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「がんばれ、横島君!! うらめんの5」

灯月 (2007-10-24 23:26/2007-12-22 15:21)
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デミアン「今回は小ネタ集といったところだな」

ベルゼブル「それはつまり一本ストーリーを作るほどネタが無げだぁ!?」

デミアン「馬鹿が。うかつな事を口走るからだ。単に少しばかり違う書き方をしたかっただけ、らしいぞ」

ベルゼブル「そ、そうか。……ところで俺の出番はちゃんとあるんだろうな?」

デミアン「無い! ここだけだ」

ベルゼブル「ここだけ!? 魔族の中でも高位に入る俺様がここだけだとぉ!!」

デミアン「構わんだろう。どうせ我らは脇役だ。
なまじ出番があったとしても、碌な目に合わないのはわかりきっているからな」

ベルゼブル「……そうか。そうだな」

デミアン「ああ、そうだ。
それと、余談だが人狼の里にドッグフードを届けに行ったのは我々らしい」

ベルゼブル「ホントにどうでもいい話だな」

そんなわけで、始まります。


がんばれ横島君!! うらめん〜それでも僕らは生きている!〜


〜ハニワ兵の日常〜

ハニワ兵は働き者だ。一年365日、休み無く働いている。
ご飯を作ったり掃除をしたり。庭の草木の手入れだってするし、その気になれば裁縫だって兵器の製造だって出来る。
言い付けられればなんだってする。
まるで働きアリみたいだが不満に思ったことは無い。
そんな風にプログラムされているからだ。
創造主であるアシュタロスには絶対服従。その家族にも決して危害は加えない。
もちろん敵にはその限りではないが。
けれど最近、少しばかり思考ルーチンに変化が見られるようになった。
それはあまりにも自然なものだったため、気付いたのは本当に最近だったのだが。
その変化は創造主の家で働いている全てのハニワ兵に平等に訪れた。
だからこそ余計気付かなかったのだ。
変化をもたらしたのは、彼。
創造主が雇った子守役。人間、横島忠夫。
ただの人形である自分たちにも、気さくに話しかけてくれる。
そんな彼に接していくうちに、ハニワ兵たちにプログラムに無いものが生じ始めた。
バグ!?と思ったが違う。
ハニワ兵サミットの結果、それは「自我」と呼ばれるものだと結論付けた。
そしてその自我が最も強く出る状況にはある条件があるのだとも、気付く。
その条件は、今まさにハニワ兵たちの眼前で巻き起こっていた。

「何度言ったらわかるんですか? 俺は難しい事言ってませんよ。ただもう少し結果を考えて行動しろって言ってるだけでしょう!?
小学生にも出来る事が何で出来ないんですか!!」

「ひぃ!? で、でもだね横島君、首輪は飼い主の義務で……」

「黙らっしゃい!!」

仁王立ちで叱り付ける横島に、必死に弁解しようとするも一喝されて口を噤んでしまう創造主。
ほう、とその光景を見た何体かのハニワ兵がため息をつく。もちろん感嘆の、だ。
横島の背後にはオーラさえ見える。
怒られている理由はハニワ兵たちにはよくわからない。
わかっているのは、新入り二匹に関する事というだけだ。
だが別にわからなくても困らない。どうせ創造主が悪い。確定。
創造主の愛娘たちはすでにソファの後ろ。顔だけのぞかせて呆れているのはいつもの事。
戦闘狂もとっくに避難済み。
皆横島の強さを知っているから。
わからないのは創造主のみ! なんであそこまで懲りないのか逆に不思議でたまらない。
新入りだって黒い方は腰が抜けてしまっている。
しかも運の悪い事に横島のすぐ傍。体に力が入らないので、移動は不可能。哀れ。
もう一匹の白い方は運良くというか部屋の隅っこ。ガタガタ震えてる。
来て早々これではかなり心臓に悪いだろうが、ここは一つ諦めてもらうしかない。

「魔力でロックって一体何考えてるんですか!? 確かに狼の姿でなら違和感は無いでしょうけど、人型にもなれるんですよ。あんなモンつけて外出たら特殊な性癖の持ち主だと思われるでしょう!? 犬飼もシロも事情はどうであれ、長老から預かってるんですから後先考えて行動して下さい!! それでも大人ですか!?」

「ご、ごめんなさい……。しかしだね、横島君あの首輪は私の自信作でね! 犬飼の方には力の方向性をコントロール出来る魔法陣を仕込んでいてね、この魔方陣の作用によって彼は我々に害を為す事が出来ず! さらにシロの方には……」

喜々として首輪の性能について語り始めた創造主。
それを見て、あと少しで自分たちの出番だと悟るハニワ兵。
横島の口元が、ぴきぴきと引き攣りだしているから。
三体ほど、ハニワ兵が部屋から出て行ったが誰も気にしない。
横島が指を鳴らし始めた。
あ〜あ、素直に謝ってあれを外せば良かったのに。
そうは思うが、決して助言する事は無い。
いつもの事だし、言っても無駄だし。

「言いたい事はそれだけですか? アシュタロスさん?」

にこり。穴のような目しか持たないハニワ兵にだって、きれいだと感じる笑顔。
おそらく最上級のそれを真正面から向けられて、ようやく創造主は己の失態を自覚したらしい。
が、もう遅い。
横島の背後のオーラがなんかもう、恐ろしいものを形作っているような気がする。
いやいやきっと目の錯覚だ。
隅っこで新入りのちっさい方が意識を手放したが、まぁ無理も無い。
横島がこぶしをぎりりと握り締める。
部屋から出ていたハニワ兵たちが何かを運んできたのは、丁度その時。
ナイスタイミング!
指があったらサムズアップしていたところだ。
そしてそれは、横島に手渡された。
ぶん!と、一振り。
へぇ、と横島が感心した声を上げ、創造主の顔が劇的に青褪めてゆく。

