「久しぶりー!」
「……………は?」
WGCA−JAPANは順調に業績を伸ばしていた。
如月春乃も休日返上で忙しく立ち回ることが多くなり、目の前で手を振る上司…ロディマス=柊と会うのも、自分の仰せつかっている役職から鑑みれば久しぶりではあった。
それにしたって。
「…最後に会ってから二日も経っていませんが」
「ん、そうなんだけどね。何となく凄ーく久しぶりに顔を見たような気がして」
しみじみ呟くロディマスに春乃は特におかしな目を向けるでもなく、携えていた書類の束をどさっと彼の机上に降ろした。奇行には慣れっこである。
「魔填楼関連のものです。目を通しておいて下さい」
「うん。伊達君がオカG合同対策チームのリーダーを務めるから、彼にも回しておいて。というか彼に先に渡した方がー…」
「既に手交済みです」
「あっそう………でもさー、楽しかったねえ先月は!」
「?!」
春乃はがらりと、しかも全く脈絡無く方向転換した話題に面食らって思わず赤面した。先月、と聞いて思いつく話題は一つしかない。
「なああ、何を急に言ってるんですか。アレは仕事でした! し・ご・と!」
「あっはっは。そうそう、仕事だったねえ…東京デジャブーマウンテン開園前の霊相調査!」
「そうです! 仕事です仕事! デジャブー側からの要請で本社から回ってきた仕事です!」
東京デジャブーランドは世界有数の巨大企業である。
夢とおとぎの国は世界中に点在し、ヨーロッパに本社を構えている。
世界的な視野で見れば、GCの知名度はGSに匹敵するものをもっている。デジャブーランドは柊グループとも付き合いがあり、顧客リストに名が連ねてあった。
以前美神が訪れた妖精ボガートのケースは、あくまで東京支社の判断によるもの。
内々で処理したかった、という理由だけで警視総監を動かし世界最高のGS美神令子をも雇ってのける豪腕は、巨大企業の面目躍如といったところか。
「あれだけの施設だからねえ…神経質にならざるを得ないか。ほら、確か美神令子監修の企画がスタートしたとき、うちの本社にも情報が行ってたろう? 日本は例の大霊障もあったし…」
「デジャブーランド的にも、万全を期しておきたいんですよ…ふう」
先月末、東京デジャブーランドは隣に新施設デジャブーマウンテンをオープンした。
森と湖をメインにしたテーマパークで、その規模はランドに匹敵する。実質の総面積は倍以上に広がり、来場予定者数はランドも含め一日平均五万人を見込んでいた。
ロディマスが言ったように東京では二度園内で霊障が発生していて、マウンテンのオープン時には霊的不備の根絶を徹底するよう本社からも通達が来たらしい。
「でもさー、せっかくならプレオープン前に二人っきりで行きたかったよねえ」
「!? な、あ……!?」
「この歳になるとさ、並んで待つのが苦痛で…」
「…あ、そういう意味ですか……」
公衆の面前でも容赦無くロディマスに拳打や蹴撃を見舞うようになってから、春乃の仮面は急速に剥がれ始めていた。敏腕秘書のクールな印象だった彼女にとって、それが幸か不幸かの判断はつきかねる。
冷静たれと自分に言い聞かせていた以前と違い、リミットブレイクした技の数々を振舞うことでストレス発散にも繋がり、自然と丸さが出てきたようだ。
今の如月春乃は地に近い。
「どういう意味だと思ったんだ? 春乃君?」
「気にしないで下さいというかニヤニヤ笑うなキモい」
「毎度毎度酷っ!?」
スランプ・オーバーズ! 31
「真実」
調査の結果、デジャブーマウンテンに霊的な不備は発見されなかった。風水的見地や地脈の整理、結界装置の作動状況などなど…ランドのミスから学んだ教訓を生かし、万全の体制が敷いてあった。
ロディマスと春乃はGC数名とアトラクションを巡り、最終チェックを行う役目だ。客の目線から不具合の有無を検査する、霊能力の無い二人だからこそ出来る仕事である。
なまじ霊感のある者では見落としてしまう小さな違和感を、細かく潰していくのが役割だが、そうそうあるものではないので。結果として遊びまわっているだけに見えても仕方ない。
