妙神山修業場の庭の一角で、小竜姫の前に立った横島がごくりと唾を飲み込んだ。いよいよ、自分が彼女と同じ竜神になる儀式が始まるのだ。
緊張で体がガチガチになった横島に、小竜姫がやさしく微笑みかける。
「そんなに緊張しなくていいですよ。かえって術のさまたげになりますから。
横島さんは全部私に任せて、リラックスしてて下さい」
「……は、はい」
そのやわらかく包み込むような笑顔に、横島は思わず力が抜けてしまった。
ついで小竜姫がカリンとタマモにも声をかける。
「これから横島さんに幽体離脱してもらいますから、カリンさんは横島さんの中に戻って下さい。
タマモさんは横島さんの体が倒れないよう、ささえててくれますか?」
「わかった」
「うん」
その要請に応じてカリンが地面に腰を下ろした横島の中に戻り、タマモはその後ろから肩に手を置いてささえてやった。横島の右手には、あらかじめ出しておいた竜珠が握られている。
「じゃ、行きますよ横島さん」
と小竜姫が横島の前にひざまずいてその額に手をかざすと、いつか令子の試練の時に影法師を抜き出されたのと同じように、横島の頭上に彼の幽体が出現した。グレムリンの件で幽体離脱した時もそうだったが、なぜか肉体が着ている服と同じ服をちゃんと着ている。
ただあの時と違うのは、魂の緒がつながっていないことだった。もっとも横島はこれから肉体への依存を断ってしまうのだから、これはむしろ当然のことである。
「うーん、あの時はすごく頼りない感じがしたんですけど、今日はそれほどでもないですね」
という感想を彼がもらしたのは、横島も霊能者として成長した証であろう。霊圧でいうなら、一流の下くらいの力はあるのだ。
「それじゃ降りて来て下さい。とりあえずこの妙神山に括ることにしましたから」
と小竜姫が宙に浮いたままの横島に声をかけて、地面の上に呼び寄せる。
括るといってもそれほど強いものにするつもりはない。小竜姫自身は「妙神山修業場管理人」という役職を媒介にした強力な括りを受けているのだが、そんなことをしたら横島の行動の自由を阻害してしまうし、そもそも小竜姫の霊術ではそこまでの強い括りはかけられないのだ。
その分効果も弱くなるが、横島の素質を考えれば問題はあるまい。
「あ、はい」
横島がふわふわと小竜姫の前に降りて、地面の上に足をつける。すると小竜姫はまず「じゃ、いきますよ。気を楽にして下さいね」と前置きしてから、両手で印を組んで何やら呪文を唱え始めた。
「我竜神の王族、妙神山修業場管理人小竜姫の名において命ずる。この地に流れし竜脈の気よ、その一片を割いてこの者に送らしめよ……!」
すると横島の足元から透明な光のようなものが立ち昇り、横島の体にまとわりついてその中に染みこんでいく。その光景は、以前令子がワンダーホーゲルを山神にした時とそっくりだった。
もっとも今回は令子の場合と違って新規に括りを設定したわけだから、術としての難易度はこちらの方がはるかに上である。
「お、おおお……!?」
横島が戸惑っている間にも光は彼の全身を押し包んでいき、やがて風船が割れるような音とともに静まって見えなくなった。括りの術が完成したのである。
そしてその後には、小竜姫が普段ここで着ているのと同じデザインの胴着をまとい、頭には竜神らしく2本の角をはやした横島の姿が見えた。ワンダーホーゲルは弓矢と角笛を持っていたが、横島は何も持っていない。素手のままである。
「こ、これが俺……!?」
と横島は自分の両手やら服やら頭やらをあわあわと観察したり撫で回したりとかなり慌てた様子だったが、小竜姫と玉竜は対照的ににこやかな笑みを顔全体に浮かべていた。
「成功したみたいですね。これで横島さんは完全な竜神になりました」
「ああ、我が家の婿殿にふさわしい姿だね。
霊力はまだ人間の枠内だけど、これからの成長は速いと思うよ」
玉竜はうむうむと満足げに頷いていたが、ふと何かを思いついたらしく横島のそばまで歩み寄ってきた。
「横島君、たしかカリンさんは竜の姿になれるんだったよね。なら今の君も竜の姿になれるかも知れないから、試してみたらどうだい」
「え、そんなことできるんですか……!?」
横島は目をぱちくりさせたが、玉竜の言うことはもっともである。しかし彼にはその方法が分からなかった。
「いや、ただ自分の竜の姿を思い浮かべて、そうなるよう強く念じるだけなんだけど……そうか、多分カリンさんとは違う姿になるだろうから今はイメージできないか」
玉竜は腕を組んでちょっと考え込む様子を見せたが、すぐに自己解決したらしく顔を上げて小竜姫に声をかけた。
「仕方ない。凛明、引き出してあげなさい」
玉竜は自分でもやれるはずだが、なぜかそうする気はないようだ。もしかして夫婦の共同作業だとでも思っているのだろうか。
「はい、父上」
小竜姫が頷いて、右手で剣印(握り拳から人差し指と中指をそろえて立てる)を結ぶ。そして鋭い気合いと共に、その指先を横島の胸先に突きつけた!
