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「二人三脚でやり直そう 〜第五十八話〜(GS)」

いしゅたる (2008-02-15 18:07/2008-02-16 09:26)
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 ――時間は数分遡る――


「美神さん! それに皆さんも!」

「おや? 雁首揃えて、何の用だい?」

 GS試験会場観客席。そこにやってきたメンバーを見て、小竜姫は腰を浮かし、メドーサは薄く笑った。
 美神を筆頭に、唐巣、横島、おキヌ、愛子がいる。その五人を見て、メドーサはふと笑みを消し――不可解そうに眉根を寄せた。

「…………なんか一人だけ、さっきより重傷になってないか?」

『気にするな』

「あ、そう」

 その一人とは、横島のことである。ゾンビかと思うぐらいに血まみれの顔だったが、その腕についている目玉付きの腕輪――心眼は、そんな宿主の惨状を華麗にスルーする言葉を吐いた。メドーサもその言葉に、それ以上の興味を失った様子である。
 ……心眼にそんな扱いをされた横島は、目の幅一杯に涙を流していたが。

 ――ともあれ彼女たちがここに来たのは、自分たちの行動がおおむね上手く行っていることが理由だった。

 それはすなわち、メドーサのアドバンテージが確実になくなっているということでもある。彼女が全てのアドバンテージを失った時、一体どういう行動に出るか……わかるとまでは言わないまでも、いくつかのパターンは予想できる。
 メドーサがどんな手段に訴えようと、美神たちは即座に対応できるようになっていなければならない。だからこそ、彼女たちはここに来ていたのだ。

「私たちが何の用か……あんたにはわかってんじゃないの?」

「ふん……じゃあやっぱり、東京シティホテルのビッグ・イーターどもを攻撃しているのは、お前たちの差し金かい」

 言って、彼女は横島の隣にいるおキヌに視線を向ける。

「そして――」

 メドーサがおキヌに向かって口を開いたその時。

 ――♪〜 ♪〜〜 ♪〜――

 場違いなメロディが流れ、メドーサはその口を閉じた。そして、水を差されたとばかりにその音源の方を睨みつける。
 そこにいたのは、愛子だった。メドーサの視線に射竦められ、ひっ、と息を飲む彼女の前に、美神が移動してその視線を遮る。

「出て」

「あ、はい」

 メドーサから視線を外すことなく出された指示に、愛子は頷いて携帯電話を取り出し、通話ボタンを押した。メドーサから視線を外して話し出す愛子を見て、メドーサは「ちっ」と舌打ちし、仕切り直しとばかりにおキヌに視線を戻す。

「……それで、キヌ。お前は人質が解放されそうだから、そっちに戻ったってのかい?」

「…………」

「そりゃそうか。お前は元々そっち側の人間だし、人質がいなければ私に加担する理由もない。……けど、お忘れかい? 私の手の中には、人質がもう一人いるってことを」

 嘲笑を浮かべてそう言い、メドーサはハンドバッグを開き、その中に手を入れる。
 が――

「…………?」

 その顔から笑みが消え、代わりに訝しげに眉根を寄せた。その表情を見た美神は嘲笑を浮かべ、唐巣に目配せする。
 唐巣は一つ頷いて――

「……メドーサ。お前の探しているものは、これかね?」

 言って、懐から華が入っている水晶玉を取り出した。それを見たメドーサは、虚を突かれたかのような表情で目を丸くした。
 と――その時。

「美神さん! 電話、一文字さんからでした! エミさんたちが、東京シティホテルの人質の全員解放に成功したって!」

 メドーサに更なる追い討ちをかけるような報告が、まるで測ったかのようなタイミングで愛子の口から飛び出してきた。

「なっ……」

「一文字さんから……? そう。あの子、あっちに行ってたのね……まあいいけど」

 絶句するメドーサを横目に、美神は内心で心地良い爽快感に浸りつつも、それを表に出さずにそうつぶやいた。
 そして、視線をメドーサの方に戻す。

「さあ、どうする? 雪之丞はこっちで確保しているし、あんたの悪巧みはすぐに白日の下に晒されることになるわ。おキヌちゃんたちを脅していた材料も、全部こっちにある。……手詰まりじゃないかしら?」

