アテナと間違われて、胸に黄金の矢を受けてしまった美神令子。
彼女を助けるためには、十二時間以内に『十二宮』を突破しなければならない!
横島が走り出して間もなく、第一の宮『白羊宮』が見えてきた。同時に、その入り口でポーズを決めて立っている男の姿も。
「あんたは……!!」
宮の階段を駆け上がり、男の目前で横島は叫んだ。男に見覚えがあったからだ。
日本の浜辺で、横島たちがシルバーセイントをアッサリ撃破したのを、傍観していた男。美神から事情説明を聞きつつも、自分はアテナ派でも教皇派でもないと言い張った男だ。
「あのときの……!!
へんな眉毛のおっさん!!」
そう口にしてしまった横島は、虚空から突然現れた子供に、ポカリと叩かれてしまう。
「おまえ失礼だぞ、ムウ様に向かって!!」
ムウの弟子、貴鬼(きき)である。師匠であるムウと同じ眉毛を持つだけでなく、彼同様にテレポーテーションという超能力まで使えるスーパー八歳児だ。
貴鬼の言うとおり、横島の言葉は問題発言だった。ムウは、まだ二十歳なのだ。
なぜかセイントには実年齢より老けて見える者も多いのだが、それでも、ムウは年齢相応の外見だった。横島が『おっさん』呼ばわりしたのも、ムウが美形だから、つい口汚くなったに過ぎない。
そんな無意識の反感とは別の意味で、彼は、厳しい表情でムウを睨んでいた。
「その黄金のヨロイ……。
あんたが、ここを守る番人なんだな!?
……やっぱり、あんた教皇派ってことか!?」
浜辺で会った時とは異なり、今のムウは、羊を模した金色の鎧に身を包まれているのだ。
ゴールドセイント、牡羊座(アリエス)のムウ。それが、彼の正体であった。
第二話 十二宮編(その一)
「二極論で語るのはやめてくださいと
日本でも言ったはずですが……」
ムウは、諭すかのような口調で語りかけた。
「急いでるんだ……!!
敵じゃないなら通してくれ……!!」
「そういえば……
あのミカミとかいう女性の姿が見えませんが?」
「そうなんだ……!! さっき、そこで……」
横島は、簡単に現状を説明する。
理解ある表情を見せたムウだったが、
「……わかりました。
あなたたちが日本で語っていたことも
おそらく嘘ではないのでしょう。
しかし……ここを通すわけにはいきません!!」
彼はキッパリと拒絶した。
「おい……!?」
「あなたの気持ちはわかりますが……。
教皇の一件は、あくまでも私たちの問題。
無関係なあなたを……
これ以上進ませるわけにいかないのです!」
「無関係だと……!? 冗談じゃねえ!!
こっちはすでに巻き込まれてんだ!!
美神さんが……!!」
怒りで横島の霊力がアップし、ムウは、これをコスモの上昇として認識する。しかし、ゴールドセイントである彼が臆すことはなかった。
「教皇に来ていただく必要があるなら
私が教皇と話をしてみましょう。
あなたは、ここで待っていて下さい。
……クリスタルウォール!!」
ムウの叫びとともに、その場に光の壁が出現する。
「え……!?」
一瞬、横島があっけにとられているうちに、ムウはクルリと反転した。
(教皇と話をしてみる……。
まあ……難しいでしょうけど……)
と思いながら、ムウは、横島に背中を向けたまま歩き出す。
しかし、ほんの数歩進んだだけで、その足をとめてしまった。
「何……!?
このコスモは……!?」
驚愕の表情で、ムウは思わず振り返る。
そこでは、ゴールドセイントをも上回るほどコスモを燃やした……つまり霊力を高めた横島が、それを右手に集中させていた。
「久しぶりのサイキック・ソーサー!!」
横島が右手を突き出し、彼の霊力の盾とムウの光の壁が激突する。
「このヨコシマという男……!!
強大なコスモを一点に集めて……!?
