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「光と影のカプリス 第112話(GS)」

クロト (2007-10-16 19:08)
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 横島は受話器を置くと、さっそく緊急家族会議の開催を宣言した。何事かと訊ねてきたカリンとタマモに電話の内容を説明して、

「今の段階で全部話すのはさすがにマズいと思うが、あの母さんに全部隠し切るってのは無理だからな。どの辺までしゃべるか、先に方針を決めとかんとヤバいと思うんだよ」

 とにかく百合子の迫力とカンの鋭さは尋常じゃないから、生半可な覚悟では秘密を守り切るなんてできそうにないし、下手な嘘などすぐ見抜かれてしまうだろう。さいわいまだ時間はあるから、小竜姫も含めて4人で綿密なシナリオを練っておくべきだと思う。
 カリンも最強の敵が到来すると聞かされて、さすがに表情を改めた。

「……そうだな。まあ学校生活とバイトのことは素直に話してもいいとして、問題はおまえの進路と私たちの関係か……」

 横島はバイトの性質上遅刻や欠席が多いが、出席日数不足で留年になるという程ではない。テストも平均点前後は取っているし、それほど問題にはならないだろう。
 そのバイトについては「時給千円+利益の半分」という非常識なまでの厚遇をしてもらっている。確かに危険な仕事ではあるが、今の横島がそれで命を落としたり大ケガしたりする確率は交通事故や通り魔に遭うのと同じくらいだ。辞めさせられる恐れはあるまい。
 仮に辞めさせられたとしてもその分仕送りを上乗せしてもらえば横島自身は困らないし、小竜姫は再修業を卒業するなり唐巣の所に行くなりすれば済むことだ。

「進路の方は例の建前言えばいいと思ってるけどな。俺が竜神になったなんて言うよりよっぽど説得力あるし」

 建前というのは美智恵にも言った「ヒャクメに勧誘されて妙神神社の宮司になることにした」という話である。もともとは横島神社を建ててもらうための前段階として計画したことなのだが、そんな真実を明かしたところで「親をからかうもんじゃない」とか言って小突かれるのがオチだろう。横島の竜モードを見せれば話は別だろうが、さしあたって今それをやる必然性もないことだし。
 もっとも建前の方もかなりホラくさい話なのだが、こちらは今までの仕事ぶりを説明すれば信じてもらえないことはあるまい。

「……そうだな、するとやはり問題は私たちのことか……」

 とカリンがかなり深刻な表情で呟いた。

「1番危ないのはタマモ殿だな。いま恋人同士だということがバレたら、おそらく別居させられるだろうからな」

 GSと保護妖怪というフォーマルな間柄ならともかく、恋人同士となればやってる事は同棲である。交際自体の是非は別として、少なくとも高校を卒業するまでは別居しろと言うのが常識的な反応だろう。
 大樹ならあの性格だから笑って済ませてくれるかも知れないが、百合子はその辺りのモラルには厳しい方だからそういう期待はできそうにない。
 その悲観的な観測に横島があわてふためいて、

「いや、いくらおかんでもそこまでは言わんだろ。タマモはここから出て行ったら俺の保護妖怪じゃなくなっちまうんだから」

 今の横島にはタマモ用に別の部屋を借りてやれるくらいの稼ぎはあるのだが、それでは彼女の行動に目が届かなくなる、つまり「保護・監督」していると認められないから横島はタマモの保護者である資格を失ってしまうのだ。
 この辺の事情は、たとえば冥子がバサラやビカラを自宅から2キロ離れた空き家に住まわせることにしたら何が起こるかというような事を考えれば分かりやすいだろう。いくらタマモが人間同然の外見と思考能力を持っていても、適用されるルールは同じなのだ。
 そしてこれを逆に言えば、タマモが単なる野良妖怪になってしまうということである。当然横島は責任を持って彼女を「処分」しなければならない。
 具体的に言えば、殺すか、さもなければ―――。
 そこで横島は、タマモを殺すとか無人島に追いやるとかいった非人道的なやり方以外で自分から彼女を引き離す方法に思い至った。

「……あー、まさか」
「そうだ、保護者を変えればいい。唐巣殿の教会は男所帯だから問題があるが、支部長殿でも美神殿でも小笠原殿でも喜んで引き取ってくれるだろう」
「…………」

