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「栗色の髪の少女 横島! 第十一話(GS)」

秋なすび (2007-12-14 08:54)
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──本作品にはTS要素が含まれています、ご注意ください──


横島です。長らく放置状態だったために、一体どんな話だったか忘れ去られてしまったのではないかと思うが、今、俺はおキヌちゃんとカフェでコーヒーを飲んでいたりする。窓際の席を二人で囲み、そこから俺は窓の外を眺めている。大きな一枚ガラスの向こうからは午後の明るい日差し。視線を落とせば大通りを行き交う人々の群れ。人々、か……。まだ全然実感が湧かないのだが、俺は人間ではなくなったらしい。しかも、男ですらない。一体何になったのかさえわからないのだが、少なくとも人ではなく、何かの妖怪だということだけは確かなようだ。ただし、あのヒャクメの話を信用すれば、の話だが……。もしそうだとすると、これから俺はどれくらい生きていくのだろうか。100年、200年……いや、それ以上かもしれない。そういえば、おキヌちゃんやピート、それにカオスのおっさんも何百年と生きてるんだよなぁ。あ、おキヌちゃんは幽霊だったし、生きてはいないか。悠久とも思えるその命、そして時の流れ。それは一体どんな気分なのだろうか……。少し瞼を閉じ、またそっと開く。視線の先では黒々とした人々の頭が右から左へ、左から右へと入り乱れて流れていく。蟻の行列。俺にはそう見えた。みんなどこから来、そしてどこへ向かっているのだろうか。俺は今どこへ向かっているのだろう。俺は一体何なんだ。この右目は一体。ルシオラ……。
いや、それよりもさっきからものすごく気になっていることがあるんだ。俺はずっと窓の外を眺めている。いや、正確には窓の外を向いている。別段何か物珍しいものが見えるわけでもなし、人の流れを眺めては物思いにふけってみたものの、それも長続きはしなかった。視線を戻せない。戻すのが怖い。おキヌちゃん……俺の顔に何かついてる? そんな穴が開くように凝視されたら正直怖いんだけど……。痛い。何やら熱の籠もった視線が痛い! もしかして怒ってるか? 俺、何か悪いことしたっけ? ちょっと疑うような事訊いたのが悪かったのか? 別に悪気があったわけじゃないんだが、少し気になったからつい訊いてみただけなんだけど。あ、もしかして事務所でのことか? あれは、うん、正直悪いと思ってる……、やっぱり嫌われちゃったかな。でも……、嗚呼、早く出たい、コーヒー全部飲んで、とっととここを出て行きたい! おキヌちゃん! お願いだからあっちを向いて!


栗色の髪を赤いバンダナでくくった少女、横島さんはじっと窓の外を眺めている。私はその横顔をじっと見つめていた。今朝、横島さんがお風呂から上がった時、私は朝食の準備をしていた。私がリビングへ出来た朝食を持って行き、一旦台所へと戻る途中の廊下、その横島さんとばったりと出会った。小さな歩幅でとぼとぼと歩く横島さんは、頭を項垂れさせていた。

「あ、横島さん? 朝食できてますから先にリビングへ行っててください」

私が話しかけると、横島さんは身体を僅かに震えさせ、そして下に向けたままの顔を小さく肯かせた。

「どうかしたんですか?」

私は、その様子に少し不安を感じて訪ねた。横島さんの顔は濡れて色に深みを増したつやつやとした栗色の髪が邪魔をして伺うことは出来ない。

「……なんでもない」

しかし、ぽつりとそれだけ言うと歩幅を大きくし、小走りに私の横をすり抜けて行ってしまった。いつになく素っ気ないその態度に私はその後ろ姿を見送ることしかできなかった。何かあったのだろうか……。お風呂に入る前はいつも通りに思えたのに、出てみたら暗くなってしまった。あ、まさか、お洋服が気に入らなかったのかしら? でも、ちゃんと全部着てネクタイまでしてくれてるしそういうことじゃないか、多分。ともかくも一旦台所へ戻った私は一抹の不安を感じつつ、麦茶の入ったグラスを二つお盆に据えると、横島さんが居るであろうリビングへと向かった。
リビング前に辿り着くと、そのドアの前で私は足を止めた。ドアの向こうから微かに声が漏れているのに気づいたのだ。