 ニヤリと不敵に笑って言う美神に、メドーサは顔をうつむかせて「くっ……」とうめいた。

 勝った――美神はそう思った。

 ここでメドーサが強硬手段に訴えたところで、小竜姫と自分たちが囲んでいる現状ならばそうそう負けはしない。自分が不利であることは彼女自身も承知しているだろう。俯いたあの顔には、きっと悔しげに歪んでいる。

 が――美神のその予想は。

「くっ……くっくっくっ……」

 メドーサの暗い笑い声によって、裏切られる。

「くっくっくっ……あはははは……あっはっはっはっはっ!」

 少しずつ顔を上げ、くぐもった笑い声がだんだんと哄笑へ変わっていく。その顔には険が浮かび上がり、凄絶な眼差しで美神たちを睨みつけていた。
 その様子に、小竜姫はメドーサと美神たちの間に割って入り、神剣を抜いて警戒する。

「くくっ……面白い。面白いねぇ……一体、いつの間にそれを掠め取って行ったんだい?」

 だがメドーサは、そんな小竜姫は無視し、その後ろにいる美神に問いかけた。

「……いつだっていいでしょ。今、私たちの手にある。それだけが事実よ」

「ふん……確かにね。素直に感心するよ。この私を、ここまで出し抜くなんてねぇ……だけど!」

 言って、メドーサは左手を開き、手の平を上に向けて五指をわずかに曲げた。
 ――まるで、その手で『何か』を握っているかのように。

「それだけで安心しているから、お前らは――」

 言いながら、その指に力を込める。

 ――ピシッ――

「!」

 同時、響いてきたその音に、美神はハッとなって唐巣の方へと視線を向ける。
 その手にある水晶玉には、いつの間にかヒビが入って――

「ま、まさか――!?」

 美神が声を上げた、その瞬間――


「甘ちゃんだってんだよ!」

 ッシャアアアアァァァァァン!


 メドーサがグッと指を閉じて拳を握ったと同時、唐巣の手の中にあった水晶玉が、粉々に砕け散った。

 突然の出来事に、呆然となる一同。唐巣の手の平から、水晶玉の欠片がぱらぱらと零れ落ちていく。
 そして、床に降り注いだ水晶の欠片が光を放って全員の視界を奪い――その光が収まった時、そこには全身を真っ赤に染めた華が横たわっていた。

「あ……」

 それを見たおキヌが、ふるふると震え出す。顔を絶望に染め、震える手で自らの顔を覆う。その彼女の背後では、かおり、雪之丞、冥子の三人が、愛子の中から出されていた。
 おキヌの視線の先にいる華の下からは、真っ赤な血がゆっくりと床に広がって行き――


「嫌アアアァァァァーッ!」


 彼女の絶叫が、会場を奮わせた。
 メドーサはそれを満足げに見届け、おもむろにその視線を試合場の方へと向ける。

「勘九郎!」

 その声に、試合場の勘九郎の動きが止まった。

「茶番は終わりだ! もう遠慮はいらない……存分に暴れなさい!」


 ――そして、その声が届いた試合場では――

『……残念ね……これで終わりらしいわ……』

 メドーサから肉声での指示を受けた勘九郎は、そう言って肩をすくめた。
 が――その合間合間に、『ヴ……ヴヴ……』と、ノイズのような低いうめき声が聞こえる。その様子を前に、鬼道は油断なく構えていた。

「お前……?」

 鬼道が眉根を寄せた――その時。


 ドォン!