 予想通りの回答を沈鬱な声で返されて、横島は重たい顔つきで口をつぐんだ。タマモもうつむいて沈黙している。

「百合子殿はオカルト関係には素人のはずだが、そこに気づかれたらまずいだろうな。
 保護者でなくなったら別れてもいいわけだし……最悪、このまま日本で暮らすと言い出すかも知れないな」

 もともと横島家のようなケースなら、大樹が単身赴任して百合子と忠夫が日本に残るというのが一般的な対応である。それをあえて百合子がナルニアに行ったのは大樹への愛情、というより浮気を見張るためというのが最大の理由だったのだが、息子が似たようなことをするのなら親としての責任を優先しても不思議ではない。
 「本体の一部」というよく分からない存在であるカリンのことはさておくとしても、タマモと小竜姫のどちらか片方を選ばせた上で、また二股に戻らないよう横島と同居して監視するという行動も十分考えられるのだ。
 別に横暴なことではない。社会通念的には二股などする方が悪いのだし、まして相手は人間じゃないとなれば、それだけの理由で交際に反対してもおかしくないのだ。
 しかし横島はそんな話に納得できるわけがない。思わず腰を浮かせて声を荒げた。

「ん、んなことされてたまるかよ。別れさせた上に自分が同居なんて、クラスの連中よりタチ悪いじゃねーか」

 確かに三股は褒められたことじゃないかも知れないが、別に誰かを泣かせたわけでもなければ、法律にだって違反してない。モラルがどうこうと言うのなら、百合子自身だって息子の仕送りをぎりぎりに切り詰めた上で2年間も放置していたではないか。
 しかしカリンは逆に少しだけ明るい顔になって、

「落ち着け横島、あくまで最悪の事態を考えてみただけだ。いざとなったら玉竜殿のことを話すという手もあるしな」

 西海竜王の息子に承認されたと言えば、いかな百合子でも自分たちの仲を引き裂くことはできまい。ただ親に対して虎の威を借りるようなマネはしたくないし、このことを話すなら小竜姫の事前承諾が必要だからどちらにしても彼女に相談しなければならないが……。

「それに本当にそう言われるとは限らないし、百合子殿の性格ならきちんと話せばわかってくれると思う。おまえの言う通り、法律違反だとか直接誰かに迷惑かけているということじゃないからな」
「……そだな。取り乱しちまってすまん」

 カリンにそうさとされて、横島は再びどすんと腰を落とした。彼女に八つ当たりするのは筋違いだと気づいたのだ。
 タマモはやはり沈黙している。彼女は百合子のことをまったく知らないので、この話に参加できないのだった。

「いや、おまえの気持ちは分かるから気にしなくていい。それにどう転んでもおまえがお仕置きされるのは確実だからな、グチぐらいは聞いてやるのが分身の務めだろうし」
「へ、何でだ?」

 突然くっくっと笑い始めたカリンに、横島が眉をひそめる。いったいこの少女は何を考えているのだろう?

「だって考えてもみろ。高校生が親の知らない間に女の子2人と同棲して、既成事実までつくってるんだぞ。これで怒らない親がいるものか」

 私たちの間柄を認めるかどうかは別にしてな、とカリンは悪戯っぽい微笑を浮かべた。しかし当の横島はそれどころではない。

「チクショー、俺が何したってんだよ! 青い海なんて大っ嫌いだー!!」
「だから、複数の女の子と不純異性交遊だろう? 心配するな、あまりひどい事をやりだしたらちゃんと止めるから」
「そりゃおまえはシバかれんだろーからそれでいーんだろーけどよ!」

 その夜、横島の哀号はいつまでも止まなかったという。


 さて、その翌日。横島たちはGMが来るからといって、いや彼女が来るのならなおのこと、学校にはきちんと行かねばならない。横島とタマモは普通に授業を受けた後、テストも終わって活動再開した霊能部の部室に顔を出していた。

「さて、今日からはちゃんとトレーニングもやるわよ。カリンさん、監督お願いね」

 と先に来ていた愛子が言ったのは、横島たちを通じて小竜姫から指導を受けている妖気コントロールの訓練のことである。愛子自身はテスト期間中も夜中に1人でやっていたりするのだが、その成果を見てほしいという気持ちもあった。
 もちろん練習仲間であるタマモとピートの進捗ぶりも確認したい。

「わかった、じゃあ横島は結界札と吸印札を書いててくれ。おキヌ殿はどうする?」

 セーラー服姿で現れたカリンは、そう言うとキヌの方に顔を向けた。
 キヌの場合ヘタに戦闘的な技術を学ぶと肝心のネクロマンシーに悪影響を及ぼす恐れがあるため、カリンとしてもあまり変なことはやらせられない。まあ結界札の書写や霊力コントロール訓練くらいなら問題ないだろうし、キヌ自身とその保護者である令子もそう判断しているのでさしあたっては本人の意志に任せることにしているのだ。

