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「この誓いを胸に 第八話(GS)」

カジキマグロ (2007-09-17 00:24/2007-09-17 01:12)
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紅葉深まる季節秋となり、気温も下がってきた所為か、日々の生活が段々と過ごしやすくなってきた。
しかしそれはコンクリートで固められた街に住む人間だけの話であって、山の奥に住む動物達にとっては冬越えの為に食料を食って、食って、食いまくって長期にわたる睡眠に備えなければならない忙しい季節でもある。
もっともそれは動物に限った事ではない。
山の奥にひっそりと暮らす人狼族でも同じ事が言える。
彼らは柿を剥いて干し柿にしたり、山の木を伐ってきてそれを薪にしたりと、ほぼ一日中働き続け額に汗を流している。
やはりどんな生物だろうと冬は厳しい季節。
万全で望まなければ不安なのである。

「と言う訳で……。頼んだぞ。ジロウ、シロ。」

「お任せ下さい。長老。」

「確りとお勤めをしてくるでござる。」

右手で杖を持ち、左手でその立派な白い顎鬚を触りながら、長老が己の息子や孫を見る様な笑みを浮かべて旅衣装に着替えたジロウとシロに声をかける。
それに対しジロウはまるで、剣道の試合前の一礼のように頭を下げ、シロも父親の真似をして背筋を伸ばし、頭を下げるが………如何も幼い所為か? ジロウみたいな美しさは其処に無い。
その変わりに子供独特の愛らしさと言うものが其処にはあった。

「うむうむ。頑張って来い。シロ。」

それがまた、長老の頬を一段と情けなく緩める要因となるのはしょうがない。

人狼族は元々繁栄力が悪く、中々子孫を残せない。
故に今この人狼の里で幼子はシロだけで、如何しても爺心としては可愛がってしまうのだ。

もっとも昔は此処まで酷くは無かったのだが……。

原因としては、此処以外の人狼の里が壊滅してしまい子供の数が激減してしまった事。
全ては人間の侵略の所為。
人間のエゴの所為。
無論それに対し、黙って指をくわえているだけでなく戦いもした。
しかし結局数の暴力には勝てなかった。
人間の狡猾な策略に勝てなかった。
自分達に出来る事は、人が侵略してこない山の更に奥地に里を構え、ひっそりと暮らすことぐらいだった。

「よし、行くぞ。シロ。」

「はい! 父上!」

人狼族の次代を担う二人が人間界へ向けて歩を進めていく。

時代は変わった。

お互いを……否、一方的に人間を毛嫌いする時代はもう古いのかも知れん。
段々と背中が遠くなっていく親子を見つめながら、長老は深いため息をついた。

「期待しよう……。シロの命を救ってくれた少年が我々と人間との架け橋とならん事を……。」

長老の憂いを込めた言葉は空へと舞、木々のざわめきの中ゆっくりと自然の中に溶けて入った。

「盲目なされたか長老? 人間達が我等人狼族にしてきた仕打ち……。もしや、長老であるあなたがお忘れになったとでも?」

唐突に長老の背中から、今にも己を刺し殺さんと言わんばかりに殺気を込めた低く野太い男の声が聞こえた。
そんな殺気にも動じず、長老はゆっくりと後ろを振り返り、その声の主である男を静かに見つめた。

「………犬飼。」

長老は少しの悲しみを込めた言葉で男の姓を口にする。
だがそんな長老の言葉の意味など男……犬飼は全く気づかずに、長老を小馬鹿にしたように鼻で笑う。

「人間との架け橋? 笑わせる。彼奴等は強欲で罪深き生き物……。所詮その架け橋とやらで、我等をあの時と同じ様に食い物にする魂胆よ。」

「口が過ぎるぞ犬飼。それにあの時とは時代が違う。」

「時代?」

長老の台詞を聞き犬飼が大きく肩を竦める。
だが表情からは呆れよりもむしろ怒りの色が濃く見える。

「何が時代だ? 笑わせる! ………長老お忘れか? あの時の仲間の悲鳴を? あの時殺されていった者達の悲鳴を! 誇りを奪われた者達の悲鳴を!!」

台詞を紡いでいくと共に犬飼の瞳に憎しみの炎が宿る。
その姿に長老の表情が悲しみで歪む。
あの戦いからもう130年は経つ、そのときは幼子であった犬飼には、未だにあの光景が地獄として、憎悪として心の真ん中に住み着いているのであろう。
だが、無理も無い。あの戦で犬飼は両親を亡くしている。

「…………如何しました? 長老? 黙っていては貴方の真意が判りませぬ。」

犬飼が挑発するように言葉を投げかける。

「忘れるはずが無い。覚えておる。あの無念の叫び……。」

「ならば………。」

「じゃが、このままでは我等人狼は滅びを待つだけじゃ。それは避けねばならん。」

「それで人間と交わりを持つのか!?」

「そうじゃ。」

長老が真っ直ぐに迷い無く犬飼の目を見つめる。
それは次代の為に、何かしらの礎を作ってやると心に決めた確固たる意志の現れ。
犬飼はその圧倒的な意志の力に気圧され、少しだけ身を後ろに引いてしまった。

「ちっ……。」

その己の醜態に対しての舌打ちかは判らないが、憎憎しげに歪めた表情のまま彼は長老に背を向けると、無言で村の方へと歩いていった。

「犬飼……。何時までそうやって憎しみ囚われておる? 犬塚は前に進もうとしておるのに……。お主は何時まで……。」

長老の今にも崩れ落ちてしまいそうなほど脆いその言葉に、返事を返す者は、この場に一人もいなかった。

唯木々のざわめきだけがやけに良く響いていた。


この誓いを胸に 第八話。  人狼親子 前編。


満月と星々が闇夜を煌々と照らし、辺りからは心地の良い虫の鳴き声が響く。
それに加え微かな硫黄の香り漂う温泉。
そんな趣があり、詩人ならば詩でも書いていそうな空間の中、横島は温泉に肩まで浸かり上空にある絶景を呆然と眺めていた。
そしてその何にも考えていないような表情のまま、彼は徐に口を開く。

