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「スランプ・オーバーズ!34 (GS+オリジナル)」

竜の庵 (2008-02-02 16:50/2008-02-03 19:15)
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 六道冥子はオカルトGメンの要請で、東京都内に確認された陰陽の帳撤去現場に来ていた。
 これまでに確認された帳の大半は撤去済みで、残すは数箇所、というところまで作業は進んでいる。
 帳を外すには、結界形成のために置かれている要石を破壊、若しくは撤去すればいいだけだ。誘霊された悪霊や妖怪にさえ気をつければ、オカルト畑の人間でなくとも作業は行える。冥子は作業員の護衛だ。
 ただでさえ人員に乏しいオカGでは、地元の警察と連携を取って作業に当たっていた。


 「暇ね〜こころちゃん〜」

 「なー…」


 冥子が派遣された現場は、これまでの例に漏れず人気の無いがらんとした下町の廃工場で、区画全体が寂れた風情を醸し出す埃っぽい空間だった。
 作業着にヘルメットの一団と制服姿の警察官数名、それにいつものひらっとしたお嬢様スタイルの冥子という妙な集団でここを訪れてものの五分。
 冥子は暴れていた妖怪一匹と悪霊の群れをぽいぽいっと除霊してしまった。


 「あっ」


 要石を壊す重機の轟音が響く中、冥子は場内の一室に設営された監督所でぼんやりと、頭上に鎮座まします式神こころに愚痴を零す。


 「という間にお仕事無くなったわ〜…ふああ…」

 「なー」


 冥子の手元にはクリアファイルに入った帳の資料がある。これは昨日、美神がオカGに届けさせたヒャクメによる解析書類だ。
 美神に事務関係のノウハウも教わった冥子ではあるが、びっしりと文字で埋まったレポート用紙を見ていると、知らず知らずの内に唇が尖がってくる。斜め読みになってしまう。
 けれど他にやる事も無い。念のための警戒に式神数体を出して作業員の周囲に配置し、奇襲にも対応してある。事前に工場内の間取りは頭に入れておいたので、メキラによる瞬間移動で迅速に移動も出来る。
 クビラでぐるっと一回り霊視すれば、冥子自身が動く必要も無い。
 従って、渡された資料をパラパラ捲るくらいしか、やっぱり今は仕事が無かった。


 「でもほんとなのかしら〜…あのシロちゃんが人を襲うだなんて〜」

 「なー」


 冥子はあの人懐っこくて忠義に厚い人狼の少女が悪党の手先になったとは信じられない。
 帳撤去で最も警戒すべきは、霊波刀使いの妨害だと現場監督の警察官に言われた。まだ都内の現場に現れたことはないが、帳自体の総数も減っているのでこちらに流れてくる可能性は高い。
 いざというときは射殺も已む無し。対妖怪用の特殊弾が準備してあるのを、冥子は知っている。


 「出てきたらお話出来るかしら〜? ね〜こころちゃん」

 「なー?」

 「も〜……全然聞いてないのね…」


 眠そうな相槌を打つこころの喉を撫でながら、冥子は頬を膨らませて抗議する。緊張感の無いほのぼの空間に、近くを通りかかった若い作業員が無駄に萌えたりした。

 が。


 「!」


 冥子は不意に顔を上げるとこころを頭上から足元に降ろし、部屋から飛び出した。その際に通信機を持ち出すのを忘れない。こうした咄嗟の状況における行動の仕方も、美神印のものだ。常に連絡手段は用意すること、である。


 「メキラちゃんっ!」


 冥子がメキラを影から呼び出すのと、彼女の見据える先から悲鳴が聞こえたのはほぼ同時だった。


 『六道さん!! 出ました!! 霊波刀使いです!!』

 「…! 私が相手するので〜、監督さんは作業員さん達を誘導して〜逃げて下さい〜」

 『了解しました!』


 通信機から伝わる切迫した空気と声に、冥子の雰囲気も引き締まる。
 これまでの報告によると、シロは逃げる相手に対しては手を出さないという。作業用の機械を破壊したり、抗戦しようとする護衛のGSや警官相手に立ち回ることがほとんどだ。
 ある程度妨害を終えると、彼女は姿を消している。その後、警備を強化した状態で作業を再開する時には現れない。あからさまな時間稼ぎだ。
 いつまでもそんな事をさせてはいられない。どんな事情があるにせよ、冥子にとってシロはお友達の一人で、悪いことをしているなら止めるのが自分の役目だ。