ロディマスがアトラクションコンプリート・スタンプラリーの用紙にいそいそとハンコを捺そうとしたときは、流石に不謹慎だと春乃は蹴りを見舞ったが。首筋に。
「魔填楼の動きについて、春乃君はなにか気付いていないかい?」
「え?」
「ほら、少し前に伊達君の要請で調べ物をしてただろう。春乃君の人脈ならオカGの捜査では見えない部分もあるいは、なんてね」
「………地獄耳というか、目ざといというか…支部長に比べれば私の力なんて」
「謙遜しない謙遜しない。僕と君とじゃ、情報ソースのベクトルが違うからね。規模は関係無い。で、どう?」
春乃が休日出勤していた或る日、伊達雪之丞から至急の連絡が入った。
どうやら身内が事件に巻き込まれたようで、その調査を春乃に依頼してきたのだ。
春乃はWGCAにスカウトされる前、柊グループ傘下の企業で秘書職についていた。社長以下役員達の覚えも良く、裏表関係なく様々な仕事を任された経験があるため、独自の情報網を持っていた。
それに加えて春乃自身が武術に精通し、(表向き)清廉な性格であったため、ボディガードまでこなす万能っぷりだ。柊宗一の目に止まったのは必然かも知れない。
有能が仇となり、企業の暗部まで見る羽目に陥った春乃だから、新天地WGCAへの転属はいい機会だったのだろう。
「…魔填楼主人の伝馬業天は、小規模ですが海外に幾つもオカルトグッズ生産工場を持っていると推測されます。当然ですがそれらは秘密裏に稼動を続け、生産されたグッズの多くは闇市場に流されます」
「うん。活動の拠点は海外だったしねえ」
「魔填楼はもう数十年暗躍を続ける狡猾な老舗です。各国オカGの摘発からも逃れ、汚い手口で利益を上げ続けている。裏の裏、深部の深部でしか活動しない最悪のオカルト商人」
「春乃君が言うと怖いねえ…」
「それが最近になって、急速にその知名度を上げています。それこそヤクザの末端組織にすら知られるほどに」
つい先日、漁港町として有名なある町の倉庫で十数人の男が倒れているのが発見された。警察の調べでその集団が木藤会と呼ばれるヤクザであったことが分かり、ヤクザ間の抗争の線が濃厚だとして捜査が行われていた。
が、事態はそんなに単純ではなかった。
彼らには抗争に付き物の外傷が一切無く、抵抗の跡すら見えなかった。
争う暇もなく、一瞬で蹂躙されたのだ。
「木藤会は崩壊寸前の弱小組織です。抗争なんて資金・人員はとても揃わないでしょう」
「だから、一発逆転の手段をオカルトに求めた、とか?」
「………最近の魔填楼は活発すぎます。何か、目的があるのではないでしょうか。自分の姿を公にしても構わない理由が」
「報告書によると、本当に最近だねえ…一年も前じゃない。国外追放の後、アングラの底で蠢いていた奴が今になってどうして派手に、しかも日本に舞い戻って活動し始めたのか」
オカGに押収された魔填楼製のオカルトグッズには総じて、一目でそれと分かる刻印が為されていた。数十年、一切の痕跡を残さず商売を続けていたにしては、あまりに不用意過ぎる。
木藤会との繋がりも、現場近くで発見された一枚の護符の欠片から発覚したのだから。
春乃は机に肘をついて思案顔のロディマスに顔を近づけると、小声で意を決したように話しかけた。
「…一年前といえば、アシュタロス事変があった時期と重なります。もしかしたら」
ロディマスは身を乗り出してくる春乃に、シニカルな笑みを返す。彼女が何を考えているのか、大体の想像はついた。
「これは、一刻も早く伝馬の目論見を看破する必要がありそうだ。あの圧倒的な大混乱の中、悪党が思いつくことなんて一つしかない」
「はい………」
それは…と続けようとした春乃は、背後からの生暖かい複数の視線に肌を粟立てた。
「あれちゅーするんじゃない?」
「いやあ社内でちゅーはないでしょ」
「いやいや最近のアグレッシブな如月さんなら有り得るって。ちゅーくらい」
「いやいやいや。人目を忍ぶからこそちゅーは燃えるわけで」
「多分忙しくて忍んでられなかったのよ、ちゅー」
「いいなあ、ちゅー…」
ひそひそひそ、とは名ばかりの。
