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「二人三脚でやり直そう 〜第五十九話〜(GS)」

いしゅたる (2008-02-22 18:17)
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 おキヌは笛をぎゅっと握り締め、戦いの様子を見守っていた。

 ブラドーが戦いに加わり、戦いの流れは若干の変化を見せ始めた。コウモリを使役したり霧になるといった特殊能力を持つ彼に、勘九郎もいささか困惑気味だ。
 そして、ブラドー以外にも戦う人間たち――横島、雪之丞、かおり、鬼道、唐巣。
 横島は本来、前衛の誰かが怪我を負った時に備え、交代要員として向かったはずだった。予想としては、最も実戦経験の浅いかおりか、疲労が溜まっている鬼道であろうと見ていたのだが――実際に怪我を負ったのは雪之丞であった。だが彼は、怪我で体の左側を満足に使えなくなったにもかかわらずに戦線離脱を良しとせず、なお前衛に留まり続けている。

 そしておキヌは、当初の予定ならば、交代して戻ってきた者にヒーリングを施すはずだった。
 だが――

(……私も……何か……)

 怪我をした雪之丞が戻ってこないのであれば、当然ながら手持ち無沙汰である。
 ならばと思い、彼女はその手に持ったネクロマンサーの笛に口をつけ――

「やめときなさい」

 隣にいる美神に止められた。

「美神さん……」

「それは本来、死者の霊を操ったり鎮めたりするためのものよ。人間も霊魂を内包して存在するものだから、確かに効かないこともないんだけど……死者でない以上、その効果はせいぜい、強力な催眠波って程度ね。それが普段の勘九郎ならともかく、魔装術を纏った今のあいつに効くと思う?」

「でも、動きを鈍らせるぐらいなら……」

「一瞬だけならもしかしたら……ね。でも、その一瞬に出来た隙に倒せなかったら、あいつはきっと耐性をつけて、二度とかからなくなる。それどころか、横島クンたちを振り切ってこっちに襲い掛かってくるかもしれない」

「そんなこと……」

 言いかけ、おキヌは口をつぐんだ。
 ないとは言い切れない。そしてもしそうなったら、魔装術で防御力を増している自分はともかく、隣にいる美神はどうなるだろう?
 聞けば彼女は、現在霊能力を失っているらしい。そんな美神が勘九郎の攻撃を受ければ、ひとたまりもあるまい。

 と――

「私のことが心配?」

 彼女の視線の意味に気付いたのか、美神がそんなことを訊ねてくる。
 しかしおキヌがそれに答えるより先に、美神は続けて言葉を吐き出した。

「ま、そりゃそーよね。私の現状を知ってるなら。……でも、私は美神令子よ? 何の対応策もなしにこんなところまで来るほど向こう見ずじゃないわ」

 言いながら、彼女は懐から一つの箱を取り出した。

「それは……」

 美神が手にしているものには、おキヌ自身見覚えがある。とはいえ、表面に太文字で堂々と『薬事法違反品』と書いてあるその箱を見て、思わず顔を若干引きつらせてしまうのは仕方なかったが。
 だが内心では、感嘆の声を上げていた。さすがは美神令子といったところか――こんな裏技、そうそう思い付けるものではない。

(やっぱり、美神さんは凄い……)

 彼女は力を失ってなお、自分を見失っていない。最低限の防衛手段は確保し、その上で一歩引いた視線から戦いの趨勢を見極めようとしている。自分に出来ることをやっている……ただそれだけなのに、おキヌにはそれが実行出来る美神が眩しく見えた。
 美神に倣えば、回復役としてこの場に待機するのが自分に出来る精一杯であり、またそれは、戦闘において重要なポジションであることもわかる。

 ――だが――

(……本当に、それだけしかできないの……?)

 笛を握り締め、自問する。
 自分も何か、他に出来ることはないのか? 前衛として頑張っている皆の――横島の隣で戦うことはできないのか?

 ――それが欲張った考えであることは自覚している。

 自覚しているのだが……何もしないでいるのは不安なのだ。
 このまままた、月の時のように、アシュタロスとの戦いの時のように、どんどんと置いてけぼりにされてしまいそうで。
 だが、現状で自分に出来ることは少ない。下手に動くこともできない。
 感情と実情の板挟み。解消できないジレンマ。おキヌの心に、もどかしさだけが募る。見てるだけしかできない自分に、腹立たしささえ覚える。

 と――

「…………?」

 ふと引っ掛かりを覚え、彼女は勘九郎に意識を集中させる。
 手に持った大刀を、薙ぎ、切り上げ、振り下ろす。霊波砲さえ交えて繰り出されるその攻撃は、一撃一撃が必殺の威力を持ち、それだけでも前衛組の緊張感は相当のものだろう。
 そんなことを考えている間にも、勘九郎の斬撃は止まることなく――

(そうだ……あの刀!)