「え〜〜〜と……。まず、人間界の常識から男は狼です。理性なんてそんなに長持ちしません。直ぐにプッツンします。そしてその後はルパンダイブです。此処で物理法則を無視できます。」

「それって横島だけでしょ?」

横島の正面から鈴のように高く、理知的な幼い少女の声が響く。
その声に反応して横島の体が、電気でも流されたかのようにビクリと大きく震えるが、彼は夜空から視線を外さないまま言葉を続ける。

「神様は言っていました。ロリコンは犯罪です。否、せめて男女のお付き合いは16歳を過ぎてからと………。」

「いつも美人を見つけては飛び掛る男の台詞とは思えないわね。」

少女の鋭い突っ込みにまた横島の体が大きく揺れる。
それでも彼は視線を動かさない。
表情は段々引き攣ってきたが………。

「勉強不足はいけない。お互いに確り体の仕組みを知り………。」

「あら〜。私には前世の記憶があるのよ? 幼いなら幼い体なりに殿方の喜ばせ方は判るわよ?」

少女は妖艶な声色で、湯をゆっくりと掻き分けながら横島の方へ近づいてくる。
その近づいてくる気配と共に横島の身体は小刻みに震え始め、額からは滝のように汗が流れ始める。

「クスッ。」

少女はそんな必死な横島の姿が面白かったのか、少しだけ笑うとそのまま横島の胸にしな垂れ掛かり、そっと彼の耳元で呟いた。

「ほら……。食べごろよ。」

当に悪魔の囁き。
その台詞は煩悩少年の鼓膜を突き破り、脳内をぐちゃぐちゃに蹂躙する程の破壊力だった。

「おっ……おっ…おっ……おっ。」

奇妙な呻き声を上げながら何かにひたすら耐える横島。
彼にだってちっぽけな維持がある。
俺はロリコンではない。
中一のくせしてその台詞。

だが、傾国の美女は強かった。

「ふ〜〜ん。今の私の姿が気に入らないならこんなのどう?」

そういうと少女は何処からか取り出した葉っぱを一枚額に乗せ。

次の瞬間、素晴らしい身体のラインを持つグラマラスな美女に大変身した。

「ごブフォ嗚呼〜〜!!」

崖っぷちの精神力で何とか耐えていた横島は、突如として彼の胸の上に現れた豊満な双丘の感触に見事に打ちのめされてしまった。

横島忠夫 13歳。煩悩に忠実ではあるが、実際はまだウブな少年なのである。

「あれ? 横島? ちょっと。お〜〜い。」

返事が無い。唯の屍のようだ。

「ハハハハ………。少し遣り過ぎたみたい。」

真っ赤な顔をし、不気味な笑みを浮かべて気を失っている横島を腕の中に抱きながら、美女が乾いた笑みを浮かべる。
しかしこのままではのぼせてしまう(既にのぼせてはいるが)と考えた彼女は横島を湯船から出し、岩の上に優しく彼の身体を乗せた。

「フフフ……。でも、やっぱり横島をからかうのは面白いわ。癖になっちゃた。」

美女は先程の妖艶な笑みとは打って変わり、無邪気な子供っぽい笑みを浮かべながら己の変化を解き、また元の少女の姿へと戻る。

最近の趣味は横島弄りと、豪語するこの少女の名をタマモといった。

「ふう。私も少しのぼせちゃったかな?」

タマモはそう言うと、湯船から出て横島が横たわっている岩の隣に腰を下ろす。
それにより彼女の白磁の様な白い肌が月明かりを淡く反射をする。
身体全身に纏わり付くまだ微かに温かい雫は、上から下へ重力に従い彼女の細い体の線に沿ってゆっくりと名残惜しそうに地に垂れて行く。

「キーー…………。」

何時も通り湯に浸かっていた猿は、そんな生まれたままの姿でいるタマモを、目を細め眩しそうに眺めていた。
もしもコイツが人間の言葉を喋れたら「絶景かな、絶景かな。」と言っているに違いない。

水が流れる音が、風でざわめく木々の音が、虫の鳴き声が本当に心地よく聞こえる。
タマモは横島と過ごす騒がしい毎日も好きだが、こういった静かな時間も好きだった。

元々孤高な存在として生きてきた彼女。
前世の記憶でも騒がしいという記憶は殆ど無い。
あるとすればそれは、人間達に追われた日々の時ぐらい。
だが、それは楽しくなかった。
最低な騒がしい日々だった。
だからだろうか? 彼女は騒がしい日々が嫌いだった。
今この時のような静かなひっそりとした空間が好きだった。
しかし…………。

タマモが隣で気を失っている横島の前髪をソッと撫でる。
この少年との出会いが彼女の価値観を180度変えた。
騒ぐのは存外楽しい物だと。
少なくとも横島忠夫という人間と騒ぐのは、面白くて退屈しない物だと。

「うっ…………。」

横島が少しだけ身動ぎをして呻き声を上げる。
そろそろお目覚めかな。
タマモはそう思うと彼の頬を軽く叩き始めた。

「ほら。起きなさいよ。横島。あんまり寝てると風邪引くわよ?」

寝かせたのはあなたですと、突っ込むべきか迷う発言をしながら、横島を起こそうとするタマモ。
それに反応するように横島の意識も回復していき、彼の目が少しずつ開かれてきた。

「うっ……あ、あ〜。タマモ?」

「何?」

横島は呆然とした表情を浮かべながら、タマモの顔を見つめる。
勿論男としては意図せずに、視界の中にその未発達の裸体が入ってしまう。
彼はまた頭に血が上ってくるのを感じた。

「そっ……そろそろ上がるか?」

「うん? もう一度湯船に入らないで大丈夫?」

「俺の理性が大丈夫じゃないや。」

岩の上から上体を起こし立ち上がった横島は、タマモに背を向け、着替えを置いてある所まで足早に歩いて行く。
そんな彼の後ろ姿を見ながらタマモは苦笑をすると、人化を解き狐の姿になって、彼の足元まで移動していった。

