――夏子は苛ついていた。
(……なんやねん……)
ここは医務室。丸椅子に座る彼女の目の前には、先ほどと同じように横島が横たわっている。そしてその横島を挟んだ対面には、彼の上司だというGS美神令子が、同じく座っていた。
超至近距離からの霊波砲の一撃。しかも鳩尾という人体の急所に直撃だった。さすがの横島も昏倒してしまい、ここに運ばれてベッドに寝かされている。
そんな彼は現在、苦しそうにうめいていた。
夏子が苛ついている理由――それは、目の前の横島にある。
会話らしい会話が出来てないから……?
確かにそれもある。再会してからというもの、横島は気絶したり試合したり昏倒したりで、会話できる機会がなかったのは事実なのだから。
しかし、本当の理由はそこではない。彼女を苛つかせている直接の原因は、先ほどの試合にあった。
事故とはいえ、見知らぬ女の子とのキスシーンを、目の前で見せられてしまったのだ。
(……せやからって、なんでこないな気持ちになるねん……)
元々彼女は、横島に対する気持ちに決着をつけに来たのだ。六年間会うことのなかった相手が今更誰と仲良くなってようと、口を挟める筋合いはないし、するつもりもない。
ましてやあのキスは事故である。夏子が気を揉む必要など、どこにもない――
――はずであった。
だが実際は、そんな現場を目の前にして、彼女はざわつく心を抑えることができなかった。
(嫌やわ、こないな気持ち……)
不機嫌そうに眉根を寄せ、胸中でつぶやく。
だが――実のところ、彼女は自分の気持ちに気付いていた。
中学時代、そして高校に入った現在――その間、都合四回は男と付き合い、そして別れるといったことを経験していた。どの男とも半年と持たなかったし、せいぜいがキス止まりの関係で終わっていたとはいえ、それでも同年代の平均以上には恋愛経験がある。
そんな夏子が、現在の自分の心に気付かないはずがなかった。ただ、認めたくないだけである。
(ウチが、こないな未練がましい女やったなんて……)
そうでないと思っていた。自分はそんな情けない女じゃないと信じていた。だが実際、横島と再会して以来心の底から湧き上がって来る情動は、自身のそんな願望を裏切っていた。
ふと、彼女は美神の後ろ――そこにあるベッドに横たわる少女を視界に入れる。
その少女は、横島と先ほどまで試合していた対戦相手だった。そして、横島の唇を奪った女でもあり――
「……この馬鹿、公衆の面前でおキヌちゃんに恥かかせるなんて……起きたら絶対シバいてやる」
――たぶん、横島と近しい間柄でもある。
腕を組み、額に井桁を浮かべた見るからに「怒ってるわよ」オーラを撒き散らす美神。その言葉から、夏子はその事実を暗に悟る。
が、それだけではない。夏子の恋愛経験、そして女としての勘が、美神の言葉が別の感情を隠すための方便であると告げていた。それが本人が自覚しているものかどうかは別として。
(……こいつを知れば知るほど、引き込まれる。皆が好きになっていく。それがLikeで終わるかLoveに進むかは人それぞれやけど……変わっとらへんな、昔っから……)
そして――きっと。
夏子は再び、美神がおキヌと呼んだ少女へと視線を向けた。きっと彼女も、横島が好きなのだろう。それもLikeではなく、間違いなくLoveとして。
先ほどのハプニングキスで横島を攻撃したのも、嫌がったからではなく単純に羞恥の表れであったのだろう。幸せな夢を見ているのか、嬉しそうに緩むその寝顔を見る限り、キス自体は忌避していないことは疑いようがなかった。
そんなおキヌと、不機嫌そうに横島を睨む美神を交互に見て、夏子は――
(…………決めた。ウチも一発シバいたる)
そう決心すると、目の前の横島の苦しげなうめき声が、一層深くなった。
そして、そんな夏子たちの様子を、銀一、鬼道、愛子の三人は、遠巻きに見ていた。
「…………大変やなぁ、横っちも」
額に井桁を浮かべ、不気味な笑みを浮かべる銀一に、隣の愛子は冷や汗を一筋垂らした。