どう考えても春乃の耳に届くことを計算に入れたそのざわめきに、春乃は心と体のリミッターを数個いっぺんに引きちぎって振り返った。ポニーテールが勢い良くロディマスの鼻面をはたき、変な呻き声が聞こえたが無視。
再三の弁ではあるが、WGCA−JAPANに所長室は無い。
ロディマスと春乃が顔を突き合わせて密談する様子は、彼らの背後で働く職員達の格好のオカズとなっていた。主食はお仕事である。
つまり、白いご飯だけでは味気ないということだ。
「毎度毎度毎度毎度………本当に貴方達は………いえ、これは学習能力の無い私の落ち度です」
「春乃くーん? ほっぺが真っ赤」
「お前は口を縫え」
「そこまで!?」
「そしてお前らもちゅーちゅーちゅーちゅー………」
素人目にも彼女の全身から噴出す闘気がきれいだった。今にもガラス窓が破れるくらいの威圧感を放っている。
「モルモットの群れかああああああああっ!!!!」
春乃は顔を真っ赤にしたまま、ニヤニヤ笑う部下達を怒鳴りつけるのであった。
…浅い、浅い眠り。
微睡みの中、暗闇に輝くのは光り輝く刃の軌跡。
明確な害意、殺意と呼んでもおかしくない一撃は吸い込まれるように胸元へ閃き…
真っ赤な血花を、夜空に吹き上げた。
「………が、う」
何度もプレイバックする死の光景を、眠りの主は首を振って否定する。自分は死んでいない、と。殺されてはいない、と。
白刃は尚も襲い来る。何度も、何度も、何度も。
「………ちが、う……!」
動かない体に力を込め、青白い刃をしっかと見据えて…叫ぶ。
「これは、ちがう……!!」
夢から目覚める最後の一瞬、彼女の目に映ったのはやはり…泣きながら刀を振るう少女の姿だった。
「……くぅん」
薄っすらと目を開けた瞬間、ここがどこなのか分からなかった。ほんの一瞬だけ、だが。
胸が引き攣るように痛む。
自分がどうやらふかふかの毛布を被っていること、柔らかなベッドに寝かされていること…獣の習性か、鼻と耳から入ってきた情報を真っ先に分析してタマモは結論を得た。
ここは、自分の家…正確にはタマモともう一人の部屋だと。
(な、んで……来れた…の?)
目が覚める前、最後の記憶は森の塒で美神の名刺を取り出し、覚束ない足取りで外に出たところまでだ。そこで途切れている。
自分で言うのもなんだが、あのケガは放置しておいたら確実に最悪の結果となる深さだった。誰かの助けでもない限りは。
(でも、ここは………間違いなく、あたしん家………ミカミの、事務所…)
半年以上も帰っていないにも関わらず、タマモが違和感一つ感じずに安心出来る空間。
そういえば以前にも、こうして熱に浮かされた有様で寝かされた時があった。あの時は確か…
「…っ! シ、ロ……くぅ……」
そう、人狼の少女が…わざわざ山奥の天狗の住処まで薬をもらいに行ったのだ。
変化の解けた狐の姿は、人間時に比べ身が軽い。なのにも関わらず、今は全身が痺れるようなだるさと重さに支配されている。
呻き声を上げるのが精々だった。
「だ、れか……ミカ、ミ…さ……あ?」
喉もからからに渇いていて、大きな声が上げられない。タマモは軋む体を叱咤しつつ寝返りをうつと、階下に聞こえるよう声を振り絞ろうとして…
「くぅ……」
「すぅ……」
枕元、二人寄り添うようにしてベッドに凭れて眠る少女の存在に気付いた。
「………誰、この子たち……?」
静かに鼻を寄せてみると、人間とは違った霊圧を感じる。それに、彼女達の放つ気配には覚えがあるような…
暖かさというか、温もり。ずっと守ってくれていたような優しさを感じて、タマモは自然と目を細めた。
『タマモさん。目が覚めたようですね?』
「ん…あ……人工、幽霊一号…?」
『はい、お久しぶりです。現在、事務所内には花戸様しかおりません。現状の説明を致しましょうか?』
無機質で感情的とは程遠い、彼の声。それでもタマモは、ああ、と思う。
やっぱりここは、あたしん家だ、と。
「…お願い」
『はい。えーと…』
この冷静沈着が売りの人工魂魄のことだから、タマモの疑問にもきれいに応えてくれるだろう。正直、何から手をつければいいのか分からない。
