インデックスに戻る(フレーム有り無し

▽レス始▼レス末

「スランプ・オーバーズ!30 (GS+オリジナル)」

竜の庵 (2007-10-09 20:51)
BACK< >NEXT


 黒雲と雷鳴。

 鳥と思しき生物の禍々しい鳴き声。

 沼の水は極彩色に沸き立ち、立ち昇る瘴気は草木を歪に育んでいく。


 人間界とも魔界とも違う、狭間の世界…正しく異界と呼ぶに相応しい景色の中に、ドクター・カオスの居城は存在した。


 「……分かっておる。来週にはそっちに戻るから、そー怒鳴るでない」


 城の主、黒衣の魔王ドクター・カオスは、古めかしい骨董品じみた形の電話を前に、苦々しい表情で受話器を弄んでいた。


 「だーかーら! 来週には給料が入るんじゃよ!? マリアの改修代やら電気代やら水道代やら払ってもたーんと残るだけの額が!! 当然家賃だって払えるっちゅう寸法よ!! 何故にそれを理解せん!?」


 だんだんと地団太踏み踏み、齢千歳を越える大錬金術師は…未払い家賃についての折衝を続けていた。
 恐ろしく雰囲気とミスマッチしたその通話内容に、傍らの宿り木に止まっていた猛禽姿のアーサーも言葉が見つからない。


 「なぬ!? 町内会費?! ゴミステーションのカラス避けを作ってやった件でチャラじゃないのかあれは!? む、確かに小型の動体に反応して無差別銃撃するあのシステムには改良の余地があったかも知れぬが…そーいうメンテ面も含めての取引じゃったろうが!?」


 「………マスターが町の発明家レベルに………」


 「まあいい。じゃから、来週には全て丸っと何もかも納めてやるから安心して待っておれ! なんなら来月…再来月分まで先払いしたって構わんぞ!? ふ、ふはははははは!!」


 少々強気に言い過ぎたためか、冷や汗をこめかみ付近に浮かべながらカオスは受話器を乱暴に置いた。
 暫くの間電話が鳴らないのを確かめてから、カオスは鼻をフンと鳴らすと大股に廊下を奥へと進む。高い天井付近を、音もなくアーサーも滑空していった。


 「マスターは変わりましたね…」


 「…混沌が不変でどうする」


 アーサーの生暖かい台詞に、カオスは無理矢理威厳を漂わせた返事をし、場を取り繕う。繕えてないが。

 数度の転移を繰り返し辿り着いたのは、乱雑に器具や機械、作りかけの何かや何かの何か…さっぱり用途の見えない道具類が転がる薄暗い一室だった。
 得体の知れない骨格標本に蹴躓きつつ、カオスはその最奥へと脚を運ぶ。
 これだけ物で溢れていると相応に埃臭いものなのだろうが、この部屋に限っては空気は清浄そのものだ。アーサーが管理人としての役割を果たしているのもあるし、最たる理由としてここには。


 「よし、アーサー。マリアに火を入れるぞ」


 「畏まりました・マスター」


 カオスが愛娘、マリアが眠るベッドが鎮座しているのだから。


              スランプ・オーバーズ! 30

                    「異化」


 アーサーとの兄妹喧嘩で破損したマリアは、本来なら修理作業だけで直ぐにでも美神除霊事務所へと帰る予定だった。
 が、現代では入手不能なレアメタルやすっっっかり忘れていた過去の研究成果の詰まったこの城が、単なる修理で終わらせることを拒んだ。カオスはWGCAのカオスラボへしばらくはこちらに留まる旨を一方的に伝えると、マリアの…もう何度目か判らないが…とにかくバージョンアップに心血を注ぎ始めた。

 「ところでアーサーよ。その姿では手伝い難いんじゃないかの? 人型のボディも保存してあるだろうに」

 「ご心配には及びません。残る作業内容・手順は把握しております。この姿で十分に・賄える事と」

 「…頑固じゃのう、お主は。誰に似たのやら」

 頑なに人の姿を拒むアーサーに、カオスは苦笑を浮かべながら手元のコンソールを操作していく。マリアの改修自体は終了しているので、アーサーがすべき事は確かに軽作業しか残っていない。
 …それでも鳥の姿で行うのは些か無理がないかと思うが、彼が出来る、と断言している以上は、これ以上口を出す問題でもない。

