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「兄妹遊戯 第九話(GS+オリジナル)」

K (2007-12-01 23:26)
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―――妙神山。
 それは世界でも有数の霊格の高さを持つ、神と人間の接点の一つと言われている霊山である。その険しい、と一言で表すには憚られる程の日本離れした山道の先には霊能力者御用達の修行場が存在し、現在美神たちはそこにいた。
 最近霊たちが殺虫剤に抵抗を持った害虫のごとく全体的に強くなってきて、仕事にてこずるようになってきたから修業しに来たのだ。かつてここで修業したことがある唐巣神父から紹介状も貰ってきている。
 どう考えても中国のどこかの山奥だろ、と言いたくなる山道を越えた美神たちは今、何をしているかというと―――ぶっ倒れていた。

「な……ここの管理人!? あんたが!?」

 驚愕の声を出す美神の目の前には頭から角を二本生やした赤毛の女性が立っており、微笑みながらこちらを見ている。見た目にはただの見目麗しい女子大生といってもいい容姿である……洋服を着れば、だが。

「外見で判断してもらっては困ります。私はこれでも竜神のはしくれなんですよ」
「……どうやらそのようね。失礼したわ」
「いえいえ、どうかお気になさらずに」

 美神は地面にぶつけた尻をさすりながら立ち上がり、女性――小竜姫――に謝罪する。先ほど霊気を押さえていた彼女をこの修行場の管理人だと気付かずに「あんたじゃ話にならない」などと言って、彼女が解放した膨大な霊気に吹っ飛ばされたのだ。同じく吹っ飛ばされた忠夫はなかなか落ちない赤い染みを鬼門に付けている。
 こんなことで管理人に気分を害されて修行をさせてくれないなんてことになったら、せっかくここまで来た苦労が水の泡だったが幸い、小竜姫はさして気にした様子はないようだが。

「ともかく、鬼門を倒した者は中で修業を受ける権利があります……たとえ変則的な方法であっても、です」

 鬼門というのはこの修行場の入口にある鬼の顔の付いた門のことである。鬼である彼ら(の体)を倒すことがここの修業を受けることができる第一条件なのだ。詳しいことは省くとして、美神は動けない鬼門の顔に目隠しをすることで体の方の自滅を謀り、見事勝利した。

「鬼門についてよく知りたい人は原作を読みなさい」
『『ドラゴンへの道!!』は豪華版第二巻に載っていますよ〜。表紙は私です』
「それどっから出したの、おキヌちゃん?」

 どこからともなくマンガを取り出したおキヌにツッコむ忠夫。美神の発言も相当アレなのだが、そこにツッコんでいないのは気にしないでおこう。彼もGS美神の登場人物である。


 鬼門を抜けて修行場の中に入り、小竜姫について行ってしばらくすると美神たちの視界には何やら見慣れたものが入った。

「……なんなの、このセンス」

 そこにあったのは一言でいえば銭湯。ちゃんと木でできた鍵が付いている靴箱があり、二つある入口には『男』『女』の暖簾がかかっている。

「はっ、まさか! 修行に入る前に山道で流した汗を流そうというのですね!修行の前に身を清めるというのはよく聞くこと。漫画とかでも滝壺で体洗ったりしていますもんね! わかりました。この不肖横島忠夫、手伝わせていただきます! まずは服を脱ぐのを……」
「落ち着きなさい!」

 ゴスッと痛そうな音と共にたんこぶを作って地面にキスをする忠夫。息を荒げている美神の隣では小竜姫が「横島……?」と首を傾けている。が、やがて考えるのを止めたのか首を振って話を仕切り直した。

「さて、これから修行を受けてもらうわけですが……もう一人、すでに修業を受けている方を呼んできますので少し待っていてください」
「先客がいるんすか?」

 即座に復活した忠夫が疑問に思うのも無理はない。この妙神山修行場はその修業の厳しさから命を落とすこともあるため、修業を受けるには様々な条件がある。ここに来るまでの厳しい山道や先ほどの鬼門の試練もそのうちの一つだし、紹介状制度もそうである。そうすると、そういった条件をくぐり抜けて修業を受けるのは必然的にそれなりの実力者となる。そして実力者というのは往々にして数が少ないものなので、妙神山で他の修行者に会うことはないだろう―――と神父から聞いていたからである。

「ええ。今日で6日目になります」

 そう言って女の暖簾をくぐって中の方に去っていく小竜姫。残った美神たちは特にすることもないのでその修行者について口々に自分の意見を言い始めた。

『6日かあ……すごいですねえ。どんな人でしょうか?』
「さあ? でもここで修業するってことはかなりの実力者のはずよ。ということは名前くらい聞いたことがあると思うけど……」
「女か……美人のネエちゃんやったらええな――――ん?」

 だらしなく緩んでいた忠夫の顔が突然神妙なものになる。美神はいきなりシリアスになった忠夫を訝っておキヌと共に忠夫の方を向いた。

『どうかしました?』
「何か拾い食いしたんじゃないでしょうね」
「してないわい! いや……なんつーか、いやな予感というか、悪寒というか。そんなのを感じたんで」

 美神は返ってきた忠夫の言葉にますます怪訝な顔になる。自分たちのような霊能力者ならそういう直感は霊感として注意すべき重大な要素だが、生憎と忠夫は一般人だ。普通は気のせいで済ませられるようなものばかりであるが、この時の忠夫の顔にははっきりとした確信があった。

