「くっ……」
メドーサは状況を分析し、自分がいかに追い込まれているかを判断すると、悔しげにうめいた。
勘九郎はほぼ無力化されている。そして自分は、吸血鬼の支配に抵抗するため力を割いているが、この状態のまま小竜姫と戦うのは分が悪い。
事態を打開する手段は、あるにはあるが――それをしてしまうと、自分の切り札を晒すことになる。たとえこの場を切り抜けられても、今後得られるアドバンテージに影響が出るのは避けられない。
とはいえ――ここを切り抜けられなければ、それこそここで終わりである。
(さて、どうする……)
メドーサは自分に向けて剣を構える小竜姫を前に、胸中で自問する。周囲の人間を盾にしようにも、パワーダウンした自分と小竜姫のスピード差を考えれば、無理とは言わないまでも難しい。
人間の方から近くに寄ってくれば話は別だろうが、そんな都合の良いことは期待できそうにない。それを待つにしても、勘九郎のことを考えれば、時間のロスは痛い。
いよいよ切り札の超加速を使う時が来たか――メドーサがそんなことを考えていると。
《くくっ……追い込まれているようだな。メドーサともあろう者が、無様なことだ。……手を貸してやろうか?》
「…………ッ!」
唐突に、メドーサの脳裏にそんな下卑た声が響いてきた。
勘九郎からの念話ではない。しかし聞き覚えのある声。その申し出をしてきた相手に即座に思い至ったメドーサは、嫌そうに顔をしかめる。
(誰かと思えばお前か。また覗き見かい? 悪趣味だね……手助けなんかいらないよ。引っ込んでな)
《意地を張ってる場合か? お前がそう言うんなら、自力で切り抜けられる手段があるんだろうが……元始風水盤のこともあるし、今の段階で敵に手の内を晒したくはないだろう? まあ、俺にとっては、お前がどうなろうと知ったことじゃないがな……くくっ》
足元を見たその台詞に、メドーサは念話にならないよう気を付けながら、胸中で「このゲスが」と吐き捨てた。
とはいえ、『奴』の言葉は彼女の現状を正確に把握したものだった。今回の件は、あくまでも本命である元始風水盤の計画の手足となる『駒』の確保に過ぎない。ゆえにこの段階で敵に手の内を晒すのは、下準備という面で見ればマイナス以外の何物でもない。
ゆえに、メドーサは――
(ちっ……わかったよ。癪だが、手を貸してもらおうじゃないのさ)
考える時間は一瞬――彼女の決断は早かった。その判断に、念話の向こう側で下卑た笑いが響く。
《クハハハ……その悔しそうな声、最高だ。いいぜ、手を貸してやる……貸し1だ、覚えときな!》
念話の相手が、そう宣言した――瞬間。
ドシュウッ!
ブラドーの腹に、突如として巨大な穴が開いた。
「なっ……!?」
「ブラドーさん!」
「……くっ!」
事態がわからずとも、自分が危機に陥っていることを瞬時に把握した彼は、咄嗟に体を霧に変えて日陰に避難する。改めて実体化したブラドーは、穴の開いた腹を押さえてうずくまった。
だがこれでは、もはやメドーサへの支配力を強めておくほどの余裕はない。
「な、何が……!?」
突然のことに驚く小竜姫。その目は、ブラドーの腹を背中から貫通した『何か』が、そのまま目にも留まらぬスピードで方向転換し、試合場の方へと向かっていくのを捉えていた。
「横島さん! 皆さん!」
試合場で勘九郎を囲んでいる横島たちに向かって、彼女は警告の叫びを上げた。
『二人三脚でやり直そう』
〜第六十話 誰が為に鐘は鳴る! 二日目・完結編〜
「横島さん! 皆さん!」
観客席から響いてきた小竜姫の声に、横島たちが振り返る。
と――その瞬間、横島は自分たちの方に向けて高速で飛来する『何か』が見えた。
「あれは――!」
『まずいぞ横島! 狙いはおキヌ殿だ!』
「――――ッ!? おキヌちゃん!」
心眼が警告を発した瞬間、横島は考えるよりも早く行動に移した。一足飛びにおキヌの方に飛び掛り、そのまま押し倒す。
「きゃっ……!」
おキヌは小さく悲鳴を上げ、そのまま笛を手放して為すがままに倒される。
直後、そんな二人の頭上を『それ』が超高速で通り過ぎた。宙に投げ出された笛は魔装術が解かれ、元の姿に戻ってカランと床に落ちる。
『よけただと!? ちっ……まあいい』
小さく舌打ちする声が、横島の耳にだけ届いた。そして『それ』は、そのまま飛び去っていく。
その際、『それ』はメドーサに向かって、「隙は作ったぜ。あとは自分で頑張りな」と念話を飛ばして帰って行ったのだが――そんなことは、横島たちには知る由もない。
そして、一方――
「よ、横島さん……?」
いきなり横島に押し倒されたおキヌは、頬を赤らめて目を白黒させた。
横島はそんなおキヌの様子にも気付かず、彼女を押し倒した格好のまま周囲を警戒する。
「心眼、今のは……」
『うむ。こんな攻撃方法、奴以外に心当たりはない。……蝿の王ベルゼブル。よもや、この時点で現れるとは予想もしなかった』
「あのハエかよ……そーいや、メドーサと同じ陣営だったな」
既に帰っているとは知りもしない横島は、嫌そうな顔になって次の攻撃に備えた。
と――
「よぉ〜こぉ〜しぃ〜まぁ〜……!」
ビクゥッ!
