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「光と影のカプリス 第133話(GS)」

クロト (2008-01-14 20:26/2008-01-14 20:36)
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 一行の先頭を歩いていたカリンとタマモは、人影の姿と声に気づくと同時に足を止め、腰を落として身構えた。人影がしゃべった言葉の内容はどう考えても敵対者のものだったから。
 しかしその声色や「下男」という単語からすると、彼女(?)の正体はさっき倒したはずのレモだとしか思えないのだが……?

「あれ、もしかして等身大モガちゃんシリーズにあった『くのいちちゃん』かしら……?」

 タマモの後ろにいた神野がぼそっと呟いた。
 そう、人影の正体は女の子型の人形だったのだ。従って生物的な体臭はなく、またクノイチだからか黒い服を着て、しかも霊気も放散していなかったため今の今まで発見できなかったのである。
 それはまあいいのだが、なぜレモがここにいるのだろうか? 確かに倒したはずなのに。
 レモは一行のその無言の問いを感じたのか、フッと人を嘲るような笑みを浮かべながらも解説を始めた。

「これはこんなこともあろーかと思って用意しておいた、緊急時用のスペアボディよ。大きくて重たいから、これに宿ってる間は他の人形は操れなくなるんだけどね」

 くのいちちゃんの身長は約150センチ、普通のモガちゃん人形の5倍である。つまり体積は125倍なのだが、内部の詰め物には軽い素材を使っているので体重は15キロくらいだ。さすがに30センチのものと同じ感覚で動かすのは無理だったが、他の人形を操っていた分のパワーを引っ込めればそこそこの素早さで動かすことができる。
 また他の人形たちが動かなくなることで、自分が祓われたと見せかけられるという副次効果もあった。

「やられたフリして隠れてることもできたんだけど、令子ちゃんの霊能力から生まれた私がそんな弱気なマネしてたら令子ちゃんに悪い……いえ、下男の下克上を見過ごすわけにはいかないから」
「に、人形のくせに言いたい放題いいやがって……」

 横島は屈辱に握り拳を震わせたが、その隣になぜか峯がついっと寄ってきた。

「横島さんって、美神さんの事務所にいた時は下男扱いだったんですか?」

 その口調には明らかに蔑みの色が含まれていた。当然横島はますます不機嫌になって、

「違うわ! 確かに丁稚だったが下男なんかじゃねえ」
「似たよーなものじゃないですか。フフッ……」
「わ、笑ったなどじっ娘のくせに!」
「そういう呼び方をしないで下さいって何度言えば分かってもらえるんですか!」

 横島と峯は場所柄もわきまえず怒りに鼻息を荒げて額をぶつけ合い始めたが、カリンたちはとりあえず放置した。そして愛子がレモの方に1歩踏み出して、「納得できーん!」と言わんばかりの強い口調で疑問を表明する。

「で、でも付喪神がそんな簡単に本体から離れるなんて……!」

 最後の方はまともな言葉になっていなかったが、それも致し方ないことだろう。何しろ机妖怪暦32年の愛子自身でさえ、ついさっきまで本体の机からはほとんど離れる事ができなかったのだから。
 付喪神というのは霊がモノに取り憑いたものとは逆に、モノに魂が宿ったものである。だからちょっとピンチになったからといって外に逃げ出すとか、別のモノに憑依し直すなんてことが簡単にできるはずがないのだ。
 だがレモは愛子のその真剣そのものの疑問に対してすら、鼻で笑うかのような答え方をしてのけた。

「フッ。確かにあんたも結構できる付喪神みたいだけど、しょせん秀才はいくら努力しても天才にはかなわないのよ!」

 その表情は、いつぞや冥子と鬼道の式神勝負で令子がタンカを切った時のそれにそっくりだった。もっともレモのタンカにはまだ続きがある。

「でも私は才能の上にあぐらをかいてるわけじゃないわ。この城で目覚めたあの日から、令子ちゃんを倒して人形の王国をつくるために、それはもー血のにじむような修行をしてきたんだから!」
「……」