「疾! 横島忠夫、竜身を顕(あらわ)せ!!」
「!?」
横島は小竜姫の指先から何か衝撃のようなものを感じた直後、目がくらんで何も見えなくなった。ふっと意識がかすんで気が遠くなる。
しかしそれは一瞬のことで、気がつくと横島の体は9本の首を持った体長6メートルほどの竜になっていた!
「な、何じゃこりゃあああーっ!?」
横島が9つの口で同時にサラウンド絶叫を放つ。まあ当然のことだったが、玉竜と小竜姫もさすがに驚きを隠せないようだった。
「こ、これは……もしかしてヒドラというやつかな?」
「いえ、この国には九頭竜(くずりゅう)の伝説がありますから……形状も東洋竜のものですし、たぶんそちらではないでしょうか」
ヒドラというのはレルネの沼に巣を作っていた9つの頭を持つ水蛇で、九頭竜はいくつか言い伝えがあるが、最も有名なのは芦ノ湖に棲んでいた九頭の毒竜である。ヒドラはヘラクレスに倒されたが、九頭竜は高僧に調伏されて改心し、竜神として祀られるようになったという。
どちらにしても横島が化けたのは「本物」ではないが、それに準じた存在であることは確かだろう。横島の不死身っぷりを考えればヒドラに近いように思われるが、彼の経歴からすれば九頭竜の方がそれっぽい。
ただ頭の数以外の共通点として、どちらも毒を持つということが挙げられるのだが……。
「まあ、試してみればわかることだね。横島君、むこうの方に向かってブレスを出してみたまえ」
玉竜は横島が生身でも火を吐けることを知っていたから、この提案はごく気軽なものだった。しかし横島当人としてはためらわざるを得ない。
「え、いいんですか? 毒が出てくるかも知れないんでしょう?」
神聖な修業場にそんなモノをぶちまけていいのだろうか。横島はそう思ったのだが、玉竜はやっぱり軽かった。
「いや、心配しなくていいよ。私が浄化するから」
「あ、そうですか。それなら大丈夫ですね」
玉竜ほどの竜神がそう言うのなら、確かに心配はまったくない。横島はあっさり安心して、彼らとは反対側の方向に思いっきりブレスを吐き出した。
彼らの予想通り、横島の9つの口から吹き出てきたのは炎ではなく、オレンジ色のガスみたいな何かだった。ビジュアル的には消火器のような感じだろうか。
「んん、何だこりゃ!?」
「炎ではないようですね。何でしょう」
横島自身にもこれの正体は分からなかったが、小竜姫も見ただけでは判別できないようだ。ゆっくりと歩み寄って、ガスの端にそっと指を突っ込む。
「……これは麻痺性のガスみたいですね。痺れさせるだけで毒性はないようですが、霊体にも、というか主に霊体に作用するものみたいです」
さすがに小竜姫には効かなかったようだが、それでもあまりいい感触はしなかったらしく、すぐに指を引っ込めた。
とりあえず安全な所まで下がると、なぜか口元を緩めて横島に微笑みかける。
「ふふふ、やっぱり横島さんって甘いというか優しいというか。ひとを傷つけるのが嫌いなんですね」
ヒドラにせよ九頭竜にせよ致死性の毒を持っているのに、横島が吐くのは相手を無力化するだけで殺したり病気にさせたりするものではなかった。むろん動けなくすれば後は好きにできるのだが、そこで助けてやるという選択ができるだけでも大きく違うというものだ。
しかし当の横島にとってこれはどう考えても褒めすぎ、というか買いかぶりであった。
「へえ!? い、いやそれは違いますって凛明さま。俺自身こんな姿になるなんて思ってなかったんスから。
どーせならこーバハ○ートとかリヴァイア○ンとかになって、メガフ○アとか大○嘯とかやれたらいいなあって思ってたくらいなんですから」
「い、いやそれはさすがに無理でしょう……」
横島のミーハーなカミングアウトに小竜姫はちょっと眉をひそめたが、彼の肉体をかついで近づいてきたタマモはなぜか妙に感慨深げな表情をしていた。
「私はその姿気に入ったわよ。だってほら、『九尾の狐』と『九頭の竜』って何か対になってるみたいじゃない」
「……ほう?」
狐娘の意外な反応に横島はぽんと手を打った。いや両手、というか前足は文字通り地についているから、あくまで気分だけのことなのだけれど。
すると小竜姫もタマモと同じような顔つきで、
「そう言えばカリンさんとも対照的な感じになってますね。彼女の竜身は機動力と射程の長さが特長になってますけど、横島さんは耐久力と近接格闘に強みがあるみたいですから。
