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「この誓いを胸に 第十話(GS)」

カジキマグロ (2007-09-25 21:27)
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周りに生える木々は己の葉を全て地面に落とし、寂しい姿を晒す。
あんなに飛び回っていた虫達は、何時の間にか鳴りを潜め、静かに次の活動のときを待つ。
街を歩く人々はコートに身を包み、白い息を吐きながら身体を震わせている。

(寒い。)

中心街から少し外れた小道をのんびりと歩きながら、余りの寒さに男は無意識にそう思った。
彼は縁のある帽子を深々と被っている所為で、その表情は良く見えないが、身長は170前半で、体型は太り気味に見える。

そんな男の後ろには、中学生の少女が一人と、一匹の犬が終始無言で付いて来ていた。
彼は此処で楽しい会話でもあれば、この身を裂くような寒さを忘れる事も出来るかもしれないと思ったが……如何せん40代を過ぎる彼には、今時の少女が好みそうな話題など判らない。
最も、彼がそんな話題に通じていたとしても、今の少女にはそんな会話をする気など全く無いだろうが……。

男が虚空を見上げ、ため息を吐く。
息が白い。
しかしそれとは対照的に空を覆う雲は何処までも厚く、灰色。

(嫌な天気だ。)

男は顔をしかめながら視線を後ろにいる少女へと移す。
独特の色を持つ髪、凛々しい瞳、小さな紅色の唇、そして健康的で決めの細かな肌、一目見て整った顔立ちと判る。
そして中学生とは思えない程の大人びた雰囲気と身体。
人々は彼女の事を美女と言うのだろう。

(完全に母親似だな……。)

男は苦笑した。
少女の母親とは古い友人で昔からの知り合いだ。
少女の父親とはある理由で余り会った事が無いが、仮面を常に被っている不思議な男だった。
姿だけでない、雰囲気も不思議な男だった。
正直、古い友人の女性が何故あの男を伴侶に選んだのか、未だに彼は判らないでいた。

彼女曰く、運命らしい。

まあ、彼女自身も何処か変な女性ではあったのだが……。
兎も角、その二人の娘である少女の顔が、母親似でよかったと彼は思った。

「なに?」

前を歩く男が、自分の顔をじっと見つめている事に気付いた少女が、怪訝そうな表情を浮かべて口を開く。

「いや……。」

男は苦笑を浮かべたまま再び前を向く。
少女は美人だが、無愛想で笑わない。

それは昔からではない。
昔は向日葵のような笑顔を浮かべる可愛らしい少女だった。
しかし母親が病に倒れてから、段々と少女の顔から笑顔が消えた。
今では殆ど笑わない状態だ。
過去を知る分だけに如何にかしてやりたいが、男には如何する事も出来なかった。

「さて……。そろそろ教会に着く。まず、神父に挨拶をしなくてはね。」

男は後ろを振り返らぬまま、少女へと優しく声をかける。
既に教会の屋根の上に取り付けられている十字架が見え始めていた。

「おじさん。本当に行くの?」

後ろから少女が、押し殺したような声で話しかけてくる。

「不満かい?」

「………だって中学生のガキが一緒だって……。」

「キミだって中学生だ。」

「そうだけど………。」

「彼はキミよりも圧倒的に強いよ。」

男のその言葉に、少女の纏う空気が一変して険悪なものになる。
男は後ろを振り向かず歩いているので、少女の表情がどうなっているか判らないが、恐らく酷く歪んでいるのだろうと思った。