「じゃ、今日はお札書く方にします」

 とキヌが答えたのは、実際に在庫が減っていたからという以上に、淡い想いを寄せている相手といっしょの作業ができるからというのが大きかっただろう。なにぶんキヌが書くお札は横島が書くものと比べて出力が低いので、一緒にして使うことはできない状況なのだから。
 その横島は彼女の気持ちを「元同僚」あるいは「クラブの後輩」としてのものとしか認識していなかったが、実は当のキヌ自身が自分の感情の正体をはっきり理解しきれていない状態なのでそれはやむを得なかった。

「じゃあおキヌちゃん、紙とか用意してくれるか? 俺はその間に墨するから」
「はい」

 とキヌが用紙やら文鎮やらをいそいそと並べ出すのをカリンは複雑なまなざしで見つめていたが、すぐに視線をそらすと愛子たちの方に向き直った。

「じゃあこっちも始めようか。3人ともそっちの椅子に座ってくれ」
「うん」

 愛子たちは並んで腰掛けると、いつも通り練習を始めた。
 まずは目を閉じて体内の、ついで体外にオーラとして放出されている妖気を感じる。しばらく無心にそれを感じることだけに集中した後、紙風船を押し縮めるようにしてその広がりを小さくしていく―――。
 その衣擦れの音1つたたない静かな修業のさなか、突然少女たちの耳に突拍子もない叫び声が響いた。

「もっと、もっとだ! もっと輝けぇぇぇ!
 これが! 俺の! 小竜気・バーストォォォッ!!」
「うるさいぞ、静かに書け!」

 カリンが速攻で声の主の側頭部にツッコミを入れると、少年の精神集中が途切れて右手の光がすうっと消えた。

「みんな真面目にやってるんだから騒がしくするな。
 それに結界札書くのにそんな戦闘的な念をこめる必要はないだろう」
「……ああ、すまん。昨日破魔札書いたせいかついノリがそっちの方向にな」

 叱られた横島は素直にそう言って謝った。
 お札の効能は基本的に書かれた文字と図柄によって決まるのだが、書くときにこめられた念にも影響を受ける。たとえば破魔札は文字通り「魔」を「破」る札だから闘志バリバリでもいいが、傷病平癒符を書くときに「極楽に逝かせてやるわ!」なんて念をこめたら下手すると傷病増進符になりかねない。
 だから横島が夏休みに妙神山で修業したときは「ただ無心に書くことだけに集中して下さい」というやり方だったし、ここでもキヌに破魔札を書かせるようなことはしていないのだ。

「でも横島さん、今の霊力すごかったですね。何か秘訣でもあるんですか?」

 横島の霊力源は煩悩だから、それで高めたというのなら納得できる。でも今のはそういう感じではなかったから、キヌが興味を持つのは自然な成り行きであった。

「ん? いや、煩悩玉のパワー使っただけだけど」
「や、やっぱり煩悩なんですか……」

 横島のミもフタもない回答に、キヌはがっくりと肩を落とした。
 彼がより正確に、「竜珠の『術を強化する』機能を使った」と言えばキヌも大いに感心しただろうが、横島もまだここでそれは言えないのだった。
 一応霊的格闘への応用も効くのだが、こちらはまずパンチやキックを当てることが先決なので横島はあまり重視していない。彼の格闘術とは逃げたりよけたりするのがメインだから。
 カリンはやれやれとため息をついたが、横島のおふざけにいつまでも付き合っていたら日が暮れてしまう。

「まあ、それはそれとして。
 愛子殿はかなり上達したな。あとはそれを日常生活の中で維持できるようになれば完成だ」
「本当!? やったわ、努力して夢を達成する、まさに青春ね!」

 師範の賞賛に愛子は小躍りして喜んだが、むろんまだ卒業というわけではない。日常生活の中でというのは授業中や睡眠中も含めた24時間という意味だから、これからは妖気の抑制を意識的に行うのではなく無意識に、あるいは体に覚えこませるというレベルに昇華させる必要があるのだ。
 もちろんたまにひとけのない所に行って気晴らしに全力解放するとか、そういった行為はまったく問題ないけれど。

