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「兄妹遊戯 第三話(GS+オリジナル)」

K (2007-09-12 23:34)
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――――平日の夕方。
 降り出した雨は徐々に勢いが激しくなり、今では時々雷が鳴るほど勢力を増している。自動車はもともと悪い視界が日の入りにより暗くなり始めたのでスピードを落とし、人々は寄り道せずに家路を急いでいる。
 恵みの雨と言えば聞こえはいいが都市部に雨が降ってもあまり意味がないのはご存じだろうか。実は都市部に降った雨はそのまま海へと流れ、ほとんど利用されることはない。人々が利用するのは山間部に降った雨が大半だ。山間部に降った雨はそのまま川の水や地下水となるか、ダムで貯蓄され発電や水道用水などに使用される。
 まあ、普通の人はそんなことを知っていても意味がない。彼らに天候を操る術はないし、気にするのは自分が住んでいる地域に雨が降るか降らないかということだけだからだ。


 繁華街で傘をさした二つの人影が歩いている。どちらも制服を着ており学生だということがわかる。片方の人影が自らの足元を見ながら声を漏らす。

「うえ〜、靴の中までもうびしょびしょ」
「歩き方に問題があるんじゃない?」

 傘をさしても足が濡れてしまうことに文句を言っているようだ。歩く度に道路の水がはねて濡れてしまうのだろう。友人の愚痴を聞いてもう片方がアドバイスを出す。どうやってかは知らないがその足は乾いている。

「桃太郎みたいに宙を浮いて歩くなんてできないよ〜」
「あたしゃ未来から来た青いタヌキか。コツがあんのよ、コツが」

 飛燕はそんなことを言う友人の歩き方を観察するがさっぱりわからなかった。顔を上げて少々うらみがましい表情で桃をにらむ。

「ずるいよ〜桃太郎ばっかり。これはもうそこの喫茶店で奢ってもらうしかないね!」
「どういう思考回路をたどったらそんな結論に達するのよ。でもまあ、喫茶店に入るっていう意見は悪くない」

 こんな大雨だ。喫茶店に入って小降りになるのを待つのもよかろうと思い、飛燕の指さす方を見る。そこにはクラシックな感じの雰囲気の良さような喫茶店があった。

「いつもの店か。パフェでも食べたいところだけど今日は雨で寒いし、コーヒーでも……ん?」
「どうしたの、桃太郎? 確かにあそこのおいしいパフェが食べられないのは残念だけどコーヒーもなかなかおいしいじゃない。でも、ブラック派の私としてはあんなに砂糖を入れるのは邪道だと思うなあ……って、ん?」

 そこまで言って桃の視線の先に気がついた。そこには話に上がっていた喫茶店がある。が、桃が見ているのは喫茶店ではなく店の前に佇む一人の男。傘は持っておらず着ている黒いコートと黒い帽子はずぶぬれで雨宿りをしている。手に持った地図を見て頭を悩ませているところを見ると、どうやら道に迷っているところに雨が降ってきたらしい。よく見てみると外国人で、しかもかなりの美形だということがわかる。飛燕はそこまで観察して桃の方を向く。

「道に迷ってるみたいだね。どうする、桃?……って、いない!?」

 振り向いた先に桃の姿はなかった。キョロキョロと首を動かして友人がどこに行ったか探していると喫茶店の方から声が聞こえた。

「そこのお兄さん! 何かお困りでしょうか!?」
「え? ええ、まあ」
「それはいけない。不肖わたくし横島桃、よろしければ助力いたしましょう! さあさあ、立ち話もなんですしどこかでお茶でも飲みながらゆっくりと……おや? こんなところに喫茶店が。ちょうど良い、ここでお話ししましょう!」
「え、いや、ちょっと」

 飛燕が声のする方を向くと、一気にまくしたてて男を喫茶店に引きずり込んでいる桃の姿が見えた。男は戸惑いながらも手を引かれてついて行ってしまう。そんな光景を見た飛燕はまたか、と思う。そしてため息をつきながら口を開く。

