カーテンの隙間から日の光が差し込んでいる。光によって浮かび上がるのは空気中を舞うホコリとベットの上で寝そべる人物のシルエット。
「う〜ん」
シルエットが寝返りを打つ。しかしまだまだ寝足りないとばかりにまた動かなくなった。
チュンチュンというスズメの鳴き声が聞こえてくる。朝から何が悲しゅうて合唱などをしているのだろうか?
「うう〜ん」
しかしシルエットは声を漏らすだけで動こうとはしなかった。
時間が経つにつれ、一匹また一匹と合唱団『SUZUME』のメンバーは増えていく。チュンチュンチュンチュン…………しかしシルエットが起きる気配はなし。まるで「小鳥程度の合唱では我が睡魔は破れんよ、ハハハハ……」と言っているようである。
合唱団の攻撃をものともせずこのまま昼まで惰眠を貪るかと思われたシルエットは、しかし。
「コケコッコー」
たった一羽の独唱によってたたき起こされるのである。
〜兄妹遊戯〜
第一話『朝の風景in横島家東京支部』
「なぜにニワトリ!」
ガバッと掛け布団をはねのけて起きるシルエット。上半身を起こした状態でキョロキョロと周りを見渡す。部屋の中に先ほどの鳴き声の発生源がいないことを確認するとホッと一息。しかし今ので睡魔は撃退され頭はすっきり爽快。とてもじゃないが二度寝の気分にはなれない。
しょうがないとばかりにベットを下り窓際へ。カーテンを開けると朝日が部屋を一気に明るくし、中の様子が分かるようになった。広さは7畳くらいか。壁の一面はクローゼットになっており収納力がかなりあることがわかる。もう一面の壁際には先ほどまで寝ていたシングルのベットが鎮座しており、その反対側の壁際には本棚と机が置いてある。本棚にはカモフラージュしてあるが男のロマンが大量に保管されている。あるとき帰ってきたら隠してあった男のロマンが全てジャンル分けされ机の上に並べて置かれていたことがあるが、それは一種のトラウマとなって少年の心に残っている。ちなみに今現在に至るまで桃はまったくそのことに触れていない。
外にあるバルコニーには先ほどまでうるさく鳴いていたスズメは一匹もいない。どうやら合唱団『SUZUME』は先ほどの独唱によって解散の憂き目にあったようである。
「このマンション、ペットOKだったっけ?」
そもそもいくらペットOKでも普通は近所迷惑を考えてニワトリは買わない。ニワトリを飼っていいのは田舎の一軒家だけです。だから縁日とかで安易に子供にひよこを買ってあげちゃダメだよ、世の中のお父さんお母さん。
疑問に思いつつ壁に掛けてある時計を見る。
「げ、まだ6時半かよ……」
時計が示している時間は普段起こされるより一時間も早い。あと一時間寝れたのに、という思いは人を理不尽なほど不機嫌にする。さりとて怒りのぶつけどころはご近所様のペット様(おそらく)。これから先のご近所づきあいを考えるとここは我慢するのが大人の判断というものだ。
(昨日まではなにも聞こえなかったし……きっと誰かからしばらく預かってるだけだよな、うん。2〜3日もすれば平穏な朝が戻るさ)
部屋にいても仕方がないので廊下に出て洗面所へ行く。リビングからテレビの音が聞こえる。どうやら桃はすでに起きているようだ。顔を洗ってさっぱりしたところでリビングへと歩く。廊下を歩きつつあることを思い出す。
(うちのマンションって防音だったはずだよな〜。看板に偽りあり?)
どうやら防音機能付きのくせに近所のペットの鳴き声が聞こえたことに疑問を感じているようだ。リビングに着くとやはりテレビが付いている。桃の姿は見えない。朝から聞くには大音量なテレビを静かにさせるためリモコンに手を伸ばす。そこでようやく35インチのテレビから流れる朝の番組に意識を向けた。
『いや〜餌にまでこだわってるんですねぇ』
『ええ、この餌にたどり着くまでに5年はかかりましたよ』
『5年もですか!なるほど〜おいしい卵の裏には山田さんの隠された努力があったわけですね』
『ええ。ですが努力の甲斐あってこいつらはおいしい卵を産んでくれますよ』
『そうですか〜。ありがとうございました。○×県○△村より中継でお伝えしました』
……………………怒りのぶつけどころ発見?
