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「それでも時は進みだす―過去からの思い、前編−(GS)」

氷砂糖 (2007-10-03 00:35/2007-10-03 10:32)
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「ウオーッス」

 六道の対抗戦から一夜明け、忠夫は疲れた体を引きずって教室に姿を現した。

「横島君、大分お疲れみたいね」

 気だるげな忠夫の様子に、愛子はクスリと笑う。

「まあな、六道の方は振り替えで休みになるんだが、俺たちの場合はそうも行かないからな」

 忠夫が薄っぺらい鞄を机にかけた時、ピートが忠夫に遅れて教室に入ってきた。

「おはよう御座います。横島さん、愛子さん」

「おはよう、ピート君」

「おっすピート」

「昨日は大変でしたね横島さん」

 ピートの苦笑交じりのねぎらいに愛子は小首をかしげる。

「昨日何かあったの横島君?」

「横島さんは昨日戦ったんですよ………美神さんと」

 “うわ”っと愛子は絶句する。

「よく生きてたわね、横島君」


「まったくです」

 こいつら美神さんを一体なんだと思ってるんだ。

 きっと守銭奴な女王様、もっともそれだけでは無いという事はある程度付き合いがあれば知ることになるが………

「そう言えばタイガー君は如何したのかしら?もう少しでチャイムが鳴ってしまうわ」

 心配そうな愛子を他所に、忠夫とピートは昨日のことを思い出していた。

 忠夫と令子の特別試合の後、何故かタイガーは六道の生徒数十名と令子にどこかに連れて行かれた。あれは全ておキヌちゃんのクラスメートだった様な………………

 帰ってきた美神さんの手から滴り落ちていた液体は鉄の匂いがした気がする………………

「無事だといいですけど」

「無理だろ」

 タイガーはその日学校に姿を見せることは無かった。


それでも時は進みだす
―過去からの思い、前編―
Presented by 氷砂糖


 千夜は普段とは違い、大分遅くに眼を覚ました。

「………………………」

 現在時計の針は御前十時を指す。千夜は普段五時には眼を覚ましているが、千夜が自分の部屋を出るのは六時を過ぎたごろだ。

 なぜなら千夜は朝が弱かったりするからだ。だから午前五時から午前六時の一時間と言う時間を頭をはっきりさせるのに使っている。

 ゆえに今から十一時までの一時間の間、布団から上半身だけ起こして眼を瞑ったまま頭を左右にユラユラ、上下にコックリ揺らすのだった。


     †     †     †     †


「おはよう御座います美神令子」

 脳が覚醒し着物に着替えた千夜がリビングに出てくると、そこにはクロワッサンサンドをバスケットに詰めている令子が居た。

「おはよう千夜、昨日はよく眠れたようね」

「ええ、疲れていたのか少し寝すぎてしまいましたが」

 はっきりと会話する千夜、その様子からは寝起きがまるで夢か幻のようだ。

「そう」

 計六個のクロワッサンサンドをバスケットの中にテキパキと並べていく。千夜はそんな令子の様子をじっと見ていた。

「美神令子」

「何?」

 千夜はほんの一瞬言いよどむと、口を開いた。

「私は六道の学年対抗戦で横島忠夫と戦いたいと思っていました。そうすれば横島忠夫のことがわかると思っていたからです」

 千夜の真摯な視線に、令子は“パタン”とバスケットの蓋を閉じ、真直ぐ千夜を見る。

「それで?」

「理解できた事は唯一つ横島忠夫は強い、それだけでした」

 横島忠夫の強さの根幹に何があるのか、横島忠夫が何を思いこの世界に身をおいているのか、それらを知ることは出来なかった。

「ふふっ」

 それを聞き令子は自嘲気味に笑うと一言、

「私はそれに気付くのに一年以上かかったわ」

「一年以上……ですか」

 令子の意外な言葉に、千夜は僅かな戸惑いを憶える。美神令子ほどの霊能力者がその様なことが有り得るのかと、

「そ、私は一度横島君に負けてるのよ」

 令子の告白は千夜にとって驚くに値する物だった。昨日の試合は互角に見える物だったが、実際の所美神令子が最初から最後まで主導権を握っていた。

「確かに私が負けた時、私には油断とか慢心とかそう言った自業自得の負ける要素があったわ。………他にも横島君が私に追い付く訳が無いって言う気持ちもね。まったく我ながら素直じゃないわ」

