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「霊能の炎は燃えているか!?〜二回戦(後)(GS+オリキャラ+α)」

いりあす (2008-03-10 22:17/2008-03-11 01:15)
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 〜〜前半より承前〜〜


「え〜と、参加者の名簿によると、悪徳商業は『山敷・那久里・佐藤チーム』……と。一回戦はシードだったから、どんな戦い方をするのかはデータが無いわ」
 メモ帳をパタンと閉じてから、申し訳なさそうに肩をすくめるコーチャーズボックスの愛子。
「揃いもそろってガラの悪そうな連中ばかりジャノー……」
 一人はリーゼントに革ジャン、手にはヌンチャクとチェーンという如何にもな武闘派不良青年。もう一人はまともなビジュアルに見えるが、やはりビジュアル系とはいえ一昔前のチーマーのようなルックス。最後の一人に至っては、黒いツナギに黒いニット帽を目深にかぶり、鼻から下はスカーフで覆っているので顔がまるで見えない。そんな面々が、法円の向こう側から横島達にガンを飛ばしていた。当然、誰が山敷でどれが那久里かも分からない。
「ま、まあ大丈夫だよなあ!? あくまでこれは霊能の試合なんだから、そうそう痛い目になんか遭わねーって! べべべ別に、俺たちみたいにプロのGSんとこで実戦経験積んでるってわけでもないだろうし!」
 ビビる気持ちを振り払おうという無意識が働くのか、ことさらに大きな声で言い立てる横島。

「おうおう、俺たちをなめとるんやねーぞテメーら!?」
 だが、その一言は向こう側のリングサイドにまで届いたらしい。三人の選手のうち一人がズイっと法円の縁ギリギリまで身を乗り出してきた。
「GSの下で経験を積んでないだぁ!? 舐めんじゃねーぞコラァ!」
「どひぇえ!?」
 ドスの効いた一喝に、とたんにすくみ上がる横島、硬直するタイガー、ほんの少し背筋を縮み込ませるピート、そして案外平然としている愛子。
「いいか、テメーらにいい事を教えてやるぜ! こいつは未確認の、あくまで噂の域を出ねえが……」
 そう前置きしてからそのリーゼントの人は息を吸い込む事でほんの少しだけ間を置き。

「日本最強のGS、あの美神令子もウチの学校にいたのだっ!!!」
「「「「「「な、なんだってぇぇ〜〜〜〜!!??」」」」」」

「「悪質なデマを広めもがっ!?」るんじゃなぁぁぁぁぁい!!!!」

 その爆弾発言に美神令子を知っている面々は一斉に驚愕の叫びをあげ、やや遅れて怒りを含んだ金切り声が聞こえた。横島達がギョッとして声の方向を振り向くと……

「わ、私はそこまで娘の教育を間違えていないわ〜〜! 断固として抗議するわ〜〜〜!!」
「ま、まあまあ美智恵くん、少し落ち着きたまえ……」
 少しは娘の教育を間違えていたという自覚があるのか、力一杯文句を言う美神美智恵と、それを宥める唐巣神父の姿が役員席にあった。


「い……いや待て、よくよく考えるとそれは無い。美神さんは高校生の時唐巣神父に面倒を見てもらってたんだ、大阪の高校なんぞ通ってるワケがない……うっかり信じかけちまったけど」
 昔何者か(その正体はカオス)の策略が元で時間をさかのぼり、その際高校生時代の令子に遭った事を思い出して横島は冷や汗を垂らしながらフォローした。
「あ、そ、そうなんですか? ああ、ビックリした……」
「わっし達は美神サンの昔の事をよく知らんから、つい……」
「い、いくら美神さんでもそこまで凄い経歴はしていないわよね、あ、あははは……」
 チームメイト三人も思わず信じてしまったのか、引きつった顔をしつつも笑って誤魔化したのだった。


「もがが――――っ!! む――――!! ふが〜〜〜〜〜〜っ!!!」
「落ち着くワケ、令子! あの連中、最初に“噂の域を出ない”って前置きしてるでしょうが! おたくがあんな安っぽい挑発に乗ってどーすんのよ!?」
 怒りの叫びをあげたもう一人は、隣にいた小笠原エミに口をふさがれ羽交い締めにされてジタバタしていた。変装用のサングラスだの帽子だのは、彼女が暴れるので今にも落っこちそうである。
「ったく、ハッタリも戦法の一つとはいえタチ悪いワケ。横島達の事だから、すぐにウソだと気付くとは思うけど……まあ令子、こういうデマを書き立てられるのも有名税か何かだと思ってドッシリ構えてなさい」
 そこまで耳元で告げてから、令子が落ち着くのを見計らってエミは手を放した。少しだけ頭に上った血が落ち着いたのか、やや憤然としてベンチに座り込む令子。ただし、
「ふ、ふふふ…………よ〜こ〜し〜ま〜〜……絶対にその連中ボッコボコにしなさいよ……もし負けたりしたら……分かってんでしょうね〜〜〜? うふふふふふふ…………」
「…………こ、怖い……」
 ボソボソと独り言を言っている彼女から強烈なフラストレーションのオーラを横から浴びて、さしものエミも少し引いた。


「まあ、というワケでピート。一番手任せた」
「またですか? こっちだって痛い目に遭うんですから、文珠の出し惜しみは程々にして下さいよ……」
 とは言え、文珠の大放出キャンペーンをさせてしまうとこの先問題が色々と出るのも事実である。その辺はピートも承知しているから、ブツブツは言いつつもトップバッターとしてリングに立つ事は拒絶しなかった。
「まあまあ、いざとなったら文珠も大バーゲンセールさせるから。それじゃあピートくん、よろしくね」
「……分かりました。それでは行ってきます」
 自分の役割がこういうものだと受け入れる気になったのか、軽いため息一つを残してピートは法円内に入っていった。対する悪徳商業側のコーナーでは先ほどとんでもないホラを吹いたリーゼントの男、“山敷 五郎”が肩に恐らく霊能としての効果のあるチェーン、右手に神通ヌンチャクを携えて法円内をノシノシと歩み寄ってきた。


 カ―――――――――ン!!


「先手必勝! ダンピールフラ――ッシュ!!」
「うおっ!?」
 ゴングが鳴ると同時に、まずピートがいきなり霊波弾を撃ち込む! いきなりの先制攻撃は予想していなかったのか、対する山敷は避ける事ができない。咄嗟に両手でガードしたところに、霊波弾が命中した。
「け……っ! や、やりゃあがったな!?」
「そりゃやりますよ、真面目な試合なんですから!」
「なにィ!?」
 腕が衝撃で痺れるのも構わず神通ヌンチャクを構えた山敷だが、すでにピートの声は横から聞こえている。慌ててそちらを向くと、霧になって移動していたピートが至近距離で実体化していた。
「バンパイア、正拳突きっ!!」
「ちぃぃ!!」
 今度は避けも防ぎもできない。ケンカの場数ゆえか瞬間的にそう察した山敷は、すぐさま右手の神通ヌンチャクを振るう。
「がっ!?」
「くっ!」
 ほぼ同時に打撃音が響いた。頬を殴られた山敷は真後ろへ、対して肩をヌンチャクで打たれたピートは斜め後ろへとよろめく。しかしすぐさま両者とも体勢を整え、再び至近距離での格闘戦にもつれ込んだ。


「あ……あら、いきなり殴り合い? ピート君も大胆ねえ」
 試合のゴングが鳴るとほぼ同時に、瞬時にテンションを平静に戻していた美智恵が少し意外そうに言った。こういうあたりは年の功……もとい場数がものを言っているというべきか、まだエミの横で低気圧なままの娘とは精神的な成熟度がやはり違うのだろう。
「あれって、横島クン達の影響かしら? それとも、神父の教育の賜物?」
「ま、まあ確かに……ああいうタイプには敢えて相手の得意分野で叩いてしまって、心を折ってしまうと後が楽だと言った事があるような……」
 微妙に視線を泳がせながら、唐巣神父はメガネをズリ上げつつそう答えた。ひょっとしてそれは、神父の昔の経験談から出ているのだろうか――? 昔の唐巣が結構荒れていたのは、当然美智恵もよく知っている。
「足を止めた殴り合いなら、確かに耐久力や回復力のあるピート君の方が優位なのは分かるけどね。あの調子なら、まず第一戦は横島クン達の勝ちね」
 確かにパンチやキックがヒットする回数は2対1ぐらいでピートの方が勝っているし、一撃一撃の霊力や攻撃へのガードもピートの方が強い。山敷の方も粘ってはいるが、いくら彼ららしい戦い方とは言え勝ち目はまず無いだろう。

