―第四十話 分からない真意 ―
場は沈黙した。横島は死神と向かい合ったまま動かない。先程言った死神の一言を処理しきれていないのだ。それ程死神の一言は横島にとって重いモノだった。
「・・・何だと?」
やっと口を開いた横島は鋭い目で死神を睨みつける。その目には強い疑念と理不尽に対する怒りが渦巻き、無意識なのだろうが殺気をばら撒く。
『2度の死に加え、更に一度は己の霊体を武器とし突貫したのだ。魂に負荷がかからない方がおかしいであろう』
「っ・・・」
死神は横島の殺気を感じつつも冷静にそう言ってのける。横島の何時の間にか握った拳を小さく震わせ苦虫を噛み締めた様な顔をし、納得出来ないという目で死神を見た。そして、そんな事をする事しか出来ない自分に対して怒りと憎悪を覚える。だが、ふと知人(?)であるヒャクメの事を思い出した。彼女はキヌを診断したのではないのか?と。
「何故ヒャクメは気付かなかったんだ?」
『視る事が専門とはいえ、死の予兆を視るのは我々死神の仕事ということだ』
故に死神に問えば専門家でも特に得意な分野がある。横島はそう言われた様な気がした。横島は考える。どうすればおキヌを救う事が出来るのかを黙々と考える。冷静に考えられる様にと目を瞑り、眉間に皺を寄せひたすら考える事しか今の自分には出来ないと錯覚する程、横島の心は追い詰められていた。
『それ程、氷室キヌを救いたいか?』
「方法は有るのか?」
横島の様子に死神は横島を試す事にした。死神の一言は今の横島にとっては地獄に吊るされた蜘蛛の糸に等しい。だが、この類の話には裏が有る。故に横島は表情を無表情へと変えた。
『簡単な話だ。今の氷室キヌの魂は結合が弱まり霧散し消滅する可能性が有る。故にその結合を強めればいい』
「言うは簡単だが、そんな事出来る筈が・・・」
死神の言葉に横島は「無い」を続けようとして止める。確かに人には魂に手を出す事は特殊な呪殺以外ない。
だが『人』でなければどうだろう。そして、結合に使うモノが『人』のモノでなければ。
「まさか・・・っ!ダメだ!そんな事、失敗すればおキヌちゃんは!」
『その様子だと正しい答えに行き着いた様だな』
横島は己の行き着いた答えに例えそれが正しいとしても行うリスクに対し否定する。死神は横島の様子に満足気にそう言う。理解が早いのは嫌いではない様だ。
『人の魂を神魔の術で拘束する事は出来る。だが、それは強制的で一時的なもの。故に魂の結合を確実に強くするには神か魔の魂で接着すれば良い』
「だが、おキヌちゃんが接着に使われた魂を取り込まなければ乗っ取られるか、双方どちらでもない存在になる」
『そうだ』
死神の説明を横島が続ける。間違いであればと思っているが、その希望も死神の肯定の一言で消える。リスクのみで考えるならば行わなければ良い。だが、その先には消滅しかない。
『それでも行うか?』
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
横島は答えられない。答えられる筈も無い。横島自身としてはおキヌちゃんに生きて欲しい。
だが、失敗すれば消滅。無へと還ってしまうのだ。
横島が完全に魔族化し、長い月日の後に転生したキヌに会える可能性は有る。だが、それはキヌであってキヌではない存在。同一人物ではなくなっても会える可能性と、消滅するかもしれないが生かす可能性。死の後の生、滅か生か・・・どちらを選べば良いのだろうか。どちらにしてもおキヌに聞くべきだが、横島は何故かおキヌが賭けに出る様な気がしており、言えない。
『考えるのは良いが、時間は残り少ないぞ』
「・・・どれ位だ」
そんな横島に死神は声をかける。タイムリミットを言おうとする死神に横島はどうしても殺気を込めてそう言ってしまう。
『人間の時間で約10分だ』
死神の答えに横島は飛び降りた。背中に霊力の翼を出し空を飛ぶ。空に蒼い線が、霊力による噴射の軌跡を描きながら横島は行く。
(間に合ってくれ!)