「なんだろうな、この感じ……どっかで――――あ」
「なんか心当たりでもあった?」

 何かにたどり着いたらしい忠夫に美神が聞くが、忠夫は返事をせずに固まっているだけだ。美神の声が聞こえているかも怪しい。

「そうだ……この悪寒……飛行機でも…………だとすると……いや、まさか……」

 おキヌはあごに手をやりぶつぶつと独り言を言う忠夫の顔の前で手を振るがやはり気づいた様子はない。段々と顔色まで悪くなっていく忠夫に不安になったのかおキヌが美神に助けを求めるが、美神としても原因がわからない以上どうしようもない。仕方がないからいつも通り殴ってこっちの世界に戻すかと美神が考え始めたところで『ソレ』は来た。


 いきなり『女』と描かれた暖簾の方の扉が開いたかと思うとそこから黒い影が飛び出してきた、とおキヌはのちに語ったという。
 飛び出してきた影は美神やおキヌに目もくれずに未だに別の世界にイっている忠夫に一直線に向かっていく。

「横島君!」

 おキヌにはただの黒い影にしか見えなかったようだが、美神にはそれが人影であることが分かっていた。おまけにその人影が右拳に霊気を纏って戦闘態勢にあることも。何者かわからない以上、黙って忠夫を殴らせるわけにはいかない。しかし自分がいる位置ではすでに何かをするには遅いので忠夫に注意を促す。
 忠夫が美神の声に気付いた時、彼の目の前には輝く拳と見慣れた顔があった。


ひょい


「…………なにやってんだ? こんなところで」
「それはこっちのセリフよ! ッていうかよけるなあ!」
「無茶言うなや」

 拳が顔面に当たる寸前に首を曲げてよけた忠夫の、傾いた視界に映る妹の表情は非常に怒ってらっしゃった。


〜兄妹遊戯〜
 第九話『妹の心、兄知らず』


美神は目の前の光景にどう対処していいかわからなかった。彼女の前では見知らぬ少女が忠夫の襟をつかんで前後に揺さぶっている。忠夫は揺さぶられながらも「ちょ、落ち着け!」とか「話せばわかるぅ!」とか言っているが少女に聞く気はないようだ。というかこの娘は誰だ?

「もう。いきなり飛び出して行くなんてどうしたんですか桃さん……ってなにやっているんですか!」

 遅れて中から戻ってきた小竜姫がその光景を見て驚愕している。美神はとりあえず少女の正体を知っていそうな人物が出てきたため疑問を口にする。

「で、あの娘が先客?」
「ええ。中であなたたち、特に横島さんのことを伝えたら急に飛び出していってしまって……」
「ああなった、というわけか。知り合いかしら?」

 美神が指をさした方ではようやく少女が揺さぶるのを止めて忠夫と言い争いをしている。

「なにすんだ! っていうか、いきなり殴りかかってくんじゃねえ!!」
「うるさい! こんなところにいる方が悪い!」
「俺がどこで何しようと俺の勝手だろうが!」
「それはそうだけど……ものには限度があるわよ。なんでこんな所にいるのよ? あそこにいるのって美神令子じゃない? まさか……」
「うぐ……」

 まずい、と忠夫は思った。勘の鋭い桃のことだ。このままでは今まで必死で隠してきたことがばれてしまう。

(考えろ! 考えろ横島忠夫! なにか、何か手があるはずだ! この状況を打開する手が!)

  ,發Ε瀬瓩澄正直に洗いざらいしゃべってしまえ。
 ◆,垢討な忠夫ちゃんは素晴らしい嘘を思いつく。
  話を逸らしてごまかしちまえ。

(,蓮帖張瀬瓩澄3亮造忙Δ気譴襪Δ─下手すりゃ美神さんと桃の戦争が起きかねん。△蓮帖張瀬瓩澄いきなりじゃいい嘘が思いつかん。それにたとえ思いついたとしても桃をごまかせるか? やっぱり……)

「な、なあ、桃。今手が光ってるように見えたんだけど、もしかして霊力が使えるようになったんか? これでアレもできるんじゃねえか? ばぁくねつぅ! ゴッ○ォ! ○ィングワァァァァ!! なんちって―――」

 選択。これならツッコミ属性の桃は「そんなんするかああぁぁ!」と言ってツッコんで来るだろう。そうすれば後はしめたもの。そのまま自分のギャグ空間に引きずり込んでくれる―――

パンッ

「へ?」

 忠夫が来るであろう衝撃に身構えていると、想像通り桃から攻撃がきた。来たのはいいがそのあまりに軽い衝撃に忠夫は虚を突かれてしまい、先ほどの作戦も忘れて桃の顔を見てしまった。

「この……」

 右手を振りきった桃の姿が視界に入ると同時に、左頬に鈍い痛みを感じた。忠夫は作戦が失敗に終わったことと、どうやら桃を怒らせてしまったことを悟る。しかもいつもの怒り方とは違った、静かな怒り方である。

「あたしがこの状況から推測できないとでも思った? もう大体わかったつもりよ。あたしが聞きたいのは下手な言いわけじゃなくて、数あるバイトの中からわざわざGSを選んだ理由だけ。もしくだらない理由だったら……」

 そう言って振り切っていた右手を忠夫の左頬に添え、自分が叩いた所をひどく愛おしげに撫でる。

「わかってるわね?」
「イ、イエス、マム」

 傍から見たらそれは恋人同士のちょっとした触れ合いに見えただろう。だが撫でられた本人の忠夫は顔を赤くするどころか青ざめさせていた。静かな怒り―――ということはそれだけ桃が怒っているということだ。イタリアから帰ってきた時と同じだ。

