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「二人三脚でやり直そう 〜第五十三話〜(GS)」

いしゅたる (2008-01-11 17:59)
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「うーん……さすがにキツかったかしらねぇ……」

 会場外、駐車場近くのベンチ。
 百合子はそこで横たわり、一人ぼやいていた。

「こんな顔じゃ、あの子たちの前に出られやしないわ……はぁ」

 横たわった姿勢のまま、ハンドバッグから出した手鏡で自分の顔を見て、憂鬱そうな声を出す。鏡の中の自分の顔は、お世辞にも良い顔色をしているとは言えなかった。
 だが――

「……とはいえ、この子をこのままにしとくわけにもいかないしねぇ……」

 言いながら手鏡をしまい、入れ代わりに先ほどメドーサからスった水晶玉を取り出す。中に入っている男と見まごうばかりの厳つい顔をした少女――早乙女華は、何をするでもなくじっと百合子を見つめていた。
 無論のこと、オカルトの知識がない百合子には、彼女を解放する手段がない。美神のようなプロに任せるのが一番なのだが……その美神の傍には息子がいる。こんな無様な顔を見せてわざわざ心配させるようなことは、したくはなかった。
 第一、今の美神は霊能力を失っている。知識があっても実行する能力があるとは思えなかったし、そもそも百合子自身、思うところあって美神令子という人物には信用を置いていない。――今はまだ。

 と――その時、視界の隅に一台のワンボックスが目に入った。

 見れば、そのワンボックスには『OGASAWARA GHOST SWEEP』のロゴが入っている。しかも、その車内からは人の気配を感じることができた。
 百合子は「あら、丁度いいわね」とつぶやき、身を起こしてそちらへと向かう。そして後部のドアをノックし、「私よ」と宣言してから中に入る。
 中にいたエミが、訝しげな視線で百合子を出迎えた。

「……百合子さん? どうしたワケ? 顔、真っ青じゃない……大丈夫?」

 心配そうに問いかけるエミ。彼女の周囲には、おどろおどろしい呪術道具が並んでおり、一種近寄りがたい雰囲気を醸し出していた。

「ええ。ちょっと相談したいことがあって」

 そんな雰囲気もものともせず、百合子はそう言って水晶玉を見せる。その中に人が入っていて、しかも白龍会の胴着を身につけているのを見たエミは、眉根を寄せて百合子に視線を戻した。

「メドーサって魔族が持ってたのをスってきたの」

「…………」

 エミが問う前に飛び出してきた言葉に、彼女の思考は一瞬止まった。

「…………マジ?」

「マジ」

 ややあって搾り出した言葉に、百合子は即答する。

「と、とんでもない無茶やらかしたワケね……死ぬ気?」

「まさか。でも、見通しが甘かったのは事実ね。私自身、あそこまでの無茶になるとは思ってなかったし」

「オカルトをちょっとでもかじってれば、魔族に自分から近付くようなことはしないワケ」

「肝に銘じとくわ。……それよりも彼女、解放できる?」

 問われ、エミは気を取り直して周囲の道具の中から霊視ゴーグルを取り出し、その水晶玉を霊視する。

「……無理ね。術式自体は単純だけど、かけられてる霊力がハンパないワケ。これを解除するには、人間の霊力じゃとても届かない。……そういえば、この件には小竜姫さまも関わってるって聞いたわ。彼女に頼めば、やってくれるんじゃないかしら?」

「小竜姫さまはメドーサの抑えに回ってるわよ。さすがに敵の目の前で、そんなこと頼むわけにもいかないでしょう?」

「なら、全部終わるまで待つしかないワケ」

 お手上げとばかりに、エミは肩をすくめた。


   『二人三脚でやり直そう』
      〜第五十三話 誰が為に鐘は鳴る! 二日目・6〜


「……よーやっと横島に会えるんやな」

 会場入り口。
 携帯電話で誰かと通話中の銀一を尻目に、夏子は目の前にそびえる武道館を見上げていた。

「夏子ー。横っち、今ちょうど試合中やってさ」

 パタンと携帯電話を折り畳み、銀一が夏子に伝えた。

「今の電話、中の人?」

 と、武道館を指差して訊ねる。

「ああ。横っちの上司の人や」

「ふーん……」

 上司と言われ、夏子の頭に最初に浮かんだのは、腹の出たバーコード頭のおっさんだった。しかしGS試験を受ける横島の上司ならGSだろうと思い直し、そのイメージがドラマの横山GS――早い話が目の前の銀一だ――に摩り替わった。
 よもやその上司がグラマラスな美女だなどとは、夢にも思わなかった夏子であった。