 令子はあの時の事を鮮明に思い出す。アシュタロスを追って南極に行く前、霊動シュミレーター内で行われた知る者がほんの僅かしかいないあの時間を、

「ですが美神令子、前回はともかく今回は貴女が勝ちました」

「前回と今回、比べてみると違うところが幾つかあるわ」

 令子は腕を組みそっと笑う。

「前回は私と横島君どっちにとっても突発的な物だったわ。でも今回は横島君にとってだけ突然で、私には準備期間があったわ」

 千夜は今度は反論する事無くただ聞く。どこか嬉しそうに、どこか楽しそうに、どこか拗ねて語る美神令子を見ながら。

「それにあの試合、私はちょっとしたズルをしてるのよ」

「ズル………ですか」

「そうよ、神通棍はザンス国王から下賜された物、破魔札は厄珍から格安で買った物、文珠にいたっては横島君が美神心霊事務所に譲った物。ルール上は何一つ違反して無いけど真っ当に行けば認められたりはしないわ。六道理事が許したのも私と横島君の試合を六道の生徒に見せて励みにしたいって心内があったからね」

 それにね、と美神は話を続ける。

「あの試合は確かに私が主導権を握っていたけど、もしたった一度横島君に流れを崩されていたら負けていたのは私のほうよ」

 千夜はその言葉が信じれなかった。もし自分が美神令子と戦った場合万が一にも主導権が取れたとする、だが握った主導権はすぐさま美神令子に取り戻されるだろう。そんな状況で美神令子から勝ちを得る事などできはしない。

「バイパー、デミアン、メドーサ、どれもこれも名の知れた魔族で人間が戦って勝つどころか同じ土俵にすら上がれない、そんな存在よ。でもね、どいつもこいつも横島君によってペースを崩されて負けていったのよ」