そう願いながら魔創の導きを使わない段階での最高出力で横島は飛ぶ事しか出来ない。魔創の導きを使えば今感じるおキヌの位置までは直に着くだろうが、未だに自身を見るもう1つの視線の正体が分からない以上、迂闊なマネはできない。間に合うかはギリギリ。時間との勝負や視線の正体に横島は歯軋りをして飛ぶしか出来なかった。
一方のキヌは驚いていた。横島の携帯電話から発される反応は凄まじいスピードで移動したのだ。それは横島に何か有ったのでは?と感じさせた。
(でも、この先って・・・)
だが、その反応は事務所へと一直線に移動していると分かればそれは自分達に関する事とおキヌは推察し、事務所へと戻る事にした。横島が目指しているのは事務所と先程の横島がいた位置の同一線である自分と知らないままに。踵を返したおキヌを見る影が居た。
それは、黒いボロボロのローブを纏った骸骨。死神が居たのだ。死神はゆっくりとおキヌに覚られない様に鮮血を固めた様な濃い紅色をした大鎌、魂を刈る道具を取り出す。
あとはその鎌を一振りすればおキヌの魂は刈り取られる。だが、死神は大鎌を構えずに肩へ担ぎ、おキヌの後ろ姿を眼球の無い骸骨の目にあたる部分見ていた。
タイムリミットまで約30秒。横島におキヌの姿が見えた。
「おキヌちゃん!」
「横島さん!?」
猛スピードで飛んで来る横島の姿におキヌは正直面を食らった。だが、その必死な様子に何事かと思う。自身も走り、少しでも早く合流しようとする。
3
おキヌが走り出した事により急制動をかける必要が出来、横島はほぼ垂直落下状態で降りる事となる。
2
おキヌは横島が垂直落下気味に降りてくると分かった為、数歩下がり着地出来る様にした。
1
ドスン!と音をたて、地面を少し陥没させながら着地する横島。そして立ち上がろうとした時。
0
「・・・?」
横島の目の前でおキヌの瞳から光は消え、糸が切れた人形の様に横島へその体を倒す。否、倒れた。
横島が言葉を発する前にタイムリミットが来たのだ。
「っ!おキヌちゃん!!!」
そして横島の目の前でおキヌの魂が破裂したかの様に散り飛びそうになる。それを敏感に感じ取った横島はコンマ数秒で右手に文珠を出し、【集】と込め、そう叫びながら文珠を発動させおキヌの魂を己が右手へと集める。おキヌの優しげで暖かな光を放つ魂を右手に無事感じ取った横島は少しだけだが安心した。
「くそっ・・・」
左腕でおキヌの体を抱き、右手の魂の温もりを感じつつも好転しない現状に横島は吐き捨てるかのようにそう呟く。文珠の効果がそう長くない事を感じ取っている為だ。更に現状ではどうすれば良いのか決まらない。
『ヌシが横島忠夫か』
「・・・さっき俺と話をしていた死神じゃないな。もしかしてあんたがおキヌちゃんの魂を刈ろうとしていたのか?」
『うむ』
そんな横島の背後から声がし、横島が振り返れば大鎌を肩に担いだ死神が立ってた。横島はどうやら相当切羽詰り、追い詰められているようで、この死神の存在に気付かなかった様だ。無手でただ立つ死神相手に横島は目に警戒の色を込める。そんな横島に死神はおキヌの魂に触れようと両手を出すが、横島は後退した。死神は魂を黄泉へと導く者。それ故の行動だった。
『案ずる事は無い』
死神はそんな横島に対して感慨を持たず、白骨の手から淡い光を放つ。光は粒子の様に細かなもので、全ておキヌの魂に入って行った。そして驚く事に魂の結合がだんだんと強まっていく。おキヌの魂が放つ暖かみは元のソレと何ら変わりはない。それはつまり修復されたと同意義である。
驚愕し、死神を見る横島を他所に、見られている死神は何も言わず立ち去ろうと横島に背を向けた。
「何故・・・」
『・・・気にする事では無い』
そう言い残し、死神は立ち去った。残されたのはおキヌの魂を右手に持ち、そのおキヌ体を左手で抱きかかえ、安堵の表情をしている横島1人だった。当面の危機は回避され、優しい笑みを横島は浮べる。修復された魂の緒は肉体に繋がっており、おキヌは言葉は発せない状態でも体の5感は感じる。
(よ、横島さん!ちょっと痛いです!あぁ!そこはぁっ・・・)
