――――吸血鬼
怪物の中の怪物とみなされる世界中で最も有名な怪物であり、曰く「人間へ吸血行為を行い、吸血された犠牲者は吸血鬼となる」「人間をはるかに超える身体能力と治癒能力を持つ」「狼、蟲、コウモリを操る」「動物への変身能力がある」「身体を霧へ変化させる」「不老不死である」など様々な能力がある。
吸血鬼を有名にし、イメージとして確立したのがブラム・ストーカー(本名エイブラハム・ストーカー)が著した『吸血鬼ドラキュラ』である。1897年にアーチボルト・コンスタブル社から刊行されたこの小説は主にアメリカで熱狂的に読まれ、舞台化・映画化を経て世界中へと広がっていった。
ストーカーが小説を執筆する際に参考にしたものの一つが東欧の吸血鬼伝説である。この伝説は『腐敗しない死体』『死体を埋葬し直すという東方正教会の改葬の習慣』『キリスト教の教義』などによって形成された。『腐敗しない死体』はこの地方では地質的に死体が腐敗しにくいことなどから来ており、これが『死体を埋葬し直すという東方正教会の改葬の習慣』によって発見され、神の教えに背いた人間の肉体は土に還らず安息を迎えることができないという『キリスト教の教義』に結びついて吸血鬼伝説となったのだ。
また、吸血鬼伝説は東欧だけのものではない。血を吸う化け物の伝説は古今東西世界中に存在している。古くはギリシア神話のラミアが子供の生き血をすすり、アラビアではグール、中国ではキョンシー、日本では飛縁魔・磯女などが伝説として残っている。
吸血鬼は様々なフィクションに登場し、現代日本においてもそれは変わらない。様々なメディアに登場する吸血鬼で有名なのはDI○、ラ○ア、エヴァン○ェリン、アー○ード、音○小夜、アル○ェイド、ダイ・○モンなどがあげられるだろう。彼らは主人公や敵役やヒロインとして活躍し、最強またはそれに準ずる者として描かれていることが多い。
このように吸血鬼とはあくまで伝説上の怪物だが、ヨーロッパでは吸血鬼の仕業と思われる事件が公的な記録が残っている。18世紀初頭に起きた『ペーター・プロゴヨヴィッチ事件』や『アルノルト・パウル事件』は公的な調査報告書が提出されたこともあり、18世紀に吸血鬼論争を巻き起こした。
とまあ、つらつらと吸血鬼にまつわる話を書いたわけだが、GS世界では吸血鬼ドラキュラは実在し、吸血鬼たちも存在するものとしてみなされているのである。
〜兄妹遊戯〜
第四話『介護疲れのAI?』
工藤一郎は久々の休暇を味わっていた。
若いころはスポーツマンとして名をあげ、オリンピックでメダルも手にしたことがある彼は引退してから俳優の道を選んだ。周りからはコーチとして後裔の育成にあたってほしいと頼まれたが、彼は自身が人を教えることには向かないことが分かっていた。よい選手がよい監督になれるとは限らないのだ。
俳優としての修業を積んで数年後。ようやくドラマに出演するというチャンスを得た彼は見事にそれを勝ち取った。その後は俳優としても一躍有名になり、TVに出たり映画に出演したり自伝を出版したりと大忙しだった。
その多忙な日々の中でようやく作った長期の休暇を彼は地中海で過ごすことに決めた。現役時代はよく地中海に来て日頃の練習の疲れを癒したものである。
「ふ……太陽がいっぱいだ……」
地中海に浮かぶ船の上で日光浴をしながらそう呟く工藤。そしてこの十年ほどの日々を思う。引退してからは大変だった。俳優の道を選んだはいいが彼には演技の心得などなかった。一応有名だからという理由でTVのバラエティ番組には出してもらえていたが、ただそれだけだった。毎日のようにボイストレーニングや演技指導を受けて徐々に演技力を増していき、ようやくお声がかかったのがドラマの主人公の兄役。あまり目立たない役だったがそれでもようやく手に入れたチャンス。彼は全身全霊をかけてその役に挑み、結果ドラマ自体はこけたものの彼は大いに評価され、その後もドラマの仕事がもらえるようになり二年後には大河ドラマで主人公を演じた。最近はハリウッドからも声がかかっている。