「むっ……。タマモ…。お前今さらその姿になっても駄目だろ?」

「キュ〜〜〜。」

そんなタマモに気づいた横島は眉をひそめ、呆れた様にため息を吐く。
人化が出来るようになってからは、偶に彼女は横島をからかう為に人化して一緒に風呂に入る様になった。
まあ、その度に女性(幼女?)から迫られるのに慣れていない横島は、今回のように悲惨な状態になるまで追い込まれるのだが……。

「へいへい………。いつも通りですね。」

横島がパンツと短パンを履き、面倒そうに頭をかきながらタマモにバスタオルをかけてやり、彼女の身体を拭いてあげる。
その間タマモは幸せそうに目を瞑り、横島にされるがまま大人しくしていた。
彼女は獣形態のときに大きなバスタオルで全身を拭いてもらうが最近のお気に入りで、この包まれる感じを非常に気に入っていた。

「全く……。誰に似たのかサボる事ばかり上手くなりやがって……。」

「キュ。」

その言葉に反応したタマモが、横島に向け顎をしゃくる。

「俺か? 俺ってそんなに不真面目では無いぞ?」

「…………コン?」

「可愛らしく首を傾げるな。まあ、真面目とは言えんかも知れんが……。」

「キュ。」

「躊躇無く頷くな。ほれ、終わったぞ。」

「コン。」

横島がそう言い立ち上がると、タマモは全身を揺らし既に殆ど残っていない水気を飛ばす。
これは条件反射というか儀式みたいな物だ。
水に浸かった後は全身を高速で揺らす。
人化のときは頭を揺らす。
獣っ子のさがかな?

タマモがふと隣を見たら、横島が上着を着終わり、地に膝をつき背を丸めて靴を履き始めている。

「コン!」

そんな横島の姿を確認したタマモは、気合の掛け声と共に彼の背中へ向けジャンプ。
そしてそのまま彼の背中をよじ登り、何時もの定置である頭上へと辿り着く。
後はこのままウトウトと船を漕ぎながら家に帰る。

これが温泉と八神宅を往復する日常の風景。
騒がしいような、落ち着いた時間。

「コン!?」

だが今日は違った。

「如何したタマモ? っ誰だ!?」

茂みを掻き分ける音共に現れたのは二つの影。

「お久しぶりです。横島殿。」

二つの影の内、大きな方が横島に向け頭を下げる。
それに倣ってか、小さい影もまた、彼に向け頭を下げた。

「あんたは………。」

横島はその二つの影を見ながら驚いた様に目を見開き、半歩ほど後ろに下がった。

「警戒なさらずとも結構です。今回某はご迷惑かと思われますが……。武士として、父親として横島殿に恩を返したく、恥を承知で参上仕りました。」

大きな影である犬塚ジロウは、相変わらずの隙の無い立ち振る舞いで、そう横島の目を見て述べた。


「なるほどのォ。あなたが犬塚殿ですか……。」

八神が茶色い『寿』と書かれた湯飲みを持ち、目の前の座布団の上に背筋を伸ばし、正座しているジロウに声をかける。

あれから横島達は外で話すのは何だという事で、一旦家まで戻り、事情を八神に説明してから、このように居間でちゃぶ台を囲んで座っているのだ。

「はい。」

ジロウが小さく頷く。

「ふむ。それでその子が………。」

八神がシロの方を見ながら言葉を紡ごうとするが、その時彼は一瞬迷ってしまった。
当時横島の話だと人狼の親は娘を助けたいといっていたらしいが、今目の前にいる幼子は、女の子というよりは男の子といった印象を受ける。
故に彼は言い淀んでしまった。

「はい、横島殿に助けて頂いた娘のシロです。」

そんな八神の心情を察してか、ジロウが先に娘であると彼に紹介した。

「犬塚シロでござる。」

紹介を受けたシロが、八神に向け畳に両手を付けながら深々と一礼をする。
親子揃って良く出来たもんだ。
横島は横目でシロを見ながらぼんやりとそう思った。
最もシロの古風な礼儀正しさは、ジロウという父親があってこそだと言うのは間違いないが……。

(我が家のダメ親父とは雲泥の差だな。)

横島は家の中をパンツとヨレヨレの白いTシャツで歩き、母親の目を掻い潜ってはナンパをして、結局は見つかってドロップキックを食らわせられる父親を思い出した。

(何とも情けない我が親父……。)

余りにもリアルに思い出したので、横島は少しだけ涙腺が緩むのを感じた。
最も自分自身。確りとその情けない父親の遺伝子を受け継いでいるのだが、其処は目を瞑るのがお約束。
人間全てを受け入れるのは不可能。
否定する事も大事。

「そうですか。病気も良くなった様子で何よりです。」

八神が人好きのする笑みを浮かべて、慈しむ様にシロを見つめる。

「ありがとうございます。なにもかも横島殿の御陰……。しかし……。」

ジロウが横島の方を悲しみ……。否、申し訳なさで一杯と言った表情で見つめる。

「某の我が侭の所為で……。横島殿の大切なお方は……。」

「あっ……………。」

ジロウの悲痛な面持ちで紡がれた言葉を聞き、横島がしまったという表情を浮かべながら声を上げる。
そんな横島を八神は鋭い眼つきで睨みつけた。

「お主……。言ってなかったのか?」

「ハハハハ…………。すっかり忘れてた………。」

八神の威圧感たっぷりの眼差しと台詞に冷や汗を流しながら、横島が乾いた笑みを浮かべる。
ジロウは何が起こっているのか判らないといった風に、そんな二人の顔を交互に見回した。

「ふう……。ジロウ殿。その心配ならする必要は無い。その子は生きておる。」

「なっ………なんと!?」

「本当でござるか!?」

八神の言葉を聞きジロウとシロが声を荒げて驚く。
その驚きようから、その事をよっぽど負い目に感じていたのであろう。
まあ、義理堅い人狼族ならば、当然と言ったら当然なのかもしれないが。

「うむ。ほれ見ろ。横島の頭上に乗っておる妖弧。あの子がそうじゃ。」

「な……何と……。横島殿の護るべき子は妖弧で御座いましたか……。」

「ハハハ……。まあね。」

心底驚いたと言う顔をしているジロウに、横島が愛想笑いを浮かべる。
だが、そんな八神の言葉と横島の態度に、此処に来て始めてジロウの表情が、硬いものから柔らかいものに変わる。

