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「二人三脚でやり直そう 〜第四十九話〜(GS)」

いしゅたる (2007-12-14 21:03)
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「横島さん……」

 おキヌがぽつりとつぶやく。
 その視線の遥か先――大声を張り上げない限りは声が届かない距離に、その横島はいた。
 彼と相対しているのは、タイガー寅吉。精神感応による幻術を得意とする巨漢だ。そして彼の精神感応により、横島は今まさに、苦痛の絶叫を上げている。

「……何やられてんだ?」

「さあ?」

「…………」

 その様子に疑問符を浮かべるのは、雪之丞と陰念。勘九郎は、興味深そうに二人の様子を凝視している。

「……勘九郎?」

「見た目、何かしてるってわからないわね。でもあの様子だと……精神攻撃を受けているっぽいわ」

「精神攻撃……なるほどな」

 勘九郎の言葉に、雪之丞は納得顔になって、再び試合に視線を向けた。
 一方おキヌは、同僚たちのやり取りも目に入っていない様子で、一心に試合に目を向けている。
 おキヌは彼に勝ち上がって欲しかった。想いを寄せる少年が、GS免許という勝利の証を手にする姿が見たかった。勝利を収める姿を見続けたかった。
 そして――その力で、メドーサに従うしかなくなった自分たちを、止めて欲しかった。

(横島さん……頑張って)

 応援したい。しかしメドーサに囚われている立場上、応援できない。そんな自分の微妙な立ち位置がもどかしく、そして、そんな状況になってしまったことが悔しかった。
 おキヌは胸の前で、きゅっと拳を握った。


 だがこの四人、横島が今現在食らっている精神攻撃がマッチョダンディの酒池肉林だと知ったら、一体どんな顔になるだろうか。
 ……勘九郎だけは、あるいは羨ましがるかもしれないが。


 そして――観客席。

「ふふん……やってるねぇ」

 嘲笑を浮かべてやってきたのは、淡い紫の髪をたなびかせた美女――メドーサ。
 彼女は手に持ったハンドバッグの中に手を入れ、一つの水晶玉を取り出す。

「どうだい、そこの居心地は?」

 水晶玉を覗き込み、そう問いかける。
 彼女が視線を向ける水晶玉の中には、早乙女華が小さくなって収まっており、水晶玉の内壁を叩いている。
 声どころか物音一つ響いて来ないが、言いたいことはわかる。「出せ」ということだろう。無論、メドーサにそんなことを聞いてやる義理はないが。
 やがて、華はおもむろに、昨晩授けられた『マッソー術(華命名)』で筋肉を肥大化し、改めて水晶玉の内壁に正拳突きを見舞った。しかし水晶玉には、いかほどの衝撃も伝わらない。

「無駄無駄。筋力を増しただけで破れるほど、これはやわじゃないよ。第一、万一にでも私に反撃できるような術だったら、この私がわざわざ人質に授けると思うかい? あれは本当に、ただの暇潰し、お遊びでしかなかったんだよ。
 っていうか……ぷぷっ。何度見てもその姿は滑稽だね。もしかして、私を笑い死にさせる作戦だったりする? だとすれば面白い考えねぇ」

 そう言って嘲笑し、メドーサは華の入った水晶玉をハンドバッグに戻した。
 そして適当な席を見繕い、腰を下ろす。

「うちの連中は……まだ試合じゃないみたいだね。でも、どうやら横島とかいうガキが試合中らしいじゃないか。さて、どこまでやれるかねぇ?」

 竜神の装具の補助があったとはいえ、『乳の揺れ方で次の動作を予測できる』などというたわけた理由で自分と渡り合った人間である。多少なりとも興味が湧くのも、致し方ないことであった。
 そして、彼女が試合に注意を向けていると――


「すいません。ここ、よろしいかしら?」


 声をかけられ、振り向く。するとそこには、40前後と思しき中年女性がいた。彼女が指し示しているのは、自分の隣。

「……好きにしな」

 他にも空いている席もあるだろうに、と思いつつも、ぶっきらぼうに答える。そしてそれ以上の興味はないとばかりに、再び試合に注目した。中年女性はメドーサの態度を気にした様子もなく、彼女の隣に腰掛ける。

