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「スランプ・オーバーズ!32 (GS+オリジナル)」

竜の庵 (2007-12-30 17:59)
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 東京駅の雑踏は相変わらずで、美神のように目立つ風貌ならともかく。
 清楚で、服装の自己主張も控えめなおキヌを見つけるのには、少々骨が折れる。
 美神はヒールをカツカツと響かせて歩く。子供のように喜ぶことはないが、成長した妹分が一体どんな顔で待っているのか楽しみではあった。
 人込みからちらちらと向けられる好奇の視線に目もくれず、待ち合わせ場所である喫茶店の入口で店内を見回す。


 「キヌ! この果物の名前は何と言うのじゃ!? 甘露の極みを体現しておる!!」

 「これはマンゴーって言うんですよ。ああほらショウ様、お口の周りがクリームだらけ…」

 「キヌ姉様、手拭いを」

 「ありがと、チリちゃん」


 探すまでもなく、目当ての三人は入口から程近いボックス席で一家団欒な空気を醸し出していた。
 甲斐甲斐しく小さな付喪神の世話をするキヌは、傍目には歳若い母親にも見える。溢れる母性がそうさせるのだろうが、ショウが子供過ぎるのも一因には違いない。


 「おキヌちゃん!」


 ほのぼのオーラに苦笑するのも束の間、美神は近づいてきたウェイターを軽くあしらって声を掛けた。そこそこの音量で音楽が、それを圧して周囲のざわめきが大きい構内だったが、その声はおキヌの耳にしっかりと届く。
 久々に聞く姉貴分の声。
 言いたいこと、聞きたいことが山ほどあった。


 「美神さん!」


 嬉しさでいっぱい、なおキヌの声に美神の眦も下がる。…パフェに夢中な齢二百歳を越える付喪神(兄)は気付きもしないけれど。
 おキヌは椅子から立ち上がるとぱたぱたと美神のほうへ駆け寄り、辺りを憚ることなく抱きついた。それほど長い期間離れていた訳でもないのに、妙に甘えんぼになった気がするおキヌの頭を撫でる美神の心にも、暖かいものが満ちた。


 「えへへー…」

 「お疲れ様、おキヌちゃん。積もる話は後回しよ。大至急事務所に戻るわ」

 「え、何かあったんですか?」

 「道中で話すから、あそこのちっちゃい二人連れてきて。伝票もらうわね」


 根がしっかりしていて、姉御肌な部分も隠し持つおキヌ。けれど甘えを許さぬ修行の日々に加え、弱みを見せられない緊張状態が続いたために相当気疲れがあった。
 美神の顔を見て、糸が緩んだのも仕方ない。今のおキヌの姿が、本来彼女の持っている雰囲気なのだ。


 「ちっちゃくないわ! 久方ぶりの再会だとゆーのに、令子は相変わらずつんつんしとるのう!」

 「美神様、お久しぶりです」

 「ん、チリは少し背が伸びた気がするわねー」

 「オレはガン無視か!? ガンの意味が分からんがヒャクメがこんな感じで使っとったから大丈夫か! のうキヌ!? む、ガンとは眼の音読みかヒャクメだけに!?」

 「私だって成長したんですよー」

 「キヌもガン無視!?」


 微笑ましいやり取りを交わしつつ、手早く美神は会計を済ませると踵を返した。
 チリはともかく、半分くらい残っていたマンゴーパフェに未練たらたらなショウを宥め、おキヌもリュックを背負って続いた。
 駐車場に停めてあったコブラは、おキヌ達がいなかったこともあり、美神の私用車から再び仕事時にも乗り回すようになっていた。主に美神と横島のツーショットで。
 久々に固めのシートに座ると、おキヌは帰ってきた実感にしみじみとため息をつく。


 「ちょっと飛ばすから、しっかり掴まってなさい」

 「え、あ、今シートベルトしま…ああああうっ!?」


 カカッ、とシフトチェンジする音。
 おキヌはショウチリを咄嗟に両脇に抱え、身を固くした。次いで拡がる縦横無尽のG体験。
 交通法規何するものぞと言わんばかりの美神の運転もまた、懐かしい…と、思えたのは後日の事で今はそんな余裕ゼロだ。


