思い託す可能性へ 〜 にじゅうなな 〜
浅間大社から南へ二百メートルほど離れた高度百メートルの上空に、神族過激派のフィルレオ達は円を描くようにして集合していた。
ちなみに、彼らの姿はオウラの能力により、地上の人間からは気付かれることはない。
「隊長! 俺を呼び戻すなんて、何があったんで?」
不機嫌な様子を隠そうともせずに、アルウェイドはフィルレオに自分を呼び戻した理由を訊く。
メドーサを仕留めるどころか反撃を受け、しかもレオルアに獲物を横取りされた事がかなり頭にきている様だ。
「厄介な事が判明した。目標が逃げ込んだのは、どうやらこの地域の主神クラスの神域らしい。くそ忌々しい」
アルウェイドの態度にムッとしつつも、時間が惜しいフィルレオは怒りを押し殺したような声でそう答える。
「その情報はどこから?」
「オウラが持っていた端末に情報が入っていた。それに実際、あの通りの霊力の大きさだ。お前も解るだろう?
俺としたことが、東方域を侮るあまりに失念していた。くそっ!(あのお方は時間にうるさい。ここで長引くと、俺は消されかねん)」
苛立たしげにアルウェイドの質問に答えるフィルレオだったが、自分の思考にはまり込んでいるのか、誰が質問しているのかという認識をせずに無意識に答えるのみだった。
「おぃ? 隊長は何を怒っているんだ?」
自分の方を見ようとせず、顎に手を置き俯いた状態で答える隊長の様子で逆に冷静になれたアルウェイドは、フクロウの頭を持つオウラに訊く。
いつまでも感情的になっていては、狩りの醍醐味は味わえない。この辺の切替えの早さが、彼を部隊長としての地位に就かせているのだろう。
今は特別編成で、フィルレオの部下にされてはいるけれど。
「あの神域の結界は、俺らの攻撃じゃ短期突破は無理なんだ。この場にいる全員で、二週間ほどぶっ続けで全力攻撃して、やっと崩壊に持ち込めるってくらいだな」
「な!? なら、この後どうすんだよ?」
「それを決める為にも、お前さんに戻ってもらったって訳だ。勝手に決めたら、お前怒るだろ?」
「ああ、そうだな(ちっ、忌々しい。お楽しみが無ぇじゃねぇかよ)」
オウラの説明を聞いて、この後の狩りは断念かと再び苛立つアルウェイド。
彼は気付かない。己が、ある存在に何を除かれているかなど。
彼の中から除かれたたモノ……すなわち狩猟本能の抑制。その為に気高き鷲の神性ささえ損なわれ、獣性が表に出てしまっていた。
急な作戦で特別編成された為に初めて顔を合わすオウラ達には、彼が神界に居た頃の元の性格など判るはずも無い。判るのは、部隊を編成されてからの、彼の言動から推察される性格だけだった。
唯一判る人物はフィルレオだが、彼も“何か”を除かれているのだ。疑問に思うことすらない。
この部隊でただ一柱、ある存在の影響を受けていない者は居るには居る。
ただこの者は、とある極秘任務を遂行中に、潜り込んでいたこの部隊が急に作戦を開始した為に抜ける事が出来なかった者だった。
急遽派遣されてきた者でもある為に、部隊の全員とは直接の面識があまり無いのも災いしていた。
ヒャクメでさえ、魔神大戦の折にバックアップごと消失してしまった百八の神・魔族拠点にあった過去五十年の情報が手に入らず、また膨大なデータ量の為に仕方なく大戦以後の情報更新が遅れてしまっていたデータを鵜呑みにするしかなかった。
この時点で本当の彼を知る者は、人間界に誰一人として居ない。また一柱を除き、他の六柱もアルウェイドと同じ“何か“を除かれた有様だった。
深刻な……とても深刻な事態が、アルウェイドを始めとした彼らに起こっているのである。
それは、昨夜にシロが受けた干渉と同じモノであったが、前提となるモノが違う。
人間界に暮らすシロは、彼らほどに深刻な事態には気付くことが出来れば陥らない。
なぜならば、最初から肉体を持つシロは、奪われた記憶などを前後の記憶の整合性や周囲の者達からの情報補完で、ある程度取り戻す事が可能だからだ。
しかも彼女は、横島の文珠の恩恵に与(あずか)れる。実際に彼女は、タマモから昨夜の戦闘の事を説明されながら文珠を受け取り、それを使って己の決意を取り戻す事が出来ていた。
しかし、アルウェイドを始めとした天界の住人である神族の彼らは、天界から人間界へ来る時には必ず精神体に、物質界に影響を及ぼせる為の殻を身に纏わなければならない。
これを彼らは受肉と呼んでいる。この為、物質界である人間界では本来の力の大半が封じ込められ、アシュタロスのような魔神でも、やりようによっては人間に倒されたり、盟約により従わされたりする。
そんな制約がある為に、格が低く、人間界で認識さえされていない者達は、神界で“ある存在”に何かを奪われてしまえば、人間界で受肉した際にその有様が否応無しに枝世界に定着してしまう。
その後、受肉を解いて天界に戻っても、ある存在によって“奪われたモノ“を取り戻す事はまず出来ない。なぜならば、精神界とは個人の主観によってかなり影響されるからである。
魔族でも同じ事が言える。それほどまでに、人間界での受肉という強制力は強かった。
例外は、人間界に駐留して最初から受肉している者や、人間界に赴く頻度が高い為に受肉し続けている者達だけだ。それさえも、早期に気付ければの話。
天界と魔界の軍人達にとって由々しき事態が、静かに深く進み始めていた。
(参ったわね……)
全員に作戦のおおまかな役割指示を出した後、浅間大社周辺の地図をヒャクメに出させていた令子は、美貌に渋面を浮かべていた。
敵が一塊になっている今が先制攻撃のチャンスという事は判りきっているが、地図を見た事で戦端を開くことが出来ない理由を見つけてしまったのだ。
それは、神族を相手取って戦うには、自由になる戦闘域があまりに狭いという事だった。いや、この場合は、令子達側の制限を受ける戦闘域が広過ぎると言うべきか。