敵が遠くにいる時はカリンさんが熱線ビームで攻撃し、近づかれたら横島さんが肉弾戦で対応する。隙のない布陣ですね」
「そして種族は凛明と同じ、か。なるほど、君は恋人たちとずいぶん深い絆を結んでいるようだね。うん、良きかな良きかな」
そして麻痺ガスを浄化していた玉竜も戻ってきて、思いっきり人の悪そうな顔でそんなことをのたまった。どうやら横島が九頭竜の姿になったのは、カリンとタマモの影響によるものと解釈したようである。
「なあっ!? い、いや俺は別に」
9本の首をわたわたと振り回してうろたえる横島。竜の顔は人間の顔ほど表情豊かではないが、その動き方が彼の動揺の深さを如実に表現していた。
「ふふっ、じゃあそういう事にしておきますね」
と小竜姫はくすくす笑いながら取りなしてやった。思った通り、この男は竜神になったからといってのぼせ上がったり力に溺れたりする様子はまったくない。せいぜい千年三股のお墨付きを得られたことを喜んでいるくらいのものだろう。
そんな彼だから好きになったのか―――どうかはよく分からないけれど、とりあえず今は他にすることがあった。
「それじゃ横島さん、そろそろ人の姿に戻って下さい。術の続きを行いますので」
「え!? あ、は、はい」
忘れていた、儀式はまだ続いていたのだ。
横島が元の人間(?)の姿に戻ることを強く念じると、九頭の竜はすぐに穴を開けた風船のように縮んでさきほどの胴着姿に戻った。
小竜姫はその変身が滞りなくスムーズに終わったことに相好を崩して、
「姿を変える術はもう会得できたみたいですね。
それじゃ、次はその幽体の宿り先を竜珠に移動させますから。横島さんはそのままリラックスしてて下さいね」
「はい」
と横島が頷くのを確かめると、再び剣印を結んで呪文を唱える。
「汝、横島忠夫の魂よ。今肉の体の呪縛より解き放たれ、竜の宝珠にその棲み処を移せ……!」
と小竜姫はまず指先に気をこめて横島の胸板を指さし、ついでその指で引っ張るようにして彼の幽体を竜珠の中に放り込んだ!
「わあっ!?」
と横島が悲鳴を上げた時には、彼の幽体は竜珠の中に消えていた。珠の中に少年の顔だけが浮かび上がっている。
「う、うわ……ほ、本当にこっちに引っ越しちゃったみたいですね。むちゃくちゃ変な気持ちです」
しかも何だかとっても頼りない感じである。横島は小竜姫のそばに飛んで行こうとしたが、まだ上手く操れないらしくその動きはカタツムリのようにのろくさかった。
とにかく懸命に念をかけて、婚約者の胸元めざしてふよふよと進んでいく。時速にして0.3km/hというところか。
しかし小竜姫はそれを放置するほど不親切ではなく、そっと両手を伸ばして彼をやさしく包んでくれた。軽く撫でたあと、愛しげに頬をすり寄せる。
「うふふっ、横島さんもこうなると可愛いですねぇ。どうでしょう、肉体の方はちゃんと保存しておいてあげますから、しばらくそのままでいませんか?」
「り、凛明さまぁぁぁぁっ!?」
意外や、竜の姫さまにも小悪魔チックなところがあったようだ。横島は竜珠の中で目の幅涙を大放出したが、小竜姫もそこまで意地悪する気はなかったらしくすぐ真面目な顔に戻って、
「ごめんなさい、ちょっと冗談が過ぎましたね。それじゃ竜珠を肉体の中に戻しますから」
「あ、はい」
すると横島もコロッと泣き止んで、おとなしく小竜姫の誘導にそって肉体の中に戻っていった。調子がいいのか女に強く出られないのか、たぶんその両方であろう。
「……はっ!?」
竜珠、いやその中の横島の幽体が入った彼の肉体ががばっと身を起こした。竜神になった時と同じようにあわあわと体の感触を確かめる。
「気分はどうですか?」
「え!? あ、は、はい。特に違和感はないですね。普通に動けるみたいです」
横島は小竜姫に顔を覗きこまれて我に返ると、手を握ったり開いたりしながらそう答えた。そう言えばキヌが不良少女に憑依した時でさえ普通に動けていたのだから、依存を断ったとはいえ自分の肉体を動かすのに不都合があるはずがない。
「そうですか、うまくいって良かったです。これで横島さんは名実ともに竜神になりましたから……私と同じ存在ですね。
本当にうれしいです」
「よかったわね、横島。これでずっとみんなでいっしょよ」