 そして

「アシュタロスも同じ、横島君一人に手を焼いたせいで負けることになったのよ。まあ横島君も最初から強かったわけじゃないんだけどね」

「そうなのですか?」

「そうよ、最初の内は身の危険が迫るたびに霊能を開花させてきたわ。普通の人の何倍も足早にね」

 考えれば考える程馬鹿らしい速さで、でも、

「本当に凄いのは文珠を手にしてからね」

 “文珠”世界の修正を受ける事無く、むしろ世界自体が望んで変わっていく、そんな神代の奇跡。横島忠夫がそれを手にしたのは確か、

「妙神山の最高修練課程を得て習得したのでしたね」

「そう、で、その妙神山に行った理由ってのがね」

 横島忠夫が文珠を手にすることになった要因それはいったい………

「見返したかったらしいわよ」

 一瞬千夜の思考が停止した。先程も述べた様に文珠は神代の力だ、そんな力を手にしたきっかけが見返したかったから。何を、誰を、何故、

「あの当時私が魔族の過激派に狙われててね、魔族のデタント推進派から私のボディーガードが送られたの。ほらこの前来たワルキューレよ」

 あの戦女神の事は憶えている。だがあの時の彼女の言動からはその様な事が起きた等と考えれなかった。

「覚悟も力も無い半人前、私の側に居ても足手まといにしかならないって言われたらしりいわ」

 その言葉は今の横島に対してなんと遠いことか。覚悟も力も常人以上、いや、なみのGSでは足元に及ばないほどである。

「まったく、ただ見返したい、私の役に立ちたいってだけで文珠なんていう霊能を身につけたのよ、出鱈目にも程があるわよ」

 そう言った令子の表情は笑みを作る。横島忠夫が証明したのだ、美神令子とはそこまでの価値があると。

「アシュタロスの時もそう。ルシオラの為だけに魔王に立ち向かう事を決めて、その過程で私を倒しちゃうんだから」

 “ルシオラ”初めて聞く名前だ、美神令子はアシュタロスと口にした。ならばあの事件の時の事のはずだ。

「美神令子、ルシオラとは誰ですか?」

 令子は千夜の言葉にしまったと言うように表情を歪める。

「少ししゃべり過ぎたわね。御免なさい千夜、私にあの子の事を話す権利は無いわ」

 はっきりとした拒絶の言葉に、千夜はこの話が氷室キヌが言っていた口にしていいことじゃない事であると悟る。

「そうですか」

 ゆえに千夜はこれ以上踏み込むことを止めた。

「そろそろ時間ね」

 令子は壁にかかっている時計を見る。短針は12を指し、長針は6を指すことで今の時間を正確に伝えていた。

「私はこれから出かけるわ。もし皆が起きてきたら伝えておいてね」

 令子はそう言うと机の上に置いたバスケットを手に取り、直ぐそばに置いていた車の鍵を指に引っ掛けると玄関に向かっていった。

「美神令子」

 悠々と歩いていく令子を千夜が止める。

「なに?」

 令子は玄関のノブに手をかけ、ほんの少し扉を開けたところで立ち止まると、僅かに開いた隙間から日の光がこぼれる。

「貴女は………」

 千夜は僅かに言いよどむともう一度切り出す。

「貴女は素直になれたのですか?」

 令子はその言葉に苦笑すると扉を開け放つ。僅かだった日の光が大きくなり令子を照らす。

「素直な私は私じゃないわよ」

 千夜はその言葉を聞くと、ただそうですかと小さく口にした。

「でもね、千夜」

 令子は振り返って千夜の方を見て、

「最近素直になるのも悪くないかなって思ってる」

 普段は見せることの無い柔らかい微笑を見せた。


     †     †     †     †


 “パタン”と軽い音を立てて扉が閉まる。

「………………………」

 千夜は扉が閉まった後もしばらく動かず、扉のほうを見ていた。

「何故私はあの時………」

 思い浮かべるのは扉が閉まるほんの少し前、“悪くない”と口にした令子が微笑んだ瞬間。何度も何度もその瞬間が千夜の頭の中で再生される。

 光を背に微笑む美神令子、その姿にどこか幸せそうだと感じ千夜は、

「羨ましい。そう思ったのでしょう………………」

 その問いの答えを千夜はまだ持っていなかった。


     ‡     ‡     ‡     ‡


 “キーン、コーン、
   カーン、コーン”

 四時間目終了のチャイムが鳴る。

「やっと終ったぜ」

 机の上に突っ伏す忠夫、ついに訪れた昼食の時間だが忠夫のテンションは低い。

「如何したんですか、最近はおキヌちゃんたちにお弁当作ってもらったりしてて元気でしたのに」

 “あ〜〜〜”と忠夫は呻くと顔を上げる。

「昨日が昨日だったからな、寝てるおキヌちゃんを起こして作ってもらうのも気が引ける」

 むしろおキヌにとってはドンと来い、さらに忠夫がパジャマ姿の自分を見てクラッと来たならなおよしだったりする。

「シロちゃんやタマモちゃんは如何したの?」

「昨日ひのめちゃんの子守をしてて今は家で死んでる」

 もちろんシロタマコンビも頼めば喜んで作るのだが、

「なら今日は横島君お弁当は無し?」

 まあな、と言う忠夫の言葉に今日は忠夫の日替わり弁当は無しと解り、ざわめいていた周りの生徒(主に男子)が沈静化していく。

「と言うわけでピート,お前の白いのが欲しい」

 忠夫の言葉に再び教室がざわめく(主に女子)

「よよよよよよよ横島さん!ほ、僕の白いのって何ですか!?」
「横島君そんなのって、そんなのって、ある意味青春だわ!!」

 わけのわからない戸惑いを見せるピートと愛子に、忠夫はピートの肩を掴んで目をぎらつかせる。

「お前がこうして話している間にも女の子達からもらっている弁当で、そこにある白いナプキンで包まれた弁当をよこせと言うとんじゃ」

「そ、そうですか。僕はてっきり………」

 眼前の忠夫から顔をそらし、頬を赤く染めるピート。

「ピ、ピート君、なんで顔を赤らめてるの?」

 その様子に愛子は引き気味だった。

「おい、見ろよあれコブラだぜ!」

 そんな時窓際にいた男子生徒が驚いたような声を上げる。

「コブラ?」

 見に憶えのあり過ぎる車の名前を聞き、忠夫達は窓に駆け寄り窓から校門前に見る。コブラのドアによりかかり、サングラスをした人物はまさしく。

「美神さん!」

 令子はこちらを見る忠夫に向かって笑った。


     †     †     †     †


「美神さん、どうしたんすか!」

 令子の姿を見つけ、忠夫は慌てて駆け下りてきた。

「どうしたって、あんた今日お昼無かったわよね」

 令子はサングラスを外し、助手席に置かれていたバスケットを取り出す。

「そうっすけど……、ま、まさか!?」

 忠夫が驚愕と共に令子から受け取ったバスケットを開けると、そこには見るからに食欲をそそらせるクロワッサンサンド。

「何よ、まさかって。今日は遠出の依頼が入ってるんだからあんたが使えないと困るのよ」

 そう言う令子の表情は面白そうに笑っていて何時ものつんけんした様子が見られなかった。

(イタリアマフィアは………………いや違うか)

 忠夫は一瞬過去に聞いたことのある誰かさんの台詞を思い出しかけたが、即座にその可能性を否定する。

「泊りがけになるんすか?」

 下校後に遠出の依頼となると確実に泊りがけの仕事になる確率が高かった。

「そうよ、山奥の二百年以上続く老舗旅館からの依頼。武士の亡霊が現れたそうよ、今はまだ何の被害も無いそうだけどシーズン前に何とかして欲しいって依頼」

「なんか最近和物を相手にする機会が多いのですが」

「そう?まあここは日本だからそんな事もあるわよ」

 令子の答えに忠夫はそれもそうかと納得しかけ、あらためて首を傾げる。はて原作中に純和物を相手にしたことは何度あっただろう?

