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「想い託す可能性へ 〜 にじゅうに 〜」

月夜 (2007-11-24 10:41/2007-11-26 11:09)
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   想い託す可能性へ 〜 にじゅうに 〜


 さて、その頃妙神山では、遅過ぎる客人達が訪れていた。

 妙神山修行場の一画にある建物の中に設けられていた魔界へと繋がるゲートが不意に起動して、高さ二メートル幅一.五メートルはある楕円状の境界面を形作り、その漆黒の境界面の中から二柱の魔族が姿を現した。

 二柱とも軍服に身を包み、片方は凛として、もう片方は物憂げな雰囲気を放ちながらもメリハリの効いたプロポーションのせいで、妖艶さを醸しだしていた。
 ただしその妖艶さは本人達が無頓着な為に、彼女達が所属する部隊の男達がむやみやたらと刺激を受けまくっては玉砕すること夥しかった。

 一柱は目の下に隈取の様な模様があり、目尻が少し下がったやや垂れ目な所や全体的な雰囲気が物憂げな為に一見するときつい印象は受けないのだが、今は何か気になる事があるらしく目を細めていて硬い表情をしていた。
 その為、身に纏う物憂げな雰囲気とあいまってちょっと近寄りがたいけれど放っておけない、そんな印象を受ける。

 また、彼女の前髪の間からは昆虫のような触角が出ていた。その触角が何かを感じたのかピクンと跳ね上がると、硬い表情からやや困惑を含んだ心配そうな表情に変わって、キョロキョロと何かを探しだした。

 そう、彼女はアシュタロスの娘であり三姉妹のうちの次女、ベスパである。

 もう一柱は背中に一対の黒い翼が生えていて、今は折り畳まれていた。その大きさは先端が太もも辺りまであり羽は鳥の様な羽毛で覆われ、光沢を放つ漆黒に彩られ気品さえ漂っていた。
 彼女は切れ長の目で隙無く辺りを一瞥し、ピクンと肩眉を跳ね上げた。どうやら、いつもと違う妙神山の雰囲気を敏感に感じ取ったようだ。
 音も無く銃身がやや長いハンドガンを右手に召喚し、流れるように遊底をスライドさせてチャンバーに弾を装填した。

 (私としたことが……)

 任務に赴いてきたというのに少々油断していたようだと、内省するワルキューレ。特殊な戦場に赴く普段の彼女なら、チャンバー内に弾を入れていないなどという事は無い。その一発が戦場では生死を分ける事を数多の戦場で目にしてきたし、実体験として経験もしているのだから。

 「ベスパ、お前の眷属で周辺を探ってくれないか? 何かがおかしい」

 「あん? 確かになんか騒がしいけど、小竜姫がポ…ヨコシマに稽古でもつけてるんじゃ?」

 そう言いながらも上官命令の為、眷族を二匹ほど召喚するベスパ。だが、ほかの何かに気を取られているらしく、どこかやる気が見られない。

 なぜなら、そんな事よりも彼女にはパピリオの気配が妙神山に無い事のほうがよっぽど重要だったからだ。

 「いや…これは……待てっ。  老師、いたずらが過ぎませんか?」

 ハンドガンの銃口をピタリと、ほんの微かに感じる気配が漏れている建物の陰に狙いを定めて、ワルキューレは問いかける。

 「ほっ。また腕を上げたのう、ワルキューレ」

 そう言って、建物の陰から老師は如意棒を肩に担いだ状態で出てきた。今の今まで、隠行で気配等を消していたようだ。

 老師の姿を確認し、彼が纏う雰囲気に危険な物が無い事を察知したワルキューレは、撃鉄(ハンマー)を元に戻し、ハンドガンに実装されている暴発防止用の安全装置を掛けると虚空に消した。

 (後でマガジンを交換しておかないといけないな)

 大昔はこういう術を施していても、腰や脇のホルスターに入れていて暴発事故が起こっていたが、二百年前から支給され始めた亜空間ホルスターが出来たおかげで暴発事故率は大幅に減っている。事故率がゼロではないのは、武器召喚時に攻撃を受けたりなどがある為である。

 ただしこの亜空間ホルスターは量産が出来ず、現在支給される対象は人界に潜入する特殊任務に就く者に限られていた。生産量はどのくらいかというと、なんと年間たった二個である。技術革新(ブレイクスルー)が待たれる装備でもあった。

 (ここに来るたびに試されるな……。まぁいい。今はそれどころじゃない)

 「老師、説明が欲しい。なぜここに戦場のような気配があるんだ?」

 「うん? 戦場になど、なっとらんよ。ちと、跳ね返り共が来おっただけじゃ。それらも既に取り押さえておる」

 ワルキューレの問い掛けに飄々とした態度で老師は答え、如意棒を小さくして耳の中に入れた。

 ワルキューレは老師の様子に軽く溜息を吐くと、やおら踵をカツンと合わせて敬礼し直立不動になった。

 「魔界軍特殊部隊所属 少佐ワルキューレ及び少尉べスパ。軍令部の命令により人間・横島忠夫の護衛任務に就くため、神族拠点妙神山に着任しました」

 「うむ、着任を認める。とは言ったものの、護衛対象が既に襲われてのぅ。今はある場所に身を隠すべく向かっている最中じゃ」

 「は?」 「へぇ?」

 着任の挨拶をしたとたんに、老師からもたらされた情報にカクンと顎を落とし、呆けるワルキューレ。反対にべスパは、なんだか面白そうに薄く笑みを浮かべていた。

 「で…では、我々は!」

 「うむ、遅かったということじゃな。おヌシらが来る前に、こちらの跳ね返り共が来おってな。緊急事態でもあるし、小竜姫だけじゃと心許無いからパピリオも付けたのじゃよ。その事は既に魔界にも知らせておる。そろそろその返事が来る頃じゃろう」

