――――午前0時。
昼間の喧騒は鳴りをひそめ、再び日が昇るまでの闇の時間。あるものは次の日の活力を得るため寝入り、またあるものは今からこそ我が時間とばかりに活動し始める。
この駅前もその例外ではない。駅前の店はシャッターが下り、比較的遅くまで営業している居酒屋もそろそろ閉店しようとしている。酔っ払った企業戦士たちが千鳥足で終電間近の駅に向かい、コンビニの前では若者たちが集団で座り込んでいる。
そんな中、ある人影が駅から出てきた。年のころは十七歳くらいだろうか。中肉中背でラフな格好をしている。しいて言えば頭に巻いた赤いバンダナがアクセントとなっているがコンビニの前でたむろしている少年たちとあまり変わりはない。だが、その少年には明らかに異彩を放っているところがあった。
「あ〜〜〜…………死ぬ」
そう、疲れているのだ。ただ疲れているわけではない。足取りは重く、肩は下がり、背は曲がっており、ゾンビもかくもやという感じである。よく見れば服もボロボロだ。
「美神さんめ〜。こき使いよって……おかげで二日も家に帰れんかったやないか」
その口からこぼれるのは呪詛の言葉か。少年は重い体を引きずりながらも雇い主に対する愚痴を言う。
「また学校にも行けんやったし……出席日数とか大丈夫かなぁ」
頭の中で出席日数を計算しつつ、家に向かう。
「留年とかになったらいやだなぁ。つーか、あいつらのことを先輩って呼ばなきゃならなくなんのか。くそっ、そんなのぜってー御免だ」
クラスメイトの面々の顔を思い出す。一年生の時はそれなりに仲の良い男子もクラスにいた
が、今では彼らも他のクラスメイトとともに敵に回っている。これは二年生になってしばらくたってからの出来事に端を発するのだが、ここでは割愛する。
ちなみに女子たちとの仲は推して知るべし。彼は煩悩少年である。
「そもそも留年になったことがおかんに知れたらよくてナルニア行き。悪くてあの世行きだからなぁ」
はるか地球の彼方にいる母のことを思う。おそらく死ぬまで、いや生まれ変わっても勝つことはできないであろう雲の上の存在。今頃は会社で仕事中だろうか……それとも浮気が発覚した父の折檻中だろうか。
少年はそんなことを考えながら十分ほど歩き、十五階建てのマンションの中に入る。ポケットから鍵を取り出し、数字の書いてあるボタンが並んでいる下にある鍵穴に差し込む。鍵を回してオートロックの玄関ドアを開け、中に入る。大理石でできたエントランスを歩いて行き、郵便ボックスをチェックしてなにも入ってないことを確認。再びエントランスを横切り、ボタンを押してエレベーターが来るのを待つ。
「いっそバイトやめるか?……いやいや、あの体をものにするまで決して死なないとほかの誰でもない俺の魂に誓ったじゃないか!」
雇い主のボン・キュ・ボンなナイスバディ(死語?)を思い出しながらグフフと笑う。どうでもいいが他人が見たら電話しそうな顔である。すぐに青い制服を着た二十四時間営業の公務員が飛んでくるだろう。が、幸い?彼を見ているのは設置された監視カメラだけである。監視カメラの映像を見ている人がいたらまた話は別だが。
降りてきたエレベーターに乗り十階のボタンと閉のボタンを押すと、軽い振動がしてエレベーターが動き出す。
「まあバイトは止めない方向で。……にしても疲れたな。今日は風呂入ってさっさと寝るか。あいつ風呂沸かしてるかなぁ?」
今の時間は家にいるだろう同居人のことを思い出す。シャワーで済ませているかもしれないし、沸かしていたとしてももう栓を抜いてしまっているかもしれないと考える。
「もう一度沸かし直すのめんどくさいしなぁ」
そんなことを言っているが彼の家の風呂は栓をしてボタンを押すだけでお湯が自動的に入っていくシロモノだ。だが疲れた彼の体はそんな作業でさえ拒否している。
「いっそのこと風呂には入らないで寝るか?」
彼はそう言いつつ体を見下ろす。なかなか素敵に汚れている自分の体が見える。このままベットに入ったら翌日にはベットシーツが洗濯機行きだ。そんなことをしては同居人に怒られると思い、改めて考え直す。
「だがなぁ……おおっ!」
なにか思いついたのか、ぽんっと手をたたく。頭の上では豆電球が光っている。
「あいつに沸かしてもらえばいいじゃん。もう寝ているかもしれんけど起こせばいいし、そのくらいしてくれるよな?」
同居人は早寝早起きを実践しているので普段この時間にはもう夢の住人だが、疲れ果てるまで働いてきた自分を無下にはしまいと考える。栓をしてボタンを押すのと同居人を起こして頼むの、どっちが手間かは気づいていないようだ。
エレベーターがピンと音を立て十階に着く。扉が開くと見えるのは左右に延びる長く開放的な廊下。彼の目的地は右の突当りにある玄関。廊下からわずかに見える東京の夜景を眺めながら廊下を進む。やがて目的地に着きポケットから鍵を取り出してロックを解除する。
「おーい、今帰ったぞー」
ドアを開けつつそんなことを大声で言う。いくらこのマンションが防音機能付きとはいえ今は深夜。近所迷惑とか考えないのだろうかこの少年は?
