――――俺、横島忠夫は困っていた。
うん。今の自分の心情を表わすのはを困る、という表現が一番しっくりくる。
今いるのはブラドー島の古城の部屋。比較的広いこの部屋には現在吸血鬼の仲間たちが集まってる。夜中になったのでみんな元気いっぱいだ。
あのあと日が昇ってしまうので城へと戻った俺たちは日が沈むまで眠りについた。寝たのはベットや布団ではなく棺桶の中だったが別に不満はない。吸血鬼となった自分にとってはむしろ居心地が良かったくらいだ。
で、日が沈み目を覚ましたあと、ここに集合して目の前のご主人様に昨日の報告をしていたというわけだ。
「ピートめ……あくまでも余に逆らう気だな! たとえ息子といえども我が野望を妨げる者は許さん!」
報告を聞いたブラドー様は怒っていたようだが、報告はつつがなく終わった。ちなみにピートがブラドー様の息子だったことはすでに他のやつに聞いてある。感想としては「だからこんなに顔が似てるのか」ということだけだった。ん? 言葉の壁はどうやって越えたかだって? …………そりゃあブラドー様の魔力で操られている者同士、言葉くらい通じるに決まってるじゃないか。だから俺がブラドー様に報告ができたってわけだ。うん、きっとそうだ。そうに決まってる。
と、話が逸れたな。ここまでは特に何ともなかったんだ。困りはじめたのはブラドー様が後ろのカーテンを開け、世界地図を見せてきてからだ。
「余はこの世界すべての王となるのだ!」
その世界地図を示しながら堂々と宣言するブラドー様。そしてそんなブラドー様を称えるみんな。いや、それはいい。世界征服を狙うものとして世界地図もしくは地球儀の前で世界征服宣言するのは必須事項といっていいだろう。なかなかサマになってるし、ポーズも決まっている。でもひとつだけ、しかし大きな一つがおかしい。
「ブ、ブラドー様……なんスか、それ……」
「ん? なんだおまえ。世界地図を見たことがないのか」
いや、そんなきょとんとした顔で見られても困るんスけど。ブラドー様、世界地図は世界地図でもそれは中世の世界地図じゃないっスか。大陸がアジアとヨーロッパとアフリカしかないし、世界のはじっこが描いてある時点でもうダメダメっス。
ああ、文句を言いたいのに魔力のせいで絶対服従だ。くそう、目の前にすばらしいボケがいるというのにツッコめないとは、これは一種の拷問か?
「ふむ、しかしピートは人間に助力を頼んだか……」
なにやら神妙そうな顔になっている。ううむ、こういう顔は初めて見た。いや、たった一日程度の付き合いなんだけれども。
「どうしたんスか?」
「……余は人間を侮ってはおらぬ。奴らは余の想像を超えたことをしでかすからな」
驚いた。てっきり「下等な人間どもめ、余の前にひれ伏すがいいわー!」なんて考えていると思っていたのに。ブラドー様はこっちを見ながら語り始める。
「人間を侮ったからこそ700年前は不覚を取り、4年前には酷い目にあった。ならば今回は油断せん。ピートが呼んだ奴らを徹底的にたたきつぶしてピートを返り討ちにしたのち、余は世界征服に乗り出す!」
「4年前ってなんすか?」
ピートの話じゃあブラドー様は何百年も眠ってて、この前起きたってことだったんだが、はて。
「む…………まあよいか。話してやろう」
眉をよせて渋っていたようだが、どうやら話してくれるようだ。何とも微妙な顔をしているがいったい何があったのだろうか。
「ピートは余がこの前目覚めたと思っておるようだが……実は4年前から起きていたのだ」
「へっ?」
「700年ぶりに目覚めた余はまずは腹ごしらえをしようと陸へと飛んだのだ。だがさすがの余も目覚めたばかりで力が出なくてな。もう少しで陸という所で危うく海に落ちるところだった」
落ちたらまずいんじゃ……。吸血鬼は流水に弱いっていうし。ん? 流水を越えられない、だったか? でも海の上を普通に飛べるみたいだし、やっぱり流水に入ったらまずい、でいいのか。
「そこで運よく船が通りかかってな。海の男どもなんてむさ苦しくて御免だったが、背に腹は代えられん。えり好みしないで襲いかかったわけだ」
「本当に運がよかったっすね」
「うむ。しかし帆がなくても動く船とは驚いたぞ。どうやって動いているのかいろいろと調べていたらいきなり爆発したが」
「へ、へ〜。そうっすか」
いろいろって……エンジンになんかしたんやろなぁ。そうじゃなかったら船が爆発するなんてありえん……まあ、危ない人たちが危ない荷物とか積んでたんなら別か。
「よく無事だったっすね」
「いくら能力のほとんどが使えなかったからって、爆発くらいで余が死ぬものか。で、血も吸って活力を取り戻した余は再び陸を目指したわけだ」
ん? 今のどこに酷い目にあった話が出てきたんだ? ……むさ苦しい海の男の血を吸ったことか。ああ、それは何物にも代え難き苦痛だ。俺なら死んでも吸わん。たとえ砂漠の真ん中で死にかけていても絶対にな!