小竜姫は涙ぐんでしまっているし、タマモも口調こそすましたままだが表情の方は喜びを隠し切れていなかった。横島は自分が竜神になった事よりそちらの方がうれしくて、2人をそっと抱き寄せる。
「はい、ありがとうございます。これもみんな凛明さまのおかげです。
タマモもありがとな。もうおまえが1人きりになることはないから、ずっと安心してていいからな」
ぴったりと身を寄せ合って、感動を分かち合う3人。だがそんな幸せな時間はそう長くは続かなかった。
「いや、まだだよ。カリンさんをちゃんと呼べるかどうか確認していないからね」
「うわあっ!?」
「「きゃあっ!?」」
いきなり玉竜に上から声をかけられて、座り込んでいた横島たちは反射的にびくうっと身をすくませた。
確かにそうだが、もう少し待ってくれてもいいのではないか?
「そうだね。でもそばにいるのに放置されるとさびしくてねえ」
「そ、そーですか……」
やはり玉竜はいろいろといい性格をしているようだ。あるいは単なる親バカなのかも知れないが、横島はその辺は言及を避けて言われた通り影法師の召喚を試みた。
「うまく行ったようだな、横島。私もうれしいぞ」
と彼の頭上に現れたカリンは、外見はさっきまでと特に変わらなかった。黒い地に白のライン模様が入ったボディスーツを着て、体格や角などもそのままである。
召喚自体は成功裏に終わったようだが、横島はこの点はちょっと意外に思って、
「カリン、おまえは何も変わりないのか?」
「ああ、私は老師の修業の時に竜神になってるからな。今回の件では何も変わらなかったみたいだ。ブレスも炎のままだぞ」
カリンはそう答えながら地上に降り、まずは玉竜に儀式がうまくいった礼を述べる。
「殿下、このたびは私たちへのお力添え、まことに有り難うございました。
おかげで横島の転化は無事成功いたしました。厚くお礼申し上げます」
何げに当の横島より礼儀正しかったりしたが、玉竜はやはり軽い調子で、
「いやいや、私はわがままを言っただけだからね。うまく行ったのはすべて君たちの努力の賜物だよ。
それに私としても立派な婿殿ができるのはうれしい限りだしね。そんなに畏まらなくていいよ」
「はい、ありがとうございます」
とカリンはもう1度頭を下げると、今度は横島の方に向き直った。
「さて、おまえの方だが。ブレスが炎から麻痺に変わったから直接的な打撃力はちと頼りなくなったが、そちらは私が引き受ければいいことだからな。私たちを一体として考えれば、差し引きでマイナスにはならないと思う。
竜珠の機能も増えたしな。いわゆるリジェネレーション(自動再生)というやつだが、おまえが傷ついてない状態ならそばにいる人に振り向けてやることもできるぞ」
これは明らかにヒドラの特性だが、単に横島の不死身度がレベルアップしただけかも知れない。
「……そっか。まあガチンコはおまえの方が得意だし、適材適所ってことになるんかな?」
と横島は竜神になってもやっぱり腰が引けていた。
カリンはその辺は特に気にしなかったが、ここでもう1つ大事なことを思い出した。
「……ああ、そうそう。竜珠の機能はおまえ自身が使う分には、いちいち体の外に出さなくていいからな。おまえの精神が中に宿ってるんだからそんな手間は要らないんだ。
というか、殿下がおっしゃってたように体の外に出した瞬間に肉体の方がお留守になってしまうからな。めったな事で出すんじゃないぞ」
「……へ? あ、そっか。そーゆーことになるのか……」
横島は目をしばたたかせながら何度も頷いた。危ない危ない、今の注意は深く肝に銘じておくべきであろう。
「……で、わかってるとは思うが。麻痺ガス使ってセクハラなんかしたら手加減抜きでお仕置きするからな」
そんな警告を口にしたカリンはかなり本気な目をしていたが、しかし横島は怖がるどころか、明らかに憮然と、いや不満げな表情を見せた。
「しねえって、んなことしたら完全な悪者じゃねーか。
そもそもおまえたちがいてくれるのにそんなことする必要ねーだろ」
なかなかに立派な発言である。彼も3人も恋人ができて成長したのだろうか。
「あ、でもせっかく九頭竜になったんだから触手プレイみたいなのはいーかもな。人間ではできない責め方ってゆーか」
「寝てろっ!」
というカリンの怒声とともに落ちて来た鉄拳で地に這う横島。
どうやら真面目さの持続時間を伸ばすことはできなかったようだ。