「なっ!?」


 ノーモーションで放たれた霊波砲が、鬼道を巻き込む形で夜叉丸に襲い掛かった。
 着弾の爆発に、一瞬視界が遮られる。だが勘九郎は、鬼道に追撃することなく、その手に持った大刀で背後の結界を切り裂いた。

「か、鎌田選手! 何を……!」

『うるさいわよ……』

 その突然の行動に審判が止めに入ろうとするも、勘九郎がおもむろに放った霊波砲によって、吹き飛ばされた。

『人間ごときが……下等な虫けらが、この私に指図するんじゃないよ!』

 そう言って、ゆうゆうと結界から出る勘九郎。先ほどの攻撃で床に膝を付いた鬼道は、予想以上のダメージを受けて思い通りに動かない体に舌打ちし、その背を見送っている。

「くっ……あいつ、まさか既に人間やないって言うんか……!?」

「し、試合中止! 実行委員! 鎌田選手を取り押さえろーっ!」

 鬼道の隣まで転がって来ていた審判が、動かない体に鞭打って、周囲のスタッフに大声で呼びかけていた。


 ――美神たちから少し離れた、観客席の一角――

「な、なあ銀一……もしかして、何やトラブルあったんかいな……?」

 夏子は事情を知らされないまま、横島たち一行から離されていた。遠目に見ている横島たちのただならぬ様子と、にわかに騒がしくなった試合場の様子に、彼女は不安顔で隣の銀一に訊ねる。

「ええから、全部横っちたちに任せとけ。心配あらへん、あいつなら大丈夫やから……」

 今にも駆け出しそうな夏子の手を握る銀一の手は、わずかに震えていた。


   『二人三脚でやり直そう』
      〜第五十八話 誰が為に鐘は鳴る! 二日目・11〜


「さて、どうする?」

 嘲笑を浮かべ、メドーサが問いかける。その手には、既に意識下から呼び出された刺叉が握られていた。

「くっ……冥子! その子の治療を最優先! 愛子は冥子が落ち着いて治療できるように、二人を中に入れて!」

「わかった〜!」

「はい!」

 美神の指示に、愛子は机の中から腕を伸ばし、華と冥子とショウトラを中に入れた。

「ふん、無駄なことを……あれで生きてるわけがないだろう?」

「…………っ!」

「……っざけんじゃないわよ、この蛇おばん!」

 メドーサの嘲笑に、おキヌはビクッと怯えるように身を竦ませ、美神が激昂した。だがその剣幕に、メドーサは「おお怖い」と肩をすくめておどけるだけだった。
 不安そうに瞳を揺らすおキヌ。その傍に、そっと横島が近付く。

「……大丈夫だから」

 メドーサの方に視線を固定したまま、囁くような小さな声で、ぼそっと言う。

「大丈夫……きっと大丈夫だ」

「横島さん……はいっ」

 念じるようなその言葉に、おキヌは小さく頷く。不安そうな表情は落ち着きを取り戻している――少しだけ、気持ちが持ち直したようだ。
 一方美神は、メドーサの人をおちょくった態度に「ちっ」と舌打ちした。そして、ちらりと勘九郎が暴れる試合場の方へと視線を向ける。
 そこでは、次々に飛び掛る実行委員会の役員達を相手に、勘九郎が大立ち回りを演じているところだった。

「ここで油売ってていいのかい? どんどん怪我人が出るよ」

 ニヤリと口元を吊り上げ、メドーサが問いかける。しかし美神は、不敵に笑い返し――

「勘九郎一人、実行委員が数の暴力で取り押さえられるわよ。鬼道先生もいることだしね」

「……本当にそう思いますか?」

 自信たっぷりに言った美神に、小竜姫が背中越しにそう問いかける。不穏なその問いに、美神は眉根を寄せて改めて試合場の方へと視線を向けた。

 ――そこでは――

「なっ……!」

 美神は驚愕し、目を見張った。数で勝る実行委員会の役員たちだったが、まるで火の粉を払うかのように一蹴されている。その合間合間に鬼道が夜叉丸で攻撃を仕掛けてはいるが、妙神山での修行をクリアした彼でさえ、勘九郎の前では雑魚同然の扱いだった。
 そこには、美神が言ったような数の暴力という言葉は存在しない。ただただ、圧倒的な力の差があるだけだった。

「な、何あいつ……!? 霊力が強すぎる!?」

「奴は……いや俺たちは、霊力を扱う人間に対し、最も効率良くダメージを与えられるよう修行を積んでいたんだ」

「伊達雪之丞!?」

 突然背後から聞こえてきた雪之丞の解説の言葉に、美神は振り返る。

「俺たちは、いわばゴーストスイーパー・バスター。しかも勘九郎は、一番長くメドーサから修行を受けていたんだ。並の霊能力者じゃ、何人束になったところで勘九郎は止められないぜ」