「あそこで試合してるの、うちの息子なんですの」

「あっそう」

 馴れ馴れしく話しかけてくる中年女性の言葉に、メドーサはぞんざいな言葉で返す。
 だが――そんな彼女の意識は、中年女性の次の言葉で、強制的に彼女の方へと向けられることとなった。


「ほら――あそこ、体の大きなのと戦ってる子。横島忠夫っていうんですよ」

「……なに?」


 ぴくりと片眉を動かし、横目で隣の中年女性へと視線を向けた。
 そこでは、中年女性――横島百合子が、のほほんと笑っていた。


   『二人三脚でやり直そう』
      〜第四十九話 誰が為に鐘は鳴る! 二日目・2〜


『HAHAHAHAHAHA!』

『HAHAHAHAHAHA!』

『HAHAHAHAHAHA!』

「のおおおおおおおーっ!」

 やたら陽気なアメリカン笑いを響かせる、スキンヘッドにブーメランパンツののマッチョダンディ×沢山。密着するほどの距離で、四方八方からダブルバイセップスだのサイドチェストだのマスキュラーポーズだのとポージングされれば、横島でなくとも絶叫してしまうだろう。
 しかもご丁寧なことに、そのマッチョダンディの群れの向こうにいるはずのタイガーは姿を消しているらしく、影も形も無い。もっとも、横島はそれどころではないので、それを確認などできはしなかったが。

「来るな寄るなあっちいけー!」

 涙とヨダレと鼻水を撒き散らしながら、横島は脱出を試みた。
 しかし筋肉の壁は分厚く、抜けようと思えば思うほど逆にぎゅうぎゅうに詰められてしまい、男臭い汗の臭いがより強く鼻腔を刺激するようになる。

「ひぃぃぃぃぃーっ!」

 幻覚とわかっていても、これはキツい。ましてや煩悩を霊力源とする横島である。これでは、自身の霊力がまるで蛇口を全開にしているかのように、どんどんと無くなっていってしまう。

『……………………』

 敗北までカウントダウンというそんな状況の中で――心眼は、何をするでもなく無言で事態を静観していた。


「おーっほっほっほっ! どうやら手も足も出ないようね!」

 タイガーの精神感応によって身動きの取れなくなった横島を見て、エミは我が事のように胸を張る。

(まったく……何やってんのよ、あの馬鹿!)

 そんなエミの耳障りな騒音をなるべく無視しながら、美神は胸中で悪態をついた。

(仮にも小竜姫さまの教えを受けた上、心眼なんて便利道具貰ったんでしょーに! こんなとこで敗退したら、事務所どころか妙神山の名にも泥を塗ることになるってこと、わかってんでしょーね!?)

 とはいえ、状況が悪いことには変わりない。ましてやあの横島である。エミが言った通りの幻覚を見せられているのなら、まともに身動きする気力すら奪われていることだろう。
 このままでは、敗北は時間の問題だ。妙神山修行場管理人小竜姫の弟子にしてこの美神令子の助手が、幻術一つで敗北――なんとも締まらない話である。

 しょせん、横島は横島か。

 少なからぬ失望を込めて思った――その時。

「…………ああ、そっか」

 気付き、「ぽん」と手を打った。
 その美神の仕草に、エミは高笑いをやめて怪訝そうに視線を向ける。

「……どうしたのよ、令子?」

 その問いに、美神はニヤリと不敵な笑みを浮かべ、エミの方に顔を向けた。

「エミ……賭けをしない? この試合で横島クンが勝ったら、私の言うことを何でも一つだけ聞くってのは?」

「はん、気でも違った? もうタイガーの勝ちが確定してるってのは、見てわかるワケ。でも……ま、そっちが提案するなら好都合だわ。そっちも、タイガーが勝った時は私の言うことを聞いてもらうワケ」

「OK。賭けは成立ね」

 嘲笑を浮かべて同意するエミに、美神の方も不敵な笑みを崩さなかった。


(……なんだ、この女……)

