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「二人三脚でやり直そう 〜第五十五話〜(GS)」

いしゅたる (2008-01-25 18:29)
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 ――GS資格取得二次試験、4回戦第4試合――

「試合開始!」

 審判の声が朗々と響く。
 試合場に立っている二人の男。うち片方は、着物に身を包んでいる鬼道だった。

(……随分、厄介なことになっとるようやな……)

 彼は試合前、美神から事の詳細を聞いた。
 魔族メドーサの手中にある霊能格闘道場『白龍会』――美神令子除霊事務所のスタッフにして、鬼道の教え子の一人である氷室キヌが、自らそこの潜入捜査を買って出たという。
 だが彼女は帰って来なかった。そして、このGS試験で白龍会の胴着に身を包み、彼らの一員として参加していた。
 美神らが独自に得た情報によれば、白龍会のメンバーはメドーサに人質を取られ、協力させられているという。そしてこの件に関しては、相手が相手なだけに、神族の小竜姫も動いているという話だ。

(理事長は、全部知っとったんやな……)

 鬼道はそのことに思い至り、舌打ちする。
 突然のGS試験参加への推挙、そして妙神山へ行けという指示――どう考えても偶然とは思えない。

 と――

「何をブツクサ言っている!」

 しきりに考え事をする鬼道の様子に業を煮やしたのか、対戦相手がそう叫び、持っていた霊体ボーガンを鬼道に向けて撃った。
 だが――

 バシッ!

「なっ!?」

 突如、鬼道の影から出てきた童子姿の式神『夜叉丸』の手刀により、放たれた矢は鬼道に届くことなく叩き落された。

「……夜叉丸」

『ヴ……』

 鬼道のつぶやきに、夜叉丸は低い唸り声と共に頷く。
 直後、夜叉丸は一瞬で対戦相手との距離を詰め、その勢いのまま肘を相手の鳩尾に突き入れた。

「ぐ……う……っ!」

 対戦相手は苦悶のうめきを上げ、そのまま崩れ落ちる。
 審判が駆け寄り、倒れた彼の容態を見て――

「勝負あり! 勝者、鬼道政樹!」

 鬼道の左手を取り、高々と掲げ、そう宣言した。
 だが鬼道は特に感慨もなさそうな表情で、試合場の一角に視線を向ける。

 その視線の先にいるのは――鎌田勘九郎、陰念、氷室キヌの白龍会メンバー。

「……ったく、それならそうと最初から言うてくれればええんに……」

 彼らを視界に収めながら、鬼道はここにはいない六道夫人に対して愚痴をこぼした。
 そして、対戦相手が担架で試合場から運び出されるのを見送り、自分も試合場から出る。彼の視線の先では、おキヌが不安げな視線を返して来ていた。

「次、4回戦第5試合! 横島忠夫選手、氷室キヌ選手! 試合場へ!」

 呼ばれ、彼女が鬼道の方へと――正確にはその背後の試合場へ向かい、歩いてくる。
 鬼道は微動だにせず、彼女がやって来るのを待つ。おキヌは鬼道の目の前までやって来てもなお速度を緩めず、その横を――無理して鬼道を無視しているのが丸わかりな様子で――通り過ぎる。

 が――


「……信じろ。ボクを、横島を、お前の周りにいた皆を。必ず全部上手くいく。そうさせてみせる」


 おキヌが横を通り過ぎるその瞬間、鬼道は振り向かないままぽつりと告げた。
 その言葉に、おキヌの足取りがぴたりと止まる。

「せやから……皆に心配させた罰として、復学したら補習や。覚悟しとき」

 それだけ言って、鬼道は試合場に背を向けたまま、歩き出す。
 ややあって――


「試合開始!」


 彼の背後から、審判の試合開始宣言が聞こえてきた。


   『二人三脚でやり直そう』
      〜第五十五話 誰が為に鐘は鳴る! 二日目・8〜


「おキヌちゃん……」

「横島さん……」

 試合開始の合図より、すぐ。
 横島は栄光の手を霊波刀状態にし、おキヌは魔装術を纏い、互いに臨戦態勢を取っていた。
 しかし二人は、一歩も動かない。

(……どーしろっつーのさ)

 横島は、胸中で途方に暮れる。
 成り行きでおキヌとの試合に臨んだは良いが、彼にとっておキヌという少女は『守るべき存在』だ。いくら試合だからといっても、攻撃するのにはためらいを覚える。
 積極的に攻撃をする気にはなれず、だが試合なのでいつまでもそうしてはいられない。ジレンマであった。