「じゃあ私は帰るわね」

 令子は忠夫にそう告げると颯爽とコブラに乗り込む。

「わざわざありがとう御座います」

 忠夫は令子から手渡されたバスケットを掲げ令子に礼を言う。

「いいわよ、別に。その代わり遅れたら承知しないからね?」

 “ブロロロロロロ!”と、令子は最後の台詞と共にコブラの重低音のエンジンをかき鳴らして校門から遠ざかっていった。

 変わらない物は無い、時間は良いも悪いも関係なく物事を移ろわせていく。

「それが例え美神さんであっても………か」

 忠夫は短い独白を吐くと、バスケットを右手に下げ後ろを振り向くとそこには、


 血走った眼をした修羅達が忠夫を囲んでいた。


     †     †     †     †


「ああ、そうだ横島の持つバスケットには手を出すな。もし出せば次は我々が狩られる番になる。…………そうだ、手を出していいのは横島に対してだけだ」

 “ピ!”軽い電子音と共に眼鏡は耳に当てていた携帯を離し、携帯を握ったまま手を下に垂らした。

「横島………お前が悪いのだ、見なし子たちの目の前で幸せな光景を見せるのだから」

 美神令子をして強いと言わしめる横島忠夫、ならばその横島忠夫を一般市民を指揮するだけで追い詰める眼鏡の実力とはいったい………………

『ギャアアアアアアアア!!!』

 直後忠夫の悲鳴が響き渡った。


     ‡     ‡     ‡     ‡


 珍しく今回の移動には新幹線を使うと令子が言い出したので、今現在忠夫たち六人は個室を取り三人三人で分かれるように座っていた。

 まず自分が真ん中に座らされ、その横をシロとタマモの二人が固めている。そして目の前には美神さんが座り、両隣にはおキヌちゃんと千夜が座っている。

「眠い………」

 タマモがごしごしと目を擦る。いかに妖狐といえど赤ん坊のパワーに朝から晩までつき合わされれば一夜寝ただけでは疲れは取れない。(油断すれば炎が飛ぶこともある)