横島桃が台所から出てきて最初に見たのはリビングのソファーを持ち上げてテレビに向かってドメスティック・バイオレンス間近の兄の姿だった。
「ちょ、ちょっとストーップ!! なんだか知らないけど家庭内暴力はいけませーん!!」
忠夫を後ろから羽交締めにする。羽交締めにされた忠夫はそれを振りほどこうとソファーを持ったまま暴れる。
「放せ桃! 睡魔の仇を取るんやー!!」
「なに変なこと言ってんの。ほらソファー置いて、危ないから」
「ワイの、ワイの睡眠時間―!」
「ああもう、めんどくさい…………えいっ」
「かふっ」
このままではらちが明かないと思ったのか、桃は羽交締めの状態から忠夫の首を締めにかかり一秒とかからずに落とす。リビングの床にくず折れる忠夫の体。
さて、この世には万有引力の法則というものがある。質量を持つ物質・エネルギーは何物もこの法則から逃れられない。そしてそれは忠夫が持ち上げていたソファーも例外ではない。
プチッ
「あ…………やべっ」
何かが潰れた効果音を出してソファーは床に落下した。それを冷や汗をかきつつ見る桃。ちなみに忠夫の姿はなぜか見えなくなっている。
「う〜ん、今度は霊体も出てきてないし大丈夫かな? んじゃさっさと朝ごはんづくりの続きといこうっと」
復活した忠夫は上に乗っかっているソファーをどけ、立ち上がる。時計を見ると7時過ぎ。どうやら回復に30分ほどかかったようである。
「なんで30分も経ってんだ? そもそもなんでソファーが上に乗っかってたんだ?」
どうやら何も覚えてないようである。首をひねっているとダイニングに桃の姿が現れる。持っているお盆の上には朝食。そういえばおとといから何も口にしていないと思いだし空腹を覚える忠夫。
「あ、復活したんなら準備手伝ってよ。飲み物とコップ用意して」
「へ〜い」
忠夫はそう言いつつ台所に行き、食器棚からコップ、冷蔵庫から牛乳を取り出しダイニングへ行く。
忠夫がダイニングへ入るとテーブルの上には朝食が並べられ、桃はすでに自分の席について忠夫を待っていた。忠夫も持ってきたコップと牛乳を置きつつ席に座る。並べられている白ご飯・味噌汁・ひじき・焼き鮭を見て今日は和食か、と考える。いつも食パンにジャムやバターといった洋食なので新鮮だ。
「念のために聞いとくが……お前の手作りか?」
「安心して。いつものお店の惣菜とインスタントみそ汁よ」
「安心した。それじゃあいっただっきまーす」
「…………いただきます」
忠夫は嬉しそうに、桃はどこか不満そうに食べ始める。こらうまい、こらうまいと勢い良く食べる兄の姿に桃は尋ねる。
「すごい勢いね〜。そんなにお腹すいてたの?」
「そりゃー昨日はなんも食べんかったからなぁ。正直この量じゃ足りん。お前の分貰っていいか?」
「いいけど……そうだ忠兄」
「ん?」
「お腹すいてるんだよね……ごはんおいしい?」
忠夫は桃の朝食に伸ばした手を止める。桃が顔をうつむけ、ちらちらと忠夫の顔を見ながら手をもじもじさせているのが見える。
「……まぁ空腹は最大の調味料っていうしな。今の俺なら豚のえさだって食えるぞ」
「えっとそれじゃあ……
台所に私が作った味噌汁があるんだけど」
「ごちそうさま」
思考時間ゼロ。おそらく脊髄反射でそんな答えが返ってくる。忠夫は席を立ち自分の部屋へ行こうとする。桃はそんな忠夫の腰にしがみつき叫ぶ。
「ちょっとぉ! 同じ断るにしても考えるそぶりくらい見せてくれてもいいじゃない!」
「ええい、放せ放せ。俺はまだ死にたくはないんだ!」
「そんな大げさな……」
「ほう……今大げさと言ったね?」
忠夫はぴたりと立ち止まり桃を見下ろす。その眼は座っており桃は思わずしがみついていた腕を離す。そんな桃に忠夫は昔を懐かしむような顔をして言う。
「あれは小学5年生くらいのときだったかなぁ。いきなり母さんがおまえを手伝ってやれって言ったんだ。どういうことかと聞いたら調理実習の事前練習をするからその味見をしてやれって言うんだ。まあそのくらいならかまわないかと思った。その時ちょうど腹も減ってたし母さん公認で間食ができるんならもうけもんだとな。で、だ。俺はおまえが持ってきた味噌汁を口に含んだときから記憶がない」