「あの父子にしてこの娘あり……遺伝って怖いねえ」

 とりあえず、コーヒーは桃か男におごらせようと思う飛燕だった。


〜兄妹遊戯〜
 第三話『GS横島桃誕生』


 忠夫はその日バイト先に来ていた。
 彼のバイト先は美神令子除霊事務所という名であり従業員は彼を含めて3名という規模が小さいところである。だがその規模こそ小さいがその営業利益は並の企業では及ぶべくもないほどである。それもそのはず。ここは世間で『儲かる仕事No.1』と言われているゴーストスイーパー、しかもその中でも日本最高ランクと呼ばれている人物の事務所なのだ。
 だがそんなことは彼には関係がない。事務所がどんなに利益を出そうとも彼の時給が255円であることに変わりはないからだ。労働基準法違反されている少年はソファーで寝そべって雑誌を読んでいる雇い主に話しかける。

「雨が降ったから仕事は休みですか。大名商売やなー」
「この寒いのに雨の中一晩中墓地にいたい? ギャラも安いのに私はやーよ」

 あきれながら言う忠夫に対し、雇い主である美神令子は真面目に働いている企業戦士が聞いたら噴飯ものの答えを返す。その答えを聞いてさらにあきれる忠夫を見て少々バツが悪かったのか続きを話し出す。

「今夜は私の霊能力がうずくのよ。なにか事件が舞い込んできそうな予感がするの……大きくてとても厄介な事件がね……ということはギャラも相応にいいはずでしょ?」

 まともな理由を話し始めたと思ったら結局金かと忠夫は思う。雇い主の守銭奴っぷりを改めて確認して先ほどの令子の言葉で気になっていたことを聞く。

「霊能力がうずくって……?」
「ようは勘よ、勘。霊能力者の勘は馬鹿にできないわよ」

 知らなかったことを教えられる。だがそんなことを言われてもなかなかしっくりと来ない忠夫は自分の中でそれとイメージが近いものを探す。やがて思い至ったのかポンッと手を叩き。

「なるほど。少佐と同じっすね」
「……イメージとしては合ってるんだけど、なんか納得がいかないわね」

 そんなやり取りをしていると来客を告げるチャイムが鳴った。もう一人の従業員である幽霊のおキヌが来客を迎えに行こうとする。

「まっておキヌちゃん、私も行くわ。待っていた客かもしれないし」

 美神がおキヌを制して立ち上がる。さっき言ってた厄介な事件を持ち込んできた客かもしれないと思ったのだろう、その顔は真剣になっている。忠夫も気を引き締めて美神について玄関へ行く。そして真剣な面持ちで美神に聞いた。

「それもゴーストがささやくんすか?」
「霊能力がうずくのよ!」

 余計なことを言って怒鳴られるのだった。


 玄関を開けるとそこにいたのは男の外国人。彼は自分を美神の師である唐巣神父の使いだと名乗った。
 美神は男を事務所の応接室に通し話を聞くことにした。忠夫は先ほどまで「ちくしょー!! なんだかとてもちくしょー!!」などと言って藁人形に五寸釘を打ちつけていたが、今は美神にしばかれて沈黙している。

「ぼ、僕はピエトロ。今先生の弟子をしています。ピートとお呼びください」

 今見た光景に引きつつも自己紹介をする男。懐から手紙を取り出して美神に渡す。美神が手紙を受け取ると手紙には「少し厄介なことになったから来てほしい」という旨が書いてあった。

「…これだけ? どこで何するかわからないじゃない!」

 手紙には他にも「詳しいことはこちらで話す」と書いてあったがこれだけの情報ではどうしようもないだろう。

「場所は地中海の小さな島です。ブラドー島といいます」

 それ以上は自分では話せない、あとは直接唐巣神父に聞けというピート。その後、美神は師からの助力の要請だというのに金になりそうにないからと受けなかった。しかし唐巣神父は弟子が断るのはお見通しだったようで20億にはなる金でできた像を報酬として用意していた。直接用意したのはピートのようだが。それを聞いた美神は態度を一変。

