暗く、じめじめした嫌な場所。
ぴちょんぴちょんと、どこからか水の滴るかすかな音。
漂うのは吐き気を催す悪臭。
「ふぇぇ~~。冥子怖いわぁ~」
「大丈夫だよ、冥子ちゃん。ほら泣かない泣かない」
下水道、狭い通路。
俺にぴったりくっつく冥子ちゃん。
ギィィイアアァァァァァァ!!
「きゃああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!?」
遠くからおぞましい咆哮。
上がる悲鳴、波打つ影!!
「だー!! 冥子ちゃん、平気だから! だから式神を出すのは止めてー!!」
俺の必死な叫びが木霊したのでした。
がんばれ、横島君!!~横島君と式神使いの2~
神様、俺は一体どうしてここにいるんでしょうか?
海外ドラマのワンシーンに登場する高価そうなイスに腰掛けた俺の前、これまた高価そーなテーブルの上にはやっぱり高そーなケーキと薫り高い紅茶。
内装全てに金かかってそうな部屋。
俺の正面に腰掛けるのは和服姿の妙齢のご婦人。
傍にはメイドさんが控えている。
窓からのぞくのは、単純に庭というより庭園といった方がしっくりくる風景。
そよそよと、部屋のすぐ傍に生えている木が風に揺らめく。
にこにこにこ~っと、目の前にご夫人は出会ったときから全く変わらぬ笑顔のままで。
メイドさんも控えたままの立ちポーズを崩さない。
え~っと、なんでここにいるんだっけ…?
学校が終わって、一緒に帰ろうとするピートを蹴り沈めてついでに近くのスーパーで買い物をしていこうと思っていたら。
そうだ、いきなり黒塗りの車が目の前に止まって。
六道夫人がぜひお会いしたいと申しておりますとかなんとか、降りてきたごつい男にそういわれて。
問答無用で車に乗せられ、ここに案内されたんだよなぁ。
門から屋敷まで車に乗ってもかなりの距離があるここに。
六道って、やっぱ冥子ちゃんの関係者かなー?
目の前にいるこの人、顔そっくりだし。
冥子ちゃんみたいにぽやぽや~っとしてるだけじゃなくて、なんか、隙が無いんだけど。
「……あの、もしかして冥子ちゃんのご家族ですか?」
「そうなのよ~、うふふふ~。冥子がお世話になったみたいね~。
初めまして~、おばさんは冥子のお母さんなの~」
ああ、やっぱり。
話し方までそっくりだ。
「それであの、なんでしょうか? 何か俺に用でも…」
俺、早く帰りたいんだけど。なんか、すっごく嫌な予感が!!
けれど俺のそんな気持ちを知ってか知らずか――多分気付いてて無視してるんだろうな――、六道夫人はさも困っています言わんとばかりに語り始めた。
曰く、冥子ちゃんのあの暴走癖には手を焼いていると。
除霊の仕事でも些細な事で暴走して苦情が来るのは日常茶飯事。
一応除霊は成功しても依頼人や対象となる建物などに被害が出るのもいつもの事。
幸い今のところ無関係な一般市民には被害は出していないが、それも時間の問題かもしれない。
暴走癖のあまりの酷さにGS協会からも、これ以上酷くなれば資格を取り消す!といわれてしまった。
そうなれば代々優秀な式神使いを輩出したゴースイーパーの名門たる六道の恥!!
何とかしなければと、とても悩んでいるという。
「へぇ~。大変ですね~。それと俺に何の関係が?」
紅茶を口に含みつつ。
うすうす今後の展開読めてはいるが、あんまり当たって欲しくない。
夫人はにっこりと笑った。
「それでね~横島君に~冥子のお手伝いをして欲しいのよ~。
冥子がね~、嬉しそうに横島君のことを話してて~。冥子も横島君と一緒にいると~、暴走が少ないみたいなの~」
おばさんを助けると思って~。にこにこにこにこ~。
身を乗り出して、これ以上無いほどの名案だと言わんばかりに迫ってくるが。
放つ威圧感をどうにかしてもらえませんか?
全身から断っちゃダメよオーラがにじみ出てるんですが。
「いやその突然そんなこと言われても…俺にだってバイトがありますし――」
だから無理ですと断ろうとした俺に、やはり夫人は微笑んで。
決定的な一言を口にした。
「あら~、それなら大丈夫よ~。横島君の~雇い主の芦原さんにお願いしたら~、喜んで承諾してくれたわよ~」
は?
承諾って、アシュタロスさんが?
「え、あの、それって…」
「だから~、横島君は冥子のお手伝いよろしくね~。かわりに~おばさん~横島君が早く一人前のゴーストスイーパーになれるように~、協会の方に掛け合ってあげるから~」
ぽやぽや声ももう耳には入らない。
俺は夫人に負けないくらいにこりと微笑んで。
「すみません、あとで電話貸してもらえますか?