「素人のガキより私が弱いの?」

「彼を素人の枠にはめるのは正しくない。そこら辺のGSよりも遥かに強いさ……。」

「信じられないわ。」

少女が吐き捨てるように言葉を紡ぐ。
男はそんな彼女の態度にまた苦笑をする。

「認める事が出来ないかい? 美神の女として……自分よりも強い年下がいる事を……。」

「っ………。」

美神と言う言葉に、少女が思わず黙ってしまう。
男はそんな彼女の心情を察したが、あえて気付かないフリをして言葉を続ける。

「美神の女は強く、美しくなければならない。キミのお母さんの言葉だね。でも今のキミはお世辞にも強いとは言えない。」

少女は何も話さない。

「しかし才能はある。僕なんかよりもずっとね……。僕はもうこれ以上伸びないだろう。B級止まりのGSだ。しかしキミならお母さんと一緒のS級までなれる可能性がある。」

「………本当に?」

「ああ……。キミはとても才能豊かだ。正直羨ましいよ。しかしその才能の生かし方が判っていない。それでは駄目なんだ。だからキミには自分の可能性を見出して欲しい……。」

何時の間にか目的地である教会の全容が目の前に広がっていた。
飾り気がなく、至る所に汚れやひびがある壁。
そんなに汚れてはいないが、細かな傷が目立つ窓ガラス。
先程遠くから見えていた屋根の上の十字架は、此処から見ると雨風に長い事晒された所為か、酷く痛んで見える。
持ち主には悪いが、質素で立派な教会とは言えない。

「相変わらずボロい教会ね……。」

少女が独り言のように呟く。

「唐巣君らしいじゃないか? さて、それじゃあ中で待たせてもらおうか、令子ちゃん。」

男は後ろにいる少女を見ると、肩を竦めてそう言った。


この誓いを胸に 第10話  美神。


横島は暑いのは嫌いだ。
汗が服を濡らし、肌にべったりとくっつく。
その感じが如何も苦手だった。
故に彼は夏よりも冬が好きだった。
暑いのよりは寒い方が、まだ我慢できる。

「だが寒すぎだろ?」

顔をしかめて身震いをしながら、横島はそうぼやいた。
彼はローデングリーンの厚いジャケットと、膝辺りを態と色落ちさせた紺色のジーパンを着ている。
手の中には八神から貰った地図が握られており、目的地には赤いマーカーで印が付けられていた。

「教会ね……。」

横島が、地図に書かれている印をぼんやりと眺めながら詰まらなそうに呟く。
今日は第二土曜日で学校は休み、普通の学生なら楽しみで楽しみでしょうがない週末の筈なのだが……。

「何が楽しゅうて、貴重な休みを使って幽霊退治せねばならんねん。」

深いため息を吐く。
真っ白な息が、別の生き物の様にうねりながら宙に消えていく。

まるで怪獣の吐く息のようだな。

横島はその様子が面白かったのか、何度も深呼吸をしては白い息を吐き続けた。
その度に白い息は宙を舞い消えていく。
寒くて退屈な歩く時間も、これで少しは楽しめるというものだ。