 そこで、おキヌは引っ掛かりの正体を掴んだ。
 彼女の記憶の限りでは、勘九郎はあんな大刀は所持していなかったはずである。しかし、逆行前の記憶も含めて思い起こしてみると、勘九郎があの姿になった時は、必ずと言っていいほどあの大刀を持っていた。

(ってことは、あれも魔装術の一部……!?)

 そのことに思い至り、おキヌは自分の腕――正確には、自身が纏っている魔装術――に視線を落とす。そして、その手に握ったネクロマンサーの笛が視界に入った時、彼女の脳裏に天啓のようにある考えが閃いた。

(できる、の……?)

 自問し、その考えを検証する。
 出来るか否かといえば、霊体のことを熟知していて霊波のコントロールも得意である自身のことを考えれば、おそらくは高確率で可能だった。
 だがそれによってどのような結果が引き起こされるかは、ある程度の予測はできるものの、実質は未知数である。

(でも……やってみる価値はある!)

 そう結論付け、おキヌは静かに目を閉じ、意識を集中させた。
 一度魔装術を解いて白龍会の胴着姿に戻り、術の構成を意識して再構築し――

「お、おキヌちゃん、それは……!?」

 彼女の手の中で起こった変化を見た美神は、驚愕に目を見開いた。


   『二人三脚でやり直そう』
      〜第五十九話 誰が為に鐘は鳴る! 二日目・12〜


 無数のコウモリが、勘九郎の視界を覆い隠す。

『くっ……この!』

 勘九郎を囲んで展開するコウモリを、彼は大刀を振り回して散らそうとする。だがその瞬間、不意にその囲いの二箇所に穴が開き、それぞれ二種類の霊波砲が勘九郎を撃った。

 ズガンッ!

 着弾と同時、コウモリが散っていく。そして視界の晴れた勘九郎が見たのは、彼に向かって手をかざす、唐巣と雪之丞。

『くぅっ……!』

 勘九郎は二人から視線を外し、顔を上に向けた。そこでは悠然と空中に浮かぶ、ブラドー伯爵。

「……無様な」

『黙りなさいっ!』

 冷ややかな目で見下ろすブラドーの言葉に、勘九郎は激昂した。
 そして、彼の放った極大の霊波砲がブラドーに迫り――

「無駄」

 短く告げ、霧に変化してそれをやり過ごした。

「おりゃああああっ!」

『ちっ!』

 そのモーションの隙を狙い、横島が霊波刀で切りかかる。だが勘九郎は大刀を振るい、その刃を受け止めた。

『……多勢に無勢ね』

 周囲を見回し、勘九郎がぽつりとこぼす。
 霊力の差ゆえに、横島たちは勘九郎に対し、決定的な打撃を与えることはできない。潜在的に強力な力を持っているブラドーも、全盛期ほどの力を取り戻せていない上に日中であることも手伝い、その力は著しく制限されている。
 とはいえ、そのブラドーの操るコウモリは非常に役に立っている。横島たちが戦いやすいように勘九郎をかく乱するその働きは、戦いを消耗戦へと変化させていた。

 そして――消耗戦となった場合。

「弓君……君はそろそろ、下がるべきだ」

「なっ……何をおっしゃるんですか! 私はまだ戦えます!」

 真っ先にリタイヤするのは、最も実戦慣れしていないかおりだった。
 唐巣の言葉に、かおりは気丈にも反発する。だがその息は完全に上がっており、水晶観音もいつ維持しきれずに解けてしまってもおかしくない様子だった。
 実戦の緊張感は、体力以上に精神を磨耗させていた。彼女の実力を考えれば、ここまで怪我もなく戦い抜けたことの方が、むしろ賞賛に値する。