 勢い込んで老師に詰め寄ったワルキューレを押し留めるように僅かに神気を放ち、老師は彼女に現状を説明した。

 「失礼しました。では、我々についてはまだ何も、命令の変更などは来ていないのですね?」

 「そうじゃ。新しい命令が来ておるかもしれん。ついてこい」

 老師の神気に阻まれて冷静になったワルキューレは一歩下がって直立し、深呼吸をした後に詳細を確かめようと訊いた。

 だが、老師の答えは変わらず、二柱を誘って自らは踵を返すと建物の中に入っていく。

 「どうもメンドイ事になったようだね」

 老師の後に続いてべスパは、ワルキューレと共に建物の中に入っていく。言葉は気の無さそうな感じだがその実、べスパはパピリオがヨコシマと一緒にいると知って安堵を覚えていた。

 彼女らが横島達と合流できるのは、魔界からの命令次第となったようである。


 場面変わって、こちらは本宮浅間大社。

 (急がなくちゃ。忠夫さんが来ても、ルシオラさんが復活していないとどうしようもない)

 おキヌちゃんは、浅間大社の中心である本殿の奥。神鏡が設置してある所よりさらに先にある広間へと歩を進める。

 その部屋は、四畳ほどの広さしかないこじんまりとした空間だった。

 おキヌちゃんは榊を召喚して幣(ぬさ)をつけ玉串とし、その空間の四隅に置いてある首の細い挿し壷に挿していく。

 挿し終わって次に行ったのは、九つの手のひらに乗る大きさの皿を五角形の頂点になるように床に置いていき、余った四つの皿を五つの頂点をを互いに直線で結んでできた逆五角形の中に等間隔で置いて、お神酒をなみなみと注ぐことだった。

 (木気と水気を強調するようにして……と。あと、お神酒の酒気による増幅も加えて……よし。榊による結界に、富士の霊脈から霊力を導く霊導陣はこれで良いかな。あとは何が必要だっけ?)

 部屋の中心に立って、準備に必要な物を一つ一つ指差して確認していくおキヌちゃん。

 (うん、大丈夫。お姉ちゃんが座る場所も作ったし、後は術を起動するだけね)

 術の起動後でもサクヤヒメのみが結界内に入る事ができるようにするなど、すべての確認が終わったおキヌちゃんは一つだけ頷くと、神鏡を手元に召喚して陣の中央に正座した。

 おキヌちゃんは気を静め術を起動する為に目を閉じ、ゆっくりと深呼吸を二回ほどすると、まず大祓えの祝詞を唱えた後に、霊導陣と結界を起動する為の祝詞を唱えた。

 「日ノ本の霊脈の要たる富士の鎮守 コノハナノサクヤヒメの名に於いて願い奉る 我が胎内に宿る者を世界に在らしめる為 幾ばくかの力を分け賜らんことを! この地に満つる数多の精霊に願い奉る 我が胎内に宿る者が世界に在らしめるまで 我が身と我に連なる者共を護り給え!」

 すると、おキヌちゃんを中心にして複雑な魔法陣が光とともに床に現れて、光の先端がお神酒を注がれた皿に達すると、青白い幽炎が皿の上で次々と灯っていった。

 上から見ると、大きな丸い円の中に五芒星が浮き上がり、その中にまた丸い円がおキヌちゃんを中心にして浮かび描かれていた。

 同時に四隅の榊の先端から緑色の光が天井を突き抜けていった。不思議なことに、天井に穴が開いていないにも拘わらずその緑色の光はある程度の高度まで達すると、浅間大社を覆うように淡い光を伴った膜となって四方八方にドームを形成して広がっていく。

 (始めましたか……。キヌだけでは護りまでは難しいでしょうね。急がないと……)

 宮司や巫女達に指示を出し終えたサクヤヒメは、社を包む結界が起動したことを感じ取ると足早に本殿へと向かった。

 (それにしても、キヌには困ったものです。幽霊の時と同じ感覚で空を飛んだのでしょうけど、いま一つ己の在りように自覚が足らないように思えます)

 宮司達や巫女頭に、おキヌちゃんの事で説明を求められた事を思い返していたサクヤヒメは、はぁ…と溜息を吐いた。
 空を飛ぶ巫女を目撃した事で、参拝客の中には腰を抜かしたご老人がいてそのヒーリングも行ったりと、時間を取られていたのだ。

 そのおり、不意に山梨方面からかなり大きな魔力を持った存在が近付いてくるのに気付き、怪訝な表情でそちらを見上げた。

 (はて? 先ほど見たパピリオちゃんでしょうか? それにしては横島殿の霊気とかなり距離が離れているようですけど……?)

 サクヤヒメは立ち止まると、さらに集中して正体を見極める為に目を細めた。

 (蛇……ですか? どこかで感じた事があるような無いような……)