相手が神族とはいえ、西方域の神族は神格が高くなるほど(例外はあるにせよ)性格的に人間に優しくはなく、今回は特に人間を見下した者達な為に、人命に配慮をするという事が極端に少ない。
それが彼女の作戦に、影を落としていた。
(今日が日曜で良かったわ。
これが平日だったら、流れ弾が東にある小学校とかに飛んだ時、無視できない被害が出ていたかもしれないし……)
令子は、浅間大社を中心とした地図の東側を見て表情を曇らせながらも、今日が休日だった事にホッとする。
浅間大社の敷地内は鎮守の杜となってはいるが、それも東西・二百メートル、南北・五百メートルの狭い範囲内のみだ。本気のシロなら、南北縦断に四十秒と掛からない。
空を飛ぶ神族なら、もっと速いだろう。
複数の神族を相手取るにあたって、浅間大社の敷地はかなり狭いのである。主戦場を北の杜に限定するとしても、敷地外は普通の街並みだ。流れ弾の被害は大きなものになるだろう。
「美神殿? 何を悩まれているのです?」
「うーん……ゲリラ戦を仕掛けるとしても、ちょっと戦闘域が狭いなって思ってね」
「そうですね。この社だけに限定したいものですが、そういうわけにもいきませんし……」
令子の視線を追って、サクヤヒメも彼女が何を懸念しているかを悟った。
「流れ弾の問題もあるのよ。東に小学校、北に中学校。その向こうには高校とあるしね。
それに真西のお隣は図書館に病院ときてるし、全く被害を出さないようにするにはまず無理だわ」
「周辺に私の加護を与えるとしても限度がありますし、難しいですね……。
シロちゃんが囮で逃げ回った場合、キヌが東京を逃げ回った時の再現になりかねません」
サクヤヒメも右手を頬に当てて、令子と同様に解決策を考える。氏子達の安全は、彼女にとって一番大切だ。
「そうなのよ。シロを囮にするにしても、この敷地内じゃ狭すぎるわ。どうしても周りの被害が大きくなるし、人狼の特性もあまり活かせないわ」
「オカルトGメンに、周囲の避難を要請しておくしかないんじゃないか?」
「そうね。やっておくに、こしたことは無いわね」
効果が薄いと思いながらも忠夫は提言するが、彼の提案も即効性が無いだけに、令子は生返事だけに留まった。
(姉さまと私が協力すれば、一度だけ彼らを強制転移する事ができるはず。
けれど、その方法ではルシオラ殿の復活が遅くなって、横島殿に許される時間の猶予ギリギリになってしまう。……それでも主戦場を変えるしかないでしょうね)
悩む令子を見ながらサクヤヒメは解決案を導き出す。しかしこの場合、ルシオラの復活が大幅に遅れてしまう。それが彼女には心配だった。けど、氏子達の生命や財産に対して背に腹は変えられない。
「美神殿、一つ提案があるのですが?」
「どんなこと? サクヤ様」
「貴女方を忌御霊の居る場所へ送った時の転移術を、敵に仕掛けたらどうでしょうか?」
「そんな事できるの?」
令子は言外に、ルシオラの復活は大丈夫なのかという意味を篭めて訊いた。
「私とキヌだけでは、八柱もの敵を日本を遠く離れた所まで飛ばすのは、今は無理です。
しかし、姉さまに手伝っていただければ、富士の樹海までならば大丈夫でしょう。
ただその場合、ルシオラ殿の復活は明日の戌の刻辺りにまで遅れると思われます」
「戌の刻というと、朝の十時頃か……微妙ね(こういう時、神族や魔族の力の大きさを思い知らされるわね。けど、諦める訳にはいかない!)」
頭の中のタイムスケジュールを確認しながら、令子は呟く。ゲリラ戦で短期決戦を臨み、神族達を撤退させるのが彼女の作戦の主旨だからだ。
「敵を飛ばした後に貴女方も送らないといけませんので、どうしてもその時間まで遅れてしまうと思います」
「それって、相手の数が減ったら時間的余裕は増えるって事?」
「それは……その通りですね。相手の意思に関係無く行う強制転移は、膨大な霊力が必要ですから」
「そう(だったら戦端をここで開いて、ワザと結界の一部を解いて誘導したら……)。
わたしが考えてたシナリオより一部シビアだけど、周りに被害が及ばないようにするにはそれしか無さそうね。最初の攻撃でなんとしても二柱落とすわ。
そして、強制転移の直前でもう一柱落とす! 作戦はこうよっ」
令子は全員を見渡して、概要を説明していく。
まず、忠夫とシロのエクスプロージョン・ダーツ(以下E・ダーツと表記する)を、それぞれ一柱ずつに必中させる。
E・ダーツの練度はシロに一日の長があるので、忠夫に対しては自分の盾で空間転移させて足りない技術を補う。
次に、忠夫が北の杜に居る事を敵に覚らせる。その間に落ちた神族を縛る為にシロに動いてもらい、私達が樹海に行った後に、女華姫様には彼らを捕獲してもらう。
シロが敵を縛ったら、一度忠夫の幻像を南の参道に出して、敵の意識をそっちに向ける。
忠夫を逃がす振りとして、北側の結界の一部に穴を開ける。そこに、パピリオが操る眷属達の鱗粉を集中させて敵を惑わし、強制転移を仕掛ける。
これが基本的な流れだった。
「あいつらを結界の穴に誘導したその時に、小竜姫には敵の背後に瞬間移動して欲しいのよ。敵を追い込むためにね」
「反転して向かってきた場合は?」
「その素振りを見せた時点で、今度は結界内に再び瞬間移動するのよ。
ただし、言葉は吐かないでも良いから、相手を小馬鹿にしたような表情を作って頂戴。
おちょくられたと思って逆上するから追ってくるはずよ。
んで、追ってきた奴らの最後尾に、忠夫とシロのエクスプロージョン・ダーツを再度叩き込む。
一撃目よりは威力は落ちるでしょうけど、二人揃ってなら大丈夫でしょ。
その後は富士の樹海で暴れる。こんなところかな?」
「なるほど。五柱だけならば、おそらく未(ひつじ)の刻までの余裕が得られるでしょう」
