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「想い託す可能性へ 〜 じゅうはち 〜」

月夜 (2007-09-12 17:57)
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   想い託す可能性へ 〜 じゅうはち 〜


 令子達が妙神山へと発った後の浅間大社はというと、サクヤヒメとおキヌちゃん以外はまだ起きてきてはいなかった。

 (令子さんと小竜姫様が、ここを発ってもう一時間も経ちます。なのにヒャクメ様が目覚めません。どうしたというのでしょうか?)

 そんな事をつらつらと考えていると、小竜姫がヒャクメを起こそうとした時の光景を思い出してしまって、おキヌちゃんは震えだす。

 (あれって、妙に手馴れていた様に感じましたけど、ヒャクメ様もイワナお姉ちゃんみたいに寝起きが悪いのかなー? 
 小竜姫様はヒャクメ様を起こそうと、揺すったり頬を何回も張ったり寝床から落としたり竜気を注いだり、終いには神剣の鞘で叩こうとして、それはさすがに令子さん達から止められていたけれど……)

 小竜姫は色々やっても起きないヒャクメに溜め息を吐きながらも、ちゃんとヒーリングをした後に寝床に戻してあげてはいた。


 おキヌちゃんの視線の先には、ヒャクメが寝床で丸くなって寝ている。しかも、いつぞやの身体が小さくなっていた時の様に、右手の親指をおしゃぶりしながら寝ていた。

 (以前の戦いの折にお借りした心眼は返してしまっているし、ヒャクメ様の状態を詳しく診ることもできないのがもどかしい……。今の私なら、神族のヒャクメ様といえども診ることは可能なはずなのに。
 心眼を使った事があるから、ある程度は彼女から借りなくても出来ると思う。だけど、より詳細に知るには、やっぱり心眼はあった方が良いんだけどな)

 「お姉ちゃん。ヒャクメ様が起きてこないんだけど、どうしたら良いと思う?」

 本殿の祭壇の前で正座をして瞑想をしているサクヤお姉ちゃんに、私はヒャクメ様の方を見ながら訊きました。お姉ちゃんなら、ここの祭殿の結界と繋がっている筈だから、何か知っているかも。

 彼女と同位体の女神として覚醒したとしても、こういう所は幾歳月も女神として、祭神として過ごしてきたお姉ちゃんに追いつけないな。

 「先ほど、私達が食事を摂っている時に不吉な気配がありましたが、結界を強めましたから今は何も感じられません。
 もしかすると、何かがヒャクメ殿に干渉している最中に私が結界を強めてしまった為、影響を受けたのかもしれませんね。
 その解決策となると、今のところ手立ては結界を弱める事くらいでしょうけど……それはあまり取りたくはない手段です」

 私の質問にお姉ちゃんは瞑想を解いて、私の方に身体ごと振り向いてから衣装の乱れを直して答えてくれました。

 うーん、何気ない所作に凛とした気品が漂ってるな〜。っとと、こんな事を考えている時じゃなかったんだ。でも、なんで結界を緩めてくれないんだろう?

 「どうして? お姉ちゃんの結界の影響によってヒャクメ様が昏睡されているなら、それを弱めればいいだけじゃないの?」

 「そうすると、ヒャクメ殿に対して干渉している存在の影響力が強くなってしまい、より悪い状態に陥る可能性が考えられますよ?」

 お姉ちゃんの答えにハッとさせられました。なんでこんな簡単な事に私の頭は回らないんだろう?

 「あ……、そっか。じゃあ、どうしたものかな? ヒャクメ様が居たら、封印の人形を作るのも楽になるんだけど……。イワナお姉ちゃんも起きてこないし。私一人じゃ、封印の人形作りはどうする事も出来ないよ」

 忠夫さんがいつ戻ってくるのか判らないからニニギ様の神格封印を早めにやっておきたいのに、肝心の人達が寝こけているのはどうかと思う。まぁ、ヒャクメ様は仕方無いとしてもだけど。

 「仕方ないですねー。貴女には、私の使える術は全て伝授している筈なんですけどね。こういった眠っている相手に干渉する術は、もう貴女は使えるのですよ?」

 「えっ?   あ、そっか。夢見草の術を応用したら良いんだ」

 私の愚痴に、嘆息するようにお姉ちゃんが言ってきました。うぅ、なんでこう私って、物事に対して受身になっちゃうんだろう? 自ら動かないと、道は拓けるはずないじゃない。

 「それだけじゃ不十分ですよ? 私の結界を抜けてヒャクメ殿に干渉する程の存在ですよ?
 持続する影響は断っていても、その欠片は彼女の中に十中八九残っているでしょう。
 そのまま彼女の中に無防備に入ると、取り込まれかねませんよ?」

 「うーん……。お姉ちゃんって、もしかして実戦経験多いの?」

 なんだろう? お姉ちゃんと私は同じサクヤヒメなのに、なぜこうも戦いに対する構え方が違うんだろう?

 「なに知れた事を尋ねてますか? キヌは、私の記憶と経験を精神体とはいえ、辿っているではありませんか。
 もしかして私が居るせいで、キヌとしての人格を守る為に無意識に思い出さないようにしていますか?」

 「え? それは無いと思うんだけど? ……でも、やっぱりそうなのかな?」

 お姉ちゃんが優しく私に尋ねてくる。そうなのかな? 私は無意識に変わる事を怖れているのかな?

 「安心しなさい、キヌ。私達が一つであった時の記憶は、貴女の人格にほとんど影響はありません。
 むしろ、貴女と別たれた後の私の記憶の方が影響あるかもしれませんね」

 「どういうこと、お姉ちゃん?」

 背筋をシャンと伸ばして正座をし太腿の間に両手を重ねて置いたお姉ちゃんは、私に言い聞かせる様に話します。

 お姉ちゃんと別たれた後の彼女の記憶が、私に影響を与えるってどういうこと?

 「貴女を輪廻の輪に放した時、私は敵対する者に対しての慈悲・慈愛を貴女に託しました。
 それ以降の私は、神話にある通りに普段は穏やかでも、戦となれば容赦の無い二面性を持つようになりました。
 ま、そのせいでしょう。私が姉さまを追い出したという風に一部の伝承で伝えられる様になったのは」

 「え? でも」

 少し憂いを帯びた表情でお姉ちゃんは、私と別たれた後の事を語ります。それがお姉ちゃんが変わった理由ということ?