 近づいてくる大きな魔力を持った存在が蛇の化生と知った彼女は、心のどこかでその化生にどこかで出会った事があるようなそんな奇妙な思いを抱いた。


 サクヤヒメが蛇の化生に気付いた同じ頃。浅間大社を目指していた忠夫達一行は、順調に飛行を続けていた。

 「余計な時間を食ったわね。追いつかれないか不安だわ」

 「俺は…俺はー!」

 「うっさい!」 バキッ 「ほげっ!」

 パピリオに引っ張られながらブツブツと俯いていた忠夫は、突如顔を上げて喚きだしたが、令子に神通棍でシバかれて黙らされた。

 「まぁまぁ、美神さん。そうイライラしないで」

 再び小さくなって忠夫の懐に潜り込んでいた小竜姫は、ヒョコッと顔だけを出して令子を宥める。

 しかし、その行為は火に油を注ぐだけだった。

 「イライラの原因が何言うとるかー! くぅー、追っ手さえ無ければ引き摺り出すものをー!!」

 歯噛みしてジロリと小竜姫を睨むものの、小竜姫はサッと忠夫の懐に潜ってしまう。そして、ほんの少しだけ顔を出すのだ。

 令子としては、イライラが増していく一方だった。確実に小竜姫に遊ばれている。

 「うるさいですよ、美神。暴れるとバランス崩して落ちるですよ。それに、小竜姫もいい加減にするです」

 前方を見ながらパピリオは、忠夫の懐の中にいる小竜姫と右手側の令子に注意する。

 右手に令子、左手に忠夫と両手をふさがれているパピリオは、高速飛行中に令子たちが暴れる事でバランスを取るのに四苦八苦していたのだ。

 「悪かったわね」

 「度が過ぎました、すみません(こんな機会、滅多にないのに。もう少し、美神さんで遊びたかったのですが……)」

 小竜姫が隠れている忠夫のジャケットを一睨みしてから、令子は謝った。彼女とて墜落はしたくはない。小竜姫の方も現状に対してはしゃぎ過ぎたと思い謝ったが、内心では未練たらたらのようだ。

 「ま、良いです。ところで美神。目的地方面から巨大な神気が立ち上ってるです。感じからして、妙神山で覚醒したおキヌによく似ているけど、何か知ってるですか?」

 ようやくからかう小竜姫と暴れるのを止めた令子の謝罪に軽く答えると、パピリオは目的地辺りから急に立ち上った神気のことを尋ねた。

 「具体的に何をするかは知らないけど、たぶんルシオラ復活の為の何かだと思うわ。おキヌちゃんの胎内に宿っている彼女が復活しない限り、真の敵に対抗できないしね」

 「そうですか。やっとルシオラちゃんに会えるんですね」

 令子の答えに、パピリオは感慨深げに呟いた。

 パピリオの様子に令子と小竜姫は、それぞれにしんみりとした表情を浮かべる。忠夫は、この世界でのアシュタロス戦の記憶が現在は無く、実感も無い為に無言だった。

 そのまましばらく無言で飛行を続けていたパピリオ達。そろそろ御殿場市と富士市の境近くにある富士サファリパーク上空にさしかかろうとする辺りでパピリオと小竜姫が、ふと何かに気付いたかのように顔を上げた。

 「これは魔力! 右前方に一つ!」 「後ろに神気複数! 追いつかれた!?」

 「「え!?」」

 小竜姫とパピリオが同時に叫び、忠夫と令子は驚きの声を上げた。

 「後ろの神族達は分かるけど、魔力って何よ? 魔族でもいるの?」

 「ええ、かなり大きな魔力を感じます。しかも、二度と会いたくないと思っていた相手の霊波に酷似していますね」

 「は? 小竜姫様が会いたくない魔族?」

 令子の質問に小竜姫は苦虫を噛み潰したような表情で答え、忠夫は彼女が会いたくない魔族とは誰だ? と、疑問を口にした。

 「ええ、この霊波は……ほぼ間違いありませんね。ただ、彼女の性格からして、こうもあからさまに表に出てくる時は、自身に勝算がある時の筈ですけど……」

 忠夫のジャケットから顔だけを出して、小竜姫は困惑顔で答える。

 小竜姫が思い浮かべる魔族であるならば、あからさまに霊波を出すような事は最も忌み嫌うことであり、逆に出す時は自身に利があると計算できる女だからだ。

 (あの大戦が終わった後、神魔のバランスを取る為に彼女が犯した過去の罪は一度滅びた事で恩赦によってほぼ消えましたけれど、それでも表立っては動けない身のはず。それなのになぜ?)

 「彼女って事は女っすか?」

 「ええ、横島さんや美神さんとも因縁深い相手ですよ」

 「まさか……」

 「メドーサ?」

 小竜姫のヒントに令子は外れて欲しいと思い名前を言えなかったが、その後を引き継いだように忠夫が名前を言うと、彼女はコクンと頷いた。

 「なんてこと……。神族八柱でも厄介過ぎるのに、この上メドーサまでなの!?」

 「俺ら恨まれてるだろうしなー。ええ乳してるだけにもった…ヴゴッ!」

 「あんたは黙っとれ!」

 「どうするです? このまま飛ぶと、メドーサのおばちゃんと後ろの神族達とで挟み撃ちにされるですよ?」

 令子が忠夫を黙らせた時に崩れた飛行姿勢を軽く立て直しながら、パピリオは判断を求めた。

 バランスが崩れたことに文句を言わなかったのは、忠夫の言葉のせいだろう。彼女とて、最近の成長に伴って多少膨らんできているある部分に、未来への期待を馳せているのだから。

 「メドーサと思われる魔族のスタンスがどっちか分かれば、こっちの対応も決められるんだけど……」

 厄介な状況になったと考え込む令子。

 (敵対するならば、文珠の使用も辞さない。ありえないと思うけど敵対しないならば……なんだ、こちらの対応は変わらないじゃない。なら、気配を絶って逃げ込むだけよ)

 前方の魔族がどういった思惑でも、現時点で追跡してくる神族を撒くためには身を隠すしかないと結論付けた令子は、全員に自分の考えを伝える為に口を開く。

 「ここに至っては仕方ないわ。小竜姫が察知した魔族がメドーサであれなんであれ、追っ手に追いつかれるわけにはいかないわ。宿六に文珠を渡して、複数使用で気配を周囲に同化させて逃げきるわよ」

 「ちょ、ちょっと待て。このままのスピードを維持したまま文珠の隠行をやっても、パピリオの魔力の方が大きすぎて完全な隠行は無理だ。ちょっと訊くが小竜姫さまは良いとして、パピリオは隠行使えるのか?」

 「森の中なら大丈夫。けど、街の中じゃ、完全には無理。どうしても魔力が漏れちゃうです」

 「そうか。小竜姫さまみたく小さくなる…のも無理なのか」

 パピリオの答えを聞いて代案を訊いてみるも、パピリオが首を横に振るのを見て、忠夫は考え込んだ。

 (追っ手に追いつかれない為にはスピードを上げるしかないが、俺や令子がこれ以上のスピードに耐えられん。どうするか……)

