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「Soul on Fire!! 中編(GS)」

ハマテツ7号 (2007-09-06 08:27/2007-09-06 08:29)
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 そこは混沌としていた。いくつもの器具が雑多に置かれ、しかし微妙に整理されていつでも手の届く範囲にはある。おそらく、この部屋の主には何処に何があるのかは承知済みだろう。

「やれやれ、無茶をしたのう」

 その部屋の主は、呆れを多分に含んだ声で、目の前で寝そべる男にやれやれと息をついた。しかし、その手はよどみない。怪しげな薬を一筋垂らし、怪しげな器具でエラーが出た場所を修復していく。

「……ワリィな。最後に、どうしてもやっておきたかったんだ」

 部屋の主の前でその体を任せている男は、しかしその言葉とは裏腹に後悔の表情は浮かんでいない。むしろ、晴れ晴れとしているぐらいだ。
 まあ、それもそうだろう。何せ、長年の悲願をやっと果たせたのだ。
 そんな表情を見せられては、同じ男としてわからんことでもないのう、と小さくため息をつく部屋の主。しかし、すぐに首を振って真剣な表情を作る。

「まあ、依頼し依頼を受けた以上、ワシはワシのやることを果たすのみじゃがの。しかし、無茶しすぎたの。ところどころに無理が生じておるわい。限界も近いぞ」

「……後、何回ぐらいできる?」

「……もって……一回」

「……マジかよ」

「マジじゃ。わしゃボケておるが、これについてはボケてもなんもおらんよ」

 何処までも真剣なその表情に、男は深々とため息をついた。覚悟していたとはいえ、ここまで来るとやはりきついものがある。
 男はしばらく瞑目すると、ポケットからあるものを取り出した。それを見、部屋の主は小さく目を見開く。

「……爺さん。こいつをつけてくれねぇか?」

「……そいつは、捨てたと思っていたのじゃがの」

「後一回なんだろ? だから、頼む」

 男と部屋の主の視線が絡み合う。永遠に等しい時間。先に折れたのは、部屋の主だった。

「……わかった。付けておいてやろう。じゃが、絶対に使うてはならんぞ」

「わりぃな、爺さん」

 小さく笑う男に、部屋の主は本日何度目かのため息を深々とついた。やれやれ、とんでもない依頼を受けてしまったものじゃわい、と苦笑いを浮かべる。

「……今からでもやめることは出来るぞい?」

「は」

 しかし、男は止まらない。止まってはいけないのだ。これは――

「馬鹿言うなよじーさん。これは、俺がやらなくちゃならねぇンだ。こいつは俺の――」

 ――過去の後始末なのだから。


 ――――――――――――――――――――


 Soul on Fire!!
 中編


 ――――――――――――――――――――


「だけど、雪之丞が負ける相手、ねー」

 件の依頼のお披露目会の場所に向かう車の中で、昨日の夜にあったことを横島から聞き、美神は訝しげにつぶやいた。

「嘘じゃないっすよ」

「わかってるわよ」

 ジト目でにらんでくる横島に苦笑いを浮かべながら、美神はでもね、と続けた。

「あの雪之丞が負けた、なんていまいち信じられないのよねー。こと霊的戦闘でいえば、あいつはもう超一流のGSよ。勝てる相手も、世界にそうはいないわ。悔しいけど、ガチンコで行けば私も負けるだろうし。それはアンタが一番よく知ってるでしょ?」

「ええ、まあ」

 美神の言っていることは嘘ではない。ただたんに相性の問題なのだ。美神は前衛中衛後衛どれでも一流にこなすオールマイティなタイプであり、だからこそ総合的に見ても高いレベルを有し、超一流の名をほしいままにしている。しかしその反面、どれかに特化しているというわけではないため、それぞれの分野のトップのフィールドではどうしてもかなわないということを知っている。
 横島はどちらかといえば前衛タイプではあるが、文珠というある意味では究極のオカルトアイテムを持っている以上、後衛もこなせる。ただ、それを使いこなす知識がないため、文珠込みで考えて前衛のみ一流、全体的に見れば一流半、といったところだろうか。体術などは持っていないが、途方もない体力を有するシロの散歩に自転車を使用しているとはいえ、ついていけるだけの体力を持っているし、人間離れした反射神経も持っている。加えて、美神にぶたれ続けて得たタフさは人間の域を超えていたりする。
 対して雪之丞だ。彼は前者二人とは対照的に、前衛のみ超一流という、一点特化型の典型的な例だといえる。このところ成長してきているとはいえ性格上援護などは向かないし、離れている相手に対しての攻撃手段が霊波砲ぐらいしかない以上中衛はちょっと難しい。まして後衛などはもってのほかだ。加えて彼も横島と同様知識がないため、全体的に見れば一流よりもちょっと下、といった程度だろう。
 とはいえ、だからといって弱いというわけではない。前述の通り、前衛――つまりは霊的格闘という観点で見れば、雪之丞は世界最高レベルの能力を有している。そんな男がそこらの奴に負けるとは到底考えられないのだ。
 しかし、今回そのまさかが起こってしまった。はたから見て動揺していないように見える美神だが、内心びっくりどっきりものである。