 一方、おキヌの方は――


(……どうしよう……)

 横島と同じように悩んでいた。
 おキヌにとっての横島は、『力になってあげたい存在』だ。今回の白龍会潜入も、ひとえにその想いゆえにである。
 彼女も横島と同様、試合という場において攻撃しなければ進まないのはわかっていても、それをするのにためらいを覚えていた。

 ――それに――

(私では……横島さんには、勝てない)

 横島はおどけた戦い方をするが、不真面目なわけではない。戦闘に臨むその姿勢がアレなために周囲から誤解されがちだが、彼は彼なりに真面目なのだ。そしてその実力は――本人にその自覚があるかどうかはともかく――意外にも高い。少なくとも、おキヌでは届かないのは確実であった。

(今の私では、まだ横島さんの力にはなれない……現に今も、メドーサさんにいいように使われて、横島さんに迷惑かけちゃってる)

 しかも、その状況が自力では打破できない――それどころか、何一つとして出来る事がないのだ。
 今さっき、学校の担任である鬼道から「何とかしてみせる」と言葉をかけられた時は、素直に嬉しいと思った。そして、彼に言われるまでもなく彼女は目の前の少年を信じており、最終的に現状を打破してくれると確信に似た想いを抱いている。
 だが――それでも。
 それでも彼女は、彼らに力になれない自分を、情けなく思っていた。

 と――

「……なあ、おキヌちゃん」

 横島が、遠慮がちに話しかけてきた。

「ギブアップ……できないかな? GS資格はなくなっちゃうけど、俺たちで戦っても意味ないと思うんだ」

「…………」

 横島のその提案に、おキヌは即答することができなかった。
 ――魅力的な提案に思えてしまったのだ。元々GS資格が欲しくてここに来たわけではないし、彼と傷付けあうぐらいなら試合放棄した方がマシだと思っているのは事実なのだから。

 が――

「……無理、ですよ……そんなことしたら、あの人が何をするか……」

「だよなぁ……」

 心底から残念そうな苦笑で返すおキヌに、横島も気まずそうに苦笑した。
 そう。無理なのだ。そして、二人ともわかっていた。受験生としてこの場に立った以上、ルール的にも立場的にも、戦う以外に道が無いということを。
 ただ、二人は互いを傷付けたくないと思っているがゆえに、それを認めたくなかっただけだった。

(……でも、認めないわけにはいかないですよね……)

 いい加減、現実から目を背け続けるのも限界だった。おキヌはわずかに腰を落とし、戦う構えを取る。
 それを見た横島も、残念そうな苦笑を浮かべ、同じくわずかに腰を落とし、いつでも動ける体勢になった。

(今、この場で私に出来ること……それは何の意味も無い試合をして、横島さんと傷付けあうことだけ……)

 そのことに痛む心を自覚しながら、おキヌは思う。
 それしかないのであれば……いっそのこと、彼に見てもらうとしよう。自分が白龍会で教えを受け、メドーサから魔装術を授かり、どれ程まで戦えるようになったかを。
 おキヌは内心の葛藤を無理矢理奥にしまい込み、戦う視線を横島に向ける。

「きっと、まだあなたには全然届かない……けど見てください。私が今、どれぐらい戦えるようになったかを」

 その言葉に、横島は少し驚いたかのように目を丸くし――そして、都合三度目の苦笑をこぼした。

「……おキヌちゃんにそーゆー台詞は似合わないと思うけど……ま、しゃーないか。ほんじゃいっちょ、折角の機会だし見せてもらうとしましょーかっ!」

「はいっ!」

 応えた横島の言葉に、おキヌは元気良く頷く。
 胸を貸してもらう気持ちで行こう――そう自分に言い聞かせながら、おキヌは一歩下がって霊波砲を放った。


 ――観客席――

 夏子、銀一、愛子と並んで座っている美神は、組んだ手で口元を隠しながら、対峙して動かない横島とおキヌを無言で見つめていた。
 かおりと冥子は、愛子の中の異界空間で雪之丞の傍にいる。かおりは尋問担当、冥子は治療担当にして雪之丞が暴れ出した際の鎮圧係だ。
 ……ちなみにそんな事態になったら、雪之丞どころかかおりと愛子の身の安全まで危うくなってしまう気がするのは、気のせいである。きっと。
 それはともかく――本当ならば美神の方が、性格的にも経験量においても尋問に向いているのだが、同時にそれは現場判断能力も優れていることを示す。彼女はこの試験会場でメドーサや白龍会メンバーの動向を注視し、事態が動いた時に適切な指示を下す――いわゆる指揮官的な役割を担う必要があった。
 そして尋問に向いた人間といえばもう一人、鬼道がいたのだが、彼には試合がある。消去法で、雪之丞の尋問を担当するのは、かおり以外にいなくなっていた。

