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「霊能の炎は燃えているか!?〜二回戦(前)(GS+オリキャラ+α)」

いりあす (2008-03-09 19:33/2008-03-10 21:44)
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 ――――1年前 大阪市内――――


『くけけけけけけ――っ!!』
『ゾゾゾ、ゾンビ〜〜〜〜!!』
「わ〜〜っ!?」「キャ――――ッ!!」「た、助けてくれ〜〜!!」

 その夜、大阪の街は大混乱に陥っていた。


 アシュタロスという名の魔族によって引き起こされた数々の有名人襲撃事件、核ジャック事件、そして南極でのごく小規模ながらも核爆発(異界空間内での大爆発だったが、通常空間でも若干の余波があった。一帯に放射能の影響がなかったのは幸いである)。一連の事件が終息し、南極へ行ったGS達が帰国してからせいぜい一週間かそこらしか経過していない以上、アシュタロスの一味が再度の攻撃に出てきたのではないか、とは多少事情の分かる者達には想像がついた。
 しかし、今回のそれはこれまでのものとはわけが違う。何せ、空を見上げれば霊感の無い者達にもハッキリと見える悪霊の大群。そして、街を徘徊するは死してなお人を襲う事をやめないリビング・デッド達。まるで、地獄のフタをぶち破って亡者達がこの世に溢れかえったかのような大混乱である。


『アナタの血を吸わせて下僕にさせてぇぇぇぇ……ゾンっっ!?』
「ご冗談! お早うあの世にお帰りやす! あんたも!!」
『ぶふっ!?』
 正面から襲いかかってきたゾンビの顔面に神通棍で渾身の突きを叩き込み、すかさず反対側の棍身で後ろに回り込んだゾンビにも一撃を喰らわす。さらに左から迫ってくる三体のゾンビの眼前に、破魔札を三枚ほどパッと宙に舞わせ……
「せいっ! はいっ! たぁ――!!」
『ゾッ!?』『ン゛ッ!?』『ビィィ!?』
 破魔札を立て続けのハイキック三発と一緒にゾンビ達の顔面に叩き込む。脳天に霊力と一緒に打撃を受けたゾンビが神通棍を喰らった者を含めて合計五体、そのまま仰向けに地面に転がって動かなくなった。それが身体機能を破壊されたのか、それとも死してなお操られる呪縛から解き放たれたからなのかまでは判らないが。

「ゾンビに傷を付けられたもんは、傷口に霊力を集中させて踏ん張らせるんや! ヒーリングが間に合えば、ゾンビになる心配は無いし傷口が腐ったりもせえへん! ええか、これ以上ゾンビを増やすんやないよ!」
「おう!」「分かりました!!」
 決して年長者でもリーダー格でもないのに、悪霊やゾンビの襲撃をさばきながら周りにテキパキと指示を下しているのは、目下教職員の実習中の身でGS開業すらしていない真田信之である。しかし、キャリアの長い先輩GS達や機動隊員達がさして不満も見せずにそれを受け入れているのは、彼女の実力や指導力のせいなのかも知れない。

「府庁、府警、MHKあたりの避難が済んだら、谷町筋と土佐堀通に封鎖ラインを敷いたり! くれぐれも地下鉄や高速にゾンビを入れたらあかんよ、絶対にお城の周りに閉じ込めとくんや!」
『ギエエッ!?』
 無線機で連絡を取りながら、信之は襲ってくる悪霊を神通棍で叩きのめして除霊した。悪霊が消滅するのを見届けるのもそこそこに、彼女は今度は別なチャンネルに無線を切り替える。
「中之島公園の結界は張れたん!? もうじきそっちにケガ人や避難者が押し寄せるさかい、治療やら護衛やらキチッとやっとくように夏子ちゃん達にもゆうといて…………なんやて!?」
 大阪城公園を眼前にした上町筋。ゾンビが大量発生している場所の近くで電話に没入するのは危険な行為だったが、それでも信之は無線機にかじりつかずにはいられなかった。
「…………あの子ら、何をアホな事しとるん……! そりゃ、うまく行くならそれがベストやろうけど、危険やでそれは……」
 そう毒づきながらも、信之はテキパキと目の前の除霊とゾンビ退治を進めている。
「……今更止めようも無いな。あとは、あの子らの運と実力次第や……冷たいようやけど、ウチにはこれぐらいしかできひん。カンニンな」
 そう小声で詫びながら無線を腰のラックに戻し、信之は周囲の仲間達に向かって手を振り回した。
「みんな、後退や! ちょい早いけど谷町まで下がって、連中を食い止めるんや!!」
 “これで城ン中が少しは手薄になるとええんやけど……”と呟きながら、彼女は大阪城の天守閣を見上げた。そう、屋根のてっぺんに何者かが立っている天守閣を。


「切り裂け、金行の刃っ!!」
『ぐっ!?』
 夏子の振り下ろした神通扇の一撃は、水干をまとった美童……の姿をした魔物の身を浅いながらも切り裂いた。魔物は刀を片手に飛び退くが、そこに今度は別方向から攻撃が飛んでくる。
「発!!」
『ちいっ!』
 夏子の斜め後ろにいた素子の放った霊波弾を避けきれず、今度はまともに吹っ飛ぶ魔物。
「さあ、次でおしまいや! 覚悟せえよ!」
『おのれ……お館様の許へは行かせぬ! てぇぇ!!』
 魔物は体勢を立て直すと、素早く両手を振りかざす。次の瞬間、手から蜘蛛の糸が凄まじい勢いで噴き出し、部屋を蜘蛛の巣だらけにしてしまった。

『ふ、これで貴様達は進むも退くもなるまい! さあ、大人しく我が主の糧となるがよい……む?』
「ハ、なめんな! こう見えても未来のGSや、うかつに喰ったら食あたりすんで!」
 彼の尊大な物言いに対して、これまた大見得を切った夏子、すかさず両手の神通扇を広げてポーズをいくつか取る。
「陰なる木行、陽気により破れ火行と消えよ! 行けぇ、炎の扇!!」

 ゴオッ!!

『なっ!?』
 そして彼女が扇を打ち振るうと、扇から猛烈な炎が巻き起こって蜘蛛の巣を焼き払ってしまった。その際に、部屋の中の柱や内壁なども焦げてしまったが。ガラスケースに収められていたおかげで、展示品の方は何とか無事だった模様である。
「今や、望!!」
「OK!」
 蜘蛛の巣が消えた事で、彼女達と魔物を隔てる物がなくなった。さらにそこへ、今度は望の狙いすました狙撃が彼の身に襲いかかる。

 どすっ!!

『ぐうっ!』
 展示品の影からの狙撃に対応できず、魔物は胸元をまともに射抜かれた。『お、おのれ……!』と言いつつ自らを貫いた矢に手をかけようとした彼だが……
『な……!?』
「言うたろ? ナメたらあかん、ってな」
 矢に気を取られていた隙に、神通扇をたたみ直した夏子がすぐそこまで迫っていた。

「去ねや、邪なる土蜘蛛! 陽なる土行・破魔の一撃によって!!」
『ぐ、ぐわああぁぁぁぁっ!! こ、この森蘭丸がぁぁぁっ!?』

 そして向き直るが早いか、夏子の一撃が彼――森蘭丸を名乗る魔物――の土手っ腹に致命的な一撃を与えていた。


「こいつが一の子分……ってとこなんかな?」
「多分、そんなところやな。素子、親玉の居場所はどうや?」
「移動した様子は無いわ。多分あのまま、屋根の上で威張りくさっとんのやろ」
 念のため少年の姿の魔物の躯を火炎符で焼き払いながら――ここは大阪城天守閣の最上階、展望台の中なのに、だ!――、三人は見鬼くんの反応を確かめていた。そして見鬼くんはというと、どこか怯えたようなジェスチュアを交えて、天井の真上をしきりと指さしていた。
「さ、こっからが勝負や。ウチらは残念やけど、信之姉みたく避難誘導しながら戦うなんて器用な真似は、ようできひんからな」
「ウザウザやるより親玉狙い。ま、夏子の考えそうな短絡思考やな」
「あの親玉さんがゾンビの製造元らしいから、一太刀浴びせるだけでも効果はあるはずよ。確かこっちから外に出られるはずやわ」
 望が親指で示した先には、屋根へと出るための出入り口があった。


『ククク……どこの誰が大坂の街を再建したかは知らんが、まあええ眺めだがね』
 大阪城天守閣の天辺。空は何処からともなくわき出した悪霊達が飛び回り、地上は同じく復活した魔物や妖怪、そして自らが産み出したゾンビが暴れ回る。そんな光景を、黒マントに身を包んだ巨漢が薄笑いと共に眺めていた。
『見とるがえーわ、あの忌々しいラッキョウ頭はもうおらん。アシュタロスだか誰だかの差し金だか知らにゃーが、こうして復活したからにゃー、ワシはあの小娘共に復讐してやるがね! そしてその後は……天下は今度こそワシのもんだがや〜〜〜!! ガ〜〜ッハッハッハッハッハッ!!』
 高笑いする魔物。その大開きになった口の中で、血塗られた鋭い牙が上下二本ずつギラリと光った。


 ジャリ……

 背後で僅かに起きた音を耳ざとく聞きつけ、彼は高笑いするのをやめた。
『ほう? 蘭丸を倒しよったとはやるでにゃーか? しかしこの信長さ(ドスッ!!)おうっ!?』
 後ろの気配に肩越しで声を掛けようとした男だが、それより先に何かが背中に突き刺さっていた。
『クックックッ……難波の奴らはセカセカしてていかんがや? 少しは都の女どもを見習ってちょーよ』
 胸からほんの数ミリだけのぞかせている鏃を一瞥しながら、彼――織田信長を名乗る魔物――は後ろから攻撃してきた闖入者に向き直った。

「わ、全然効いてへん……人間やったら心臓の位置やのに」
 手にした武器を持ち替えて矢をつがえながら、ベレー帽姿の水無月望が引きつった苦笑いという器用な表情をしていた。ちなみに手にしている武器は霊体ボウガン……いや、ボウガンなんて手軽なものではない。銃床を含めれば小銃程度の長さがあり、巻き上げ用のハンドルまでついた……霊体どころか甲冑武者をも一撃で射倒せるようなゴツいクロスボウである。
「銀の矢で心臓ぶち抜かれて死なんって、相当ヤバイ相手やって考えた方がよさそうやな」
 その隣で撃ち終わったクロスボウの弦を張り直しながら、眉をヒクつかせて愚痴るのは和洋折衷な格好をした五藤素子。
「それか……心臓があの場所にないか、二つか三ついっぺんに動いとるか、やな」
 そして二人をかばうように、信長と向かい合って屹立する真田夏子……市立天王寺高校霊能部が誇るホープの二年生トリオであった。

『ほほ〜う? この時代の小娘にしては霊力も肌もピチピチでなかなかのモンだがね。このまま血を吸い尽くしてしまうには惜しい娘どもだがや』
「そりゃ、おおきに。で、それは口説き文句のつもりなん?」
『ククク……おみゃー達が望むならば、この信長様の夜の花嫁にしてやるぞ? そうすればワシの力を与えて、永遠の命を楽しませてやるがや! ガーッハッハッハッハッハ(ドスッ!!)はがっ!?』
 望が放った二本目の矢が、今度は高笑いする信長の口の中に突き刺さった。