 ――――少なくとも、その時の美智恵にはそう見えていたのだ。


「キャ――――、ピートお兄様ステキ〜〜〜〜!! そんなむさ苦しいヤツなんて、やっちゃえ〜〜!!」
「あ、あのねアンちゃん? 観客席じゃないんだから、あんまりはしゃがない方が……」
 見た事もないデザインの手旗を振り回して黄色い声をあげまくるアン・ヘルシングを、霊能の試合がよく分からない小鳩がたしなめている横高(仮)ベンチの一角。その他の面々のうちシロ・ジーク・ヒャクメの三人は試合を見る方に集中しているし、タマモと貧乏神は止める気がないみたいなので、こういう役目は自然と小鳩のものになるものらしい。
『…………対 東京都・横島くんの高校(仮名)Bチーム、Aコートに集合して下さい。繰り返します、二回戦第4試合…………』
「ほ、ほらほら、アンちゃん達も試合ですよ? は、早く行かないと〜〜!」
 彼女達を呼ぶアナウンスを聞きつけて、意味もなく一番近くに設置されたスピーカーを指差しながらアンの肩を揺さぶる小鳩。なお、甲冑姿のため動かすのに力がいる彼女を揺さぶろうとしている反動で、小鳩の胸までたゆんたゆんと揺れているのは内緒である。
「と、とにかく僕たちも行こう。横島くん達のビデオは、ヒャクメ撮影しておいてくれ……」
「はいなのね〜。ほ〜らほら、シロちゃんもタマモちゃんも試合試合♪」
 軍人らしく呼ばれた時点で気分を切り替えたジークが、ヒャクメに協力させて三人を立たせる。
「あ〜〜ん、せっかくピートお兄様が活躍してるのに〜〜! 大会役員の人のイジワル〜〜!」
「あ〜あ、横島達の事だから何か面白い事やらかしてくれそうな気がしたのに……」
「こうなったらとっとと試合を片づけて先生の試合の観戦に戻るでござるよ!!」
 少しズレた決心を固めたシロが、早速とばかりにAコート目指して駆け出す。慌ててタマモ・アン・ジークの三人もその後を追った。


「――――!?」
 最初に気付いたのは、不思議とこういう異変を見抜くのが上手い横島である。
「おい、おかしいぞピートの奴!? 殴り合いは勝ってるのに、顔色が悪い……!?」
「えっ!?」「なんデスと!?」
 どちらかというと法円外の敵側コーナーの方に注意を払っていた愛子とタイガーの二人が、その言葉を聞いてハッとなったようにピート達の方に視線を向けた。確かに、劣勢のはずの山敷の方がジワジワとピートを押している――というより、ピートの方がどこか変調をきたしている。何となくだが表情も苦悶の色が出ているし、血色も紅潮を通り越してどこか赤紫っぽい。
「ここからは分からないけど、リングの上では何か起きているのかしら……? 横島くんにタイガーくん、ちょっと確かめてみて」
「「へ?」」
「私達には感じられないだけで、何か幻術とか変な霊波とかで覆われてるのかも知れないわ! 顔をちょっと突っ込んでみるだけでいいから!」
 愛子が指差した先では、神通ヌンチャクで立て続けに撲られつつも霊波弾で反撃するピートの姿がある。
「お、おう……」
「それでは、行きますケン! せ〜〜の!!」
 タイガーの号令と共に、横島と二人で一斉に法円の中に頭だけズボッと突っ込む。そうやって中の状況を確かめる事きっかり4秒、これまた二人同時に頭を抜いた。

「な、何なんジャこれは……!?」
「ニ、ニンニク臭い……!」
「ええっ!? ……そ、そういう事だったのね!」
 二人の報告にギョッとした愛子だが、すぐさま得心がいったかのようにキッと法円内を睨みつけた。


「そう言えば、よくよく鼻を利かせてみると向こう側のリングサイドからも、そこはかとなくニンニクやネギっぽい匂いがするわ……多分、昨夜か今朝にしこたま食べてきたのよ!」
「な、なーるほど……最初は気付かんけど、試合を続けているうちに汗や息からその匂いが染み出してリング全体がニンニク臭くなるって寸法か」
「って、呑気に言っている場合じゃないんジャー!」
 舌打ちしながら分析する愛子と横島に、タイガーが食ってかかる。
「この前の対抗試合でピートサンがニンニクを食べさせられてから、『相手のアレルギー体質を故意に突いてはいけない』とルールに書き加えられたはずですケン、アレは絶対に反則になるはずですノー!?」
「……無理よ。ニンニクを持って出てくるならいざ知らず、事前に食べただけじゃ咎められないわ」
「な!?」
「事前に組み合わせが分かっているならともかく、今日の組み合わせは試合をする度にラプラスのダイスで決められてるのよ? あの人達がピートくんと当たったのは、あくまでも偶然だって事」
 ジリジリと押されるピートを見つめながら、愛子はギリッと歯をきしませる。
「16チームの中で、うちのチームと当たる確率はたかだか15分の1――ニンニクを食べたのだって、スタミナをつけるためだとか霊能力を一時的に増すためだとか、いくらでも理由付けはつけられるもの」

 ちなみに西洋でバンパイアがニンニクを嫌うという話は有名だが、仏教思想などでもニンニクのような匂いのキツい食べ物は肉や魚などのなまぐさ物に近い位置づけになる。仏教では“五薫三厭”という食べ物に関する禁忌があって、このうち“五薫”を構成するのはニンニク、ネギ、ニラ、ラッキョウ、アサツキと強い匂いのある食べ物ばかりなのだが、これは大地の陽気だか陰気だかを吸い上げて成長するからそういう風味のものになるのだという説がある。修行僧や道教の道士などがこれらを食べないのも、食べる事で彼らの修行や何かに差し障り――例えば霊力を妨げるとか、逆に霊力を助長して修練の効果が分からなくなるとか――がある事が起源になっているのかも知れない。
 余談ながら、朱悟能こと天蓬元帥導師が『八戒』と通称されるようになったのも、玄奘三蔵や斉天大聖と出会うまでの間この五薫三厭を食する事を戒めていたからだという――その割に、下界では女の子を引っかけたりして結構ウハウハしていたようだが。


「そう言えばシロちゃんやタマモちゃんもタマネギが苦手らしいし、ピートくんだってネギやラッキョウもあまり好きじゃないみたいだったわね……ニンニクほど劇的にダメなわけじゃないみたいだけど……」
「って、考えを横道に逸らしてる場合か! なんかピートにアドバイスとかしろよコーチャー!」
「え、あ!」
 慌てて気持ちを法円内に戻した愛子の視線の先では、相手のニンニク臭さにたまりかねたピートが少し距離を取っていた。対して悪徳商業側は、山敷が肩のチェーンを外して振り回し、ピートをそれで打ち据えようとしている。
「くっ……!!」
 彼がチェーンを自分に向けて叩きつける気配を感じたピートは、さらにバックジャンプしてその攻撃から身をかわそうとする――

「ダメよピートくん、今そこで霧になっちゃダメっ!!」
「え!? うわっ!!」
 ――が、愛子が後ろで叫んだ言葉に気を取られたため、避けきれずにチェーンの一撃を喰らってしまった。


「なんで止めたんだよ!? 今の攻撃ぐらい、バンパイア・ミストで楽にかわせただろ!?」
「バカ! 今の状態で身体を霧にしたらどうなると思ってるの!? リングの上は、ニンニクの匂いで充満してるのよ!」
「そ、そうじゃったノー……霧になった身体にニンニクの臭いが染みついて……!」
 そうなれば、身体を実体化させたとたんにピートはダウンしてしまっただろう。表面にニンニクの汁をかけられるのではなく、全身くまなくニンニクのエキスが浸透してしまえばどんな事になってしまうだろうか? 想像に難くはないが、あまり想像はしたくない。読者諸賢だって、肌どころか全身の細胞がまんべんなくイヤ〜な臭いをまとわせてしまったら嫌だろう。


「ふう、ふう……こ、今度こそ逃がさねぇ……覚悟しやがれえ!!」
 全身をアザだらけにしながらも諦めずにチェーンをピートに叩きつけたのは、なかなかに見事な根性である。チェーンがそのままピートの身体に巻き付いたのを見て、すかさずそれをたぐり寄せながら神通ヌンチャクを大きく振りかぶって振り回す!
「これでトドメだぁぁ!!」
「それは、貴方の方だっ!!」
 山敷がヌンチャクを片手でグルグルと振り回しながら一歩ズイッと前に出た瞬間、ピートが身体に絡みついたチェーンを素早く外す! そしてすかさず、前に向かって飛び出した。
「何っ!?」
「バンパイア・竜巻旋風脚っ!!」
 ジャンプした直後、どういうメカニズムかは不明だが猛烈な空中回転をしながら横蹴りを連続して喰らわすピート。ヌンチャクを振り下ろす間もあればこそ、山敷五郎はその連続キックを脳天に全てクリーンヒットされて吹き飛んだ。

「はあ、はあ……ちょ、長期戦になれば……ニンニクの臭いもだんだん出尽くしてくる……その事に気付かなかったあなたの、負けです……ぜえ、ぜえ……」
 とは言え、ニンニクの臭いの源はまず一人戦闘不能に追い込んだものの、既にニンニクやらニラやらネギやらの臭いで充満したリングはピートにとって毒ガス空間のようなもの。しばらくすれば散っていくだろうが、結界で覆われている以上それには時間が掛かると見ていい。まして、リング外にはまだその毒ガス発生装置が二人控えているのだ。
「こ、ここはタイガーと横島さんに任せよう……時間が経てば、また試合に戻れるかも……」
 立ち上がるのがやっとな山敷に追撃をする力すらも心許ないのを自覚したピートは、自分も選手交代すべく自陣へと戻っていったのだった。


