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「栗色の髪の少女 横島! 第十話(GS)」

秋なすび (2007-07-14 02:43)
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──本作品にはTS要素が含まれています、ご注意ください──


初夏の日差しを纏った雲一つない青空がのっぺりとした表情を見せている。大通りには背の高いビルが並び立っていた。どのビルもほとんど灰色と呼べる範囲を超えるものはなく、みな同じ表情で気だるそうに行列を作っている。大通りの中央は大小様々の車が行き交い、歩道の街路樹達は鮮やかに碧く茂り、灰色で無機質な空間にその存在を誇らしげにアピールしている。起伏の多い東京にあってここもやはり軽い勾配をなし、歩道を歩く人ごみは坂に沿って上から下へ、あるいは下から上へと忙しなく早足で歩を進めている。その人ごみに溶け込み肩を並べて歩く二つの影があった。一方は腰まである黒い滝のような美しい黒髪を持つ少女、そしてもう一方はその黒髪の少女の肩くらいの背をした、ポニーテールに纏めた鮮やかな栗色の髪をぎこちなく揺らし歩く少女。その髪にはポニーテールの付け根に赤い布が羽根を広げ、あたかも赤い蝶が巨大な羽根を優雅に揺らしているかのように見える。二人はぽつりぽつりと言葉を交わしつつ、川に浮いた葉っぱのように人の流れに任せて歩を進める。しかし、栗色の髪の少女は黒髪の少女よりわずかに後ろを歩きそわそわとどこか落ち着きがなかった。


「どうしました?横島さん」黒髪の少女はそんな栗色の髪の少女の様子に気づいたのか少しだけ歩をゆるめると顔を少女の方へ向け訪ねた。
「え?」栗色の髪の少女は突然投げかけられた問に一瞬きょとんと目を丸めた。「あ……何かおキヌちゃんを見上げて歩くのも久しぶりだな〜って思って。おキヌちゃんが幽霊だった頃以来だよな」そして、少し考えた後で栗色の髪の少女は答えた。
「そういえばそうですね。でも私は……」
「ん?どうかした?」
「あ、いえ、なんでもないです。はは……」
「?」
黒髪の少女は喉まで出かかった言葉を飲み込むと曖昧な笑顔を栗色の髪の少女へと向けた。そして二人は再び黙り歩く。しかし栗色の髪の少女はやはり自分の服や髪をいじり落ち着きがない。