 そう言われると愛子は返す言葉がない。愛子は付喪神としての力をつけるための修行などした事はなかったし、今タマモたちと一緒にやっているトレーニングもあくまで妖気を抑えるためのものに過ぎないから。
 もっとも才能について言うなら愛子はあるいはレモ以上かも知れないのだが、当人は自分がそんな大それた存在だとは思っていなかった。だから返事に詰まって黙り込んでしまったが、レモのこの一連のタンカは、自分がいかに危険な存在であるかを喧伝しているようなものである。
 カリンがすっと1歩前に踏み出して、

「そうか、なら尚更ここで叩き壊していくしかな……っ!?」

 しかしその台詞を言い終える前に、レモの拳が顔の真ん前に迫っていた。走って来たのでもなく、空を飛んで来たのでもない。普通に立った姿勢のまま、「床を滑るようにして」6メートルの間合いを一瞬で50センチにまで詰めたのだ。
 だからこそカリンもここまでの接近を許してしまったわけだが、それでもとっさに首を傾けてレモの右フックを何とかかわしていた。―――が、その直後にこめかみに衝撃がはしる。

「がっ……!?」

 肘で打たれたのだ、とカリンはさとったが、打たれた場所が悪かった。頭の奥がぐらぐら揺れるような感じがして、立っていられずによろめいてしまう。レモからすればカリンはさっきの戦いで直接自分を祓いかけた仇敵だから、1番最初に狙うのは当然のことだった。

「ふッ!」

 さらにレモは間髪入れず、満を持した左ストレートをカリンの頬に叩き込む。クリーンヒットを浴びたカリンはそのまま吹っ飛ばされて、後ろにいた愛子といっしょに倒れこんでしまった。
 ところでレモは知らないが、カリンに攻撃を当てれば横島にも同じダメージが行くから、横島より先にカリンを狙うのは戦術的に見ても大正解である。現に今の攻撃で横島も目を回して、ふらふらと尻餅をついてしまっていたから。いやもしレモが直接横島を殴っていたら、その吸血鬼並みの頑丈さによってほとんど効かなかったあげく反撃の機会を提供するハメになっていたことだろう。

「甘く見たわね……さあ、しばらく眠ってるといいわ」

 レモがカリンにとどめを刺すべく、再び固く握った右拳をふりあげた。しかしもちろん、そんなことを黙って見ている魔鈴たちではない。

「どっちが!」

 緊急事態だからか「甘く見てるのは」という枕詞を省略して、タマモがナインテールの鞭をレモの胴体めがけて振り抜く。普通なら到底かわせないタイミングだったが、レモはまたしてもフィギュアスケートの選手のごとく床を滑ってその同時9連撃を回避した。

「な、何こいつ!?」

 得意技をあっさりかわされた狐娘が驚きの声をあげる。レモの動きはどう考えても石の床の上でできる芸当じゃないのだ。
 しかしタマモの超聴覚は、レモの足の裏で「サーッ」という怪しい音が鳴っているのを捉えていた。

「わかった、こいつ靴の裏にワックスか何か仕込んでるのよ!」

 それなら今までの不可解な動きにも納得がいく。タマモがそう言うと、案の定レモは不快げに歯をきしませた。

「……ッ、モガちゃん忍法・地舟の術がこんな簡単に見抜かれるなんて……!?」

 正確にはワックスではなく、特殊な石鹸でつくった小さな板である。しかしタマモがこんな短時間で術の本質を見破ったのは確かなことで、こういう鋭い敵は早いうちに倒しておくのがベターだろう。
 弧を描くような動きで床を滑り、タマモの斜め前から肉迫してミドルキックを繰り出す。どうやらクノイチとはいえ女の子用のおもちゃだけに、実戦で使える武器は持っていないようだ。

「……っと!」

 しかしタマモにとってこの反撃は想定済みのことであり、素早く仔狐の姿に戻ることで回避した。もちろんこれだとタマモの方からの攻撃もいちじるしく不便になるが、味方は総勢9人もいるのだから自分だけが荷物を背負う必要はないのだ。
 その期待通り、ピートが後ろから両手で霊波弾をぶっ放す。