「そういえば忙しすぎてすっかり忘れていたが、そろそろ結婚しなきゃな……」
手に持ったカクテルを傾けてほうっとため息をひとつ。先日大学時代の友人に二人目の子供ができたとの手紙がポストに入っていたのを思い出す。同封されていた写真には友人とその妻、大きくなった一人目の子供と赤ん坊が写っていた。
「あと結婚してないのは……あいつら…はとっくに結婚したか。あいつ…は子供が中学校に上がったって言ってたな。あの野郎は…この前結婚式の招待状が届いてたな。ん? もしかして結婚してないのって俺だけか?」
指折り数えていこうとする。高校・大学時代の友人たちは二十代のうちに結婚し、早めに結婚した友人の子供はもう中学生だ。自分とは違いコーチの道を選んだ元ライバルは今度結婚するらしい。結局指は一本も曲がらなかった。
「むむ……まずいな。女ほど焦らなくていいと思っていたが、いい加減そろそろヤバい。誰かいい娘いたかなあ? ……この前共演した娘はかわいいけどちょっと性格がなあ。他には……」
知り合いの女性の顔を思い浮かべていく。だがこれといってピンとくる女性はいなかった。いいと思った娘がいてもすでに他の男と付き合っていたりするのだ。
「いっそ秋江さんにいい娘紹介してもらうかなあ」
たまに一緒の番組に出る女優のことを思い出す。彼女とは俳優としての基本を手ほどきしてもらって以来の仲であり、芸能界の先輩だ。だから工藤は年齢的にはたいして変わらなくても彼女に対して敬語を使う。ちなみに彼女は既婚であり一児の母だ。工藤は頭をかきつつ愚痴る。
「ああ……こんなことなら響子のやつと結婚しときゃよかった。いくら練習が忙しかったからってあんないい女を逃すなんて……」
現役時代に付き合っていた年下の彼女を思い出す。当時は練習が忙しくて滅多に会えない日々が続いていた。そんなある日、響子からの呼び出しを受けて練習の合間をぬって行くと、突然別れを告げられたのである。
「『私より練習が大切なんでしょう!』か……」
別れた時の喫茶店での響子のセリフを思い出す。工藤としてもデートよりも練習を優先していたという自覚があるので自業自得と思っている。だがそんなことよりも工藤には悔いていることがあった。
「あいつ、泣いてたよな……」
別れを告げるときこそ気丈な態度を取っていたが、別れるとき工藤は確かに見たのだ、彼女の頬に伝うものを。こうして数年の付き合いは終局を迎え、響子とはそれ以来連絡すら取り合っていない。
「は〜〜〜あ」
心からのため息をつく。響子と一緒に乗ったこともある船の上にいるせいか色々なことを思い出してしまった。今頃響子も他のやつと結婚して幸せな家庭でも作っているのだろう。それに比べて自分は社会的に成功したが、地中海の青空でも埋めることのできない心の空白が存在している。人生における選択肢をどこかで間違えたか、などと工藤が考えていると突然海から数人の男女が現れ、自分の船に乗ってきた。
「あー死ぬかと思った」
「近くに船がいて助かったワケ」
「まずいなー。道具がほとんどなくなっちゃったわ」
「お洋服が〜〜びしょびしょだわ〜〜〜」
『皆さん、無事で何よりです』
「みなさんタフですね……」
海から現れたのは先ほど飛行機で墜落したGS御一行。二人ほど足りない気がするがどうしたのだろうか。それとおキヌ、あんたさっき少し嬉しそうな顔をしてなかったか?