「で、雪之丞を倒した男ってのは、どうだったの?」

「どっかで感じた霊力ではあるんスよ。ただ、思い出せないだけで」

「はぁ……まあ仕方ないけどね。人の霊力の波長なんて、よっぽど親しい人間のじゃないと覚えられないものだし」

 霊力ものは人それぞれによって違う。当然だ。霊力とはすなわち魂の力であり、魂は決して同じものがないのだから。
 そのため、たまに目が見えないため魂の波長でその人を識別する、という霊能者もいるのだが、それでもその波長を覚えるような霊能者は少ない。確かに覚えていれば有利になるかもしれないのだが、あくまで“かもしれない”のであって、はっきり言って無駄になることのほうが多いからだ。

「ま、そっちのほうは雪之丞が目覚めたらどうにかするでしょ。一回負けて、それでハイさよならなんてことはありえないでしょ、あいつじゃね」

「ま、そうッスね」

 美神のあっけらかんとした言葉に、乾いた笑い声を上げる横島。
 北部グループが開催するお披露目会場はもうすぐそこだった。


「……ここは」

 わずかな光を感じ、雪之丞は眼を覚ました。見覚えのある天井、辺りを見回すとそれは確信にかわる。金がなくなったときなんかによくねぐらに使う親友の部屋だ。

「俺は……そうか。昨日……」

 どうやら治療はしてくれているらしい。自分を発見してくれた親友に感謝しつつ、雪之丞は起き上がる。

「くそ……勝ち逃げは許さねぇぞ……陰念……!」

 とことん鍛えぬいた体は主の意思どおりにその損傷の殆どを回復させている。頼もしい最高の相棒ににやりと笑いつつ、脇に干してあった愛用の黒コートを羽織る。
 と、今になってようやく堅く握り締めていた紙片を見つけた。あの一瞬、陰念から奪い取ったものだ。

「ちっ……手がかりはここだけかよ」

 まずはここに行くしかない。そこはアタリであることを祈りつつ、雪之丞は横島宅を後にした。
 目指すは北部グループ私有地、大蛇岳演習所。
 ――美神が依頼を受けた、お披露目会場である。


 お披露目会場は、大きな演習場だった。直径三百メートルほどの整地されたグラウンドにテーブルなどがセットされている。昨日の雨で地面がぬかるんでいると思いきや、さほど湿っている様子はない。
 ただ気になるのは、演習場をぐるりと囲むように幅二メートルほどの壁が設置されているということだ。その一面には小台がセットされており、おそらくあそこで責任者が挨拶するのだろう。

「ママ!? それに唐巣神父まで!」

 お披露目会場に着いた美神たちを待っていたのは、意外な人物だった。いや、意外と言うわけではなかったが。一千万という巨額を払ってまで美神を招待したお披露目だ。それほど重要なお披露目ならば、各界の重要人物もいてもおかしくはない。
 オカルトGメン日本支部顧問である美神美智恵や、美神と同じくトップクラスのGSである唐巣などは当然といっても言いぐらいだろう。

「あら? 私がここにいるのはおかしいかしら?」

 だからといって驚くな、というのはちょっと無理があった。それをわかっているからか、美智恵はいたずらっぽい笑みを浮かべてみせる。

「おかしくはないけど……やっぱり、オカルトGメンの新装備になるの?」

「まだ決まっていないわ。お披露目と同時に、その性能も見せてくれるって言うから来たのよ。それから決めるつもり」

「ふーん。先生は?」

「私は招待されたからね。留守中はピート君がいてくれるというし」

 きっと、というか十中八九唐巣にまともな栄養を取らせようということだろう。お披露目というだけあって、各テーブルには豪華な料理が並んでおり、某丁稚などは挨拶もそこそこに早速食べ散らかしている。とりあえず神通鞭で叩き落としておく。