「ダンピール・フラッシュ!」
「くっ!」

 だがレモも修行を積んだと広言しただけあって、それをまともに食らうほどのろまではなかった。霊力をこめた腕でブロックしつつ、霊波弾の勢いに逆らわず下がることでダメージを減殺する。何分プラスチック製なので、敵の攻撃をまともに食らうのは望ましくないのだ。

(やっぱり10対1はきついわね……何とか混戦に持ち込まないと)

 実際に格闘ができるのはその半分くらいだが、それでも多勢に無勢である。レモとしては何とか後衛組の中に飛び込んで、連中をかく乱したいところだった。
 その後衛組の1人が横島のそばに近づき、ポケットからハンカチを出しながら声をかける。

「横島さん、これに水をかけてくれませんか?」

 幻覚術使いの神野である。彼女の術は基本的には榊の枝から飛ばした水滴を媒介として発動させるのだが、要は水滴を浴びせることさえできれば使えるのだ。普段榊の枝を使っているのは、単に効力と利便性の問題に過ぎない。
 今日は榊の枝は持って来なかったが、ハンカチを横島の術で濡らしてもらう事で幻覚術を使おうという思惑である。さっきの戦いでは使えなかったが、レモ本体には効くはずだ。

「……ん? あ、ああ。こんなもんでいいか……?」

 横島はまだ頭が朦朧(もうろう)としていたが、美少女のお願いとあらば煩悩パワーで復活である。たちまち辺りの空気に含まれていた水蒸気を液体化し、神野のハンカチにどばどばと振りかけた。

「あああ、そんなびしょ濡れにしなくても……い、いえ、ありがとうございます」

 これだけ水を掛けてもらえば、1回といわず2〜3回くらいは水滴を飛ばせるだろう。神野は勇躍して、いやせっかくかけてもらった水をムダにこぼしたりしないようそーっと歩きつつ、前衛陣の戦線に参加した。


「このォ、よくも……!」

 想い人を不意打ちで殴り飛ばされた峯が、怒り心頭といった面持ちで人形付喪神に躍りかかる。レモの機動力を考えれば触手で縛りに行く方が有効かと思われたが、どじっ娘忍者は少々冷静さを欠いてしまっているようだ。
 しかしレモはその挑戦を真っ向からは受けて立たず、サイドステップしてピートの正面に移動した。

「……ッ!?」

 気組みを外された峯とまさか自分の方に来るとは思っていなかったピートが驚愕の表情を見せる。スピードが乗ったボディフックが半吸血鬼のレバーに迫ったが、ピートは一瞬早く肘を落として何とかブロックしていた。

「くうっ、さすがに鋭い!」

 しかし姿勢は崩れてしまっていたから追い討ちのチャンスだったが、レモは深追いはせずにさっさと離れた。なにぶん相手が大勢なので、下手に足を止めて打ち合ったりすると囲まれてしまうからだ。
 ピートの脇をすり抜けて、さっきからの計画通り後衛陣の中に潜り込もうと床を蹴るレモ。だがその正面に遠藤が立ちはだかった。

「行け、イー、アル、サン、スー!」

 4鬼のキョンシーを同時にけしかけ、それぞれ別方向から攻撃させる。いくらレモが素早くてもこれは避け切れないだろうと遠藤は踏んでいたが、レモはなんと顔と胸を狙ってきた2鬼を両の拳で打ち落としつつ、腹と太腿を襲おうとしていた2鬼に対しては自分から加速して体当たりすることではじき飛ばした。レモの拳が遠藤の目の前に迫る。

「きゃ……!」

 やられる、と思わず身を固くした遠藤だったが、幸運にも予期した痛みは来なかった。キヌがぎりぎりのタイミングで、横からレモに体当たりしたのだ。
 そのままもつれ合って床を転がるキヌとレモ。

