「GS資格取得……か」
会場の一角。既に二回戦を勝ち上がり、GS資格を取得した鬼道は、スポーツドリンクを片手に思案していた。
「この後の試合は合格者の順位を決めるためやったな、確か。ボクはGSとして開業するわけやないし、前評判とかはあんま関係ないから、順位とかにこだわる必要はないんやけど……」
そもそも鬼道は、学校で行う除霊実習に必要であるということで受験したに過ぎない。順位にこだわらなければ、適当なところで負けてハイサヨナラでも良い。
なお六道女学院では、除霊実習を監督する際、学内での実習ならともかく課外授業ともなれば、正規のGS資格取得者に同行してもらわないといけない。これはオカルト犯罪防止法が関係していて、資格取得者が監督しない除霊行為を行った場合、罪に問われるかどうかは状況次第ではあるものの、基本的には事後の処理が面倒になるからだ。
しかし彼が資格を取得すれば、無理に資格取得者に同行してもらう必要もなくなる。この試験で発行される免許は見習い免許――いわゆる仮免でしかなく、正規の免許の発行には師の保証が必要とはいえ、あの理事長ならすぐに正規の免許の手続きをしてくれるだろうし。
もっとも、課外授業の内容やPTAの意見次第では、鬼道一人には任せられない場合も出てくるので、以前までと大した差はないかもしれないが……それでも、資格の有る無しは霊能科の教師としては無視できない。
「そうやなぁ……首席とまでは行かないにしても、高い順位を獲得できれば、それだけPTAの風当たりも弱くなるかもしれへん。もうちっと頑張ってみるかな?」
そう結論付け、空になったスポーツドリンクのペットボトルをゴミ箱に捨てる。
と――その時、会場がにわかに騒がしくなった。
「ん……? なんかあったんかな?」
首を傾げつつ、騒動の中心となっている場所を探す。多くの選手が注目している一角があったので、その場所はすぐに見つかった。
そこでは――
「な……なんやあれ?」
黒ずくめの男が、半物質化してグズグズに崩れた霊波を纏った、『不定形の何か』と対峙していた。ざわざわと騒ぐ周囲をよそに、その試合場では男も『不定形の何か』も動かない。
が――やがて。
「――っ!?」
その『不定形の何か』を形成していた崩れた霊波が、急速に収束していった。そして、その中心にいた人物の姿が浮かび上がる。
歪な巫女装束のような鎧――そう表現されるような霊波の装甲に覆われた、その人物。鬼道はその顔に見覚えがあった。
「あれは……もしかして氷室!? なんでここに……それにあの姿は一体……!?」
除霊実習では見たこともない教え子のその姿に、鬼道は動揺を隠せなかった。
『二人三脚でやり直そう』
〜第五十一話 誰が為に鐘は鳴る! 二日目・4〜
「だ、大丈夫……なの?」
「どうやら、制御できるようになったようだね」
観客席では、収束されたおキヌの魔装術を見た百合子が不安げにつぶやき、その隣のメドーサは、面白そうに口元を歪めた。
(しかも、あの姿は……あの土壇場でコツでも掴んだか? 陰念以下だったのが、一気に雪之丞レベルまで制御できるようになっている)
とても初めての発動とは思えない。よほど術との相性が良かったか――
「ま、なんにせよ……面白いことになりそうだねぇ」
魔装術を制御できたとしても、あの対戦相手にはまだ及ばない。おキヌがそれをどうやって覆すか、メドーサは若干の期待を込めた視線で試合場の方に注視した。
「お、おキヌちゃんの姿が……!」
「あれが、魔装術……? どことなく、私の水晶観音に似てますわね」
「中身は別物よ」
横島、かおり、美神の順に、魔装術を纏ったおキヌの姿を見てそれぞれコメントした。
「どことなく巫女装束っぽいっすね」
「言われてみれば確かにね……おキヌちゃんらしいって言うか何て言うか」
「そもそも、魔装術ってどんな技なんだ?」
「私も詳しくは知らないけど、霊波を物質化して鎧として纏い、全体的な能力をパワーアップさせる術……かな? 見た目と違って、ただ単に防御力が上がるってだけじゃないのは確かね」
横島の言葉に頷いた美神に、魔理が訊ねた。その問いに、美神はうろ覚えの知識を引っ張り出して説明する。
「それよりも……試合が再開されるわよ」