なんと器用な……!!」
___________
コスモで作られた壁ならば、霊力で相殺できるはず。横島は、そう考えていた。パリンと砕け散ることを期待していたのだ。
しかし、さすがのサイキック・ソーサーでも、クリスタルウォールを完全に破壊することは出来なかった。かろうじて横島一人が通れる程度の穴が開いただけだった。
それでも十分と判断し、横島が穴をくぐる。
「力づくでも……通してもらうぜ!!」
コスモが陽炎のように横島の体から立ちのぼっている。ムウには、そう見えてしまった。
(ここで戦ったらワンサウザンドウォーズになるかもしれませんね……)
実力伯仲のゴールドセイント同士が戦えば、どちらも消滅してしまう可能性がある。あるいは、お互いの攻撃をガッチリと受け止めあって、膠着状態になってしまうかもしれない。そのまま千日でも続くことから、セイントたちは、これを千日戦争(ワンサウザンドウォーズ)と呼んでいた。
ムウは、横島のコスモをゴールドセイント並みだと認めたのである。
(しかし……。
この男は、本来、無関係な人間。
彼をワンサウザンドウォーズに
陥らせるわけにはいかないでしょう)
ムウは、譲歩することに決めた。
「そこまで言うのならば、もう止めません。
行きなさい……!!」
「えっ!?」
横島が拍子抜けする。
「しかし……無関係な人間を私が
連れていくわけにもいきません。
一人で行くことになりますが、良いのですね!?」
「もともと……そのつもりだ!!」
横島の気勢は、ムウにも好ましく思えた。そして、これが、ムウの親切心を刺激する。
「せめてもの助けとして……
クロスを修復してあげましょう!!」
「は……? 修復……?
別に壊れちゃいないけど……!?」
「その、まがい物のクロスが……
本物のクロスに生まれかわるのです!!」
横島にしてみれば、一分一秒が貴重である。しかし、
「ちょっ……待っ!?」
「いいから!!
ムウ様にまかせなよ!!」
また突然出現した貴鬼が、勝手に横島のクロスを脱がし始めた。
___________
横島は、シルバーセイントのトレミーを圧倒したのがクロスの力だと誤解している。そのため、クロスなしで十二宮を進むという選択肢はなかった。さすがに、最上級であるゴールドセイントと戦うにはクロスが必要だと考えていたのだ。
文珠の数にも制限があるので、ここで新たにクロスを作り直すより、ムウの修復とやらを待つのが得策だと判断した。時間のロスにはなるが、クロスそのものは強化されるはずなのだ。
「もし、おキヌちゃんがここにいたら……
きっと『急がば回れ、です』って言うよな……」
だから横島は、ここで待っていた。
その間、貴鬼と話す以外、横島に出来ることはなかった。だが、これは少し有意義だった。話をすること自体、焦燥感から気をそらすことになったし、さらに、新しい情報も手に入ったからだ。
戦闘には必要なさそうだったが、ここで横島は、女セイントの『仮面』制度を知った。全ての女性セイントは仮面をつけており、もし素顔を見られたら、その相手を殺すか愛するかしなければならないのだ。
(物騒な話だな……。
でも……ちょっとイイ制度かも!?
敵のネーチャンの仮面を外し、
でも殺されないだけの実力があれば、自然に……)
色々と妄想が広がり、彼の霊力もアップした。
また、クロスに関する詳しい説明も聞くことができた。小竜姫たちの情報では、クロスが変形すること……オブジェ形態があることなど、知らされていなかったのだ。なお、それに関係して、貴鬼からは、
「ヨコシマ……。
『ボンノウ』って、なんだい!?」
「はあ……!?」
「煩悩星座って、どんな形?」
と聞かれた。横島は、空の星の位置をいくつか指さして、ハッタリで適当なことを言ってしまう。貴鬼がムウに報告しにいった直後、嫌な予感がしたが、すでに遅かった。
そして……。
「できたよ……!!」
貴鬼に呼ばれ、ムウのもとへ行く。
すでに一時間が経過し、火時計でも、羊のマークに灯いていた火が消えていた。
「な……なんじゃあこりゃああ!?」
示された『クロス』を見て、横島は驚いた。
そこにあったのは、恥ずかしい形状をした彫像。十五禁や十八禁といったマークをつけたくないSS書きには、とても描写できないシロモノだった。
「ボンノウのクロス、そのオブジェ形態です!!」
ちょっと恥ずかしそうだが、それでも誇らしげなムウ。
「まあ、デザインはともかくとして……。
変形機能まで、つけてくれたわけか!?