「顔が笑ってるわよ……?」
「ほーか? にしても横っち、『モテる奴は敵』だなんて、ええ名言残してくれたもんやなぁ……」
「……帰ってええか?」
更に笑みを深くする銀一の言葉に、鬼道は一つ嘆息し、誰にともなく問いかけた。
『二人三脚でやり直そう』
~第五十六話 誰が為に鐘は鳴る! 二日目・9~
「……どうかなさいましたの?」
――愛子の中の異界学校・保健室――
そこで寝かされている雪之丞を診ていたかおりは、校舎全体に『揺らぎ』を感じ、天井に向かって問いかけた。
『え? い、いや、なんでもないわよ?』
「……そう? まあいいですけど」
愛子のどこか落ち着かない答えが、どこからともなく返ってきた。その声に不審なものを感じたが、本当に緊急の事態ならこちらが何を言うまでもなく呼ぶだろうと思い、それ以上の追及をやめた。
代わりに、別の質問を投げかける。
「試験の方はどうなりましたか?」
『あー……うん、鬼道先生は順調に勝ち進んでる。白龍会の方は、陰念って人が4回戦にピート君と当たってたわ』
「ピートさんと……? あの方の実力なら、そうそう遅れは取らないとは思いますが……結果は?」
『残念なことに負けちゃったわね。ただ、バンパイアの血のお陰か人並み外れたスタミナがあったらしくて、3回戦の対戦相手みたいな重傷は免れてたわ』
「そう……それは不幸中の幸いってところかしら。でも、白龍会にはもう一人いましたわよね。そちらは?」
『鎌田勘九郎ね。……こっちは酷かったわ。運悪く当たった人は、救急車で緊急搬送。美神さんの言葉によれば、命が助かってもGSとしては絶望的だって』
「そう……ですか」
その返答に、かおりは唇を噛み締めた。そして、一刻も早く白龍会の凶行を止めねばならないと強く思う。
そのためには、雪之丞から事情を聞き出して証拠記録としてテープ等に残し、メドーサの手中にあるという人質を解放すると同時にそれを運営委員会に提出。それにより陰念と勘九郎の参加資格を剥奪するのがベストと言えよう。
間違っても、人質解放前にその証拠記録を出してはいけない。その場合、メドーサが人質を殺害するという凶行に出ることは十分に考えられるからだ。逆に人質解放より後ならば良いのだろうが、あの二人が人質のせいで仕方なく従っているとは限らない。最悪、人質の存在など関係ないとばかりに、対戦相手への過剰攻撃を続ける可能性もあった。
いや――勘九郎のためらいのない容赦のなさ、そして陰念の悪役面を見る限り、その可能性は極めて高いと言えよう。
(そういえば……)
思い出す。確か横島は、順調に勝ち進めば準決勝で勘九郎と当たるはずだ。かおりは彼の実力はいまいち測りかねていたが、もし彼が勘九郎に抗するだけの実力を持っているのであれば、その凶行をそこで止められるかもしれない。
「愛子さん……横島さんはどうでしたか? 少なくとも、氷室さんよりは実力があるはずですので、負けることはないと思いますが……」
『あー……横島君ね。うーん……』
「……どうしましたの?」
『…………敗退しちゃった』
「はい?」
しばしの沈黙を挟み、言いづらそうに答えた愛子の言葉に、かおりは思わず聞き返した。
『正確には引き分け。ダブルノックアウト。今、おキヌちゃんと並んでベッドで寝てる』
「何やってるんですかあの人は!?」
いきなり期待を外され、かおりは思わず怒鳴ってしまった。
その後ろでは、ショウトラに顔を舐められている雪之丞が、「うーん……ママ……」などと寝言でうめいていた。
――都心某所『TOKYO CITY HOTEL』――
「ここで間違いないんじゃな?」
その地下駐車場に停めたワンボックスから降車し、カオスが開口一番エミに尋ねた。
彼に続き、エミ、タイガー、マリア、テレサが次々に車から降りる。
「間違いないワケ。ここのどっかの部屋……水晶を通して見た限り、窓からの景色は相当高い場所だったわ」
「上層階ってことですカイノー」
「そーゆーコト」