 「うー、飛びにくい。ヨコシマ達が小っちゃくなれば、パピのポケットに入れて飛ぶのが楽になるのに」

 「「それだ!」」

 「え?」

 打開策を考えていた忠夫と忠夫の反論で考えこんでいた令子は、パピリオの独り言に二人同時に叫んだ。

 自分の独り言にいきなり叫ばれたパピリオは、目を白黒させてびっくりしていた。

 「パピリオの全力飛行なら振り切れると思ってたんだけど、私達があんたに合わせて飛ぶと、後々霊体痛になって動けなくなると踏んで、提案しなかったのよ。文珠ももったいなかったしね」

 「でも、俺らが文珠で小さくなって風圧やGから護る結界の中に入って、パピリオに運んでもらえればそれも解決するんだよ」

 忠夫と令子は、訳が分かっていないパピリオに交互に説明する。いやに息が合っていた。

 「なーる」

 説明を受けたパピリオは理解すると、減速した。ただ、ちょっと二人の息の合い方に、チクッと胸のどこかが痛んだ。

 振り落とされることの無い速度までスピードが落ちたと判断した忠夫と令子は、パピリオの手を放してそれぞれが持っていた文珠に<小>と篭めて発動させた。

 二人の大きさが予め忠夫のジャケットから出ていた小竜姫と同じ大きさになると、全員がパピリオの服のポケットの一つに納まりそこで文珠の結界<護>を忠夫が発動させた。

 「これで、全力で飛べるか?」

 「やってみるです。念の為、頭は出さない方が良いですよ」

 「分かった。パピリオだけ無理させてすまんな」

 「後で一緒に遊んでくれれば、チャラにしてあげますよ」

 「おう。これが終われば、デジャブーランドに連れてっちゃるわい」

 「やた! じゃ、しっかりポケットの奥に入ってるです!」

 忠夫の約束に喜んだパピリオは、彼らがしっかりとポケットの中に入るのを確認してから自分が出せる最大速度で、浅間大社へとぶっ飛んでいった。

 その日、パピリオの最高速度は更新されたそうな。


 (多少引っかかりますけど、まずは復活を急がないと何も始まりませんね)

 サクヤヒメはこちらに向かって飛んでくる蛇の化生に眉を顰(ひそ)めつつも、社の結界を抜けるほどではないと判断して本殿へと歩を急いだ。

 「(!!)ニニギ様!?」

 彼女が拝殿に差し掛かったところで、今まで感じていた横島の霊気がいきなり感じられなくなってサクヤヒメは慌てた。

 血相を変えてサクヤヒメは、本殿には向かわずに外に走り出る。いきなり拝殿脇の渡り廊下から巫女さんが飛び出て来た事に、目撃した参拝客は何事かとざわめいていた。

 (ニニギ様の霊波が消えた辺りで魔力が膨らんだ? 速い! 何があったと言うの!)

 周りでざわめく参拝客には目もくれず、サクヤヒメは東北東の空を睨みつけた。

 何が起きたのかを見極めようと空を睨み集中するサクヤヒメは、こちらに物凄い速さで向かってくる魔力の持ち主が、先ほどヒャクメが見せていたモニタの中の蝶の化身だと気付いた。

 (パピリオちゃん? 何がどうなって……? とりあえずヒャクメ殿に聞いてみるしかないようですね)

 一時の焦りから脱したサクヤヒメは、ヒャクメに念話で話しかけることにした。

 (ヒャクメ殿、ヒャクメ殿っ)

 (はい? どうされましたサクヤ様?)

 神格封印の術式を女華姫から教わっていたヒャクメが、切羽詰ったようなサクヤヒメの念話を受けて少し緊張した調子で念話を返してきた。

 (ニニギ様…いえ、横島殿の霊波が消えて、代わりにパピリオちゃんの魔力が大きくなり凄い速度でこちらに向かっているのです。何か解りませんか?)

 (ええと……ああ、なるほど。横島さん達は身体を小さくして、パピリオの服に隠れているみたいなのね。たぶん、彼女の飛行速度の限界まで上げないといけない事態になったからだと思います。……ああ、やっぱり追っ手が追いついてきてますね)

 サクヤヒメの問いの後、少し間が空いてからヒャクメの返事が返ってきた。

 先ほどの間は、ヒャクメがいつものトランクを使って調べていたのだろう。電話などの文明の利器と違って、念話では相手の動作は感情部分しか伝わらず推測するしかない。

 (そうですか。なら、たぶんに北の魔族も関係あるのでしょうね)

 (え? 魔族…ですか?)

 (ええ。北の方から、蛇の化生がこちらに向かってきております。何が目的かは分かりませんが)

 魔族の存在を告げられたヒャクメの困惑に、サクヤヒメは冷静に事実だけを再度告げた。

 (んっと……え! メドーサ!? なんでメドーサがここに?? それにメドーサにしてはなんか変なのね!?)

 ヒャクメの動揺が念波に乗ってサクヤヒメに届く。しかし、彼女にはヒャクメの問いに答えられる情報はなく、それよりも気になる事があった。

 (キヌが社の結界を強めています。北の魔族は放っておいても大丈夫でしょう。ただ、パピリオちゃんの飛行速度ではこのままだと五分とかからず到着すると思いますが、どう思いますか? ヒャクメ殿)

 (はぁ……。えっと、このままだと三分…いえ二分五十秒後にはここの結界に激突しますね)

 メドーサの事を放っておくというサクヤヒメの言葉にヒャクメはなんとも言えず、気持ちを切り替えて彼女の質問にやや焦った調子で答えた。

 (そうですか。ヒャクメ殿、パピリオちゃんが結界の前で止まらず減速もせずに突っ込んでくるようでしたら、結界接触までの秒読みをお願い致します)

 (何を為されるんです?)