「……陸に着いた余はさっそく獲物を見つけた。700年前には見慣れない顔つきだったし、女と呼ぶには幼かったが口直しがしたかったのでな」
俺なら我慢してでも美人のネーちゃんを探すけどなー。子供に襲いかかったら今まで築き上げてきた俺のイメージが崩れるやんか! いや、でも吸血鬼って処女の血を好むって聞いたことがあるよな。年上のネーちゃんだと処女の可能性は低いし、美人ならなおさらだ。……だとすれば少女を襲う方が吸血鬼として正しいのか? いくらなんでも中学生なら大丈夫だろ……っていかん!
「俺はロリじゃない、俺はロリじゃない、俺はロリじゃない…………」
「……なにを壁に頭をぶつけておる」
「あ、すんません。つい。で、その少女か幼女かは知りませんけど襲いかかったんですよね」
俺の言葉にブラドー様は「少女だ」と律儀に返してから、苦虫を100匹くらい噛み潰したような顔をした。うわっ……仕事で経費を使いすぎた時の美神さんみてぇ。
「いや、襲ったのではない…………
襲われたのだ」
……………………は?
今、ブラドー様はなんて言った? 襲いかかられた? WHO? 少女に?
「……ウソっすよね」
「余がなぜ嘘をつかねばならん。……お前の気持ちもわからんでもないが」
いや、だって、ねえ?
「……で、その子は返り討ちっすか」
「…………」
急に黙り込んだブラドー様。ギリギリと歯を鳴らして本当に悔しそうな顔をしている。……わかってしまった。負けたのだブラドー様は、その少女に。
いくら目覚めたばっかりで、ろくに能力が使えなかったとしても相手は古参の吸血鬼。それに勝つなんてどんな少女だ。絶対会いたくねー。
「…………余は誓った。必ずこの屈辱を晴らすと! そのために城に籠り力を取り戻すのに2年。さらに2年かけて新たな13の技を身につけたのだ!!」
手を振り上げてそう宣言するブラドー様。凄まじい気合いが伝わってくるが、いかんせん内容があまりにもアレだ。4年前に少女だったなら今でも20歳を超えているということはなかろう。受けたカリを返すという姿勢は立派だが少し大人げなくないか。……俺も人のことは言えんかな。犬畜生に対してムキになったことがあるし。
希代の大ボケで、その上大人げない。ボケだけでも致命傷なのにこれでとどめだ。なんでこんなやつに噛まれてしまったんだろう。昨日は吸血鬼化してパワーアップした自分に「これだったら桃に勝てる! ……かも」なんて酔いしれていたが、こりゃあ本格的にマズイな。美神さんをドレイにした後なんとかこいつの支配から逃れよう。美神さんなら方法の一つや二つ知ってるだろうし。
「ブラドー様。俺はGSたちが攻めてきた時のための準備をしに行ってきます」
「うむ。まかせた」
準備のために何人か連れて広間を出ていく。さて、そうと決まったら美神さんの血を吸うことが第一目標だ。万全の準備でお出迎えといくか。
――――ああ、ブラドー様から自由になったらオカンと桃の血を吸わんと。あいつらに吸血鬼になったことが知れたら確実にシバかれるからな。え、親父? オカンが味方になったらあんなやつ屁でもないわ。
〜兄妹遊戯〜
第六話『長』
バゴッという音と共に城の床の一部が崩れる。城の廊下に何度か破壊音が響いた後に現れたのは人が一人通れるくらいの穴。そこから人影が顔を出して辺りをうかがったのち、全身を穴から現した。
「クリア・です」
己が出てきた穴に向かって声をかける人影。それが合図だったのか、穴から次々と人影が現れてくる。最後の一人が出てきたところで、二番目に出てきた人影が声を発した。
「侵入成功ね。ご苦労様、マリア」
「どういたしまして・ミス・美神」
穴から出てきた集団は昨日地下へと逃げだしたGS達−3名+1名の合計5名。どうやら地下から城に侵入してきたようだ。よく見ればマリアは手にツルハシを持っているが、これで地下を掘り進んできたのだろうか。
「ここまではうまくいっているようだね」
四番目に出てきた人物の名は唐巣和弘。通称神父。美神の師匠であり、今回GS達に救援を求めた張本人だ。特徴は丸メガネと冴えない顔、そして人生の長い友達がどんどん去っていっているその頭だ。これで世界で10本の指に入る腕前のGSなのだから人は見かけによらないというかなんというか。