『まずオーナーですが、妙神山修行から戻ったおキヌさんの迎えに出掛けました』
(おキヌちゃんが修行……? 私とシロが旅に出たのは、ヨコシマとミカミの後を追ってだから……)
『横島さんは行方不明です』
「ゆくえふっ!?」
『はい。パピリオ様が合流して、行動力に歯止めが効かなくなったようですね。全国で目撃談が寄せられています』
「な、んで……こんなときに…!」
『横島様は、シロさんを見つけるために…』
「! …もう、知ってるん、だ……私達が…トラブったこと…」
人工幽霊一号は淡々と、これまでにあった出来事をタマモに伝えた。
魔填楼のこと。
GS襲撃犯として指名手配されたシロのこと。
シロの身を案じた横島が、大人達の言葉に激昂し事務所を飛び出したこと。
大人の一人であった美神もまた、シロとタマモを心配して動いていること。
『皆それぞれに動いています。真っ先に動いたのは横島さんですが。結果はともかく』
「あいつらしい…わね。で、この子達は?」
『貴女を抱えて、私の結界前に立っていたのです。弱っていた貴女の霊気をオーナーが感じて中へ招きました。一体どういったご関係なのです?』
「私が知りたいわよ…でも、悪い奴じゃなさそうね」
余程疲れているのだろう。少女二人は健やかな寝息を立てながら、会話の声にも動じず熟睡している。
『オーナーが最初は応対していたのですが、言葉が通じなくてですね。ブチ切れそうになったのを花戸様が抑えに回り、事なきを得ました』
「……情景が目に浮かぶわ」
花戸、というのが貧乏神憑きの少女の名前だとタマモも朧げに覚えている。横島の隣人で、当然のようにひと悶着あったらしい。実際の面識は無いが。
どうしてその少女が事務所にいるのか等、細かい事はとりあえず後回しだ。
「それで…あのジジイとシロの居場所、分かるの…? 早く、シロを…」
『現在、オカルトGメンを初めGS、GCがフル稼働して魔填楼の行方を追っています。貴女は傷を癒すのに専念してください。オーナーもそう言付けていかれました』
「そんな…悠長なこと…私は、シロに言わなきゃならないのよ…!」
『いけません、タマモさん! まだ傷が…』
重たい四肢を突っ張って、タマモは清潔なシーツの上に立ち上がった。胸の傷はヒーリングの効果か、ほとんど痛みは引いている。犬神族の超回復効果もあって、傷跡が残ることもないだろう。
だが肉体の損傷とは裏腹に、霊力はほぼ底を尽いている状況だ。自分がどれだけ危険な状態だったのか、今更ながらぞっとする。
だが、足を止める理由にはならない。
シロが方々で人間を襲うようになったのは…恐らく、自分が原因なのだから。
「あいつに言う事が、あるの…っ!?」
震える脚に力を入れて、ベッドから飛び降りようとしたタマモだったが…
ぴーん、と尻尾が引っ張られてシーツにぽすっと顔を埋めた。
「な、何よ……」
一瞬、人工幽霊一号に邪魔されたのかと思い、弱弱しく牙を剥きながら後ろを振り返ると……
「……………」
眠る少女の片割れの小さな手が、しっかりとタマモのふさふさの尻尾の一本を握り締めていた。
ご丁寧にも、もう一人も別の一本を。
絶句するタマモに、人工幽霊一号はやんわりと声をかける。
『タマモさん。この子達はどうやら、貴女をずっと守ってきたようなのです。オーナーが貴女を渡すよう迫っても、抱き締めて離そうとしませんでした。…まあつくづく花戸様がいて良かったと思いましたが…ともかく、今は治療に専念を。この子達のためにも』
…少しだけ、タマモも覚えてはいる。洞窟のような場所で看病してくれたり、胸に抱いて眠ってくれたり。先ほども感じた温もりの正体が、傷ついた自分を守ってくれた記憶なのだとしたら…
「……分かったわよ。まだ、情報が足りない……ミカミ、さんが帰ってくるまでは、大人しくしてるわ…」
しっかりと握りこまれた尻尾と、幸せそうな表情で眠る二人…よく見ればそっくりの双子だ…を見て、毒気を抜かれたタマモは目を閉じた。
あっという間に睡魔が襲ってくる。