 メドーサは、自分の横でのほほんと試合を観戦している百合子に警戒心を抱いていた。
 彼女は自分のことを、横島忠夫の母と名乗っていた。しかも、他に空いている席は沢山あるのに、わざわざ自分の隣に腰掛けている。
 自分が横島とその一派にとっての敵であると知りながらの行動と取れるが、それにしては自分に警戒をしている様子はない。それは、この状況が単なる偶然であると言っているかのように自然体だった。

(まあいい……何を考えていようと、ただの人間だ)

 華や他の門下生と同じく、彼女も捕らえれば横島に対する大きな牽制となろう。彼女から感じる霊力も、一般人の範疇を越えているわけでもない。
 捕らえるのに支障はあるまい――メドーサはそう考え、意識下から愛用の武器である刺叉を呼び出す。
 彼女の右の掌が光り、そこから刺叉がせり出してきて――


「いいのかしら?」


 ぴたり、と。

 試合から視線を逸らせないままつぶやいた百合子の言葉に、メドーサの動きが止まった。
 しばしそのまま、横目で百合子を見る。彼女は相変わらず、のほほんとした表情で試合を観戦するのみだ。今しがたの言葉の意味すら、語る様子もない。

(……なんだ、この女……)

 メドーサは胸中で、再び同じ疑問を繰り返した。

 ――いいのかしら?――

 あの言葉は、独り言と呼ぶには少々声が大きかった。かといって、試合場の息子に向けたと言えるほど大きい声だったわけではない。明らかに、メドーサに聞こえることを前提として放った言葉だった。
 そして、あのタイミングで放ったからには、その意味するところは一つ。

 すなわち――ここで事を起こしてもいいのかしら?ということである。

(伏兵……? だとしても、私に対抗できる奴……小竜姫?)

 そう思い、周囲の気配を探るが、小竜姫らしき存在は感じられない。

(ブラフか? それとも――)

 百合子の表情からは、そのどちらであるかは判別できない。見事なポーカーフェイスっぷりである。
 そうやって判断しあぐねているメドーサをよそに、百合子はただ、息子の試合を注視し続けていた。


 ――ピクッ。

「うおわっ!?」

 筋肉の海に溺れていた横島は、突如襲ってきた得体の知れない感覚に従い、体を沈めた。直後、頭上を何かが通り過ぎ、チッと髪の毛をかすった。

「な、なんだぁ!?」

 見回してみるが、見えるのは試合場を覆い尽すおぞましいマッチョダンディどもだけだ。『HAHAHA』という笑い声が果てしなく耳障りである。
 だが――

「うおっ! はおっ!」

 二度、三度と体を捻る。そのたび、直前に自分のいた場所を、見えない何かが凄まじい勢いで通り過ぎていた。

「た、タイガーか、これ!?」

『なんでよけられるんですジャーっ!?』

 戦慄する横島の耳に、姿の見えないタイガーの困惑した声が届いた。やはり今のは、幻覚に紛れたタイガーの攻撃だったらしい。
 だが、こんな状況になっても横島は横島である。
 彼は霊能力に目覚めていない時から、常に第一線に出続けて生き残っていた。そうでなくとも、あの美神の入浴その他の覗きに命を賭け続けていたのだ。死と隣り合わせの状況で培ってきた危険察知能力は、人類の常識をスペースシャトルでかっ飛んで行くほどブッチ切っていた。ぶっちゃけ、生き汚さでは美神と並んでワンツートップを決められるほどである。
 それはまさしく、タイガーの困惑もむべなるかなと言ったところだ。

『……相変わらず、お前の回避能力はアレだな』

「そんな感想はどーでもいーからこの状況どーにかしてーっ!」

 ――確かに回避能力をどうこう言ったところで、事態が好転しているわけではない。
 どこを向いてもマッチョダンディという激しく萎える……というかむしろ悪夢な状況の中、横島は顔中の穴という穴から色々な液体を撒き散らせ、かなり必死に助けを請う。相当に追い詰められているようだ。
 だが、文句を言っても現実は無情である。周囲の幻覚は今なお健在だ。


『HAHAHAHAHA!』

『HAHAHAHAHA!』

『HAHAHAHAHA!』

『『『『『HAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHA!』』』』』

「んのおおおおおおおーっ!」


 ……まあ、その。


 とにかく色々とアレな状況に。


 横島の精神は、確実に限界に近付いているわけで――


『『『『『HAHAHAHAHAHAHAHAHAHA――』』』』』


  ――――ぷちっ――――


 ――何かが、切れた。


 ――ゾクゥッ!