その美神の言葉に、一同は揃って試合場を注視した。
「制御しきったようだな」
「良かった……」
魔装術を制御しきったおキヌの姿を見て、雪之丞と陰念は安堵のため息を漏らす。
「まさか、あの状態から制御しきるなんてねぇ。しかも陰念、あんたの制御力を追い越しちゃったみたいよ。先輩の沽券に関わるんじゃない?」
「おキヌちゃんさえ無事なら、そんなことはどうでもいい」
「あら、言うわね」
揶揄するような勘九郎の言葉に、陰念は迷わずそう答えた。その回答に、勘九郎は面白そうにほほ笑む。
「でも、まだ試合は終わってないわよ」
「だな。相手が相手だ。あれでも勝てるかどうかわからん」
勘九郎の言葉に雪之丞が頷き、三人は再び試合の方に視線を向けた。
そして――試合場では。
「では、試合を再開しよう」
「はい!」
唐巣の言葉におキヌが頷き、試合が再開された。
初手はおキヌ。前に突き出した両手から、霊波砲が飛び出す。
「む……!」
唐巣はそれを見て、眉根をひそめた。先ほどのものと違って、若干大きくなっている。その結果に、唐巣のみならずおキヌ自身も内心で驚いていた。
(霊波の出力が増している……霊体が外側に出てるせいで、肉体を通さずに霊波砲を撃つことができるから?)
あるいは、魔装術による純粋なパワーアップの効果かもしれない。パワーを増したその霊波砲は、一直線に唐巣へと向かって行き――
「甘い!」
ドゥンッ!
唐巣は難なく避け、霊波砲はその背後にある結界に着弾した。
「我が友、あまたの精霊よ! 邪をくだく力を貸したまえ!」
直後、唐巣の祝詞が響く。その手に周囲の神聖な霊波が集まり、フラッシュのように放射状に広がる霊波砲が、おキヌに向かって放たれた。
「きゃ……!」
彼女はそれを、空を飛ぶことで回避する。魔装術を纏った今のおキヌは、生身でありながら幽体に近い存在であり、空を飛ぶことも難しい話ではなかった。
が――
「主と聖霊の御名において命ずる! なんじ道塞ぎし者よ、キリストのちまたから立ち去れっ!」
空を飛んだおキヌに向かって、追撃の祝詞が響いた。唐巣の左手から放たれた電撃のような霊波の帯が、おキヌに襲い掛かる。
「くぅっ!」
迫り来る攻撃を前に、彼女は咄嗟に空中機動で避けようとする。
しかし――
(間に合わない――!)
そう思ったのも一瞬。直後、おキヌの体は唐巣の霊波に絡め取られた。
バチバチバチバチッ!
「きゃあっ!」
その見た目通り、おキヌの体中で電撃のようなスパークを繰り返す霊波。ダメージも見た目通りに相応のものらしく、彼女はたまらず地に落ちた。
が、魔装術の防御力は伊達ではない。無視できないダメージを負いはしたが、戦闘続行は十分に可能だ。おキヌはすぐさま立ち上がる。
が――
「殺害の王子よ、キリストに道を譲れ! 主が汝を追放する!」
その時には既に、欠片も油断していなかった唐巣が、すぐさま追撃の手を放っていた。彼の眼前で十字を切って突き出された左手から、特大の霊波砲がスパークを伴っておキヌに迫る。
しかし――回避行動に移ろうとしたおキヌは。
「きゃ……!」
やはりダメージが足に来ていたのだろうか、あるいは元々の運動神経の悪さか――なんにせよ彼女は、足が上手く動かずにバランスを崩し、短い悲鳴を上げて仰向けに倒れた。
そしてその頭上を、霊波砲が過ぎ去って行く。
「ふむ。不幸中の幸いといったところかな。が――」
本人さえ予期していなかった回避の成功に、特に感慨もない様子でコメントする唐巣。だが、おキヌの体勢はもはや既に死に体だ。
「それもここまでだ。これで終わりにしよう」
そのおキヌに向かって、唐巣は右手を掲げてそう勝利宣言をした。
「草よ木よ花よ虫よ――我が友なる精霊たちよ! 邪をくだく力をわけ与えたまえ!」
直後、その口から紡がれる祝詞。その声に呼応するかのように、これまで以上に多くの神聖なエネルギーが、掲げた右手に集まってきた。
そして――
「汝の呪われた魂に救いあれ! アーメン!」
「――ッ!」
威力も範囲も今までより大幅にスケールアップした霊波の渦が、おキヌに向かって放たれた。
その渦は、いまだ立ち上がってすらいないおキヌへと真っ直ぐに向かって行き――
ズガァンッ!