突如背中からかかってきた般若もかくやという低い声に、横島は思わず硬直した。
ギギギ、と軋んだ音を立てて首を背後に向けると、そこには――
――夜叉がいた。
「え、えーと……み、美神さん?」
ダラダラと顔中に冷や汗を垂らす横島。だが美神は、それだけで人を殺せると思えるぐらいに凄絶な視線を横島に向け、ギリ、と音を立てるほどに握り締めた拳を振り上げる。
しかも自分の下では――
「そ、そんな……いくらなんでも、時と場所を選んで欲しいです……」
などと、もじもじと身をよじらせ、消え入りそうな声でつぶやくおキヌの姿。
更に周囲を見回せば、一様に白い視線が突き刺さっていて――
「……あれ? 気付いていたの、俺だけ?」
『のようだな。しかも弁解する暇もなさそうだ』
心眼と共に状況を悟った、その瞬間。
「この非常時に何しとるかこのバカタレがああーっ!」
ズゲシッ!
「ぎょぺええええええーっ!」
振り抜かれたその拳が、ものの見事に横島のテンプルに突き刺さり、そのまま彼を豪快に吹き飛ばす。
血の尾を引いて吹き飛ぶ横島は、二度、三度とバウンドし、床に血の跡を引いて止まった。
「見なさいっ!」
もはや意識があるのかどうかも怪しいが、美神はそれを確認もせずに自分の背後をビシッ!と指差した。
「あんたがおキヌちゃんの邪魔したせいで、勘九郎が逃げたじゃないのよ!」
怒鳴る美神のその指が示す先には、いつの間にやら距離を取った勘九郎の姿。おキヌが笛を取り落として呪縛が解けた瞬間、隙を突いて離脱したようである。
――そして――
「勘九郎! 引き上げるよ!」
そんな声が、観客席の方から聞こえてきた。
振り返って確認するまでもなく、その声の主はメドーサである。
『――わかりました!』
「引き上げ!?」
その命令に頷く勘九郎。そして彼は、その左手を高く掲げ――
ドシュッ! ドシュッ! ドシュッ!