「お前……いるのか……?」

それはまだ聞き慣れない少女の、横島さんの声。電話でもしているのかしら? そう思った私はドアノブに手をかけるとドアを開けた。
あら? 電話をしているものと思っていた私は、電話機の有るあたりに目をやった。しかしそこには受話器の載ったアンティークな電話機があるだけ。そこに誰も居ないことに気がつくと、目で少女の姿を追い、そしてすぐにテーブルの椅子に座る横島さんの姿が目に入り声をかけようと口を開いた。

「横島さん、お待たせしまし……」

しかし、その顔を見たとき私ははっとした。その少女は大きな瞳をさらに大きく見開き驚いたようにこちらを凝視していたのだ。その様子に今度は私が驚き、その言葉は途中でとぎれてしまった。

「よ、横島さん、どうしたんですか……?」

私は横島さんのそのただならぬ反応にそう訊かずには居られなかった。

「ご、ごめん。なんでもないよ」横島さんは私の言葉で我に返ったように慌てて言うと、少しおどけたような笑顔を見せた。「それより早く飯にしようぜ。そういえば昨日の昼から何も食べてなかったんだ。腹が減って死にそう」

そう言いながらお腹を押さえておどけてみせる横島さん。その姿に私はほっとし、くすりと笑うと、「はい、そうしましょう」と答え、テーブルに歩み寄るとお盆を置き、グラスを横島さんの前に置いた。


「さっき何か聞こえてた……?」

グラスを置き、お盆を近くの台に載せると私は横島さんの向かい側に座った。すると横島さんは不意に呟くように訪ねてきた。その顔には微かな緊張の色が浮かんでいたように私には見えた。

「え? 何のことですか?」

しかし唐突な質問に私は横島さんが何のことを言っているのか解らなかった。

「あ、い、いや、何でもない。気にしないでくれ……。じゃ、いっただきま〜す!」

私の反応に安堵したのか横島さんは顔をゆるませ、打って変わって大きな声でそう言うとお皿の目玉焼きに箸を付けた。もしかしてドアの向こうで訊いた声のことだろうか? 電話じゃなかったということは独り言? 一人で何を言っていたのだろうか……。頭に疑問が過ぎったが、忙しなく朝食にありつく少女の姿を見、考えても仕方のないことだとすぐに思い直すと手を合わせ、続いて「いただきます」と言い、目の前の朝食に箸を付けた。

それから暫く二人、特に話すこともなく黙々と朝食を食べていた。……いえ、目の前の少女を見るとその表現はいささか問題が。よほどお腹が空いていたのか、横島さんのために用意した朝食はものの数分で平らげられ、事務所のみんなに用意しておいた5,6人分(大半はシロちゃん)の朝食も全てこの小さな少女の胃袋の中へと吸い込まれていってしまった。美神さんのサラダ、シロちゃんのお肉、タマモちゃんのお揚げ、全部。みんな怒るだろうなぁ……。ま、目の前の底なしな胃袋には敵わなかったってことで諦めて貰うしかないか。適当に代わりのものでも作っておこう。

「あ〜食った食ったぁ!」横島さんは少しふくれたお腹をさすりながら幸せそうに言った。「あ、でもなんだかデザートが食べたい気がするな、ちょっと甘めのものとか……」
「ま、まだ食べる気なんですか!?」

いくらデザートは別腹とか言ってもいくらなんでも食べ過ぎだ。お腹大丈夫なのだろうか。

「ん〜、なんだかちょっとこれだけじゃ物足りない感じがさぁ……。あ、無かったらいいんだけどね」
「は、はは……。ごめんなさい、あいにく今そういうの切らしちゃってて」
「そっか……、残念。ま、いっか。どうせ買い物行ったついでに何か買えばいいし。アイスとかチョコとかさ。チョコケーキなんかいいよな」
「そうですね、そうしましょう」