「タマモ殿とピート殿はまだ甘いな。2人とも忙しい身だから仕方ないが、特にタマモ殿は妖力が強くなってるからもう少し努力が必要だぞ」
「……わかってる」
「はい」

 カリンの指摘にタマモは憮然とした顔で、ピートは少し悔しそうな顔で頷いた。2人は自由になる時間が愛子より少ないので、必然的に彼女より進歩が遅くなってしまうのだ。
 まあ高校を卒業するまでにマスターすればいいことだから、それほど急ぐ必要はなかったが。
 そこでピートがふと横島の顔を見て、

「そう言えば横島さん、雪之丞がそろそろ再戦したいって言ってましたよ。あんな終わり方のままじゃお互い納得できんだろうとか」

 あんな終わり方、というのは横島の股間が雪之丞の顔面を強打してダブルKO、という決着のことである。確かにあれでお終いでは男として後味が悪すぎだ。
 横島も男だからそれは理解できる。まあもう1度くらいなら組み手してもいいかと思ったが、あいにく今はそれどころではないのだ。

「いや、今週はちょっと都合が悪いんだ。お袋が木曜に来ることになったから、とてもそんな心境になれん」
「お母さんが……ですか?」

 とピートが軽く首をかしげる。母親に会う前にケガするのは避けたいと言うのなら分かるが、この友人はそんな殊勝なことはまったく考えてなさそうだから。
 すると愛子がニヤリと笑って、

「高校生が女の子2人と同居してるなんて問題ありすぎだもんね。どうやってごまかすか悩んでるんでしょ?」
「だからそーゆー言い方をせんでくれ!」

 横島が半泣きでがあーっと吠える。愛子は彼とタマモの関係を知っている、と横島も承知しているから彼女がどういう意図で言ったのか正確に理解できたのだ。

「カリンが影法師でタマモが保護妖怪だってことはお袋も知ってるよ。法律的には3人でいっしょに暮らしても問題ねえ、てゆーかそうしろって言ってる」
「ならそんなに気に病むことないんじゃないですか?」

 キヌが不思議そうに口を挟んできたが、横島の憂色は晴れなかった。

「まあそーなんだけど、お袋は並みじゃねーからな……」

 と陸に上げられたクラゲのようにくたっと机の上に突っ伏す横島。キヌと愛子は彼の母親というのがどういう人物なのかいくらか興味があったのだが、こんな様子を見せられてはさすがに会ってみたいとは言えなかった。

「まあ、がんばれ。私もできる限り手伝ってやるから」
「そうね。私だって追い出されるのは困るし、がんばって誠意見せるわよ」

 当事者2人にそう励まされて、横島が頭だけをぎいーっと上に持ち上げる。

「そーだな。いくらおかんが強くても、3人がかりならきっと何とか……なるといいな」

 ……が、まだエンジン全開とは行かないようだった。


 部活動が終わった後、横島たちはただちに小山事務所に直行した。小竜姫も当事者の1人なのだから、あらかじめ事情をきっちり説明しておかねばならないだろう。
 インターホン越しに聞こえた声が涙まじりだったのが気になったが、とにかくドアを開けて執務室に入っていく横島たち。

「……?」

 部屋に入った3人は、一様に訝しげな表情を浮かべた。
 小竜姫はちゃんと所長席についていたが、なぜかさっきの横島のように力なく机の上に突っ伏している。何かつらいことがあって絶望にうちひしがれているように見えた。
 そしてそれ以上に不審なのが、彼女の2本の角である。太さは変わらないが、長さが倍以上になっていた。

「何があったんだ……?」
「さあ……?」

 横島とタマモには、雇い主に何事が起こったのか見当もつかない。カリンは一応察していたが、それで小竜姫が落ち込む理由が分からないので黙っていた。
 小竜姫は横島たちが部屋に入ってきたことに気づくと、のろくさと顔をあげて挨拶してきた。目尻が潤んでいるのが痛々しい。

「こんにちは、横島さん、カリンさん、タマモさん。営業は再開しましたけど、仕事は入ってませんからとりあえず待機してて下さい」
「は、はい」

 横島は今の小竜姫に百合子のことを相談するのははっきり言って気が引けたが、あまり猶予もないことだしそんなことは言っていられない。ただそれより先に彼女が泣いていた理由を聞いておかないと気になって話に集中できなかった。