「氷室さん!」

 峯があわてて触手を伸ばし、キヌの体に絡めて引っ張り起こす。レモもすぐ立ち上がったが、これは攻撃のチャンスだった。
 今まで機会を窺っていた神野がさっと踏み出し、ハンカチを振って水滴を飛ばす。

「さあ、楽しいバカンスに行って来なさい!」
「!?」

 いくらレモが素早くても、起き上がり際に水を掛けられるのは避けられない。目の前の風景ががらりと変わり、レモは水着を着てどこかの海水浴場に立っていた。
 レモの目がぼんやりして焦点が合わなくなったのを見て神野は勝利を確信したが、しかし現実はそう甘くはなかった。人形付喪神は一瞬で現世に復帰し、不埒な加害者を睨みつけたのだ。

「……おばかさん。人形が1人でハワイになんて行くわけないでしょう?」
「しまったぁぁぁ!」

 今回もあっさり術を破られてしまった神野だが、ここで彼女を責めるのは酷というものだろう。神野の術は幻覚の映像や音声を自分でイメージして送り込まなければならないので、リアリティある幻覚をつくるには相応の修練を要するのだ。以前弓に指摘された問題点は修正したが、相手によって幻覚のパターンそのものを差し替えるのは無理である。
 それに決して無駄弾ではなかったから。神野が稼いだ一瞬の隙を突いて、キョンシーたちがレモの両足首に2鬼ずつ組み付いていたのだ。

「ピートさん、今です!」

 ここで遠藤が魔鈴やカリンにではなくピートに声をかけた理由はもはや言うまでもないだろう。ピートが頷き、人形付喪神の真正面に突貫していく。

「くっ、この、死体の分際で……!」

 機敏さが売りのレモとしては1秒でも早くキョンシーを振り払いたいところだったが、今はピートを優先せねばならない。しかし両足を押さえられていては鋭いパンチなど打てるわけもなく、レモのバックブローはピートのダッキング(上体を前にかがめてパンチをかわす技)で避けられていた。
 ピートがかっと眼を見開き、雪之丞との次の組み手でお披露目する予定だった新必殺技の体勢に入る。

「バンパイア―――」

 まずは上体を起こしながらの右ショートアッパーでレモの体を宙に浮かせ、ついで渾身の霊力をこめた左ジャンピングアッパーを叩き込む!

「―――真・昇・竜・拳!!!」

 体重が軽いせいで天井近くまで吹っ飛ばされたレモは、あごを砕かれたため痛みの声をあげることもできない。そしていつの間に復活していたのか、唐突にカリンが真横に現れたのを見て恐怖に青ざめる。
 人形ではなく霊体の方に金縛りの術をかけられ、脱出を封じられてしまっていたから。
 カリンが人形の顔と右腕をつかんで、物理的な意味での逃走も封じ込めた。

「今度は逃がさないぞ。諦めて成仏するんだな」
「……ッ、〜〜〜!」

 レモはおそらく制止の声をあげようとしたのだろうが、たとえそれが発音できていたとしてもカリンが思いとどまることはなかっただろう。2度目の破術から逃げることも抗うこともできず、人形付喪神は今度こそこの世から消え去った。


 カリンは人形から霊気が感じられなくなると、床の上に降りて人形を放り捨てた。念のためということか、それとも不意打ちされた恨みなのか、その脛(すね)を踏んでへし折る。
 するとピートが近寄って声をかけてきた。

「終わったみたいですね。傷は大丈夫ですか?」
「ん? ああ、もう大丈夫だ。私は一応横島の分身だからな」

 振り向いてそんな答えを返したカリンの表情は、本体を称えているのか、それとも茶化しているのか微妙なところであった。
 しかしすぐ口元を引き締めて、

「でも少し休んでいった方がいいだろうな。みたところケガ人はいないようだが、あの扉の向こうに敵がいないとは限らないし」

 レモとの戦いは時間的にはごくわずかだったが、精神的には非常な緊張を強いられるものだったようで峯や遠藤の顔には疲労の色が見て取れた。今さら5分や10分休んだところで大した問題じゃないだろうし、ここは慎重に行動するべきだと思う。
 もしあの扉の向こうが謁見の間でそこに誰かがいるとしたら、それこそラストボス、最強の敵だと相場は決まっているのだから。