 工場内に散っている式神達へ集合指令も出しながら、冥子は力強く頷く。


 「待っててねシロちゃん〜! えっと、このGS六道冥子が〜、貴女を極楽…は駄目だから、おうちに帰してあげる〜!」


 あさっての方向に宣言する彼女の手元からは破壊音と悲鳴が。


 『うわ運搬用のトラックが真っ二つにっ!? 六道さんまだですかー!?』


 私令子ちゃんみたい〜? と、うっかり自己陶酔に入る冥子の耳に、通信機の向こうの声は届いていないようだった。


               スランプ・オーバーズ! 34

                    「戦端」


 月光が、眩しい。


 犬塚シロは霊波刀を縦横に振るいながら、頭の芯で明滅する光を感じていた。

 時に強く、不意に弱く。

 暖かく、冷たく、柔らかく、硬質に。

 不規則にシロの心を侵す光の導くまま、白装の魔犬は朽ち果てた廃墟を悠然と歩む。

 「シロちゃ〜〜〜んっ!!」

 他人の声は、エコーがかかったようにぼやけていて、まともには聞こえてこない。辛うじて判別出来るのは、自分がかつて名乗っていた…誇りある人狼の姓名と、親しかった仲間達の名前。
 でも、それだけだ。分かるだけ。堕ちた魔犬の身に、それ以上の感慨も反応も現れない。
 シロは目に付いた作業用機械や、仕事の邪魔をする人間の持つ武器を斬り飛ばしながら、黙々と前に進んでいく。

 「シ〜〜ロ〜〜〜ちゃ〜〜〜〜〜〜〜んっ!!」

 「…っ!?」

 間延びした声と、声とはかけ離れて強烈な霊圧が体を叩いたのは、もうすぐ廃工場の中心に行き着く…そんな時だった。
 全身からどっと冷たい汗が噴出すほどの、危機感。
 シロは声の持ち主を確認する前に数歩分も一気に飛び退いた。

 「な、くっ!?」

 咄嗟に広げた間合いは、けれど瞬時にして詰められてしまう。
 遠くに感じたプレッシャーが、瞬きする間もなく目前に出現したからだ。
 寅を模した式神に跨って、霊波刀の制空権に躊躇い無く飛び込んできたのは、六道冥子だった。

 頭の中の月光が、激しく明滅する。

 生きていた、という安堵を…

 死んでいなかった、という絶望が押し潰そうとする。

 シロの意志を、月光の作用が塗り替えようとする。

 妙神山で小竜姫の暴走に巻き込まれ、ひとたまりも無かった筈の冥子が、ここにいる。

 という事は、あの時一緒にいたであろう氷室キヌもまた…


 どくん、と月光が爆ぜる。


 「!! …っがあ、ああああああああああああああ!!!!」

 「シロちゃん!?」


 シロの脳裏に、笑い合う仲間達の輪が一瞬だけ浮かび………


 血だまりに倒れる、小さな狐の姿にぐにゃりと変化する。


 シロは何もかもを咆哮の下に捻じ伏せて、目前の『敵』へと霊波刀を閃かせた。
 戻れるのか、と想った己の罪の深さを絶望しながら。

 「アンチラちゃん!」

 「!?」

 殺すつもりで斬れ、と月光は囁く。しかしシロの霊波刀が狙うのはいつも致命傷にはならない部位や武器ばかりだった。
 どうしても。
 どうしても、致命の間合いに踏み込めなかった。
 武士の魂が拒否するのもあったがそれ以上に。


 寝食を共にしてきた相棒を斬った手応えが…大切な仲間の命を断ち切った剣の重さが、シロの腕を鈍らせた。


 それでも、冥子を戦闘不能に陥らせるには十分な速度で刀を繰り出したのだが、遭えなく兎の式神によって阻まれてしまった。こちらに匹敵する速さの斬撃で、余裕をもって捌かれていた。