「さて、ここからどう行けばいいんじゃ?」
「ここは……ええっと。あっちに行けば上へ続く階段があります。ブラドーは一番上の階にいると思いますから、まずはそちらへ向かいましょう」
五番目に出てきた人物が疑問を発すると三番目に出てきた人物があたりを見回してそう返す。
五番目に出てきた人物はカオス。最近活躍しているようで活躍できていない人物だ。……すまん、お前自身が活躍している姿が思い浮かばないんだ。
三番目に出てきた人物はピート。はるか昔ではあるがこの城に住んでいたことがあるので道案内役を頼まれている。実は城の老朽化とともに住む場所を村に移していたため、城へ入るのは何百年ぶりだったりする。……だから四年前にブラドーが目を覚ましていたことにも気付かなかった。一年に一回でいいから見回りくらいはしとこうよ、キミ。
「よし、それじゃあ見つからないうちに行きましょうか」
その言葉と同時に城の外から爆発音が聞こえた。
突然聞こえた爆発音に、しかしブラドーと忠夫はすぐに対応する。
「来おったか……よし迎撃だ!」
「第一班から三班までは爆発があった場所へと向かえ! 第四班から六班まではここで待機……」
忠夫は皆へ指示を飛ばすがその言葉の途中で再び爆発音が響いた。今度はさっきの爆発とは反対方向、しかも城のすぐそばからした。何があったかと思っていると、城の外で番をしていた第七班の一人が広間へと駆け込んでくる。
「報告します! 爆発物で城壁を壊して、城の西側から村のみんなが攻めてきました!」
「なにぃ!?」
ブラドーは困惑する。自分の支配下にない村人たちの人数は少ない。人数でいえばこちらの方がはるかに上。しかもここは朽ちているとはいえ城だ。守るに易く攻めるに難いここを攻めてくるなら一点突破で来ると思ったので、城の両側から攻めてくるなど考えていなかったのだ。
(ならば最初の爆発は囮か?)
そう判断するのも当然だ。最初の爆発で城の戦力を外へと向け、手薄になった城を反対側から攻める。なるほど理にかなっている。なんの失敗かは知らないが、こちらが戦力を外に出す前に第二陣が攻めてきたようだが。
「第一班から二班は念のため最初の爆発があった場所へと向かえ! 第三班から五班は村人たちを迎撃! ……ブラドー様。少し気になることがありますので六班を借ります」
「よし、まかせよう」
忠夫は六班のみんなと共に広間を出ていく。その後ろ姿を見つつ、ブラドーは彼をリーダーに任命してよかったと思った。
(GS達の仲間なら有能だろうと思って任命したが……なかなか。昨日の塞がれた道を突破するのではなく違う道を探すという判断を即座にしたことといい、今の指示といい頭の回転は早いようだな。『準備』のほうもどこであんな技術を身につけたのだかな)
意外なところで意外な人物からの評価は高い忠夫だった。
エミは踊っていた。戦場の踊り子となっていた。彼女の周りでは怒号や銃弾が飛び交い、血が飛び散る。そんな中優雅に踊る彼女ははたから見ると非常識で非現実的なものであったが、彼女と村人にとってはこの踊りは必要不可欠なものであった。
「うおおぉぉぉぉ!」
いつの間にか彼女へ近づいていたブラドーに血を吸われた村人(以下村人´)が角材を振りかざしていた。エミは踊りに集中しており全くよけようともしない。あわや彼女の頭から真っ赤な噴水が飛び出ることとなる寸前でエミの前に人影が飛び込んできた。
「ぐあっ!」
人影は村人´の角材をその身で受け止めるとそのまま倒れた。エミは自分を守ってくれた村人に一瞥もせずにひたすら踊り続ける。
やがてカッと目を見開くとエミの全身から膨大な量の霊波があふれてくる。
「霊体撃滅波っ!!」
エミからあふれた霊波は周囲へと広がり、周りの村人´達へと到達する。
「「「ぐああぁぁぁぁぁ!」」」
霊波が達した瞬間、苦しみうめきだす村人´達はそのまま倒れて動かなくなった。意識はあるようだがもう戦闘不能だろう。これで城の外を見張っていた者たちは全滅した。エミはその光景を目にすると、自称新世界の神のノートな少年ようにニヤリと笑った。