タイガーがエミの言わんとしていたことを代わりに口にし、エミが頷いた。そして彼女は、最後に車から降りてくる人物――角材を担いだ魔理に、冷めた視線を向ける。
「言っておくけど、おたくはここで待ってるワケ。間違っても、付いて来ようなんて思わないでくれる?」
「……なんでだよ。アタシも……」
「声に覇気がないわね。本当はわかってるんじゃないの?」
「くっ……」
反論しようとしたところを遮られ、逆に問われて返答に詰まる。
「霊能力はないし実戦経験は浅い。そんなド素人を連れて行けるほど、今回の仕事は楽じゃないワケ。死にそうになっても守ってなんてやれない。わかるでしょ?」
正論である。今回の相手はメドーサの眷属、石化能力を持つ厄介な魔竜『ビッグ・イーター』。それも一匹二匹ではなく、かなりの数らしい。しかも、即時全滅させなければ、連中が見張っている人質に危害が及ぶ可能性が高いときた。
それだけ聞いても、これから行う事の難易度が極めて高いことが伺えるだろう。そんな仕事に、霊能力を持たない女子高生が混ざる――それがどれ程の危険行為であるかは言うまでもない。自殺行為と言い換えてもいいだろう。
だが――
「そのアタシから霊能力を奪ったのは、どこのどいつだ……!」
それでも、魔理は納得がいかなかった。自分が力を失った原因が、目の前にいるのだから。
しかしエミは、それでもなお冷めた表情を変えない。
「そうね。おたくの言いたいことはわかるわ」
特に感情を交えず、淡々と魔理の感情を肯定する。
「けど、それとこれとは話は別。おたくに対する贖罪のためだけに、仕事に無用な不安要素を投入するわけにはいかないの。ここまで勝手に付いて来たのは百歩譲って許しても、ここから先は許すわけにはいかない。最悪、おたく一人の為に人質のみならず、私たちさえ全滅する恐れもあるワケ」
「けど――!」
理屈ではわかる。わかるのだ。
が――やはり、感情が納得しない。目の前にいるエミとタイガーに対するわだかまりもあるが、それ以上に、友人であるおキヌの為に何もしてやれない自分が腹立たしいのだ。
そもそもこちら側に付いて来たのは、『かおりと一緒に雪之丞の説得、もしくは尋問』という役割に、自分が役に立てるとは思えなかったからだ。
自分の性根は自分が一番熟知している。説得や尋問といった話術を必要とする役割に、頭の悪い自分が役に立てる要素はどこにもない。自分が役に立てるとしたら、荒事以外に有り得ないのだ。
友人が苦しんでいる。横島が頑張っている。美神も自分と同じように霊能力がなくなっているにも関わらず、自分の知識と経験を活かして現場の指揮を担当している。そしてかおりや愛子も、自分に出来ることで役に立とうとしている。
その中で、自分一人が何も出来ない。そんな苛立ちが、彼女の足を自然とこちら側へと向かわせた。
そんな魔理の様子を見て――エミは、はぁとため息をついた。
「……言っておくけど、物事には適材適所ってものがあるワケ。おたくの適所なんて、私にはわからないけど――ハッキリ言わせてもらうと、少なくともここじゃないってことは断言できるワケ」
「だ、だけど……!」
「悪いけど、これ以上の問答は無意味よ」
なおも言い募ろうとした魔理を、エミはばっさりと切り捨てる。そして彼女はきびすを返し、すたすたとエレベーターに向かって歩き出した。
「待っ――」
「待ってツカサイ、エミさん!」
それを引き止めようとした魔理。だがその言葉に、大音量で重なる声があった。
その独特の口調から、声の主は言わずもがなである。
「……何? タイガー」
――そう。タイガーであった。
エミは足を止め、肩越しに振り返ってタイガーを睨む。その視線に、タイガーは一瞬「うっ」と言葉に詰まるが――
「い、一文字さんだって武器は持ってますジャ……」
弱々しく、だがはっきりと口を開いた。
「そ、そりゃ霊能力はなくなってますケン。大した戦力にならないかもしれないですジャ。で、でも、ここは少しでも戦力があった方がいいと思いますケンノー!」
「お前……」