 「タマモが帰ってきたのよ!」

 「ええ!? じゃ、じゃあシロちゃんは!?」

 「その口ぶりじゃ、何か知ってるわね!?」

 「小竜姫様に少し、って美神さん前前赤あかああああっ!?」


 信号が黄色から赤に変わる寸前で、小さな車体はドリフトしながら交差点を右折してのける。対向車のフロントを舐めるように曲がったため、運転手が目を丸くしているのがおキヌにも見えてぺこぺこと頭を下げる。
 妙神山でシロがやった事は、一歩間違えればその場にいた全員が命を落としかねない危険行為だ。何しろ小竜姫を意図的に暴走させたのだから。
 当然、おキヌはシロが自分の意志で行ったとは思っていない。あの当日、鬼門が黒衣の不審者と対峙している。車椅子に乗っていたというその男がシロを何らかの方法で操るか、逆らえない状態にして小竜姫を襲わせたのは明白だ。


 「今、シロは警察に追われてるわ! 見つかる前に私達で保護しないと…」

 「大丈夫ですよ!」

 「っへ!?」

 「だって、横島さんが探してるんでしょう!? シロちゃんは絶対あの人が助けてくれます!」


 美神がおキヌの顔をちらりと見やると、彼女の目に灯る力強い意志がどうにも眩しかった。自分には無い、無償の信頼がそこには見て取れる。
 肝心な部分はそのまんまか、と美神は苦笑するしかない。どれだけ大人になったかと思ったが、氷室キヌを氷室キヌたらしめる一途で純粋な想いの強さは一欠けらも変わっていない。
 変わらない強さ。
 美神にはそこが眩しい。
 ……何故におキヌが横島の追走を知っているのかは、ぼんやりと語尾にねのつく神族を思い出したので敢えて尋ねなかったが。
 好奇心の神様がついていたのなら、きっと他にも情報を持っているだろう。
 美神はアクセルとブレーキをいっぺんに踏み込むと車体を横滑りさせながら、またも対向車スレスレをかわしながら帰路を急ぐ。


 「きーーーーぬーーーーっ!? 内臓がっ!? 内臓がぶんぶん揺さぶられて気持ち悪いーーーーっ!?」

 「キヌ姉様もっときつく抱いてて下さいなあああああっ!?」

 「美神さん飛ばしすぎですけどおおおおっ!?」

 「舌噛むからお喋りは自重しなさいねっ!!」


 エンジン音に掻き消されるため大声で喋っていた一行。
 少し楽しくなってきた美神の耳に、同乗者の悲鳴は届かない。
 事務所には予想以上に早く着きそうだった。


               スランプ・オーバーズ! 32

                    「始動」


 『あああ!? オーナーのお帰りが予想以上に早い!?』

 「は?」

 派手なドリフトとブレーキ音が人工幽霊一号の耳朶を打ったのも束の間、彼が対策を考える暇もなく美神のコブラは事務所前に噛み付くような勢いで停車した。
 髪の解れを軽く払っただけで降りてきた美神とは対照的に、おキヌとショウチリは地面がどこにあるのかも分からないような有様である。
 美神は開口一番錯乱した声を上げた人工幽霊一号にきょとんとした顔を向けると、玄関前に立った。

 「た、ただいま……人工幽霊一号……」

 足元の覚束ないおキヌの声に、人工幽霊一号は声を失った。なんと過酷な修行の日々だったのだろう、と勘違いも若干しつつ。
 それでも無事な様子に、彼は安堵した。

 『お、お帰りなさい…ああ、オーナー!? もう開けますか開けちゃいますか!?』

 「何よさっきから? らしくないわね。…まさか、タマモに何かあったの?」

 自然と美神の目線は屋根裏部屋の方へ上がる。タマモと正体不明の双子少女は今頃、あの部屋でぐっすり休んでいるはずだ。事務所を訪れたとき、既に双子の目は眠気と疲れを訴えて揺らいでいた。
 基本、子供嫌いの美神には荷が重い相手だったのでその場は小鳩に託し、ひとまずはおキヌの迎えに出たのだが…
 危険は無いと判断したのが早計過ぎたか?
 相手が人間ではないと気付いていたが、人外がデフォの周囲の環境に加えタマモの危機を救ったらしい相手に対し、危機感を持ちきれなかったのも問題だったか。

