思い託す可能性へ 〜にじゅうご〜
サクヤヒメに案内されて、納屋に収められていた注連縄を手に入れた忠夫達は、文珠で鉄のような塊になったメドーサらしき女性と注連縄を持って拝殿へと再び戻っていた。
ただ、ここで一つの問題が起きた。それは何かというと……。
「先生? 先生でござるか!?」 「忠夫? 忠夫っ……よね?」
そう、人狼のシロと九尾の妖狐のタマモが寝床から起きていて、令子達と一緒に拝殿に入ってきた忠夫に詰め寄ったのである。
ただし、シロはほんの少し違和感を覚えただけでそれを気のせいと流して抱きつき、タマモは彼の目の前まで走り寄ったものの、シロみたいに抱きつく事はせずに立ち止まって訝しげに尋ねた。
彼女達が起きていた原因は、早朝の儀式の為にサクヤヒメがシロとタマモに掛けていた眠りの術を解いていたのと、大社の結界が揺れるほどの衝撃に危機感が募り生存本能に従って呼び起こされた為であった。
「んぉっ! ちょ、待てシロ! 落ち着け! 顔を舐めるんじゃない!!」
涙目になって抱きつき顔を舐めてくるシロに、忠夫は邪険にするわけにもいかず何とか制止しようともがいてみるが、人狼である彼女の腕力には敵わずに押し倒されてしまった。
「す…すまん、パピリオ。シロを引き剥がしてくれ」
忠夫の要請に、パピリオは溜息を吐きながらシロの首根っこを軽々と掴んで忠夫から引き剥がす。身長的にはパピリオの方がシロより低く華奢なので、なんともシュールな光景である。
「ふぅっ……で、タマモの質問だが、俺は確かに横島忠夫ではある。けれど、今はお前の知っている忠夫じゃないんだよ。理由は知っているだろ?」
シロに舐められまくって涎まみれの顔をハンカチで拭って乱れたジャケットを直すと、忠夫はタマモの質問に困ったような表情で答えた。
「そう……。霊波の匂いも身体の匂いも忠夫なのに、どこか違うって私の勘が告げる……。やっぱりもう……」
「は、放すでござるっ パピリオ殿ぉ。拙者…拙者、信じられぬでござるよぉ〜」
彼の答えにタマモは顔を俯かせて、身体を震わせる。この世界に、自分が心許した横島が居ない事を実感したのだろう。
シロは首根っこをパピリオに掴まれたまま、タマモへ答えた忠夫の言葉を聞いて力無くジタバタしていた。彼女もようやく感じたのだ。目の前の男が、己が求めてやまない伴侶ではない事を。
けれど、シロはそれでも諦められるものでは無かった。
「タマモ、勘違いするんじゃないわよ」
「え?」
消沈するタマモに、忠夫と彼女達のやり取りを見かねた令子が腰に手を当てて話しかける。宿六も言ったではないか“今は”と……。
「この世界の横島クンは、こいつん中に居るのよ。
完全に混ざっちゃってるから分離する事は出来ないけど、今おキヌちゃんがやっている事が成功したら、わたしにとっては癪だけどあんた達の横島クンの記憶と感情は、宿六の中に戻ってくるわよ。
私の宿六と、あんた達の男が融合すると言ったら理解できる?」
タマモの顔を覗き込むように令子は身を屈めて、タマモを諭す。
タマモは、令子の言葉と視線を暫く受け止めて考え込むと、再び忠夫を凝視した後に頷いた。直感で自分は何も失くしてはいないと感じたのだろう。
タマモの様子で、彼女が精神的に持ち直した事を見てとった令子は後ろを振り向くと、
「何してんのよ? 早くメドーサを縛って文珠の効果を解きなさい。
サクヤ様、忠夫が縛ったら注連縄への神気篭めをお願いしてもいい? 多分、作られた当時の霊力量じゃ簡単に破られちゃうわ」