その後、横島たちは部屋に戻ってお茶会の続きをしていた。
横島と玉竜はウマが合ったのか、まだ1時間も経たないのにすっかり打ち解けた様子である。
「―――あはははは。なるほど、君の学友には嫉妬深い者たちが揃っているんだね。しかしばれたのが凛明のことだけで良かったじゃないか。
もしカリンさんとタマモさんのこともばれていたら……」
「退学届け書くしかないっスね」
横島はおぞ気をふるいながら小声で答えた。九頭竜の力がどんなに凄かろうと、精神的な圧迫に対しては無力なのだ。
「まあ、私は君の学歴など気にしないけどね。
それで、君は学校を卒業したらどうするつもりなんだい? ヒャクメさんからは『神社を建てる』としか聞いてないけど」
「あ、その話ですか? 一応GSで稼いだお金を資金にするつもりなんですけど、具体的な立地計画とかはまだ全然決まってないです。建てたあとは破魔札とか販売すれば維持費はまかなえると思ってますけど」
建てる場所とか建物の設計とか、そういうものは今の横島たちではまったく手をつけられない。従って費用がいくらかかるかも分からないから、GSをいつまで続ければいいかも今の段階では明言できないのだ。
小竜姫は何らかの形で妙神山の金庫から全額出してもいいと思っているが、さすがに今ここでそういう事は言えなかった。
「表向きにはこの修業場とは無関係、というか独立した施設にするつもりですけど、実際は凛明さまに人界の情報を提供するとか何かあった時の避難先とか、そういう事もするつもりです」
この辺は以前ピートたちに話したことと変わりない。半分は建前だが、本当にやるつもりでもあるのだ。
「で、一人前の竜神になったら横島神社建ててもらえたらいいな、とも思ってたんですけど、凛明さまとくっつきましたからそれはもういいです」
小竜姫の夫になる以上、彼女が妙神山から異動になったらそちらについて行かねばならない。だから横島神社の祭神になってそこに常駐するわけにはいかないのだ。
玉竜は横島の話を聞き終えるとうんうんと大きく頷いて、
「……なるほど。
凛明もまだ当分は人界勤めのままだからね、君たちのような人界生まれで頭も腕もいい人たちがついていてくれれば非常に心強いよ。ふつつかな娘だけど、どうか力になってやってほしい」
と横島たちに向けて軽く頭を下げる。
これには横島の方が驚いた。まさか舅にして竜の王子であるこの人物が、過失もないのに自分なぞに頭を下げてくるとは!
「あ、い、いや、そ、そんな大仰にしないで下さい。凛明さまには『妻が夫を助けるのは当たり前』って言われましたから、夫が妻を助けるのも当たり前ですし」
横島が顔の前で手をぶんぶん振りながらそう言うと、玉竜はゆっくりと頭を上げて、今度は小竜姫の方に顔を向ける。
「よかったな、凛明。いい若者じゃないか」
「……はい。欠点もいっぱいありますけど、それも全部ひっくるめてとても素敵なひとです」
小竜姫は父の言葉に、確信をこめた声でそう答えた。
やがて日が西に傾いてきた頃、部屋の向こうの縁側の下に玉竜の護衛が静かに膝をついた。
「殿下、そろそろお帰りの時刻でございますが……」
その注進に玉竜はちょっと残念そうな顔をしたが、しかし彼は竜神の王子にして高位の神族である。正当な理由もなく、予定を越えて神界の外に居座るわけにはいかなかった。
「仕方ないね、今日はこれで帰るとするよ。
……それじゃ凛明、今度は彼と向こうで会える日を楽しみにしているから」
向こう、というのはむろん竜神界のことである。横島が肉体をエネルギー化した頃には霊力的にも小竜姫の夫として不足はなくなっているだろうから、そうなったら竜神界で娘の夫としてお披露目する、という意味だった。
「はい。それじゃ父上、お気をつけて」
小竜姫は玉竜の言葉の意味は分かったが、今は護衛たちがいるのであまり突っ込んだことは言わなかった。横島とカリンとタマモもごくありきたりの表現で玉竜に別れの挨拶を述べる。
やがて玉竜が護衛たちに軽く頷きかけると、彼らの姿は一瞬にしてかき消えた。
「……行っちゃいましたね。俺たちはどうします?」
玉竜たちが帰って10秒ほど後、横島がほうーっと大きな安堵と脱力の吐息をつきながら小竜姫に訊ねた。これから東京に帰るか、それとも今日は疲れたことだしここに泊まっていくか?