「なら決まりね(それでも残り五時間か……微妙ね)」
令子は左手首の時計を確認しながら、サクヤヒメの提案に乗った。
未の刻とは、七時の事だ。無論、サクヤヒメが言っているのは翌朝のである。
今が十五時を周った所だから十六時間も余裕があるように思えるが、神族八柱相手に長期戦は避けたい令子だった。
「(あと確認しておきたい事は……と) 忠夫、文珠にあんたの姿だけを模らせるイメージを篭めたら、どのくらいの時間保つ?」
「そうだな……一個に付き一時間ってところだな。令子はシロに<模>の文珠を使わせる気なんだろ?」
「そうよ。あんたの姿だけをイメージしたモノなら<模>の文珠でも、あんたはあまりダメージを受けないと思うんだけど?」
「いや、それがな? その漢字だと、どうしても俺自身を直接反映して、ダメージ軽減なんてできないんだよ。
それだったら<姿>の方が良いぞ。これだったら、本当に俺の姿だけを映すからな。それも十時間くらい」
人物の姿だけを模(かたど)るイメージならば、大戦で使ったような効果にはならないだろうと令子は思ったが、違ったようだ。
「へー? そんなに違うものなんだ?(あら? 待て待て。なんでこいつ、こんな直ぐに持続時間が分かるのよ? どっかで試した?)」
「まぁな。一回銀ちゃ……(ヤバッ!)」
「ほぅ? 近畿君が……どぉうしたのかなぁ〜?」
忠夫の失言を聞き逃さず、令子は目を細めて彼を冷やかに見つめる。
「あ、いや、ホラ! い…今はそんな事言ってる時間ないだろっ。不意打ちのタイミングを逃すぞ(一回だけ、銀ちゃんに代役頼まれて入れ替わっていたなんて言えん!)」
「ま、いいわ。後できっちり逝ってもらうから(この様子だと、遊びって事じゃ無さそうね)」
「ちょっ おまっ 字が違う!」
忠夫は令子の処刑宣言にうろたえて、命乞いをする。やましい事なんて、これっぽちも無いのだ。彼も必死になる。
その辺は令子も解ってはいたが、周りの固すぎる空気を変える為にわざと茶化す。
けれど、彼女が纏うオーラは炎のように揺らめいていたので、忠夫は本気だと受け取っていた。
忠夫の涙を滂沱と流し、鼻水たらしまくって土下座する様子に、周りの者達は苦笑していた。適度にシロ達の肩から力が抜けたようである。
融合前の親枝世界の事であるが、忠夫は幼馴染であり親友でもある堂本銀一に「収録に穴ぁ空ける訳には行かへんが、その時間に人生における一世一代の事をやらなあかん。やけどもどっちも外せへん。せやから、収録の代役を頼む」と、懇願されて深く理由を聞かずに請け負った事があった。
その時に最初は<模>を使ったのだが、銀ちゃんがある女性にプロポーズする為に頼んできたという事を思わず知ってしまった事と、効果時間が一時間しか保たなかった事でバレかかって焦りまくり、彼はとっさに<姿>の文珠を使ったのである。
幸い台本とか演技の方は<模>の文珠で覚えていたこともあって事無きを得たが、その後は更に大変になった。
迂闊な事に、意識して文珠の効果を解除できなくなったのである。焦りまくって制御を誤ったのが原因だったらしい。
その後の文珠の効果が切れるまでの十時間、彼は苦悩し続けた。
もろ好みの女優や女性アイドルが粉を掛けてくるのを、親友の評判に傷を付ける訳にはいかない事や、プロポーズをしたその日に他の女に手を出していたという事実を作らない為に、心の中で血の涙を流しながら、忠夫は断り続けたのである。
彼にとって、それほどまでに銀一という親友は大切だったのだろう。
ちなみに、銀一がプロポーズをした女性は、これまた忠夫の幼馴染の夏子だったという事を追記しておく。
閑話休題(それはさておき)
こうして、美神達の神族過激派撃退作戦が始まった。
「いくわよっ!」
令子は拝殿を出ると、一気に本殿の裏に広がる北の鎮守の杜へと駆けていく。
令子の後ろに続くのは、小竜姫・タマモ・忠夫だ。
忠夫は、一つだけ小竜姫から返してもらった文珠に走りながら<幻>と篭め、それをタマモに渡した。
「上空から見たこの神社のイメージを篭めた。こいつを媒体に使って幻術をやってくれ。術の維持に必要な霊力は、文珠の方で勝手に吸い取ってくれるし、微々たるものだから心配しなくて良いぞ。
俺は今からエクスプロージョン・ダーツを作るから、文珠の発動はタマモがやってくれ」
「分かったわ(私の持つ文珠と存在感が違う)」
タマモは、手渡された文珠を複雑な表情で見ながら頷いた。
今、手に持っている文珠の方が、タマモが最初から持っている文珠よりも効果が大きい事を彼女は感じ取っていた。文珠の存在感が違い過ぎるのである。
(妙神山へ逃げ込んだ時に聞いた美神が失いたくないという気持ち、これほどの霊能力持ちなら判らなくも無いわね。
別の可能性の忠夫…か。でも、こっちの忠夫も好い男よ。取り戻すわ)
ジィーっと文珠を見詰めていたかと思うと、ほんの少しだけタマモは忠夫を見、すぐに令子を見失わないように前を向いて走る速度を上げた。
「(気に障る事でもしたか? ……気にしても今は時間が無いか) じゃ、小竜姫さま。お願いします」
そう言って彼は、栄光の手を篭手状に顕現させた右手を軽く握りこみ、文珠を作る要領で小さくも高圧縮されたE・ダーツを作り始める。
栄光の手は、万が一失敗して暴発した時の保険だ。
作られ始めたブリットは先の迎撃の時よりも、篭める霊力やその圧縮度は凶悪なまでに跳ね上がった物になっていた。
なぜなら、彼の左肩に掴まるように宙を飛ぶ小竜姫によって、竜気が供給されているからだ。
忠夫は、己の身体を通る小竜姫の力強くも優しく感じる竜気を右手に集めて、圧縮していく。その過程で彼は自分の中に、何か懐かしいモノが湧き上がってくるような感覚を感じていた。
(なんかこの感覚。前にもどこかで感じたような……?)