 「貴女の敵対する者すら包むその度量は、もう貴女の物。それさえ自覚していれば、私の記憶に引き摺られる事はないでしょう。
 だから、私に遠慮する事はないのですよ? 私を立ててくれる事は嬉しく思いますけどね」

 お姉ちゃんは、私が見惚れるほどチャーミングなウィンクをして、そう私を諭しました。

 「あ……うん! でも、やっぱりサクヤお姉ちゃんは、お姉ちゃんだよ」

 だから私は照れ隠しもあって立ち上がると、お姉ちゃんの後ろから抱きつきました。暖かいお姉ちゃんに触れていると、不安が癒されていくのを感じます。

 「ありがとう、キヌ。さぁ、ヒャクメ殿を起こしてあげましょう。私にほとんど気付かれぬ内に私の結界を抜くモノなど、あの存在しかいないでしょうから気をつけるのですよ?
 私は今朝の儀式で神通力が落ちていますから、細かい術の行使は時間を置かないと難しい状態です。ですから、貴女の支援にまわります」

 「うん、分った。やってみます」

 抱きついた私の頭を撫でながら、お姉ちゃんはヒャクメ様を起こすようにと促してきました。うん、今ならちゃんと自信をもって、自分の力として揮う事が出来る。

 そう確信して、私はヒャクメ様が寝ている所へ歩いた。


 おキヌちゃんは、丸くなって寝ているヒャクメの寝相を仰向けに正すと、彼女の傍らに正座をして右手を彼女の額に左手を丹田にそっと添えた。

 (完全を期すなら、ヒャクメ様の服を脱がさないといけないけんだけど。大丈夫、私はちゃんとやれる。シロちゃんやタマモちゃんを寝かした時もやれたのだから)

 「ヒャクメ様。無断で貴女の精神(なか)を視ることを許して下さい。では、行きます」

 ヒャクメに対して目礼したおキヌちゃんは、すっと目を細めて精神を集中した。

 おキヌちゃんが術の行使をするのを、彼女の背後からサクヤヒメは穏やかに見つめる。彼女が失敗をする事など、微塵も疑っていない様子だ。

 「命満つる始まりの海よ 界を育む大樹の一葉よ ここに眠る事象を見通す者の夢をその一滴(ひとしずく)に映し給え コノハナノサクヤヒメの名の許に 滴を乗せる一葉(ひとは)よ うつしよに現れ給え

 おキヌちゃんが詔を唱えると彼女の両手に淡い光が点り、ヒャクメの身体に浸み込んでいった。

 おキヌちゃんは、暫く当てていた両手から光が全てヒャクメの身体に入ったのを確認すると、両手を重ねて太腿の上に置き、ヒャクメの反応を確かめるように静かに眺めた。

 すると、幾許(いくばく)もしないうちに、ヒャクメの身体から滲み出すように白い靄(もや)が立ち昇りだした。

 おキヌちゃんが見上げる中、その靄は一つの塊になって一抱えほどの水槐になると突如現れた大きな葉っぱの上に載って、どんどん透明度を増し何かを映しだした。

 「これが今、ヒャクメ様が見ている夢? 茫漠(ぼうばく)としていて何も無いように感じるけれど……」

 曇りの無い水晶玉のようになった水塊に映し出された映像を見て、おキヌちゃんは訝しげに言葉を零す。

 大きな水晶玉のようになった水塊に映っている映像は、曲面に映し出されているというのに映像の端々(はしばし)は歪みもしていなかった。

 けれど、映し出された映像には大地も何も無く、渦巻く霧がたゆたうようにゆっくりと画面の中を動く様だけが見られた。

 「ヒャクメ殿が何も見たくないと、心を閉ざしているからでしょう。彼女にとって、何か受け容れ難い事を見せられたのかもしれませんね」

 おキヌちゃんの隣で同じように水塊を見ていたサクヤヒメは、少し厳しい表情で言った。

 「受け容れ難い事? うーん……それが何かは分からないけど、嫌な感じの気配が感じられるね。これが原因かな?」

 術を維持しながら、サクヤヒメの言葉におキヌちゃんは右手を水塊の表面に触れて、ヒャクメの精神へと感覚を繋ぐと、大まかに感じた事を話す。

 「断定は出来ませんが、可能性はありますね。キヌ、一つ忠告しておきます。貴女がヒャクメ殿の中に入る場合、今身に付けている物は持っては行けませんから気をつけなさい?」

 「うん、分かってます。でも、どうにかして文珠は持って行きたいな」

 サクヤヒメの忠告に頷くと、水塊から手を離したおキヌちゃんは不安そうな表情で、切り札を持って行きたいと伝える。

 「文珠ですか? ニニギ様の転生体である横島殿の霊能の発露でしたね。実物は道真公の物を一度見せてもらった事がありますが、手に取った事は無かったので一つ見せてもらえませんか?」

 「うん。使い方は判るよね? でも、令子さんの忠夫さんが戻ってくるまでは、文珠の補充が出来ないから使わないでね」

 そう言っておキヌちゃんは、懐から文珠を一つ取り出してサクヤヒメに手渡す。

 サクヤヒメは手渡された文珠をしげしげと見つめたあと、明かりに透かしたりなどをして興味深く調べだした。

 (さて、本当にどうしたら良いかな? 物質化していても文珠は霊力の塊だから、やりようはあるはずなんだけどな)

 術を維持しながら、おキヌちゃんは文珠を持っていく方法を考える。人一人が乗れるほどの大きな葉っぱに載った水の塊は、時々表面に漣が現れる程度で、空中に留まっていた。

 (忠夫さんの文珠は、ルシオラさんが中に入っている状態でも霊力供給さえされていれば維持はされるみたいだし、阿頼耶識にさえ持っていけた。と、いうことはもしかして……? やってみる価値はあるけど、問題は維持に必要な霊力よね。
 ルシオラさんの復活に必要な霊力がどのくらいなのか判らないし、今でも復活を早める為に霊力を貰ってるから、お姉ちゃんに頼むのもダメよね。どうしたら良いかな……)

 眉間に縦皺を寄せて考え込むおキヌちゃん。文珠を持っていく糸口は見つけたが、持って行く為の維持に必要な霊力の確保に頭を悩ませた。

 「キヌ、何を悩んでいるのです?」

 その手に持った文珠に様々な文字を浮かび上がらせては消し、浮かび上がらせては消しを繰り返していたサクヤヒメは、ふと考え込むおキヌちゃんに気づいて尋ねた。

 「文珠を持っていく方法はあるんだけど、そのやり方だとヒャクメ様の精神の中で文珠を維持する為に霊力が必要なの。
 でも、私は今、ルシオラさんを内包する文珠を維持する為に霊力を使っているから、そのやり方は難しいの。お姉ちゃんには、ルシオラさん復活の為の霊力を出してもらってるからダメだし、どうしたら良いかと思って」