「しかし限界があるな。実際もう飽きてきた。」

最後に肺の中の空気を絞り出す様に吐くと、横島は深呼吸を止めた。
そしてもう一度、地図へ視線を落とす。

「そろそろ見えるはずなんだが……。」

背の高いビルに囲まれた道を進み、コンビニのある交差点を右に曲がる。
すると回りの景色から一際浮いている教会の姿が、横島の目に飛び込んできた。

「此処だな。爺さんの話通りボロいな。」

引き攣った笑みを浮かべながら横島は、教会の敷地内に入る。
しかしその表情は敷地内に入ると一変して、目を見開き驚いたものになった。

「へ〜〜。でも扉とかは立派だな。それに掃除は行き届いてる。」

木製で重厚な扉を触りながら横島は感心して頷く。
だが、こんな寒空の下で何時までも感心している気は無い。
彼は直ぐに辺りを見回し、呼び鈴を探した。

「ノック式か?」

幾ら探しても呼び鈴が見つからないので横島は首を傾げた。
その時、ゆっくりと扉が開き、中から一匹の犬が姿を現した。

「どうも……。」

横島はその犬がジッと此方を凝視していたので、何となく頭を下げた。
すると犬は興味を無くしたかのように横島から視線を外すと、再び教会の中へ戻ってしまった。

「……可愛くないな。」

その呆気なさに横島は苦笑した。
我が家の犬とは大違いだ。
最も彼女の目の前でそういったら怒るが……。

「どうぞ。入っていいよ。」

教会の中から人の良さそうな男の声が聞こえた。
横島はその声に従い「おじゃまします。」と言って教会の中に入っていった。

「やあ、はじめまして。横島忠夫君だね? 私がこの教会で神父をやっている唐巣と言う者だ。宜しく。」

黒い服に赤い上着を羽織った背の高い眼鏡をかけた男…唐巣が、横島の前に人好きするような笑顔を浮かべながら近づいてきた。
大変な苦労をしてきたのだろう。
髪の毛の残量が厳しい。

「どうも、はじめまして。横島っす。」

そんな事を思いながらも口には出さず。
横島は社交辞令を淡々と行う。

「話は八神老から聞いているとは思うが、今日と明日を使い君ともう一人の子。そしてこの犬…マーロウと共に除霊作業をしてもらう。」

「この犬もっすか?」

横島が怪訝そうな顔をして唐巣と、地べたに寝そべっているマーロウを交互に見る。
そんな横島の言葉を聞き、唐巣の方も怪訝な表情を浮かべた。

「聞いていないのかい? この犬は唯の犬では無くてね。GS犬と言って、除霊作業をサポートしてくれるんだ。今回は彼が君たちのサポート役として、一緒に除霊現場までついて行くんだよ。」

「介護犬みたいなものっすか?」

「そうだね。まあ、私ともう一人…佐久間という人も、万が一に備えて待機しているけど……。しかし君たちの実力なら大丈夫だよ。」

唐巣が優しく微笑みながら横島の肩に手を置く。
大きくて厚みのある手だった。
それだけで判る。
この人は自分よりも遥かに強いと……。

「先生。来たの?」

後ろからドアを開く音と共に、女性の声が聞こえる。
横島は、何処かで聞いた事ある声だと思いながら後ろを振り返る。

「あっ……。」

「あっ……。」

お互いに顔を見合わせた二人が、言葉を発したのは同時だった。

「あんた……。」

「お久しぶりで〜〜す!」

「どわぁ!?」

女性…美神が言葉を紡ぐよりも速く、横島が彼女の下へ軽やかに移動する。
その様子に驚いた美神が上体を後ろに反らして、一歩後ろに下がった。

「いや〜〜。こんな所で会えるなんてこの横島忠夫。感極まります。ではあの時約束した電話番号とメルアドの交換を……。」

「誰がしたかーーーー!!」

「ぐぼはああーーー!」

美神の放った右拳を食らった横島は、宙で一回転しながら後方へ吹き飛んでいった。

「ちょっ……。美神君!?」

その光景に驚いた唐巣は、慌てて横島の方へ駆け寄る。

「あ〜〜。死ぬかと思った……。」

しかし横島はそんな唐巣よりも早く、上体を何事も無かったかのように起こす。

呆れた耐久力だ。

先程の美神の一撃は霊力が篭っていた。
霊力で強化された人間の拳をもろに食らったら、女子供の力と言えど、下手すれば成人男性が死んでしまう可能性もある。
しかし横島には外傷は見られず、痛そうに頬をさすってはいるが、別に赤く変色もしていない。

(条件反射的に防御した?)

唐巣の顔が険しくなる。
一体どれほどの打撃に彼は耐えてきたのだろう。
条件反射的に何かをするのは、簡単な事ではない。
何度も何度も気の遠くなる程の反復訓練が物を言うのである。

まあ、それ以外の理由として、横島という男が『自己防衛』に異常なほど優れているという事もある。
故に彼は早い段階から『逃げる』事は一級品だった。
今では八神にすら『逃げる』事に限定すれば負けはしないだろう。

(流石は八神老最後の秘蔵っ子。)