 (受け止めるだけですよ)

 そうヒャクメに告げると、サクヤヒメはパピリオを受け止める準備をするべく、周りの参拝客へと向き直った。

 「皆さん。ご参拝中のところ大変申し訳ありませんが、少々皆様の安全に対して不安要素が発生致しました。全力で対処致しますので、どうか安全が確認されるまで社の中に留まれますようお願い致します」

 周りの参拝客に対して、サクヤヒメは深々とお辞儀をして現状の注意を告げた。

 大声で呼ばわるでもないのに、サクヤヒメのその声は境内の隅々にまで澄み渡った。特殊な呼吸法による木霊法である。

 突然の巫女さんの注意喚起に周囲の参拝客は最初ざわめくも、お辞儀をし続けるサクヤヒメが放つ雰囲気に呑まれて、次第に手近な屋根のある建物へと避難していった。

 その光景を見ていた神主達や巫女達もそれぞれ、近くの参拝客の誘導に慌てる事無く従事しだした。先ほどサクヤヒメが通達したからだろう。

 ある程度の参拝客が神主達に誘導されていったのを見たサクヤヒメは、境内の中心まで歩いていき自然体で立つと、社の敷地の隅々にまで感覚を研ぎ澄ませて社全体と同調していく。

 (サクヤ様、パピリオが結界に激突するまで一分前です! たぶん止まりません!)

 社や結界との同調が完全に終わったところで、ヒャクメの念話がサクヤヒメに届いた。

 (分かりました。秒読みを続けて下さい)

 (はい。五十秒前)

 (キヌ、少々荒っぽい事を致します。動揺せずに儀式を続けなさい、良いですね?)

 (は…はいっ)

 厳しさを伴ったサクヤヒメの念話を受けて、おキヌちゃんは緊張した調子で答えてきた。

 (四十秒前)

 「我が加護する地に住まう数多の草花・大樹の精霊たちよ! 我が社 我が前に一葉(ひとは)をもって集い給え!」

 ヒャクメの秒読みと重なるように、サクヤヒメは草花や大樹の精霊たちに集まるようお願いした。

 すると、彼女を中心とした一定の空間に様々な草花や樹木の葉っぱが光とともに出現してきた! 数秒も経たずに大社の敷地いっぱいに、堆(うずたか)く積もった緑の塊が出来上がった。

 日本全国の浅間大社系列・千三百社余の土地に住まう植物の精霊たちが、サクヤヒメを囲むように集っていた。その数は数十万にも及ぶ。

 いきなり目の前が緑一色になった事に、参拝客たちは息を呑んだ。

 (三十秒前)

 「皆、よく来てくれました。皆が持ってきた葉をもって、東より来る我が良人を受け止めます。いざ、行かれませい!」

 サクヤヒメの号令一下。集った精霊たちは渦を巻き始め、上空へと昇っていった。

 (二十秒前!)

 「はりのは はしらに うずを らせんをまけ! やわのは はりのはにのりて かさをませ! すべらかはをもて うずを らせんをまけ! うずのお らせんのお まきてまきて さらまきて! われにとどけよ わがおっと やさしくむかえよ わがおっと!」

 (十秒前…八…七)

 サクヤヒメが詞(ことば)を紡ぐたびに、針葉樹の葉が大量に重なって一定の幅をもった螺旋を社の敷地の上空いっぱいを使って構築し、草花の柔らかな葉がその上にクッションのように積もって厚みを増していく。
 最後に広葉樹の滑らかな葉がその上に敷き詰められていった。

 なんと、たった十数秒のうちに浅間大社の敷地いっぱいを使った高さ五十メートル・幅一メートルの植物の葉っぱで出来た五十の螺旋を描く滑り台が完成していた。

 (四…三…)

 「我らを護りし繭よ! 一刺しの間を開けよ!」

 (一…零!)

 ヒャクメの念話がゼロをカウントしたと同時に、大社の東上空五十メートルの所からドシュウウウウゥゥゥゥゥッ と、いった音が響いてきた。

 「閉じよ!」

 上空に浮かぶ大量の葉っぱで出来た滑り台からシュウンッ シュウウンッといった音が十何回も届く。その音に混じって女の子の「キャー! キャハハハハ!!」といった、たいそう喜ぶ声が降ってくる。

