のエネルギーも溜まったみたいね」
「それじゃあ、後のことは分かってるよな!?」
俺の問い。ヌルは神妙に頷いた。
城に置かれた人界にあってはならない機材のほとんどは片付けた。兵器であるモンスターもエネルギー供給を絶ったため、ただのオブジェと化している。
地獄炉が完全停止すればヌルも弱体化し、大人しくならざるえない。
「……くれっぐれも! 俺たちが帰った後また炉を起動させるなんて、するなよ?」
「ほほほほほ、嫌ですね。そんな事しませんよ!」
だから微妙に視線をずらすな。そーゆーとこアシュタロスさんとそっくりだぞ。
量産鎧たち、後は頼んだぞ!
俺の視線を受け、ザコソルジャーたちは力強く頷いてくれた。よし!
「ルシオラちゃん、準備は良い?」
「ええ、ばっちりよ兄さん!」
ガラスケースの中、ぎゅっと手を繋ぐ。
「それではいきますよ。ああ、ちゃんとこちらに来た日に戻してさし上げるのでご心配なく」
ヌルが古風なでかいバーをガチャンと引いた。
ブォンブォンと、低い音。ガラスケースの中に響き渡り、空気がどんどん重くなってゆく。
ばちばちと何かがはじけて、思わずルシオラちゃんを抱き寄せる。
空気が、いや空間が歪んで、周囲が光りだす。
目も開けてられないほど光り輝き、足元が消える錯覚。どこかに飲み込まれてゆく感覚。
そして来たときと同じ様に、ブラックアウト。
「え、あれ、ここは……玄関? 戻ってこれたのか! ルシオラちゃん、ルシオラちゃん!?」
「兄さん! 良かった成功したのね!!」
気が付いて、一番初めに視界に飛び込んできたのは見慣れた光景。
ぎゅむっと、ルシオラちゃんが抱きついてきて。嬉しくって抱き返す。
あー、良かった。かなり心配だったんだ。
今何時だろう? 近くの窓から外を確認すれば、空がオレンジ色に染まっていた。
もう夕方だ。これじゃ、デートは出来ない。
「ごめんね、ルシオラちゃん。せっかくのデートだったのに」
「もう、謝らないでよ。忠夫さんが悪いわけじゃないわ。それに、結構楽しかったの。
また今度、出かけましょうね?」
「うん、もちろんだよ!」
にこにこと笑いあう俺たち、呆れた声が掛かったのはその直後。
「何をやっとる、おぬしたち」
どこか出かけていたのか、外から帰ってきたポチがその肩にシロを乗せつつこちらを見ていた。
ついうっかりしてたけど、ここは玄関だった。
何でもないと、聞き返す。
「ポチこそ、シロとどっか出かけてたのか?」
都会を嫌うポチは散歩以外では家から出ないのに、珍しい。
「今日はホワイトデーでござろう。ホワイトデーはバレンタインのお返しの日とパピリオ殿に聞いたでござる!
だから犬飼を拙者の修行に付き合わせたでござるよ!!」
胸を張って応えたのはシロ。
どこまで行ったのか聞けば、近くの山。
ここから何キロ離れてると思うんだ、その山は。
ポチに大した疲れが見えないのは、流石人狼。シロの方はややお疲れだが、それだってきっとはしゃぎすぎたからで山と家を往復したからではないだろう。
「そ、そう。仲良くしてるみたいだから良いけど。
あ、二人とも風呂入って。汗かいてるし汚れてるだろ」
「わかったでござるよ、横島殿!」
元気なシロと、頷くだけのポチ。
ああ、いつもの日常だ。家だ。
帰ってきたんだなぁと実感。
「そういえば、ヌルはどうしたのかしら?」
ふと思い出したようにルシオラちゃん。
ああ、そういや姿を見てないな。別に進んで見たいわけではないが……死んでないよな?
「兄さん姉さん! 帰ってたの!? ああ、帰ってたんならお願い、パパとヌルを止めて!!」
ばたばた!! めったに無いほど取り乱したべスパちゃんが駆けてきた。
アシュタロスさんとヌル?
「あはは、何だろう、果てしなく嫌な予感がするよルシオラちゃん」
「ええ、私も心底同意見よ忠夫さん」
それでも行かないわけには、いかない。
べスパちゃんがなんか必死だし。
二人がが何かやらかしているのは、二階。アシュタロスさんの書斎。
ルシオラちゃんに下で待っているように言ったけれど、自分も一緒に行くと押しきられた。
まぁアシュタロスさんが娘に手を出すことなど無いだろうけど。
二階に辿り着き、呻いてしまった。
なんだ、これは?
俺たちが目にしたのは、書斎の中からあふれ出るたくさんのと言うか異様な量の――おそらく、飴。
アメーバみたいな感じ。何というか、うごうごと増えていってないか、これ?