唐巣が眼鏡を左手で軽く上げた。

「あっ……あんた復活早いわね……。」

美神が赤い顔をして肩で息をしながら、横島に呆れたように声をかける。

「慣れてますから。」

「慣れてるって……あんた、何時も女性見つけたら飛び掛ってるの?」

段々と落ち着きを取り戻してきた美神が、横島を半眼で睨みつける。
そんな彼女の視線に横島は冷や汗をかきながら、首を横に振った。

「いやいや違うっすよ。女性に飛び掛るのは久しぶりっす。最近はストッパーが常にいたもので……。」

「何よ? ストッパーって?」

「ハハハ……。うちの子狐ですよ。」

「はあ?」

乾いた笑みを浮かべて、紡がれた横島の台詞が良く理解できなかった美神は、首を傾げ珍獣のように彼を見つめた。

「令子ちゃん駄目だよ。人を殴っては……。」

唐巣とは違う中年男性の声が室内に響く。
すると美神が出てきたのと同じドアから、中年の男が姿を現した。
この男もまた唐巣同様に人が良さそうだ。
しかし……それは見た目だけだ。
横島は、ゆっくりと此方の方へ歩いてくる男の目を見てそう思った。
彼は優しい表情とは裏腹に、観察するように自分を見ている。
唐巣とは違う。

(一番信用ならないタイプだな。)

そう考えながらも横島は、笑顔を男に向ける。

「はじめまして。横島っす。」

「あや? 礼儀正しいね。はじめまして。僕は佐久間という者だ。宜しく。」

横島の目の前まで来た男…佐久間が右手を差し出す。
横島は瞬時にその意味を理解し、自分の右手を差し出し、お互いに握手をする。
その時感じた佐久間の手は、厚みはあったが小さかった。

「僕は見ての通りの中年でね。唐巣君の様に優れたGSではない。だからキミたちのサポートは満足に出来ないと思うが……その代わりにマーロウを思う存分使ってくれ。」

「マーロウは佐久間さんの犬なんっすか?」

横島の言葉に佐久間が嬉しそうに頷く。

「そうだよ。僕はGS犬の調教師なんだ。マーロウはそんな僕の最高の傑作…最高のGS犬なんだ。」

「へ〜〜。」

佐久間の話を聞き、横島が適当に相槌をうつ。
彼は余程マーロウが誇りなんだろう。
少年の様に目を輝かせながらマーロウの自慢話をしてきた。
全く興味の無い横島にしては、そんな話如何でも言いのだが、此処でバッサリ話を終わらせるのも忍びない。
彼は、ひたすら第三者がこの話題を終わらせてくる事を祈りながら「へ〜〜。」とか「ほ〜〜。」とか「成る程。」とかの三種類の相槌をうち続けた。

「佐久間さん。そろそろ出発しましょうか?」

唐巣が苦笑しながら、一人盛り上がる佐久間に声をかける。
すると佐久間は、しまったという顔をしながら恥ずかしそうに唐巣に頭を下げた。

「いや、ごめんよ。唐巣君。マーロウの事になるとつい夢中になって……。」

「いいですよ。さあ、美神君準備はもう出来てるね?」

唐巣は頭を下げる佐久間を右手で制し、美神の方へ視線を移す。
彼女は小さく頷くと、椅子に置いてあった大きなリュックサックを手にとって、重そうに背負った。

「横島君は大丈夫かい?」

「ええ。用意はもうしてますから。」

そういって唐巣に小さな手提げ鞄を見せる横島。
その彼の荷物の少なさに横島以外の三人が、驚いた様に目を見開いた。

「少ないんだね。」

三人を代表して唐巣が横島に尋ねる。

「必要ないんで……。」

横島はそんな三人を見ながら苦笑をする。
その時、美神が一瞬此方を険しい表情で睨みつけてきた。
横島は少ない荷物である事に嫌悪感を抱いたのだろうとは思った。

「そうか、なら行こうか。」

唐巣が微笑みながら扉の方へ歩いていく。
横島達もそんな唐巣の後について行き、教会の外に出て行くのであった。


GSの除霊作業とは命がけだ。
故に彼らは情報を大事にする。
悪霊の形、大きさ、生前の情報、そして何時死んだかなどなど、こと細かく情報を依頼主から提供させる。
それだけすれば大体は悪霊のタイプなども判り、必要な除霊具も数を絞れるのだが。
GSが除霊現場に持って行く除霊具の数は多い。
何故かと言うと、悪霊は成長し変質する事があるからだ。
そういった不測の事態に備えるため、GS達の荷物は多いのである。