家に帰れた安堵感と、傷を癒そうとする本能の両方からくるものだろうか。
双子の少女と同じく、寝息を立て始めたタマモに人工幽霊一号も胸を撫で下ろす。胸、ないけれど。
『…花戸様に、毛布をかけてもらいましょうか』
徐々に、そう、徐々にだが事務所内に以前の活気が戻りつつある。
人工幽霊一号は無防備に寝姿を見せるタマモを見て、彼女にとってこの事務所が掛け替えのないものになったのだとしみじみ思う。
後は、シロだけだ。
横島もいないっちゃいないが、まあ横島なので人工幽霊一号も心配はしていない。何より美神が彼の無事を心底から信じているので、彼女の霊波に影響を受ける自分もまた、不安にならずに済んでいる。
このチームの絆は、強い。
美神、横島、おキヌ、シロとタマモに、最近加わった付喪神の兄妹。一時的な仲間となったマリアを含めれば結構な大所帯である。
人間は三人集まれば派閥が生まれ、争いが生まれるというがこの事務所に限っては醜い争いの種は見当たらない。せいぜいが横島絡みの小競り合い、牽制程度のじゃれあいだ。
どんなに離れていても繋がっている。誰かが誰かを信じている限りはこの輪は崩れない。
美神が横島を信じ、タマモがシロを信じているように。
『………その輪に、私も加わっていると良いのですが』
家を守るのも立派な仕事だと、おキヌ辺りなら言うだろうが自由に動けない体を持つ身には若干もどかしい。
仲間を、家族を助けるために自分も横島のように飛び出せたらどんなにいいだろうか。
無機物に憑依するのもいいが、どうせなら彼らと同じ人間の姿で。
『うーん…少し、オーナーの影響を受けすぎて……!?』
破魔札や神通棍を振るう自分の姿を想像し、そういえば私は男女どっちなんだろうと疑問に思いかけたとき、事務所の結界が激しく揺らいだ。
破壊されるほどの打撃ではないが、この衝撃は並ではない。
『今度は何ですか!?』
すぐさま意識を衝撃の源へと飛ばす。
人工幽霊一号は瞬時に結界強度を上げ、襲撃に備える。それくらいしか、自分には出来ない。
だがせめて、与えられた役割だけはこなしたい。
が、そんな決意を胸に打撃の中心を見ると、そこにはついさっきと似たような…しかし更にカオスな光景が待っていた。
「ちょお、何だよこれー!? 結界なんて味な真似…面白すぎね!?」
「さっすが都会の除霊師の家は違うね! こんだけ叩いてもビクともしない!」
そこでは、少年二人が結界に楽しげにパンチとキックの嵐を浴びせていた。意味不明だ。
二人とも金髪で、お揃いのジャージを着ていることから屋根裏部屋で眠る少女の関係者だと一目で分かる。しかも、少女と同じく双子。
結界に弾かれるということは、やはり人間ではない。というか人間の小学生にここまでのパワーは無い。
「これはあれだな!? きっと俺達がこの屋敷に入るに値するかを試してるんだな!?」
「客を選ぶなんて流石は東京砂漠っ! 心が乾いてるっ!」
勝手なことを言う二人は、一旦結界から離れると一人は腰溜めに拳を、一人は片足をムエタイ選手のように胸元へ引きつけ、ニヤリと笑った。
「ならば俺の無双超絶流・改……鳳凰紅蓮太陽爆砕拳で…!」
「僕もソニックブレイク・フルリミットカット・フォトンクラッシャーキックを!」
『うわあ子供だ………』
中二病、という言葉が脳裏を過ぎる人工幽霊一号だが、微妙に症例が違う気がして思案の海に沈みかけ、あわてて正気に戻った。現実逃避も何も、彼の存在や置かれている状況は既に現実離れしている。
しかも、少年二人の構えは不思議なプレッシャーを放っている。およそ冗談にしか見えない格好なのに、放たれる一撃で結界が破壊されるイメージが浮かんでしまう。
「行くぜ! 無双超絶流神髄奥義っ!!」
「光速の世界を垣間見るっ!」
『あ、ちょっとまだ考えが纏まって…』
子供特有のテンションとリズムに置いてかれた人工幽霊一号は、高密度に凝縮していく少年達の霊圧に背筋を凍らせながら、限界値まで結界の強度を上げた。実際にはそこまでしなくても保つとは思うが、彼らの勢いに呑まれてしまっていた。
引き絞られた一撃が…放たれる!