「オッケー、つっといて」

 それを聞いた忠夫は雇い主の守銭奴っぷりを再び改めて確認するのだった。


 依頼が了承されたのを確認したピートは他のGSにもあたりに行くため去ろうとする。

「私と先生の二人でもまだ足りないわけ? そんなに大変な仕事なの?」
「ええ、とても手ごわい相手です。あなたも十分気を付けてください」

 美神に注意を促し玄関に向かうが途中で少しよろめいてしまう。

「大丈夫? なんかずいぶん疲れているようだけど?」
「大丈夫です。少々元気な女子高生たちの相手をしたものですから」

 ふらついたピートを心配して声をかける。しかし帰ってきた答えは美神の想像していなかったものだった。

「女子高生?」
「ええ、ここに来る途中道に迷いましてね。道を教えてもらったんですよ」

 ピートは思い出す。強引に連れ込まれた喫茶店だがなかなか楽しい時間だった。二人ともピートが知らない興味深いことを数多く話してくれた。女子高生パワーに押されて少々疲れたがそれを込めても有意義な時間だったといえるだろう。女子高生は最後まで自分が会計を支払うと言ってきかなかったが結局ピートが払った。女性におごらせるのは自分の矜持が許さなかったのだ。もう一人の女子高生は最初から支払う気がなかったようだが。

(桃さんと飛燕さん、といいましたか)

 ピートは会計を支払った自分に最後まで申し訳なさそうな顔をしていた少女と、逆に平然としていた少女の名を思い出しながら事務所を後にした。


 ピートを見送った後三人は応接室に戻っていた。ソファーに座ってピートが置いて行った金の像をしげしげと眺めていた美神は妙な顔をしている忠夫に気づく。またこの世の不公平について嘆いているのかと思っていると。

(あいつ……女子高生を相手にして疲れたって言ったよなあ。女子高生を相手にして疲れることって言ったらただ一つ! あんにゃろう、女子高生とホテルでイイことしてやがったな! 許せん、許せんぞ! 顔がいいってだけで、いたいけな女子高生をだましやがって! しかもたちって言ってたな。ということは3(ピー)か! ハッ、もしかしたらそれ以上かも……チクショー! うらやましいぞドチクショー!!」

 聞こえてきた言葉に思わずソファーから滑り落ちる。何を考えているのかこの男は。藁人形に五寸釘を打ち始めた忠夫に思いっきり呆れつつ、美神は立ち上がって神通棍を振りかぶったのだった。


 その数日後。
 学校から帰った桃はテーブルの上に書置きを見つけた。この家には自分の他にもう一人しかいないので置いて行った人物に心当たりはつく。桃は朝忠夫が今日はバイトだと言って学校を休もうとしていたことを思い出す。いい加減出席日数もレッドゾーンに来ているのだが妹の心配兄知らずというか、桃がいくら言っても学校へ行こうとしなかった。最後には桃の方が折れ、忠夫を置いて学校へ行ったのだった。

「何かしら? また何日も帰らないとかそういうのかな」

 書いてある内容にあたりをつける。連絡なしに何日間も家を空けたりしたらお仕置きが待っていることをようやく学んだのだろう。もっとも桃がお仕置きするのは怒りからというより心配の裏返しなのだが。

「いい加減出席日数もまずいのよねえ。先生たちが忠兄の進級について話し合ってたの聞いちゃったし」

 今日職員室で聞いてしまったことを思い出す。クラス委員の仕事の日誌を提出しに行った時の話だ。担任の教師に日誌を渡しているときに職員室の隅の方で忠夫の担任を含む数人の教師が話し合っているのを桃の優秀な耳は捉えてしまった。

「さすがに落第となればお母さんも戻ってくるだろうし。あたしも監督不行き届きでお仕置きかなあ?」

 そこまで考えて身震いする。母親のあのお仕置きを受けるくらいなら○クザの事務所に乗り込んでいった方がまだマシだ。これ以上トラウマを持ちたくないのだ!