 そして、そんなかおりの様子を尻目に、雪之丞は勘九郎の方を真っ直ぐ見据え――


「――そろそろ、『ちッ、こんなしつこい奴ら知らねーや』とか言って帰らんのか?」

『あたしゃまんがに出てくる不良かいっ!』


 本気なんだかボケなんだかわからない台詞を吐く雪之丞に、仮面の上に井桁を浮かべてツッコミを入れる勘九郎。

「あんまりねばってると、魔装術がお前に残ってる最後の理性まで奪っちまうぜ……!」

『ふん……』

 雪之丞の警告に、しかし勘九郎は鼻を鳴らすのみだった。

『人間の理性なんてものは――』

 言いながら、雪之丞たちに向かって手をかざす。
 霊波砲が来る――そう判断し、雪之丞たちは回避準備に入った。


『メドーサ様に付いて行くと決めた時に、既に捨てているわ!』

 ドゥッ!


 叫ぶと同時、勘九郎は霊波砲を放った。


 ――観客席に向かって。


「なっ!?」

 雪之丞が驚愕の声を上げるが、それは他の一同も同じだ。そして彼の放った霊波砲は、遮るものもなく観客席に突き刺さった。

 ズガァンッ!

 霊波砲の着弾による爆発音と共に、そこにいた観客達の悲鳴が木霊する。粉塵が一瞬その場を覆い隠すが、それが晴れた時、その場には折り重なって倒れる何人もの人間の姿があった。
 その様子を見た会場にいる他の観客達は悲鳴を上げ、蜘蛛の子を散らすように、我先にと逃げ始めていた。

「て、てめぇ……!」

 雪之丞が勘九郎を睨みつける。しかし勘九郎は動じた様子もなく、その視線を受け流していた。

『甘いわね、雪之丞……この程度で怒るなんて。ほら、次いくわよ……』

 言いながら、勘九郎はその手を一番近くの観客席に向けた。雪之丞が、「させるか!」と叫び、勘九郎に向かっていく。
 その一方で、横島は勘九郎が手を向けた先を見ていた。

 ――そこにいたのは――

「――――ッ!」

 横島は考えるより先に飛び出した。直後、雪之丞の攻撃も間に合わず、勘九郎の霊波砲が発射される。当然ながら、横島の足では霊波砲のスピードに追いつけない。
 霊波砲が観客席に迫り、そして――


 ズドムッ! ズガァンッ!


 爆発音は二回だった。霊波砲が着弾した観客席は粉塵に包まれ、先ほどと同じくその場を覆い隠す。そして、その粉塵はすぐに晴れ――

『…………っ!?』

 雪之丞の攻撃を受け止めていた勘九郎が、驚愕した様子でその動きを止めた。
 彼の視線の先では六角形の霊力の盾を手に構えた横島が、背後にいる二人の観客を守る形で立っていた。

 どう考えても間に合うタイミングではなかったはずなのに――である。

「よ、よこし、ま……?」

「横っち……」

「二人とも、大丈夫か?」

 彼がかばった二人――それは、夏子と銀一だった。
 驚愕に目を白黒させる二人に、横島は真剣な声音で問いかける。その問いに、銀一は「あ、ああ。大丈夫や……」と、いささか困惑した様子で答えた。

「ウチらを……かばってくれたんか?」

「当然だろーが。……とにかく、ここは危険だから、安全なところまで避難しててくれねーか?」

「あ、うん……その……ありがと、な」

「気にすんなって」

 頬を上気させて礼を言う夏子に、横島はニッと笑い、観客席の下に飛び降りる。

『……危ないタイミングだったな』

「久々だったからなー。うまくいって良かった」

 心眼の言葉に、横島はそう返した。

 今しがた彼がやったのは、彼が以前『サイキック・バースト・ハイジャンプ』と名付けた技である。足元にサイキックソーサーを展開してそのまま地面に叩き付け、その爆風によって文字通りの爆発的な加速力・跳躍力を得るというものだ。
 以前であれば、その爆風で片足が大きな傷を負ってしまっていたのだが、今回は心眼が霊力コントロールの補助を行ってくれたため、その爆風を受け止めるもう一枚のサイキックソーサーを展開することができた。それによって横島は、片足を犠牲にすることなく勘九郎の霊波砲を追い抜き、夏子たちをかばうことに成功したのである。

 ……とはいえ、使うサイキックソーサーは二枚。同時展開のせいで個々に回す霊力が多少低かった等、細かい差異を抜きにして考えれば、逆行当初の全霊力に匹敵する消費量である。怪我を抑えられるようになったのはいいが、結局コストの関係で実用的とは言えないだろう。