「お、おいピート!?」
 二番手のタイガーとタッチして法円の外に出たとたん、ピートはガックリとその場に座り込んでしまった。
「ピートくん、大丈夫!? 横島くん、文珠で治療……いや、この場合解毒と言うのかしら? それとも消臭?」
「だ、大丈夫です……少しすれば、だんだん臭いも抜けてくれるはずです……」
 顔色も紫を通り越して今度は白くなってきているピートだが、全身からニンニクの移り香がツーンと臭っているのが何とももの悲しい。
「僕は大丈夫ですから、それよりタイガーのフォローを……」
「わ、分かったわ! しばらく安静にしてなさいよ、本当に調子がおかしくなったら横島くんに治療してもらってね!」
 そう早口でピートに告げてから、愛子は法円上のタイガーの方に視線を戻す。そこで彼女が見たのは――

「ぐぅ……!?」
 投げナイフに腕を思い切り刺されたタイガーの姿だった。


「ハーハハハ、ざまぁねぇなデカいの! GS試験でアッサリ負けた奴なんざ、ンなもんだよなぁ?」
 出会い頭にいきなりナイフを投げつけたらしい悪徳商業の二番手、ストリートギャング系の男“那久里 凱”が、呪文のようなものを彫り込んで霊刀仕様にしているらしいバタフライナイフをカチャカチャ弄びながら、バカにしたような笑いを浮かべている。
「……よく知っていますノー」
 痛みで顔をしかめながら、タイガーはナイフを引き抜いて投げ捨てた。カチャンと乾いた音をたててナイフが床に転がるのと相前後して、腕から血がポタリと地面に落ちる。
「タイガーくんっ!?」
「だ……大丈夫ジャー! わっしのタフさを甘く見ちゃーいきませんからノー」
 後ろでうわずった声をあげている愛子に後ろ手で応えながら、改めてタイガー左腕を朱に染めたまま身構える。
「お〜お〜、格好つけてくれちゃってェ! それだけタフならもう少し切り刻んでやろうかぁ? ヘッヘッ」
「手負いの獣をなめてかかると、痛い目見るという事を教えてさしあげますジャー……!」
「ハッ! そりゃ楽しみだなぁ……オラアァァァ!!」
 下目遣いで一声吐き捨てるようにあざ笑ってから、那久里はナイフを構えて駆けだした。そのままタイガーを刺すなり切るなりするつもりなのは明らかだ。
「エミサンのシゴキの成果を、見せてやりますケン!!」
 それを見るや、タイガーもパッと走り出す。横島達が固唾をのんで見守る中、二人はナイフと拳を構えて駆け寄り……


「「!!!!」」


 そのまま右手を突き出す体勢のまますれ違って停止した。


「「…………」」
 そのまま静止する二人は何かを言うでもなくするでもなく、時間が止まったように数秒が流れる。
「「「…………」」」
 その間、リングサイドの横島達もまるで凍り付いたかのような法円内の空気に、一言もあげることができなかった。
「「…………」」
 エミや令子を初めとする、この試合を注視していた出待ちの選手達や観客の一部もそうである。


『あらあら〜〜〜、どっちが勝ったのかしら〜〜〜? まるで劇画みたいな展開みたいね〜〜〜』
『…………』
 一人だけそういう雰囲気に呑まれずに喋っているのは、ある意味で世界一図太い神経をした解説席の人ぐらいのものである。


「グワ……っ!!」
 沈黙を破ったのは、右の二の腕を押さえてガックリと膝をつくタイガーだった。仕事用の迷彩服がザックリと破れ、またしても血がにじむ。
「ククク、ザマぁねぇな? だからテメェはウドの大木だってんだ? さあ、まだまだこれからだぜェ」
 血と脂でベットリと汚れたバタフライナイフを弄びながら、那久里は再びタイガーを傷つけるべく歩み寄る――


『グ……グルルルルル…………』
「あ?」
 向こう側を向いたままうずくまるその“ウドの大木”がうなり声をあげているのに気付き、彼は思わず足を止めた。
『グルルル……グ、ガ……』
 相手に背中を向けたまま、野の獣が放つ威嚇音のようなものをあげるタイガー。その両腕から流れる血が一滴ずつ地面に落ちた、まさにその時。

『グガアアアアアアアアアアァァァァ!!!』
 一声吼えると共に立ち上がる巨漢。だが、同時にその姿は膨れ上がり、巨大なトラが二足歩行するかのような獣人に変貌してゆく。
「な、なんだアアァァァ!!!???」
 仰天する那久里の目の前で、人間の時より二周りは確実に巨大化している。文字通り、“手負いの獣”がそこに屹立していた。一体これは何なのかとパニックに陥りかける彼に向けて、その手負いの獣は血走った目をギラリと光らせる。
『ドガアアァァ!!』
「わああぁぁぁ!? ち、ち、ち、チクショー! そんなハ、ハ、ハッタリに騙されねーぞコラァ!!」
 三本目のナイフを左手に構えて威嚇する。横島のような気の小さい男が相手ならひるみもするだろうが、目の前の虎はそんなものを気にする様子はない。
「こ、このヤロー!! ブッこ『ガァッ!!』ろギャアッ!!??」
 虎となったタイガーが手をひと振るいしたとたん、ナイフは二本ともはじき飛ばされた。一瞬遅れて、爪によってザックリ切り裂かれた両腕からおびただしい血が噴き出す。
「ぐ、ぐわああああっっ!!??」
『ガルルルル……フーッ、フーッ……!』
 真っ赤に染まった指先の爪を舌なめずりしながら、ヌズイ!と 迫り来るタイガー……と言うよりも恐怖の怪人トラ男。喧嘩による殴り合いとは全く違う(それも、一昔前の不良のような喧嘩はやりつけていないのだろう)激痛に、もはや悲鳴を上げるしかできない。そして獣人は腰が砕けてへたり込んだ彼に覆い被さるように顔と手を近づけ。

『グオオオオッ!! ハグッ! ガルウウゥゥゥ!!』
「ギャアアアアアアアアァァァァァァッッッッッ!!!」

 凄まじい苦痛。どこかが引きちぎられる感覚。目の前の虎は何かを咀嚼するような音を立てながら、血まみれの顎をもう一度開く――――!


「騙されるな、那久里!! それは幻覚だっ!!!」
「―――――――!?」
 その瞬間、後ろから一喝する叫び声がリング上を震わせた。その一喝でビクッと身を起こすと、たった今まで展開されていたあのおぞましい光景は無い。振り返れば、顔を隠した悪商の三人目“佐藤 広”が何かを呟きながら法円の外に戻っていく姿があった。

「な……なんだ……? げ、幻覚だと……!?」
「まさか見破られるとはノー……あの覆面の男、何者なんジャー……!?」
 ふと見れば、対戦相手のタイガーも先ほどのサイズのままで立っている。どこから見ても、血に飢えた野獣の姿を思わせる素振りはない。

「は、ははは……何だなんだ、ただのコケ脅しかよ……くだらねえ……!」
 いつの間にか取り落としていたらしいナイフ二本を拾い上げながら、那久里は笑う。
「ウソッパチだと分かったからにゃ、もう騙されねぇぞ! 改めて切り刻んで……ぐ!?」
 そして再び、二ヶ所の切り傷からまだ血を流し続けているタイガー目がけて襲いかかろうとして……その前に膝がガクリと落ち、ナイフも手から取り落とした。
「な……!? か、体が、動かねぇ……!?」
 さらに言えば、霊力を自由にする事もままならない。彼の言う“ウドの大木”を前にして、“木偶の坊”のように突っ立っている事しかできなかった。
「そ、そんなバカなことが……おわっ!?」
 体をガクガクさせながらもタイガーに立ち向かおうとする那久里の二の腕を、何者かの手がムンズと掴んだ。次の瞬間、彼は物凄い勢いで後ろにすっ飛んでいった。

「さ、佐藤、テメエ! いった――」
 とまで言ったところで、法円の外に放り出された那久里の声はタイガーの耳に入らなくなった。
「……ただの見せかけじゃねえ。精神攻撃で霊的中枢(チャクラ)にまでダメージが行ってるって事に気付かねえあたり、所詮は霊能力を振り回して喜んでるだけの素人って事かよ」
 那久里が退場した後の法円上には、いつの間にか覆面の男・佐藤が立っていた。那久里が立っていた場所からはかなりの距離があったはずなのだが、どうやって彼を引き戻したのかはタイガーにもすぐには気付かなかった。
「自分は違う、と言いたそうですノー」
「一緒だ。より正確に言や、あれと一緒“だった”さ。もっとも素人から脱皮する事が、幸福かどうかは知らんがな」
 そうポツリと言いながら、ゆっくりと近づいてくる佐藤。その無造作な動きに僅かにとまどうタイガーだったが、最初の半分ぐらいの距離に近づいてきたところで、相手から霊圧がボッと噴き上がるのを感じた。