その言葉が自分を擁護するものであることは、学のない魔理にでもわかった。いきなり自分を擁護する言葉を口にしたタイガーに、魔理は虚を突かれたかのような表情で彼を見上げる。
しかし、そのタイガーを見るエミの視線は、あくまでも冷たかった。
「……タイガー。おたく、『戦力』と『足手まとい』の違いもわからないワケ? それとも、その子から霊能力を奪ったことに対する後ろめたさだけで、そんなこと言ってるの?」
「うっ……」
「どっちにしろ、私の判断は覆らないわよ。あと、上司の言うことは黙って聞いとくワケ」
その指摘に言葉に詰まるタイガー。エミの返答はにべもない。彼は、助けを求めるかのように周囲――カオス一味の方に視線を向ける。
が――
「雇い主の言葉には従わなければならんしのう」
カオスは肩をすくめて首を横に振った。助けは期待できそうにない。
「け、けど……」
タイガーはその巨体を縮こまらせ、何か言いたそうにしていたが――しかし上手く言葉にならないらしく、もごもごと口を動かすのみに留まっている。
その煮え切らない態度に、エミは苛立たしげに舌打ちした。
「……なら、タイガー。おたくもココに残ってるワケ」
「エミさん!?」
予想もしなかった台詞に、タイガーが顔を上げて驚いた声を上げる。
「迷いを持った人間を、失敗できない仕事に連れて行くわけにはいかないワケ。おたくはココで、その子が付いて来ないよう見張っときなさい」
そして、「行くわよ」とカオス一味を促し、再びエレベーターに向かう。
「すまんのう」
「ノー・プロブレム。私たちに・お任せください」
「気持ちはわかるけど、こればっかりはねぇ」
カオス一味も、それぞれタイガーと魔理に声をかけ、エミの後に付いて行った。
彼らの背中を見送り――タイガーが、沈んだ表情で魔理に声をかける。
「す、すいませんですジャ……」
「……いいさ……」
頭を下げるタイガーに対し、魔理はそれだけ返した。
一回かばってもらったからって、この男に対する気持ちは変わらない。だが、自分の為に戦力から外されてしまったことに、若干の申し訳なさは感じた。罵倒の言葉など、吐ける気分ではなかった。
エミたちは魔理たちの視線を背に受け、エレベーターの中に入っていく。
そして扉が閉――
「……あ。ブザー」
「マリアさんとテレサさんが叩き出されたケンノー」
重量制限でエレベーターに入れず、慌てて非常階段の方に向かうマリアとテレサを見ながら、二人は後頭部にでっかい汗を浮かべた。
――エミたちがいなくなって、数分――
魔理とタイガーは、一言も言葉を交わすことなく、ただじっと地下駐車場で佇んでいた。
だが――
「あ、あの……」
沈黙に耐えられなくなったのか、おもむろにタイガーが口を開いた。
「……あんだよ?」
対する魔理は、不機嫌そうに返す。その態度に、タイガーは一瞬言葉に詰まるが――
「……エミさん、最近おかしいんですジャ」
少しの沈黙を挟み、続きを口にした。
「ワッシも、エミさんと知り合ってそんなに日にちは経ってないですケン。エミさんのこと、知らないところはいっぱいあるですケンノー。けど……そんなワッシでもわかるぐらい、あの仕事の前と後でテンションが違うんですジャ」
「あの仕事って……」
魔理の問いに、タイガーは頷くだけで肯定する。
言わずともわかる。『あの仕事』とは、美神と魔理が霊能力を失うことになったあの件である。
「ワッシがエミさんに雇われて日本に来たのは、あの仕事の直前ですジャ。エミさんは、ワッシの能力を見て『これで令子を痛い目に遭わせてやれるワケ』って気合入りまくってたケンノー。
それが……あの仕事が成功して、美神さんの霊能力がなくなって……それ以来、エミさんのテンションは下がりっぱなしなんですジャ。本人はなんでもない風を装ってるけど、あれ以来あのテンションを見たことは、ついぞなかったですジャ」
「…………」
タイガーの言っている内容を聞き、魔理は顎に手を当てて考え込んだ。