「さて。ピート、何か私たちに言うことはないの? どうみてもあのコウモリは誰かに操られて私たちを狙ったのよ。敵は何なの!? それくらいはもう教えてもいいんじゃなくて!?」
美神が鋭い視線を浴びせながらピートに尋ねる。その顔には「いい加減教えないと、いてまうぞ、グラァ」と書いてあった。その視線に負けたのかピートは真剣な表情をして話し出す。
「奴の名はブラドー伯爵。最も古く最も強力な吸血鬼の一人です」
『吸血鬼……!!』
ピートが明かした敵の正体に緊張が走るGSたち。それもそうだろう、吸血鬼といえば知らぬ者はいない大怪物なのだから。
「中世ヨーロッパでは何度かペストが流行り人口が激減したことがありました。……しかし少なくともそのうち二回は病気ではなく奴が原因だったんです」
「ド……ドラキュラよりひでーな」
ピートが語るブラドーの悪事に忠夫が最も有名な吸血鬼の名をあげる。彼の中では吸血鬼といえばドラキュラなのだろう。まあほとんどの一般人がそう言う感覚だが。
「ドラキュラはブラドーのいとこの奥さんの兄にあたります」
忠夫の言葉を受けてブラドーの親類関係を話すピート。話の通りだとすればブラドーはかの有名なドラキュラにも会ったことくらいあるのだろう。
「と、そんなことは置いといて。やがて人間の逆襲を受けてブラドーは領地に逃げ戻り、力がよみがえるまで魔力で島を隠し今まで眠っていたのです。唐巣先生は奴が島から出られないよう結界で封じました。しかし、使い魔が襲ってきたいうことは……」
「結界が弱まっている……先生の身に何か起きたのかしら?」
すぐに話を元に戻して核心部分を話し出すピート。ピートが話した内容を受けて美神は思案顔になる。やがてとにかく急いだ方がいいと判断したのか、工藤の方を向き。
「と、いうわけでこの船は徴発しま……!」
そこでようやく工藤の顔を見た美神の顔は驚きに染まった。突然驚いた美神を不審に思い忠夫も工藤の方を向く。
「どーしたんすか、美神さん……って工藤京介!!」
「ええ、うそっ!」
「あら〜ほんとだわ〜」
『てれびで見た顔とそっくしですね』
忠夫の叫びに次々と驚きの声をあげる一同。ただピートだけはあまり詳しくないのか首をかしげている。ちなみに工藤京介とは彼の芸名である。彼の現役時代の活躍を知る者は工藤一郎の本名で呼ぶことが多いが、若い人たちは芸名の方で呼ぶ方が圧倒的に多かった。
「は〜こんなところで有名人に会えるとは思ってもみなかったわ」
「サインサイン、って書くもんがねぇーーー!」
「横島さ〜ん。はい、コレあげる〜」
「この前のドラマは結構ハマったワケ」
工藤は困惑していた。いきなり現れた男女が吸血鬼だのなんだのとわけのわからない話をした挙句、自分を見て驚いたからだ。
「すんません。サイン貰っていいっすか?」
「私もお願いします〜」
「あ、ああ……」
忠夫が冥子に貰ったサイン色紙を手にサインをねだった。冥子も同様に色紙を差し出している。その姿にようやく我を取り戻した工藤はサインを書きつつ尋ねる。
「君たちは何者だ? 見たところ日本人のようだが……」
「私たちはGSです。除霊中の事故のため海で漂っていたところ、この船が通りかかったので乗せてもらったというわけです」
ほら、とGS免許を提示しながら理由を述べる美神。その話し方は丁寧で仕事口調となっている。工藤はその言葉に納得したのか、二人のサインを書き終わると美神に再び尋ねた。
「美神令子……なるほど、聞いたことがある名前だな。で、君たちはどうする? 陸までなら送るよ?」
「いえ、実はお願いがあるのですが……」
美神は事情を話し始める。吸血鬼云々の話は伏せたが、なるべく早くある島に行きたいこと、陸に戻っていたら間に合わないかもしれないことなどを話す。すると工藤はうんうんと頷いて操縦席の方へと歩きだした。
「その島の座標、または方角はわかるかい?」
「え……いいの?」
やけに素直な工藤に困惑し、思わず素でしゃべってしまう。ごねられるのは覚悟の上だったし、いざとなったら式神による脅しをかけてでも言うことを聞かせようと思っていたのに肩すかしをくらったようだ。