「横島さん、どうかしたんですか…?」黒髪の少女は再度同じ質問を栗色の髪の少女へと投げかけた。
「あのさ…」
「はい?」
「おキヌちゃん、ホントにタマモの幻術にかかってたの……?」
栗色の髪の少女のいじるその服は
「ま、ゴスロリじゃないけどさ……」
所々黒い十字架の模様の刺繍がちりばめられ、燕尾服を短くしたような背中を少女の小指ほどの太さの黒い紐で編み上げた白いロングシャツ、今にも中が見えてしまいそうな赤いひらひらのミニスカート、灰色がかった黒いサイハイソックス、そして
「なんでネクタイとかあるのよ」
いわゆるパンクファッションというやつである。栗色の髪の少女はそれだけ言うと 少しだけ目線を周囲にさまよわせ、丈の短いスカートの裾を握り微かに頬を赤らめさせた。その姿はある種の人間にとっては非常に破壊力のあるものだった。小柄で均整の取れたシルエット、頬を薄く桃色に上気させ少し俯き加減で上目遣い。少し大きめの白いロングシャツには微かに肌色が浮き上がり、その胸部は僅かに隆起しその存在を控えめに主張している。ミニスカートからすらっとのびた長い足はサイハイソックスとミニスカートの隙間で白く美しい太ももが見え隠れする。14,5歳位の超の付いてもよい美少女がそんな姿でしかももじもじと恥じらっているのだ。その“ある種”の人間にとっては神をも拝む気分だろう。実際、周囲では正面衝突する者や躓きかける者、街灯にしたたかにぶつかる者などが続出していた。世の中には“ある種”の人間が結構居るのだ。少女の周囲では被害が伝播し関係のない者にまで被害を加えるある意味公害のような状態が起こっていた。しかしながらその公害の主な原因たる少女は周囲のカオスに全く気づいていない。また知ったところで自分が原因だとは気づかないだろうから余計性質が悪い。
「え?よく似合ってますよ?」黒髪の少女は栗色の髪の少女を見下ろしながら何のことか解らないと言った風に目をぱちくりさせながら答えた。
「あのな!似合やいいってもんじゃないんだぞ!?」栗色の髪の少女は赤くした頬をさらに紅潮させ黒髪の少女の言葉をもどかしいとばかりに切り捨て「ええ、そりゃもうよく似合ってますよ!?それは認めますとも!自分で言うのもなんだがかなり可愛い!!」と一気に捲し立てた。「でもな……」そして肩で大きく一つ息を吐くと「男物とまでは言わないまでも、せめて普通のものにしてくれ……」と疲れたような顔で呟くように言った。
「そ、そうですか?ごめんなさい、横島さんって普段ずっとジーンズでしたからどんな服が好みなのかわからなくて……気に入りませんでしたか?」
黒髪の少女は栗色の髪の少女の剣幕に戸惑いを覚えたのか少し顔を引きつらせながらも慌てたように言った。栗色の髪の少女は慌てる黒髪の少女をしばし呆れたような眼差しで見ると、溜め息を一つつき「……ま、いいけどさ……」と呟き肩を竦め諦めのポーズを取った。彼女はそれならジーンズでいいのではないかと言おうとしたがやめた。この黒髪の少女にとってはこのようなファッションが普通なのかもしれない。しかし彼女は白いノースリーブのブラウスにふくらはぎまで隠れる紺のデニムスカートと簡潔で、ピアスやイヤリングはもちろんのこと、これといったアクセサリーも見あたらず、どうひいき目で見たとしてもおとなしめの身なりをしている。とても同じ人間がコーディネートしたとは思えないほど二人の格好はちぐはぐだった。この場合、おそらく彼女にとって普通とは普遍的かつ常識的であることではなく、個々において似合うか似合わないかが基準なのだろう。
「ネクタイがだめだったんでしょうか…」
「……」
いや、単に天然なだけなのか……。栗色の髪の少女は黒髪の少女の類い希な天然ぶりを今更ながら再認識した。
そして二人は再び黙り歩き始める。しかしなおもキョロキョロと辺りを気にして落ち着きのない栗色の髪の少女。よろよろとふらつくその姿はどこか何かを避けているようにも見える。


「横島さん体調でも良くないんですか?」少し不安そうに黒髪の少女が訪ねる。
「ん…そういえば気分が悪いい気もする…」そう答えると栗色の髪の少女は少し顔をしかめた。彼女の顔は汗ばんでいるが、それは日差しだけが原因ではないもののようだった。
「大丈夫ですか?無理しないでくださいね?あ、そこのカフェで休みますか?」黒髪の少女は指をさして言った。彼女が指さす先には二階建ての某大型チェーンのカフェがあった。
「あぁそうしようか」栗色の髪の少女はそれを見て肯いた。
二人は人の流れを横切るとそのカフェへと入っていった。


カフェは外の喧騒とは打って変わって静かに時間が流れていた。店内は細長く奥行きのある空間に四角いテーブルを効率よく配置されいささか窮屈な印象を与える。時折奥の方から中学生くらいの少女の無遠慮な笑い声やら中年男性の咳払いやらが、静かに流れる最近の流行曲のBGMと共に聞こえてくる。二人はカウンターでそれぞれのドリンクを注文した。女性の機械的な科白に一つ一つ答えていく。栗色の髪の少女が店員の手を握り「あにょはせよ〜」などと口走ると店員は大層引いていた。どうやら人間のようだ。


「カフェモカ……トールで」
「私は、カプチーノ……ショートでお願いします」
このドリンク名、サイズ名。ここは
「スター○ックスだな」
「それがどうかしましたか?横島さん」
「いや、独り言だから気にするな」