 おキヌちゃんは、サクヤヒメの言葉にうんうん唸りながら答える。どうしても良い案が浮かばないようだった。

 「その霊力は、キヌや私の霊力でしか維持には使えないのですか?」

 「ううん。私に霊力を供給してくれるなら誰でも大丈夫だと思う。ただ人間だと、今持っている四つを維持させるには、令子さん並の霊能者だったら全力放出しても三十分が限界だと思う。
 けど、それだけの霊力を持っている存在が近くに居ないから悩んでるの。
 いくつもの文珠を自分の意識下に保持しておけるんだから、やっぱり忠夫さんって凄いんだなって、改めて思うよ」

 「そうですか。なら、姉さまに手伝ってもらいましょう。もう少し、そのまま術を維持していなさい」

 おキヌちゃんの答えを聞いてサクヤヒメは立ち上がると、彼女は女華姫が寝ている寝床へと歩いていく。

 (ど どうする気なのかな?)

 なんだか女華姫にとって悪い事が起きるような、そんな気がするおキヌちゃん。

 具体的には、神代の時にサクヤヒメがイワナガヒメに行った数々の目覚まし方法が、彼女の脳裏をよぎっていた。

 一度寝入るとなかなか起きないイワナガヒメに対して、足の裏をくすぐりったり脇をくすぐったりするのは序の口。それでも起きないと、サクヤヒメの起こし方はより過激になるのだ。

 例えば全身に冷水を掛け、その後に針葉樹の葉先を全身に刺したり、刺したまま寝床から落とたり。なかなか起きない姉に対して、サクヤヒメは容赦が無いのだ。

 こんな起こされ方をされるイワナガヒメだが、実はあんまり効いていなかったりする。

 彼女はその名の通り、眠っている時は無意識に身体の表面を硬化させて、不意の攻撃――主に夜這いであるが、当時は中々に剛の者が多かった。但し、全て未遂に終わっている――に備えているようなのである。

 なので、起こす方もやり方が過激になっていくのだ。


  閑話休題


 おキヌちゃんが心配そうに見守るなか、サクヤヒメの挑戦が始まる。

 まずサクヤヒメが行ったのは、イワナガヒメの身体をつついてみることだった。これによって、どの程度の攻撃を加えるのかを見極めるのである。

 ぷに ぷにゅ むに むにゅ〜

 (あら? 珍しいですね。姉さまの肌が、寝ている時に柔らかいのはいつぶりでしょうか?)

 予想していた硬い感触ではなく、吸い付く様なそれでいてもちもちっとした弾力ある肌触りにサクヤヒメは戸惑ったが、これはこれで好都合なので、まずは揺する事から始めた。

 「姉さま、姉さま。起きて下さい。姉さまっ」

 「う…ぅん……」

 女華姫をゆさゆさと揺するサクヤヒメ。けれど、いっこうに彼女は起きる気配をみせない。少し呻いた程度だった。

 (仕方ないですね。時間もありませんし、姉さまには悪いですが濡れていただきましょう)

 「地深き流れる清らかな水の子らよ 我が手に集いて流れよ

 サクヤヒメが女華姫の顔の上に手をかざして詔を唱えた。すると、彼女の手の平から夥しい水が生まれ、女華姫の顔へと流れ落ちた!

 (うわー、全く躊躇無くやっちゃった! ああいう風にするのが効果的と判ってはいるんだけど、知らない人が見たら絶対引く光景よね)

 サクヤヒメの手の平から流れ落ちた水は、女華姫の顔に容赦無く激しく降り注ぐ。

 「姉さま、起きて下さい。少し手伝って欲しいのです」

 表情を崩さず薄っすらと笑みさえ浮かべている今の彼女を見る者が居たら、十人中八人は寒気を覚えるかもしれない。残り二人は……崇めるかも?

 「う? お? おぉ? むっ? おぉ、もう朝か。(ぴちゃ くしゅ) しかし、久しぶりにサクヤに水浸しにされたな。顔を洗う手間が省けた」

 目を覚まして状況が判らないのか、きょろきょろと周りを見渡した後にサクヤヒメの姿に気付いた女華姫。

 顔を滴り落ちる雫でもって手の平で乱暴に擦りあげて顔を洗いながら、女華姫はサクヤヒメに対して礼を言った。水浸しにされた事など気にも留めていないようだ。

 ただ、女華姫が着ている衣装は水浸しによって彼女の身体に張り付いてその輪郭を浮き上がらせ、かなり扇情的な様子を醸し出していた。

 詳しく描写するならば、夜着としていた服は薄い生地だった為にピッタリと張り付いていて、ノーブラな為に豊かで偉大な双乳の輪郭やその頂がはっきりと自己主張しており、和服のように重ねてあった下腹辺りは薄っすらと淡い陰りが透けていたのだ。

 ちなみに今の女華姫は、サクヤヒメの社という事で安心しているのか真の姿に戻っている。

 「はいはい。とりあえずお力を貸して下さい、姉さま」

 「うん? 何が起こっておるんだ?」

 妹に水浸しにされたというのに、毎度のことながらそんな事は気にも留めていない女華姫。むしろさっぱりしたといった感じだった。そんな女華姫に苦笑しながら、サクヤヒメは用件を告げた。

 「キヌがヒャクメ殿を起こす為に彼女の精神の中へ入ろうとしているのですが、文珠を持って行きたいというのです。ですが、キヌがやろうとしている事に私とキヌだけでは霊力が足りず、姉さまに手伝ってもらおうと思って起こしたのです」