(……百合子さんがいてくれれば、任せられたんでしょうけどね)

 美神はそう思うも、彼女はあれ以来姿が見えない。メドーサの前でも顔色一つ変えない彼女の度胸、加えて伝え聞く『伝説のOL』としての交渉能力を思えば、是非とも協力を願いたい人材だったのだが。
 ――もっとも、正直なところを言えば、美神は百合子のようなタイプは苦手だった。
 それを表に出すのは一流GSたる彼女のプライドが許さなかったが、百合子が近くにいると、得体の知れない息苦しさを感じるのだ。
 もしかしたらあれが、『伝説のOL』のプレッシャーなのかもしれないが――彼女の協力を得られないことを残念に思う反面、顔を合わせずに済んでほっとしている部分もある。複雑なものであった。

 そんなことを考えているうちにも、試合が動き始めた。
 初手はおキヌ。一歩下がって放った霊波砲を、横島はあっさりと避ける。

「……始まったわね」

 そんな試合の様子を見ながら、美神はぽつりとこぼした。


 一方、観客席の別の一角では――

「うーん……こういう組み合わせは、あんまし好きじゃないんだけど……」

 百合子が一人、困った顔で試合を見ていた。

「忠夫にあの子を傷付けられるとは思えないけど……間違っても、嫁入り前の女の子を傷物にしちゃダメよ?」

 この距離から聞こえるとは思ってもいないが、彼女は試合場の息子に向かい、そんな言葉を送った。


「よっ」

「きゃっ!」

 横島が近付き、弱めに霊力を纏った拳を繰り出す。
 栄光の手は、威力があり過ぎる。おキヌの体に傷なんてものは刻みたくない。
 それを思えば、霊力の篭った攻撃しか通さないこの結界は、ある意味都合が良かった。いくら筋力を全開にして攻撃を繰り出しても、そこに乗せる霊力さえセーブしておけば、大事には至らないのだから。

 が――

「えいっ!」

「おおうっ!?」

 ――おキヌとの試合は、横島が思っていた以上に戦いづらかった。
 動きは雪之丞のレベルにはとても届かない。直前に彼との試合を勝ち抜いた横島からすれば、おキヌの動きは止まってるように見えた。
 だが実際は、思ったようにいってない。
 攻撃を繰り出せば、危なっかしくもきちんと避ける。霊波砲による遠距離攻撃は、先読みしてるかのように正確。

(……いや、実際に先読みできてんだろーな)

 そのことに思い至り、横島は苦笑した。
 彼女とは逆行前から含めて、それこそ数え切れないぐらい除霊の仕事を共にしていたため、互いの行動パターンは熟知していた。逆行前で銀一と再会した際、飛行機を襲ってきたストーカーの悪霊を退治した時なんかは、事前の打ち合わせも無しに息を合わせられたぐらいである。そんなおキヌにとって、横島の戦闘行動パターンは、手に取るようにわかるのだろう。
 対し横島は、おキヌが前線で戦うのを見るのは、これが初めてである。そのハンデは大きく、結果として「おキヌに攻撃を当てづらく、おキヌの攻撃を避けづらい」という状況が出来上がっていた。

 何より――

「おりゃっ!」

「わきゃっ!?」

 フェイントを織り交ぜて繰り出した横島の攻撃も、小さな悲鳴を上げつつもしっかりと避けるおキヌ。

 ――こうやって攻撃してみて初めてわかったことだが、先読みを抜きにしても、彼女の回避能力のレベルは高かった。

(……考えてみれば、美神さんのとこで働いてりゃーそりゃなぁ……)

 そんなおキヌの回避を見ながら、横島は昔を思い出していた。
 霊能に目覚める前にまで記憶を遡らせる。思い起こせば、霊能力によって身を守る手段を持ち合わせていなかった時から、彼は既に荷物持ちとして前線にいたのだった。それでも特に大きな怪我もなく生き残って来れたのは、必死に逃げ回っていたからに他ならない。