元々、大して頭が良いわけではない魔理である。その辺の気持ちの機微は、聞いただけでは察することはできなかった。タイガーの言葉にあるエミがどんな気持ちでいるのか、そして結局、彼が何を言いたいのか――魔理は、それを判断しかねている。
と――
「エミさんが心配ですジャ」
「……え? お、おい!?」
唐突にタイガーがそう言って、エレベーターに向かって歩き出した。いきなりの行動に、魔理が慌ててその後ろに付いて行く。
「さっき、エミさん自身が言ったことですジャ。『迷いを持った人間を、失敗できない仕事に連れて行くわけにはいかない』って。けど今のエミさん自身が、そんな『迷いを持った人間』のような気がしてならないですケン。ワッシは、そんなエミさんを放っておくわけにはいかないですジャ」
「じゃあ、アタシはどうなるんだ?」
「う……」
その問いかけに、タイガーは足を止めて振り返り、魔理の方を見た。何か迷っているかのように、視線を宙に泳がせる。
そんなタイガーの様子に、魔理はその顔に意地の悪い笑みを浮かべた。
「お前はアタシの見張り役なんだろ? だったら、アタシと離れるわけにはいかないんじゃないか?」
「そ、それは……」
「そのお前が動いちまったら……アタシも付いて行くしかねーじゃねーか」
「!」
その言葉に、タイガーは目を丸くした。
数瞬、固まるタイガー。やがて――
「…………仕方のないことなんですジャー」
「ああ。仕方のないことだよな」
そう言葉を交わす二人は、我が意を得たりとばかりに笑い合った。
「……よし」
――場面は試合会場に戻り、館内通路――
聖書、破魔札、精霊石――自分の持ちうる限りの装備で身を固めた唐巣は、その装備をもう一度確認すると、中指で眼鏡の位置を押し上げた。足の具合も、既に完全に回復している。
2回戦でおキヌに敗退した直後、彼は医療班の冥子に傷付いた足をヒーリングしてもらった。その後は変装を解き、観客の一人として試験の推移を見守っていたのだが――4回戦で弟子であるピートが敗退し、落ち込む彼を元気付けるのに、少々時間を取ってしまった。
試験は既に5回戦まで進んでいる。そろそろ、状況が動いてもおかしくない頃合だ。事によったら、魔族であるメドーサと相対しなければならないかもしれない。それゆえの万全の装備である。
美神たちは今、医務室にいるらしい。彼女らと合流し、有事に備えようと考えた唐巣は、現在そこに向かっていた。
と――
「あら? 唐巣神父じゃないですか」
声を掛けられ、彼は足を止める。そして、声のした方へと振り返ると――
「おや……百合子さんでしたか。顔色が少々優れないようですが……どうかなさったのですか?」
そこにいたのは、百合子だった。態度こそ普通にしているものの、顔には少々血色が足りないのが見て取れた。
「ええ、まあちょっと……それにしてもちょうど良かった。神父に預けたいものがあるんで、探してたんですよ」
「私に……ですか?」
この人が自分に預けたいものとは、なんだろう? 胸中で首を傾げながら、唐巣は体ごと向き直って百合子に正面から向き合う形を取った。
「ええ。これなんですけどね……ちょっと、メドーサからちょろまかしてきたんですよ」
「…………は?」
とんでもないことをなんでもないように言う百合子に、唐巣は思わず眼鏡を半分ほどずり落ちさせてしまった。
その百合子が差し出した手には――華が閉じ込められている水晶玉が乗せられていた。
――おまけ――
「はぁ……まったく、なんなんやねん……」
試合場へと続く館内通路。
鬼道はその廊下を、呆れたため息をつきながら、試合場に向かって歩いていた。
試合を理由に医務室から出てきたものの、美神、銀一、夏子の放つ嫉妬のオーラが蔓延するあの部屋は、正直言って居心地が悪かった。早々に出てこれて良かったと思う。
そんなことを考えていると、やがて廊下の終点、試合場の出入り口へと出た。
と――
「……ん?」
「あら……?」
試合場に入るなり、黒い胴着を着た男――鎌田勘九郎と鉢合わせた。鬼道は相手の姿を見るなり、すぅっと視線を鋭くする。