 「では、ぽちっとな」

 マリアの眠るカプセル状のベッド付近だけは空間を広く空けてあった。無理矢理スペースを作ったためか、壁際に周囲より一際堆く荷物が積まれている。
 ベッドからはパイプやケーブルがカオスの操るコンソールへ繋がっており、口調とは裏腹に真剣な表情で投入されたスイッチを皮切りに、父の手元から娘の寝所へと火花と閃光が迸る。
 陶器のような質感のカプセルが、一瞬大きく揺れた。丁度マリアの顔が拝める窓部分が激しく明滅し、内部でエネルギーの奔流が暴れているのが窺えた。

 「エネルギーゲージ・正常に上昇中。間もなく覚醒値に」

 「順調じゃな。ま、何度となくマリアのメンテはやっとるからのう。これほどの大改修は久しぶりじゃが」

 前にもやってるんですか、とアーサーは小さく呟いた。
 確かにマリアのボディは最初に出会った時とは、まるで異なる素材が使われていた。まじまじと分析したわけではないが、フレーム剛性やパーツ精度一つとっても大幅に向上していると判断出来る。

 (………)

 …それはまるで、人の細胞が六年程度の周期で全て入れ替わっていくようだとアーサーは思う。

 マリアもまた変化…否、成長していたのだろうか。

 マスターが最終的にマリアをどんな存在にしたいのか。

 人に近づけたいのか。

 人を超えたいのか。

 (……人非ざる身には・過ぎた疑問だったな…)

 アーサーは軽く翼を広げると、我が身を確かめるように嘴で銀色の羽根を一枚抜き取って、足元へ落とした。

 「ゲージ・覚醒値に至ります」

 「ふはははははははは目覚めよマリア! 束の間の眠りより暁の鶏声を受け、現世へと回帰するがいい! うははははははははっはっは!!」

 「………」

 この手の瞬間にテンションの上がるタイプだったカオスは、両手を天へ向けて哄笑を続けていた。変わり果てたとまでは言わないが、色々と愉快な性格になってしまったカオスに、アーサーは混沌の奥深さに身震いする。皮肉的な意味で。
 この時ばかりは、耳を塞ぐ両手が欲しくなったアーサーである。

 「うえっふえっふえっふえっふ!? ア、アーサー、水を持て水ぅぅぅーーっ!?」

 「………そういえば・マスター」

 「げふげふげふ…ん、なんじゃ」

 カオスの命令に台所へと爪先を返そうとしたアーサーは、ふと視線をある一点に据えて、問い質すような冷徹な声を出した。

 「『それ』は・どうするおつもりなのですか?」

 「あん…? おお、『これ』か。流石にもう予算が無いからな…以前、戯れに作った素体に乗せて、当座は我慢させるしかないわな。ソフト面のデバッグは済んでおるし、そうそう危険もないじゃろう」

 「…私は反対です・マスター。早々に破棄すべきだと考えます」

 アーサーの台詞はどこまでも冷淡だった。敵意と呼んでもおかしくないほどに。

 「ワシはそうは思わんがなあ…WGCAっちゅう大きなスポンサーがついた今で無くては、こいつに日の目を見せてやれんし。またとない機会だろうに」

 カオスは一旦コンソールから離れると、アーサーの視線の先にあった『それ』…一枚のメモリーチップをガラスケースの中から取り出す。
 チップを見るカオスの表情は研究者としての顔ともう一つ、反抗期の子供を見守るような…父親の顔をしているようにアーサーには見えた。決して自分には見せない顔だ、と。

 「それにな、アーサー。ワシは興味がある。ある意味、『これ』はマリア以上に進化する可能性を秘めたものじゃよ」

 が、カオスは口の端をにたりと上げると、徐々に研究者としての色を濃く、強くしていく。手に持った小さなチップの持つ大いなる可能性に触れ、堪え切れない愉悦の表情を浮かべる。

 「『これ』には二人の父が存在する。一人はワシ、そしてもう一人は…」

 「…アシュタロス…」

 魔王と、魔神。

 「その通り。生まれ・滅び・転じ・また滅び…そうしてしかし、神…いや魔神の悪戯か、再びワシの許へと戻ってきた。『これ』は輪廻転生にも似た魂の旅を経てきたのだ。くく……どうだアーサー? これが心躍らずにいられようか!?」

 混沌の魔王が、アーサーを射竦める。

 「ワシは知りたい! 今のこれ… 『テレサ』が何を感じ、思い、考えているのかを!! そしてこれから何を為すのかを!」

 力に満ちた声音にマリアの寝所が震えたような気がした。閃光を発し続けるカプセルが魔王の影をアーサーの上へと長く落とし、無機質な彼をして、暗い混沌に呑み込まれるような錯覚を覚えさせる。
 アーサーは石の床を我知らず、自身の鉤爪で強く引っかいていた。