 そして――それは、おキヌも同じである。

 荷物の有る無しという違いがあるにせよ、特にこれといった防御能力も無しに悪霊や妖怪の目の前に立っていたという点は、おキヌも横島と同じだった。そして横島が途中から霊能力に目覚めた分、おキヌの方がより長くそういう状況に晒されていたと言える。
 そんな彼女の回避技能――と言うよりは逃走技能と呼んだ方が近いかもしれないが――は、ある意味横島と同レベルの域に達している。そこに横島の行動パターンを熟知していることから来る先読みが加われば、横島の攻撃が当たらないのも道理と言えた。

『ことのほか、厄介だな』

「ああ」

 そのことは、心眼も察しているのだろう。その言葉に、横島は短く頷いた。
 どうすれば、おキヌに怪我させずに勝つことができるか――彼女の繰り出す霊波砲を避けつつ、横島は頭の中でその方法を模索し続けていた。


 そして、その試合を見るメドーサは――

(……なんだい、この試合は……!)

 声に出さず、苛立っていた。

 彼女はこの試合、実は結構楽しみにしていたものである。本来仲間で、しかも互いに憎からず想い合っている間柄の二人が、試合で苦悩しながら傷付け合う――そんな苦悶に歪む顔を見せてもらえると思うたび、彼女の嗜虐心は刺激されていたのだ。
 だが、実際に試合が始まってみれば、どうだろう。
 確かに二人とも、苦悩しながら戦っているようであった。だがやっていることは、本気とは程遠い気の抜けた攻撃ばかり。おキヌはそれなりに本気を出しているようだが、横島の方は彼女を気遣っているのか、攻撃力をとことんまで抑えている。

(まるでママゴトじゃないか……!)

 おキヌも横島のことを信頼しているのか、その表情はいまだ晴れていないものの、苦悩の色は鳴りを潜めている。期待外れの茶番を見せられたメドーサは、不機嫌そうに顔を歪めた。

「……中々良い試合ではありませんか」

「…………ちっ」

 隣でしゃあしゃあとつぶやく小竜姫の皮肉にも、メドーサは舌打ちで返すにとどめるしかできなかった。


 そして――観客席の別の一角。
 美神から見て、銀一を挟んだ向こう側の席に座る夏子は。

(……結局、何も話せんかったやんか)

 おキヌと戦う横島を見ながら、内心で唇を尖らせていた。
 結局あの後、横島が目を覚ましたのは、試合の順番がやってくる直前だった。というか、美神が無理矢理引っ張り起こしたのだが。
 そして碌に話す時間も取れないまま、彼は試合場の方へと向かわされた。
 美神に尻を蹴飛ばされ、「また後でなーっ!」という悲鳴混じりの言葉と共に慌てて走り去って行った横島。彼の背中を見送ることしかできないことに、彼女は苛立ちを覚えたものである。

 そんな彼女は、おもむろにスゥーッと大きく息を吸い込み――

「横島ァーッ! さっさと勝って戻ってこぉーいッ!」

 その苛立ちを120%乗せたエールを送った。


「横島ァーッ! さっさと勝って戻ってこぉーいッ!」

 そのエールは、試合場の横島の方にもしっかりと聞こえていた。

「……無茶ゆーなっちゅーねん」

 目の前のおキヌは、横島にとって一番戦いづらい相手である。だが事情を知らない夏子は、よもやおキヌが横島たちの仲間だなどとは思ってもいないだろう。とはいえ、その発言が横島にとって無遠慮なものであるのは変わりないので、彼は頬に一筋の汗を垂らした。
 横島同様にその声を耳にしたおキヌは、攻撃の手を止めて横島に問いかける。