(ほ、本気だ。何か知らんが、桃のやつ本気だ! ここで桃の機嫌を損ねることを言ったら確実にやられる! 考えろ、頭をフル回転させろ! 桃を納得させる理由を思いつけ――――ダメだ、思いつかん……っていうかそもそも何で桃に言わなきゃならねーんだ? 桃が怒る理由もよくわからんし)

「なあ桃。なんで理由を聞くんだ? 別に言わなきゃならない理由なんてねーじゃんか」
「……」

 いける。自分の意見に言い返してこないで俯いてしまった桃を見て、忠夫はそう思った。

「職業選択の自由だっけ? そりゃーバイトについておまえに意見を言われることはあっても、シバかれる覚えはないぞ?」

 ここぞとばかりに畳みかけるが、桃はうつむいたまま何も言ってこなかった。

「よし、それじゃあ俺がどこで何してようと俺の勝手ってことで。この話はおしまいにするぞ?」

 勝った。そう思いここで話を切ろうとした時、忠夫は見てしまった。桃の足もとに落ちる水滴を。

「あん?」

 忠夫は最初それが何かわからなかったが、徐々に落ちる頻度が上がっていく水滴を見ているうちにその正体がわかった。

「え? ちょ、おい、桃?」

 それが涙だとわかると忠夫は動揺してしまう。
 桃は滅多に泣くことはない。16年間一緒に暮らしてきた忠夫でさえ妹の涙を見たのは数回程度である。だから、忠夫はここで桃が泣く理由がわからずにただおろおろするだけだった。

「忠兄……覚えてる?」
「ん、なんだ?」

 桃がようやく口を開き何かを言ったようだが忠夫には聞こえなかった。とりあえず現状を打開する糸口ができたかと思い、もっとよく聞こうと未だにうつむいたままの桃に耳を近づける。

「何か言ったか?」
「覚えてるわよね、忠兄……あの夏休みの時のこと」
「夏休み?」

 桃から出てきた単語に己の記憶を掘り返す。夏休み夏休み……と考えているとある出来事に思い当たった。ここで出てくるような夏休みにあった出来事といえばあれしかない。

「あーあれか。おう、覚えてるぞ。つーかそう簡単に忘れられんだろ、あれは」
「なら……!」
「ぐおぉ!」

 突然顔をあげた桃に襟を強くつかまれて苦悶の声を上げる。忠夫は首を絞めている手をどけようとするが、意識的か無意識的か霊力で強化しているようでびくともしなかった。

「自分があの時大けがしたのだって覚えてるでしょう! 下手すれば死ぬところだったのも! なのになんでまたオカルトに関わろうとするのよ! あたしがあの時どれだけ心配したか分かってる!?」
「ぐ……がぁ……」

 桃が長年の思いを吐き出す度に襟をつかむ力がますます強くなっていく。忠夫の顔はますます苦しみに歪むが、彼はもう抵抗しようとせずに桃の激昂をただ受け入れ、ひたすらに彼女を見ていた。

「あたしだって……忠兄が決めたことにあまり口出ししたくないわよ……でも、理由くらい聞かせてくれたっていいじゃない……あたし、あんな思いは二度としたくない……」
「げほっ! こほっ!」

 ようやく手に入る力が弱め、再び俯いてしまう桃。忠夫は首締めから解放され新鮮な空気を吸い込みながらも、先ほどの桃の言葉を考え、己が取っていた軽率な行動を反省した。

「……」

 黙って袖口で桃の涙を拭ってやる。ハンカチで拭いてやった方がいいのだろうが、生憎とそんな気の利いたのものは持ってきていない。いつもは桃が持って行かせるのだが。

「なあ、桃」
「……なによ」

 忠夫の呼びかけに返事をするが顔はまだ上げない。そんな桃を気にした風もなく忠夫は続けて語りかけた。

「いや、うん。おまえがそこまで心配してくれてるとは思わんかった。正直に言ってうれしい。誤魔化そうとしてすまんかった」
「……」

 忠夫のセリフでようやく自分が口走ったことが頭に浸透してきて恥ずかしくなったのだろうか、顔が赤くなってきている。

「慣れっつーのは大事だよな?」
「?」

 桃は忠夫の言っている言葉の意味がわからずにいた。いや、意味はわかるのだがこの場で言ってくるその真意がわからなかったのだ。

「俺は何でも慣れっつーのは大事だと思うんだよ。慣れればいろんなことに対処することができるだろ? GSのバイトをしていれば自然とそういった場面に出くわすことが多くなる。いろんな対処法をプロの元で比較的安全に肌で学べるチャンスじゃねーか。あー」

 そこまで言ったところで頭をかく。慣れ過ぎんのもダメだけどなあ、と殴られ過ぎてそれが日常になってしまった自分を思い出したのだ。

「あーだから。確かに危険かもしんねーし、おまえの気持ちはうれしいけど、あん時のような時のために必要なバイトだと思うんだ。えっと……これが俺がこのバイトを決めた理由の半分くらいかな。ええっと、その……理由を言ったんだから泣きやんでくれ、頼むから。な?」
「……」

 そう言って再び涙を拭う。忠夫がしばらくそうしていると桃がゆっくりと顔をあげて忠夫と目を合わせ、優しく微笑んで口を開いた。その瞳に涙はすでにない。

「忠兄って……なにも考えてないようで、ちゃんと考えてたんだね」
「失礼だぞおまえ。俺だって本能だけに従って生きているわけじゃないわい」
「あら? そうだと思ってたのに」
「……むう」