「あ、あいかわらずだねぇ、横島君は……」

 ちょっとだけ汗をたらしながら困ったような笑いを浮かべる唐巣。美智恵などはあらあらと年上の貫禄を見せている。

「ったくあの丁稚は……それにしても、さすが北部グループね。著名人が多いわ」

 辺りを見回すと、テレビなんかでよく見る顔がちらほらとある。あそこにいるのは与党の幹事長だし、中部財閥の幹部グループの代表もいるようだ。果ては防衛大臣なんて顔もある。これには美神も少しだけびっくりした。まあ、先のアシュタロス事件で霊的防御が脆弱だと判明した今、それの強化は急務だろう。その第一先鋒ともいえる心霊兵器だ。見に来ていても、まあ不思議ではない。

「芸能人もいるわね……げっ」

 来賓の歴々を見ていた美神の顔が引きつった。一瞬、見たくもない人間を見てしまったからだ。

「……なんでエミが……」

 いや、美智恵や唐巣がいたということから簡単に予測はついたのだが、あえて考えないようにしていたのだ。
 ――GS界黒魔術の第一人者とも言われる小笠原エミ。ミーハーなところがある彼女だ。おそらくファンの芸能人を見つけたのだろう、何か黄色い声が向こうから聞こえてくる。

(こ、この分だと冥子とか六道のおば様とかも来ていそうね……)

 実はその予測も大当たりだったりするのだが。

(……なんか背筋が寒いわね。見たらさっさと帰りましょ)

 美神がそう決心したころだった。お披露目会場に設置された小台に、一人の男が顔を出したのだ。資料で見たことがあった。北部グループの代表取締役、北都正之助である。
 成金趣味としか思えないようなファッションで身を固めた小太りの中年男は、ごほんと咳を一つ。

『あー、テステス。皆様、ご機嫌麗しく。ワタクシ、北部グループ代表取締役をやらせていただいております、北都正之助でございます。本日は、お集まりいただきありがとうございます』

 ぺこり、と頭を下げて、にこやかな笑みを浮かべる北都氏。その頭の下げようが、思ったよりも丁寧で、美神は第一印象を少しだけ改めた。
 しかし、どうも背筋が微妙にむずむずする。なんだろう、何かが霊感に引っかかる。どうやら唐巣や美智恵、横島までも微妙に違和感を感じているようで、美神はますます眉間のしわを深めた。

(……来たの、間違いだったかもしれないわね)

 内心そう考えていたときである。盛大なファンファーレが会場に鳴り響き、会場の両脇の壁が一気に下がった。そこから姿を現したのは、件の心霊兵器――ではない。

「……あれは……人間、よね? 一応」

 人知れず、ぽつり、とつぶやく。妖力も、魔力も何も感じない。完全に何処からどう見ても人間だ。
 ――しかし、どこか本能が訴える。アレは違う。人ではない。人ではない。アレは、人でありながら人でなくなった、もっと別のナニカ――
 壁際にずらっと居並ぶ、没個性な男たち。彼らは皆一様に黒いボディースーツとスラックスを纏い、何をするでもなくそこにたたずんでいる。

「……ママ」

「……まずったわね。携帯がつながらないわ」

 美神同様引っかかったものがあったのだろう、オカルトGメン日本支部で待機しているはずの西条に電話していた美智恵が小さく舌を打つ。念のため、個人的な知り合いにかけてみるがつながらない。圏外というわけではなかったはずなので、これは電波封鎖が行われているということだろう。
 そしてここまでくれば、ある程度以上のGSであれば違和感に気付く。加えて、ここに招待されているのは第一線で活躍する一流のGSだ。ところどころで霊圧が弛緩するのが感じて取れた。
 その雰囲気の変りようを知ってか知らずか、北都氏は大仰に手を広げて喜悦に顔をゆがめる。

『皆様方は幸運でございます。わが社の新商品の――その、第一の体感者になれるのですから』

「神父様!」

「ああ!」

 そこからの美智恵と唐巣の行動は早かった。ネックレスとしてつけていた精霊石を放ち、即席の結界を作り出した。同様に、聖書のページを引きちぎり、そこに込められた力ある文字により結界を強化する。
 そこへ何の力を持たない来賓たちを避難させようとすると同時に、壁際の男たちが動き出した。しかし、それにも目もくれず、美智恵と唐巣は来賓の避難を優先させた。ここには、自分たち以上のGSが揃っているのだ。
 ――ただし、動いてはいないが。