横島は黒ずみとひび割れで今にも崩れ落ちそうな、コンクリートでできた三階建てのアパートをぼんやりと眺めていた。
このアパートの屋上に悪霊が住み着いているらしい。
依頼者の情報では、不景気で会社をクビになり、母子には逃げられ、そして屋上から飛び降り自殺した40代の男性ということだ。
死亡して悪霊になってからもそんなに時間が経っていなく、まだ力も弱い悪霊だが……。

「二体いるな…。」

横島が屋上を見ながら呟く。
情報では一体だったが、もう一体何故か増えている。

「如何やら近くの霊が引き寄せられたらしいね。」

「そうみたいだな。」

無表情で佐久間が隣にいる唐巣に話しかける。
すると唐巣は腕を組み、彼に同意するように何度も頷いた。

横島はそんな二人を横目で睨みつけた。
そして彼は心の中で舌打ちをする。
佐久間の方は流石に役者だが、唐巣は正直な人なのだろう。
彼の表情や仕草で、直ぐに二人がこの事を知っていたのだと判った。

「不測の事態だけど大丈夫かい?」

唐巣が微笑みながら美神と横島の方を見る。
不測の事態なら止めろよ、と思ったのは横島の秘密だ。

「ええ、大丈夫よ。先生。」

美神が背負っていたリュックを地面に下ろし、中から次々に除霊具を出していく。
神通棍が2つ、投げナイフ式の神通棍が10、破魔札が30枚、閃光札が二枚、そして見鬼君。
それらを全て身体に取り付けると彼女は立ち上がって、アパートの屋上を凛々しい顔で睨みつけた。

「よし。横島君は大丈夫かい?」

美神の返事に頷いた唐巣は、今度は横島の方に視線を移す。

「うい〜〜っす。」

気のない返事をすると、横島は自分の手提げの中から道具を取り出す。
神通棍二つにパチンコ。
彼は神通棍を腰に装着して、パチンコを手に持つと、唐巣に向け準備万端と言いたげに親指を立てた。

「ちょっと、あんた。」

しかしそんな横島に声をかけたのは、不機嫌そうに此方を睨んでいる美神だった。

「そんな装備で如何する気なのよ?」

彼女の台詞には棘があり、横島を威圧するには十分だった。

「えっ……いや、俺って余り除霊具使わないんで……。」

「ふん……まあ、いいわ。足手纏いだけにはならいでよね。」

美神はそれだけ言うと踵を返し、アパートの方へ歩いていった。
横島はそんな彼女の背中を見ながら首をかしげた。
はじめて会ったときも無愛想な人だったが、今はより一層無愛想になっている気がする。

何かあったのだろうか?

そう思った彼は、険しい表情で美神の背中を見つめる唐巣へと視線を移す。
すると唐巣はそんな横島の視線に気がつき苦笑をすると「色々あってね……。」っと何処か寂しげにそう言った。

「そうですか……。」

横島もそれ以上は聞かずに、美神とマーロウの後を追って、アパートの方へ小走りで向かっていった。


先頭をGS犬であるマーロウが担当し、真ん中に美神、一番後方が横島という順番で、彼らは古いアパートの階段を上っていた。

アパートの中は外から見るよりももっと傷んでいて、天井や壁の至る所にひびや穴が開いていた。
これだけボロボロだと雨漏りもしている筈、コンクリートの中の鉄筋はもう錆びているだろう。
あんまり派手に除霊すると、ビル自体が崩壊してしまう可能性がある。
横島は辺りに気を配りながら、悪霊との戦い方を考えていた。