 桃の目はまだ赤いが、忠夫としても妹が泣きやんだので気が楽になったのだろう、そうやってしばらく軽口をたたき合う。

「で、残りの半分は?」

 桃は別に真面目に聞いたわけではなかった。桃としては先ほどの理由で十分満足しており、あくまで軽口の延長として言ったのであった。それなのに―――

「もちろん美神さんが目当てに決まってるじゃねーか! あの素晴らしきちち・しり・ふともも……特に乳! あれは美女ウォッチャーを自称する俺をしてうならざるを得ない素晴らしさ! 国宝に指定してもいいくらいだ! あのナイスバディのためならたとえ火の中水の中森の中土の中雲の中あの娘のスカートの中……はぜひ行きたい、いや行かせてください! プリーズギブミースカートの中!! ―――って、ああ! またやっちまった!」
「…………」
「あのー桃さん?」

 自分がまたやってしまったことに気づいた忠夫が恐る恐る桃の顔をうかがうと、そこに待っていたのは――――

「あはー」

 先ほどまでのほほえみとは打って変わって満面の笑みを浮かべた桃だった。

「―――っ!!」

 忠夫は全く見えなかった、いや気付かなかった。それほどまでに自然に、違和感無く桃は動いていたのだ。


――――気が付いた時、彼は脳天まで突き抜ける衝撃を感じた。


「お話は終わったかしら?」
「……ええ」

 桃と忠夫に近付いてきて、美神は桃に話しかけた。何やらシリアスな雰囲気になっていたので近付かなかったが、どうやらギャグに方向転換したようなのでやって来たらしい。

「一度くらい最後までシリアスでいてくれても……」
「それを横島君に求めるのは酷じゃない?」
「わかってはいたんです、わかっては……」

 頭痛がするのか額に手をやる桃。美神はそんな桃に同情しつつも、こうしていても仕方がないのでさっきから気になっていたことを聞く。

「あなた誰? 名前は?」

 その質問に眉間をほぐしていた手を止めて顔を上げる桃。顔を上げるにつれ、最初に彼女の目に入ったのは美神の足。次に腰。そして目線が胸にいったところで動きが止まった。

「な、なに?」

 穴があくような視線で見つめてくる桃に思わず両手で胸を隠して後ずさりする。美神とて自分の胸の大きさには自信があるし、男性のみならず女性の視線も受けたことがある。だが、今まで受けた視線とは桃のそれは一味違った。なんというか主に悪霊から感じるような、肉体を持つ者に対する羨望や殺気や怨念など様々な思いが入り混じったものだったのだ。

(で、でかい……これなら忠兄が夢中になるのもわかる……いや、わかっちゃいけないのよ、横島桃! あんなの羨ましくなんかない羨ましくなんかない羨ましくなんかない……私にだって未来がある……でも最近成長速度が落ちたような……いやいや…………)
「おーい。帰ってこーい」

 少し離れたところで呼び掛けるが桃が気付いた様子はない。その行動に何かよく知っている男と同じものを感じつつも、どうしようかと頭を回転させる。さすがに出会ったばかりで殴って目を覚まさせるのもどうかと思うし……と美神が考えたところで聞き捨てならない言葉が聞こえてきた。

(そうよ、あたしのは普通よ。日本人の平均よ。いわば美乳。でかけりゃいいってもんじゃ……でも形もよさそうね、あれ。でかくて形もいい!? そんな乳あるわけないじゃない! はっ、まさか偽乳か! シリコン胸か! なら納得……」
「納得すんな! 悪質なデマ流すんじゃない!!」

ゴメスッ!!

 一瞬で先ほどまでの思考を放棄。うんうんと納得しかかっている桃に本気で拳を振り下ろした。


「はっ! あたしは一体何を……」
「…………いや、もういいわ。で、改めて聞くけどあんたの名前は?」

 戻ってきた桃に文句の一つでも言ってやろうとしたらしいが、どうせなにも覚えていないだろうと思って止めたようだ。すでに美神に桃に対する遠慮はない。美神が改めて名前を聞くと桃はなぜか頭にできているタンコブに疑問を感じながらも自己紹介をした。

「はじめまして。横島桃と申します。いつも兄がお世話になっています」
『「は?」』
「やはりそうでしたか」

 桃の発言に固まったのは美神だけではなくおキヌもだった。小竜姫はある程度予想していたのかさして驚いていなかったが。

「え、兄? 横島君が?」
『……似てないご兄妹ですね』

 美神は忠夫と桃を交互に見ながら混乱している頭の中を整理しようとしているようだ。そりゃそうだろう。目の前で微笑んでいる美少女と未だに股間を押さえて泡を吹き痙攣している少年を兄妹だと言われてどうして信じられようか。おキヌも忠夫の腰をトントンと叩いてやりながらもやはり納得いかない顔だ――――

「……いえ、やっぱり兄妹ね。うん似てるわ」
『……そうですね。そっくしですね』

 二人とも何かに思い当たったのかうんうんと頷いて納得顔をし始めたが、この二人の急な態度の変化に驚いたのは桃の方だった。

「え、そんなに似ていますか? そこまで似ていないと思うんですが……」
『外見上は似てませんけどね』
「知らぬは本人ばかりなり、か」
「どういうことですか?」

 小竜姫だけは忠夫のことをよく知らないため頭の上に?マークを付けている。桃も二人の言葉の意味がよくわからないのか首をかしげているが。

「ま、とりあえずあんたが横島君の妹さんだってのはよーーくわかったわ。自己紹介がまだだったわね。私は美神令子」
『私キヌっていいます。おキヌと呼んでください』
「はじめまして美神さん、お噂はかねがね。よろしくね、おキヌちゃん」