 おキヌちゃんの方を指し示しながら、サクヤヒメは女華姫に状況を伝える。

 サクヤヒメが何か別の術を発動させたのだろう、いつの間にか女華姫の着物はカラっと乾いていた。

 「ふむ? 二人ともが気に掛けるほどの事がヒャクメ殿にあったというのか? キヌに手を貸すのは構わぬが、どうすれば良いのだ?」

 サクヤヒメの状況説明を聞いて、女華姫はおキヌちゃんの後ろに周ってサクヤヒメに方法を問うた。

 「キヌがヒャクメ殿の精神の中に入りますので、姉さまはキヌに霊力を分けてあげてください」

 「うむ、分った」

 サクヤヒメの言葉に女華姫は頷くと、おキヌちゃんの項(うなじ)辺りに右手を翳(かざ)す。

 「いつでも良いぞ。経緯は判らぬが、ヒャクメ殿に異変が起こっているのは間違いないのだろう。キヌよ、ヒャクメ殿を見事救ってみせいっ」

 「はいっ」

 領主の姫時代の威厳をもって女華姫はおキヌちゃんに発破をかけ、彼女も元気良く答える。同時におキヌちゃんの身体に女華姫から流された霊力が漲っていく。

 「では、キヌ。不届き者の退治、頼みましたよ」

 「はい」

 サクヤヒメの送り出しの言葉に答えたのを最後におキヌちゃんは、触れていた水塊を媒介に文珠を持ったままヒャクメの精神の奥底へ潜っていった。


 (キヌ  キヌ  目を開けなさい)

 「えと? あれ? お姉ちゃん?」

 おキヌちゃんはサクヤヒメの呼びかけに、きょろきょろと辺りを見渡すが姉の姿は見えなかった。見えるのは真っ暗な暗闇のみだ。

 (術の行使に慣れていないから仕方ないのかもしれませんが、こういった精神世界に行く時は前もって心の目を開いてから臨みなさい。私の支援が無ければ、阿頼耶識で迷子になる所でしたよ?)

 「あっと……。失敗失敗。……ん、見えてきた……これで良しっと。ごめんね、お姉ちゃん」

 (次から気をつければ良い事です。貴女には私の知識と経験を授けているのですから、集中をすればすぐに思い出せるはず。普段から心掛けておきなさい)

 「うん、そうします。あ、扉が見えてきた。あれがヒャクメ様の精神の裏口かな?」

 おキヌちゃんが見ている先には、突如として巨大な観音開きの扉が現れていた。

 「お おっきいですねー。距離感が掴めなかったから最初は扉と思っていたけど、これは門ですねー」

 おキヌちゃんの身長の五倍はあろうかという巨大さに、ほぇ〜〜っといった感じで感心するおキヌちゃん。

 扉を認識したとたんに、おキヌちゃんの身体は一瞬にして門の前に移動していた。どうやら認識する事によって、この世界では移動できるようだ。

 「うーん、人の感覚ではこの移動の仕方は難しいなー。ちょっと練習してみよっと」

 (そうですね。敵と遭遇してからでは、遅きに失しましょう。キヌはまだ人間の感覚で物事を視てしまうようですし、慣れておいた方が良いでしょうね)

 「うん。あ、でも感覚的には幽霊の時に似てるんだね。うん、これなら慣れ親しんだ感覚だから分るよ」

 ちょこちょこと空間を渡る練習をしていたおキヌちゃんは、幽霊時代の感覚に似ている事を発見すると急に自由自在に動き回れるようになった。

 「あははは、たのしー」

 (これ、キヌ! 遊んでいる時ではないのですよ!?)

 「あ……ごめんなさい。そうでした。今はヒャクメ様を目覚めさせないといけないんだった」

 サクヤヒメに怒られたおキヌちゃんは、浮かれていた気分に冷水を掛けられた様になってシュンとなった。

 「お姉ちゃん、この門を開ければヒャクメ様の深層意識界の中に入れるんだよね?」

 気を引き締めたおキヌちゃんは、サクヤヒメに問いかける。

 (そうですよ。人間で言えば、そこは深層“無”意識界と呼ばれる場所です。本来なら表層意識界から順を追って深く潜って行くのですが、それでは現実世界では何日も掛かってしまいます。それを防ぐ為にも、阿頼耶識界から入る今回の方法を取ったのです)

 「ああ、なるほど。冥子さんの式神で令子さんの精神に入ってた時に、何日も経っていたのはそういう訳だったんだ」

 サクヤヒメの説明に、以前にあったオカマ口調の馬面悪魔を祓った時を思い出して、おキヌちゃんは納得した。

 (今は私がキヌの支援をしているので、現実世界と貴女の主観時間は同期が取れています。ですが、急ぎなさい。この方法は、ヒャクメ殿や貴女、姉さまにも負担が大きいのですから)

 「分りました。じゃ、門を開けるね。 ヒャクメ様、ヒャクメ様の許し無く、この扉を開ける事を許してください。生命の根源たる大樹よ 意識を育む土壌よ コノハナノサクヤヒメの名に於いて願い奉る 我が目の前にある存在の扉を開ける鍵をこの手に!

 おキヌちゃんが右手を上に掲げながら詔を唱えると、周囲の暗闇から様々な色の光が無数に瞬いて彼女の手の平に集まり一つの形を作っていった。

 暫くして無数の光が集まったおキヌちゃんの手の平の上には、一瞬たりとも同じ色にはならない鍵の形をした何かが乗る。

 「これがヒャクメ様の精神の中へ入る為の鍵かー。こういう事が出来るなんて、生命の根源を司るって、凄い事なんですね……」

 掲げていた手を下ろして、出来た鍵をしげしげと見ながらおキヌちゃんはブルっと身体を震わせた。

 それは歓喜なのか恐れなのか、出来た鍵を見つめるおキヌちゃんには、自分の中で芽生えた初めての感情に震えが止まらなかった。

 (キヌ。大きな力を手に入れた感慨に戸惑うのも分らぬではありませんが、今はそれは置いて急ぎなさい)

 「はい」

 色々な感情が混ざった複雑な表情で頷くと、おキヌちゃんは手に持った鍵を門に近づけた。

 どこにも鍵穴らしき物が無いその門は、鍵が近づいた所にぽっかりと穴を開けて受け入れる。おキヌちゃんは、しっかりと鍵が挿さったのを確認して鍵を捻った。

 重々しい音がして、鍵が開く。

 (キヌ、気をつけなさい。その扉の向こうに敵が居ないとも限りません。戦う心積もりはしておきなさい)

 サクヤヒメの忠告に無言で頷いたおキヌちゃんは、いつでも防御が出来るように心構えて門の扉の影に隠れるようにして開けた。


 ビュルゥォッ


 門が開けられたと同時に、隙間から一直線に細くて真っ黒い何かが飛び出してきた!

 「やっぱり何かがいた! 桃よ 柊よ 邪を討つ剣と成れ!  効いてない!?  水の子らよ 我が身を害するモノを絡め取れ!!