「って、何しているのよ令子!」

「えー、だって、お金にならないし」

「こっ、この娘はっ……!」

 とりあえず何がおこっているかわからない馬鹿どもを何とか力ずく込みで避難させた直後にこれだ。でっかいお怒りマークをつけた美智恵だが、怒鳴る余裕はなかった。壁際に並んでいた男たちがすぐそこまで歩いてきていたからだ。足並みを乱さず、機械的に包囲網を縮めていく様は、はっきり言って不気味以外の何者でもない。

『クク……結界ですか。さすがは美神の家系ですね。それを破るのはなかなか骨が折れるでしょう』

 結界の周囲で構えるGSたちをあざ笑うかのように、北都氏は口を開いた。

『――しかし、術者が死ねばどうでしょうねぇ』

 その言葉が引き金だった。男たちはいっせいに唐巣と美智恵に飛び掛る。とはいえ、そこは世界でも十指に入るGSだ。そんじゃそこらの男にやられるわけがない。よどみのない動きで男たちの突進をかわすと、護身用に持ってきていた神通根で叩き伏せる。並みの悪霊ならばそれだけで昇天する一撃だ。たとえ霊能者だったとしても、耐え切れる一撃ではない。
 ――しかし、男は一瞬動きを止め、たたらを踏んだだけで、ぐりん、と顔だけをこちらに向けた。そこに表情はなく、汗すら苦痛の色すらない。思わず美智恵は冷や汗をかいた。

『――クク……さすがに、生身ではどうこうできませんか……』

 眼下に広がる戦闘の光景を眺め、北都氏は愉悦の声を上げる。
 エミの霊体撃滅波により吹き飛ばされる男たち。六道が誇る十二神将たちにより、石にされ、雷に打たれ、ぶっ飛ばされる男たち。唐巣が周囲から集めた霊的パワーで倒れ付す男たち。
 数の優位しかなかった今、優勢はGSチームに傾いていた。
 しかし、ここにいたっても尚北都氏の余裕は崩れていない。

「ちょっ、美神さんっ、これ一体なんなんスか!?」

「んー……またハメられた、ってとこかしらね。あー、やっぱり心霊兵器は鬼門だわ」

「そんなこと言ってる場合じゃないっスよーっ!?」

 うぎゃーっ、と半泣きになりながら霊波刀状態のハンズオブグローリーを振り回して男たちを迎撃する横島。言われるまでもなく美神を護っているのは躾のなせるわざか。

「男に迫られてもうれしくあらへんーっ! かくなる上は美神さんの胸で煩悩補強〜!」

 訂正。違ったようだ。美神が視線をはずした一瞬の隙を狙って上司の豊満な胸にダイブする横島。どうやらこれが狙いだったようだが、至福の時も一瞬だった。

「非常時に何するかこのエロガキッ!?」

 顔を怒りで真っ赤にした美神に神通鞭でぶっ飛ばされる横島。その行き先は大挙して押し寄せる男たちだ。哀れ横島、柔らかな桃源郷から筋肉地獄へご招待である。

「うぎゃはあああああーっ!?」

 奇妙な悲鳴を上げるくらいだから余裕はあるだろう、何しろ横島だし、とまったく心配しない美神。やれやれといった感じで、押し寄せる男たちをはたいていく。金にならないことはしない主義だが、だからといって何もしないまま襲われるのはゴメンである。

『……ふむ。さて、どうでしょうGSの皆様。我々の新商品は?』

「何言ってるワケ? この惨状が見えないのかしら?」

 北都氏の言葉に、エミがにやりとあざける。しかし北都氏の余裕は崩れない。崩れるわけがないのだ。
 ――本当の商品は、未だ出ていないのだから――

『ええ、そうでしょうとも。今の彼らでは、一流のGSであるあなた方にはかないません。しかし、ここで我々が開発した技術を使えば、それはまったく変わってくるのですよ。――さあ! “変身”しなさい、お前たち!』