 突如、タイガーの背筋に筆舌に尽くしがたい悪寒が走った。
 彼の視線の先にいる横島は、幻術によって身動きが取れず、ただ直立したまま俯いて足元に視線を落としている。事前にエミから貰ったアドバイス通り、タイガー自身でさえ頭に思い浮かべるのも嫌な程むさ苦しい視覚効果によって、満足に動くこともできないはずだ。

(だ、大丈夫……ワッシは勝てるんジャー!)

 心中でそうつぶやき、自身を奮い立たせる。
 ここで負けるわけにはいかない。業界トップクラスのGSを下した実力を改めて証明するためにも、精神感応能力を持て余していた自分を救ってくれたエミに恩を返すためにも。

 そう――自分は、勝てる。

 現に見よ。自分の視線の先にいる相手は、身動き一つ取れないでは――

 ゾクゥッ!

 再び、悪寒。
 瞬間、悟った。アレは……身動きが取れないんじゃない。

 単に動かないだけだ。


「――は」


 吐息が――漏れた。

 ゆらり、と。

 幽鬼のような動きで、横島が顔を上げた。

 顔の上半分は、前髪の影になっている。しかしその中にあって、その両の瞳だけが、ギラギラとした光を放っていた。そしてその口は、歪な三日月のような笑みを形作っている。


「――は」


 その三日月の口から、もう一度吐息が漏れた。

 ――そして――


「HAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHA!」


 唐突に、やたらと陽気でアメリカンな笑い声が響いた。
 そして横島は、ばっ!と一瞬で上半身の衣服を全て脱ぎ去った。
 中から現れたのは、細いながらもぜい肉がなく――というか、彼の食生活ではぜい肉がつく余地はないのだが――引き締まった筋肉。

 ――そして、彼は――

「フンッ!」

 両腕で上向きに力瘤を作り、ダブルバイセップス。

「フンッ!」

 脇腹の前で右手首を左手で掴んで体を横向きにし、サイドチェスト。

「フンッ!」

 正面に向き、両手を後頭部に回して背筋を伸ばし、アドミナブル&サイポーズ

「フンハァッ!」

 若干前かがみになってヘソの前で両の拳を突き合わせ、マスキュラーポーズ。

「HAHAHAHAHAHAァーッ!」

 そして、腰に手を当てて無駄に爽やかな笑い声を上げる。

 それを見て、誰もが思った。


 ああ、もうダメなんだな。


 ――と。

 ちなみに……それを遠巻きに見ているおキヌも、かくんと顎を落としていた。


 だが――


 この時、誰が予想していたであろうか?

 この直後、横島によって一方的な試合が展開されるなどとは――


「HAHAHAHAHAHAHAHA!」

 正気を失った横島は、必要以上に筋肉を主張しながら、一直線にタイガーに襲い掛かる。

「なっ!」

 幻覚によって自分の位置は特定できない――そう思っていたタイガーは、その突然の事態に対応できなかった。
 結果、横島の大胸筋を主張したフライングボディプレスを、まともに食らうことになる。

「HAッHAHAHAァッ!」

「ふぼぁっ! ……な、なんでワッシの居場所がわかるんですジャー!?」

 体重差もあり、それだけで倒れることはなかったタイガーが、眼前に降り立った横島に困惑気味に尋ねる。
 すると横島は、ズビシッ! とタイガーに人差し指を向け――


「簡単ナコトデースッ! 我ガ兄弟タチガー、アナタノ居場所ヲ教エテクレマーシタッ!」

「兄弟っ!?」


 なぜか片言で告げる横島の背後に、これまたなぜか、先ほどまでタイガーが見せていた幻覚のマッチョダンディたちが、イイ笑顔で整列しているのが見えた。
 もっとも、その幻影はすぐに見えなくなったが……その中心たる横島は、残念ながら幻影ではなく実体なので、しっかり残っている。
 そして彼は――