「横島君、集中して。」

そんな横島の姿を見た美神が、彼に相変わらず棘のある声で注意をする。
彼女には今の横島が気を抜いていると見えたのだろう。
まあ、無理は無い。
横島は物事を真剣に考えれば考えるほど、間の抜けた表情になるのだ。

「すいません。」

その事を判っていた横島は素直に謝る。
何回か学校の先生に注意されたが、別に直す気は無かった。
こういったのも人を騙す道具となるからだ。

「まったく……。」

それを知らない美神が呆れたように呟く。

「ワン。」

その時、先頭でずっと匂いをかいでいたマーロウが後ろ向き吠える。
見れば屋上へと続く、赤茶色に錆びた鉄の扉が目の前にあった。

いよいよボス戦か……。

そう思った横島は、手に持っていたパチンコに銀で出来た玉を装着する。

「本当にそれで戦う気?」

美神が右手に神通棍を持ち、左手に破魔札を数枚持って横島に訊ねる。

「ええ。パチンコって言ったら子供の玩具としてしか印象が無いかもしれませんが、元々は石や鉄くずを飛ばして相手にぶつける武器です。強力なゴムを取り付けたパチンコは殺傷能力が十分にありますよ。」

「そうなの?」

「そうっす。それに銃と違い放つときに直接指で触れるから、銀の玉に霊力も込められるんっすよ。」

「へ〜〜〜。」

横島の話を聞き、美神が意外そうに目を見開き感嘆の声を上げる。
ちょっとは見直してくれたらしい。
すると直ぐに調子に乗るのが、横島忠夫と言う男だ。

「そうでしょ? 俺だって考えてるんっすよ? すごいでしょ?」 

「はいはい、そうね。ところでマーロウ。外の様子は如何? このまま扉を開けても大丈夫?」

「ワン。」

まあ、此処で軽く流されるのも横島忠夫という男なのである。
ちょっぴり瞳に涙を溜めながら横島は口を閉じた。

「よし、じゃあ行くわよ。」

美神がマーロウの反応を確認すると、扉に手をかけて………開けた。

扉の向こうには、二体の幽霊が下を向いて、何やら呪文のようなものを呟いていた。

思っていたよりも悪霊化が進んでいる。
横島は心の中で舌打ちをした。
一気に蹴りをつけようと思ったが、此処は安全策をとった方がいいだろう。
幸い相手は此方に気がついていないようだし、簡易な結界を張る時間は十分にある。
その後は、そこからパチンコで二体を狙い撃ちだ。
卑怯かもしれないが、それが一番安全な方法だった。

「我が名は美神令子! 死者よ! 何故死してなお、現世に残るか!?」

横島が自分の作戦を美神に言う前に、彼女が霊力の篭った声を悪霊に投げかける。
別に彼女は間違ってはいない。
悪霊への問いかけは、除霊行動をする前に行うGSとしての一つの礼儀みたいなものだ。
また、彼らの魂の叫びを聞くことで、除霊出来る時もあるのだから、決して問いかけが無駄と言う訳ではない。
だが、そういうのは万全を期した状態でしなければならないのも事実であり、美神はまだそういった所が理解できていなかった。
最も横島の場合、そう言った礼儀を無視して、問答無用で除霊しようとしていたが……。

「俺は悪くないんだ………。あいつが俺を陥れたんだ………。おれはまじめだったんだ……。」

「俺のミスじゃなかった……。なのに俺のミスにされた……。俺じゃないのに……。」

美神の声に反応した悪霊達が、段々と声を荒げ始める。

「俺は!! 悪くない!!!」

横島達から見て右側の悪霊が、一際大きな声で怒鳴り上げると、此方を血走った目で睨みつけた。
それに驚いた美神が身体を強張らせ、神通棍を両手で構える。

彼女は反射的にそうしてしまったのだろう。
両手で神通棍のグリップを握ってしまった為、左手に持っていた破魔札がくしゃくしゃになってしまった。

(来る!)