「雪之丞……お前もそっちにつくのかい?」

 目の前にいるメドーサの傍に寄る様子も見せず、美神たちの後ろで解説する雪之丞を、メドーサが睨みつける。

「最初は美味い話と思ったが……あんたのやり方には、正直言ってもううんざりだ。力を与えてくれたことには感謝するが、俺はもうあんたには付いて行けない」

「恩知らずだね」

「何とでも言え。どうせ、切り捨てるつもりだったんだろ?」

「捨て駒になってでも役に立とうとは思わないのかい?」

「悪いが、俺は勘九郎と違って、命を賭けてまで尽くす義理は感じていないんだ」

 問いかけるメドーサに、雪之丞は淡々と答える。
 しばし、両者の視線が交錯し――

「ふん……」

 メドーサはつまらなさそうに息を吐き、小竜姫に視線を戻した。

「それじゃ雪之丞、あんたはこっち側でいいのね?」

「ああ。勘九郎を止めるんだろ? ……俺も加勢するぜ」

 美神の問いかけに、雪之丞は首肯する。

「それじゃ、雪之丞と……そうね、おキヌちゃんと弓さん、あと愛子もこっちに来て。先生と横島クンは――」

「いえ、横島さんと唐巣さんも、そっちに向かわせてください」

 てきぱきと指示を出す美神に、小竜姫がメドーサから視線を外さないまま、告げた。

「……いいんですか?」

「ええ。これでも武神のはしくれ……以前のような不覚は取りません。それに、相手がメドーサでは、人間の助力はさほど意味を成しません。竜神の装具を身に付けていれば話は別ですが……」

「そう……わかったわ。気を付けて」

「ええ、そちらこそ」

 頷いてきびすを返す美神に、小竜姫も頷く。そして美神は、他のメンバーを促して観客席を駆け下りていった。


 ――ちなみに。

「伊達さん……あなた、今すぐ魔装術を纏った方が良くては?」

「ん? そりゃ戦いになったら纏う気だが……なんでわざわざ今?」

「あなた、自分の今の格好わかってて言ってるんですの?」

「あ」

 かおりにジト目で言われ、トランクス一丁の雪之丞は、微妙に顔を赤らめて慌てて魔装術を身に纏った。


 横島たちがフェンスを飛び降りて試合場に辿り着いた時には、既に立っているのは鬼道一人になっていた。

「……よーやっと来たか」

「まさか、たった一人相手にここまで戦力差があるとは思わなかったのよ」

 息の上がっている鬼道が、美神と短いやり取りを交わす。
 と――

『あらあら……またぞろぞろとやってきたわね』

「勘九郎……!」

 そんな台詞を口にしながら、勘九郎が一同の正面までやってきた。その勘九郎を前に、雪之丞が鬼道より前――最前列に進み出る。

『あら、雪之丞……そう。やっぱりあなた、そっちに付くのね。せっかくメドーサ様から力をいただいたのに、自分で好き好んで虫けらと同じ位置に立つなんて……正気を疑うわ』

