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「想い託す可能性へ 〜 にじゅうろく 〜」

月夜 (2008-01-20 02:09)
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   想い託す可能性へ 〜にじゅうろく〜


 (やっぱこうなったかぁ〜。おキヌちゃんの身内でもあるし、無碍にも出来ないのが難儀だわ。あーっ イライラする! 後できっちりシバこう)

 忠夫の答えに、花が綻ぶように笑顔を咲かすサクヤヒメを見ながら、令子は軽く溜息を吐く。

 他の女性陣も令子のように、目の前の光景を見てそれぞれに何かを決めた表情をしていた。

 少しずつ、噴火のエネルギーが溜まっていくような感じだ。忠夫は生き残れるだろうか?


 「(今はとにかく、外の神族をどうするかよね) さて、メドーサの事はもう良いわね? それじゃ、今後の話をするわよ」

 令子は、パンッと拍手を一つ打って全員の注目を自分に向けさせると、話しだした。

 「とりあえず、問題を整理するわよ。まずわたし達の目的は二つ。
 一つ目は、今おキヌちゃんの胎内に宿っているルシオラの復活を助けて、彼女にくっついていたこの枝世界の横島クンの霊基片をこっちの忠夫に戻す事。
 二つ目は、現在この社の上空に、忠夫を狙って神族の過激派が襲撃してきているわ。こいつらをいかに撃退するかよ」

 右手の指を人差し指・中指の順に立てながら、令子は全員を見渡す。

 「ねぇ美神。どうして忠夫は神族達に狙われるハメになってるのよ? 文珠だけが理由じゃ、おかしいわよね? それは今さらだし。  他に何かあるの?」

 令子の問題提起に、タマモは疑問に思ったことを尋ねた。

 タマモやシロにとって、忠夫が狙われる理由が分からない為に不気味な不安だけが募るのだ。

 「そうね、タマモの疑問は尤もだわ。だけど、今は情報が少な過ぎて表面に出ていることしか分かってないのよ。
 とりあえず今のところ判明している事では、まず忠夫が狙われている理由として神・魔のデタントが関係しているわ」

 「それって、以前に話してくれた事よね? 確か、調和ある対立による共存だっけ?」

 「そうよ。で、忠夫を狙っているのは、このデタント反対を密かに主張している過激派の連中ってわけよ」

 令子の答えにタマモは腕を組んで少し考えると、再び令子にうろ覚えだったデタントの事を確かめながら問い掛ける。

 令子は、常に周りを冷静に観察するタマモを参謀として必要な為、的確な情報を伝える事に努めた。

 それを聞いたタマモは、再び思考する。

 (デタント反対派がなんで忠夫を狙うのよ? 文珠が使えるとしても、神・魔からして見れば人間の忠夫は脅威じゃないじゃない。
 あ、でも忠夫ってあの大戦で、中核を担ってたわよね? とすると……デタントの象徴としての忠夫が邪魔ってこと?
 でも、それも今更な理由だわ。二年も経ってるんだし……。むー、まだ理由が見えないわね。
 とりあえず、外堀から埋めるためにデタント反対の理由から訊いてみるか)

 おキヌちゃんから聞いていた魔神大戦の事を思い出しながら、タマモは思考を進めていく。それでも答えらしき物は得られなかった彼女は、令子に情報を求める為に何を訊くかを纏めていく。

 タマモは一つ勘違いしていた。人間界で過ごす妖怪だから仕方がないが、神界や魔界に常に住む者達にとっては人間界の二年など、二ヶ月半くらいの感覚なのだ。それでも異様な早さで実行されたと、天界や魔界の住人達には思われるだろう。