美神はそう思い、歯を食いしばりながら気圧されないよう悪霊を睨みつける。

しかし次の瞬間、此方を睨みつけていた悪霊の眼球に銀の玉がのめり込んでいた。

「ぐぎゃあああああーーーー!!」

悪霊が断末魔の悲鳴を上げ、顔面を押さえながら地面にのた打ち回る。
美神はその光景を呆然と眺めていた。
彼女には何が起こったのか判らなかった。
否、それは彼女だけでなく、もう片方の悪霊も同様に呆然としていた。
唯、マーロウだけは静かに、苦しげに地面を転がる悪霊を見つめていた。

空気を切り裂く音が、辺りに響く。

その度に鈍い打撃音と絶叫が聞こえる。

「悪いな。」

他人事のように呟いた横島が、銀の玉に霊力を大量に込める。
霊気の圧縮に優れている彼ならではの芸当だ。
そして弾丸のように放たれた玉は、既に多くのダメージを蓄積した悪霊の体を、呆気なく消滅させた。

「まずは一人。」

無機質な声の呟きが、美神の耳にはやけに良く響いた。

「あっ………ああ……。」

悪霊が青い顔を更に青くして、身体を震わせる。
横島からは殺気や威圧感は無い。
ただ何処までも無機質で客観的な視線だけを悪霊に送る。

それが言いようの無い恐怖を感じさせた。

「痛いのは嫌だろ?」

唐突に横島が口を開く。

「怖いのは嫌だろ? 苦しいのも嫌なはずだ。どうせ死ぬのなら美女の膝枕か、胸の中だ。特に美乳だな。大き過ぎず小さ過ぎず……形の整ったのが良い。」

シリアスでもコイツは横島だ。
悪霊は困惑しているようで、視線を忙しなく左右に動かしている。

「だが、残念ながらあんたは美女の胸では死ねない……。いや、成仏出来ない。」

淡々と言葉を紡ぐ横島。

「だが、今のあんたには痛くなく、苦しまず、怖くない成仏の仕方がある。」

「えっ………。」

悪霊が目を見開き、声を上げる。

「俺の言うとおりにすれば、楽に成仏できる。」

変かもしれないが、美神は横島の言葉に反応して、悪霊から少しだけ生気が湧いたような気がした。
しかし彼は如何するつもりなのだろう。
今の悪霊は恐怖しか感じていないに……。

まず絶対に恐怖では成仏出来ない。
その者の未練を断ち切らない限り成仏など出来ないのだ。
もし横島が、その未練を断ち切るといっても無理だろう。
この悪霊は憎しみで現世に残っている。
故にそれを断ち切るには、彼の憎しみを晴らさなければならない。