「サア、悔イ改メナサーイ。ソシテ知ルノデース」


 何か怪しい宣教師みたいな台詞をのたまいだした。

「な、何を……?」

 対してタイガーは、思わず尋ねてしまう。
 そして、その問いに対し、横島はニカッと男臭い笑みを浮かべ――


「筋肉ニヨル真実ノ愛ヲッ!」

「全力で遠慮しときますジャーッ!」


 あまりにもあんまりな内容に、たまらず即座に否定の絶叫を上げるタイガー。
 しかし横島は――

「恥ズカシガルコトハアリマセーン! サア、ワッターシノ愛ヲー、受ケ取リナサーイ!」

 と、ピクピクと大胸筋を動かしながら迫りだした。

「ひぃぃぃーっ!」

 そんな嫌過ぎるオブジェが見る見る迫ってくるという悪夢のような光景に、タイガーは思わず悲鳴を上げた。

 ――そして――


「HAHAHAHAHAHAHAHA!」

「ぎゃーっ!」


 哂う横島、逃げるタイガー。飛び交うのはフライングボディプレスやラリアット、ヘッドロックにコブラツイストなど、各種プロレス技に関節技。

「HAHAHAHAHA!」

「ひぃぃぃぃーっ!」

「HAHAHAHAHA!」

「いやああああああーっ!」

「HAHAHAHAHAHAHAHA!」

「ぎょえわあああああーっ!」

 とにかく筋肉を主張しまくる横島に、タイガーは雰囲気に呑まれ、完全に腰が引けていた。

(こ……怖い……!)

 何度目かのプロレス技から脱したタイガーは、その顔全体から脂汗を流し、戦慄する。

(怖い……怖い……怖い、怖い、怖い、怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い……迫る筋肉がこんなにプレッシャーになるとは、思いもしなかったですジャーッ!)

 お世辞にもマッチョとは言いがたい横島一人にさえ、これだけのおぞましさを感じるのだ。タイガーが見せた幻覚の中で、横島がどれほどの恐怖に晒されていたのか、察するに余りある。なにせ、恐怖のあまり正気を失ってしまったほどなのだから。

「横島サン……ワッシが悪かったですジャーッ!」

「HAHAHAHAHAHAHAHA!」

 涙の尾を引いて謝ったところで、マッスルバーサーカーと化した横島の耳には、届きもしなかった。


 ――さて、一方心眼の方といえば――

(……どうしたものかな……)

 暴走する横島を見ながら、途方に暮れていた。
 ここで負けるわけにはいかないのはわかっていた。いざとなれば手助けする気でもいた。
 だが――こんな事態は、予想外もいいところだった。

(まあ、おそらくこのままでも勝てることは勝てるだろうが……)

 もはや、試合のペースは完全にこちらのものである。横島が勝利を得るのも、時間の問題だろう。
 しかし、こんな試合で良いものだろうか? 仮にも、GS資格取得ラインを決定する試合であるわけだし、同時に美神事務所のリベンジ戦でもある。

(せめて最後の一撃ぐらいは『らしく』してもらいたいところだが……さて)

 思案する。その間にも、横島は逃げるタイガーを追い回し続けていた。
 やがて、横島が「HAHAHAHAHA!」と笑いながらダブルバイセップスのポーズを取った。

 ――その時。

(ふむ……この辺か)

 そう判断した心眼は――


『正気に戻れ阿呆』

 ズビィームッ!

「ぐぼぉぅっ!?」


 抑揚のないツッコミと共に、その横っ面に容赦なく心眼ビームを見舞った。衝撃で、横島の顔が強制的に左に向く。
 ――そして。


「……………………」


 左を向いた横島の視線がある一点で止まり、その瞳に正気の色が戻る。

『……正気に戻ったか?』

「…………」

 訊ねるが、答えは返ってこない。
 が――心眼は、それについて特に何も言うことはなかった。
 そして――

『……もはや語る必要はない、か。ならば行け』

 言った瞬間――横島は、正面に視線を戻して走り出した。
 そして一瞬で、タイガーの目の前に到着する。

「なっ!」

 突然動きの変わった横島に、タイガーの表情が驚愕に染まり――

「ふっ!」

 ズドムッ!