小竜姫はちょっと首をかしげて、
「そうですねぇ。横島さんの竜神転化の成功と父上に婚約を認めてもらえたお祝いでもしたいところですが、ここじゃちょっと気乗りしませんし」
「なら祝賀会は明日やることにして、今日は東京に帰って準備だけしておけばいいんじゃないか? 私に乗って行けば夜までには帰れるから」
カリンがそんな案を出すと、小竜姫はわが意を得たりと手を打った。
「そうですね、そうしましょう。外でできるお祝いじゃありませんし」
魔鈴の店や朧寿司では、何の拍子に部外者に聞かれるか分からない。今回の祝賀会だけは横島か小竜姫の自宅で行うべきだろう。
そういうわけで、横島たちもすぐに修業場の外に出ると竜モードになったカリンに乗って東京に帰っていった。
……その後には、まるで出番がなかったどころか主である小竜姫にさえ忘れ去られていた鬼門たちの哀しげな姿だけが残っていたらしい。
―――つづく。
横島君の竜神化記念に何か武器でもあげようかと思いましたが、ここの横島君には自慢の煩悩玉1つあれば十分なのでやめました。
というか竜神横島の出番自体が怪しいんですよねぇ。肉体がお留守になる上にカリンと同時には出られない、おまけに身内以外には見せられないと問題だらけなので(^^;
代わりに小竜気砲でも会得させようかとも考えましたが、そうすると戦闘スタイルがあやふやになってしまうので本文の通りになりました。
ではレス返しを。
○とりさん
玉竜さまはあの3人の弟分ですからw
すいません、猿は出ませんでした。あの場に現れたら小竜姫さまに怒られますので(^^;
○Tシローさん
今回も早めに上がりましたですよー。
小竜姫さま嫁き遅れ疑惑は、実は第56話からの引っ張りだったりしたのです(ぉ
>何もしらない人から見たら、死後竜神になることが約束されているようにも見えますね
なるほど、そういう見方もあるかも知れませんねえ。
もうすでになってるなんて普通は思いませんし(^^;
○通りすがりのヘタレさん
はい、横島君と舅殿は仲良しさんになりました。むしろ買いかぶられすぎといいますか。
まあ横島君は女を泣かせるよりはシバかれる方なので大丈夫でしょうw
メドさんの次の出番はいつになることやら……(^^;
>大樹
うーん、確かにそれはあるかも知れませんなあ。
息子の嫁に手を出すほど外道じゃない……とは思うのですがー。
○KOS-MOSさん
>三股親公認?
はい、すんばらしい舅殿です(ぉ
あとはGMを何とか言いくるめるだけですが、どうなるんでしょうねぃ。
>こんかいのカリンとのらぶらぶなかんじもイイね?
ありがとうございます、やっぱり世界は愛なのですよー。
○チョーやんさん
>パパ
あの台詞は三蔵法師を乗せて〜〜〜のくだりを考えた時にいっしょに受信したんですが、実に好評でよかったです<マテ
いあ、いいお父さんなんですよ?(ぉ
>横島よ…確信を持って言うが、お前絶対に半分も理解してないだろ?