「……そうですね」

 とピートも真面目な顔で頷きかけたが、そのシリアスな空気を台なしにするかのように黄色い声が割り込んできた。

「ピートさん、さっきのパンチすごかったですね! さすが本免許持ちのGSです」

 むろん神野と遠藤の2人である。特に遠藤の方はピートが必殺技を決めるきっかけを作るという手柄を立てていたから、モーションのかけ方もより積極的であった。
 カリンはやれやれと軽く息をついたが、対応に困っているピートを助けてやるようなことはしなかった。これも息抜きの1つだと思っているのか、あるいは単に馬に蹴られるのが嫌だっただけかも知れない。
 そういうわけでかしましい3人は放置して、自分の本体の方に目を向ける。と、そこでは横島がまたも女性にコナをかけていた。

「おキヌちゃん、大丈夫か? ケガしてるんなら俺がヒーリングかけるけど」

 いや当人はキヌにはセクハラとか露骨な口説きといった事はしないスタンスで、実際この台詞も純粋に少女の身を心配しているだけの事なのだが、カリンから見れば口説きそのものだったりする。
 そのキヌは嬉しいような哀しいような、複雑な感慨を何とか笑顔で押し隠して、

「いえ、大丈夫です。床にはぶつからずに済みましたから」
「そっか。ならいーけど、あーゆー荒事はおキヌちゃんの領分じゃないから控えめにな。どつき合いはピートとかどじっ娘とかに任せとけばいーから」
「同じことを何度言わせる気ですかっ!」

 瞬速で飛んできた赤い触手が煩悩少年の頬桁を張り飛ばす。さすがに峯はどじっ娘とはいえ忍者にして調査系GS志願だけあって、大した地獄耳ぶりだった。
 横島は「んぎゃっ!?」と情けない声をあげてよろめいたが、しかしすぐ足を踏ん張って姿勢を立て直すと加害者に向かって怒りの声を張り上げた。

「毎度毎度何しやがるこの百合っ娘! いくら俺の心が美神さんの乳のよーに広くて大きいとはいえ、我慢にも限度があるぞ」
「何をナチュラルにセクハラ発言してるんですか! とゆーかいいかげん同じこと何度も言わせないで下さい」
「だが断る!」
「何が『だが』なんですかっ!? こーなったら全世界の女性を代表して、私があなたのその歪みまくった根性を修正してあげます」
「おまえに代表されたくねーわぁぁぁっ!」

「……」

 カリンとキヌはがっくり肩を落としたが、仲裁に入る気力はないようだった。


 まあそんなこんなで一行は精神的な疲労を解消すると、いよいよ謁見の間だと思われる場所に続く扉に手をかけた。
 実際に扉を押しているのはやっぱり遠藤のキョンシーである。ただ彼らの腕力では分厚い鉄の扉は開けられないので、横島たちが後押ししてやっていたが。
 さいわいトラップの類は仕掛けられておらず、横島たちは無事室内への侵入に成功した。

「……ここが最終ステージみたいですね」

 中の様子をざっと眺めた魔鈴が呟く。
 もともと無骨で簡素な飾り気の少ない城だったが、最も重要な場所だと思われるこの部屋にも、騎士道絵巻に見られるような立派な装飾品だの芸術的な彫刻だのといった飾り物はなかった。そこそこ清潔でゴミや埃が散らばっていたりはしないが、本当に単なる石造りの広い部屋である。
 このシンプルさでは、支配者の権威を荘厳に飾り立てるといった機能はとても期待できないだろう。やはりここは戦闘用の砦か、あるいは本当にキヌが言った共同浴場だったのかも知れない。どちらにしても横島たちには関係ないことだが。
 とはいえここが城主の謁見の間だと断定できる最低限の物証は存在した。中央奥は石畳が積まれて一段高くなっており、そこにはいかにもそれっぽい椅子が置かれているのだ。さらによく見ると、扉から椅子まではご丁寧に古びた絨毯(じゅうたん)さえ敷かれていた。やはりここがゴールと見て間違いなかろう。
 もっともそれだけなら良かったのだが。この部屋で唯一不審なものとして、椅子の傍らに「芸術的でない」彫像が1体たたずんでいた。半裸の男性の石像で、異様に脚が短いのとでっぷり太っているのはまあいいとして、頭部がとげの生えた球のような形で1つ目とくれば彼が人間でないのは明らかである。
 一行のほとんどにとって初見のものだったが、キヌだけは見覚えがあった。

