※パピリオが暴走しちゃった……
想い託す可能性へ 〜 にじゅういち 〜
多少時系列を遡り、忠夫が美神除霊事務所内に出現して、白井総合病院へ向かっている頃。
本宮の浅間大社にいるおキヌちゃん・サクヤヒメ・女華姫はどうしていたかというと……。
「お姉ちゃん、忠夫さんが…令子さんの……忠夫さんが戻ってきました」
“令子の”という所で少し詰まったけれど、おキヌちゃんはヒャクメの深層意識界から戻るなり言った。
「ええ、私も感じました。しかし、キヌの記憶を私が知った今ならばやっと判りますが、ニニギ様の魂はかなり巧妙に隠されていますね。
輪廻の輪を潜った魂は、ここまで暗号化されるのですね……。私の見通しは甘かったと言わざるを得ませんねー」
左手を頬に当てて、喜びと憂いを伴った複雑な表情をするサクヤヒメ。
実は、現世で忠夫と結びつきの強いおキヌちゃんを介して彼の存在を確認していた彼女は、神代の御世に分御霊を放した時の見通しが甘かった事を痛感させられていた。
彼女はニニギノミコトの魂が人間として転生してきた時、必ず自分は解ると自負していた。
それなのにおキヌちゃんが魂の原始回帰をして覚醒するまで彼女が己の分御霊だったとことすら判らず、横島忠夫がニニギノミコトの転生体という事も判らなかった。その事が無性に悲しく、口惜しい。
(私はもう、あの方と共に歩めないのでしょうか?)
「お姉ちゃん?」
サクヤヒメの様子がおかしいと感じたおキヌちゃんは、ヒャクメがまだ起きない事を確認すると立ち上がって姉の傍らに座り、気遣わしげに呼びかけた。
「え? いえ、なんでもありません。私は大丈夫ですよ。今は私の事より、ルシオラ殿をいかに早く甦らせるかを考えなくては」
内に内にと思考が篭ってしまいボーっとしていたサクヤヒメは、おキヌちゃんの呼びかけに数秒遅れて反応すると力無く微笑んだ。
自分で大丈夫と言っている時点で、彼女自身でさえ自覚できていない心の傷の深さが窺える。
おキヌちゃんは、サクヤヒメが何を憂えているのか判らずに表情を曇らせた。
昨夜は飄々とした雰囲気で令子達と会話していたのに、今は見る影も無く落ち込んでいる。彼女に笑顔を取り戻させるにはどうしたらいいかと、おキヌちゃんは心沈ませた。
二柱の様子を見ていた女華姫はふぅっと一つ嘆息すると、サクヤの前に片膝を立ててしゃがみ、彼女の顎を持ち上げて上向かせた。
「姉さま?」
顎を持ち上げられて上向かせられたサクヤヒメは、力無く女華姫を見る。その瞳は潤み、揺らいでいた。
「サクヤよ。転生の理は、我ら生命を司る者でも全貌を把握は出来ぬ。輪廻の輪を潜った妾でもようようと知れぬのだ。
妾が思うに、輪廻の輪を潜ると転生先で出会うには縁(えにし)に強く左右されるようだ。そなたは、確かにニニギとの縁を持ってはおった。
しかしそれは、そなたが分御霊を輪廻の輪に放した際、我知らずにほとんどを託したと妾は思えるのだがどうだ?」
じっとサクヤヒメの瞳を見ながら、女華姫は言う。
イワナガヒメでもある女華姫は、落ち込む者を饒舌に励ます事など自分には無理と自覚するが故に、事実を以って相手に原因を気付かせようとする。真摯な表情に慈愛の想いを篭めながら。
彼女の性格とあいまって、このやり方は心弱き者には刃となってしまう事もしばしばある。自分の弱さと向き合うのは、例え神族や魔族であっても辛い事であるのだから。
(姉さま……。確かに当時の私は、縁(えにし)の事を念頭には置いていなかった。遠き時の果てに一緒になれればと願っただけ。その願いが、自分が知らない所で思いがけず叶っていた事を知って私は……)
姉の神代の時と変わらぬ思いやりに、サクヤヒメは懐かしさを感じながら自らの心と向き合う。
姉二人のやり取りを隣で見ていたおキヌちゃん。
あまりにもサクヤヒメに近すぎるおキヌちゃんは、女華姫が言った彼女の憂いの原因を気付けなかった事に驚き恥じ入った。
神代に隠れてしまったニニギノミコトや姉であるイワナガヒメと、未来の世で一緒に過ごす事を託されたおキヌちゃんは、サクヤヒメの寂しさに一番に気付いてやれなかった事に落ち込む。
「姉さまの言う通りだと思います。私は自分でも自覚せずに、キヌに嫉妬をしていたのでしょう」
その言葉におキヌちゃんはハッとしてサクヤヒメを見つめた。
「いくら魂が同じであっても、転生してしまえば生活環境でほとんど別人となってしまうからな。横島殿は、そなたが知るニニギと同じとは限らんぞ?」
「クスクス。そ…そうですね。確かに私の良人の時とは、ちょっと違っていましたね」
おキヌちゃんの記憶を辿った時を唐突に思いだして、サクヤヒメは笑いを堪えきれないという風に涙を滲ませながら女華姫の言葉に答えた。
彼女の脳裏には、おキヌちゃんと出会ってから今までに行われた数々の横島の奇行が過ぎっていた。
「どうした?」
深刻な表情から急に笑い出したサクヤヒメに、女華姫は戸惑う。
「お姉ちゃんが笑ったのは、今の忠夫さんがニニギ様だった頃の雰囲気や行動原理とかに良く似ているからなんです」
女華姫の疑問に答えたのは、さっきまでサクヤヒメを心配そうに、申し訳無さそうに見ていたおキヌちゃんだった。
そして、サクヤヒメに笑顔を浮かばせるのはやっぱり忠夫さんなんだとも感じていた。
「ふむ。直接会った事は無いが、横島殿はそんなにニニギに似ているのか? とすると、妾とはあまり合いそうに無いのう」