 「シロちゃん…どうしたの〜? 何で、こんなことしてるの?」

 冥子が何か言っている。今の攻防に、何の危機感も抱いていない。無防備に近づいてくる。

 「…っ!!」

 自分の格好を見て、冥子は困惑しきっている。死を覚悟し、受け入れたこの死装束のような魔装…
 シロは自嘲気味に唇を歪ませ、更に鋭さを増した連撃を、冥子へ叩き付けた。
 魔装術を纏った自分の力は、かの妖刀『八房』を手にした犬飼ポチに匹敵する、とシロは思っている。
 忌むべき名ではあるが、今の堕ちた自分には相応しい比較対象だ。
 残念だが、人間である冥子が幾ら妙神山で修行したといっても、この暴力には敵いっこない…
 迫る斬撃に棒立ちになる冥子を見て、シロはそう結論付けた。

 しかし。

 アンチラの刃は、白銀の輝きを幾重にも閃かせて、シロの濁った太刀筋を切り刻み、完全に薙ぎ払った。

 「!? 何!?」

 思わず声に出してしまう。
 確かフェンリル事件の時、冥子は犬飼の襲撃に全く手も足も出ずやられていたと聞く。
 事件から一年以上の月日は経っているが、シロ以上の伸び代をもって成長したとでも言うのか?
 混乱するシロに、冥子は尚も無警戒に語りかけてきた。

 「シロちゃん…みんな待ってるのよ〜? 令子ちゃんも〜横島君も〜おキヌちゃんも〜…何があったのか分からないけど、みんなに相談すればきっと解決するわ〜」

 「………」

 「だから、帰りましょう〜? ごめんなさいって言えば許してくれるわきっと〜」

 「………」

 冥子はまだ、知らないのだ。
 シロが犯した罪の事を。
 既にこの手が…友の命を奪っている、決して覆ることのない罪の色に染まっていることを。

 「はは………」

 「シロちゃん〜?」

 許すも何も、自分を唯一許せる存在は既に、霊波刀の露と消えている。あの、山の塒に打ち捨ててきている。

 「はははははははははははははははは!!」

 突如狂ったような哄笑を上げるシロに、冥子は驚いて声を失くした。式神の制御が甘くなり、アンチラが戸惑っている。
 シロは笑いながら更なる速度で霊波刀を奔らせた。今度の今度こそ、絶対に避けられない最高速…同時八閃の連撃が、アンチラを襲う。

 「メ、メキラちゃんっ!」

 動揺を隠せないまま、冥子はメキラを反射的に呼び出しテレポートする。空を切った斬撃が工場の柱や鉄骨を断ち、ギシリと歪んだ音を立てた。天井から降ってきた埃の量が、軋んだ建物全体の歪みを現している。
 崩壊の引き金を引いてしまったようだ。
 方々から作業員達のどよめきが聞こえてくる。冥子の仕事は彼らの安全確保にあり、彼らを逃がすまで、シロの後は追えないだろう。

 「シロちゃん……どうして? 少しでいいの〜…お話しよう?」

 「ははははは………ははは……はは…」

 霊波刀の間合いの外、数メートル後ろへテレポートした冥子の悲しげな声。
 虚ろに笑う自分の表情は仮面が隠してくれる。醜い、腐った己の内心までも覆いつくしてくれる。

 「お願い〜…お返事できないようにされてるのなら、そのお面の下、お顔を見せて? 元気なシロちゃんの顔、それだけでも確認させて〜」

 冥子の潤んだ瞳による訴えも、今のシロに響くものではない。
 鉄板のひしゃげるような音がして、二人の間に捻れたトタンの板が落下してきた。シロは無感動にそれを冥子の方へ斬り飛ばす。
 邪魔者は排除せよ、との命令を受けてはいるが…さっきの強さを見るに、一筋縄では行かない。僅かに残っていた人狼としての本能が、そう告げている。
 どんなに堕ちても、誇りある人狼の血は、絶えることがない。
 飛んできた鉄板を冥子が避けた隙に、シロは長い銀髪を翻した。