「い、いかん!」
「遅ぇ!!」
 危険を察したタイガーは精神感応攻撃をぶつけようとするが、それより先に佐藤の手が“伸びた”。正確に言えば、左手から伸びた霊波で出来た手のようなものが、タイガーの胸ぐらをガッシと掴んだのだ。
「な、なんジャト――!?」
「うおらあああぁぁ!!」
 そのまま縮んでゆくマジックハンドもどきに引っ張られ、つんのめったところを右ストレートが頬桁をしたたかに殴りつけていた。
「ぐはぁ!?」
「続けて食らええぇ!!!」
 まともに喰らってさしものタイガーも二、三歩よろめいたところに、さらに追撃がかかる。立て続けに撃ち出した霊波弾が次々と着弾し、2メートルを越すさしもの巨体も吹き飛ばされた。


「タイガー!?」
「「「タイガー(くん)!?」」」
 背中から地面に叩きつけられうめくタイガーに、待機ベンチの一文字が、そしてリングサイドの横島達3人も顔色を変えた。だが、ロープ際まで吹っ飛ばされたタイガーに対してそれ以上の追撃はない。

「引っ込んでろ、タイガー! 俺の倒すべき相手は、お前じゃねぇ!!」
 スカーフ越しとはいえ鋭い声でそう言い捨て、佐藤はリングサイドの横高(仮)メンバーをキッとにらみ据えた(らしい)。
「出てきやがれ、横島!! ここで会ったのも何かの縁、あの時の借りを返してやるぜ!!」
 ……そしてそう叫びながら、タイガーを救出しようと法円の縁に立っていた横島にビシリと指を突きつけたのである。


「……え? お、俺?」
「ね、ねえ? あの人、横島くんの事を呼んでるわよ? ……知り合い?」
 正面の佐藤とタイガー、横の横島を交互に眺めやりながら愛子が少し緊張感の乏しい訊き方をした。
「お、俺は知らんぞあんな奴〜〜〜!?」
「でもあの人、横島くんの事知ってるわよ? あなた子供の頃大阪に住んでたみたいだから、その時何か恨みでも買ってたんじゃないの?」
「ぐ……せ、せやけど6年前の話やぞ!? 時効やないか、時効!?」
 ワタワタと手を振って否定する横島だが、既に少なくとも一人、その6年前の事を時効で済ませる気が全くない少女がいる事については考えが全く及んでいない。
「と、とにかくタイガーくんは限界だわ! ピートくんが中に入れるほど臭いは散ってないでしょうし、今は横島くんしかいないのよ! タイガーくん!! 横島くんと交代よ! 立てる!?」
「お〜い! 俺を無視して話を進めるな〜〜!!」
 文句を言う横島だが、タイガーにしろ佐藤にしろリング上の連中に声をかける事ができるのは無関係の観客達と双方のコーチャーだけだ。
「あ〜もう! 分かった、分かったよ!! 美神さんの場合は腕ずくと色仕掛けで文字通りアメとムチだけど、こっちは理詰めで外堀埋めてくるし! どっちがタチ悪いんだかわかりゃしねえ!!」
「じゃ、頑張って〜。それと、今の話だと美神さんの方がイメージ悪いわよ。間違いなく」
 おキヌちゃんって言う励まし役がいるから、バランスはちゃんと取れてるんだけどね〜。愛子は内心でそう付け加えたが、それを口に出してフォローにする気には何故かなれなかった。


「やあ、横島く〜ん。元気してたかね? 久々に会えて嬉しいよ俺」
「……お前、なんか相当俺に恨みがあるわけか?」
 まだ幾分ニンニク臭い法円の中に入ってきた横島を出迎えた佐藤が物凄い猫なで声をかけてきたので、逆に横島としてはその裏に潜む悪意に否応なく気付かされた。
「正確に言えば、テメエ独りじゃなくて“テメエら”だがな!? まずは一人目、貴様をこの場でギタギタのメタメタのヘロヘロのメロメロのホゲホゲにしてやって、死んだ方がマシってほどの赤っ恥かかせてやらぁぁぁ!!!」
「何だその表現はあぁぁ!?」
 泡を食う横島に遠慮することなく身構える佐藤。
「伸びろっ! サイキック・ハンドぉっ!!」
「げっ!?」
 すかさず、先ほど那久里を投げ飛ばしたりタイガーを引き寄せたりした霊波のマジックハンドが伸びてきた。しかも、今度は二本同時に。右手の方は手を広げ、左手の方は指を揃えて貫手の形で横島に迫ってくる。
「どわ――――っ!? さ、サイキック・ソーサ――っ!!」
 慌てて右手に霊波の盾を展開させて、霊波の爪を受け止める横島。強烈な霊波と霊波のスパーク!

「ぐっ!? ちぃぃ!!」
「のわ〜〜〜〜!?」
 爪と盾の衝突は、爪の方の先端が盾の堅さに負けて先端が欠ける形で決着がついたが、諦めずに佐藤は右手の方で横島の肩をホールドして引き寄せた。みるみるうちに縮んでゆく二人の距離(別にロマンチックな意味ではない)、横島の視界の中央近くでドンドン大きくなってゆく佐藤の姿。既に左手の霊波の手は戻して、手に直接まとう形でパンチの準備にかかっている。
「い、イヤじゃ〜〜!! 女の子やねーちゃんならともかく、ムサい怪人とホールミータイする気はねえぇ!!」
「なにっ!?」
 横島の右手のサイキック・ソーサーが、今度は霊波刀に変化する。展開された“栄光の手”はそのまま近づく勢いで佐藤の脳天を刺し貫く方向にピタリと固定されていた。

「い、いかん!」
 慌てて佐藤は身をひねりつつ右手を縮めるのを止める。横島の霊波刀は佐藤の顔面をかすめ、その顔を覆うスカーフと頭を隠す帽子を僅かに切り裂いた。とっさの判断で右手の霊波腕を振り回して横島を跳ね飛ばす佐藤。横島が尻餅をついて慌てて立ち上がった時点で、二人の間の距離は数メートルというあたりだった。


「テメエ……俺と似たような能力を使いやがるのか……! 一年前のGS試験の、あの試合の時は、ロクに霊力も使いこなせないド素人だった癖に……!」
 半身になっていた佐藤が、横島に再び向き直る。裂けた覆面の下からは、脱色しているらしい色の薄い髪と、どういう経緯かまぶたを横切る形でザックリと切り傷が上下についている左目が覗いていた。
「な、な、何だよお前!? なんで俺が去年のGS試験頃まではド素人だったことを知ってんだ!?」
「俺が後で気付かなかったとでも思ってんのかテメー!? まあいい、この顔を見れば貴様も納得するだろうよ!!」

 そう叫んで、目の前の覆面男は顔を覆っていたものを引きはがして投げ捨てた! その下から出てきた素顔は――――


「ああっ!?」
 吐き気を抜こうと深呼吸をしきりに繰り返していたピートが、

「なんデスとー!?」
 器用に片手で応急処置のハンカチを傷に巻いていたタイガーが、

「ええっ!?」
 六女のベンチで横高(仮)の試合を見守っていたおキヌが、

「なっ!?」
「何ですって!?」
 相変わらず雇用者同士で火花を散らしながら試合を見ていた令子とエミが、

「あら〜?」
 今日の試合が終わったのをいい事に午前のティーブレイクをしながら観戦していた冥子が、

「あれは!?」
 試合の様子を大学ノートに書き込んでいたらしい唐巣が、

「お、お前は……!」
 何よりも彼と真っ向から対峙していた横島が、一斉に驚きの声をあげた。


「お、お前は……おまえは…………あ〜、お〜〜ま〜〜え〜〜は〜〜〜…………」
「陰念だっ、い・ん・ね・ん!!! 何だその、“スマン! ここまでは出かかってるんだ”みてーなごまかし方はっ!!!」

 ――そう。その姿はまさしく、かつてのGS試験で横島に敗北した男・陰念その人だったのである。


「なんでお前が高校生の大会に出とるんじゃーっ!? オッサンのくせに〜〜!!」
「誰がオッサンだっ!? 俺はまだ18だ!! ……一年生だがな
 微妙に目線を逸らしながら付け加えた最後の一言は小声だったが、何故かこういうセリフに限って聞き逃さないのが横島である。
「陰念、お前……二度もダブるなんて、大変やなあ……」
「しみじみと勘違いするなっ!! 今年の四月に入学したばっかりだっ!!」
 殴り合いの手を一時止めて、しょうもない身の上質疑応答を始める横島と佐藤――いや、陰念。

「じゃあその“佐藤 広”って何だ! 偽名で高校入ってんのか、テメー!」
「これが俺の本名だっ!! 俺は中卒で白龍寺の寺男やってたんだよ、文句あるか! “陰念”ってな坊主が名乗るいわゆる戒名だっ! 坊主が人前で戒名名乗って何が悪い!?」
 ちなみに戒名というと死後つけられるものというイメージが強いだろうが、本来は出家して俗世を離れた者が名乗る名前である。宗派によっては法名と言うので、こちらの方がピンと来られる読者諸賢も多いかも知れない。今の陰念が戸籍上の本名で大会に出てきたのは、白龍寺を離れて還俗したので俗名に戻したという意味なのか、それとも陰念というメドーサの手先としての印象が強い名前を隠す意味があったのか。