「正気、か。そういう台詞は、鏡を見て言うんだな」

『……私は正気よ……』

 言って、勘九郎は大刀を構える。対する雪之丞も構えを取る。
 と――その横に、かおりが並んだ。

「お前……?」

「まさか、一人で戦おうとは思ってませんよね?」

 疑問の視線を送る雪之丞に、かおりは憮然とした表情で返す。

「何のためにこの人数で来たか、お考えになってくださいな。私も弓式除霊術の後継者……前衛ぐらいは務めてみせます。弓式除霊術奥義、水晶観音!」

 かおりは首にかけてた水晶の数珠を手に取り、霊力を込めた。すると数珠が輝き、その光に覆われたかおりは、次の瞬間には六本腕の水晶の鎧に身を包んでいた。

「ちっ……しゃーねえな。足手まといにはなんなよ!」

「なっ……! も、もちろんですわ!」

 吐き捨て、雪之丞は一足飛びに勘九郎へと飛び掛った。いきなり見下されたようなことを言われたかおりは、心外とばかりにその背に怒鳴りつける。

「ならば、後衛は私が務めよう」

 そして、雪之丞を追って駆け出そうとしたかおりの背後に、唐巣がそう言って位置を取った。

「だが弓君、君はまだ修行中の身……実戦経験も浅いだろう。あまり無理はしないことだ」

「御心配なく。こんなことで尻込みしては、弓家の恥……役目は果たしますわ!」

「先達の言葉は素直に従っておくべきだよ」

 雪之丞に言われたことを気にしているのか、肩肘を張って飛び出すかおり。その様子に、唐巣は苦笑した。
 そして、その後ろの横島たちは――

「……じゃ、残った我々は応援するということで」

「お前も戦えーっ!」

「おぶぅっ!」

 ヘタレな台詞を口にする横島に、美神の容赦ない拳が顔面に突き刺さった。

「もう……ダメですよ、横島さん。みんな頑張ってるんですから」

 倒れ伏す横島を介抱するおキヌも、「仕方ないなぁ」と言いたげな表情でそう言う。彼女は既に、魔装術を纏っている状態だった。

「つってもなー」

 だが、横島はなおも渋りながら、戦いの場面を見る。雪之丞を始めとし、かおり、夜叉丸が勘九郎と入り乱れ、そこに唐巣の聖句が力の奔流となって突き刺さっている。

「この上更に人数増えたら、密集率が半端なくなるよ?」

『サイキックソーサーで後ろから……という手もないことはないが、あれは爆発力が高いから、よほど上手くやらねば前衛を巻き込むしな』

 特に激しい動きをしている前衛組には、これ以上の増員は却って邪魔になる。暗にそう言っている横島の意見を、心眼が後押しした。
 だがそれは、美神もとうにわかっていることだった。

「わかってるわよ。でも……たぶん、すぐにあんたの出番になるわよ」

「へ? ……あー、なるほど。そーゆーコトっスか」

 横島は、そう言う美神の目線を追い、その言わんとしていることに気が付いた。そして、「ぐふふ」とヨコシマな笑みを浮かべる。

「……何か余計なこと考えてるわね」

「まあまあ、いつものことですし」

 その様子を見た美神は呆れた声を漏らし、おキヌは苦笑する。彼がこんな顔になった時は、大抵その思惑は失敗に終わるのだが……二人はそれがわかっているのだが、当の本人には自覚はあるまい。

「それじゃ、いつでも行けるよう準備しとかなきゃっスね。……あ、そうそう、おキヌちゃん」

「え?」

 そこで横島は、思い出したかのように上着の内側に手を入れた。おキヌが呼ばれてきょとんとしていると、横島が懐から何かを取り出しておキヌの目の前に差し出す。
 それは――

「ネクロマンサーの笛……!?」

 白龍会の寄宿舎に置いたままにしていた、彼女の愛用の霊具であった。

「昨日の夜、白龍会の寄宿舎に忍び込んでね。部屋の中に残ってたから持ってきた」

「あ、ありがとうござ――」

 自分の最も得意とするもの。それを持ってきてくれたことに礼を言おうとし――その言葉が、途中で切れた。

「……あの、横島さん?」

「ん?」

「これ……確か、たんすの引き出しに入れてたと思うんですが……もしかして……?」

 その問いに、横島がピシッと固まる。
 やばい。地雷踏んだか……? そんな嫌な予感が全身を駆け巡った。

「い、いや、俺じゃない。俺じゃないぞ? 一緒にいたテレサが勝手に物色してたんだ」

 本当である。おキヌの部屋に入ったテレサは、横島を押しのけて「おキヌちゃんのプライベートルーム!」とばかりに鼻息を荒くして物色していたのである。「おキヌちゃんに変態行為したら犯罪者」という認識の横島は止めにかかったが、テレサの勢いは止まらなかった。
 ……ことおキヌに関しては、テレサの変態度は横島を大幅に上回っているということが証明された瞬間であった。