 「! 待ってシロちゃん! 誰も、誰も貴女を責めてないから〜! 令子ちゃん達を信じて〜! お願い〜っ!!」

 「………っ!!」

 崩落の連鎖が続く中、冥子はどこまでも…どこまでも、自分を惑わせる。


 犬塚シロであった頃の自分を、思い出させる。


 里とは違う、もう一つの居場所を思い出させる。


 月光が瞬く。


 それに抗おうとした自分が…恥ずかしい。


 「シロちゃ〜〜〜んっ!!」


 伝馬から預かっている陰形の札を発動させ、冥子や逃げ惑う作業員達からも完全に姿を消す。
 このまま心まで消えてしまえ、と切に願いながら。


 …噛み切った唇から滴る血の色も鉄味も、全ては仮面の内に封じ込めて。


 魔犬はまた一つ、罪を重ねて消えてゆく。


 オカルトGメン日本支部内、魔填楼事件対策本部。
 ここではカオスとヒャクメから齎された情報の有効活用のため、昨夜から人の出入りが絶え間なく続いていた。

 「…とうとう東京に来たのね、シロちゃんは。となると、魔填楼も近くにいる可能性が高いわね」

 「ごめんね令子ちゃん〜…私、止められなかった〜…」

 「いーのよ。馬鹿犬を止める役目はね、最初から決まってる。でしょ? タマモ」

 会議室の長机を挟んで座る美神親子に肩を落とした冥子、美神が目をやった窓際では爪を噛んで苛立ちを隠せない様子のタマモが。
 ここでも甲斐甲斐しくお茶を配り回っているのは、おキヌである。余談ではあるが、おキヌはオカG職員とも親交が厚い。ひのめの面倒を見にちょくちょく顔を出したり、捜査員達に差し入れを振舞ったりしていたためだ。給湯室を扱う様子も手馴れたものである。

 「はいはーい、お待たせしましたー! 最新情報なのねー!」

 沈んだ様子の冥子に引き摺られてか、暗かった室内にヒャクメの声が脳天気に響き渡った。
 一般の捜査員達がぎょっとして姿勢を正す中、ヒャクメは美智恵達に近づくと咳払いをして持っていたトランクを床に置いた。

 「魔填楼の居場所、判明したのですかヒャクメ様?」

 「あ、ママ…ヒャクメに様なんか付けなくても」

 「あのね、一応神族様でしょう彼女は…」

 「一応とか付けないで欲しいんですけどー…慣れましたけどー…」

 「もうお約束じゃな、これは」

 「挨拶みたいなものですよね、兄様」

 「ヒャクメ様そんな隅っこ行かないでほら、お茶ですよー?」

 神族=神の図式は、オカルトが高度に発達した現代でも根強く残っている。否、更に色濃くなったといえる。
 オカルトが見せる数々の奇跡を見て、人々は己が信ずる神の実在を確信し、より深い信仰心を示すようになり、新興宗教団体も激増している。
 『俺が神だ』的な宗教は鳴りを潜めたが、でたらめに適当な神を祀り上げても、オカルトの力でそれらしくデコレーションすることで説得力を持たせられる時代になったため、霊感商法の被害者は増加の一途を断たない。
 ヒャクメは見た目こそ威厳も風格もオーラもそれっぽい空気も持たない一存在であるかも知れないけれど、内包する霊力量はこの場にいる誰よりも高かった。美神達以外の一般人にとっては、信仰の的であってもおかしくはなく、緊張した面持ちで敬礼する周囲の警官達の反応は、ごくごく普通であった。
 フレンドリーに接する美神らの方が、異常なのだ。

 「もおいいわよぅ…それより、分かりましたよ隊長さん。魔填楼の居場所!」

 おおっ、と周囲からどよめきが沸いた。

 「やはり都内に?」

 「霊波迷彩を駆使して、拠点を転々としていますね…ってのは昨日も言いましたけど。長くても数時間程度しか一箇所には留まっていません」

 「ふうん…? それ、わざとらしいわね」

 「というか移動の様子を見せつけている感じがするのね…すっごくやらしいわー」

 「どういうことです?」

 「伝馬のジジイはね、牽制してるのよ。囮も含めた足跡をばら撒くことで追跡の手を鈍らせたいらしいわ」

 自分に捜査の手が伸びて来ているのは、伝馬も把握しているだろう。最近の派手な動きは目くらましも兼ねているのだ。

 「警察としては、全てを確認せざるを得ないのよ。警察内に霊能に長けた人材は少ないから、どうしたって動きは鈍くなる。なまじオカルトGメンなんて専門部署が出来ちゃったから、確認やら連絡やらで更に身動きが取れない」