「ぐ……っ!?」

 息吹。そして突き出された栄光の手の拳が、タイガーのみぞおちに突き刺さった。タイガーの体が、『く』の字に折れる。
 そして、高さの下がったその顔面を――栄光の手で掴んだ。

「がっ!?」

 栄光の手によるアイアンクロー。タイガーが苦悶のうめきを上げるのも一瞬のこと――


「伸びろーっ!」


 横島の叫びと共に、栄光の手が伸びてタイガーを押し下がらせた。
 そしてタイガーの背は、すぐに結界に引っ掛かり――


「うおおおおおおおっ!」


 雄叫び。そしてわずかな抵抗の後、タイガーの体は結界の外へと押し出された。

 その結果に、一瞬だけ沈黙が落ち――


「じょ……場外! 勝者、横島! 横島選手、GS資格獲得!」


 マイクを手に持った審判が、横島の手を取り高々と掲げ、朗々と勝利宣言を放った。
 そして横島は、先ほど心眼に強制的に視線を向けさせられた方向に改めて視線を向け、その表情にわずかに笑みを浮かべた。

 そこには――突然の決着に目を白黒させる、おキヌの姿があった。


 そして、観客席では――

「おっしゃあっ!」

 魔理が勝利を喜びガッツポーズをする。しかし隣のかおりと愛子は、その試合内容に対しかなり微妙な表情だった。
 その中で、美神はというと――

「ほーっほっほっほっ! 賭けは私の勝ちのようね!」

「…………」

 ぼーぜんとするエミを横目で見ながら、勝ち誇った高笑いを上げていた。

「な、なんでこんなことに……途中までは、しっかりタイガーのペースだったはずなのに……」

「ま、あんたが横島を見誤ってたのが、最大の敗因でしょーけどね?」

「おたく、こうなることがわかってたワケ!?」

 困惑と驚愕が入り混じった表情で、エミが美神に掴みかかる。

「あんたに一つ、ヒントを教えてあげるわ」

 しかし美神は動じる様子もなく、ぴっ、と得意げに人差し指を立てた。

「しょせん横島は、どこまで行っても何があっても、横島なのよ」

「ワケがわかんないワケ……」

 美神の言葉に、かぶりを振ってうなだれるエミ。それを見ていくらか溜飲の下がった美神は、胸中で付け加える。

(ま、私だってこんな試合内容を予想してたわけじゃないけどね)

 ただ横島は……他人の未来予想図なんて、「俺には関係ない」とばかりに無視しまくる奴だということだ。良くも悪くも。
 パイパーの時も、ナイトメアの時も、天龍の時も……横島はいつだって、敵味方の予想を裏切り続けてきた。

(一言で言っちゃえば馬鹿なのよ、横島クンって)

 優しげな微笑を浮かべる美神。彼女にとっては、ただ、それだけのことだった。


 試合後、会場を後にして通路をとぼとぼと歩く人影があった。

「……負けてしまったですジャ……」

 言わずもがな、敗退したタイガーである。意気込んで試合に臨んだものの、結果は惨敗。しかも、振り返ってみれば、まともな試合ですらなかった。
 こんな形で終わってしまっては、後悔ばかりが募る。エミのメンツ、魔理との約束。そのどちらも守れなかった。自分の不甲斐なさがたまらなく苛立たしくなった。