そう言うと、横島さんは両腕を挙げ、大きく伸びをした。それにしてもこの少女は本当に幸せそうに笑う。そんな様子に私はさっきまでのことはすっかり忘れてしまっていた。そして、この妙に自然で不自然な会話を後々感慨深く思い返すはめになるのだが、それはまた別の話。


「そうだ」横島さんに次いで私も目の前の朝食を食べ終えるとふと大切なことを思い出した。「横島さん、ちょっとここで待っててくださいね」
「へ? うん、いいけど、何?」
「渡したい物があるんです」
「渡したい物……?」

向かい側に座りお皿の上をお箸でつついていた横島さん、私の言葉にあまりぱっとしないと言った表情を返してくる。それを尻目に私は席を立つとリビングを後にした。行く先は二階、階段を上って突き当たりのドアを抜けた先、そこは私の部屋。部屋に入ると立ち止まり、私は“それ”の有るはず場所に目をやった。あった。ベッドの横、電気スタンドの載った小さな丸テーブルの上にそれはある。それは赤い、赤い、バンダナ。私はテーブルに歩み寄り、そのバンダナにそっと手を触れる。

「横島さん……」

胸の前でバンダナを握りしめると私は目を閉じる。脳裏にはまるで懐かしい思い出のようにあの明るく、優しい人、横島さんの姿が蘇っては消え、また蘇っては消える。そして、ふと疑問が頭に過ぎる。本当にあの少女は横島さんなのだろうか。このバンダナの主は未だどこかに居るのではないか……。しかしそれに私は頭を振る。だめ、現実を見なさい! 私の知っている横島さんはさっきまで目の前に居た。自分自身感じていたじゃない、“あの少女は横島さんだ“って。
私は握りしめる手をゆるめ、目を開くと手の中の赤い布を眺めた。それは少し汚れくたびれた、でも見慣れた、今となっては数少ない彼を示す思い出の品。いや、私は一体何を決めつけているの? まだ何も解っては居ないのに。横島さんはきっとあのままじゃない。いつか元の姿に戻って、今まで通りの日々が待っているはず……。そうだ、訊かないと。妙神山で何か解ったことが有るはず。私は自分にそう言い聞かせ、そして自室を後にした。


ともかくも私はリビングへ戻り、そして部屋の中を見渡した。しかし、横島さんの姿が見あたらない。おかしいな。そう思い、中へと進むと先ほどまで横島さんが座っていたテーブルへと歩み寄った。すると部屋の奥から誰かのうめき声が聞こえた。

「うぅ……食い過ぎた……」

横島さんの声。どうやら奥のソファのあたりに居るようだが姿が見えない。私はその声のする当たりへと足を運んだ。そして、背を此方へ向けた横長のソファをそっと覗き込む。そこには苦しげに目をつむり、お腹をさすりながら仰向けに横たわる少女の姿があった。やはり横島さんだった。

「ぷっ!」私はその姿に思わず笑いが込み上げてしまった。「くくくく、まだデザート食べますか? 横島さん?」
「あ! おキヌちゃん!」横島さんは私の言葉に驚き、目を開くと口の端を引きつらせた。「いや、なんていうかその、もういいっス。ははは……」

照れ隠しに笑いながら横たえた身体を起こす横島さん。しかしその視線は私の右手あたりで止まった。

「おキヌちゃん、それ……」
「はい、さっき言ってたのはこれです」

そう言いつつ私は右手に持っていたバンダナを横島さんの方へと差し出した。横島さんは最初、それをただしげしげと眺めるだけだったが、ようやくにして手を差し出すと、私の手から赤いバンダナを受け取った。

「これ、どうしておキヌちゃんが?」
「昨日、横島さん達が出かけてる間にお部屋におじゃまさせてもらいました。その時拾ったんです。あ、それに掃除と洗濯もしておきましたよ?」