「鎌田勘九郎……」
「そういうあなたは、鬼道政樹ね? 会えて嬉しいわぁ♪」
頬に手を当て、ポッと顔を赤くする勘九郎。正直気持ち悪い。鬼道は思わず、一歩下がった。
このオカマっぽい男には、第一印象からして既に関わりたくない気持ちで一杯になってしまった。だが、彼の足取りを見るなり、今まさに廊下に入ろうとしていたところだろう。ならば、雪之丞とおキヌの見舞いと称し、医務室に向かおうとしていた可能性がある。
だとすれば、それだけは阻止しなければならない。鬼道は「ほんじゃ」と手を上げてサヨナラしたくなる気持ちをぐっと抑え、彼をここで足止めすることに決めた。
「私の名前も知ってるなんて、光栄だわ♪」
「……そら、あんだけ救急車呼べば噂も広まるってもんや。4回戦終了までに3台――大会新記録らしいで」
「あら、大変ねぇ……でも、わざとじゃないのよ? 私、慣れなくて加減がわからないの」
「どうだか……」
のらりくらりととぼける勘九郎に、鬼道は胡乱げな眼差しを向ける。
そして同時に確信した。この男は、人質の有無に関係なく、自分の意思でメドーサの手足となっていることを。
(こいつはこいつで、力尽くで止めなあかんようやな……けど)
「お互い、順調に勝ち進めば決勝で当たることになりそうやな」
そう言いながら、鬼道は自分の言葉の内容に、胸中で舌打ちする。勘九郎と同じブロックにいた横島がリタイヤしてしまった以上、決勝まで彼を止められる人間がいないのだ。
すなわち、5回戦、準決勝と、少なくともあと二人は犠牲者が出るということだ。
「そうねぇ……でもあなたは、その前に準決勝で陰念と当たるんじゃないの?」
そう言って、勘九郎は試合場の方に視線を向ける。そこでは、ちょうど魔装術を纏った陰念が試合していたところだった。
「彼、魔装術を手に入れただけの三下だけど……パワーだけは一級品よ」
「それがどないした? あないな奴、ボクと夜叉丸の敵やあらへん」
勘九郎の言葉に、鬼道は表情を動かすことなく言い切った。その自信に、勘九郎は視線を試合場から鬼道の方に戻し、感心したように笑う。
「言うわねぇ……嫌いじゃないわよ、そーゆーの。ま、陰念も陰念で手加減ってもの知らないから、万一のことには気を付けることね」
そう言って、彼は試合場に視線を戻した。
「ほら……見なさいな、あの容赦のない試合を。この分だと、この試合でも救急車が呼ばれることになるかもしれないわね」
「……容赦……」
勘九郎はそう言うが――彼に倣って視線を試合場に向けた鬼道は、訝しげに眉根を寄せた。
「…………ちょっとええか?」
「何?」
「あれは、容赦がないと言えるんか?」
鬼道が問いかけたと同時――
『うわぁぁぁぁぁーん!』
何やら悲鳴らしきものを上げて目の幅いっぱいに涙を流す陰念は、両手をただガムシャラに振り回していただけ――いわゆる『駄々っ子パンチ』を繰り返していた。
「……あれはむしろ、ヤケクソってやつやないんか?」
「…………そうね」
鬼道の的確すぎる指摘に、勘九郎は後頭部にでっかい汗を浮かべ、肯定する以外の言葉は持ち合わせていない様子であった。
勿論のこと――鬼道には、陰念のハートブレイクなど知る由もなかった。
――あとがき――
今回は繋ぎの話で、各キャラの心理をメインに表現していきました。次回から事態が動き始めます。
そして陰念は相変わらずオチ担当。美味しいキャラです。本人的には不本意でしょうがw
それと、今回協力してくれたお二方、この場を借りて感謝させていただきます。あなたがたの助言がなければ、不自然な方向に突っ走っていたところでした。ありがとうございます♪
ではレス返しー。
○1. チョーやんさん
離れていた分好感度が下がっているので、それほど激しい修羅場にはなりませんでした。ただ彼女は、自分の感情を持て余しているようで……はてさてどーなることやらw ネタの拝借に関しては了承しましたー。でも、単なる劣化コピペにならないようお気を付けください。