「な、な、な、なんだねそれは!? 横島君!!」

横島の手の内にあるそれを指差し、叫ぶ。
横島は足元で鳴くハニワ兵たちに目をやってから、答えた。

「ハニワ兵たちの手作りです!!」

「そーゆー事ではなくてだねぇ?!」

こんな時のために作っておいたのだ。横島専用対創造主殲滅武器!!
ハニワ兵たちは短い腕で、胸であろう部分を誇らしげに叩いた。

「見てわかりませんか? 釘ハンマーです!!」

「なんだね、その誰も望まない新ジャンル〜〜〜〜〜〜!!??」

「せっかくハニワ兵たちが作ってくれたから、使いますよ?」

「待て、待ちたまえ横島君! 流石にそれはシャレにならない!! 死んでしまうっ!!」

「問・答・無・用!! 天誅〜!!」

「ひしゃぶらげぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇえええええぇぇぇぇっ!!!!」

ごちゅ! ごつ! がりゃぐぅう!! べけべぎ・ぐぢゃり!!

人体の限界突破を目指すかのよーな歪な音を立てる創造主。
それを見て、ハニワ兵たちは思う。
作って良かった、と。それはもう心の底から。
そうハニワ兵の強い自我とは、何故か横島のためになる事をしたくなるというものだった。
なぜそうなったか、わからないし。解明しようとも思わない。
よってハニワ兵サミットでも楽しいからいっか☆で、済ませた。
とにかく、今日も今日とてハニワ兵たちは大忙しです。
主になんだかよくわからない物体へと変貌する創造主の後片付けとかで。


〜犬飼ポチの見た世界〜

「ポチ、お前の名前ポチって言うのか。……そっかぁ、だからそんなに捻くれたんだなぁ」

同情に溢れた目でしみじみと呟かれ、今ここで噛み殺したい!!と心底思った。
犬飼ポチは不機嫌だ。それはもうこれでもかってほど。
右手を失ったのも気に食わないが、その原因が人間風情であると思うとはらわたが煮えくり返りそうになる。
それでも何もしないのは長髪の男――アシュタロスにつけられた首輪のせいだ。
これのせいで忌々しい人間横島に手出しできない。
今ならドッグフードで簡単に己を売り渡した長老を呪い殺せる。
連れてこられたアシュタロスの家は、西洋風で広くてきれいだ。
周囲に結界が張り巡らされているので、里並に安全でもある。
だが、気に喰わない。空気が悪すぎる。排気ガスとか言うやつだ。
周辺の地理を覚えるためと称して、首輪にリード――犬飼は不本意だったがそれらを手に迫ってきたアシュタロスに勝てなかった――をつけて散歩にでた。
犬飼を散々ぶちのめしてくれた三姉妹や横島も一緒に。
色んなところを見て回った。
不幸な神父のいる教会とか横島の学校とか、知り合いが住んでる幽霊屋敷とか。
道行く人間の好奇の視線を集めまくったので、散歩前より機嫌が降下したけれど。
びるぢんぐばっかりで自然が無いのも原因の一つだ。
とりあえず、しゃくではあったが横島に人間に見られまくった理由について問うた。

「そりゃあ、ポチはでっかいし。右前足が無いし。目立つさ」

つまり、犬飼の狼化した姿が人目を引くと。
狼姿は正直自分でも自慢の一つだ。
黒い毛皮は立派だし、体だって人を乗せられるくらいにはでかい。そんな狼が三本足で街中を闊歩していれば嫌でも目立つという事か。
納得した犬飼は、だから聞こえていなかった。

「それにシロが背中に乗っかってたからなぁ」

苦笑交じりの小さな呟きを。
それは置いといて。
とにかくそれでもやはり犬飼は不機嫌だ。
人の姿をとったとき用意されていた洋服を無理やり着せられたが、それを見たシロがうっかり泣き出すほど似合わなかったせいでは決して無いが。
かわりにと、アシュタロスがいつか娘とお揃いにするためとって置いた甚平を着せられた。
それでも犬飼が普段狼の姿でいる事が多いのは拗ねているからではない。絶対。
ちなみにシロは着替えによって女の子だと判明したため、三姉妹におもちゃにされた。
可愛いワンピースとか着せられまくって、二十着越した辺りからぐったりしていた。
とにかく不機嫌だ。不本意だ。不愉快だ。
出された飯は美味かった。肉がたっぷりだったし。完食した。
だが、それとこれとは別だ。
この程度で懐柔されない。
狼は誇り高い生き物なのだ。
フェンリル狼の力さえ手に入ればこんな連中!
いつか絶対喰い殺す!!
そう硬く心に誓った。
そしてその誓いが折れたのは、その日の夜の事だった。

「あ、あれ…取れない。アシュタロスさ〜ん、ポチとシロの首輪が取れないんですけどー?」

いい加減首輪が鬱陶しくて、横島に外すよう言った。
かちゃかちゃ金具を鳴らしていた横島は、けれどすぐに首を傾げてアシュタロスを呼んだのだ。
呼ばれたアシュタロスの答え――魔力でロックをかけたからちょっとやそっとじゃ、外れないさ☆
……………うぉい。
金具が無理なら鋏で革部分を切れば!と試してみても、無理。
革にあてがった鋏はがちがちと硬質な音を立てるだけ。