「な〜にをアホくさい事言うとるんや、バカ笑いしよってからに」
 少しいらついた表情で瓦を蹴りつけながら、夏子はそれなりの大きさの胸を張る。
「ええか? 人間が長生きしたがるんは、一つはそれが生きモンの本能やから! そしてもう一つは、やりたい事をやり遂げん内に人生が終わってまう事を恐れるからや! 生きてる間にやりたい事ややるべき事をキチッとやって、生きられるだけ生きたら終わるんが人生っちゅうモンや! あんたのような魔物の奴隷にされて、したい事を何もできず、さりとて死にたくても死ねずにダラダラ引き延ばされるだけの命なんざ、まっとうな感性の人間が欲しがるかっちゅーんや!! 覚えとき、この信長モドキ!」
 そこまでまくし立ててから、夏子は親指を力一杯下に向けた。まるで無様な姿を見せた剣闘士を前にした、幾多の戦いを経験した古代ローマの市民達のように。

『フハハハハ……よく気付いたがや、このワシが信長ではないっちゅー事を……』
「たりめーや! モノホンの信長はんがンなインチキな名古屋弁を使うかい! どこの妖怪や悪魔や知らんけど、化けおおせるんやったらもっと日本語の方言勉強して出直して来ぃ!」
「私らの大阪弁も、けっこうテレビとかに毒されとるけどね……」
「それ、今言う事やないで……」
 啖呵を切る夏子の後ろで望と素子がボソボソと余計な事を言っているが、その程度の事でこの雰囲気が崩れたりはしない。
『ならば見せてやるわ! この吸血魔・ノスフェラトゥ様の真の姿をなぁぁ!!』
 口から首筋に抜けた銀の矢を引っこ抜いて投げ捨てる信長……いや、ノスフェラトゥ。と同時に、彼の姿はボコボコと醜く歪みながら、次第にふくれ上がっていった。

「やばい……! 臨・兵・闘・者・皆・陣・列・在・前!!
「変身なんて、させへんよっ……!!」
 これが漫画や映画なら変身シーンに余計な邪魔は入らないものと相場が決まっているが、現実というのはそこまで甘くはできてはいない。“真の姿”とやらを現す前に倒せとばかりに、素子が印を切って五発の霊波弾を立て続けに叩きつければ、望もグニャグニャ歪むノスフェラトゥに矢を撃ち込む。それらの攻撃は、隙だらけの敵に次々と命中した。
「極楽でも地獄でも、どこなりと行きさらせぇっ!!」
 そして、夏子が神通扇を握りしめて全速で駆ける! とても足場の悪い屋根の上とは思えない速さで迫り、畳んだ扇に霊波の刃をまとわせて打ちかかる――――

『ふはあぁっ!!』
「どわっ!?」
 ――その寸前で、ノスフェラトゥの振るった腕が夏子をはね飛ばしていた。
「おおっ!? わわっ、わああ!?」
「「夏子っ!!」」
 着地したはいいもののそのまま地面めがけて急坂を後ろ走りで駆け降りそうになった夏子を、素子と望が慌てて手を掴んで引っ張り上げた。
『く、くくく……覚悟しておけ、こうなったらさっきほど優しくはないぞ……!』
 変身を終えたノスフェラトゥは、身の丈3メートル近い巨体になっていた。しかも紫色の肌に紫色の髪、二本の大きな角に背中には翼という、異形の魔物。それこそが吸血鬼の上をゆく吸血魔族・ノスフェラトゥの真の姿である。服をはじき飛ばしてあらわになった肌には、霊体クロスボウの矢が数センチほど食い込み、霊波弾を喰らってついたであろう小さな焼けこげが数ヶ所あるばかりである。この他に、両胸に大きな刺し傷の跡らしき物が2つ残っている。最初に撃ち込んだ銀の矢は胸の中に埋まってしまったのか、矢羽根や鏃が見えない。

「……やば……ここまでトンデモないのが出てくるとは思わんかったわ……」
「このタイミングで信之姉が助けに……なんて都合のいい展開にはならんやろな」
「投げたらアカンで、素子に望……GSがヤケ起こしたら、そこで除霊失敗や!」
『いい覚悟だ……! さあ、どいつから血を吸ってやろうか? では、ドイツ野郎から吸ってやろう……な〜んちゃって、ダーッハッハッハッハッ!!』
「「「なんでやねんっ!!」」」
 あまりにバカらしいノスフェラトゥのダジャレに、思わず突っ込みを入れてしまうコテコテの大阪っ子三人。ちなみに“ドイツ”という名称は中世には存在していたようなので、ヨーロッパ起源の魔族で日本在住歴も長いらしいノスフェラトゥがこのダジャレを言うのはアリである――――作者註。

『死ねぇいっっ!!』
「くっ!」「ちぃっ!」「しもた……!」
 ツッコミのせいで僅かに隙ができた。そしてそれを狙っていたかのように、ノスフェラトゥが翼をはためかせて襲いかかる! 虚を突かれた三人娘も、すぐさま迎撃に移る。まず望が二丁のクロスボウのうち片方の矢を放ち、続けて素子が二本ある独鈷杵の片方に霊波を籠めて投げつけ、最後に夏子は予備の神通棍を伸ばし、その先に破魔札を突き立ててこれまた投げる! 三人の攻撃は、まっすぐ突っ込んでくる魔族の巨体にあやまたず命中した――しかし。

『グハハハハハハハハハァッ!!』
「どわっ!?」「きゃっ!?」「ぐぅっ!?」
 矢が翼の付け根あたりを突き抜け、独鈷杵は脇腹のあたりに突き刺さり、破魔札の霊力が顔面で爆発したにも関わらずノスフェラトゥの勢いは止まらない。そのまま勢いをつけての跳び蹴り一閃が、三人をまとめてはじき飛ばしていた。望は屋根から転がり落ちかけて、慌てて瓦を掴んで屋根の中腹あたりでやっと停止。素子は屋根の橋に飾られているシャチホコに叩きつけられ、そして夏子は大屋根の峰の部分に倒れ込んだ。
「ぐ……や、やば……!」
 脇腹を打ち付けた激痛に耐えながら必死で身を起こそうとする夏子。その眼前に……紫の肌の巨躯が一面に広がっていた。

『まずは口の減らん小娘、貴様からいただいてやる。いつぞやの派手な女ほどではないが、いい力が手に入りそうだわ……クククククク、フハハハハハハハ!』
「ぐ……っ!」
 反撃する暇もなく、左手を捕まれて宙吊りにされる夏子。彼女の視界を独鈷杵が突き刺さったままの脇腹、何やら古傷のある胸が映り――最後に、ノスフェラトゥが嘲笑を浮かべて自分の顔をのぞき込む姿が映った。
『心配するな、貴様の魂などいらん。ゾンビにもしてはやらん! 血とパワーだけ全て吸い尽くし、干し肉にしてくれる!』
「あ、悪趣味なやっちゃ……!」
「な、夏子……!」
「夏子……あ、あいつ……!」
 後ろや斜め下からは素子や望のうめくような声が聞こえるが、夏子を事実上盾にしている状態では援護のしようがない。

 今自分はどんな表情をしているのだろう? 恐怖に顔を歪めているのか、それとも最後の最後まで小生意気な顔をしていられるのか? ここでおしまいなのか? 素子や望もすぐさま自分と同じ運命をたどるのか? そんな事を考えていると…………不意に、5年前に別れたきりの、あの少年――そう、今自分の“やりたい事”の2番目ぐらいには間違いなく入っている消息不明の初恋の人の姿がよぎった。
(――横島――――そうや! あのバカタレにもう一遍会わずに死ねるかい!!)
『それでは、いただきま〜〜〜〜〜す!!』
 そして目の前のノスフェラトゥが、まるで自分に見せつけるかのように口を大きく開く。その瞬間、夏子は目をカッと見開き、自由になる右手を下に伸ばした。


 ずぶりっ!!


『あ……A……………………AGOGAAAHHHHHHHHHH!!??』
 ほんの1秒ばかりの沈黙の後、ノスフェラトゥは口を両手で覆って苦しみ始めた。しかし、その口は閉ざされる事はない。そう、彼が口を全開にしたところを狙いすまして夏子が脇腹の独鈷杵を引き抜き、つっかえ棒として奴の口の中にねじ込んだのだ。勝利を確信していた吸血魔はそのままアゴを閉じようとして……上下のアゴに独鈷杵の両側の刃を思い切り突き刺してしまったのだ。
 先ほどの望達の攻撃のように、来ると分かっての打撃ではない。しかも自分のパワーで無防備な状態の口の中に一撃入れてしまったのだ。これにはさしもの吸血魔族も堪らず苦悶の叫びをあげる。
「今や! 夏子、受け取りや!!」
「おおきに! 胸の古傷!!」
「行けぇぇぇっ!!」
 隙が生まれたところに、今度は三人娘のうち前衛二人が肉薄し、そして後衛の望も狙撃態勢に入っていた。一番近くにいた夏子は、素子が投げてよこした神通扇をハッシと握りしめている。


「これが……最後の一矢や!」

 望の斜め下から放った矢は、ノスフェラトゥの耳からコメカミのあたりに突き抜けるように。


「アーレア・ヤクタ・エストォぉっ!!」

 全速力でぶつかってきた素子が手にしていたもう一本の独鈷杵は、かつて明智光秀が刺し貫いた左の心臓の傷跡を。


「行ってこい、大霊界っっっ!!!」

 そして夏子がフルパワーで突き出した神通扇は、これまた美神令子が抉った右の心臓を、それぞれほぼ正確にブチ抜いていた。

『お……おのれ……! に、二度ならず三度までも……人間ごときにこのワシが……!?』
 夏子達が知る由もなかったが、二つある心臓を同時に刺されたノスフェラトゥはゆっくりと仰向けに倒れていく。そしてそのまま、大阪城の大屋根の瓦を蹴散らしながら滑り落ちていった。
『あ、アシュタロス……力を、力をよこせぇぇ……! 全盛期のパワーさえ……あれば…………あんな……小娘ど……も……に…………』
 が、断末魔のうめき声もそこまでだった。幾度か途中の屋根に叩きつけられながら転落し、地面に激突する寸前、大阪を恐怖のどん底に叩き落とそうとした吸血魔の姿はテレビのノイズのように歪み、そしてかき消えた。


「……やったんか?」
「多分、やね。最悪でも深手は負わせた。街の騒ぎも収まってくようやし、ゾンビにされた皆が解放されたのは間違いないみたいや」
 天守閣の最上層の屋根の上からは、軒下に落ちていったノスフェラトゥの末路を目にする事ができない。遠くを見るのは構わないが真下を見るのはさすがに恐ろしいのか、三人は屋根の斜面をゆっくりと降りながらそんな会話を交わした。
「お、見てみい。どうやら、ケリがついたみたいや」
 最初に気付いた素子が指差す先で、空を乱れ飛んでいた悪霊達が次々と姿を消してゆくのがハッキリと見えた。成仏したのか消滅したのかは分からないが、恐らく彼らを呼び出した張本人がやられたのだろう――それがノスフェラトゥなのか、それとも他の何者かなのかは知る由もないが。

「や〜れやれ、何や知らんけどえらい目に遭うたわ。せっかく部費で買うた札もぎょうさん使ってもたけど、GS協会あたりお金出してくれるんやろか?」
「あ〜……そのあたりは、先生や先輩らと相談して掛け合ってもらわんとね。さ、まずは降りよ? ホラ、夏子も早う……」