一刻も早く、あのおっさ…じゃなくて芦原さんとお話したい事がありますので」
そう言った俺を見て夫人の後ろに控えていたメイドさんが数歩後退去ったが、きっと同じ姿勢で疲れていたんだろうな。
はっはっはっはっは。
結局、押し切られました。
あのご夫人強い! 俺のお袋とタメが張れるぞ。
帰ってから事の次第を皆に説明すと、また余計な事を~!と叫びながら、ルシオラちゃんがアシュタロスさんに見事な後ろ回し蹴りを喰らわせた。
早速お手伝いの日。
あああ、家を出るときルシオラちゃんがこれでもかってほど不機嫌な顔してましたよ。
あれは絶対拗ねてるぞー。
帰ったら大変だろーなー。
記念すべき第一件目は、新築マンションになぜか集まってくる悪霊たちを何とかしてくれというもの。
「冥子~嬉しいわ~、横島君と一緒で~~」
にこぉと無邪気に微笑んでみせる冥子ちゃんに他意は感じられず、俺にお手伝いをしろと迫ったのはやはりおばさんの独断なんだろうなぁ。
むしろ冥子ちゃんなら泣きながらお願いしてくるだろう、自分で。
冥子ちゃんが嫌いなわけではないし、仕方が無い。
「うん。俺も手伝うから頑張ろうね、冥子ちゃん」
俺の言葉に、やはり冥子ちゃんは一点の曇りも無い子供みたいな笑顔を返してくれた。
依頼者にもらったマンションの全体図をしばし眺めて、冥子ちゃんはピンと来たらしい。
わかったわ~と、誇らしげな声を上げた。
まぁ、それまでずっとう~とあ~とか長く唸ってたけど。
「この~一番上の窓が~霊を集めてるの~。ここを~壊せば~悪霊もこなくなるわ~」
そう指差したのは最上階に位置する広い窓。
依頼者が言うには他との差別化を図る為、より日光をとりいれることの出来る斬新なデザインを目指したらしいのだが。
どうやらそれが裏目に出たようだ。
壊すのは出来れば止めて欲しいと言われ、それじゃあどうするのか話し合い。
まずは最上階の窓をなんとかしようという事になった。
窓にお札を貼り付けこれ以上悪霊が入ってこれないようにして、その後マンションの中に充満している悪霊たちを退治する。
悪霊さえいなくなれば最上階の改装も簡単だし。
口調こそ幼いが、言葉の内容は的確だ。
冥子ちゃんに問えば、お札の使い方や除霊方法も小さな頃からおばさんに教えられていたらしい。
知識はちゃんとあるんだなぁと感心。
これでいいかと聞かれ、もちろんと頷いた。
「それじゃあ、行きましょう~」
途端影から沸いてくる式神たち。
「冥子ちゃん、ちょっとストップ!!」
「ええ~、なぁに~横島君~?」
あわてて肩を掴む俺に、きょとんとした顔。
周りにはでっかいのやちっこいのがたくさん。
おばさんに聞いた。式神とは一度に使う数が多ければ多いほど暴走しやすいと。
冥子ちゃんは霊力が強いから通常状態ではそう簡単には暴走しないが、かわりに感情の揺れが大きい。
俺の役目は式神を暴走させない事。
もしくは暴走が起こっても最小限の被害で食い止めること。
冥子ちゃんは小さい頃から式神と過ごしているから、どんな小さな仕事でも必要以上に式神を出す癖がある。
今目の前にいるのだって十二匹のうち半分以上。
いくら冥子ちゃんの霊力が多くても使い過ぎれば枯渇するし、式神だって疲れるのだ。
「冥子ちゃん、目的は最上階なんだからそれまで式神は温存してよう。
足速い、馬みたいな奴に乗って。それとウサギみたいなのいたよね。あとはクビラ。
まずはこの三匹だけでいいよ」
そう言えば冥子ちゃんは大人しく他の式神はしまってくれた。
それでも不安そうにしている冥子ちゃんの頭を撫でる。
「大丈夫だよ、俺もついてるから、ね? だから頑張ろう!」
「うん! 冥子~頑張るわね~」
可愛い笑顔で頷いてくれた。
クビラには不意打ちが無いように周囲の警戒を、ウサギのアンチラには冥子ちゃんの傍で護衛。馬のインダラには悪霊はできるだけ避けるようこっそり言って置いた。
お仕事開始。
面白いくらいうようよしてます、悪霊。
霊感無くても視えるだろ、これ。
大半は雑魚もいいとこ。まともな思考も無く漂っているだけだ。
ただあまりの数に冥子ちゃんが泣きそうになってるけど、そこは宥めた。
エレベータはあるが、何が起こるかわからないので使用は避ける。
となると、最上階まで階段で上らなければならないが。
正直ちょいときつい。
足腰の鍛錬という事で諦めるか。はぁ。
俺が先行し、インダラに乗った冥子ちゃんが続く。
無理をしない程度の駆け足。
壁や床、天井の向こう側。死角から襲い掛かってくるものはクビラが鳴いて知らせ、アンチラが素早い動きで斬り散らす。
足元から沸いてきた悪霊たちはインダラが容赦なく踏み潰し、背後から迫る連中も強靭な後ろ脚で蹴り飛ばす。
それも掻い潜ったものはインダラの角から放たれる霊波の餌食となった。
俺だって何もしてなかったわけじゃない。
知恵のありそうな奴を優先的に狙って、倒していたのだ。
もっとも、ここにいるのはホントの雑魚ばかりなので。知恵があるといってもせいぜいチンピラレベルなんだけど。
屋内でソーサーはまずいのでニードルと、つい先日使えるようになった『手』で薙ぎ払っている。
『手』は肘ほどまでを光沢の無い黒のレザーで覆ったような。その上に淡く発光する手首までの霊気の篭手を取り付けたデザイン。
爪の部分が鋭く伸びていて、まるで悪魔のそれのようだ。
雪の魔装術と陰念の装魔拳を足して二で割ったような感じ。
攻撃力はなかなかのもので爪で軽く薙いだだけで、面白いように悪霊が消えてく。
守護者の手(ハンズ・オブ・ガーディアン)と名付けてみた。
いやデザイン的には、どっちかっつーと悪魔の手なんだけど。
流石にそんな不吉な名前付けられません!
