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「Soul on Fire!! 後編(GS)」

ハマテツ7号 (2007-09-07 02:56/2007-09-07 03:09)
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 殴り飛ばした男が体から生ゴミにぶつかっていく。あの分であればダメージはさほどないだろう。なら、トドメだ。
 距離をつめ、あごの先を蹴り上げる。男、既に目の焦点はあってない。
 がしゃん、と後頭部に衝撃が走った。蹴り飛ばした男の仲間が割れた酒瓶を持っている。なるほど、酒瓶が割れるほどの威力で殴られたのか。後頭部も微妙に生暖かい。
 しかしそれぐらいでは止まらない。止まれない。
 振り向き様に拳を叩き込む。感触からして、鼻の骨が折れたか。いい気味だ、にやりとそう笑ってやると、男は仲間を引きずって逃げていった。腰抜けめ、と一瞥をくれてやる。
 追いかけようとも思ったが無性に疲れた。とりあえずその場に座り込み、壁にもたれかかってみる。
 霊能力が使えなくなって数週間。自分はまたこうして底辺の生活だ。まったく、笑えて来る。喉をくくとふるわせる。
 ここ最近は微妙に霊能力は復活してきているようだが、それももう余り興味はなかった。自分にはこの生活がふさわしい。きっとどこかでのたれ死ぬんだろう。それすらもふさわしいと思えるのだから、生活環境とは不思議だった。


 ――陰念君かね?


 ――あん……? ……誰だァ?


 そんな自分に話しかけてくる人影があった。一瞬のデジャブ。アレは一年前だったか。同じように……いや、死に掛けて道の端に座り込んでいた自分を拾ってくれたのは、あの蛇女だった。おかげで霊能力には目覚めるわ、魔物になっちまうわ……しかし、さほど退屈はしていなかった。そういう意味では感謝しているのかもしれない。才能がなかったせいでさっさと見捨てられたが。
 しかし、それももう過去のことだ。当然、自分に話しかけてくる人影は女じゃない。男だ。声からして中年ぐらいだろうか。


 ――私は君の力を必要としている。私に……ひいては、これからのGS界に力を貸す気はないかね?


 ――はん……


 鼻で笑った。いまさら、自分を必要としてくれる奴が出てくるとは。これはナニカの皮肉だろうか。
 思わず笑いがこみ上げてくる。ここでのたれ死ぬよりも、他人に力を貸して死ぬほうがまた気持ちいいのかもしれない。


 ――クク……いいぜ……かしてやってもよ……くっくっく……


 しばらく肩を震わせて、立ち上がる。そして、人差し指と親指で円を作った。


 ――……で、御代はいくらもらえるんだ?


 ――――――――――――――――――――


 Soul on Fire!!
 後編


 ――――――――――――――――――――


「オオオオオオオオッ――――ラァァァァァアアアアアアアアアアアアッッ!!」

 戦線に雪之丞が参加してから、形成は一気に傾いた――とはさすがにならない。やはり雪之丞でもこの戦力差はきついらしい。まして、相手は自分ほどではないにせよ、勘九郎なみの実力者だ。コスモプロセッサで復活したときは復活したてで本調子でなかったから勝てたのであって、今あの勘九郎と闘りあえばそれはそれは楽しいことになっただろう、とよく妄想したもので、今回のような状況はまさにその妄想に近いではないか。これはこれで燃えるというか燃えなきゃ漢じゃねぇぜ、とますます猛る雪之丞だった。
 そのせいだろうか。雪之丞が登場してから十数分。彼が倒した魔機装術者は十人を越えていた。

「……アレはまるで暴風ね」

 半ば呆れながら、美智恵はつぶやいた。あれほどてこずった魔機装術者をちぎっては投げちぎっては投げしている様を見ると、雪之丞をこちらがわに引き込んでよかったと心底思える。もしアレが敵に回っていたらと思うと、ぞっと背筋が冷える想いだ。
 とりあえず、横島君GJとエールを送ってみる。横島の霊力がちょっとだけ上がった。


「やぁれやれ、でったらめだぜ……よく勝てたなぁ、俺」

 四方を囲む壁の上で、その光景を見つめる影があった。陰念である。実は雪之丞とほぼ同時にここにつき、そのまま飛び込もうとしたのだが、一瞬早く飛び込んだ雪之丞のおかげで登場する機会を失ってしまっていたのだ。相変わらず影の薄い奴だ。

「ま、俺としちゃあこの状況のほうがありがてぇか。俺一人で全部、っつーのは最初ッから無理があったからな。さーてーと、俺はしばらく温存させてもらうか。がんばってくれよ、雪之丞。俺のためにな」

 視線を厳しくして演習場をにらむ陰念。その視線の先には、形勢が変りだしたことで顔の色を変えだした北都正之助の姿があった。


 雪之丞が登場してから二十分ほどが経過した。
 あれから雪之丞は一向に疲れの限界を見せずに魔機装術者を倒し続けた。不思議なものでこういうのが一人でも戦場にいると士気も結構上がるものだ。そのおかげで、ちょっともうだめかも、なんて思っていたGSも息を吹き返し、どんどん魔機装術者を倒していった。
 そうなれば黙っていないのが我らが美神だ。フォローをそこらへんにあった食物を詰め込んで復活した唐巣と美智恵に任せて大活躍をみせ、同様にフォローから解き放たれた横島も持ち前の姑息な手やあれやこれやを使って魔機装術者を次々と倒していっていた。
 結果。
 魔機装術者はその数を格段に減らし、今は五十いるかいないか、といったザマである。この分では、あと十数分もしないうちに壊滅するだろうことは見て取れた。

「ば、馬鹿な……どうして……!」

 その光景を、呆然と北都正之助が見つめていた。信じられない。自分は究極の兵器を開発したはずだ。それが、何故こんなことに――!