 おキヌは素直に「こちらこそよろしくお願いしますー」などと言っているが、桃の返事に眉をひそめたのは美神の方だ。

「噂?」
「ええ。多少なりともオカルト業界のことを知っていればあなたのお名前は耳にしますわ。弱冠二十歳にして日本屈指のGS。新進気鋭の天才だって」
「あら」

 桃が口にした賛辞は美神としても普段から雑誌のインタビューなどでよく言われたことばかりだったが、本人が事実だと思っていることに対する賛辞は言われて不快になるものではない。それどころか頬に手を当てて嬉しそうですらある。

「ですが、出る杭は打たれるというもの。どんな揚げ足を取られるかわかったものではありません。例えばマルサなんてどこで見ているかわかりませんよ?」
「…………私には取られる揚げ足なんかないけど。とりあえずご忠告感謝するわ」
「フフフフフフ……」
「ホホホホホホ……」

 二人して微笑み合う。さっきまではほのぼのとした空気だったが、今ではその営業スマイルがとっても怖い。目が笑っていませんよ二人とも。

「竜神の私が言うのもどうかと思いますが、美神さんの後ろに竜が見える気がします」
『気のせいではないと思いますよ。私にも見えます』
「桃さんの後ろのあれは……?」

 小竜姫とおキヌが揃って首を傾けていると、忠夫が股間を押さえて蹲ったまま突然顔を上げた。


「な、なぜピ○チュウ!? ここは虎かハムスターだろ! っまさか、ネズミ繋がりか…………がくっ」

 気絶するほどの痛みの中、ツッコむことができたのはひとえに彼の体を流れるお笑いの血のおかげだろう。その血のおかげでこんな目に遭っているともいえるが。


 その後なんとか復活した忠夫が小竜姫やおキヌと協力して美神と桃の(ある意味)戦いを終わらせたのは、それから一時間は経ってからのことだった。
 今は忠夫が美神と桃の間に立って防波堤となっている。

「んで、今度はこっちが質問する番だけどよ。おまえの方こそなんでこんなとこにいんだよ? 確かに修行に行くって一週間くらい前に出て行ったけど」
「……本能で動く獣に話が通じるとは思えないから言わない」
「まだ根に持ってるんかい!」
「うるさい! あたしの涙を返せ!」

 がるるるる、とにらみ合う横島兄妹に小竜姫はため息をつきながら手をあげた。

「私がお話ししましょうか? 桃さんがここに来た概要なら私も知っていることですし……なにより、このままだと話が先に進みませんし」

 小竜姫の申し出に桃はにらみ合いを止めて彼女の方を向き、首を横に振って否定の意思を示した。

「いえ、やっぱりあたしがお話しします、小竜姫様」

 そう言って再び忠夫の方と向き合い、ここに来た経緯を話し始める。その顔にはいつの間にか黒縁メガネをかかっており、人指し指を立てているその姿はさながら生徒の質問に答える教師である。

「まず発端はお母さんからの手紙ね」
「手紙?」
「そっ。あたし宛だったから忠兄には伝えてなかったけどね。で、その手紙にはここの場所の地図とここで小竜姫様の修業を受けるように書いてあったのよ」
「いや、なんでやねん」

 思わず忠夫がツッコむが、それは桃も同じだったようで忠夫のツッコミに頷いている。

「あたしも気になったからお母さんに電話したんだけど出なくてさ。お父さんに聞こうと思ってナルニア支社に連絡しても繋がらないし。仕方ないから本社のクロサキさんに聞いたら、お父さんの仕事が忙しくなってお母さんも臨時でヘルプに行っているらしいわ」
「母さんが?」

 忠夫は首を傾ける。たしかに色々と普通じゃない所があるが彼にとっての母親は一応普通の主婦だ。父親の仕事を手伝うことなんてできるのだろうか。


――――ちなみに桃がクロサキに電話した時の会話の内容の一部は以下のようなものだったりする。

「もしもし。クロサキさんですか? お久しぶりです、横島大樹の娘の桃です……え? お世辞はいいですよぉ……ええ、それじゃあさっそく本題に入ります。実は父と母に連絡が取れなくなったのですが何かご存じありませんか?」

「…………母が助っ人!? なんでですか!?」

「レアメタル発掘中に賢者の石が発見された!? それを狙ってコメリカの機械化小隊やその他組織が発掘現場に攻撃を仕掛けて、ナルニア支社はその対応に追われている……と。それなら父が忙しいわけはわかりますけど、正直母が出張るほどでは……あちらの支社には父をはじめとした『紅ユリの子供達』が数名行っているとお聞きしましたが。彼らとその部下達ならたかが機械化小隊や有象無象の組織くらいどうとでも…………え!? 妖精が出てきた? あーもしかして御神苗さんですか? それともジャンさん? ……それなら父たちでも厳しいですね……」


――――閑話休題


「お母さんはすごいわよ。忠兄が考えているよりもずうっと」
「いまいち信じられんなあ」

 いまいち、と言っているがその顔にはまるで信じていないと書いてあることが桃にはわかった。昔から自分が母親の偉大さをいくら説明してもこれだ、とため息をつく。彼の中では母親はあくまで特売好きの主婦なのだろう。

「で、お父さん達の仕事がいつ終わるかわからないから、取りあえず先に手紙に書いてあった通り修行に来たってわけ」
「ふーん」

 真面目な桃がいきなり一週間ほど学校を休んで修行に行く、と言い出した時は何事かと思ったがそんなことがあったのか。小・中学校時代は連休などを利用して母親と共によく行っていたが、両親がナルニアに行ってからは一度も行っていなかった。
 まあ、忠夫としてはいきなり修行に行く理由よりも一週間も桃の手料理を食べなくて済む方が大事だったのだが。