ギョロリ
彼は気付いていない。右手の甲を下にしていた為、そこにある赤い宝玉が爬虫類のような瞳に変わり、周りを見回すように動いた事を。
自分以外の霊力を圧縮するという作業に没頭していて、忠夫は己の右手の甲の変化に気付けなかった。
命の芽吹きを司るサクヤヒメの膨大な神気と、造物主である小竜姫の竜気。それに平行世界の同一存在である、二人の忠夫の“魄”に沈んでいたこれまた同一存在たる彼らの残滓。
ここにお膳立ては揃った。
後は……忠夫が認識し、ある事をしなければならない。単純な事だが、この世界に彼の存在を固定させるには必要な事。
それなくしては、言葉を話せようとも個としての認識さえままならないのである。忠夫は気付けるだろうか?
令子の号令にシロとパピリオは、それぞれ駆け・宙を飛んで一目散に南の参道を下りていく。
彼女達の最初の目的地は、大社の結界の最南端である御手洗(みたらい)橋だ。
シロの身体には薄い木札が、幾重にも帯状に腰や肩に巻かれていた。注連縄も十数本を束にし、駅伝のタスキのようにしている。
パピリオは、注連縄を持つと自身の能力が大幅に制限されてしまうので、何も持ってはいない。彼女に対して影響が無いようにするには、時間が無かった為だ。
彼女はこれから、初めて己の能力を最大限に解放することになる。それを抑える神族側の品物など、持つ事は出来ない。
時間をかければパピリオの属性上、サクヤヒメの注連縄を彼女用に調整できるのではあるが。
そういう訳で、シロが注連縄の方も一緒に持っていた。
シロが身に付けている全ての木札は、サクヤヒメ謹製の護りの木札である。その他にも彼女は、令子やパピリオから一つずつ文珠を貰っていた。
元々シロが持っていた文珠と合わせて、彼女の手持ちは今のところ五個になる。
その内の一つには、予め文字が篭められていた。その文珠に浮かび上がっている文字は<達>。これ一字では何の意味も無く、発動もしない。
しかし、文珠はイメージを篭めて使用する霊具であり、浮かび上がる文字は同じでも効果は様々だ。これには“達”という字に対して、対となる文珠と一緒にあるイメージが篭められていた。
その<達>の文珠を、シロはすでに飲み込んでいた。なぜかというと、手に持ったままだったりすると咄嗟の行動の時に不便であるし、文珠の効果を長持ちさせる為でもあるからだ。
不意にシロの腹の中で文珠が淡く光を放つ。それと同時に彼女の頭に令子の声がイメージを伴って聞こえてくる。
『シロ、聞こえるわね? 手筈通りに攻撃したらすぐにソコを離れて、落ちてきた神族を縛るのよ』
シロは黙って頷く。
今の仕種を、美神殿は己の盾で知っただろう。行動前に貰った彼女の指示を、シロは思い出す。
『まずアンタは、この橋の影で可能な限りエクスプロージョン・ダーツに霊力を篭めなさい。んで、私が合図したら、頭に浮かぶイメージに向けて攻撃するのよ。そしてすぐに、撃墜した神族の方に向かいなさい。
ただし、敵が一柱でも落ちた神族の元へ行ったら、逆にこの池へ全速で向かうのよ』
ヒャクメに投影させた地図を所々指し示しながら、令子はシロに説明していく。
『なぜでござる?』
シロにはなぜ撃墜した神族を助けに行くのか、本気で解らなかった。
『こっちは奴らを滅ぼすつもりは無いの。
だから、あいつらを行動不能に出来ればそれで良いのよ。向こうもまさか、攻撃した当人が標的を助けるとは思いもしないはずよ。
けれどそれは、判断を誤ると虎穴に入る事になりかねないのよ。負傷していれば一柱なら攻撃を受ける危険率は下がるけど、それでも神族や魔族相手には油断は禁物よ。
基本的な力は、向こうの方が圧倒的に高いからね。
だから無傷の神族が仲間の下へ向かったならば、縛りに行かずにすぐその場を離れなさい。いいわね?』
(これが戦の虚実でござるか?)
令子の説明に多少疑問に思いながらも、シロは無言でコクリと頷く。
『その後は川沿いを戻って湧玉池を回り、状況次第だけどそこから一旦南西の駐車場沿いにある林に行って、その後は北の杜まで戻ってきなさい。
戻ってくる時には、私の指示に従って忠夫の姿で敵の目に曝すのよ。それ以外は、パピリオの指示に従いなさい』
シロの思考が現在に戻ってくる。
(役目は見事、果たしてみせるでござる!)
