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「想い託す可能性へ 〜 じゅうく 〜(後編)」

月夜 (2007-09-28 20:48)
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※すみません。後編は15禁です。今回は老師との修行バトルですが、忌たんの無いご意見を伺いたいです。苦手な分野ですので、悪いところのご指摘よろしくお願い致します。


   思い託す可能性へ 〜 じゅうく 〜(後編)


 母屋を出て直ぐの所に、約五百メートル四方の広場が“出来て”いた。恐らく老師が結界の中を弄って造ったと思われる。

 そこへ出てきた忠夫はポカンとした表情で、その広場を見回していた。

 (昨日までは、こんな荒野は無かったはずだよな? やっぱ老師って、トンでもねぇよなー)

 忠夫はブルブルと頭を振って呆けた気分を飛ばすと、気持ちを切り替えて、後ろについてきた令子へと振り返りながら彼女の新能力で出来る事を訊いた。

 「んじゃ、令子。小竜姫さまに見せたもの以外で、まずどんな事が出来るんだ?」

 「そうね。戦いの最中で使える能力はいくつかあるけど、一つ目は遠距離からのエネルギー波をなんの制御もせずに反射する事よ」

 訊かれた令子は、自分の能力のどれから伝えようかと軽く悩んだが、最も使う頻度が高い反射能力からに決めた。荒野が出来ている事については、スルーする事に決めたのだろう。

 「エネルギー波? 霊波砲とかか?」

 令子が答えた名称に疑問に思った忠夫は、身体の各部を伸ばしながら問い返す。

 「そうよ。それに類する物は全部当てはまるわ。ただこれには欠点があって、盾の面積分しか反射しないのよ。今のところ盾の大きさを変える事が出来ないから、私一人分の面積しか反射できないわ」

 「ふーん。ま、俺たちと同じ様な背丈や大きさの魔族・神族ならそれで十分だろうな。どこまでの霊圧を反射できるかは知らんけど」

 自分の質問に答えた令子の答えの内容に、忠夫は過去に戦った魔族との戦いを反芻しながら当て嵌めて納得し、もう一つ新たに気になった事を呟いた。

 「その辺はこれから試すしかないわ」

 「そっか。まぁ、上限知っとかないと命預けるわけにはいかんからなー。で、他には?」

 忠夫の呟きを聞いて肩をすくめながら答えた令子に、彼は頭の後ろに両手を組んでから軽く答えて、屈伸やスクワットを軽くこなしながら彼女に他に能力があるか訊いた。

 「そうね。他には……ん〜、とりあえずあんたの霊波刀出して」

 「ん? わかっどわ!」 「ちょ!」

 令子が何を思って要請したのか疑問に思ったが、必要な事だろうと思い直してその要請に答えるべく、何気なく栄光の手から霊波刀に姿を変えてみた忠夫は驚いた。

 なんと、普通に出したつもりの霊波刀が、いつも出している長さと太さにならずに五倍くらいになったのだ。忠夫は慌てて腕を上に上げた。

 「あっぶないわねー。それにしてもそれ、どうしたのよ?」

 思いがけず目の前に霊波刀が迫ってきたので、反射的に令子は身体を半身にして避けてから忠夫に問い掛けた。

 かなり際どいタイミングだったのだが、難無く避ける令子に今までこなした修羅場の多さと忠夫に寄せる信頼の大きさを窺わせた。

 ほんの一日前の融合前の令子なら、今のような状況になったら忠夫を問答無用でシバキ倒していただろう。

 「分らん。融合した結果かもしれんな。なんにしても、今判って良かったよ」

 令子の問い掛けに、己の腕から先を見上げながら忠夫は答え、戦闘中にいきなり判明する事態にならなかった事に安堵した。

 敵との間合いが著しく変わっている事に気付いていない状態で、交戦などしようものなら目も当てられない状況に陥る事だろう。最悪の場合、それは死に繋がる。

 「そうね。そうすると、他の能力もなんか変化してるのかもよ?」

 「ああ、それは……と、いい加減腕が辛いな。とりあえずはっと……」

 むんっと、気合を入れた忠夫は己の右手の霊波刀に集中した。

 すると、みるみる刀身に当る部分が縮まり、幅も細くなっていく。それにつれて霊波刀から放たれる光が増していった。

 「えっと、それって霊力を篭めながら収束させているのよね?」

 霊圧がどんどん高まる忠夫の霊波刀を見ながら令子は訊いた。

 彼女は彼の霊波刀から感じる霊圧から、忠夫が霊力を注ぎ込んでいると思ったのだ。

 「むぅーむむむ……。霊力はっ 足してないぞっ 収束だけだなっ 結果的にっ 圧縮掛ける事にはなってるっ けどな……っと!」

 令子の問い掛けに答えながら、己の腕に顕現している霊波刀に更に圧縮を掛けて気合を込めると、シュランっと音が辺りに響いたと同時に霊波刀の姿形が落ち着いた。

 顕現したその姿は、全長八十センチほどの無反りにして先端から半ばまでが両刃になっていて、半ばから手元までは内側に棟ができて片刃となっている小烏造り(こがらすづくり)となっていた。
 刀身は半分透き通っていて淡い翡翠色の煌めきを放ち、一緒に顕現した同じ色の篭手から伸びている。また篭手部分は、刀身とは違って透き通ってはいなかった。

 他にも、半透明な刀身は忠夫の手首の動きと連動しているらしく、篭手部分に固定はされていないようだ。

 それに篭手の形状も更に進化した物になっていた。

 以前は赤い宝玉だけだった手の甲の部分には六つの窪みが一回り小さくなった赤い宝玉の周りに出来ており、中心の宝玉にはなにやら爬虫類のような瞳孔が現れていた。

 そのほかにも、手首から肩まで覆われた部分は龍の背中のようになっており、龍の鱗の様な物で覆われていた。

 「はぁ? 物質化したの!?」

 忠夫の右腕を覆うように収束して物質化した栄光の手を見て、令子は素っ頓狂な声を上げた。

 (まだ成長するっていうの!? これ以上、離されたくないのに!)

 忠夫の天井知らずな成長に令子は戦慄を覚えると共に、焦りをも感じた。応用の利く彼の霊能力に嫉妬を覚えないでもないが、それよりも深刻に思うのは彼に置いていかれるという想いだった。

 護られるだけじゃダメだ。美神の女は伴侶と対等又は上でなければならない。そういった強迫観念にも似た想いに囚われそうになる令子。

 (いえ、まだ何とかなる。この盾の能力を十全に引き出せれば! 護られるだけなんて押し付けがましいのはまっぴらよ!)

 新しく得た霊能力の可能性に令子は想いを馳せて、改めて決意を新たにした。

 その決意の強さに、彼女の亜麻色の髪が身体から発する霊気に煽られ、赤い霊気の色とあいまって朱みがかった金色の炎のように毛先が立ち昇っていた。

 「うーん……なんかっ 雪之丞のっ 魔装術のっ ようなっ 感じっ だなっ。 こりゃ、サイキックソーサーも試しといた方が良いな」

 正眼の構えからの袈裟懸け・逆袈裟・左袈裟懸け・左逆袈裟・逆胴・胴と試しに振るいながら忠夫は言う。

 振るわれる刀身からは翡翠色の軌跡が煌めき、幻想的な光景を醸しだしていた。けれど刀身の煌めきを見た忠夫の感想は、こんなに目立つと奇襲には向かないよなー。と、いったものだった。

 「それは、後にして。 盾よ! じゃ、それでこれを軽く叩いてみて」

 忠夫が霊波刀を物質化させた驚愕から覚めると、令子は盾を顕現させて、自分の盾と忠夫の霊刀を交互に指差しながら言った。

 色々と忠夫に言いたい事はあるが、今は自分の能力を説明する事を優先させる令子だった。

 「あ? ああ。 こうか?(コン) うぉ!?」

 令子の言うように霊刀を盾の表面に軽く当てると、当てた時よりも数倍の威力で我が身へと衝撃がはね返ってきて忠夫はよろめいた。

 「な なんだその機能は!? は 反則じゃねぇかっ!!」

 忠夫の言う事も尤もだろう。

 なぜなら令子の盾は、軽く刃を合わせた程度の力を数倍に増幅すると、盾の表面全体から衝撃波として忠夫に返してきたからだ。

 「はね返すって意味込めしたら、こうなっちゃったのよね。感覚的に、盾に掛かった衝撃をそのまま衝撃波にして返すというのは判っていたんだけど、まさか増幅するなんて思ってなかったわ。
 でも、これなら相手にダメージを与えた上に隙を作る事もできるわね」

 拾い物だわーっと、令子は言いながら嬉しがる。先ほどの嫉妬混じりの焦燥感など、微塵も匂わせていなかった。

 (そりゃ、令子はやられたら数倍返し。時には数百倍返しが基本だからなー)

 忠夫は、令子の説明を聞いて思わずそういう感想が思い浮かぶ。口に出して言わない辺り、令子と結婚していた経験が生きているのだろう。

 「なに納得した顔をしているのよ?」

 「いや、数倍返しが令子の基本だしなーって……がふっ! や やめろーっ ぐぁぁああっ! 神通棍でグリグリはー!! 食ったもんが逆流するー!!」

 だけど忠夫の感想は令子には直ぐに見破られてしまったらしく、思わず正直に答えてしまった忠夫は令子に腹を殴られた後に転ばされて、神通棍で腹をグリグリとされてしまった。

 忠夫は腹を強く圧迫された為に、さっき食べた物を戻しそうになって喚いた。

 「何をしてるですか、美神?」

 令子が忠夫を照れ隠しに折檻していると、横からパピリオが突然訊いてきた。

 忠夫達の直ぐ後に続いて出た筈なのに、今頃二人に合流したパピリオはどこに行っていたのだろう?