 北都氏がその言葉をつむいだ瞬間だった。びくん、と男たちの動きが止まる。不可解な行動に動きを止めるGSチーム。それは、“お約束”という名に縛られた行動だった。

「――魔機――装着――」

 誰かが、男の誰かがポツリとつぶやいた。それに追随するかのように、一斉にその言葉が唱和される。
 ――瞬間、魔力が吹き荒れた。


「くそっ、もう始まりやがったか!」

 曲がりくねった峠道をオフロードバイクで駆けながら、頭の隅に響く頭痛に陰念は毒づいた。

「くっそ、あンの爺! なーにが新発明を組み込んでおいてやっただ! 肝心なときに遅れちまったら意味が無ェじゃねぇか!」

 ごうごうと耳元で待機が唸る。とっくに制限速度などオーバーしている。今にも暴れだしそうな機体を霊力で押さえつけ、何とか制御している状態だ。
 ――ちなみに陰念、無免許だったりするのだが、昔取ったなんとやら。バイクの操縦だけはプロにも引けをとらないものを持っている。伊達に十数機の白バイから逃げ切ったわけではないのだ。

「ええいっ、間に合えよっ!」

 目指すは北部グループ私有地、大蛇岳演習所――!!


「……何……これ……」

 目の前で展開された光景に、美神は呆然と声を漏らした。
 しゅうしゅうと気化した魔力が立ち込める中、男たちはその姿を変貌させていた。
 漆黒のボディースーツに、要所要所に見られる鎧。『Complete』と腰のベルトが機械音を発する。そして、その顔。能面のような顔には、さらに能面のような仮面が展開されていた。
 ――そう。それは。

「……魔……装術……?」

 かつて見た、魔族に堕ちる寸前のそれ。人のみでありながらヒトを超えようとする愚行。その完成形を纏った男たちが、美神たちの前に姿を見せていた。

「嘘……どうやってこんな……」

 そのすさまじさは実際に戦った美神が一番よく知っている。アレから自分も成長はしているが、それでも一対一で何とか勝てる程度だ。しかし、ソレの数はどう見ても二百を超えている。
 霊圧から察するに、そのレベルはあの魔族化した勘九郎よりも少し下あたりだろうか。それでも、GS試験時の雪之丞レベルを越えていることには変わりない。
 ――と、なるなら取れる手段は一つ。

「……これが新商品、ね」

 ――時間稼ぎである。
 何とか時間を稼ぐためか、はたまた本心からか、美智恵が感嘆の声を上げた。
 しかしいまいちよく理解できない。魔装術とは特殊な術であり、誰も彼もが習得できるというわけではない。しかも、その全員が戦えるレベルまでいけるとも限らないのだ。よくもまあこれだけ魔装術と相性がいい霊能者を集めたもんだわ、と美智恵は感心すらしていた。
 だが、これが商品となると事情は変ってくる。確かに魔装術は魅力的な術であることには変わりないが、その反面危険も大きい術なのだ。魔に属するものと契約することで得られるその力は、同時に展開者を魔に堕とすという副作用を持っていた。雪之丞はそれを自らの意思でコントロールし、完璧に己の力としているが、それは例外中の例外である。
 強力ゆえに危険。オカルトGメンが人材不足に悩まされ続けても決して魔装術には手を出さなかった理由がそこにある。
 それを商品というからには危険は極力排除されているだろう。しかし、だからといって危険が完全になくなるとは考えづらかった。

「これはどういうことかしら、北都社長。説明してくれるかしら? これは、魔装術ですね? オカルト規正法で、認められた霊能者以外の魔装術の習得は禁止されているはずですが」

 そう、何より魔装術の習得はオカルト関係の法律で規制されていた。現在それが認められているのは日本でたったの二名。一人は言わずもがな雪之丞。そしてもう一人は、以外や以外、陰念である。まあ、事後承諾の形になっているのだが。
 美智恵の問いに、北都氏は鷹揚に頷いた。

『よろしいでしょう、美神女史。――ええ、確かにこれは魔装術。しかし、そうでもないともいえる』

「……どういう意味でしょう?」

『私は常々、人間の脆弱さに頭を悩まされていました。ええ、悪霊や悪魔と戦うには余りにも弱く、儚過ぎる。故に、思うのですよ。ヒトは強くあるべきだ、と』

「……。それについては同意しますわ。だから、魔装術に手を出した、と?」

『その通り。さすがは美神女史、察しが早くて助かりますな。素晴らしいではないですか。一時的に下級魔族どころか、極めれば中級魔族以上の身体能力を得ることが出来る、他に類を見ないほど強力な術。これを知ったとき、私は狂喜いたしました。まさに私の理想そのものだったのですから』