「眠いんだったら寝てもいいぞ、どうせ今日は移動だけだし駅に着くのももう暫くはかかるからな」

「いいの?」

 タマモは上目使い気味に令子に伺いをたてる。忠夫の言っている事は尤もであるが、令子を飛ばして行動をとるのははばかれる。それに………………

「ええいいわよ。横島君の言うとおりだし、あんまり疲れを残すのもよくないから眠たかったら寝なさい」

 言質はとった。

「あらそう、分かったわ」

 タマモはそう言うと悪戯っぽく笑い、忠夫の肩にもたれかかり、忠夫の腕を両手で絡めとる。

「ちょ、おま何を!?」
「たたたたたタマモ!」
「タマモちゃん!!!」
「女狐ーーーー!!!」

 慌てる四人をよそに悠然と微笑むタマモ、

「あらどうしたの?」

「如何したもこうしたもござらん!何故先生に凭れ掛り、あまつさえうううう腕をーーー!!!」

「そうだぞタマモ!俺は多分ロリじゃないからあんまり嬉しく無いし、後で痛い目見るのは俺なんだぞ!」

 【多分】数量・金額などが多いこと。また、割合・程度が高いこと。出典明鏡国語辞典。

 どうやら最近のレインの行動によりロリの垣根が甘くなってきているのか、自信を持って言い切れないようだ。

「私はただ寝やすいようにしているだけよ。美神だって言ってたじゃない、疲れを残すのはよくないって。何か間違ってる?」

 タマモの理論を聞いてそういえば言ってたなと思い浮かべるが、ここで引くわけには行かない。後で割を食うのは自分なのだ。

「あのなタマモ、間違っとる以前に………」

 忠夫がタマモを諭そうとそうとした時、

「しからば拙者がこうしても問題は無いわけでござるな!」

 シロが反対側の腕に勢い良く抱きついてきた。

「ってシロ!?」

「拙者も昨日のひのめ殿の子守で疲れているでござる!それとも先生は女狐は良くて可愛い愛弟子はいけないのでござるか?」

 最初のうちは元気良く、そして後のほうは心配そうに小さく。

「いや、そんなことは無いが………」

 そんな風に言われると断れば悪者である。忠夫に選択肢は残されていない。

「じゃあかまわないでござるな!」

 忠夫が否定するとシロは思いっきり嬉しそうに笑い、元気良く忠夫の腕にしがみついた。

 両腕を拘束された忠夫、そしてその目の前には、

「クスクスクスクスクス」
「モテモテね、横島君」

 前髪を垂らし表情を見せず、笑い声だけさせているおキヌと井桁を浮かべた令子がいた。

「あ、ははははははははは」

 忠夫はそれに乾いた笑みを浮かべることしか出来ず、

「いいんですよーだ、最近私なんて出番があっても横島さんと一緒の出番なんてほとんどないんですよーだ」

 おキヌちゃんが変な方向に壊れた。

「お、おキヌちゃん?」

 さっきまで井桁を浮かべていた令子が若干引き気味に声をかける。だがそれが失敗だった。

「そういえば美神さん今日のお昼ごろ何処に言ってたんですかー?」

 下から覗き込むように、目を大きく開き問いかけるおキヌ。

「ど、何処って………」

 瞳孔を大きく開かせ、乗り出すように下から近づく。

「ねえ、何処ですか?」

 令子は普段とはまるで違うおキヌにたじたじだ。

「何処ですか?」

「ど、何処でもいいじゃない!」

 耐えれなくなったのかやけくそ気味に声を上げる令子。

「なあ千夜、後どれくらいで着く?」

「二時間ほどです」

 ということはあと二時間この天国と地獄が入り混じった空間が続くということだ。


     ‡     ‡     ‡     ‡


 駅に着き、迎えの車に揺られる事一時間。一行は依頼人がいる老舗旅館に到着していた。

「依頼の話は食事の後にって事らしいわ。それまで温泉にでも入りましょうか」

「いいですね」
「賛成でござる!」
「悪くないわ」
「分かりました」

 ちなみに部屋割りは忠夫が一人部屋で、他が六人部屋だ。純和風の内装は落ち着いた様子を見せ宿泊客の心を鷲摑みすること間違いなしだ。

 それぞれの浴衣を用意する面々。その様子からは新幹線の時が嘘のようだった。


     †     †     †     †


 創業二百年を超えるこの旅館。温泉には当然露天風呂も付いており、山奥にあるだけに夜空の星がとても良く見える。

「良い所でござるな!」

「シロちゃん走っちゃだめですよ」

「ほんと馬鹿犬はなってないわね」

 なにおうとタマモに食って掛かるシロ、何時もの事だがほんとに飽きないことだと笑った。

「まったくあんた達は少しは仲良く出来ないの?」

 タオル一枚をその見事な肢体に巻いた令子が三人に遅れて入ってきた。

「相変わらず反則な大きさでござるな」

「気にすること無いわよ、いずれ私たちも大きくなるし、それにいつか垂れるわ」

「二人とも、そんなこと聞かれたら怒られちゃいますよ」

 耳に入るひそひそ話しに制裁を加える為拳を握り締めたとき“カラカラカラ”と背後から引戸を開ける音がした。

 白、入ってきた人物を表すならその言葉が最上だった。透けるような白が黒髪により際立ち、体を隠す為か胸のほんの少し上の部分で抱えられたタオルは大事な部分を隠しているが、艶やめかしい肢体全てを覆うには不十分だった。

 項から撫で肩に至る“すとん”と落ちた細い線、鎖骨から胸へと続く程好い曲線、わき腹から横腹そして腰への道は大きな窪みを作り、腰から足先へは真直ぐ、いや僅かな膨らみを二つ作り内側へと向かっていた。