 「……マ…マスター……」

 「アーサーよ。お主の懸念も分かる。造物主が最も忌避すべきは創造物の反乱よ。狭量で短気なある神は、被造物たる人間が少しばかり知恵をつけただけで大罪と断じ住処から放逐した。なんと余裕の無い話か。その点、ワシは違うぞ?」

 聞く人が聞けば、乱暴すぎる解釈に眉を顰めるであろうカオスの言葉だったが、この男が言うと不思議に違和感が無い。
 これ大丈夫なのかと思うほどに光り続けるカプセルを背に、カオスは胸を張って続けた。

 「被造物の反乱なんぞこの千年で幾度となく経験しとるしな! 余裕ありまくりじゃ! うははははは!!」

 胸を張ることでは無かった。
 アーサーはため息をつくと、カオスの影の中から普通に出て後ろを見やった。

 「…機体名テレサについて・私の意見は変わりません。それより・マリアをそろそろ起こしたほうが良いかと。オーバーロードの可能性が」

 「む…せっかく興が乗ってきたというのに…まあいい」

 カオスはコンソールに向き直るとさっき入れたスイッチを切った。途端に閃光が収まり、周囲の石壁が全てを吸収したかのような静寂に包まれた。

 「ま、演出過多は美しくないしな。電気代もかかるし」

 「演出?」

 「おう。ほれ、映画のフランケンだって落雷によって起動しておったろう。人造人間覚醒には付き物じゃよ。様式美じゃな」

 あっさり言い放つと、カオスはカプセルに歩み寄り蓋をぱかんと開く。

 「おーいマリア、起きんか」

 カプセルの内側は、サテン地のクッションのようなもので豪奢に装飾され、その中で眠るマリアはおとぎ話の姫のようですらある。
 王子の口づけ代わりにむさいじじいのダミ声なのが、冴えない話だが。


 「……………プログラム・正常動作・確認。システムチェック…各部・異常無し。オールシステム・コンプリート。お早う・ございます。ドクター・カオス……アーサー・兄さん」


 見た目には以前と変わらぬ風貌のマリアは、カオスに頬を軽く叩かれて目を覚ました。
 カプセルの縁に手を掛けて上体を起こし、カオスとアーサーの姿を確認してゆっくりと、発音を確かめるように挨拶を行う。

 「…あの閃光もエネルギーゲージも・フェイクでしたか……マスター…」

 「? アーサー・兄さん。どうしました・か?」

 「あー気にするな。それよりもどうじゃ、体の調子は」

 がっくりと首を垂れたアーサーの姿に、カプセルから出たマリアは小首を傾げて問いかける。聞いたところで返事が期待出来そうでもなかったが。

 「特に・異常は・見当たりません。極めて良好・です」

 「うんうん、そうじゃろうて。今回のお前のボディは特別製だ。これはアーサーには秘密じゃったが、奴のELボディ一体をバラして組み込んだしな」

 「マスターーーーーッ!? 何してくれてやがりますか・人の体に!?」

 「ぬおわあっ!? 思わずバラしてしもうたっ! 解体だけに!」

 「………? ドクター・カオス。兄さんの・一部が・マリアに?」

 「正確には、機能の一部を移植したに過ぎん。もともと、ハード的には今のマリアの方が優れておるからな。デチューンなんぞしても意味は無い」

 「勝手な言い様・ですね……」

 アーサーが完成させた四体のボディ。EL…エレメンタル・ロードと呼ばれる四精の王をモチーフにしたそれは、設計当時あまりのハイエンドっぷりに資金繰りが追いつかず、建造を断念していたいわくつきの機体だ。
 アーサーはカオスチルドレン量産の傍らで、カオス設計の一つの到達点でもあった四体の機体を、長い年月をかけて組み上げた。
 幾ら末妹のためとはいえ、あっさりばらんとそれを分解されパーツ取りされたとなると、冷静な彼であっても一言言わずにはいられなかった。

 「ベヒモスは・現代最高峰のGS美神令子や・六道冥子の攻撃をものともしませんでした。マリアの全力にも。それでも・マスターは…ELを過去の遺物と断じますか」

 「設計思想が古臭いし少々…なんじゃ、四大精霊の名を冠するのはやりすぎじゃないかなーなんてな…昔の発明はネーミングが若すぎて恥ずかしい」

 「そんな理由ですか!?」

 「でも・マリア・嬉しい。いつも・ここに…兄さんが」

 父と兄の異色漫才を見ながら、マリアは胸に手を当てて呟く。付喪神の少女が温かいと言った何かを、その手のひらに感じながら。ほんの少しだけ分かりかけてきた、家族というものの温かさを感じながら。