 そして二人、館内へと足を踏み入れる。案内板を見て観客席へと通じる道筋を確認し、その通りに歩いていった。ややあって到着した階段を上がり、観客席へと出る。
 ――すると――

「うわぁ……」

 目の前に広がる、広々とした空間。まばらに人が座る観客席は三割も埋まっていないが、それは新人の試験会場ゆえにだろう。そしてその中央には、3×3の9つの試合場がしつらえてあり、現在使われているのは中央の試合場一つのみ。
 そして、その試合場で戦っている二人は――

「横島!」

 そう。彼女がはるばる大阪からやってきた目的である、小学校時代の初恋の相手――横島忠夫であった。
 ジーンズの上下に赤いバンダナ、ライトグリーンの籠手のようなものを右腕に装着している。彼女の知っている横島忠夫よりもかなり背が伸び、細いながらもがっしりとした体格は、子供時代の名残すらほとんど残していない。
 が――その顔には、成長して子供っぽさが多少抜け落ちてはいるものの、見間違えようもないほどに当時の面影が残っている。
 それを見た夏子は、自分の胸のうちに名状しがたい熱い何かがこみ上げてくるのを感じ、その得体の知れない感覚に内心で戸惑った。

「……夏子?」

 隣で気遣わしげにこちらを覗き込む銀一の存在も、意識の外である。彼女はそのまま横島を見て――そして、その対戦相手を見て、途端に眉根を寄せた。


「…………ザリガニ怪人?」


 GS資格取得2次試験、3回戦第9試合――横島の相手は伊達雪之丞であった。


「どわぁっ!?」

「ええいチョコマカとっ!」

 雪之丞が霊波砲を放つと、横島は悲鳴を上げて逃げるように避け、思うように当てられない雪之丞は苛立った声を上げる。

「ちったぁ手加減しろ、ダテ・ザ・キラー!」

「その名で呼ぶなっつったろ、浪速のペガサス!」

 言葉だけなら、悪友同士の単なる口喧嘩にしか聞こえないやり取りをする。その表情も、片や涙と鼻水を垂れ流したギャグ顔、片や額に井桁を浮かべた苛立ち顔と、とても試合で戦っている様子には見えない。
 だが雪之丞の放つ霊波砲はかなりの威力であり、それを弾く横島の霊気の籠手――栄光の手<ハンズ・オブ・グローリー>も、霊能力者の目から見ればかなりのシロモノだ。二人ともそんなものを縦横無尽に錯綜させながら、やってるやり取りはそんなもの……客観的に見れば、ちぐはぐ感ばかりが感じられた。

「そっちこそたまにゃあ反撃しろ! その霊気の籠手は飾りか!」

「うっせー! そんなに反撃してもらいたきゃ、その弾幕どーにかしろ! 反撃する暇もありゃしねー!」

「それが戦う人間の台詞かああああっ!」

 横島の言葉に、雪之丞が思わず絶叫する。しかしこれでも、横島は横島なりに大真面目なのだ。
 そう、試合開始から既に十数分。雪之丞の波状攻撃に対し、横島は反撃の隙も見つけられず、ただひたすら避けているだけだった。

(……ったくもー。攻撃のパターンが読めん。こんなことなら逆行前、もっと雪之丞の相手しとくんだったぜ)

 逆行前は、横島のライバルを自称していた雪之丞のことである。事あるごとに勝負を申し込んできており、戦うことが嫌な横島は、その度に逃げていたものだ。
 ゆえに横島は、雪之丞との戦闘経験は意外と少なかった。もし逆行前、雪之丞と何度も戦っていたならば、多少は動きも読めたのだろうが……今更言ったところで後の祭りである。
 と、そんな感じで胸中で愚痴っていると――