「…………」
 自分達が登ってきた窓から中に戻るべく歩き出した二人がふと振り向くと、夏子は眉を寄せながら空を眺めていた。


「夏子? どしたん?」
「……何か、妙な感じや。二人とも、分かる?」
 空をじっと見つめながら、夏子は背中越しに二人に語りかけた。
「妙? 妙やったのは、今の今までの騒ぎの方やったと思うけど?」
「違う。今、何か雰囲気がおかしい……何やろ? 誰か…………泣いてる……?」
 怪訝そうな表情で、夏子はなおも空を見据えながら首をひねった。
「泣いてる、って? そりゃこの騒ぎや、下を見れば泣いとるモンは大勢おると思うけど」
「いや、それと違う。どっかで誰かが泣いてるような気がするんや。気がするだけなんやけど……なんか、気になる」
「……気がする、だけでは事の次第が分かるわけないやろ。そのうち事情が分かれば、その妙な気分もハッキリ理由が分かるんとちゃうか?」
 夏子同様に空を眺め、でも何も霊感に引っかかるものがないので、素子は夏子とは少し違う理由で首をひねった。


(…………横っち…………?)
 また、その名前が喉の奥をよぎった。と同時にふと考えたのは、アシュタロスの手下とおぼしき魔族の少女達と行動を共にしていた“ポチ”という名の青年の事だった。

 魔族達が奈室安美恵やクワガタなど有名人を襲撃して回っていた際に同行していた人間の青年、ポチ。核ジャック事件が落着した後で“彼はオカルトGメンの指示で、魔族のグループに潜入していた工作員だった”という公式発表こそあったものの、結局どこの誰かはサッパリ分からないままである。
 しかし、彼の姿をテレビで最初に目の当たりにした時、夏子は瞬間的に『横島に似てる?』と感じた。GS協会、オカルトGメン、それに警察、あの報道の後も関係機関はポチの正体について沈黙を続けていたし、マスコミ各社も興味がないのか美神令子だの六道冥子だのピエトロ・ド・ブラドーなるバンパイアハーフだのばかり取り上げている。だから、夏子の脳裏をまだ『アレはまさか横島では?』という疑念が残っている。

「いや、それはやっぱ“まさか”やろうなあ。あの横島が、霊能なんて妙ちきりんな世界に足を踏み入れるとも思えんし」
 自分達こそその妙ちきりんな世界の住人になってしまったのだが、それは夏子・素子・望の三人が横島会いたさに霊媒に手を伸ばしたという偶発的な出来事の結果である。子供の頃霊感の“れ”の字も無かった横島が、GS志願になるとはどうにも考えにくかった。


「でも、ま。また会えそうな気はするな、横島には。その時は……泣くか怒るか二つに一つなんやろうなあ、ウチ」
 そんな事を考えながら、夏子は二人の仲間を追って歩き出した。


 彼女達が横島に再会し、そして一度否定した“まさか”が“そのまさか”だった事を知るのに、もう一年ほどの時間が必要だった。


   『霊能の炎は燃えているか!?』 Written by いりあす


  〜〜〜2回戦 因縁の対決!!〜〜〜


「ふ〜〜、横島くんと夏子さんのおかげで、思ったより目まぐるしい一日だったわね」
 京都洛西にある小さな旅館が、横島くんの高校(仮名)チームの宿舎である。その旅館のうち襖を就寝前まで外した八畳間二つ分の大部屋に腰を下ろしてから、まず愛子がこの場にいるチーム全員――ただし、横島のみ小用のため席を外している――の心理を代弁するかのようにしみじみと言った。
「確かに、予想だにしなかった展開! だったものね〜。横島さんの昔のGFとバッタリ出会うだなんて、多分誰も思っていなかったものね〜……予知能力を持った神族でも、きっと見通せなかったわ」
「うんうん、バチカンの地下牢に幽閉されているラプラス殿でも不可能だったに違いないね」
 本人がいないのをいい事に、なかなかひどい事を言っている神魔族コンビ。

「それにしても、油断は禁物ですね。勝ち残ったチームを見ると、六道女学院の人達と比べて大差のない実力の持ち主が多いですよ」
 首に締めていたネクタイを外しながら、ピートが少し心配そうな表情をする。
「あ〜、アカンアカン。そういう心配性ではあかんで〜? こういう時はポジティブシンキングや、ポジティブ」
 経理面のマネージャーとして同行してくれた小鳩のそのまた腰巾着の貧乏神が、取り立てて何かしているでもないのに余裕ありげにピートの背中をポンポン叩いた。
「こういう時はやなあ、チョイと虚勢じみとっても胸張ってナンボやと思うで? 横島みたいにハッタリの上手い奴やったら、こんな感じに大見得を切ると思うで……オホン」
 そう言ってから貧乏神、咳払いを一つ。


「このメンバーは後にも先にも全国大会参加チーム最強やと確信する。このチームで凡退したら、それはむしろ大会のルールの方がおかしいんやな」
 横島の物真似のつもりなのか、少ししゃべり方のトーンを変えてふんぞり返る貧乏神。そしてチームのメンバーに一人ずつ手で示し、ここにいない誰かに紹介するようなジェスチュアをしていった。


「業界注目の学校妖怪『グラウンドに浮かぶ夕日が青春の合図』で引っぱりこんだ学生星の数! コーチャー・愛子!!」
「ん〜……卒業までに同窓会新旧合わせて300人……とか言えばいいのかしら?」
 トンチンカンな紹介口上を言われて目を白黒させながらも、一応話を合わせる愛子。ちなみに“新”は今学校で親しくしている学友達で、“旧”は正真正銘の学校妖怪時代に集めた机の中のクラスメート達のことなのだろう。

「私の血を吸って下僕にしてとの声も多いが女関係は真面目、Aチーム・ピート!!」
「と言いますか、700歳ですから……」
 実際にそういうトンデモ告白をされた事があるのか、微妙に目をそらしながらポツリと応えるピート。

「人の良さそうな顔に似合わずのぞき見が得意な、メディカルマネージャー・ヒャクメ!!」
「し、仕事以外じゃやんないのね〜!」
 自分の身元を証明するためとはいえ横島のヒミツを美神に暴露した事のあるヒャクメが、ワタワタと反論する。

「命名元、北欧神話屈指の英雄 しかし階級は少尉そこそこ コーチャー・ジーク!!
「座右の銘、栄光無く破滅も無く……はぁ」
 個人的に気にしているのか、眉間にシワを寄せながらため息をつくジーク。

「愛好会一の巨漢、にもかかわらずその影の薄さはなんなんや Aチーム・タイガー!!」
「わ……ワッシも気にしているんジャー」
 タイガーの弱々しい自己主張は、やはり印象が薄いのか仲間達のレスポンスが微妙に弱かったりして。

「霊能歴1年を脅威の練習量でカバー!! 努力の秀才 Bチーム・アン・ヘルシング!!」
「は、はい! 光栄です!」
 これまでのメンツとは反対に持ち上げられて、心なしか嬉しそうに返事するアン。

「師匠見つけりゃ人前やろうが余裕でなめ回す!! 横高(仮)の忠犬 Bチーム・犬塚シロ!!」
「やっぱ拙者犬扱いでござるか……」
 明らかにコメカミの辺りをヒクつかせ、ついでに表情もヒクつかせるシロがいれば、

「ヤローの隠れファン急増中!! 『メガネ達の目が怖い』と訴える!! 得意の幻術で逃げ切れ Bチーム・タマモ!!」
「……カンベンしてよ、そういう言い方」
 憮然とした表情で、それでもシロ同様にコメカミをヒクつかせるタマモが隣にいる。


「そして横高(仮)抱かれたくない男 堂々2年連続ナンバーワン!!
(おもな理由……ねちっこそう 二股三股当たり前そう スケベを超えて淫魔っぽい)
 たぶん今年もぶっちぎり!! オレ様 Aチーム横島!!」
 そしてどこからともなく取り出しましたる赤いバンダナを帽子の上から頭に巻き付け、横島の声真似をしながら変なポーズをとる貧乏神である。


「そんな横島を物陰から見守る、同じくマネージャーの小鳩」
「だ〜か〜ら〜、貧ちゃんもよしなさいってば!!」
 そこまでのたまったところで、赤面した小鳩に取り抑えられた。


「しかし貧乏神どの、今の話は聞き捨てならんでござる! 何ゆえ先生が“抱かれたくない”殿方のなんばあわんなのでござるか!? 拙者達の学校では、そのような意識調査が行われたのでござるか!?」
「こ、こら、ゆ、ゆ、揺らすな……」
 どんな項目であれネガティブな意味で横島に票が集まった事が気に入らないのか、シロが貧乏神の襟首を掴んでガクガク揺さぶる。そのシロの手を、慌てて愛子が引きはがす。
「や、や〜ねシロちゃん! 冗談で言っているだけに決まってるでしょう? ただのジョークだってば」
「ぷは〜〜……あ、あれ? 確か今年の3月に男子禁制でこっそり……」
「「貧ちゃん!!!」」
「べへっ!?」
 何か聞き捨てならない事を言いかけた貧乏神が、愛子&小鳩のダブルパンチを食らって畳の上に伸びてしまった。

「……結局、今のは貧乏神どののホラ話だったのでござるか?」
「そ、そ。全くイタズラ好きなんだから、困っちゃうわね」
「そうなんですよねえ。悪い神様じゃないんですけど、時々こういう事があるんです」
 心底困った様子で顔を見合わせてため息をつく愛子と小鳩を眺めながら、微妙に首をかしげる男性陣や今年夏頃から編入してきた面々。その中で独りだけ、一番後ろのヒャクメだけが“はは〜〜ん”って感じのニヨニヨした笑いを浮かべていた。


(ご、ごめんなさい愛子さん……貧ちゃんには言わないように念を押しておいたのに……)
(……ま、貧ちゃんが集計現場にいた時点で、こうなるんじゃないかって予感はしてたわ。横島くんがこの場にいなかったのは、不幸中の幸いね)


 お察しの通り、実際にそういうアンケートが男子や教師を一切シャットアウトして行われた事はある。もちろん、横島が“抱かれたくない男”部門の断トツトップだったのも事実である。
 が、と同時に機密中の機密ながら“抱かれたい男”部門でも横島がそこそこ票を集めていた(当然ながら、こちらのトップは文句なしにピート)という集計結果も存在する。実際に集計していた愛子や小鳩に至っては、両方の部門に“横島”と書かれた票を見ているという不思議な現象も存在するのだが、この場でこの件に関しては多くを語るまい。


「ところで、横島さんなかなか戻ってこないのね〜〜……」
「横島の事だから、六女の部屋にでもコッソリお邪魔してるんじゃないの?」


「さあ、キリキリ答えろ横島! 実のところ、あの真田って子達とはどーゆー関係だったんだ!? 今さらヨリを戻そうだなんて、おキヌちゃんが認めてもあたしは許さねーからな!」
「それより、氷室さんと横島さんはいつからつきあいだしたの!? 私はそっちの方を知りたいわ!」
「あ、それ私も聞きたい! 二人の馴れ初めはどういうモノだったの!?」
「告白したのはどっちから!?」
「氷室さんと入れ替わってウチの学校に来た事あるって、ホント!?」
「美神お姉様に言い寄ってたって伺いましたけど、そちらの方はあきらめたんですね!?」
「おばさんにも教えて〜〜〜、卒業した後の事とか考えてるの〜〜〜?」
「え、え〜〜〜と…………」
「あ、あうあう……」