それぞれの会計を済ませしばらくするとカウンターにドリンクがトレーに載せられ出された。おまたせしました。とお決まりの科白を受け取ると黒髪の少女はトレーを持ち空席がないか店内を見回し始めた。
「あ、おキヌちゃん、俺が持つよ」こちらも空席を探していた栗色の髪の少女は、スカートの裾を気にしながらも慌てたようにぱたぱたと黒髪の少女に近寄りトレーを受け取ろうとした。
「え?あ、私が持ちますよ。横島さんは気にしないでくださいね?」
「そうはいかないって、俺だって……男……なんだし……」栗色の髪の少女の言葉は尻つぼみに小さくなっていく。
「ふふ、今は私がお姉さんなんですから、私が持たなくちゃいけないんですよ?」人当たりの良い笑顔で子供を諭すように黒髪の少女は言った。
「…同い年じゃんかよ……」栗色の髪の少女は眉を寄せ、少し頬を膨らませた。その仕草はまさに年相応の少女のものとも思えるものだった。黒髪の少女はその仕草を辛そうな面持ちで見つめていた。
「おキヌちゃん、どうしたんだよ。一階は空いてないみたいだから二階に行こうぜ?」
「あ、はい!そうですね!」
──いけない……──
黒髪の少女は込み上げてくる何とも言い難い感情を押し殺すと、スカートの後ろの裾を押さえつつ先に二階へと向かった栗色の髪の少女の後を追い、一部時が止まってしまったフロアを後にした。


私は、時々思うことがあります。横島さんは私のことをどう見ているのだろうと。横島さんは女性を見るとすぐに飛びついたり、えっと……口説こうとしたりします。私も幽霊だった時分に横島さんに飛びつかれた記憶があります。でもそれ以来一度もそういうことはありません。それに事務所のお風呂でも一度も美神さんが入っている時のように覗こうとはしません。いえ……私だって女ですから?べ、別に覗かれたいとかそういうわけじゃありませんよ?ただ、あの煩悩の強い横島さんがそういうことを全くしようとしないんです。私には女としての魅力がないということなのでしょうか……。やはり私が幽霊だったというのがだめだったのでしょうか?それとも、地味なのがいけないのでしょうか?
幽霊であった頃から私は横島さんの事が……その、す、好きでした。それは今も変わらないつもりです。でも幽霊だった頃は横島さんと一緒に居られれば良いと思っていたところもありました。それは横島さんが他の女性(ヒト)といるのを見るのを辛く思うことはありましたが、それでも一緒に居る以上は望めなかった。私は幽霊だったのだから……。でも一人の人間、氷室キヌとして再びこの世に生を受けることになると私もやはり女です。振り向いて欲しいという欲が出てきてしまいました。いえ、もしかすると幽霊であった頃からそうだったのかもしれませんが……。ですが……これは待っていることしかしなかった報いなのでしょうか?何かの試練なのでしょうか?テーブルを挟んで向かい合うその思い人は……