『……横島』

「なんだ?」

 不意に、右腕の心眼――今は栄光の手の宝玉部分を目玉としている――が話しかけてきた。

『参考までに、今の雪之丞とお前の彼我戦力差を教えてやろうか?』

「ん? そんなに離れてないんじゃねーの?」

『違うな。大体、10対7といったところだ。勿論、雪之丞が10でお前が7だ』

「……マジ?」

 心眼のその言葉に、横島は一筋の冷や汗を垂らした。

『うむ。考えてもみろ。霊的格闘を専門で修得していた雪之丞と、小竜姫さまから剣術の基礎を学んだとはいえほとんど我流のお前……その格闘に関する習熟具合を考えれば、どちらに軍配が上がるかは言うまでもなかろう? ましてや奴は、魔装術による能力の底上げまでやっているのだ。潜在霊力と直感力が大きいだけのお前より強いのは当然だ』

「で、でも、前に雪之丞と引き分けた時に比べたら、だいぶ強くなってるはず……だよな?」

『その通りだ。しかしあの時は、雪之丞はピート殿との戦いで疲弊していた上、お前には私の助言と周到な準備、そして偶発的な幸運も重なっていたのだ。それに比べれば、今回の雪之丞に事前の疲労はなく、私もお前の実力を考慮して助言を控えている。……何、心配はいらん。お前は今まで格上と何度も戦ってきたのだ。10対7程度の戦力差、今更どうということはなかろう』

「この非常事態に無駄にハードル高くしてんじゃねえええ!」

『……まるっきりの無駄というわけでもないのだがな』

 絶叫を上げて抗議する横島に対し、心眼はぽつりと返した。

 横島からすれば、陰念の試合を見る限り、白龍会の連中を放って置くわけにはいかない。それは美神も同意見だった。だからこそ横島は白龍会のメンバーが相手の時は負けるわけにはいかず、試合のハードルを上げられるのは御免こうむりたかった。
 が――それに対し心眼の方は、今後のことも踏まえて助言は控えていた。以前小竜姫が言っていた通り、横島はトリッキーな手段を用いて格上との戦力差を覆す戦い方を得意としている。今後、雪之丞を遥かに越えた連中を相手にすることが多いのを考えると、その部分を特化させる方向で鍛えるのが良い。この試合で横島が雪之丞に劣っているにも関わらず助言を控えているのも、その一環であった。

 無論、そんなやり取りをやっている間も、雪之丞の攻撃が止まっているわけではなかった。

「何ごちゃごちゃやってんだ!」

「うわぉっ!?」

 雪之丞の霊波砲が迫り、横島が飛び上がってよける。これまで何十発もの連続霊波砲が床に着弾した試合場は、相当量の煙が立ち込めており、お世辞にも視界が良好とは言えなかった。自然、横島にとって回避しやすい状況になりつつあった。
 それは雪之丞の方もわかっているのだろうか。霊波砲の攻撃が、ピタリとやんでいる。

「ん? これってもしかしてチャンス?」

『雪之丞もそろそろ息が切れた頃合なのだろう。あれほどの霊波砲、いつまでも撃ち続けられるものでもあるまい。視界も悪くなったことだし、煙が晴れるまで一旦攻撃を中止するであろうな』

「反撃するなら今ってことか……でも、どーすりゃいーんだ?」

『それぐらい自分で考えろ』

「へーへー」

 とは言ったものの、横島とて何も考えずに心眼に訊ねたわけではない。煙で視界が悪くなっているとはいえ、馬鹿正直に真正面から行っては雪之丞の方に分があるし、何よりそんなのは横島の戦い方ではない。かといって回り込もうとしても、普通にやっては察知されるのが関の山だ。