 令子とタマモ達の後ろでは、シロが頭を捻りながら隣のパピリオに小声で尋ねているが、彼女はパピリオの説明を受けても良くは判っていない様子だった。

 「デタント反対ってなぜよ? いつの世も、現体制を批判する輩が居る事は分からないでもないけど、忠夫を狙う理由にはならないわよ?」

 タマモは、令子の答えに納得いかないといった風に首を傾げて見せて、再び彼女に訊いた。

 タマモの中では、モヤモヤとした霧が渦巻く。嫌な予感がしてならない。そう、ロクでもない理由な気がヒシヒシとしてくるのだ。

 「んー、過激派の内情を全部知っているわけじゃないから一概には言えないけど、デタント反対の単純な理由なら挙げられるわよ?」

 問われた令子は、豊かな胸を持ち上げる様に組んでいた両腕を解くと、右手人差し指を顎に当てながら彼女が導き出した推論を明かす事にした。

 「それって何よ?」

 「使命を……己の存在を懸けて証明することが出来ない事かな?
 又は、己の存在に課せられた世界からの命題を果たせない苛立ち……と、言っても良いかもね」

 「何よ、それっ。 それで忠夫を狙うっていうの!? それって只の八つ当たりじゃない!! なんでそんな事を許しているのよっ」

 令子の推論を聞いたタマモは憤慨して、小竜姫やヒャクメを睨みながら言葉きつく詰問する。

 「許しているわけではありません。現に今回の件は、神・魔両陣営の最高司令部から討伐許可も出ています。
 横島さんを狙う神・魔は問答無用で……ハッ!(まさか…横島さんを囮に!?)」

 タマモの剣幕に小竜姫は心外ですという風に答えるが、途中で上層部の意図に気付く。そして痛ましげに表情を歪めた。

 「それって、忠夫を囮にしているって事じゃない!(冗談じゃないわよ! 今後も続くっていうの!?)」

 小竜姫の言葉に、タマモは噛み付かんばかりに彼女に向かって怒鳴った。

 「小竜姫も気付いたようね。多分、神・魔の上層部の思惑はタマモの言う通りだと思うわ。自分達の組織の闇に隠れた過激派の焙り出しが、本音の一つでしょうね。こっちとしてはいい迷惑だわ。
 ただ、他にも何かありそうなのよね。霊感に引っ掛かるのよ(デタント反対派の武闘派は、深刻な問題じゃない。そいつらを利用する奴らが厄介なのよね)。
 あいつらの頭…フィルレオって言ったかしら? アイツからは、人間の闇が放つ腐臭と同じ臭いがするのよね」

 令子は小竜姫とタマモの様子を無表情に見やりながら、現在感じている疑問を吐露する。敵の頭の事を言う時は、苦虫を噛み潰したように眉間を顰めていた。どうやら彼女は、敵の陰湿な攻撃を予想したらしい。

 「なっ! 美神さんは気付いていて、なぜ!?」

 「今のところ、有効な手立てがそれしか取れないからよ。わたし達は…いえ、わたしの自業自得もあってこっちの戦力はバラバラになってたしね。
 だから、これを利用してわたしは取り戻すのよ、全てをね。そして、これから得られるモノを奪わせないし、逃しはしないわよっ」

 小竜姫に詰め寄られた令子は、引かずに彼女を睨み返して宣言する。もう二度と、絆を奪わせるものかと。

 「あぅぅ……美神殿でござるぅ。あの時以来の美神殿でござる〜」

 令子の鬼気含む気迫に怯えるシロは、頭を抱えた。しかし尻尾は巻かずに居るところを見ると、気持ちの根底では負けていないようだ。

 「手強い相手が戻ってきたわ……」

 令子の気迫に負けじと、己を奮い立たせるように呟くタマモ。彼女は口の端をニヤリと勝気に吊り上げ、令子を睨むように見やる。

 「それでどうするのね? 普通にやれば、このメンバーで上の八柱の神族を力押しで退けるのは難しいのね」

 脱線した話をヒャクメは元に戻す。けれど、ちょっぴり声は震えていた。彼女も、令子の気迫に怯えていたらしい。

 「囮として期待されているんだから、それに応えてあげるだけよ。拠点防衛しながらだから、ゲリラ戦によるチマチマ攻撃になるのが気に食わないけど。
 ま、スカした奴らをおちょくって扱き下ろす快感に勝るモノなんてあまり無いから、良いけどね(勝るのは、宿六に抱かれた時…かな? て、ヤメヤメ!)」

 獰猛な笑みを浮かべながら、令子はヒャクメの問いに答えた。最後にちょっと妙な方向に思考が流れたが、それは目の前の小竜姫によって止められる。

 「具体的には?(今、妙な感じでしたね? 美神さん)」

 小竜姫も忠夫の傍に居られる事を喜ぶあまり、上層部の意図に気付けなかった事を落ち込んではいられないと、令子から数歩下がって詳細を訊こうと彼女に話の続きを促した。表情には出さなかったが、きっちり令子の変化には気付いていたらしい。

 「忠夫を相手から見つかりそうな場所に常に動かして敵を誘きだし、各個撃破を狙うわ。
 もちろん忠夫を敵に発見させる時は、こちらの有利な場所に誘きだす為に、わたし達と離れたように見せるのを忘れずにね」