「となるとそろそろ実力行使に出た方がいいかな。今までが甘すぎたか」

 今までの対応の甘さを振り返って反省する。忠夫の生活を自分が縛るのはよくなかろうということでなるべく自由にさせていたのだが、最近それは間違っていたと思い始めていた。忠夫は徐々に図に乗ってますます学校へ行かなくなっていったのだ。

「……なんか子供の生活にどこまで干渉するか迷ってる母親みたいだなあ、あたし」

 というかそのまんまのような気がするが。そんなことを考えながら部屋で着替える桃は制服を脱いだところでふと気づく。

「そういえば忠兄が落第したらあたしと同級生になるんだよねえ。忠兄とクラスメートかあ。えへへへ」

 ニコニコとうれしそうに笑う。同級生にはなってもクラスメートになることはないと思うが。近親縁者はなるべくクラスが一緒にならないようにするのだ、学校側は。
 部屋着に着替えた桃はそこでようやく書置きを読んでみる。

「え〜となになに……」
『桃へ
 バイトの都合で今日から何日かイタリアへ行くことになった。学校の方にはうまいこと言っといてくれ。じゃあよろしく。
                             お兄様より
    P.S.冷蔵庫のプリンは食べていいぞ。いつ帰れるかわからんし』

 思わず書置きを落としてしまう。ああ、甘やかした結果がコレだ。子供のしつけは厳しく、と言っていた母親の言葉を思い出す。確かにその通りだと桃はまた一つ学んだ。

「…………お母さん、あなたのしつけは足りなかったようです。でも大丈夫。お母さんの夢は、あたしが」
 ――――ちゃんと形にしてあげるから。

 はるかナルニアの方を見ながらそう誓う桃だった。
――――ここにグレートマザーを目指すひとりの妹が誕生した。


 ローマへと向かう飛行機の中で忠夫は悪寒を感じた。先ほどスチュワーデスにちょっかいを出してボコボコにされた傷はもう治っている。

(この感じは桃のやつか? さすがに書置き一つ残しただけはまずかったかなあ)

 なんとなく悪寒の原因に思い至る忠夫。長年の経験からなせる業である。

(……お土産くらいは買っとくか)

 それで桃の決意がにぶるかはわからないが。


――――ローマ空港。
 正式名称はフィウミチーノ空港といい、ローマの南西のフィウミチーノ市にあるイタリア最大の国際空港の一つである。ローマ空港というのは別称であるローマ・レオナルド・ダ・ヴィンチ国際空港から来たものだろう。もっとも、GS世界ではローマ空港というものがあるのかもしれないが。
 イタリアへ着いた三人のうち肉体を持つ二人は長時間座りっぱなしであった体をほぐしていた。

「ん〜」
「美神さん、ストレッチなら手伝いますよ! あんなとこやこんなとこも揉んであげます!」
「いらんわ!」

 訂正。体をほぐしているのは美神だけで忠夫はいらんことを言って殴られていた。

『いたりやってえ空港ってとこにそっくしですね』
「ここは空港だよ、おキヌちゃん」
「復活早いわね……にしても意外だわ。横島君だったら『おおーっイタリア!!』とか言ってカメラのシャッター切りまくってると思ったんだけど?」

 妙に冷静な忠夫に疑問を持った美神が問いかけてくる。たしかに普段の忠夫を見ていればその疑問は最もだろう。

「いや、イタリアには一度来たことがあるんすよ」
「へぇ、いつ?」
「あれは中一の時だったかなあ。家族全員でヨーロッパ旅行に行ったんです。あの時は桃のやつが大変だったなあ」

 三年ほど前のことを思い出す。父親の長期休暇が取れたのでどこかに旅行に行こうという話になったのだ。ちょうど忠夫たちも連休に入ったのでせっかくだからヨーロッパ旅行に行くことになった。忠夫も桃も初めての海外旅行に不安になりつつも楽しみにしていたものだ。

『桃って横島さんの妹さんでしたっけ?』
「そうだよ、おキヌちゃん。ヨーロッパの国々を回って、最後にイタリアに来たその日に桃のやつが迷子になってね」

 あの時は両親も忠夫も探し回った。父親なんか特に必死で、バチカン宮殿の中にまで探しに行こうとしたほどだ。母親が殴って止めたが。

「んで、一日経った後に発見されまして。とりあえずみんな安心したんですが、桃のやつ服は破れているは血がにじんでいるはでボロボロだったんすよ。なにがあったか聞いても泣くばっかりだったし」
「それは……」

 美神が口ごもる。小さいとはいえ女の子が外国で行方不明になったのだ。しかもボロボロになって泣いて帰ってきた。いなくなっていた一日の間になにがあったか想像するのは容易い。美神の考えていることがわかったのか、複雑な顔をしている美神に対し忠夫は手を横に振ってあっけらかんとした顔で話しかける。