あ、中に雪と勘九郎がつまってる。もがいてるから死んではないんだろう。
「何、これ?」
「その…パパがホワイトデー用に作ったみたいなの。ヌルが今日家に来て、パパと話してるうちに手を加えるとか言い出して…これに」
「ああ、そっか。余計なことしたんだね、あのザビエルカット」
「でもパパも結構ノリノリだったから、同罪かも」
はぁっと、疲れた顔のべスパちゃん。
あのおっさんはまったくもう。ホント懲りない。
で、その張本人たちはどこ行った?
「アシュタロスさんとヌルは?」
「部屋の中にいるみたいよ、兄さん」
ルシオラちゃんの言葉通り、書斎の奥の方で何かやってる。
中に入るには飴を踏まなきゃいけない。……やだなぁ、雪たちのように埋まるのは。
とりあえず、サイキック・ソーサー小型版で吹き飛ばしてみた。
ちゅどん! べちべち……
小規模な爆発。飴が適度に飛び散った。よし!
雪と勘九郎にもちょっとばかり被害があったようだが、運がなかったとして諦めてもらうしかない。そんなトコにいる方が悪い。
俺の後からルシオラちゃんもついてくる。
「アシュタロスさん? ヌル? 何をやってるんで・す・か!?」
「はぐ! よ、横島君……あ、いやこれはだね、その娘たちにホワイトデーのお返しをしようと思ってだね。でも普通のお菓子を上げたんじゃつまらないかな、と!」
「おお、無事帰ってきましたか、おかげで私はこの通りぴんぴんしていますよ!
そうそうアシュタロス様がお悩みのご様子だったっのでアドバイスをばぶげらっ?!」
挙動不審気味に言い訳するアシュタロスさんよりも、得意満面にふんぞり返ってるヌルがむかつく。
思わず蹴り飛ばしてルシオラちゃんと一緒に踏みつける。
「あああああ! 懐かしい感触〜!!」
踏まれて悶絶するヌルは無視して、アシュタロスさんに向き直る。
冷や汗かいて姿勢を正したってことは、まずい状況だってのは理解してるんだな。
「で、あんなもんルシオラちゃんたちに食べさせる気ですか?」
「私絶対嫌よ!!」
ルシオラちゃんが力強く言い切った。
「そ、そんな……!」
体全体でがっくりうなだれるアシュタロスさん。当然だ。
本気で食べてもらえると思ってたのか、この人は。
「アシュタロスさん、あれなんかどんどん増えてるんですけど?
ちゃんと片付けられるんでしょうね?」
「え゛っ?」
俺の問い、硬直する雇い主。
……え゛てなんだ? え゛って?
もしかして――いや絶対そうだ。
「何も考えてなかったんですね? アシュタロスさん?」
にっこり笑えば、あうあうと言葉にならない呻きが返ってくる。
やっぱりかい!
飴なんて掃除しにくいものを…! べたべた引っ付くし水で絞った雑巾でもきれいに取れないし。
ああ、洗剤とかはなぁ。絨毯にもドアにもべったりだから。下手なもの使うと痛んだり色落ちしたりで。
ハニワ兵だって毎日の家事で大変なのに。また余計な仕事を…!
ぽきぽきと指を鳴らす。
何かを察知したハニワ兵が一体、ささっと寄ってきて俺とルシオラちゃんにそれぞれ何かを手渡した。
俺にはやたら研ぎ澄まされた…むしろ刃物チックなフライ返し。ルシオラちゃんに先端が妙に鋭い電動ミキサー。
「ああ、こら! ハニワ兵、また余計なものを造ったのか!? どうして毎回毎回横島君の味方をするんだ!!」
「だって誰がどう見ても兄さんの方が正しいもの」
必死な叫び、しれっと言うのはルシオラちゃん。
あ、娘に言い返されてへこんでる。
「毎度の事ですが一応言っておきましょう。
後先考えて行動しろって、いい加減学習しろおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」
「いっつもいっつも少しは反省を生かしなさい!!」
ずばぁ! ざすざすざすざすっ! ドシュウ…ベキベキバギィィィィ!!
いつものようにお仕置きし、いつものように消し炭以下の物体になった雇い主。
涼しい顔でそれを片すハニワ兵。
ついでにソーサーの影響で焦げてぴくぴくしてた雪と勘、転がったままだったヌルも一緒に片付けてたけど。
大した事じゃない。
何で俺の周り、いやこの家の関係者はあんなのばっかりなんだろうか。
俺とルシオラちゃん、そろって深く息を吐いたのだった。
正直言って過去のヌルを助けるよりも疲れた。
心穏やかにデートするには、まずアシュタロスさんをどうにかしないといけないんじゃなかろうか?
続く
ホワイトデー関係ないよ落ちが弱いよ! もっとこう…なんかあるだろ、自分!! くそう。
横島君とルシオラちゃんがあまりいちゃついていないのは仕様です。
は、くっついたからってそうやすやすと進展させてたまるかよ!!という意気込み。
最初にヌルがかけた液体は時空内服消滅液を改良したもんです。
そろそろ妙神山に行かせたい。本家グレートマザーも出したい! う〜んどうしようか?
では、ここまで読んでくださった皆様ありがとうございます!