「いいもなにも。君はそのつもりで事情を話したのだろう? それに、ファンは大切にするものなのでね」
島に近付くということはそれだけ危険に近付くということは分かっているだろうに、そんな返答をする工藤。美神はさっきまでの考えを少し恥じた。ポリポリと頭をかく美神に工藤はおどけた調子で話しかけた。
「なに、これも利害を考えてのことだよ。ここで君たちに恩を売っておけば、俺がいつか霊障に遭ったときに値切りやすくなるからねぇ」
除霊代はべらぼうに高いからねえ、とウインクして言う工藤。美神はそんな彼を呆然と見て、しばらくしてからクスッと笑った。
「どうかしら。私から値切るのは並大抵の恩じゃ無理よ?」
「それはまいったね」
苦笑しつつもピートの指示に従って船を操縦する工藤だった。
数時間後ブラドー島に着き、工藤はGSたちに別れを告げる。
「それじゃあ俺は行くが、本当にいいのかい?」
「ええ、ここまで連れて来てもらっただけでもありがたいですから」
数日後にでも迎えに来ようかと提案する工藤に、そこまで迷惑をかけられないという美神。本音を言えば迎えに来てもらいたいのだが、それでは彼を危険にさらしてしまう。今送ってもらったのはあくまで仕方がなくだ。一般人を危険にさらすのはプロとしてのプライドが許さない。まあ、お金と自分の命がかかっている場合は別だが。この際、島に帰る手段がない可能性は考えないことにしておく。
「さよ〜なら〜」
「次のドラマも頑張るワケーー!」
「今度会ったらきれいなネーちゃん紹介してくれーー!!」
『ありがとうございましたー』
「Grazie mille(ありがとうございます)!」
去っていく工藤の船に向かって口々に叫ぶ者たち。そうして、船が見えなくなったころ美神がパンっと手を叩いて仕切り直す。
「さて、ここがブラドー島ね?」
「ええ、あの古城がブラドーの棲み家です。先生はふもとの村にいるはずです」
ブラドー島は島の半分がなくなったように途中から断崖絶壁になっており、その崖の上に古城は建っている。ボロボロに朽ちて住まう者などいなさそうな城だが、ピートの説明によるとそここそがブラドーの棲み家らしい。
「島中が強力で邪悪な波動につつまれてるわ」
「これじゃ吸血鬼が隣にいても霊能が働かないわね」
『! 誰か来ます!』
美神とエミが島についての考察を行っているとおキヌが誰か近づいてくることに気づく。一瞬で戦闘態勢を整える美神とエミとピート。残る三人はそれぞれの行動をとっている。冥子は何も変わらず自然体のまま、忠夫は膝を曲げていつでも逃げられる準備を、おキヌはグッとこぶしを握って構えてる……つもりだろう。全く様になっていない。
「遅かったな」
やがて現れたのはカオスとマリア。今まで姿を見せなかったがどこへ行っていたのだろうか。彼らを見たGSたちは敵でないことを知り、ほっと一息をついた。
「ジジイっ、よくも逃げやがったなーーーー!!」
「死んで詫びるワケーーーー!!」
「よくもノコノコと私の前に姿を見せられたわねーーーー!!」
「ぐふっ! がっ! ぐげっ!」
……と思ったら長年の仇敵を見つけたがごとく三人がカオスに襲いかかった。最も早くカオスに近づいた忠夫がそのままドロップキックを鳩尾に決め、次に近付いたエミの拳がくの字に曲がったカオスのあごを捉えて体を浮かせ、アッパーによって宙を舞うカオスの体を同じく飛び上った美神が神通棍でたたき落とした。
その見事な連携技にマリアも反応できなかった。地面にめり込んでピクピクしているカオスを一瞥(いちべつ)して、三人は「イエーイ」とハイタッチをする。
「み、みなさん! やり過ぎでは……」
その壮絶な光景を目の当たりにしたピートが思わず口をはさむが、三人はピートに顔を向け口々に言う。
「こんくらいで死にゃあしないわよ」
「そうそう、このくらいで死んでるようじゃあ今までに何十回死んでることか」
「つーかこのじいさんって死ぬんか?」
いや、確かに死なないかもしれないが怪我はするだろう。下手したら一生寝たきりになるかもしれない。……不死の一生を寝たきりで過ごさせるなんてあまりに酷いだろう。つーかエミ、おまえ死んで詫びろとか言ってなかったか?