 「…調子出ないわね、やっぱり。八つ当たりの相手がいないせいかしら」

 玄関ドアに手をかけて呟く美神。自分が『らしくない』とき、大抵の原因は彼にある…と自分では思っていて、それがまた腹立たしいようなくすぐったいようなで嫌になる。

 「む…! おいキヌよ! 家の中から怪しい霊圧を感じるぞ!!」

 「え!? …って、タマモちゃんでしょう」

 「いえ姉様。複数の霊圧を感じます……」

 「ああ、さすがに敏感ね。今…ん、これは…!?」

 『ああああ……やっぱり気付かれたあ……』

 即座に美神専用神通棍・天華を取り出し、玄関ドアの脇に張り付いて扉を薄く開ける。美神が感じた霊圧の数は八つ。小鳩のものを含めても、四つも多い。

 『ああああ………』

 一気に気配を尖らせた美神に人工幽霊一号も無い頭を抱えてしまう。結局爆走中の車内で満足な説明を受けられなかったおキヌも、状況についていけずうろたえるばかりだ。訳も分からず美神の背中に隠れるようにしてくっついた。ショウチリも同じく。

 「人工幽霊一号、説明しなさい。この霊圧…あの娘達とそっくりよ。どういうこと?」

 『ああいえ、オーナーが出かけた後に、彼女達の兄を名乗る方々が来訪しまして…事情を知っていそうでしたので、私の独断で中へ…』

 「…あんたが取り乱す理由にならないわね、それじゃ。他に理由あんでしょ? 吐きなさい」

 『あ、う……えー………一目瞭然というか、見るまでもないというか…』

 「どっちじゃ」

 「なぞなぞでしょうか?」

 深刻な事態ではなさそうだと、人工幽霊一号の挙動から美神は判断した。ただ、ろくでもない事態に陥っていそうな嫌な気配だけがびしびし伝わってくる。
 …面倒くさいので天華に霊気を流し込み、二股の鞭へ変化させると一気に玄関を開けて中へ飛び込んだ。背後で『あああっ!?』と叫ぶ事務所の声が聞こえたが、無視。


 「戸棚の裏に隠し扉………無しっ!!」

 「カーペットの下に隠し階段………無しっ!!」


 玄関から伸びる廊下は、それはもう散々たる有様に成り果てていた。

 「なーーっ!? 何で私がいないのにこんなに散らかってんのよ!?」

 「それにこの声…! 子供?」

 普段、おキヌや最近では小鳩のお陰もあって、事務所は清潔で快適な住環境を維持出来ていた。
 外出前もこんな…飾ってあった壷が廊下の隅に転がっていたり、西洋甲冑が倒れて散乱してはいない。ざっと見る限り、破壊痕は無いようだが。
 絶句する美神に、人工幽霊一号の悲痛な呟きが聞こえてきた。 

 『あああ……花戸様一人ではやはり間に合わなかった……』

 「こら令子っ! ぼーっとしとらんで奥へ行くぞっ! 玄関でこのザマでは、居間とかお主の部屋なんぞは今頃…」

 ショウの叱咤に、美神は我に返った。所長室は普段施錠を怠っていないけれど、騒いでいる霊圧は妖怪のものだ。突破は容易い。
 何の目的で暴れているのか、そんな事は関係ない。

 「人のヤサで何好き勝手やってくれてんのよおおおおおおおっ!!」

 万が一自室の秘密金庫なんぞを見られた日には、口止めも已む無し…廊下を突撃する美神の表情がどう変化したのか、後ろを追随して走るおキヌ達には見えなくて幸いだった。一言で言うと『オワらせる笑み』である。


 「額縁の裏に隠し金庫………はあった!!」

 「待てえええええええええええええっ!!」


 その台詞が聞こえたのと同時に、美神は天華を居間のドア目掛け振り抜いた。木製のドアをぶち抜いて鞭は内部へ突入し、激しい破壊音を撒き散らす。子供の悲鳴も重なって届いてきた。

 「美神さん!? ちょっとやり過ぎですって!?」

 「るっさい! 乙女の秘密に土足で踏み込もうなんて輩に、年齢も性別も種族もオール関係無しっ!!」

 「金庫に何入れてるんじゃ令子は…」

 天華の手応えに獰猛な微笑みを浮かべ、美神は更に鞭を引き絞った。

 「うわ、わわわわ!? ちょ、何だコレーーっ!?」

 「なんか派手なのキターーっ!?」

 居間内へ踏み込んだ美神は、そこでようやく件の犯人とお目見えすることが出来た。
 二条の鞭が全身に絡み付き、俯けに倒れている青いジャージ姿の少年二人は、修羅の形相の美神を見て目を輝かせた。

 「この金色の鞭ってあんたの!? すげえケバ…じゃなくてかっこいい!! 後で貸してくれよ!」

 「っていうかもしかして、あんたが美神令子? うわあ…色んな意味でうわあ…」

 「……そこはかとなく無礼なガキ共ね」

 自身の状況を全く分かっていない発言に、美神のこめかみに血管が浮く。割れたガラス(美神のせい)や砕けたテーブル(美神のせい)の欠片が飛び散る居間に仁王立ちで佇む美神は、周囲を一瞥するとため息をついて言った。