でも……どうせこれ、
一時的なものだったんスけど?」
文珠で作られたクロスなのだ。文珠の効果が消えれば、消滅してしまう。
横島は、そう思っていた。
「フフフ……。
まがい物なら、そうかもしれません。
でも、それは、もう立派なクロスです。
本来の材料も加えて加工しましたから、
コスモで作られた幻ではなくなっています」
ムウの説明の『コスモ』というのは、横島にとっては霊力のことだ。
確かに、文珠で出した物なら、ある意味、霊力による幻影だったのだろう。
「えっ!?
……ということは!?
もしかして……!!」
「そうです!!
破壊されない限り、不意に消えたりはしません!!」
そして、クロス本来の機能が備わったボンノウクロスは、横島のコスモ……つまり霊力に反応した。各々のパーツに分離して、彼の体をまとったのだ。
それだけで自分の霊力がアップするのを、横島も感じる。
「……!!
ありがとう!!
あんた、いい人だ!!」
横島は、深くムウに感謝するのであった。
___________
「なんで宮と宮の間が、こんなに遠いんだよ!?
これじゃ走ってくだけで
一時間近く経つんじゃねーか!?」
息を切らしながら、走り続ける横島である。
(シロの散歩で鍛えられた俺だからいいけど……。
普通だったら、途中で倒れちまうぞ!?)
彼は、ふと、シロが事務所に遊びにきていた日々のことを思い浮かべた。後々シロが事務所メンバーになることなど、この時点では全く知らない横島である。
(いや、そんなことより……)
横島は、小さく首を振って、思考を現状に集中させた。
白羊宮を去り際にムウから聞いた話を、走りながら頭の中で反芻する。
(今の教皇はニセモノ……)
別人が教皇を殺して、すり替わっているのだ。十年以上昔にアテナ殺害が企てられたというのなら、その時点ですでに偽教皇だったのだろう。
しかし、単に邪悪な偽教皇では、十年以上も騙し続けることは不可能だ。偽教皇の中には、善と悪の二つの心があるのではないか……。
それが、ムウの推測だった。
(善の心もあるというのなら、
美神さんに刺さった矢も
抜いてもらえるかもしれない……)
そこに賭けるしかなかった。
(だけど……。
おかしいんじゃねえか!?
ヒャクメたちは、教皇のバックに
魔族正規軍がついてるって言ってたよな!?
……十年以上前から入り込んでたのか!?)
魔族上層部が昔から現状を予想していたというのは、少し理屈に合わなかった。アシュタロスの事件でも後手後手に回っていたくらいである。神魔のバランスが崩れることなど、想像していたはずがない。
そう考えてしまい、混乱した頭で走る横島であった。
___________
第二の宮『金牛宮』の番人は、いかつい顔をした武人だった。黄金の鎧の頭部には、牛を象徴する大きな二本角も生えている。
ゴールドセイント、牡牛座(タウラス)のアルデバラン。彼は、突然姿を現し、見えない攻撃で横島を弾き飛ばした。
「……ここは通さん!!」
断言するアルデバランに対し、横島は、体を起こしながら事情説明を試みた。
「待ってくれ!!
俺の話も聞いてくれ……!!
大切なひとの命を救うために、俺は……」
横島には、アルデバランが悪い奴だとは思えなかった。悪人顔でも二枚目のヤサ男でもないからだ。こいつは貴重なキャラだと、横島の霊感が告げていたのである。
しかし、アルデバランは話を聞いてくれなかった。
「……戦場で語り合うことなどない!!
通りたければ俺を倒してみろ!!
もしも、きさまが勝てば通してやろう!!
グレートホーン!!」
不可視の衝撃波が、再び横島を襲った。
(攻撃が全く見えないぞ!!
これが小竜姫さまの言ってた……
『超加速っぽい』ってやつか!?)
壁に叩き付けられながらも、横島は、再び立ち上がる。
「イテテ……。
美神さんに鍛えられた俺じゃなきゃあ、
今頃死んでるぞ……」
「ほう……。
そのクロス……
どうやらムウが手助けしたようだな!?
それに、師匠にも恵まれているのか……」
アルデバランは、横島の打たれ強さから、ムウがクロスを修復したことを推測した。ここまでは正しい。しかし、その先は間違っていた。
横島の『美神さんに鍛えられた』は、修業の意味ではない。横島が美神にセクハラを試み、美神が横島を血だるまにする。その日々のことを示していたのだ。
(そうだ、
美神さんを救うために……!!