 「私の幻術で?」

 「そうよ」

 タマモの確認に令子は首肯する。

 「でも、そう何回も引っ掛かるでしょうか?」

 サクヤヒメは、頬に右手を当てながら令子の作戦に疑問を挟んだ。

 「三回までが限度でしょうね。それでも多いぐらいだけど。
 でもね、最初の一撃をあいつらの予想を上回る威力の物にしておけば、たいてい引っ掛かるわ。見下した人間から痛撃を受ける事ほど、逆上しない神・魔はいないしね。
 それに、相手は何がなんでも忠夫を“生きて“確保しなければならないんだから尚更よ」

 ニヤリと人の悪い笑みをしながら、全員を見渡して作戦を説明する令子。

 忠夫は従うだけと口も挟まない。苦笑しながら楽しそうだな〜と、令子の様子を眺めていた。

 彼自身が前衛に立つのはいつもの事だし、令子を信頼しているからだろう。

 それに、彼が真価を発揮するのは戦闘中の戦術面であり、彼の戦闘時の閃きは侮れない。

 「予想を上回る一撃とは、どうやるんでござるか?」

 「それはシロと忠夫のサイキック・ブリットよ。あれの威力はちょっとした物だし、それにパピリオと小竜姫の魔力と竜気を上乗せするわ。
 ただし、ここでこの攻撃を隠す為に文珠を一つだけ使う。それに加えて、相手の認識を騙す為にタマモとパピリオには頑張ってもらうわよ?」

 「任せるでござる!」 「私!?」 「何をさせようっていうのよ?」

 シロは胸を叩いて勢い込み、名前を呼ばれたパピリオはビックリしたように右手の人指し指で自分を指し、タマモは胡散臭そうに令子を見やった。

 令子の説明を聞いた小竜姫は、ヒャクメに視線を向けた。その視線に気付いた彼女は、小竜姫に楽しそうに頷いて返す。

 ヒャクメには、令子の作戦が彼女の能力で読めているのだろう。小竜姫は苦笑するにとどめた。

 すぐにヒャクメは、必要な情報をトランクから引き出す為にそちらに集中する。しかも、同時に索敵をも行いだした。

 「パピリオは、眷属を使ってタマモの幻術のサポートをしてちょうだい。召喚できるだけ召喚して、鱗粉を結界の内側に広範囲に渡って漂わせなさい。そういう戦術は、ルシオラが居たんだから出来るはずよ。
 あと、結界の外にも眷属をいつでも展開できるようにしてちょうだい。殺すのが目的じゃないんだしね」

 「相手に直接鱗粉をかけるんじゃなくて? なんの効果も出せないと思うですよ?」

 令子の指示に首を傾げるパピリオ。出来るはずと言われても、やった事も無いので彼女には方法すら思い浮かばない。

 「そんな事無いわよ。それに、相手に直接鱗粉をかけたら警戒されちゃうでしょうが。
 そうじゃなくて、相手の視覚と霊的感覚を誤認させる為に使うのよ。
ルシオラが幻術使いだから、絶対にやり方は知ってると思ったんだけど?」

 「私の眷属で、そんな事が出来るとは思い付きもしなかったです」

 令子の補足説明を聞いても思い当たるものが無く、少し落ち込むパピリオ。

 令子が言ったような事は、一度としてやった事はないのだ。自信が無いのも当然だった。

 「うーん。あの時はパピリオ達に戦闘経験が無い事が付け入る隙だったけれど、翻(ひるがえ)ってみるとこれは厄介だわ。どう説明したものかしらね……。
 あのね、鱗粉って光の反射の仕方によって模様が変わるのよ」

 「それくらい知ってます」

 パピリオの様子に頭を抱える令子。彼女は仕方ないとばかりに、パピリオに噛んで含めるように説明しだした。

 しかし、パピリオは馬鹿にされたと感じたのか、憮然とした表情で言い返す。

 「うん、自分のことだから知っている事は判ってるわ。
でもね、あんたはそこから鱗粉の直接効果ではなく、鱗粉の構造から応用を考えないといけないのよ。
 まぁ小竜姫には、その辺を教えるのは難しいかもしれないけどね」

 小竜姫は、令子の言葉に苦笑する。

 確かに、彼女がパピリオに行なってきた修行は精神修養を中心としたもので、力の行使については手加減の仕方や武術を教えるだけに留めていたからだ。

 「具体的に教えて欲しいです」

 令子の言葉に、彼女が馬鹿にしているわけではないと理解したパピリオは、令子に近寄って聞き漏らすまいと教えを請う。

 こういう素直な所は、彼女の美徳だろう。

 「鱗粉が光を屈折して反射するのは分かるでしょう? それに複数の鱗粉の反射光が合わされば、元の色とは違う色彩になるわよね?」

 令子の言葉に頷くパピリオ。

 「それじゃ、その光の屈折をアンタの魔力で自由に出来るとしたら、利用しない手はないと思わない? パピリオが望む幻像を、光がある所ならどこでも出せるようになるはずよ」