「……そろそろ引いてくれると楽なんだけど」

『確かに、引くとしたらここらが頃合であろうな。逃走の隙を作るという意味では、勘九郎は既に役目を果たしている』

 そんなことを話し合いながら、横島は勘九郎の元へと戻って行った。


「……横島」

 ぽつりと彼の名をこぼしながら、夏子は去っていく横島の背中を見送っていた。

(あかん……なんやこれ……し、鎮まりぃや)

 とくんとくんと高鳴る心音に、夏子は心中で自らの心臓を叱咤する。
 今のは、突然降って湧いた危機に対し、心拍数が高まっているだけだ。決して横島の背中が格好良かったとか、そういうのではない。吊橋効果なんて、わかってて引っ掛かるような間抜けはしない。したくない。
 自身にそう言い聞かせる夏子だったが――

「……夏子、行こう」

「うん……」

 手を引く銀一に、夏子は素直に頷いて会場の出口に足を向けた。
 その際、ちらりともう一度横島を見る。

(あかんよ、横島。ウチ、もう一度本気になってまう……)

 胸中でそうつぶやくと、彼女はその心を振り切るかのように走り出した。


「メドーサ……! 今すぐ彼を止めなさい! これ以上犠牲者を出して、あなたに何の利があるというのですか!」

 ついに無関係の一般人にまで手を出し始めた勘九郎を見て、小竜姫は目の前のメドーサに食って掛かる。

「ふん……メリットの有る無しは関係ないね。クズがどれほど犠牲になろうと、私にゃ興味ないことだ。それよりも、お前はどうなんだい? 勘九郎の攻撃から、クズどもを守りに行かなくてもいいのかい?」

「…………」

 問い返すメドーサの言葉に、小竜姫は一瞬、心を動かされそうになる。
 だが、鼻を突く血の臭いが、それを押し留めた。先ほど、華が流した血の臭いである。ここでメドーサのマークを外せば、どうなるかわかったものではない。

「私があなたの抑えをやめれば、それこそ犠牲が増えるのでしょう?」

「ふふん……大を生かすために小を見殺しか。随分と御立派な神族様だね」

「……ッ!」

 その皮肉に満ちた台詞に、小竜姫はギリッと奥歯を噛み締める。今にも斬りかかりたい衝動を、彼女はどうにかして抑えるのに、内心で必死になっていた。
 本人が言っていた「人間を盾にすることなんか何とも思っちゃいない」という言葉は、考えるまでもなく本心だろう。二人が戦闘を始めればどうなるかは、火を見るより明らかだった。

(事態の変化が欲しい……この膠着状態を解くような変化が!)

 彼女は胸中で、そう強く願った。


「…………」

 そして――そんな二人の様子を遠目に伺うのは、ブラドー。

「どないした、ブラドーはん」

「ふん……」

 その様子を訝った鬼道が尋ねるが、彼は鼻を鳴らすだけで答えなかった。次いで美神の方に視線を向け、「ふむ」と顎に手を当てて何やら考え込む。
 と――

「おい、吸血鬼の旦那! コウモリの動きが悪くなってるぞ!」

 雪之丞の文句が飛んできた。他に気を取られた分、コウモリのコントロールがおろそかになっていたようである。
 が――ブラドーはそんな雪之丞は無視し、彼と対峙している勘九郎を一瞥する。

「飽いた」

『…………?』

 ブラドーが短く吐き捨てた。勘九郎はその言葉の意味を測りかね、頭上に疑問符を浮かべた。
 ブラドーがサッと右手を振る。すると、その場にいる味方一人一人の頭上に、一匹ずつコウモリが止まった。そして彼は、ニィッと不敵な笑みを浮かべる。

「貴様ごとき魔物のなり損ない、余が相手するまでもなし」

『なり損ない……ですって!?』

 そして吐き出された侮蔑の言葉に、勘九郎が激昂する。だがブラドーはその怒号も軽く流し、無言で体を霧に変えた。
 彼はそのまま空気の中に解けて消え、コウモリも一斉に飛び、散っていった。再び実体化する気配も見えない。