「計画通り」
彼女が今放った『霊体撃滅波』は一撃で周囲の霊体を吹き飛ばす必殺技だ。普通の人間には全く効かない技だが、どうやら吸血鬼の魔の部分に効いたらしい。エミは村人の全てが吸血鬼かダンピールだと聞いてから霊体撃滅波が効くのではないかと考えていた。その考えは今証明されたわけだ。物理的攻撃には強くても直接魔の部分に攻撃されるのには弱かったようだ。
その後ようやく自分を守った村人へ顔を向ける。村人はいまだに地面に伏したままだ。霊体撃滅波は放つまでに三分間の呪的な踊りをせねばならず、その間まったく無防備になる。だから先ほどのように守ってもらわねばならないのだ。
「おたく、大丈夫?」
「な、殴られたのは大丈夫だったんだけんども……今ので立てなくなったべさ」
「あ」
霊体撃滅波はターゲットの選択なんてせずに周囲へ影響を及ぼす技だ。たとえ味方であろうとも攻撃してしまったのだろう。周りを見てみると倒れた者たちの中に見知った顔がちらほらとあるのに気づいた。そのことに気付かなかったエミは頭をかきつつ、皆に告げる。
「放つ時は合図するから急いで離れるワケッ!」
「「「イ、イエス、マム!」」」
村人たちの怯えを含んだ返事が返ってきた。そうしていると城の中からかなりの数の敵の増援が出てきた。エミは再び踊りを始めつつ、計画が成功しつつあることを感じていた。
――――さーてと、いっちょ派手にいくワケ。
彼らが立てた計画はこうである。まずGS達・エミとほとんどの村人たち・冥子と残りの村人たちの三グループに分ける。冥子たちは地上の東側、エミたちは西側から攻め、なるべく敵の目と戦力を引き付ける。その間にGS達は地下から城へ潜入してブラドーを抑えるというものだ。また、美神たちは冥子一人で十分な戦力なため彼女に付ける村人の人数はなるべく減らした。できるならすべての村人をエミに付けたかったが、それだと冥子が一人になってしまう。彼女が一人で夜の森を歩くのは不可能なので、泣く泣く貴重な戦力を割いたわけだ。……先ほどの爆発音からして彼らは冥子の暴走を抑えるという役目は果たせなかったようだが。
美神たちはボロボロだった。服は見るも無残になり、全員疲れ果てている。座り込んでいる姿はさながら戦場の兵士のつかの間の休息か。
「な、なんで城の中にこんな仕掛けがあるのよ……」
「僕も知りません……」
心底疲れたというように美神がため息交じりに聞くと、ピートもまた疲れたように告げる。彼らは階段を上りきったところで座り込んでおり、ようやく五階あるうちの四階まで上がったところだった。
なぜこんなに疲れているかというと話は彼らが二階に上がったところに遡る。
城の中に人影は見えず、計画が順調に成功していることがわかった。誰とも遭遇せずに二階まで登り廊下を歩く。階段は一階から五階まで繋がっているのではなく、一階一階別の所にあるのでこうして廊下を歩かなければならないのだ。そうして二階の廊下を歩いているとカオスが急に立ち止まった。
「どうしたのよ?」
「いや、いま何か踏んだような……?」
カオスは足元を見るがそこには何もない。気のせいだったかと歩き始めようとすると、ピートが人差し指を口にあてて皆を黙らせた。
「何か聞こえませんか?」
「?」
美神たちは耳を澄ませるが何も聞こえない。カオスに続いてピートまでどうしたのかと注意しようとすると、美神の耳にも何かが聞こえてきた。音はだんだん大きくなっていき、みんな耳を澄ませる。
「なにかしら?」
「何かが転がるような……?」
「いやな予感がするのう」
「未確認物体・接近中」
マリアの警告に身構えたみんなの前に音の発生源が彼らが来た方向から姿を見せた。
「「「「インディ・ジョーンズ!!」」」」
マリア以外の四人の声が揃って響き渡る。廊下の奥から姿を見せたものはただの石でできた球だった。……だがそれは大きかった。廊下のほとんどを占める大きさをもち、彼らを潰すには十分な速度を持って近づいてくる。
「せ、戦略的撤退ぃーーー!」
美神が叫ぶ前にみんな走り始めていた。だが石球は皆が走るよりも速く転がってきて、彼らとの差はどんどん縮まっていく。
「あ! あそこが階段です!」