「んー……じゃ、こんなのはどーかな?」

 つぶやきながら、横島は栄光の手を雪之丞に向かって構える。
 そして――

「伸びろーっ!」

 叫んだ瞬間、栄光の手は一気に伸び、一直線に雪之丞へと襲い掛かった。
 が――

「甘いっ!」

 その雪之丞は、驚異的な反応速度でそれをかわした。栄光の手は、雪之丞の左頬をかすめただけでそのまま伸び続けた。

「その技はさっきの試合で見せてもらったぜ! そんな奇襲が通用すると思うな!」

 得意げに言う雪之丞。しかし煙の向こう側の横島は、その言葉にニヤリと笑った。
 同時、雪之丞の背後まで伸ばしきった栄光の手が――

「甘いのは――」

 ――試合場を囲む結界にその爪をめり込ませた。

「そっちだ!」

「なっ!?」

 直後、その爪が結界を掴み、急速にその長さを縮めていく。横島の体は引っ張られるように前へと飛び出し、その折り畳まれた右の膝が雪之丞の顔面に叩き込まれる。

「ぐっ……!」

 その衝撃によろける雪之丞。横島は勢いそのままに雪之丞を通り過ぎ、その背後へと着地した。

「ちっ……! やってくれるじゃねえか!」

 攻撃を受けた雪之丞は獰猛な笑みを浮かべ、即座に背後に振り向く。横島も同時に振り向いており、二人は再び正面から対峙する形になった。

「……あれ? もしかしてあんま効いてない?」

『お前の霊力はほとんど栄光の手に回っておろうに。今の膝にも一応霊力を纏わせていたものの、そう大した量は回せてなかったぞ。自然、威力も落ちる』

「うそーん……」

 思ったほどの結果が得られず、横島はご親切に解説してくれる心眼の言葉に、暗澹たる気持ちになった。

「くっくっくっ……ゾクゾクするぜ。てめーみたいな使い手とやり合えると思うとな……!」

「……もしかして、バトルジャンキーの闘争本能に火をつけただけ?」

『のようだな。まあ、今までが今までだから、それなりに疲弊しているみたいだが』

 言われてみれば、心なしか雪之丞の息が荒くなってるように見える。むき出しの顔から滲み出る汗の量も、よく見れば結構なものであった。

「あっちが疲れてる分、戦力差が縮まったと判断していいと思うか?」

『確かにそれはあろうが、五分五分に持っていくにはもう一押し二押し必要だろうな』

「よし……なら」

 心眼の言葉に、横島はぺろりと唇を舐める。
 そして――

「雪之丞!」

 大声で、正面の雪之丞の名を呼んだ。呼ばれた雪之丞は、返事をするでもなく、訝しげに眉根を寄せた。
 横島は、構わず続ける。

「この勝負、俺に譲れ!」

「……はぁ? 何言ってんだお前?」

 突然の要求に、雪之丞の顔が馬鹿を見る目付きになる。しかし横島はその寒々しい視線にも動じず、ニヤリと口の端を吊り上げた。

「プテラノドンX」

「…………っ!?」

 ぽつりとこぼした横島の一言。しかしその一言に、雪之丞の表情があからさまに強張る。その表情の変化を見て取った横島は、「いける」と判断し、更に続けた。

「8年前のタマヤカップ……あの時優勝した俺を、最後まで追い込んだマシーンだ。まさか今でも後生大事に取っといてたとは思わなかったけど、そんだけ大切な思い出の品なんだろ?」

「てめぇ……まさかあれを!?」

「そう! 俺が預かっている! あれを壊されたくなければ、俺に勝負を譲れ!」

 ドーン!と背景に太文字を背負い、得意げに胸を逸らす横島。しかし彼の目論見は、その言葉通りのものではなかった。
 昨晩テレサと共に見つけたプテラノドンXに隠されていたメッセージ――それを用意したのは雪之丞である。ならば今の言葉で、彼らの窮状をこちらが把握していることを伝えられたことだろう。

(これで安心して気が緩んでくれたら楽なんだけどなー)