 一方その頃、お手洗いから出てきた横島は六女の女子達に連れ去られ、オロオロするおキヌの脇で質問責めにされていた。


「現像済んだから、早速研究といこか。ホラみんな、こっち集合やよ」
 ところ変わって、こちらは京都伏見の某所にある市立天王寺チームの宿舎となっている旅館。その一室で、昔懐かしい8ミリフィルムを映写機にセットしながら、コーチャーの一人・信之姉こと真田信之が教え子達を手招きした。
「おおきに〜、って……あれ? センセ達は?」
 お茶の湯飲み片手に映写機の前に寄ってきた素子が、信之以外の教師陣がいない事に気付いて周囲を見回した。
「ああ、お二人やったら、今GS協会の近畿支部で情報収集中なんよ」
「情報? もしかして、横島達の事なん?」
 三々五々集まってきた面々の間に当然いる夏子が、少し興味ありげに訊いてきた。
「おタダ達含めた有力選手のモロモロ、やね。うまく行けば、得意技の一つも教えてもらえるかも知れへんし」
 言うまでもないが、今年教師になったばかりの真田信之23歳独りが市天霊能部の顧問ではない。霊能の心得のある教師または講師3人が正・副・助の格付けで顧問になっていた。このうち、最年少の信之は助顧問という立場にある。

「は〜〜……はよ新しいビデオが買える予算がつかんやろか」
「ウチが部員やった頃からコツコツ積み立てとるはずなんやけど、なかなか貯まらないんやねえ……」
 わざわざ8ミリをチマチマと使い続けているのには、当然ワケがある。機械的なデジタル処理で映像をデータ化する昨今のデジタルビデオよりは磁気テープ式が、そして磁気テープ式以上に銀塩式のフィルムの方が霊だの霊能だのを映像として容易に、そして鮮明に取り込んでくれるのだ。これは、デジタルカメラが写真撮影の主流になると共に心霊写真の類が減っていった事にも現れている。
 もちろんデジタルカメラやデジタルビデオに霊力・妖力・魔力法力の類を撮影するための回路を組み込んだタイプの機器は存在する。しかし、そういうタイプの機器は例えば精霊石クォーツのような高価な部品を必要とするので、必然的に高価になる。具体的には通常品に比べゼロが二つ三つ多いので、大手とはいえ一介の公立高校の部活動に過ぎない市天霊能部にはそうそう手に入らない高嶺のフラワーなのである。そして当然ながら、そういう特注品でない普通のデジタルビデオで除霊の現場や霊能の訓練・試合を撮影したところで、肉眼で見えていたモノが映像にはロクに映っていないという事は多い。

「……ピント、合っとらんよ。これじゃ意味無いやん」
「ああ、チョイ待ちいな。今ピント合わせてるところや、ホラホラ」
 そういう事情によりこの学校の面々、あるいは資金の潤沢でない関西圏のGSは旧式の8ミリを意外と重宝している。撮影者が霊能を使えるなら、念写の要領でファインダーに映る霊能力を映像としてより強く焼き付ける事もできるので、霊能部の面々も“これも霊能の訓練”という事で、口で言うほど新型ビデオカメラの導入にこだわっていない節がある。

「せやけど、フィルム代がかかるのは事実やしなあ。生産中止になったりしたら、ホンマにまずいんやけど」
「ま、その辺はウチや先生達で学校に掛け合っとくさかい。さてと、まずは第一試合からや」
 そんな他愛のない会話をしながらも、映像は今日の開幕戦に臨むシロ達の姿を映していた。


 こうして、一回戦シードを含めて初日を勝ち上がった16チームはそれぞれの夜を送り、大会二日目・二回戦を迎える事と相成ったのであ〜る。


「おやおや、初戦敗退したチームの応援が帰っちゃったせいか、心なしか昨日に比べて野次馬っぽい観客が減ってる気がするワケ。おたくもあんまり目立つ行動しない方がいいわよ」
 昨日に比べて心持ち上段の方の席に座って、周りを見回しながら小笠原エミが缶コーヒー片手に隣の席に声を掛けた。
「……だからって、なんであんたが私の隣にいるのよ」
「まあまあ、あまり気にしない方がいいワケ。おたく、一人っきりにしておくと何となく危ない気がするし」
 そう言いながら隣でふてくされ気味の美神令子に二本目のコーヒーを渡す、面倒見がいいのか底意地が悪いのか分かりづらい行動を取るエミである。


『二回戦第1試合、大阪府・市立天王寺高校Cチーム 対 岩手県・遠野東高校……』
『第1回・全国高等学校霊能選手権、二日目は二回戦の8試合が予定されています。実況は前日に引き続き、GS協会広報課の枚方です。解説は六道自学院理事長の六……
『六道冥子の母でございます〜〜。娘ともども、よろしくね〜〜〜』
 ……お嬢さんのPRは結構ですが、この場ではどうぞほどほどにお願いします……』
 内心で(厄珍さんとは違う意味で、危なっかしい感じの人だなあ……)とため息をつく枚方である。


「とは言うても、昨日負けた人らも応援団はともかく選手は結構残っとるんやねえ。ホラホラ、新三高の子らとかちゃんと全員あすこにおるよ」
 早速出番となったCチームの面々を送り出してから、相変わらず六道母娘とは少し質の違う呑気さで選手達の控え席を見渡す信之である。
「腕試しで出てきた面子は一回戦であらかた敗退したやろから、今日からが勝負やな」
「の割りに、ウチら一回戦から太宰なんて大手と当たったけどな」
 ベンチ脇で準備体操しながらもどこかウキウキした口調で独りごちる夏子に、ベンチに座ってお茶をすすりながらツッコミを入れる素子。
「でもひょっとすると、いきなり横っちやおキヌちゃんと当たる可能性もあるわけやよ? そうなったら、夏子どないする?」
「どないもこないも、そん時はそん時としか言いよう無いやろ? 勝てばそれでよし、負けたらそれで終わりなだけや。おキヌちゃんはともかく横島は手の内を全部見せてへんから、そこが不安やけどな」
 望の質問を聞きながら『よっ』と言いながらスックと立ち上がり、首をコキコキ言いながら夏子はそう応じた。
「勝つにせよ負けるにせよ直接勝負した方がスッキリするし、ケジメもつく。違うか?」
「ハイハイ、相変わらず即物的な考え方やなあ夏子はん?」
「横っちと同じクラスやった頃は、あ〜だこ〜だ考えてモジモジしてまう性分やったのにねえ」
「……逡巡して後で悔いるのは、あの時だけでコリゴリや。こうして二度目のチャンスが奇跡的に巡って来たんやから、今度は思いっきりぶつからんとあかん。二人とも、気張って行くよ」
 準備運動を終えた夏子はいつもの帽子をかぶり直しながら、そう言ってドッカとベンチに腰を下ろした。


『続けて二回戦第2試合、東京都・六道女学院Aチーム 対 福岡県・太宰府学園Cチーム! Bコートへ集合して下さい』
「お」「あ」「わっ」「あら〜」
 続いて響き渡った場内アナウンスに、パッと顔を見上げるは呼ばれたバッド・ガールズ+1である。ほんのコンマ数秒遅れて、横島と夏子の二人もハタと彼女達に顔を向ける。
「何だなんだ? 昨日は最後の試合で、今日は初っ端から出番かよ? なんか、作為的じみてるな」
「“ラプラスのダイス”に作為は入りませんわよ?」
「こういうのを、“事実は小説より奇なり”って言うんでしょうか?」
「そのあたりの議論は後にして〜、まずは目の前の試合に〜集中しなくちゃダメよ〜」
 冥子にたしなめられるのもどうかと思うが、とにかく呼び出しを食らった三人も組み合わせの奇妙さを云々するのはやめる。

「それじゃ皆さん、行ってきます!」
「見てろよ、景気づけに三回戦一番乗りをしてやるぜ!」
「二人とも油断は禁物よ! とにかく、行って参ります!」
 チームメイト達の励ましの声を背に、四人は歩みも力強く歩き出す。そしてその途上、彼女達は横島達のベンチの前を通り過ぎる。

「魔理サ〜ン、頑張ってつかーさい!」
「おうさ!」
 ベンチから身を乗り出して手を振るタイガーに、サムズアップで答える一文字魔理がいれば、

「…………」
「…………」
 何となく目と目で会話しながら、無言で拳と拳をぶつけ合う因縁の二人・愛子と弓かおり。

「あ〜ん、令子ちゃんも来てくれればいいのに〜……」
 そのまた後ろを、エールをもらうこれと言った相手がいない事を残念がりながら、横高(仮)ベンチの前を素通りしていく冥子。

「あ、おキヌちゃん……」
 そして、冥子の後ろからおキヌが自分の前を通り過ぎようとするのを、何の気なしに右手を挙げて呼びかけようとした横島。それに気付いたおキヌはその手をヒョイと両手で捕まえて自分のところへ引き寄せ…

 “ぺち。”

 と小さな破裂音と共に、自分の頬に軽く手のひらを叩きつけた。
「……え?」
「頑張ってきますね、横島さん!」
 片方の頬だけを心持ち紅潮させたおキヌは屈託のない笑顔とVサインを横島に向け、そのまま闘場目指してまた歩き出した――横島の手の甲に、ごくごく淡いキスマークを一つ残して。


「え、え〜と……」
「先生……見せつけるのも程々になさった方がよろしいかと思うのでござるが……」
「俺のせいかいっ!!??」
 背後からトゲのある口調でボソリと苦情を言うシロに、慌てて反論する横島であった。


『Bコートでは第一試合からGS養成校の大手同士がぶつかり合いますね。六道先生、教え子の皆さんの試合ですがどうご覧になりますか?』
『そうね〜〜〜、ウチの自慢の教え子達だから、やっぱり勝って欲しいわね〜〜〜』
 相変わらずノンビリと間延びした口調で、理事長は学校経営者としては当たり前の事を言う。が、普通はここで発言を終えるところなのだろうが、
『できたら〜〜〜、あの娘達が圧勝してくれて〜〜〜、ウチの株を上げるのと太宰府学園の株を落とすのを〜〜〜いっぺんにやってくれると嬉しいんだけど〜〜〜』
『え、え〜……ただ今、不適切な発言があった事をお詫びします……』
 内心で(解説者の人選、間違ったかなあ……?)と冷や汗をかきながら、枚方はそうフォローした。


「さてと、太宰の三チームのうち最後の一チームが相手か。Cチームだから弱そうだと思えばいいのか一回戦を勝ち残ったから手強いと見ればいいのか、どっちかな?」
 法円を挟んで反対側に向かってくる対戦相手4人を眺めながら、一文字は何とはなしにそう尋ねてみた。
「当然、後者よ。私達は代表選出トーナメントの成績順にA・B・Cって割り振ったけど、他の学校が同じ方法で決めてくるとは限らないわ」
 薙刀の刀身に刃こぼれがないか凝視しながら、弓がそう答える。
「小細工をしようと思えば、Cチームに一番強いメンバーを集めて相手を油断させる事だってあり得るわ。孫子が提唱した“戦車競走の必勝法”の亜流みたいなものよ」
「と、とにかく油断は禁物って事ですよね……冥子さん、何か分かっている事はありませんか?」
「え〜とね〜、詳しいデータは分からなかったけど〜、Cチームは“小菅・趙・フィッツウォルター組”ですって〜。桜井先生のメモだと〜、『能力は見た目通り』ですって〜」
 おキヌの質問に対して、意外(?)にも冥子はメモ帳を広げて情報提供をしてくれた。

「なるほど。つまりあの如何にもな平安武士が小菅って奴だな」
 一文字の視線の先にいるのは、束帯姿に弓矢と太刀を装備した約千年前の検非違使のような出で立ちの男子。
「その隣の小柄な子が趙さんとやらで……」
 弓が見据えるのは、見るからに“功夫少女”といった風情の小柄な留学生だ。
「あの人がフィッツウォルターさんですね」
 おキヌがそっと指で示したのは、魔鈴のように魔女のホウキを脇に抱えた金髪の少女である。ただし黒ずくめの魔鈴とは違い、彼女の服装は緑を基調としている。
「一人が刀と弓矢で遠近両用型、一人は多分格闘技系、最後の一人は……飛ぶのかな、やっぱり?」
「飛ぶと思いますよ。本当の魔女のホウキなら、横島さんが乗っても飛べたんですから」
 そんな第一観からの分析をしながら、彼女達三人も法円の際に整列する。


「互いに礼!」
「「「「「「お願いします!!」」」」」」

 そしてA・Bの両コートで4チーム総勢12名が一斉に礼をする事で、二回戦の幕が開けたのだった。


「昨夜打ち合わせした通り、通常のバトルは私と一文字さんが受け持ちます」
「おキヌちゃんは通常はヒーラー役で、ここぞという時に前線に出てもらう。いいね?」
「乱入ルールがある事以外は、いつも通りの作戦……ですよね」
「その乱入ルールには〜、気をつけないとダメだからね〜。それと、こっちもそのルールを上手く活用するのよ〜」
「は、はい……では、一番手行ってきます……」
 この二ヶ月でコーチャーとしてすっかり自信と力量をつけた冥子に若干のとまどいを残しながら、先鋒として弓がまず法円に入る。対する太宰府学園からは、平安武士風の選手“小菅 真一郎”がトップバッターとしてリングインした。


 カ―――――――――ン!!