苦笑しながら、女華姫は当時を思いだしてそういった。
当時のニニギノミコトは、イワナガヒメの容姿にかなりビビッて、彼女と話す時など及び腰になっていたものだ。ただそのような態度も、一緒に過ごす内にいつの間にか消えていたけれど。
「ふふふふ。いつもの女華姫さまの姿だと、神代の時と同じ態度になるんじゃないかなー」
「騒ぎはしても、拒絶は最初のうちだけでしょうね」
サクヤヒメとおキヌちゃんは、顔を見合わせて笑いあった。
(サクヤの翳りは去ったようだな。しかし、二人の様子からすると横島殿と会う時は、妾の姿を偽っておかねばならないようだ)
思わず両腕で身体を抱きしめてブルッと震わせる女華姫。己の豊かに実った双乳を隠すようにしながら、偽りの姿に変わるのだった。
「んぅ……。むに……あれー? 小竜姫や美神さんはどこー?」
寝惚けた様子でヒャクメが寝床から上体を起こして、首を左右に振ってキョロキョロしていた。
ヒャクメの声に気付いたおキヌちゃん達は、話を中断してそちらの方に振り向く。
「ヒャクメ様、起きられましたか。どこか身体に異常はありませんか?」
ヒャクメの寝床に歩み寄って傍らに膝立つと、おキヌちゃんは彼女の身体を気遣った。
「あ…おはよー、おキヌちゃん。さっきはありがとうね。
んー、今のところ違和感とかは無いのね。
ところで小竜姫と美神さんが居ないようだけど、何かあったの?」
ポケポケとした感じでヒャクメはおキヌちゃんの質問に答え、さっきから気になっていた小竜姫と令子の事を訊いた。
「小竜姫様と令子さんは、斉天大聖様に昨夜の顛末の報告をする為に妙神山へ行きました。本当はヒャクメ様から報告して欲しかったみたいですけど、一向に起きる気配が無くてシビレを切らしてしまいまして……」
小竜姫が行ったヒャクメへの起こし方を思い出して、おキヌちゃんは冷や汗を垂らす。
「そうなの?」
おキヌちゃんの答えに、小竜姫が自分に何もしていないなんて変なのねーと思いながら、身体のあちこちを見るヒャクメ。
その様子に知らぬが仏とはこの事を言うのねと思いながら、おキヌちゃんは小竜姫が叩き起こそうとした時にできた傷を“癒された”ヒャクメを見ていた。
ひとしきり自分の身体の状態を確認したヒャクメは、おキヌちゃんと向き合う。
「それはそうとおキヌちゃん。私の深層意識界で言っていた“横島さんが戻ってきた”っていうのは本当?」
「ええ、本当です。ヒャクメ様なら、どこに居るかも解るんじゃないですか? 今の私だと、忠夫さんが戻ってきた事と、大体の居場所しか把握できないんですよ」
「んーっと……ああ、いたいた。なんか慌てふためいて走って……撥ねられた! あ、でもさすがだわ。直ぐに起き上がって、自分を撥ねたタクシーに乗っちゃった。どこ行くんだろう?」
おキヌちゃんの答えに空中からトランクを呼び出して、中のヘッドディスプレイを取り出すと装着するヒャクメ。
早速登録している忠夫の霊波を検索してピントが自動的に合うのをしばし待つと、映し出された映像は忠夫がタクシーに撥ねられた時の一連の映像だった。
「は…撥ねられた!? 忠夫さんは無事なんですか!!」
「ちょ.…ちょっと、止めるのねー! 傷は浅いし命に別状は無いから!!」
思わずヒャクメの肩を掴んで、強く前後に揺するおキヌちゃん。ヒャクメはガックンガックン揺すられながら、忠夫の命に別状は無い事を叫ぶ。
「あ…すみません。えと…本当に忠夫さんは無事なんですね?」
「んー、自分でヒーリングはしているみたいなのね。文珠で治さない所を見ると、手持ちは持ってないのかも」
ヒャクメの叫びに我に返ったおキヌちゃんは、恥じ入ってヒャクメの傍らに座りなおすと忠夫の無事を確かめる為に訊いた。
それに対してヒャクメは、彼女が見ている光景を実況しながら頷いて答える。
「あれ? 病院の前に停まったのね。凄い勢いで病院の中に入っちゃった」
「ヒャクメ様、ズルイですよ! 私達にも見えるようにして下さい!」
忠夫の様子を実況するヒャクメに、自分も見たくなってしびれを切らしたおキヌちゃんは懇願した。
「ん? あ、ごめんねー。ポチっと。これで良いかな?」
おキヌちゃんの様子に苦笑して、ヒャクメはコメカミ部分のスイッチを押した。
すると、開けっ放しになっていたトランクから、ヒャクメが見ている光景を映すモニタが空中に投影された。
「えっと…? 忠夫さん、雰囲気は明るいんですけど、表情が切羽詰ったようなのはどうしてなんでしょう?」
空中に投影されたモニタに映る忠夫を見て、怪訝な顔をするおキヌちゃん。
モニタの中では、忠夫が階段を素晴らしいスピードで駆け上がって、時々出会う人々を避けたり助けたりしていた。
「あ、それはねー。妖毒の血清を持って帰ってきたからなのよ。元々十年も前に、美神さんが妖怪化した毒グモに受けていた妖毒の血清を作る為に、横島さんは過去に跳んだのねー」
「え!? でも…でも令子さん、朝までこっちに居ましたよ? こっちの令子さんと融合しちゃってるんだから、入院なんてしてないですよ?」
ヒャクメの説明に混乱するおキヌちゃん。
「これは推測なんだけど、今見ている横島さんは、現状を知らないんじゃないかな? 彼の主観認識じゃ、多分この世界が元々生活していた過去に飛ぶ前の世界と思ってるんじゃないかなぁ?