「あの、所長……何かあったんですか?」

 おずおずと所長席の前まで進んで、おっかなびっくり訊ねる横島。すると小竜姫は体を起こして、横島たちに応接セットに座るように促してきた。どうやら長い話になるらしい。

「これは私の個人的なことなんですけど、横島さんたちにもかかわりがあることですから。
 ……カリンさんは知ってると思いますが、竜神族は角が生え変わるのが大人になったしるしで、神通力を使えるようになるんですよ」
「へえ……って、つまり今まで所長は大人じゃなかったってことですか?」
「そのわりにはいろいろ神通力使ってたよーな気がするけど……?」

 どうやら角が伸びたのではなく生え変わったという事みたいだが、横島とタマモはすぐには納得できなかった。だって小竜姫は今までさんざん瞬間移動だの超加速だのといった神通力を使いまくっていたではないか。

「いえ、私の場合は修業である程度引き出せていたので、そこを見込まれて妙神山の管理人に抜擢されたんですよ。普通の竜神は角が生え変わるまではそういう事はいっさいできませんから」
「なるほど……やはり小山殿もただ者ではなかったのだな。
 では今までよりさらに強くなったという事になるのか?」

 カリンがそう感嘆の声をあげると、小竜姫はうれしそうに頷いた。

「ええ。霊力は一気に上がりましたし、竜の姿に戻っても理性を維持できるようになったように思います。
 ……今は封印してもらってますから使えませんが、これで月の魔力を持ったメドーサとも互角に戦えるでしょう」
「へええ……やったじゃないですか所長。
 でも何で今日なんですか? 誕生日か何かだったら教えてくれればお祝いしたのに」

 と横島も雇い主の成長を祝福したが、やはり腑に落ちない点もあってそう訊ねてみた。
 すると小竜姫はぽっと頬を赤らめて、

「いえ……竜神族が大人になるというのはそういうことじゃないんですよ。確かに年齢も大きな要因ではありますけど、それを含めた精神面での成長が契機になるんです」
「精神面……ですか」

 横島が軽く首をかしげて続きを促すと、小竜姫はもうトマトのように真っ赤になって、俯きながらぼそぼそと呟くように説明を続けてきた。

「え、ええ……私の場合は、その、横島さんとのことを父上に認めていただけたのがうれしくて……竜神になった横島さんとずっと添い遂げていく覚悟ができて、それがきっかけになったんだと思います」
「え゛」

 横島はびしりと硬直してしまった。自分と結ばれた事が精神的な意味で大人になるきっかけになるなんて、そこまで想われてしまってはどう返事していいか分からないではないか。
 彼の左右のカリンとタマモは砂糖を吐きそうな顔をしているが、さすがに嘴を入れることはできないようだ。
 しかし当の横島はいつまでも黙ってはいられない。何か言葉をかけなくては。

「あ、えっと、その……ありがとうございます。俺もちゃんと覚悟決めますんで、これからもよろしくお願いします。
 ……って、あれ? それじゃ何でさっきは落ち込んでたんですか?」

 今の話はいいことずくめで、嘆く理由は何もないように思うのだが。それともひょっとして何か重大な問題が隠されてでもいるのだろうか?
 すると小竜姫の顔から急に今までの喜色がなくなり、黒雲のような重いオーラがただよい始めた。何事なのかと身を乗り出した横島たちに、沈み切った口調で胸中の悲哀を打ち明ける。

「いえ、それが……大人になっても体形は全然変わっていなくて。
 これでは向こうの口さがないひとたちにまた『小竜姫 大人になっても 小隆起 字余り』などと陰口を叩かれてしまいそうで……うう」

 再びテーブルの上に突っ伏して、えぐえぐえぐえぐと泣き崩れる小竜姫。横島は自分の角が大人なのか子どもなのか聞いてみたいと思っていたが、とてもそんな雰囲気ではない。
 カリンとタマモにも慰める言葉はなく、部屋にはただ小竜姫のすすり泣く声だけが響くのだった。


「―――なるほど、百合子さんという方はそんなにすごいのですか……。
 確かにそう出られたら困りますねえ」

 しばらくして立ち直った小竜姫は、横島たちから百合子のことを聞いてまた難しい顔になった。どうやら普通に交際相手として紹介してもらうにはいささか難物すぎる相手らしい。
 タマモの保護者の件については、小竜姫が口出しをする余地はなかった。これは横島家の内輪の問題だし、GS資格を持たない小竜姫にはタマモを引き取る資格がない。
 神族として妙神山に引き取ることはできるが、それではタマモが高校生活を送れなくなってしまうし。