私の言葉に「ふ〜ん」と曖昧に答える横島さん。相変わらず手に握るバンダナをしげしげと眺める表情は特に変わった様子は無かった。しかし、ふとその顔に微かに哀愁の色が現れ、そして口を開いた。

「つい何日か前まではこれ付けてたのに、なんかすごく久しぶりに見た気がするよ……。ありがとな、おキヌちゃん」

そう礼を言うと、バンダナを慣れた手つきで横長に畳み、中央を額に当て、手をその両端へと滑らすと頭の後ろへとやった。しかし、そこで動きが止まった。横島さんはその手を前に戻し、片手で後ろ髪を一房掴むと顔の前へと持っていき、そしてそれをじっと眺め始めた。

「どうしたんですか?」
「うん、なんかさ、そういえばこの髪、昔はもっと長かったような気がしたんだよね」
「昔ですか?」
「そう、昔……」

昔、昔……。何のことだろう、昔の横島さんは髪が長かった? 子供の頃は髪が長かったと言うのだろうか? なんだか全然想像できない。腰くらいまである髪をした快活で悪戯好きな長髪の少年、私がそんな不毛な想像をしている間も横島さんはそのなめらかな栗色の髪を眺めては何か物思いにふけっていた。そんな少女の様子を見るとふとある考えがひらめいた。

「そうだ、横島さんそのバンダナ貸してください」
「え? あぁ、いいけど、どうするんだ?」

バンダナを持つ横島さんに手を差し延べそれを受け取ると、私は訝しげに見つめてくる視線をよそに、その後ろへと回った。そして背後に回る私を追って向けられた顔を両手で挟み、前に向けると、その後ろ髪を両手で一房に束ねる。

「お、おキヌちゃん? 何やってんの?」
「少しだけじっとしててくださいね」

束ねた後ろ髪を片手で持つと、バンダナを掌に載せた右手でその付け根を下から掴み上げるように持ち、左手で上を一回りさせると、下で両端を一つに縛った。

「はい、できましたよ」
「え? 何が? どうなったの?」

違和感があるのか不思議そうに後ろに手を回して髪をいじる横島さん。

「ポニーテールにしてみたんです」
「ポニーテール!?」

横島さんは私の言葉を訊くなり必死に後ろ髪を弄り回し始めた。見かねた私はソファの隣の棚にあった丸い置き鏡を手に取り、前へと回ると、横島さんの顔の先へと差し出した。それに気づき鏡を覗き込む横島さん。その視線は一瞬反らされたように見えたが、すぐに視線を戻すとまた鏡を見始めた。そして顔を左に向けたり、右に向けたり、顎を上げてみたりと繰り返しては「ほ〜……」という溜め息を何度も吐いた。

「やっぱり可愛いですね、女の子の間はこれにしませんか?」
「え?」私のその言葉に顔を上げ、横島さんは一瞬意外な物でも見るかのように目を丸くしてこちらを見た。「あ……あぁ、確かに可愛いよなぁ。うん、そうしようか。しかし、これでもう少し年を取っていればなぁ、そして……そして、もう少しこの胸が! 胸がぁ!」

嘆きの声を上げつつ、自分の胸に手をやる横島さん。

「あ〜〜! や〜〜らかいなぁ! でも、でも、なんでこないに小さいんやろう!! めちゃくちゃ複雑や〜〜!!」

自分の胸を揉みしだき、声高らかに嘆きの唄を口ずさむ横島さん。や、やめてください。なんか変態っぽいですよ? それに、それに、私も泣けてくるんです。それ言われると……。頬に濁流の如く涙を滾らせる少女を眺め、私も思わず目尻に涙を浮かべる。小さな胸を必死にどうにかしようとするその姿は、敵わぬ運命(さだめ)に立ち向かおうとする、そんな悲壮感に充ち満ちていた。しかし、その動きは不意に止まり、何かに思い当たったように横島さんは首を捻らせた。

「そういえばさ、俺の部屋、掃除したって言ってたよね」
「えぇ、昨日してきましたよ? それに洗濯も」
「……も、もしかして」
「あ、えぇ、もちろん全部捨てちゃいましたよ?」