「おキヌちゃんさっきからぼーっとしてどうかしたのか?」


昨日、横島さんが幼児退行した時、本当は少しほっとしてしまった私がいる


「あ、いえ、なんでもないです」


向かい合うその人は見まごうことない少女で……


「おキヌちゃんこの暑い中よくそんな熱いの飲むな」


でもその少女が横島さんだというわけで…


「私ここのカプチーノ好きなんですよ。それにお店は涼しいですからあまり気になりませんよ?」


そう聞かされているけど本当のところを言うと


「それもそうか」


この少女が本当は横島さんではないのではないか。実はどこかに横島さんがいるのではないかなどと少しでも思ってしまう私がいて……


「でも意外でした、横島さんってそういう甘いのが好みだったんですね」


でもやっぱりテーブルの向こうでストローを噛む少女は


「ん?あぁ結構好きなんだよねこれ。言うほど甘くないしね」


どの仕草をとっても横島さんそのものと思えるものばかり……


「横島さんってこういうところ結構来てたんですか?」


その事実に少しでも落胆を覚えてしまい、それと同時にある種の感情がついて回る自分に


「あぁ昔は時々お袋達と来てたよ」


いらだちを覚えてしまっているわけで……


「そうなんですか」
「……あのな……みんな俺が昔っから貧乏してるようなイメージを持ってるみたいだけどさ、俺だって一人暮らし始める前は人並みの生活してたんだぞ!?他の家庭がどんなかは良く知らないけど多分そこそこいい生活をしていたんじゃないかと思う。結局一人暮らし始めてからはこういうところとも完全に縁遠くなってたけどな。それどころかその日の生活にも苦しんでたよなぁ……ふふふ……」トラウマに触れたのか少女は微笑を浮かべたまま窓の外に遠い目を向けると虚空を見つめたままフリーズしてしまった。南向きの大きな窓からは午後の強い黄金色の日差しが差し込んでいた。しかしここだけがなぜかセピア色に染まり、砂漠にぽつりと落ちた木陰のように周囲の空気との間に断層を作っている。
「で、でも最近はちゃんとした生活できてるんでしょう?お給料もちゃんと貰ってるんですし」
横島さんの給料は先月頃に突然跳ね上がったらしい。理由は横島さん自身もわからないと言っていた。それからしばらく横島さんは仕事が終わり事務所に戻ると、一緒に帰っていたはずなのに何故か気がつくと事務所の隅に荷物だけが残され姿をくらましてしまうという日々が続いた。お金は以前より遙かに余裕があるはずなのにどういう訳かげっそりと痩せこけミイラを水で戻したような姿で事務所に現れた時は驚いたものだった。
「ふ……確かに給料は増えたさ。でもね、しみついた生活スタイルっていうのはそう簡単には抜けないものなのさ。相変わらずカップ麺が主食だぞ」
そういえば横島さんの部屋、カップ麺のトレーが一杯あったっけ……。私は昨日、学校が終わった後、以前横島さんから預かっていた合い鍵で部屋に入らせて貰った。私は少女の髪を彩る赤い布をなんとなしに視界に入れつつその光景を思い出していた。
横島さんの部屋はいつ訪れても必ず煩雑に物であふれかえっている。そこで寝ているのであろう周りの物達に浸食されかけているせんべい布団、その周りには大量のゴミの詰まった袋やいかがわしい雑誌達、そして得体の知れない使用済みのちり紙など。一見とても人の生活しているとは思えない──見ようによってはとても生活感に溢れている──ような空間。でも私にとっては見慣れた空間。それはいつも私の訪問を待ちわびているかのように出迎えてくれた。私はその度に掃除をした。掃除をすることは私の趣味のようなものでもあるし、なによりそれがある種の安らぎをもたらしてくれていた。昨日も少し呆れながらも心の奥底に暖かいものを感じつつ掃除をした。その時雑誌の下敷きになっていた真っ赤な布きれを見つけた。栗色の髪の少女を初めて見た朝、少女はいつもの横島さんのジーンズにいつもの靴を身につけていた。でも決定的に足りない物があった。それが今、少女の髪を飾る赤い布きれ。それを見つけた時は正直複雑な気持ちだった。私は横島さんがそれを身につけずに出かける姿を見たことがない。それが孤島に置き去りにされたかのようにぽつりと取り残されていたのだ。それは横島さんに何かあったことを暗に示しているとしか思えなかった。
「相変わらずなんですね。でもちゃんと食べないと身体に悪いですよ?」
「そうやって気にしてくれるのはおキヌちゃんだけだよ!ふふふ……」
またしてもフリーズする少女。また何かのトラウマに触れちゃったのかな、ははは……。私は微動だにしない少女を眺めながらカップに口を付けた。そういえば今日は“横島さん”と二人きりなんだな……。視線をカップの中に移すと表面の泡から顔を覗かせた不透明な液体に自分の顔が映っていた。それを見て少しほっとした。
お仕事で何度か二人でお使いしたことはあったけど、いつも横島さんは女の人にかまってばかりでお買い物進みませんでしたよね……。タマモちゃんを拾ってきた時も一緒だったけど、あの時はタマモちゃんの事で一杯一杯でしたし。そういえば横島さん、今日は外では女の人に誰にも反応しなかったような気がするな。体調が悪いせいなのかな……?でもこうして横島さんと二人でカフェなんてちょっと夢みたいだ。なんだかこれってまるで……
「う〜ん、なんかこうしてるとまるでデートみたいだよな」
「ぶっ!」
デデデデート!!横島さんとデート!?
私は、いつの間にかトリップから回復していた少女の口からサラッとこぼれた言葉に、口まで運んでいたカップのコーヒーを吹き出してしまった。
「あちっ!だ、大丈夫か!?おキヌちゃん!」
私の吹き出したコーヒーがかかってしまったらしく少女はテーブルについていた手を一瞬跳ね上がらせた。
「だだだだ大丈夫です!そそそそそれより横島さんは大丈夫ですか!?」私は完全に取り乱してしまい、席から腰を浮かすと、少女につかみかかりそうな勢いで言った。
「ええ!?あ、あぁ、ちょっとかかっただけだから……」少女は少し身を引きながら言った。大丈夫だからと言う少女の言葉に従うことなく私は少女の服のあちこちを持っていたハンカチで拭いて回った。
「ごめん、別に深い意味は無かったんだけど……」少女は私のハンカチを持つ手にそっと手を触れ拭くのを止めるように促し「だいたい、これでデートじゃ怪しいカップルだよな、今は女同士だし……」と、鼻の頭を指で掻きながら少しばつが悪そうに言った。
「私は気にしていませんから。それに女の子同士ってこういうの結構あるんですよ?」私は出来るだけ明るい顔で言った。
「そうなのか?ふ〜ん…。あぁそういえば美神さんと冥子ちゃんもなんか怪しいよなぁ。シロもあんなだし。ああいうのも女同士なら普通なのかな」少女は感心したように言った。そして「ま、デートじゃないだろうけどね」と付け加えた。