既に橋のたもとに着いていたシロは、橋げたに隠れながら決意を右手に篭めるようにE・ダーツを作り出していく。
本気を出した人狼の彼女にとって、拝殿から見て南にある御手洗橋までの百五十メートルの距離など、十秒も掛からなかった。
「パピリオ殿、お願いするでござる」
「分かったです。でも、暴発したら元も子もありません。シロちゃんは、無理をしちゃいけませんよ?」
「承知しているでござる。けれど、戦は始めが肝心とも言うでござるよ?」
己の右肩に手を載せて宙に浮かぶパピリオを見ながら、シロは彼女の忠告に頷きながらも自分の意気込みを伝えるように口を尖らせた。
「シロちゃんの意気込みは判るですけど、自分の役割だけではなく全体を見なければ今回はヤバいです。飛ばしすぎるのは良くはありません。
戦は始めるは易し、終わらせるは難しです」
シロに魔力を渡しながら、パピリオは令子から頼まれた事を実践する。それは、アシュタロスがパピリオにインプットしていた戦の知識のレクチャーだ。
今は成長して、その外見は蕾が綻びかけた美の片鱗を匂わせる中学生に見えるが、パピリオはあのアシュタロスの娘の一人だ。そのポテンシャルは、延命措置をされて多少戦闘力が落ちたといっても測り知れない。
三界を相手取った決戦時の切り札の一枚として生み出された彼女達姉妹は、戦闘経験から来る知恵は少なくとも戦闘知識は豊富なのである。
その彼女を令子は、シロの最初の教師兼ストッパーにしていた。
パピリオは己の眷属達を呼び出して、既に大社の北側の杜と参道の林に、それぞれ八百と二百に分けて待機させていた。
大社の結界の内側上空には、蝶の鱗粉で薄く靄(もや)が掛かっているように外からは見えるはずだが、実際は違う。
一千頭分の蝶の鱗粉をパピリオは制御下に置き、光の屈折を調節して透明にして見せているのだ。
しかも彼女は、数頭の蝶を令子とタマモの傍に配置して伝令役と幻像補正の媒体にまでしていた。
一つの可能性に気付いた蝶の化身は、急速にその可能性を膨らませ応用をし始めていたのである。
今回の作戦で見せるパピリオの目覚しい能力の発現は、ドグラと令子の指揮官としての資質の違いもあるかもしれない。
異空間や距離を物ともせずに、眷属を瞬時に操る彼女は、もしかしたら情報伝達のエキスパートとしてアシュタロスに生み出されたのかもしれない。
あの大戦のおり、寝惚けていたとはいえ原潜の乗組員に眷属達を集らせて操っていて、異空間に居ながらタイムラグ無く指示を出して見せたのだから。
ただあの大戦では、彼女の真の能力を発揮する場面が無かっただけかもしれないが。
シロは戦端が開かれるのを、高揚感で暴れだそうとする心を必死に抑え込みながら今か今かと待ち、霊力を右手のダーツに篭めてゆく。
シロの右手の平の上にはやや黒っぽい弾丸状の物が一つ浮いていて、超高速で回転しながらバチバチと放電をし始めていた。
パピリオはそんなシロを心配しながらも、彼女の右手を観察して圧縮中の霊力が暴走しないかチェックを怠らずに制御を手伝う為、手をかざしながら見守っていた。
「さて、ヒャクメ殿。こちらも準備に取り掛かりましょうか」
「はい、サクヤ様」
二柱は揃って本殿に向かう。そこには、強制転移に必要なレプリカの神鏡が置いてあるからだ。
(姉さま。少し助力を頂きたいのですが、封印の人形は大丈夫ですか?)
歩きながら、サクヤヒメはイワナガヒメである女華姫に念話を飛ばした。
(うん? 封印の人形ならば、一週間くらいは持ちこたえるようにしたぞ。しかし、助力とはなんだ?)
(困った事に、横島殿を追って天津神の過激派とやらがこの社へ攻めてきました。このままでは周囲の氏子達に被害が及びます。
それで、富士の樹海へと飛ばそうと思うのですが、残念ながら霊力が足りないのです。理由はお解りでしょう?)
封印の人形が今回の戦いに影響しない事にホッとしながら、サクヤヒメは女華姫に状況を伝えて質問に答える。
(なるほどな。では、妾はどこへ向かえば良い?)
(本殿へ来て下さい。そこでやります)
(分かった。準備をしておれ。すぐ行く)
(ありがとうございます)
詳細を聞かずに信頼してくれる姉を誇らしく、また頼もしくも感じながらサクヤヒメは感謝を篭めて礼を言った。
その念話に返答は無かったが、サクヤヒメには確かに女華姫の照れている様子が届いていた。
(レプリカの神鏡は、これで壊れてしまうでしょうね。また、宮司に怒られるかしら?)