いかがわしい本達。

「お……お……」私のその言葉を聞くなり胸に当てられていた両手で頭を抱え、その顔に絶望の色を露わにさせると、少女は叫んだ。「俺の秘蔵のエロ本達が〜〜!!」

だからやめてください! ほとんど変態ですよ!? 私は顔を引きつらせながら心で叫ぶも口には出せず、横島さんは一頻り絶叫するとそのままソファに倒れ込んでしまった。ソファで俯せにうずくまり、口を尖らせ「おキヌちゃんのバカ……」などと呟きながら眉を寄せ涙ぐむ瞳の先でのの字を書く横島さん。それは何かを訊けるような様子ではなく、私は苦笑しつつも溜め息を吐いた。

「それじゃ、後片付けしてきますね。それにみんなの分の朝食もちょっと作らないといけませんからおとなしくしててくださいね?」

いろいろ訊きたいことはあるが、今はともかくそう言い残し、「あ〜」という棒読みで投げやりな少女の答えを聞き届けると、私はリビングを後にした。


「あ! そうだった! おキヌちゃん、俺の荷物どうした!?」

私が台所で朝食の後片付けをしお味噌汁を作る間、リビングのソファの上に座り膝を抱えていじけていた横島さん。しかしお皿を洗い終え、お味噌汁もできあがり、話を訊こうと私はリビングに戻ると、その横島さんはぱっと飛び起き此方を向き口を開いた。

「荷物ですか? 全部バッグから出して、応接室に置いてますよ?」

横島さんがお風呂に入っている間に荷物はおおかたバッグから出してしまっていた。

「その中にさ、黒っぽい小さな石みたいなの無かった!?」
「石ですか……。あ、えぇ、ありましたよ? 小指の先くらいのやつでしたけど」
「そ、それどうした!?」
「ほ、他の荷物と一緒に置いてますけど、それがどうかしました……?」

ソファを乗り越え、私の両肩を掴み迫ってくる横島さん。その剣幕にたじろぎながらも私は答えた。荷物を片付けるためにバッグを探っていた私は、そのポケットの中に小さな石のような物が布にくるまれているのに気がついた。どうやらそれがただの石ではないということはすぐにわかった。一見どこにでも転がっていそうな小石、そこからは僅かながら、しかし力強い霊気が発せられていることに気づいたのだ。

「そ、そっか……良かった〜」
「あの、横島さん?」
「あ、あ〜、べ、別にいいんだ、それなら」
「はぁ……」

胸をなで下ろし、心底安心したという顔をする横島さん。慌てて言い繕うがその様子は間違いなくただごとではない。しかし、あの石が一体なんだと言うのだろう。ただの石じゃないということだけは確かなようだけれど、だからといってあれは一体? あんなものを私は荷物に入れた憶えはないし見たこともない。しかしそれは妙神山から帰ってくるとそこに入っていた。ということは妙神山と何か関係があるのだろうか?

「横島さ「ごめん、おキヌちゃん」は、はい!」

あの石は何なのか、何か解ったことがあるのか、そのことを訪ねようと私は口を開いた。しかし、それはすぐに横島さんの声によって遮られてしまった。

「あの石の事でお願いがあるんだけど」
「え? えぇ、いいですけど、なんでしょう」

そこまで言うと少しばかり躊躇うそぶりを見せ、そして横島さんは続けた。

「あの石、この事務所のどこかに置いておいて欲しいんだ。できればその、目に付きやすいような場所に……」

静かに言う横島さんのその眼差しは真剣そのものだった。

「はぁ……、それはいいですけど、あれ、なんなんですか?」
「大事な物なんだ、とても……」

横島さんはそれ以上答えない。

「……解りました、じゃあ応接室の棚に置いておきますね、あそこなら目に付きやすいですし。でも、そんなに大事な物なら自分で持ってた方がいいんじゃないですか?」
「うん、そうしたいのは山々なんだけど、ここの方が安全だし……。ほら、ここって結界に守られてるだろ? それに地下の霊脈も良くて、霊的にも安定してるらしいから、だから……」
「あぁ、そうみたいですね」