矢継ぎ早に指示を出していく。
サクヤヒメに対しては様付けをしているがほぼタメ口なあたり、小竜姫に対するのと同じ様に敬称もすぐに取れるかもしれない。
「あ…ああ、判った」 「承りましょう。横島殿、お願いします」
忠夫は令子の指示に従い、抱えていた鉄の塊と化した白き蛇の化生を床に下ろすと、注連縄を巻いて縛っていく。
サクヤヒメは令子の要請に軽く笑みを浮かべて了承すると、忠夫が縛り終えるのを待った。
「こんなもんかな?」
上体を前に倒した軽い前屈姿勢のような格好で固まっている為に縛り難かったが、忠夫は何とか縛り終えると汗も掻いていないのに額の汗を拭う仕草をする。
鉄のような塊となった女性は両手首と両足首を縛られ、大きな乳房の上下に注連縄を這わされて豊満な胸を強調するように縛られていた。
それに加えて、胸の谷間に新たな注連縄を二回ほど回した後に女性の身体の中心線に沿って縄を這わせ、股間(結び目でコブを作るのも忘れない。しかも二箇所)を通して背中の縄にきつめに縛り、そこから余った分を首に回すと輪っかにして余裕を持たせて結び、女性は身動きが取れないようにされた。
これで女性は生身に戻ると常に股間を胸の弾力で刺激され、背中の注連縄を強く引くと首が絞まることになる寸法となる。もちろん、歩く事でも彼女の股間は刺激されるだろうことは言うまでも無い。
この間、実に二分。驚異的な早さだ。令子でさえ呆気に取られて、シバクのを忘れたくらいのインパクトがあった。
「では、戒めを掛けます。 我、コノハナノサクヤヒメの名に於いて、この社での汝の行動を戒めます。願わくば、抵抗なさらぬよう」
忠夫が女性を縛り終えたのを見て、サクヤヒメはちょっと顔を顰める。けれど、時間も無いし仕方ないとばかりに溜め息を吐いて、注連縄に彼女の意思を篭めて神気を注いでいく。
すると、注連縄がじょじょに透けていき、女性の身体に溶け込むように消えていった。注連縄を見えるようにするのは、さすがに不憫に思えたのだ。
その様子に、忠夫は凄くがっかりしたような表情をした。せっかく胸を強調するように縛ったのが、見えなくなってしまったからだろう。
その様子を見ていた令子は、さっきの呆気に取らされた怒りも合わせて、忠夫の右足を思い切りヒールの踵で踏みつける! さらにそのままグリグリとにじった!!
「うぐぉっ! おぅぉぉううぅぅぅ……」
忠夫は悲鳴を上げて一瞬飛び上がろうとしたが果たせずに倒れ、令子の踵が離れると床を激しく転がりまくるが、その場に居る全員は無視した。 自業自得だ。
「これで良いでしょう。この社の中では、彼女の行動は著しく制限されます。具体的には、攻勢霊波を出したり、宙を飛んだりする事が出来ないようになります。ただ、身を守るだけの防御霊波には何も反応はしません。
しかし、キヌが行なっている儀式もあって私が揮える霊力が少ないので、激しい出血を伴うような強い抵抗だと術が解けてしまいますからご注意下さい(物理的な戒めは消えないとは思いますけど)」
注連縄が完全に女性の身体に溶け込んだのを確認したサクヤヒメは、令子たちに振り返って注意事項を告げた。
戒めの媒体に使った注連縄については、忠夫が縛る時に彼が篭めまくった霊力によって術が解けても消えずに残る事は予想されたが、言う必要は無いだろうと彼女は胸の内に留め置いた。
(!? 幾久しく感じた事が無かったのに…なぜ……?)