「さすがに心配になったうちの母さんが調べたんですが、別に変質者に襲われた形跡はなかったそうです」
「あら、そう」

 少し安堵する美神。桃とは会ったことも見たこともないが同じ女として思うところがあったのだろう。そんな美神の横でふわふわ浮いているおキヌが首をかしげながら疑問を発する。

『妹さんはどうしてボロボロだったんですか?』
「実を言うと未だに知らないんだよ。うちの親たちがいくら聞いても桃は何もしゃべらなくて『心配しないで』って言うだけだったし。次の日には泣きやんで元気にイタリア観光に行こうとか言い出すし」

 もっとも、それがカラ元気だったのは両親はおろか忠夫にすら見破られていたのだが。その後両親と忠夫は心配しつつも桃が望んでいるとおりに観光を続けた。
 そんな昔話をしていると向こうの方に見たことのある人影が見えた。スーツにネクタイ姿のピートは手を振って駆け寄ってくる。

「シニョリータ美神!」
「ケッ、俺たちには挨拶なしかい」
『まーまー、私たちは美神さんのおまけのようなものですし』

 忠夫がピートに聞こえないように文句を言うと、それをばっちり聞いていたおキヌがたしなめた。


 忠夫たちは空港の滑走路に来ていた。目の前には小型の飛行機が見える。何でもここからはこのチャーター機に乗って行くらしい。

「島までこれで行くの?」
「いえ、途中で船に乗りかえます。なにしろ何もない島なもんですから」

 飛行機に乗り込んでから聞く美神にそう答えるピート。要するに飛行場もない辺鄙なところにある島なのだろう。そんな会話を聞きながら荷物を降ろしている忠夫は先客がいることに気づいた。

「おおっ!! こ、これはまた…ええフトモモ!! 腰もいい!! ちちもええぞっ!!」

 先客の女性を下から徐々に評価していく忠夫。そのまま顔まで見たところで女性も忠夫に気づいたようだ。

「あれっ、おたく横島…?」
「うわーーーー!!」

 女性が誰かわかった忠夫は思わず叫んでしまう。それもそうだろう、アイマスクを外してこちらに気付いた色黒の女性、小笠原エミには先日いろいろと酷い目に遭わされたのだ。しかしエミのほうも何やらいやそうな顔をしている。

「……ということは…れ、令子!? なんでここに…!?」
「エミ!? まさかあんたも……!?」

 戦闘態勢を整える二人。犬猿の仲と言っていい二人が出会えばこうなることは目に見えているだろうに、どうして唐巣神父はエミを呼んだのだろうか。

「あれっ? お知り合いですか?」

 どうやらピートは美神とエミの関係を知らなかったようだ。神父は片っぱしから有名なGSを指名したのだろう。確かにエミは呪い屋が本業だがGSとしても活躍している。

「知り合いも何もこの女は……」
「そーなのー。あたしたちお友達なの。ね、美神さん」
「なんのマネよ、このクソ……あう」

 急に猫なで声になって美神にすり寄るエミ。美神はその態度に鳥肌がたち、エミを怒鳴ろうとするが首筋の冷たい感触に口を閉ざす。エミがいつの間にか取り出したナイフを美神の首筋に押し当てていたのだ。
 ピートはエミがしていることに気付かずに最後の一人を迎えに行ってしまう。残った二人の間に微妙な沈黙が下りるが、やがて罵り合いをし始める。先ほどまではエミがピートの前で猫を被っていただけで、これこそが二人の普段のやり取りだ。

「うるさいぞ! いーかげんにせんか!! いったい何を騒いで……む!」

 よほど美神とエミの声がうるさかったのだろう。怒鳴りながら飛行機のトイレから出てきたのは白髪で大柄な老人。どうでもいいがズボンをちゃんとはいてから出てきた方がいい。男の、しかも老人のパンツなんぞ誰も見たくない。