 「兄さんの・経年劣化した・パーツ・ごりごりっとした・その感触を感じられるのが」

 「ああもう何だこの親子語彙まで似てきた…」

 淡く浮かべた慈愛に満ちた微笑み。マリアに他意も悪意もあるわけがないが、端々に感じるカオスっぽさは血の繋がりくらいならありそうな気がしてくる。
 似なくて良かったと心底から思うアーサーだ。

 「…アカシックレコードとの・リンクは…」

 「あー、切ってしもうたわ。あれはワシが言うのもなんじゃが、少々データ的に重過ぎるでな。未整理のままマリアと繋げておくと変なウィルスに感染しかねん」

 「私とのリンクも・外した。もうお前は……私の監視が必要な・子供ではあるまい」

 「……」

 繋がり、というものの温もりを知ったマリアには少々寂しい話に聞こえた。が、それはマリアという娘、妹を認めているがゆえのことだ。
 体内に感じる未知なるシステム。搭載と同時にダウンロードされたらしい操作マニュアルを確認すると、その凄まじさというかカオスらしさにマリアは背筋に寒気を覚える。
 イフリート・システム。
 火精の王の名に恥じない、古き力。同時に新しき力。

 「…ドクター・カオス。お願いが・あります」

 「分かっておる。美神のところに戻りたいのであろう?」

 「!」

 はっとして見上げてくるマリアの頭を撫で、カオスは指を鳴らす。城内ではもう珍しくもない空間のゆがみがマリアのすぐ脇で口を開き、外の風景を映し出した。しかもそこは、異界の空の下ではない。直接人間界…マリアや美神達が通ってきた廃工場のゲートへと繋がっていた。

 「プロジェクト・オーバーズ…あの計画の完遂にお前は必須じゃ。だが、無理強いでは全く意味が無い。お前やアーサーは既に一つの生命…ワシが命じた通りに動くロボットではないでな、まずは思うように生きろ。為したいことを為せ。そうした後、もしも我が計画に協力する気があるのなら…そのときは父を手伝ってほしい」

 いつになく殊勝な態度のカオスに、マリアは衝動的に動いていた。

 「お?」

 ぽふ、と父の胸へ身を任せ、ほんの一時、目を閉じてその鼓動を人工魂に刻み込む。
 付喪神の少女チリが己に感じたという暖かさを、カオスにも感じるために。己の温もりを、感じてもらうために。

 「……行ってきます・ドク……ファーザー・カオス」

 離れ際にそっと告げた一言は、今だからこその言葉だ。もう二度と言わないかも知れないからこそ、マリアの言葉はカオスの心に染み渡った。
 ぞわぞわっと背筋を駆け上がった感動に返す言葉もない内に、マリアはそそくさとゲートを潜って外へ出て、爆音と共にジェット噴射で飛び去っていった。
 その様子はまるで、恥じらいを誤魔化すかのようで。
 カオスは苦笑と共に頬を掻くと、ゲートを閉じて無言でいたアーサーへ向き直る。

 「…なんじゃ、その目は」

 「…別に」

 「………」

 「………………親馬鹿」

 「ふはははははははさあさあ次の作業へ取り掛かるぞ!!」

 こちらも照れ隠しに黒衣を翻す、混沌の魔王である。

 「しかしよろしいのですか? マリアがもし・マスターの計画に賛同しなかったら…」

 「構わんさ。ほれ…保険も、あるしの」

 アーサーの問いに、カオスは懐からテレサのメモリーチップを取り出して笑う。いつもと変わらぬ、ふてぶてしい獰猛な野心家の笑み。
 カオスが心中で二人の姉妹をどう思っているのか、その表情だけからは察することが出来ない。

 時に父に。

 時に魔王に。

 混沌は目まぐるしく姿を変えて現出する。

 「万が一の場合、基幹にはテレサを用いる。異存はあるまいな?」

 「………マスターは…いえ・何でもありません」

 アーサーは全く意味の無いことが判明した、目の前の機械群のスイッチを嘴で切り、首を振る。
 己の宿願のために子供達を道具と化すことに躊躇いも見せず、それでいて先ほどのような情をかけるのも厭わないカオス。
 カオスチルドレンの長兄として、ある程度は真意を知っておきたいが。
 この城に眠る全ての秘宝を用いたとしても、そんなことは不可能なのでは、と思わざるを得ない。
 混沌の中心に一体どんな思惑が潜んでいるのか、マリアと同じ一つの生命だと言われたアーサーであっても、推し量れはしなかった。