「そうですか……。良かった。」

「すいません。言うのが遅れて……。」

「いえ……。本当にご無事でよかった。」

本当に義理堅い妖怪だ。
横島は瞳に涙すら溜めて、タマモの無事を喜ぶジロウを見てそう思った。

「ふむ。やはり今回はこれが正解じゃったな。」

唐突に八神が、この場にいる全員に聞こえるよう呟く。

「何がや?」

そんな彼に横島が首を少し傾げながら尋ねる。

「忠夫。お前の判断がじゃ。」

「俺の判断?」

横島は益々判らなくなって来たのか、腕を組んで八神が言う判断とは何かを考えはじめる。

「ジロウ殿に薬を渡した事じゃ。」

「…………そうなんか?」

横島は少しの沈黙後、険しい表情で返事を返す。
彼自身。あの時の自分の選択が正しかったのかというと……自信が無いのだ。

あれだけ護るとか偉そうな事言っておいて、結局は見捨てたのだから………。

鉛のように重たい沈黙が流れる。
ジロウもシロも下を向き、横島同様に険しい表情を浮かべている。
唯、八神だけは笑っていた。

「………ジロウ殿。もしあの時、忠夫があなたに薬を渡さなかった場合……。あなたは如何していましたかな?」

八神の言葉にジロウの表情がより一層険しくなる。

「………斬ってでも……奪っていたかと……。」

「父上!?」

ジロウの言葉を聞き、下を向いていたシロが、彼の方を信じられないと言った表情で見る。
そう幼いシロには信じられなかったのだ。
武士として尊敬し、憧れている父親がそんな盗賊紛いな台詞を言うなどとは……。

「シロ。それは違うぞ。」

そんな今にも泣き出しそうなシロに、八神が優しく声をかける。

「親父殿は確かに武士としては恥ずべき事を遣ろうとしたのかも知れん。しかし父親としては当然の事を遣ろうとしたのじゃ。」

「父親として……当然の事?」

「うむ。シロよ。ジロウ殿はお主を救う為に、武士として恥を背負う覚悟で忠夫の前に立っていたのじゃ。じゃからお主は父を断じて恥じてはならん。そして覚えておけ。それが父親と言うもの………否、子を持つ親の姿なのじゃ。」

「子を持つ親の姿………。」

八神の言葉を小声で繰り返すシロ。
暫くそうやって何度も繰り返していると、彼女は先程とは打って変わって真っ直ぐな目で、八神の方を見るとゆっくりと口を開いた。

「拙者にはまだ八神殿のお言葉の意味………。良く理解できないでござる。でも、父上が拙者の為に頑張ってくれた事は理解できるでござる! だから父上の事を恥じません! むしろ父親としての父上の姿を誇りに思うでござる!」

「シロ…………。」

はっきりとした口調で紡がれたシロの言葉に、ジロウは不覚にも涙が流れるのを感じた。
父親としてこれほど嬉しい事などあるだろうか? 
いやないだろう。

「こんな不甲斐ない父を誇りに思うと言ってくれてありがとう。」

「父上………。」

故に素直に感謝しよう。
万感の思いを込めて感謝をしよう。

「フッ……。本当にシロはジロウ殿に似て、真っ直ぐで良い子じゃ。うちの捻くれ共にも見習わせたい。」

「大きなお世話じゃ……。」

「コン……。」

ニヒルな笑みを浮かべる八神に、横島とタマモはむっとした表情で、履き捨てるようにそういった。
無論そんな可愛げのない二人を、八神は見事にスルーした。

「まあ、話を戻すが……そんな訳で薬を渡して正解だったんじゃ。もしお主が薬を大人しく渡さんかったら十中八九死んでいたろうしな。」

「ぬっ………。でもな……。」

「もし仮に…タマモが本当にやばい病気で、天狗の薬が無いと死んでいたとしよう。」

横島の言葉を八神が無理やり遮る。

「それでも忠夫よ。お主は正解だった。」

「なんで…………ぐっ…。」

何か反論しようとする横島を、八神は視線だけで黙らせる。

「確かにタマモはその時死ぬだろう……。しかしお主は生き残る。厳しい言い方かも知れんが、二人を失うよりは一人を失って一人を生かした方が良い。わしはそう思う。」

八神の淡々と続く台詞に誰も何も喋らない。

「所詮人間はそんなもんだ。どんな時でも全てを救えるならば問題は何も無い。しかしちょっとのタイミングのズレが仲間の命を落とし、ちょっとの判断のミスが自らの命を落とす。わしはそんな者たちを今まで多く見てきたしのォ………。」

彼はそこで一旦言葉を区切り大きなため息を吐く。

「なあ、爺さん………。」

それを確認した横島が八神に声をかける。

「ん?」

「実際今更なんだが……。あの薬を半分に分けてやれば、全てが丸く収まったんじゃないかって思ったんやけど……。」

横島の表情に暗い影が射す。
彼の意見は今更ながらの打開案だが、聞けずにはおれないのだろう。
普段はそんなに見せる事は無いが、あの時から偶に彼は、タマモに対し申し訳無さそうに表情を歪める時がある。

横島はタマモに対する負い目を感じている。

八神は下を向いて、前髪で表情が隠れてしまっている横島を静かに見た。

「例えば……。忠夫よ。お主が医者に行ったとしよう。其処でお主は診察してもらい医者から3粒の錠剤を貰った。その時医者はお主にこう言ったのじゃ。これを呑んで下さいと……。さて、お主は錠剤を何粒呑む?」