「横島さん……あの人は?」

「夏子っていって、小学校の頃の同級生だよ」

「小学校って……大阪のですか? なんで東京に?」

「さあ? 銀ちゃんは、はるばる大阪から来たって言ってたけど……」

 おキヌの質問に首を傾げる横島。そしておキヌは、声のした方――観客席の方に目を向ける。

「……銀一さんの隣に座ってる人ですか?」

「ん? ああ」

「美人……ですね」

「だなー。俺も再会した時は見違えたよ」

「…………」

 試合中とは思えないほど呑気なやり取りをする二人。その様子に、審判が眉根を寄せているのが見える。
 が――

「……見違えたんですか」

 そうつぶやいた瞬間、おキヌの纏っていた雰囲気が微妙に変化したのだが――

「そうだなー。いっちょまえに成長してたんで驚いたよ」

 横島はそれには気付かず、気軽な様子で返した。

「成長してたんですか。ふぅん……」

 おキヌの雰囲気が、また少しだけ変わる。

「うん、ガキの頃からは想像つかないぐらい。まあ性格は変わってなかったけど」

「そうなんですか……でも、随分と仲が良かったんじゃないですか? あんな声援くれるくらいには」

「……嫌がらせにしか聞こえんがなぁ」

「でも、横島さんが勝つのを願ってるんですよね?」

「まあ、そうじゃなきゃ応援なんてしないだろーな」

「ですよねぇ? うん、そぉですよねぇぇぇ?」

 顔の上半分に影を落とし、にっこりと笑うおキヌ。

「……お、おキヌちゃん……?」

 そこでようやっと、横島はおキヌの雰囲気が異様なものに変わっていることに気付き、冷や汗を一筋頬に垂らした。
 まずい。なんだかよくわからないが、とにかくまずい。直感が、そう訴える。
 ――そして――

「決めましたっ!」

「へ?」

 突然の力強い口調。横島は、何事かと目を丸くする。

「私、横島さんに勝ちますっ!」

「へ?」

 ズビシッ!と指し示された右の人差し指には、気のせいかオーラのような霊気が纏われていた。

「横島さんを、おもいっきり! けちょんけちょんにしてあげ……じゃない、やるんですからっ!」

「はいいっ!?」

 その台詞に、横島は我が耳を疑った。
 一体どうしたことだろう? 横島の知るおキヌという少女は、間違ってもこんな攻撃的な台詞を吐くような子じゃなかったはずだ。雰囲気もおかしいし、明らかに異常である。
 そこで、横島は思い出した。幽霊時代、包丁を研いでいた時に怪しい雰囲気を出していた彼女のことを。今のおキヌは、あの時の危ない雰囲気によく似ている。……いや、もっと近い喩えが他にあったような気もするが、今思い出せるのはそれだった。

 だが、そんな横島の戸惑いも、おキヌは華麗に無視し――

「でりゃあああああっ!」

「のわーっ!?」

 今までで一番気合の乗った霊波砲が、慌てて回避行動を取った横島の頬をかすめた。

「ちょっ! おキヌちゃん、切れた! 頬が切れたよーっ!?」

「もんどーむよーっ!」

「なぜええええええっ!?」

「どおせぇぇぇぇっい!!!」

 三○無双もかくありや、といわんばかりに霊波砲を乱射するおキヌに、横島は涙目になりながらも試合場を脱兎の如く、力の限りに逃げ回った。


「…………むー」

 場所は変わって、観客席。メドーサの隣に座る小竜姫は、横島に声援を送った声の主――夏子を視界に収め、眉間にしわを寄せて小さく唸った。

「……何唸ってんだい?」

「あなたに言うべきことなど何一つありません」

 その様子を怪訝に思って訊ねたメドーサの質問を、彼女はにべもなく切り捨てた。
 メドーサが軽く肩をすくめて試合に視線を戻すと、小竜姫も同様に試合の方に視線を戻した。

「……まさしく痴話喧嘩ですね。情けない……」

「私は気に入ったけどねぇ?」

 ――期待していた方向性とは違うけど、これはこれで少しは面白くなってきたかもね――

 ため息をつく小竜姫を横目に、メドーサは微笑で返して内心でそう付け足した。


 ――そして、その当の夏子といえば――

「だーっ! 何やってんねん横島! 逃げ回ってるだけじゃ勝てへんやんか!」

 試合場の横島の心情など露にも知らず、不平をこぼした。
 そんな夏子の様子を見て、美神は――

(……夏子さん、今自分がものすごい地雷を投げ込んで爆発させたの…………わかってるはずもないわよねぇ……)

 いくら横島の昔の知人とはいえ、一般人の部外者である彼女に事情を話すわけにもいかない美神は、横島とおキヌの関係を口にするわけにもいかず、無言で後頭部にでっかい汗を垂らしていた。