美神さんの話によるとそうらしい。私も幽霊だった頃は、ここに居るととても気分が落ち着いたものだった。多分あの石もここに居ると何かと楽なのだろう。

「うん、それにその方がまだ……少しでも長く居られると思うから……」

横島さんは小声で呟くように言った。その表情はどこか曇っているようにも見えた。

「どういうことですか?」
「いや……なんでも……」

やはり呟くように答えると横島さんは私の横をすり抜け、ゆっくりとした足取りでリビングの入り口の方へと向かっていった。私はその後ろ姿に少し躊躇ったが、結局後をついて行くことにした。きっと応接室へ行くつもりなのだ。


リビングを出て廊下を左へ曲がり、少しだけ歩いたところの右側手のドア、そこを抜ければ応接室。ここが私達メンバーの事務所での仕事の場。中央には縦長の四角く背の低いテーブルを挟んでソファが向かい合って並び、その横、上座側にはいつも美神さんの座るアンティークながらもゴシック調の豪華な模様のついた事務長席がある。いつも私が掃除をし、綺麗にしてあるこの部屋。しかし今はここを飾っていた植木が全て取り払われ、壁には大きなへこみが出来てしまっており、普段とは少しばかり眺めの違う、ちょっとした惨状を露わにしていた。横島さんは事務所にあって特に何もすることがなければ大抵はここにいる。そして外と繋がる出入り口もこの部屋にあり、事務所に出入りするならば必ずまずここを通ることになる。つまり、横島さんの言うその石もこの部屋に置いてあれば事務所へ来るとすぐに目にすることが出来るということだ。その応接室へと先に足を踏み入れた横島さん、顔をあちこちに向け、キョロキョロと部屋の中を見回し始めた。

「こっちですよ」
「あ、あぁ」

荷物をすぐに見つけられなかったらしい横島さんを私はそれらを纏めて置いてあった隅の棚に案内した。荷物と言っても横島さんの物といえば着替えが少しあるだけ、他にそれといって何かあるわけでもない。棚の上には畳んで重ねた下着が数着、そしてその上には小さな黒い石。その前まで辿り着くと横島さんはその石を胸の前で掌に載せ、そして握りしめるでもなく、ただじっと眺めていた。そのどこか遠くを見つめるような瞳は何かを、そう私には見えない何かをじっと見つめている、そんな風に思えた。そんな横島さんの横顔を眺めていると不意にその瞼が震えたのに気づいた。そして、一粒の涙。それはゆっくりと、そしてゆっくりと頬を伝い……消えていった……。

「よ……こしまさん……?」

私は無意識に言葉を紡いでいた。

「あ、こ、ごめん!」私の言葉に我に返ったのか横島さんは慌てて目尻に指を走らせた。「いや〜、目に埃が入っちゃってさ。は、ははは……」

頭の後ろに手を当ておどけたように笑う横島さん。私はそれにどう答えて良いかわからず、ただ出来の悪い笑顔を返すことしかできなかった。そして二人の間に重い沈黙が落ちた。

それから私達、二人して暫く押し黙っていた。伏し目がちな瞳で掌の石を眺める横島さん、その切なげな姿を私はただ眺めることしかできない。頭を渦巻く疑問は先ほどから増す一方。しかし訪ねる機会は一向に訪れてはこない。知りたい……、訊けない……。

「おキヌちゃん……訊かないの……?」
「え……」

掌の石を棚に置くと顔を私の方から僅かに背け、小さく呟くように横島さんは言った。勿論訊きたい。今、横島さんに何が起こっているのか、その石は何なのか、そうやって横島さんを苦しめているものがなんなのか、訊きたい。でも……。