ピートが指さしたその先には三階へ続く階段が見えた。全力でそこまで走り切ったところで石球が彼らに追いついたが、階段を通り過ぎてそのまま廊下を転がっていった。
そうして三階へ上った彼らだったが、そこ廊下にも様々なトラップが仕掛けてあった。
落し穴の底にはとりもちが敷き詰められていて脱出に苦労したし、飛んできた矢の先端にペイントボールがつけられていて服がカラフルになったり、いきなり天井が開いたかと思えば様々な虫が大量に上から落ちてきたりした。極めつけは三階から四階へ上っている途中で階段がいきなり滑り台状になりゴロゴロと転がるはめになった。おまけにいつの間にか滑り台に油が塗られて上るのに苦労した。……その全てに全員が引っ掛かったのである。ちなみにマリアのセンサーは最初の落し穴の時にぶつけて壊れてしまっていた。
そんなこんなで四階まで上ってきた美神たちだがトラップにかかっているうちに精神的にも肉体的にも疲れ果てていた。
「まずいわね……今敵が来たら……」
「敵が来たら、なんスか美神さん」
美神のつぶやきに廊下の先から声が返ってきた。全員が戦闘態勢をとると、声の主が姿を現した。
「やっぱり外は囮っすか……その姿を見る限り見事に引っ掛かってくれたようですね」
「横島ぁ……!」
「んな怖い顔せんで下さいよ」
おー怖っ、なんて言っている忠夫を無視して美神はひたすら睨みつける。美神は彼の発言でわかったのだ、あのトラップ群は彼が仕掛けたものだということが。昨日の恨みも含めて彼女の忠夫に対する怒りは頂点に達した。
「いくわよっマリア!!」
「イエス・ミス・美神」
疲れを忘れて忠夫に襲いかかる。だが完全に我を忘れているわけではなく、最初の予定通りマリアと二人がかりで向かっていく。
実は作戦会議の段階で忠夫が出てきたらどうするかということが話し合われた。彼が他の吸血鬼より意外と手強いことは昨日分かったので対処法を話し合う必要があったのだ。話し合いの末美神とマリアの二人で対処することが決定した。マリアの怪力と持久力は吸血鬼に勝るとも劣らないし、美神は忠夫にカリを返さなければならないと意欲満々だった。彼女らのコンビに決まるのは自然なことだった。
「うっしゃあ! 美神さんとマリアは俺が相手する!! お前らは男の相手をしとけ!」
「「「うおおぉぉぉぉぉ!!」」」
忠夫の命令で背後に控えていた吸血鬼たち――第六班――がピート、神父、カオスに襲いかかる。
「くそっみんな目を覚ませ!」
「アーメン!」
「くらえっ!」
それぞれが吸血鬼たちを迎撃する。もちろん殺したりしないように手加減してあるが、そんな攻撃では吸血鬼は倒れない。こうして戦いは始まったのだ。
忠夫に襲いかかった美神とマリアは初めてとは思えないほどのコンビネーションを見せていた。マリアの拳が忠夫に避けられたかと思えば避けた先に美神の神通棍が迫っていたり、美神が攻撃すると見せかけて後ろからマリアが攻撃したりといった具合にだ。
「ほっ!」
「へっ!」
「のおぉっ!」
「とうっ!」
「なんとぉ!」
しかし、忠夫はその全てをよけていた。奇声を発しながら紙一重で、しかし確実に、死角からの攻撃でさえもよけて、時には反撃さえしてくる。その回避レベルは某瀬戸の花婿、いや某ジャングルの王者に達しているかもしれない。
「このぉ! さっきからクネクネと!」
「……体が・やわらかい・ですね・横島さん」
訂正。完全に某ジャングルの王者の避け方をしていたようだ。今の忠夫ならばマシンガンの弾ですら正面からよけることができるだろう。
しばらくそんな攻防が続いた後、どちらともなく距離をとる。マリアと忠夫は最初と変わりないが美神は息が上がって片膝をついてしまっている。アンドロイド、吸血鬼と人間の差が表れ始めたようだ。もともと美神はここに来るまでに体力をかなり使っている。怒りで気にならなくなっても確実に限界は近づいているのだ。
「はぁはぁはぁはぁ…………避けるなあ! 横島ぁ!!」
「いや、当たったら痛いですやん」
疲れながらも忠夫に対する不満をぶつける美神にそう返す。しかし忠夫よ。お前たしか当たっても痛くないんじゃなかったのか?