およそ容赦という言葉から縁遠いほどに盛大な爆音を響かせ、彼女を飲み込んだ。
唐巣はその爆発に、自身の勝利を感じ取って構えを解いた。だが同時に、「いささかやり過ぎたか……?」と、少々の悔恨が心の内に生まれる。
が――
「…………っ!?」
いまだ爆発の余韻が収まっていない試合場の中、唐巣はおキヌの気配を敏感に察知し、再び構えを取って爆発地点から視線を移した。
その先で、唐巣の視線を受け止めるのは――
「……今のを避けた、だって……?」
「…………」
緊張した面持ちで無言のままに立っている、おキヌの姿。その体には、新たな傷は一つもない。
唐巣はなかば、信じられない思いだった。自分の知っている彼女の運動神経は、お世辞にも良いとは言えない。いくら魔装術で総合能力が上がっていたとしても、完全に倒れていた状態から完全なタイミングで放たれた必殺の攻撃を避ける手段は、彼女には――いや、この条件ならば彼女でなくても――なかったはずだった。
「…………。主よ、聖霊よ――」
どういうことかと訝しく思いつつ、再び祝詞を唱え、攻撃準備をする。
そして――
「我が敵をうちやぶる力を我に与えたまえ! アーメン!」
神聖なエネルギーによる霊波砲が、おキヌに向かって放たれる。
しかし、それを前に彼女は――
――シュッ!
「っ!」
今までからは想像もできない、強いて言うなら「滑るような動き」で、それを回避した。
「動きが変わった……!?」
唐巣はその動きに、まるで別人を見ているかのような気分になった。そして二度、三度と同じ攻撃をしてみるが、結果は同じ。
彼女の身に何が起こったのか――それを量りかね、唐巣は一層警戒を強めた。
そして―― 一方で、おキヌの方といえば。
(や、やっぱり……!)
多少の戸惑いはあるものの――「もしや」と思って試してみたものが見事に成功したことに、内心で自身を喝采したい気分になっていた。
――最初に違和感に気付いたのは、空を飛んだ時だった。
魔装術を纏ったおキヌは、幽霊の時と同じ感覚で空を飛び、結果として空に飛ぶこと自体は成功した。しかし、幽霊の体で空を飛ぶことに慣れきっていた彼女でも、唐巣の追撃は避けきれなかった。
理由は単純である。幽霊の時よりも空中での動きが鈍かったからだ。
だが、それはなぜか? これも、彼女には見当がついていた。幽霊の時の飛行と違い、体が下に引っ張られる感覚が常に付き纏っていたからである。明らかに、『体重』という概念の存在が、飛行能力に影響を与えていた。
(空を飛ぼうにも、体重があるから素早く動けない。地上で足を使おうにも、私の運動神経じゃまともに戦えない。だったら……)
そう思い、試してみたのが――
「アーメン!」
「わっ!」
シャッ――!
地上を滑るように移動する、この方法である。
一体何をどうやっているのかというと、原理は簡単である。地面に両足をつけて体重を支えつつ、空を飛ぶのと同じ要領で前後左右の二次元移動――つまり、空中機動から上下の感覚のみを省いた『低空滑走』をしてみせているだけである。
ちなみに彼女は、以前とあるスケートリンクのミスコン会場でこれとほとんど同じことをして見せ、見事に飛び入り優勝を果たしたことがある。おキヌの感覚からすればだいぶ昔――それこそ逆行前の、さらに生き返るよりもっと前、美神と横島の二人と初めて出会って間もない頃の話であるが。
あの時のことを引き合いに出してみれば、この技術もぶっつけ本番と言うほど慣れてないものではないだろう。
……とは言えさっきは、倒れたままの姿勢でこれをやったので、背中がこすれて痛くなったのは避けられなかったが。
「……なるほど、そういう動き方か。300年もの間、幽霊として重力のくびきから離れた生活を送っていたおキヌ君ならでは、といったところだね」
どうやら、唐巣の方もおキヌの移動方法に見当がついたようである。そして、一流のGSである彼のことだ。これからは、これまで以上に避けづらい攻め方でもって、試合を運んでくるだろう。
(か、勝てるかな〜……)
おキヌ自身、格闘技術は心得程度しかなく、実質的に武器と呼べるものといえば、霊波砲と今しがた開発した移動方法ぐらいだ。いかに魔装術で能力を上げているとはいえ、唐巣相手に勝てる見込みは皆無だった。
だが――やるしかない。
(横島さんや美神さんだって、自分たちより強い魔族たちに勝ち続けてきたんです。私だって……!)