 「よくもこんなに荒らしてくれたわね」

 「しれっと俺達のせいにされた!?」

 「物壊したのは全部この鞭なのにっ!?」

 当然の抗議を黙殺し、美神はぎゃーぎゃー煩い少年二人を見下ろす。
 先の双子少女の兄らしい二人もまた、双子だった。感じる霊圧の質もそっくりで、風貌から何から見分けが付かないほどに似ている。
 …似すぎている。

 「………(どっかで感じた事、あるのよね…この霊圧。どこだっけ)」

 「う、うわ……なんか凄い目で睨まれてるよ僕達」

 「何されるんだこの後……?」

 威圧感たっぷりにこちらを見据えてくる美神の視線に、少年二人は肩を寄せ合ってガタガタ震えていた。
 と、美神の背後から恐る恐る顔を出したおキヌは、縛られているのが子供と知って乾いた笑い声を上げた。この容赦の無さがまた懐かしい。流石に気が咎めるので、助け舟を出してやった。

 「美神さん、解いてあげましょうよ。きっとお家が珍しかったんですよ」

 「……まあ、いいわ。実際幽霊付きの屋敷なんて滅多に無いしね」

 『…恐れ入ります』

 「で、あんた達? きちんと説明しないと今度は縛るだけじゃ済まないわよ?」

 「令子のお仕置きは百八式まであるからのう」

 「それはもう洗練された技術体系ですよね、あれは」

 「おう! 経験者のオレが語るんじゃから間違いない!」

 「ショウ…久々に体感する?」

 解いた天華をパシリとショウの足元で爆ぜさせる美神。怯えた顔をするショウに誰かの姿を重ね合わせ………ますます嗜虐感を昂ぶらせる。

 「あ、美神さん…それにおキヌちゃんお帰りなさいっ!」

 そんな美神のSっ気に水を注いだのは、水を張ったバケツを下げて二階から降りてきた花戸小鳩その人だった。
 どうやら少年二人のやんちゃの後始末をしていたようで、制服の上から飾り気の無いエプロンを着けた姿は、素朴な彼女ならではの佇まいを見せている。
 しかし、彼女に続いて降りてきた二人の男性…今度は黒いジャージ姿だ…を見て、美神は自分の警戒レベルを一段階引き上げた。

 「………」

 「………」

 「まあた双子じゃ…双子連続消去でも起きるのかのう」

 「ショウ兄様、小説の影響を受けすぎです……それにまだ語られていないはずですよ、その事件」

 「ヒャクメの薦める本は変なのばかりじゃったなあ…」

 「あんたは少し黙っとけ! 話が進まないっ!」

 口を開こうとした美神に先んじてネタを口走るショウの脳天に、美神は棍にした天華をお見舞いした。ごちん、と星が散って気絶した付喪神を無視して、改めて鋭い視線を三組目の双子へ向ける。

 「見たところ、あんた達が保護者?」

 「…長兄だ。弟達が失礼した。ここをからくり屋敷か何かと勘違いしたらしい」

 「人里に下りる事も少ない。目新しいものばかりで浮き足立ってしまった。悪気は無いので、許してやってくれ」

 弟達が震え上がった美神のガン付けにも、この双子は全く怯まずにいた。こちらもまた、双子と呼ぶにしても似すぎた風貌に霊圧を持っている。
 事ここに至って、美神は彼らの正体に見当が付いた。

 「……あんた達、正体見せなさい。変化の術の練りはいい線いってるけど、プロの目からみるとバレバレよ。そんなんなら元の姿のままのが気になんなくていいわ」

 「うわ、一流すげー。兄貴達の変化まで見抜くか」

 「まあ、ここまで来て別に隠す理由無いけどさ…だろ、兄貴?」

 「どの道、我々の霊圧は人のものとは違う。美神令子でなくとも気付くさ」

 「………」

 すっかり蚊帳の外に取り残されたおキヌと小鳩は、固唾を呑んで美神と双子のやり取りに耳を傾ける。ピリピリした緊張感が喉を渇かせた。

 「話はあんた達の素性を知ってから。私を待ってたってことは、そちらにも言いたいことの一つや二つあるんでしょ?」

 「俺には無いが、こいつにはある」

 美神から向かって右の青年が、親指で隣を指し示す。最初に二人に感じた気配は、紛れも無く敵意だ。だが、あまりに似ているためにどちらが発したものか判断が付かなかった。
 そのために美神は警戒した。自分の予想通りの正体だとして、仮に敵意が殺意にまで上昇したとき、彼らを止めるのは困難だ。