顔が引きつるピートを無視して、カオスを看病するマリアに話しかける。
「で、私たちより早く島に着いたみたいだけど様子はどうだった?」
「村を・発見・しましたが・村人は・見つかりません・でした」
「え!?」
マリアの報告にピートは驚いて声を漏らす。マリアに詰め寄って焦った表情で聞く。
「見つからなかったって、一人も!?」
「イエス」
ピートは否定してほしかったようだが、マリアはただ事実を告げる。その言葉にかなりショックをふらつくピートを支えた美神がこれからの方針を皆に話す。
「まあ、ここで話しててもしょうがないし、百聞は一見にしかずって言うでしょ? とりあえずその村に行ってみましょうか」
異論は出なかった。
結論から言うと村には本当に人っ子ひとりいなかった。家のほとんどは元々か、はたまたブラドーに壊されたかでボロボロであり、道端では唐巣神父の眼鏡が壊れた状態で発見された。美神たちは村に教会がないことを不審に思ったようだが、日が暮れ始めたため探索は中断することにした。
「んまい、こらうまい!」
「ピート、あ〜ん」
「ワインは自家製ね。なかなかいけるじゃない」
「キャンプみたい〜〜」
GSたちは比較的まともな家屋に入って夕食を取っていた。夕食は家々から集めた食材を使って、台所を借りておキヌとマリアが作った。その騒がしさはここが敵陣のど真ん中だということを忘れているかのようである。
「奴らは今夜必ず攻めて来るはずです。下手に動くよりここで応戦した方がいいと思いますが……」
「夜明けを待って反撃するわけね……いーんじゃない?」
唯一?敵のことを忘れていなかったピートが提案すると、冥子が持ってきたUNOをしている美神があっさりと承諾する。
「しかし、敵はあのブラドーじゃろう? 村人たちがいなくなっていたことを考えると相当数の敵が攻めてくると考えた方がいいと思うがのう。こんな所で夜明けまで守り切れるか?」
「……おたく、いつ復活したワケ?」
カオスが二人の決定に異を唱えるが、皆その内容よりもいつの間にか復活して料理を食べているカオスの方に注目してしまう。
「ついさっきじゃ。わしが気絶していた間の経緯はマリアに聞いた。お前たち、よくもやってくれたな! 花畑と大きな川が見えたじゃろうが!」
「てめーのせいで落ちたのにさっさと脱出したのが悪いんじゃねーか! 機長なら最後に脱出するのがスジってもんだろーが!」
カオスが先ほどの連携攻撃に文句を言うが忠夫が反論する。
そう、カオスは飛行機が墜落する直前にマリアと一緒に脱出したのだ……他のみんなを置いて。彼らは確かに見た、マリアが足の裏からジェット噴射してカオスを連れて空を飛んでいくのを。冷静に考えればカオスが何もしなくとも飛行機は落ちる運命にあったんだし、カオスに何の過失はない。だが期待させやがってという思いと、抜け駆けしやがってという思いがよほど強かったのだろう。
「あれはマリアが勝手にわしを連れていってしまったんじゃ! 創造主を守ろうとするアンドロイドのサガがわからんとは、まったくこれだから凡人はいかんのう」
うんうん、と頷いて結論付けようとするカオス。美神はそんなカオスをうさんくさげな顔で見てマリアの方を向き、尋ねた。
「本当なの、マリア?」
「ノー。マリア、ドクター・カオス・に・自分を・連れて・脱出するよう・命令・受けました」
「マァーリアァァァーーーー!!」
あっさりと真相を話してしまう自分の最高傑作にムンクの叫び状態になるカオス。皆の冷たい視線が集中する中、マリアに詰め寄っていく。
「なにあっさりバラしとるんじゃ!」
「マリア、ドクター・カオスから・話さないように・命令・受けてません。それに・嘘は・いけないと・思います」
「嘘はいけなくても、ここはわしを守るために無視しておく場面だろうが!!」
「イエス、わかり・ました。無視します」
カオスが己のアンドロイドに新たなコマンドを入力しているなか、カオスに近付く人影が三つあった。
「「「へぇ〜」」」
聞こえてくるハモった声にビクッとするカオスの体。ギリギリと油の切れたロボットのように首を動かして後ろを向くと、そこには夜叉が三人いた。
「ま、待て。話せばわかる!」
「いやいやいや、自分に忠実なアンドロイドに罪を着せるような輩にはお仕置きが必要ですなあ。ねえ、二人とも?」
「そうね」
「おたくの言う通りよ」
カオスは後ずさりながら必死に弁解するが、それでも三人は止まらず距離は離れるどころか縮まる一方だ。一流の自負がある二人は『凡人』呼ばわりされたことに腹を立て、一人はいつかの巻き込まれた恨みを晴らそうとしているようだ。自分ではどうにもならないと思ったのかカオスは己のアンドロイドを頼る。