「そちらは申し訳ありませんけど、横島さんたちにがんばってもらうしかないですね。
 あとはどちらかを選べと言われたらどうするか、ですか……うーん」

 最近策士として大きく成長した小竜姫も、この難題には首をひねらざるを得なかった。
 自分が婚約解消されてしまうのは非常に困るが、そのためにタマモに身を引かせるわけにはいかない。なるほど玉竜の名を出せば押し通せるだろうが、それは小竜姫自身が百合子の人となりをじかに確かめてからにするべきだった。

「できればお互い愛し合っているのだということで理解してほしいものですが……確かに現代のこの国ではインモラルなことですからね。
 どうしてもダメだということであればやむを得ません。横島さんが20歳になるまで私が身を引きます」
「ええっ、いいんですかそんな……って、20歳って?」

 小竜姫は横島を想う気持ちが成人の契機になったほど彼を愛しているはずなのに、こうもあっさり諦めてしまうというのか。横島もカリンもタマモも驚いたが、その言葉の前に「20歳になるまで」という枕詞がついていたことが3人の疑問を別な形のものにしていた。
 小竜姫はにっこりと明るく、しかし策士の笑みを浮かべて、

「日本の法律では、20歳になれば親の同意がなくても結婚できるんですよね。私にとっては大した時間じゃないですよ」

 要は横島が親の反対を押し切れる歳になるまで待つというのだ。
 タマモは今横島が保護者でなくなったら何かと困るが、小竜姫は表向き彼と別れたとしても生活に不都合はない。どちらが「一時」身を引くべきかは明らかだった。
 横島が20歳になれば、タマモを保護妖怪にすることにも口出しされる筋合いはなくなるし。
 まあ横島が人界で「小山竜姫」以外の女性と結婚することはないのだから、いっそ百合子と大樹が認めてくれるまで待ってもいいけれど。

「……はい、所長。ありがとうございます」

 横島は小竜姫の知略にも恐れ入ったが、それ以上に自分のためにここまでしてくれる想いの深さに胸を打たれた。
 でも長たらしい謝辞なんて出てこない。横島はただ頭を下げて体で感謝の気持ちを表現するのだった。


 ―――つづく。

 うーん、GM対策だけで1話埋まってしまいました。実際に百合子さんがこういう事を言い出すかどうかはネタバレ禁止ということで。
 まあ霊能部の話とか小竜姫さまの成長もあったわけですがー。惜しくも大隆起さまにはなれませんでしたけど(ぉ
 ではレス返しを。

○KOS-MOSさん
 毎回お褒めいただきありがとうございますー。
 ここの横島家は相変わらずラヴ分過多です。
>GM
 はたして横島君は無事三股を守り切ることができるのか、筆者にも予断がつきません(ぉ

○Februaryさん
 ついに横島君にも年貢の納め時が来た……のかも知れませんですな。とりあえず呪ってやって下さいw

○風来人さん
>GM
 今回は嵐が来る前の防災対策に終わってしまいましたが、次はちゃんと来る予定ですのでー。
>糖度
 どこまで増させてくれるんでしょうねぇここの横島君はw

○whiteangelさん
>ドコぞで聴いたセリフ
 筆者としても許しがたい妄言です(ぉ
>GM
 は、みなさまの期待にそえる活躍をさせてやりたいものであります。

○ばーばろさん
>「祝賀会」と書いて〜〜〜
 いあ、そんなストレートな(笑)。もっとこう愛を確かめ合うとか、そんな感じでw
>たぶん腰だけ異様に元気になると思うぞ
 横島君にとっては望ましい展開……なのかな?
>ユッキーが独立
 原作のGS試験編で「GSのエース!」と言ってますので、もともとそういう意図はあったと思うのですよー。
 しかし鬼門の出番を奪うほど無慈悲な男ではないと思いますww
>美智恵さん
 直結したのが邪神というのが一抹の不安だったりもしますけれど(ぉ
>GM
 しかし「両方なんてチャランポランな答え許さないわよ」なヒトでもありますからねぃ。
 横島君ピンチ!?
>美神事務所がヨコシマのセクハラで美人の依頼が少なかったのと〜〜〜
 なるほど、それは言えますなぁww

○紅さん
 GMは次こそ登場しますのでー。
 ……何かこういうのばっかだな自分(o_ _)o
 おまけはいつの日かそのうちきっとorz

○遊鬼さん
 横島君は今回も羨ましいことしてもらってます(ぉ
>美智恵さん
 さすがにオカG日本支部を預かってるだけのことはありますです。
>本家GM百合子
 横島君たちも今回ばかりは必死に対策練ってます。
 何とか愛のパワーで乗り切れ……る相手じゃないかも知れませんが(^^;