 と、期待を込めてのことだったが――


「……なら、尚更負けるわけにはいかなくなったな……」


 ぽつりとつぶやいた雪之丞の台詞は、横島の予想の真逆を行くものだった。

「…………へ?」

 その予想外の台詞に、横島の目が点になる。
 が――雪之丞は、そんなこともお構い無しに。

「おりゃあっ!」

「どわぁっ!?」

 突如として間合いを詰め、抉るようなボディブローを突き出された。横島は悲鳴をあげ、咄嗟にそれをかわす。

「ちょっ……ど、どういうことだよ!」

「悪いが、詳しく話すわけにはいかねーんだよ! 大人しく俺にやられとけ!」

 雪之丞の物言いから、最低限こちらの意図したことが伝わっているのはわかる。だが、彼は事の詳細を口にするつもりはない――あるいは、口にできないようであった。
 そして詰めた間合いのまま、雪之丞は拳を、蹴りを繰り出し続けた。横島がその怒涛のラッシュをかわし続けられるのも、小竜姫との稽古の賜物だろう。
 ――が、それだけではない。雪之丞は先ほどからしきりに観客席を気にしていて、そのせいで攻撃がいささか雑になっていた。

(あの方向は……メドーサか?)

 横島は、その視線の方向から、その先がメドーサの座る観客席であることを察した。それこそが、雪之丞が「詳しく話すわけにはいかない」と言っていた理由であろう。彼の頬を流れ落ちる大量の汗は、果たして疲労ゆえか焦燥ゆえか。
 とはいえ、それでもさすがに攻撃のスピードが横島の反応できるギリギリであった。もし一撃でも食らえば、そこからなし崩し的に連打を食らうことだろう。

(くっ……こうなったら!)

 横島はおもむろにバックステップをして距離を開ける。しかしそれを許す雪之丞ではなく、すぐさま間合いを詰め直して攻撃を再開しようとし――


「あーっ! あんなところに雪之丞のママに似た女性がーっ!」

「なにぃっ!?」

(って引っ掛かったーっ!?)


 横島の言葉に、反射的にその指が示す方向に視線を向ける雪之丞。苦し紛れでやったこととはいえ、これには横島自身ビックリだった。
 そして、横島が指差し雪之丞が視線を向けた先は――美神たちが座る観客席。

「…………本当だ。ママに似ている……しかも二人も……」

「……………………おい」

 その視線に映るのは、おそらく美神とかおりだろう。これには、さすがの横島も引いた。あからさまな反撃の隙だが、それさえ忘れてズビシッ!とツッコミを入れたくなる衝動に駆られる。

『……………………横島。気持ちはわかるが』

「わかってる」

 諭すような心眼の言葉にも、隠しきれない呆れの感情が含まれていた。彼が最後まで言い終える前に、横島は頷き、栄光の手を霊波刀状態にする。
 腰を少し落とし、半身になって霊波刀を引き、そして――


「隙ありぃぃぃぃぃっ!」


 叫ぶと同時、その霊波刀を横薙ぎに振り抜いた。

「……ッ!?」

 余所見をしていた雪之丞が叫び声に反応し、回避のためバックステップをするが、時既に遅し――


 ザシュッ!


「ぐ……はぁっ!」

 魔装術の胸の装甲が横一文字に切り裂かれ、その切れ目から鮮血が飛び散った。

「やったか!?」

『いや……浅い! それに――』

 横島の喝采の声に、心眼の否定の声が重なる。そしてバックステップした雪之丞の方は、着地と同時に床に肩膝をつき、左手で胸の傷を押さえる。

「……っのやろう……ママをダシに使うたぁやってくれる……! うっ……おおおおおっ!」

 悔しげにうめき、雄叫びと同時に魔装術のダメージ部分を修復した。

「回復!? いや――」

『装甲を修復しただけだ! 傷はそのまま、ダメージはしっかり残ってる! だが――来るぞ!』

「おあああああっ!」

「のああああっ!」

 獣のごとき咆哮を上げ、雪之丞が突っ込んでくる。手負いの獣とでも言うべきか――ダメージを受けたのが却って起爆剤となったのか、その動きは先ほどまでよりも殊更に速く鋭かった。
 もはや、横島も避けるだけでは追い付かなかった。避けきれないものは栄光の手で防ぎ、逸らし、どうにか耐え凌ぐ。

「うっひぃぃぃぃ! さっきまでの方がなんぼかマシじゃねーか! マジに反撃する暇ねーぞこれ!」

『横島、とにかく凌げ! これほどの猛攻、スタミナの消費は半端無いはずだ! そう長く続くは持たん!』

「信じるぞコノヤローッ!」

「おおおおおおっ!」

 咆哮。突き出される拳。横薙ぎに振るわれる足。振り抜かれる裏拳。飛び散る汗。突き上げてくる肘。逆側から襲ってくる拳。突き出される貫手。飛び散る汗。膝。拳。霊波砲。肘。足。踵。掌底。汗。拳。拳。拳。足。汗。霊波砲。拳。肘。膝。足。裏拳。拳。拳。汗。肘。掌底。足。拳。拳――