いつの日か、
あのチチ・シリ・フトモモを
手に入れるために……!!)
セクハラを回想したのが、プラスに働いたらしい。横島の霊力がグッと高まった。
「このコスモは……!?
まさか、この男……
セブンセンシズに目覚めているというのか!?」
アルデバランは、横島の知らない用語を使う。それでも、凄い霊力を意味しているのだということだけは、何となく理解できた。
(だけどよ……。
むこうは超加速使うんだろ……!?)
それでは歯が立たない。そう思った横島だったが、すぐに、大事なポイントに気が付いた。
(待てよ……!?
このおっさん、
攻撃だけ超加速で飛ばしてきてるよな?)
アルデバランは、ずっと腕組みしたまま立っているように見えた。
これは、横島が知っている超加速とは違う。メドーサや小竜姫ならば、彼女たち自身も加速空間内で動きまわっていた。
(そうか……!!
これが小竜姫さまの言ってた意味か!?
あくまでも『超加速っぽい』であって、
本物の『超加速』じゃないんだ!!
そうだよな、しょせん人間だもんな!!)
横島は、彼らしくもなく、冷静に分析していた。
そして、小竜姫を思い浮かべたことが、さらなるヒントとなった。小竜姫は、『音にきこえた神剣の使い手』という二つ名も持つ神さまだ。
(剣……!!
そうだ、超加速なんかじゃない、
ただの居合い抜きだ!!)
凄い速さで腕組みを解いて、攻撃をとばす。それは、『剣』と『腕』の違いこそあれ、居合い抜きのようなものではないか!?
横島は、剣という言葉から、そう連想したのだった。
(それに……剣を持ってるのは、
むしろ俺のほうだよな……)
___________
目の前の少年は、何か策を練っているらしい。
アルデバランにも、それは分かっていた。
教皇への忠義を優先するならば、サッサと倒してしまうべきだ。
それも理解していた。
しかし、アルデバランは、教皇の周囲に不穏な噂があることも知っていた。だから、少し迷ってしまったのだ。
いや、それだけではない。何より彼自身が、この驚異的なコスモを持つ少年と、正々堂々と戦ってみたくなったのだ。
だから、少しだけ待ってみた。
そして……。
少年が口を開く。
「……面白いものを見せてやるぜ!!」
少年の手が輝き始めた。そこに、光の剣が形成される。
「……何!?
きさま、セイントのくせに武器を使うだと!?
卑怯な……!!」
裏切られた気持ちで叫んでしまったアルデバランだが、すぐに、自分のあやまちに気付いた。
「いや……それはコスモで作った刀か!?
すまん、それならば武器とは言えんな。
ハハハ……!!
たしかに『面白いもの』だ!
よかろう、受けて立ってやるぞ!
おまえのコスモの刀と、
俺の……黄金の野牛の力!!
どちらが上か、勝負だ!!」
そして、二人の技が激突した。
「ハンズ・オブ・グローリー!!」
「グレートホーン!!」
___________
ガタッ!!
倒れこんだのは、横島だった。
いくら『居合い抜きだ!』と思い込んでも、それは、攻撃を見切ったわけではないのだ。だから、横島は負けてしまった。
「くっ……」
気力を振り絞って立ち上がろうとする横島に、
「ハハハ……!!」
勝者の笑い声が降り掛かる。
しかし、その声色には、嘲笑の響きは含まれていなかった。
「見事だ……!!」
「……えっ!?」
横島が、ゆっくりと顔を上げる。
そこには、無傷のアルデバランが立っていた。ただし、よく見ると、黄金の鎧の左角がポッキリと折れていた。
霊波刀によるものだった。
鎧の飾りを傷つけた程度では意味がない。そう思った横島の耳に、予想外の言葉が飛び込んできた。
「角を折られたということは……俺の負けだ!」
「は……!? なんで!?」
横島には、理解できない。
「……!?
このゴールドクロスの角を折ったのだぞ!!
わかっていないのか?
そのためには、
いかに強大なコスモが必要かということを!?」
キョトンとしている横島を見て、アルデバランが豪快に笑った。
「ガハハハ……!!
面白い奴だな!?