さり気なく桃の様に柔らかく形の良いおキヌのお尻が横島に鷲掴みされていたりして、指がその間に当たっていたりもした。
横島には伝わらないがいろいろな意味でおキヌの羞恥心が刺激されているのはわりとどうでも良い事だろうか。
一先ず横島はおキヌの体に魂を元に戻し、事務所へと戻る。事務所は既に美智恵は帰った様だが、シロとタマモが沈んでいた。それを目にしながらも、自身の足で横島の後に事務所に入るおキヌ。横島は何も言わず美神の前へと行く。
「なに?」
「一度、おキヌちゃんを妙神山へ連れて行く必要が出来ました」
「・・・どういう事か説明してくれる?」
美神を前に、横島は重い口を開いた。美神は少し片方の眉毛を動かし、シロとタマモもピクッと耳を少し動かし、おキヌの姿を見る。おキヌはただ横島の背と美神を見ていた。
「はい。・・・死神が言ったんです。おキヌちゃんの魂は限界だと」
「死神、ですって・・・?それに、限界って・・・・・・」
横島は静かにそう言い、美神はまさかと思い、驚愕と疑念を混ぜ合わせたかの様な顔をした。死神は通常死を待つ者の前にしか現れないからだ。シロとタマモも美神と同じくそんな目で横島とおキヌを交互に見る。見られている2人は何を言うでもなく、ただ静かに立っているのみ。
注目されている中、横島は死神の言った事を言った。そして、一度おキヌの魂が消滅しかけた事も。それを知った皆はおキヌをじっと見るばかりだ。
「待つでござる。では、何故・・・」
「・・・何故かもう一柱の死神が自分の霊気構造をおキヌちゃんに移植したんだ」
「「「!!!」」」
シロの疑問に横島は起こった不可解な死神の行動を自身の無力さを噛み締めながら語る。それに驚かない者はいない。横島とおキヌを除く3人は絶句した。
「その死神は自身の魂を欠片とはいえ、おキヌちゃんに取り込ませたの?」
「おキヌちゃんが取り込むか、魂自体を休止状態にしなければおキヌちゃんという存在は変わるか、乗っ取られるか・・・最悪は消滅している」
タマモは信じられないのか横島に再度問うが、横島はそれが事実であるという事を含ませながらそう言う。美神は横島が言った事に考えていた。おキヌを救った死神に微妙な心当たりが有るのだ。
「おキヌちゃん。もしかして、その死神は・・・」
「多分そうです」
「そう・・・・・・」
その心当たりを確認すべく、美神は横島の後ろにいるおキヌに目をやりそう聞く。そうすれば、確信は無くともそう返すおキヌ。
(もし、あの時の死神が救ったとして、なんで?)
「死神に心当たりが有るんですか?」
「まあ、そうだけど・・・兎も角、明日事務所総出で行くわよ」
美神は死神の行動に不信感を抱き、考える。その中、横島は美神が死神の心当たりがあるのは初耳な様で聞くも、美神は早々に話を切り上げ様とした。
「待って下さい。今すぐの方が良いでしょう」
「そうだけど、今すぐは問題が有るわ。今から行ったとしたら夜中に上る事になるのよ」
だが、横島はおキヌが心配な様で、一刻も早い検査を希望し妙神山へ行こうとするが、それでは険しい妙神山への道のりを危険と判断した美神に止められる。昼間でさえ危険なのだ。それが夜になればどうなるか、一目瞭然だろう。
「飛んでいったら問題ないでしょう」
「・・・あんたとタマモ以外で飛べると思う?しかも、あんたの飛び方はおキヌちゃんを運ぶのは向いていないし、タマモは両手を翼に変化して飛ぶのよ」
妙神山の道のりの事で美神がそう判断したと分かっている横島はあえてそう言う。道が険しくとも、飛べば確かに問題は無い。
だが、横島の飛び方には問題が有った。横島の安定した飛び方は、サイキックソーサーの要領で作った霊波の翼を展開し翼から霊気を噴射して飛ぶのだ。また、一定以下の速度になれば上手く飛べない上、空気抵抗をもろに受ける飛び方でもある。それを霊力で身を護ったとして、短時間だとしても辛いものとなる。
また、タマモが運ぶというのは論外だ。変化で大きな鳥か何かに変化できれば良いのだが、妖力が足りない為不可能である。それに、両手を翼とするのでおキヌを抱えられない。
ロープで固定した場合、上手く行くかは微妙であり、また、休憩を挟みながらでもかなり消耗すると考えられる。