 「………いいだろう、変化を解く。お前達も来い」

 示された方の青年は、剣呑な気配を纏ったまま静かに言った。年少組がようやく解けた鞭から逃げるように駆け寄るのを待って、彼らは一斉に変化を解いて見せた。

 「やっぱりね…」

 一つの大きな塊のような、同種同様の妖気が四人の少年『だった』その異形から吹き付けられ、美神は眉を顰める。
 思い出すのは圧倒的な破壊力と、独特の怪鳥音。

 「え、え、えーーーーっ!? この子達、人間じゃないんですかーっ!?」

 事務所に勤めるようになって間もない小鳩だけが、この事態に動転していた。おキヌの腕にしがみ付いて口をぱくぱくさせている。


 二組の双子は、古の鬼神の姿をしていた。猛禽類を思わせる顔と手足が、ジャージとのミスマッチで一層引き立っている。

 美神の記憶にある姿とは、似ても似つかぬ成長した姿。不死のゴーレムを一撃で砕き、グーラーを消滅寸前にまで追い込んだあの、魔鳥。

 美神は一瞬だけ表情に陰を落とした。それが何を意味するのか、本人にしか分からないし言うつもりも今のところは無かった。

 ただ、美神は天華を握る手に力を込めて立っていた。


 「あーーーっ! 思い出しました! 南部グループのお仕事で…」

 「キヌの知り合いじゃったのか!? このおっそろしい目つきの妖怪はっ!」

 「お肌がぴりぴりします…」

 「鬼神ガルーダ…」

 その事件はおキヌにとっても、美神達にとっても思い出深いものだった。
 オカルト業界でも屈指の大災害、死津喪比女事件。首都機能を麻痺させるほどの大妖との戦いの後、おキヌは幽霊から反魂を果し、氷室家の養女となって平和に生活していた。
 しかし、彼女の不安定な霊体と肉体の結びつきを感知した浮遊霊の一団が、彼女の体を奪おうと襲い掛かり、おキヌは朧げな記憶を頼りに東京へ来て美神達と再会し…そして、思い出を取り戻した。
 南部グループからの依頼は、美神除霊事務所の欠けたピースが揃って最初の事件だったのだ。
 おキヌが精一杯の告白を思い出して、頬を紅く染めたのはご愛嬌。

 「うわー…あの時のひよこがこんなに大きくなって…ね、ね、私のこと覚えてます?」

 照れ隠しに、おキヌは尋ねてみた。ガルーダひよこを覚醒させるアイデアを出し、実行に移したのは彼女だ。今考えれば、同族同士で争わせたのは些か酷だった気もするが、それしか方法がないくらい、鬼神ガルーダは強かった。
 目の前に立つ四人の子ガルーダにも、その面影は色濃い。

 「あれ、でも…どうしてこんなに成長に差が…?」

 「それは…」

 「美神令子。その話よりもまず、質問に答えてもらいたい」

 おキヌの素朴な問いを遮るようにして、黒ジャージのガルーダ…略して黒ガル…が言葉を発した。

 「お前にとって、あの妖狐はどういう存在だ?」

 「あん? タマモは……あー…って、何でそんなこと聞くのよ」

 「あの傷を見たか?」

 「タマモの傷……そりゃあ見たけど」

 「ならば、どれほど異質な事が起きたのか、分かるな。絶対に有り得ない筈の傷をあの妖狐は負っていた。妖怪のみならず、動物本能的にだ」

 ガルーダのプレッシャーが徐々に絞られてきていた。肌を刺激するほどの重圧をかけているのは、目の前の黒ガルだ。残りの三人は彼から一歩離れて事態を見守っている。
 美神もまた、おキヌや小鳩を背後に庇うように前に出て黒ガルと相対する。
 彼の言っていることに、心当たりはある。
 タマモの傷は酷い火傷だ。しかも、タマモ自身の狐火によるもの。
 狐火然り美神ひのめのバイロキネシス然り…霊的な炎は自然炎とは異なり、燃やすものを選ぶ。術者の意志によって、本来なら燃えないものであっても焼き尽くす事が可能となる。
 未熟な発火能力者が、自身の足首から下だけを残して完全に灰となる事例も存在する。
 逆に言うと、だ。
 制御下にある発火能力が、己を焼くことは有り得ない。