「大丈夫・ですか」
「ええ、まだまだいけるわよ」
マリアが心配そうに声をかけるが美神は強がりを言っている。神通棍を杖代わりにして立とうとしているようだが脚に力が入っておらず、なかなか立てないようだ。美神は忠夫を睨みつけ怒鳴る。
「だいだい何でそんなによけるのが上手いのよ!」
「何でって言われてもなあ……」
忠夫の耐久力・回復力・動体視力の高さは小さいころからの環境のおかげである。
彼の妹である桃が物心ついてすぐに母親は彼女に修行を課し始めた。母親曰く「女は男より自分を守らなきゃならない機会が多いから」だそうだ。忠夫は母親の厳しい修行を行っている妹を見てよくこう思ったものだ「俺じゃなくてよかった」と。そうして忠夫が幼稚園の年長になるころには桃は技の練習に入っていた。
「ただお、おかあさんどこかしらない?」
「おにいちゃん、だ。おかんならおとんとデパートにかいものいったで」
日曜日の家のリビングでテレビを見ていると桃が母親のどこにいるのか聞いてきた。すこしおしゃれして父親と共に家を出た母親の言葉を思い出して行き先を告げると、桃は落胆した顔をした。
「え〜せっかくわざをみてもらおうとおもったのに」
「……」
落胆するところはそこか。忠夫なんかは自分も連れて行ってくれと駄々をこねてお土産を買ってくるように約束させたというのに。忠夫はどこか普通の子供とずれている妹を半眼で見やる。
「……なによ」
「なんでもねーよ」
見られていることに気づいた桃が忠夫の方を向く。忠夫は眼を逸らしてごまかそうとするが彼の妹はそんなに甘くなかった。
「うそだ! ねえ、なんなのよ!」
「なんでもねえったら!」
「むー、ただおのくせにあたしにかくしごとするなんてなまいきよ!」
「え? ちょ、ちょっとまて。まてまてまて……ぎゃぁぁぁぁぁ!!」
数時間後、デパートから帰った両親が見たのはリビングでボロ雑巾のようになっている息子とその横で技を確認している娘の姿だった。
「うーん。すこしおかしいなあ。こうやって、こう……」
「いで! いででででで! きまってる、かんせつきまってるぅ!!」
もちろん桃はその後両親に怒られたが、それでも懲りずに忠夫を技の練習台に使うようになった。年々技の威力とキレが増してくる桃に忠夫はとうとう母親に頼みこんだ。「攻撃を受け流したり、ダメージを減らす技を教えてくれ」と。母親のほうもそれを了承し、忠夫は修行を始めた。わずか一年ほどで音をあげて止めたが。
その後、桃の攻撃を基礎だけとはいえ修めた技で時には何とか逃れ、時にはまともに食らって過ごした。そうして忠夫の耐久力・回復力・動体視力は身に付いたのである。ちなみに桃の攻撃癖はいつの間にかなくなった。現在彼女が忠夫に攻撃するのはツッコミ時とお仕置き時だけである。
……最近再び耐久力・回復力・動体視力、おまけに体力・筋力が上がってきたのはここだけの話。具体的にはバイトを始めてから上がってきたようだ。
過酷な少年時代を思い出して身震いすると同時に、桃の攻撃癖がなくなって本当に良かったと思う。ちなみに桃は中学時代に実力を伸ばし、今ではよけたり受け流すことはおろか逃げることさえも不可能である。
「ぐ……」
忠夫が物思いにふけっていると美神が神通棍を杖代わりにして立ちあがっていた。しかしその脚は小刻みに震えており今にも崩れそうである。
「美神さん。いい加減あきらめて血を吸われたらどうです?」
「だ、れが……」
「仕方がないですね、それじゃあ……」
ぐっと脚に力をこめ、それを一気に解き放つ。一瞬でトップスピードになり美神との距離を縮めていく。
「ミス・美神!」
マリアの慌てた声が聞こえるがもう遅い。二人は忠夫を挟むようにして距離を取っていたため、どう急いでも忠夫の方が美神に近付くのが早い!