その時ほんの僅か、サクヤヒメの肢体の深奥が疼く。その事に彼女は戸惑った。彼女の視線の先には確認の為に再び見た鉄の塊となっている女性。その瞳は、サクヤヒメ自身知らずに潤んでいた。
「了解。んじゃ忠夫、文珠の効果を消してちょうだい」
「う…うう、わかった」 パチン
サクヤヒメの忠告を受けた令子は頷くと、忠夫に向かって指示を出す。その指示を受けて忠夫は、右足の痛みを堪えながら指を鳴らして文珠の効果を解いた。
忠夫の指鳴りを合図に、鉄のような塊と化していた女性の身体が一瞬淡く薄い緑の光を発する。
光が治まるとそこには、肌が透き通るように白く、白銀色の腰まで届く髪が紫の血で染まった生身の女性が横たわっていた。
「斬られたショックで気絶していたみた「んー、やっぱメドーサなのねー」って、ヒャクメ! どっから湧いたのよ!?」
文珠の効果が消えて生身となった女性を覗き込んで状態を確かめていた令子の隣に、いつの間にかヒャクメが立っていて令子と同じ様に覗き込んでいた。
「人をボウフラみたいに言わないで欲しいのね。横島さん達がここに来た時に、地上に出てきただけなんだから。それにしてもー……やっぱ変なのね」
「どう、変なのですか?」
令子の問い詰めにやや身体を引いたヒャクメは、彼女の問いに答えながら再度メドーサを霊視する。そこへ小竜姫がヒャクメに問い掛けた。
「んー、私が覚えているメドーサの霊波なのは確かなんだけど、なんと言えばいいかな? この世界での存在のあり方といえば美神さん達にもわかるかな?
ようするに、この枝世界との繋がりが魔族としてはおかしな繋がり方をしているのよ」
ヒャクメがざっと霊視を済ませて判明したのはこういう事だった。
一つ。魔力を纏ってはいるが、完全な魔族とは言えないということ。むしろ普通ならありえない事に、薄く神気すら帯び始めていること。
一つ。記憶を覗いてみたけど、一つ一つの記憶が関連性を寸断されて連続していない為に、秩序だった記憶を思い出せないだろう事。そのせいで、メドーサとしての自我が消えかかっている事。
一つ。この世界との繋がりが薄くなっていて、このままだと消滅の危険すらあるという事。
「具体的にはどういうこと? このメドーサは、こっちの世界で私達が戦ったあのメドーサじゃないって事なの?」
ヒャクメの説明に、令子はちょっとイラついたように訊く。何となくは解るが、理解が追いつかないのだ。
「ちょっと待って。もう少し詳しく調べるから」
虚空から呼び出したトランクの中から吸盤が付いたコードをいくつか取り出して、メドーサの額や両手首・足首にくっつけていくヒャクメ。
調査の用意が整うと、おなじみのヘッドディスプレイを装着して物凄い速さでキーボードを叩きだした。
「ねぇ美神。この蛇の魔族もどきがなんなのよ? どういう経緯があったの?」
ヒャクメの作業を横目に見ながら、タマモはぶすっとした表情で口を尖らせながら令子に訊く。彼女は仲間外れにされたように感じていたのか、その声色も少しきつかった。
シロはシロで、パピリオの隣で気落ちしたように成り行きを見守ってはいるが、聞き耳は立てているようだ。
「因縁の相手よ。今じゃパピリオとかなり親しい間柄の、竜神族の皇太子である天龍の命を狙っていたのを阻止した事もあれば、香港の魔界化計画を進めていたのを潰した事もあったわ。
あと、天空に浮かぶ月にある膨大な量の魔力を、地球に向けて送信する計画にも就いていてね。それをわたしと忠夫で潰したのよ。
ただ、月での戦闘でわたしは大怪我をしてね。月神族という月の住人によって治療を受けても、地球に戻る際に宇宙船の中で気絶していたから後から聞いたんだけどね。
大気圏突入の時にメドーサが再び襲ってきて、忠夫とマリアに撃退されて大気圏との摩擦で燃え尽きたそうよ。
そのせいで忠夫は、竜神の装具やマリアの冷却材があったとはいえ、生身で大気圏突入をやらかしたのよね」
「あん時は良く生きていたよなぁ……。あと、魔神大戦の時にも強制復活していてな。単独で行動中だった俺を狙ってきたんだが、その時は文珠に<滅>と篭めて倒したんだ。
まさかまた甦っているとは思ってもみなかったな。もしかしたら、三度目の復活はこっちの世界だけかもしれんが。しかも、コギャルバージョンじゃねーし」