「うわーーーー!! 美神令子!?」
「ドクター・カオス!? あんたまで……」

 横島に続いて叫ぶ老人の名はドクター・カオス。古代の秘術を使って不死の身体となり千年を生きた錬金術師である。彼が悲鳴を上げたのは美神に酷い目に遭わされた(と思いこんでいる。実際は自爆したに近い)からだ。ちなみに有名と言えば超有名だが最近の彼はボケ始めて役に立たないという意見もある。

「どうか・なさい・ましたか・ドクター・カオス」

 飛行機の隅に置いてあった棺桶のような箱から出てきたのはドクター・カオス謹製のアンドロイド、マリア。主人の悲鳴に反応して起きてきたのだろう。ちなみに彼女がいないカオスは灯油のないストーブのようなものという意見もある。

「いーからおまえは寝とれ。電池がもったいない」
「なんなの、なんなのこのメンツは!?」

 エミに続いてカオスとマリアの登場に、もはやあきれ果てるしかない美神。しかし運命の神様は彼女に更なる試練を与えた。

「この飛行機で〜行くんですかあ〜」
「こっ…この声は…!?」

 聞こえてきた声に戦慄する美神。逃げ道はなく、いやな予感が当たらないように祈りつつも声の主を待つしかない。

「あれ〜〜? 令子ちゃんじゃない〜〜〜」
「でたーーーーっ!!」

 やがて現れたのは童顔の女性。語尾を伸ばす独特の話し方をするこの女性の名は六道冥子。歴史ある六道家の長女にして後継者で、昔から受け継がれてきた12匹の強力な式神『十二神将』を操る式神使いである。……まあ強力っちゃあ強力なんだがそれを操る本人の精神面に多大な問題があるという意見もある。

「これで全員揃いましたね。出発しましょう」

 冥子と共に戻ってきたピートがそう告げると飛行機が離陸を始める。とたんに更に騒がしくなる機内。

「ちょっと、私は降りるっ!! こんな仕事お断りよ!!」
「ワガママ言うな小娘! わしだって借金さえなけりゃなーー!!」
「ピートぉ。こっち座ってぇ」
「令子ちゃん〜怒っちゃいや〜〜」

 ……いくら有名だからといって人選はもっと慎重に行うべきだと思うぞピート、いや彼らを指名した神父よ。


 飛行機が離陸してしばらく経ち、地中海に差し掛かったころ異変は起きた。

「な、何……!?」

 突然振動し始めた飛行機に驚く一同。どこからともなく飛来した大量のコウモリが飛行機に襲いかかったのだ。コウモリたちはその身を犠牲にしてエンジンに飛び込み、エンジンを止めようとしてくる。

「コウモリか……しまった。昼間だと思って油断した……げっ!」

 原因を探るべく飛行機の扉を開けて外を見たピートが決して上品とはいえない声を漏らす。だがそれも無理ない話だ。彼が見たのは視界を覆い尽くさんばかりのコウモリの大群とパラシュートを背負って空中へと脱出していくパイロット二名だったのだから。

「パ……パイロットが逃げた……」

 ピートと同じ光景を見ていたエミが呆然とつぶやく。隣では美神も同じく呆然としている。だが二人とも逃げたパイロットたちを責めるつもりはないようだ。何の訓練も受けていない普通のパイロットが自身の操縦する飛行機がコウモリの大群に襲われるという異常現象に遭って逃げ出さないわけがないと理解しているからだろう。

「みっみなさん、落ち着いてください!」
「落ち着いとる場合かーーーー!!」

 ピートが皆を落ち着かせようと声を出すが、そう言う彼の顔も明らかに焦っている。そんな彼に真っ先に反論したのが忠夫。パイロットと同じく何の訓練も受けていない彼はピートよりも焦っている、というか涙目になっている。

「諸君! ここは私に任せたまえ。マリア、超音波発生装置作動!」
「イエス、ドクター・カオス」

 自信ありげにカオスが命令するとマリアは頭頂部からアンテナを一本出した。アンテナが出てきてからしばらくすると外のコウモリたちの様子がおかしくなり、徐々に飛行機から引き離されていく。

「い、いったいなにが?」

 美神が一同を代表してカオスに尋ねる。するとカオスは得意そうな顔で自慢げに語った。

「ただ超音波でやつらが出す超音波を乱してやったに過ぎんよ」
『超音波……ですか?』

 おキヌが首をかしげる。彼女には超音波というものが理解できていないのだろう。
 コウモリは超音波を発し、その反響を検知することで空中の障害物や獲物を検知する。カオスがやったことはコウモリが発する超音波をマリアのアンテナから出した超音波で乱してやっただけだ。