それからしばらく私達はとりとめのない話をした。仕事のこと学校のこと家族のこと……。“横島さん”は私のことをいろいろと聞いてくれた。私も“横島さん”のことをいろいろと聞かせて貰った。“横島さん”とはなんだかんだで結構一緒にいたつもりだったけど、お互いに案外何も知らないことに私は愕然としていた。よく考えてみれば一緒にはいたけれど、お互いのことを話題にするようなことはほとんど無かったことを今更ながら再確認する思いだった。“横島さん”とこんなにじっくり話しをしたのは始めてだと思う。ただ話しをしているだけ。しかしそれが私にとって濃密な時間に思えた。
「おキヌちゃん俺って変わったかな……?」
「え?」
甘い気分に浸りつつ一人の世界に入り込みそうになっていると、“横島さん”が訊いてきた。私は少女の顔を見た。私は会話の間ほとんど少女の顔を見なかった。実際は目を向けてはいた──多分向けていたんだと思う──がもっと奥にある闇を見るようなつもりでいた。理由はと訊かれるとはっきりと答えられないけれど“なんとなくそうしなくてはならない”ような気がしていた。目の焦点が合っていたかどうかはなはだ怪しい。ともかくも私は少女の姿を改めて見た。見比べるまでもなく少年が少女になってしまったのだから全然違って当然だった。しかしつま先から頭の先まで全て変わってしまっているのかと言えば少し違う気がする。目元口元といった所々のパーツはどことなく似ているようにも思える。はっきり似ていると断言できるわけではないけれど、絶対に似ていないと言い切ることもできない。私はそれほど自分の記憶力に自信があるわけではないのだ。昨日の夕食に何を作ったかなどといったこととは訳が違う。どちらかというと昨晩の鯖はどんな顔をしていたのかと訪ねられるようなものだ。余談だが、残念なことにその鯖の顔は確かめようがない。その鯖は可哀想なことに私の手によって無惨にも解体され、お味噌と調味料で煮込まれてみんなでよってたかって頂いてしまったからだ。とても美味しかったです。
「う〜ん…」私はどう答えるべきか考え込んでしまった。
「あ、いや見た目は全く違うのは解ってるんだけどそういうことじゃなくて、その、内面っていうのかな?そういうところ」身体をじろじろと見回す様子を見て私の勘違いに気づいたのか少女は言い直した。
「あ、そっちですか、変わったような気はしませんよ?」私は率直に答えた。
「そっか……」少女は私の答えに満足できなかったのだろうか、少し目をそらし考え込んでしまった。そしてさっきより幾分声のトーンを落とし、暗闇で何かを探るように言った。「俺のこと“横島”だと思う……?」
「え……?」私は何を訊かれたのかすぐにはわからなかった。脳はその問を処理することなく少女の整った顔立ちをただ漠然と写し続けていた。少女の唇に少し特徴があることに初めて気づいた。ただそれだけだった。それがほんの脈拍の一拍する間にすぎなかったか、それとも数秒間だったかはわからない。しかし確実に相手に伝わるくらいの時間は流れていた。そしてその意味を呑み込むと意識が遠のいてしまいそうな動揺を覚え、慌てて「思いますよ!本当に!!」と少し上ずった声を張り上げてしまった。
「そ、そっか……」少女は一瞬驚いたような顔を見せると困ったような微笑みを浮かべストローを噛んだ。
私は自分の心音で耳鳴りがしそうだった。最低だ……。“横島さん”がどういうつもりで訊いてきたのか、この答えをどう捉えたかはわからない。でも少女に気持ちを見透かされているような、そんな気がした。