「?…如何かしたのですか」

 沈黙する令子たちに千夜は話しかける。

「な、なんでもないわよ?」

「あれだけ細いのにあんなに………」

「うう、とっても白いでござる」

「………あれがほんとの反則よ」

 令子を除く三人の言葉を聞き、千夜は自分の体のことだと悟る。

「よくわかりませんが、今の私では目的を果たせません」

 訂正、悟り違いのようだ、千夜は陰陽師としてまだまだですと言った心算なのだが、なんか私の体ではまだ横島忠夫を落せませんといっているように聞こえる。

 その台詞で四人が固まった時、垣根の向こうの男風呂から声が聞こえてきた。

『たく、こんな所まできやがってまたワルキューレに怒られるぞ』

『キュイ♪』


     †     †     †     †


 横島が部屋に着き荷物を下ろした時“コツコツ”とガラスを叩く音が聞こえ窓を開けてみると、そこにはレインが来ておりすぐさま飛び込んで来たのだ。

「幸い旅館の人も話が分かる人だったから好かったんだぞ」

「ク〜」

 忠夫の叱るような台詞も気にせず、レインは忠夫の手を取って湯船へと向かおうとする。

「レイン、湯船に入る前に体を流さなきゃ駄目だぞ」

「キュイ」

 レインは素直に頷くとペタペタと歩き、桶にお湯を汲んで頭から被る。レインの長い髪が濡れて赤い毛先へと雫が零れ落ちていく。

「たっく」

 忠夫は頭をプルプルと振り髪を流れる雫を払うレインを見て笑うと、“ザバァ”と忠夫も自分の肩から適当に湯をかける。

 レインは忠夫の体を流れるお湯を面白そうに見ている。

 ちなみに忠夫もレインも体にタオルを巻いている。忠夫は腰に、レインは胸の上のほうで巻いている。巻いたのは忠夫だ、

「クルルル♪」

 湯船に入り鼻から上だけをお湯から出すレイン、その長く赤い髪はお湯の中で広く広がる。

「俺じゃ纏めれないからな〜」

 広がるレインの髪を見ての言葉である。自分自身髪は長くないし、女の子の髪を纏めたことなどありはしない。

「キュイ、キュウ♪」

 レインはお湯の中を歩いて忠夫のほうへと近づき、忠夫の直ぐ隣に座る。

 夜風が吹き、熱いお湯で火照った体にちょうどよかった。

 忠夫の肩に頭を預けるレイン、それを甘受する忠夫、静かな空気が流れる。

 ファイヤードラゴンは水を嫌う。これは常識であり覆ることの無いことである筈だった、しかしレインはrainつまりは雨、言霊の法によりレインは水をも克服してしまっていた。凄いぞレイン!頑張れレイン!何処まで行く気だレイン!

「………体洗うか」

「キュウ」

 忠夫が立ち上がるとレインも付いて行く。それを見て忠夫は微笑ましそうに笑い、洗面台に座ると自分の前にもう一つ小さめの洗面台を置く。

「ほらレイン、体洗うから座れー」

 “ポンポン”と目の前の洗面台を叩く。

「ク〜♪」

 レインは嬉しそうに座る。


 忠夫の右膝の上に、しかも向かい合って馬乗りで。


「ふん!」

 “ゴス!”目の前にある蛇口の金具部分(しかも角)に頭を手加減抜きで叩きつける。

「くう!効いたな、しかし俺はロリじゃない!」

 レインを膝に乗せたまま力説する忠夫。体を洗う為完全に裸のレイン、そしてそれは忠夫の膝にレインのプニッとした感触を直接伝えた。

「キュルルルルル」

 忠夫の額から血が流れ、それを見たレインは体を伸ばして忠夫の両頬を両手で挟み、顔を忠夫の頭の少し上まで持っていく。

「ぐふ!」

 自然、視界にはレインの褐色の肌がワイドで移り、吐血した忠夫を襲ったのは、

 “ピチョ”

 血を流す額を舐める、レインの舌の感触だった。

 レインに深い意図は無い。ただ生物の本能として傷口を舐め消毒しようとしただけである。

 直後忠夫は女風呂に向かってレインを投げ上げた。


     †     †     †     †


 フリーズした時間は隣からレインが飛んできたことで動き出した。

「レイン?」

 放物線を描いて垣根を越えるレイン。その軌道が頂点に達した時“ポン”と音を立ててレインの姿はドラゴンへと変わり、千夜の胸の中に舞い降りた。

『わいわ!わいわーーーーーーーーーーーーーーーー!!!』

 隣から聞える忠夫の絶叫と”ガラガラ!“といかにも乱暴に開けられたと思われる引き戸の音。

「何をしたのです?レイン」

「キュウ?」

 仲良く首を傾げる千夜とレイン、直後最大の咆哮が響き渡る。

『ロリなんかやないんやーーー!!!』

 かなり追い詰められた響きである。


     ‡     ‡     ‡     ‡


 お風呂から出て食事の為先に出た忠夫を迎えに行くと、壁に向って正座してぶつぶつ何かを呟きながらゴツゴツ頭を壁にぶつけていた。

 とりあえず怖かったので令子はそのまま後頭部に一撃を加え正気に戻した。

 それから場所を移し食事の席に着くと、レインは当然のように忠夫の膝の上に座る。ただし忠夫たっての願いでドラゴンモードだ。

 それを見たシロが精霊石を外そうとしたり、タマモが本性に戻ろうとしていたので令子
にはたかれた。

 そこからは何事も無く食事は進み、食事が終わった瞬間を見計らってか依頼人である若女将が姿を見せた。

「当旅館の料理はいかがでしたか?」

 和服美人、お姉さん、若女将、忠夫のツボが満載なのだが、膝の上でレインが眠って丸くなっているので飛び掛ることが出来ず血涙を流しいる。

「なかなか楽しめたわ、それで依頼の詳しい内容を聞かせてもらえますか?」

 令子は依頼の内容を促すと若女将は頷くと事の顛末を語りだした。

「最初はこのあたりの清流に釣りに来ていた方でした。その方は朝の早くから入らしていたようでして朝霧の漂う中、鎧姿の人影を見たといって警察に駆け込んだのが始まりです」