「鳳凰紅蓮・太陽爆砕け「馬鹿者」んぎゃっ!!」
「ソニックブレイク以下略キ「阿呆が」いたあっ!?」
放たれませんでした。
「兄貴ぃぃぃ……その拳、尖がってるんじゃねえの? 刺さるかと思った…」
「弟の脳天に穴開いたらどうしてくれるのさ…」
臨界点に達し、放たれようとした力は…いつの間にか双子の背後に立っていた更なる双子の手によって霧散した。拳骨いっぱつ、効果覿面である。
『ま、また増えたー!?』
人工幽霊一号の混乱も深まる一方だ。都合三組めの双子の登場は、流石に理解を超える。
「全く…一流の除霊師なら己の住居に結界を張るくらいの備えはして当然だろう」
「………反省しろ」
やっぱりジャージ姿の三組目の双子は、少年達より更に年上のようだ。高校生程度に見える。だが、纏っている気配の鋭さは、シロが時折見せる鋭さに匹敵する強さを持っている。
只者ではない。
とはいえ、ようやく話の通じそうなのが来たので、人工幽霊一号は恐る恐る声をかけてみた。
『……結界への攻撃を止めていただき、有難うございます』
「!? 誰だっ!!」
「人の気配なんてしなかったぞ!?」
『あ。驚かせて申し訳ありません。私はこちらの美神除霊事務所の管理を任されております、渋鯖人工幽霊一号と申します。建物に憑依している人工霊魂です』
「え……? もしかして、この家が喋ってるの?」
「うはー……都会すげえ。一流すげえー……」
唖然とした表情でこちらを見上げてくる少年二人と違い、後から現れた青年組は険しい顔つきで睨みつけるように、ますます気配を鋭くしていく。
「人工、と言ったが…誰に作られた? 何のために?」
「お前も犠牲者なのか?」
『へ? いや、お前も、って……貴方達は…?』
「ちょ、兄貴達。今はんなことより妹の方が」
「絶対この中にいるって! 狐も一緒だよ!」
『と、とにかくまずは来訪の理由をお聞かせ下さい。現在美神オーナーは外出していて、不審者を通す訳にはいきません。ですが、タマモさんを連れてきてくれたお二人の女の子が貴方達の言う妹ならば、心当たりがあります』
今、事務所内にはアルバイト中の小鳩と、怪我をして眠るタマモ、それに付き添う少女二人と、見事に非戦闘員しかいない。
万が一にも、危険な目に合わせる訳にはいかなかった。
「…俺達は、母の命で九尾の妖狐を届けにきた。六人の兄妹で」
「途中、妹達と逸れてしまったので追っていた。人込みの中では俺達の霊気は目立つから、追うのは容易だった」
「だけど、途中で霊気が消えた! ここの結界に入ったからだぞ!」
「人間の警官に聞いて、ようやくここを見つけたら結界なんてあったからさ。思わず蹴っ飛ばしちゃったよ」
『思わずって……』
「ここは美神令子の事務所なのだろう? そして妖狐はこの中にいる。母の命は達成した。妹を引き取って帰るぞ」
「というわけだ。渋鯖とやら、妹達を渡してくれ」
……どうしたものだろうか。
タマモを保護した状況や、あの大怪我の理由…聞くべきことは山のようにあるが、そのどれも自分が詳しく聞けるような立場ではない。独自の判断で中へ招くにしても、あの青年組の態度が気になる。
しかし、美神ならここで手がかりを逃す手はない、と言うに違いない。
『………分かりました。しかし現在、妹さんは長旅の疲れで休まれています。如何でしょうか? 皆様もしばらく休憩なされては』
「お! 気が利くなこの家! 兄貴、腹も減ったししばらく厄介になろうよ! きっと面白ギミック満載のお化け屋敷だぜ!?」
「妹達も寝てるんでしょ? いいじゃん」