「たあああぁぁぁぁ――――っ!!」
「でええぇぇぇ――――いっ!!」
 ゴングが鳴るが早いか、弓も小菅も得物を構えて相手めがけて駆け出す。そして、法円の中央で二人が手にする薙刀と刀がぶつかり合い、盛大な霊波の火花をあげた。
「はっ! はっ! はあっ!!」
「とう! せいっ! とおりゃああっ!!」

 キィン! ガキン! ギャリリリ!

 さらに数合に渡って各々の武器が噛み合い、周囲にはやや耳に響く衝撃音と擦過音をあげた。間合いを詰めて一気に斬り込もうとする小菅と、一足一刀の間合いで打ち据えようとする弓。大上段から振り下ろした薙刀を小菅の刀が受け止め、ギリギリギリと嫌な音をたてながらも押したり引いたりの力比べが始まる。
「ぐぬぬぬぬ………っ!」
「うぐぐぐぐ………っ!」
 お互いの歯ぎしりと刃のきしみが響きわたる事数秒、二人は再びパッと離れる。
「はい、はいっ、は――いっ!!」
「ほっ! はっ! とっ!」
 今度は振り回す攻撃から突きのラッシュに切り替える弓。薙刀を槍に見立てての連続攻撃に、小菅はたまらず後退していく。


「どない思う、信之姉?」
「どないって、どっちの事言うとるん? 木村クンらの事?」
「そっちやなくて、あっちの六女と太宰の事や。パッと見ええ勝負してるみたいやけど」
 隣側のコートでは自分のチームメイト達が試合中だというのにおキヌ達の試合の方を気にしているのは、やはり夏子の横島に対する執着のゆえなのか、あるいは単に妙神山での修行仲間の試合の方にこそ注目したいからなのか。好意的に解釈すれば、やはり両方だろう。
「ふ〜ん……確かに、互角に近い感じやね。やとすると、鍵を握っとるんはお互いのチームワークと……コーチャーやっとる六道のお嬢ちゃんや」
 と信之が示したのは、六道女学院側のコーチャーズボックスから試合をじっと見つめている冥子の後ろ姿である。
「ああ、3年前に信之姉とGS試験で当たっとったポケポケのお嬢やん? あん時の印象からして、コーチャーなんてガラやないと思うんやけどな」
「せやから、や。太宰のチーム選びでミスをしているのは、経験を積ませるつもりか知らんけどコーチャーも生徒にやらせとる事なんよ。昨日の一回戦見とって気になったんやけど、あんまりいいコーチングができとらんみたい」
「あ、な〜る。せやから、あのボケ姉やんがうまくコーチングできとったらそれがアドバンテージになるっちゅう事やな」
「……素子ちゃん、誰が聞いとるか分からんのやさかい、キツい呼び方はほどほどにな」
 放送席でペチャクチャしゃべくってるらしい冥子の母を後ろ目でチラリと見やってから、信之は再び視線をBコートに戻した。


(自陣に引き入れるつもり? なら間合いをとって霊波弾で攻撃する……でもアレは今ひとつ苦手だし、あっちの弓矢の攻撃の方が……)
 危険を感じ、少し逡巡する弓。しかし、すぐさま後ろからの声が彼女を思考の迷路から引き戻す。
「かおりちゃん〜、右、右に気をつけて〜!」
「うっ!?」
 子供の時から特訓を積んできたせいか、こういう時は考えるより先に身体が動くのが彼女である。小さなタメを入れてから思い切り後ろに飛び退く。そしてその直後、彼女の目の前を二つの光弾が通り過ぎていった。
「あ、危なかった……!」
「“ちっ!”」
 恐らく後退を援護するためなのだろう、リングサイドで待機していたはずの緑の魔女風留学生“メアリー・フィッツウォルター”は、光弾を撃つが早いかすぐさま法円の外に飛び出していた。すぐさま視線を小菅の方に戻せば、法円の端まで後退して弓に矢をつがえようとしている。
「くっ!」

 ピュン! カィィン!!

「きゃっ?」「のわっ!」「きゃ〜!?」
 放たれた矢は弓が咄嗟に横に跳んだので間一髪で外れ、そのまま六女チーム側のリングサイドまですっ飛んで結界にはじき返された。矢に籠められた霊力が結界に干渉して激しい火花をあげ、待機していた三人を驚かせた。そして、既にその時には小菅の方は次の矢を箙から取り出している。
(くっ、どうしましょう!? 霊波弾で応戦しても速射性でこちらが不利……ならば思い切って突っ込む? それとも氷室さんと交替して……っと!!)
 考えている間にも次の矢が襲いかかってくる。薙刀で叩き落とすなどという高等技術が自分にできるとも思えず、もう一度横っ飛びでその矢を外した。しかし今度はタイミングが微妙に遅れたのか、矢は彼女の二の腕をかすめて鮮血をまき散らした。
「ぐっ!?」
「かおりちゃん、迷ってちゃダメ〜! そういう時は、思いっきり突っ込んじゃうのよ〜!!」
 痛みに表情を歪める弓の背中に向かって、後ろから冥子の少し早口気味な(本人にとっては、だが)指示が飛んだ。その一言が、彼女を逡巡から解き放つ事になる。

「分かりました! ならば!!」
 腕の傷も何のその、決断した彼女の行動は早い。右手に薙刀を握りしめてダッシュしながら、左手で首の宝珠を外し、眼前に掲げた。そして小菅が矢を放つより早く、高らかに叫ぶ。

「弓式除霊術、奥義! 水晶観音っ!!」

 間一髪のタイミングだったが、彼女の全身が宝珠の鎧で覆われる方が矢が彼女を貫くより速かった。しいて言うなら土木作業のツルハシが堅い岩にぶち当たった時のような音と共に、矢は宝珠に弾かれて地面に落ちた。
「なにっ!?」
「たぁぁぁ――――!!!」
 狼狽した様子で四本目の矢を放とうとする小管、しかし弦を引き終えるより先に弓が彼の眼前に迫っていた。こちらに向いている鏃めがけて宝珠の腕を突き出し、自らの両手で薙刀を下段に構え、駆け込みざま下から斬り上げるように斬撃を食らわせる!

「うおっ!?」
 小管本人は飛び退いてこの一撃を避けたが、完全にとはいかなかった。その刃は左手に握っていた弓(武器の方)をかすめ……
バツン!!「あたっ!?」
 弦が切れたため、跳ね上がった弓の端が彼の顔面に鞭のように命中していた。
「隙ありっ!!」
「くっ!?」
 弓を放り捨て、慌てて刀を抜こうとする小管だが、それを許すほど人がよくもなければトロい弓かおりではない。斬り上げた反動を利用してすかさず真下に振り下ろした薙刀の刃が、今度こそ相手の肩口を切り裂いた。
「ぐあっ!!?」
「もう一撃!」
 左肩から右脇へ、いわゆる袈裟懸けに斬りつけてからその刃を斜め上にはね上げ、今度は真一文字に胴をなぎ払う。しかし今度は相手も刀を抜き終えていて、その刃を縦に差し出して胴を受け止めた。しかしやはり最初の一撃が効いているのか、押し返す力が先ほどまでより弱い。
「せいっ!!」
「うおっ!?」
 隙ありと見てのミドルキックが、反対側の左脇腹にクリーンヒット。よろけたところに、さらに弓は薙刀の石突きで相手の胸に思い切り突きを叩き込んだ。
「だあああぁっ!?」
「よし、いただき!!」
 法円の端に叩きつけられた小管にとどめの一撃を加えるべく、弓かおりは頭上で薙刀を風車のように二回転させる。そしてそのままの遠心力を相手に叩き込もうとその刃を一息に振り下ろす――


「かおりちゃん、ストップ〜!!」
 ――その寸前、またしても後ろから冥子の金切り声のような大声。
「……間に合わなかった!」
 今度のアドバイスに対しては、彼女は周囲を確認する事すらせずに後ろ飛びに飛びすさり、同時に薙刀を投げ捨ててガードの姿勢を取る。その直後、弓&小管の両脇からリングインした魔女のフィッツウォルターが放った電撃と、功夫少女の“趙 春花”が撃ち放した霊波弾が弓を襲った。

「うわっ、危ねーなぁ! 弓のヤツ、今のは威勢良く突っ込みすぎじゃねーの!?」
「め、冥子さんのアドバイスがあと少し遅れていたら危なかったかも……」
 バッド・ガールズの三人娘のうちレンジの長い飛び道具を扱えるのは弓独りなので(おキヌの超高速幽体離脱は飛び道具と呼べるか微妙である。また、一文字も霊波弾自体なら撃てるがあまり遠くまでは威力を保てない)、一文字とおキヌの二人は相手リングサイドにいる弓を援護するのが難しい。だから、威勢良く敵陣まで踏み込んでいた弓の戦いぶりは、いささか冷や汗ものである。
「かおりちゃん〜、戻ってきて〜! 魔理ちゃんと交代して、おキヌちゃんにヒーリングしてもらって〜!」
「は……はい!」
 まともに食らうのを間一髪で避けた弓だが、二人がかりの攻撃を食らえばダメージも莫迦にならない。叩きのめされて伸びている小管が法円の外に引っ張り出される光景に舌打ちしながら、薙刀をすくい上げて自陣に駆け戻った。あえて後ろは見ないで、傷ついた身体で速く着実に一文字とタッチする事を優先する。


『あら〜〜〜、冥子もずいぶんいい感じになってきたと思わない〜〜〜? ねえ、枚方くん〜〜〜』
『は? どういったあたりが……ですか?』
 試合の解説を脇に置いて今度は冥子の話をしだした“解説者”六道理事長の間延びした物言いに、多少面食らいながらも律儀に水を向ける枚方である。
『だって〜〜〜、指示もだんだん的確になってきたし〜〜〜、判断も速いし〜〜〜、それに〜〜〜あの我の強いかおりちゃんが〜〜〜素直に従ってるって事は〜〜〜凄いと思うのよ〜〜〜』
『そ、それはそうかも知れませんが……』
 冥子の母の親バカな発言も、根拠が無いわけではない。確かにあれが半年前までの“最強にして最も危なっかしいGS”としてGS協会内でも有名だった頃の冥子が言った事だったら、弓は彼女の言葉の真偽を確かめようとして対応が遅れていたに違いない。まして、背後をガラ空きにしてただ走るなんて真似は絶対にできなかっただろう。それを可能にしたのは、“何か異変があれば冥子が教えてくれる”というコーチャーへの信頼が芽生えているという事なのだろう。まあその話は分かるのだが、
『あら〜〜〜? ひょっとして〜〜〜、令子ちゃんを抜いて〜〜〜GS業界のナンバーワン返り咲きも〜〜〜夢じゃないかも〜〜〜? うふふふふふふ〜〜〜〜〜〜……』
(あ、明日の解説者は絶対に唐巣神父にしてもらおう……神経が持たない……!)
 昨年のGS試験の時といい今回といい、解説者のおしゃべりに悩まされ続ける枚方であった。