齢六十を超える宮司の血圧を心配しながら、サクヤヒメは本殿に入っていった。
どうやらサクヤヒメは、以前にも宮司に怒られるような事をしていたらしい。
「忠夫、用意は良い?」
刻水鏡の盾を出して身体の前に構えながら、令子は右手が眩く輝く忠夫に問いかける。
忠夫からは敵の姿が、令子が構える盾の表面に映っているのが見えていた。
(この盾、使えば使うほど馴染みはするんだけど、なんかねー)
盾の表面に映る光景と同じものが己の脳裏に映っている事と、肉体の視覚で見る光景が別々に見えるのに違和感を覚えない自分の感覚に、思わず苦笑する令子。
「(くぅ……) ああ、俺が扱える霊力の限界をとっくに超えているよ。(バチバチ跳ねやがる) 小竜姫さまが抑えていなかったら、ここら一帯は焦土だな。
解き放ったが最後、一直線に飛ぶだけでコントロールなぞできん」
冷や汗を大量に掻きながら、忠夫は己の右手の状況を説明した。
小竜姫は忠夫の肩に最初は手を置いていたのだが、今はケーキカットを一緒にするような格好で忠夫の手を包み込んでいた。
彼女は、うっすらと頬に朱が差してゆるく微笑んでいて、まんざらでも無さそうだ。忠夫が必死で暴れそうになる霊力塊を抑えているのに、彼女にしてみればなんでもないのかもしれない。
「(たくっ……) 避けるヒマは与えないから、暴走させないようにしなさいよ。
パピリオ、シロの方はどう?」
小竜姫の様子にイラつきながらも、傍らに飛ぶ極彩色の蝶に令子は話しかける。
すると、周りを飛んでいた数頭の蝶が鱗粉を落としてシロのミニチュアの幻像を作り出し、その横には文字で「ヨコシマと似たような状態です」と表示されて、準備が整った事を伝えた。
「分かったわ、ありがとう」
<伝>の文珠を右手で玩(もてあそ)びながら令子が礼を言うと、鱗粉の幻像は霧散した。
タマモは令子達が準備を進めていくなか、黙々と<幻>の文珠に妖力を注ぎながら、もう一頭居る極彩色の蝶に対して幻術を掛けていた。
タマモがやっている幻術は、<幻>の文珠を媒体にしてパピリオの鱗粉を操る能力に介入し、彼女に幻像を作らせるというものだった。
もちろんこれは、パピリオの方で幻像を作る意思が無いと出来ない事である。
この方法のメリットは二つ。
一つは、敵に対して幻術を仕掛けると気付かれる恐れがあるが、これは味方の能力を介してやっているので気付かれる恐れは無いということ。
もう一つは、今回の作戦でタマモの持っている光学による幻術のノウハウを、パピリオに幻術を掛けると同時に学ばせているのである。
「こっちが攻撃態勢にあるのは、まだ気付かれていないわね。
小竜姫、サクヤ様の準備はどう?」
脳裏に映る敵の様子に注意を向けながら、令子は着々と攻撃準備を整えていく。
(ヒャクメ、準備は整いましたか?)
(大丈夫なのね。いつでもゴーゴーなのね)
「整ったようです(緊張感がありませんねー。お仕置きが必要かしら?)」
この時、ヒャクメに盛大な悪寒が走ったという。だが、小竜姫も人のことは言えないはずだ。さっき頬を朱に染めていたし。
「じゃ、やるわよ! シロっ! コイツに対して、攻撃開始!!」
令子は、右手に<伝>の文珠を握り締めて、脳裏に映るフィルレオの姿をシロに伝えた。
二秒後には、南の空で凄まじくも激しい閃光と爆音が轟いた!
「散開しながらこっちに向かってくるぞ(なんか攻撃が当る前に光ったような?)」
令子の盾に映った神族の後姿を見ながら、忠夫が解説する。シロの攻撃が当る瞬間、見えた映像に違和感を覚えたが、それが何かまでは彼には判らなかった。
「あのフィルレオって奴! 部下を身代わりにしたわ!!」
「はぁ?」 「なんですって!?」
「わたしは、シロにフィルレオを攻撃するように指示したのよ! 頭を潰すのは常道だからね。なのに、結果は隣の奴と立ち位置が一瞬で代わったのよ!」
(れ…令子みたいな奴だな。が、令子の方が数倍マシだな)
忠夫は、冷や汗が背中を落ちるのを感じていた。彼は、除霊現場で幾度も彼女に盾にされている。
しかしそれは、令子が忠夫に対して無意識に絶大なる信頼を寄せるが故でもあるし、忠夫だって彼女が傷つくより自分が傷ついた方が納得する。
フィルレオがやった事とは、根本的に意味合いが違うのである。
「神族の風上にも置けない方ですね!」
小竜姫は令子の言葉に憤慨しきりで、今にも神剣を抜き放って飛び出しそうな剣幕だ。
「んじゃ、とりあえず……またフィルレオを……狙うか?」
「同じように身代わりを立てるかもしれないわ。戦力を削ぐ為にも、念の為に別の奴にして」
右手の霊力塊を抑えるのが辛いのだろう。忠夫は言葉をとぎらせながらも、令子の口惜しがり様にまた狙うかを訊いたが、彼女は冷静だった。
「分かった。俺はいつでも良いぞ」
「それじゃ、やって」
「そんじゃ、ヒャクメが厄介と言っていたレオルアっていうのを狙う。 行けっ!」
令子の盾に向かって忠夫は右手を水平に構えて狙いを定め、右手の中で暴れそうになるエクスプロージョン・ダーツを解き放った!
普通の人間では視認も出来ない速度で、かつ至近距離から放たれたE・ダーツは、音も無く令子の盾に吸い込まれて行った。
「あ!」 「チッ!」
「レオルアも無理だったか(この方法での不意打ちは、今日はもう無理ね)。仕方無いわね。シロ、パピリオと一緒に落ちた神族を縛ったら、池の方に向かいなさい!」
令子の盾の表面には、忠夫が放ったE・ダーツの射線上に別の神族が重なってきて、撃墜したのを映しだしていた。
小竜姫はその偶然に純粋に驚き、忠夫は舌打ちをする。
令子は仕留めそこなったのを口惜しく思ったが、時は待ってくれない。直ぐさま気持ちを切替えると、右手に握ったままの文珠で囮のシロに指示を出してタマモに向き直った。
「それじゃ、タマモ。東西の小学校と病院が敵の攻撃射線に入らない様に、私が指示する場所に忠夫の幻像を出すようパピリオに指示を出して。小竜姫は瞬間移動でそれを護りに行って」
「分かったわ」
「了解しました」
令子の指示にタマモは頷き、小竜姫は名残惜しそうに忠夫の右手から手を離すと、いつでも瞬間移動が出来るように準備した。
「やっぱ令子の盾は反則だな」
彼女の指揮を眺めながら、忠夫は小さく呟く。
だが、彼は知らない。令子が使える不意打ちが、今日はもう打ち止めだという事を。
これ以上使うと、地獄の霊体痛が彼女を待っている。
ゾクゥッ!!