「マ、マリア! こいつらになにか言ってやってくれ! こう、こいつらの般若の面がとれるような説明を!」
「…………」
「マリア?」
何の反応も見せないマリアに怪訝な顔をするカオス。電池切れにはまだ早いはずだし、いったいどうしたというのか。じりじりとカオスに近付いていた美神があることに気づく。
「ああ、なるほど」
「な、なんじゃ? 何かわかったのか?」
何かに気付いた美神に詰め寄るカオス。正直に言って彼はものすごく焦っていた。ボケ始めてからというものマリアには世話になりっぱなしで、今では彼女なしではまともに暮らせないほどになっていたのだ。彼女の異常はイコール己の生活の危機である。さっきまでの状況を忘れて美神に詰め寄ったのも無理はなかろう。
「簡単なことよ……あんたの命令を守ってるだけじゃない」
「へっ?」
美神の言葉が理解できずに間抜けな声を出す。自分の命令とはなんだろうか、自分は何を命令したのか。ボケている頭で記憶を探っていく。
「…………あ」
思い当たることがあったようだ。冷や汗を流しながら、まさかと思いつつもマリアの顔を見る。マリアはカオスの方を向いており、その顔には感情というものが見られずにただひたすら冷静な表情だった。いや、それは周りの人たちが見たらそう見えるのであって、700年ほど共に過ごしてきたカオスにはマリアが怒っているように見えた。
「まさか……わしがさっき怒鳴りつけたことに対して怒っとる……いや、すねとるのか?」
「…………」
カオスの言葉にも反応せず、ただひたすら見つめてくる。彼女はカオスの命令を守っているにすぎない。そう、カオスは先ほどこういったのだ。
(「ここはわしを守るために『無視しておく』場面だろうが!」)
彼女は命令を守っているだけである。今は『無視しておく』場面なのだ。それがたとえ創造主の命令であろうとも『無視する』。それが創造主の命令である。……そう、それだけのはずだ。別に怒鳴られてすねているわけではない。アンドロイドに『すねる』なんて感情はないのだ。ないったら、ないのだ。
「いや、待てまてマテ! たしかに無視しろとは言ったがわしの言葉まで無視せんでいい! コマンド変更! もう無視せんでいいからわしを助け……ぎゃーーーー!」
言葉の途中で三人に襲いかかられた。マリアへのコマンド変更は間に合わず、アンドロイドはただひたすらその無機質な瞳で見続けた。
カオスへのお仕置きが行われていく中、ピートは外へ出かけようとした。それに気づいた冥子がどうしたのか尋ねる。
「どこへ〜行くの〜?」
「いえ、少々周りの見回りにでも行こうかと思って」
彼はカオスの最初の言葉が気になっていた。だから見回りに出れば、カオスの言葉の通り大群で攻めてくるなら何らかの予兆くらいつかめるかもしれないと思ったのだ。そう、真面目な理由でここを去るのであって、決してカオスのお仕置き現場を直視できなかったからではない。ないったら、ない。
「ん?」
ピートが外へ出ていくのに気づいた忠夫はカオスへのお仕置きを中断して自分も外へと向かう。途中で抜け出そうとする忠夫に気づいた美神が尋ねてくる。
「どこ行くのよ?」
「ちょっと便所っス」
そう言うと美神は特に不審に思わず「さっさと済ませてきなさいよ」といやそうな顔で答えたのだった。
外に出た忠夫はピートを探して村の中を歩いていた。美神とやり取りしていたせいで、忠夫が外に出た時にはピートの姿は見えなくなっていた。歩いて探すのをあきらめた忠夫は声を出して探すことにした。
「おーい! ピートやーーい! どこいったーーー!!」
敵陣のど真ん中だというのにそんなことは関係ないとばかりに大声を出す。手を口の前で輪にして拡声器代りにして歩きまわる。
それを始めてから五分もしないうちに村の小さな広場でピートを発見した。一人で月を見ながら佇んでいる。忠夫は「月を見ている美形はナルシスト」と勝手に断定しつつも近づいていく。
「おーい。やっと見つけた。手間取らせんなよ……っておまえそんなマント持ってたっけ?」
ピートのすぐ近くまで来た忠夫は彼の恰好が家を出ていった時と違っていることに気づいた。彼は黒いマントをはおっており、それで全身を包んでいたのだ。ピートの恰好に首をかしげながらも気にしないことにした忠夫は本題に入ることにする。
「まあ、んなことはいいや。それで、話っつーか頼みがあって探してたんだが。みんなの前で言ってもよかったけどなんか恥ずいし」
頭をポリポリとかく。なんでもあっさりと言うこの男にしては言いにくそうにしている。いったい何の話だろうか?