「……わからねぇかい?」

「――ッ!!」

 小台の下から響いてきた声に、北都正之助はすさまじい形相でその男をにらみつけた。
 馬鹿な。いるはずがない。ここに、この男がいるはずがない。

「……貴様……廃棄したと思っていたのだがな。生きていたのか」

「あいにくとな。まだ、生き恥を晒しているぜ」

 憤怒の表情の北都正之助とは対照的に、白龍寺の胴着を着た男――陰念はにやりと笑った。

「陰念!?」

 こちらに気付いた雪之丞が、驚きの声を上げる。同時に、何人かのGSがこちらに顔を向けるが、陰念を知っているはずの美神や横島などは首を傾げていたりする。

「……ま、慣れてるからいいけどさぁ」

 滂沱の涙を流しつつ、がっくりと肩を落とす。もう雷に打たれたくないので、失言はしない。

「ったくあの万年B級漫画家め……俺をもっと出していりゃこんなことにもならなかっただろうによぴぎゃっ!!??」

 瞬間。陰念の頭上から何処からともなく雷が降り注いだ。前言撤回。懲りていなかったようだ。

「く……くそ、名前出してねぇじゃねぇか」

 何とか復活した陰念。その表情はちょっと悔しそうだ。何気に確信犯だったらしい。

「……相変わらず馬鹿だなぁ、お前。二度ネタどころか三回も引っ張るなよ」

「うるへー」

 いつのまにか魔機装術者を倒しながら近付いてきた雪之丞にとりあえず反論し、陰念は改めて北都正之助に視線を移した。

「ま、とにかくよ、北都さん、アンタ大事なもん忘れてんだ!」

「何!?」

「それは――」

「アンタは大事なものを忘れていたのよ!!」

「……またかよぅ」

 不敵な笑みを浮かべて解説しようとした陰念に割り込む声があった。我らが美神である。
 思わずがっくりとうなだれる陰念。さすがにこれはないだろうとマジ泣きだ。漢泣きだ。

「俺……この話じゃ一応主人公のはずなんだけどなぁ……なんかすっげぇ影背負ったり、準レギュラーメンバー倒したりして滅茶苦茶いい感じだったじゃねぇか……。えぐえぐ」

 何かもううずくまって地面にのの字を書き始めた陰念の背中を雪之丞は叩いてやった。友情が復活した瞬間だった。
 そしてそんなことを華麗に無視して、お話はどんどん進行していく。動いている魔機装術者はもう二十体を下回っており、その動きもどんどん鈍ってきている。趨勢は既に決定していた。
 それを背に受け、美神はびしっと北都正之助を指差す。

「勝負ありよ、北都正之助!」

「何故だ……私が一体何を間違っていたというのだ!? 私は作り上げたのだ、究極のヒトを! 魔族にも、悪魔にも、悪霊にも負けない最強のヒトを、この手で! なのに、どうして貴様らのようなGSに敗れる!?」

「言ったでしょ? アンタは大事なものを忘れているの。霊力は魂の力。そして、魂は自由な心があってこそその力を発揮するの。科学で縛りつけた心なんかに、魂が火をつけるわけないじゃない」

「ぐっ……! し、しかし、彼らは最強だったはずだ! たとえ霊力がなくとも、そのパワー……その耐久力が補ってあまるほど!」

「まだわからないの?」

 見苦しく顔をゆがめて叫ぶ北都正之助に、美神はやれやれと首を振った。そして、戦場を指差す。

「よく見なさい。これが人間の力よ。脆弱だから。儚いから。だからこそ、一瞬一瞬に命をかけて、魂に火をつけて、心から生きようとする人間の力。そんな人間だから、古来から悪魔も魔族も負けてきたの。アンタは知っているはずよ? ほんの数ヶ月前に、その典型的な例があったじゃない」

「……ッ!!」

 そういわれて、北都正之助は愕然とした。そう、あのアシュタロス事件のことだ。あれは様々な人間の力がかかわっていたにせよ、最後はその一瞬一瞬を大事に生きようとする魔族の少女と、その少女と共に生きようと、さらに儚い魂に火をつけた青年の執念で決着が付いたようなものだったのだ。自分たちの数十倍、数千倍、数万倍もあるようなとんでもない相手に、勝利した。その内容は極秘扱いになってはいたが、北部グループ代表の北都正之助はその全貌を知っている。

「クク……」

 そうして、北都正之助は喉を震わせた。自分は間違っていたのか。
 しかし――

「北部グループ代表取締役社長、北都正之助」

 最後に、美智恵が一歩進み出た。そうだろう。この中で、美智恵が唯一その権利を持っているのだ。

「貴方を、オカルト規正法の第三条、魔装術に関する項と、第五条、一般人に対するオカルトを行使しての危害未遂で逮捕します。貴方には、黙秘、ならびに弁護士を選ぶ権利は認められておりますが、それは刑事罰のみになります。以後、身柄はオカルトGメンが預かり――」

「――間違っていない」

「……ッ!」

 それは、地獄から響いてくるかのような声だった。

「――私はッ――間違ってッ――いないィッ――」

 間違ってはいけない。間違っていてはいけないのだ。
 あの人のために。S級の依頼だというだけで十数億円も吹っかけ、金がないとわかると霊障で苦しむあの人を見捨てていったあのクソどもに復讐するために!
 苦しんで、苦しんで、お金を求めて駆けずり回って、やっと最初に提示された額を工面しても依頼を受けようとしなかったあのクソどもに目にものを見せてやるために!

 ――もう、自分たちのような人間を増やさないために!!


 ――なら、そのために!!