 絶え間なく続くそのラッシュを、横島はとにかくかわし、防ぎ、逸らし、耐え続ける。

「し、しんど……!」

 その横島の口から、意識せず声が漏れる。回避のために全神経を集中させている今、たった一瞬が十秒にも一分にも感じられる。
 と――

『横島! 足元――!』

「え……っ!?」

 不意に、心眼の警告が耳を打った。
 その警告が、何を指しているか気付くより先に――


 ――つるっ。


 横島の足が、滑った。
 雪之丞の汗だろうか。踏み締めた床が、不自然に濡れていたのだ。横島はバランスを崩し、倒れることこそ防いだものの、上体が泳いでしまっている。

「しまっ……!」

 自らのミスに気付くも、時既に遅し――

 ガスッ!

「ぐっ……!」

 雪之丞の拳が、横島の頬にめり込んだ。

「捉えた……っ!」

 ダメージで横島の動きが止まった一瞬、雪之丞は小さく喝采を上げた。間髪入れず、更なる攻撃を叩き込む。

「うおおおおおおっ!」

 二発、三発、四発。拳も蹴りも織り交ぜ、雪之丞のラッシュが容赦なく横島を襲う。

「はっ……! もう回避も防御もさせねえ! そんな暇は与えねえ! 俺の勝ちだ……!」

「うぐっ……プ……プテラノドンXがどうなっても……いいのか……!」

 絶え間ないラッシュに晒されている横島は、一瞬でも拳が止まるのを期待し、通用しなかった手札をダメ元でもう一度切る。
 が――

「まだそんなこと言ってんのか!」

 やはり、雪之丞には通用しない。

 ――ギリ。

 小さな音が聞こえ、拳の威力がほんの少しだけ上がった。

「てめーは知ってんのか、横島……! 俺が! 俺たちが! どんな気持ちでこの試験に出ているかを!」

 ――ギリ。

「言いたいことも言えやしねー、やりたいようにもやれやしねー、文句なんてもっての他! その気持ち、お前にわかるか!?」

 ――ギリ。

「それもこれも――」

 ――ギリッ!

「全部!」

「ごっ!」

 最後の一言で一際語気を強め、下から突き上げたアッパーが横島の顎を強打した。
 小さく浮いたその体に、雪之丞は更なるラッシュを叩き込む。一撃ごとに荒い吐息が肺から漏れ、珠のような汗が周囲に飛び散った。
 そして、その握った拳からは――爪が手の平に食い込み、わずかに血が滲んでいた。

「全部……全部……!」

 言葉を続けようとする雪之丞。しかし、その先の言葉が口を突いて出ることはなかった。彼はラッシュの合間にチラリと観客席に視線を送り、そこにいるメドーサの姿を確認すると、吐きかけた息をぐいっと飲み込み、ギリッと歯噛みした。
 そして――出てくるのは、違う言葉。

「てめぇはっ! なんでっ! 氷室をうちに潜り込ませやがったあああぁぁぁっ!」

 悲鳴じみた叫び声と共に、大きく振り下ろされたハンマーナックルが、横島を襲う。


 ゴスッ!


「…………ッ!」

 その一撃を脳天に食らい――横島は声にならない悲鳴を上げ、バタリと前のめりに床に倒れ込んだ。
 雪之丞は、最後の一撃を振り抜いたポーズのまま、ぜはーっ、ぜはーっ、と肩で荒く息をする。頬から伝う汗がぽたぽたと足元に滴り落ちていた。


 そして――だらりと下げたその拳からも。

 血が、滴り落ちていた。


 やがて彼は魔装術を解き、構えを解いた。魔装術の装甲の下にあった胴着は横一文字に裂けており、そこからも血が滲んでいた。
 審判が椅子から立ち上がり、倒れた横島の様子を見ながら雪之丞へと近付く。
 そして――

「勝――」

 雪之丞の勝利を宣言しようとした――その時。


 ガバッ!