 「それより・WGCAより依頼のあった件は・如何致しますか?」

 もう何度、カオスへの憶測をこうして誤魔化したか分からない。汲んでも汲んでもとめどなく溢れてくる疑問を、アーサーは混沌の闇に押し込めていく。

 「魔填楼事件への協力か。そうだな…」

 カオスはアーサーの複雑な思いに気付いているのか、不自然に変えられた話題にも動じず、つい先日頼まれたばかりの新たな仕事について考えを巡らせた。

 「もし、伝馬某とやらの技術に…見るべきものが僅かにでもあるのなら」

 口の端を片方だけ吊り上げる、カオスお得意の皮肉な笑み。


 「多少は遊んでやるのもいいかもな」


 絶対的な自信から生まれた言葉のどこにも、微塵の嘘やはったりは無かった。


 「――――――――――――――っ!?」


 全身をとてつもない悪寒が駆け巡ったような気がして、伝馬業天は車椅子を背後へ巡らせた。
 だが、目に映るのは、船舶に積むサイズの大きなコンテナ群しかない。表面に書かれた異国の言葉と数字の羅列から、ここが様々な国の貨物が行き交う港湾か空港施設の一画だと分かる。

 「………いやはや。年はとりたくないですな」

 「どうした?」

 魔填楼は店舗を持たないアイテムショップだが、大口の取引に際しては伝馬が世界中に確保してある隠し倉庫や、名ばかりの企業名で借りているビルの一室を、仮店舗のように設えて応対に当たることがある。
 もちろんその日、その夜、その客だけの特別な場だ。

 「いえいえ。さて、商売商売、と」

 「ふん……」

 伝馬の前に居並ぶ、黒いスーツにサングラス姿の男達の人数は二十を越え、一歩前に立つ代表格らしい初老の男性の声には、伝馬に対する不信感と警戒心しか漂ってこない。

 「ようこそ魔填楼へ。今宵お客様の目に留まりましたは、光栄の極みでございます。どうぞごゆっくりお選び下さい。きっと皆様のお役に…そう、懐の鉄砲や小さな刀よりもお役に立つアイテムが、あるはずです」

 「てめえ…」

 「やめろ…翁さん、あんたもうちの若い衆をからかうんじゃねえ」

 伝馬の挑発的な物言いに、スーツの一人が歩み出ようとしたのを、代表の男が止める。サングラスの奥から伝馬を見据える眼光が、相応の修羅場を潜ったものにしか発せられない圧力に満ちていて、明らかに堅気ではなかった。当然、周囲の黒スーツもだ。

 「玩具は玩具。チャンバラや鉄砲ごっこがしたいわけではないでしょう? 当店の品物ならば…極悪会・地獄組のみならず、関東関西全ての縄張りをお客様の手にすることが可能となります」

 車椅子の伝馬は人を見上げることがほとんどだ。
 けれど、見られた方がその視線に優越感を覚えることはほとんどない。
 まるで這いずる蛇に狙われているような。毒の牙に晒されているような不快感に見舞われるばかりだ。
 代表の男は、その視線に耐え切れなくなって軽口を叩く伝馬から目を逸らした。どんな強面の同業者と相対しても退かない自信があったのに。

 「詮索はいらねえ。爺さん、俺達は客だ。物売りは黙って売り子やってりゃいいんだよ」

 「承知しております。ただ、みだりに商品に手を触れませんようお願いしますよ? ご禁制の品々でございますれば、命取りになる場合も少なくありません。うちで責任は取りかねますよ」

 「…! あ、ああ…」

 代表の男が周囲の黒スーツに目配せすると、多少腰が引けた様子の彼らは、周りに陳列された商品の側へとそれぞれ散らばっていった。
 伝馬は人好きのしそうな笑みを浮かべ、商品の説明を乞われるままに行っていく。