 そのときのことを思い出したのだろう。北都氏は恍惚とした笑みを浮かべる。美神や横島、エミに冥子はどん引きであるが。

『しかし、魔装術には欠点があった。長時間展開していれば、魔物に変化してしまうという強力すぎる副作用。私は、それを克服するために研究を続けたのですよ』

「そして、それが完成した形が、この“商品”だと?」

『ええ、その通りですよ。そう、人には霊能力以外の力があった! 科学という、人が長年にわたり溜めてきた叡智が! そして私は完成させたのですよ! 魔装術の完全なる科学制御――完全なる、もう一つの魔装術、魔機装術をね!』

 趣味ワル、と美神は心の中でつぶやいた。確かに悪い考えではないが、しかし北都氏の言っていることは、ようは魔の技術と科学技術による人体改造である。これでようやくあの能面のような男たちの表情に納得がいった。おそらく、脳改造でも受けて戦うということと命令に従うということ以外何も考えられないようになっているのだろう。
 それならば、戦意が高揚しすぎて魔族になってしまう可能性も少なくなるし、ある意味では完全に自分をコントロールできているということでもあるのだから、魔装術の極みに近づける。そこをさらに科学技術によって制御してやれば、もうほぼ暴走の危険性はなくなっていると考えていい。
 戦力強化という点で見れば、これほど優れた技術はないように思える。――ただ、人道的な部分を見れば、吐き気すら催す醜悪なものであるが。
 当然、それは美智恵もわかっている。上層部もこんなものを使うなんて愚は犯さないことは容易に確信できた。

「そんなもの、我々が使うと思って?」

『ええ、思っていませんとも』 

 そしてここに来て。

『――ええ、だからこそ』

 北都氏の表情が、ひときわ醜悪に歪んだ。

『――使わざるを得なくなる状況にしよう、と思いまして』

「……ッ!!!」

 ここに来て、ようやく美智恵はこの男が何をしようとしているのかを理解した。

「は……なるほど、よくもまあそんなことを考え付くワケね」

 心なしか顔を青くして、エミがつぶやいた。その隣りの冥子はわかっていなさそうだが、当然六道女史はわかっているはずだ。
 もちろん、美神も理解している。
 ――使わざるを得なくなる状況。それはすなわち、魔機装術に頼るしかなくなるという状況を示している。
 そうなるには、魔機装術者よりも強い霊能者がいなくなればいい。つまり、そういうことだ。
 ここに集まっている霊能者は、日本にいる一流といわれる霊能者のほぼ全員である。ここでその全員が再起不能になってしまえばどうなるか? 簡単だ。彼らにしか対処出来ないレベルの霊障を解決できる霊能者がいなくなる。そのレベルの霊障は、当然一歩間違えれば国家の一大事になるであろうものも含まれており――それに対処できなくなる、ということは日本という国家が常に危険にさらされるということになる。
 もちろんそうさせるわけには行かない。しかし、それに対処できる霊能者がいないのだ。ならば――

 ――たとえ、非人道的でもそれに頼るしかないではないか。そうすることで多数が、否、自分が助かるというのなら、権力者は絶対にそうするだろう。

「国を一つ丸々人質に取るつもりだなんて、よくもまあ……」

 美神は呆れたようにつぶやいた。その表情にはいつも以上に緊張がにじんでいる。
 おそらく全てのGSが事情を理解できただろう。そう判断し、北都氏はくく、とのどを鳴らした。

『さあ、もうよろしいですかな? ――では……そうですな、死んでもらうには余りに惜しい方々だ。しかし、味方に引き込むのもまた、あなた方は危険すぎる。二度と霊能力が使えないよう、チャクラをずたずたに破壊して差し上げましょう!』

「冗談!」

 号令一括。
 北都氏の言葉が終わると同時に、魔機装術者たちが一斉に動いた。
 今回ばかりは、美神も動かないわけには行かない。何せ、金儲けが出来なくなる危機だ。それに、黙ってやられるつもりもない。
 今、GS界――否、日本の命運をかけた戦いが始まった――!!