「そんでまあ、頼みってのは……っ!」
意を決してピートに『頼み』を告げようとした忠夫だったがその言葉は途中で止まってしまった。一瞬で忠夫の懐に入ったピートが彼の首筋に噛みついてきたからだ。想像もしていなかった事態に頭がはたらなくなる忠夫を尻目に、ピートはひたすら噛み続ける。徐々に思考がぼやけてくる忠夫の耳に遠くからピートの声が聞こえた気がしたが、忠夫はそれも無視してただ一つのことを考えていた。
(ヤ○イは……イヤ…………)
あとがき
どうもこんばんは、Kです。『兄妹遊戯』第四話をお届けします。
今回はなんと、桃のもの字も出てきませんでした。初です。まあそのかわり変な半オリキャラおっさんが出てきたわけですが。オリキャラ好きですね、私。
当初、彼の紹介にこんなに使うつもりはなかったんですよ。彼の描写は数行だけのはずでした。でもなんとなく彼の人生を書いているうちに止まらなくなって……。あんなことがあったはずだ、こんなことがあったはずだって感じで。しまいには名前までつけちゃいました。ああ、ねつ造バンザイ。ちなみに響子はオリキャラです。
カオスが酷い目に遭ってますが別に彼が嫌いというわけではありません。というかむしろ好きです。ただ、彼を活躍させようとするとどうしても汚れ役に……。
さて、今回も大して活躍がなかったブラドー島編の主人公(のはず)の横島君。おっさんとじいさんに出番をとられています。でも次こそは活躍できるはず。がんばれ僕らの煩悩魔人。
次回は少し趣向を変えてみようかと思います。
ではレス返しです
○ルーエンハイムさん
>まあカオスはお約束ということで。
失敗してこそカオスでしょう。同じカオスでも某二十七祖とはえらい違いです。
>「グレートシスター」ではないのでしょうか?
いえいえ、「グレートマザー」であってます。私はGM見習い=GSと考えていますので。桃は前回、妹からGSにランクアップしました。
○wataさん
>大樹の血を受け継いでたか桃ちゃん
彼女は遺伝子に刻まれた本能で動きました。そこに彼女の意志は存在しません。本人は抗おうと努力しているようですが。
>桃ちゃんも強いし体とか鍛えてるのかな?
次回の横島君の活躍をお楽しみに!
○DOMさん
>忠夫の暴走を止めるために桃と同じクラスにしそうな感じが。
……おおっ! たしかにそうかもしれませんね。でもMMMが妨害しそうな気がします。
>友達の飛燕は薙刀型の武器でベ●カ式で決まりでしょう。
いろいろなネタありがとうございます。飛燕の武器に関してですが……ノーコメントで。魔砲少女は好きですけどね。あっ、もう少女じゃなかったですね……『魔王女傑リリカルな○は』?
○黒野鈴さん
>やっぱり暴走するのかな
うーん、今のところするでしょうね。でも今後の展開次第ではあるいは……。
>likeとloveはloveを希望
この世は禁断の愛をお求めなのか。
○鹿苑寺さん
>管理局の白い魔王が頭の隅っこに思い浮かんだのは多分幻。
彼女stsでGMへの道を進んでいますよね。可愛い娘もできたことだし。それにしても……ヴィ○ィオ、お前もか。大きくなりやがって、この世にロリは必要ないというのか!
>とかかんけーないですよね?(切実
ご安心を。関係ないです。でもそういうのも面白そうですね。桃のブラコンぶりには他に理由があります。そのうち本編で出てくると思うのでお楽しみに。
○ZEROSさん
>やっぱり駄目なのがカオスの持ち味ですね。
持ち味というか、アイデンティティー?
>何やら覚醒を果たしたらしい桃ちゃん。
覚醒を果たしました。彼女は長く険しいGM坂を上りはじめたばかりです。