 その声を聞き、サクヤヒメも顔(かんばせ)を綻ばせていた。


 「ヨコシマ! 社の結界内になんか面白そうな物ができたですよ」

 パピリオの服のポケットの奥に入っていた忠夫達に、パピリオの声が届く。

 「「面白そうな物?」」

 「はて?」

 小竜姫と令子の声がハモリ、二人と一柱は顔を見合わせて首を傾げる。

 「ま、見てみるしかないわね」

 令子がそう言って、全員でポケットの縁(へり)に顔を出した。多少の風が感じられる程度に、護りの文珠は風圧を弱めていた。

 「なんだぁ、ありゃぁ?」

 それを見た忠夫の第一声がこれだった。

 「こっからだと良く分からないわね。ねぇ、パピリオ。あれ、何で出来てるか分かる? って、パピリオ減速しなさい!」

 距離がある為に黒っぽい壁が物凄い速さで出来上がっていくさまを見て、令子が言いかけて気付いてしまった。

 そう、パピリオは前方に結界があるにもかかわらず、ぜっんぜん減速していなかったのだ。護りの文珠に護られ、ポケットの中に居たために把握するのが遅すぎてしまった。

 「あ…減速するの忘れてました。もう間に合わないです」

 「う…うわわわー、ぶつかるー!!」

 普段は見えないようにされている結界が、淡く光るように視認できる事からその強度が推し量れるだけに、令子や忠夫は顔を引き攣らせる。

 パピリオの申し訳なさそうな声も聞こえていないようだった。

 パピリオがせめてもの抵抗という感じで、身体を丸めて足から結界に向かうように身体の方向を変えたところでその音は聞こえ始めた。

 ドシュウウウウウウゥゥゥゥゥゥゥッ

 「な…なんだなんだ!? 何が起きたんだ??」

 「わかんないわよ! けど…無事みたいね。 な! なにこれ!」

 「これは! パピリオ少しずつ減速しなさい!」

 激突すると思っていた忠夫たちはその瞬間目を瞑ったのだが、衝撃は何もなく時々一定方向に横Gを受ける事に目を開けて驚愕した。

 小竜姫は現状をいち早く認識すると、同じく目を瞑って丸まっていたパピリオに向かって減速するように指示を出す。

 シュウウオンッ シュウウウウオンッ と、周りの音が数回したところでパピリオも身体の硬直を解いて小竜姫の指示通りに減速をかけようとした。

 「こ、これって……」

 「滑り台でちゅ!」

 「だよなー」

 「はぁ、しょうがないですね」

 パピリオは長大な滑り台に顔を輝かせて、小竜姫の指示も忘れて身を任せてしまった。ポケットの縁に顔を出していた忠夫たちもパピリオの喜ぶ顔に水を差すのもなんだと思い、何も言わずに再びポケットの中へと引っ込む。

 「キャー! キャハハハハ!!」

 パピリオは、満面の笑顔でこの長大な滑り台を堪能しているようだ。ポケットの中にまで聞こえてくる彼女の楽しそうな声を聞きながら、令子たちは話し合っていた。

 「これって、やっぱりサクヤ様の術よね?」

 「そのようです。もしかしたらおキヌさんも加わっているかもしれませんね。けれど、こんな大規模な術をあんな短時間で行うなんて……」

 令子の疑問に、小竜姫はやや顔を青ざめさせながらも答える。神族である彼女にとっても、驚愕の出来事であったらしい。

 「なんか力場みたいな軽い抵抗が、パピリオの速度を落としているのを感じるな。たいしたもんだよなー」

 小竜姫でさえ驚いている術の規模だというのに、忠夫はのんきに後頭部で腕を組んで寝そべりながら、結界に掛かるある一定の圧力を感じて呟く。ただ、彼の頭頂部にはタンコブが出来ていて、涙目になっていた。

 なぜかというと、とりあえず危険もなくなったと分かったとたんに、彼が令子のフトモモに頭を載せたからである。

 いきなり膝枕を求められて顔を赤くした令子は、小竜姫の存在を思い出すと照れ隠しで思わず忠夫をグーで殴って己の失策に気付いた。目の前で、チャンスとばかり顔を輝かせている小竜姫に見せ付ければ良かったのだ。

 仕方なく次善の行動として、それでは私がと手を差し伸べようとした小竜姫を睨み付けて止めるしかないのが、令子としては悔しかった。

 「とりあえず目的地にはついたけど、追っ手の神族達に居場所がバレたのが拙(まず)いわね」

 「そうですね。それにメドーサらしき魔族もこちらに向かってきていましたし、懸念材料は山積みです」

 右手親指の爪を噛みつつ令子は今後をどうするかを考え、小竜姫も答えるように言葉を紡ぐがこちらも自分の考えに没頭していた。どうも令子の言葉に答えたわけではないらしい。

 「やめやめ。情報が少ないうちから考え込んでもロクな事は無いわ」

 「美神さんもそういう結論になりましたか」

 しばらく令子と小竜姫は考えていたが、これといった明確な指針は出せなかったらしく、諦めたようだ。

 二人と一柱は暫く無言でいたが、ポケットの外からパピリオの声が聞こえてきた。

 「あー、面白かった! いろんな草花の精霊と話せましたし、満足です! 美神、ヨコシマ、小竜姉ちゃん。そろそろ滑り台の終わりが見えてきたですよ」

 その声に、忠夫達はポケットの縁に身を乗り出した。

 「お? 滑り台の上の方は消えていっているな。やっぱり召喚の類だったんかな?」

 「役目を終えたから帰るって言ってたです。近くに来ることがあれば遊びに来いとも言われたですよ」

 忠夫の呟きにパピリオが応えた。お別れを言いに来た精霊たちの事を嬉しそうに話すところを見ると、精霊達によほど気に入られたらしい。

 「そっか」

 楽しさを満面の笑顔で表すパピリオを優しく見上げながら、忠夫は一言言って頷いた。

 もうパピリオ自身の飛行能力で、大量の草花や樹木の葉で作られた滑り台から降りられるのだが、彼女はそうせずにいた。最後まで滑り台に身を任せる事に決めたらしい。

 「もう最後の直線だな。 お? 終点にいるあの女性が、令子や小竜姫さまが言うサクヤヒメなんかな?」

 結界に受ける感じから、滑り台を滑っているというより、周りに張られている力場に運ばれているという感触を受けた忠夫は、前方を見やって呟いた。

 「そうよ。すっごく神格の高い女神様なんだから、いつもみたくナンパなんてするんじゃないわよ!」

 「いや、イイ女にナンパするのは男の義務……グァ! やめっ 抓るの ヤメッ! 地味に痛っ! なぜに小竜姫さままで! イダ!」

 令子の忠告に、馬鹿な事を言って返したとたんに彼女に尻を抓(つね)られ痛がる忠夫。その様子に最初はビックリしていた小竜姫だったが、彼女も忠夫の尻を抓りだした。

 忠夫の物言いに彼らしいと思いはしたがムッとしたのは確かで、けれどどう表現したら良いか分らなかった小竜姫は、令子が彼の尻を抓りだしたのを見て最初は何故シバかない? と、ビックリしたように見ていたのだ。

 その時、一瞬だけ令子が目配せをしたように見えた。

 (美神さん……)

 彼女がどういった思惑で自分に目配せしたのか測りかねはしたが、彼女がやっている事は自分の感情を表現するのにうってつけと感じた小竜姫は恐る恐るといった感じでやってみた。