突然、強烈な悪寒に襲われたフィルレオ。彼はとっさに己の秘術を用いて、右隣に居た部下の一柱と瞬時に入れ替わった。
「え?」
いきなり隣で強烈な閃光が起こり、突如視界が変わったその神族は、その直後に盛大に爆発した。
「チィッ! 攻撃してきやがった! 散れ!! アルウェイドとオウラは敵の攻撃地点に向かえ! 残りは俺に続け!!」
落ちていく部下など気にせず、己が身代わりにした事など何一つ表情には出さずに、フィルレオは部下に指示を出す。
「「「「「ハッ!!」」」」 (許せ……)」
「ハッ!(チッ、やってくれるじゃねぇか! フリオウの仇……討つ!!)」
フィルレオ以外の五柱は、落ちていった仲間に一瞬だけ一瞥をくれて、部隊長の命令に従った。ただ一柱、与えられた任務遂行の為に、謝意を已む無く押し隠す神族がいた。彼だけは、フィルレオが何をやったのか理解していた。
彼らの中で、仲間意識が次第に薄れて失われていく。時間が経つほどに、彼らは深刻な状態に陥っていく。
それを止める者は、この世界に今はまだ……居ない。
フィルレオが命令した時、アルウェイドだけは苛立ちで返事が遅れたが、それでも素晴らしいスピードで橋に向かっていった。
令子達と初遭遇した時、小竜姫の神剣による張り倒しという難を逃れた彼は、真っ先に仲間を気遣って指示を出していた。
その時に一緒に難を逃れたのが、先ほど撃墜された神族だった。
アルウェイドは仲間がやられた事に怒り、復讐に囚われるあまりに周囲の警戒を怠ってしまった。彼が平常心であったなら、続く忠夫の攻撃は見逃さなかったに違いない。
防げるかどうかはともかくとして、原因は解った筈である。
なぜなら、彼が少し降下した時点で再び頭上前方で爆音が轟き、仲間が落ちていったのだから。
「リーレ!!」
アルウェイドの叫びが、大空を駆け抜けていった。彼の身体は、無意識に仲間の下へと向かおうとする。
「何をしているアルウェイド! 命令に従え!!」
そこへ、フィルレオの命令が再び飛んだ。
「しかしっ!」
「我等には時間が無い! お前もあの方には逆らえまいっ」
「くっ」
納得いかぬという顔ではあったが、アルウェイドは部隊長の命令に渋々従って最初の目標へと加速した。
このやり取りによって、シロが最初に落ちてきた神族にサクヤヒメから貰っていた平癒符を貼り、縛る時間が出来たのは皮肉な事だ。
シロとパピリオは、敵神族達を追うような感じで一定の距離を取りながら、湧玉池を目指して駆けていった。
「(ここまでは順調ね) タマモ、とりあえず最初はこの場所に忠夫の幻像を走らせて。その後は、合図をしたらここに」
蝶の鱗粉で出来た、社の敷地を上から見た地図上の林のいくつかの場所をタマモに指示しながら、令子は次の手を思い描く。
「小竜姫、頼むわよ」
「分かりました」 フシュッ
そう言うと小竜姫は掻き消えた。
「パピリオ、小竜姫にアンタの眷属を一頭よこして」
『了解です』
鱗粉が瞬時に文字を紡ぎ、霧散する。。
(パピリオの能力は、本来こういう使い方だったんだわ。鱗粉の眠りの効力というは彼女を護らせる副次的な物だったのね。
あの時のわたし達、ドグラに戦略眼が無くて本当に助かったわ。
本当はあったんだろうけども……あっちの世界じゃ三姉妹離れ離れにはならなかったし、こっちじゃドグラとパピリオが離れて、かつ彼女が自分の能力を把握してなかったから活かし様が無かったのね)
タマモが令子の指示通りに忠夫の幻像を出す場所をパピリオに伝え、その傍に小竜姫が瞬時に現れるという刻一刻と変わる状況を頭の片隅で把握しながら、令子はパピリオの能力に戦慄を覚えていた。
と、そこで小竜姫とレオルアという神族が斬り結んでいたのが一瞬離れた。
「小竜姫、その辺で適当にあしらって。小ばかにするのも忘れずに」
『そんな事言われましても……』
「じゃ、一睨みするだけで良いわよ。終わったら戻ってきて」
『分かりました』
(ふぅ……。今回の作戦で痛いのは、サクヤヒメに指示を出す時、こっちに小竜姫が居ないと無理ってことね。
ま、それもあいつらを樹海に吹っ飛ばすまでの辛抱だわ)
己の盾を制御して脳裏に敵と小竜姫の戦いの様子を映したり、シロ達の様子を映したりなど、霊力の消費が激しい令子。
<増>の文珠を飲んでいるからこそ霊力は続いているが、後々の霊体痛が心配になる。それにまだ序盤であり、彼女は気が抜けなかった。
しかも、彼女が持つ文珠はこれで残り一つになった。
(シロは、今は境内の南西側か。パピリオは、ちゃんと誘導できているようね。樹海じゃ、あの子のフィールドだし、様子見て大丈夫だったらパピリオには撹乱に集中してもらおうかしら? よしっ!)