(あれってもしかして、博物館に展示してあった魔神の像かしら……?)

 と小さく首をかしげる。
 その魔神グラヴィトンとは古代フトール帝国の神殿に祀られていた重力を操る魔神で、令子にその身体的特徴をさんざん侮辱されたため「体重が増えていく」という呪いで仕返ししたという過去がある。
 実は彼が今ここにいるのもそれに起因するものだった。古代の魔神ともあろう者が人間ごときに脅されたあげく、ご機嫌取りをして命だけは助けてもらうというヘタレな振る舞いをした―――だけならともかく、自分が石像ゆえに動けないという構造的なリスクを分かっていなかったという間抜けっぷりが評価されてラスボスとして抜擢されたのである。
 むろん当人にとって何の名誉にもならないことだったが……。

「おキヌちゃん、もしかしてあの石像のこと知ってるの?」
「え!? あ、それは、えーと」

 隣にいた愛子にそう訊ねられて、キヌはちょっと口ごもった。確かに貴重な情報ではあるが、それを教えると必然的に令子の不品行もバラすことになってしまうから。高速道路に穴を開けたとか飛行機の離陸を失敗させたとか、安易にしゃべっていい事ではあるまい。
 しかし彼の名前や正体を教えるだけなら問題ないと考えて、

「あ、はい。あれはグラヴィトンっていう重力を操る魔神で……」

 とキヌは当人までは届かない程度の小声で話し始めたが、その時にはすでに先頭の魔鈴たちとグラヴィトンとの問答も始められていた。

「おや、ここにお客さんが来るなんて初めてだねー……何しに来たの?」

 魔鈴たちも今さら石像がしゃべったくらいで驚きはしない。普通に自分たちがここに来た目的を答えた。

「あ、はい。元の世界に戻るために、この部屋にあるゲートを通らせてもらおうと思いまして」
「……」

 すると魔神像はかすかに口元を吊り上げたようだった。

「そう。でもゲートの扉を開けるには特別なカギがいるんだけど……持ってるの?」
「え!?」

 思いもよらぬ回答に魔鈴がびくりと身をこわばらせる。やはり敵を避けずにちゃんと全ての部屋を探索した方が良かったのだろうか……?
 しかしグラヴィトンの次の言葉は、やはり魔鈴の想像の斜め上を行っていた。

「持ってないよねえ。だって今ここにあるんだから。
 さあ、受け取るがいい!」

 魔神像の言葉と同時に、それが持っていた三叉の槍が魔鈴の方に飛んでくる!

「きゃあっ!?」
「……っ!」

 いきなりのことで魔鈴は体がすくんで避けることができなかったが、そばにいた横島がさっと飛び出して両手で槍を受け止めていた。槍は石でできた重くて固いものだったが、横島も肉体は強靭だし真銀手甲をはめていたので、手の骨が折れるといったような大ケガはせずに済んだ。
 しかし今のが魔鈴に当たっていたら間違いなく重傷を負っていただろう。横島が槍を持ったまま、憤怒もあらわにグラヴィトンを睨みつける。

「てめえ何しやがる! 俺たちを殺す気か!?」

 だがグラヴィトンは涼しい顔で、またしても予想外のご神託をのたまってきた。

「それが扉のカギだよ。先端を鍵穴に押し付ければ扉は開く―――ただしそれを持ってると、ボクの呪いでだんだん体が重くなっていくけどね」
「へ!?」

 横島が間の抜けた声を上げると同時に、がくんと体が重くなる。いや横島だけではなく、一行全員の体重が急速に増加し始めていた!