 「え? あ? その? ちょっとねー オホホホホホ」

 パピリオの声に我に返った令子は、誤魔化し笑いをして忠夫への折檻をやめた。

 もんじゃを出す羽目にならずにホッとした忠夫は、服についたホコリを落としながら立ち上がった。しかし、腹が痛むのか左手で押さえていた。

 「ふーん、まぁ良いです。それよりも、早く自分の力を把握しないといけないんじゃ?」

 令子の返事に小首を傾げるパピリオ。忠夫が折檻されている事についてはスルーらしい。まぁ、いつもの事だからだろう。

 「そうなんだけどね。とりあえず、戦闘で基本的に使う能力は把握しているつもりよ。後は補助的な物だし」

 パピリオの疑問に、令子はパタパタと手を上下に振りながら軽く答えた。 

 おや? いつもの彼女らしからぬ言動だ。

 「あ〜、それはどうかと思うぞ? 令子が達人級の剣筋を見切れるとかできない限り、神族とか魔族相手では厳しいんじゃないか?」

 忠夫は頭をかきながら、令子の言葉を否定した。 令子がパピリオに対してやった仕草で何かに気付いたのか、少し呆れ顔になっていたが。

 「どういうことよ?」

 忠夫の表情に、少し睨みながらどこか拗ねたように令子は訊く。

 「その盾って、基本的に反射能力が前面に出ているんだろうけど、反射する前に相手の攻撃を受ける事が前提になってるよな?
 神族や魔族、それに匹敵する妖魔の攻撃に対して、令子は神通棍での受け流しが基本だろう?
 だったら盾でも受け止めるとは思えんから、はね返る物は全て明後日の方に飛んでいくんじゃないか?」

 「うっ……。確かに忠夫の言う通りね(ま、何とかする方法はあるんだけど、めんどくさいのよね)」

 忠夫の指摘に声を詰まらせた後、彼の推測が正しい事を告げる。しかし、内心ではその対処法は無いでもないし、ただめんどくさいだけと一人語つ。

 「それに」

 「なによ、まだあるの?」

 忠夫の言葉に令子は嫌な顔をする。

 「その反射能力は、任意に出せるようにした方が良いと思うんだよ。令子をサポートしようにも、相手の技量にもよるが反射角を利用されて味方がヤラレかねんし、最初の一撃でタネが判ってしまえば不利になると思うぞ」

 「……くぅー、楽ができると思ったのにー!(分っちゃいたのよー!)」

 忠夫の言うことを聞いて、その分析が正しいと思っていたのだろう。令子は盾をブンブン上下に振りながら悔しがる。

 「普通の悪霊シバク時にゃ良いだろうけど、神・魔族を相手にする場合は考えんといかんよなー」

 令子の様子を呆れたように見ながら忠夫は言った。

 彼が呆れている理由は、普段の令子ならこのくらい教えられるまでも無く気付いていると知っているからだ。なのに彼女は、自分でも気付いていなかったかの様に振舞ってくる。

 前の世界でも時々子供の様に癇癪を起こす時があったが、それは彼女が甘えたいとシグナルを出している時と今の忠夫は知っている。

 そして、これも甘えたいと遠まわしに言っているのだ。忠夫は思う。何もこんな時にやらんでも……と。

 普段は周りをあまり意識せずに令子に飛び掛かるくせに、自分が乗り気じゃ無い時はとことん常識人として振舞おうとする辺り、かなり自分本位な性格だ。それでも、最終的には放っておける性格でもないのが彼らしい。

 令子にも言い分はある。彼女は甘えるという表現をほとんど表に出さない生き方をしてきて、染み付いてしまっていた。その事を愚痴る事はこれまでも、そしてこれからも無い。

 だけど、それを言わなくても僅かでも察してくれる忠夫に、これまでの結婚生活でなんとか甘えられるようになったのである。

 ただ今回は、パピリオが彼に、今まで以上の好意を寄せてきている嫉妬も手伝ってはいたけれど。

 とりあえず忠夫は、盾を振り回す令子の後ろから近づいて抱き寄せて止めた。

 ちゃっかり左手は令子の胸を掬うように当てていたが。右手を当てていないのは、栄光の手が霊刀状態になっているからである。

 令子からの折檻の間も、霊波刀を霊刀に物質化させ続けていた忠夫の集中力は驚嘆に値するものだった。

 その彼の右手の霊刀が、令子の胸を揉むことによって上がった彼の霊力に反応したのか、パキッと微かな音を立てて赤い宝玉の中の瞳がギョロリと動いたのだが、忠夫は気付かなかった。


 「その反射能力は制御できないんだろ? イラついても仕方ないぞ」

 「はぁ……。なにも制御出来ないとは言ってないわ。慣れるのに時間が掛かるだろうけどね」

 忠夫に胸を微かに揉まれるのを一瞬だけ目を向けた令子は、しかし何も咎めずに彼の勘違いを正してやる。ちゃんと自分のシグナルを理解した彼へのご褒美だった。

 令子は先ほどの朝食の時に、自分には構わず小竜姫とパピリオに給仕されるがままの忠夫に嫉妬していたのだ。それゆえの甘えだった。

 直前の神通棍による折檻とあいまって、彼に対してのその効果は計り知れないものだ。

 「は?」

 令子の言葉に間抜け面になる忠夫。

 さっきと言っている事が違っていないかと、彼の表情は物語っていた。

 「あんたも思い込み激しいわよね。最初に言ったでしょ? “何も制御しなければ”って。今の私じゃ会得したての能力だから甘い制御になっちゃうけど、反射角の調整や反射をさせないようにする事も出来るのよ」

 「うわっ、なんつーはた迷惑な。てか、なんでデフォルトが反射になってるんだよ。普通反対だろう?」

 令子の言葉に忠夫は騙されたーと騒いで、なぜそんな天邪鬼な能力なんだと訊く。もちろん、どさくさに紛れて令子の胸を弄るのは忘れない。

 「(んぅ!)し 知らないわよっ。何物をもはね返す盾って念じたらこうなったんだから!」

 「んごわ! お 俺に当るなー!」

 忠夫に抱きすくめられた状態からいきなり振り返った令子は、盾を彼の顎にぶち当ててかち上げた。

 ご褒美タイムは、打撃音と共に終わりを告げた。

 盾で身体の前面を隠すようにしているが、薄っすらと頬を朱に染めて自分の右胸に右手を当てて座り込んでいるところを見ると、令子の我慢の限界が近かったのかもしれない。

 盾でぶん殴られた忠夫は、かち上げられた力の数倍の威力で吹っ飛ばされ、大きな放物線を描いて飛んでいき、「ぐぇ」 潰れた。

 「何をやっとるんじゃ、おぬしらは。そろそろ始めるぞ」

 母屋から現れた老師は、潰れた忠夫の横を呆れた調子で見て通りながら稽古の開始を告げた。

 老師が言っていた三十分が、いつのまにか経っていたのだろう。

 「痛てて。いや〜、ちょっと令子の霊能力の確認をしてたんすよ。俺もちょっと試さないといけないみたいですし」

 「ほぅ? では丁度良い。今から試してやろう」

 そう言って老師は、耳から如意棒を取り出すと構えた。

 「っと、もうかよ」

 「もうちょっと試させて欲しかったわね」

 老師が構えたのに対し、令子と忠夫は愚痴を言いながらも慌てて立ち上がって身構える。

 「自らの能力を試すのじゃ、全力で掛かって来い!」

 「おぅ!」

 老師の声が引き金となって、忠夫が老師に向かって突っ込んでいった。続いて令子は、彼の後ろにピッタリとついていく。

 まず忠夫が、牽制の為に霊刀状態になっている栄光の手の制御を緩めて伸ばし槍状にすると、敢えて老師の如意棒に向かって右から打った。

 「ほっほ! 良い打ち込みよな。じゃが、捻りが無いのう」

 老師は如意棒から伝わる衝撃に軽く笑みを浮かべると、力の方向を左へと受け流しながら如意棒を縮めて半回転させると、忠夫の右側に向けて如意棒を伸ばして突いてきた。

 そこへ令子がすかさず割って入ってくる。

 令子が絶妙のタイミングで如意棒を盾で受けると、その衝撃は老師へとはね返っていき、彼女にはダメージが行かなかった。

 「ホッ!? なんとも面白い能力よな。その能力でどこまで受けきるかのぅ」

 如意棒がはね返された事に令子の盾の能力を見抜いた老師は、衝撃波が届かぬうちに後ろに飛びのいて再び身構えた。

 「ちっ、やっぱ老師には効かないか。なら、思う存分試させてもらうぜ!」

 令子の盾の能力にノーダメージの老師を見て舌打ちすると、どこぞの戦闘狂よろしく気合の声を上げながら、忠夫は左手にサイキックソーサーを先ほどの事もあり小さめに作った……つもりだった。