「つーかお前、魔物になっちまったりGS資格取り上げられたりしてんのに、まだこんな事やってんのか!?」
「……まーよ。その件に関しては、迷いもしたし考え込みもしたさ。テメーにしてやられ、雪之丞に裏事情をバラされ、メドーサと勘九郎に捨てられ、GS協会の連中に施設に放り込まれて、独りであ〜だこ〜だと塀の中で考え続けたもんだ」
 しみじみと言ってから、陰念の眼光が変わる。一時的に帯びていた憂いは既に無く、一年前の時や先ほどまでの凶相の強さもない。どちらかと言えばマジになった時の雪之丞の目に近いような感じを、横島は直感的に受けた。
「そして分かったんだよ! 俺は霊能から離れる事はできねえ、ってな! 俺から霊能力を取ったら何も残らねぇ! たとえモグリしか方法が無くても、ブラックリストに名前が載っていようと、もう一度GSとして出直すって決めたんだよっ!! その為には!」
 そう断言して、横島にズビシ! と指を突きつける。

「かつて俺に屈辱を与えた連中に借りを返さなくちゃならねぇ! 俺達の事をバラして自分独り姿をくらました伊達雪之丞! 再起不能になりかけた俺を見捨てて、とっととトンズラこきやがったメドーサに鎌田勘九郎! そしてテメエだ! 霊能力もロクにねえド素人のくせに、喋るバンダナの協力と美神令子の出任せで俺をだまくらかした横島!!」
 そう怒声をあげながら、彼は両手を腰だめにして身構える。

「お、俺〜〜〜!?」
「俺の復帰第一戦として、まずはテメエからだ! じっくり可愛がって、泣いたり笑ったりできなくしてやらあぁぁ!!」
 どこかのマッド入った鬼軍曹のような事を叫びながら、両手を外から中にえぐり込むように振るう陰念。と同時に、両手から伸びた霊波の腕が同時に横島に襲いかかった!
「のわおおを〜〜〜〜〜〜っ!!??」
 涙を流して絶叫しながら、思いっきりのけぞってブリッジする事でその爪から逃れる横島。そのまま、ブリッジの姿勢のまま器用に四足歩行でシャカシャカと陰念の間合いから逃げた。その姿は、まるでホラー映画に出てくる悪魔憑きの少女のようで非常に気持ちが悪かった……と、目撃していたピート達は後日語った。


「ちっ! 器用な逃げ方しやがる!」
「チ、チ、チクショー! 何なんじゃその技は!? なに人の技パクっとんやお前は! 自慢の魔装術はどーした!?」
 “器用な”逃げ方からすかさず起き上がって猛然と抗議する横島。鼻水がチロリと垂れてるのは内緒だ。
「アホかテメーは!? あの後、意識がないまま施設にぶち込まれて、GS協会から神父やら式神使いやらがよってたかって魔装術の“契約”を無理矢理解除していったんだろうが!! 人を自滅に追い込んだ張本人が知らんわけねえだろうが!!」
「知るわけあるかー!! 俺かてあの後もしばらくは役立たずの戦力外扱いだったんじゃ――!! そんな俺に、美神さん達がそういう事情を教えてくれるはずがねーだろーが!! つーか、今でも時々半人前の丁稚扱いには大して変わりねーし!!」
 戦いそっちのけで低レベルな言い争いをしている二人。なお、観客席では「あ、あのバカ……」と呟きながら頭を抱える亜麻色の髪の女が約一名いるのだが、そんな事は知った事ではない。

「や、役立たずの戦力外……半人前の丁稚扱い…………お、俺はそんな奴相手に独り相撲の挙げ句自滅したってーのか……」
「お、お゛〜〜〜〜いっ!? いじけるな! それじゃ俺が酷い奴みたいじゃねーか! ま、魔装術の事なら後で雪之丞から聞いてるから! な、な!?」
 今度は落ち込む陰念を励ます横島。一体どこまで話を脱線させれば気が済むのだろうか、この二人は…………


 ――――――話は少しさかのぼって――――――


「魔装術の契約っつてもな、別に契約書を書いたり誓約をしたりするわけじゃねーんだ」
 と、GSでもごくごく珍しい魔装術使いの伊達雪之丞は経験談を元に言った。
「違うのか? 俺はてっきり、何かにサインしてからメドーサに“ピカーッ”って小竜姫さまの修行みたいに力をもらうもんだと思ってたぞ」
「そう言えば、魔装術の存在は外法としてそれなりに有名ですが、そのプロセスは不明な点が多いみたいですね」
「エミさんも、小竜姫サンから説明を受けて初めて知ったとか言ってたノー」
 GS試験の時の同期の桜の気安さで(約一名合格してない者もいるが)、クリスマス合コンやらミニ四駆対決やらでつるむ機会の多い横島達が口々に尋ねた。

「あんまり気持ちのいい話でもねーがな。要するにだ、“契約”ってのは本人同意の上で相手の魔族から魔の“因子”を植え付けられるようなもんだと思え」
「それって、気持ちのいい悪いという問題ではないんじゃないですか?」
「まあ、荒っぽいってレベルじゃない“契約”だからな。実際、魔装術の伝授を志願したのは7人だったが、会得に成功したのは俺、勘九郎、それと陰念の3人だけだった」
「あとの4人はどうなったんですかノー?」
 雪之丞はその質問には答えず、無言でお茶をすすった。


「で、話を続けるぞ「わっしの質問は?」つ・づ・け・る・ぞ?」
 タイガーの発言を封じてから、説明を続けるバトルフリークな人。
「魔装術という奴はつまり、体内……いや、霊体内か? まあ植え付けられた魔の因子を活性化させる事で、一時的に人間の枠を踏み外した存在になる術なわけだ。知っての通り因子のコントロールに失敗すると陰念の時みたいに因子が暴走しちまって、体を乗っ取られて魔物化する」
 明らかに格の低い低級悪魔モドキになって運ばれてゆく陰念の姿を思い出して、ため息をつく雪之丞。
「かと言ってトコトンまで極めたら極めたで、何かのはずみで力を使いすぎたり強力な魔力を浴びたりすると因子が完全に霊体を乗っ取って魔族化する。タイガーもアシュタロスの一件の時に見たはずだが、あの勘九郎のなれの果てはそういう意味だそうだ」
「…………」
 今の自分も霊体の中に魔族の――ルシオラの霊基構造を宿している事に思い至り、横島は僅かながら身震いした。今でこそ、恐らくは彼女の意思でその魂は自分の生命維持以外の活動を停止しているが、もし自分がその魔族の力を利用しようなどと考えたらそうなるのかも知れない…………そんな方法など全然分からないのだが、とにかく魔族の因子で即席パワーアップしようだとか、そういう変な気は起こさないよう改めて自分に言い聞かせる横島だった。


「ここまでが、小竜姫から聞いた魔装術の基本だな。で、俺があの猿ジジイの修行で会得した“魔装術の真髄”ってのはこの先にある」
 ラーメンの三杯目をすすりながら、雪之丞は説明を続ける。なお、この話をしていた場所は安くて量が多い事で有名な(そして味は今一つな事でも有名な)近所のラーメン屋さんである。
「この先はまず、契約を受けた魔族のコントロールを脱却しなくちゃならない。で、その魔族因子を可能な限りコントロールできるようになった上で、自らの霊能力をトコトン高める。するとだ」
 声のトーンを少し落として顔を乗り出す雪之丞、それにつられて顔を同じく乗り出す横島とタイガー、乗り出そうとして微妙なニンニク臭さにのけぞるピート。
「自分の霊力で、その魔族の因子を滅ぼす事が出来るらしい。すると面白い事に、自分自身の力だけで魔装術と同じ事が出来るようになるんだと。しかも、超回復か何かが働いて前より多少パワーアップしてだ」
「へ〜、あの爺さんの修行ってのはそういうモンだったんか」
「こいつはゲーム猿の受け売りだがな。俺もよく分からんが、ウイルスなりエ○リアン細胞なりを植え付けられるのが一般的な魔装術で、それを自分の免疫力で克服する事で自分自身をパワーアップさせるのが魔装術の“真髄”って事なんだろ」
 あまり理詰めで考える気はないらしい雪之丞、感心顔の三人を尻目にドンブリのスープを飲み干し。

「ねーちゃん、チャーシューメンお代わり」
 ……4杯目のラーメンを注文したのだった。


 ――――――閑話休題――――――


「と、とにかく! 魔物化こそ何とか治ったものの気がつけば魔装術の“契約”は無理矢理解除させられ、白龍会時代の知り合いとも引き離されたまま塀の中で独り過ごしていたあの頃にだ、もう一度GSとして一から出直すために鍛え直したんだよ! そして編み出したのがこの技だっ!!」
 精神的な再建を果たした陰念、今度はオーバースローのポーズから右手を振り降ろす、と同時に再び霊波の右腕がグンと伸びて横島の頭上から飛びかかってくる。
「おわ〜〜〜〜〜〜っ!!??」
 いつもの半泣き状態で逃げた横島だが、勢い余って地面に叩きつけられた霊波の鉤爪はクレーの地面をゴッソリとえぐり取っていた。

「ひ、ひええ……!?」
「自分の意思である程度伸縮自在! しかも強度は魔装術よりはるかに上なのだ! 我ながらすげェぜ! しかも今日はテメエに対する怒りで出力が大いに上がっている!」
 霊波碗を縮め、手を覆うガントレット状になったサイキック・ハンドを見据えながら、陰念は何やら感極まった風に小さく笑い始めた。この悪人面で笑われると、まるで邪悪な笑みを浮かべるジャイ○ンのようでなかなか不気味なものがある。


「そうだ、もしかしなくても…!! 三下のチンピラ扱いしかされなかった俺が、ついにアンチヒーローへの道を歩み始めたのだ!!