 …小一時間後、男達の選んだ品物が伝馬の前に並べられた。護符が何重にも巻かれた日本刀や、小さな壷。何も映さない鏡や髑髏の意匠が施された鉄杖。

 「どれも実戦的、即ち即効性のある商品ばかりですな。なるほど、追い詰められておりますなあ」

 「うるせえ。うちみたいな小さい組にはな…それなりの台所事情ってのがあるのよ。爺さん、あんたも裏の住人なら察してほしいもんだがな」

 「く……くっくっく…裏、裏ですか。なんて陳腐な言い回しでしょうなあ、そしてよおくお似合いでもある。朝の光が落とす影と夜の闇の違いも知らない…」

 「………」

 相も変らぬ人を食った台詞に、代表の男は黙り込んだままだった。周囲の男達も薄っすらと口許を緩ませて伝馬の言に聞き耳を立てている。

 「さあて、魔填楼での取引は現金以外一切を受け付けません。一括のみです。そちらさんもなけなしの資金をお持ち頂いたのでしょうから、それなりに勉強はさせて頂きますよ」

 車椅子の背に括り付けてあった鞄から、使い込んだ感のある算盤を抜き出すと、伝馬は慣れた手つきで数字を弾き出した。

 「はい、八点で二億といったところですな。端数はオマケしときましょう」

 「んなああっ!? 二億だと!?」

 オカルトグッズの相場を知らない彼らにとって、一見古道具にしか見えない伝馬の商品に二億の価値は見出せない。少しでも伝馬側…オカルト業界側の知識があれば、法外とはいえ異常とは受け取らなかっただろう。
 色めきたつ男達に、伝馬は不思議そうな顔を向ける。

 「何をそんなに驚いていらっしゃるのです? たった二億ですよ? 上質な精霊石なら一つしか買えません。破格と言っても過言はありませんってのに」

 「ああ、そうだな。こいつらと違って、俺は知ってるぜ? 地獄組の奴らが雇ったGSの女は、平気で億単位の請求してくるらしいからな。それだけ得物に金かけてるんだろうさ」

 代表の落ち着いた声音に、周囲も大人しくなる。

 「道具に金かけんのは、プロとして当然だ。なあ?」

 不自然に、代表の男の声が明るくなった。伝馬は僅かに微笑みの質を変えただけで、睨め上げる視線は同じままだ。

 「金・金・金! いつだってそうだ。俺達も金さえあれば、こんな悪趣味なもんに頼る必要はなかった。抗争とビジネスの違いはかかる金額の差に過ぎねえ」

 代表と黒スーツを取り巻く空気が、変わった。彼らにとって馴染み深い空気に。

 「さもありなん。抗争とは最も単純なビジネスだ。力と力のやり取りに終始する、シンプルでその分合理的な、な」

 伝馬は算盤を鞄にゆっくりと仕舞い直すと、そのまま両手を膝の上に揃えて置き、首を振った。
 とん、と一度だけ膝を指先で叩く。

 「…お客様は、そちらのビジネスで地獄組にも極悪会にも負けた。弱小組は潰されるか吸収されるか、ともあれ看板は無くなる…いやはや、そうなると末路は悲惨ですな」

 「その通り。そうなると、もう俺達に未来はねえ。一生チンピラで終わるか、そこらでのたれ死ぬかどちらかだ」

 一斉に、黒スーツの男達が動いた。伝馬を取り囲むようにして二十人が輪を作り、懐から小さな黒い拳銃を取り出して…照準全てを伝馬の頭部に向ける。
 殺意に満ちた二十の銃口。伝馬はまた一度だけ、とん、と膝を叩いた。

 「爺さんよ。あんたにだって覚悟があるんだろう? こんな商売してんだ、こういう日が来る可能性は常にある。あんたがどうして護衛の一人も付けずに俺達との取引に応じたか知らねえが、悪く思うなや」

 「ブツは全部、俺達で有効に使ってやるよ!」

 「もう十分稼いだだろ! あの世でせいぜい派手に使いな!」

 絶対的優勢に立ったと判断したのか、黒スーツの男達からも小物めいた罵声が伝馬へと飛んでくる。今まで道具屋の異様な雰囲気に圧されていた分、口汚い。

 「平和的に解決…とはいきませんかねえ。もう少しだけなら、値引きにも応じる余裕がございますよ?」

 「ほう? てめえの命と釣り合うだけの価値だ。良く考えてから額を言えよ?」

 代表だけは拳銃ではなく、懐から煙草を取り出して吸っていた。余裕を演出するにはもってこいのものではある。今まではその余裕も無かった。
 伝馬は立ち昇る紫煙に目と口を細めながら…右手の人差し指を一本、肩の高さに立てた。