 「うちが出来る前は、所轄の判断で動けたから…日本の悪習よね、この縦割り体質」

 美智恵の苦々しい言葉の裏には、ちっとも増員を許可しないICPO越常犯罪課本部への皮肉もある。アシュタロス事変を解決したのが創立間もない日本支部で、その事に対して含む所のあった本部では、日本支部の陣容拡大を良しとしなかったのだ。

 「本末転倒もいいところよ、全く!」

 魔填楼の妨害工作も、オカGに満足な人員さえいれば問題にならなかった筈だ。
 アシュタロス事変から何も学んでいない無能な上層部への憤りで、美智恵はこめかみに井桁を浮かべている。

 「まあまあ。今回はこの私、天界屈指のエリート調査官ヒャクメさんがいるんですから。小細工は通用しないのでご安心をっ」

 「確かに魔填楼も、こちらにヒャクメ様クラスの神族が手を貸しているとは思っていない…のかしらね? どう思う令子」

 「小竜姫に手を出したんだから、考えはあるんでしょうね。ヒャクメの心眼も完璧じゃないし」

 過去、山ほどヒャクメのドジっぷりを見てきた美神である。安心しろと言われて鵜呑みに出来るほどの信頼感は、無い。
 ただ、美神の事務所でも言っていた通り…対人間ではまだ未知数だ。霊波にピントを合わせすぎる欠点も、本人が知った以上は矯正しているだろうし。
 横島と同じく、鬼札としての能力なら一流だが安定感に欠けるのがヒャクメの悪い所だ。

 「きっと、神族が本腰を入れて介入することはない、と踏んでるのね。魔填楼…過去にも神族や魔族にちょっかい出した経験あるんじゃないかしら。後で調べさせるわ」

 「いやなお年寄り〜…」

 「で! ですね。魔填楼の所在なんですが…さっきも言った通り、拠点ごとの移動を繰り返しているので特定出来るタイプではありません。ですから」

 「…行き先が分かった?」

 「さっすが隊長さん、その通りなのね。ばら撒かれた霊気の痕跡を詳細に分析すると、本人と思しきものとデコイとでは若干の相違が見られました。地上の霊波探知装置だと現れないクラスの誤差ですよ。えっへん」

 「それで?」

 「更に分析を重ねていくと、東京郊外に同一の霊波的特長を持った場所があるのが分かりました。魔填楼の足取りは確実にそちらへ向かってます」

 本物と囮の区別さえつけば、追うのは一気に楽になる。それもヒャクメだからこそ出来る芸当で、人間の千里眼能力者ではここまでスムーズにはいかないだろう。
 美智恵達が苦心に苦心を重ねて探し回っていた魔填楼の所在を、この神族調査官はものの二日で特定してしまったのだ。美神が裏技と表現したのも頷ける。
 ヒャクメは地図を広げるとマジックを手に取り、きゅぽんと蓋を開けた。妙神山から東京へ向けて、鼻歌混じりに次々と丸印を書き入れていく。

 「濃い目の痕跡が残っている地域です。恐らくは、商品の倉庫や小粒のアジトじゃないでしょうか。本人はいなくても、魔填楼商品の流通経路を断つ事が可能かと」

 なるほど、丸印を繋げると多少の蛇行は見られるものの一本で繋がって見える。
 効率的な商品の納入や、仕入れルートの確保のために最適化した結果ではないかと美智恵は推理した。
 そんな、図解して初めて分かる単純さに、美智恵と美神は揃って似たようなため息をついた。