 近づいてるっ!! 俺がメドーサ達に復讐を果たす日が近づいちまってるぞ――――!!」


 呆気にとられる横島達を前に“ぱあああああ”と効果音をあげんばかりに自己陶酔気味の陰念はビシリとポーズを取り、


「そう! まさにこれは栄光を取り戻す腕――――ッ!!


 アームズ・オブ・ゲットバッカー
 『奪還者の腕』ッ!!!!

 ドォオオン!!!

 と、開いた口がふさがらない横島の目の前で、かつて横島が叩いたような大見得を切ったのである。 


「つーわけで横島、こいつで今度こそ貴様を……あれ?」
 自分の世界から帰ってきた陰念が改めて横島を睨みつけると、

「ううううっ……香港の時、俺はあんなイタい事を言っていたのか……か、カッコ悪い…………」
「お〜〜い……帰って来いよ〜〜〜〜……」
 何やら自己嫌悪に陥っている横島がそこにはいて、陰念も思わず目が点になったのだった。


「何となく……あの二人が似たもの同士に見えるのは、私の錯覚かしら?」
「同感なワケ……そこはかとなく漂う小物臭さとか、調子に乗りがちなところとか……」
 二人の醸し出す妙なノリについていけない観客席の声なき声を、指で眉間だのコメカミだのを押さえる令子とエミのやり取りが代表していた。


「とにかく、改めて食らえぇっ!! オラオラオラオラオラオラオラオラオラアっ!!」
 陰念が言うとあまり似合わないかけ声と共に、次々と霊波弾を撃ち放つ陰念。そのアクションはまるで何処かの野菜宇宙人の王子様を彷彿とさせるが、叫ぶ声はどちらかというとその元上司の悪の帝王っぽい声色である。

(作者註:作者の脳内では陰念の声はどうしても中尾○聖さんのボイスでしか再生されないのです)

「あぎゃばぁああァ――――ッ!!??」
 まるでマシンガンの弾のように次々と襲ってくる霊波弾から悲鳴を上げながら逃げ回り、逃げ切れないものについてはサイキック・ソーサーで防いで回る横島。
「こ、こんなんまともに喰らったらソッコーで死ぬぅぅ、略して即死じゃああああぁぁ!!」
 明らかに字を間違っているが、コーチャーズボックスの愛子が心持ちグラリとよろめいた以外は観客の誰も気にしていない。


(こ、これはヤバい! 隙を見せたらあの“栄光の手”のバッタもんみたいなマジックハンドが飛んでくるし、少しは一息入れんと文珠すら出せねえ!? せやけど長丁場のトーナメントで文珠は温存しとかんと後が怖いし、この前の六女の対抗戦ならともかく全国から集まった観客の皆さんの前で文珠をみだらに使うのは避けた方がよさそうだし、何より夏子に手の内を晒すと後が怖いような気がする〜〜〜〜って、つーか、文珠を用意する時間ぐらいくれよ陰念!!)
 左脳でこういう一部表記の怪しい苦悩をしながら、右脳だけで体を動かして陰念の連続攻撃を必死でさばいてゆく横島。


「うおらあぁぁぁ〜〜〜〜っ!!」
「ほぎゃぁ〜〜〜〜っ!?」
 相手の体勢が僅かに泳いだのを見て取り、すかさずサイドスローの要領で右手のサイキック・ハンドを真横に振るう陰念。左側面から唸りをあげて迫り来る霊波の爪を、今度はサイキック・ソーサーを左手に持ち替えて受け止める横島。
「ぐううううっ!?」
「むおおおおおっ!?」
 今度は半分実体化した霊気の塊どうしが衝突し、霊波が互いに干渉しあってスパークする。時間にすれば数秒、しかし当事者二名にとってはかなりの間が空いた。その“数秒”の後に均衡を破ったのは、作用と反作用の結果片方の霊気の塊に亀裂が入って激しい火花を散らした現象だった。
「ぐっ! ンなろおおおおっ!」
 霊波の手が砕けそうになったため咄嗟に手を引く陰念。しかし左手はすかさず霊波弾を数発立て続けに撃ち込み、横島を再び逃げ回らせた。


(くそっ! あの霊気の盾をブチ抜けねぇ! 霊波の出力か何かで負けてるのか!? となりゃ、乾坤一擲フルパワーで一撃を喰らわして撃ち抜くか、それとものるかそるかでパワーを一斉放出して飽和攻撃……って、どっちにしても一か八かかよ、おい!!)
 ひたすら攻撃している陰念も、こちらはこちらなりに苦悩していた。何せこれだけラッシュを繰り返していながらも、今のところ横島に有効打を一発たりとも与えていないのだ。


(こりゃあかん、根比べになったら猛烈にまずい気がする! こーなったらほんの少しでいいから隙を作らせて、その間になんとか……)
 さすがの横島も、焦りが内面で首をもたげてきていた。何しろ、サイキック・ソーサーに霊力を集中している以上はそれ以外の部分の霊的防御力は極端に低下しているのである(霊力自体がGS試験時より向上しているので、全くのゼロではないが)。
 そう考えた横島は、陰念の攻撃にほんの僅かな間を見いだそうとする。果たして、息が切れたのか陰念の攻撃がほんの1〜2秒程度だが間ができた。それを見計らっていた横島は、右手を垂直に立て、左手を右肘に当てる形で水平に構え。

「必殺――ッ!!」
「見せてもらおうじゃねえか、このヤローっ!!」

 一年前のハッタリが今になって通用するはずがなく。というより、ここでまた引っかかったら陰念も浮かばれまい。構わず霊波弾を連射してくるのは『そんな物はない!』と見切ったからなのか、それとも『出させる前に殺れ!』と居直ったからなのか。
「や、やっぱりダメか〜〜っ!!」
 悲鳴をあげつつも、半分開き直ったような気分でサイキック・ソーサーを投げる横島。フリスビーのように飛ぶそれは、霊波弾を蹴散らしながら陰念目がけて一直線に迫る。
「ヤベエ!」
 だが陰念もさるもの、一目でその危険性に気付くと左手からサイキック・ハンドを伸ばして先ほど空けた地面の穴の縁をつかみ、すぐさま霊波腕を縮める。ちょうど逆に陰念の体が地面に引っ張られる形になって、普通に走るより遥かに速い速度でサイキック・ソーサーの直撃から逃れる事になった。
「どらららぁっ!!」
 さらに移動しながら霊波弾を行きがけの駄賃とばかりに横島目がけて、それも意図的に霊波の集束を甘くして撃ち込んだ。
「さ、サイキック・ソーサーその2――――!!」
 予想外の反撃に直面した横島、咄嗟に新しい霊波の盾を構えてその霊波弾を受け止め、はじき飛ばそうとする――その前に、霊波弾が盾に衝突したショックで破裂した。

 パァン!!

「げっ!?」
 例えて言うなら、飛んできた水風船は受け止めたけど破裂して飛んだ水しぶきをモロにかぶったとでも表現すべきか。とにかく、霊波弾の破片を派手に浴びて、横島の全身に鋭い切り傷が多数入った。


「横島さん!!??」
「「「横島(くん)(さん)(サン)っ!?」」」
「「横島さん!!」」
「よ……!?」
 一瞬遅れて横島の手足から一斉に血しぶきが飛ぶ光景に、六女ベンチのおキヌが、リングサイドの三人が、横高(仮)ベンチに残っていたヒャクメと小鳩が、ほぼ同時に血相を変えた。あと、観客席で叫び声を反射的にあげかけて自制した人が一人。

「とどめだあぁ! サイキック・クローで切り刻んでやらああぁ!!」
「…………っ!!」
 今度は“奪還者の腕”を伸ばさず、そのまま両手を覆う籠手状にした陰念が横島に飛びかかる。いかにも痛そうな左の鉤爪を、横島の霊波刀“栄光の手”の刀身がガッチリと受け止めた。
「チイィ!!」
「どおおっ!?」
 負けじと右手を振り下ろす陰念だが、横島の霊波刀がすかさず伸びてそれを食い止める。結果、陰念が横島の霊波刀に霊波のクローを押しつけるような形で膠着状態に陥った。
「ぐぎぎぎぎぎ……!」
「ぬおおおおお……!」
 この試合の方を重点的に見ている観客達からすれば、息を呑まずにはいられない力比べ。その攻防も、二人が示し合わせたかのようにパッと離れた事で終息した。