 「一円」


 伝馬の放った言葉の意味に、代表が噴き出す。それに呼応されて、周囲から爆笑が巻き起こった。

 「おま、お前…そこまで命が惜しいかよ!? ぶはあっはははははは!!」

 「てめえの命は一円で買えるのか!! うははははははは!!」

 「おいおいおい…流石にそりゃあ、ちょっと引くぜ。爺さん」

 代表は肩を竦めると、侮蔑に満ちた表情で哀れな道具屋を見下ろす。

 「そうだな、ここにある全部のモン一円で譲るってんなら…「一円だけ」……あん?」

 愉快そうに続ける代表の声を遮って、伝馬はもう一言だけ言い捨てた。

 黒い、黒い笑みを浮かべて。


 「一円だけ値引きしてやると言ったんだよ、クズヤクザ共」


 底冷えする空気に、暴力的な響きが重なった。撃鉄が起きる複数の音だ。


 「……殺せ」


 代表の硬質な命令に黒スーツの男達が一斉に引き金を引くのよりも、伝馬の立てた人差し指が三度、膝を打つほうが速かった。


 銀色の風が伝馬と銃口の間を薙ぎ払った。


 次の瞬間には斜めに断ち切られた二十の鉄くれが、男達の足元に落ちて転がる。


 「な…あ!?」


 動揺する暇もあればこそ。更に次の瞬間には、男達は再び巻き起こった旋風に吹き飛ばされ、盛大に周りのコンテナへと叩きつけられた。
 後に残ったのは、真っ二つになった拳銃の残骸と、一人だけ取り残された代表の男のみ。