ひどい(笑)。
とりあえず竜神化プロセスを理解していただけてよかったです。なるべく分かりやすく書こうとは思っていたんですが、内容が内容だけに限度がありまして(^^;
>何やら一波乱ありそうな気がするのは
横島君が動顛したり遊ばれたりするのはデフォでしたw
>ひ○こ饅頭
ううむ、そうなのですか。知りませんでしたorz
○風来人さん
恋人同士たる者、ラヴな場面は必須だと思うのですよ。
>もし押し倒さないでムードを読んでれば一八禁な展開に突入していたかもしれませんな
その時はその時で、結局電話で中断させられていたのですがー(笑)。
>玉竜パパ
法師との旅でさらに砕けたようです(ぉ
>三蔵法師
国の禁令破って大旅行した人物ですから、並みの神経ではなかったでしょうねぇ。
>「俺は人間止めるぞジョ○ョぉぉぉぉぉ」
将来的には彼に匹敵する再生能力も得られそうな勢いです(ぇー
○原点さん
横島君はもう完全に人生の墓穴に埋められてしまいました。まあ相手が3人もいるんですから良いのではないかと。
玉竜さまは気さくさが臣下にも好評であります(ぇ
GMがどう出るかは今のところまったく想像がつきませぬがー。
○ばーばろさん
脱衣プレイもそのうち体験させてあげようかなと思って……るかも知れません<どっちだ
玉竜さまを気に入っていただけたようで何よりであります。あの1行が前回の肝でしたから(ぇー
というかその表現は直接的すぎかとw
>「小説版 西遊記」
まあダイジェスト版ならそれほどでもないかと。玉竜が活躍するシーンは少ないですし(ぉ
あとカリンの知識に玉竜の性格までは入ってませんです。小竜姫さまもプライベートなことまでは仕込みませんからw
>そんな「珍しい」竜珠は、無くすのはもったいないでしょうからね
まさに前代未聞、空前絶後の面白アイテムですからww
>GM百合子さまは「神に唾吐く」事となる訳で
うーん、神といってもヒャクメなみに神々しさに欠けてますからねぇ。別にいいのではないでしょうかー(酷!)。
○紅さん
横島君は竜神になってもおバカでした(ぉ
他の子フラグは……舅殿は寛大でしょうけど、小竜姫さまの方が倒して回りそうです(^^;
○シエンさん
>玉竜
好意的に受け止めていただけたようで嬉しいです。
横島君は神界に行ったら猪八戒や沙悟浄とも会えるかも知れません……すごいや。
>「竜珠」ではなく「煩悩玉」がもったいないと言っているように思えてしょーがないんでやすが
いあ、それで正解なのですが何か?(ぉ
だってただの竜珠なんて竜神界じゃ全然めずらしくありませんからー。
>「どっちかと言うとデミ○ンなのねー」
むしろディ(以下略)。
○遊鬼さん
あのパパさんでは修羅場になんてなりようがありませぬ。
横島君が小竜姫さま泣かせた場合は、修羅場じゃなくて単なるお仕置きですから(ぉ
>父親から見た小竜姫様の立場
人間から見ればえらい女神さまでも、パパから見ればただの娘なのですよー。
>煩悩玉
そうですねぇ、せっかくの超希少アイテムですしw
○レンさん
>親公認の三股とかさすが横島というべきですかね
横島のくせに富の偏在が不公平ですねぇ(ぉ
>文殊+竜珠=竜文殊
イメージ的に竜珠はアシュ編の2文字文珠に似たところがあるので、実は正しい式かも知れませぬー。
でも呼び名がカッコいいので横島らしくはないかも(酷)。
○スカサハさん
お褒めいただきありがとうございますー。
やはり煩悩玉は残して正解だったでしょうか。
神界一というか、神界唯一であることは間違いないでしょうなw
○whiteangelさん
>話が分かる父上でよかったですね
うーん、言われてみればそうですなぁ。堅物親父だったら大変なことになってたでしょうし(^^;
>カリンや凛明さんが話し合いをすれば万事OKですよ?
まったくその通りですなw
しかしそれでは情けないぞ横島君、男の意地を見せるんだー!
○ロイさん
>ルパ◯ダイブ
相手は恋人ですから、たまには成功しないと彼も不憫というものかと。
しかしGMには期待が高まる一方ですな(^^;
>小竜パパ
しょっぱながアレでは、いかな横島君でも普通に受け答えするのは無理でしたw
それでも「偉い竜神様」だと思ってもらえたようでよかったです(ぉ
○TenPuLaさん
>玉竜
やはりアレはインパクトがあったみたいですねぇ(^^;
煩悩玉は希少なものなので、余計な手出しはしないかと思われますです。
>横島への制裁
今回もちょっと遊ばれたのと小突かれただけですからねぇ……彼を打倒できるのはもはやGMしか居なさそうです(o_ _)o
>メド姉さんは竜珠って持っているんでしょうか?