横島たちを囲むように、モノリス状の黒く巨大な三枚の板が、突如として現れた。
「か――」
『言うな横島!』
よろよろと立ち上がり、「火角結界」と言いそうになった横島を、咄嗟に心眼が止めた。
「火角結界!? それもでかい……! 閉じ込められた!?」
直後、美神が横島の言おうとしていた台詞を口にする。
勘九郎は空に飛び、ようやく魔装術を解いて元の姿に戻った。
「なかなかやるわね……正直、肝が冷えたわよ。生きてそこを出られたら、また会いましょう。その時は借りを返してあげるわ……!」
そう別れの言葉を告げる勘九郎の下では、火角結界が三十秒のカウントダウンを始めていた。
そして一方、観客席の方では――
「剣を引け、小竜姫。私は今、すこぶる機嫌が悪い……すぐにカウントをゼロにして、火角結界を爆発させるよ」
あれの威力は知っているだろう? と続けるメドーサに、小竜姫は歯軋りし――
「……くっ!」
ほんの一瞬の黙考の後、剣を下げた。
「そう、それでいい。今回はお前らのせいで、いらん奴に借りを作っちまったよ……このツケは、次にでも払わせてやる。覚悟しとくんだね」
メドーサは今にも飛び掛ってきそうなほどに表情に険を作り、小竜姫を睨んだ。彼女は次の瞬間には飛び上がり、勘九郎と合流する。
魔装術を解いた勘九郎がなぜ飛んでいられるかの理由は不明だが、二人はそのまま会場を後にした。
「次は40週ぐらいひっぱりましょーねっ!」
……勘九郎が去り際に作者泣かせなことをのたまいつつ。
――その後の展開は、おおむね横島とおキヌが記憶している通りに進んだ。
火角結界が発動してメドーサたちが逃げたことで、もはやベルゼブルもいないと判断した心眼は、目の前の問題に集中することにした。
小竜姫が霊波を当ててカウントを止め、その隙に横島が火角結界の表面に穴を開け、心眼が『内部構造は解析した』と嘘を言って記憶通りに黒のコードを切断させる。それで火角結界は無力化された。
また、その後に愛子の中から出てきた冥子によると、華の手当は終わったらしい。外傷こそ酷いものだったが、傷は一つとして内臓まで届いていなかったそうだ。
冥子が「まるで〜、筋肉が全部受け止めていたみたいだったの〜」と説明すると、雪之丞が「あれか……」とつぶやいて微妙な顔をしていたが、横島たちには何のことだかわからない。おキヌも苦笑するばかりで、詳細は語らなかった。
ただ、華の無事を知ったおキヌは、「良かった……!」と表情を輝かせて安堵の息を吐いた。後遺症があるかどうか、輸血が必要かどうかといった詳しいことは、医者に診せないことにはわからないが――少なくとも、命に別状はないらしい。
「……そーいやさ、心眼」
『なんだ?』
全ての心配事がなくなったことで周囲の全員が安堵のため息を漏らしている中、横島は右腕の心眼に問いかけた。
「さっき、なんで俺の言葉を遮ったんだ?」
『当たり前だろう。お前は今回、旧事務所を吹き飛ばした火角結界を見ていないのだぞ? 話に聞いてはいたとはいえ、一目見てあれを火角結界と見抜くのは不自然に過ぎる。いらぬ疑惑は、持たれぬ方が良い』
「あー……そーゆーことか。そこまで頭が回らなかったわ。さんきゅ」
と、横島が心眼とそんなやり取りをしていると――
「横島さん」
後ろから声をかけられ、振り向く。そこには、おキヌがいた。
「おキヌちゃん」
「横島さん、あの……」
彼女は何か言いかけ、そして言いづらそうに視線を逸らす。その様子に訝しんでいると、彼女がちらちらと美神の方に視線を向けているのがわかった。
横島もその視線を追って美神の方を見ると、ちょうど視線が合った。美神が「なに?」とばかりに二人の方へと寄ってきて、横島の隣まで来た。
その時――
「ごめんなさい!」
おキヌが二人に向かって、唐突に勢い良く頭を下げた。
「おキヌちゃん……?」
「わ、私……あんな、役に立つんだって見栄切って、メドーサさんのところに近付いて……なのに何もできなくて、結局みんなに迷惑かけて……私、私……!」
心の底から申し訳なさそうな様子で、必死に言葉を並べるおキヌ。そんな彼女を前に、横島と美神は「うーん」と唸り、それぞれ頭と頬をぽりぽりと掻いた。
そして二人で目を合わせ、アイコンタクト。「あんたに譲るわよ」「こういうのは所長の役目っしょ」などと無言で応酬。
ややあって、二人揃ってため息をつき――
「おキヌちゃん、顔を上げて」
美神がそう声をかけると、おキヌはおずおずと顔を上げ――
パンッ。
軽い音と共に、彼女の頬が両側から挟まれた。
「……ふぇ?」
両の頬を同時に押さえられ、唇をタコのようにされたおキヌは、目を白黒させて目の前の美神を見る。
彼女はしばし、おキヌの目を見つめ――
「…………ぷっ」
やがて表情を崩し、吹き出した。
「変な顔」
「ふぇっ!? ふぃ、ふぃふぁふぃふぁん?」(訳:へっ!? み、美神さん?)