「な、何なんじゃこれは!?」
「これぞ神の試練! さあ、見事そのカギを持ったまま扉までたどりついて見せるのだ!」
「ふざけんなーーーっ!!」

 横島は思わず絶叫したが、その間にも彼の体重は増え続けていた……。


 ―――つづく。

 というわけでラスボスはグラヴィトン像でありました。原作では「悪魔」と「魔神」の2種類の表記がされてますが、このSSでは「神殿にまつられていた」という経歴に鑑みて「魔神」という扱いになっております。というか悪魔だとモチーフにそぐわないので(謎)。
 しかしレモがラスボスだと解釈した方が多かったのは、やはり筆者の文章力不足のせいなのでしょうかorz
 ではレス返しを。

○tttさん
 は、レモは修行熱心な美神さんみたいなもんですから(ぉ

○KOS-MOSさん
 魔鈴さんの剣はごく近いうちに使いますのでご期待下さいませー。ちなみに竜の絵だったら横島君用の「天叢々剣(あめのむらむらのつるぎ)」、吸血鬼の絵だったら峯さん用の「妖刀クビキリマル」が出て来る予定でした。物騒ですねぇ(ぉ
 愛子はさっそくバイトを探すことでしょう。青春です。
 モガちゃんについてはこんな仕掛けでした。

○通りすがりのヘタレさん
 愛子のスキルアップは合コン編を書き始めた時点からの予定でしたので、無事書き上げられて一安心というところでした。今回はおおむね当初からのプロット通りに行ってますです。
 レモはラスボスではなかったのですよー。彼女がいたのは「扉の前」ですからorz
 遠藤さんのゲーム好きは独自設定ですが、気に入っていただけて嬉しいです。

○電子の妖精さん
 横島君はさらにフラグ立てを進めてます。ピンチです(ぉ

○cpyさん
 今回は意表を突けたでしょうかヾ(´ー`)ノ
 横島君のは成長したと言っていいものかどうかw
 レモ戦は今まで空気だった人たちの連携攻撃で決めてみました。

○ばーばろさん
 カリンを好いていただけて幸甚の至りでありますー。
 愛子は具体的な距離制限はないんですが、10メートル離れると力は4分の1ですからねぇ。学校の教室とかコンビニの店内くらいなら支障はないんですけれど。
 魔鈴さんの剣はすごいですよー。たぶん(ぉ
 横島君は今回もフラグ立ててます。現在進行形で「神罰」が下ってますが、こんなことでくじける彼じゃありませんしねぇw
 でも横島君は愛子を引き取ることもできるんですよね。当人さえ合意すれば保護妖怪にできますから。
 しかし合コン編は成人式までに終了しそうにありません(o_ _)o というか216回はさすがに無理そうです(^^;
>三つ折白ソックス
 清楚っぽいのがお好みであられますか。筆者も嫌いではありませんがーヾ(´ー`)ノ

○Tシローさん
 愛子はもともと戦闘員じゃありませんしねぇ。こういうスキルの方が本人にとっては有り難いかと。
 ラスボスは(以下略)orz

○whiteangelさん
 レモはやっぱり奇襲が得意でした。

○紅さん
 レモの再登場はこういう仕掛けでありました。「元は美神さん」らしさが出てたら良いのですが。

○Februaryさん
 あうう、頂上は(以下略)orz
 遠藤さんはそこそこ頑張ったと思うのですがいかがでしょうか。ピートとデートできるかどうかは知りませんがー(ぉ
 横島君と千鶴さんは本当に同族嫌悪ぽいですw

○読石さん
>釣った魚を逃がさない
 大樹の方が数は多いですけど、彼はキャッチ&リリースですからねぇ。親子そろって男の敵ですな(ぉ
>わらしべ愛子
 は、あとはバイト先が決まれば完成でありますー。