 扉の影からおキヌちゃんは、黒い何かに向かって右手を翳しながら詔を唱える。

 すると、桃の木と無数の柊の葉がおキヌちゃんの横から突然湧いて螺旋を描きながら黒い何かに向かっていき、次々と切断していった!

 しかし、寸断された黒くて細いモノは消滅せずに、攻撃が来た場所に向かって次々と飛び掛っていく。

 それを感じたおキヌちゃんは、間髪入れずに身を守る詔を唱えて水の精霊達に、黒い何かを捕縛させた。

 「な なに、これ? お姉ちゃん、判る?」

 敵と思われる攻撃に対して自然と動いた自分の身体に少し戸惑いながら、おキヌちゃんは目の前で大量の水に捕らわれた黒い何かを怖々と見つめてサクヤヒメに問うた。

 切断されて捕らわれた数十もの黒くて細い何かは水の中で動こうとしているようだが、全方位からの水圧によって身動きが取れないようだった。ちなみに、掛かっている水圧は二万メートル分の圧力が掛かっている。

 (私も初めて見る物ですね。その捕らえたモノには命の波動は感じられませんから、滅してしまいなさい。恐らく、ヒャクメ殿の想像の産物ではないかと思います)

 「そうなんだ。清らかな水の子らよ 内に捕らえしモノを浄化せよ!  こんなのが一杯いるのかなー?」

 黒い何かを水ごと消滅させたおキヌちゃんは、怖々と門の中を覗き込む。

 中は真っ暗で、それでいて何故か真っ白な地面が見えるという不思議な光景が広がっていた。見える範囲で敵意を向けるモノは、見つからなかった。

 (キヌ、見えぬからといって油断は禁物ですよ)

 見える場所に何も居ない事でホッとしたおキヌちゃんは、サクヤヒメの忠告にビクッと身体を跳ねさせた。

 「お 脅かさないでよ、お姉ちゃんっ。  うん、気をつけます。花の子らよ私の周りを巡り、異変を知らせて

 そう言うとおキヌちゃんは、気を引き締めて花粉による警戒網を自分の周りに張ると、門をくぐった。

 おキヌちゃんが見渡せる視界全てには、真っ白な地面が見える他には何も無かった。おキヌちゃん以外では、白と黒がその場の全てを表していた。

 しかし、何も見えない真っ暗な空間ではあっても、何かが蠢いている様な漠然とした気配がおキヌちゃんには感じられていた。

 彼女の周囲を巡っている花粉も蠢く気配に反応しているのか、反応がある方向に集まっている。感覚が繋がったおキヌちゃんは、そちらを見ても暗闇ばかりで何も見えなかった。

 「お姉ちゃん。何か変なのがいるみたい」

 (気をつけなさい。キヌが居る場所はヒャクメ殿の深層意識界。無闇に攻撃すると、ヒャクメ殿が死んでしまいます。攻撃されても、敵と判明するまでは滅する事はなりませんよ)

 「うん。わかっ……うわぁぁあーー!!

 サクヤヒメの言葉に頷こうとして花粉の異常な動きに気付いて怪訝に思った所で、暗闇の奥から何かが飛び出してきたのを感じたおキヌちゃんは、とっさに横に転がる事でかわした。

 「な なに、今の!? 花粉が教えてくれなかったら危なかった!」

 驚きにバクバクと鼓動が速くなったように感じる胸の辺りを押さえながら、おキヌちゃんは素早く起き上がって身構える。

 (見えないと不利ですね。キヌ、夜光草を召喚なさい。こう見えなくては対処も難しいです)

 「はいっ。 夜に月の光を集めて光る花々よっ 我の行く先を照らす標となれ!

 おキヌちゃんはサクヤヒメの言葉に頷いて、襲い来る見えない何かを花粉の動きで察知し、かわしながら夜光草を召喚した。

 おキヌちゃんを中心にして、無数の淡い光を放つ花々が大量に渦を巻きながら広がっていく。

 広がっていく一つ一つの花が放つ光は淡く光量が少ないが、それが数千の単位で散りばめられると歩くのに不自由しない程度の明るさになっていた。

 その明るくなった光景の中で、おキヌちゃんは目を見張る。

 彼女の見ている先では、無数の目が瞼を閉じた状態であったからだ。先ほどから襲ってきていたモノは、その無数の目の幾つかから伸びる睫毛のようだった。

 生命を宿す存在の集合的無意識界である阿頼耶識。そのすぐ近くにある深層意識界の壁面一杯にある無数の目。これが神族調査官ヒャクメの力の根源なのだろう。

 「なるほどー。 はいっ 確かにここからなら うんっ 大概の存在の在り様は やっ 視る事が よっ 出来る訳ですねー。 やんっ 私みたいに にょっ 鍵を必要としない分 ほゃっ 簡単に見えるんだろうなーっとっ」

 視界に入る全ての壁に、瞼を閉じた目がある光景は正直怖い物があったが、その瞳が何に使われるのかを感じ取ったおキヌちゃんは、感心したように睫毛の攻撃を避けながら喋る。

 だけど、方々から襲撃してくる黒い睫毛を次々と避けながらの感想だった為に、奇妙な掛け声を上げている光景は誰かさんを髣髴とさせた。

 睫毛の攻撃を避けながらおキヌちゃんは、実はこれからどうしたら良いのか分らなくなっていた。

 「やっ ふやっ お姉ちゃんっ どうしようっ? ほにゃっ これじゃ埒が明かないよっとぁ!」

 (そうですね……。本来なら、この場にヒャクメ殿がいる筈なのです。若しくはなりすましている敵が居る筈。キヌを攻撃している目がそれかもしれませんが、決め手に欠けます。何か判別が付く手段があれば良いのですが……)

 おキヌちゃんの問いかけに、サクヤヒメはなんとも頼りない返事を返してきた。

 「こういう時 はっ 忠夫さんなら やんっ どうするかな? きゃっ」

 横島ならどうするだろうと考えた所で、睫毛の一本に左足を打たれてしまった。

 必死に身体のバランスを取り戻そうとバランスを崩した方に、片足でケンケンするように逃げるおキヌちゃん!

 そんなおキヌちゃん目掛けて、チャンスとばかりに五本の睫毛が一斉に彼女の後ろから襲い掛かってくる!