私たちはそれを境にしばらく黙ってそれぞれの黒っぽい液体を口にしていた。〈この少女は”横島さん“なんかじゃない。〉私は一度振り切ったはずの思いが深淵の縁から顔を覗かせるのを感じた。私は少女の顔を見ることができなかった。今度は目を、いや顔そのものをそらしていた。その色の違う双眸で心を覗かれはしないかとびくびくしていた。喉が酷く渇く。カップに口を付け、一滴口に含んだ。味などわからなかった。何を飲んでいるかすら判然としなかった。まるで暖かい空気を舐めているみたいだった。隣のテーブルから声を殺したカップルの会話が聞こえてくる。友達がどうのだの昨日学校で何があっただの来週の休みにどこかへ行こうだのと今の私にはどうでも良い情報がエンボス処理されたイラストのように異様なまでにくっきりと頭の中を渦巻いていく。私は混乱しかけていた。頭を埋めていく不必要な情報を排除しようと抵抗したが、その抵抗はいくつも穴の開いた堤防のように無意味なものだった。
私はこのテーブルに漂う緊張──あるいは、私が勝手にそう思っていただけかもしれないが──に耐え切れず、窓の外を眺めるふりをしつつ少女の様子を横目で盗み見た。そこで私の時は止まってしまった。少女は左手で頬杖をつき、右手に背の高いグラスを持ち、ストローを軽く噛みながら窓に映る景色を遙か遠くの夢の国でも見るかのような眼差しで眺めていた。窓から差し込む強い日差しは少女の形の良い顔の輪郭を打ち消し、それは幻想的な雰囲気を演出していた。私はいつの間にかその光景を真っ直ぐに魅入ってしまっていた。綺麗だと本気で思った。少女は私の虚ろな視線に気づき視線だけこちらに向けるとクスリと笑い、再び視線を窓の外へと向けた。その微笑みは天使のようにも悪魔のようにも見えた。そしてひどく色っぽく感じた。
“女の子同士ってこういうの結構あるんですよ?”私は半分冗談のつもりで言っていた。私は女子校に通いながらそういう現場を見たことがないし、もちろん私自身そういうことを“した”だの“された”だのという経験もない。ドラマや漫画の世界からの二次的な情報をなんとなく言っただけのことなのだ。しかし今、もしかするとそんなものなのかもしれないと思うようになってきていた。私もいつの間にか少女の生み出すカオスの中に巻き込まれていたのだ。それはもしかすると少女を初めて見たときからだったのかもしれない。


私は横島さんであって“横島さん”ではない少女に恋をしていた。


>あとがき そして いいわけ
どうも、スランプに陥ってしまった秋なすびです。
文字を書き始めて数ヶ月しか経ってませんし、ろくなものを書いてきたわけではないですが、スランプです。
とある作家の小説を最近読んで、もろに影響を受けてしまいました。今回書き始めたのはその作家の作品に出会う前だったのですが、それからです、書いても書いても次から次へと書き直すようになったのは。推敲に推敲を繰り返した結果、最初の3倍以上の量に膨れ上がってしまいました。
絵でもあったことなのでわかるのですが、人によって、より強い才能や個性というものに触れると、感覚がそれらに引き摺られてしまうことがあります。物の見方ががらっと変わってしまいまうのです。今の私は多分それです。良いのか悪いのか、今の段階では断言しかねますが、今の作品に関しては確実にまずいですね……
今回のものは以前とは作風がかなり変わっているかと思われます。それに、多少内容がおかしいことになっているところがあります。わかってはいるんです。おそらくは一貫性がないと言われると思いますが、私は私のこれからのためにこれを書きました。ここで一旦終わらせ、自分が成熟するのを待ってから改めて最初から書き直そうかとも思うほどです。
それでも、おそらくこの作品は続けるのではないかと思いますが、どうなることか。
それでは、今回はこの辺りで……


レス返し

>アミーゴさん
ヒャクメは能力的な問題1割と性格的な問題9割でやっぱり役立たずです(笑
彼女にも一応役立って貰うつもりではあったのですが…


>Februaryさん
少なくともおキヌちゃんは百合決定みたいです。
果たして続くのか!?

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