だから、美神さんが入院していた病院に行ったんだと思うのね。うん、この世の終わりの様に落ち込んでるし、間違い無さそうなのねー」
混乱するおキヌちゃんに、老師の結界の中で令子から聞いていた枝世界融合直後の説明を思い出しながら推測するヒャクメ。
彼女の推測を裏付ける様に、モニタの中の忠夫は、ガックリと憔悴して壁に背中を預けて座り込んでいた。
「大変! 直ぐに令子さんと連絡を取らないと!」
「心配ないのねーって、聞こえてないし……」
ヒャクメの説明と画面の中の忠夫の様子におキヌちゃんは立ち上がると、電話を掛けに本殿を文字通りに飛び出して、一直線に社務所の方へと空中を飛んで行ってしまった。
外では空中を飛ぶ巫女さんに驚いた参拝客の悲鳴が、そこかしこで上がっている。
その様子にヒャクメは苦笑する。なぜなら、ヘッドディスプレイのサブモニタには、キリッとした姿勢で忠夫がいる部屋に近付く令子が映し出されていたからだ。
空中に投影されているモニタには、ヒャクメが見ているサブモニタが映っていないのだから仕方なかった。
「して、ヒャクメ殿。横島殿がこの枝世界に戻られたという事は、少々急がねばなりません。
先ほど現れた時間から二十四時間後の明日の正午までにキヌの中のルシオラ殿を復活させねば、世界の定められた律を書き換える不確定因子へと彼が覚醒できなくなってしまうのです。ご協力願えませんか?」
泡を食って飛び出したおキヌちゃんを苦笑して見やりながら、サクヤヒメは今後の予定を決める為にもタイムリミットを告げて、ヒャクメの協力を要請した。
「えと…それは初めて聞く情報ですけど?
妙神山の斉天大聖様がおっしゃるには、横島さんがこの枝世界に完全に取り込まれるまでに、二十四時間が限界だろうという事でした。
それを過ぎると、彼の中でこの枝世界が用意した記憶が定着してしまうと聞かされたのですが、それと関係があるのですか?」
「ええ、関係あると思われます。“狂った除くモノ”に対抗する為にも、彼には不確定因子への完全覚醒をしてもらわなければなりません。
それには、キヌの中に宿っているルシオラ殿が復活する必要があるのです」
「もしかして、ルシオラさんにくっついている横島さんの霊基が必要なんですか?」
妙神山で最初におキヌちゃんの身体を調べた時に判明した結果を思い出しながら、ヒャクメは確信をもって尋ねた。
「その通りです。斉天大聖様のおっしゃられる記憶についても、関係があると思われます。この枝世界の横島殿の記憶を受け継いでいるはずなのですが、そのような素振りは見受けられませんし……」
空中に投影されたモニタを見ながら、サクヤヒメは答えた。
「分かりました。そういう事でしたら否やはありません」
「助かります(キヌっ キヌ! 心配要りませんよ!)」
ヒャクメの答えに、可能性の世界樹から自分達が得ていた情報に誤りが無い事を確信したサクヤヒメは、おキヌちゃんを止めるべく呼びかけた。
(え? なに、お姉ちゃん? 急がないと忠夫さんが!)
(心配要らないのです。美神殿はもう横島殿と合流していますよ)
画面に映った令子の踵落としに冷や汗を浮かべながら、サクヤヒメはおキヌちゃんに説明した。踵落としについては、スルーするようだ。
(そうなんですか? じゃぁ、戻るね)
サクヤヒメから伝わる感情に首を傾げつつ、おキヌちゃんは念話で彼女にそう伝えてきた。
「さて、ヒャクメ殿。朝餉の時に美神殿から聞きましたが、横島殿と合流を果たしたらまずは妙神山に向かうとの事でした。
ここに来るのは確実ですが、その前にニニギ様の神格を再封印する為に準備しようと思います。手伝って頂けませんか?」
「え? 良いんですか!? それは願ってもない事なのね〜」
ヘッドディスプレイを外しながら、ヒャクメはサクヤヒメの提案を喜んだ。
「本格的な封印は、横島殿の問題を片付けてからになると思われますが、応急処置を施した封印人形を解析して新しい人形を準備しておけば、時間の節約にもなりますから」
「封印術式の解析ができるなんて嬉しいのねー。調査、承りますサクヤ様!」
寝床から起き上がると、解析準備を早速始めるヒャクメ。
その時、おキヌちゃんが本殿へと戻ってきた。
「ゴメンなさい。慌ててしまいました。……って、ヒャクメ様。何をしているんです?」
「なにって……封印の人形の解析をサクヤ様に依頼されたから、その準備をしているのね」
戸惑いながらも、トランクの中の必要な道具が揃っているかを確認するヒャクメ。
「そうですか。忠夫さんが来るまで時間はそう無いと思いますけど、よろしくお願いします」
おキヌちゃんはそう言うと、腰を深く折って頭を下げた。
「では、人形のある場所に案内しよう」
一連のやり取りが一段落したと感じたのか、女華姫がそう言ってヒャクメを導くように踵を返した。
ヒャクメはトランクの中の物をしまい蓋を閉めると、サクヤヒメやおキヌちゃんと一緒に女華姫について本殿を出て行った。
後には、シロとタマモが昨夜の戦闘の疲れの為に熟睡して残されていた。
二匹とも寝床に膝を抱えるように丸まって寝ており、誰かさんの夢でも見ているのかその表情は穏かな笑みが浮かんでいた。
「すっごいのねー、この人形! 初めて見る封印術式だわ! 解析のし甲斐があるわねー!!」
トランクから伸ばしたケーブルを人形の各所に貼り付けて、空中に投影した解析結果を眺めながらヒャクメはただただ感心して、己の好奇心を大いに満たしていた。
「はぁ…そんなに大層な物なんですか? 私は作成する時はあまり携われなくて、大まかな事しか知らないんですけど」
おキヌちゃんは、ヒャクメの感嘆に苦笑しながら当時のサクヤヒメの記憶を思いだしていた。
周りでは、サクヤヒメが微笑を湛えながら静かに正座してヒャクメの作業を眺め、女華姫は腕を組んでおキヌちゃんの傍らで直立している。
「何が凄いって、推定だけど主神クラスの神格エネルギーがこのちっちゃな人形に、現時点では不安定ながらも封印されている事よ!