即ち、復讐。

俄然無理な話だ。
そう結論付けた美神は、隣にいる少年が如何するのかを……静かに見つめていた。

「じゃあ目を瞑って。」

横島が表面だけの優しい笑顔を悪霊に向ける。
だが、悪霊は自分が恐怖や苦しみを感じないで成仏出来ることに舞い上がっており、その事に全く気付かない。

彼は言われた通りに目を瞑った。


そして…一瞬だった。

一瞬で隣にいた横島が悪霊の前まで移動すると。

次の瞬間には悪霊の顔が宙を舞っていた。

美神はその時宙を舞う悪霊の顔が、とても安らかなものに見えた。

「すまんな……。」

静かに呟かれた横島の言葉は、今にも泣きそうだった。


一方的な戦いは終わった。
結局この横島という少年は、始めから全てを支配していた。

恐怖と言う得体の知れないものを巧みに使って……。

美神はそんな横島の姿を見て、自分の中のどす黒い何かを感じた。
腹の下から湧いてきて、まるでヘドロのように気味が悪い色で、気分を悪くさせるもの。

「怪我とか無いっすか?」

何時の間にか横島が、心配そうに自分の顔を覗きこんでいる。
初めて出会ったときよりも伸びた彼の背は、もう自分と変わらない。

鬱陶しかった。

あきらかな好意と判っていても今の彼女には、そんな横島が鬱陶しかった。

「ええ。」

だから吐き捨てるように言葉を投げかけた。
それなのに横島はホッとした様に胸を撫で下ろし、笑顔を此方に向けてくる。

その表情は先程戦っていた者と、同一人物にはとても思えない。

普段の顔と戦う顔。

今の横島には、はっきりとした二つの顔がある。
母親と同じだ。
先生と同じだ。
おじさんと同じだ。
自分には無いものだ。

羨ましかった。

彼はこの数ヶ月で凄まじく成長した。
しかし自分は、相変わらず足踏みをして前に殆ど進んでいない。
強くならなければならないのに……。
一人で立たなくてはならないのに……。
思いは空回りして、自分の力を何時も発揮できない。

悔しかった。

ママと強くなると約束したのにこの体たらく。

美神が歯を食いしばり、真っ白になるまで硬く拳を握る。

「美神さん?」

横島はそんな美神の様子に怪訝そうな表情を浮かべて首を傾げた。

その時轟音と共に鉄の扉が蹴破られ、中から唐巣が姿を現した。
彼は顔を真っ赤にして、肩で苦しそうに息をしている。
恐らくは一階から階段を急いで駆け上がって来たのだろうが……。
その程度の運動で、此処まで疲労をあらわにするとは思えない。

唐巣は呼吸を整えながら足早に此方に近づいてくると、何ともいえない表情で美神の前に立った。
嫌な予感がする。
横島は直感的にそう思った。

「美神君……。落ち着いて聞いて欲しい。」

本当に苦しげな表情を浮かべる唐巣が、美神の瞳を確り見ながらゆっくりと口を開く。

「キミのお母さんが……先程亡くなられた。」


閃光札。
霊力を込める事によって強力な光を出すお札。


あとがき。

まずは此処まで読んでくださった方々に感謝を……。

前回アンパンマンについての回答有難うございました。以外に皆さんが返してくれたのでびっくりしましたw。

さて、では次回も読んでいただけたら幸いです。


レス返し。

いちこ様。
シロへの首輪。案外受けがよかったのにびっくりです。

月夜様。
最初から読んでいただきありがとうございました。面白いと言って貰えることが何よりの励みになります。これからも読んでいただけたら幸いです。
後、誤字について有難うございました。訂正します。

白鴉様。
シロ妹は横島の中では確定ですw。アンパンマンについて有難うございました。そうですか……消えるんですね…。恐ろしい。

Tシロー様。
シロとの散歩は横島にとって、とても良い試練だと思います。彼は身体だけは頑丈なので……。

樹海様。
確かにチョーカーあたりだったら首輪にしかシロの姿を想像できない…。一応腕輪か原作通りのネックレスを考えているのですけどね〜。

ながお様。
読んで頂きありがとうございます。一家に一匹のタマモ…私も欲しいですね〜。おキヌちゃんはそろそろ登場予定です。

鹿苑寺様。
アンパンマンの顔の恐ろしい真実……。そうかあれこそが対バイキン用最終兵器だったのか!? その事実に私は興奮してしまいました。

陰陽寮についてはなるほど……そうなんですか。私の知識はインターネットからなので間違っていたのでしょうね。どうも有難うございました。

内海一弘様。
クソ爺がシロにチョーカーをつけたら犬塚父との全面戦争が……どっちが勝つか書いている私にも判らないというカオス。

タマモとシロ、どっちが姉かと言う話は、次の次に書こうと思っています。

風来人様。
アンパンの真実はどれもこれもびっくりです。タマモは原作よりも大分丸くなっています。

DOM様。
タマモとシロのポジションは次の次に書きます。兄上については私的には文句なしの理由でした。違和感も無しです。

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