 (胸のモヤモヤが消えていく……。あ、でも続けていると、なんだか可哀相に思えてきました)

 彼の反応に彼の言葉で感じていた感情がスッと薄れた事に気を良くした小竜姫は、しかし続けていくうちにあんまり痛がる彼の姿に罪悪感を感じて止めた。

 「ちょっ、いつまで抓ってるんだよ、令子! 小竜姫さまも令子の尻馬に乗って抓らないで下さいよ」

 「なに言ってるのよ、あんたが馬鹿なこと言ったからじゃない。神通棍でシバかないだけマシと思いなさい」

 「横島さんが悪いんですから諦めてください」

 令子と小竜姫に尻を抓られまくって、尻を押さえて呻きながら忠夫は抗議したが、当然受け入れられなかった。

 「パピを除け者にして、ポケットの中でナニを遊んでるですか? もうすぐ着くから出てきてください」

 ポケットから漏れ聞こえる忠夫の声に、パピリオは呆れながら言ってきた。

 「ほ、ほら。パピリオもああ言ってるし、出ようぜ」

 護りの文珠を解除して、忠夫は逃げるようにポケットの中から出て行った。

 「たくっ」

 「まぁ、ああでなくなったら横島さんとは言えませんし……」

 令子は憤懣やるかた無しといった感じで呟き、小竜姫は諦めた感じながらも少しだけ怒った様子で忠夫に続いて出ていく。

 「とうちゃ〜〜く!」

 しゅたっ といった感じに滑り台を滑り終わって立ち上がるパピリオ。

 彼女のポケットから忠夫達が外に出て、二人は文珠の効果を消し、小竜姫は抑えていた竜気を解放して大きくなっていった。

 サクヤヒメは、両手を広げながら立ち上がったパピリオの前でしゃがんで目線を合わせた。

 「貴女がパピリオちゃんですね? 葉っぱの滑り台はどうでしたか?」

 「とっても楽しかったです! 草花の精霊達と会えて楽しかったですよ!」

 「そうですか。集まった精霊達も、貴女に出会えてとても喜んでいましたよ」

 楽しそうに滑り台や精霊達との事を語るパピリオに、サクヤヒメは笑顔で頷いて彼女を抱きしめた。

 「あ……」

 抱きしめられたパピリオは最初ビックリした様子で硬直していたが、サクヤヒメの温もりに安心したのか表情を和らげると身を任せるようになった。

 「遠いところを良く来ましたね。お疲れ様、パピリオちゃん」

 「う、うん」

 照れくさいのか、サクヤヒメの労いもぶっきらぼうに答えるパピリオ。だけど、抱きしめられる感触が心地良いのか離れようとはしなかった。

 「美神殿、小竜姫殿、お疲れ様でした」

 つと、サクヤヒメは傍らで大きくなった美神たちにも労いの言葉を掛けた。

 「ちょっと厄介な事に巻き込んじゃう事になるわ。先に謝っとく、ごめん」

 「天界での一部強硬派が、横島さんを狙って動いてしまいました。私は幸いな事に、天界軍より彼の護衛に任命されました。以後、一緒に動く事になります」

 サクヤヒメの労いに令子はちょっと申し訳無さそうに謝り、小竜姫は真剣な表情ながらもどこか嬉しそうな雰囲気で彼女に報告した。

 「そうですか。では、あの神族達には遠慮する事は無いのですね? それが天津の意思なのですね?」

 「はい。横島さんを狙う者達へは容赦無しとの事です」

 「分りました」

 小竜姫の言葉を再度確認して頷いたサクヤヒメは、彼女を不思議そうに見ていた忠夫の前に歩いていき、いきなり跪いて土下座した。

 「ちょっ! なにを!」

 「長い……永いこと、お待ちしておりました……。幾年月を経てのご帰還。このコノハナノサクヤヒメ、心よりお喜び申し上げます」

 忠夫の驚く声にもほんの少し肩を震わせただけで、サクヤヒメは土下座を止める事はせずに、ただ口上を述べた。

 (なんでこの人は……)

 いきなり美女が自分の前で土下座した事に動揺を隠せない忠夫は、ただオロオロとするばかりだ。

 「なにしてんの、答えてあげなさいよ」

 「いや、しかし……」

 「うっさい! はよいけ!」

 令子が見かねて声を掛けるが、忠夫は動揺したままで動かない。業を煮やした令子は、少し不機嫌そうな声で彼の言葉を封じて背中を強めに叩いた。

 「たたっと……分ったよ」

 背中を叩かれて令子を睨むが、逆に強く睨み返されて忠夫は諦め、土下座を続けるサクヤヒメの傍らに片膝をついて彼女の肩に手を置いた。

 ぴくっと身体を震わせるサクヤヒメ。

 「面を上げてください。俺は、貴女にその様にされるほどの価値のある男じゃない」

 「あ……」

 忠夫の言葉に悲しそうな表情で顔を上げるサクヤヒメ。けれど……。

 「永い事待たせてしまったのはすまなかった。今戻ったよ、サクヤ」

 忠夫の左手から淡い光が出たとたんに彼の口調が変わった。

 「ニニギ様! ニニギさまぁ〜〜」

 遠い昔に喪った懐かしい雰囲気に触れ、感極まったサクヤヒメは忠夫に抱きついて泣き出してしまった。

 忠夫の左手には<甦>の文珠が握られていた。令子の記憶を伝えられた時に、己がニニギノミコトの転生体という事も伝えられていた事から、文珠を使った魂の記憶の甦りを図ったのだ。