 が――

「本当ですか? 私の下着とか、見てません?」

 おキヌは横島の普段の様子を知っているせいか、その言い訳には懐疑的だ。
 だがさすがに、こんなことでおキヌに疑われたくはない横島としては、首を横に振る以外にない。

「お、おう本当だ! おキヌちゃんが意外に大人っぽい下着を愛用してるなんて、ぜんぜん見てないからな!」

 ……が、語るに落ちるとは、まさしくこのことであろう。

「…………横島さん…………?」

「え? あ……ひぃっ! ち、違う! 違うんだおキヌちゃん! 信じてぇぇぇーっ!」

 たとえ無実――もとい、不可抗力であっても地雷を踏み外さないのは、ある意味さすがと言えた。
 おキヌの『何か』を押し殺した声に振り返った横島は、全身を駆け抜けた悪寒に本能的な危機を感じ、大急ぎで米つきバッタのごとく土下座を始めた。

「……何やってんのよ、あんたは……」

『阿呆だな』

 そんな横島の痴態を、美神は冷めた目で見下ろし、心眼も同じような声音で相槌を打った。

 ちなみに非戦闘員の愛子は、戦いに巻き込まれないようにちゃっかり後ろに下がっていた。


「何をやってるんですの、あの人たちは……!」

 勘九郎と打ち合っているかおりは、背後のそんなやり取りを耳にし、苛立った声を上げた。

「後ろを気にしてる余裕はねえぞ!」

「わかってますわ!」

 雪之丞の叱咤が飛び、かおりは勘九郎の大刀をよけながら怒鳴り返す。大刀を振り抜いて無防備になった脇腹に、雪之丞の拳が強襲する――が、その拳は突き刺さることなく、その固い魔装の鎧に弾かれた。

『ぬるいわね、雪之丞!』

「ちっ!」

 勘九郎の反撃の一振りを、雪之丞は舌打ちしてよける。あの大刀の威力は、見るからにまともなものではない。一撃でも食らうわけにはいかなかった。

「あいつらはあいつらでいーんだよ! わかってんだろーが! こっちがこれ以上増えたら、逆に動きづらくなるって!」

「そ、それはそうですが……!」

「二人とも、無駄話してると舌噛むで!」

 鬼道の叱咤と共に、夜叉丸が勘九郎の頭部に向かって蹴りを放つ。だがそれは受け止められ、夜叉丸は足を掴まれて床に叩き付けられてしまった。

「ぐっ……!」

「鬼道先生!」

「大丈夫や! ボクにかまうな!」

 鬼道は夜叉丸からのダメージのフィードバックに苦悶の声を上げるが、気丈に耐える。
 と――そこに。

「アーメン!」

 唐巣の聖句と共に、霊波の奔流が三人の間を掻い潜り、勘九郎に肉薄した。
 さすがに、ベテランGSとしての戦闘経験は伊達じゃない。唐巣のタイミングは、三人の動きの隙間を見事に見切った、申し分のない完璧なものだった。

 ――だが――

『そんなもの!』

 勘九郎は吼え、回避も防御もできないはずのタイミングで放たれたそれに対し、驚異的な反応速度で腕を振るった。

 バシィン!

「なに!?」

 唐巣は目を見張った。あの一撃には、相応の威力を込めたはずである。防御すらほとんど意味を成さないほどのものだった。
 それが――腕の一振りで、あっけなく弾かれたのだ。

 ――しかも――

「え……!?」

 弾かれたそれが、真っ直ぐにかおりの方へと向かっている。予想外の事態に、かおりの体は咄嗟には動かない。
 あわや直撃――誰もがそう思った、その時。

「ちっ!」

 短い舌打ち。そして、かおりの前に割り込む人影。


 ドォンッ!