「えっ………と……。3粒全部かな? あっ……。」

何かに気がついたのか、横島が目を見開き、声を上げる。

「聞くが…。天狗はお主に薬をどれぐらい飲ませろとか言っていたか?」

「……言ってないな。」

「薬とは裏を返せば毒じゃ。何故あんなにも使用上の注意で一日どれくらい、何歳まではどれくらいと、きめ細かく書かれているか判るか? 一つの理由として多様摂取が危険だからじゃ。偶に飲んだら飲んだだけ効果があると思う奴もいるらしいが……。それは大きな勘違いじゃ。もしそうならば今頃世界中の医者が進めておるわ。儲けるしのォ……。だが実際はそうではない。薬の多様摂取は危険で、その逆の摂取量が足りないのも意味が無い。医者がこれといった量を摂取しなければ効果が出ないことは無いかも知れんが……。薬の効果に病気が打ち勝ち上手く治らない可能性だって出てくる。」

「…………。」

横島は身動ぎもせずに、無言で八神の話を聞いていた。

「天狗がどれくらいの分量を飲めばいいか厳密に言わなかった。それにより薬は全て飲まなければいけない物だという可能性が高い。確かに全部飲んでも半分飲んでも変わりは無いという可能性も否定は出来んが……。それならば薬を渡したときにそう言ってあるだろう。それに、ジロウ殿はあの時天狗に会ったのですな?」

「はい。」

「その時に半分飲めばいいという風に言われましたかな?」

「いいえ。某は唯一つしか無い薬は横島殿が持っているから、それを如何するかは二人で決めろとだけしか……。」

ジロウの言葉に我が意を得たとばかりに八神が頷く。

「修験者の変化である天狗は意地悪な存在では無い。半分で良いならばその時に教えておるはずじゃよ……。如何じゃ忠夫? わしは其処まで踏まえても最良の選択はお主ので良かったと思うぞ?」

「そうなんかな〜〜。」

横島は如何も納得いかない様な顔をして、虚空を見上げる。
八神の言い分も十分に判ったのだが、やはり完全には納得出来ないと彼は感じていたのだ。

「ふむ。まあ、わしの言葉を幾ら並べても完全に納得は出来まい。じゃが、お主が負い目を感じておる当の本人は寝ているようじゃぞ?」

「何!?」

横島が驚き声を荒げながら頭上を見上げると其処には、気持ち良さそうに目を瞑り、規則正しい寝息を立てているタマモがいた。

「ちょっ、おまっ! それはあんまりなんじゃない!? 俺が物凄く負い目を感じて、未だになれないシリアスモードにバッチリ入って、色々と悩んでいるのに! それは酷いのではタマモさっ……いで!? おまっ、寝てるんじゃっ……ぐはっ!?」

横島が必死にタマモに向け声を荒げて訴えていると、彼女はその声が五月蝿かったのか、巧みに尻尾を使い横島の頬へ左右交互にワン・ツーを食らわした。

「ほれ、静かにせんか。タマモが喧しいと言っておる。」

「いや、だってよ〜。爺さん。」

「ええい。情けない声を出すな。それよりももう遅いそろそろ寝ろ。」

涙を流しながら此方を何時もの情けない表情で見る横島へ、八神は時計を指差し床に就くように催促をする。
時刻は何時の間にか午後11時過ぎ、普段の横島ならもう寝ている時間だ。

「は〜〜〜。何か今のでドッと疲れた……。寝るべ。」

深いため息を吐きながら、ひどく疲れた様に横島が立ち上がる。
八神はそんな横島を一瞥すると、自分の前に置いてある湯飲みへ手を伸ばそうとしているジロウの方に視線を移した。

「ジロウ殿達も今夜はもう遅い。泊まっていきなさい。」

「はっ……。いや、しかし……。」

「構わんよ。それに娘さんは眠たそうじゃぞ?」

八神が微笑みながら視線を送った先には、うつらうつらと船を漕ぐシロの姿があった。

「シロ………。」

「ひゃい!!」

呆れた声でジロウから名を呼ばれたシロは、変な返事を大声で返しながら身体を一度だけ大きく跳ね上がらせた。
彼女の口元からは一筋の涎が垂れていたのはご愛嬌だろう。
そんな娘の様子を見て、ジロウは静かに目を瞑り、八神に頭を下げた。

「八神殿からの折角のご好意を無にするのもなんです。此処はお言葉に甘えて一晩、泊まらせていただきます。」

「うむ。忠夫。客間にシロを連れて行き、布団を引いて遣れ。」

「うい〜〜す。」

やっぱり俺にその役目が来たか。
八神とジロウの遣り取りを眺めていた横島はそう思った。
故に彼は立ち上がった姿勢のままずっと待っていたのだ。

「ほら、シロ。横島殿について行け。」

「はい………。」

ジロウに言われ眠そうに目を擦りながら頷いたシロは、おぼつかない足取りでゆっくりと立ち上がる。
如何やら相当眠いらしい。
その頼りない足取りに不安を感じた横島は、シロに近づくとその手を取って握ってあげた。
そんな横島の行動を不思議に思ったのか、シロがキョトンとした表情で横島を見上げる。横島は小動物のようなシロの反応に対し、無意識に彼女の頭を撫でていた。

「んっ………。」

シロが頭を撫でられて、気持ち良さそうに目を瞑る。
その表情は可愛らしい事は可愛らしいが、何処と無く少年っぽい。

(髪を伸ばしたら少しは女の子っぽくなるかな?)

横島は真ん中に赤いメッシュが入った、シロの短い割には触り心地の良い髪を少し摘みそう思った。

「横島殿?」

「ああ……。悪い。じゃあ行くか?」

「はい!」

横島の問いに眠たい表情をしながらも元気良く答えるシロ。
本当に良く出来た子だ。
その目に曇りなどが全く無い、小さな子供独特のキラキラと輝く様な光がある。
此処まで素直な子は、余り今時例を見ないかもしれない。

(と言うか俺もまだ13なんやけどな〜〜。)

自分の客観的な視線に苦笑する横島。
しかしそれはジロウとの出会いから二ヶ月間の彼の訓練結果とも言えよう。

『どんな時でも冷静に、物事を客観的に見つめろ。それが戦闘者としての最大の武器となる。熱くなってはならん。主観的に物事を見て大局を見失ってはならん。お主がそれらの事を忘れて戦場に立ったとき………お主は死ぬ。』