「ははははは。当然魔力で強化済みさ!」

朗らかに笑いおって!!
犬飼が怒るよりも先に、横島が怒った。
結果、犬飼は腰を抜かす事となる。
怖かった。あれは怖かった。
今まで生きてきた中で最上級の恐怖だ。
シロなど横島の発する怒気に当てられそうそうに意識を失った。
う、羨ましい。
犬飼だって出来ればお花畑にでも飛び立ちたかった。だが出来なかった。
人狼としての矜持が! 武士としての誇りが! それを許さなかったのだ。非常に残念な事に。
怖すぎて逆に気絶できなかったという説もあるけれど。
結局、凄惨な場面までしっかりきっちりその目に焼き付ける事となる。
あれは惨い! 自分だってあそこまでやらない!!
関節とか骨格とか、素晴らしく無視。すでに原型も原色も留めていない。
平気な顔をして見守っていた娘たちの姿がいやにシュール。
犬飼はこの世の無常とか無情とか、色々知った。
むしろ知りたくなかった世界の真理だ。
アレは無理だ。例えフェンリル狼になっても、無理だ。
何がどう無理なのか、あえて考えない。
死にたくなるから。
シロはとっくに腹を見せる服従のポーズをとっていたりする。
庭にて一人空を見上げ、犬飼は己の嘆きを咆哮で示すのだった。

「ポチ! 近所迷惑だから遠吠えはやめなさい!!」

その日、犬飼は世界の広さを思い知る。
そしてちょっと泣いたのは秘密だ。


〜メドーサさんの罰ゲーム〜

逃げたい。このまま地球の裏側にでも飛んで行きたい。
それが、現在のメドーサの正直な心境。
いっそ壁に額を打ち付けて意識を失ってしまおうか?
どうせ魔族であるメドーサの頭突きを食らったところで、砕けるのは壁の方なのに。そんな事も忘れるほど、憂鬱だった。
原因は自分ではない。自分に非は無い!
自分は弟子を鍛えようとしただけだ。人間風にいえば、師弟愛というやつだ。
例え深〜い森の中に放り出したとしても、ひとえに弟子を思ってのことだ。
最近たるんでいる様だったから、気を引き締めさせなければならないと判断したのだ。
全ては弟子を想っての事。自分が悪いなど、そんなこと決してあるはずが無い!のだが……

「メドーサさん、準備できましたかー?」

邪気の無い声、扉の向うから。絶対笑顔だ!

「嗚呼、着替えたよ! 出るさ、出ればいいんだろう!!」

やけくそ気味に、メドーサは扉を開け放つ。
部屋の外で待ち受けていた、横島+三姉妹とハニワ兵。
メドーサの姿を見た途端、噴いた。主に長女が。
彼女は己の顔に血が上ってゆくのをはっきり自覚した。

畜生、このくそガキぃ!!

羞恥とか怒りとか、色々内包した心の底からの叫びはけれど胸にたまったまま解き放たれる事は無かった。
メドーサの格好は和服。
振袖ではない、作業に特化した着物。上から割烹着まで着込んでいる。
髪はアップだ。一つにまとめてお団子だ。
旅館とかに行ったらよく見る人たちの服装。いわゆる仲居さん。
なぜ魔族であるメドーサがそんな格好をしているのか?
原因は先日のサバイバル。
メドーサが行ったサバイバルによって、横島と他一名が死に掛けた。
それに三姉妹が激しく怒った。
特にルシオラが激しかった。そのままメドーサに喧嘩を売りかねないほどだった。
なので、ルシオラを納得させるためにもメドーサに罰ゲームを課したのだ。
内容は簡単。一日仲居さん。
服まで完璧だ。
他にも罰ゲームの候補はあったのだ。
キ○ーティー○ニーを振り付け完璧で熱唱とか、バニーガールの格好で一日過ごすとか。
ホントに多数あったのだが、どれもメドーサの神経が耐えられそうに無いため消去法でこれに。
もっとも、これだって充分恥ずかしいのだが。
メドーサは魔族だ。それも伝説に名を残すほど、高位の魔族。
人間とは比べ物にならないほど永い永い時を生きてきた。
それを……それなのに、仲居さんて………。
屈辱だ。
あああああ、最近治まってたのにまた胃が痛んできた!

「メドーサぁ、お茶」

「パピリオちゃんも、お菓子が食べたいでちゅ〜」

「ああ、わかったよ!!」

ソファに座ったルシオラがにぃっこり笑い、パピリオも無邪気に注文。
投げやりに答え、それでもちゃんとお茶とお菓子を用意。
やる気は無いが意外と手際がよい。
掃除に洗濯と普段自分がやってる事を代わりにこなすメドーサを、横島は微笑んで見守るけれど。
当のメドーサはその視線さえも鬱陶しくてたまらない。
いくら弟子でも生暖かい目で見られるなど高いプライドが許さない。
しかもこの事態の元凶だ、横島は。
何も言えないのは本能的な部分で負けを悟っているとかではなく、これ以上事態を悪化させたくないからだ。
ここぞとばかりに用事を言いつけ扱き使ってくれるルシオラに、小姑かと嫌味を返しつつ。

「あんたらの部屋も、掃除しないとねぇ」

にぃまぁ〜。
その言葉に、ルシオラは嫌な予感を覚えたがもう遅かった。
真っ先にルシオラの部屋に入った彼女は、きれいに掃除しつつ目的のモノを見つけ出す。
目的のモノ、ルシオラの下着!
とぉっても可愛らしい――つまりメドーサから見れば色気皆無でお子様用のそれを、全身全霊を持って鼻で嘲笑ってやった。
笑われた当人は肩を震わせ、顔を真っ赤にして。