 「あんた、なんでそんな馬鹿でかいソーサー作ってるのよ?」

 忠夫が出したサイキックソーサーを見て、呆れたような調子で令子はそう言う。

 「へ? 何って…… げっ!? なんじゃこりゃ! 俺はこんな大きさに作ったつもりなんて無かったぞ?」

 令子に言われた忠夫は訝しげに訊こうとしたが、己の左手に現れたソーサーを見てうろたえた。

 忠夫が出したソーサーの形状は以前のまま六角形ではあった。ただし、その大きさがいつもの大きさではなく、直径一メートルほどの大きさで出現していた。 

 「だぁー、今まで培ってきた感覚がまるで使えねー! これだってさっきの栄光の手の事を踏まえて、いつもの五分の一くらいで作ったつもりだったんだ」

 がっくりと四つん這いになる忠夫。ぶつぶつと俺にはシリアスはやっぱ無理なのかーと、呟いてもいた。

 「なんじゃ? 横島も能力の把握が出来とらんのか?」

 忠夫の落ち込みぶりで戦闘の緊張感が消えてしまい、老師は如意棒を肩に担ぐようにして呆れた様に訊いてきた。

 「ええ。さっき霊波刀でも馬鹿でかくなっちゃってね。やっぱりソーサーでも、そうなったみたいよ」

 「ほぅ? 横島、一度思い切り霊力を込めてみよ。それから把握していくしかあるまい」

 令子の言葉に老師は忠夫に向き合うと、全力でやってみろと促した。

 「分った。 やってみる。  すぅぅぅぅうううう ふぅぅぅぅうううう うりゃぁ!」

 老師の言葉に頷いて深い深呼吸を行った忠夫は、気合一発右腕を上に向けて霊力を篭めた。

 右手に篭められた霊力によって、霊波刀が見る間にどんどん太く長くなっていく!

 グングンと勢い良く真上に伸ばされた霊波刀の行き先を見て、老師が如意棒で忠夫の頭を小突いた。

 「やめい! それ以上伸ばすと結界に当るじゃろうが! 長さを変えずに霊力を篭めんか!!」

 「くぁぁあ、痛てぇぇ……。すまん、老師。しっかし、我ながら呆れるな。これでも感覚的には四十パーセントくらいなんだぜ?」

 老師の大喝に、小突かれた忠夫は痛がりながらも慌てて霊力を込めるのを止めた。

 忠夫が伸ばした霊波刀は幅が三メートルになり、長さに関しては十五メートルを超えていた。

 「そこから霊力はそのままで、いつもの長さにしてみせよ」

 「分った。う…む……むむぅぅぅぅううう」

 老師に言われてこの結界の中で、霊刀を最初に顕現させた時と同じ様に収束させていく忠夫。

 見る間に刀の幅と長さが縮んでいき、それにつれて刀身に当る部分が翡翠色の輝きを増していく。

 「綺麗でちゅねー」

 「本当に。それにしても凄い霊圧です。あれで四割とは、人間では考えられない事なんですが。
 美神さんといい、横島さんといい、近頃の人間に何が起こっているんでしょう?」

 パピリオが、忠夫の霊波刀が放つ光に見惚れて思わず呟いた感想に、いつのまに来たのか小竜姫は相槌を打った。

 小竜姫は、あの後やっぱり洗い物が気になってしまい、引き返して大急ぎで終わらせてたった今来たところだった。


 シュランっと音がして忠夫の霊波刀が物質化した。しかも先ほどとは比較にならない存在感を放っている。

 微かに硬い何かが割れ剥がれる様な音がまた鳴って、赤い宝玉の中の瞳が、今度はハッキリと動いて忠夫を見据えていたが、当の彼はその視線に気付いていなかった。

 ただ、違和感を感じてはいるのか、何かを探すようにしきりと周囲に視線を向けて探っていた。

 「こりゃ又なんとも珍しい。人間が霊気で物質化した武器を造ったのを見たのはいつぶりかのぅ。横島よ、その武器はおヌシの制御を離れる事が出来るか?」

 忠夫の霊刀に関心を持った老師は、手にとって確かめたいらしく彼に訊いてみた。

 老師が霊刀に注意を向けたとたんに宝玉の中の瞳は閉じられ、忠夫が感じていた違和感も消えた。

 「いや、多分戦闘中の集中力だったら分らんけど、今の制御力じゃ気を抜いたとたんにブレるな。これでも文珠八個分の制御力を篭めてるんだ」

 急に消えた違和感に戸惑いつつも、忠夫は老師に手渡せない事を告げた。

 「ふむ。見事な造りの刀じゃから、手に取って見てみたかったが叶わぬか。 さすがにその状態では、いつものように伸ばしたり形を変えたりは無理か?」

 「わかんね。やった事はないしな。それに物質化させずに霊力のままの方が、使い勝手が良さそうだ」

 忠夫はそう言って、物質化まで収束させた霊気を解く。

 しかし、霊波刀と化した栄光の手の存在感は霊刀の時と微塵も変わらなかった。忠夫はそのまま霊波刀状態から形を変えてハリセンにしたり槍にしたり、時には剣玉にしてみたりした。

 「器用なものよな。では、サイキックソーサーはどうじゃ?」

 栄光の手を様々な形に変形させる忠夫に感心と呆れを混ぜて評した老師は、続けてサイキックソーサーを出す事を命じた。

 「わかった」

 老師の言葉に忠夫は頷いて栄光の手を引っ込めると、左手にソーサーを顕現させる。もちろん栄光の手を制御したように、ソーサーも同様の制御をしながら。

 最初に現れた時には二メートルほどの大きさの盾が、じょじょに小さくなってキンッと甲高い音が鳴ったとたんに物質化した。その大きさは、直径五十センチほどだ。

 忠夫は強度を確かめるように、己の栄光の手を再び顕現させてソーサーの表面を軽く叩いてみた。

 すると、甲高くも澄み切った音が辺りに響き渡った。

 「その音だけで、Cランクの悪意を持った魑魅魍魎は楽に祓われるわね。指鳴りによる音祓いの強化版みたいだわ」

 令子は、忠夫が起こした音を聞いてそう評した。

 このCランクという評価は、覚醒前のおキヌちゃんがネクロマンサーの笛で、除霊対象が居る物件の外から苦も無く浄霊できるレベルだった。

 二流と呼ばれるGSが、なんの用意もせずに単独で挑むと苦戦するレベルでもある。

 「良い音色です。天界の楽器に、その音に良く似ている物がありますよ。その楽器の音色は死者に安らぎを与え、生者の負気を祓うと言われています」

 小竜姫は音色に聞き惚れながら、天界の楽器の効力を例えに誉めた。

 小竜姫が以前に聞いたその楽器は、透明なガラスを板状にしたような物を並べた鉄琴に似た楽器である。

 「私には心地良くも聞こえたですが、何よりもアシュ様に抱きかかえられた時のような安心感が強く感じられたです」

 パピリオはその音色を聞いて目を閉じると、そう言った。

 彼女はかつて培養槽から出された時に、ただ一度だけアシュタロスによって抱きかかえられたのを思い出していた。

 「これは良いな。切った張ったせずに除霊出来るなんて、サイコーだな」

 自分で出した音色と令子達の評価を聞いた忠夫は、飄々とした表情で楽が出来ると呟く。

 (文珠使わずに、相手に痛い思いをさせないなんてサイコーだよな)

 内心では、栄光の手で斬りつけたりソーサーでふっ飛ばさなくて済む事にホッとしていた。

 「で、そのソーサーの強度は? 他にも文珠のように、複数を宙に浮かせたり操ったりできるの?」

 感慨深げにソーサーを見つめる忠夫に、令子は問いかける。結界に居る間に能力の把握をしないといけないので、彼女は急かしたのだ。

 「ああ、ちょっと待ってろ」

 忠夫はそう言ってソーサーを宙に浮かべてその場に留まらせると、おもむろに霊波刀で斬りつけた!