○2. Tシローさん
GS試験NG大賞とかそんな感じの番組が組まれたらピンチですねw しかしその前に、おキヌちゃんの3回戦の映像を見て「俺も一歩間違えれば……」と真っ青になる横島が見れるかもしれませんがw
○3. 117さん
前の試合でのファインプレーは、この試合でもコケるという暗示でもありました。夏子は自分の感情を持て余している様子で、この先どーなることやらw
○4. アルカイ カグラさん
これからも頑張り続けますので、存分に糖分補給しちゃってください♪(ぉ
○5. 白川正さん
夏子たちの反応は、ちょっと大人しめにしました。やっぱいきなり修羅場ってほど好感度高くないわけで。禁止武器に関しては、マリアやヒトキリ丸がOKで霊体ボーガンはNGってのも変な話なので、そういうことはないかと思います。というか、そもそもドローを忌避しなければならない理由は特にないと思うんですが。
○6. え~っとさん
GJありがとうです♪
○7. 山の影さん
おキヌちゃんファーストキスです。しかも横島も、心はともかく体の方がファーストキスです。存分に糖分補給しちゃってください♪
○8. Februaryさん
結果的には色々と万々歳ですねw ちなみに例の台詞は頑駄無Wじゃなくて、おキヌちゃん自身が原作2話『オフィスビルを除霊せよ!』で言ってた台詞そのままです。さすがに状況に合わせて、「苦しい」を「痛い」に変更しましたが。
○9. 光と闇さん
いいえ、『ギャグ補正』という名の宇宙意志です。……たぶん。きっと。めいびー。ガクガクブルブル。
○10. Mistearさん
私は可愛いおキヌちゃんを書けて満足です♪ 横島はまだ目を覚ましません。折檻は次回にw
○11. ねこさん
はい。ある意味どころか、資格は取ったしフラグは進んだしで万事OKですよ♪
○12. とろもろさん
夏子は、暴走させるにはちょっとフラグが弱いかなーと思って、大人しめにしときました。でもプチ修羅場は残ってますよー(ニヤリ
○13. パチモンさん
祭り……はっ! 額に「しっと」と書かれた覆面の集団ですか!? 逃げてー! 横島超逃げてー!
○14. 内海一弘さん
とりあえず、横島は再起不能にはなってないので、条件は満たせてません。まあ、おキヌちゃんが一人も条件を満たせないってのは最初から決めてたことですので……修羅場は、そんな激しいのは予定してませんので、先にごめんなさいしておきます(汗
○15. 月夜さん
私の書くおキヌちゃんが参考になると言うのでしたら、それはもう嬉しい限り。書いた甲斐があったというものです♪ おキヌちゃんの資格は、元々白龍会を止めるために潜入したのですから、事情を話せば特に問題はないかと。
ちなみに某超人に関しては、実は私も元ネタのホーガンより先にあっちを読んでたりw クォーラルボンバーって、まんまアックスボンバーですよねぇ……
○16. ARAWASAGOさん
ええ、勿論w 人質の存在は、おキヌちゃんが横島と戦う理由付けのために必要でしたw それ以外にも、魔装術は4回戦までコマを進めるため、夏子の存在はおキヌちゃんのヤキモチを誘発するため、それぞれ必要だったわけで。まあ、それぞれまた別の伏線も兼ねてるんですけどね。
○17. フリッカーフェイルさん
今回、特に壊れた人いませんでしたねー。銀ちゃんが嫉妬で微妙に黒くなってたぐらいでw そしてソレはテイルズシリーズの称号入手ですか? なかなか面白い称号ですね♪
○18. エのさん
おキヌちゃん節全開で炸裂しました♪ 存分に楽しんでいただいて何よりですw
○19. ながおさん
コピーDVDですかw もはや記録というよりは記念品ですね♪ それにしても、痛いのは一瞬って……何をするつもりですかw
レス返し終了ー。では次回、五十七話でお会いしましょう♪
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