彼女も持っていないと設定になっておりますー。
○山瀬竜さん
玉竜さまにウケていただけて何よりであります。
>よく山水画なんかに描かれている竜神様の竜珠に『煩悩』なんて書かれていた日にゃ〜〜〜
まったくですな(^^;
しかし横島神社に神像が置かれるとしたら、やっぱり竜珠に「煩悩」と刻まれることになりますからねぇ……うっわぁww
>横島君の体ですが〜〜〜
はい、その解釈で正解でございます。
というか筆者の文より分かりやすいかも知れませんorz
仰る通り竜珠はそう簡単には出来ませんので、玉竜さまの提案はむしろ当然のことでありました。
>生身で竜神化までこぎつけた横島君って何気に凄いですよねぇ
確かに日本ではあまりないですねぇ。玄奘三蔵さまだって自力で仏様になったわけじゃないですし。
>でなきゃ刺されて終わりそうですもん(笑)
横島君は刺されたくらいじゃ死なないので、むしろもっとヒドい目に遭うんじゃないかとww
○菅根さん
GS世界での竜神界の社会構成はよく分かりませんけど、竜神王=東海竜王とすると、まさに横島君は竜神王の一族になったということになりますねぇ。
その割にえらい人に見えないのは、やはり横島君だからでしょうか(ぉ
○内海一弘さん
パパを好意的に受け取っていただけてるようで良かったですw
横島君は無条件降伏してしまいましたが、降伏する前よりハッピーになったような気もしますw
>次回はいよいよ竜神化ですね
しょせん美形にはなれませんでした(ぉ
○Februaryさん
>姫様の父君とは思えぬ軽いヒトだ
姫様はむしろ父を反面教師として固くなったという見方もありかとw
>威嚇の効果
まあ三股認めたのに娘を泣かすような真似したら、怒って当然ですしねぇ。
>完全に竜神化する前に呪ったろか?
今回はあんまり効いてませんでしたorz
○読石さん
>お義父上へのご挨拶
パパさんも一夫多妻社会の人ですから、横島君の性癖はあまり気にならなかったのでありましょう。
そんな竜神族にも、煩悩玉つくるほどの猛者は居なかったようですが。希少価値という点ではまさに一点モノです。
>GMの制裁も無問題・・・な訳無いですなぁ
GMの攻撃には精神力がこもりまくってますから、いかに横島君が不死身でもたっぷり効きますですよーw
○HALさん
このSSの半分はラヴでできてますからー!
>さすがはクロト様キャラ、容赦なしですの(笑)
GS世界で容赦とか手加減とかしてたら、すぐ影が薄くなっちゃいますからー。某虎みたいに(ぉ
>化竜池
前回のレス返しでも少し触れましたけど、横島君の竜神化は彼が自力でやったからこそ価値があるのですよー。小竜姫さまが多少手を貸すくらいならともかく、殿下が決定打を出しちゃったら横島君の努力が霞んでしまいますから。
>屍解仙から地仙にランクアップ
なるほど、確かにそういうことになりますなぁ。肉体のエネルギー化にかかる期間は同じですし、さすがに殿下はカリンより知識も深いというところでしたか。
>彼とその奥様ズを連れて竜神界でお披露目をぜひとも
うっわー、容赦なしですな(笑)。
もちろん本文にも書いた通りいずれは行われることなんですが、いくら姫様口説く度胸がなかったからってそこまでイジめなくてもww
>指摘
ご指摘ありがとうございますー。確かに説話より白話の方が適切ですねぇ。修正しました。
法号の方は……うーん、私が調べた限りでは、「悟空」の方が法号で、「孫行者」が通称だったのですが(^^;
○いりあすさん
>玉竜殿下
考えてみれば取経の旅って17年もかかってますからねぇ。横島君の歳と同じ年数だけあんな苦労すれば人間が磨かれて当然かも知れませんな(ぉ
しかしあの5人に囲まれて酒とかフルボッコって、どこの責め苦ですか(笑)。まあ娘を泣かされた父親ならやりそうな気もしますがー(ぉ
>人間あがりの神族は仏教・道教圏では珍しくありませんから
確かに日本にも中国にも大勢いるんですよねぇ。生身のままというのはかなりのレアだと思いますがw
とはいえ関帝は受けてる信仰がハンパじゃないですから、横島神社を100社くらい建てないと勝ち目はなさそうな気がしますー(ぉ
>儀式のときに自分の肉体をうっかりゾンビにしてしまわないように気をつけよう
ヒドい(笑)。
でもいったん依存を断つということは、ゾンビといっても間違いではないのかも。すると横島君は九頭竜じゃなくてドラゴンゾンビ(酷!)。
○田吾作さん
はい、生身の肉体がどうなろうと、本体の竜珠が死ぬことはありません。原作で八兵衛やヒャクメが横島君に憑依してたのと同じですから。
ただし痛みは普通に感じますので、デミアンとタメを張るのは難しいかと。
だって痛みを感じないなら気持ちいいのも感じないわけで(以下検閲により削除)。
○鋼鉄の騎士さん
お父様は苦労してますからw
横島君にはもう前に進むしか道は残されていません!
かなり幸せそうな道ではありますけど。
>難しい話
あう、すいませんorz
要は上記の通りでありますー。
○あきさん
ご意見ありがとうございます。
レス返しは確かに時間はかかるのですが、これも楽しんでやってることですので、これからも負担にならない程度に書いていきたいと思います。
ではまた。