 「どうして今まで見つかってないのよ」

 「ダミーばっかりに引っかかってたのよ。本筋とは切り離された、先細りだと分かりきってるものばかりね。そっちにかまけてる内に魔填楼は雲隠れって寸法」

 「よっぽど自信家なのね伝馬は…でも流石に今回は逃げ切れないでしょ」

 「もっちろん! この私が追ってるんですから!」

 「ヒャクメの太鼓判は三文判くらいの信用度しかない気がするのう」

 「兄様、神族様にそんな事言っちゃ駄目です。天罰覿面ですよ?」

 「どんなにどんなにどんなに頑張っても認めてくれないのね…段々地上が怖くなってきたわあー…うふふふー…」

 全身の感覚器をフル動員して遠くを見るヒャクメの姿は、一種神々しかった。

 「で、肝心の行き先はどこなのよって…どんだけ遠く見てんのあんたは」

 月の裏側まで見ていそうだったヒャクメの後頭部をはたいて、美神は地図を指で叩く。
 そういえば言ってませんでした、と我に返るヒャクメを疑わしげに見やる捜査員達。段々化けの皮が剥がれてきていたりした。

 「これまでの帳の設置場所の傾向を見れば、自ずと分かるところですよ。魔填楼、予想以上に神経質でお間抜けですねー」

 ヒャクメは言いながら、つつつと指先を地図上で滑らせて行き…一点で止めた。


 「東京デジャブーランド。魔填楼の目的地は、間違いなくここです」


 「………これまで確認された帳の大半は、元々集客数の多い娯楽施設の跡地に設置されていたわ。まさか予行演習のつもりだったの!?」

 美神は、きらめき動物園での出来事を思い出していた。彼女らが最初に魔填楼関連の事件に遭遇したのは、あの場所だ。
 かの動物園も、現役当時は家族連れで賑わう目玉スポットだった。ピーク時の人出はデジャブーランドにも匹敵したかも知れない。

 「今、あそこはデジャブーマウンテンの開園で凄い人気よ。もしも魔填楼が、週末の園内とかで何か仕掛けようものなら…ちょっと、被害の予測がつかないわね」

 美智恵はすぐに周囲にいた部下へ、デジャブーランドへの注意勧告と人員の派遣を手配し、厳しい表情で顎に手を添えた。
 ヒャクメの能力は今更疑うべくも無い。しかし、魔填楼の動きが分かっても目的が分からなければ対処のしようがないのも事実だ。
 陰陽の帳が実験施設だとしたら、人でごった返すデジャブーランドとマウンテンで、これまでにない規模の災害が起こる可能性がある。更には、非日常空間である園内では事が起こった場合、危機感の欠如から避難が遅れ犠牲者が増える事も懸念される。
 アトラクションの延長と捉えるには、ボガートの事例と規模が違い過ぎた。

 「すぐに不審物のチェックと搬入物資の霊視、それと…」

 「あれ〜…? ねえねえ令子ちゃん」

 美智恵と首っ引きになって善後策を練る美神のわき腹をつついて、冥子は首を傾げた。

 「タマモちゃん、どこいったの〜?」

 「………え゛」


 ついさっきまで窓際で静かにしていた筈の少女の姿が、その場から消えていた。


 騒然となる室内で、ヒャクメは一人落ち着いて窓から外を眺めていた。

 魔填楼の行き先を告げた瞬間、タマモから迸った言いようの無い感情の爆発と、それを無表情の奥に隠し通した彼女の強い意志。

 ヒャクメだけは、静かに部屋を出て行った彼女の気持ちを『視た』ために…それだけに、口を噤んでいた。


 (…ま、今回の主役はあの娘達だものねー♪)


 内心でがんばれ、とエールを送って。

 ヒャクメは背後の混乱を余所に、にっこりと微笑んだ。


 「さて、時期は到来しました。私の計画に賛同してくださった皆様には、これから起こる現実こそが最大の報酬となるでしょう」

 オカGの喧騒と時を同じくして、こちらは深く静かに…祭りの始まりが告げられようとしていた。

 「皆様も覚えておいででしょう? あの素晴らしき日を。世界中が歓喜に包まれた、至福の瞬間を」

 薄暗い、そして薄汚い小部屋の中心で、車椅子の老人は淡々と、けれど今にも噴き出しそうな熱情をもって、何かに向かって語りかけていた。
 彼…伝馬業天の傍らには、黒フードのシロが佇んでいる。