気合を入れた令子は、シロに指示を出す為に口を開く。
「シロ、これが最後よ。忠夫の姿で敵に牽制した後、全速力で結界の北端まで走りなさい」
彼女の脳裏に、シロが頷くのが見えた。
(後は……) シュン
「ただいま戻りました」
「お帰り(かなり斬られているわね。出血は少ないようだけど)。無事にとはいかなかったようね。やっぱりこういう戦いは性に合わない?」
小竜姫の腕や脚の刀傷や衣服が切り裂かれているのを見て、令子は内心で心配しながらも彼女の様子を確かめる。
「いえ、これも必要な事と痛感しています。あのレオルアという者。ヒャクメの情報通り、強者です。もし護衛が私やパピリオだけだったら、横島さんを護れなかったと思います」
かなり激しくやりあったのだろう。小竜姫は、自ら傷にヒーリングを施しながら口惜しそうにしていた。
「人間の戦いなんて、いつも弱者が強者をいかに出し抜くかに収束されるわ。常に強者側の小竜姫にはきついでしょうけど、これを機に覚えて欲しいのよ。これからこんな戦いが続くと思うから」
「ええ、分かっています。美神さんも無理なさらずに。 その盾、消耗が激しいのでしょう?」
そう言って小竜姫は、応急手当を終えてから令子の肩に手を置き、竜気を少量分けた。
「ありがと、助かるわ」
小竜姫に分けてもらった竜気によって、幾分か楽になった令子は忠夫へと顔を向けた。
「忠夫、次のシロの囮で決めるわ。もう一発準備して」
「分かった」
忠夫は再び最初の一撃の時と同じ様にエクスプロージョン・ダーツを作り始めた。
(あん? なんか最初の時より作り易くなったような? 気のせい……じゃ、ないな。なんでだ?)
再び栄光の手の宝玉に爬虫類のような瞳が現れ、最初の時とは違ってその目が細められた。そのとたんに忠夫は、霊力の制御がし易くなったのを原因が解らずとも感じ取っていた。
(まだまだ精進が足らぬな)
戦いが始まって十分がたった頃、ようやく彼の意識が甦ってきていた。
続く
こんにちは月夜です。想い託す可能性へ 〜 にじゅうなな 〜 を、ここにお届けです。
やっと彼が、忠夫の中で目覚めました。まだ存在固定はされていないので彼自身の感覚では夢心地といったところでしょうか?
む〜、令子さん視点にしないと全体が見えないし、かといってシロ達にスポットを当て過ぎると流れがおかしくなる……彼女達も活躍させたいのにジレンマです。
2月に入って、いきなり2ヵ月半の鹿児島出張を命じられました。ネット環境はイーモバイルがあるので大丈夫ですが、新しい環境に早く慣れるかどうか……。今回は予想に反して筆が進みましたけど、三連休にアップできるかどうかは微妙です。
ではレス返しです。
〜ソウシさま〜
いつもレスをありがとうございます。
>シロが横島のふりですか……
はい、その点は令子さんも考慮に入れていて、直接彼女に指示を出しています。ただ、一から全てを指示は出来ないので、そのフォローとしてパピリオを付けています。
今回パピリオは役割は地味ですが、無くてはならない存在になっています。
>霊波刀が使えれば美神が……
その通りなんですけど、それだと指揮官が居なくなっちゃいますのでシロが代役になっています。彼女としては、自分で直接シバク方が好きなんですけどね(笑)
>さて作戦の成果は如何に?
序盤は、やはり奇襲できる令子さん達が取りました。けれど、樹海に吹っ飛ばした後はどうなるやらです。彼の完全復活も気になる所ですし。
〜読石さま〜
いつもレスをありがとうございます。
>矢っ張り美神さんは凄い!
令子さんの良い所・可愛い所・嫌な部分を余す所無く書き上げたいです。もちろん褥で乱れるところも!
>今の美神さんなら相当良い「師」に……
神族が襲ってくる状況で戦力が必要だけど、歪な成長をしているシロ。このままじゃ忠夫に、またあの慟哭をさせてしまう。これが、彼女の懸念です。今の令子さんは、忠夫の事を中心に考えています。
>おまけの鬼門達……
彼らにもスポットを当てたいと考えたら、こういう展開になっちゃいました。これからも、時々彼らの修行が出てきます。
>ラブでエロな話
おキヌちゃん・小竜姫様・シロにタマモ。次に書くのは誰になるのか? いくつかは書き始めてます♪
〜星の影さま〜
初めてのレス、ありがとうございます。レスを頂けるだけで本当に嬉しいです。
>勇気を出して感想、書いて見ます
気軽に気になったこと、気に入らない事、一言だけの感想付きでならば規約にも引っ掛からないので書いてもらえれば嬉しいですし、私も助かります。どんな所が悪いのか、自分では気付けない事一杯です。できれば、これからもよろしくお願いします。
>どれもうまくできるあなたがうらやましい
過分なお言葉、ありがとうございます。けれどレスもあまり無く、まだまだ精進は足りないと痛感しています。でも、星の影様のように暖かいお言葉を頂けると、もっと頑張ろうって気力が湧きます。
>やめちゃいました
それはもったいないです。アイデアは、浮かび上がった物はその時に書き留めておく事を薦めます。文章は書けば向上しますが、アイデアだけはその時々の感性に左右されるものですから取っておいた方が良いです。
>これほど美神をうまく書いているSSは……
私が書く令子さんを、受け入れていただいてありがとうございます。彼女の魅力を余す所無く書きあげたいです。でも、おキヌちゃんやシロ・タマモ、小竜姫様やワルキューレ・ベスパにパピリオ。もちろん忘れてはいけないルシオラも居るドタバタ日常も書いていきたいと考えています。
>次回の戦闘、……
序盤は、令子さん達が有利に進める事が出来ました。戦いの緊迫感や躍動感が伝わるよう、次話の続きもしっかり書きたいです。
次回、富士の樹海へ吹っ飛ばされた神族達が猛る!
二柱に囲まれるシロは……。
令子達とはぐれてしまったタマモは……。
お楽しみに!!