「あれ? 結局母さんがここに来るように言った理由はわかんなかったんか?」
「お母さんたちには直接聞けなかったけど小竜姫様が知っていたわ」
「小竜姫様が?」

 忠夫が小竜姫の方を向くと彼女は頷いて桃の言葉を肯定した。

「ええ。あなた方の母上―――百合子さんはここで修業したことがありましたから。その関係でしょう」
「「え? ……えええええええ!!」」
『すごい人なんですねー。横島さんのお母さんは』

 小竜姫の爆弾発言に忠夫だけでなく、同じく話を聞いていた美神も仰天している。おキヌはよく分かっていないようだが、二人の反応からそれがすごいことだという認識はしているようだ。そんな二人(+1)の反応に桃はうんうんと頷いて。

「いやー二人ともあたしが聞いた時と同じ反応だわ。なんか安心したなあ」
「あんたらの母親ってどんな人なのよ……」
「ただの主婦のはずなんすけどね……いや、まあ確かに色々と普通じゃないっすけど……」

 というか、実の娘にこれだけの体術を教え込める人物を今まで普通と思っていたほうに問題があるような気がする。たとえどんなに特殊であろうとも生まれた時から接し続ければ、それはその子供にとって日常と化すというのだろうか。

「百合子さんがここに来たのはもう20年以上前になりますか。あの時は驚きましたよ。招待状も持っておらず、霊能力もろくに使えない少女が新記録で鬼門を倒して『私に修行をつけてくれ』なんて言うものですから。ちなみに記録は18秒、美神さんのような変則的なものではありませんでしたよ」
「……美神さん。あいつらに正攻法で勝てます?」
「不可能じゃないと思うけど……18秒かあ……」

 忠夫の質問に美神が考えているが、さすがの美神も正攻法+時間制限アリだと相当に難しいらしい。

「あ、ちなみにあたしは31秒。さすがにお母さんには勝てなかったなあ」
「……美神さん?」
「うーん……」

 桃のさらなる追い打ちにますます考え込む。まあ、もともと彼女のバトルスタイルは搦め手によって相手のペースを乱したり、弱点をつくものである。真正面から戦うことができないというわけじゃないが最も得意とはしていない。だから先ほどの鬼門を倒した方法はある意味彼女の真骨頂ともいえるのだ。


「さて、みなさんの自己紹介なども終わったことですし、そろそろ美神さんの修業を始めましょうか」

 小竜姫がパンパンと手を叩いて仕切り直す。その音を聞いて美神はようやくここに来た理由を思い出したのか、スッカリ忘れていたといった顔をした。

「そーいえばそうだったわね」
「忘れてもらっては困ります。当修行場には様々なコースがありますけど、どういった修業をなさいますか?」
「そうねー。なるべく短期間でドーンとパワーアップできるやつがいいかな。この際だから唐巣先生より強くなりたいわ」
「ふふ……では今日一日で修業を終えて俗界へ帰してさしあげます。そのかわりパワーアップするか死ぬかのどちらかになりますよ?」
「上等よ」

 美神の修業方法が決まったところで桃が小竜姫に話しかけてきた。

「あの〜小竜姫様。あたしの修業の方は……」

 実は桃は今日の修業をこなしている最中に小竜姫に呼び出されてここに来ていた。なので自分は修行を再開すればいいか聞きたいのだろう。……本音をいえば美神たちについていきたいと思っていたりする。単なる修行者なら放っておいて自分の修業に戻ったのだが、忠夫がいるとなれば話は別だ。

「そうですね……桃さんには美神さんの見学をしていただきましょうか。美神さんが今から受ける修業は明日の最終日にあなたも受けていただきますからね」
「ほへ?」

 小竜姫から返ってきた答えは桃の望んでいたものだったが、同時に予想していなかった答えも返ってきた。

「どういうことですか?」
「あなたが初日に言った言葉は『お母さんと同じ修業を受けさせてください』でしたね。ですから私は百合子さんと同じように6日かけて主に霊力の制御法と霊的格闘を学んでもらいました」

 桃が妙神山で行ったことはこれだけではない。上記のようなことだけでなく小竜姫に体術について指摘してもらったり、夜は小竜姫による様々な講義を受けていた。さすがは武神というべきか彼女の武術に関する知識は広く深いもので、今まで母親しか師がいなかった桃にとって、母親とは違う目線・経験からの意見や知識は非常に興味深いものであった。

「これらは普通ならここに来る前に学んでいるはずの基本的なことばかりですが、私としても妙神山修行場の管理人として、武神としての誇りがありますから、俗界でのものよりも遙かに高度なものをお教えしたと自負しております。またそれに見合い、習得の方も遙かに厳しいものになっており、普通なら音をあげるほどですが……百合子さんはそれを乗り越えました。彼女はわずか6日で霊的格闘を身につけた後、最終日にこの修行を行い下山していったのです。ここに来た当初は霊能力者として未熟もいいところだった彼女はこのころにはこと霊的格闘においては一流になっていましたよ」
「…………もう一度聞くわよ? あんたらの母親っていったい……」
「……桃の言葉、少し信じる気になりました」

 まだ少しだけか忠夫よ。もちろん美神にしても霊的格闘で負けても総合力において百合子に負けているとは思っていないが、それはそれとしてやっぱりショックなものはショックなのだった。
 ちなみに小竜姫は当初、百合子にあまりいい感情を抱いていなかった。鬼門を新記録で倒したことはたしかに素晴らしいが、霊能力のいろはも知らないで自分の修行場で修行させろとは図に乗り過ぎではないか、と思っていたのだ。だから調子に乗っている小娘を懲らしめる意味でもかなり高めの難度の修業を設定した。もちろんただ単に意地悪のためだけではなく、ここで挫折を知ってもらった方が百合子のためになると思ったからである。が、百合子はそれを乗り越えた。決して軽々とではなく、血のにじむような努力と苦労を重ねてである。小竜姫も途中から彼女のことを命をかけて高みへ行こうとする一人の修行者として認めた。