 そう、自ら望みでもしない限りは。


 「………」

 「人と交わることで、その有り得ない事が起きた…としか俺には思えん。お前は、あの妖狐の負った傷を見てどう思った? 己のせいで瀕死の重傷を受けた、とは考えなかったか?」

 「瀕死!? 美神さん!?」

 「…そうね。おキヌちゃんは悪いけど、先に屋根裏で寝てるタマモを治療してやって。大丈夫、とっくに峠は越えてるわ」

 淡々と喋る黒ガルの口調に呑まれていたおキヌは、美神が事務所へと急いでいた理由が緊急事態であると知り、背負っていた小さなリュックから龍笛を取り出して居間を飛び出した。悠長に話している場合ではないじゃないか、と少しだけ恨めしく思いながら。
 ショウチリも慌てて追従していくのを、黒ガルは静かに見送る。

 「で、返答や如何に? 人にとって人外の存在とは、人以下の存在と同義なのか? 我々を生み出した人間の思考は、人間全体の意志と同義なのか?」

 「…頭でっかちのお子様ね、あんた」

 「知識は、覚醒と共に蓄積されていた。成長するにつれ解凍が進み、俺程度にまで育つとほぼ完全な自我を構築する。尤も、本来の計画ではこうなる以前にインプリンティングが施され、従属を余儀なくされるらしいが」

 「あんた達はひよこの段階で冬眠槽から解放されたからね。おキヌちゃんに感謝しなさいよ、一応命の恩人みたいなもんだから」

 南部グループの茂流田と須狩が管理していたガルーダプラントは、美神達と食人鬼女のグーラーの手により完膚なきまでに破壊された。誰にも利用されないよう、誰も同じことを考えないよう。
 ガルーダひよこがもしもそのままだったとしたら、美神は恐らく眠るひよこも駆除していた。人造魔族の危険性は、成体ガルーダを見れば一目瞭然である。
 南部グループはその後須狩が裁判で洗いざらい証言を行ったことで壊滅的な打撃を被り、会社としての体裁を保てずに崩壊した。それなりに巨大な企業だったのだが、世間の風当たりは強かったようだ。
 プラントを破壊した理由には、後顧の憂いを断つのともう一つ、こんなことを考える奴にろくな末路は訪れないぞ、という見せしめの意味もあるのだろう。

 「あんたは何て返事したら満足するわけ? タマモは私の大事な仲間よー、とか可愛い妹分だわー、とか言えばいいの?」

 「…俺達は母に言われた。人間には二種類いる、と」

 「また極端な…」

 「喰ってもいい人間と喰ってはいけない人間だ」

 「グーーラアアアアッ!! あんた色に染めすぎよ馬鹿女!!」

 山中の洋館から脱出する際、グーラーにガルひよこ達を託したのは…間違いだったかも知れない。美神はうがあっと吠えて目元をひくつかせた。

 「母の悪口は言うな。だが、母はお前達を喰ってはいけないほうの人間だと言った。しかし、妖狐が傷ついた原因はお前達にある。母の教育を貶す前に、自身の妖狐への接し方を見直す方が先決ではないか」