「よ、横島くん!? ケガは大丈夫なの!?」
「ぜえ、ぜえ、ぜえ〜〜……な、何とか……かすり傷……だと思う」
 我に返った愛子の問いかけに、息を整えながらそう返答する横島。霊波弾が破裂した時、首やら胴体やらはサイキック・ソーサーが盾になって守られたし、まともに霊波弾の破片を浴びた頭部も、顔が多少避けただけで目だの耳だの頭部だのには全くダメージが及んでいない。
(さっそく、おキヌちゃんのバンダナに助けられたな〜〜……さすがに凍った霊泉の中で300年間も着てた袴、霊験あらたかさが普通の布とは違うってか)
 実証したわけでもないし、視界の外にある部分での事だから、本当にそうなのかは分からない。が、横島は3日前に贈られたばかりの緋色のバンダナのおかげだと思う事にした。


「とにかく戻ってきて! そろそろピートくんに交替してもいい頃合いよ!」
「お、俺もそうしたいんじゃー! けど、この状況でどうやって交替しろっちゅーねん!?」
 実のところ、ここまでのやり合いの間に横高(仮)のコーナー――試合のスペースは円形だから、正確にはコーナーとは言わないのだろうが――からかなり引き離されているし、直線距離で戻ろうにも陰念の鼻先を通過しなければならない。

「つーかさ、今ピートと替わってそれで勝ったりしたら、こいつの性格からして『よくも勝負から逃げやがったな〜!』とかインネンつけられて追い回れそうなんやもん! そのくらいやったら、ここで後ぐされ無く終わらせちまった方がマシやないか〜〜!!」
 勇敢なのか腰抜けなのか、判断の難しい断り方をする横島である。

「……ですって。どうするの、ピートくんにタイガーくん?」
 処置無しといった感じで肩をすくめ、唯一法円外で中の声を聞ける愛子が傍らの二人に横島のセリフ要約して伝える。
「確かに、粘着質そうな人ですからノー……」
「しかし、あれは一年前の陰念じゃない……! このしつっこさは……!」
 二人ともかなり距離が離れている位置にいるので、助けに入るにしても時間制限に引っかかる可能性がある。ピートもタイガーも、今は歯噛みしつつ見守るしかない。


「ハッ、お優しいこったなぁ横島!? だが、そのお人好しさがテメエの命取りになる!!」
「……それでも、おめーに俺は倒せないっ!!」
「抜かせええぇぇぇッ!!」
 怒声と共に、陰念の“奪還者の腕”が再び伸びる! しかし今度は直接横島目がけてではなく、横島の両側に回り込むように伸びてゆく。そう、ちょうど横島を両翼の中間点に置いた“V”字型に展開される。
「うるああァァァ――――っ!!!」

「ゲッ!?」
 何をする気なのか測りかねていた横島も、次の瞬間驚愕した。左右の霊波の手から、次々と霊波弾が発射されて自分目がけて襲いかかってくるのである。
「ひ、ひええええ〜〜!!」
 悲鳴をあげながら逃げる横島、しかし左右には陰念の霊波腕、その先の手は斜め後ろに回り込みながら霊波弾をなおも撃ってくる。逃げる方向といえば前しかない。まるで追い込まれるように前進する横島、しかし行く手には当然陰念が――


「きはあッ!!!!!」

 それを待ち構えていたとばかりに、陰念の全身の傷跡から刃状の霊波弾が一斉に飛び出した!! そして――――


 ドガン!!!

 三方向からの霊波弾が一斉に横島に殺到、次の瞬間爆発が起きた。


「よ……横島く――――んっ!!??」
「横島サ――――ンっ!?」
「横島さん――――っ!?」
 法円の外にまで余波が及んだ爆風を浴びながら、チームメイトの三人が絶叫した。あれはまともに直撃すれば、下手をすればバラバラだ――直感的に、そんな最悪の予感が脳裏をよぎる。


「横島さん…………っ!?」
「そ、そんな…………っ!?」
 ベンチにいた小鳩とヒャクメの二人が、言葉を失って立ちつくす。片や多少霊的な存在が見えるだけの少女、他方はリミッターをかけられているとは言え神族の端くれ。その二人をして、今の一撃が恐るべきものだという理解は共通している。


「な、何ですって……?」
「ま、マジかよ!?」
「よ、横島くんが〜……!?」
 その隣の六道女学院ベンチの面々も一斉に色めき立つ。何人かは思わず席を蹴って立ち上がり、そのうちの一人はグラリと大きくよろめき……傍らにいた一人に支えられた。
「お、おキヌちゃん〜?」
「落ち着いて、冥子さん……大丈夫、間に合ってます」
 隣の巫女服の少女の冷静な声、にもかかわらずほんの僅かに震える手。そんな彼女の反応が、冥子を平静に引き戻した。


「ハア、ハア……ア、“奪還者の腕”を展開してる間も、霊波弾を撃つ事は出来るんだぜ…………」
 クレイの粉塵と霊波のカスが煙状になって漂っている目の前から視線をはずしながら、陰念は荒い息をつきながら一人種明かしをする。もっとも、あれだけの霊波弾を一斉に喰らった横島が、このセリフを聞ける状態にはとても無いだろうが。
「チトやり過ぎたか……? ま、テメーもGSの端くれなら化けて出るんじゃねーぞ」
 片手をヒラヒラ振りながら、この場を離れようとクルリと背を向け、彼は自陣に向けて歩き出した。


「……あ゛〜〜……死ぬかと思った……」
「!?」
 そしてその二、三歩目で、後ろからどこか緊張感の欠如した声が聞こえてきたのである。


「よ、横島!? テメエ!」
 爆煙が晴れると、そこにはホコリまみれになった横島が何でもないような表情で突っ立っていた。
「悪いな、陰念。俺も、一年前の俺とは違うつもりでさ」
 握り込んでいた右手をほんの少し開く横島。その掌の中には、“護”と字が刻まれた小さな珠があった。

「つーわけで、反撃開始じゃ〜〜っ!」
 霊波刀やサイキック・ソーサーを出すでもなく、両手を握り込んだまま無造作に駆け出す横島。陰念も慌てて横島の方に向き直って迎え撃とうとする。が、
「や、ヤバイ! パワーが足りねえ!?」
 先ほどの全弾発射で霊力を使い切ったのか、霊波の腕がなかなか出ない。その隙に、二人の間合いはど突き合いの出来るレンジにまで縮まっていた。
「これで、どうだああああっ!?」
 構えを取ろうとする陰念より先に、横島の左手が突きつけられた。開かれた左手には、またしても小さな珠――文珠がある。刻まれている字は、“縛”――

 ピシッ!

「な――――!?」
 その珠を突きつけられた瞬間、陰念は一切の動きを封じられた。霊力どころか、指一本動かない。まさに、見えざる拘束具で完全に縛り付けられてしまった。
「そんでもって、ホイ」
 あとは簡単である。横島が軽く小突くと、陰念は全く抵抗できずに地面にぶっ倒れた。


「き、キサマ……切り札を隠し持ってやがったのか……っ!?」
 ダウンカウントが始まる中、起き上がろうとジタバタしながら(動けないのだが)陰念がうめいた。
「こっちもな〜、この一年間で色々とありすぎたんだわ。まあ切り札を温存してたのはお互い様って事で、勘弁してくれ」
「チ、チックショオ……!!」

 カンカンカンカンカ――――ン!!


 陰念の歯ぎしりと共に、試合終了のゴングはこうして鳴ったわけである。


「ふぃ〜〜〜〜……あー、しんどかった……」
 いつもの締まりのない表情に戻って、ヒョコヒョコとチームメイト達の所へ戻ってゆく横島。
「よ、横島さん!? ケガは大丈夫なんですか?」
「え? ああ、忘れてた。よっ」
 三つ目の文珠に“治”と字をインプットして体に押しつけると、ものの数秒であちこちの傷はふさがった。もっとも、裂けた上に血がにじんでいる服の方は如何ともならなかったが。
「あ、それからメモ帳と筆記用具持ってないか? メモは使い捨ての奴」
「え? うん、持ってるけど……これでいい?」
「サンキュー」
 愛子からメモとペンを受け取って、サラサラと何かを書き込み、そのページを破り取ってから横島は愛子に返す。破ったメモのページは手に持ったまま、彼は再び法円の中央に戻っていった。

「お〜い、こいつを渡しとくぞ」
 文珠の効果がやっと切れたのか、横島が近づくのに反応してガバッと起き上がる陰念。その彼の胸元に、四つ折りにした紙片を投げてよこした。
「……あんだ、こりゃ?」
「雪之丞の今のねぐらの場所。お前の事心配してたからな、ヒマがあったら会いに行ってやってくれ」
「……チッ!」
 メモの中身を一瞥しつつ舌打ちしてから、陰念はそのメモをツナギのポケットに押し込んだ。
「おい、ちょっと待て! メドーサと勘九郎は今どこにいやがる!? 何も知らんとは言わせねーぞ!!」
 「ほいじゃ」と言い残して背中を向けようとした横島に、彼は苛立った声で問いかける。少し考え込んだ横島、ヒラヒラと手を横に振った。
「あの二人なら、もういないぞ」
「……!!」
「それじゃな。色々あると思うが、雪之丞と仲良くしてくれよ〜」
 絶句する陰念をよそに、いささか無責任な言葉と共にその場を離れたのだった。