その為、翌日早朝で行った方が効率がよいのだ。
「シロ。あの姿にはなれるのか?」
「・・・拙者の意思では不可能でござった」
それでも横島は思いついた案が使用可能か確かめるべくシロに、臨海学校で見せた大狼の姿になれるか聞く。だが、シロは悔しそうな顔でそう答えることしか出来なかった。シロは既に大狼になれるか確認していたのだ。どうやら大狼形態は通常の獣化とは異なる様だ。
「今は我慢しなさい。それと、魔創の導きは使っちゃダメよ。あんな膨大な魔力、否が応でも問題になるから」
「・・・分かりました」
美神は言って横島に釘を刺す。もっとも、横島にはもう1つだけ手段が有った。
文珠である。
だが、文珠の残りは8個。妙神山へ行こうとすれば必要なのは【転移妙神山】で5個で残り3個となる。多用できない切り札をここできれば、後々響くだろう。故に横島はきりたくてもきれないのだ。横島はあの後直に文珠【視】と己の目で視、確認はした。特に問題は無いように思える。
自身の思いとやるべき事に葛藤を覚えながらも横島は1人事務所を出た。その背中を美神達は見つめるのみ。丁度太陽が都会へと沈む時間。蛍の名を持つ彼女が好きだった真っ赤な夕日が美しい時間であった。葛藤を心に収めながらも横島は夕日に複雑な笑みを見せる。
そして、そんな横島を見る人影があった。銀に紫を混ぜた色をした髪を腰まで伸ばしている彼女は無表情でただ静かに見ている。彼女はそのままの顔で胸の中心に両手をそえた。
心臓の真上、まるで自身の心に問いかける様に。
(私の父にあたり、母にあたるヒトを倒した事のある敵・・・横島忠夫・・・・・・・・・)
彼女の心は彼女自身ですら把握、理解出来ない状態となっていた。敵意と好奇心が微妙な具合で混ぜられ、それでいて少し痛い。
(私にはあの笑顔は向けられない。私は、彼の娘と言って良い存在なのに・・・)
彼女は理解出来ない。どうして自分がそんな感情を抱き、酷く胸が痛いのかを。そして、横島がその笑みを見せた要因であるおキヌに良いモノを感じない。彼女はふと自分の頬を伝うモノを感じ、それに右手で触れた。
「・・・なんで私は泣いているの?」
彼女は涙を流していた。静かに、独りで。彼女は羨ましかった。そして、ソレと同時に憎くもある。自身に向けられる視線には好意のあるモノは無く、道具等を見る目しかない。父にあたる横島に向けられる可能性の有る視線は敵意を含むモノ位しか彼女には思えなかった。彼女は1人、寂しさを寂しさと認識できないまま、自身の心を整理できないまま姿を消す。
この日。事は起こり、事態は大きく進んだ。自身の名を持たない少女は自身の心の変化に戸惑い、おキヌは死神に魂を分けてもらった。そして、シロとタマモは横島に遭った事を知りながらも胸に秘める。
夕日はそんな彼女達を照らす事しかできない。そして、うっすらと夕刻に見え始めた月も同じくとして照らす。
―後書き―
久しぶりの更新となりました。
書き方を変えてみました。こちらの方か、以前の手法どちらが見やすいですか?出来れば教えて下さい。
それはさて置き、死神によっておキヌちゃんが助かりました。
そして、次回再び妙神山へ。次回の妙神山編はさらっと行くつもりです。
~レス返し~
・February様
誤字の指摘、毎度ながらありがとうございます。
世界を滅ぼしそうな横島クン。そのカウントダウンを見事死神さんが食い止めてくれました。
しかし、この事で助けた死神さんに有る事が・・・
・・・何が起こるかは後々分かります。
・アルデンヌ様
此方こそはじめまして。
そう言われましても、これが私の作風ですから。
短編ではまだ横島らしいモノもありますが、この
『魔神の後継者』はこの路線で行くと決めてますので変更はございません。
・林様
祝辞(?)ありがとうございます。大学は楽しみであり、そして怖いです。
・ソウシ様
問題なくおキヌちゃん生存です。死神さんの性別はもう少し待って下さい。
・DOM様
御明察です。
・内海一弘様
おキヌちゃん、問題なく生存の方向で。まあ、新しい変化は有りますよ。多分。