そう。彼らを見ていたおキヌならわかる。力の差が、絶対的な勝敗の鍵ではないことを。
自分にどれだけ出来るかわからない。彼らと同じことが出来るかどうかもわからない。だが彼女は、それでも絶対に諦めないことを心中で固く誓い、唐巣に向けて両手を突き出した。
「はああああっ!」
気合の息吹と共に、おキヌの両手から放たれた霊波砲が、唐巣を襲った。
「随分面白い奴じゃないか……」
正直、メドーサはおキヌの善戦に意表を突かれていた。
それはそうだろう。今までの彼女の動きは、前衛向きとはお世辞にも言えないほどトロかった。いくら魔装術の制御に成功して能力を強化したところで、あの運動神経では50%も使いこなせないと見ていたのだ。そして実際その通り、彼女の動きは魔装術の強化をもってしても、通常状態の陰念にすら届いていなかった。
が――それが今やどうなっている?
魔装術の制御に成功したことに続き、またもや土壇場で新しい移動方法を構築し、それによって運動神経の無さをカバーした。それもあんなやり方は、他の三人の誰にも出来ないものだ。
メドーサの見立てでは、運動神経だけでなく、戦闘に関するセンスさえも皆無だったはずだ。にも関わらず、おキヌはメドーサの見立てをことごとく覆し、別方向からのアプローチでその不足分を補ってしまった。
と――
「意外そうな顔してるわね?」
「……お前はそうじゃないってのかい?」
不意に隣の百合子から声がかけられ、メドーサは「顔に出てたか?」と思考に没頭していた自分に内心で舌打ちしつつ、訊ね返した。
「意外は意外だったけど……まあ、納得できないことじゃないわね。私自身、あの子とはそれほど多く会ってたわけじゃないから、何から何までわかってるわけじゃないし」
「ふぅん?」
「いまいち押しが弱いところがタマにキズだけど……それでも私は、芯の強さは結構なものと見てるわよ」
「随分買ってるんだねぇ」
「息子の数少ない美点を見抜いてくれた子だから」
当の『息子』が聞いていたら「美点が少なくて悪かったな」とツッコミが入ったであろう台詞を、にっこりと満面の笑みを浮かべて言う。
そんな百合子の言葉に、メドーサは「はん……」と呆れを含んだため息を漏らし、肩をすくめた。
と――その時メドーサの脳裏に、ある考えがよぎった。
その考えを、手早くまとめる。そしていくつかのパターンをシミュレートし、検証。そして――
(……ふむ。やってみようかね?)