 令子が示した可能性に、目を見開いてパピリオは驚いた。そんな使い方など考えもしなかったのだ。

 パピリオは早速一羽の蝶を呼び出して、令子の言った事が自分に出来るかを確かめてみた。

 彼女に操られて、ヒラヒラと舞う蝶からの鱗粉がキラキラと舞い落ち、それが空中に一塊になって留り次の瞬間には、なんともう一羽の蝶となった。

 しかし鱗粉の量が少なかったのか、その幻像は薄い。

 (で、できた! なるほど、理屈は分かったです。 ん? と、いうことは、霊波の反射も出来るですね。だったら……ふふふ)

 眷属から落とさせた鱗粉に魔力を通して操ることが出来たパピリオは、そこから更なる可能性を見つけて嬉しくなった。

 「その幻像を私の幻術で補正するわけ?」

 パピリオが実験しているのを横目に見ながら、タマモは令子に質問する。

 「違うわ。今回は逆。タマモの幻術の補正をパピリオがやるの。ぶっつけ本番で、違和感の無い正確な幻像を作り出せるとは思えないからね」

 パピリオにはあんたが見せる幻術を見せながらよと付け加えながら、令子はタマモの方を向いて答えた。

 絵日記風のレポートを出すパピリオの事だ。タマモの幻術の補正くらいなら、ぶっつけ本番でもやれるだろう。

 「そう、分かったわ。忠夫の幻像と最初の攻撃は、周りの風景に溶け込んで違和感を覚えさせないように仕向けてあげるわ」

 令子の作戦の趣旨を理解したタマモは、了解とばかりにニヤリと笑う。

 ここに最凶の幻術コンビが誕生した。イタズラが好きな彼女達である。その破壊力たるや、推して知るべし。

 「お願いね。次は小竜姫よ。アンタには、常に忠夫の幻像を護るようにして動いて欲しいの」

 タマモ達の様子に苦笑しながら、令子は小竜姫の方に向いて説明を続ける。

 「どうしてです?」

 小竜姫は、令子の言葉に怪訝な表情で尋ねた。

 「敵に、アンタが護る忠夫が本物と思わせる為よ。妙神山を出たところでのアンタの口上を利用するの。二回までは確実に引っ掛かるはずよ。その後は、随時撹乱していけば良いわ」

 「……なるほど、分かりました。その辺の指示はお任せします(シロさんへの見本ですかね)」

 生真面目な自分では思い付けない事だと自覚した小竜姫は、令子にタイミングなどを任せる事にした。もう一つ、令子の作戦には隠された意図がある事にも気付いたが、それは表情には出さなかった。なぜなら、彼女が近付いてきていたから。