 状況は劣勢だった。
 そりゃそうだ。魔機装術者たちは総勢で二百を超え、対してGSチームは百にも満たない。また、人間離れしたタフさに対して、あくまでこちらは人の範疇だ。戦闘能力も、一対一でやっと互角以下、といったレベルである。戦力差は二倍どころか三倍、四倍にまでいくかもしれない。

「ぐはァッ!?」

 霊波砲をまともにくらい、GSチームの一人がまた脱落した。その襟首を掴み、結界の中に放り投げる美智恵。既に第一線を退いてはいるものの、まだまだ一流のGSであることには変わりない。しかし、ここまで戦力差があると、やはりきつい。

「いって〜、サンチラちゃ〜ん」

「押しつぶしなさい〜バサラちゃ〜ん」

 気の抜けるような声が響き、六道が誇る十二神将が魔機装術者を吹っ飛ばす。さすがに今回ばかりは六道女史も黙っているわけにもいかない。かつての式神たちの半分を娘から借り、戦闘に参加している。いっつも暴走ばかりだった冥子も、制御が半分だけでよくなったので、その動きはまさに超一流。このときほど美神は冥子と六道女史に感謝したことはなかった。

「霊ッ体ッ、撃滅波ァッーーーー!!」

 エミの必殺技が照射される。強力ではあるがために時間がかかるため、エミはもっぱら六道親子の後ろで踊っていた。エミの本領である呪術は、時間がないことに加えて相手は曲がりなりにも魔装術。魔に属するため呪術に対する耐性が高く、効きにくいのだ。だからといって神通根を使い慣れているというわけでもなく、得意のブーメランも大きすぎて持ってきていない。攻撃手段が霊体撃滅波のみになってしまうのは当然の帰結だった。
 しかし、その霊体撃滅波は広範囲型の技であり、雑魚の集団ならば一撃で葬り去る威力を持っているが、相手は中級魔族並みの耐久力を持つ魔機装術者たちだ。ダメージはあるが、しかし倒すまでもいかないのだ。
 故に、そこからは美神の仕事である。

「極楽にッ、逝きなさいっ!」

 神通鞭が唸る。音速を超えた念の鞭は、動きを止めた魔機装術者に直撃、ぶっ飛ばすことに成功する。吹き飛んだ魔機装術者は後続の魔機装術者を巻き込んで倒れるが、数秒後には立ち上がり、またこちらに向かってくる。
 とんでもないタフさである。

「どんなタフさしてるワケ!?」

「私が知るわけないでしょ! アンタは早く溜めなさいよ!」

「わかっているわよ!」

 口では喧嘩しながらも、その連携にはよどみない。しかし、それでも多勢に無勢。死角から入り込んだ魔機装術者が霊波砲を放つ。

「――クッ、美神さん!」

 しかし、それは美神の前に現れた六角形の盾によって防がれた。

「いけっ、サイキックソーサーッ!」

 霊波砲を防いだ盾――サイキックソーサーは、横島の念じる通り、そのまま魔機装術者に直撃する。爆発。左肩の魔装術部分が消え去るが、すぐに元に戻る。ちらりと見えただけでも相当量血を流しているはずなのに、痛みを感じていないかのように攻撃を仕掛けてきた。

「くぅっ!」

 半ば逃げ腰になりながらも、逃げる場所は何処にもないと観念しているからだろうか、横島はハンズオブグローリーで迎撃。切り伏せる。ダメージが臨界を越えたのか、その魔機装術者は倒れ付して動かなくなった。

「横島君、文珠!」

「ウスっ!」

 しかし休む間はない。出された指示にすぐさま反応。意識化においておいた文珠を取り出し、念をこめて投げつける。入れた文字は《爆》だ。先程のサイキックソーサーの爆発とは比べ物にならないそれが、魔機装術者数人を戦闘不能にまで追い込んだ。

「横島君ナイス! 文珠あと何個!?」

「六個ッス!」

 普段余り使わせないようにしているため、そのストックは意外と多い。昨日の時点で十五個はあったはずだ。それがもう六個まで減っているということに、美神は小さく舌を打った。
 実は横島、昨日の時点で一つと、雪之丞の治療に二つ使っているため、持ってきていた文殊は十二個だ。だが、もう半分を使っていることには変わりなく、そして新しい文珠を作っている余裕もない。
 横島自身、さすがにこんなときにセクハラをするような馬鹿ではない。むしろ、俺のものになる女をこんなとこで潰されてたまるかーっ、ってな感じだ。横島、久しぶりの真剣モードである。セクハラばかりしているころよりも少しだけパワーが下がっているのはご愛嬌だが。

「エイメン!」

 唐巣の強力な一撃が魔機装術者に決まる。聖なる力がふんだんに篭められたそれは、魔に属する彼らにとっては天敵に等しい。戦闘不能とまでは行かないものの、数分間の行動不能になってしまう。