「あははは……」
桃はそのときのことを思い出したのか乾いた笑い声を出している。それは忘れたい記憶だったのだろう、冷や汗が出てきている。
「二日後に気がついた時には知らない天井が見えた。おまえはごめんなさいごめんなさいって泣いてるし、母さんは気まずそうな顔してるし、医者は父さんに『なんとか峠は乗り越えたようです』なんて言ってるし。そのあともいろいろと検査とかで一週間くらい入院してたっけ。おかげで皆勤賞逃したよ」
「ううう……」
「このことが学校に伝わっておまえ結局調理実習しなかったんだっけ?」
「材料切りだけはやらせてもらいました……隣で先生が監視してたけど」
いつの間にか小さく縮こまってそう言う桃。忠夫はそんな妹に更なる追撃をかける。
「そーいやこんなこともあったなぁ……クッキー事件。中学校のときの話だ」
「いやー、それ以上言わないで思い出させないで―!」
桃は小さくなったまま頭を抱え叫ぶ。よく見ると涙目だ。忠夫はそろそろいいかと思い片膝を床につき、うずくまっている桃の肩に手を置く。
「で、味噌汁がなんだって?」
「もういいです……食べなくていいです。どうぞ存分にお惣菜とインスタントを召し上がってください」
「うむ」
忠夫はうなずくと椅子に座り朝食を再開する。なぜ今日に限って和食だったかの謎が解けた。つまり最初は食卓に惣菜と一緒に出そうとしていたのだろう。考え直したのか出すのは止めたようだが。
しばらくして桃が起き上がりのそのそと椅子に座ってテーブルに突っ伏す。そのまま朝食に手をつけないのが気になったのか。
「食べんのか?」
「……食欲なくなった。牛乳だけでいいや。あたしの分全部あげる」
「そりゃサンキュー」
そう言いつつ彼女のコップに牛乳を注いでやる。
しばらくダイニングには忠夫の食べる音だけが響く。
「ねぇ忠兄」
「ほぁ?」
ようやく復活したのか顔をあげた桃が聞くと忠夫は口いっぱいにご飯を入れたまま返事をする。桃はそれを行儀が悪いと思いつつも注意などはしない。いつものこととあきらめているのだろう。
「なんで二日も帰ってこなかったの?」
「ぐっ」
いきなりの質問に食べ物をのどを詰まらせる忠夫。手が空中をさまよっている。牛乳パックの中身はさっき忠夫が飲み干した。桃はため息をつきつつ自分のコップを渡してやる。
「ごくごくごく……ぷは〜〜死ぬかと思った。あんがと」
「どういたしまして」
忠夫がコップを返しつつ礼を言うと桃も受け取りながら返事する。さてこれでうやむやにできたかと思った忠夫だが彼の妹はそんなに甘くなかった。
「で?」
「ぐ……バイトだよバイト。出かける時に言っただろーが」
彼は確かにおとといバイトに行くといって出かけた。しかし桃はその言葉を聞いて眉を上げる。ダンっとテーブルを叩き忠夫を問いただす。
「またバイト? バイトって嘘でしょうが!」
「いや、だから本当だって。バイトが思ったより長引いたんだよ」
忠夫はたびたび家を空け一日二日帰ってこないこともザラである。そのだびにバイトだったと桃には話している。しかしその辺の常識を持っている桃はいつも疑いのまなざしを向けている、今現在のように。
「どこの世界に高校生を二日間も拘束するバイトがありますか!」
「この世界にはあるんだよ」
その後も桃は責めるが忠夫としては本当のことなのでそれ以外に言いようがない。おそらく桃は自分の兄がなにか危ないことをしているんじゃないかと思っているようだ……実に鋭い勘である。しばらく押し問答が続いた後、息を切らせた桃の方が先に折れる。
「はぁはぁはぁ……わかった。帰ってこなかったのはバイトが原因と。そういうわけね」
「わかってくれておにーさんはうれしいぞ」
忠夫はようやく自分の言うことを信じてくれたことに感動しているが、彼の妹はそんなに甘くなかった。息を整えるとさらに追撃してくる。さきほどの仕返しだろうか?