 若女将の語りが静かに響く。

「他の場所なら余り問題は無かったのですが、このあたりにはある物がありまして………」

「あるもの………ですか?」

 若女将の僅かな沈黙におキヌが聞くと、女将は口を開いた。

「かつて栄光を誇っていた者たち、その末裔たちが住んでいた場所。この近くには平氏の隠れ里があったのです」


     †     †     †     †


 平氏、平正盛、忠盛をへて清盛に至り栄華を極めた一族。しかし1185年の壇ノ浦の戦いにおいて源氏に敗れ、まだ幼い赤子であった安徳天皇は三種の神器と共に入水、それに伴い兵士は滅ぶこととなる。

 しかし生き残った平氏の一族は源氏の目を逃れるため、人が踏み入れることの無い険しい山奥などに隠れ住んでいた。

 当時、源氏による平家狩りは凄惨を極めていた。余りの残虐さに殺された平氏の者達が悪霊となり隠れ里に留まり続け、たまたま迷った人間を殺していたと言うのだからたちが悪い。

 しかも大抵の平氏の悪霊は隠れ里に括られ人の目に着くことが無かったために、それこそ千年にせまる月日を越えた悪霊ばかりが数多く残されていた。これに対し陰陽寮は明治政府の命を受け悪霊討伐に入るものの、一流と言って差し支えない陰陽師の殆どが悪霊を滅するも、死亡、あるいは霊能力者として再起不能という結果になっていた。

「平氏の悪霊が相手の可能性が高いわね………結構厳しい仕事になりそうね」

「おキヌちゃんの笛じゃあ駄目なの?」

 タマモの何気ない質問におキヌも駄目なのですか?と令子に視線で問いかける。

「まったく効果が無いわけじゃないんだけど………年季が違うのよ。おキヌちゃんは三百年幽霊をやってたから霊の心もよく解る」

 だけどね、

「相手は下手すると九百年は悪霊をやってたような連中よ、いくら効果的といってもそんな奴ら相手じゃネクロマンサーの笛もあんまり効かないわ」

「ではこの場合有効なのは………」

 千夜の言葉に事務所メンバーは一斉に忠夫を見た。

「俺の文珠っすね」

 膝で寝ているレインの頭を撫でている忠夫を。

「そうそれが一番効果的なはずよ、横島君いま文珠は何個持ってる?」

「七個っす、皆に一個ずつ配って残りの一個は俺が持ってたんでいいっすかね?」

「それがいいわ。各自入れる文字は好きにしていいけど自分の命を優先しなさいよ」

 皆はそれぞれ配られた文珠を手に神妙に頷く。

「今日はもう明日に備えて寝ること。明日は山の中を歩かなきゃいけないんだからしっかり寝ときなさいよ」

「うっす」
「はい」
「わかったでござる」
「了解」

 四人が声に出して答え一人は黙って頷く。それを確認した令子は解散を告げ、各自は自分の部屋へと戻っていった。


「レインは一緒に寝るんか?」

「キュ〜〜」

 忠夫が立ち上がったので起きたレインは忠夫の言葉に頷く。

 だが忠夫はこの行動がどういう結果を招くか知る由も無かった。


 どうも氷砂糖です。
遅くなったのはいつもに輪をかけて難産だったからです。けっしてMH2で【山崩し】を作ろうと必死になっていたせいではありません(汗、
令子と千夜の会話シーン消しては書いて消しては書いて………あそこだけで創作時間の半分を使ってます。
どうしても話が長くなるので一旦ここで切ります。後半はシリアスでバトルな話になりますのでご期待ください。
今回の話しは前回が千夜分、レイン分が不足していたみたいなので過剰投与です。やりすぎたかな………。

千夜カウンター83ちーちゃん。


 sing様
千夜たちと忠夫たちではどうしても実力に差が出てしまいます。しかし敵わないなら敵わないなりの戦い方と意地があります。私はこういった部分が大好きでこういった部分を良かったと言ってもらえて幸いです。

誤字脱字は無くならないかもしれませんが少なくしていく所存です。『文珠』に関しては完全に油断してました(オイ
次回もお楽しみを。


 内海一弘様
穂波は美神の様にはなりません、特に胸w(コラ
令子の強さの一つに観察力があると思います。ならば成長の過程を見てきたのだからこれ位は出来るんじゃないかなーと思ってこういう展開にしました。
文珠は皆さんの意表をつけたようでよかったですw