 「ちょっ やっ よっ はにゃー ふやっ いたっ あぁ! うきゃー!!」

 背後から左右から襲い掛かられる度に、気の抜けた様な掛け声で避けまくるおキヌちゃんだったが、左足の痛みに気を取られた隙を突かれて右足を絡め取られて宙吊りにされてしまった。

 (キヌっ 何をしているのですっ 壁面の目を傷付けなければ、ヒャクメ殿に影響は無いはずっ 断ち切りなさい!)

 「やっ 袴がぁ〜 いや〜! 放して〜!!」

 逆さ吊りにされたおキヌちゃんは、ずり落ちてくる袴を抑えながらジタバタと暴れた。サクヤヒメの言葉も聞こえていない様だった。

 暴れるおキヌちゃんを押えつける為にか、彼女を追っていた残り四本の睫毛が首と両手首と左足にも絡みついてきた!

 「ちょっ やだっ! せめて逆さ吊りはやめてー!!

 ずり落ちる袴を押さえていた両腕を無理やり広げられて、下着が見える事を恥ずかしがって抗議するおキヌちゃんだったが、当然のごとく受け入れてもらえなかった。

 おかげで逆さまのうえに大の字で宙吊りにされ、しかも大股開きで純白のショーツが曝け出されていた。

 (キヌっ キヌっ! ああ、口惜しや! 助けに行けぬ我が身がもどかしい!!)

 おキヌちゃんに届くサクヤヒメの念話は、彼女が取り乱す様が目に浮かぶ様なほどに慌てたものだった。

 おキヌちゃんは、手足を封じられて暴れる事も出来ず顔を真っ赤にしながらも、未だ姿を現さないモノに対して羞恥心と怒りで身を震わせていた……が。

 「あーもうっ! いい加減に………… 放しなさい!!

 急に彼女の纏う雰囲気が変わると、うって変わって言葉に威厳を篭めて言い放った。

 暫くその場が静けさにうたれた。


 『威勢の良い事よな……。その余裕がどこから来るのか、知りたいものよ。我が命じれば、其の方は瞬時にぶつ切りにされるのだぞ?』

 いきなり雰囲気が変わったおキヌちゃんの言葉に込められた威厳に刺激されたのか、低くかすれた様な男の声がどこからともなく響いてきた。

 「やっと出てきた。 ここからが正念場かな?

 小さく呟いておキヌちゃんは、正確に声がした方へと意識を向ける。首に巻きついた睫毛によって、顔をそちらに向ける事が出来ないからだ。

 『答えよ大樹の端女(はしため)よ。何ゆえ、我が主の邪魔をする? 其の方の身裡に宿るモノは我が主の食事ぞ』

 壁面に無数にある瞳のうち一つだけ瞼が開き、紅色の瞳が浮き上がってきた。どうやらこのかすれた様な声は、その紅色の瞳が発しているようだ。

 (キヌ? 何を考えているのです?)

 敵に捕まって屈辱的な格好で宙吊りにされているのに、急に冷静になって物事を対処するようになったおキヌちゃんを見て、サクヤヒメは戸惑いながら彼女に問いかける。

 「後で話すね。  私達にとっては答える必要も無いくらいに簡単な事だけど、多分言っても解らないでしょう。知りたければ、その力を以って私を視通せば良いじゃない!!   忠夫さん、女華姫様、力を借ります

 おキヌちゃんは小声でサクヤヒメに答えた後、大きく深呼吸した後に思念波を篭めながら言葉を相手に向かって叩き付けた。

 敵に物理的威力を伴った言葉を叩きつけた後、小声で忠夫と女華姫の名を言いながら間髪入れずに両の手に握っていたうちの右手の文珠に念を篭める。

 <滑>

 『ぬぅ……言わせておけば、端女の分際で吼えよって! このメザ…なにぃ!!』

 おキヌちゃんの物理的な威力を伴う言葉を浴びて、簡単に怒りの火が立ち上ったそのモノは激昂すると、己の名前を言って啖呵を切ろうとしたのだが、言い終えぬうちに驚きの声を上げた。


 ぬりゅっ


 その光景を見た者ならば、十人中六人の者はこんな擬音を頭に思い浮かべるかもしれない。

 なぜなら、おキヌちゃんの右手が光った瞬間、彼女の全身は服を着ているにもかかわらずヌルヌルとした光沢を放つ粘液に一瞬にしてまみれて滑(ぬめ)り、身体を拘束していた睫毛の戒めから抜け出していたからだ。

 「よしっ。 水よ行け! ヒャクメ様から出て行けー!!

 左手に握った文珠に敵とヒャクメの分離を願う念を篭めた後、おキヌちゃんは逆巻く激流を召喚して解き放った!

 (なっ!!)

 おキヌちゃんが行った水の召喚を見たサクヤヒメが驚きの声を上げる。

 <離>

 水が出せる速度とは思えないほどの勢いで、文珠を先端に乗せた水の竜を髣髴とさせる水流が紅色をした瞳を撃つと同時に文珠が発動した。

 『ぬぉ! な なんだこれは! 我の意思に反して離れるだとぉ!!』

 壁面の瞳に同化していたその存在が、文珠の効果でみるみるうちに同化していた瞳から燻り出される様に離れた。

 「疾くっ 疾く! 疾く去れ!! 可能性の大樹の端女がコノハナノサクヤヒメの名に於いて告ぐ! 世の移ろいを 存在の移ろいを 事象を視通す女神に憑きし邪なる者よ!! 疾く 去れぇっ!!

 九つもの呪印を三回全て別々の切り方をする構成を、普段のおキヌちゃんからは想像も出来ないほどの速さで切り霊場を編み上げると、彼女は裂帛の気合を以って敵へと解き放った!

 しかも、嘲られた言霊を返すように呪言に組み込む念の入れようだ。

 編み上げられた霊場は、おキヌちゃんの力ある言葉によって疾風へと代わり、敵にぶち当たったとたんに絡め取って竜巻へと変貌した。

 『ぬぉぉおおお この このっ メザ 「黙って去りなさい!」 ぐぎゃ!!

 竜巻に逆らって抜け出そうとしながら名乗ろうとした敵は、おキヌちゃんの放った皮が固くて定評のあるココナッツの実がぶち当たって無様な声を出すと、そのままおキヌちゃんが入ってきた扉から放り出されて何処とも無く消えていった。

 「ふ〜 疲れました〜〜」

 敵を放り出して戻ってこない事を確認したおキヌちゃんは、へにゃ〜っといった感じに脱力してその場に座り込んだ。

 巫女服を着て正座を左右に開いたような座り方をしながら両手を前について、透明な粘液に塗れたおキヌちゃんはどこか淫靡にも見える。

 サクヤヒメとして覚醒したことによって、大きく実ったたわわな二つの柔らかくも弾む果実は、おキヌちゃんが息を整える事によって大きく揺れ、粘液によりピッタリと張り付いた衣装ともあいまってその存在を高らかに自己主張していた。

 (キヌ、貴女が捕まった時は肝を冷やしましたよ。どうしてあのような手を取ったのです?)