「私はっ――間違っていてはっ――いけないんだあああああああああああっっっ!!!!」


 ――私は人の身すら捨ててやる!!


 ずぷ。
 そんな生々しい音が響いた。北都正之助が懐から取り出した楕円形の機械を、自らの丹田に押し込んだのだ。それは、自ら意思を持つかのように北都正之助の体を波打たせ、そして、同化。ベルトのようなものを形成した。
 一体何がおこったのか。それを理解できたのは、その場でただ一人。

「――ッ、止めろッ、北都さん!!」

 陰念の声が響いた。しかし、それはむなしく北都正之助の耳朶を打つだけに終わった。
 北都正之助はしばし瞑目した後、両腕をクロスさせてそれをベルトの前まで下げる。

「魔機――装着」

 静かに。
 北都正之助はつぶやいた。
 どくん。どくん。
 北都正之助の体が波打つと共に、男の足元から魔力が立ち上る。それは、ゆっくりと北都正之助の体に纏わり、ある形を形成した。

「こいつは……」

 あの時と同じだ。雪之丞は呆然とその光景を見、そして横で苦渋にその表情を染める陰念に視線を移す。あの時、あの場所でこいつがやったのと同じ光景が、今目の前で展開されていた。

「陰念……あれは……」

「……」

 陰念は答えない。ただ、泣きそうな表情で変体を終えた北都正之助を見つめるだけだ。
 いや、そこにいたのは既に北都正之助ではなかった。小太りだった体は極限まで引き絞られ、その体躯には金色の鎧が形成されている。一際目を引くのは、両肩と胸部に形成された顎のようなパーツだ。まるで息遣いでもするかのように、そこから魔力の残滓を吐き出している。そして最後に、憤怒の表情を描いていた顔には、鬼のような能面が装着されていた。

『Complete』

「魔機……装術……」

 誰かがポツリとつぶやいた。
 先程まで相手をしていたそれと、それほどまでにそれは酷似していたのだ。
 しかし、今までのそれと違うことは、それから発せられるまるで上級魔族を相手にしているかのような威圧感が教えていた。

「は……まさに魔機人ってとこかしら?」

 人と、機械と、魔が融合したその姿。美神の言葉は意外と的を射ていたのかもしれない。
 それは緊張を紛らわせるものであることは、美神の首筋に流れる汗が示している。
 しかし、アレだけのパワー。いくら魔装術の機械制御とはいえ、人が耐えられる限界を超えている。あれでは、既に人の心など失っているだろう。まったく、厄介以外の何者でもないでもない、美神は大きく舌を打った。
 と、その眉根が寄せられた。人影が、美神の前に立ったのだ。

「……あんた?」

 人影は陰念だった。陰念は美神を一瞥し、懐からあるものを取り出す。

「アンタにゃ色々言いたい事はあるがね……まあ、後だ」

「……私に通帳と印鑑を渡してどうするつもり?」

 陰念が取り出し、美神に渡したもの。それは通帳と印鑑だった。それは、陰念の人生の代価だ。まさに死ぬ思いで得た、陰念が受けた苦しみそのものなのだ。

「……まだ五千万は入っているはずだ。それで、アンタに依頼を頼みたい」

「あいつを倒せってこと?」

 美神が魔機人に視線を送る。魔機人は何をするまでもなくその場でたたずんでいた。まるで、何かを待つかのように。
 それを少しだけ眺め、陰念は首を振った。

「違う。俺が頼みたいのは、俺の邪魔をするなってことだ。あいつに――北都さんに手を出そうとする奴を止めて欲しい。北都さんは、俺が倒すから」

 それはまさに懇願だった。まるで泣いている子供のような表情をする陰念に、美神は小さくため息を一つ。そして、その手に渡された通帳と印鑑を押し付ける。
 それを半ば予測していたかのように受け取り、陰念は苦笑いを浮かべた。

「……受けて、くれねぇのか」

「違うわよ。美神除霊事務所は後払いが基本なの。だから、依頼を果たしてからこれは受け取るわ」

「……」

 その言葉に、陰念は目を丸くする。
 そして、数瞬。くしゃり、と顔をゆがめて、にやりと不敵な――まるでGS試験のときのような笑みを浮かべる。

「ああ、わかった。後で絶対に渡すからよ」

 そう言って、陰念は背を向けた。思わず駆け寄ろうとする雪之丞を美神が止める。

「美神の旦那!」

「やめなさい、雪之丞。アンタならわかるでしょ? これは、絶対に邪魔できない戦いだってことぐらい」

「……」

 美神の言葉に、雪之丞は悔しげに唇をかみ締める。強すぎたのだろう、口の中に血の味が広がった。
 それを横目で眺め、美神はくすりと笑うと、高笑いを始めた。

「ま、あんたたちが動かなかったら私は楽して五千万だもの。だから動いちゃ駄目よ?」

 雪之丞はがっくりと肩を落とした。


 最後の一回。
 思っていたよりも、思うことは少なかった。未練があるとするなら、ゆっくりあの戦闘馬鹿と話をしてみたかった、といったところか。
 ――ああ、あと彼女も欲しいかった。あの戦闘馬鹿ですら彼女ができたのだ。自分にも出来るかもしれないじゃないか。
 そんなことを考えながら、陰念は右腕を天に、左腕を地に向けた。そしてそれを体中央に向かって円を描くように動かし、顔の前でクロスさせる。