 キィゥン とも キュォン ともつかない音を立ててソーサーは霊波刀を弾く。

 「お!?」

 弾かれた霊波刀に、一撃を加えた時の感触を驚いた表情で思い浮かべながら見やると、忠夫は再び今度はかなり勢いをつけて斬りつけた!

 骨を削られるような感じを激しく受ける耳障りな音を発して、ソーサーは忠夫の霊波刀を受け止めた。

 「おぉ! 結構固いなコレ! かなりマジに斬りつけたのに、斬れてねぇ。次は霊刀でやってみるか」

 ソーサーの頑丈さに嬉しくなった忠夫は、三たび栄光の手を霊刀状態にした。

 その時、再び微かに何かが割れるような音がしたが、老師以外は当の本人でさえ気付かなかった。

 「これでも斬れなかったら、結構信頼してもいいかもな。ウォリャー!!」

 三度目の斬撃を行う忠夫。霊刀に斬る意気を篭めて振りぬいた!

 その斬撃に音は無かった。しかし二つに断ち割られたソーサーは、忠夫の至近距離で同時に指向性を持って凄まじい爆発を起こした。

 そう忠夫の方にだ。守られる側にはそよ風ほどの衝撃も行ってはいなかった。

 「やっぱこんなオチかー!!」

 振りぬいた感触に忠夫は多少の残念を張り付かせたまま、空中高く吹っ飛ばされていった。

 大きな放物線を描いて忠夫は東屋に激突し、派手に壊していく。

 「ヨコシマー! 生きてるですかー!!」

 パピリオは東屋に突っ込んだ忠夫を心配して慌てて飛んでいき、瓦礫の中から彼を引っ張り上げた。

 「ぺっ ぺっ あぁ、ありがとうなパピリオ。何とか生きてるよ」

 口の中に飛び込んできたホコリを吐き出しながら、忠夫は無事を告げる。

 その様子にパピリオは安堵の溜め息をついて、彼の服についたホコリを強めに叩いて落とすのを手伝ってやった。心配させた罰だ。

 「やっぱりソーサーじゃ、その霊刀は無理だったの?」

 令子はアレくらいで忠夫がどうにかなるとは思っていなかったが、パピリオに引っ張り起こされた彼の姿を見てホッと胸を撫で下ろして訊いた。

 「んー、この霊刀と同じくらいに霊力を篭めると分らんな。さっきの物質化したソーサーには普段のソーサー五十枚分くらいを篭めて、おもいきし薄く圧縮したからな。この霊刀はソーサー百枚分くらいだし」

 「ヒャ 百五十枚って、そんなに霊力篭めて、この後どうするのよ!」

 軽く言った忠夫の言葉に、信じられないとばかりに令子は詰め寄る。

 「お 落ち着け、令子! なんでか知らんが、今の俺は霊力が漲っていて溢れるくらいなんだ!」

 「う うそ…よね?」

 忠夫の言葉が信じられない令子は、ジト目で彼を睨みながら言う。それでも、もしかしたらという思いも持ってはいるようだ。

 「こんな事で嘘言ってどうするよ? どう言ったら伝わるかなー? 今まで十四文字の文珠制御をするだけの制御力は身に付けたが、それを蓄えるだけの容量が俺には一回分しかなかったんだがな。
 今は自分でも把握できない馬鹿でっかいタンクを持ったような感じなんだよ。俺自身でも限界が見えてないんだ」

 「限界が見えないって……。あんた、とうとう人間辞めた?」

 忠夫の説明を聞いて、令子は冷や汗を垂らしながら言う。彼が人間じゃなくなったと言われたら、誰もが納得するかもしれないと思いながら。

 もちろん忠夫が人間ではなくなっても、令子が彼から離れる事など微塵も思い浮かぶ事はないだろう。

 「ひ ひでぇ。俺から発せられている霊気は人間だろうが。魔気や神気に妖気が感じられるか?」

 「んー、確かに人間の霊気だわ。でも、それにしちゃその霊力量はおかしい気がするのよね」

 多少の嫉妬を含ませて、令子はそう言った。

 忠夫を自分と対等以上と認めてはいるが、なんにしても負けるのは彼女としても悔しいのだ。

 「ああ、それは俺も疑問に思ってる所なんだ。老師、何か知らないか?」

 令子の疑問を受けて忠夫も同じ事を疑問に思っていたので、老師に訊いてみた。

 「横島の霊気量が人間にしては規格外なのは、おヌシがキヌ殿と会えばおのずと知るじゃろ。それよりも、今は自分の能力把握をしておいた方が身の為じゃぞ?」

 忠夫の質問に老師はそう答えたあと、再び如意棒を持って構えた。

 枝世界における不確定因子の存在理由など、自らが自覚しない限り他人から説明されても無駄だからである。

 「なんだよ。今、教えてくれても良いじゃねぇか。 たくっ…ああ、はいはい」

 なおも訊こうと悪態を吐いたが、老師の眼光が強くなったのを見た忠夫は、霊刀のままにしていた栄光の手をやや斜(はす)に構えた。そのまま振り下ろすと左袈裟斬りになる構えだ。

 「ホントもったいぶるわよねー」

 忠夫が構えたのを見て令子も盾を構えながら、老師に非難めいた視線を向けた。

 しかし、老師が何も反応しないと覚ると、左手で盾を身体の前に翳して集中する。右手に持った神通棍が彼女の集中に応じ、キンッと音を出して伸びた。

 彼女が持つ盾の表面が水鏡のようになっている様子から、常に制御を行って慣れる事に専念しているようだ。

 「全力で来い。でないと、ここで死ぬぞ!」

 そう言って老師が一瞬にして令子の前に跳躍すると、如意棒を振るってきた!

 「くっ」 

 令子はいきなり目の前に現れた老師に軽く驚くも、すぐに如意棒を左に受け流すように盾と身体を捌く。

 老師の如意棒は令子の盾の表面を摩擦係数が無いかのように滑っていき、そのまま地面を打ち叩いて吹き飛ばした。

 もちろん盾に受けた衝撃は、全ては無理としても数十分の一は制御して老師へとはね返している。残りの衝撃は、力に逆らわずに後ろに飛んで逃がす事で和らげた令子。

 飛ばされる令子の横から、巻き上がる砂塵を物ともせずに忠夫が突っ込んでいくと、巨大な神気の源に向けて斬りつけた!

 吹っ飛ばされた令子の事を信頼しているのか、忠夫の斬撃には微塵のためらいも無かった。 

 辺りに、奇妙に思えるほど甲高くも間延びした音が響き渡る。

 「良い判断じゃが、まだ甘いのぅ。そりゃっ!」

 忠夫の斬撃を如意棒によって受けきった老師は、そのまま霊刀を絡めるようにして跳ね上げると、瞬時に如意棒を短くして回転させ、突きを放つ。

 老師の突きを、刀身を跳ね上げられた状態ではあったが腕を返して、右腕をほぼ覆っている部分でとっさに受けた忠夫は、衝撃を逃がそうとしてそのまま吹っ飛ばされた。

 「くぁ……、つえぇぇ。 なら、これでどぉ〜だっ!」

 吹っ飛ばされた先で、左手で地面を着いて宙返りながらバランスを取って着地した忠夫は、サイキックソーサーを五つ周囲に作り出した。

 その内四つを老師の正面と左右、それに上から同時に襲わせるように制御する。手元に残した一つは、不意の攻撃に対する盾だ。

 その攻撃に合わせて、令子が神通棍を鞭状にして如意棒を絡め取るべく振るった。

 (くそっ。栄光の手を物質化させても、使い勝手が悪くなるだけだぜ)

 ソーサーを打ち出した後すぐに内心で悪態を吐いて、老師へ向けて突っ込む忠夫。

 老師は己に向かってくる攻撃を見定めると、まず一歩だけ前に踏み込んで前方から飛んでくるソーサーへ如意棒を伸ばして打ち落とした。

 次に、すぐさま如意棒を縮めて、右から向かってくる二枚目へと向け再び伸ばして打ち落としたあと、ワザと地面を叩いた反動で如意棒を上に跳ね上げ、頭上から迫ってくる三枚目へと向けて如意棒を伸ばし、左から来るソーサーへ向けてその軌道を変えて相打ちにして撃墜し、その後ろから迫ってきた鞭の先端一点へ如意棒を突き爆散させると、再び飛び込んできた忠夫の霊刀を受けるべく身構えた。この間、一秒弱である。

 (くぁ〜、あっさり打ち落とすかよ!)