ともかくだ、『勝てば通してやろう』
……それが約束だったからな。
俺が負けを認めた以上、ここは通してやるぞ!!」
ありがたい話なのだが、それでも、横島は、つい聞き返してしまう。
「……いいのか!?」
「黄金の野牛の角を奪ったのだぞ!?
ふむ……。
これまで、相当、自分を過小評価してきたようだな。
もっと己の強さを信じろ!!
自信を持て!!」
そう言って、アルデバランは、横島を送り出してくれた。
___________
第三の宮『双児宮』、その前まで辿り着いた横島は、困惑して立ち止まってしまう。
「おい……。
どっちに行くのが正解なんだ!?」
全く同じ外見の宮が、左右に二つ、並んでいたのだ。
「あるいは……
間を抜けるべきか!?」
二つの宮の間には、かろうじて人ひとり通れる程度の隙間はある。
「うーん……」
こんなところで悩んでいる暇はなかった。
『金牛宮』でのバトルのダメージが深かったため、途中の階段で、少し休まざるを得なかったのだ。もちろん、文珠で瞬時に回復させることも可能だった。だが、まだ文珠に頼るべき時ではないと判断し、温存させたのである。
その結果、時計の火は、すでに二つ消えていた。
「おおっ!?」
突然、双児宮が霞み始める。横島が目をゴシゴシこすっているうちに、それは、一つの宮に変貌していた。
恐る恐る足を踏み入れてみたが、特に異常は無さそうだ。
「じゃあ……
さっきまでのは……幻か?
タイガーの精神感応力みたいなもの……!?」
そして、ここを守るべきゴールドセイントもいなかった。全くの無人なのだ。
狐につままれたような気分で、横島は、双児宮を駆け抜けた。
___________
第四の宮『巨蟹宮』。
中に入った横島は、その異様な雰囲気に驚く。床にも壁にも天井にも、人の顔がたくさん浮かんでいるのだ。しかも、どう見ても死に顔であった。
「こ……これは!?
いや、むしろ……
このほうがGSの世界っぽい!?」
怯えつつも安心する横島の前に、この宮の守護者が現れる。
「ククク……。
それは俺の勲章さ!!
おまえも、その中に入れてやるぜ……!!」
ゴールドセイント、蟹座(キャンサー)のデスマスク。蟹をかたどった鎧には、独特のカッコ良さもあるのだが……。
一目見て、横島は直感した。
(こいつはダメだ……!!
話の通じる相手じゃない!!)
死面を『勲章』などと宣言しただけではない。この男は、見るからに悪役顔で、それ相応の雰囲気もただよわせていたのだ。
だから、
「積尸気冥界波!!」
デスマスクが物騒な名前の技を放つよりも早く、横島も準備していた。両手のひらに霊力を集めた状態で、空間に壁を描くかのように、腕を大きく広げる。
「見よう見まねクリスタルウォール!!」
霊力を薄く広げて、壁を作り出したのだ!
「何ーっ!?」
横島に一度見た技は通用しない……ではなくて、横島は一度見た技を真似することが出来るのだ。器用に霊力を操る横島だからこそ、可能なことであった。
あくまでも『真似』でしかないのだが、これは、デスマスクを驚かせるには十分だった。
そして、この時、横島の最大の幸運は、デスマスクの技が特殊攻撃だったことだ。即死性の技ではあるが、その分、物理的攻撃力は低かった。だからこそ、インチキなクリスタルウォールでも割れずに済んだのである。
「これはムウの技じゃねーか!?
このガキ……!!」
今の攻撃は、ただ防がれただけだった。もし反射されたら、どうなっていただろうか!?
さすがのデスマスクも肝を冷やした。それなりに自在に、死の国の近くまで行ける彼だが、それでも、積尸気冥界波を自分で食らうのは嫌だった。
「……きさまムウの弟子か!?」
ムウの弟子は、もっと小さい子供だったはず。それを知りつつも、尋ねてしまった。
「へへへ……。
驚いたようだな!?
だが……こんなもんじゃねーぞ!!」
横島が不敵に笑いを浮かべた。そして……。
「見よう見まね積尸気冥界波!!」
先ほどのデスマスクと同じポーズで、指先から霊波を飛ばしてみせた。同じような大きさの霊波弾を同じような感じで撃ち出しただけであり、もちろん、本来の積尸気冥界波の効果は全くない。あたっても、ちょっと痛いだけだ。
しかし、美神ゆずりのハッタリ戦法は、ここでも効果的だった。
「こいつ……」
慌てて回避したデスマスクは、冷や汗を流していた。
「ムウの技だけじゃなく、俺の必殺技まで……!?