「……そう簡単に私を抜いてGSトップに立てるなんて思わないで欲しいわね」
「……同感なワケ。もっとも、真のトップは私なワケだけど」
 観客席の中にも微妙にイラついた表情の人物が二人ほどいるのだが、その事に気付いた者はいない。せいぜい、二人の周りにいる観客の背筋がゾクゾクした程度である。


「はい、お疲れさん。二人目をあたしがたたんでる間に、ケガ治しときな」
「油断してたたまれないように、気をつけなさいよ!」
 そうこうしている間に、バッド・ガールズの二番手、一文字魔理がリングに立つ。対する太宰府学園は、冥子の後押しで思い切りのいい動きの出来た弓に叩き伏せられる形になった小管に替わって功夫少女の趙が二番手としてリングインしている。
「符夫布府負……アナタ達、なかなかやるアルな。バッテン、このワタシをコスゲの奴と一緒にすると痛い目見るコトよ」
 何やら厄珍のそれよりも輪を掛けて怪しげな日本語を喋る趙が、ゆっくりとした足取りで法円の中央に歩み寄ってくる。
「へえ、そりゃ楽しみだ。だったら……」
 そう言って“ニヤリ”と笑い、一文字は腰を落として身構え……

「見せられるモンなら、見せてみやがれっ!!」
 そしてその反動で前に飛び出し、木刀を八双に構えて趙に躍り掛かった。


 ぱしん! どかっ!


「モロチン☆ ……じゃなかった、モチロン☆」
「ぐっ!?」
 一文字には、今何が起きたのかすぐには理解できなかった。背中から地面に倒れ込んで初めて、自分が振り下ろした木刀を趙が左手で払いのけ、同時に掌底か何かを腹に叩き込まれたのだと気付いた。
「な、なんだ……とぉ……!?」
「HAHAHAHAHA、真正面から殴りかかれば勝てるだなんて、考えが揚げ饅頭並に甘いアルよ瀬如理位多」
 まだ事の経緯を呑み込みきれずにいる一文字を前に、怪しさ大爆発な言葉と共に身構える趙。その動きは一件緩慢だが、円運動を基調とした不思議と無駄のないものである。


「ま、まずい……あの人、一文字さんが今まで当たった事のないタイプの霊能格闘家だわ……!」
 リングサイドでおキヌのヒーリングを受けている弓が、今の動きを見て動きをしかめた。
「ひょっとして、今の……太極拳ですか? よく日曜日の朝に公園で近所のおじいちゃんおばあちゃん達が練習している?」
「アレを健康体操と一緒くたに考えていると痛い目に遭うわよ氷室さん……! 太極拳はね、東洋思想で宇宙を象徴する“太極”を基礎に据えていて、気功なんかとも密接な繋がりがあるのよ?」
「あ、つまり霊能向きの武術だって事ですよね? それ」
「そういう事。それに円を基調にした独特の体術は、一文字さんのような正面から殴り合うばかりの人には対応できるかどうか……」
 まだ治療が終わっていない傷と法円内の一文字を交互に見ながら、弓は鈍い痛みと焦りの両方で表情をしかめた。


「あ、あいちちち……結構効いたぜ……」
 そうこう言っている間に、当の一文字も一撃食らった腹を撫でさすりながら素早く起き上がった。
「ホウ? 今のを食らってその程度アルか、なかなかシブトイね」
「魔理ちゃん〜、大丈夫〜!?」
「だ、大丈夫大丈夫! ったく、おキヌちゃんのアドバイスがなかったらヤバかったぜ今の……」
 ブツクサ言いながらも、心配そうな冥子の声にはそう答えて彼女は立ち上がった。

「? おキヌちゃん〜、魔理ちゃんに何かアドバイスしたの〜?」
 法円内の声はリング外のチームメイトには聞こえないので、代わりにコーチャーズボックスで今の独り言を聞いた冥子がかたわらのおキヌの方を振り返った。
「アドバイス、ですか? 別にこれといってあれこれ指図したわけじゃないんですけど……前に一度、サラシを巻くなら胸よりもおなかの方を優先した方がいいって言った事があったかも」
「……なるほど、実用的なアドバイスね」
 よくちょっと和風な趣味のある女性がブラジャーの代わりにサラシを胸に巻く事はあるのだが、本気で斬ったはったのど突き合いをするのには実のところ効果は薄い。何故かと言えば、胸部は一応肋骨で保護されているのに対し腹部は殴られた時モロに打撃を受けるからである。時代劇でもよく侍がフンドシの上から腹にサラシをきつく巻くのも、腹部の臓器を打撲や刀傷から保護する目的もあるのだ。なお、なら胸と腹の両方にサラシを締めればいいじゃないかというご意見もあるだろうが、今度は動きにくい上に息苦しくなるという大きなデメリットが発生する事をご留意願いたい。


「そーゆーこった、まだまだ勝負はこれからだぜ! さあ、かかって来やがれ!」
「HAHAHA、威勢のイイ事でなかなか感心アルな! バッテン、ただ殴りかかるだけでワタシに勝とうだなんて了見が杏仁豆腐より甘いネ」
「その妙ちきりんな話し方と引き合い方やめろってんだよっ!!!」
 今度は予備の木刀も構えて、二刀流で趙めがけて撃ちかかる一文字。そして――

「甘いアル♪」
「うおっ!?」
 またしても吹き飛ばされた。一刀で駄目なら今度は二刀でと叩きつけた連打もそれぞれ円の動きで剣閃を逸らされ、すかさず脇腹にミドルキックを撃ち込まれて地面に転がる羽目に陥っていた。
「く、くそぉ……まだまだだぜ……」
「ウンウン、実にいい根性してるアル。バッテン、何度やっても結果は同じ事ヨ」
「るせぇ! そんな事、やってみねーと分かんねえだろ!!」
 そう言い返してから彼女は木刀を掴み直し、また立ち上がって駆けだした。

「あああ、魔理サン少しは落ち着いてツカーサイ〜〜!」
「いやタイガー、そのぐらいの声じゃフィールド上の彼女には伝わらないぞ?」
「確かにこの競技場のレイアウト、選手待機スペースからの声はコートとの間で遮音されるみたいなのね〜」
「だからって彼女に聞こえるような大声で絶叫するのもまずいですよ? でも、あの状況も確かにまずいか……」
 出番待ちの選手達のスペースの一角では何やらオロオロしている大男がいたのだが、残念ながら試合の当事者達も観客達も、特に誰もそれを気にとめなかった。


「にしてもあの姐やん、正面からドツキ掛かるばっかやな〜。何べんやられてもまた突っかかって行きよる」
「確かに……もうチョイ策略使うても良さそうやけど。頭に血ィ昇っとるんやろか?」
 攻撃してそれを受け流され、続けて反撃を食らって吹き飛ばされる。そんな事を繰り返す一文字を見ながら、少々呆れ顔の素子と夏子がそんな論評をした。
「どない思う、信之姉?」
「ん〜……アレは何て言うかね、硬派やっとる故の“縛り”みたいなもんかも知れへん」
「ほ、“縛り”? して、その心は?」
「あーいう硬派な子らってな、ケンカする言うてもただ勝てばええとは思わんモンなんよ」
 不撓不屈の精神でまたまた立ち上がる法円上の硬派娘を示しながら、信之はそう説明する。
「自分らの言う“ズルっこ”して勝っても、自分の男がすたるちゅうか「あれ女やけど」……まあ何や、そういう自分の筋を通らなくなるのを好かんのやね。もちろん、いっとお嫌なのは負ける事やねんけど、勝つにしても真っ向勝負でいてもうたる事を望んでまうもんなんよ」
「あ、な〜る。つまりアレや、無意識的に正面からブッちめる以外の戦い方を外しとるワケやな」
「多分、やけどね。でもあの子、自分でそこんとこの“縛り”に気付かんと……負けるね、間違いなく」
「これであの姐やんがKOされれば、ここでおキヌちゃんは敗退……か。あんま嬉しないけど、しゃーないか」
 内心で“別に、おキヌちゃんと横っちの両方を自分でいてこましたい思うとるワケでもないけど……”と呟きながら、夏子はBコートの試合の観察に改めて集中する事にした。


「哈!!」
「どわああっ!」
 もう何度目になるのか、数えられなくなってきた。それだけの間、攻撃してははじき返されるサイクルを繰り返してきた一文字である。 
「ち、チックショオ…………流石に、こりゃヤバイかな……」
 一発のダメージ自体は最小限に抑えられているが、顔から脚までまんべんなく肘打ち裏拳正拳から掌底前蹴り回し蹴り、打撲傷に限ればいくつアザが出来ている事やら自分でも後で数えるのが怖くなってくる。
(どうする? いったん引っ込んで弓と交代するか?)
 と常識的なラインで考えかけたが、すぐさま心の中でその選択肢を消去した。一対一のタイマン勝負で一方的にボコボコにされ、仲間に助けを求めるなんてのは彼女の中のプライドや意地が許さかったのだ。もし弓が趙に打ち勝ったとしても、自分はチームの為に何の貢献も出来なかった事になる――そんな事はできない、と彼女は考えた。
 ……ある意味、そういう結論を出す事自体が信之の言う“硬派である故の縛り”という事になるのだろうが。

「ま、魔理ちゃん頑張って〜〜! 魔理ちゃんなら、やればできるわ〜!」
 立ち上がろうと身を起こす一文字の背中に、そんな声が投げかけられた。声の主の冥子としては、彼女なりに苦戦している一文字を励ましているのだろうというのは分かる。分かるのだが……
「やめて欲しいよな、そういう言い方……まるで、あたしが頑張ってなければやってもいないみたいじゃねーか」
 口の中だけでそう毒づきながら彼女は忌々しげに血の混じった唾を吐き捨て、ふと動きを止めた。
「……裏を返せば、あたしゃまだやるべき事を全部やってないって事かよ。おキヌちゃんもそういうところが多少あるけど、ああいう天然入ったタイプほどニッコリ笑ってどぎつい事を言ってくれるよな、ったく」
 チラリと後ろを振り返れば、まるで自分の試合のように顔を紅潮されてこちらを見つめている冥子の、少し離れた位置で薙刀を片手に握りしめていつでも法円に飛び込もうと身構えている弓かおりの、そして彼女に対するヒーリングを続けながらも真剣な表情で自分を見つめているおキヌの姿が目に映った。
「もう一踏ん張りしてみないとな。とりあえず、戦法を変えてみるか……」
 身体を走る鈍い痛みに眉をしかめながら一文字は立ち上がり、深呼吸を一つついてから身構え直した。これまでとっていた、腰を少し落として真正面から向かい合って木刀を突きつける典型的なタイマンスタイルではなく、右足を下げて半身になり剣尖を降ろし、身体全体は少し柔らかめに態勢をとるという姿勢で。

「あ!」「あれ?」「あら〜?」
 美神令子や横島忠夫とはまた違った意味で我が道を行くタイプの一文字魔理がそういうスタイルをとった事を、まず最初に友人つき合いの長いチームメイト二人が気付いた。隣の冥子はどれだけ分かっているのか謎だが、それでも何かが変わった事には気付いたらしい。