「うん、バイトが原因ってのはわかった。ところで忠兄のバイトってなんなの? 二日も帰ってこれなくなるって絶対普通じゃないよ。おまけにご飯も食べられなかったんでしょう? いつもはぐらかして教えてくれなかったし……この際教えてくれてもいいんじゃない?」
「う、そーきたか」
なるほど、今までどんなに言っても信じてくれなかったくせにいきなり折れたと思ったらそうきたか。いつのまにか話の流れが話さなければならない方向へいっている。おまけに桃は胸の前で両手を組んで上目づかいで忠夫のほうを見ている。そしてこちらはおそらくわざとではないだろうが、先ほど息を切らせていたため顔が赤い。つまりなんというか……非常に色っぽいのである。いつの間にこんなテクを身につけたんだろうかと本気で思う忠夫だった。
だが彼にもバイト先を話せない理由がある。
そもそも彼はなぜバイトをしているのか? その理由は兄妹二人暮らしが始まったころにある。
父親が転勤になる際、両親は家族全員でナルニアへ行こうとした。だが忠夫は文明の利器にどっぷり浸かった現代っ子なためジャングルいっぱいなド田舎へ行くことは頑なに拒否したのである。両親はしぶったものの仕送りは必要最低限という条件で許可を出そうとした。そんなとき桃が「あたしも日本に残りたい」と言い出したのである。両親、特に父親は大慌て。必死に桃を説得しようとしたが、父親は桃の「しつこいパパは嫌い」という言葉に撃沈。おそらく普段『お父さん』と呼ぶ娘が『パパ』と呼んだのが多分に効いたのだろう。母親の方は桃と一対一で話し合った結果、母親が折れた。話し合いは密室で行われたので内容は当人たちしか知らない。
そう言うわけで兄妹二人暮らしが決まったわけだが、そこで両親は態度を一変。都内のオートロック付きのマンションの一室を買い、そこを二人の家とした。おまけに毎月の仕送りは忠夫一人のときに予定していたものの数倍。昔からなにかと忠夫より大事にされてきた桃だが、この時ばかりは忠夫は自らに対する扱いを嘆いたものである。
さて両親がナルニアに行き二人暮らしが始まったのち、なにかとうるさい両親がいなくなり忠夫はこの世の春を謳歌しようとした。だが軍資金である両親からの仕送りを全て桃に取り上げられたのである。桃曰く「忠兄に使わせたらいくらあっても足りないどうせえっちぃのに使うんだから」とのこと。最後の方は聞こえなかったようだが、とにかく忠夫は困った。桃がくれるのは昼食代のみ。何か買う時はお金を渡してくれるがあとでレシートを要求されるのでお釣りのごまかしは不可能。かといって昼食を抜くかと言われれば現役男子高校生にそれはつらい。しかし軍資金がなければあんな本を買ったりこんなビデオを借りたりするのは不可能である。そこで忠夫は思いついた。「桃から貰えないなら自分で稼げばいいじゃん」と。
そこでバイトを探したわけだが、その途中でナイスバディな美人のお姉さまが求人を出していたもんだから即飛びついた、比喩でもなんでもなく。あのバディ……もといお姉さまの近くで働けるなら労働基準法違反の時給250円でもかまわないと自らの本能に従ったはいいが、そこで理性が働いた。彼の妹はお金にはシビアだ。『労働には相応の見返りがあってしかるべし』を信条としている。忠夫がGSの元でバイトをしていると知れば相当の時給であると判断し、もしかしたら今くれている昼食代すらカットするかもしれない。では正直に時給250円と話したらどうなるか? おそらく自分に10連コンボ+エリアルを決め、その後に美神除霊事務所に乗り込んでいくだろう。見たくない、竜と虎の戦いなど。そこで桃にはバイトの内容は伏せておき、昼食代は貰い続けた。しかしバイトのたびに家を空けることの多くなった忠夫を不審に思いバイト先を聞いてくるようになった、というわけである。
桃はジッと上目づかいで忠夫を見つめ続ける。その瞳の中にあるのは不審と心配。不審に対する非は自分にあり、心配に対しては良心が痛む。さらに言えばおねだりポーズは忠夫の精神防壁に多大なダメージを与えた。彼の秘密という名の城は陥落寸前である。
だが忠夫が白旗を揚げようとしたところで思わぬ増援が来た。増援の名は時計。リビングの壁に掛けられている時を告げるからくりである。増援はコーンコ−ンと八回鐘を鳴らす。