 ダメージは望めずとも、体勢が崩れている所へ攻撃が出来ると踏んでいた忠夫は、既に身構えている老師に打ち込む事にされてしまって悪態を吐きながらも斬りかかった!

 「本気を出せと言うとろうが!!」

 大喝をすると老師は如意棒を瞬時に伸ばし、忠夫に向かって三連突きをしてきた!

 「ソーサー!!」

 一言叫ぶと、忠夫の前面を覆うくらいの大きさのソーサーが三枚重なって出現した。と、同時にガラスが割れるような音と共に全てが砕け散った!

 「なろっ!」

 ソーサーが砕ける一瞬の間を使って、忠夫は僅かに右へと身体の中心をズラして一歩を踏み込み、老師へと斬りつける。

 しかし、老師は危なげなく如意棒を立ててその斬撃を受け、

 「ぬぁ!」

 霊波刀と如意棒がぶつかった部分を支点にして先端部分が伸びて迫ってきた霊波刀を、老師にしては珍しく驚いた声を上げて慌ててしゃがむ事で避けた。

 「ちぃ、惜しい!」

 攻撃が失敗した忠夫は、すぐさま老師との間を開ける為にゴキブリのように逃げた。

 コレが本当の戦闘なら、忠夫は文珠を地雷代わりに一つ落として逃走していることだろう。遠隔操作で起爆させる事も容易いのだから。

 「くくくく……。おヌシとやり合うのは、やはり楽しいのぅ。さぁ、次はどんな手を出してくるんじゃ?」

 凶悪な笑みを浮かべて、老師は忠夫を見据えた。令子の存在など、ほとんど認識していないようだ。

 今の令子は攻撃に特化しているわけではないので、老師にしてみれば戦闘中に気に掛けるほどの存在では無かった。

 「だー、老師に火を付けちまったー! だから本気は嫌なんじゃー!!」

 老師の凶悪な笑みを見た忠夫は、涙や鼻水を盛大に噴出しながら逃げた。

 老師は忠夫の逃げっぷりに少し呆気にとられたが鼻息を一つ荒く吹くと、忠夫目掛けて如意棒を伸した!

 グングン迫る如意棒の先端に、チラリと振り返った忠夫は顔を引き攣らせると足裏で霊力を弾けさせて走る速度を上げ、ひたすら逃げに徹する。

 「私を無視するなんて! これにはこういう使い方もあるのよ!」

 忠夫しか眼中に無い老師に頭にきた令子は、手に持った盾に念を篭めて制御に集中しながら袖から出したある物を突き刺した!

 老師が突き出した如意棒は、狙い過たず忠夫の後頭部に向けて伸び、あわやぶつかると思われた瞬間、瞬時に元の長さに戻った。

 なぜ老師は如意棒を戻したのか? 

 それは、彼の左後ろ側に突如現れたある物が斬りつけてきたからだ。

 それは妙神山の宝物庫に保管されていた武具。

 細く伸びるように念じれば細長く丸まって真空の刃を纏い射出する事もでき、幅広く広がるように念じればある程度の攻撃を周りの空気を利用して層と成し、受け流しながら身を守る衣となる物だった。

 風の刃衣(はごろも)と呼ばれるその武器を、令子はおキヌちゃんの実家に行く前に妙神山の宝物庫から持ち出していたのだ。

 「ほぅ? よくその衣が武器と判ったのぅ。普段は反物(たんもの)として保管してあったはずじゃ。小竜姫に使い方でも習ったか?」

 老師は己の左後ろから斬りつけられた事で、忠夫に向けていた如意棒を瞬時に引き戻して如意棒の反対側を地面に刺して支えとし、令子の刺突の先端を如意棒の側面の一点で受け止めていた。

 真空の刃は射出口を塞がれて、老師を傷付ける事は叶わなかった。

 「違うわ。確かに私もこの刃衣を見た時は、武器とは思えなかった。箱には『刃衣』とだけしか書いてなかったしね。
 でも、おキヌちゃんがこれの使い方を知っていたのよ。かなり驚いていたから、サクヤヒメの記憶の中にあったんでしょうね(くっ、外せない!)」

 右袖から細く丸まった薄い生地の布を盾に突き刺した状態で、令子は老師の推測を正す。

 令子は老師に説明している間も、ぐいぐいと刃衣の先端を如意棒から外そうとしているのだが、一向に外れず内心で臍(ほぞ)を噛む。

 「なるほどのぅ。確かにそれは、元々はワシ等の物ではなかった。この国で国津神と呼ばれる者の総大将が持っておった物よ。
 なるほど、サクヤ殿なら実体験として知っておっても不思議ではないのぅ!」

 耳障りな音と共に老師は風の刃衣を弾くと、令子に向かって霊波砲を放った!

 長い光の尾を引きながら、高速で令子に向かう老師の霊波砲。その威力たるや、何も防御せずに当れば致命傷間違い無しの霊圧を放っていた。

 「くぅ!」

 令子は盾に突き刺していた風の刃衣を慌てて引き抜くと、盾を霊波砲に向けた直後に吹っ飛ばされた。

 多少盾の制御が間に合ったのか、霊波砲の何割かの威力はそのままはね返っているが老師には向かってはいなかった。

 吹っ飛ばされた時に、令子は彼女を見ていた忠夫にアイコンタクトで指示を出す。

 (うりゃ!)

 アイコンタクトによって指示された事をこなす為に、令子に老師の注意が向いた事を利用して忠夫は隠行を駆使しながら近づき、令子が何かする事を期待して彼に向かってソーサーを五つ放った。

 「芸がないぞ、横島! ワシをもっと楽しませろ!」

 己の右側から高速で飛来したソーサーを、危なげなく叩き落す老師。

 しかし、その五つの内の二つが如意棒に叩き落される寸前に、突如一際明るい閃光を発して爆発した。

 「ぬ! 目晦ましか! そうはいかん…ヌォ! がはっ」

 右真横で爆発したソーサーの衝撃波から逃れる為に後ろに飛んだ老師はしかし、令子がはね返した霊波砲の軌道に自分が誘い込まれた事を知って避けたのだが、本命はその後に来た!

 いきなり老師の背後が歪んだかと思うと、そこからかなりの威力の霊波砲が放たれたのだ!

 先ほど令子がはね返したのは確かに老師の霊波砲の一部ではあったが、一部を反射して尚且つさらに未来の想定位置に時間跳躍までさせていたのだ。

 その為に、受け流し損なった大半の威力のせいで、彼女は吹っ飛ばされてしまったけれど、試みた攻撃は大成功だった。

 「痛つつ……。何とか騙せたみたいね。老師に通用するんだから、この方法は使えそうだわ。今の所、多用は無理だけど」

 受身を取ってはいたけれど、それでも逃がしきれなかった衝撃に顔を顰めながら令子は呟く。

 アイコンタクトで伝えた忠夫も、ちゃんと老師を狙った所に誘導したその結果に、令子は確かな手応えを感じていた。

 「ふふふふ……はーはっはっはっは。おヌシらとやり合えるのは本当に楽しいのぅ」

 背中に久方ぶりに受けたクリーンヒットに、最初は堪えるような感じで笑っていた老師が終には声を大きくあらわにして呵呵大笑(かかたいしょう)すると、更に戦いを望むかの様に獰猛に笑う。

 老師の中で、久しく忘れていたかつての戦いの日々に感じていた戦闘への渇望感が湧き上がる。

 「お おい、令子。なんか老師の様子が変じゃないか?」

 「そ そうね。 これは本気で逃げた方が良さそう……」

 今までとは違う老師の放つ圧倒的な攻撃的気配に、忠夫と令子は冷や汗をダラダラと垂らし後退りながら、彼から視線を外せずに話し合う。

 「逃げるってどこへだ? ここは老師の結界の中だぜ?」

 「知らないわよ! とにかく老師の視界に入らないどこかよ!!」

 「そ そうだな!」

 忠夫の問いかけに、令子は更に焦った様子で怒鳴り返した。なぜなら、老師から発せられる闘気が、尋常じゃないほどに膨れ上がったからだ。

 闘気の膨れ具合からかなり大きな攻撃が来る事を予想した忠夫は、令子の怒鳴りに冷や汗をかきながら同意すると、三たびソーサーを五つ出して前面に重ねて展開させた。

 「死ぬなよ小僧ども!」

 「や やばっ」

 「捻衝穿(じょうしょうせん)!!」

 老師が高めていた闘気を如意棒に篭めると、令子と忠夫に向けて、見た目ただの捻りを加えた突きをしてきた!