「ほほう、作戦変更アルか? まあ、小手先の小細工でどうにかしようと思てもワタシには通用しないアルがな」
「へ! 小手先の小細工かどうかは、やってみないと分かんねーだろ?」
「噴! 太極拳は宇宙を象徴する拳、数百数千に上る中国武術の中でも特に霊能者の特性と合致する功夫アルよ! 英国の戦士殿もかつて言ったヨ、『廬敏戦法、円は直線を包む!!』と!」
「………いや、ダメだダメだ。ああやってトラッシュトーキングする事で、あたしを挑発してんだアレは」
 反射的に殴りかかろうとした自分を辛うじて制して、一文字はその姿勢を保った。
「……来ないアルか? ならば、こちらから仕掛けるアルよ!」
 言うが早いか趙はすぐさま構えを解いて右掌を一文字に向けて突きつける。
「哈、哈!!」
 そして気合いの声とともに、霊波弾を二発撃ち放った。ピートのダンピールフラッシュや雪之丞の霊波砲に比べれば出力は小さいが、それでもハンドボール程度のサイズはある霊気の塊がこれまたハンドボールのシュートより心持ち遅い程度のスピードで対する一文字目がけて襲いかかる!
「来た! 弾道をよく見て、力任せに防がず……」
 何度か、弓や雪之丞相手でトレーニングしてみた事はあったが、うまく行った事はなかった。おおかたは避けきれずに霊波弾を喰らったり、逆に力任せに跳ね返そうとして失敗してばかりだった。
 だが、何となくだが“さわり”ぐらいはつかめたような気がする。霊波弾を遮る形で構えた木刀に可能な限りの霊力を注ぎ込み、彼女なりに趙の技をアレンジする要領で――

「はっ!」 ギャイ! ギャイン!

「な!?」
 今度ばかりはうまく行った。二発の霊波弾は一文字の差し出した木刀の動きに弾道を逸らされ、彼女の身体を外して地面に激突して爆ぜた。
「よし、行けるぜ! 今度はこっちから!!」
 今度は一文字が再び間合いを詰める。それも一直線に突っ込むのではなく、趙の死角に回り込むように曲線を描きながら接近してゆく。
「疾! 少しはやるようになったアルな!?」
「驚くのはまだまだこっからだ! 行くぜ!!」
「くっ!」
 少し焦った表情で再び太極拳の構えを取る趙に対して、木刀を片方投げつける一文字。彼女がそれを右手で払い落とす事で出来た隙を突こうと、彼女は木刀を両手で握りしめる。

「でやああぁぁっ!!」
「“そうは、させないっ!”」
 彼女が左上から右下に、ちょうど袈裟掛けに振り下ろした木刀を、母国語で言い返しながら咄嗟に自分の外側――向かって左(つまり、一文字にとって右)に払い飛ばす。そして今度こそ決定的な一撃を喰らわそうとした時、目の前で一文字の身体が回転した。

「!?」
「円には円で、力の逆用には力の逆用で、それに……」
 相手が木刀を払いのけて力の流れを逸らしたのを逆に利用し、一文字は木刀ごと身体を右回りに一回転させた。趙が放った霊波を帯びた正拳は、彼女が左脚を軸に身体を回転させた事で僅かに腰を掠めるだけにとどまり――

「肉を斬らせて、骨をヘシ折るっ!!!」
「がっ!!??」
 ありったけのスピードで真横に振るわれた木刀の一撃が、今度こそ趙の胴に叩きつけられた。


『決まった〜〜〜、一文字選手の〜〜〜渾身の一刀が〜〜〜クリ〜ンヒットよ〜〜〜!』
『いや六道先生、それは私の言うべき事ですから!』


「ワオ! いつもはケンカの延長みたいなバトルしかしない一文字さんが、クレバーな戦いをしてる?」
「荒っぽい戦いなのは、いつもと一緒だけどね」
「いいんじゃないの? ワンパターンから脱却できたのは、傾向としてはさ」
 ポジティブに評価すれば成長したと言えるし、非好意的な視点で言えば“らしくない”とも取れる一文字の新戦法に、クリス・峯・松田といった接近戦を得意とする同期の面々がめいめいの形で論評を加える。何せ六道女学院チームの各メンバーは校内では成績上位で切磋琢磨するライバル関係にもあるわけだから、根性とケンカ戦法だけで一桁台に食い込んでいる彼女の成長ぶりは素直に賞賛しきれないものもある。
「あ、でもやっぱりアレで勝負有りとはいかないみたい。この場合、ハラハラすべきよね?」
 松田の隣で見ていた花園の指差した先では、やはり無傷とはいかなかった一文字がガックリと片膝を突いていた。

「ってぇ……やっぱ、スポ根の格闘ものみたく一発逆転勝利とは行かねえか……」
 趙を撃ち倒して気を抜いたところに全身の痛みが戻ってきて、一文字は木刀を杖代わりにして倒れるのをこらえた。地面に向けて今にも伏せそうな頭(こうべ)を気合いで起こすと、視界の端で倒れていた趙が脇腹を押さえながら立ち上がろうとしているのが見える。
「あの一発でテンカウントKOになったら、ドラマチックだったんだけどなぁ……仕方ねえか」
 『よっ』とか『どっこらせ』などといった年寄りくさいかけ声をあげたくなる衝動に耐えながら彼女は立ち上がり、相手側コーナーをにらみ据えながら器用に後ろ小走りで自陣に駆け戻った。

「……って、おわったったったっ!? と、止まらねえ!」
「ガラでもない事をするから……ほら、ストップ!」
 駆け戻ったはいいが止まらなくなったところで、弓が片腕を伸ばして彼女を受け止めた。そしてそのままタッチする形で、ある程度の治療を終えた弓かおりがリングインする。僅かに外へ出たチームメイトに視線を向けてから前に向き直る。その時――


 カッ!!


「なっ!?」
「きゃっ!?」「きゃあ〜!?」「うおっ、まぶしっ!?」
 同時に発生した強烈な閃光に、リング外の3人もろとも視界をホワイトアウトさせられた。光自体は何か閃光弾のようなものだったのか、1秒かそこらで唐突に消えた。弓がおそるおそる目を開けると、法円の中には焼けこげたタロットか何かのカードが一枚落ちているだけだった。
「な、誰もいない!? まさか隠行……きゃああああっ!?」
 慌てて左右を見回した彼女を、一条の電光が襲った。
「な!? い、今何があったんだ!?」
「あ、冥子さん! 上です! 相手の人、上にいますよ!」
 最初にその事に気付いたのは、一文字をヒーリングしていたので閃光を直視せずに済んだおキヌだった。
「え〜? かおりちゃ〜ん、上に気をつけて〜!」
 冥子もつられて上を見上げようとしたが、より優先すべき事を思い起こして法円内の弓に声をかけた。
「上!? あ、そうか……ぐっ!?」
 ハタとその事に思い至って空の方角を向こうとした弓に、上から――魔女のホウキに乗って上空3〜4メートルのあたりを滑空している太宰の三番手、フィッツウォルターの放つ魔力の光芒が再び襲いかかった。

「“鳥? 飛行機? いいえ、私は古き世の魔女の伝統の継承者! ノッティンガムシャーの住人、メアリー・フィッツウォルターですっ!”」
 などと観客に聞かせているつもりなのか見得口上を空中で叫びながら、彼女は片手にまた一枚のカードを掲げる。何が描かれているかまでは下の弓達には見えないが、あれが術の小道具だろうという事は容易に想像がつく。
「“ファイア――!!”」
「ちっ……!」
 カードから噴き出した炎が、地面を嘗める! 弓はダッシュしてその場から離れる事で、炎の舌をかわす。すぐさまキッと上を見上げ、手をフィッツウォルター目がけて突き出す。
「たぁ、たぁ、たあっ!!」
「“甘いわ!!”」
 上に向かって撃ち出した三発の霊波弾は、しかし相手が差し出したカードの魔力が解放されると手前ではじき飛ばされてあらぬ方角へ飛び散ってしまった。
「ま、まずい……! 私の霊波弾の出力じゃ、あの結界は破れないかも……!」
 上から降ってくる魔力弾から逃げ回りながら、弓かおりは舌打ちする。雪之丞と山ごもり特訓した時に試したフルパワーの霊波砲なら破れるだろうが、アレを撃つにはどうしても2〜3秒のタメが要る。そして、上から一方的に攻撃してくるフィッツウォルターがその隙を与えてくれるかどうかはかなり怪しいだろう。
「今は逃げるしかない! でも、いつまで逃げ切れるの……!?」
 このままだと、恐らく敵陣に追い込まれてしまうだろう。だが、自分独りではこの状況は打開できない。内心で彼女は、(一文字さん、氷室さん……!)と念を飛ばすかのように名前を呼んだ。


「弓さんが……!」
「ちょっと待った、おキヌちゃん! 今飛び込むのは無茶だぜ!?」
 ネクロマンサーの笛を取り出して法円の中に飛び込もうとするおキヌを止めたのは、まだヒーリングを受けている最中だった一文字だった。
「でも……」
「あっちは上から好き放題に攻撃してんだ! 考えなしに飛び込んだって、笛を吹く前にやられちまうぞ? とにかく、ここはあたしと弓で何とかしてみっから、おキヌちゃんはいざって時のフォロー頼むな」
 そう言って彼女は一見頼りない、その実誰よりも信頼できる友人の背中をポンと叩いてから、コーチャーズボックスの冥子の方に向き直った。
「冥子さん! 弓に伝えてくれ、“あたしが足場になるからあんたも飛べ”って!」
「? うん、わかった〜」
「よ〜し……」
 おキヌにヒーリングの続きを受けながら、一文字は何故か脚をほぐすかのようにスクワット運動を始めた。

「確かに、リスクを承知で氷室さんに出てもらう以外ではそれ以外に無いのでしょうけど……」
 降りかかる魔力弾に霊波弾をぶつけて相殺しながら、弓は苦い表情をする。
「……まあいいわ! こちらにはまだ氷室さんが残っている分、総合的にはまだ有利なはず! 一か八か!!」
 次の魔力弾を後ろ跳びでかわしつつ、彼女は自陣のリングサイドまで後退しながら手招きをした。


「よし、来い弓!!」
「行きますわよ、一文字さん!!」
 手招きすると同時に一文字がすぐさまリングインする。その一文字の手と背中を踏み台代わりにして、弓かおりは水晶の数珠を投げ捨てながら素早く彼女の肩に乗っかった。

「行くわよ!!」
「いけェ! あたし達の空中技!!」
『お……おおっ! な、なんと弓選手、一文字選手と二段重ねになる事で……と、飛んだァ!!』
 予想外の手段に、思わず実況席の枚方も叫びながら腰を浮かせた。観客席の人々がそれぞれの驚きと共に見つめる中、二人分のジャンプ力で高々と飛翔した彼女は薙刀を大きく振りかぶってフィッツウォルター目がけて振り抜く――!!