訓練を始める前に言われた八神の言葉を思い出す。
その時の彼の表情は能面を彷彿させるような無表情で、横島ははじめて八神厳十朗と言う男に恐怖心を抱いた。
普段は人をからかう事や、アニメや漫画が大好きな爺だが忘れてはいけない。
40年以上前までには戦人と呼ばれ、妖怪幽霊だけでなく人間にすら恐れられていた男なのだ。
その封印していた八神の真っ黒な本性が此処に来て、ついに表に少し出てきたのである。
天狗とはまた違う恐怖。
ねっとりとスライムの様に体中を這いずり回る恐怖。

嫌な感じだ。

冷や汗を流しながら横島はその時そう思った。
彼のチキンな本能が、尻尾巻いて脱兎の如く逃げろと警告を喧しく鳴らす。

もう既にチャクラの開き方は習ったんだ。
後は自分だけでも出来る。
此処にいる理由はもう無いのだ。
こんな化け物と付き合う理由はもう無い。
だからもう帰ろうぜ。

自分の本能がそう語りかける。
何処までも甘美で魅力的な提案。
しかし今の彼にはそれを受け入れる事が出来なかった。
此処で逃げると全てが中途半端に終わる。
中途半端……それがどれ程の後悔を生むか身を持って知ったのだ。

鍛えなおさなければならない。肉体も精神も……。
確固たる決意と意思を維持できるだけの力が欲しい。

横島ははじめて心の底から力を求めた。
故に彼は、八神の無表情な顔を確りと見つめ、普段の気のない返事ではなく『はい。』と力強くその時言った。

『そうか……。では、本格的にはじめるかのォ。』

先程の無表情をコロリと変え、八神が笑う。
唯その笑顔が今まで一番嬉しそうだった。

(もしかしてあの時はじめて爺さんに弟子として受け入れられたんかな……。)

横島はぼんやりとした表情で押入れから布団を出しながらそう考える。
まあ、あの爺さんの心情など、自分が判る訳は無いのだから考えてもしょうがないのだが…。

「よいしょっと………。あれ?」

横島が両手に布団を持って後ろを振り返ると、其処には畳の上に丸くなって静かな寝息をたてているシロの姿があった。
考え事に没頭しながら作業を続けていたので全く気づかなかったのだ。

「意外とマイペースなところがあるんだな。」

横島は気持ち良さそうに眠っているシロの隣まで布団を運び、畳の上に敷く。
そして何気なく寝ているシロの顔を見てみると、彼はあることに気づいた。
起きているときは男の子っぽい印象を受けていたシロだが、寝ているときは女の子っぽく見えてしまう。

「可愛いじゃん。将来に期待。いてっ!?」

邪な笑みを浮かべて、シロの顔を見ていた横島の頬に寝ている筈のタマモが尻尾で一撃。
不意打ち紛いなその攻撃を食らった横島は、涙目になりながら頭上のタマモを睨みつける。

「………お前実は起きているのか?」

「……………。」

「だんまりか? まあいいか。俺達も寝るかね。」

問いに答えないタマモを見て、あっさりと引き下がった横島は、シロを起こさない様に持ち上げ布団の上に寝かせると、そのまま客間から出来るだけ足音を立てない様に出て行った。

「なあ、タマモ?」

廊下を歩きながらタマモに声をかける。
しかしタマモは答えない。
だがそれは横島も判っていたこと、始めから返事など期待していない。

「ありがとな。お前の一撃は目が覚めるわ。」

横島は頬をかきながら恥ずかしそうにタマモに礼を言う。

彼には判っていた。
八神との会話のときに食らわされたワン・ツーの意味が……。
それは彼女なりの気遣い。
落ち込んで丸まってしまった横島の背を伸ばしてやる手痛い思いやり。

故に感謝した。

しかしそんな横島の言葉にも頭上のタマモは無言だった。

唯、返事の変わりに彼女は、その九つの尻尾でソッと横島の頬を撫でてあげた。


横島達が居間から出て行ってから、八神とジロウは冷え切った茶をすすりながら無言でお互いを正面に構え座っていた。

「して……。ジロウ殿。お主の目的は何じゃ?」

沈黙を破るかのように八神がゆっくりと口を開く。

「某の目的は横島殿へ恩を返す事ですが………。」

そんな八神の台詞に怪訝そうな顔をしてジロウも口を開いた。

「ならばお主はもう目的を終えた。人狼の里に帰っても良い筈じゃ。」

「なっ………。それはあなたがこの家に泊まってよいと……。」

「人間に恨みを持つ人狼族がか?」

「っ………。」

はっきりと人狼が人間に対し憎しみを持つと告げた八神の台詞に、ジロウは思わず言葉を詰まらせる。

「知っていたのですか?」

「有名な話じゃ。明治期の大規模な人狼狩り……。それにより人狼族の殆どは死に絶え今では絶滅したとも言われておった。正直驚いたぞ? 人狼がまだ生き残っておるなどとはな。」

「………今では人狼族は我が里を措いて他にはおりませんから。」

ジロウの顔が酷く歪む。
それは悲しみからだろうか、それとも憎しみ……。
八神は恐らく両方だろうと思った。

「まあ、そんなお主等じゃから少し試してみた。もしお主が本当に忠夫に会いに来ただけならば人狼としては直ぐにでも此処から離れたいじゃろうと思ってな……。しかしお主は離れなかった……。ならば何か他に目的があるのか? と思うのは自然じゃろう?」 

「あなたは恐ろしい方だ……。某があなた達を信用した。とは考えないのですか?」

八神が目を瞑りフッと笑う。

「ジロウ殿の人柄…この場合狼柄になるのかのォ? どっちでもいいが…。その可能性は十分にある。しかし人狼としての人間に対する業の深さは侮れないとも思っておるからのォ。でっ…実際は如何なのじゃ?」

八神は片目だけを開けてジロウを見る。
殺気や闘気などは全く感じない。
しかしジロウはその身に凄まじい威圧感を感じていた。

戦ったらどうなるか判らない。

それがジロウの八神に対する評価だった。
圧倒的肉体のポジションを持つ人狼が、人間と真正面からぶつかったらまず負けない。
しかし目の前の老人は、そういったのを覆す術を持っているとジロウは本能で感じ取った。