「買い物行ってくる〜!!」

「え!? ちょ、ルシオラちゃん、どうしたの!!」

財布を引っ掴むと、許可も得ず家を飛び出してしまった。
訳がわからず慌てる横島含めていい気味である。
隣の次女に大人気ないとため息をつかれたが、余計なお世話だ。
ルシオラが大人な下着を買ってきたどうかは、想像に任せよう。
夜、帰宅したアシュタロスにも笑われた。
皆で食卓を囲ったあと、風呂に向かった横島を見送ったメドーサは、ふとあることを考え付いた。
にまぁ〜と歪む唇が、それは悪巧みだと証明している。

「風呂か。風呂といえば…さぁ〜て、横島の背中でも流しに行くかねぇ」

わざとらしく張り上げた声にいち早く反応したのは、もちろん長女。

「な!? 背中を流すだなんて…何考えてるのよ! そんなの駄目に決まってるでしょ!!」

「何言ってんだい。これもお・仕・事だろう? 小娘」

「そんなの仕事に入ってないわよ! ちょっと大きいからって調子に乗らないでよね、お・ば・さ・ん?」

「はっ。小さいからって僻むんじゃないよ。小さいなら小さいなりに需要があるらしいからねぇ?
ま、それが横島の好みかどうかは知らないけどね」

「小さくなんて、無いわよ〜!!!」

半泣きになったルシオラが叫ぶと同時、霊波砲乱射!
狙いの甘いそれらをさらっとかわして、反撃するメドーサ。
女の戦い、勃発。
死闘は余計な言葉を口にしたアシュタロスが、両者から魔力の篭った素晴らしいストレートを叩き込まれ焦げ臭い物体となるまで続いたという。
長い一日がよーやく終わり、メドーサは普段の服装に戻って大きく息を吐いた。
まったく、疲れた。
上司も含め、この家の連中は疫病神だ。関わると碌な事が無い。
それでも仕事上関わらないと駄目なんだろうなぁ。
そ思うと泣けてくる。
諦めが肝心だという人間の言葉もあるが、それで納得できたら魔族なんてやっちゃいない。
仕事はきっちりこなしつつ、適当に憂さも晴らしてやる! ええ、ターゲットは主とかその家族とかで!!
そう、夜空に瞬く星に固く固く誓ったのだった。


〜次女から見た家庭の事情〜

空は青く高く澄み渡り。風はとっても気持ちいい。
庭の芝生に座り込み、傍らの犬飼の毛皮を撫でながら芦原家苦労人代表ベスパは年不相応な陰鬱な表情。
悩み事があります!と宣言して言うような顔だ。
隣の犬飼は我関せずと昼寝決行。起きる気配無し。
シロは狩りの練習と称してパイパーを追い掛け回して、パピリオはそれを応援している。
悩みを聞いてくれそうな人物は傍には居ない。
相談したいわけではないが愚痴を聞いて欲しい。
そんな気分だ。
ちなみに姉と兄は普段ならともかく、今現在の悩みでは対象にあらず。父はそもそも選択肢にすら入っていない。
メドーサはいいかもしれないが、向こうが嫌がるだろう。きっと。
ハニワ兵だと言ったとしても困るだけだろうし。
兄の友人も…戦闘狂は無理。カマも除外。
唯一愚痴をこぼせそうな相手は今ここにいない。
ここ数日姿も見ていない。
はぁ〜。
ついつい漏れるため息は、吹き付ける風にかき消され。
お前の悩みなんてちっぽけだよ、と言われているようで悲しくなる。
自分にとっては人生を左右するような事なのに。
ベスパを思い悩ませている事とは他でもない家族の事。
特に父と姉!
姉ルシオラはベビーシッターとして雇われている横島の事が好きだ。
もちろんベスパだって横島が好きだ。
最もベスパの好きは兄として兄妹として。likeの方だ。
けれど姉は誰が見てもはっきりわかるくらいに兄が好きだ。loveの意味で。
傍で見ている自分だってあからさまだなぁと思うのに。
気付かない兄はよっぽど鈍いのか。
同じく気付いていない父はまぁ…父だし。仕方ない。
兄が気付かないのはあれか、家族として姉の事を見ているからか。
そりゃーホントに赤ん坊の頃から世話をしていれば、家族としてしか見れないのかもしれないが。
兄にとっては可愛い妹にしか過ぎないのかもしれないけれど!
それでもちょっと鈍すぎるだろう……。
もう少し姉の気持ちを汲み取っても罰は当たらないと思う。
おかげで姉は最近よく苛々している。
気持ちが上手く伝わらないのもあるけれど、原因は他にもある。
それは兄の人間関係。
滅多に外に出られない自分たちとは違い、兄は当然だが家から出る。
学校やら仕事やら。他色々で。
外で築かれる人間関係は姉を焦らすには充分だ。
幼い頃のように兄が傍にいるのが当たり前だと言う状況でもない。
むしろ独り占めなんて出来るわけが無い。
それに気付いて焦っているのだ。
よい例が冥子さん。兄の外でのお友達。
ぽわぽわと可愛らしくて、式神だって凄い。
そんな彼女が兄と仲良くしていて、姉が不機嫌にならないわけが無かった。
案の定なった。それもぶす〜っとした顔。
ベスパだってわかる。嫉妬だ、完璧な。
それをなんで兄はわからないのか?
それとも何かの嫌がらせだろうか? いっそ賞賛すべきだろうか?
悩むところだ。
呼び方をお兄ちゃんから兄さんと変えたのも姉なりのアプローチ。
成長してるんだぞ、と言いたいらしい。
通じてないけど。
はぁと、またまたため息一つ。
なんだか癖になってしまったようだ。切ない。
まぁ兄の事は姉の頑張りに期待するとして、問題は――父だ。
悪い人じゃない! 悪い人じゃないのだ、決して!!
ただ異常に学習能力が低く、同じ失敗を何度も繰り返すだけで。
強いて言えば全体的にどうしようもない人、だ。
ず〜っと傍で見てきたからよく知っている。
なんだか大きな目標を掲げているようだが、スタートラインに立ってるかどうかさえ怪しい。
ベスパ的にはあまり大風呂敷を広げずに、こじんまりと楽しい事を見つけて生きていく方が向いていると思うのだが。
きっとそうはいかないんだろうなぁ。
父は好きだ。大好きだ。
だからといってやる事なす事すべてが許容出来るかと言えば、別問題で。
もう少し。もう少しでいいからしっかりしてくれないだろうか?
切実に祈る。
曲がりなりにも魔神なのだ、父は。
嘘のようだが本当に。忘れている人も多いと思うが。
しかもかなりポピュラーな。
書物に乗っている魔神アシュタロスと実物のあまりの違いに、うっかり涙腺が緩んだりもしたけれども!
それでも魔神なんだし。
自分を省みるとか過去を振り返るとか、少しでいいからやって!!
兄の『躾』を全身で受けているのに全く改善の余地が見られないから、無理なんだろうか?
いやいやいやいや。
まだそうと決まったわけじゃない。
希望を捨ててはいけない。
娘の自分が父を見捨てては本当にどうしようもなくなってしまう。
父はちょっとあれだ、病気とかではないがアレなだけだ。
いつかきっと真っ当になる日が来る! そう信じてる!!
だから今は見守ろう。
それで兄にお仕置きされたら少しくらいは優しく慰めてあげよう!
犬の躾け方の本にも叱る時は厳しく、でも優しくする時は優しくと書いてあったし。
飴と鞭は意外と有効であるらしいし!