「――魔機――装着――!!」

 ごう。
 陰念の足元から、霊力が立ち上る。北都正之助のそれが魔力を借りての擬似的な変化だとするならば、陰念のそれは己が霊力での、“本当”の変化。全ての魔機装術のプロトタイプ。陰念は、まさにそれであった。
 最初、魔機装術を制御するそれは二つ作られた。一つは霊力を、一つは魔力を糧にして術者を変化させるものだ。だが、その二つ共に重大な欠陥があった。それは、魔力と霊力、相反する力のぶつかり合いによって生じる制御できないほどの力が装者の理性を食い散らかし、力を失うまで暴れまわってしまうのだ。
 そして、魔機装術第一被験者であった陰念は、それを身をもって、何度も体験している。当然体は耐え切れなくなり、陰念は破棄された。その結果、魔機装術は魔力を使って擬似的な魔装術を展開するというものに落ち着いた。
 しかし陰念は生きていた。自分ですら死んだと思っていた状況で、陰念は生きていたのだ。
 なんという執念か。陰念は初めて神に感謝した。そして陰念は本当に偶然から知ることになる。北都正之助が思い描く、その恐るべき計画を。
 陰念自身、世界を救うなどというあほらしい正義感を持ちあわしているわけではない。だが、自分が協力して生まれた新しい力が、そんなくだらないことに使われることに我慢が出来なかった。
 しかし、陰念自身にもはや力はなかった。体はボロボロ、埋め込まれた魔機装術制御機構は不完全。当然魔装術なんかも使えない。
 ――ならば、完全なものにすればいい。
 そう考えた陰念は、被験者生活で得た金のほぼ半分で、世界最高のオカルト技術を持っている老人の協力を得ることに成功した。しかし、この体に埋め込まれた力は完全なものにはなりはしなかった。世界最高の錬金術師の手を持っても、だ。
 結果、得た力は回数制限付きの不完全な力。しかし、それでも良かったのだ。
 ただ、止めたいと思った。我慢ならなかった。
 だから、陰念は理性を失いはしない。
 陰念の魂は、敵を違いはしない。


『――Complete!』


 ――その魂には、既に炎が燃え盛っているのだから!!


「……よう……待たせたな」

「……」

 陰念が纏った鎧は、かつての師の色――紫色の鎧である。右腕からは刃状の突起が突き出し、その付け根にまるでリボルバーのようなものが付いている。魔機人が鬼の能面に対し、陰念のそれはまさしく鬼そのものだ。鋭い眼光、両目に走る縦の傷跡、そして、額中央から飛び出す三十センチほどの長い一本角。
 最後の魔機装着。陰念は大きく息をつき、自分と魔機人の間にあった透明の壁を破壊して台上に上った。

「俺も最後、アンタも終わりだ。俺が付き合ってやる。始めようぜ。終わり同士の――始まりだ!!」

 陰念が吼えると同時に、紫の鬼から刃のように研ぎ澄まされた霊波砲が幾筋も発射された。それは小台を斬り刻ながら突き進み――

 ばくん、と。

 両肩の顎に喰われた。

「ちっ、そういう機能付きか!」

 これでは霊波砲は効かないと判断した陰念は両足に力を篭めて距離をつめる。どちらかといえば自分は格闘戦のほうが得意なのだ。

「ハッ、オラオラオラオラオラァッ!!」

 魔機装術を纏った今の陰念の拳は鋼をも砕く。当然魔機人のベースとなった北都正之助には格闘の心得などなかったので、その点で言えば白龍寺門下生であった陰念のほうが有利であった。
 しかし、その拳のラッシュにすら、魔機人は微動だにしない。陰念、舌打ちを一つ。魔機人のあごを蹴り上げ、体を浮かしたところで至近距離からの頭突きをくらわせる。

「伊達や酔狂でッ、こんな頭をしてるワケじゃねェンだよッ!!」

 鋭利な一本角は、魔機人の腹部に突き刺さった。がふ、と息をはく魔機人。しかし、次の瞬間には陰念の顔面に魔機人の膝が入っていた。たまらず、後ろに下がる。

「チィッ、さすがにいきなり頭突きは逸りすぎたかよ!?」

 しかし、下がるだけでは終わらない。再度体中から霊波砲刃バージョンを発射。先程のように肩の口に喰われるだろうが、けん制にはなる。
 しかし、次の瞬間、陰念の予想外のことが起こった。

「なぁっ!?」

 何と両肩の顎が陰念の放った霊波砲を喰らうと同時に伸び、こちらに向かってきたのだ。 
 とっさのことで反応できなかった陰念は、二つの牙に晒された。一つはわき腹、一つは右肩を喰い千切り、陰念、もんどりうって倒れる。

「ぐぅっ!」

 数瞬後襲ってくる痛みを気合で抑え、喰われた箇所を鎧で覆う。

(くそっ……霊力ごと魔装を喰いやがった……防御不能技かよっ……!?)

 ごろごろと床を転がり、襲ってくる顎をよける。まだ霊力に余裕はあるが、だからといって喰らってしまえばそれだけ霊力が削り取られるのだ。くらうわけにはいかない。

「舐めるなァァ――――ッッ!!」

 襲い来る顎を、立ち上がり様に角と右腕にあの爺が新しくつけたという刃で切り払う。何に使うものかも聞く前に飛び出してきたため、どうやって使うのかもわからないなまくら刃ではあったが、少しは役に立ってくれたようだ。

(チィッ、あの痴呆爺、つけるんなら一体何つけたかぐらい先に言っとけ!)

 結構無理なことを内心毒づきながら、再度襲ってきた顎に右腕でなぎ払う。
 その、瞬間だった。
 リボルバーのようなものが回転し、まるで拳銃のような轟音が鳴り響く。そして、想定以上の効果を出したその原因に、陰念はにやりと顔を歪ませた。

(なるほど、こういう武器か! あの爺、やってくれる!)