そう思い、ちらりと隣の百合子を見る。
「……なあ」
「何かしら?」
「もし、お前の息子がさ……」
声をかけ、百合子が返す。その視線がちらりとこちらを見たのを確認すると、メドーサはおもむろに自分自身を抱き締めるかのように、両腕を胸の下へと潜り込ませた。
そして重ねた二本の前腕で、自身の胸を押し上げ――まあ要するに、その豊満な胸を強調するかのようなポーズを取ったわけだが――爆弾発言を投下する。
「……私と寝たとしたらどうする?」
ガンッ。
その発言に、百合子が思わずその額を前の席の背もたれに打ち付けた。
「な……な、な、な……」
すぐに顔を上げ、信じられないといった視線でメドーサを見る。額が少し赤くなってるのが、ちょっと痛そう。
「くくっ……冗談だよ、冗談」
メドーサは面白そうに笑いながら、ポーズをやめてひらひらと手を振り、自身の台詞を否定した。すると百合子は、「悪趣味な冗談を……」とでも言いたそうな目つきでこちらを睨んでくる。
(だが……これでハッキリしたねぇ。ま、そっちは後にしとこうか)
内心でほくそ笑み、メドーサは試合場の方に注意を戻す。
そちらの方では、おキヌと唐巣の攻防が続いていた。フェイントを織り交ぜ始めた唐巣の巧みな試合運びに、おキヌは徐々に追い詰められている。
明らかに劣勢で、敗北は時間の問題だが――おキヌの目は死んでいない。
(……いい目だ)
状況を理解しながら、決して諦めずに勝利の道を探し続ける不屈のまなざし。その姿に、つい今しがた百合子が口にした「芯が強い」という言葉を思い出し、納得する。
運動神経は皆無、戦闘のセンスもゼロ。だが経験上、こういう手合いは『化ける』可能性がある。実際、魔装術を初めて発動してあのレベルまで制御しきっているのは、大殊勲と言っていいだろう。
だが――それでも、初めてであることに変わりは無い。そんなおキヌが魔装術をそうそう長時間維持することができるとも思えず、事実メドーサの見た限りではあと数分も持たないように見える。
ここで終わらせるには、メドーサとしても少々惜しかった。そう思った彼女は、自身の耳にぶら下げてある蛇を模したイヤリングに神経を向けた。
(勘九郎……勘九郎!)
《メドーサ様……?》
念話を送ると、勘九郎の少々戸惑った念が返ってきた。
(キヌの奴、随分と見違えたじゃないか……格上相手にこれだけの善戦、なかなか楽しませてもらったよ。だから、お前から褒美をくれてやりな)
《褒美……ですか?》
(勝たせてやれって言ってんのさ。頑張ってるけど、魔装術の方ももう限界だね、あれは。やり方は……わかってんだろ?)
《はっ……おおせのままに》
勘九郎からの承諾の意が返ってくると、メドーサは念話を切った。そして視線を試合場からその脇にいる勘九郎の方に向けると、ちょうど彼が片方のイヤリングを外すところだった。
「はぁっ、はぁっ……」
「…………」
試合場の中、対峙するおキヌと唐巣。息が上がっているおキヌに対し、唐巣の方はまだまだ体力十分だ。
「……そろそろ限界に近いんじゃないかね? 霊波の揺らぎが大きくなっている」
ぽつりとつぶやいた唐巣の言葉に、しかしおキヌは答えない。その代わり、両手を前にかざし、霊波砲を発射する。
が――
「聖なる父、全能の父、永遠の神よ――」
唐巣はそれを事も無げに避けつつ両手で印を組み、祝詞を唱え始めた。その重ねた両手に、スパークを伴って聖なる力が集まって行く。
「ひとり子を与え、悩める我らを破滅と白昼の悪魔から放ちたもうた父――」
唐巣はそのまま、おキヌとの距離を詰めてきた。その間にも祝詞は進み、唐巣の手に聖なる力が集まり続ける。
おキヌは悟った。唐巣は、あれを直接自分に叩き付ける気である、と――
「くぅっ……!」
うめき、おキヌは距離を詰めてくる唐巣を霊波砲で迎撃する。しかし彼は身を低くするだけでそれをかわし、スピードを緩めずに迫ってきた。
「荒れ野で剣持つ乙女に嘆きの雨を降らせ、この哀れな少女にひと時の安らぎを与えたまえ――!」
技後硬直――その一瞬の隙に、唐巣はおキヌの懐まで飛び込んできた。聖なるエネルギーに満ちたその掌が、彼女の腹部に向けて突き出される。どう考えても、避けられるタイミングではない。
(やられる――!)
思った――その時。
「――ッ!?」
唐突に唐巣が顔をしかめ、動きを止めた。
(え……?)
その様子に、一瞬困惑するおキヌ。だが、理由はわからないもののこれは好機である。
美神や横島なら、これを逃がすことはないだろう――そう思い、疑問は脇にどけて彼女は即座に一歩だけ距離を取った。そして両手を前に突き出し、眼前の唐巣に霊波砲を発射する。
「やあああああっ!」
ゴウッ!
気合の声と共に放たれる、腕ほどの細さまで圧縮された霊波砲。それは真っ直ぐに唐巣へと向かい――
「……くっ……!」
ズドムッ!