「よし。パパ、私頑張るからね!」

そうして、ベスパは人知れず呟くのだった。


〜六道夫人の華麗なる企み〜

うふふふふふふふ〜。
豪華な一室、軽やかさの裏に確実に何かが篭っている笑い声。
六道夫人の目の前、テーブルの上の書類。
ある青年に関する報告書。

「そうだったの〜。彼女の息子だったのね〜。通りで〜侮れないと思ったわ〜。
まさか〜横島君が〜紅百合の子供だったなんてね〜」

う〜ふ〜ふ〜ふ〜ふ〜ふ〜。
怪しさいっぱいのその微笑。部屋の隅では冥子が式神とともに怯えている。
優秀な部下に調査させた横島忠夫の経歴。
小学校から高校まで、どこにでもいるよーな一般的な家庭環境。
だが、六道夫人の目を引いたのは経歴ではなく両親――母だ。
横島百合子。旧姓紅井百合子。
六道夫人がただ一人己のライバルと認めた女性!
六道夫人はやり手である。
六道と言う巨大なグループを牛耳るに相応しい手腕を若かりし頃から発揮していた。
巧みな話術と交渉術。相手に有無を言わせぬさりげないゴリ押し。
そしてバックに控える六道と言う財力・権力!
様々な取引を有利に進めてきた。
だが、ある日それを横からさらっていった人物がいたのだ!
まとまりかけていた大きな取引。あと一息と言ったところで…。
結局大きな仕事をどこぞの中小企業に取られてしまった。
それ以来取引が途中で取り止めになったり、交渉しようと思っていたところがもうすでに別の会社と契約しているから、と断られるようになった。
そしてそれら全てにはたった一人の人物が絡んでいた。
その人物こそが紅井百合子! 通称紅百合!!
六道夫人をしてとんでもない女だと言わしめたOLである。
もちろんこっちだってやり返した。向うがまとめそうだった契約を、少々強引な手段を使ってモノにしたこともあった。
直接顔を合わせずとも、書面の上ではいつも対決していたのだ。
一度、ほんの茶目っ気で紅百合に悪霊をけしかけた事があるのだが。
もちろん一番質の低いものだ。浮遊霊に毛が生えた程度の代物だ。
それでも一般人にはちょっと相手が出来ないのではと思うレベル。
どうするのかと思っていたら、

「邪魔や! さっさと消えんかい!!」

一喝。
悪霊がきれいさっぱり霧散した。
目を疑えばいいのか神経を疑えばいいのか?
慌てて紅井の家系を調べ上げたが、特筆すべきものは何一つ見付からなかった。
ごく普通の家系で、霊能力者となったものは一人もいない。またそんな力を持っていた者もいないと言う。
表に出なかっただけか、それとも紅井百合子が突然変異なのか。
なんにせよ、彼女が類稀なる人材である事に変わり無い。
味方につければこれ以上心強い相手もいないだろう。
その彼女が寿退社したと聞いたのは、引き抜こうとした矢先。
部下だった男と結婚し、あっさり第一線から退いてしまった。
もったいない!
あれほどの器量、埋もれさせるには惜しい。
そう思い何度か勧誘してみたのだが……けんもほろろな返答ばかり。
さらには、あまりしつこくすると己の持てる全ての手段によって六道潰すと脅されてしまった。
諦めた。
やる。あの女はやる。絶対やる。
例え六道は潰れずとも大打撃を受けるのは確実。
厄介な敵が一人消えただけでも良しとしよう。
実際紅百合がいなくなってからは、向かうところ敵無しだったのだし。
横島だって冥子がその名を口にしなければ関わる事はなかっただろう。
偶然とは恐ろしい。
いやGSの場合、運とは自分の力で掴み取るもの。
これもきっと日頃の行いの賜物だ!!
幸い自分が横島と接触した事は紅百合に知られていない。
このまま横島を抱きこみ、ゆくゆくは紅百合も!!
横島の雇い主は小さな企業の社長。
六道が圧力をかければなんとでもなる。
横島自身にも紅百合には無かった甘さがある。そこにつけこめば――。
冥子もとっても懐いている。利用しない手は無い。
うふふふふふふふ〜。
ああ、口元が歪むのを止められない。