 「で、では! 拙者は何をするでござる!?」

 次々に指示を出される周りに負けるものかと、勢い込んでシロは令子に詰め寄った。

 「アンタは、最初の攻撃の後は遊撃に徹しなさい。決して、相手と正面切って戦わない事!」

 「そんな! なぜでござる!!」

 なのに令子から出された指示は、シロにとって不満だらけのものだった。なので、掴み掛からんばかりに彼女は理由を求めた。

 「昨夜アンタが私に言った決意の程を確かめる為と、この戦いで、戦の虚実を学ばせる為よ」

 「アレでござるか……確かに不覚を取って証明できなかったでござる。最初のは分かったでござるが、戦の虚実とはなんでござる?」

 思いもかけない理由に困惑するシロ。今までの除霊作業と、どう違うのだろうと首を傾げた。

 「今聞いたわたしの作戦の中で、一番危険で重要な役って何かしら?」

 少しでもシロに、事前に考える思考を身に付けさせたくて、彼女の質問に令子は逆に質問をして返す。

 情報を端折り過ぎているのは百も承知の令子。シロには、断片的な情報から全体を予測する力を身に付けて欲しかった。

 いつまでも、タマモに頼ってばかりではダメなのだから。

 「それは……囮の先生でござる」

 「そうね。それも危険ではあるわね。でも違うわ」

 「なぜでござる!?」

 シロは先ほど聞いた令子の作戦から、恐る恐るといった風に忠夫の事を上げてみたが、すげなく否定されて目をむいた。彼女的に、結構自信があったらしい。

 「(ふぅ〜)忠夫はちゃんと、小竜姫やパピリオに護られるからよ」

 シロの様子に内心で溜め息を吐きながら、令子は表情に出さずに淡々と答えてあげる。

 「なら、誰が一番でござるか?」

 困惑したような表情で、シロは令子に答えを求めた。

 「ここまで言っても推察しないあんたは、もう少し頭を使うことを覚えなさい。一番危険なのはシロ、あんたなのよ」

 やはり一朝一夕では無理だろうなと思いはしたが、考える事さえ止めてしまったシロに苛立ちを覚えながら、令子は答えを明かす。

 「え!?」

 「忠夫と違って、今回あんたを護る者は居ないわ。あんたは上空から落ちてきた神族を注連縄で捕縛して確保したり、時には上空の神族に攻撃して牽制を行うのが役目よ」

 いくつかの文珠とサクヤヒメの護りの木札や注連縄を持ってね。と、付け足しながら令子は説明する。

 「それは簡単なように、拙者には聞こえるでござるが?」

 令子の説明にどこが危険なのか、皆目見当も付かないシロは首を傾げた。

 「簡単じゃないわよ。あんたは忠夫の姿で動き回るんだから」

 「な!?」

 「いーい? 絶対に正面切って戦う事をするんじゃないわよ。剣を交えたりしたら、絶対敵にアンタが偽者だって分かっちゃうからね。
 でも、アンタは忠夫と戦闘スタイルが霊能からして似ているから、囮としてはうってつけなの。
 だから、戦場を引っ掻き回す忠夫の動きを忠実に真似しなさい。そして、自分と忠夫が生き残る事を常に模索し、念頭におきなさい」

 「拙者が先生の代わりでござるか……」

 令子の言葉始めだけを聞き取って自分の考えに深く入り込むシロは、令子の説明を最後まで聞いちゃいなかった。。

 「シロ! これだけは肝に銘じておきなさいっ! あんたが死ねば、忠夫も生きては居られないって事を! 良いわね? おキヌちゃんから大戦の顛末を聴かされてるはずだから、言っている意味は判るわね?」

 令子はシロの両肩を掴んで強く一揺すりすると、視線に強い意思を篭めて彼女を諭した。

 令子の言葉と眼差しに、シロは真剣な表情で頷く。彼女とて二度と味わわせたくは無いと、おキヌちゃんから文珠で伝えてもらった時に誓ったのだから。

 「私はどうするのね?」

 「ヒャクメはメドーサの方をお願い。あと、ルシオラとおキヌちゃんもね」

 「わかったのねー」

 ヒャクメは令子の考える作戦を既に知っている為そう答えると、メドーサの寝かされている寝床へと視線を向けた。

 そうしている間も彼女の手は止まる事無くキーボードを叩き、情報の検索と索敵を続けるのは大したものだ。

 「んじゃ、後は敵の情報ね。ヒャクメは何か知らない?」

 「そう言うだろうと思って、調べておいたのね。上空の神族のうち隊長のフィルレオは、ゼウス神直轄部隊の闇部分を担う者よ。要注意の神族はフィルレオを含めて四柱。
 鷲の翼を持つアルウェイド。こいつは、ムラッ気があるけど一撃離脱の戦法はかなりの脅威と見ていいわ。
 次、フクロウの頭を持つオウラは偵察・暗殺のスペシャリスト。気配を消す事に関しては、かなりの者らしいわ。あと、武器が暗器らしいって事だけしか分かってないから、注意するのね。
 で、最後のがある意味、フィルレオよりも厄介なのね。ライオンの頭を持つ神族でレオルアって言うんだけど、その氷の剣技の冴は伝え聞くだけでも震えが走るほどなのね。ガチンコ勝負だと、小竜姫でも危ないわ(でも妙なのね〜。こいつってばアテネ様に仕えていた筈。なのにどうして?)。
 ただし、フィルレオに関しては戦闘スタイルについての情報がほとんど無いの。ただ一つだけ、彼について言われているのが、“光に気をつけろ“よ。抽象しすぎて何を表しているのかさっぱりなのね」

 令子の質問に、タンッタンッとキーボードを叩いて、タイミング良く空中にウィンドウを開いて説明していくヒャクメ。何気に楽しそうな表情なのは、必要とされている事を実感しているからだろう。

 「他の四柱については?」

 「ん〜、特徴的なプロフィールは、私のデータベースには登録されていないのね。神兵一柱一柱の詳細データなんて、データが巨大過ぎて今すぐには取れないのよ。妙神山の端末を使わないと無理なのね」