「罰なんてこの程度で十分ってことだよ、おキヌちゃん」
混乱するおキヌに、横から横島がそんな言葉を投げかける。
「俺らは、おキヌちゃんが無事に戻ってくれば、それでいいんだよ」
「そーよ。なにせおキヌちゃんは、事務所の家事を一手に引き受けてるんだからね。いてくれないと困るのよ」
横島の言葉に頷きながら、美神はおキヌの頬から手を離す。
「横島さん、美神さん……」
二人の言葉に、おキヌの目尻に光るものが浮かんだ。
彼女の目の前の二人は、笑い合いながら更に言葉を交わす。
「一文字さんや愛子に手伝ってもらってるけど、やっぱおキヌちゃんが掃除してくれた方が、事務所が片付くし」
「そーね。なんでか知らないけど、あの事務所すぐに散らかるのよ」
「ほんっと、なんでなんだろーなー」
「さっぱりわからないわよね」
「それに……美神さんの折檻も、おキヌちゃんが途中で止めてくれないとエスカレートする一方だしなぁ……」
「それは単に、あんたが折檻されるようなことをしなければいいだけでしょーが」
「そりゃ無理っスね!」
「自信満々に即答すんなァッ!」
胸を張る横島に、美神の鉄拳制裁が下される。そんないつも通りのお馬鹿なやり取りを、おキヌは懐かしいものを見るような目で見つめていた。
そして――
「あの……」
「ん?」
血まみれになった横島の襟首を掴んで拳を振り上げた格好の美神は、動きを止めて振り向く。
「ありがとうございます」
おキヌはそう言って、再び頭を下げた。それを見て、美神は横島を放し、彼と視線を交わす。
そして二人、クスリと失笑を漏らし――
「それもいいけどさぁ……」
「もっと他に、言うことあるんじゃないの?」
言って、期待するような眼差しをおキヌに向ける。
その視線が何を要求しているのか、おキヌはすぐにはわからなかったが――ややあって思い当たったのか、はっとした顔になる。
そして彼女は相好を崩し――
「…………ただいま!」
「「おかえり!」」
満面の笑みでそう言うと、美神と横島は揃って親指を立ててウィンクした。
一方――
「……同じ事務所所属なのに、余は仲間はずれか」
「気持ちはわかるけど、お腹に穴が開いてるんだから無理しちゃだめよ」
「いじけるぞ?」
「やめてよねみっともない」
隅っこでうずくまっているブラドーを、愛子が淡々とたしなめていた。
その後、一行が武道館の外に出ると、そこでは大量の警官が、避難した観客達を誘導していたところだった。
「……いやに対応が早いわね?」
警察の到着が異様に早いことに、美神が眉根を寄せる。
と――その視線が、ある一点で止まった。彼女が視線を向けた先では、銀一と夏子が、百合子と話しているところだった。
その中の一人、夏子がこちらに気付き、次いで他の二人も、その視線を追ってこちらに気付く。
「銀ちゃん、夏子! それに……おふくろ!」
横島が三人の名を呼び、駆け寄っていく。
「横島!」
「横っち!」
「あら忠夫。もう大丈夫なの?」
「あ、ああ……逃げられたけどな。ところで、これは……?」
戸惑いながら、視線を巡らせつつ百合子に尋ねる。
「あんたから事情を聞いて、どーせこうなると思ったからね……ちょっと手を打たせてもらったのよ」
そう答える百合子が視線を向けた先では、警察の偉そうな人と真剣な顔で何事か話している、クロサキの姿があった。それを見た横島は、口元を引き攣らせる。
「……どこまでコネ持ってんだよ、おふくろ」
「さあね?」
息子の問いに、悪戯っぽく笑って肩をすくめる。真面目に答える気は、残念ながらなさそうだ。そんな母親の態度に、横島はハァとため息をついた。
と――
「横島」
そこに、横から彼を呼ぶ声がかかった。
夏子である。
「もう、終わったん?」
「ああ。すまんかった、変なことに巻き込んで」
「ううん、ええよ」
小さく頭を下げる横島に、夏子は微笑んで返す。
「これで……ゆっくり話せるんやな」
「ん……そうだな」
そんな二人の様子を見て百合子は苦笑し、銀一を連れて美神たちの方へと移動した。
「二人にしてあげましょ」
「え?」
「大阪からはるばるやってきたんですもの。邪魔しちゃ可哀想よ」
「うーん……そうねぇ」
百合子の言い分に、美神は難しそうな顔で頭を掻き――
「横島クン」
声を掛けると、横島は美神の方に振り向いた。