 そして場面は戻り、試合場では――

「でりゃりゃりゃりゃーっ!」

「だっしゃああああああっ!」

 次から次へと霊波砲を繰り出すおキヌ。逃げ回る横島。彼女の霊力は、底が見えない。

 よくよく考えてみれば、彼女の基礎体力――いや、この場合は霊力だが――は、美神令子除霊事務所の除霊に参加していた実戦経験により、それなりに鍛えられているはずだ。加えて六道女学院の除霊実習も受けていて、なおかつネクロマンサーの笛を自在に操っていることを考えれば、彼女の霊力が人並みであろうはずもなかった。……300年間の幽霊生活も、なにげに霊力に影響があるのかもしれないし。
 彼女の“ろぼこんぱんち”から繰り出される連続霊派砲の乱れ飛びっぷりは、見ていていっそ清々しかった。

 ……もっとも、そういった理屈を一切合財飛び越えたナニカで霊力が理不尽なぐらいに無尽蔵になっている可能性も、なきにしもあらずだったが。とゆーかソッチの方が可能性が高い気がする。

「ちょ!? おキヌちゃん、マジで死んでまうって! やばい、いいかげん避けきれんっ!!」

 目やら鼻やら口やらから色々な液体を撒き散らし、横島は悲鳴を上げて逃げ回る。

「大丈夫! 死んでも生きられますっ! ちょっと死ぬほど痛いですけどっ!」

「死ぬほど痛いのはいやじゃーっ!」

 笑顔だが目は笑ってなく、しかも額に井桁を浮かべてそんな台詞をのたまうおキヌ。そんな彼女に対し、横島には拒絶する以外の台詞を持ち合わせていなかった。
 そんな彼女の放つオーラは、どことなく黒っぽかった。……いやまあ、本気で言ってる台詞じゃないとは思うが。とゆーかそー信じたい。

「……なかなか当たりませんね?」

「そりゃ当たりたかないわーっ!」

 ちょっとだけ手を止め、小首を傾げるおキヌ。その仕草自体は可愛らしいのだが、いかんせん今はその言動とのギャップが激しすぎる。
 が――そんな横島の抗議にも耳を貸さず。

「それじゃ、もっと当たりやすい距離まで近付いちゃいましょう♪」

 そんなことをのたまいながら、おもむろに横島に向かって歩き出した。

「ちょ、ちょっとおキヌちゃんーっ!?」

「動かないでくださいねー♪ 距離が開いちゃいますから♪」

 そうは言うが、横島としてはそれは遠慮したいところだった。だがおキヌは構わず、横島の方へと歩いてくる。自然、横島の足は後ろへと下がっていった。

「だ、だいたいなんでそーなんの!? おかしいですよカテジ……もとい、おキヌちゃん!」

「なんで、ですか……?」

 なかば錯乱しかけた横島の問いかけに、おキヌはぴたりと足を止めた。
 だが、怪しい雰囲気はなくならない。それどころか、より深みを増していた。

 ――いや。


「……私だって近くにいたいのに……」


 横島には聞こえない音量でそうつぶやくと、その身から発せられていた圧迫感が急にしぼむ。そして代わりに顔を出してくるのは、どことなく寂しそうな――言うなれば捨てられた子犬のような雰囲気。

「え……?」

 彼女のつぶやきが聞こえないまでも、その雰囲気の変化に横島は戸惑う。


「……今もこんなに近くにいるのに……なんで、こんなに遠いんですか……?」


 再び出てきた言葉は、今度こそ横島の耳に届いた。
 だが――その言葉の意味は、横島には届かない。

「え……どういう意味?」

 横島がそれを問いかけた――瞬間。

「…………っ!」

 おキヌは顔を上げ、きっ!と横島を睨む。同時、しぼんでいたおキヌの圧迫感が、再び顔を現した。

 ――そして――


「横島さんの……ばかぁぁぁぁぁっ!」

「いっ!?」


 おキヌが叫ぶと同時、横島に向かって一気に駆け出してきた。
 虚を突かれた横島は、対応できない。通常使っている『低空滑走』も忘れる程に感情を昂ぶらせた彼女は、普通に足を使って横島との距離を詰め――


 ――ガツッ。


「あ」

「あ」

 普通に足を使ったのが悪かったのだろうか。おキヌの足が突如何かにつまづき、二人の声が重なった。
 そして――当然のことだが、彼女の体が宙を泳ぐ。
 彼女は距離を詰めようとしていた勢いそのままに、その身を横島の方へと投げ出され――

「きゃあああああっ!?」

「わああああああっ!」

 ドタァァァァンッ!