棒立ちになった彼はそれを避けることすらできず、霊波砲はみぞおちに突き刺さった。
「…………っ!」
声にならないうめきを上げ、唐巣はその場に膝を付いた。掌に集めていた聖なるエネルギーも、霧散していく。
「はぁっ、はぁっ、はぁっ……」
一撃、それも人体の急所の一つであるみぞおちに当てた。相応のダメージを与えたと思うが、しかし相手は唐巣である。油断はできない。
そしてその唐巣は、射抜くような目でおキヌを見ている。
「おキヌ君……このやり方は、君の本意なのかね?」
「え?」
唐突に彼の口から出た質問は、おキヌにとっては意味不明なものであった。その言葉の意味するところを図りかね、彼女は目をぱちくりとさせる。
「…………」
「……あの……」
「…………」
「……えっと……?」
おキヌはそのまま、唐巣の視線に戸惑い続け――
「……なるほど。本当に心当たりがない、か。するとこれは、外野の勝手な横槍ということか」
やがて唐巣はフッと笑い、一人でそう納得した。
そして彼は足から力を抜き――
ドサリ。
仰向けに倒れた。
「……審判。見ての通り、私はもう立てない。彼女の勝ちだ」
唐巣のその言葉に、審判はコクリと頷いてパイプ椅子から立ち上がり、おキヌの方へと歩いて行く。
彼女も既に試合が終わったことを悟り、魔装術を解いた。審判がその手を取り、高々と掲げる。
「鴉選手、試合続行不能! 勝者、氷室! 氷室選手、GS資格取得!」
審判がマイクを手に宣言した声が、試合会場に響き渡った。
「はぁ〜……横っちを追って東京にねぇ……」
GS試験会場に向かうタクシーの中、銀一は隣に座る夏子に、ここに来た経緯を聞いていた。
「夏子が横っちのこと好きなんは知ってたけど、まさか今でも好きやったとは思わんかったわ」
「そんなんやないよ」
感心したような、あるいは呆れたような銀一の言葉に、しかし夏子はかぶりを振った。
「銀一と横島が転校して、もう六年や。いくらなんでも、終わった初恋引きずっていられるほど後ろ向きな性格しとるつもりないねん。実際、今までに何回か彼氏できてたし」
そう言って、最後に「今はフリーやけどな」と付け加える。
「やったら何で……」
「んー、何て言うたらええんやろな……まあ、『けじめ』いうやつなんやろな、きっと」
「けじめ?」
「そ。けじめや。ウチは結局、横島に何も言えんまま終わってもうた。きっとそれが未練になっとんやろうな。どんな男とつきおうても、心のどっかで横島と比べてまう……長続きせえへんのや、結局。せやから、横島とのことできっちりケリつけとかんと、ウチは前に進めへん……そんな気がする」
「……そっか」
銀一はそう相槌を打つが、しかし内心では同意していなかった。よほどの想いがなければ、人一人に会うためだけにわざわざ大阪から東京まで飛んできたりはしないだろう。夏子がそれを知らずにそう思い込んでいるのか、それとも知ってて自分を誤魔化しているのか……そこまではわからないが。
(ったく、横っちも罪作りやなぁ……いったい、何人にこない思いさせとくつもりやねん)
小学校時代に彼の隠れファンが多かったことを思い出し、いっそのこと嫉妬の仮面でもかぶってやろうか、などと思ってしまう。今でさえおキヌという美少女にまで慕われていることを考えれば、それも不当な感情とは言えないだろう。
と――
「ん……? 運転手さん、ちょいストップ!」
「え? ああ、はいはい」
突然の銀一の言葉に、運転手は呑気な様子で頷き、路肩に止めた。頭上に『?』マークを浮かべる夏子をよそに、銀一はドアを開けて外に体の半分を出す。
そして――
「小竜姫さま!?」
「え?」
交番で警察官に地図を見せてもらっている赤毛の女性――小竜姫が、銀一の声に振り向いた。
――あとがき――
もうそろそろ気付いている人も多いと思いますが、ここ数話は『金曜投稿』で統一してます。このまま続けばいいなぁw
で、今回はおキヌちゃんvs唐巣神父、決着編です。ちなみにおキヌちゃんが今回開発した移動方法ですが、本文中でも言及してます通り、原作2巻のアレを参考にして思いつきました。けど整地じゃないと満足に使えません。つまづいて転びますからw