 彼が放った如意棒は、凄まじい回転をしながら空気の渦を作り出しついには真空の刃を伴って、忠夫達に向かって高速で伸びていく!

 (くっ、文珠使わねえと令子が逃げられん! どうする!!)

 「忠夫! 私の盾にあんたのソーサーを! 全力で硬くして重ねなさい!」

 「お おぅ!」

 忠夫が文珠を使うか逡巡したのを感じた令子は、己の盾を信じて制御に専念する為に彼に時間を稼ぐように指示を出した。

 この場で文珠を使うのは、自分達にとってあまりにも安易に思えた令子は、未来へと老師の攻撃を飛ばそうと、足を踏ん張って一心に集中する。

 そんな令子の傍らに立ち、踏ん張る彼女を支えるように彼女の腰を抱いた忠夫は、五枚のソーサーを全て重ねて物質化させるべく集中した。

 老師の攻撃でなければ、令子の乳を掴んでいるシチュエーションだ。

 令子の盾の表面に重なるように五枚のソーサーを重ね、一番外側のソーサーが物質化した直後に老師の攻撃が炸裂した!

 「うぉぉぉぉぉおおおおおお!」

 ソーサーに対して物凄い圧力がただ一点に掛かるのを感じた忠夫は、更に集中して全てのソーサーを物質化させていく。

 ガラスが割れるような音がして一枚目のソーサーが突破された時、残り四枚のソーサーの物質化が完了したが、如意棒の威力は全く衰えておらず二枚目に襲い掛かってきた!

 「ぐぅぅぅぁぁぁああああ! このままだと突破されちまう! なにか! 何か手は!?」

 「もう少し……もう少し時間を稼いで!」

 「おぅ…ぉぉぉぉぉおおおおおお!!(くぅぁぁああ! なんだ? なんか微かに軽くなった!? 何が起こった!! 考えろ、オレ!)」

 二枚目のソーサーが如意棒の回転に引き摺られて回転しだした。その為、ほんの…本当にほんの僅かではあったが、一点に集中する圧力が減った。

 忠夫は自らの感覚を更に研ぎ澄ませ、ソーサーが受ける圧力に集中していく。その集中の度合いに応じるように、ソーサーの回転が次々に伝播し、その度に圧力がほんの少しずつ減っていった。

 (これか! ソーサーが回転して一点への圧力が減ったのか! なら、やってやる!)

 圧力減少の原因に気付いた忠夫は、更にソーサーへの集中度を増した。そのとたんに二枚目のソーサーが、軽いガラスを割ったような音と共に砕け散った。 

 直ぐに三枚目に激突する老師の如意棒。だが、三枚目は最初から回転に同調させていた為に、先の二枚が受けた圧力ほどには強くなく、更に減じさせていく。

 (くそっ、他に 他に何か無いか!? このままじゃいずれは突破されちまう! こんなイイ女を巻き添えにするなんて嫌だぞ!!)

 極度の集中をしているせいだろう。令子が流す汗の匂いや左腕や手に感じる彼女の柔らかさをも味わいながら、忠夫はソーサーへの霊力注入をさらに増した。

 その霊力注入によって、ソーサーの厚みが増して行くが、三枚目が粉々に砕け散った!

 「くっ、あと二枚っ」

 いよいよ後がなくなってきた忠夫は、焦ったように呟く。

 (くそっ! 老師の如意棒に対して、俺のソーサーは無駄が多いのか? どうしたらいい? どうしたら……!? 一点に来る物に対して面で受けるからダメなのか? なら、こっちも一点で受けてやる!)

 更に集中を増した忠夫の今の集中力は、文珠十二個を制御するほどの域に達していた。その時、とうとう四枚目のソーサーが砕け散る。

 (残り一枚! これに賭ける! ぉぉぉぉおおおお!!)

 最後の一枚が老師の如意棒を受けた瞬間、硬い筈のソーサーが如意棒の回転に同調しながらじょじょに面積を狭め、如意棒の先端の面とほぼ同じになっていった。

 (こ これ 以上は 対処の 仕方が 思い つかん! 令子っ)

 とうとう文珠十四個を制御する集中力に達した忠夫は、嗅覚と触覚と視覚と霊感以外何も感じない無音の世界で令子を更に強く抱きしめる。

 忠夫が令子を強く抱きしめた時、彼には彼女が軽く頷いたのが見えた。それと同時に、もう皿には見えない円柱状になったソーサーの尻が、じょじょに令子の盾の中に潜っていった。

 忠夫は円柱状となったソーサーが令子の盾の中に潜っていくのを感じながらも、如意棒の突進を受け止め続ける。

 (ぐぅぅっ! 令子はさっきの様な攻撃をする気かよ! なら、老師に覚られてはいかんしなぁ! 令子が先ほどやった攻撃を成功させるには、あと何秒かは必要だ。くそっ、一秒一秒がこんなに長いとは、初めて知ったぜ!)

 令子の頷きで、彼女が何を狙っているのか覚った忠夫は、彼の意識だけが加速する集中の為に、老師に気付かれないように押し込まれる演技にイラつく。

 とうとう如意棒の先端が令子の盾に潜り込んだ。それと同時にソーサーの制御が忠夫から外れてしまった!

 (なっ、ソーサーが!)

 慌てた忠夫はすぐさま新たにソーサーをつくりだした。

 「大丈夫よ。わたし達は老師の攻撃を受けきったわ」

 「え?」

 「もう老師は、わたし達を攻撃するつもりは無いって事。視なさい」

 そう言って令子が指差した場所は、如意棒の発射地点では無かった。

 そこでは老師が小竜姫にお茶を入れさせて寛いでいた。パピリオと小竜姫は、その傍らで困ったような表情をしている。

 彼女らは老師の攻撃を必死に防いでいた令子と忠夫を側から見ていた為に、老師の人の悪い行動が良く判ったのだ。

 「な なんで?」

 ポカンとした表情で、寛いでいる老師を指差す忠夫。現状に、彼の認識が追いついていないようだ。

 「途中で攻撃を分身に任せたみたいね。本体は優雅にお茶していたのよ」

 悔しそうな声で、忠夫の疑問に答えてやる令子。

 「ど そ を?」

 「どうしてそんなことを? 私達が得た霊能力を最大限に発揮させるためにでしょ」

 上手く舌が回らない忠夫の代わりに令子は彼の言いたい事を訊き返し、コクコク頷く忠夫に自分の推測を話して聞かせる。

 「それじゃ、必死に防いでいた俺達、馬鹿みたいじゃねえか」

 「そうね。だから、これから罰を受けてもらうわ」

 「はぁ?」

 忠夫が呆けながらも怒りを露にしだした所で令子が不敵に笑ってそう言い、彼は顔面にハテナマークを一杯にして聞き返す。

 「ゼロ」

 令子がそう言った直後、突如上空から目にも留まらぬ速さで如意棒と、極限まで圧縮された忠夫のソーサーが降ってきた!

 しかもその落下地点には、狙い過たず老師が座っている。

 重量がある金属同士をぶつけ合ったような轟音が、辺りに響き渡る。

 なんと、老師は己に向かって降ってきた如意棒を、座ったまま素手で受け止めていたのだ。聞きしに勝る化け物ぶりであった。忠夫のソーサーはどこに行ったのか、影も形も見当たらない。

 「と とんでもねぇな。八トンもの重さの物が高速で落ちてきたのを、素手で受け止めるなんて……」

 令子の盾と、今しがた老師に向かって落ちてきた如意棒を見比べながら、忠夫は呻く。自分のソーサーの事など、頭に無いようだ。

 「悔しいわね。武器が主を守ったみたいだわ」

 同じ光景を見た令子は顔を顰めてそう零す。

 彼女には盾の能力で解っていた。如意棒が忠夫のソーサーを追い越して老師の手に納まった時、ソーサーを受け止めた事を。

 彼女の持つ盾には、さっきまで刺さっていた如意棒は跡形も無かった。ただ表面が軽く波打っているだけだ。波打つ鏡面のようなそこには、先ほど老師が行った事が克明に映しだされていた。

 「美神、おヌシの盾は恐ろしいのぅ。その盾が飲み込んだ物は、いつでもどこでも出せると言うことか?」

 如意棒を軽く掲げながら、老師は令子がやった攻撃をそう推測した。

 老師が当初推察していた美神の盾の能力とは、予め想定した未来の時間軸へと盾が受けた攻撃を飛ばす事だった。だが、さっきの攻撃はそれに当てはまらない。今まで見せていた能力は、どうやら不完全な物の様だ。