「久々に会った幼馴染なんでしょ? 積もる話もあるだろうから、ゆっくり話してなさい」
「え? あ……はい」
「でも……美少女と二人っきりだからって変なことしたら、ただじゃおかないわよ」
「イエス、マム!」
美神のドスの効きまくった脅し文句に、横島は反射的に直立不動の姿勢を取り、教科書のような完璧な敬礼を取った。
そして彼女たちは、少し離れたところに移動していく。
おキヌが後ろ髪を引かれる思いでちらちらと振り返っていると、横島がニッと笑って手を振った。それを見て、おキヌも苦笑して、小さく手を振った。
――そして――
「……横島って、あの人に弱いんやなぁ」
「え?」
美神たちが去ってから、夏子が口にした第一声が、それだった。
「あの人って……美神さん?」
「そや」
「まあ、俺の上司やしな」
横島の問い返しに頷く夏子に、横島はなんでもない様子でそう答えた。
「なんにしても、ほんま久しぶりやなぁ」
「せやなぁ。まさか夏子が、こないな美人になってたとは思わんかった」
「昔は美少女やなかった言うんか?」
「あの頃は色気より優先しとったもんがあったしなぁ……そないな基準で見てた記憶ないねん」
眉根を寄せて睨む夏子に、横島は苦笑する。二人がクラスメイトだった頃は、その年頃の女子はだんだんと色気付き始めるのに対し、男子の方はいまだ遊びに夢中になっているものだった。
どの年代においても、小学校高学年の女子が「男子はガキねー」と文句を言うのも、むべなるかなといったところだ。当時の横島も、その例に漏れなかった――というか、むしろ顕著だったと言っていい。
が――そうであるにしても、横島の後半の言葉は嘘であった。横島は当時でもしっかりと、夏子を美少女だと認めていたのだ。
のみならず――
「もう。なんやねんそれ」
その思考は、頬を膨らませた夏子の文句によって、中断された。
「はは。わりーわりー」
誤魔化すようにナハハと笑う横島。
そう――内心のほろ苦い思い出さえも誤魔化すように。
「横島は……変わったな」
そんな横島を見て、夏子は寂しげに苦笑し、そう言う。
「そっか?」
「そや。霊能力なんて胡散臭いもん身につけて、あんなわけわからん戦い方して……まるで映画の中みたいや。なんや、別の世界に行ってもーたみたいな気がするねん」
「別の世界って……そんなわけあらへんやろ」
「そんなわけあるねん。……けど、な」
苦笑して夏子の言葉を否定する横島に、夏子は否定し返す。
そして、横島の方に一歩だけ身を寄せ――
「……ウチを守ってくれたあの時、ちょっとカッコ良かったで」
顔を寄せ、囁くように告げる。吐息がかかる距離での言葉に、横島の頬が少しだけ上気した。
そして夏子が一歩引き、二人の距離が元に戻る。
「…………」
「…………」
なんとなく、会話が途切れる。
夏子が所在無げに視線を泳がせ、何気なく警察の誘導を眺める。横島も同様だった。
「…………」
「…………」
「…………」
「……ほんまは、な」
ややあって、沈黙に耐え切れなくなったのか、夏子が切り出してきた。
「ウチ、言いたいこと山ほどあったんねん」
「言わんの?」
「うん」
横島の問いに、夏子は頷いた。
「なんや色々あって……ほとんど吹っ飛んでもーた。それに覚えてても、言えなくなった言葉やってあるねん」
「……よーわからへんな」
「わかんなくてええよ」
言って、夏子は苦笑した。
そして――
「うん、決めた」
「?」
横島を置いてけぼりにし、一人で納得する夏子。横島はその様子に、頭上に疑問符を浮かべた。
そんな横島を無視し、夏子は懐からメモ帳とボールペンを取り出し、横島に差し出す。
「横島、連絡先書いて」
「え、あ、ああ」
言われ、受け取ったボールペンでアパートの電話番号を記入する。
「携帯持ってたらそっちもな」
「おう」
二つの電話番号を記入し、それを夏子に返す。
余談ではあるが、逆行前の経済状態ならともかく、現在の彼には携帯電話を所有するだけの余裕はあった。あれば仕事でも使えるからと、美神から勧められて購入したものでもある。
「ありがと。ほな、これウチの。住所は変わってへんから、自宅番号は昔と一緒やで」
そして代わりに、夏子の電話番号が書かれた紙を手渡される。
「じゃ、次は……」