「お母様〜。お顔が〜怖いわ〜〜。何を〜企んでるの〜〜?」

「あらあら〜。冥子ったら〜、母に向かってなんですか〜。その物言いは〜?」

「いひゃひゃ〜。あ〜ん、ごめんなさ〜い〜お母様〜〜!!」

怯えきった娘の頬を、満足そうにつねるその姿。
控えていたメイドのフミさんがちょっと引いたのは、ここだけの話。


〜とある式神の一日〜

「はーはーはーはーはー! さぁ遠慮せずに! ご奉仕してあげますよ、おぉな〜ぁ!?」

「全力で遠慮させてもらう! そんな事してる暇があるんやったら掃除でもしたらどうや!?」

ぎりぎりぎりぎり。
鬼道の霊力を用い、透明人間のような状態で実体化した人工幽霊一号。
主である鬼道と鬼気迫る力比べをしていた。
人工幽霊は――声の調子からして楽しそうに、鬼道は心底嫌そうに。
その様子を眺めるのは夜叉丸。鬼道の式神。
ソファにちょんと腰掛けて。
なぜ主人があんなに必死になっているのか、考える。
問題は人工幽霊が現在着ている服にあるらしい。
実体化しているから服が着れる。だから着ているのだろう。
黒を基調として上から白がかぶっている。ふんわりしていて可愛らしい。
以前主人と一緒に見ていたTVに似たようなものが映っていなかっただろうか?
ピーガー?
唸りながら首を傾げて思い出した。
確かあれは作業服の類だったはずだ。喫茶店の給仕が着ていた。
うん、給仕服だ!
そのわりには引っかかりそうな部分が多くて、あまり労働に向かないデザインだと思ったのだ。
だって随分とひらひらなのだ。あれでは作業服の意味が無い。
固有名詞があったはずだがなんといったか?
ああ、冥土服。
で、なぜその冥土服がここにあるのだろうか?
そしてなぜ人工幽霊はそれを着ているのか?
主人もなぜ嫌がっているのだろう。
冥土服は女性専用の作業着だが、人工幽霊には性別が無い。
戸籍上男になっているが、人工的産物たる己に明確な性別は無いのだと本人(本霊)も言っていたし。
だったら構わないのではないだろうか。
もしかしたら式神の自分ではわからない何かがあるのかもしれない。
とりあえず、夜叉丸は傍観に徹する事にした。
主人のお呼びはかかっていない。
自分が勝手な行動をとれば、それだけ主人の負担になる。
だから夜叉丸は大人しく控えている。
戻れとも言われていないので影に戻る事もせず。
でもやっぱり暇なのでTVをつけてみた。
ニュースキャスターが本日の出来事を読み上げている。
面白いとかつまらないとか、そーゆー感覚は実はいまいちわからないのだが。
式神の自分がニュースなんて聞いても意味が無いと、チャンネルを変える。
教育番組だろうか、母親らしき女性が子供とともにカレー作りに挑んでいた。
とりあえずそれを観る事にした。
主人は手製の札を構えているし、人工幽霊一号も何か怪しげな構えを取っている。
落ち着くのはもう少し先だろう。
番組に集中する。
子供の小さな手に自分の手を重ね、母親が野菜の切り方を教えていく。
おぼつかない手付きで、それでも一生懸命に野菜を切ってゆく子供。
大きさはばらばらだったけれど、ちゃんと切れたねと子供の頭を撫でる母親。
それを見て、夜叉丸はなぜか横島を思い出す。
横島もよく夜叉丸の頭を撫でてくれた。
主人も撫でてくれるのだが、やはり微妙に違う。
手の大きさか、暖かさか。
答えは出ないが、やはりどこか違うのだ。
また撫でてもらいたいなぁ。自然と思う。
ここ最近会ってない。
ゴーストスイーパー見習いとして仕事をこなさねばならないし、横島も忙しいらしい。
正直、ちょっと寂しい。
ピガー。ヴヴヴ……。
響く派手な怒号に構わず、夜叉丸は一人黄昏る。
主人に頼んでみようか?
でも主人も忙しい。
唐巣神父の手伝いをしながら、ゴーストスイーパーになるための勉強をしているのだ。
自分の我侭で邪魔をしてはいけない。
一人で会いに行けるのならばそうするが、あいにく自分は式神である。
所詮、主人からの霊力供給がなければ何も出来ない身。
やはり我慢するしかないのだろう。
……ピーガー。
しゅ〜んと気落ちした夜叉丸の横、鋭く尖ったとどめさせそうな物が通り過ぎる。