 令子が今見せたのが、あの盾の本来の能力なのだろう。極めて厄介な能力と言えた。

 令子の盾に呑み込まれたあらゆる攻撃は、予め決められた時間と場所に飛ばされるのではなかったのである。

 今のところ制御に必要な集中に時間が掛かるようだが、それは反復練習でなんとでもなる。例えは悪かろうが、後の先の究極系の一つかもしれない。

 「まぁね。忠夫が時間を稼いでくれなかったら、盾ごと吹き飛ばされていたでしょうけどね」

 未だに忠夫に抱きしめられながら、令子は老師の言葉に頷いた。

 忠夫は令子と老師のやり取りを、少し呆けた状態で聞くとはなしに聞いていた。己の右手を開いたり閉じたりしながら、何かを考えているようだ。

 小竜姫とパピリオは、そんな二人に対してやきもきしているのだが、老師と令子が真剣に話している手前、行動に移せないでいた。

 「さて、ワシは少々休むわい。横島よ、まだまだ修行が足りんぞ。瞬時の爆発力は、ここの横島に負けておった。精進することじゃな」

 「くっ……。判ったよ……」

 ソーサーを四枚破壊された所で本気になった事を見破られていた忠夫は、唇をかみ締めながら小さくそう答えた。

 どこかに甘えがあった。もっと早く気付けたはずだった。ソーサーの回転を同調させて圧縮させるなど、もっと早く実行できたはずなのだ。なのに、とっさに考えに浮かんだのは文珠でどうにかする事。

 これでは思考停止と変わらない。文珠は個数には限りがあるのだから。忠夫は右手を握り締めて、心に湧き上がるイラつきに身を震わした。

 「あんたの事だから、逃げる手段はちゃんと確保してたんでしょ? 生きてさえいれば何とかなるわ」

 忠夫に身体を寄せている令子は、彼の震えに気付くと後ろを振り向いて言った。

 「そう…だな」

 忠夫は振り向いて見上げてくる令子に、少し詰まりながらも彼女の言葉に頷いた。

 確かに忠夫は逃走用に文珠は用意していた。あの切羽詰った時でも、忠夫は二文字程度なら意識下から取り出して文字を篭め、発動させる事は楽にできた。

 (俺は何に拘ってるんだ? 逃げ道を用意しておくのは、GSとして当然の事じゃないか。……なのになぜだ。この敗北感というか、何かから逃げてしまったような焦燥感が湧き上がるのは……)

 「あんた んぅ 何を考え込んでいるのよ?」

 自分を抱きしめたまま何かを考え込んでいる忠夫を怪訝に思った令子は、再び頭だけを後ろに振り向けて訊く。

 ただ、忠夫の表情と様子からして彼にとっては深刻な事を考えているのだろうが、無意識のうちに自分の胸を揉むのは止めて欲しかった。いくら盾で隠しているとはいえ、表情や声は隠しようがないのだから。

 「えぁ? な なんだ、令子?」

 令子が振り向いた動作で気付いたのだろう。我に返った忠夫は、令子の問い掛けに気付いていなかったのか、逆に問い返してきた。 相変わらず彼の両手は、彼女の胸をヤワヤワと揉んでいる。

 「何を考えてるのよって、言ったのよっ(ぃぅ。スイッチ入りそう)」

 両方の胸から来る甘い感覚に流されまいとしながら、とりあえず忠夫に何を悩んでいるのか訊く。

 今訊いておかないと、こいつは忘れて思い出すのが困難になってしまうからだ。TPOを考えない行為については、それが終わってからシバク事にする。訊き返した時に篭めた意味はそれ以外にもあったが、忠夫は気付いていないようだし。

 「いや、その…な? さっきの老師が放った最後の攻撃の時な、思わず文珠を使うか迷っちまったんだよ。令子がソーサを重ねろって言わなかったら、多分使っていたと思う。その事が逃げちゃいけない何かから逃げたように感じたんだよ」

 令子の質問に、最初は言い難そうな感じだったが、彼女が強く睨むと訥々と喋る忠夫。相変わらず彼の手は、令子の胸をモニュムニュと揉んでいる。

 「(リズムが単調だから んく 何とか耐えれそうね くぁ) ひ 引く事は恥じゃないわ。あんたはさっきの攻撃を、無意識に私達……いえ、私には対処不能と感じたんだと思うわ(あぅ ふぁ)。
 そ それはあんたが、私の盾の能力を知らなかったからよ。だから文珠で対処、あの場合は逃げる事を選んだのよ。その選択は間違いじゃない。むしろ当然の事だわ(ひぁ ちょ 先っぽダメ!)。
 ぁぁ あんたが逃げたように感じているのは、老師の期待に応えられなかった事を無意識に気にしているからだと思う(や やば!)。
 だ だから、気にするなとは、い 言わない。おキヌちゃんに あ 会った後に、リベンジしたらいいわ……よ(い イきそうっ)」

 胸から響く甘い感覚に何とか堪えながら、令子は忠夫に言葉を紡ぐ。けれど的確に彼女の弱いところをついてくる為、声が微かに震えて昇り詰めそうになっていた。

 「なんでおキヌちゃんに会った後なんだ? 確かに今からじゃ、時間が無くて無理だが……」

 令子の的確な指摘に忠夫はハッとしたような表情になって、強引に彼女をくるりと自分に向けて問い返した。

 やっと忠夫の愛撫から解放された令子は、熱い吐息を漏らしながらもホッとした表情の中に、ほんの僅かの名残惜しさを滲ませていた。

 「な 何を言ってるのよ。あんたと融合したこの世界の横島クンと、完全に融合する為じゃない。何トチ狂ってるのよ?」

 「いやトチ狂ってるんじゃないぞ? 俺的には令子が助かったんだから、あまり積極的になれないというか……(なんかベッドインした時の様な雰囲気だな? 俺、なんかしたっけ?)」

 令子の瞳が潤み、頬を朱に染めて熱っぽく見てくるのに気付いた忠夫は、己が無意識に彼女を昂ぶらせていた事など全く以って気付いていなかった。

 「そう言ってくれるのは嬉しいんだけど、そうもいかないのよ」

 義母の百合子と一緒に七年もかけて矯正した結果、フラつきながらも令子を中心に見るようになった忠夫の言葉に、彼女の心の奥底では歓喜が湧き上がる。

 でも、今の融合した世界ではどうにもならない事に、令子の表情が翳った。

 「お二人とも、よろしいですか?」

 そこへ、小竜姫が二人の話が一段落したと判断して話しかけてきた。決して抱き合っている二人が羨ましくて、邪魔をしたわけじゃない……と思う。

 「あ…と、ごめん。何? 小竜姫」

 小竜姫に問い掛けられた令子は、肩越しに振り返って彼女に答える。

 「横島さんはあまり必要ないように思いますけど、美神さんは霊力を回復した方が良いかと思いまして。あと一時間半で老師の結界も解けますし」

 問われた小竜姫は、忠夫に抱き寄せられている令子を多少の嫉妬を滲ませて見ながら、結界が解かれた後の事を見越して霊力の回復を提案する。

 「そうね。回復してくれるのなら嬉しいわ。老師の攻撃を未来に飛ばすだけで、ごっそり霊力を持ってかれたしね。後で霊体痛が怖いわ」

 「それではこちらへ。霊体痛に関しては、軽減する丸薬を差し上げましょう」

 「それは有難いわね」

 令子の答えに小竜姫はそう言って、老師達が座る卓へとクルリと身体の向きを変えて歩き出した。彼女の表情は……あれ、笑ってる?

 (霊体痛を軽減する仙薬は、苦い事で天界では有名ですからね)

 散々目の前でいちゃつかれた事に、小竜姫は頭に来ていたのだろうか?