 「はぁ はぁ 逃げてるだけじゃ千日手になると思ったから、忠夫さんや令子さんならどうするかな? って、考えたらああいう手しか思いつかなかったんです」

 (では、さっきのは綱渡りだというのですか?)

 咎める様な声音でサクヤヒメはおキヌちゃんに問う。だけど、その声音の奥には紛れも無い彼女への心配があった。

 「うん。逃げてる時は忠夫さんの真似をしてみたんだけど、やっぱり照れが入っちゃって……」

 えへっとはにかみながら、おキヌちゃんはサクヤヒメの問いに答える。

 (貴女が捕まって心配で心配で取り乱してしまって、姉さまにも怒られてしまいました。貴女は私とは違った戦の経験があると、今思い出して実感しています。やはり仮想と現実では、どこか違いが出る物なのですね)

 おキヌちゃんの言葉にサクヤヒメは少し溜め息をついた後、彼女の記憶と経験を体験した自らの術に欠陥があるのかと考えをめぐらせた。

 「そうだね。でも、あれはあれで良いと思うよ? 完全に追体験するようにしちゃうと、本気で人格が混ざっちゃうしね」

 自らも体感したサクヤヒメの術による疑似体験を思い出して、おキヌちゃんは今のままで良いと伝える。

 (まぁキヌの言う事も尤もですね。しかし、先ほどのキヌには驚きました。
普段は周りをも包み込む慈愛を感じさせているのに、先ほどは身を汚されようとも屈しない厳しさが前面に出ていましたね。
やはりアレは令子殿ですか?)

 「うん。令子さんなら、ああいう時は絶対に諦めずに相手を言葉で翻弄するから。ちゃんと真似ができたかは、解らないけどね」

 チロっと舌を出して照れるおキヌちゃん。

 (ふふふふ。令子殿の戦いはまだ見てはいませんが、先ほどのキヌは頼もしかったですよ。取り乱した私が言うのもなんですけど……)

 からかうようなそれでいて誇らしげにも聞こえる声で、サクヤヒメはおキヌちゃんを誉めた。

 「そ そんな……。 あ!!

 (あと先ほどの水術の時……あら? これは……)

 「忠夫さん!」 (ニニギ様?)

 「戻ってきたんだ。大変、早く戻らないと」

 (そうですね。ヒャクメ殿もこれで起きられるでしょう。キヌ、先ほどの敵の残滓があるとも限りません。浄化して戻ってきなさい)

 「はい、お姉ちゃん」

 おキヌちゃんの答えに微笑みながら頷いた思念を送ったサクヤヒメは、彼女への支援を切ったようだった。

 「さて、もう一頑張りしますか。 清らかな水の子らよ 優しきその御手によって 邪に蝕まれし数多の瞳を癒し給え

 胸の前で一回拍手を打った後、詔を唱えていくおキヌちゃん。

 彼女の合わさった手の間からは清水が現れて次第にその大きさを増していき、両腕を掲げ上げた時には直径六メートルもの大きさの水塊が浮かんで、力ある言葉によって壁面に無数にある瞼が閉じられた目に向かってシャワーのごとく弾け飛んでいった。

 次々に飛沫が当った目は、きつく閉じられていた瞼を開いていく。瞼が開いていくごとに、夜光草で照らされていてなお暗かった空間に光が差し込んでいった。

 「うわぁ  キレイ……」

 周囲が光に満たされていく光景に、おキヌちゃんは目を奪われていた。

 だからだろうか、いつの間にかすぐ隣に彼女が立っているのに気付かなかったのは。

 「やっ、おキヌちゃん!」

 「うひゃぁあああ

 ホッとして光に溢れる光景に魅入っていたおキヌちゃんは、誰も居ないと思っていたのに肩を叩かれて挨拶をされて飛び上がってしまった。

 「うう、そんなに驚かれると傷つくのねー」

 おキヌちゃんの反応に、その場にしゃがみこんで“の”の字を書き出すヒャクメ。

 「ひゃ ひゃ ヒャクメ様!」

 「うんうん 驚いた表情も可愛いね、おキヌちゃん」

 「え あ ありがとうございます。 って、じゃなくて! 大丈夫でしたか!? アレに恥ずかしい事とかされてませんか!?」

 驚かされた事に抗議しようとした所で、ヒャクメの可愛い発言に照れて礼を言うおキヌちゃんだったが、ぶるぶるっと首を振ってから彼女の無事を確かめた。

 自らも辱められたおキヌちゃんは、今までとり憑かれていたヒャクメの事が本気で心配になったのだ。

 「ん その辺は大丈夫なのね。 本体から切り離されて、ああいった性格になったみたいだから。でも、助けてくれてありがとうね。まさか自分がとり憑かれているなんて、思いもしなかったのね」