「っ!?」


 突如として横島が起き上がった。その両手は、いつの間にか霊気が集められ、光を放っていた。

「しま……っ!」

 再び構えを取ろうとする暇もあらばこそ。

「サイキック猫騙し!」

 パァンッ!

「ぐぅっ!?」

 雪之丞の目の前で打ち合わされた両手から、まばゆい光が迸る。その霊気の光は雪之丞の視界を焼き、更には霊力の流れまでも撹乱した。

「くっ……死んだフリかよ……!」

 目を押さえてうめく雪之丞。再度魔装術を纏おうとするも、霊波も乱されているためか、あるいは単純に疲労のためか、思うようにいかないようだ。

「ワリーな雪之丞! その程度のラッシュで気絶なんかできねーんだよ! 美神さんの折檻の方がよっぽどキツいんだからなっ!」

 そんな彼に、顔を真っ赤に腫らした横島は自信満々に告げた。その時、観客席では美神が額に井桁を浮かべたのだが、それは試合場の横島には与り知らぬことであった。
 ともあれ、横島はそのまま素早く雪之丞の背面に回り込み――


「おりゃあああっ!」

 スパァーンッ!


「……がっ……!」

 雄叫びと共に、霊波刀の腹で雪之丞の脳天を力いっぱい強打した。その衝撃に、雪之丞は小さいうめき声を上げ、先ほどの横島と同じように前のめりに倒れ込む。

「……ち……く……」

 畜生、とでも舌打ちしたかったのだろうか。しかし雪之丞は、言葉を言い切ることすらできず、バタリと床に四肢を横たわらせた。
 審判が、倒れた雪之丞の様子を見る。彼は白目を剥き、完全に失神していた。

 ――もし今、雪之丞が魔装術を纏っていたならば。もし雪之丞の体力が、もう少し残っていたならば。
 あるいは今の一撃、耐えられてしまったかもしれない。
 しかし、横島は雪之丞が魔装術を解く瞬間を狙って攻撃に転じたのだ。魔装術に守られておらず、疲労も相当量蓄積されていた今の雪之丞では、死角からの一撃に耐えることはできなかった。

「だ、伊達選手K.O.! 勝者横島!」

 審判の勝利宣言が響き渡り、救護班が担架を持って試合場に駆け込んで来る。それを横目に、横島はフゥと安堵のため息を漏らし、試合場を後にした。


「……俺が好きでおキヌちゃんをお前らんトコに潜り込ませたとでも思ってんのかよ……」

『…………』


 振り向きもせずにつぶやいたその一言は、心眼以外に耳にした者はいなかった。


 ――あとがき――


 一週間遅れで、あけましておめでとうございます。前回新年の挨拶をし忘れてたのを、投稿後に気付いたお馬鹿さんないしゅたるです。
 今回は対雪之丞戦です。一話にまとめるために少々長くなってしまいましたが、これにて雪之丞は敗退。混迷の中にあるGS試験、4回戦が終われば収束に向かいますので、今しばらくのお付き合いのほどを。

 ではレス返しー。


○1. ながおさん
 あけましておめでとうございます♪
 あの描写を入れるために「でしゃばり過ぎ」という辛辣なコメントを入れられる覚悟で百合子を出したので、その感想は大変励みになります。
 本年も続けていきますので、お付き合いのほど、よろしくお願いします♪

○3. 長岐栄さん
 考えてみたら、このGS試験編は既に、原作の流れからは逸脱しちゃってるんですよねー……苦労するわけですw 百合子さんは、私の中では「肝っ玉が据わってるだけのただの主婦」という位置付けになってます。シリアス時まで万能無敵ってのはさすがにアレなんで(汗

○4. 山の影さん
 あけましておめでとうございます♪
 百合子さん頑張りました。でも胃袋にダメージ受けてるので、しばらく退場です。メドーサの指示は、実は大した意味はありません。若手GSなんて、彼女からすれば気にするほどの相手でもないですし。彼女が若手GSを減らそうとしている本当の理由は、まさしく悪役らしい理由ですよー。夏子の方は会場に到着しただけで、再会は次回に持ち越しです(汗
 本年も続けていきますので、お付き合いのほど、よろしくお願いします♪