「まさか――逃げた!?」

 雪之丞がその顔を怒りで赤くする――その時。


 ――しばし耐えよ――


「!」

 勘九郎以外の全員の脳裏に、そんな言葉が響いた。直後、彼らの頭上に止まっていたコウモリも飛び立ち、いずこかへと去っていく。

『鼻につくヤツだったわね……吸血鬼って、みんなああなのかしら?』

 その場にいた人間で、唯一ブラドーの今の言葉を聞かされていなかった勘九郎が、そんな苛立った声を上げる。

『なんにせよ、残念だったわね。増えた味方がいなくなって、さっきと同じ状況。……でも、私もこれ以上あなたたちと遊んでるつもりはないわ。潰せる奴から、順番に葬ってあげる……!』

 その台詞に、全員身構えて集中する。
 潰せる奴から――そう言った以上、最初に狙うのは最も力量の低い者だろう。彼が宣言通りに行動する保証などないが、警戒しないに越したことはない。全員がそう判断し、かおりの傍に寄る。
 無論、かおりはそう判断されたことに不満を覚える。しかし現実は腹立たしいほどに非情であり、このメンバーの中でかおりが最も力量が低いのは、本人も自覚するところだった。ゆえに彼女は、弓家の跡取りとしてのプライドが傷付けられているのもぐっと我慢し、甘んじてこの状況を受け入れる。


 が――


 勘九郎の行動は、彼らの予想の斜め上を行くことになる。


 ダッ――!

「なっ!?」

 勘九郎が突然違う方向に走り出したのを見て、一同に驚愕が走る。
 そして――彼が向かっていった方向は。

「おキヌちゃん! 美神さん!」

 後方に下がっていた二人がいた。
 横島は二人の名を呼び、勘九郎の後を追おうとする。
 が――その時彼は、二人と目が合った。


 ――大丈夫、任せなさい――


 自信に満ちた力強い瞳。彼女がそう言っているのが横島にはわかり、その足を止めた。

「どうしたんですか横島さん! 勘九郎を追わないと!」

「……大丈夫だよ、美神さんなら」

 理由はわからなくても、あの人がそう言うなら絶対大丈夫だ。
 はやるかおりを制し、横島は自信を持ってそう答えた。


「美神さん、おキヌさん……!」

 標的を変更して二人に襲い掛かる勘九郎を見て、小竜姫は二人の身を案じ、声を上げる。
 だが、助けに行くことができない。そのジレンマに陥っている小竜姫の表情を見て、メドーサは暗い笑みを浮かべた。

「くくっ……」

「……っ!」

 そのくぐもった笑い声に、小竜姫はメドーサに視線を戻した。
 だが次の瞬間、その顔が怪訝そうに眉をひそめた。その表情の変化に不自然なものを感じたメドーサは、ぴたりと笑みを消し――

 ――刹那。


 バサバサバサバサッ!

「!?」


 唐突に、無数の羽音がメドーサの耳を打った。彼女は反射的に、音のした方――背後へと視線を向ける。
 そこでは、無数のコウモリが、すぐ近くで一箇所に固まっているところだった。

「これは……あの吸血鬼か!」

 吐き捨て、刺叉を振るう。一箇所に固まっていたコウモリたちは散り散りになった。

(これは囮……狙いは私の目が背後に向いた一瞬だ! ってことは……死角!)

 そう判断したメドーサは、散っていくコウモリたちには一瞥もくれず、小竜姫の方に視線を戻し――


 ――カプリ。


「…………っ!?」

 首筋に刺される痛みを感じ、思わず硬直する。
 だがそれも一瞬のこと。メドーサはその正体が背後にいることを察し、刺叉を再び背後に向かって振るった。しかし刺叉を振るった時には痛みの原因は既になく、その反撃もむなしく空を切った。
 そして、振り向いたその先にいたのは――刺叉の間合いの外にいる、黒いマントに身を包んだ吸血鬼。その口元は伸びた牙がむき出しになっており、紫色の血がわずかに滴り落ちている。