「ごめん……、さっきからはぐらかしてるのは俺なのに、こんな事言うなんて間違ってるよな……」

眉を寄せ、どこか苦しげに言う横島さん。

「でも、話したくないんでしょう……?」

横島さんの態度は私にはそうとしか思えなかった。しかし、私の言葉に少女はゆっくりと顔を横に振る。

「解らない、解らないんだ……。多分、話したくないと自分では思ってる。けど、どこか誰かに訊いて欲しい、そう思っているような気もする……。それが、解らないんだ……」

目を閉じ唇を噛みしめる横島さんの横顔、それはこの少女の複雑な心のありかをそのまま表している、そう見えた。どうすれば……どうすればいい? 私はこの少女に何をすればいい……? 目の前にはドアが一つある。それは少し触れるだけで壊れてしまうような、そんなドア。私はその先を知りたい。知るにはどうすればいい? そう、ただ触れるだけでいい。でも、私はドアのその先に何があるのかを知らない。何があるのかは知らないが、しかし、それが決して軽く受け入れられるものではないと言うこと、おそらくは辛い何かがあるということ、それだけは感じられる。知りたい……。知りたくない……。知りたくない……。

知りたくない。

「ごめん、おキヌちゃん」

唐突に上げられた少女の声に私ははっと我に返った。そしていつの間にか下に向けてしまっていた顔をその少女の方へと向けた。そこには少し困ったような笑顔で笑いかける少女の姿があった。

「こんな事言って、俺ますます迷惑かけちゃうな……ごめん。ここまで言っておいてこう言うのもなんだけど、さっきまでのこと忘れてくれないかな」

その言葉に私は何も応えられない。胸が……苦しい……。

「えっと! じゃ、いつ出かける!?」

横島さんはその顔をぱっと明るい笑顔に変え、先を促そうとそう言った。

「あ、あの……よこ「そういえばこれからどこ行くつもりだったの!? いや、そういえば他のみんなは!? 姿が見えないけど」あ、えぇ、みんなまだ寝てるみたいですから……」

何かを言おうとする私の言葉を遮り、横島さんは話しを続ける。その明るく振る舞う姿に辛さが増す。訊けなかった……。私は横島さんから与えられた機会から、そのドアから目を背けてしまったのだ。横島さんは話したくないと言っていた、しかし本当はどうしても誰かに訊いて欲しかったのではないのだろうか。私はそれに応えられなかった。ごめんなさい……、ごめんなさい!

「よこし「え〜っと、そうだ! 早く行」横島さん!」

尚も一人で話を進めようとする横島さん、それを私は声を張り上げ遮った。その剣幕に、横島さんは驚きの目で私を見返した。

「ごめんなさい、横島さん」

私の言葉に横島さんは何か言うでもなく、ただこちらを眺める。

「私には横島さんの気持ちがどこにあるのか、本当のところを言うと良くわかりません。だから私もどうしていいのか解らないんです。ごめんなさい……」私はそこまで言うと言葉を切った。そして意を決し続けた。「だから……、だから私待ちます! いつか話すつもりになったら、横島さんの口から訊かせてもらえませんか!?」

今の私にはそれが精一杯の言葉だった。その言葉に再び驚きの目を見開く横島さん。しかし、何も言っては来ない。

「すみません……こんな事言って、困らせるだけかもしれませんけど……」

もしかしたら余計に傷つけているのかもしれない。でも、私には何も解らない。横島さんが本当に訊いて欲しいと思っているのかわからない。そして、それは触れて良い物なのかどうかもわからない……。ただ、私にも解っている事がある。それはこのまま何も言わなければきっとそれっきりになってしまうということ。それでも美神さんから事実は訊けるかもしれない。でも、それでは意味がない。私は横島さんの本当の心を訊きたい。だから、私はこうして横島さんの顔を真っ直ぐに見、そして言ったのだ。