返してもらったメモ帳とボールペンを懐に戻した夏子は、そうつぶやいておもむろに両の手の平を上に向け、水を掬い上げるかのような形にして横島の目の前まで持って行った。
「手の中」
「……?」
「覗いてみ」
「い、いきなり何やねん」
「ええから」
その強引な言葉に、横島は釈然としないものを感じながらも、言われた通りに差し出された手の中を覗き込む。
「なんもないやん」
「そのまま目ぇつぶってぇな」
「一体なんやっちゅーねん……?」
文句を言いながらも、横島は目をつぶる。
そして夏子は、一瞬美神たちの方に視線を向けると、すぐに横島に視線を戻し――
――そのまま両手を横島の頬に添え、引き寄せるように唇を重ねた。
「!?!?!?!?!?」
目を閉じた夏子と入れ代わりに目を見開き、突然の事態に硬直する横島。遠巻きにその様子を見ていた美神たちも、驚愕の表情で固まっていた。
そのまま、二秒、三秒と過ぎ去り――五秒が過ぎたところでようやっと唇が解放される。
一歩下がり、上目遣いで横島を見る夏子。その顔は、見てわかるほどに真っ赤に染まっていた。
「……昔見たテレビアニメのマネやけど、案外引っ掛かるもんやな」
「な、な、ななななななな――」
「一つ残念なんは、お互いファーストキスやないってことやな」
夏子はそう言ってぺろりと舌を出し、悪戯っぽく笑った。
そしておもむろに、んーっ、と大きく伸びをする。
「なんや、これでスッキリしたわぁ。ほんじゃ、これで大阪帰るわ」
言うと、んしょ、とバッグを持ち直した。
そして、彼女は横島の方に一歩近付き、その耳元に唇を寄せる。
「ウチ……本気やからな」
そう囁き、硬直し続ける横島に追い討ちをかけると、くるりときびすを返して歩き出す。
「ほな、またなーっ!」
元気良くぶんぶんと手を振り、彼女はそのまま美神たちの方へと歩いて行く。
彼女の視線の先にいる美神とおキヌは、横島同様いまだ固まったままだ。美神に至っては、言葉を失うとはまさにこのことなのか、まるで金魚のように口をパクパクさせている。
夏子はわざわざ、その二人の傍を通るように歩いて行き――
「……負けへんよ」
「「…………ッ!」」
通り抜けるその瞬間、ぽつりとこぼしたその台詞は、確かに美神とおキヌの耳に届いていた。
反射的に振り向いた二人。だが去り行く夏子は、振り向きすらしなかった。
横島と銀一はいまだ硬直したままだが、百合子は一人、そんな若い連中の様子を見て、「あらあら」と面白そうに笑うだけだった。
――その後、美神から八つ当たり99%の折檻を受ける羽目になった横島の絶叫が響くことになるのだが――
それはまあ、些細な話。
――おまけ――
「はい、ピートぉ。あ〜ん♪」
「あ、あの、一人で食べれますので……」
――唐巣教会、ピートの自室――
4回戦敗退したピートは、落ち込んでいたところを唐巣に励まされ、一足先にここまで戻って休養を取っていた。それなりの傷を負っていたピートだったが、さすがにバンパイアハーフの生命力は並ではなく、既に傷は完治している。
そして、そんなピートを、一仕事終えたエミが押しかけ女房よろしく介抱している。
「……ところで、なんか僕、蚊帳の外にいるような妙な疎外感を感じるんですが……気のせいですかね?」
「なに言ってるのぉ。そんなことあるわけないじゃない♪」
おかゆとスプーンを持つエミは、真実を一切表に出そうともせず、平然と甘えた声を出していた。
――あとがき――
これにて長かったGS試験編が終了。夏子もかなりな爆弾を投下して退場しましたが、もちろん再登場の予定はあります。いつになるかは未定ですけど。
そして夏子のキスシーン。彼女が何のテレビアニメを真似たのか、わかる人は多いんじゃないかと思います。古いアニメとはいえ、有名な作品の有名なシーンですのでw
さて、GS試験編の終わりということで、振り返ってここで登場した名有りキャラを並べてみたんですが……
横島、おキヌ、美神、心眼、小竜姫、かおり、魔理、愛子、銀一、夏子、ブラドー、メドーサ、勘九郎、雪之丞、陰念、唐巣、ピート、エミ、タイガー、冥子、カオス、マリア、テレサ、鬼道、百合子、華、ベルゼブル、九能市氷雅。
…………総勢28名って…………
そりゃ、それぞれに描写を割いていれば、15話もかかるわけですよね。むしろ短い方だったかもしれません(汗