「えっ、もうこんな時間。そろそろ学校行く準備しなきゃ……この話はまた今度するからね忠兄。あとちょっとだったのになぁ」
城を陥落寸前まで追い込んだ桃軍はジロリと忠夫を睨みながら撤退していった。忠夫は時計に感謝しつつ残りのご飯をかっ込む。全部食べ終わったところで桃が戻ってきた。
「ほら早くしないと遅刻するよ。今日は忠兄も学校行くんでしょ?」
「ああ」
そう言いつつ台所へ食器を下げに行く。食器を水につけておけば学校から帰った桃が洗ってくれる。料理以外の家事は完璧なのだ彼女は。
ふたをしてあるナベを横目で見つつ着替えるべく部屋へ向かう。
部屋のクローゼットの中には制服一式が掛けられてあった。どれもきちんとアイロンが掛けられている。パジャマを脱いで白いシャツを着る。パリパリのカッターシャツに袖を通しボタンを留めていく。ズボンをはいてベルトを締めたところでふとあることに気づく。
「あれ、俺いつパジャマなんか着たっけ?」
昨夜のことを思い出す。疲れ果てて帰ってきて玄関を開けたところで記憶が途切れている。たしか体も汚れていたはずだが今はそんなことはない。不思議に思ったので事情を知ってそうな彼の妹に会いに行く。
桃の部屋は忠夫の部屋の部屋の向かい側にある。ドアの前に着いた忠夫はノックもせずに開ける。
「おーい。聞きたいことがあるんだ、が……」
そこで忠夫の目に飛び込んできたのは着替え中の妹の姿。下着姿で制服を手にしている。
高くもないが低くもない身長、すらりと伸びた手足、白い肌、腰まで伸びた黒い髪、まだまだ成長中(横島アイ判断)の自己主張する胸、鍛え上げられた肉体には贅肉などというものは一切なく、しかし鍛えた筋肉は少女らしさを損なわせていない。
言い忘れていたが横島桃は十人中十人が振り返る、街を歩けばナンパに当たる少女である。母親曰く「若いころの私に似てるわねぇ」。忠夫はまったく信じちゃいないが。
さてそんな姿を見た兄は一言。
「うむ、やはり高校生は白だよな」
ナニがとは言わない。
しばらくフリーズしていた桃はその一言で我に返り、顔を真っ赤にする。近くにあったあるものをつかみ。
「ノックくらいしろぉぉぉ!!」
「ぱらぼっ」
全力投球。甲子園球児並の速度で空気を切り裂いて飛ぶ目覚まし時計は正確に忠夫の人中にヒット。忠夫は廊下にぶっ倒れる。桃は即座にドアを閉め文句を言う。
「しんっじられない! 年頃の娘の部屋に入るのにノックもしないなんて何考えてるのよ、このバカ兄!!」
彼女の主張は当然と言えるだろう。ほんとにどうしようもない男だ。そうしてぶつぶつ文句を言っているとドアの向こう側で起き上がる気配がする。
「いててて……いや悪かった」
どうやら今回は全面的に自分が悪かったと思っているようだ、素直に謝ってくる。そのしおらしい声に桃の方もまだ顔を赤くしつつもその謝罪を受け取ろうとする。
「でも鍵をかけてなかったおまえも悪いような……?」
「うるさいうるさいうるさい……で、何の用よ」
訂正。悪いとは思っているようだが全面的ではないらしい。桃は自分の失敗を自覚し、しかしこれ以上追及されたくないのか話題を変えようとする。
「用? ……ああ、そうだった」
ぽんっと手を叩いているのが目に浮かぶ返事だった。先ほどのが強烈過ぎて忘れかけていたのだろう。そんな兄にため息をつきつつ先を促す。
「で?」
「いや、なんでおれパジャマに着替えてたのかと思ってさ。俺なぜか昨日帰ってからの記憶なくてなぁ。おまえなら知ってんじゃないかと思って」
「……!?」
忠夫の疑問にビクッと体を震わせる桃。そんな気配をドア越しに感じたのか忠夫が怪訝な顔をする。訝しがりながらも確信する。何かを知っていると。
「どうした? 何か知ってるなら教えてくれよ」
「えーとですねぇ」
言いよどむ桃に忠夫はもしかして自分はとんでもないことをしたのではないかと恐れる。例えば桃の前で素っ裸になったとか……新たな世界に目覚めたのだろうか? そんなイヤな想像をしている忠夫の耳に聞こえてきたのはある意味予想通りの言葉だった。
「えっと……忠兄は帰ってきてすぐに玄関で倒れて起こそうとしたんだけど起きなくて。仕方ないからベットまで運ぼうとしたんだけどよく見たら全体的に汚れてるじゃない。だから脱がして体拭いて着替えさせてベットで寝かせた」