あと夏子パーティーですが、武道家夏子、ダンサー(?)銀一に続き、剣士小竜姫も仲間に加えました。次回あたり会場に到着して魔王メドーサと対決できるでしょう(マテ
ではレス返しー。
○2. Tシローさん
アレはもはや二度と出番はないでしょうw 夏子の会場到着は、たぶん次回になります。
○3. よろずから来ました。さん
展開に関しては、少年漫画的な王道を踏襲した私の作風、としか言いようがありません。おキヌちゃんの魔装術にしても、これまでの話で散々匂わせていました。これらのことを踏まえてなお受け入れられないと言うのであれば、それはもう諦めてもらう他ありません。
○4. とろもろさん
おキヌちゃんの魔装術は、そこまでランク高いものじゃないです。せいぜい、現在のユッキーぐらいで。白蛇に関しては……実は何も考えてなかったり(マテ
○5. akiさん
思えば7話で、女華姫の生まれ変わりが白龍サイドで登場したのが、最初の伏線でしたねー。そこから数えて苦節44話……ようやっとおキヌちゃんの魔装術をお披露目することができました。
けど、最初の予定からしてみれば、これでもまだ途中経過に過ぎなかったりするんですよね(苦笑
○6. 蓮華さん
おキヌちゃんの魔装術を気に入ってもらえて嬉しいです♪ しかし、蓮華さんのイメージはシンセサイザーが名前の元になってる赤いあの子ですか……それも悪くないですね(ぉ
○7. 山の影さん
山の影さんのコメント見て、「おお、そうなると原作で唐突に出てきたおキヌちゃんのヒーリング能力も、蛇というシンボルを付け加えることで説得力が出るなー」などと思ってしまいましたw 今後のネタにしちゃいましょう♪ あと、我が家の愛犬の冥福を祈るお言葉、どうもありがとうです。
○8. 117さん
やっぱり、おキヌちゃんと魔装術という組み合わせは、ミスマッチの感が拭えないですかねー。話の展開としては説得力あると思うんですが。でも、猿の修行をクリアしたら、その違和感も解消されると思いますw ちなみにおキヌちゃんの魔装術のレベルは、ユッキーと同じぐらいだと思ってくれれば。
それとおキヌちゃんの運動神経ですが……ご心配なさらずとも、元よりこの設定を覆しちゃうわけにはいかないんですよね。おもに横キヌのフラグのために(謎
○9. 鹿苑寺さん
実はFateは未プレイなんですよねぇ……やりたいとは思ってますが。あと、さすがにヴィジュアルの関係上、魔装術の制御失敗はやるわけにはいきませんでしたw
○10. Februaryさん
大丈夫! メドレンジャーの中でも、雪之丞はまだザリガニ怪人っぽいから!(ぉ
>ヘンゲリン・側頭部
あうちっ! Let's記憶違い&誤字(泣) 修正しておきま〜す
○11. ヘタレさん
おキヌちゃんにマッソー術だなんて、そんなことしたらファンに刺されますw
○12. スカサハさん
やっぱりこの展開こそがGS美神……というか、少年漫画って感じしますね♪
○13. Mistearさん
いやー、おキヌちゃんは基本的に後衛なんで、魔装術を会得したからって前衛にはならないでしょう。今は試合だから前衛にならないといけないだけで。
○14. 九龍さん
あはは、まさかーw おキヌちゃんの可愛い顔を隠すなんて、そんな世界の損失をやるわけないじゃないですか♪
レス返し終了ー。では最後に、↓に3回戦以降のトーナメント表を先行発表しておきます♪
□トーナメント表(※携帯電話では正常に表示されない可能性があります)
☆Aブロック
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● ピ陰 ●● ●● ● ● ●● ●鬼 ●● ●
| 念 道
ト
☆Bブロック
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横 雪● お● ●● ● ● ●勘 ●● ●● ●
島 之 キ 九
丞 ヌ 郎
とまあ、こんな感じです。横島は3回戦でいきなりユッキーと、4回戦でおキヌちゃんとぶつかる形になります。お楽しみに♪
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