 すかっ。


 そして、その一撃は見事に空を切った。既にフィッツウォルターを乗せたホウキはその位置を素早く変え、弓の飛んでくる延長上から退避していたのだ。
「な!?」
「“いや、チームメイトが踏み台になった時点で読めてたから”」
「くっ!!」
 薙刀の届かない範囲で横に回り込んだフィッツウォルターに対して、なおも諦めずに霊波弾を撃つ弓だが、彼女はそれをさらに予測していたかのように後ろへと回り込んで回避してしまう。下にいる一文字が5秒ルールの制約で法円の外へ出て行くのをチラリと確認してから、緑衣の魔女は魔術の触媒となるカードを三枚まとめて取り出した。
「“ここまでよ! 覚悟なさい!!”」
 弓かおりがいくら才能ある霊能格闘家だからといって、空を飛べるわけではない。空を飛びたければ魔鈴のように魔術を習得するか、何らかの方法で神魔族の力を行使できるようになるか、横島のように文珠の力を借りるか。他にも色々と方法はあるのだろうが、彼女にそんな方法はない。
 つまり――これから放物線落下を始める彼女は身動きがロクにとれない。落下中に空中を移動したり落下速度を低減したりして、“落ちながら戦う”なんて事は出来ないのだ。
「う……!!」
 空中で相手の方向に向き直るのもままならず、彼女はせめてもの慰みに身構えて必殺の一撃を少しでも防ごうとする。その様子を冷ややかに眺めながら、フィッツウォルターはカードの魔力を解放すべく魔力を注ぎ込む!


「たあああっ!!」バン!!


「ワァッ!?」
 しかし。ごく短い詠唱を終えて電光と光の矢と爆炎を一斉に発生させようとしたその時、彼女は横合いから霊力の籠もった一撃を叩きつけられていた。
「“な、何が……!?”」
 凄まじい衝撃と共に世界が反転し、同時に自分の身を引っ張る重力の感覚が消えた。ホウキから落ちたのだと気付く事もできない彼女の視界の中で、リングサイドにいたはずの巫女服の少女が飛び去る光景が映った。

「か、間一髪でした……」
 攻撃を辛うじて免れた弓かおりが着地の衝撃を地面に転がって殺すのとほぼ同時に、対戦相手が地面に叩きつけられる。そんな様子を確認しながら、おキヌは片足だけ法円内に踏み込んでいた身体を外に戻した。言うまでもなく、勝利を確信していたフィッツウォルターのほんの僅かな隙を突いて、彼女が一撃を加えていたのである。
「サンキュー、おキヌちゃん。やっぱり、あたしらの浅知恵だけじゃダメだったって事かな? おキヌちゃんがついててくれないとなぁ」
 これまた法円のギリギリでもう一度援護に入ろうとしていた一文字が、そう言いながら笑っておキヌの背中をポンと叩く。
「あ、危なかった……さすがは氷室さん、ってところですか……」
 一方の法円内では、転がってすかさず起き上がり身構えた弓と、落下の衝撃で気を失ったらしいフィッツウォルター。そんな対戦者二人の空中戦の対照的な結果が現出したところで、試合終了を告げるゴングが鳴ったのだった。


「……なぁ、今何があったん?」
「何や、おキヌちゃんが飛んどったような気がしたんやけど……」
 何があったのか咄嗟には理解できなかったのか、素子と望の二人はあっけにとられた表情でリング上から目を離せないでいた。
「……夏子ちゃんはあんまり驚いとらんね? 種明かし、知っとるん?」
「種明かし、っつうても明かしてみれば“何や、そんな事か”って類のモンやけどな。ホームズの推理と似たようなモンや」
 そう前振りのような説明をしながら、夏子はおキヌ達を親指で指し示す。
「早い話が、ただの幽体離脱や。あの魔女っ子にほんのチョイと隙ができたところを、霊体だけで後ろに回り込んで破魔札をボン。で、すぐさま戻ってまた法円から出て行った――な、単純やろ?」
「……幽体離脱して破魔札をボン、って……」
「言うは易し行うは難し、の典型とちゃうか? それ」
 事も無げに説明する夏子をよそに、顔を見合わせるチームメイト二人。後からそう説明されても、フィッツウォルターが弓を攻撃する瞬間の方に気を取られていたので何が何やらよく呑み込めないでいるのである。
「まあ、私かて事前に見た事があるからそれやと分かったんやけどな。それにしても、ゴールデンウィークに妙神山で見た時よりスピードも威力も上がっとるわ……」
 内心で『少なくとも、星○のスローカーブよりは間違いなく速いな。井○のストレートに比べると……どうやろ?』などと大阪人らしい比較をしながら腕組みをした二の腕を指でトントンと叩く夏子。なお、横島との対抗試合ではさらに速かった事もあるのだが、そこまでは彼女は知る由もない。
「なあ信之姉、信之姉はどない思うた? ……あれ」
 三顧問の中では年も家も近く、つきあいも長い上に腕も確かな近所のお姉さん的な人に意見を求めようとした夏子、その信之がいつの間にやらいなくなっている事に気付いた。
「ああ、信之姉? つい今『おタダんとこちょっと行ってくるな〜』っつって行ってもたよ」
「は、早い……たった今おキヌちゃんの能力の説明を求めてたはずやのに……」
 そんな真田信之先生の生徒や教師達の評価の一つに、『人畜無害そうに見えて底がよく分からない』というものがあったりする。


「“いぇい”です、横島さん! 三回戦一番乗りですよ、私たち!」
「はは……けっこうヒヤヒヤしたけどな、見てる俺たちは」

 横島の差し出した両手に自分の両手をパンと叩きつけ、続いて逆に横島に自分の両手をパンと叩かせ、右手同士でパンと手を打ち合い、同じ事を左手同士で、最後に手と手をハイタッチさせる。そんな男同士でやりそうなやり取りをしてから、おキヌは少しおどけた調子で横島に勝利の報告をしていた。
(な、何だか幽霊時代のネアカなおキヌちゃんを思い出すなあ……)
 生き返ってから少し大人しい感じになったこともあって、一時期なかなか見られなかった“アッパー”調なおキヌに内心苦笑する横島である。彼女のこういう面が戻ってきたのは、一つにはお互い生身の人間同士になった事でかえって生まれてしまった二人の間の“気がね”が、ここ最近減じつつあるというのも大きいかも知れない……別に、バカップル化しつつあるからではないはずだ、たぶん、おそらく。


『続けて二回戦第3試合――』
 そんな間にコートの片づけが終わったのか、次の試合を告げるアナウンスが始まった。Aコートではまだ第1試合が続いているが、先に試合の終わったBコートはプログラムを続けるつもりなのだろう。

『東京都・横島くんの高校(仮名)Aチーム 対 大阪府・悪徳商業高校、Bコートへ集合して下さい。繰り返します、東京都・横島くんの高校(仮名)Aチーム 対 大阪府・悪徳商業高校――』
「って、何なんジャーその学校名はっ!?」
 何だか物凄いネーミングの学校名に、思わずタイガーが叫び声を上げた。


「あら〜、なかなか面倒なチームに当たってもたみたいやねぇ、おタダ」
「あ、ああ……って、信之姉いつの間に!?」
 いつの間にやら自分の隣でホンワカとお茶を飲んでいる真田信之に気付き、横島は思わず席を蹴って立ち上がってしまった。
「あらら、ヤやなあおタダ。ちょい前からおったやん? 確かにウチ存在感薄いとこあるねんけど、おキヌちゃんばっかりに気ぃ取られて気付いてくれへんのはちょっと寂しいわ」
「そ、そう……ご、ごめん……」
 これまたホンワカとしながらもシナを作って悲しがる信之に、横島も突っ込みが出来ずにいた。

(う、嘘でござる、ぜってーウソでござるぅぅ〜〜〜!!)
(こ、これだけ見事に私たちの超感覚を誤魔化しておいて、“存在感薄い”の一言で済むはずがないのね〜〜〜!!)
(こ……この人、人畜無害そうに見えるけど、下手なキツネやタヌキよりタチが悪いかも……)
 なお、後ろで目や鼻に自信のあった犬神や神族が震え上がっているのだが、それすらも存在がジャミングされているのか横島が気付く様子はない。

「え、ピートはトイレか? ああ、分かった……で、信之姉? 今のセリフからして悪徳商業って、ヘンテコな校歌でちょっと有名だったあの学校か? 『この詞は明治に書かれたけれど、予知能力でお見通し〜♪』ってヤツ」
「そうそう、その悪徳商業やよ。あの学校はね、市立天王寺とは違った理由で霊能力持ちの子がちょくちょくおるんよ」
「あ、それって……霊能力がなまじあるから使い方を間違えて……」
 横合いからおそるおそる尋ねた愛子に軽くうなずきを返してから、身を乗り出して指を一本立てる信之。つられて、横島に愛子にタイガー、さらに隣にいたおキヌも身を乗り出して顔を寄せ合う。
「ああいうところの子ってね、子供の時に変な霊能の顕れ方をして気持ち悪がられたり霊能の使い方間違うて人を傷つけてもうたりして、ちょいドロップアウトしてもうた子がたまにおるんよ」
 そう言いながら信之が周囲の4人を促すように向けた視線の先には、『悪徳商業高校』と書かれたブースからのっそりと立ち上がるガラの悪い4人の生徒が見えた。
「ウチらみたいに正規の霊能教育を受けたりはしとらんけど我流で鍛えとったりするさかい、油断せん方がええよ? ケンカ慣れもしとる可能性高いし」
「だ、大丈夫……なんですか、横島さん?」
「う〜む……」
 霊能力はともかくケンカにはトコトン弱い事を知っているおキヌが心配そうな表情で自分を見ている事に気付き、腕組みして考え込む(少なくとも、そのフリをする)横島。そして、数秒の後にその腕をほどいた。

「ま、大丈夫だろ。そういう事ならピートの方が場慣れしてそうだし」
「え!? なんでそこで僕が出てくるんですか!?」
 驚いた声に一同が振り向くと、トイレから戻ってきたらしいピートが立ちつくしていた。
「あ、ああピート君戻ってきたのね。じゃ、じゃあ行きましょうか」
 あまりにヘタレた横島の発言に多少脱力した愛子が、皆を促すように先頭を切って立ち上がった。
「ケンカならともかく霊能の試合ですケン、ワッシらに分があると思いますがノー」
 そう言いながら頭を掻き掻きタイガーも立ち上がれば、
「何が何だか分かりませんが……とにかく、行きましょう」
 と、ピートも法円に向けて歩き始める。

「頑張って下さい、横島さん! 私、三回戦で待ってますから!」
「お、おう……じゃ、じゃあ行ってきます……」
 最後に、おキヌに手を引かれて立ち上がった横島が、4人の最後尾としてコートへとボチボチと向かっていった。


「フフフ…………来たな、横島…………
 待ってたぜえ、この時がやって来るのをな…………」

 法円の反対側、悪徳商業側から尋常ならざる視線が向けられているのに気付かないまま。


 〜〜後半へ続く!〜〜


 またしてもなかがき


 前話を投稿してから半年以上も経ってしまいました……ここの読者の皆さん、たぶんこの話の存在なんざとっくの昔に忘れてしまったものと思いますorz
 でも、未完結でフェイドアウトさせたくもなかったもので、『うわ〜〜ん、アクションシーンが書けない〜〜!!』と四苦八苦しながらコツコツ書いていました。他の方々のSSにレスはたまに書いていたので、生きている事はアピールしていたつもりですが(大汗)


 前半のマクラに関するフォローですが、夏子達と一年前の“あの夜”に対決した偽信長の吸血魔ノスフェラトゥは、GS美神の劇場版アニメの中で美神さんと横島くん(正確には、彼に取り憑いた明智光秀)と戦ったキャラです。この対決のために劇場版のフィルムコミックまで買いました私w 本当は信之の方でも再生ガルーダと一騎打ちさせようかとも思いましたが、これで勝ったら信之姉が強すぎるので断念していますww


 今回も長くなるので、前後半に二分します。前話のレス返しは、後半の核心に関わる内容が多いのでここでは割愛しますのでご了承下さい。

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