「………ふう。急ぐ理由もない、か。分かった。渋鯖さん、あんたの提案に乗ることにする。弟達も疲れているようだ」
『有難うございます。では今から結界を解きますので…』
「その前に、ひとつ聞きたい」
青年組の片割れは、攻撃的な視線で人工幽霊一号を射抜く。
「美神という人間…人工霊魂だというあんた…その関係はどんなものだ?」
『私は美神オーナーの霊力供給を受けて、この屋敷を維持しているだけの者です。主人と僕、が最も分かり易いでしょうか』
素直に答えると、元々剣呑だった青年の気配が、更に刺々しさを増した。一体何だというのだろうか。全く心当たりのないプレッシャーに、人工幽霊一号も判断に困るばかりである。
「人工生命を僕とする、か…ではもう一つ。あの妖狐も、美神令子の僕なのか?」
『いえ、タマモさんは保護監視下にある妖怪…ひらたく言えば同居人です。決して奴隷や僕の類では…まあ力関係が歴然としている以上、オーナーの命令には服従せざるをえないようですが…』
「………では、あの傷と美神令子は無関係なのだな?」
一瞬、何のことだか分からなかった。あの傷、と聞かれても…タマモの怪我のことなら看病していたらしい彼らの方が詳しいだろうに。
答えあぐねていると、青年は言葉を続けた。
「妖狐のあの傷…致命傷に近い深さだった。妹が保護し、治療しなければ危うかったろう」
『え、ええ…霊波刀によるダメージは、妖怪には致命的だと…』
それも人狼族の霊波刀だ。その切れ味、推して知るべしである。
が、青年は眉を顰めて続けた。
「何を言っている。あれは霊波刀の傷などではない」
『………は?』
呆けたように聞き返す人工幽霊一号に、青年は確信を持って答える。
「何故そんな話になる。あの妖狐の傷口は刀で斬られた類のものではない。あれは…」
混乱し、押し黙る人工幽霊一号の前で、青年は更に言い切った。
「火傷だ。あの狐は、自身の狐火で己を焼いたのだ」
つづく
後書き
竜の庵です。
短編を挟んだにしても間が空きすぎました。しかも話が進まず。
ずーーーっと前に伏線は張っておいた真実の一端を、ようやくお披露目です。薄々感づかれておられた方も、いらっしゃるのではないでしょうか。
ともあれ、ようやくタマモ合流まで漕ぎ付けました。一気呵成に物語を畳み込んでいきたいところです。更新頻度も!
ではレス返しをば。
内海一弘様
今作のカオスは単なるボケ老人を超越した存在です。そんな威厳に打たれたマリアが彼を父と呼ぶのは、自然ではないでしょうか。くすぐったいけど。
そうですね…伝馬の結末は既に構想済みですのでもう覆ることはないと思いますが…碌なもんじゃないでしょう、とだけ。爺さん対決の軍配、どうなることか…お楽しみに。
February様
テレサ復活をどんな形で行うか、まだ熟考中だったりします。魔填楼編に出番があるかどうかも、今後の展開次第ということで。マリアが大幅にパワーアップしそうだからなあ…影が薄いのですよ、彼女。
いくら伝馬がジジイとはいっても、相手は自分の十倍以上生きてる超・ジジイですからねー。年季の差は言わずもがなですな。
シロの誇りに関わる事実が今回明らかになりましたが、さて。魔装した姿を見たタマモがどんな思いを抱くのか…会わせてみないことには、分かりませんね。
以上レス返しでした。どうも有難うございました。
次回、魔填楼の目的と舞台が分かったり分からなかったり横島が現れたり現れなかったりします。
そしてとうとう! 双子三組の正体が明らかに!!
…あれ。盛り上がらないなどうしてだろう。
ではこの辺で。最後までお読み頂き有難うございました!