「……どんな顔してエミさんに会えばいいんカイノー……」

「落ち込んでいる暇はないワケ」

「…………っ!?」

 ぽつりとつぶやいた言葉に、不意に言葉が返ってきて、タイガーははっとなって顔を上げた。
 彼が顔を上げた先では――

「負けたばかりで悪いけど、今から急ぎの仕事が入ったワケ。おたくにも出張ってもらうわよ、タイガー」

「言っとくけど、拒否権はないからね」

 不機嫌そうに憮然とした表情になっているエミと、対照的に上機嫌に勝ち誇った表情をしている美神の二人が、それぞれ通路の両側の壁に、腕を組んで背を預けていた。


 そして――場面は戻って、試合場では。

「次は二回戦、氷室選手対鴉選手! 両名、結界へ!」

 おキヌが、次の試合に呼ばれていた。
 彼女は呼ばれるまま、試合場の中へと入って行く。そこでは既に、鴉と呼ばれた選手が待ち構えていた。

「カラス……?」

 その名前に引っ掛かるものを感じ、相手をよく見る。
 二十台なかばと思われる容姿の男で、服は上下共に黒で統一されている。首元には、銀のロザリオが掛かっていた。そのやぶ睨みの双眸で、対戦相手であるおキヌをじっと見据えている。

 どこかで見たような……? と思い、おキヌは記憶を掘り起こしてみる。
 と――

「…………え゛?」

 すぐに思い当たり、彼女は我が目を疑った。
 ごしごしと目をこすり、目の前の鴉選手をもう一度見る。しかし、現実は覆らない。

「え……と? もしかして唐巣神父……ですか?」

 そのおキヌの言葉に、鴉はぴくりと片眉を吊り上げた。
 そう――彼の容姿は、逆行前に彼自身から写真で見せられたことのある、若かりし頃の唐巣神父そのものだったのだから。


「……なあ、心眼?」

『なんだ?』

「なんか、試合の途中から記憶がスッポリ抜けてるんだけど……何があったんだ?」

『………………………人には知らない方が幸せなこともある……』

「っておい! なにそれ!? 気になる! スゲー気になるんだけど!? 一体何があった!? おい心眼! 心眼ーっ!? 黙ってないで答えろーっ!」


 ――あとがき――


 読者の皆さんは、赤い飴玉と青い飴玉ってご存知でしょうか?
 …………はいごめんなさい、冗談です(土下座) GS世界には、便利な変装アイテムがありますからw
 タイガーの出番はまだ終わりません。

 ではレス返しー。


○1. 水島桂介さん
 対横島最終兵器でしたが、盤ごとひっくり返すのが彼ですので、こんな結果になりましたw

○2. 山の影さん
 テレサとプテラノドンXのその後はそんな感じです。横島はちょっと逝っちゃいましたw おキヌちゃんは、次回でメイン張ります。

○3. Tシローさん
 はい。リミッター振り切れてタイガーひどい目に遭っちゃいましたw メドさんは、小隆起よりもグレートマザーが当面の危機ですw

○4. wataさん
 ユッキーも、素直にひらがな多用してれば良かったかもしれませんねぇ……w

○5. 鹿苑寺さん
 タイガーが横島に勝つにはどうすれば良いか?ってことを数日頭捻って考えた結果、ああなりました。でも、何事もやり過ぎは良くないってことですね……(しみじみ) ベッドイン♪はまだ早いですよーw

○6. レンジさん
 楽しみにしていただいて、作者冥利に尽きます♪

○7. Februaryさん
 タイガーの見せ場は一応、奇跡的にまだ残ってます(ぉ 横島とテレサのコンビは、色々とアレですねw

○8. Mistearさん
 「この夏子を下さい」って、ちょwww まあそれはそれとして、実は夏子、いつ登場させようかいまだに迷ってます。4回戦までには間違いなく到着する予定なんですけどねぇ……

○9. 秋桜さん
 そういえば今回をよく読み返してみれば、幻覚のマッチョたちや横島の方ばかりが目立って、肝心のタイガーは目立ってなかったような。これぞタイガークォリティ?(マテ

○10. 内海一弘さん
 まあ、GS美神は基本的にギャグ漫画ですから、悪役とはいえ軽いところも見せておいた方がGSらしいと思ったのでw 人質に仕掛けられたものに関しては、そんなに複雑なものではありません。今後の展開をお待ちくださいw


 レス返し終了ー。では次回、おキヌちゃんがメインで戦います。

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