「すごいですね〜」
「はっはっはっは。場所が地中海と聞いてピンときての。弟子が作ったのを念のためマリアに搭載しといてよかったわい」

 冥子が感動の目で見つめる中、あっさりとネタばれするカオス。どうやら超音波発生装置とやらはカオスが作ったものではないらしく、美神たちは感心しかけていたのを止めた。搭載する判断をしたのはカオスだというのに、そこに注目してもらえないのはやはりカオスたるゆえんか。

「弟子?」
「うむ。最近家賃を待ってもらう代わりに弟子をとっての。なかなかいい筋をしとるわい」

 いぶかしげな眼で見てくる美神に対し、心なしかうれしそうに語るカオス。できのいい弟子は彼も教えがいがあるのだろう。もしかしたら己の昔の姿でも思い出したのだろうか。

「…………体を乗っ取ったりしないでしょうね?」
「せんわい! いや考えんこともなかったが、そんなことしたりしたら確実に殺されるしの」

 あのババアめ、と憎々しげにつぶやくカオス。そんなやり取りを無視して忠夫の悲痛な叫び声が機内に響いた。

「なにのんびりしてるんすか! コウモリがいなくなってもパイロットがいなきゃ落ちるのは変わんないでしょーが!!」
「「あ」」

 忠夫の叫びに顔を見合わせる二人。その顔には完全に忘れていたと書いてあった。他の面々も同様だったのかたちまちパニックになる機内。

「ちょ、ちょっと誰か操縦できるやつはいないの!?」
「あんたこそできないワケ!? まったくこの役立たず!」
「ん〜、私はできないよ〜」
「み、みなさん落ち着いて―!」
「もうダメやー! ここでみんな死ぬんやー!」
『大丈夫です。死んでも生きられます』

 まさに阿鼻叫喚。エミは「ピート、助けてぇ〜ん」などと言ってピートに抱きつき、忠夫は「墜落までにできることー!」なんて言って美神に飛びかかり撃沈されている。おキヌなんか仲間が増えるのがうれしいのか若干笑顔になっている。
 そんな中一人あわてずに操縦席へと向かう人影があった。その人影に気づいた美神が声をかける。

「ちょっと、どこ行くのよ!」
「誰も操縦できるやつがいないのじゃろう? ならばワシがしてやろうと思ってな」

 振り返って皆にそう告げるカオス。しかしそんなカオスに美神はいぶかしげな顔をして返す。

「……できるの?」
「それはわからんが、まあ飛ばす方法なんぞ操縦席でアレコレいじっていればわかってくるじゃろうて」
「ダメじゃねーか!」

 カオスの返事を聞いた忠夫は思わずそう叫んだ。こんなときでもツッコミができるのは上方出身の血がなせる業か? しかしカオスはそんな忠夫を見てただ淡々と告げる。

「なに、マリアに比べれば飛行機の構造なんぞ原始的にもほどがある。ならば飛ばす原理もわからないはずがなかろう? それに最近、弟子をとったせいか頭のほうもスッキリしてきてな。さすがに全盛期、とまではいかんがな。わかったか小僧? では行くぞ、マリア」
「イエス、ドクター・カオス」

 ニッと笑い、マリアを連れて操縦席へと向かうその背中はかなり頼り気がある。誰もがカオスの姿に感心し、忠夫なんか感激の涙を流している。

「さ、さすが神父の選んだ人だ……すごい頼りになる!」

 ピートはグッとこぶしを握り、彼を人選した己の師を改めて尊敬し直している。


 そうして皆が安堵のため息をもらしながら席について待つことしばし。突然の振動が皆を襲い、再び機内は慌ただしくなった。

「な、何? またコウモリ!?」
「いや、外にコウモリはいませんよ!」

 今あったことを頭の中で分析していた美神は突然振動し始めた機体に驚いて、まとまりかかっていた思考を放棄してしまう。そのかわりに出た言葉に反応した忠夫が外を見るが、そこには青い空と地中海が見えるだけだった。みな再びパニックになりかける中プツっと音がして機内に声が響いた。