 「元の姿に戻った途端に饒舌になったわね。さっきまでは弟組のが喧しかったのに」

 ガルーダの姿に戻ってから、年少組は一言も喋っていない。むっすりと黙り込んでいる。

 「弟達は人間にならないと人の言葉を喋れない。妹達は人間になっても喋れない。唯一、俺とそこのもう一人だけがこの姿で人語を話すことが可能だ」

 「あー…道理でちびっ子共にイラついた訳だ…」

 『それはもう大人気なかったですよね…』

 「話が脇に逸れた。美神令子よ、答えろ」

 鬼神のプレッシャーは、ますますきつく美神を苛んでいく。
 が、そんな重圧とは裏腹に、美神の表情は冷めていた。

 「くっだらない。私にとってのタマモ? ただの妖怪よ。あんた達と同じくね」

 「…ただの妖怪一匹、死に掛けても自分には関係無い、と?」

 「何で私があいつに負い目を感じなきゃいけないわけ? タマモが怪我をしたのは、タマモのせいよ。私はこれっぽっちも関係無いわ!」

 ずばり、美神は胸を張って言い切った。黒ガルの気配が鋭利な刀のように変化するのも、何処吹く風の様子で続ける。

 「なーにが私達のせいよ! タマモが自分で言ったっての? 美神令子と関わったばかりに私は死にそうです、とか? 馬っっっ鹿じゃない!?」

 「貴様………」


 「そうよ………ミカミ、さんのせいじゃない」


 鼻でせせら笑う美神に、黒ガルの拳がメキメキと鳴った時。か細いが、力の籠もった声が居間の入口から聞こえてきた。

 「タマモ! ちょっとあんた、怪我は…」

 「おキヌちゃんに治してもらったわ……凄い治療術ね、あれ。なんかオマケみたいのもくっついてたけど」

 「人をシールに付いたチョコみたいに言うでない!!」

 「ショウ兄様、逆ですそれ」

 おキヌの肩を借りて、うっすらと額に汗を浮かべたタマモは、壊れた戸口から黒ガルを睨みつけていた。
 おキヌが上へ上がってものの数分である。神域によるヒーリングが強化されたのか、それとも新しい何かを妙神山で掴んできたのか…ともあれ、成長したのは確かだ。
 末恐ろしくもあるが、今は頼もしい。

 「私は、私の意志で傷ついた。誰にも何も言わせない…! あんたが一体何様のつもりで人の事語ってんのかも関係ない。余計な事言わないで」

 「ごめんなさい、美神さん。この子がどうしてもって…」

 「ミカミさん、こんなの放っておいて早くシロを……ぁう……」

 「ほら、無理しちゃだめよ。人に変化するのがやっとなんだから」

 眩暈を起こして倒れかかったタマモの顔色は青白い。おキヌの支えが無いと立っていられないくらいに消耗している。

 「シロに…言わなきゃ駄目なのよ……じゃないと、あいつ……壊れちゃうわ…」

 「…なんとなく状況が見えてきたわね。あんたのその傷、シロを守るためにやったわね? シチュエーションとしては…自分が斬られないとシロが殺される、みたいな感じかしら。だから、シロと黒幕に自分を斬った幻術を仕掛けた。タマモを斬ったと思い込んでるシロは自暴自棄になって、黒幕…魔填楼に従っている。で、あんたはシロに幻術を掛けたことを伝えて、あいつを救いたい、と。おーおー…相方想いねー」

 「んな…そんなんじゃないわ、よ……! そんなんじゃ…」

 「そーいうことよ、ガルーダの坊や。タマモにはタマモの意志があって、私がどうこう出来るもんじゃないわ。あんたの発想こそ人間のエゴが生んだ歪みそのもの!」

 「………」

 「牽強付会の極みじゃな。何の証拠も無くよくもまあしゃあしゃあと…」

 「あ、兄様そんな迂闊な発言…」

 苦笑いを浮かべるショウの脳天に、本日二度目の天罰が下った。否、天誅か。

 「とにかく! 私にとってタマモはタマモ! 人も神族も魔族も妖怪も、私の前では須く平等っ! 人の価値観をあんたの狭い視野で決めつけられたんじゃ堪んないわ!」

 ショウを見もしないでぶった天華の鞭を引き戻し、美神は黒ガルを指差した。黙ったままの黒ガルは、タマモと美神の言葉を受けて、しかし硬い姿勢を崩さない。

 「…俺の思考が、俺を作った人間に影響されているとでも言うのか? 俺達のような存在を生み出した、罪深き人間の!」

 一歩踏み出そうとした黒ガルの肩を、もう一人の黒ガルが止めた。冷静に、逆上しかけた兄弟を諌める。

 「…そこまでにしておけ。これ以上は問答で答えが出るものじゃない。…美神令子。あんたが今語った妖狐の傷の話…真実なのだな?」

 「さあね? タマモのかわいー反応を見るに、概ね合ってるぽいわね」

 「か、かわ…?」

 「そのシロとやら、そして黒幕のまてんろう? か。そいつらに会えば真実ははっきりするな。こいつを納得させるには、真実を示すしかない。頑固者なんだ、この弟は」

 「誰が弟だ。成長速度に差のない俺達に兄も弟もあるか」

 黒ガル同士の言い争いを聞いて、美神はぽんと手を打った。今は一人でも人手の欲しい状況である。
 さっきも言ったように、美神にとって種族の差は関係ない。
 立ってる者は神でも使え、である。

 「じゃああんた達、私の手伝いしなさい! 魔填楼を捕まえれば事情は全てはっきりするわ。さっきの話がでっち上げなのか本当なのか…あんた達自身の目で確認すれば文句無いでしょ?」

 美神はタマモとおキヌを一瞥し、一人満足そうに頷く。

 「ウチの面子もようやく揃ってきたしね。残りの馬鹿師弟コンビは魔填楼を追えば必ず見つかる筈。タマモ! あんたも気持ちが前のめりになるのは分かるけど、少し落ち着きなさい。あんたの保護責任者として、休養を命じます! 異議は却下!」