○原点さん
>GM
 横島君たちはいろいろ想定問答考えてますが、斜め上をぶち抜かれる可能性も非常に高いですな。
 しかしオカルト方面には素人のはずなので、竜神化を見抜くのは無理ぽいような気がしますー。
>雪之丞
 除霊の作業はともかく、金勘定はどんぶりになりそうで不安ですねぇ(^^;
 指南役の横島君も苦労しそうですw

○通りすがりのヘタレさん
>第一部はなんだ?
 タマモゲット編かと<超マテ
>ピートパートと美智恵女史パート
 はい、脇役のみなさんもそれぞれの人生を歩んでいるのであります。ピートとユッキーは同じ職場にはならないのですが、手伝いくらいはあるかも知れませんな。
 やり手支部長とバトルマニア両方に目をつけられて横島君も大変です(笑)。
>横島君の能力
 治療・防御・無力化と支援系の技ばかり持ってるので、当人の打撃力は低いですが小竜姫さまのサポート役としては実に優秀です(笑)。

○ぞらさん
 横島君たちは別に重婚してるわけじゃありませんので、問題点はあくまでモラル面にあるわけですが、モラルですので当人の心情や幸不幸とは別物なわけです。なので命にかかわるとかでもなければ、GMが「3人なんてチャランポランな答え許さないわよ」と言うのはむしろ当然のことかと思われます。
 カリンと小竜姫は失恋してもただそれだけのことですし、タマモも本文で挙げた方法を取れば命の危険はありませんから。
 そこを横島君たちがどう説得するかは次回をお待ち下さいませー。

○にのまえ かずやさん
 むしろ乗っ取られてしまいそうな危険を感じるのは筆者だけでありましょうか(^^;

○Tシローさん
 ご祝辞ありがとうございますー。
 横島君たちも普通のお祝いはしたと思われます。ただその後で(以下略)。
>GM
 横島君は常識では有り得ないようなことばかりしてますからねぇ。
 まずは信じてもらうのに一苦労しそうです(笑)。

○ケルベロスさん
 トリプル祝辞ありがとうございますですー。
 まあ横島君は煩悩で戦うしかないでしょうねぇ。彼の自慢はそれだけですから(酷)。
>九頭竜はタマモに合わせた結果ですよね?
 はい、それで合っておりますー。
 付き合ってる娘の数というのもなかなか良いのですが、黄金三頭竜はメジャーすぎるという欠点が(ぉ
>殺生石
 中に「いる」のか「あるだけ」なのかで扱いがだいぶ変わって来ますよねぇ。むむむ。

○山瀬竜さん
>祝賀会
 まあ、横島君ですからw
>男子にはなんの躊躇もなくブレス吐きそうで……(笑)
 先方から手を出してきたのなら遠慮なく吐くんですけど、先方もそれを知ってますから、横島君が正当防衛にならない程度にネチネチと精神攻撃をしておるのですよー(笑)。
 横島君のクラスメイトだけあって、そういう知恵だけはムダに働きますw
>今の横島君の状態
 第110話で玉竜が言ってますが、霊力はまだ人間の枠内であります。もちろんいずれ越えてしまうのですが、そうなったら美智恵ばかりか令子たちも気づくことと思われます。横島君ますますピンチ?(笑)
 霊気の質の違いについては、仰る通り以前から小竜気を使ってましたので、特に気にしてないということであります。

○炎さん
 美智恵さんは3大GMの一角を担う方ですから、ちょっと目論みが外れた程度でくじけたりはしないのですよー。
 ユッキー事務所も1度くらいは出したいものですねぇ。
 GM百合子は……次回こそ!

○cpyさん
 GSSS界では珍しい、とっても幸せな横島君を堪能していただければ幸甚であります。
 GMの攻撃に耐え切れればの話ですけどー!