「正直に言って、百合子さんと同じことを行える人間がまた現れるとは思っていませんでしたが……あと一歩ですよ、桃さん」
「はいっ! がんばります!」

 小竜姫の目の前では彼女の血を受け継ぎ、母親が成した(ある意味)偉業を達成しようとしている少女が意気込みを新たにしている。小竜姫はその姿を見て弟子が強くなる師としての喜びを感じ、また人間と自分の時の流れの違いを実感した。


「ところで今までで横島君たちの母親以上の人はいなかったの?」
「こと霊的格闘においてはそうですね。修行に来る人たちはみな霊能力の方向性が違いますから一概には言えませんが、それでも彼女は上位に入っていると思います。最近では唐巣さんが彼女と同じく上位ですかね」


 修行を行う前に着替えてもらいます、ということで男女に別れて着替えることにした。別れるとき忠夫が「自分はただのつきそいっスから、番台に座るだけで結構です」なんて言って美神と桃に殴られていたが。もちろん番台に座って何をしようとしたかは決まっている。今はおキヌに監視されながら壁の向こうで着替えをしているはずだ。

「なんか、いまいち緊張感に欠けるなあ」
「あたしも最初そう思いましたけど、修行場の方はすごいですよ」
「へー」

 美神がそう言うのも無理はない。美神たちが『女』の暖簾をくぐった先にあったのは外と同じようなどこにでもある銭湯の脱衣所だった。現在はそこで服を脱いでいる最中である。ちなみに桃はすでに着替えていたので改めて着替える必要はない。

「じー」
「……」

 美神はさっきからずっと桃の視線を感じるが気にしないことにした。今のところ実害はないことだし。ということで服を脱いで下着姿になる。

(むう……やっぱりでかい。おまけに下着姿だと形もよくわかるわ…………おのれ! これで天然ものだと! この人といい飛燕といい、なんて不公平な世の中なのよ!? これであたしの成長が止まったら神を呪ってやるわ! いや、今呪ってやる! 全世界の女の代表として!!」
「なにやってんのよ」

 『かみ』と書いてある紙を張り付けた藁人形に五寸釘をハンマーで打ちつけ始める桃にあきれた視線を向ける美神。どこから取り出したかは聞くだけ無駄か、と思っていると小竜姫が慌てて止めに行った。彼女も神族の一人だし、同族の誰かが呪われているのを黙って見過ごすわけにはいかなかったのかもしれない。

『あの〜美神さん』
「なに、おキヌちゃん?」

 抑えようとする小竜姫と尚も釘を打ちつけようとする桃の取っ組み合いを見ていると、いつの間にやらおキヌが近くに来ていた。話しかけてきた彼女の方を向くと、おキヌは何やら困った表情をしていた。と、そこで美神はあることに気づく。

「おキヌちゃん、横島君の監視はどうしたの?」
『いえ、それが…………すみません。ちょっと目を離したすきにいなくなっちゃいました』
「「……」」

 その言葉を聞いた瞬間、美神は持っていた服で体をできる限り隠した。桃もおキヌの言葉が聞こえたのか、小竜姫との争いをやめて美神に近付いてくる。小竜姫は突然変わった二人の雰囲気についてこられないようで、ぽかんとしている。

「私にはわからないわね……あんたはどう?」
「あたしにも全然……たしかに煩悩が絡むと忠兄の能力はいろいろと上がりますけど……」
「どういうことですか?」

 どうやらお互いにわかりあっている二人に小竜姫が聞くと、二人は揃って口を開いた。

「「横島君(忠兄)の気配を感じない(ません)」」
「は?」

 当初二人が言っている意味がわからなかったが、とりあえず気配を探ってみるとなるほど。男脱衣所にあった忠夫の気配が消えていることに気づいた。さらに探ってみるがどこにも気配は感じられない。

「…………素晴らしい気配遮断ですね。私でも分かりません。なにか術を行使した感じもしないことですし、これはただの技術とみていいのでしょうか? だとしたらますます素晴らしい」
「よかったわね。あなたのお兄さん、武神に褒められているわよ?」
「こんなことで褒めないでください……お願いだから」

 小竜姫はただ単純に忠夫を褒めているが、それは“なぜ”気配を消しているかに気づいていないからだ。そして、その“なぜ”に気づいている二人はなんとか忠夫を探し出そうと試みる。

「ダメね、まるで感じられないわ」
「…………やっぱりあたしにも駄目です。いつの間にこんな……」

 実は桃は煩悩のおかげで忠夫の能力が上がったからといって、見つけられないと思っていなかった。普段修行のしの字もしていない忠夫と違って自分は常に己を鍛えている。ならば気配を探る技術一つとっても負けるわけがないと思っていたのだ。
 しかし現実はまったく気配を掴めないでいる。本当にいつの間に腕をあげたのだろうか。

「こうなったら最終手段しかないですね」

 桃が美神に目配せすると彼女は了解したのか、いやそうな顔をしながらもコクンと小さく頷いた。自分の体を隠していた服をどけると、大げさに首を横に振ってため息をつく。

「ま、見つからないものはしょうがないか。こうなったら大して見られないようにさっさと着替えるしかないわね。えーと、これって下着を脱いで着るのかしら?」
「え? いえ、着たままでけっこうで……むぐっ」
「ええ、下着は脱ぎます。下着も俗界の衣服ですからね」