「人工幽霊一号、僕のことオーナーや思てへんやろ?」

「いえいえ、そのような事は。オーナーだと認めているからこそ、こうしてご奉仕しようとしてるのですよ」

ふふふふふ。くっくっくっくっくっ。
背後で交わされる怪しい笑み。
夜叉丸は一瞥すらせず己の思考に沈んでゆく。
主人も横島に好感を持っているし、会いたいのは同じだろう。
大事な主人を困らせるのは、してはいけない事だ。
横島の事だ。またひょっこり顔を見せに来てくれるだろう。
その時に撫でてもらおう。
そうだ、それがいい。
ピガガー。
思って、TVに意識を戻す。
すでに出来上がったカレーを前に、母子がほのぼのと笑いあう。
いいなぁ、なんて考える。
自分は食事など出来ないが、料理を手伝う事は出来る。
今度横島が来たときに言ってみようか?
見る人が見れば確かに微笑んでいるとわかる表情で、夜叉丸はガラスをぶち破り壁が崩れる轟音に身を委ねたのだった。


〜不幸な青年の華麗なる受難〜

「え〜と……頑張った、お前は頑張ったと思うぞ。
だから今は寝てろ、陰念」

そんな事言われなくてもわかってる、。俺は頑張ったさ!
肉体と精神、その他諸々の疲労からまともに口も利けないでいる自分の目の上、ひんやりとした柔らかい物。
おそらく濡れたタオルでも乗せられたのだろう。

「じゃあ、何かあったら呼べよ? ハニワ兵、陰念は疲れてるから静かにな」

「ポー!」

「ポッポー」

そう言って遠ざかる気配とドアの閉まる小さな音。
部屋に残されたのはベッドからろくに起き上がる事の出来ない自分のみ。
どうしてこんな事になってしまったのか?
元凶は誰かと考えて、陰念の脳は勝手に数日前の記憶を鮮明に甦らせた。
ハーピーに明らかに防寒には適していない服装のまま、季節外れの吹雪が襲う雪山に捨てられたのが全ての始まり。
とにかく寒さをしのげる場所に!と手近な岩陰を探して身を潜め、あまり得意ではないが凍死を避けるため全身に霊気をまとった。
自分と一緒に来た勘九郎が涼しい顔をしていたのが悔しい。
これが実力差か。
一応渡された荷物には食料と水はあったけれど、その他役に立ちそうなものは無かった。
どうやって下山しようかと首を傾げている陰念の横で、勘九郎は楽しそうにニヤニヤしていた。
嫌な予感はしたのだ。雪山に放り出された時から。
案の定、言ってきやがった。
雪山で遭難した場合のお約束。

「裸で暖めあいましょう〜♪」

悪夢、スタート。
逃げた。力の限り逃げた。
寒さなんて感じなかったね。
止まったら死ぬし。いや死ぬより恐ろしい目に合う。
必死に逃げている陰念の前、ゆぅらりと佇むモノ。
白い着物の美しい女。
くすくすと怪しい笑みを浮かべていた。
止まるわけには行かなかったので跳ね飛ばしたけど。
避ける余裕も無かったんだ。
こんな所にあんな格好の人間がいるわけないし、妖怪だとわかっていたし。
あれくらいでは死なないだろう。
それよりも後ろから物凄いスピードで追いかけてくる勘九郎の方が怖いし。
奴は本当に人間か!?
ついでにさっき跳ね飛ばした女も追いかけてきた。
雪女だったようだ。
陰念と勘九郎を凍りつかせようとしたのだが、なぜか上手くいかない。
アレだ、陰念の場合こんな状況で凍ったりなんかしたら、隣のカマに何されるかわからないので、意地でも凍りつけないのだ。
勘九郎の場合はもっと単純。相手が女だったから。
ドコまで男好きだこいつは。
その上雪女に色気が無いと鼻で笑う始末。
なぜかお色気対決に。
勘九郎に乗せられたな、雪女。
雪女が妖怪の誇りにかけて男――しかもカマなんぞに負けるわけにはいかない!
勘九郎に遭遇した時点で逃げておけばよかったのに。陰念はそう思った。
そして自分はどうして勘九郎が雪女に気をとられている間に逃げなかったのか? 今心から悔やむ。
勘九郎に認めさせる為、雪女があらん限りのセクシーポーズ乱発。
だが、どれもこれも駄目出しされるばかりで勘九郎には通じない!!
曰く、腰つきが甘い! 胸を強調すればいいってものではない! 無駄な露出よりもチラリズム! 男の萌えポイントをわかっていない!
カマに、カマに……。呟き、泣き崩れてしまった。哀れすぎて言葉も出ない。
そして最悪の展開。
勘九郎が、やりやがった。
セクシーポーズを、だ。
直撃した雪女は叫びとともにアイデンティティが崩壊し、暴走した妖気によって自らを凍りつかせ――粉々に砕け散った。
陰念はと言うと、勘九郎に対し持っていた耐性が発動し精神の崩壊は免れた。
いや、好きで耐性持っていたわけではないが。日常が生んだ悲劇だ。
そして逃走再び。
だって、雪女とのお色気合戦でテンションが上がったのか。勘九郎の目が明らかにさっきよりヤバくなっていたから。
だから逃げた。
人間としての尊厳を、男として大切な何かを護る為に! 開けてはならない扉を閉じたままにする為に!!
山三つくらい越えた気はするが、必死すぎて憶えていない。
どこで勘九郎を引き離せたのかも定かではなかった。
正気に返り周囲の様子を窺う余裕が出来たのは、とある静かな山中での事だった。
雪山と呼ぶには少々早いが、確実に冬に彩られていく景色。木々の合間から町が見えた。
安心してその場に座り込んでしまった陰念を誰が責められるのか?
例えその後、悪夢が訪れたとしてもそれは決して陰念のせいではない。
まぁ、あれだ。出やがったのだ。変態二号。