 二人揃って悲鳴を上げ、もつれ合って盛大な音を立て、床に倒れ込んだ。

 瞬間――


 ――ふにゅ。


 何かが自分の上に圧し掛かる重量感。それと共に、横島の口が、何か柔らかいもので塞がれた。

(……なんだ?)

 疑問に思うも、口が塞がれてるので言葉に出すことが出来ない。それに、気付いてみれば、おキヌから感じていた得体の知れない圧迫感が、まるで最初からなかったかのようにいつの間にか霧散していた。
 何がなんだかわからない。彼は現状を確認しようと目を開け――


 ――目を真ん丸く見開いているおキヌの顔が、2、3センチほどの超至近距離に見えた。


(…………え?)

 その状況に、脳がフリーズする。

 試合を見る彼らの知り合いたち――百合子や勘九郎が頬に手を当てて「あらあら」と面白そうにつぶやいてたり、小竜姫とメドーサが揃って目を丸くしてたり、愛子が顔を真っ赤にして凝視してたり、鬼道が呆れ顔で苦笑していたり、銀一や陰念がカクーンと顎を落としていたり、美神と夏子がピキリと額に井桁を浮かべたりしてたのだが――そんな様子は、横島の意識が捉えることはなかった。

 たっぷり十秒――そんな時間、横島とおキヌが石像のように動けずにいると、突然実況のアナウンスが響いた。


『あーっと! これは珍しい! そして羨ましい! 現実にこんなことが起こるとは、誰が予想できたでしょうか!?』

『ボウズのくせに女の子とチューとは生意気あるね! ワタシと代わるよろし!』


「「…………っ!?」」

 その無遠慮な実況に、横島とおキヌの脳が再起動する。
 ――そう。
 二人はもつれ合って倒れたその弾みで、おキヌが横島を押し倒すような形で唇同士が接触――


 ――要するに、キスしてしまったわけである。


 横島はその事実を認識し――そして、自分の意思とは関係なく顔が火照っていくのを感じる。目の前のおキヌも、見る見るうちにその顔が真っ赤になっていった。

(…………おキヌちゃんの唇、やーらかいなー)

 つい、現実逃避気味にそんなことを思ってしまった。
 その瞬間、ふっと唇からその感触が消える。

「……あ、あぅ、あ……」

 見上げれば、唇を離して立ち上がったおキヌがトマトのように顔を真っ赤にしていた。
 彼女はわたわたと落ち着かない様子で周囲を見回し、横島を見て、そしてまた周囲を見回す。

 ――そして――


「――っっっっっきゃあああああああああーっ!」

 ズドムッ!

「ごぶぅぅぅぅぅっ!?」


 公衆の面前での公開キス――その状況を認識し、羞恥のあまり混乱の極みに達したおキヌ。その超至近距離から放たれた霊波砲が、ものの見事に横島の鳩尾に突き刺さり、彼の意識を一瞬で刈り取ってしまった。
 そして彼女は、その結果を確認することなく、試合場の外へ向かって逃げ出した。

 が――


 ごんっ。

「きゃうっ!?」


 試合場を覆う結界に、思いっきり額を打ちつけてしまった。
 おキヌはそのままふらふらとよろめき――やがて、ぱたりと仰向けに倒れる。


 …………しーん…………


 その一連の推移に、会場になんとも言えない痛い沈黙が落ちた。

「――はっ」

 試合場の隅にいた審判は、そこでようやっと自分の仕事を思い出したかのように、顔を上げる。彼は慌てて二人に駆け寄り、その様子を確認した。
 だが、二人とも見事に目を回しており、ぐるぐると渦巻く目はしばらく目覚める気配がない。


「ド、ドロー! ダブルノックアウト!」


 戸惑ったような審判の試合終了宣言が、会場に響き渡った。


 ――そして、その結果を見ていた小竜姫とメドーサは――

「あ、あの……」

「馬鹿……!」

 あまりの展開に、開いた口が塞がらない様子であった。


 ――あとがき――


 やった……やり遂げました。私はついにここまで書き切りました。
 そう。そうです。私はこのハプニングキスシーンを書きたいがために、GS試験編にここまでの仕込みをしたと言っても過言ではありません。やはりこのSSの真のヒロインはおキヌちゃんなのですよっ!(力説
 そして、今回の五十五話を書くに当たって、煮詰まってた私に色々とアドバイスしてくれた某氏に、心からの感謝を。あなたがいなければ、このクオリティを維持したまま金曜更新に間に合わせることはできませんでした。

 ではレス返しー。


○1. ねこさん
 夏子のアレは、素直になれない女の子のお約束ですねw おキヌちゃんとの対決はこんな結果になりました。いかがでしたでしょうか?