 小竜姫の口を押さえながら桃が言うと、美神はゆっくりと背中に手を回して黒いブラのホックをはずした。それからゆっくりと肩ひもも外してブラをとる。

「下もかしら?」
「ええ、下もです」
「しょうがないわねえ」

 美神が片手で胸を隠しながら聞くと、小竜姫の口を押さえたまま桃が答えた。それを聞いた美神はショーツに手を掛け、恥ずかしいのか顔を赤くしながらそれを下ろしていく。ゆっくりと、焦らず、じらすように。

「っ! そこお!!」

 突然桃が叫び、小竜姫から手を離して脱衣所の一角に向かって猛ダッシュしていく。向かう先はここがいかにも脱衣所であるかのように見せている一因である体重計があるあたり。桃は走った勢いそのままに体重計の横の空間に向かって霊力を纏わせた右拳を打ち込んだ。体の回転を利用した見事なパンチである。

「ごぶう!!」

 おキヌはのちに「桃さんが何もない空間を殴ったと思ったら、そこから真っ赤な液体が噴きだしたのが見えました」と語ったという。


「えーと?」
「まあ、作戦勝ちって所よ。もう少し遅かったら危なかったけど、結果オーライってことで」

 まるで光学迷彩が解けたかのように(血だらけで)姿を現した忠夫を見ても、何が起きたか分かっていない小竜姫の肩に美神は手を置いて語りかける。いつの間にか脱いだはずのブラを付けており、その瞳にはようやく姿を現した不埒ものに対する怒りが燃えていた。
 二人がとった作戦は非常にシンプルだ。どこかで見ているはずの忠夫に美神のストリップを見せて平静でいられなくし、気配を消せないようにしてやろうというものだ。作戦通り、忠夫は気配を現した……といっても美神には感じられず、桃(と小竜姫)がわずかにわかる程度だったが。

「さて、と。わざわざ顔を赤くする演技をしてまでおびき寄せたんだから……たあっぷりお仕置きしなきゃ、ね」

 ゴキゴキと指を鳴らしながら歩いて行く美神。その先にいる忠夫は顔面血だらけで桃に肩を掴まれて前後に揺すられていた。桃が揺さぶるたびに忠夫の顔面からは血が噴き出している。

「武神に絶賛されるような能力をこんなことに使うなあ!!」
「ま、まて! 落ち着け! 悪かった、俺が悪かったから!! でもな……


見てえものは見てえんだ!!」

ぷちっ

「真顔でそんなこと言うなあ! そんなに巨乳がいいのかあ!! あたしのじゃダメかあ!!」
「落ち着きなさい、桃。それと私の分も残しておきなさい」

結局、二人がかりで血の海に沈めたとさ。めでたし、めでたし。

「め、めでたくない…………がくっ」


あとがき

 とある先生は言いました。楽しい時間は速く過ぎ去るものだと。しかし忙しくても時間は速く過ぎ去るものなんですよ! 体内時計には時差があるのです! 気がつけば早一か月……絶望した!
 というわけでこんばんは、Kです。『兄妹遊戯』第九話をお届けします。
さて、ようやく桃が美神たちに出会いました。これから色々と変化していく予定です。
 えー、百合子達のことですが……ただの銀行に特殊部隊があるくらいだから、大企業っぽくて、かつ武装ゲリラがいるような危険な国に支社を持つ村枝商事にも特殊部隊があってもいいんじゃないかな、と思いまして。百合子はそこの出身で、大樹は元部下です。大樹を含めた百合子の元部下たちは『紅ユリの子供達』として今でも色々と活躍しています。まあ、あくまでネタですのでそんなに本編に絡んでくる予定のない設定ですが。
 夏休みにあった出来事ですが、そのうち外伝で書くか本編にちょくちょく出すと思います。イタリア編同様、桃の性格を形作る重要なファクターですので。
 次で妙神山編終了の予定です。年内に投稿できればいいなあ。


レス返しです。


○koto-さん
>横島兄が不憫ですね〜。
 確かに私も不憫に思えてきました。前回お宝を捨てられたと思っている彼ですがまだ救いは残っています。次回は彼にも少しいいことがあるかもしれません。というか今回美神のストリップを途中までとはいえ見たんですよね、彼。うらやましい。
>「最後」まで頑張ってください!!
 ありがとうございます。少し間が空きましたが頑張ります。

○T城さん
>この行為に桃からのLOVEを感じるのは私の気のせいか?
 桃は基本的に忠夫のためにならないことはしません。今回のお仕置きは過激ですが、心配したが故に少しキレてしまったからです。

○DOMさん
>『見た目は美味そうな劇物料理』ですか・・・・・。
 リビ横を確認…………確かにありますね、創作劇物料理。気づきませんでした。
>死ななかったのは忠夫の不死性ゆえに…。
 ギャグ時の横島君の不死性は無敵です。もっとも体調は崩していたようですが。
>地上最強の妹様が出来るのは時間の問題か。
 今回ますますそれに近付いていったように思います。

○ぞらさん
 様々なご意見ありがとうございます。
>3つの別の話がバラバラに入っているのよ。
 バラバラに入っているのはわざとだったのですが……どうやら私の力量不足だったようです。桃が本編に合流したことですし、これからは基本的に一つになる予定です。
>長すぎるプロローグという感じがします。
 はい、まったくもってその通りです。私も話が進まないな、と思っていました。これからは原作とたいして変わりないところは省略して、話のテンポを速めていくつもりです。

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