「忘れるな、横島! オレはGSの道を諦めるつもりはねえぞ!! テメエと雪之丞には、ぜってーギャフンと言わせてやる! 覚えてやがれ〜〜!!」
「……こんな処でハチ合わせした時点で、充分に“ギャフン”だってーの」
 後ろから投げつけられる陰念の捨て台詞にトホホな表情で独りごちながら、今度こそ横島は仲間の所へ戻っていった。

「いいんですか、横島さん? あいつ、あなたや雪之丞をこの先もつけ回す気がしますよ」
「一回殴り合ったらスッキリ仲直り、なんて人には見えないんじゃがノー」
 出迎えたピートとタイガーが、少し心配そうな表情で陰念の後ろ姿を眺めた。
「ま、しょーがねーだろ。やり場のないイライラを周りに当たり散らして発散するよりかは、誰か明確な目標を追いかける相手がいた方が健全だからな〜……」
 何か自分の体験談に基づくところでもあるのか、彼は二人の質問にそういう答え方をした。
「ま、あとは雪之丞に任せときゃいいだろ。あの白龍会の三人って仲悪そうだったし、適当にやり合ってもらえばこっちには実害無いって」
(そ、それって雪之丞くんに面倒を押しつけてるだけなんじゃ……)
 本人の与り知らぬ所で災難の種をまかれている雪之丞に多少の同情を感じ、愛子は指で軽い頭痛のするコメカミを押さえた。


「横島さ――――ん!!」
 ベンチに戻ってくる横島達4人を真っ先に出迎えたのは、最近では駆け寄ってくるのがご近所や双方の学校でも毎度の事としてひそかに有名になりつつある黒髪の巫女少女だった。
「よ、横島さん? 大丈夫ですか? ケガとかしてませんか?」
「え? ああ、大丈夫大丈夫。おキヌちゃんのバンダナのおかげで、何ともなかったから」
 ちょっと背伸びして自分の頭の両側を手にしてあちこちのぞき込んでくるおキヌに苦笑しながら、その手をポンポンと叩きながらそう笑いかけた。
「よ、よかった……あ、そうだ! それより、大変なんです! シロちゃんやタマモちゃん達が……!」
 一度はホッとしたおキヌだが、すぐさま次の用事を思い出してワタワタとある方向を指差した。その方向にはもう一つの試合場であるAコートがある事に思い至りながら、横島達4人がそっちをヒョイと向くと――


「せいっ! はあっ! とうっ! たあっ! でぇいやあぁぁ――――っ!!」
「うわああああ――――っ!?」

 5人の目に、連続攻撃をまともに喰らった犬塚シロが吹き飛ばされ、地面に叩きつけられる有様が飛び込んできた。

「な゛……!?」
「シロちゃんっ!?」
 絶句する横島とおキヌの視界の中にいるのは、既に倒れ伏したタマモとアン・ヘルシング、それにたった今打ち倒されて動かないシロの三人。そして――――


「やあ、横っち。残念やけど、一歩遅かりし……やったな」


 けたたましく打ち鳴らされるKO勝ちのゴングを背に、ニヤリと笑う真田夏子達三人の姿であった。


  〜〜To Be Continued〜〜


 ―――次回予告―――


「いよいよ全国大会は後半戦! ベスト8が出そろって、誰が勝ち抜くかますます気が抜けへん! 横島に次々と襲いかかる過去の因縁、おキヌちゃん達六道女学院チームに立ちふさがる次なる強敵!
 しかも何やら他作品とのクロスオーバー対決まで起きそうな気配、果たしてこの作者にそこまで描けるんやろか!?


 次回、“『霊能の炎は燃えているか!?』3回戦 強敵、その名は夏子!!”!!

 ……って、何や! ウチはあくまで敵扱いなんかい!?」
(By夏子)


 言い訳じみたあとがき


 てな事で、恥を承知で続きを投稿させていただきましたいりあすです。凛様、ブラボ様、wata様、HEY2様、いしゅたる様、ncro様、ミアフ様、通りすがりのしっぽ様のレスでバッチリ予測されていましたが、全くその通りで横島の2回戦の対戦相手は陰念でした。原作中のチョイ役も不自然にならない程度に出そうという密かなコンセプトがありますので、ちょうどこの辺りで出すのにうってつけだったわけです。
 陰念の技が横島の霊波刀の類似品を思わせるものになっていたのは、“(霊波刀+魔装術)÷2”という感覚で新能力を考えてみた成果です。何となく、“(ガ○ダムナ○ク+ジオ○グ)÷2”みたいになっている気もしますが(汗)

 というわけで、このシリーズはしつこく描き続けたいと思っています。3回戦では他作品からのゲスト出演的な対戦相手を用意したいと思っていますが、さてどうなることやら(滝汗)


 あと、陰念関係以外でのレス返しです。まず前話後半分。

>wata様

 夏子の評価は最大限に評価したものに近いですからね。横島って、けっこう脊椎反射で動いてる事多いですし。


>HEY2様

 令子さんを意識してかわいく描くというのは、いりあすにとっては相当の難事なのですがww


>長岐栄様

 信之姉は、夏子達の後見人として後から役付けをしていったらこういう謎の多い人になりましたw あと、ついでに令子達のGS試験の実相にも迫った結果、こういうとらえどころのないキャラが出来上がってしまいました。


>月夜様

 信之姉の名前は本当は一字変えて“信乃”にするつもりだったんですが、これだと犬塚シロの元ネタとモロにかぶってしまうので、居直って幸村の兄上の名前そのままにしてしまいました。なお、八犬伝の犬塚信乃は子供時代を女装して過ごしていたそうなので、女性の名前としてはアリなんじゃないかと勝手に思っています。
 あと「剣尖」は“剣の切っ先”というニュアンスだからこれでOKだよねとか、「ここは任せて」は「こっちは任せて」とするべきだったかな〜とか、言われてみると接続詞の使い方がワンパターンかつ過剰気味だとか反省材料は多いです。“そして”が一話につき3回以内というのは、減らしすぎという気もしますが(汗)


 続いて本話前半分です。

>いしゅたる様

 ノベライズや劇場版は触れる機会が少ないですから、どうしてもSSには出しにくいようですね。いりあすが古本屋でフィルムコミックを見つけたのは全くの運ですから、これがなければ前半のマクラは成立しませんでした(汗)


>ncro様

 誠にお待たせしてしまいました、どうやら話の存在自体忘れかけてた方も多いようで……


>水島桂介様

 確かに幽霊と言うより、色々できる生身の人間にしか見えない時がありましたからね〜〜幽霊時代のおキヌちゃんって。
 横島は何かと「体がない」とか「体があったら」とか言ってましたけど、今にして思えばどう見ても自分を誤魔化してるだけのように見えるw


>通りすがりのしっぽ様

 いりの字の感覚ですと、横キヌの場合ああいう場所では手にキスするのがギリギリのラインかな〜と思ってたりします。ほのぼの以上バカップル未満のラインの(笑)


>HEY2様

 あのグンと曲がるカーブを素手で捕れるというのもなかなか大したものだと思いますがw あ、でも飛んでくるのがおキヌちゃんだったら捕まってしまいそうww


>スカートメックリンガー様

 裂蹴拳というと幽○白書の仙○でしたか、趙さんは手技も使ってますので想定はしていません。あくまで小ネタとして使っているのはフリ○ザ様とレベ○Eまでです。


>楓様

 探せばどこかにあるかも知れませんけどね。でもGSの二次創作は色々なタイプの物語がありますので、多少奇をてらっているところはあります(汗)。


>クロト様

 この大会はGS試験と同様の結界の中で行われていて、霊力の籠もっていない単なる物理的な衝撃は、地面や結界に叩きつけられる以外は無効という設定にしています。ですから、刃があるか無いかは二の次で、刃を落として普通では斬れないようにしてあっても、霊力がキチッと籠もっていれば斬れるし刺さるものと捉えています。あと霊能用の武器は実際の切れ味よりも霊力の“乗り”の善し悪しで決めてると思いますので、銃刀法はスレスレといったところかと思いますね。ただ、後半の那久里くんが持ってたナイフは間違いなく本物でしょう。
 えーと、あとは一文字さんの霊波弾…(原作チェック中)…う゛、ホントだ! 一コマだけですが確かに撃ってるシーンがある! しまった、これは完璧に矛盾してます。基本的に読者の皆様から指摘された間違いはあえて直さない事にしてますが、ここに関しては修正させていただきます。かなりのショートレンジで撃っている描写なので見落としていたらしいです(滝汗)
 そういうわけなので、一文字さんは霊波弾が“撃てない”のではなく“レンジが短い”という設定に直してみました(レンジが長ければ、原作でももっと使うシーンがあるはずですし。硬派の縛りというのもそれとは別にあると思ってますが)。クロト様、ご指摘ありがとうございました。

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