すると家の奥の方から足音が聞こえてくる。少年は同居人が珍しくこんな時間まで起きていたことに軽く驚きつつ、起こす手間が省けたとばかりに用件を言おうとする。
「起きてたんか。ちょうどいいや、風呂いれてく、れ……?」
最初パタパタと聞こえてきた足音は次第にバタバタへと変化し、次第にドドドとなっていた。
「な、なんだ?」
「二日間連絡なしでどこ行っとったかー、このバカ兄がーーーー!!!」
「ごぶっ!」
奥から現れた人影は少年のみぞおちに蹴りをくらわせる。こう、蹴り穿つって感じで。
吹っ飛んだ少年はすでに閉まっていた玄関の扉にぶち当たり、そのままズルズルと倒れこむ。ピークに達した疲労に今の攻撃が加わって体が痙攣し始めている。意識はすでにない。
「まったく、バイトに行くって言ったきり何の連絡もなしに二日も帰ってこないなんて。おかげであたし今日大変だったんだからね……って、あら?」
そこまで言ってようやく少年の状態に気付いたようだ。さっきまでピクピクと動いていた体はいまやピクリとも動かず、なにやら実に穏やかな顔をした半透明の少年が天に昇っていくのが見える。どうやらいい感じで天に召されている最中らしい。
「いやー、忠兄ぃ死んじゃダメー!! ほら体に戻って、ツッコミで死なないでー!」
今の殺人体術はツッコミだったらしい。
「ここは『いきなりなにすんねん!』って起き上がるところでしょう!それでも上方出身!?」
言っている内容こそ軽いがその表情はかなり必死だ。
少女は霊体と肉体がまだかろうじて繋がっている部分をつかみ霊体を引き寄せる。そして引き寄せた霊体を少年の肉体に押し付けた。
頭の中ではみ○もんたが「殺された兄は腹部に打撲跡がありそれが致命傷になったとみられていますが、いったいどんな凶器を使ったんでしょうねぇ」などと言っているに違いない。……少女が一撃で蹴り殺しました、なんて皆にわかには信じないだろう。
さて、少女が少年の救命措置をしている間に紹介をしておこう。
現在進行形で極楽に逝きかかっている少年の名は横島忠夫。高校二年生。美人GSの元でアルバイトをしてい“た”、過去形一歩手前の少年である。
必死で兄の霊体を肉体に戻そうとしている少女の名は横島桃。高校一年生。兄殺しの罪で十代の青春を臭い飯を食べて生きなければならなくなる、一歩手前の少女である。
あとがき
皆様はじめまして、Kです。
……やっちまいました。私は今まで読む専門だったんですが、皆様方の作品を読んでいるうちに自分も書いてみたくなりまして。夏休みの暇さと電波を受信したことが重なり、こうして筆をとった次第でございます。筆をとってみて作品を作り出す難しさがわかりました。書き手の皆様を心から尊敬します。
さて、この作品のテーマはズバリ『横島に実妹がいたらどーなるか』というものです。桃の性格などは『あの』両親に育てられ、『こんな』兄がいたらその子はどう育っているか、ということを私が好き勝手に想像して書いていきます。
私はSS初挑戦のためなにか問題点がございましたら言ってください。できる限り直していきますので。次の投稿がいつになるかわかりませんが、これからも時間が取れる限り書き続けたいと思います。どうかよろしくお願いします。