『あ〜聞こえておるか皆の集。こちら操縦席のカオスじゃが……』

 突然始まった機内放送に誰もが動きを止める中、カオスの声はただ淡々と事実を告げる。

『正直に言おう…………


すまん、やっぱり無理だった』
「「「無理だった、で済むかーーーー!!」」」

 思わず叫ぶツッコミ属性三人衆(美神・エミ・忠夫)。機内放送をよく聞けばビィービィーという警告音やマリアの「ドクター・カオス・このままでは・十秒後・に・墜落します」という声が聞こえてくる。


――――地中海に大きな、大きな水しぶきが上がった。


あとがき
 皆様こんばんは、Kです。『兄妹遊戯』第三話をお届けします。
 ううむ、ようやく原作に入ったわけなのですが、ただ原作を実況しているだけになってしまいました。次からはもうちょっと変わっていく予定です。
 横島君を主人公にしようと思ったのに蓋を開けてみれば桃が目立ってるという事実。今回はチョイ役だったはずだったのになあ、彼女。副題も桃が中心のものになってるし。ちなみに最初副題を『公安9課美神令子?』にしてたのは内緒ですよ?


ではレス返しを

○鹿苑寺さん
>むしろ横島(兄)は復活が早いところがチャームポイント☆(待
 ええ、彼の復活の早さには長年の苦労と秘密があります。

○テラさん
>このままの状態でアシュタロス戦に入ったら横島に対して桃はどう接するんだろう?
 さて、どう接するかはその時のお楽しみということで。
>桃はブラコン確定だがそれがlikeなのかloveなのかがいまいち判断つきにくいな〜
 like……のはず。最近わたしもわからなくなってきました。

○DOMさん
GS(グレートシスター)ネタを使わせていただきました。この場を借りて感謝いたします。
>あだ名が桃太郎だし、力に目覚めたら昔話の桃の三匹の従者に模したものが出てくるかもしれない…。
 桃の霊能力候補はいくつかありますが、どれにしましょう?
>一般人では最高の戦闘能力を持っているみたいだ。
 一般人の強さの目安は
百合子>>>大樹≧桃>>元番長≧飛燕(薙刀)>>忠夫>飛燕(素手)
となっています。大樹と桃、元番長と飛燕(薙刀)の差は実戦経験の差です。ですがこれはあくまで目安なので元番長や忠夫でもやり方や状況次第で桃に勝てます。

○ルーエンハイムさん
>しかし、横島は何か修めてないのかな?武術とか。
 さて、どうでしょう(ニヤリ
>この横島たちの小学生時代とかも気になります。
 今回少し出てきたように小学校時代は今の桃を形成する重要な出来事がいくつかあったので、そのうち本編または外伝で書く予定です。

○いしゅたるさん
>自覚あるのかないのかは不明ですが
 自覚は……ないでしょうね。これからも自覚するかは不明です。
>けどおキヌちゃんには、家庭料理の弟子入りしてしまうかもしれませんw
 するでしょうねぇ、たぶん。上達するかどうかは別ですが。

○怒羅さん
>名前無くても、今回はアンタが主人公だ。(俺主観
 彼を気に入ってもらえて何よりです。
>でも、一番漢なのは桃ちゃんと言うことで。
 ええ、桃は漢です。そりゃあもうそこらの男よりも。

○緑茶さん
>桃はどの様に反応していくのやらw
 どのような反応をするのでしょうね。「ほ兄ちゃんはわたさないもん!」とかですかね?

○ZEROSさん
>まぁ、単に考えてないだけだと思うが。
 いえいえ、ちゃんと考えております。ただ、彼の場合このまま発表しなくても面白いかなあと。
>次回あたりで他のGSメンバーも出てきそうだが、桃ちゃんとの関係は果たしてどうなることか。
 GSメンバーと桃が係わるのはもう少し先です。お楽しみに。 

○ただ今弾切れ中さん
>史上最強の妹 横島桃 っていうのが脳内に響きましたよwww
 はじめまして。たしかに、某史上最強の弟子ネタは彼女によく合いそうですね(笑)

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