 「下準備は終わり、舞台も整っております。ご存分に、己の可能性を確かめるがよいでしょう。ご存分に、己の力を示すがよいでしょう」

 伝馬の前には、小さな机が一つ。机の上には、小さな異形のカメラが一つ。

 「事が為されれば、世界は再び夢の中へと誘われます。かつて一度だけ、僅かな時間…全世界が包まれた夢の中へと。歓喜の! 至福の! 理想の最中へと!!」

 小さく細い体の中には収まりきらない、とばかりに伝馬の声は静寂を圧して響き渡る。

 「奇しくも舞台は夢の国。さあ始めましょう、私達の夢を」

 にぃぃぃ、と笑みとも怒りともつかない形相を浮かべ、伝馬はカメラに向かい、手を広げる。開幕を、告げる。


 「奇想の可能性を、寝ぼけた人間共に見せつけん!!」


 叫んだ伝馬の背後に伸びる黒い影は、まるで悪魔のように歪だった。


 続く


 後書き

 竜の庵です。
 魔填楼編のクライマックスが近づいて参りました。これからはシロタマ編の色が強くなってくるでしょう。
 消えない罪に己を滅したシロと、罪の真実を告げるべく孤軍奮闘を始めたタマモ。
 行方不明の横島とパピリオ。
 パシリのガルーダ兄弟。
 何故か帰ってこないマリア。
 背中にサロン〇ス貼ってまんじりともしない日々を過ごす小竜姫。
 魔装薬の出所と、伝馬の言う『夢』。
 伏線回収のし甲斐があるってもんですな!


 ではレス返しをば。


 カシム様
 おおカシム様。またのんびりお付き合いくだされば幸いですよう。
 アシュタロスの一件で、民間GSとオカGの付き合い方を世に示せたのは一つの収穫だったと思います。美神美智恵のカリスマもあったとはいえ、一流どころのGSを組織的に運用して大規模な犯罪に挑むには、やはり前例があって然るべきでしょうし。魔填楼相手にもその手腕は如何なく発揮してほしいものです(他人事か
 横島本編復帰はいつだ! 作者にも分かりません!
 ゲリラ的な動きに終始する魔填楼ですから、単純に数字で戦力を表すのは難しいですよね。今回以降、魔填楼に協力する存在についてもちらほらと仄めかしていくつもりです。流石に伝馬とシロだけじゃ、ねえ。
 鬼門とかヒャクメとか、扱いの芳しくないキャラが好き。カオスは作者の中では別格なので、重要なキャラとして描いておりますよ。ポスト的にもカオスは大事。
 魔填楼で折り返し、くらいの進み方ですね。もう少しだけ続くんじゃ。


 February様
 今年も宜しゅうです、いや本当に…
 悪魔よりあくどいとか酷! でも美神は計算高いというよりは、そっちのが似合いますよね…前世が魔族だし、とか。魔填楼包囲網は急速に狭まっていますので、お楽しみに。
 自分が活躍できる現場で、己の仕事に結果が左右されてしまう…そんな仕事でこそヒャクメは頑張ります。意外と責任感は強い中間管理職みたいな。些細なミスも愛嬌ですよ愛嬌。
 初詣、最後に行ったのは…もう十数年前ですね。小学生時分です。くじ運も良いとはいえないので、おみくじなんかもご無沙汰してます。来年は行こうかな。11ヶ月後。


 月夜様
 西条は美神と違って、流石にもう妙神山でパワーアップ! は難しい年代ですかね。以前、冥子と闘ってもらって散々な目に遭わせた時にちらっと言わせてしまいましたが、彼が登山することはないでしょう、多分。
 美神家と横島家にも因縁ありますしね、彼は。不幸の星が頭上に爛々と…!
 ヒャクメはきっと、どうでもいい大したことのない事を大げさに言う事で、本当に守らなくてはいけない秘密なんかをうっかり喋らないように自制しているのでは。神族としてのヒャクメというより、一個人としてのヒャクメで美神達と付き合っている…だからこそ、対等な付き合いが出来ているのでしょう。微妙に敬語なんですよね、彼女は。不思議な距離感です。
 魔填楼編の結末を決めている分、狩人感は強いのです。美神的には、まだまだ欲求不満ですね。次回以降、爆発させる機会もあるでしょう。


 以上レス返しでした。皆様有難うございました。


 さて次回。
 舞台に役者が集います。袖で待機している面子もどんどん出しますよー。


 ではまた。

 最後までお読み頂き有難うございました!

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