 「ふぅ……。さてと、あんた今、文珠をいくつ持ってるのよ?」

 老師との模擬戦や忠夫の無意識の愛撫など、諸々のことを吐き出すように溜め息を一つ吐いた令子は、彼に文珠のストックがいくつあるのかを訊いた。

 「え? あーっと、十八個だな」

 「じゃ、私に五つ。小竜姫に三つにパピリオに三つ。老師に二つ渡して、後はあんたが持ってなさい」

 「老師にゃ、必要ねぇと思うんだがな」

 令子が提案した文珠の分け方に、老師には必要ないと思うと零す忠夫。彼は少々、さっきの事が引っ掛かっているのかもしれない。

 「老師が暴れるのよ? 辺り一面が瓦礫の山になるに決まってるじゃない。だから、ここの修復用に置いていくのよ。老師なら、一つだけで修復可能かもしれないけど、念の為よ」

 忠夫が拗ねている事に気付いた令子は、老師に渡す理由を彼に話して納得させた。

 「……分った。しかし俺に残るのが五個か。いつも思うんだが、俺が持っている個数って、いつもカツカツだよなー」

 微妙に、顔に縦線が入った表情で嘆く忠夫。彼が搾取されるのは、ここでも変わらないらしい。

 「今回は仕方ないわ。世界融合しちゃったせいで、この世界の私がへそくりしていた文珠しか、もう無かったんだから。それも全部使っちゃったしね。
 タマモ辺りはまだ持ってるかもしれないけど、取り上げるわけにはいかないし、また溜めるしかないわよ」

 忠夫の愚痴に、令子は彼の背中をパンッと一度叩いて喝を入れた。

 「令子、そん時は手伝ってくれるんだろう?」

 喝を入れられた忠夫はそれならばと、令子の溜める発言にイヤらしく笑って彼女を抱き寄せようとした。

 「調子に乗るんじゃない!」

 令子は抱き寄せられながら、右拳を握って忠夫の腹に霊力のたっぷり篭った一撃を入れた。

 「ぐほぅっ……な なぜ……?」

 思いもしない不意打ちに、腹を押さえて崩れ落ちる忠夫。

 俺、何か間違ったか? と、腹を殴られて苦悶に呻きながら、もの問いたげな表情で忠夫は地面に這い蹲(つくば)ったまま令子に訊く。

 「あんたの相談を聞いていた時から、あんたをシバクって決めてたのよ! 人前でわたしを弄るんじゃない! いいわね!」

 「うぇ? 俺、んなことしてねえぞ!?」

 「無意識にやってるから、なお性質悪いのよ! おかげで危うく……って、何言わせるのよ!!」

 もう少しで胸だけでイかされそうになった事を言いそうになって、令子は再び忠夫を今度は神通棍でシバイた。

 「がはっ ちょ 悪かった。だから神通棍でシバクのは……ぎゃー!!」

 忠夫が謝ってくるも、令子は先ほどの羞恥を思い出してか無言でバシバシと殴りまくり、動けなくなった彼をそのまま放置すると、小竜姫達の許へとスタスタと歩いていった。

 「く くほー。苦労して戻ってきたのに……。昨日はあんなに乱れたくせにー。今夜こそ寝か へぶはっ」

 血塗れでズタボロになりながらも悪態を吐く忠夫は、今夜は絶対に寝かせないと言おうとして、どこからか降ってきた岩に潰された。

 「あ あんたって奴は! そ そう言うことを昼間っから言うんじゃない!」

 はぁ はぁ と、何かを投げ終わった姿勢で令子は大声で言い捨てると、顔を真っ赤にして走っていった。忠夫の言葉に昨夜の事を思わず思い出してしまったのだろう。

 岩に下敷きにされた忠夫を放置したままにして、令子や老師達は母屋へと入ってしまった。


 先ほどまでの立合いの名残か、忠夫を潰した岩の傍をひゅるりらと一陣の風がよぎっていった。


       続く


 こんばんは、月夜です。思い託す可能性へ 〜 じゅうく 〜(後編)をお届けします。
 相変わらすナチュラルにセクハラするうちの忠夫君に、やっと天誅を落とす事が出来ました。
 夫婦であった記憶を持つ二人のやり取りが、皆さんに伝わっているか不安ですが。
 今回は、色々変わってしまった彼らの霊能力の把握に努めてもらうお話しでした。ただ、忠夫の霊刀は今後どう変化するか、ちょっと先が見えないです。でも、××は出したいなー。
 銀座長州屋日本刀用語解説集を参考に、忠夫の霊刀の説明をしました。今まで峰打ちと思ってましたが、棟打ちが正しい呼び方だったんですね。国語辞書ですと、どちらでも良いみたいですけど。
 冒頭でも書きましたが、ご意見ありましたらお願いします。苦手なバトル表現や文章をもっと良くしたいものですから。
 もちろん、何も意見が無くてもレスが頂けれ尚のこと嬉しいです。
 誤字・脱字、表現がおかしいところがあればご指摘下さい。

 では、レス返しです。

 〜読石さま〜
 いつもレスをありがとうございます。今回のお話がお気に召されれば幸いです。
>1何故か隠し撮り写真を眺めて相好を崩す老師が……
 枯れてはいない老師ですが、なんだろう? 小竜姫さまに対しては複雑な愛情を持っているのかもしれません。祖父が孫の成長を喜ぶような感情もあるし、だけど女として見れるようになるには何時になるかとか? うーん、こう書くと光源氏みたいですね。ただ、老師自身が彼女をどうこうするとは、考えてないようです。彼女の婿になる者は、その範疇に入りませんが(笑)彼女に相応しいか、手痛い試しが待っている事でしょう(ニヤリ) ちなみに、盗撮は小竜姫さまの両親の依頼でもあります(笑)
>2何か凄く小竜姫さまの寝姿に萌えた!
 最近、寝姿描写が好きになってきました。小竜姫さまの寝姿は、かぶりつきで私も見たいです。凛とした女性が、寝ている時は丸まってるなんて萌えますよね!
>3美神さん寝ながら愛撫され続けられても起きない……
 夫婦生活が最低でも六年はありますから^^ その間、平穏に寝ている時はいつもやられれば、最初は拒否していても慣れちゃったのでしょう。彼女らは夫婦別ベッドなんて、考えてもいないですし。日常は令子が強くて、性生活になると、忠夫が主導権握ってるようです。
>4何時も飛んでいると背が伸びない・・・何となく納得してしまうのは何故だろう?
 これ思いついたのは、無重力では人間の背が伸び難いというのをどこかで見たからです。んで、ここから普通に空を飛ぶ事が出来る神・魔族はどうだろうって考えた結果、こうなりました。でも、一番の理由はパピリオの背を伸ばす理由として、これだったら違和感が無いという事でした^^
>5美神さん気配り上手!
 彼女の中では、パピリオも小竜姫さまも仲間以上になってるんだと思います。元々姐御肌なところもありますし^^ ただ、忠夫に関しては逆に甘えます。それはもう理不尽なくらいに(笑)
>番外
 明かすまでも無いと思っていたのですが、気掛かりが解消されたのなら良かったです。

 〜ソウシさま〜
 初めてのレスをありがとうございます。またレスが頂ける文章が書けるよう頑張ります。
>枯れてないのか…
 老師は枯れていないのです。今回張った老師の結界を、忠夫が知っていた理由でもあります。この結界の中で、小竜姫さまに見つからないように、天界と人界の綺麗どころを収めた映像鑑賞会などを前の世界でやってました。
 小竜姫さまを盗撮しているのは、趣味と実益を兼ねているのです。今回撮った物は封印しますが、それ以外はゲーム用資金に換わります。彼女の両親からの依頼ですから(笑)
>パピと小竜姫同行で……
 ここら辺は、おキヌちゃん次第でしょうか。小竜姫さまには、もう少し忠夫の煩悩に慣れて頂くイベントを用意してますけど、パピリオは……どしよ? 身体的に早過ぎますし……。
>文珠大量作成には……
 小出しに大量作成の条件は出していきたいと思います。今の所、女性が魂から昂ぶって忠夫を望めば大抵は出来ると思ってもらって構いません。ただ、この設定、欠点はある人物達に対して適用すると、万を超える怖い単位で出来ちゃうんです。ちなみに小竜姫さまで五十未満です。
 令子さんで出来た理由は、彼女が怒り以外の感情表現で天邪鬼だからです(笑)

 〜ETGさま〜
 初めてのレスありがとうございます。またレスが頂ける様な文章を書けるよう頑張ります。
>大人?モードパピリオが一番壺……
 まだまだ発展途上な彼女ですが、これから反面教師が増えますので忠夫に対してどう愛情をぶつけていくのか、ニマニマしながら見守って下さい。
 私は彼女の口調で、四苦八苦してますけど><
>パピリオにあーんしてもらえる……
 羨ましいですよねー。義妹からの”あーん”。小憎たらしい弟しかいない私には、丑の刻参り物です(>_<) 今回の岩潰しだけじゃ生温いか……な?(ニヤリ)
>ごっつい美神さん……
 ごっつい……女華姫様が頭に浮かんじゃいました(^^ゞ うーん、ETGさまの作品から読み取るしかないようですね(^_-)b
 今回の令子さんだとどうでしょうか? もっと策略を考えて、でもどこか抜けてる彼女が書ければ一番良いんですけど。


 レスをして頂いた方々に深く感謝を致します。

 次回投稿は、十月の中旬頃には出したいと思っています。
 では、レスがある事を切実に願いつつ、失礼致します。

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