 令子の質問に、ヒャクメはお手上げといった風に両手を肩まで上げて答える。

 「なるほどね。でも、フィルレオって奴以外にもデータがあるって事は、そいつらは部隊長クラスに匹敵するわけよね?」

 ヒャクメの仕草に仕方ないと諦めて、令子はとりあえず今ある情報から作戦の細部を煮詰めだす。

 「その通りなのね。でもこのデータも、たまたま入れていただけなのね(西方域の神族にキナ臭い動きがあるなんて言えないなー。後で何を要求されるか、分かったものじゃないし)。
 人間一人に部隊長クラス四柱というのは、西方域の神族にしては破格の戦力派遣なのね。それだけ横島さんの文珠を警戒しているんだと思う」

 ヒャクメは、今回の敵についての情報をタイムリーに持っていた事を、令子に覚られない様にさり気無く答えた。

 令子がこの戦い以後の事を考える上で最も欲しがる情報を隠したヒャクメ。バレタ時の彼女がどうなるか……南無〜。

 「そう(何か隠した? 後できっちり吐かせよう)。あ、そうだヒャクメ。これは問うまでも無い事だけど、一応聞いておくわ。サクヤ様とあいつら全員合わせての霊力じゃ、どっちが上?」

 「もちろんサクヤ様なのね」

 「了解。それが判れば良いわ」

 ヒャクメの微かな様子の違いに気付いた令子は、それをおくびにも出さずに別のことを訊いた。隠し事を嗅ぎ付ける彼女の嗅覚.……恐ろしい。

 「美神殿? 今回はルシオラ殿を復活させる儀式に、私とキヌは掛かりきりになるのですよ?」

 ヒャクメと令子のやり取りを聞いて、現在の状態では過剰な期待をされては困るとサクヤヒメは釘を刺した。

 「解ってるわ。余力もメドーサに行っちゃう事もね。けど、護りの結界だけはなんとしても維持して欲しいのよ。じゃないと、何もかもご破算よ?」

 「……そうですね。解りました。結界の維持については、破綻する事が無いよう勤めることを約束しましょう。参拝客の方々の安全もありますし」

 令子の確認が、自分の役目を確りと掴ませるものだと気付いたサクヤヒメは、力強く笑みを浮かべて請け負った。

 「お願いね。それじゃヒャクメ。あいつらの現在位置を教えて頂戴。一泡吹かせてやるわ」

 「分かったのね」

 そう言ってヒャクメは、キーボードを操作して空中に映像を投影した。

 投影された映像に、一塊となって集まっているフィルレオを始めとした追っ手の神族達が映る。しかしその映像は、時々ノイズが走って見難かった。

 「なによ、これ? ジャミングされてるの?」

 「ええ。  たぶん、オウラの影響なのね。おかげで声が聞き取れないのね。キィー!!」

 ヒャクメは、何とか音声も拾おうとキーボードをカタカタ言わせるも、その試みは成功しなかった為にすっごい悔しそうだ。

 「へー、ヒャクメの能力を妨害できるなんて、凄い物ね。ま、仕方無いわ。場所や人相さえ判ればやりようはあるわ」

 「うう〜〜……じゃ、説明していくのね」

 こうしてヒャクメに敵の情報を聞いて、令子は己の作戦の細部を詰めていった。

 嬉々として作戦を詰めていく令子の様子を見守る忠夫は、己が狙われているというのに標的となったフィルレオ達に合掌した。

 今回の戦いが終われば、忠夫には受難が待ち構えているとも知らずに。


 少し時間を遡って、こちらは本殿のおキヌちゃんが居る祈りの間。

 (あれ? お姉ちゃんが社の結界を外で操作してる? どうしたのかな?)

 富士山の地脈から、床板に施された魔法陣を通して霊力を供給されながらおキヌちゃんは、不意に感じた社の結界が自分の制御から離れる感覚に注意を向けた。

 感覚的に大社の結界が自分から離れたのは解るのだが、それがなぜなのか判らないおキヌちゃん。

 しかしその回答は、その姉自身からもたらされた。

 (キヌ、少々荒っぽい事を致します。動揺せずに儀式を続けなさい、良いですね?)

 (は…はいっ)

 姉のどこか余裕の無い厳しさの篭った言葉に、おキヌちゃんは緊張した声を返すだけで何が起こっているのかを訊く事が出来なかった。

 仕方なく閉じていた心眼を開けて、脳裏に外の様子を映し見た。

 (えぇ!?)