 着弾の轟音と共に、煙が視界を覆い隠す。
 全員の動きが止まり、その煙に視線が集中する。やがて、その煙が晴れると――

「……ったく、ぼーっとしてんじゃねえよ」

 左腕を血まみれにした雪之丞と、呆然とするかおりがいた。

「な……なんで私をかばったりしたんですか?」

「さあ? 自分でもよくわかんね」

 かおりが問うと、雪之丞は言葉通りにわかっていない様子で答えた。
 実際のところを言えば、現在の雪之丞は、愛子の洗脳の影響がいまだ残っていた。そのため、かおりに対して強い仲間意識を持っている。今の行動はそれゆえのことだったが――雪之丞自身気付いていないし、かおりもそこまで考えが至っていない。
 ともあれ雪之丞は、怪我を押して勘九郎の方に向き直る。

『わかんないわね……自分より劣る戦力をかばって怪我するなんて、やっぱりあなた、おかしくなってるんじゃない?』

「そーかもしんねーな。だが、悪い気はしねーよ」

 雪之丞はそう言って、右腕だけで構えを取る。
 と――突如、背後からその肩に、ポンと手が置かれた。雪之丞はぎょっとし、肩越しに背後に振り向き――

 ――さくっ。

 その鼻の穴に、指が突き入れられた。

「「…………」」

 無言で見詰め合う、雪之丞と指の持ち主、横島。
 やがて――

「のおおおおーっ! きったねえええええーっ!」

「鼻血がっ! 鼻血がああああーっ!」

 二人同時に絶叫し、悶絶した。横島の指にはでっけーハナクソがついてて、ばばっちいことこの上ない。

『まったく……古臭いギャグをやろうとするからだ』

 心眼の呆れたため息も、二人の耳には届いていない。

「て、てめぇ横島! いきなり何しやがる!」

『うむ。この馬鹿が「弓さんのピンチを救って好感度UP!」などとほざいて鼻息を荒くしていたところを、おぬしに先を越されたので、腹いせに悪戯しようとしていたのだ』

「あ! てめぇ心眼! ばらすんじゃねえ!」

 雪之丞の怒鳴り声に、心眼があっさりと、そして冷静に真実を伝える。その心眼の裏切りに、今度は横島の方が怒声を上げた。

 と――

「横島君! 雪之丞君!」

 唐巣の焦った声が、揉め合う二人の耳を打った。その言葉に、二人は反射的に勘九郎の方へと向いた。
 すると――そこには。

『私を無視して無駄話……随分余裕ね?』

 いつの間にやらかなりの至近距離まで来ていた勘九郎の姿。しかも、右手の大刀を大上段に構え、今にも振り下ろさんとする勢いだった。

「「げ……っ!」」

『死になさい』

 冷徹な死刑宣告。その言葉と共に、大刀が振り下ろされ――

「うおっとぉ!?」

「ちぃっ!」

 横島は大仰に、雪之丞は舌打ちして、咄嗟によけた。

「くそっ! 邪魔だ横島! 下がってろ!」

「そりゃこっちの台詞だ! そもそも俺は、選手交代するために来たんだからな! 怪我人は下がっておキヌちゃんのヒーリング受けてろ!」

 互いに罵り合う二人。だがその間にも、勘九郎が止まることはない。

『この期に及んで、まだ私を無視? 癇に障るわね、あなたたちは……!』

 勘九郎は苛立った声を上げ、更に大刀を振るう。
 が――


 ドォンッ!

『なっ……!?』


 その時、耳をつんざく轟音が、横島と雪之丞の鼓膜を奮わせた。同時、勘九郎が苦痛と驚愕の色に染まった声を漏らす。
 二人は見た。大刀を持つ勘九郎の手に、横合いから霊波の塊がぶつけられたのを。

「神父……!?」

 横島は、その攻撃を放ったのが彼であると当たりをつけ、振り返る。しかし視線を向けられた唐巣は、戸惑った様子で首を横に振るだけだ。

「じゃあ……?」

 鬼道、かおり、おキヌ、果ては愛子や、霊力を失って戦闘に参加できないはずの美神にまで順番に視線を向けるが、いずれも似たような反応だった。

『だ、誰……!?』

 攻撃を受けた勘九郎も、予期していなかった方向からの意外な攻撃に面食らったようで、自分を攻撃した相手の姿を探そうと、視線を巡らせる。
 と――


「余を忘れてもらっては困るな……」


 会場のとある一点から、そんな声が聞こえてくる。

「常日頃、灰になったり鉄砲玉にされたり盾にされたり灰になったりで力を取り戻すのがかなり遅れたが……余は真祖、本来はハイ・デイライトウォーカーだ。ある程度まで力を取り戻せば、日光に耐えることなど造作もない」