なんて凄い奴だ!!」
教皇でも、ここまでは出来ないはずだった。
「けっ、教皇以上の力を持った小僧かよ……」
デスマスクは、教皇の悪事を承知している。真実を知りながらも、それでも教皇に従っているのだ。教皇の力ゆえであるが、別に力そのものに屈しているわけではなかった。
彼は、『善悪の概念なんて時代によって変わる』というポリシーを持っていた。『勝てば官軍』である。後世の人間こそが善悪を定義できる、そう考えていたのだ。
(ここまでの力を持った小僧……。
教皇とくらべて、どちらが『正義』と判断されるか……)
簡単には決められなかった。行く末を見届けないことには、何とも言えない。
この状況で、自分の確固たる信念に基づくならば……。
今、すべきことは一つだった。
「……通してやらあー!!」
「え?」
もう一度言うが、デスマスクは、強者だからという理由だけで従ってしまう男ではない。そんな単純な話ではなくて、ここは、もう少し様子を見るべきだと思ったのだ。
しかし、それを素直に口にすることは出来ないデスマスクだった。
「教皇か、おまえか……
本当の『善』はどちらなのか、
それを見届けたくなった……。
ただ……それだけだ!!
おまえに怖じ気づいたわけじゃないからね!?
……カン違いしないでね!?」
「『でね』って、あんた……」
呆れる横島を、デスマスクが追い立てた。
「……うるさい!!
俺の口調は……特に語尾はコロコロ変わるんだ!!
そこをツッコムんじゃねえ!!
……通してやるって言ってんだから、
ほら、早く行け!!」
___________
横島が、巨蟹宮をあとにした頃。
教皇の間では、教皇が倒れこんでいた。彼は、何かつぶやきながら立ち上がる。
「……あの野郎!!
大事なところでジャマしやがって!!」
双児宮の幻影を作って横島を苦しめるつもりだったのに、『もう一人の自分』に、体のコントロールを奪われてしまったのだ。
ようやく支配を取り戻した彼は、『もう一人の自分』を嘲笑する。
「ケケケッ!!
どうせ、おまえにしてみたら、
俺は病巣みたいなもんなんだろうよ!!
……霊体癌なんて呼ばれるくらいだしな。
だが、この体は、もう俺のモノだ!!
おまえには返さねーよ!!」
そう、『もう一人の自分』こそが、本来の人格なのであった。今の人格は……正確には、人ではなかった。
そんな教皇を、奥に隠れて見守る者がいた。こちらも人間ではない。魔族の姉弟である。
「よかったのですか、姉上……?
どうも大事な瞬間に
人間のほうのコントロールが
復活したみたいでしたが……!?」
弟は、手を貸すべきだったと思っているらしい。
「気にするな!!
私たちの任務は奴を守ることだ。
除霊されないように見張っておけば、それでいい。
なにも奴の手助けをする必要までないさ」
姉は、バッサリ切って捨てた。
弟も、これに従う。
「そうですね。
しょせん、奴は……
正規軍にも属していない下っぱの悪魔ですからね」
「そうだ。
同種が複数存在しているようなレベルだぞ!?
同じ『魔族』として交流する必要もないだろう!?」
やや見下すような口調の姉弟だったが、それでも、『奴』独特の強さは認めていた。
「あれでも……
人間には厄介な相手でしょうね?」
「ああ、そうだ。
人界には、それなりの数が潜んでいるはずだが……。
最後にそのうちの一匹が除霊されたのも、
もう二十年くらい前の話だと聞いている……」
(第三話に続く)
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こんにちは。ようやくバトル中心(?)になりました。
この第二話だけ読むと、『聖闘士星矢』の世界の中で横島が戦っているように見えるかもしれませんが、これは『GS美神』の世界です(詳しくは、第一話を御参照ください)。
さて、『GS美神』の比重を増やすためにも、ここで三人の悪魔を登場させました。敢えて名前は書かずとも想像できると思いますが、いかがでしょうか。
では、次回もよろしくお願いします。