(最も某とて負けるつもりは無いが………。)

それは武人としての意地。
ジロウはより一層背筋を伸ばし、八神の目を見つめる。

「八神殿のお考えの鋭さに某感服いたしました。」

「そうかの?」

ジロウの言葉に八神が満足そうに笑う。

「はい。しかし某のもう一つの目的は人間に害を及ぼす事ではありません。」

「ほう?」

「最近我が人狼の里では、年々作物の収穫が悪くなっております。故に今年の冬越えが厳しいと判断した我らは人間界に赴き食料を調達してくるというように決め。その任を長老から某とシロは授かったのです。」

「………なるほどのォ。」

八神は一回頷くと顎に手を当て虚空を見上げる。
ジロウの言葉に嘘は無さそうだ。
まあ、そんな素振りをしたら一発で見抜く自信が此方にはあるのだが……。

それよりもだ。
幾ら食糧難だからと言って、果たしてそれだの理由で人狼が人間と交流しようとするだろうか?
答えは勿論ノーだ。
考えられない。
彼らと人間との溝はそんなに浅くない。
ならば何故?

「何故人間と交流を持つような事をする?」

どうも腑に落ちない八神は、思い切って聞いてみる事にした。
あんまり気持ちの良い質問では無い事は百も承知。
しかし如何しても知りたかった。
100年という長き時間をひっそりと暮らしていた彼らが、今更出てきた理由。

「………時代…です。」

眉一つ動かさずにそう告げるジロウ。

「時代?」

「はい。某の里の長老が言っておられました。人狼が人間を一方的に毛嫌いする時代は終わったと……。約130年前の時は、人狼と人間はお互いを目に見えて敵対していました。しかし時代は変わり、その時の事を覚えている人間などもうこの世にはおりません。覚えているのは我ら人狼族のみ………。ならば我らが何時までも人間を憎んでいてもしょうがない。憎しみの連鎖は誰かが断ち切らねば永遠に続く。我らが……人狼族がそれをしなければならないのです。」

居間に歯を食いしばる音が響く。
見ればジロウは膝の上に置いてある拳を硬く握り、肩を小刻みに震わしていた。

「お主は納得しておらん様じゃの?」

「……………いずれ納得します。シロの為にも……。」

大きなため息と共にジロウが肩の力を抜く。

「ふむ………。荒れそうじゃの。」

「はい。」

八神の「荒れる」という言葉にジロウが険しい表情のまま頷く。

そう今人狼の里は荒れ始めている。
100年以上長きにわたり人間は憎むべき存在だったのに、行き成りトップが人間と仲良くしよう言い始めた。
これには仲間意識が凄まじく強い人狼と言えども、反発が出ても可笑しくは無い。
否、仲間意識が強い人狼だからこそ、過去仲間が殺された記憶を水に流す事は出来ないのだろう。
恐らく人狼族の中で、積極的に人間と交流を持とうとしているジロウですらまだこれなのだ。
他の奴はどれ程のものか……。

「八神殿。無理は承知でお願いがあります。娘を……シロをほとぼりが冷めるまで、暫く此方に住まわしては頂けないでしょうか?」

ジロウが真剣な表情で八神を見る。

「それは構わんが……。いいのか?」

「はい。シロは私の宝であり、人狼族の宝。あの子さえ生きていれば我らの血は永遠に残ります。」

「そうか……。判った。」

「八神殿…恩にきります。」

ジロウが深々と礼をする。
八神はそれを右手で制すと、行き成り立ち上がり台所の方に足を運んで行った。
そしてビンがお互いにぶつかった時に出る、甲高い音を立てながら何やら台所の奥の方をあさり始める。

「気にするな。うちには妖弧が一匹既に住んでるんだ。今更人狼の娘一匹増えただけで何にも変わらん。それよりも………。ああ、あった。あった。」

子供のような笑みを浮かべて八神が居間の方へ戻ってくる。
そんな彼の手の中には白い一升瓶が握られていた。

「酒……ですか?」

ジロウが一升瓶と八神の顔を交互に見ながら問いかける。

「おう。酒は嫌いかな? ジロウ殿?」

「いえ………。」

態度が先程とは打って変わって、親しみ易いものに変わった八神の変化に驚きながらも、ジロウは返事を返す。
この老人はこんな表情も出来るんだ。
ジロウの中で八神という人間像が歪な形で構築されていく。
一体どちらが本物なのだろうか?
この無邪気な老人か?
それとも先程の威圧感を無言で出す武士か?

「ほれ、湯飲みを出せ。」

言われるがままに茶を全て飲み終えて、空になった湯飲みを出すジロウ。

(成る程………。)

湯飲みの中に注がれる無色透明な液体を見ながらジロウは苦笑をする。
この老人の本質は自分では掴めない。
掴ませない様にしているのだ。
全てが本物で全てが偽者。
今の八神の楽しそうな笑顔は本物だろう。
しかし心では何を考えているか判らない。
故にこの笑顔はある意味それを隠すための偽者。

(食えないお方だ。)

ジロウは苦笑をする。
そこに不思議と不快感は無い。
むしろ此処まで判らないと逆に清々しい。

「乾杯だ。」

八神が酒を並々に注いだ自分の湯飲みを、ジロウの前にスッと出す。
ジロウもそれに倣って湯飲みを前に出し……。

湯飲み同士がぶつかる心地の良い音が響く。

酒独特の甘い香りが鼻孔をくすぐる。
口の中に含めばツンとくるアルコールの後に、甘い風味が舌を包み込む。

「如何じゃ?」

本当に楽しそうに笑っている八神。

「結構なお手前で……。」

それに対しジロウも笑う。
それは先程の苦笑ではなく、心からこの場を楽しもうとする笑みだった。


時刻は夜中の12時を過ぎた。
目の前には上等な酒がある。
それは大人の時間と空間を二人に惜しみなく提供してくれた。


あとがき

まずは此処まで読んで下さった方々に感謝を。
前回は私の描写不足などで色々と皆さんから意見を頂きました。
故に今回の話では、描写不足であった箇所の補足というのを書かせていただきました。