意図的か知らないが一部の情報を話していない。具体的にはなぜ倒れたかとか。
忠夫は最初桃がなにを言っているか理解できなかった。脳が理解することを拒否したのだろう。じわじわと頭に理解が及ぶにつれ、なにやらいやな汗が浮かんでくる。
「脱がせた?」
「うん。汚れていたし、結構ボロボロだったから」
たしかに汚れていたしボロボロだった。だって山の中を逃げ回ったのだから。
「体拭いた?」
「うん。汚れていたし、まさか風呂に入れるわけにはいかないでしょう?」
たしかに汚れていた。二日間を山の中で過ごしおまけに水浴びすらしていなかったのだ。
「着替えさせた?」
「うん。まさか裸のままベットに寝かせるわけにはいかないでしょう?」
たしかに風邪をひくかもしれない。自分はそんなにやわじゃないと思うが。
そこまで聞いて忠夫は考える。
脱がせたとしたら全部だろう。パンツも二日間換えていない。
拭いたとしたら全部だろう。この少女が一部分だけ拭かないなんてことはないと十六年間一緒に過ごしてきた勘がそう告げている。
着替えさせたとしたら全部だろう。さっき着替えた時に見たパンツは新品だった。
忠夫は聞く。自分の予想が当たっていると確信しつつも万が一の可能性にすがる。
「…………見たか?」
「…………大変勉強になりました」
――――その日横島忠夫は何かを失った。
あとがき
皆様こんにちは。『兄妹遊戯』第一話をお届けします。前回のはプロローグということで。
桃の容姿ですが私はエクトプラズマスーツを着た横島君(ユニコーン編のやつ)を2歳ほど若返らせた感じを想像しております。
ちなみに桃の横島君に対する呼称は『忠兄(ただにい)』です。念のため。
さて第一話ですが……なんでこんなオチになったんでしょうか。もっと横島兄妹のほんわか&バイオレンスとした朝の風景を書こうと思ったのに。やはりあれか。直前に読んだ『妹は思○期』のせいか。おのれ氏○ト全。
登場人数が二人しか出てきてませんが次回はもう少し出てくる予定です。桃が本編に絡むのはもう少し後です。
三人称が難しい。油断するとすぐに一人称になってしまいます。
ちなみに今回の執筆時間は10時間ほど。他の作家さん方はどのくらいかかってるんでしょうか。
次回の投稿は来週、早くて今週末になりそうです。ではまた会えることを願って。
ではレス返しを
○スカサハさん
>桃は七夜の体術を修めているっぽいので、戦闘になっても安心ですね。
彼女が修めている体術はいろんな流派が混じっています。その中には七夜も……?
>兄妹の禁断の愛だけはご勘弁を。
今のところ桃の忠夫に対する感情は兄妹の域を超えたものではありません。
○ルーエンハイムさん
>ぜいたくを言えばもっと長いほうがいいと思うのですが。
前回のはプロローグということで短いのはご了承くださいませ。
>それだけでもう只者ではないですね。
おまけに育てられ方のせいでさらに只者ではなくなっています。
○wataさん
>桃ちゃんは霊体をつかめるって事は霊力をある程度使えるって事かな?
使えます。両親同様無意識にですが。
○水島桂介?さん
>少し短いかナー、ってのは感じますが
はじめまして。このくらいの長さでよろしいでしょうか?
>桃ちゃんはナルニアに行かなかったんでしょうか……
ナルニアに行かなかった経緯はこの通りです。行かなかった理由はまたいつか……。
○DOMさん
>桃ちゃんは過激突っ込みキャラみたいですが美少女だと信じています。(爆)
桃の容姿についてはこんな感じです。一部以外将来性のある美少女です。
○ZEROSさん
>横島の性格が変わらない以上、やはり時給は二百五十円なのか?
ええ、250円です。というかそうでなければ横島君ではないでしょう。
>そして桃ちゃんは果たしてその事実を知っているのか?
このような理由で知りません。横島君は今まで必死に隠し通してきました。そんな兄を破るために編み出された必殺技がおねだりポーズなんですねー。
○kamui08さん
>親からの仕送りは「それでも必要最低限」「桃に財布の紐を握られている」どっちでしょう?
正解は「桃に財布の紐を握られている」でした。正確にいえば「財布そのものを握られている」です。横島君は通帳の在り処すら知りません。