 よくもまあここまで自分の体をいじくってくれたものだ、と心の中で賞賛を送り、そして右腕を後ろにして半身に構える。その眼前には、金色の顎がすぐそこまで迫っていた。

「いくぜぇっ、オラァッ!!」

 しかし陰念はここから驚くべき行動に出た。大きく口をあけた顎に自らの右腕を突っ込んだのだ。

「ハッ、喰らいやがれッ!! ブレイドォッ――バンッカァァッーーー!!」

 瞬間、轟音。
 リボルバーが二回回転し、そこに篭められた霊力により増幅された刃状の霊波砲が右腕に設置された刃を発射する。それはあたかも弾丸のように。いかに霊的なものを喰らう顎とはいえ、これはたまらなかった。たとえるなら、串が喉に突き刺さったようなものだ。
 ――ドクターカオス謹製、ブレイドバンカー。それは、弾丸の中に篭められた霊力を用い、右腕に設置された刃を、音速を超える速度で発射することによって極限まで貫通力を高めた対魔族・魔機装術専用の武器である。弾丸装填数は六発と少ないが、それを補って余りあるほどの威力を秘めていた。

「どうだよ、刃の弾丸の味はァッ!?」

 ここにきてはじめて、魔機人がたじろいだ。左肩のパーツが破裂し、たたらを踏む。

「ハッ、まだまだいくぜぇっ!」

 動きの止まったもう一つの顎の喉元にアッパー気味に刃を突き刺す。直後、轟音。同様に二発発射されたブレイドバンカーは金色の顎を撃ち千切り、爆発させた。
 にやり、と笑い陰念は魔機人に右腕の刃を向け、そして、

「これでテメェの攻撃手段は無くな――ッ!?」

 その体が硬直した。
 何せ、魔機人の胸部についている顎が上下に開き、そこから砲身が突き出されて今にもそこからとんでもない威力の魔力の塊が発射されそうなのだから。

「――マジかよ!?」

 慌てて横っ飛びに射線上から退避する。

 ――ガォォォォォォオオオオンッッッ!!

 その後ろを、咆哮を伴った魔力の塊が通り抜けていく。何とか受身を取り、後ろを振り返ればそこには信じられない光景が広がっていた。
 設置された小台は、近頃発見された霊的なモノを通さないという特殊鋼で作られていた。当然陰念はそのことを知るはずもないが、自分の足元だ。その鉱物が霊力や魔力を通さないということぐらいは見抜いている。
 その小台を、先程の砲撃は文字通り喰い千切り、その後ろに広がっていた森林までも数十メートルにわたって喰い散らかしていた。アレをまともに喰らっていれば、どうなったか。陰念はぞっとすると同時に、今の自分がいる場所に気付いた。

(――ッ、まず――!)

 一瞬の判断の遅れ。それは、魔機人にチャージ時間を与えていた。上下に開き、砲身を突き出した顎は既にその照準をこちらに向けている。チャージも殆ど終わっている状態だった。

(避けるわけにはいかねェか――!)

 覚悟を決める。泣いても笑っても、これが最後だ。立ち上がり、腰を落とす。

「……射線に入っているのに、何でよけないの!?」

 そのまったく避けようともしない様子に、美神は声を上げた。あの威力だ。いくら同じ魔機人といっても耐え切れるものではない。

「避けられないのよ」

「……ママ? ――ッ!」

 背後からの声に、はっと美神は振り返った。そして、もう一度陰念を見る。陰念を挟んで、魔機人は一直線で――

「我々をかばうつもりか」

 唐巣が祈るようにつぶやいた。結界は人を超えた力の激突の余波でも崩れないほど補強してあるし、横島の文珠でもダメ押しの強化を施してある。三文字制御に挑戦させているところで、どうやら土壇場で成功しているらしい。何かさっきから突き刺さる視線に悪寒を感じるが。もちろん来賓の方々にはばっちり見られているので、口止めやらなんやらのために飛んでいく金を思うと少しだけ頭痛を感じる美神だった。
 とはいえ、この結界であれば、たとえ中級神魔が集団で押し寄せても何とか防ぎきれるだろう。まあそれだけの結界ゆえに制御は難しく、横島の様子を見る限りもって後数分といったところだ。
 しかし、さっきのアレだけは別だ。アレは、そこにあるものを喰いながら突き進むもの。まさにガード不能の必殺技である。

「……あの構えは……」

 そんな中、雪之丞は陰念がとった構えに眉根を寄せていた。
 あの構えは、あの構えだけは忘れはしない。昨夜、自分を倒してのけたあの技の構えなのだから――

「コード――『SoF』」

 がしょん、と気化した霊力が吐き出される。それと同時に、両胸のパーツが左右に開き、そこから霊力を極限まで収束させた霊球がはじき出された。ほんの直径三センチほどの小さな球。それが、今陰念に残された全ての霊力である。その技は、陰念の有する霊力全てを使い発動させる、文字通り一発限りの捨て身技――

「フン!」

 それを両手で包み込むようにし、両腕に全霊力を纏わせる。

「ハァァァァァアアアアアアッ!!」

 極限まで霊力を集中しているため、両手の周囲にプラズマが発生する。それも霊力の流出に違いないので、気力で押さえ込む。
 次の瞬間。ぱりん、と硝子が割れるかのような音が響き、両腕のパーツがはじけとんだ。その下から現れたのは、紫色の新しい装甲――防御を捨て、攻撃にのみその力を押し込んだ、もう一つの鎧である。

「喰えるもんなら――」

 狙いは、発射する瞬間である。チャージしている途中は周囲の魔力霊力問わずに集めるため、この霊力まで吸い取られかねないが、発射する直前であればその心配はない。そして、発射されてしまえば自分ごと喰われてジ・エンドである。
 だが、陰念は笑みを描いた。
 死ぬか生きるか、二つに一つ。どの道これが終われば自分も終わりだ。なら、こういうのも悪くはない。
 周囲の雰囲気が、チャージが終わっているということを示している。狙うなら、今。