「くっ……きりがないなこれは」

「ええ、まったく。こちらの戦力が少なすぎますわ」

 その隙に唐巣と美智恵は背中合わせで周囲の状況をざっと見回す。常に全体を見るように心がけているが、こうして落ち着いてみればその戦力差が浮き彫りになっている。
 何せ、数からして違うのだ。もとより勝てる戦いではない。

「……しかし、諦めないんだろう、君は?」

「ええ。それが美神の女ですもの」

 顔を向けずににっこりと微笑む美智恵。その表情をありありと想像できる自分に苦笑いを浮かべて、唐巣は聖書を開いた。

「ならば私も諦めるわけにはいかんか。たまには、弟子にいいところを見せなくてはね!」

 ごう、唐巣の足元からすさまじい霊力が立ち上る。それは聖書のページを勢いよくめくっていき、一つのページで止まった。
 そのページは、唐巣が若かりしころ、ただ戦闘能力のみを求めてたどり着いた、唐巣が使う中でも最も攻撃力が高いもの。

「マリアよ。聖なる母よ。子なる我らは請う。我らが前に集いし魔の悉くを滅することを――!!」

 そして教会を開いてからは決して使おうとはしなかったその封印が、今とかれる――!

「光よ、天なる光よ、悉くを照らし出す、聖なる光よ。今、魔は光へと変る――アーメン」

 堕天。もしここに魔族がいたなら、そうつぶやいていただろう。
 何も堕天というのは神族に適用されるものではない。ごくまれではあるが、魔族にもありえることなのだ。
 そしてそれは、強制的にそれを行う、唐巣が必殺であった。

「ぐ……がぁっ……」

 今の今まで苦痛の声一つ発しなかった魔機装術者たちが、初めて苦悶の声を上げた。そして、強制的に魔装術が解かれ、倒れ付していく。
 一気に十数体の魔機装術者が戦闘不能に陥った瞬間だった。

「す、すご……」

 自らの師の隠し技に驚愕する美神。

「ふふ……本当ならば余り使いたくない技ではあるんだがね。さあ、もう一発いこうか――っ!」

 どこかはっちゃけた風に聖書を破りまくる唐巣。が、その動きがぱったりと止まり――ばったりと倒れ付した。

「先生!?」

「神父様!?」

「……ぐ、……む、無念……」

 美智恵と美神が慌てて駆け寄るが、唐巣は血の気の引いた表情で汗をたらしていた。
 ちなみに、その腹からはぐぎゅるるる〜〜〜というなんとも気の抜ける音が響いている。
 何か士気が思いっきり下がった気がした。

「だからせめて最低限の生活費は取ってくださいってアレほど言ったじゃない〜〜〜っ!」

 青筋を立てながらも神通鞭で結界の中に放り込む。少しだけ乱暴なのは誰も責められないだろう。
 しかし、曲がりなりにも唐巣は戦線の一つを持たしていた中核の一つである。その一つが消えた今、戦線には穴が開き、そこから魔機装術者が流れ込んでくる。

「くっ――!」

 これはまずいと神通鞭を手繰るが、わずかに遅い。
 横島がフォローに走るが、この距離では無理だ。ついに、魔機装術者の拳が、美神の腹部にめり込もうとして――


「オオオォォォォ―――――ラァァァアアアアアアッッッ!!!!」


 咆哮が轟く。地上高くジャンプし落下の勢いで威力が倍増された蹴りをくらい、美神に攻撃を加えようとしていた魔機装術者がぶっ飛ばされた。

「――ッ!?」

 それをなしたのは、真紅のボディーアーマーに鬼のようなマスクをつけた、小柄な男――

「――ハッ、こういう楽しそうなのにゃあ俺も呼んでくれよなァッ!」

 ――日本の魔装術第一人者にして、世界最高峰の霊的格闘能力を有するミスターバトルジャンキー――


「よう、横島! 昨日のカリを返しに来たぜ!!」


 ――伊達雪之丞、満を持しての登場である!!


 後書き
 というわけでSoul on Fire!! 中編です。お楽しみいただけたら幸いです。敵さんの目的発表、GSチーム大ピンチの編。日本に一体一流といわれるGSが何人いるのかはよくわかりませんが、まあ百人くらいはいてもおかしくはないような。
 そしてまったく目立ってない主人公。がんばれ。

レス返し 感想ありがとうございます
ねこ様>少しでも楽しんでいただけたら幸いです。はい。
haga様>まあ見に行くだけで一千万ですし。それなら即決してもおかしくはないと思います。

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