 その光景は、彼女が今まで経験してきた中でも上位に入るくらい、群を抜く驚きに満ちた物だった。

 なんと大社の境内では、日本全国から草木や花々の精霊達が姉の周囲に大集合し、彼女のお願いで大社の敷地いっぱいに何かを構築しだしたのだ。

 (こ…こんな事までできるの? で…でも、お姉ちゃんは何をしようとしているの?)

 度肝を抜かれた光景を呆然と眺めたおキヌちゃんは、ハッと我に返るとサクヤヒメの見詰める先に心眼の視線を向けた。

 (え? あれは……パピリオちゃん!? なぜパピリオちゃんがここに? あ…ポケットの所で何かが動いた……あれは! 忠夫さん! それに令子さんも! しょ、小竜姫様まで!? 何があったというの!?)

 脳裏に映る映像のピントが合うと、そこに見えたのはパピリオの真剣な、でもどこか楽しげな表情だった。

 更に心眼を凝らして見ると、彼女の服のポケットに待ち焦がれた忠夫を始め、令子と小竜姫まで居た事に驚き、何が起こっているのかとおキヌちゃんは混乱した。

 彼女の混乱を他所に、脳裏に映る光景は続く。

 それは姉の言霊と共に結界が一瞬で開け閉めをし、その一瞬開いた穴から飛び込んだパピリオが空中に構築された構造物に受け止められた光景だった。

 (良かった。パピリオちゃんに怪我が無くて)

 パピリオが喜ぶ姿を最後に、心眼を閉じたおキヌちゃんはホッと胸を撫で下ろす。

 (そっか……令子さんの忠夫さん、ここに到着したんだ。なら、急がないと!)

 忠夫が到着した事によって発生したタイムリミットを思い、おキヌちゃんは決意を新たに儀式に集中すると、膨大な神気を己の胎内にある文珠へと注いでいった。

 (ルシオラさんっ 可能な限り早く出てきて下さい! 私達の忠夫さんをこの世に取り戻す為にも!!)

 おキヌちゃんの熱い想いが、祈りの間に満ちていく。

 彼女の身体を通った膨大な神気を貪欲に吸収する文珠は、先ほどまで漆黒であったのが微かな光を発しだしていた。

 ルシオラの復活は近い。


       続く


 おまけ

 鬼門達の修行風景 その一

 「のう、左の」

 「なんだ、右の?」

 煙管(キセル)をふかし、一仕事終えたという表情で縁側に座っていた左の鬼門に、捕縛した過激派の者達を牢に放り込んできた右の鬼門が話しかけてきた。

 「今回ふん縛った奴らの中で、斉天大聖様に最後まで突っかかっておった奴がいたであろう?」

 「ああ、いたのぅ。そ奴がどうした? 暴れておるのか?」

 右の鬼門が言っているのは一番傷がひどい者でもあっただけに、暴れているなら止めなければと思う左の鬼門。

 治療を行うことが多々ある左の鬼門は、仁の心に篤いようだ。

 ただし、右の鬼門に仁の心が無いという訳ではない。むしろ、右の鬼門は義の心に篤い。

 彼らは両者共に他者を慮(おもんぱか)るのは変わらずに同じであり、その発露が仁と義に分かれるだけである。

 「いや、他に捕えておる奴らに比べれば、おとなしいものじゃ。
でな、相談があるのだが……乗ってくれぬか?」

 左の鬼門の問いかけに、心配要らぬと首を振る右の鬼門。

 しかし、真剣な表情で左の鬼門を見つめる様子は、なんだか深刻そうだ。

 「ワシが右のの相談に乗らぬ訳が無い。で、なんだ?」

 右の鬼門の様子に深刻な相談なのかと思った左の鬼門は、煙管の灰をポンと灰皿に落とすと居住まいを正して彼に向き直って尋ねる。

 「実はのぅ。先ほど話した者に師事する許可を、斉天大聖様に申し出ようかと思うとるのだ」

 「どういうことだ? いつも我ら二鬼で、修行をしておるではないか」

 「うむ。確かにそうなのだが……。その結果が影が薄いだの、へたれだの、あまつさえポスト虎だのと言わ「や、やめい! それ以上危険な発言は言うでない!」 むぅ。しかし、我の言いたい事は判ったであろう?」