さすがに一宗教の主神クラスなだけあって、綻びから暴走しそうになってるけど私が今まで知っていた封印術式では、この封印は無理だわ」
カタカタとキーボードを叩きながら、ヒャクメはおキヌちゃんの質問に答える。
ヒャクメの周りには彼女のトランクから投影されるモニタが十二も浮かんでいて、目まぐるしく内容が切り替わり封印の人形の現状をつぶさに記録している。
歴史に隠されて秘されていた技術を前にしたヒャクメは、嬉々として解析しその秘密を暴いていく。
ニニギノミコトと一緒に封印の人形を作成したイワナガヒメこと女華姫は、ヒャクメの解析作業を眺めながら苦笑し見守っていた。
(妾はニニギが行った封印術式に、あ奴に言われるがままに神威を組み込んだに過ぎないのだがな。
全てが終わった後にあ奴から術式の詳細を教え込まれたが、理解が及ばずそのまま暗記している部分が大半だ。その事をヒャクメ殿が知ったらどう反応するかな?)
しばらく解析に没頭していたヒャクメは一段落ついたのか、ふぅっと溜め息を吐きながら顔を上げた。ただその表情には腑に落ちない物を見つけたのか、最初のような好奇心などは浮かんでいなかった。
「あのー、サクヤ様? つかぬ事を訊きますが、ニニギノミコト様は神格以外にもこの人形に何かを封じていませんでしたか?」
「いえ、私は神格以外の事は何も聞いていませんけど? 何か気になる事でもありましたか?」
ヒャクメの問いに、サクヤヒメは小首を傾げて答える。
その様子に、本当に知らないのだと感じたヒャクメは、おキヌちゃんの傍らに立つ女華姫へと視線を向けた。
「ヒャクメ殿は、ニニギの記憶のことを言っておるのか?」
視線を向けられた女華姫は、腕を組んだまま答えた。
「やっぱり知っておられたんですね? ニニギノミコト様の記憶が封印されている事を。プロテクトが固くてまだ解けていませんが、そうじゃないかなって当りを付けていたのが本当にそうだったなんて。
でも、どうして封印なんてしているんです?」
女華姫の答えに、ヒャクメはのどに刺さった魚の小骨が取れたような気分で、なぜ封印しているのかを訊いた。
「不測の事態用に、転生した自分の魂を持つ者が死んだ場合の保険と言っていた。
転生過程に入らずに、魂を人形に呼び込む為の措置だと」
「それだと変なのねー。平安時代に、横島さんの前世である陰陽師の高島さんがアシュタロスに殺された時、そんな素振りは無かったのね」
「ほう? その様な事があったのか? 詳しく教えてくれぬか?」
「ええっと……あの時は高島さんが美神さんの前世だった魔族メフィストと魂の契約をしてて……あ、そうか! 呪に縛られた為にそのシステムが働かなかったんだわ!
メフィストが高島さんの魂を天に返した時は、アシュタロスが平安時代から五百年後に私に飛ばされて、直接の脅威が無くなっていたからこの時点でも働かなかったのね。なるほどー」
女華姫に説明しようと自分の見てきた記憶をモニタに映し出し、あらましを話し出して直ぐにヒャクメは疑問の答えに辿り着いていた。
ヒャクメが納得している間にも、トランクから投影されているモニタの中では、当時の横島達の映像が映し出されていた。
「ほぅ? これが横島殿か。ニニギにどことなく似ているな。自分の好みの女に飛び掛るところなぞ、そっくりだ。
馬鹿は死んでも治らないのだな……。それにしても、横島殿は波乱万丈な人生を生きておるのぅ」
一連の映像を見ての女華姫の感想がこれだった。
映像の最後で横島の体に少しの間だけ甦っていた高島が、魔族メフィストに人間に成れと願い事をしている所では、内心で見直してもいたが面には出さない女華姫。
「これって、私が生き返って間もない頃の事ですよね?」
「そうなのね。老師に教えられて美神さんの前世を調べに行った時だもの」
映像を食い入るように見ていたおキヌちゃんは、そっと胸に手を当てて小さく息を吐くとヒャクメに確認し、ヒャクメはおキヌちゃんの様子に気付かない振りをして事実だけを言った。
「この時に千年の縁が生まれたんですね……。ルシオラさんや美神さんといい、私やサクヤお姉ちゃんといい、忠夫さんには一途な女性を惹きつける何かでもあるのかな?」
他にも小鳩さんやグーラーさんや愛子さんとか等と、ぶつぶつ呟きながらおキヌちゃんは右の袖を軽く噛んでいた。
彼に関わり救われた女性は、押し並べて好意を持つ事に改めて気付かされた気分なのだろう。おキヌちゃんの髪の毛が、揺ら揺らと徐々に逆立っているのは見なかった事にしてほしい。
ヒャクメも目を逸らして怯えていた。
そして、ここにもう一柱。
「あらあら、無自覚に惹きつけていますね」
言葉は穏やかでも、地面が微かに揺れている事からサクヤヒメの心情が分かろうというものだ。おキヌちゃんみたく、髪の毛には現れてはいないけれども。
出張する先々で、女を作る良人に怒りを覚える妻の心境に近いのかもしれない。今のサクヤヒメに、一番共感を持つのは横島の母である百合子さんだろう。お二方が会えばの話だが。
その時が来る事があるとすれば、根本的な価値観の違いで結局はもの別れになりそうではあるけれど。
「ふむ。ニニギの魂がこの人形に来なかった理由も判った。とりあえずヒャクメ殿、作業を続けてくれぬか? こやつ等は気にせずとも良い」