 今、彼は忠夫でありニニギノミコトでもあった。

 「すまなかったサクヤ。寂しい思いをさせたな。あの頃より変わらずに私を待っていてくれた事、嬉しいぞ」

 そう言ってサクヤヒメの顎を軽く上げて、躊躇無く接吻した。

 「んぅ…ふ……あむ……」

 「あぁ!」 「なっ!」 「ちょ、こら宿六っ、何を!?」

 いきなりサクヤヒメにディープキスをし始めた忠夫にパピリオ・小竜姫・令子は驚いて詰め寄ろうとしたが、柔らかい何かに阻まれて出来なかった。

 サクヤヒメはされるがままに、彼に身を委ねるばかりである。

 「神代よりのひと時の逢瀬だ、赦せ。それにもう時間も無い。 
 また会えて嬉しかった。魂となった今でも、私はサクヤを愛している事には変わりない。今世は、私であって私ではないがサクヤよ、もう一人のお前共々任せるぞ」

 周りで騒ぐ令子達に接吻を止めてそう言うと、再びサクヤヒメに向き直ってニニギノミコトは彼女の豊満な胸を右手で巧みに揉みしだきながら言う。

 「ふぁ…は、はい。ニニギ…様の…はくぅ…仰せの通りに……しますぅっ…ひぁあああっ!」

 乳首を探し当てられ、着物越しに捻られたサクヤヒメはそのままイってしまい、身体をビクビクと震わせて彼に身体を委ねた。

 サクヤヒメの言葉に一つだけ頷き、ニニギノミコトは彼女の身体から受け取った神気を丹田へと篭め、全身に行き渡らせた。

 (業腹だが、後を頼んだぞ。サクヤの神気で文珠も作れよう)

 その時、文珠がサラサラと崩れていった。

 「え? あ? あれ? ちょ、サクヤヒメ? な…なんかすっげーイイトコロ見逃したような、そんな気分!? ずっけーぞニニギノミコト! 後始末は俺に押し付けやがって!!」

 文珠の効果が切れた為に元に戻った忠夫は、くてっと力無く抱きついたサクヤヒメを押しのけるなんて勿体無い事はせず、それでも凄い形相で迫ってくる令子達を見て、届くわけも無い悪態を吐いた。

 そんな状態でもサクヤヒメの胸を揉んでいる辺り、彼のスケベは筋金入りでさすがと言えよう。

 「いつまでやっとるか!」

 「サクヤ様? サクヤ様!」

 「あ…あんな風だったのかな?」

 自分達の行動を妨げる結界が無くなった事で直ぐ様令子は忠夫を殴りつけ、小竜姫は気をやって人事不肖に陥ったサクヤヒメを抱き上げ声を掛ける。
 パピリオに至っては富士の風穴での自分を今のサクヤヒメに重ねていた。

 神族達に追われているというのに、なんとも平和な光景であった。一条の赤い光が大社の結界を揺るがすまでは……。


 

          続く


 おはようございます、月夜です。
 想い託す可能性へ 〜 にじゅうに 〜 ここにお届けです。すみません、投稿が少し遅くなりました。やはり年の瀬に近付くにつれ、仕事量が……。次回は年内に投稿できるかどうか……頑張ります。
 誤字・脱字、表現がおかしいところが見つかりましたら教えて下さい。直します。
 以下はレス返しです。

 〜読石さま〜
 毎回のレスありがとうございます。今回の展開はどうでしたでしょうか。
>転生云々は難しい……
 本当に難しいです。その時の人生の想い等もあるわけですし。今回ちょこっとニニギが出てきました。今後は多分出ません。
>パピリオは役得(?)……
 客観的に見たら役得なんでしょうけど、忠夫的にはトラウマに近いものでした。まぁ、もうすぐリセットなるかも(邪笑
>甘いと断じる神族さん
 西側の、とりわけ地中海辺りの神族達は、本当に何故神様と崇められているか解らない神様が多いですからね。逆に魔族とされた者達が人間に優しい場合すらありますし。その辺も表現できたらと思います。
>空飛ぶ巫女さんに驚く参拝客さん達を……
 幽霊だった時にすんなり受け入れられた商店街の人達が、彼女の中では基準ですから(笑)この事件が終わったらサクヤヒメから怒られることでしょう。あ、でも今回の事で怒ることできないかも……

 身体の気遣いありがとうございます。読石さまもご壮健でありますよう、祈ります。 またの御来読、心よりお待ちしております。


 〜GZMさま〜
 初めてのレスありがとうございます。私が書く物語を読んでいただき、ありがとうございました。
>ついに手を出したか横島よ!
 無意識の内にやってしまい、彼的にはトラウマみたいですけど(笑)
>ゆっくり揉みほぐしていけば……
 それはパピリオの努力次第でしょうね。横島の方に忌避感がありますし。今回の事も事故みたいなものですから(^^ゞ

 またの御来読、心よりお待ちしております。

 〜ETGさま〜
 またレスを頂きありがとうございます。前回は趣味に合わなかったとのこと、心苦しく思いますがご容赦を。
>やっと一話の場面……
 時系列的にその続きですね。最終的な完結はまだ遠いですが、頑張ります。
>あと、心情説明ががくどくて……
 くどいですか。さじ加減が難しいですね。リズム良く書きたいものです。

 またの御来読、心よりお待ちしております。


 では、次回の投稿まで失礼致します。

 
 緊急更新です。
 景文さまのご指摘により、多少表現が変わりました。原作でもワルキューレがどこに隠していたのかライフルでサングラスの魔族を撃退していたので、こういう試験的装備の実戦時の耐久テストも兼ねていると設定しています。
 ただし、基本的な技術成熟(実戦以外の耐久テスト等は、実に百年の時を要しています)は終えています。さすがに魔界軍も、そんな雑な物を支給する事は無いと思いますので。
 あと、魔界軍の普通の兵士は、チャンバー内に普段は弾丸を入れていません。その理由は景文さまのご指摘の通りです。
 ちなみに、私の物語の設定として、神魔の時間感覚を人間での十年=神魔の一年としています。ただしこれは、人間と過ごす事の多い神魔ほど縮まる傾向にあります。

 景文さま、ご指摘ありがとうございました。 

 それでは、次回投稿まで失礼致します。

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