 おキヌちゃんの心配に笑顔で大丈夫と答えたヒャクメは、彼女に助けてくれた礼を言った後に落ち込んだ。

 「まさか自分が“狂った除くモノ”の情報源だったなんて……。自己嫌悪なのねー」

 がっくしと、両膝に手をついてうな垂れるヒャクメ。

 普段の明るい彼女からは、想像もつかないような落ち込みようだった。

 「仕方ないのかもしれません。他の枝世界でも、“除くモノ”は最小限の干渉で全てを視る為に、ヒャクメ様のような存在を利用しているようですから」

 おキヌちゃんは可能性の世界樹へアクセスした時に流れ込んできた情報を打ち明けて、彼女の責任ではないと慰める。

 「うん、ありがとう。でもね、頭で解ってても、感情が納得いかないというかー」

 おキヌちゃんに礼を言いながらも、泣き出しそうなほどの落ち込みようのヒャクメ。

 表層意識は軽い感じなのに、深層意識の彼女はとことん生真面目なようだった。本来の性格はこっちなのかもしれない。

 だけど、永い生の中で他の存在から疎まれるにつれて、あの軽い性格が出来たと思われる。

 「ヒャクメ様。反省も必要ですけど、自分を責めるより何を行えば次は防ぐ事が出来るかと考えた方が良いですよ」

 落ち込んだヒャクメを引っ張り上げるように顔を上げさせて、彼女の目に合わせながら自分の目に力を篭めておキヌちゃんは伝える。

 おキヌちゃんの言葉にハッとした風に驚きの表情を浮かべたヒャクメ。

 「そうね。おキヌちゃんの言うとおりなのね。こんな所で落ち込んでいても、身も心も横島さんに捧げてお手伝いが出来ないのね!」

 落ち込むのも早かったが、復活は尚のこと早かった。表層意識の軽い部分は、この辺がベースなのかもしれない。

 「ヒャクメ様。やはり貴女もですか……」

 ヒャクメの様子におキヌちゃんは、横を向いて判ってはいましたけどねーっと、泣き笑いの表情で小さく呟く。

 深層意識界では思ったことが口に出てしまう為、ヒャクメの横島に対する想いが本物である事に改めて気付かされたおキヌちゃんだった。

 「さて、嘆いていても始まりません。ヒャクメ様、忠夫さんがこの枝世界に戻ってきました。これから忙しくなりますから、共に頑張りましょうね」

 ヒャクメの想いが本物と改めて判った今、おキヌちゃんは気持ちを切り替えてこれからを共にと伝えた。

 タマモやシロ、令子を受け入れたおキヌちゃんには判っているのだ。忠夫に本気で向き合う女性が現れた時、忠夫がそれを拒む事は出来ないということを。

 忠夫が拒まない以上、おキヌちゃんには拒むという選択肢は無いも同然だった。

 でも、それでも、どうしても自分だけを見て欲しいという感情が出てしまうのは抑えられない。だから彼女は……

 「ヒャクメ様? 共に行くことは認めますけど、節度は守ってくださいね?

 俯きかげんでヒャクメの右二の腕を掴んで、じょじょに強くしていきながら忠告するのだった。

 「ハ ハヒ」

 右二の腕に掛かる握力とおキヌちゃんの雰囲気に冷や汗をだらだらと垂らしながら、ヒャクメはコクコクと頷く。

 九尾の妖狐であるタマモでさえ、こうなったおキヌちゃんを恐れるのだ。ヒャクメでは、なまじ鋭敏な感覚を持っている分、対抗すらできないだろう。

 「それじゃ戻りましょう。では、また!」

 ヒャクメの様子に顔を上げて笑顔になったおキヌちゃんは、そう言って彼女の腕を放して元来た門へとタタタと走っていった。

 残されたヒャクメはというと。

 「こ こ 怖かったのねー! 助かったのに死ぬかと思ったのねー!!  でも…うふふふふふふ……抱かれちゃうのは構わないのねー……横島さんと一緒に居られるのねー」

 おキヌちゃんの怖さを深層意識に刷り込まれてしまったが、それでも横島との事を考えると身体が熱く火照るヒャクメだった。


 恐怖の後のつり橋効果かもしれないが、それでもヒャクメは身悶えていた。


                  続く


 こんにちは、月夜です。想い託す可能性へ 〜 じゅうはち 〜 をお届け致します。
 ヒャクメの寝姿描写がなんか幼いような感じになってしまいましたが、問題無いと思いたい。性描写はないから十五禁とはしてませんけど、大丈夫かな?
 誤字・脱字・文章の表現でおかしい所があればご指摘下さい。

 では、レス返しです。

 〜冬8さま〜
 レスありがとうございます。またレスを頂ける様になって、小躍りしてます。今回のお話も楽しんでいただければ幸いです。
>そして中でナニが……
 え〜、中ではあれがそうなってこうなっていてって、レス返しで十八禁になる所ですよ(汗 まぐわい描写少なかったかな〜。
>一度に8個精製って……
 いえいえ、8個の前に10個作られているんですよ。ちなみに相手が誰でも良いという訳でもありません。行きずりの女性と致しても、全く作られないという設定が! まぁ、忠夫にはおいおい実感させていきますけど、この設定は自覚出来ないだろうなー。ナンパ成功率0%だし(笑) 
>おキヌちゃんに料理される……
 私の所のおキヌちゃんは、神格だけなら小竜姫さま以上ですからねー。しかも、横島に開発されてますし……。そっち方面は小竜姫さまじゃ太刀打ちできません(笑) 華ちゃんと令子さんは似た者同士になるかもー。
>ご自愛くださいな
 どうもです^^ 今回は出張先で時間が取れての執筆活動。でもやっぱり投稿ペースは半月が限界みたいです。推敲してないと、ホント見れたものじゃないです。推敲前は会話分ばっかりだし(汗

 〜読石さま〜
 レスありがとうございます。以前、ほのめかしていたヒャクメのお話です。今回の話も、ご期待に副えた話であれば幸いです。
>二人の行為を直接見てないせいで……
 堅物な小竜姫さまを乱れさせるにはどうしたら良いかなーって考えていたら、こうなっちゃいました。でも、まだ完全には堕ちてないんですよね。さて、どうしたものか……。
>弟子の下着すら把握してる老師……
 西遊記の孫悟空は旅の途中でも致してますしねー。ちなみに今回の下着を用意したのは、老師の老婆心からでもあったりして。こういう事もあろうかと的な感じでしたが、的中して役に立っちゃいました。ま、覗き行為によって必要になったというのは、老師の想定外だったかもしれませんが(笑)
 ちなみに前回のお話で、老師自身が小竜姫さまの自慰行為は見てないと言っても、多分信じてもらえないでしょうねー。真相は魔猿の中。

 〜ガンジーさま〜
 初めてのレスありがとうございます。こうレスが頂けると、書いていて良かった〜って思えてきます。
>小竜姫初心さ残しつつエロい!!
 小竜姫さまの乱れ様を気に入って頂けたようで、何よりです^^ ですけど、仏罰に気をつけてくださいね? 私はもう貰っちゃいましたけど……。土日が仕事で潰れるなんて……。でも、負けるもんかー。横島に堕とされるのは、確定してますんでご安心ください。
>やればやるほどでる文珠……
 無制限って訳じゃないんですよ。行きずりじゃダメですし、ただの性欲発散でもダメなんです。催眠術等で操られた女性でもダメですしね。なので、横島拉致って女性あてがっても、出来ないという権力者側にとっては嫌な設定つけてます。でも、令子やおキヌちゃん達とヤればヤるほど出来るというのは、彼女達の心次第かな。


 レスをして頂いた方々に心よりお礼申し上げます。
 では、次回の投稿まで失礼致します。

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