サクヤヒメとおキヌちゃんの様子に呆れた表情をしながら、女華姫はヒャクメに人形の調査を続けるよう促した。
江戸時代に道士と婚姻をしたのも、人柱となったおキヌちゃんに対する義務感からであった女華姫は、恋愛というものをした事が無い。その為、妹二人の心情が深くまで理解できないでいた。
死津喪比女退治の時、おキヌちゃんの過去を見た時に、横島に確かめられていた道士が涙を流していた事からもその事が推測される。
「えと、あらかたの解析は終わってるのね。あとは人形の欠損部分である、右腕にあった術式のみの解析が残ってるだけなのね。そこはイワナガヒメ様に教えてほしいのね」
「了解した。では、まず……」
ヒャクメの要請に女華姫は直ぐに答えて人形の状態を表しているモニタ群に近づくと、ヒャクメに必要なデータを表示するモニタを確かめながら教えだした。
放置されたおキヌちゃんとサクヤヒメは、二柱揃って隅っこでなにやら相談していた。忠夫が彼女らと再開した時、不穏な事が起こりそうだ。
暫くして……。
「お姉ちゃん!」
「ええ、キヌも感じましたか。ニニギ様、いえ横島殿がこちらに向かっているようですね」
ヒャクメと女華姫の作業を横から見ていたおキヌちゃんは、ハッと顔を上げて一瞬妙神山がある方向を見た後、サクヤヒメに喜びを含んだ声音で呼びかけた。
サクヤヒメもほぼ同じ時に感じたらしく、おキヌちゃんの呼び掛けに答えて、彼女と顔を見合わせると頷きあった。
「え? 横島さんがこっちに向かっているの?」
おキヌちゃん達の声にびっくりした様子でヒャクメは、女華姫と一緒に見ていた画面から顔を上げて作業を中断すると、彼女達が見ている方角を確認し、またキーボードをカタカタと叩きだした。
程なくして、新たに空中に投影された映像に忠夫や令子、小竜姫とパピリオが映し出された。どうやら神族とおもしき輩に追われているらしく、二柱と二人は森へと逃げ込んでいる所だった。
「大変! 助けないと!」
「んー、それは必要ないんじゃないかなー?」
慌てるおキヌちゃんに、ヒャクメはの〜んびりといった感じで彼女を止めた。
追跡している神族は一柱だけだし、小竜姫やパピリオ。ましてや逃げを打った令子や横島がいるのだ。それほど危ない状況とは、ヒャクメには思えなかった。
「ど…どうしてです!?」
「ほら、あれ見て。……助け必要?」
早々捕まる者達じゃないと、今までの経験からヒャクメは思ってモニタを見ていると、案の定彼らは追っ手の神族を撃墜し眠らせていた。
「必要…なかったですね」
忠夫達が追っ手を撃退させた所を見て、おキヌちゃんは慌てた事が恥かしく顔を赤らめ、ヒャクメ以上に忠夫達を知っているのにこの体たらくと、自己嫌悪から落ち込んだ。
その様子に女華姫は眉根を顰める。
性格が戦向きではないとはいえ、おキヌちゃんの横島や美神を心配する様子が女華姫には過剰にも思えたのだ。
「キヌよ。そなたは横島殿や美神殿と一緒に、数多の戦場(いくさば)を一緒に乗り越えてきたのであろう? 心配するなとは言わぬが、まずは落ち着いて状況を掴まぬと救える者も救えぬぞ?」
「そう…ですね。ここで落ち込んでいる場合じゃ無かった。ありがとう、女華姫さま」
(落ち込んでいる場合じゃないわ。これからの事を考えないと)
女華姫の忠告におキヌちゃんは顔を上げると、彼女に礼を一つして再びモニタに目を向けた。
おキヌちゃんのその様子に、女華姫は表情を和らげる。が、やおら表情を引き結ぶとサクヤヒメに向かって話しかけた。
「サクヤよ。横島殿達が追われているという事は、やはりアレの妨害のせいと思うか?」
「姉さまの推測通りだと思います。天界の過激派と呼ばれる者達を焚きつけたのでしょう。厄介な事をしてくれたものです」
美しい顔(かんばせ)を憂いに染めて、サクヤヒメはこれからの事を考える。
(天界の動向がどの様になっているか知りたいところですね。追っ手を堂々と撃退するか、追っ手から横島殿を匿うか、あの方達が齎す情報次第で対応が変わる。それに、ここの宮司達にも伝えておかないといけませんし)
「姉さま。横島殿達がここへ到着するまで、時間もあまり無い事でしょう。私は宮司達に現状を伝えて対応を指示してきます。ここをお任せしますね」
「そうだな、分った。ここが戦場になるかもしれぬとなると、宮司や巫女達にも知らせておかないとな」
女華姫の承諾を貰うとサクヤヒメは立ち上がって、封印の人形を安置している部屋から社務所へと歩いていった。
神通力で転移もできるのだが、今はルシオラの復活を早める為に極力霊力を使わない様にしているサクヤヒメだった。
「さて、ヒャクメ殿。横島殿達は、ここへはいつ頃到着するであろうか?」
サクヤヒメが部屋から外へ行くのを見届けると、女華姫はヒャクメへと向き直って訊く。
「そうねー、パピリオの飛行速度だと、休み無しならあと三十分ってところかな? まぁ、横島さんの首が締まった状態だったから、途中で休憩は入れると思う……うん、思いたいから少し遅れるとは思うのね」
首が絞まった状態で連れて行かれた横島を心配し、小竜姫の行動によって令子やパピリオがあのままにしてここまで来るかもしれないという不安が過ぎってしまい、ヒャクメは希望を交えて答えた。
「そうか。ではキヌ。それまでは、胎内のルシオラ殿への霊力供給に専念せよ。少しでも早く、ルシオラ殿を復活させる為にの」