 香向様
文珠は忠夫が現れる以前は神様に貰うという離れ業ぐらいでしか手に入れれなかったともいます。忠夫は文珠がどれ程の物かは分かっていますが、あまりその価値を考えたりしてません。ですから忠夫は定期的に事務所の方にタダで文珠を下ろしています。もっともこれは文珠を忠夫が全て持っていたとして、もし忠夫に何か合った場合忠夫がいないので文珠が使えません、という事態を回避するための処置でもあります。一種の保険みたいな物です。


 万々様
美神戦は反響がいいですねー、実はその台詞を言わせたいがために美神戦を持ってきましたw

タイガー、相手が悪かったのでしっかり制裁を受けましたw


 woo様
そのとうりです。前準備をした美神に横島が勝つのはかなり難しいです。両方が準備してたらそれはきっと最終戦争になるでしょうw

文珠は忠夫がタダで事務所に下ろしてます。


 Unknown様
神通棍や破魔札は今回作中で美神が言っていたとおりです。六道側は生徒に戦って欲しかったのですが結果がああいう事になり、それならせめてレベルの高い試合を見せたいと判断。六道理事は当然霊動シュミレーターのことは知っていると思いますのでこういう展開にしました。もっとも相手が忠夫じゃなかったら許可したりしないでしょう。

以後はこういった事も正式に禁止されていきます。なんせ変わったばかりの制度なので捜せばまだ穴があるかもしれません。


GODON様
見せ場の無いバトルは駄目駄目です(マテ
レイン分が足りないということなので今回増量してみました如何でしょうか?
次回はシリアスなのでレインの出番は少ないです。


 Tシロー様
タイガーお仕置きされました。なんか最終的にはリンチっぽくなったもようw

千夜は段々よっていきます。もしかしたら何かを契機に一気に………

レインの教育………魔界ではワルキューレが面倒を見てます。なんとなく年の離れた姉妹っぽくなってます。

甘甘は今回で行くかな?


 レンジ様
お褒めいただき光栄です。美神戦は書き応えがあったのでとても嬉しいです。
次回もお楽しみに!


 月夜様
始めまして、文珠に込めたイメージは符を確実に燃やし尽くすと言った単純な物です。今の忠夫ではそこまで難しいイメージを込めることは出来ません。しかし月夜様が言っているとおり横島は成長していきます、この話は横島の成長の物語でもあるのです。

可愛い美神ということならここのリンクから行ける別のサイトですで企画として短編を一つ投稿しています。HNは同じですので捜してみてください。


 もげ様
うう、実は私の悪い癖で千夜戦すら複線扱いにしてます。その分次回の後半が千夜分全開になりますのでひらに〜。


 鳳仙花様
私がSSを書くに当たって注意していることが横島の強さが不自然にはならないようにするということでした。どうやら今の所それは守れているようで安心です。不自然にしないまま如何すれば強くなるかを考えたところこういった方向で強くしてみたのですが成功のようですね。

白夜に関しては次回活躍させる予定です。

しかし予定は未定であり決定では無かったり………


 L様
始めまして、………あれ十巻のGS試験で一回だけつかってなかったけ?今手元に十巻が無いので確認できませんが帰ってきたら確認します。

次回もお楽しみに!


 おやじ様
ああ嫌いじゃないんですよおキヌちゃん。だけど何故か今回もこんな扱いに、ううその内彼女メインの話を書かねば………

何故にレイン!?美神と横島は勝ったり負けたりできっと横島が負け越すんだろうなー

すみません横島と穂波のコンビだったらどうしても話がドタバタにしかなりそうも無いような気がします。

次回も頑張ります!


 アサルカ様
『キャア』にキタアサルカ様は今回の千夜はまさにツボでしょうw甘甘は今回の話で行くでしょう。

やっぱり文珠での横島対策は予想した方はいなかったみたいですね、ある意味王道だと思いますが。

最近落ちを着けなくては気がすまなくなってきました。そして落ちすらも次の話のネタに………


 TAKU様
暑さに気をつけて下さいと言われて、寒くなってきたので気をつけて下さいと書くのもかなり微妙ですね(苦笑

今回レイン分が過剰です。次回はもしかしたら………乞う御期待!


 紅様
誤字報告ありがとう御座います。


 マンガァ様
やっぱり戦闘シーンは反響ですねw
作者としてはかなり嬉しいです。

甘甘は今回で投稿できるのか!?


 さん様
誤字報告ありがとう御座います。

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