「――喰って見やがれぇぇぇぇっっっ!!!」

 足音もない。音もない。
 ただ、一瞬の世界。そこに、陰念は足を踏み入れていた。

 ――果たして。
 陰念の拳は、魔機人のエネルギー球をも突き破り、胸部の顎に突き刺さっていた。その瞬間、まるで風船が弾けるかのように収束していたエネルギーは弾けとび、ぼん、と衝撃が魔機人の背中に突き抜ける。
 そして、ゆっくりとその体勢を崩し――倒れ付した。

 ――決着がついた瞬間であった。

「……」

 その光景を、雪之丞は手の中にかいた汗をズボンで拭きながら眺めていた。
 まったくあのやろう、メドーサと一緒に白龍寺にきたくせに、しっかりと白龍寺門弟やってるじゃねえか、とどこかうれしそうな笑みを浮かべる。
 あの技。自分が受けたときは気付かなかったが、あの最後にあいつが放った技は間違いない。間違えるわけがない。白龍寺が誇る霊的格闘術が奥義、『魂爆』である。
 陰念自身気付いているかどうかはわからないが、アレは間違いなく、白龍寺の最高僧がメドーサに向かい、最後にはなった技だった。

(ったく、やってくれるぜあの野郎)

 好戦的な笑みを浮かべる雪之丞。とりあえず、後で一発殴ってやるつもりだった。

「……終わった……」

 知れず、そう口から漏れる。
 しかし、動かない。
 今にも力が抜けそうな膝に鞭をうち、陰念は倒れ付した魔機人の傍らに立ち続けていた。

「……負けたか、私は」

 ぽつり、と、そんな声が響いた。仰向けに倒れている魔機人――否、北都正之助からだった。

「ああ、アンタは負けたよ、北都さん」

「そうか……捨てたものに敗れたか、私は。ふふ……それもまたいい。だがな、陰念君。私はここにいたっても尚、確信している。私は間違ってはいなかったと」

「……ああ。アンタならそういうと思っていた」

「私は間違っていなかった。ただ、私の力が足りなかった、それだけだ」

「……ああ、そうだろうな」

「ああ――だから、だからこそ私は負けるわけにはいかない。わかるね? 陰念君」

「……ああ」

「――なら――死んでくれ、ここで、全員一緒に――」

 がぁんっ!

 轟音が響く。ブレイドバンカーの切っ先が、北都正之助の丹田に――魔機装術制御の要であるベルトにめり込んでいた。

「ぐっ……」

「ブレイドバンカー、最後の一発だ。自爆装置は破壊させてもらったよ、北都さん。魔力発生装置も、制御装置も一緒だ。これでもこの体になってから長いんだ。何処を破壊すれば一番効率がいいかぐらい、俺が一番よく知っているさ。まあ、人間に戻れるかは賭けだがな」

「なっ――!?」

 北都正之助は驚愕の声を上げた。鬼の能面の上からでもわかるほど、怒気を発する。

「私に生き恥を晒せというのか!?」

「ああ。生きてくれよ、北都さん。俺の変わりに。生きて、罪を償ってくれ」

「貴様――!!」

 それだけ言って、北都正之助の怒声をBGMに陰念は倒れた。ちょっとどころか、完全に限界だった。

「ちっ……終わりかよ」

 ざわざわと体が波打つのがわかる。魔機人形態から人間の状態に戻っているのだ。これが終わると同時に、制御化を離れた魔力が暴れ狂い、自分の体を破壊しつくす。無理を押してきた代償だった。

「……念……!! ……陰……!!」

「横……! ……珠……く……!」

 狭くなっていく視界の中で、バトルジャンキーやら師匠の仇やらが叫んでいる。何とか動く腕で、預かっていた通帳と印鑑を押し付けた。これで、約束も終了だ。
 感覚的に、完全に人間の状態に戻ったように感じだ。さあ、ここからだ。出来れば余り苦しまずに逝きてぇなぁ、なんて苦笑いを浮かべつつ、そのときを待つ。
 そして、魔力が暴走を始め――


「……ふむ」

 暗闇の部屋の中、ドクターカオスは使った器具の整頓をしていた。ここ数日慌しかったため、まさにその部屋は主の名の通りカオスってる。
 ちなみに、最終整備のときに付けてくれと懇願された例のシステム――自爆システムはカオスの手の中である。自爆は確かに発明者としてのロマンではあるが、あんなもの人間の中に埋め込むような非人道的な性格はしていない。

「……まあ、今回の魔機装着でヤツの体は限界を迎えるがの」

 運がよければまだ生き残れる可能性はあるにはあるのだ。魔機装着は魔装術をベースとしているため、魔装術を展開できなければ意味がない。そのため、GS試験の後遺症で魔装術を展開できなくなっていた陰念は、魔機装着システムのほかに魔装術展開に必要な分の魔力を強制的に作り出す魔力発生装置により、魔装術展開に必要な魔力を代用していた。
 だからこそ、陰念の魔機装術は暴走していたのだ。人工的に作り出された魔力と陰念自身が作り出した霊力の相性が、極端に悪かったが故に。
 と、なればだ。その原因となるもの――魔力発生装置を取り除いてやれば、暴走の危険性はなかった。しかし、それは陰念自身が許しはしなかった。魔機装術は、彼に残された最後の牙だったからだ。
 ならば、陰念が生き残るには最後の可能性しかない。ほんの数%しかないような分の悪い賭けだが、カオスはその賭けに成功するように出来る限りの調整をしたつもりだ。後はあやつの運しだい、と老人は小さく笑った。