 危険なことを言おうとした右の鬼門の口を、左の鬼門は慌てて抑える。

 「確かに右のの言う通りではあるが、それであったら姫さまに頼む……事も出来なくなったのだったな」

 老師から通達された小竜姫の新たな任務を思い出して、項垂れる左の鬼門。胸にぽっかりと、大きな穴が開いた気分だった。

 「斉天大聖様に対して修行を願い出ては、ワシらでは畏れ多いしのぅ。……なるほど、だから先ほど言っていた者がここで話に出るのか」

 項垂れながら左の鬼門は考えをめぐらせ、右の鬼門が言っていた修行の意図に気付いてパシっと、膝を叩く。

 「そうだ。ダメで元々ではあるし、やってみて損は無いと思うが?」

 左の鬼門が己の意図に気付いた事で、右の鬼門は勢い付いて促した。

 「そうよのぅ。我らも仏法の守護者として、強くあらねばならぬしな。我ら二鬼での修行も限界なのかもしれぬ。そうと決まれば、早速斉天大聖様に申し入れてみようぞ」

 左の鬼門はそう言うと、縁側から立ち上がって右の鬼門を促す。

 「うむ。膳は急げだ」

 右の鬼門は顔を綻ばして、左の鬼門に続いた。


 数刻後……。

 妙神山の門は閂(かんぬき)がされて堅く閉ざされ、やっとの思いで辿り付いていた修行者の顎を落とさせていた。

 彼が見詰める先には……

 「しばらく休業致します。再開の折にはご連絡致しますので、お名前と連絡先を記帳して下さい。 管理人」

 と、いう張り紙がデカデカと扉に張ってあり、門の傍らにこじんまりとした記帳室が鎮座していた。

 初めてここに来た修行者は知る由も無かったが、いつもなら門に張り付いたでっかい鬼の顔が無くなっていて、門の傍らにあった石像もどこにも見あたらなかった。

 ひゅるりらと、妙神山の門の前に一陣の寒風が過ぎっていくなか、修行者は記帳を済ませると肩を落として険しい山道をトボトボと下るのだった。

 留守による修行者追い返しは、これで二名となった妙神山だった。


 こんばんわ、月夜です。想い託す可能性へ 〜 にじゅうろく 〜を ここにお届けです。
 うぅ、ラブが…ラブが書きたいっ! 忠夫が居るのに空気だ〜!! でも、ただでさえ展開が遅く遅筆な私。寄り道も出来ない_| ̄|○
 年度末になってきましたので、次回投稿は遅くなります。申し訳ありません。
 次回はシロ・タマモ・忠夫が暴れまわる…かも?

 ではレス返しです。

 〜読石さま〜
 レスありがとうございます。ラブが…エロが書きたいという禁断症状が出始めている今日この頃な私。サクッと過激派を沈めて甘々が書きたいです。
>皆の内心『私だけじゃダメなの?』を見て……
 女性はやっぱり、好きな人には自分だけを見て欲しいと思うものですから^^
 忠夫は、惹き付けるだけ惹き付けて諦めさせない、しかも止めも刺してくれないという奴ですからね。女性の方から迫らないとダメなんですけど、牽制しあってドツボにハマってしまう事を令子・おキヌちゃん・シロ・タマモは学んでいると設定してます。一人だけを選んでくれないし、お互いを嫌いになれない。なら一緒にという感じでしょうか。
 ま、嫉妬はより過激に協力して強力になっちゃいますけど。
>横島君(ニニギ)操作術?
 令子さんよりも堂に入ってるかもしれません(笑)男に甘えて甘えさすが彼女の奥義かも?
>魔族から妖怪に「昇華」って……
 修正いたしました〜。ご報告ありがとうございます。妖怪を貶めるつもりはありませんけど、ピッタリな言葉が思いつかないのでああなりました。

 〜ソウシさま〜
 レスありがとうございます。ラブが…ラブが書きたい。ギャグは無理だけど;_;
>なにげにシロタマ合流……残念?
 もうちょっとおキヌちゃん・シロタマの横島と令子の忠夫の違いを表現した方が良かったのかもしれませんね。次話の戦闘では、シロタマがメイン(?)になります。
>嫉妬のところはみていて……モテ度に乾杯?
 現在、令子を始めとした女性陣は嫉妬エネルギー充填中です(笑)臨界点までカウントダウンスタートといった所でしょう。さて引き金を引く人物は誰になるやら。ワルキューレ・ベスパ・女華姫(真)・メドーサといますし(ニヤリ
 令子の宿六である忠夫は、やんちゃをさせるのが難しい……。おかげで空気になってます(泣


 次話は戦闘です。シロ・タマモ・忠夫の霊能力が唸る! ニニギによって与えられたサクヤヒメの神気によって、彼が忠夫の中で覚醒する! ……かも
 なお、予告が反映されない場合があります。

 それでは、次話まで失礼します。

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