「分りました。ヒャクメ様、封印の人形の解析と再封印の準備を女華姫さま共々、よろしくお願いしますね」
「分ったのね。おキヌちゃんも無理しないようにね」
「はい」
女華姫の言葉におキヌちゃんは頷くと立ち上がり、ヒャクメに再封印の準備を頼んで本殿の奥へと向かう為に部屋を出て行った。
社の中心に座る事により、地脈を使った増幅術を使う為だろう。
「では、ヒャクメ殿。我らは封印の下準備でもやろうぞ」
「分りました」
女華姫とヒャクメは、再封印の為の下準備を話し合いながら進めていった。
一方その頃、令子達はというと。
「まいったわ。宿六の回復が遅いわ。ちょっと予測を見誤ったわね」
平らな岩に寝かせた忠夫を見やり、自分の嫉妬深さに溜息を吐く令子。
富士の樹海の霊力が吹き溜まっている風穴の一つに身を隠して休息していた令子達。この辺り一帯は大昔の祭壇跡でもあり、小竜姫やパピリオの神気や魔気を隠すほどの霊気が満ち溢れていた。
しかし逆の観点から見れば、彼女達の巨大な霊力を隠す場所は限られているので、見つかるのは時間の問題だろう。
「パピも悪かったです。声が出なくなった時点で停まれば……」
俯いてチラチラと忠夫を見ながら、パピリオは落ち込む。
「すみません。私も悪乗りし過ぎました」
パピリオと同じく項垂れた小竜姫。
彼女は神気を抑える為にまだ小さくなったままで、忠夫にヒーリングを施していた。
あれから忠夫は十分近く首が絞まったままで、パピリオの高速飛行に曝されてしまっていた。無意識の霊力による回復の為に脳死にまでは至っていなかったが、さすがに窒息時間が長過ぎたらしく未だに意識を回復していなかった。
「どうしましょうか? 追っ手を眠らせたとはいえ、後続の者が探知に長けていないとは思えませんし。文珠で治して、急いだ方が良くないですか?」
「そうね……(あんたらが居なかったら、わたしの身体を使ってでも起こすんだけどね)」
小竜姫の提案に思案顔の令子。
ただし考えている事は、非常事態時における忠夫の回復法だったりした。このスケベは意識が無い時でも女体には反応し、胸を触らせたりナニを弄ると瀕死の重傷でも回復しやがるのだ。
令子がそれをやらないのは、単に人前では恥かしくてやれるかっ! という思いだけで、二人きりなら恥かしがりながらもやった事だろう。今までにも片手で数えるほどだが何回かあって、今更という思いも彼女にはあるし。
「じゃあ、私が持っている文珠を使いますね」
「待って!」
「え?」
小竜姫が文珠を懐から取り出して使おうとすると、令子がそれを止めた。
「もしかしたら、さっき遭遇した奴らと戦うかもしれないから文珠はダメよ」
「でも、早く横島さんを回復させないと、パピリオの高速飛行にこのままでは耐えられませんよ?」
「解ってはいるわ。だから…その……ちょっと試す事があるから、その間に小竜姫とパピリオは外で警戒していてくれないかしら?」
小竜姫の言葉に令子は、今からやろうとしている事を詳しく言う事は出来ず。しかもその内容に赤面して、ドモりながらも彼女達に外で警戒するように言う。
「えーっと……、もしかしてここでイタすつもりですか?」
令子の様子に、小竜姫はジト〜っとした目で彼女を見やる。
彼女の価値観では、令子がやろうとしている事はなんとも破廉恥としか言いようが無かった。
「さ…最後までスルわけじゃないわよ! い…今までにもこういう場面があったのよ! その時に、こいつを起こすにはその…この方法が手っ取り早くて……」
小竜姫のジト目に令子は最初強く反発するが、徐々に尻すぼみに声が小さくなっていった。
「…………(くぅー、見せ付けてくれますね! だけど、負けたくない。南極戦に赴いた時の私の気持ち……あの時は諦めるしか無かった。でも! ここでは諦めたくない!)」
「だから人前ではちょっと恥か「その方法はどうやるんです?」って小竜姫?」
「この人は、一人よりも二人…より多くなんでしょう? だったら美神さんだけじゃなく、私も加わればそれだけ回復も早いと思いませんか?」
貴女には負けません! といった感じの眼差しを令子に向ける小竜姫。
一人と一柱は睨みあう。だから気付かなかった。この場には、彼を慕うもう一柱が居る事に。
パピリオは令子と小竜姫のやり取りに入れずに、自分を忘れるなと頬を膨らませていた。方法があるなら早くしろとも思っていた。
なので、彼女は睨み合う者達をよそに、最もシンプルに動いた。それが彼に、どれほどの衝撃を与えるか知りもせずに。
(美神達の話から、朝に美神がやっていた事を私がやれば良いだけ。そんなの簡単な事です)
パピリオは、老師の結界の中で目撃した令子達の様子を頭に思い浮かべながら、顔を赤くして実行する。
彼女に羞恥心が無い訳ではない。だけど、この時のパピリオは、忠夫に迷惑を掛けてしまった自責の念と、彼を早く起こしたいという想いが彼女の行動を後押ししていた。
(確か美神はこうしていたですね。……むぅー、身長が足りなくて難しいです)
平らな岩に寝かせている忠夫に横からしがみ付くようにパピリオは横になるが、頭に思い描く格好には身長が足りない事に気付いて悲しくなった。
(これじゃ、ヨコシマを起こしてあげられない。私じゃ…ダメ? でも、早く起こさないと悪い予感がする。それに、私の手で起こしてあげたいです。どうしたら?)