○スカートメックリンガーさん
 まったくその通りでありますね。問題はGMの迫力とかが常識を超えてるという点でしょうか(^^;

○チョーやんさん
 ま、横島君はヤるために人生やってるような男ですし(ぉ
 雪之丞はあれですねー、彼女が闘竜寺の跡取り娘ですのでやはり事務所の1つも構えないとカッコつきませんから(^^
>マニュアル本
 はい、採用させていただきました。
 いずれその辺りのことも回想シーンとかで出るかも知れません。
>母上様降臨
 横島君は命があればいいですねぇ(ぉ

○アラヤさん
 むしろ再生しない方がいいかも知れませんなぁ。無限地獄になりそうだから(酷!)。
 GM登場は次回をお待ち下さいませm(_ _)m

○シエンさん
>GM
 原作では横島君が口を開こうとするたびに拳で封殺する場面もありましたので、筋さえ通ってればいいと思うのは油断しすぎと思われます(笑)。
 彼女が三股をどう判断するかは難しいところですが、説明してる間に横島君が撲殺されずに済めばいいですねぇ(ぉ
 どんな襲撃の仕方をするかは次回をお待ち下さいませー。
>ところでクリスマスにはサンタが降りますか?
 あ、そう言えばそんなキャラがいましたねぇ。
 真面目な小竜姫さまとは相性悪そうな気がしますなww
>「。・゜・(ノДT)・゜・」
 横島君、小竜姫さまクラスになれば令子さんにだって勝てるんだから、もっと自信を持とうよw
>「愛子もオキヌちゃんもお義母さんへのアピールに余念が無いわねー」
 あのGM相手にそんな度胸が!?

○鋼鉄の騎士さん
 お母さまは……愛の力でどうにかするしかないですな(ぉ
 ピートは独立はしませんですよー。本免許は雪之丞とのバランスとか、Gメンに入る時の格付けアップとか、そういう意味であります。
>隊長
 それはもう、神様にスカウトされるほどの人材をむざむざと逃がすわけがありませんですよw

○HALさん
>回復ユニットのアビリティ
 戦いながらでも回復できるので、まことに便利であります。EN消費もありませんし(笑)。
 アシュ編はなくてもまだメドさんとタコ禿さんが居ますので、使う場面はある……はず(ぉ
>ユッキーの営業方針
 雪之丞も美衣さんみたいな相手までボコるとは思えませんし、仰る通りそれほど深刻な対立はしないかと思われますー。
 仕事の内容教えあうわけでもありませんし。
>美智恵さん
 上記の通り横島君の価値はさらに上がりましたからねぇ、そのまま逃がしちゃったらもったいなさ過ぎるのですよー。何しろいまだに正規職員彼女だけですし(笑)。
>GM
 原作通りの離婚&不意打ちは前作でやりましたので、今回は違う導入にしてみたのであります。もちろん横島君の予想通りの行動してくれるほど甘い方じゃありませんけどw

○内海一弘さん
 横島君は今回も幸せでしたが、ぜひがんばって守り通してほしいものであります。
>ユッキー
 そこはそれ、嘱託従業員では彼女との釣りあいに難がありますから(笑)。

○ロイさん
>GM
 横島君たちはかなり警戒しておりますが、実際にどんな反応をするかは次回をお待ち下さいませー。
>横島君から強引にアプローチしたことが無い
 あ、言われてみればそうですねぇ。横島君らしくもない(ぉ
>「親からもらった体を!!」
 別に捨てちゃうわけじゃない、というかより長期の使用に耐えるものにするわけなので、特に怒られる筋合いはない……のかなぁ?(ぉ
>雪之丞
 横島君の面倒事が増えるのは確実でしょうねぇ。ただでさえ忙しいのに(笑)。

○冬に咲く雪だるまさん
>傷病平癒符とリジェネレーション
 そんな感じになりそうですねぇ。文珠《蘇》とかに比べると出力は非常に弱いのですが、気軽に使えるのが強みであります。
>横島と恋人たちとの関係
 タマモが九尾の狐であることは一般には知られていないので、本文の通り保護者を変えれば生活に支障はないんですよねぇ。
 カリンと小竜姫さまも恋愛関係でなければ仕事が回らないわけじゃないので、誰か1人に絞れと言うのは現代日本のモラル的にはむしろ真っ当な意見だったりするのです。
 竜神族の倫理とか玉竜さま承認済みの件とかを持ち出すとまた話は違ってくるんですけれど。
 今の暮らしを守れるかどうかは横島君たちの説得しだいでありましょうな。隠し通すのは至難ですし(^^;

○読石さん
 果たして横島君たちの策と誠意は通じるのか、そして無事生き残ることができるのか(ぉ)、次回で書き切れるといいなぁ<マテ
>美智恵さん
 逆に無理押ししてたら小竜姫さまとタマモにも隔意持たれるハメになってましたからねぇ。
 まさに大正解の選択でありました。

   ではまた。

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