「困るもなにも……」

ようやく口を開いた横島さん、その顔はどこか困惑したような表情を浮かべていた。しかし、不意に微かな微笑みを浮かべるとそっと続けた。

「ありがとう、おキヌちゃん」

優しく微笑みかけてくる少女のその笑顔に、私は一瞬目が釘付けになっていた。しかし、すぐ我に返ると知らぬうちに私も微笑み返していた。

「どこへ行こうか」

そして私達は二人、一緒に並び、街へと出かけていった。


私は今、横島さんを眺めている。テーブルの向かい側、午後の日差しを受け、その栗色の髪は淡く輝いている。その横顔を見つめながら出かける前の事を思い返し、カップのコーヒーを一口呷ると私は微かに溜め息を吐いた。
私は一体どうすればいいのだろう。私は横島さんのことが好き。それは以前も、そして今も変わりがないと思っています。そう、それは少女であっても少年であっても、私は横島さんの事が好きということ。でも、今の横島さんは少年の頃の横島さんではない。そこには姿形の違いでしかなくても、私には確かに違いがあるように思えてなりません。内面が同じであれば同じ人間。本当にそうなのでしょうか……。もちろん、私は横島さんの外見が好きであって、内面はどちらでも良い、などと考えているわけではありません。もし、横島さんが誰か別の男の人へと姿を変えても私は横島さんを好きでいられる、そう確信しています。でも、でも、今は少女なんです。いくらなんでも違いすぎではないでしょうか……。しかし、そんなことよりももっと深刻な事態に今、私は陥っているように思えるのです。今の横島さんは少女、明るい栗色の髪に少し大きめの瞳をした、透き通るような肌を持った可愛らしい少女。私はその少女に……恋をしてしまった……。それがどう深刻なのか? 横島さんが横島さんである以上、少女でも少年でも同じなのだから良いではないか。そう、そのはずなんです。私はこの少女が少女であるが故に好きというよりも、やはり横島さんであるから好きなはずなんです。でも……、わからないんです。この少女が元の姿に戻り、居なくなってしまったら、そう考えると胸が苦しくなるんです。でも、それとは逆に、あの少年の横島さんが戻ってこなかったら、そう思うとやはり胸が苦しく……。私は一体どうすればいいのでしょう。
頭の中でそのようなことを思いめぐらせ、私はまた微かに溜め息を吐いた。そして横島さんの横顔を眺める。

「あの、横の席いいですか?」

その時突然横から声がした。その声に気づき、私はそちら側へ目をやろうとした。

「いいっスよ!」しかし、それより先に恐ろしい反射速度で横島さんが先に顔を向け、どこか嬉しそうに声を上げた。「もういくらでもどう……ぞ……」

しかし、その声は途中から小さくなっていった。不審に思った私は横島さんの顔を覗き込む。横島さんは瞳を大きく見開き、驚愕の色を露わにさせ一点を凝視していた。ただならぬその様子につられ、横に向けられた視線を追って私も横を向いた。

視線の先、そこにはどことなく優しげな顔をした少年が一人立っていた。


その短めに切られた髪は、灰色がかった色をしていた……。


あとがき

いや、ものすごい久しぶりの投稿です。
ホント久しぶり、私のことや、この作品のこと、憶えている人はいるのでしょうか? 怪しいところです。
さて、今回はやけに長い回想。本来なら前回の話とは時間軸的にも逆転しなきゃいけないようなものですけど、う〜ん、どうでしょうか。
言い訳になりますが、やはり物語を書いていくというのは不慣れなもので、文章はともかくとして、話のテンポをしっかりと把握することは難しいです。これこそ経験と勘、そしてセンスがものを言うことはわかっていますが、私にはそれがどれも欠けているような……。
しばらく書かない間、良い物語とは何か、心に響く話とは何か、などといろいろと考えてみましたが、それが容易に答えの出る物ではありません。結局答えは見つからないままですが、ともかくもそういうものを作っていこうと努力をすることしか、その答えに辿り着く途はない。ならばやはり書くしかないというわけですね。
イラスト? イラストは……、見たままポニテになった横島クン。ちょっと物憂げ。今回の話にあわせたつもり。
前回のレス返しですが、あまりにも時間が空きすぎたので今回はなしにさせていただきたいと思います。
レス、少しでもあればいいな……。などと、思いつつ。
では……。

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