次回から間髪入れずにハーピー編に突入しますが、登場キャラが一気に減るので、進行も早くなると思います。
ではレス返しー。
○1. ハヤトさん
原作にあったものは、たとえ小ネタで読者のほとんどが忘れていたものでも、使えるネタなら拾っていこうと思ってやってます。カタストロフ−Aなんて、いったいどれほどの読者が予想できていたものやらw
ブラドーは真面目にやれば役に立つ奴です。普段が普段なんでアレなイメージありますがw
○2. Tシローさん
勇者の王の仲間だなんて言ったら、おキヌちゃんが13人に量産されなければならないじゃないですかw 夏子は最後に爆弾投下して退場しました。次回登場をお楽しみにー♪
○3. 山の影さん
作者的には、自分は魔装術使わないで笛にだけってイメージでしたが、実際のところはどちらでイメージしてくださっても構いません。後衛にいる以上、大して重要ではありませんのでw あの笛で曲を演奏ですか……ちょっと考えてなかったですね(汗
○4. チョーやんさん
笛で曲を演奏して違う効果が、という発想はありませんでしたよー。私の構想は、あくまでも「笛そのもののパワーアップ」程度でしたからw あと、ブラドーはやればできる子なんで、そんな扱いは可哀想ですよ? ……あくまでも「やれば」の話ですけどね(ぉ
○5. 117さん
むぅ。そう言われてしまうと考えてしまいますねー。でも心当たりがないわけではありません。あとがきでも書いてあるように、28人もの登場人物を動かしていたわけですので、尺の関係上描写を簡略化していた部分が少なからずありましたから。難しいものです。
○6. 神音さん
それはバイオリンですっ! チェロみたいに巨大ですがバイオリンですっ! 決して笛じゃありませんからーっ!
ちなみにGSで「ハーメルンの笛吹き」といったらパイパーのことですよw
○7. 秋桜さん
不燃ゴミことブラドーは、最後の最後でいじけてます。締まらない親父様でございますw 夏子フラグは、こんな形で火種を残して去っていきました。次回登場はいつにしましょうかねー♪
○8. 鹿苑寺さん
はい。関西弁の女の子って、なんかいいですよね♪(ぉ
○9. Februaryさん
ダメ親父が活躍してる時、息子は蚊帳の外……このままいっそ、ピートの出番を丸ごと委譲してしまいましょうか(酷
カタストロフ−Aのことは、さすがに予想がつきませんでしたかw 四十五話でそれっぽいこと示してたんですが、やはり情報不足で予想には至らなかったようで……狙い通り(ニヤリ
○10. 白川正さん
>おキヌちゃんは一気に成長させすぎだと思います。
それは承知の上でやりました。というのも、後衛のおキヌちゃんに前衛技の魔装術という組み合わせは中途半端に過ぎるので、早々に「魔装術を覚えさせた本当の意味」を読者に示してあげないことには、読む方からしてもあまり面白いものではないと思ったからです。
>美神が効果も不明な厄珍の商品に手を出すと言うのも不可解ですが
美神があんな物をぶつけ本番で使うはずがありません。四十五話にて、既に一度試している描写があります。それに厄珍から渡された時にも説明を受けたはずなので、少なくとも「効果も不明」という状況では有り得ないでしょう。もっとも、四十五話をアップしたのは何ヶ月も前の話ですので、忘れていても仕方ないですけど。
○11. ハイブリッドレインボウさん
初めまして。番外含めて60話越えてるこの作品を全部読むのは、骨が折れたことでしょう。それでも読んでいただき、さらにレスまでくれたことは、まことに嬉しい限りです。
今後も更新停止せずに完結までやっていけるよう、頑張って書いていきます。
○12. 青樺さん
初めまして。一気に読んでしまったですか……ここまで全部は、相当のエネルギー使ったことでしょう。お疲れ様です。その上でレスまでもらえて、作者としては本当に嬉しい限りです。
ブラドーは出オチ職人なだけに、登場シーンにのみ力を注いでますw 彼が事務所の中でどんなポジションを築いていくか――今後の展開を見守ってくださいw
レス返し終了。では次回、ハーピー編でお会いしましょう♪
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