「大丈夫っスか!?」

にゅっと。髭たっぷりで角笛を持った…幽霊?
思わぬことに硬直する陰念に構わず、擦り寄ってきた。鳥肌が立つ。
あろうことかそいつは山神を名乗り、はぁはぁと荒い息をついて迫ってきた。
本人曰く、山の男の挨拶だとかそんな感じ。
絶対ウソだ。
勘九郎並みにヤバイ目付きで迫ってくる自称山神に渾身の力を込めて、蹴りを放った。
回し蹴りから、飛び膝。とどめのドロップキック。
清々しいほどきれいに決まり、自称山神はどこか遠くへ消えていく。
町を目指したけれど、途中で力尽き倒れ込んでしまった。
このまま死ぬのか。絶望する。
脳裏のよぎる数々の映像。これが走馬灯かと、朦朧とする意識で思う。
思い出の大半にオカマが入っているなんて、嫌過ぎるだろう。
泣きたい気持ちでいっぱいになりながら、意識は途絶えた。
目を覚ましたのはとある民家。
ごく普通の畳の部屋にごく普通の布団。
わけがわからずぼ〜っとしていると気が付いたかと声がかかった。
あまり立派ではない、やや貧相なおっさん。
神社の神主で倒れていた陰念を見付けた恩人だ。
なぜぼろぼろで倒れていたのか事情を聞かれ、流石に全て話せない為やや省略。
とりあえず師匠に修行と称してこの山に置いて行かれたと、そして町を目指している途中で山神を名乗るむさい髭の幽霊に襲われたのだと。
髭、と聞いて神主は沈痛な顔をした。
奴は正真正銘本物の山神らしい。残念な事に。
最近出没するようになり、登山客――男性のみに山男の礼儀だとか言って迫ってくるとか。
しかも本物の山神ゆえ除霊するわけにもいかず、神主含め近隣の人々も頭を抱えていると言う。
……もう何と言っていいのかわからなかった。
気まずい沈黙のまま時間は過ぎてゆき、自然泊めてもらう事に。
帰宅した神主の一人娘に胡散臭い目で見られたりもしたが、山神に襲われたと聞けば一転して哀れみの目を向けられた。
ともあれ、平和に夜は更けてゆき。
世話になった神社を後にし、町に向かう途中でハーピーに発見された。
横島に怒られたじゃ〜んと泣き声をあげながら降りてきた。
なぜそこで横島の名前が出るのか知らないが、来た時と同じようにハーピーに抱えられ帰る事となった。
芦原家の庭に降ろされて、色々張り詰めていたものが一気に切れて。
ぶっ倒れた。
そして現在に至る。
神社で一晩休ませてもらったくらいでは、諸々の事情で受けた精神的疲労は回復しなかったんだなぁ。他人事のように思った。
勘九郎はまだ戻っていないらしい。
一生戻ってくるなと言うのが正直な気持ちだ。
まぁ、ここにいれば安全だろう。この家には守護神とも言うべき横島がいるし。
脱力して、陰念の意識は心地よい闇に沈んでゆく。
なぜか疲れも見せずに帰還した勘九郎が陰念が倒れていると聞き、看病と称して部屋に突撃をかけるのは、それから一時間後の事。
合掌。


〜とある主従のとある会話〜

「うん? ドグラどこへ行っていた。……泥だらけだが、何かあったのかね?」

「それが…ハニワ兵たちめが、土偶は土に還れ〜!といきなり襲い掛かってきて。あ、もちろんわしも抵抗しました! ですが数の差で惜しくも……そのまま庭に埋められてしまい。面目ありません」

「むぅ、ハニワ兵もなかなかやんちゃになってきたね。そういった行動はプログラムしていないのだが。
自己進化と言ったところか。興味深いね」

「そーゆー問題ですか?」

「娘たちも日々様々なものを吸収して成長しているし。嗚呼、アルバム整理が追いつかない。くっくっくっ」

「アシュ様……。
そ、そーいえばルシオラたちの件でお聞きしたい事が!」

「なんだね、ドグラ?」

「少々成長が遅くありませんか? 当初の予定ではもうすでに計画遂行可能な年齢まで成長しておるはずですが」

「……計画? ああ! もちろんわかっているとも、だが、子供たちの成長はあのくらいで充分じゃないかと考えているのだがね」

「なぜです、アシュ様?」

「見た目が幼い方が人間の心理として油断を誘える、大人よりも子供の方が警戒されにくいだろう」

「なるほど! 人間どもの心理を巧みについたお考えとは! このドグラ感服しましたぞー!!」

「ふっふっふ! そうだろうとも。
それにだね、あんまり育つと……お嫁に、行く

「――はい?」

「誰があんな可愛い子供たちを嫁にやるものか! 誰だね、女の子は十六歳から結婚OKなんて法律考えた馬鹿は!? ただでさえ可愛い娘たちが大人になってみたまえ、求婚者が相次ぐに決まっているだろ?!
この私の命に代えてもルシオラたちは嫁にやらんぞー!! ふははははははははは!!」

「…………………………オー人事オー人事。は! いやいやわしはどこまでもアシュ様について行きますぞー!」


おおむねそんな感じで過ぎてゆく日々。世界は今日も平和です!!(多分)


続く


後書きと言う名の言い訳

書きたいとこだけ書きまして、こうなりました。
他に入れるタイミングの無いネタばかりだったので。何が一番書きたかったかというとお仕置きシーンと冥土服な人工幽霊と陰念の不幸活躍です。
オー人事ネタは全国に通じるのかいまいちわかりませんが。どうなんでしょう?
とりあえず芦原さん家とそれに関わる人たちはまともな人が少ないと、まぁそんな話です。
それでは、ここまで読んで下さった皆様。ありがとうございました!!

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