しかし横島が目的の為にジロウを切り捨てるか切り捨てないかという部分が大変議論を呼んだようです。
私自身としては横島の薬をジロウに渡すという判断が、今の彼には一番違和感が無いかなと思いました。
私の書いている横島と言う少年は、人よりも色々な経験をしているから少しだけ大人な雰囲気を出していますが、実際は13の子供です。
タマモを助けたい気持ちはあるが、目の前で涙を流しながら懇願するジロウを目的の為にバッサリと切り捨てれるかなと考えたら………。やはりまだ幼すぎると思いました。
また、タマモを見捨てた事による負い目と言う物を横島には持って欲しかった。
後悔をして欲しかった。
人は後悔をしてはじめて、もうこんな事は絶対にしないと思える生き物だと私は考えます。
しかしそういった後悔は必ず後々自分の力になり、糧になります。

前回は横島にそういった負い目や後悔をさせる事で彼が本格的に八神の戦闘訓練をする理由になり、タマモを次は絶対に見捨てたりはしないという、今までよりももっと強固な鋼の意志が出来ると思い書きました。

それに付け加え、薬を渡さなかった場合のジロウとの戦闘で横島が勝つ可能性が如何しても思い描けなかった……という理由も少しあります。
天狗との戦いで大量の血を流し、満身創痍の状態である横島。
神通棍は壊れ、チャクラの開放という逆転の秘策も既に天狗で使用している。
それ以前に本気で切りかかるジロウに横島が何分も持つとは思えない。
持って数十秒。
故にジロウに薬を渡してしまったという風に書きました。

しかしタマモの為にジロウを切り捨てるという選択肢もあると私は思います。そこを違和感無く纏められなかったのは、私の技量不足です。

また、今回皆さんから多く頂いた感想を読んでいると、人化したタマモを横島とジロウが対峙する現場に急行させるという案で話を書いていれば違和感無く一番綺麗に纏められたと思いました。
それにより改めて皆さんの感想をじっくり読むことの大切さを感じました。

では、次回も読んでいただけたら幸いです。


レス返し

クロ様。
沢山の意見をありがとうございました。
一番はじめに書かれていたなし崩し的に女性キャラが増えてきて横島に好意を抱いていくと言うのですが、基本的に原作で横島に好意らしきものをもった人物に好かれていくようにと考えています。

後大切な者を失う悲しさを知っているからこそ、大切な者を失わんとするジロウの心情を理解してしまったと私は考えています。

しかし今回のクロ様の意見は私の描写不足の所為もあり、十分に感じられる違和感だと思います。

ash様。
一応薬については補足させていただきました。

nono様。
綺麗に纏められなく違和感を出してしまいました。

Tシロー様。
薬についての補足はさせていただきました。描写不足で違和感を感じさせてしまい申し訳ないです。これから少しずつまた原作キャラが出てきてにぎやかになります。そのときにも読んで頂けたら幸いです。

ソウシ様。
変更が無ければ犬塚父は生存ですね。結果的にハーレムになるかな〜。と考えると如何なんでしょうか……。原作の横島も案外モテていたからハーレムっぽくはなるのかもしれません。

ファッティマ様。
貴重な案をありがとうございます。こういった皆さんが考える案は色々あって大変勉強になりました。

シトロン様。
どうも当初より読んでいただきありがとうございます。前回は自分の描写不足で違和感を感じさせて申し訳ありませんでした。
私もお約束をして、ヘタレな横島が大好きです。どんな色々な経験をしても彼らしさは残していきたいと思っています。
後、誤字についてありがとうございました。

風来人様。
横島の戦う姿がカッコよく書けてよかったです。横島が犬塚父を切り捨てるか切り捨てないか…。私も切り捨てる方が違和感を覚えてしまいました。唯綺麗に纏める方法は今になってあったなとも思っています。

菅根様。
それは物語の関係上無理なのでご了承下さい。

鹿苑寺様。
原作ではビンの中に入った粉薬のような感じでした。前回は描写不足で違和感を残してしまい申し訳ないです。
ユッキーTSは本当に一回考えたのですが……。やっぱり勇気が無かったです。

DOM様。
シロが横島を如何呼ぶか、これはそういえば考えていませんでした。原作通り先生でも言いのですが……。霊波刀をそんなに見せないこの小説の横島がそう呼ばれる可能性は低い。兄上ですか…悪くは無いですね。

内海一弘様。
貴重な案をありがとうございます。人化タマモを現場に持っていけば綺麗に纏める事が出来たと今思います。私は思いつきもしませんでした。やはり皆さんの意見って大事です。はい……。

まじ様。
バトルは面白く書けた様なのでよかったです。横島は実力と言うよりは結構根性でカバーするような男だと私は思っています。それに奇策や邪道……。そういった突拍子も無い事を仕出かすのも彼らしいですね。そういったのを書ければ良かったのですが……。思いつかなかった。

恵様。
楽しみにしていただきありがとうございます。これからもそう思っていただける様に書いていきたいと思います。

さんせい様。
そうですね……。難しい所です。上手く纏められなかった私の技量不足が浮き上がってしまいました。

ミ二グラム様。
天狗が横島に戦うという条件を出したのは薬を彼が持っていたからです。しかし横島が勝利し、天狗のもとから唯一の薬が横島のもとにわたってしまいました。それは薬の所有権が天狗から横島に移ったわけです。天狗が犬塚父に何の条件も出さなかったのはもう彼の手元に薬が無いから。そして天狗が横島の事を教えたのは「その薬はもう自分には関係ないので、二人で話し合い好きにしろ。」という事です。
原作でも治療の条件として戦って勝つことですから、その褒美の治療が出来ないのであれば戦う意味が無い。故に天狗と犬塚父の戦闘は無かった訳です。

星風様。
今回の話で補足させていただきました。違和感を感じさせて申し訳ありません。期待に答えられるように頑張りたいです。

通りすがり様。
感想ありがとうございます。私もシロとタマモのセットは結構好きです。親友という雰囲気がして小説の中でもそんな風に書けたらなと思っています。

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