「いただきまぁーす!」
ふらふらの美神に近付き大きく口を開ける。万全の状態でも美神は自分に勝てなかったのだ。まして体力が付きた今なら血を吸うことなど造作もない!
……だから気付かなかった。美神の口がわずかに笑っていたのが。
シュッ
「ぐおおぉぉぉぉぉぉ!!」
もう少しで首筋に噛みつけるというところで忠夫は鼻に衝撃を感じた。足から力が抜け、床に倒れて鼻を押さえて悶える。何が起こったかわからず混乱する忠夫の耳に目の前から美神の笑い声が届いた。
「フフフフフ。あら、思ったより効くわねえ」
顔をあげた忠夫の目に入ってきたのは先ほどまでの疲れ具合など感じさせない美神の元気な姿。その手には小さな香水のスプレーのようなものが握られている。
「そ、それは……」
「カオス製のにんにくスプレー。念のためいくつか作って来たらしいわよ。ほら」
美神が指さす方向を見ると自分と同じく鼻を押さえて苦しんでいる第六班のみんなが見える。中には気絶している者もいるようだ。神父は胸の前で十字を切っており、カオスは自分の発明品の効果に満足しているようである。ピートはそれらの前で「できれば使いたくなかった……みんなゴメン」と鼻をハンカチで押さえつつ涙を流していた。
「ミス・美神」
「お疲れ様、マリア。ナイス演技だったわよ」
「いえ、ミス・美神の方が・すばらしい・演技でした」
忠夫はいつの間にか近づいていたマリアと美神の会話で全てを理解する。ようするに全部演技だったのだ。自分たちの攻撃が当たらないと見るや、美神は疲れ切った演技をしてみせ忠夫の油断を誘い、マリアは心配したり慌てた声を出して美神の演技に真実味を持たせる。なんてコンビネーション。これで事前の打ち合わせなしだったら驚きだ。
「さてと……なにか言い残すことは?」
床で動けなくなっている忠夫は美神が神通棍を光らせながら振り上げているのが見えた。ああ、目の前に死神の化身が見える。
「くっ・・・私とて横島家の男、無駄死にはせん! 煩悩王国に、栄光あれーっ!」
最後の力を振り絞り飛びかかろうとするが、その前に神通棍は振り下ろされた……。
『美神さーん』
「あら。おかえりおキヌちゃん」
天井をすり抜けて姿を現したおキヌに美神は驚きもせずにそう返す。
さて、おキヌがいなかったことに疑問を持っていた読者は何名いるだろうか……。実は彼女は先行してボスであるブラドーの居場所を探っていたのだ。ピートから城の最上階にいると聞いていたが、最上階のどこの部屋にいるかや部屋の中の様子で突入時の方法が変わる。だからおキヌに探ってもらっていたのだ。決して活躍の場がなくてセリフがなかったのでも、作者が忘れていたのでもない。
おキヌが近くまでくると美神はさっそく尋ねる。
「で、どうだった?」
『あ、はい。ええっと、ブラドーさんはお城の中庭にいらっしゃいます』
「中庭ぁ!?」
おキヌの報告に思わず素頓狂な声を出してしまう。だがそれも当り前だろう。ピートが城の最上階にいるというから苦労してここまで上ってきたのだ。それが全部無駄足だったならば怒りも湧いてくるというものだ。
「ピィィィトォォォォォ」
「いや、その、あの」
恐ろしいまでの鬼気を発しながらピートをにらみつける。ピートはその眼光を前にろくな言葉を紡げなくなっており、美神を止めようとした神父も動けなくなっている。このまま哀れな犠牲者が誕生するのか、と思われたとき救いの女神は現れた。
『いえ。さっきまで上にいらっしゃったんですけど、いきなり中庭に降りちゃったんです』
おキヌのその言葉に鬼気を引っ込める美神。ふうっ、とため息をつくと階段へと足を向ける。
「しゃあない。横島君をシバけただけでも良しとしましょうか。ほら、行くわよ」
そう言ってスタスタと歩いて入ってしまう。その変わり身の早さに呆然としていた他のメンバーだったが我を取り戻すと急いで美神の後を追いかけるのだった。
…………マリアが鎖で雁字搦めにされた赤くてピンク色のモザイクを引きずっていたのは見ないことにしよう。
一同が中庭に着くとそこには誰もいなかった。右を見ても左を見ても前を見てもやっぱり誰もいなかった。