 「う………」

 「ふっふっふ…そろそろ受身は飽きてきたわ。伝馬だかトンマだか知らないけど、誰の身内にちょっかいかけたのか…思い知らせてやる」

 美神から噴出した黒いオーラに、思わず黒ガル兄弟もたじろいだ。

 「いいだろう。美神令子…あんたがどんな人間なのか、母が言うように喰ってはいけない側の存在なのかどうか…確かめさせてもらう。だが、協力するのは俺達だけだ。弟と妹達は山へ帰す」

 「えーー!? なんでさ!?」

 「ちょっと兄貴達横暴だって!!」

 黒ガルの言葉に、思わず年少組兄弟が人間に変化して抗議の声を上げた。わざわざ化ける必要もないのだが。

 「上のちびっ子はともかく、あんた達四人には行って貰いたい場所があるのよ。あんた達にうってつけの場所へね」

 「何?」

 美神は既に、幾つかの行動予定を構築している。使える駒がある以上は最大限に利用し、魔填楼を追い詰める包囲網としなければ勿体無い。

 「さあて、反撃を開始しましょうか! まずは伝馬の目的の特定! 潜伏先の調査・オカGとの情報交換! おキヌちゃん! 花戸さんと協力してスケジュールの調整お願い!」

 「は、はい!」

 「わ、分かりました!」

 「人工幽霊一号! 隣に連絡して魔填楼関連の資料を請求して。現在までの捜査の進捗状況も忘れずに添付っ!」

 『了解しました』

 「俺らは!?」

 「ショウは散らかった部屋の掃除っ! チリはタマモの看病!」

 「俺だけ雑用ちっく!?」

 「畏まりました。さ、タマモ様…」

 「うー…分かったわ。けど、あんた達何者? おキヌちゃんの知り合い?」

 「横になったらお教えしますから」

 こうして、それぞれが与えられた役目を果すべく動き出し、美神除霊事務所は俄かに慌しくなるのだった。


 「さて、私は裏技使わせてもらおうかしら。もう手段なんて選んでられないしね」

 美神は一通り指示を出すと、一人庭へ出て天華を取り出した。澄んだ音色と共に、天華の金色の鞭は一条の光線のように空へと伸び、事務所の屋根を遥かに越えた高さでその先を花の様に広げる。

 「天華よ! 我が想い伝えるための翼となりて空へ羽ばたけ!」

 天華は敵を屠る武器ではない。美神のイメージに応じて姿を変える道具である。
 今、美神が行おうとしているのは天華をアンテナ代わりに用いた、遠距離念話だった。


 その相手は―――――


 「聞いてたら返事しなさい鬼門どもおおおおおおおおおおっ!!!!」


 …美神の言う裏技が何なのか、この時点ではまだ謎としておこう。


 「ひあくしょっ!」

 「あらヒャクメ…風邪?」

 「誰かが有能極まる私の事を必要としてるのね」

 「ええそうですね分かりましたから背中の湿布を交換してくださいね?」

 「夢も見させてくれない!?」


 …謎、としておこう。


 つづく


 後書き

 竜の庵です。
 ただでさえ複雑な状況になっているのに、投稿頻度ガタ落ちでますます読み辛くなっております…申し訳ありません。のんびりお付き合い下さい。
 なんと謎の双子達の正体はガルーダでした! びっくり! ね!?

 ………。

 ではレス返しをば。


 February様
 今回、美神が自傷の訳を推理しておりますがー…まあ概ねあんな感じのことがあったのです。痛々しいですね。
 ガルーダ達の言葉についても説明少々。成長に差がある理由もまた、本編中で語る機会があるでしょうかないでしょうか…伏線回収が趣味ですから、きっとします。
 美神はおキヌを迎えに行く出鼻を挫かれたせいで余計ぴりぴりしてた、というのもありましたけれどね。
 春乃女史、部下に手を出してますよ? 物理的な意味で。上司によりは、ずーーっと手加減して気を遣ってますけど。そこに愛はあるのか…っ!


 いやはや、有難うございます有難うございます。力になります。


 さて次回。
 魔填楼事件最後の舞台がお目見えの予定です。春までには魔填楼編を終わらせたい……。
 でも、次は冬短編を書こうかなと思っていたりで、どうなることやら。
 来年のことを語ると鬼が笑うのでこの辺で。

 最後までお読み頂き有難うございました!


 皆様良いお年を。

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