悲しくなって気分が落ち込むも、現状を思い出してどうしたら良いかとパピリオは考える。
(あ……横からがダメなら、上からですっ。パピは小さいから重くないはず)
閃いたパピリオは、早速実行に移した。
横に寝ていた添い寝状態から彼の上に身体を乗せて、真上から彼の顔を覗き込む。少し顔を青くしているが、呼吸は規則正しく。自分の体重が苦になった様子は見られなかった。
「ヨコシマ。パピが起こしてあげますよ……」
そう言って、パピリオは頬を朱に染めたまま、覗き込んでいた忠夫の唇に自分の唇を重ねてほんの少し自分の霊力を彼の中に吹き込んだ。
(う…あ……? なん…だ? なんかフワフワする……。身体に何か暖かい力が満たされていく。…………? 上に浮上しているのか? 誰か上に乗っているのか? いやに軽いが、令子か? 小竜姫さま?)
忠夫は、意識が混濁した状態で徐々に浮上していく感覚に包まれていた。少しずつはっきりする感覚に、無意識に自分の上に乗った女体の感触を確かめようと両手が這い回る。
(あれ? なんか二人にしては小っさいような……?)
身体の上に乗った女体を弄(まさぐ)る内に、その大きさが自分が想定していた大きさと違う事に違和感を持った忠夫は、急速に意識が浮上していく。
「はふぅ……。ヨコシマ。パピ…パピ、そんなにされたら……」
忠夫に身体を弄られ、膨らみかけの柔肉を無意識の内に彼の胸板に擦り付けていたパピリオは、口付けをしていた唇を思わず離して熱い吐息を漏らした。
(は? パピ? パピって…パピリオだよな? え? なに? これ、どういう超展開? 俺は暖かい布団の中で寝てるんだよな。背中が痛いけど、ここは布団の中だ。そうじゃなきゃ…そうじゃなきゃ、ダメだー!)
意識が覚醒レベルまで浮上した忠夫は、自分の上に乗っているのがパピリオという事を知って、現実逃避した。逃げ切っていないが。
「あぅ! (ビクビク) あ…ふ……」
意識が戻ったものの、現実逃避してしまった忠夫の無意識の愛撫にパピリオはどうやら達してしまったようで、そのまま彼の上に身を預けた。
パピリオの身体は、忠夫の上でビクビクと痙攣している。だけど彼女の表情は何処か嬉しそうだった。
「あー、パピリオ! ナニをしているんですか!」
令子との言い合いと睨み合いの最中に、横島の事がふと気になってそちらを見た小竜姫は、己が目にしている光景が消えて欲しいと願いながら大声を上げた。
「え? あー、パピリオー! って……たーだーお―? なにパピリオをイかせているのよ!」
よほどパピリオにとって深い快感だったのか、ピクンピクンと未だに軽く身体を痙攣させている彼女を優しく抱き上げて岩の上に寝かせると、令子は夜叉の顔で忠夫に詰め寄った。
しかし……。
「俺はロリコンや無い 俺はロリコンや無い 俺はロリコンや無い 俺はロリコンや無い 俺はロリコンや無い 俺はロリコンや無い 俺はロリコンや無い 俺はロリコンや無い 俺はロリコンや無い 俺はロリコンや無い 俺はロリコンや無い 俺はロリコンや無い 俺はロリコンや無い 俺はロリコンや無い 俺はロリコンや無い……」
虚ろな目で虚空を見ながら忠夫は、ブツブツと同じフレーズを繰り返していた。
無意識とはいえパピリオを絶頂までさせてしまった事に、忠夫の方がダメージを受けていたらしい。
無理もないかもしれない。彼の主観では未だに二十七歳であり、身長が伸びたといってもパピリオは中学生くらいの身体なのだから。
「あー、もう! これじゃシバけないじゃない! このイライラどうしてくれよう!」
幸せそうなパピリオの表情と、とうとう身体を丸めて横になってしまった忠夫を交互に見て地団太を踏む令子。
小竜姫はパピリオの方を見て一瞬だけ羨ましそうな表情をしたが、ブルブルっと頭(かぶり)を振るとパンパンと二回手を打って、全員の注意を自分に向けさせた。
「横島さんの意識も戻りましたし、先を急ぎましょう! 残念なのは判りますが、その事は後です!」
「わっ、わたしは残念とは思ってないわよっ!」
小竜姫に内心を見透かされて、思わず反発する令子。
けれど、彼女の頬には朱が走り、パピリオの方をチラチラと見ている様子に説得力は無かった。
「はいはい。そんな事は今はどうでも良いのです。急ぎますよ!」
そう言うと小竜姫は、身体を少し大きくしてパピリオを抱き上げると、風穴の外に向かっていった。
「ちょ、ちょっと忠夫はどうするの!」
「美神さんが抱えてきて下さい。私の篭手をしているのですから、その程度は簡単なはずですよ」
令子の問いかけに一度だけ振り返った小竜姫はそう言うと、再び外へと歩いていってしまった。
(私だって……)
風穴の外に向かう道すがら、小竜姫は腕の中のパピリオを羨ましそうに眺めた。
令子はのろのろと起き上がった忠夫と風穴の出口を交互に見やりながら、イライラの限界が来たのか無言で彼を一発だけ殴ると、その腕を取って引き摺っていった。
それから間もなく、正気に戻ったパピリオに掴まって忠夫達は本宮の浅間大社に再び向かった。
その際、忠夫の顔が大きく腫れ上がって原型を留めていなかったのは、まぁ彼女達の嫉妬によるものだ。
一柱、パピリオだけ満面の笑みを浮かべていた、
「隊長! イーグル・フォーの奴を見つけました! どうやら奴らに眠らされたようです」
猫の顔をした神族の一柱が、部隊長のフィルレオの下に飛んできて報告する。
「そうか。イーグル・フォーは復帰させる事は可能か?」
「はっ。今、下の方で起こしている所です。直に目を覚ますでしょう」