「残念だったな……正解は正面、霧になってコウモリたちの中に紛れていたのだ」

「貴様……私を噛んだな?」

 メドーサは背後にいる小竜姫を気にしながら、眼前のブラドーを睨みつける。彼はメドーサの問いに、当然とばかりに頷いた。

「うむ。さすが、魔族の血は格別に魔力が濃い。処女でないのが残念ではあったがな」

「そりゃどーも。けど、私の血を吸ってどうするつもり? 言っておくけど、吸血鬼ごときに支配されるほど、私は低級じゃないよ」

「そのようなことは百も承知。余は貴様から受けた借りを返しに来たのみ……だが」

 言いながら、ブラドーの血の色の瞳が、金色に輝いた。それを受け、メドーサは「ちっ」と舌打ちし、大きく真横に飛んでブラドー、小竜姫の両方から距離を取る。

「……私に魔力を送って、一体何のつもりだい? 支配力を強めたところで私を支配できないのは、百も承知だったんじゃないのか?」

「無論、前言を翻すつもりはない。しかし貴様は、余が支配力を強めればそれに抵抗し、力を割かなければならぬのであろう?」

「はっ……そんなの、どれほどの労力がいるってんだい。いくら吸血鬼の吸血行為による支配力が飛び抜けて強いとはいっても、日光に耐えるのに力の大半を割いている今の状態じゃあ、無意味なことだよ。レジストにかける力は、10……いや、5%もいらない」

「それだけ貴様の力を削ぐことができるのならば、それで十分」

「……何?」

 嘲笑するメドーサに、しかしブラドーは満足げに頷く。その様子にメドーサは眉根を寄せたが、ブラドーがちらりと小竜姫の方に視線を向けたのを見て、彼の狙いに気付いた。

「お前……まさか?」

「5%と言ったな? その5%、貴様と小竜姫との間で、どれ程の差になる?」

「……感謝します、ブラドーさん」

 ブラドーがそう言うと、小竜姫が礼を言い、その手に持った神剣をチャキッと鳴らした。
 見れば、試合場の方では何がどうなったのか、勘九郎がうずくまって包囲されている。自分と勘九郎、どちらも不利な状況に陥っていることを察し、メドーサはもう一度舌打ちした。

「さあメドーサ……今度こそ、往くことも退くこともかなわぬと心得なさい。あなたはもう終わりです」

「冗談じゃないね……」

 小竜姫の宣言に、メドーサは忌々しそうに吐き捨てた。


 ――時間は少々巻き戻り――


『美神令子……メドーサ様に手傷を負わせた人間の一人!』

 ブラドーがメドーサの背後に忍び寄っているその頃。
 勘九郎は美神とおキヌの方に走りながら、真正面に美神を見据え、口を開いた。

『でもどういうわけか、この期に及んでも戦闘に参加するどころか、霊力を高める気配もない! いえ、それどころか今のあなたの霊力、一般人以下よ!』

「……気付いていたんだ」

 迫り来る勘九郎に対し、美神は動くことすらせずにその言葉を肯定する。

『理由はわからないけど……美神令子! 今のあなたは戦えない! 霊力を使えない! なら!』

 言って、勘九郎がその手に持った大刀を振り上げ、美神に向かって振り下ろす。
 と――その時、美神の両の瞳孔が、爬虫類のように縦に割れた。

 すると――


 ――シュンッ――


 ――その瞬間、美神の姿が彼の目の前で消えた。

『消えた!?』

「後ろよ」

 驚愕する勘九郎の背後から、美神の声がかかる。
 そして、勘九郎がその声に振り向くより早く、美神は縦に割れたままの瞳で勘九郎を睨みつけ――


 ドカンッ!

『がぁっ!』


 物理的なものでもなければ、霊力によるものでもない、正体不明の未知の衝撃。それを無防備な背中に受けた勘九郎は大きなダメージを受け、がくりと膝をついた。

「今よ、おキヌちゃん!」

「はいっ!」

 間髪入れず、美神が大声でおキヌに指示を飛ばし、おキヌも負けないほどの大きな声で元気良く頷いた。そして彼女は、手に持った笛に唇を寄せる。

 が――


 彼女が持っていた笛は、ネクロマンサーの笛ではなかった。


 それは、羽ペンを連想させる形状をした、純白の笛。
 おキヌはためらいもなく、その笛に息を吹き込む。


 ピュリリリリリリ――!

『ぐぅっ!?』


 しかし、鳴り響いた音色は、紛れもなくネクロマンサーの笛のそれであった。放たれた音波は勘九郎を包み込み、霊波の渦がその体を縛り上げる。
 すぐに立ち上がろうとした勘九郎だったが、それさえもできず、その場に跪いた体勢で硬直するしかなかった。

『な……何、この、霊波は……!?』

「私たちを甘く見たあんたの負けよ」

 音波のもたらす重圧に困惑する勘九郎。そんな彼を見下ろす美神は、得意げに笑って『カタストロフ−A』と印字された箱をその手で弄んでいた。
 そして、横島たちも彼女の方へとやってきて、円になって勘九郎を取り囲んだ。その間も、おキヌは笛を吹き続けている。


 ――おキヌが吹いている純白の笛。

 それは、なんてことはない――魔装化したネクロマンサーの笛であった。


 ――あとがき――


 ……あれ? ギャグがほとんどないぞ?