○遊鬼さん
 愛子もせっかく来たんですから、何か見せ場が欲しいですからねぇ。横島君とのフラグ再燃については不明瞭でありますー。
 魔鈴さんの剣については今少しお待ち下さいー。
 あとラスボスは(以下略)orz

○アラヤさん
>カリン
 ぜひ本編連載中に兄貴の境地まで行かせてやりたいものですw
>煩悩
 やっぱり原作の横島君が1番強いと思いますねぃ。彼女がいないぶん(酷)。
>やっぱり美神さんは最恐なのかなw
 それはそうでしょうww
 最近出て来てないのは仕様です。

○須々木さん
 おお、やっとモチーフを分かってくれる方が。最後まで誰も分からなかったら後書きで書くしかないかと思ってたところなのですよー(ぉ
 魔法使いがドラゴンとかヴァンパイアとかニンジャとか引き連れて現世帰還をめざすという筋書きがまさにアレでしたからw
 あと横島君のブレスは今のところ麻痺ガスだけです。元の九頭竜やヒドラも毒だけでしたし、9種類も吐けたら強すぎますので。

○内海一弘さん
 愛子は努力すればレベルアップできる見本が示されたので、青春の求道者らしく頑張ってくれることでしょう。
 魔鈴さんもヒドい目だけで終わらなくて本当に良かったです(ぉ
 そして横島君はいつも通りでしたw

○ロイさん
 横島君は本当に危険人物になってきました。早いところ妙神神社に隔離しないと、そのうち大変なことになりそうですw
 何しろあの大樹と百合子の息子ですからねぃ。

○チョーやんさん
 レモは何しろ元が令子さんですから、しつこいのは当然なのですよー。当然のように横島君に一撃くらわせてくれましたが、さすがに数の差は覆せませんでした。
 ラスボスはアレに近いキャラということで、グラヴィトンでした。前回ラストのレモの台詞は単に「下男」という単語を出すためだけでしたので(ぉ
>ココの横島クンの全てを言い表した一言ですなぁw
 まったくですなww

○鋼鉄の騎士さん
>レモ
「元が美神さん」らしさが表現できてるといいのですがー。
 本人のことは気にしないで下さい(ぉ
>横島
 彼は美人はみんな俺のもんとか思ってそうですからねぇ。
 仰る通り「狙って」では無理でしょうけどw

○山瀬竜さん
>ジゴロ野郎
 うーむ、言われてみればほんとにその通りですなぁ。しかも故意にやってるわけじゃないというのがクセモノぽいです。
 半年ちょっと前まではただダイブするだけの単純おバカだったのに、霊能ばかりかこっち方面までこんなに成長するとは(ぉ
>レモ
 ようやく倒せましたが、ラスボスはさらなる強敵……なのかなぁ(ぉ
>ガチャガチャ
 なるほど、そうでしたか。なら次出すときは伏字なしにしちゃいましょう。

○ncroさん
 確かにここの横島君は異様に業が深いですなw
 今回もわりと良い人っぽく振舞ってるんですが、しょせん横島君なので詰めは甘いですw

○風来人さん
>魔鈴さん
 確かに剣を見るたび思い出しちゃいそうですねぇ(ぉ
 最後に1つ活躍して、別の思い出もつくれればいいのですがー。
>カリン
 や、そこまで言っていただけるとは物書き冥利に尽きますです。
>愛子
 さらなる青春に向かってはばたいて欲しいものですねぇ。

○UEPONさん
>カリン
 そして今回は落としました。これこそ横島君クオリティであります<マテ
 まあ現実世界に帰ったららぶらぶシーンもあるかと思いますー。
>愛子
 そうなんですよねー。ただ筆者的に魔鈴さんの店は「魔女が1人でやってる店」というイメージがあるので、バイトを入れるという展開は考えづらいんですよねぇorz
>魔鈴さんのお礼
 今回は横島君が体を張って守るという大技を見せちゃいましたから、ますますヤバそうです(何が)。
>FSQ
 ちちぃ、けっ○うさんは出ないんですかー。残念です<マテ
 というか灰化をギャグで流すって(^^;

   ではまた。

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