 「な・だ・だあああああ!?」

 「お客様でなくなった以上、お前達はただのクズだ。クズは焼却炉で燃やされるのが決まりでしょう」


 風が止んだあと、そこには一人の異形が立っていた。

 全身を包む純白の装束。

 無表情を描いた仮面に一房だけかかる燃え上がるような真紅の前髪。

 背中には膝裏まで届く、銀色に近い総白の長髪。

 歌舞伎役者の舞台衣装のような姿の右手には、長く伸びた霊波刀の輝きが宿っている。


 「こ、この…化け物があ…っ!!」 

 絶対的有利の状態から蹴落とされた代表は、それでも一つの任侠組織を束ねる者の矜持を振り絞り、震える手で愛用の拳銃を取り出して白い化物に構えた。

 標的の長い髪が揺らめき、慌てて発射した弾丸がその先端に掠ったかどうか――――

 霊波刀の峰で鳩尾を痛打され、気絶した代表には分かる筈も無かった。

 「やはり飛び込みの仕事は宜しくないですな。色気を出さず、当初の計画のみに集中しましょうかね」

 白い顎髭をさすりながら、伝馬は倒れた代表を見て呟く。

 「というか、今夜は客が悪すぎです…活動を自重しなくては。ああ、こいつらの始末は任せましたよ。後腐れの無い方法で片付けておいて下さい」

 霊波刀を消した仮面の者は、足元の代表をしばらく見やった後、徐に担ぎ上げて臨時店舗…今日はとある港の貸し倉庫だ…の出口へと歩いていった。

 「しかしまあ、何ですかあの姿は…」

 仮面の後姿を見送りながら、伝馬は眉を顰めた。汚物でも見たかのような、醜悪なものを眺める視線で。

 「名は体を現す…まだ未練がありましたかね、元の名に。友を斬り、人を斬り、誇りを捨て、一個の飼い犬に成り下がった哀れな少女は」

 くつくつくつ、と喉を鳴らして笑う伝馬。作務衣の袖から銀色の筒を取り出して、再び笑い声を上げる。

 「これは売れますよ。人間だけではなく、妖怪にも売れる。対価はまあ、お金ではなくなるかも知れませんが…生体サンプルに困らなくなるのは有難い話ですし」

 銀の筒を弄んでいると、仮面の者が戻ってきた。伝馬は愉快な気分のまま、己が忠実なる使い魔へ質問を投げかける。

 「どうですか、『魔装薬』の味は? 汚れた魂にはよく馴染むでしょう?」

 仮面の内側からは当然、感情を読み取ることは出来ない。黙々と黒スーツの体を外へと運び出す仮面の者に、伝馬は尚も声を掛けた。

 「人狼にも効果があると分かったとはいえ、まだサンプルが貴女一人では心許ないですなあ…里の人狼達にも協力してもらいましょうか?」

 「………貴重な薬なのだろう。無駄に使う必要はない」

 「あっはっは。貴女は知りませんでしたね、この薬の出所を。これは元々…」

 「興味無い。拙者は拙者の仕事をこなすのみ」

 「おや、甲斐のない。まあいいでしょう。ではさっさと責務をこなして下さいな…………シロさん」

 「………その名は捨てた」

 仮面の者…犬塚シロだった人狼族の少女は、低い声で言った。


 「今の拙者は一匹の――――――――――――――――――――――名も無き『魔犬』也」


 銀髪を翻して、魔犬はまた一人の黒スーツの許へと向かった。

 「はん…気取るな、妖怪風情が。だが、あたしは理解しましたよ? 貴女の魔装、その姿の理由を」

 伝馬は純白の魔装術に身を包んだ少女の背中を見ながら、細い眼を弓なりに細めて引き攣るように笑う。笑う。笑う。


 「貴女の白は、死装束だ。死に場所を求めて彷徨う、哀れな侍ですよ…!」


 毒を撒き散らす伝馬の笑い声に、魔犬はしかし、全く反応を見せないのだった。


 つづく


 後書き
 竜の庵です。
 外堀を埋めるのもいい加減にしたいものです。しかし主要キャラの動向は概ね掴めてきたし、今シリーズの主役である獣っ娘コンビの扱いも固まりました。もうしばらくお付き合い下さい。悪いようにはしません…から。うん。はい。
 テレサの顛末についても、いずれ本文中にて。

 ではレス返しをば。


 スケベビッチ・オンナスキー様
 おおうスケ様再臨か。ありがたやー。
 梓の努力次第ではピアニカでもいける…! いやどうだそれは絵的にというか音的に。当面、健二には足腰の鍛錬と最低限の霊能力修行に明け暮れてもらいましょう。破魔札くらい使えないと、本当に足手まといになりそうですから。梓の。
 美神は色々と考えるところがあって、若干ですが素直めに描いています。面子が集まってくれば、いつもの調子に戻ってわいわいやれるのですが、今の事務所の実情を考えれば無理はないかと。悶々とパワーが溜まってる状態。
 美神一家と書くと出入りでもしそうですねえ…伝馬は黒く黒く。もう少し、黒くなるかな?


 February様
 頑なにとぼけますが、ガルーダってまだ言ってない! まだ言ってない!(やけくそ気味
 早川悟は今回のみでお役御免であります。レギュラーにも準レギュラーにもなりませんのであしからず。もう、増やせません…
 美神事務所のカオスっぷりは、外から見たら際立つのでしょうね。建物喋るわ妖精の巣はあるわ…ですが、美神の人柄を知ったら納得しそうですね。あー、美神令子のアジトだもんなー、なんて。
 アップライト一台でも相当なもんですからな。普通は持てませんが普通じゃないし。ライエルも普通じゃないのでOKなのです(何が
 獄門って普通に牢屋に入れることだと思ってた! だから心優しい小鳩は磔なんて痛そうなことをするくらいなら一生幽閉くらいで許してあげて下さいと言ったのに…! うーむ…恐ろしい事を口走らせてしまいました。猛省。あれ? どっちもどっちだ。


 内海一弘様
 またしばらく出番はありません、あの二人は。神父ですら前連載の第一話にちょこっと出た以来ですから。
 横島と健二の相似は、回を重ねるごとに健二が横島に近づいている印象。キャラが定まっていないとも言うのでしょうか…
 人工幽霊一号の自我は、家主に影響を受けると考えています。言ってみればオーナーの霊波で育つ魂みたいなものでしょうし。どんどんフランクに砕けていく…!
 伝馬の暗躍が本格化、顕在化してくるのはこれから。大きな舞台が待っています。お楽しみに。


 以上レス返しでした。皆様有難うございました。


 さて次回。
 超久々にあの所長が出る予定です。未定ですが。
 31の前に秋短編を何とかしないとな、とも思っておりますので遅れるかもです。短編はさくっと書ける場合が多いので一概に言えませんが。


 ではこの辺で。最後までお読み頂き有難うございました!

BACK< >NEXT

△記事頭

▲記事頭


名 前
メール
レ ス
※3KBまで
感想を記入される際には、この注意事項をよく読んでから記入して下さい
疑似タグが使えます、詳しくはこちらの一覧へ
画像投稿する(チェックを入れて送信を押すと画像投稿用のフォーム付きで記事が呼び出されます、投稿にはなりませんので注意)
文字色が選べます   パスワード必須!
     
  cookieを許可(名前、メール、パスワード:30日有効)

記事機能メニュー

記事の修正・削除および続編の投稿ができます
対象記事番号(記事番号0で親記事対象になります、続編投稿の場合不要)
 パスワード
    

G|Cg|C@Amazon Yahoo yV

z[y[W yVoC[UNLIMIT1~] COiq COsI