 などと首を傾げつつも、五十九話をお贈りします♪
 やっぱり一話じゃ収まり切らなかったので、GS試験編は次回まで引っ張ることになっちゃいました。でもこのまま行けば、次回で一話分の尺を確保できるかどうか……いや、たぶん大丈夫かな?
 そしておキヌちゃんのパワーアップの本命は、笛の魔装化でした。賛否両論覚悟して出したおキヌちゃんの魔装術は、このための伏線だったわけです。完全に後衛向きのおキヌちゃんに前衛向きの魔装術は、そのままではほとんど意味ないですし。
 魔装化した笛の詳細な設定は、次回にでも語れればいいかなーと思います。……けどまあ、魔装術の効果は既に説明してあるので、必要ないかもしれませんがw

 ではレス返しー。


○1. 良介さん
 やはり忘れ去られてましたか、ブラドーw 陰念の扱いはだいたいこんなもんですw

○2. チョーやんさん
 横島は戦闘中でもボケてみせるキャラですので。それで相手のペースを乱せれば大成功ですが、ただ引っ掻き回すだけで意味のないことも多々あるんですよねーw おキヌちゃんの下着はまあ、ご想像にお任せ♪

○3. 117さん
 ブラドーの復活ですが、実はなにげに灰になってからの復活サイクルが短くなっていってたの、気付いてたでしょうか? だんだん力を取り戻しているってことを暗に示していたんですが、まあ普通は気付きませんよね(^^;

○4. sinkingさん
 出す予定自体は最初からあったんですがねー。本文中でほとんど出てなかったせいで、読者の誰もが忘れ去る事態になったようでw

○5. 白川正さん
 かおりはぶっちゃけ、勘九郎と戦えるレベルじゃありません。無理、無茶、無謀の三拍子揃ってますが、さすがに育ちを考えたら、そこで退く性格ではないと判断しました。
 あと唐巣の攻撃ですが、敵味方識別なんてゲームみたいな便利能力はないというのが私の考えですので、「勘九郎に使った→人間に効く攻撃だった→かおりや雪之丞にも効く攻撃だった」という解釈です。まあその辺は、個人的解釈の範疇に入るでしょうけど。
 ちなみにブラドーの日光対策は、白川正さんの言ってる装備は覆面以外は既にやってました。ピートに剥がされて灰になってましたがw ハイ・デイライトウォーカーの設定はこの作品固有のものですが、原作では語られていなかっただけで、あるとも無いとも言ってないんですよね。そこもやっぱり、個人的解釈の範疇に入ると思います。

○6. Tシローさん
 ああやっぱりブラドーを忘れてましたかw 勘九郎のアレは、まあぶっちゃけ「ハンドル握ると性格変わる」ってやつと同じに見ていいんじゃないかなーと思ったり(ぉ

○7. 山の影さん
 ブラドー忘れてた人の多いこと多いことw まあ、そう思ったからこその美神の台詞だったんですがw ……それはそれとして、ピートのこと、すっかり忘れてた。どうしよう(酷
 雪之丞と陰念は、一応資格剥奪は無しの方向に持って行きたいと思ってます。

○8. kurageさん
 天龍の時といい、ブラドーは出オチ職人になってる気がしますがw これからもこっそり応援してください♪

○9. Februaryさん
 おー。今月はお誕生日でしたか。おめでとうございます♪ 伯爵は今回、地味にいい仕事してくれてますw ピートにゴミ箱に捨てられていたことさえ、読者に忘れ去られていたくせに(酷

○10. 秋桜さん
 ああなるほど。そういう事情でしたか。あそこの対応は酷いらしいですねー。
 華さんのことは、確かに神父の落ち度な気もしますが……まあ遠隔操作できる以上、どこにあっても変わらないかとw あとブラドー粗大ゴミにしちゃダメです。確かに父親とゆーのは家庭の粗大ゴミ扱いされることもありますが(マテ


 レス返し終了ー。では次回、長かったGS試験編が終わります。
 ……こんな流れになっちゃいましたけど、メドさんたちはきっちり逃走しますので御安心を。

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