「やれやれ。マリアが充電中なのは痛いわい」

 助手のマリアはここ数日の無理がたたって完全にガス欠に陥っていた。そのため、今は昨日からカオス謹製発電機で充電中だ。おかげで最終整備もカオス一人でこなさねばらならず、とてもとっても大変だった。それはもう、本当に。

「うーむ、それにしてももう少し時間があればのう」

 何かすっごく惜しそうに眺めるその視線の先には、何か円形のようなミサイルポッドがあったり、マシンガンが置いてあったり、弾装がいくつか転がっていたりする。あと一日あれば、完全な某古鉄に仕立て上げられたのにのう、とカオスは少しだけ残念だった。どうせならとことんこった武装にしてやろう、というコンセプトの元考えあげたその究極系が、たまたまつい先日クリアしたロボゲームの主人公機と酷似していただけだ。

「まあ、あの武装だけでも十分に使えとるはずじゃろ」

 どこかさびしげな笑みを浮かべ、カオスはブレイドバンカーでばったばったと敵をなぎ倒す陰念の姿を垣間見た。ちなみに、使い方を説明していなかったりとか、代えの弾装を一つもつけていなかったりとかするのだが、そんなものこのボケ老人は当然気付いていない。
 まあ、十分すぎるほど役になっていたので結果オーライというヤツだろう。

「……む?」

 自分の渾身の発明品が活躍する様を想像し、うっふうっふとちょっとだけご機嫌なカオスは、妙なものを見つけてその表情を怪訝にゆがめる。どうもそれは、とても大切なもののように見えた。

「……むぅ?」

 かつてはヨーロッパの魔王とも呼ばれ、世界最高の錬金術師と呼び名の高いドクターカオス。
 その実態は、完全なボケ老人である。天才ではあるが、いや、天才であるが故にどこか抜けているのだ。

「……むぅぅ……!」

 ふと、カオスの脳裏にひらめくものがあった。

「そうじゃ、こいつは確か……坊主の制御機構の中に入っておった――魔力発生装置とか言う」

 ……。
 さあっ、とカオスから血の気が引いた。

「――あ」


 ――ない。

「……?」

 いつまでたっても暴走を始めない体に、陰念は眉根を寄せる。それどころか、どんどん感覚はクリアになり、普段の感覚に戻りつつあった。
 何のことはない。ただの霊力が切れていたが故に、息切れ状態――いわば、酸素不足の状態になっていただけだ。それを横島が発動した《霊》《力》の文珠で回復したもんだから、状態が回復していくのは当然だった。

「……なんで?」

 むっくりと起き上がり、自分の体を見る。何処も崩れていないし、魔機装着システムもなんの異常はない。むしろ好調すぎるぐらいだ。

「……まさか……」

 不意に嫌な予感がよぎる。魔機装着システムに意識を通わせ、目的のものを探した。

「あ……あの爺ぃ〜〜〜……」

 ――ない。ものの見事に、魔装術を発動させるためのブーストになるはずの魔力発生装置が、何処にも見当たらなかった。
 かつてのGS試験から長い時間が過ぎたが、その後遺症のおかげで陰念は自分の力で魔装術を発動することが出来なくなっていたのだ。それを補うために陰念に埋め込まれたのが、魔力発生装置であり、その余計なもののおかげで陰念の暴走につながっていたのである。
 つまり、それがないという状況下で、魔機装着できたということは、自分の力で魔装術の展開が出来るようになっていた、ということだ。
 ――何と言う皮肉だろうか。ここに来て、完成していたのだ。北都正之助が夢見た、魔機装術は完璧に、殆ど理想どおりに陰念が完成させていたのだ。

「は……ははは……っはははははははははははははっ!」

 もう陰念、笑うしかない。もう死ぬと思って、無理矢理自分を納得させていたのに、なんだこれは。つーかボケにも程があるぞあの爺。陰念、大爆笑だ。

「こンの馬鹿陰念!」

「ぶっ!?」

 突然笑い出した陰念を狂ったのかと遠巻きに見ていたが、どうやらそうじゃないらしいと確信した雪之丞は思いっきり馬鹿を殴りつける。もんどりうって吹き飛ばされる陰念。何かとどめさされたっぽい。

 だくだくと血を流す、何の因果か本来は横島のいる位置にいる陰念。

 肩で息をする雪之丞。

 ご褒美と上司の豊満な胸に顔をうずめ、オシオキで生死の境をでも幸せそうにさまよう横島と、ぐりぐりと追い討ちをかける美神。

 人間形態に戻った北都正之助を正式に逮捕する美智恵。

 急激に栄養を取ってしまったため、体調を崩して幸せなぶっ倒れを体験している唐巣。

 ――まあ、何と言うか。
 ――とりあえず、これにて事件は終幕と相成ったわけだった。


 ――それからのことについて、少しだけ話しておこう。


 唐巣はいつもどおり、人助けにまい進している。とりあえず、目指すは今日の食費だ。


 冥子は件の事件で、どうやら何か自信を掴んだらしい。微妙に、本当に微っ妙に暴走率が減っているようで、六道女史は大喜びの様子だ。
 そして、今回の事件で中部財閥はその評価を大きく落とし、その隙を狙った六道財閥の傘下に組み込まれた。これで名実共に六道財閥は日本最大財閥となり、その意味でも六道女史の収穫は大きく、彼女は今も笑顔を絶やさない。


 エミも普段と余り変わりない。今日も今日とて、日本が誇る黒魔術第一人者としてその能力を発揮している。たまにやってくる警察からの依頼を受けて、ヤクザを懲らしめているのも、いつもどおりだ。