令子の説明に続いて忠夫も大気圏突入時を思い出したのか、目の辺りに縦線を浮かべて青い顔をしながら補足した。
忠夫と令子が結婚した枝世界でも、魔神大戦の時にメドーサは襲ってきていたらしい。
(再生怪人のまた再生で、強化バージョンになったってか? そんなバカなって……ありえるかもしれん。人気有りそうだし)
ふと頭に思い浮かんだ可能性に、忠夫は床に横たわったメドーサを見てげんなりとした表情を浮かべた。
彼女の身体はモロ好みだが、また襲われるとなると本気で戦え無さそうなだけにイヤなのだ。別の意味で襲われるなら大歓迎だが。
「なるほどね。蛇であるだけに執念深いって訳ね」
令子と忠夫の説明に、タマモは数回頷いた。ただ、彼女にとって大気圏突入がどういったものか想像がつかなかったらしく、彼女の認識としては物凄い高さから落ちたんだという認識に留まった。
忠夫やマリアが、空気との摩擦によって一千度以上の超高温に曝されていたとは、基礎科学を学んでいないタマモとシロには想像しろという方が無茶だが。
「じゃ…じゃあっ! こやつは、また先生を狙っていたのでござるか!?」
シロは令子達の説明に気色ばんで、力なく横たわっているメドーサを睨みつけながら訊いてくる。今にも霊波刀を出して、斬りかからんばかりの勢いだ。
「んー、それは分からんな。もしかしたらそうなのかもしれんが、それにしてはこっちの世界の時間であれから二年も経っているのに、一度も襲ってこなかったってのが腑に落ちんけどな」
シロを宥めるように、彼女の頭を撫でながら忠夫は答える。
何も事情が分かっていないのに滅ぼすのは、忠夫の心情としてももったいない身体だし。
「そ…うでござるか」
忠夫に頭を撫でられて、とろけきった顔をするシロ。これはもう、条件反射になっているのかもしれない。
シロが忠夫に撫でられる様子に、パピリオは人差し指を咥えて羨ましそうに見つめ、タマモは眦(まなじり)を無意識に吊り上げた。
「わかったのねー!」
そこにヒャクメの大声が響いた。
「うぉっ。たく、んな大声出すなよ、ヒャクメ。 見ろよ、タマモやパピリオが睨んでるぞ。ついでにシロ、唸って威嚇するな」
ヒャクメの大声に身体をビクつかせた忠夫は、周囲の様子を眺めてからヒャクメに文句を言った。
彼が言った通り、タマモとパピリオはお互いに抱き合いヒャクメを睨み、シロは横島の前で霊波刀を構えながら唸っていた。しかも、シロの尻尾とタマモのナインテールは、内心の驚きを表すかのように膨らんでいた。
シロが霊波刀を顕現させたのは、きっと頭を撫でられていた至福の時を邪魔されたからだろう。
「ご、ごめんなのね。とりあえず診断結果が出たわ。この女性は正真正銘メドーサなのね。それも、コスモプロセッサで強制復活させられたみたい。ただ……」
「ただ、何よ? もったいぶらずに話しなさいよ」
シロに唸りながら睨まれて威嚇されたヒャクメは、ビクビクと怯えながらも説明を続けた。しかし、何か言い難い事があるのか最後は言いよどむ。
ヒャクメの様子に、令子はさっさと言えとばかり言葉強く促す。あまり長く時間は掛けられないのだ。いつ上空の神族達が襲ってくるか、分からないのだから。
「分かったのね。このメドーサは、横島さんに文珠で滅ぼされた後にまた強制復活させられたみたいなんだけど、復活したタイミングが悪かったのね。復活途中でコスモプロセッサが崩壊した為に、中途半端にこの枝世界に復活したみたい。
本来ならそのまま世界に存在を固定されずに消滅するんだけど、よっぽど横島さんを憎んでいたのか、その憎しみで存在律を固定したらしいのね。
だけど、横島さんの名前や職業とかは記憶がトンでしまって解らず、魔力も枯渇していたから緊急避難として潜伏先に篭ったみたいなのよ」
令子の脅しにヒャクメは困ったような表情をしながらも、トランクから空中にモニタを投影して診断結果を示しながら説明を続けた。彼女としては、ここまでメドーサに憎まれる事になった忠夫を心配して言い澱んでいたのだ。
「ふーん、やっぱ腐っても鯛ってわけね。執念深いことだわ」
(この辺は令子に通じるものがあるなー)
ヒャクメの説明に、令子は大きな胸を下から持ち上げるように腕を組むと呆れを含んで呟き、その様子を見ていた忠夫は表情に出さずにメドーサと令子の類似点を思い浮かべる。
ヅゴッ!!