○5. Danさん
 実はGS試験編突入直前に、白龍会の門下生が消えているという表現はあったんですよねー。誰か気にするかと思いましたけど、ものの見事に誰も気にしてなかったようで……哀れモブキャラズといったところでしょうかw 人質関連のイベントは、次回から会場の方と平行で展開します。このまま素直には終わりませんよーw
 横島はただ馬鹿なだけです。彼の判断基準は、美人かそうでないかの一点に尽きますからw

○6. とろもろさん
 あけましておめでとうございます♪
 おキヌちゃんには無理ですねー。性格面でも攻撃力でも。ちなみに条件は、雪之丞がいきなり退場したとはいえ、ギリギリで満たせる計算です。もっとも、素直にやらせる横島サイドではないですがw
 本年も続けていきますので、お付き合いのほど、よろしくお願いします♪

○7. 白川正さん
 あけましておめでとうございます♪
 はい、無茶しすぎでした。もっとも本人が言ってる通り、メドーサの脅威を見誤っていたというのがありますが。でもだからといって息子のことをどうこう言えないわけではなく、この場合は「お前がこんな業界にいなければ、私も無茶する必要もなかった」という言い方もできますし、何事も一概には言えないんですよね。まあ、こんな台詞を言わせるつもりもありませんけど。
 本年も続けていきますので、お付き合いのほど、よろしくお願いします♪

○8. いりあすさん
 原作以上の緊張感と言われても、喜んでいいのやら恐縮すればいいのやらw ただで引き下がるのは、さすがに百合子らしくないと思いましたので、あの結果です。つわりは……さすがにそれはどうかと(汗
 横島は、意外と雪之丞の手の内は知りませんでした。原作でも、彼の戦いを見る機会はそう多くありませんでしたし。

○9. Tシローさん
 ダメージを負いながらも華をゲット。それにメドーサが気付く前に他の人質を救出できるか、とくと御照覧あれw 雪之丞と陰念は、皆さんの予想通り、GS試験後に仲間になる予定ですー。

○10. チョーやんさん
 お礼の意味も込めてだなんて、そんなに律儀に考える必要ないですよー。確かにコメントつけてもらうのは嬉しいですがw
 百合子さんは、今回のために「でしゃばり過ぎ」と言われるのを覚悟でメドーサと対決させたので、そういうコメント貰えれば出した甲斐がありました♪ そちらのSSは、気にせずそちらの設定でやっていただいて結構ですよー。意図せず被ったら、パクリとは思わずに『センスが一緒』ぐらいに思えばいいんじゃないでしょうかw

○11. Mistearさん
 あけましておめでとうございます♪
 まああれですね。同じ親でも違うものは違うということでw 他の人質に関しては、今後を期待してください♪
 本年も続けていきますので、お付き合いのほど、よろしくお願いします♪

○12. Februaryさん
 あけましておめでとうございます♪
 人質解放条件は確かに厳しいですが、それも含めて今後の展開をお楽しみw ブラドーはまあ、実のところ方向性がいまだ定まってないので、適当な扱いです(^^;
 本年も続けていきますので、お付き合いのほど、よろしくお願いします♪

○13. 鹿苑寺さん
 結婚は遠慮しときますw 百合子は「肝が据わってるだけのただの主婦」ですからねー。まあ、メドーサと真正面からは無理でしょう。もっとも、その「肝が据わってる」レベルが半端ないんですがw
 華はヒロインと呼ぶにはアレですので、むしろヒーローの方向で(ぇ

○14. 117さん
 ごめんなさい。今回もおキヌちゃん分が少ないです……次回は出番こそ短いけど、おキヌちゃん節炸裂でいきますので、御期待くださいませ♪ 事件解決まで何人犠牲になるかは……今後の展開をお待ちください。陰念は、まあ大方の予想通り、後にGSサイドにつきますw


 レス返し終了ー。ではまた次回、お会いしましょう♪
 ……レス返しまで全部終わった後で、タイガーが出てないことに気付いた罠。

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