 美智恵は件の事件の後始末に奔走している。いつもより激しく西条をこき使っているらしく、西条はちょっと涙眼だ。がんばれ西条。八つ当たりもいつかは終わる。


 美神除霊事務所の面々も殆ど変わりない。いつものように横島がセクハラを仕掛け、収入より支出のほうが上回ってしまったことに大変不機嫌な美神がいつもより激しいオシオキを加える。それを慌てて止めるおキヌに、ヒーリングをしようにも何処からすればいいのかわからなくて困るシロ。そして、それを面白げもなく見つめ、しかしそこから離れようとしないタマモ。今日も今日とて平和である。


 北都正之助はオカルト系の取調べは終わり、現在は裁判を待つのみである。彼は取調べで、魔装術は自分だけでたどり着いたと主張し、魔族とのつながりを否定。陰念については、無理矢理拉致し、勝手に調べ、勝手に改造したのだと主張した。各方面からの圧力の結果、その主張は受け入れられた。


 ――そして、オカルトGメンの装備に魔機装術が試験的に導入された。あの来賓の中にあの性能は捨てがたい、と主張した有力者が多数いたのだ。
 すぐ近くに魔機装術の完成形があったことも幸いした。
 技術顧問にドクターカオスを迎え、魔装術指導に伊達雪之丞が顧問として就任した。そのおかげで意外にも弓家で雪之丞のお株が上がっているらしい。幸せな未来に一歩前進な雪之丞だった。
 ちなみに、北部グループにより改造された魔機装術者たちは、六道財閥の全面支援による治療が続けられている。幸い、というべきか、実験体を含めた三百人弱の魔機装術者たちは脳改造までは施されておらず、強力な催眠によって従わされていただけだったようで、社会復帰には何の問題もないそうだ。ただ、強制的に無茶苦茶な霊的強化を施されていたため、霊能者としての未来は絶望的らしい。現在、美智恵がリハビリ終了後はオカルトGメンの隊員として起用することを検討している。


 結果として、北都氏の悲願は達成されたことになるのだろう。オカルトGメンとの利害の一致ではあるが、それを耳にしたとき北都氏は涙を流したという。


 そして。


『おおおおおおおおおおおおん』

 怨霊のおどろおどろしい声が夜の廃校に響く。その隅で、少女が一人、震えていた。
 クラスの馬鹿連中にはやされ、意地を張り、夜のオバケ学校にもぐりこんだ結果がこれだ。だけど、間違っているとは少女はかけらも思わなかった。自分の思うとおりに行動したのだ。悔いは――あるけど。それに怖いし。

『おおおおおおおおおおおおおおん』

「ひっ……」

 ついにここが見つけられた。床から飛び出してきた怨霊の首に、少女は息をのむ。
 しかし、怨霊が少女に危害を加えることはなかった。その前に、少女は暖かい腕の中にいたからだ。

「……ふぇ?」

「大丈夫か、お嬢ちゃん?」

 そのことにようやく気付き、目を丸くする少女。
 頭上から聞こえる優しい声に、少女は上を――見てしまった。

「うあああああああああああああん!」

 恐怖、決壊。力のあらん限り泣き喚く少女に、男は滂沱の涙を流す。

「いや、あのさー……一応俺助けにきたんだけどなぁ」

 とりあえず支給されたお札で結界を作り、その中に少女を入れる。

「まあ、ここにいろよ。大丈夫だから」

「うえええええええええええええええん!」

 泣きやむ様子のない少女に、男は盛大にため息。結界を操作して、少女がここから出られないように調節する。

「慣れてるからいいけどさー……マジで整形するかなぁ」

 がっくりとうなだれつつも、ぽんぽんと少女の頭をなでてやる。ああ、ホント俺丸くなったなぁ、と心底思った瞬間だった。

「ま、しばらくここにいろや。すぐに終わらせるからよ」

 凶面を精一杯笑顔にゆがめ、男は不器用なウインクをしてみせる。何か違うと感じ取ったのか、少女はちょっとだけ泣き止んだが、それでも滅茶苦茶男を怖がっていた。

「やれやれ」

 苦笑いを浮かべ、男は立ち上がった。そして、教室内を飛び回る怨霊を視界に納める。

「んじゃ、さっさと終わらせるかぁッ!」

 ごう、男の足元から霊力が吹き上がる。天と地、両方に突き出された腕は円を描くように体中央に動き、顔の前でクロスされた。

「――魔機――装着――!」

『Complete!』

 オカルトGメン魔機装術試験装備部隊隊長、陰念。
 今日も今日とて、この男は子供に怖がられている。


 後書き
 カッコイイ陰念は好きですかっ!?(何
 ええ、かっこいい陰念が好きですとも、ええ、好きですとも!(二回言った
 というわけでSoul on Fire!!後編をお送りいたします。目指せ王道。よりにもよって最後の最後にネタ技やらを登場させるという自殺行為。正直内心びくびくでございます。少しでも楽しんでいただけたら幸いです。
 とりあえず、これでSoul on Fire!!は終了となります。この後陰念君はラストで助けた女の子が実は妖怪だったり、実は関東一帯の妖怪を締める大親分の娘だったりといろんなゴタゴタに巻き込まれますが、まったく別の話です。
 今日もきっとどこかで怖がられたり存在を忘れ去られている陰念君と全ての陰念ファンに幸あれ(コラ

 レス返しです 感想ありがとうございます
 DOM様>実は雑魚魔機装術者のイメージは昭和ライダーの戦闘員たちです(何 でも言われてみると劇場版555の雑魚ライダーたちが一番あっている罠。しまった、そうならもっと別の書き様もあったのに。
 hazama様>ありがとうございます。とりあえず、こういう終わり方となりました。勢いは……まあ、そのままだと思いますが(苦笑 

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