「分った。君は、文珠使いらがどこに向かったか、いま調査中の仲間達と一緒に探ってくれ」
「はっ」
フィルレオの命令を受けた猫顔の神族は、辺りに残っている筈の文殊使いの霊気を探るべく調査に向かっていった。
(くそうっ、してやられた! 人間だけと思って侮っていた。まさか小竜姫が護衛に就いているとは……。今のメンバーでは少し心許ないな。増援を呼ぶべきか? いや…我々を殺さなかった甘さに、付け入る隙がまだあるな)
部下が離れた事で、苦虫を噛み潰した表情を顕わにするフィルレオ。
不意を突かれて包囲を抜けられたが、相手の甘さに助けられた事を僥倖として諦める事のない部隊長は、部下の吉報を待つ事にした。
程無くして、一柱の神族がフィルレオに近付いてきた。
「隊長! 濃度の高い魔気を検知しました! それに微かですが文珠使いの霊波も残っていました。追えます!」
「そうか。では追うぞ。下の奴らにも伝えろ!」
「はっ!」
フィルレオの命令に敬礼をした部下は、下の森へと降りていった。
(アシュタロスの究極の魔体のブラックボックスが“偶然”手に入ったのだ。諦めるには早いというもの。我が主が世界に覇を唱えるのも可能になるというものだ)
ただ一柱、密命を持ったフィルレオは、文珠使いヨコシマタダオの確保に向けて作戦を練り直し、闇い笑みを浮かべていた。
続く
おはようございます、月夜です。想い託す可能性へ 〜 にじゅういち 〜 をお届けします。
ごめんなさい、浅間大社組と合流まで行きませんでした。次回は間違いなく合流です。最後でパピが暴走しちゃいました。おかげで忠夫の精神に大ダメージです(笑)
誤字・脱字、表現がおかしい所はご指摘願います。
では、レス返しです。
〜アークスさま〜
初めてのレス、ありがとうございます。読んでいただけている手応えがあると、嬉しくなってきます。今後もよしなに願います。
>小竜姫さまかわいいですね。
可愛い小竜姫さまが書けて、私も楽しいです。もっともっと彼女の魅力を表現できるようになりたいです。
>浅間神社での騒ぎを期待しています。
すみません。そこまで行く事が出来ませんでした。今回のお話でも1万6千字超え。展開遅い上に更新も遅く、皆様には申し訳なく思います。次回は多分ドタバタになるかと。
最後に、二重投稿された場合は、一番下の欄に”記事機能メニュー”がありますので、対象記事番号(この場合は2です)を記入し、パスワードを入れた後に”処理選択”の所で”削除”を選び”実行”ボタンを押せば、削除できますので、ご参考下さい。
〜ソウシさま〜
続けてのレス、ありがとうございます。
>今回は猿が一番目立ってますね
老師のアレな部分ばかり目立っていましたので、戦闘してもらいました。書いていて楽しいのですが、老師のメガネに適う相手が弱すぎた感も否めなかったです。戦闘描写が苦手なせいでもあるのですけど。
>小竜姫も可愛いですし……
ちっちゃな小竜姫さまは、今後もどこかで出して行こうと思います。このお話では、おキヌちゃんは現人神なので縮む事ができませんけど。他に縮む事が出来るのは神魔の方々くらいでしょうか。
>オキヌちゃん達と合流できるのか?
今回のお話では合流できませんでした。次回はできるはずです。何事も無くとは言えませんが(汗
>今の横島達って霊力って……
えっと、数値で表すのは難しいので次のような表記にします。
霊力のみならば(潜在霊力も含めて)
老師>>サクヤヒメ・女華姫>おキヌちゃん>>パピリオ>小竜姫・ワルキューレ・敵の神族八柱・融合後の忠夫>タマモ>シロ>ヒャクメ・令子>>美智恵・唐巣神父
戦闘技術も含めたならば
老師>>>>サクヤヒメ>小竜姫・ワルキューレ・敵の神族八柱>令子・融合後の忠夫・パピリオ・女華姫・美智恵・唐巣神父>タマモ・シロ・おキヌちゃん>>ヒャクメ となるでしょうか。あれ? 神族なのにヒャクメが最下位……。このお話は人外ばっかりと判明。
〜ETGさま〜
続けてのレス、ありがとうございます。読んでいただけている反応があると嬉しいです。
>私はもっと反則っぽく……
なるほど、参考になります。私はまだまだ温いのですね。精進せねば。
>本格戦闘期待していま〜す
あぅ、すみません。合流まで行きませんでした。戦闘描写苦手ですが、ご期待に副えるように精進はします。
〜読石さま〜
いつもレスをありがとうございます。読石さまのレスがあると、ホッとします。
>パピリオ可愛いですねぇ……
今回、パピリオが暴走しちゃいました。忠夫は精神に大ダメージですけど(笑) ほのぼのなパピリオはラブリーなので、また書きたいです。
>老師の攻撃を受けて少しでも……
権謀術数にも長けてはいますけど、老師の本質はやはり拳で殴り合うなんでしょう。そんな老師に生半可な狸は敵いません^^ あと、前回老師に教えを受けた神族は武の道への鬱屈感を祓われたので、神格も上がるかもしれません。もしかしたら……話が膨らみますね^^
>隠れて居たらしき鬼門達……
彼らは小竜姫さまは護るべき主。老師は絶対服従な主と認識していると思われます。酔った老師に落書きされても泣き寝入りですし(笑)なので、描写が省かれて有能に見えてしまうという、へたれ設定が! 半分嘘です(^^ゞ
体調を崩してしまいました。季節の変わり目にやられたようです。皆様もご自愛下さい。
レスを頂いた方々に深く感謝を。何とか月末に出せましたが、次回の投稿は十一月末になるかもしれません。
それまで失礼致します。