○2. 如月さん
 夏子はいいキャラになっちゃいましたねw おキヌちゃんのアレに関しては……原因等は、各自脳内で補完してくださいw

○3. 白川正さん
 おキヌちゃんの試合がどうしてああなったのか、全ては読者一人一人の頭の中にw 人質救出チームのカオスは、ポカをするとゆーよりも何とゆーか……まあ展開をお待ちくださいw

○4. Tシローさん
 アレは女性にはわからない痛みですしねぇ……夏子の初恋は、本人の予期しない(でも作劇的にはお約束♪)展開になってしまいそうです。横島vsおキヌちゃんは、こんな結果になっちゃいました♪

○5. 117さん
 夏子は、ちょっとキャラが濃くなりすぎちゃいましたので、残念ながらメインで出張ることはあまりないかと。さすがに横島とおキヌちゃんを食うようになったら二次創作の意味がなくなっちゃいますし。
 メドさんの条件ですが、陰念は優勝まで残り3試合、勘九郎は4試合ですので、勘九郎がパーフェクトやると仮定すれば陰念はあと一人で済んじゃいます。でも崖っぷちには違いないですがw
 ところで、余計なことかもしれませんが……隣の板でのそちらの作品の最終更新が、だいぶ後ろの方に下がってきてますよー。過去ログまで下がると続編投稿できなくなりますので、そろそろ連載再開を目指した方がよろしいのではないでしょうか? 結構楽しみにしてる作品ですので、一読者として更新をお待ちしてますw

○6. Februaryさん
 超必殺『クラッシュ・ザ・ゴールデンボール』の反応は凄いですねーw でもメドさんにはあの痛みはわかりません。残念。……そーいや某サイトのSSの虎は、サブタイにまでなった上にGS資格を首席で取ったにもかかわらず、一切の試合描写が、それこそ一行たりとも出てませんでしたなー。あれはヒドかったw(褒め言葉

○7. 山の影さん
 おキヌちゃんの試合内容は、各自脳内で補完してくださいw 夏子は確かに惜しいキャラなんですが、レギュラーにするのは怖いんですよねー。これ以上濃くなったらメインキャラを食っちゃいそうでw 元始風水盤や人狼のあたりは、今後の展開をお待ちください。

○8. チョーやんさん
 おキヌちゃんは早々に忘れるのが吉でしょうw まあ、今回の試合で役得(ぇ)があったので、それも吹っ飛んだと思いますがw 各カップリングに関しては、今後の展開をお待ちください♪

○9. 月夜さん
 ああ、やっとハルク・ホーガンのネタにツッコミ入れてくれる人がw さすがに古すぎて、誰もついていけてないかなーと思ってたところですw 今回のおキヌちゃんはヤキモチ全開でしたが、参考になりましたでしょうか?

○10. とろもろさん
 やっぱ冒頭のアレが印象に残っちゃいましたかーw いやまあ、狙ってはいたのですがw 裏試合の方は、残念ながら描写は次回に持ち越しです。

○11. 内海一弘さん
 おキヌちゃんとの試合は、こんな結末に終わりました。やはり4回戦でダブルK.O.なのは運命だったようですw 各カップリングの行く末に関しては、今後の展開をお待ちください♪

○12. 九龍さん
 やっぱりユッキーはかおりの尻に敷かれるのがデフォなんでしょうかね? 原作でのカップルとしての出番は、クリスマス合コンの時とアシュ編冒頭しかなかったのですがw

○13. キスケさん
 はじめまして♪ 一話から一気にですかー。さぞ大変だったでしょう? しかもここまでダラダラ書いておきながらまだGS試験編……なんとゆーか大変申し訳なく(泣
 原作に近いバランスと言われ、それを意識して書いている私としては嬉しい限りです。今後もこのバランス感覚を失わず、最後まで書き切れたらいいなーと思ってます。

○14. ながおさん
 いくらなんでも、女タイガーはダメでしょうw 夏子も夏子でしっかり光ってるんですし、作者にも忘れられてしまうぐらい影が薄い虎の人と比べちゃいけません♪


 レス返し終了ー。では次回、五十六話でお会いしましょう♪

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