 自信と威厳に満ちた声。その声が発せられる場所に、全員の視線が集中した。
 が――

「「「「「「「「『……………………』」」」」」」」」

 その視線は、皆一様に訝しげなものであった。
 ――なぜならそこにあったのは――


 ゴミ箱の口からニョキッと生えた手だったのだから。


 おそらく、今しがた勘九郎を攻撃した霊波は、あの手から放たれたものだとはわかるが――あまりにもシュールな光景に、全員が言葉を失っている。

「……あんた、いたんだ。すっかり忘れてたわ」

「忘れるな! 余を忘れるなァァァーッ!」

 その手の持ち主に見当が付いた美神の、あんまりといえばあんまりな言葉。その台詞に、声の主――ブラドー伯爵は、ガタンとゴミ箱を蹴倒しながら勢い良く飛び出してきた。
 ……まあ、その頭に魚の骨やらバナナの皮やらがついているのは、御愛嬌。

「ま。まあまあ……美神さんだって、悪気があって言ったわけじゃないと思いますよ。読者さんたちの気持ちを代弁しただけで」

「おキヌちゃん、それむしろトドメ刺してるから……」

 おキヌのその言葉に、横島は後頭部にでっかい汗を垂らしてツッコミを入れた。そしてそんなフォローになってないフォローに、ブラドーはだばーっと目の幅いっぱいに涙を流すことしかできなかった。


 ――おまけ――


「……うーん、おキヌちゃん……」

 その頃の陰念は、準決勝で鬼道に敗北したまま、医務室で苦しげにうなされていた。
 大事な場面を寝て過ごす彼に、もはや見せ場はやってこないだろう。

 ――合掌。


 ――あとがき――


 ボケ親父 忘れた頃に やってくる

 次回でGS試験編が……終わるまでまとめられればいいなーと思いますが、長くなるようでしたらその次まで引っ張るかも。

 ではレス返しー。


○1. チョーやんさん
 華さんの身に何が起きたかは、今回の冒頭で明らかになりました。横島の出番は……まあ、描写するキャラが増えに増えまくった結果、相対的に少なくなってしまったという感じですね。きっと、横島視点の一人称で統一していたら、わけのわからない展開になってたと思いますw

○2. 山の影さん
 残念ながら、医務室でのフルボッコの描写は出せませんでした。メドーサのやり口は裏の裏まで警戒した形で、結局華さんがああなってしまいましたが……助かるかどうかは、今後の展開をお待ちください。

○3. ジェミナスさん
 ジェイナスさんは他人ではなく、ジェミナスさんの誤表記でしたか(^^; メドさんは、やっぱり一筋縄ではいかない相手だったということで。

○4. 秋桜さん
 お久しぶりのコメントありがとうございますw ハプニングキスの時でさえコメントくれなかったので、飽きられたかなーと思ってましたが(^^; 横島は、どんなダメージでもそれがギャグである限り、即座に復活するので大丈夫ですw

○5. 白川正さん
 やっぱり動かすキャラが増えると、主人公といえど相対的に出番が減ってしまうわけで……でも出番はともかく、普段から活躍する横島って偽者のような気がします(ぇー  ……いやだって、横島って「ここぞ」って時には活躍するけど、それ以外だと役立たずなイメージありますから(^^;

○6. Tシローさん
 「いいこと」の量に比べて圧倒的に「フルボッコ」の割合が多いのが横島クォリティ。釣り合いが取れない理不尽こそが似合うキャラですw 華さんは、残念ながら今のところパワーアップ予定はありません。

○7. 木藤さん
 下品なことさせちゃだめっ!

○8. エのさん
 いえ、頭が回ってなかったのではなく、無理だったのです。エミが言った通り、小竜姫レベルの霊力が必要でしたから。なので、華さんは仮設ICU(愛子の学校+ショウトラ)行きになりました。

○9. Februaryさん
 あのラストシーンは、今回の冒頭と繋がった構成にしました。メドさん悪役全開です。


 レス返し終了ー。では次回、五十九話でお会いしましょう♪

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