「ぐぉ! な…なにを?」
いきなり真下から顎を神通棍でかち上げられた忠夫は、床に蹲って顎を押さえながら下から力無く令子を見上げる。
「あんた今、わたしの事をメドーサと一緒と思ったでしょ? だからよ」
神通棍を腰脇のホルスターにしまいながら、令子は忠夫の質問に答える。神通棍を抜く瞬間さえ感じさせないほどの早業だった。
「ど…どうして?」
「勘」
どうして解ったという風に訊いてきたので、令子は素っ気無く答えてやった。それを聞いた忠夫は、何も言えずにそのまま崩れ落ちた。
「せんせー!」
「ほっときなさい!」
「キャインッ」
忠夫に思わずといった感じで駆け寄ったシロだったが、令子に一喝されて身体をビクッと震わせた。
令子としては、今イチャつかれるのはイヤなのだ。彼女自身がやったとはいえ、自分がやりたいくらいだし。
袂を別っていたとはいえ、令子の恐ろしさはシロの中で未だにしっかりと残っているようで、申し訳無さそうに忠夫を見るだけに留まった。
本来ならシロは、令子に何を言われようと介抱しようとするだろうが、無意識に覚えた忠夫に対する違和感が、彼女をそれ以上彼に近付くのを躊躇わせたらしい。
「では、このメドーサは記憶喪失というわけですか、ヒャクメ?」
令子・忠夫・シロのやり取りを無視する事にした小竜姫は、ヒャクメに話を進めさせる為に訊いた。
「経験則、いわゆる身体が覚えた武術や体術などの技術は覚えてるのね。けれど、自分の名前から始まる認識記憶の方はほぼ絶望的なのね。自分が何者なのか? 何を目的としていたのか? そういう物を断片的にしか覚えていないし、記憶どうしを結びつける事もおぼつかなくなってるのね」
「それは……メドーサとしての自我がもう無いと言うことですか?」
「んー。厳密には違うけど、このままだと別人格になってしまうのは確かなのね。それに今の彼女は魔族としてのあり方さえ危うくなってる。
理由は解らないんだけど、どうも長いこと神気に曝されていたようなのね。そのせいでニュートラル属性の妖怪になりかけてるわ。ただ霊格は高いから妖力はかなり高くなると思うのね。
そうねー……例えは悪いけど、ケースとしては忌御霊の逆ヴァージョンと言ったらしっくりくるかな。日本という土地柄のせいでもあるけどね」
忌御霊は神族から妖怪に堕ちたが、メドーサは魔族から妖怪へと堕ちたという事らしい。
「そうですか……」
ヒャクメの答えに、複雑な表情で頷く小竜姫。かつての強敵の成れの果てに、忸怩(じくじ)たる思いがよぎっているようだ。
「ああ、だからこの社の結界をすり抜けたのですね。なぜすり抜けて落ちてきたのか、ずっと疑問に思っていたので答えが得られて助かりました」
ヒャクメの答えを聞いて、突然サクヤヒメが納得した表情で呟いた。
「どういうことですか、サクヤ様?」
サクヤヒメの呟きを聞きとめて、ヒャクメが尋ねる。
「いえ。この方が、私が張った結界をすり抜けて落ちてきたのが疑問だったのです。ですが、ヒャクメ殿の答えで得心しました。
現在この社に張っている結界は、私達に対する敵意・悪意などを持つ者とそれらが放つ物理的攻撃と霊力的攻撃を排除するように設定しています。
というより、それしか出来ないのですけどね。参拝客を閉じ込めたり、締め出したりは出来ませんから」
「ああ、なるほど。今のメドーサには、そのどちらもありませんね。あるのは好奇心と自分を知りたいという探究心だけなのね」
サクヤヒメの答えに、ヒャクメは納得という感じにウンウン頷く。