「……おキヌちゃん?」
『あ、あれ? たしかに……』
美神がおキヌを半眼でにらみつけるが、睨みつけられたおキヌはオロオロとするばかりである。そんなおキヌの姿を見て気勢がそがれたのか、ため息をつくと皆の方を向いた。
「まあ、また移動した可能性もあるわね。ったくラスボスならひとつの場所に落ち着いて待ってろっての」
「それは悪かったな」
美神が文句を言っていると上の方から声が返ってきた。皆が声の方を向くと城の屋根の上に人影が見えた。
「今夜は良い夜だ……満月でないのが残念だな。そうは思わんか、ピート?」
「ブラドー! ……………………か?」
ピートが人影に向かって叫ぶが最後の方は疑問形になってしまう。それはそうだろうと美神は思う。なぜなら人影は黒い服で全身を覆っていたからだ。夜で暗いうえ全身真っ黒なので判別しづらいが、どうやらテンガロンハット風の帽子をかぶっており、襟の高いコートを着ていて顔を見えなくしている。正直に言って変人の恰好だった。街でこんな恰好の人を見かけたら絶対に近寄りたくないだろう。
「ふむ、ヨコシマはやられたか。だが貴様らを疲弊させることはできたようだな」
ブラドーはマリアが引きずってきた物体Xを(おそらく)見てそう告げる。どうやらブラドーの中の横島の役割は美神たちを疲れさせることだったらしい。確かに彼らは疲れていた。トラップはもちろん四階での戦いで体力をかなり削られたのだ。それを悟らせないように振る舞っていたのだがバレてしまったらしい。美神は真剣な顔になって舌打ちする。
そんな彼らの頭上からブラドーの声が響いてくる。
「よくやった、ヨコシマタダオ…………
ブラドーだ」
…………は?
夜の中庭に響き渡ったブラ○ーの言葉に目が点になる一同。今やつはなんて言った? 「ブラドー」? ここで言うのは変じゃないか?
一同にイヤな予感が走る。
「ブ、ブラドー?」
ピートがブラ○ーに声をかける。だがその声は震えており、よく見れば全身が小刻みに震えているのがわかる。今の言葉を信じたくないのだろう、たとえ敵でも父親は父親だ。己の耳が間違っていたと信じたいに決まっている。
ブラ○ーはそんな息子の気持ちなど微塵も考えずに、己の新しい生き方を高らかと宣言する。
「ふ……貴様の知っているブラドー伯爵はもう死んだ。
余のことはキャプテン・ブラドーと呼べい!
なぜならカッコいいからな!!」
あとがき
皆様こんばんは、Kです。『兄妹遊戯』第六話をお届けします。
ブラドーファンの皆様すみません。ブラドー壊しちゃいました。このネタを思いついたからこそブラドー島編を書き始めたと言っても過言ではありません。ブラドーとブラボー、似ているなあと思ったのが始まりでした。……誰かこのネタやってませんよね(ビクビク
副題の『長』は「リーダー」横島のことではなく「キャプテン」ブラドーのことだったんですねー。
長くなってしまったのでブラドー島解決編は次回になります。武○錬金ネタが多くなりそうな予感。『壊』指定がつく予定です。
ちなみにブラドーの恰好はシルバー○キンを黒くした感じです。
ではレス返しです
○ZEROSさん
>このままブラドーの尖兵として働いて満足なのか?
昨日は浮かれててそこまで考えなかっただけです。裏切る気満々でした。
>さてどう変わっているのか楽しみにさせていただきます。
変わったというより壊れてしまいました。
○スカサハさん
>むしろ代わります。
私も書いているうちに代わりたいと思いました。
○wataさん
>体がついてこなかった言うより本能的に折檻?から逃げれなかったんじゃないかな〜
横島君って原作でも強くなっても折檻を受けているんですよねえ。まあここの横島君は肉体的に避けられないのですが。
○DOMさん
>このSSだと折檻レベルが5割増し以上になっているから原作よりも強化されてんでしょうねぇ。
はい、小さい頃から(桃に)鍛えられて強化されています。
>3割り増しで済むかどうかは定かではないが。
いったいどんなお仕置きを受けるのでしょうか。次回をお楽しみに。