「じゃぁ、メドーサの処遇はどうしましょうか?」
小竜姫が纏めるように、全員を見渡して問い掛けた。
「……このまま動けないようにしておけば良いんじゃない? 今すぐにどうこうする問題でもないしね」
「そうだな。メドーサが今までの記憶を取り戻すにしても放棄するにしても、彼女の意思を確認しないうちは何もできんだろうしな。
すまないがヒャクメ、メドーサが記憶を取り戻したいと言った場合に備えて準備しておいてくれないか?」
令子がちょっと考えてから答える。その令子の考えを補足するように忠夫も意見を出し、ヒャクメの方を見て拝むように頼み込んだ。
忠夫の言葉に令子はピクッと反応する。しかし、すぐにハァっと溜息を吐いて流した。現時点で敵対していなければ、忠夫は女性限定でめっぽう甘くなるからだ。
「それは良いけど、記憶を取り戻したら襲ってくるかもしれないのね」
「うっ……それは まー あるかもしれんが、サクヤヒメ様に拘束していてもらうしかないんじゃないか?」
ヒャクメの恐がる様子に確かにありそうだと思った忠夫だったが、良い考えが浮かばずに思わずサクヤヒメの方を見て言った。
そう言ってきた忠夫にサクヤヒメはにっこりと微笑むと、言葉の爆弾を落とした。
「先ほどから気になっていたのですが、横島殿。わたしの事はどうか、サクヤとのみお呼びくださいませ」
「え!? いえ、そんな! 畏れ多いですよ!!」
笑顔でサラッと落とされた爆弾に彼は耳を疑い、すぐに気を取り直して両手を前に突き出すとブルブル振り、滅相も無いと断る。
「それでは、貴方の要請は引き受けられません」
正座したまま、プイって感じで顔を横にそらすサクヤヒメ。
「そんな理不尽な!」
「貴方はニニギ様と瓜二つなんです。私としては、様付けで呼ばれる事のほうが違和感が物凄くあるのです。どうか、このサクヤの我侭を聞いてはもらえませんか?」
サクヤヒメは両手を組んで、祈るように忠夫へとにじり寄って迫る。令子達は、サクヤヒメの雰囲気がいきなり変わった事に、ポカーンと呆けていた。
(うぉっ、可愛い! って、ハッ!!)
拗ねた表情からうって変わって瞳を潤ませてすがる様に、サクヤヒメに吐息が感じられるまで近寄られ見詰められた忠夫は、今にも飛び掛りたい衝動と、今飛び掛ったら確実に令子達に殺られる予感にテンパる。
「う…ちょ……誰か……って、皆なんでそんなに離れているんだよ?」
忠夫は、何かこの状況を回避する為の物が無いかと周りを探して……冷ややかに己を見詰めてくる令子達に気付き、かろうじて…本当にすんでのところで己の煩悩にブレーキを掛ける事に成功した忠夫は、とりあえず頭に浮かんだ疑問を発した。
「べっつにー。良いからちゃっちゃと決断しなさいよ」
と、永久凍土の冷たさで忠夫を見据える令子。しかし、彼女の右手と左手の間を神通棍が舞い、纏うオーラは灼熱の如し。
「私が関与する問題でもありませんから」
頬を膨らませてそっぽを向きながらも、横目で忠夫を見詰める小竜姫。ただし、彼女の右手は腰の神剣の柄に軽く当てられている。鯉口は、まだ切られていない。
「私に聞かれても困るのねー」
周りの空気に冷や汗を掻きながらも、本当に困った表情で心配そうにするヒャクメ。ただし、忠夫の今の状況が心配なのか、それとも乙女の葛藤により心配なのかは定かではない。
「拙者、答える事はできぬでござる」
すぐにも泣きながら飛び掛りたいのに、唇を噛み締めて我慢をするシロ。ただ、彼女のしっぽは力無く揺ら揺らと小刻みに揺られて心の奥底の心情を如実に表す。すなわち嫉妬!
「知らないわよ(アイツは私の知る忠夫じゃないのに……なぜ?)」
言葉は素っ気無く顔はそっぽさえ向いているのに、纏うオーラに溶鉱炉のような熱を孕むタマモ。ただし彼女は己の感情にかなり戸惑ってもいた。
忠夫の質問に全員にべも無かった。皆、根底にある想いは一緒のようである。すなわち『私だけじゃダメなの?』だ。
ちなみにこの場に女華姫は来ていない。なぜなら、地下室で封印の人形の崩壊を防ぐ為に処置を施しているからだ。
結界の外に手強い敵が居るというのに、忠夫達はなんとも緊張感に欠けていた。まぁ忠夫にしてみれば、別の緊張感有りまくりだが。
「ちょ…待て…なんでそんな剣呑な……お、俺がいったい何をしたーー!!」
心情的に進退窮まった忠夫の絶叫が拝殿に響き渡るも、状況は変わらない。
「くーー、わかり……分かったよサクヤ。敬語は無しにする」
言葉の途中で、サクヤヒメに頬を膨らませて睨まれてしまい、言い直す忠夫。
結局、泣きそうな表情をしながら彼は折れた。後々の令子を筆頭にした女性陣の反応が怖い。
(こんな所はおキヌちゃんとソックリだな…って、あれ? 俺の知ってるおキヌちゃんとは違うぞ。これは…こっちの俺の記憶……か?)
内心で、無意識に思い浮かんだ感想に違和感を覚えて疑問に思うも、女性からの本気の願いは無碍に出来ない彼だった。
「我侭を聞き届けていただいて、ありがとうございます。では、その女性はお預かりしますね」
忠夫の答えにホッとしながら微笑み、サクヤヒメはメドーサを一時的に預かる事を承知した。
こうして、突如舞い込んだメドーサの処遇は一時的にだが決まった。しかし、令子達にはまだ、過激派神族達の対処が残っている。忠夫と令子が揃った現在、どのように撃退するか見物だ。
続く
明けましておめでとうございます。想い託す可能性へ 〜にじゅうご〜 を、ここにお届けです。
年明けての初投稿が15禁……。緊縛って18禁かもって思いつつも男女の絡みは無いので15禁としました。男への緊縛は少年誌でもOKだけど、女性への緊縛はどうなんだろう?
さて、正月休みで推敲を終わらせましたが、誤字・脱字、表現がおかしな所がありましたらご指摘下さい。可能な限り速やかに修正致します。
では、レス返しです。
〜読石さま〜
明けましておめでとうございます。今年もどうぞ、よろしくお願い致します。
>新旧?奥さんズの胸の間を……
ほんとに羨ましいですよね。どちらも90オーバーですし。ま、そのうちにタマモに焼かれたり、おキヌちゃんに水責めされたりするでしょうけど(邪笑
今は令子の神通棍のみなのが悔しい(エ?)
>横島君らしいですねぇ
切迫した状況でも思わず女性を助けるのは、どっちの枝世界の横島も変わらないと私も思います。
けれど、現在彼の主観では27歳なんで、結構アダルト(?)的な行動をしてしまいます。今回の緊縛もそうですし。さて誰を相手に覚えたのかは言わずもがな(爆
私的に彼女は、褥では受けと思ってます。
>最後の防衛手段
良かった。このアイデアはいつか出そうと思ってたので、受け入れてくださる方がいてホッとしました。
〜ソウシさま〜
明けましておめでとうございます。今年もどうぞ、よろしくお願い致します。
>コチラガワにようこそか?
記憶を取り戻すことは確実ですが……的な事になるので、ベタ惚れとまではいかないかも。令子さんとは別の意味でツンデレかも?
今回は扱いが保留になりましたが、ご期待に副える展開は頑張ってみます。
拙作をお読みくださった方々、ありがとうございます。今後もどうか、アドバイスが頂けたらと思います。
今年もまたよろしくお願い致します。
次のお話はほぼ出来ておりますので、二十日頃にはあげられるかもしれません。
では、次のお話まで失礼致します。
※読石さまのご指摘により、「昇華」を「堕ちた」にしました。(1/9)