願望を込めてこっちとゆー事で。
インダラに乗った冥子ちゃんから頑張れ~と可愛い声援。
悪霊を適当に蹴散らしつつ、最短ルートで目的地へ。
思ったよりも早く着いたぞー。
やはりと言うか、ここが一番幽霊が多い。悪霊ではないただの浮遊霊もあちこちに。
「それじゃあ、冥子ちゃんはお札を貼ってくれるかな? 俺は幽霊が近付かないように守ってるから」
「うん、わかったわ~。任せて~」
俺の言葉に、嬉々として手にしたお札を貼り付けてゆく。
部屋の四隅にぺたりぺたり。
一枚貼るごとに、窓から入り込んでくる霊の勢いが弱くなる。
最後は窓。
インダラの背中に立ち、うんうん唸りながら一生懸命手を伸ばす。
クビラとアンチラはその様子をハラハラした様子で見守り。インダラは身動きが取れないながらも、首だけはしっかり冥子ちゃんに向いている。
ぺた。
「貼れたわ~。横島く~……きゃ!?」
最後の一枚を貼り終えて、大きく手を振った冥子ちゃん。
インダラの背中。バランスを崩し、ぐらりと揺れた。
「危ない!!」
がしり!
受身も取れずに床に叩きつけられる直前、俺の腕が間に合った。
「大丈夫、冥子ちゃん? 怪我は無い」
腕の中の冥子ちゃんを覗き込めば、ぼんやりと焦点の合わない目。
平気?と、もう一度問えば自分の状況を理解したらしい冥子ちゃん。
普段の言動からは想像もつかない俊敏さでもって、ずばっと立ち上がった。
なぜかきゃーきゃー言いつつ手で顔を覆い。
指の隙間から見える顔は真っ赤だった。
ええと、ホントに大丈夫かな?
全身がぷるぷるぷる~っと、震えてるんですけど。
ほらほら冥子ちゃん、式神たちも凄く心配そうに見てるから!
「あの~、冥子ちゃん…?」
おそるおそる声をかければ、飛び上がらんばかりにこちらを振り向き――
「きゃあ~~~~~~~~~~~!!」
全力で逃げた! しかも式神全部出して!!
「え、ちょ、冥子ちゃん!? え、なんで!!」
慌てて追いかけて、追いつけませんでした。
いや凄かったよ、あれ?
正直、追いつけなくて良かったと思ったし。
駆け下りる冥子ちゃんについて、出てきた式神たちがもう…。
運悪く進行方向にいてしまった悪霊たちがきれいさっぱり『いなくなった』。
奇跡的にマンションそのものには被害が出ていない。
暴走じゃないのか?
スピードが緩まることなく一階まで駆け下りて、冥子ちゃんを見失いました。
どこだと探せば、ショウトラがズボンの裾を咥えて教えてくれた。
近くの電柱の影にしゃがみ込んでました。
「……冥子ちゃん?」
ビクッ!
「おーい、冥子ちゃーん」
ビクビクッ!
「大丈夫? 平気?」
…ビク。
ちょっと面白い。
距離を置いて少し待ってみる。
五分後。電柱の影からちらちらと覗き始めた。
「冥子ちゃん、もう平気ー?」
小動物のようにおずおずと影から出てきた主の姿に、式神たちも喜んでいる。
やる事も無いので撫でていたショウトラやクビラも、嬉しそうに冥子ちゃんに寄っていった。
「ごめんね~、冥子~も~大丈夫よ~」
やはり赤い顔のまま、えへへ~と笑う。
その様子は気になるが、冥子ちゃんは平気と言うし。
まぁ、なら仕事もまだ終わってないし。
マンション内に残る悪霊は、その日のうちにきれいさっぱり成仏させました。
依頼者にありがとうございましたと頭を下げられた冥子ちゃんは、それはそれは嬉しそうに笑っていた。
その後も下水道に出るゾンビなどを退治したり、輸入某物についてやってきた邪悪な精霊を退治したりと色々でした。
馬面な夢魔と戦った時は大変だった。
それまでとり憑いていた患者から冥子ちゃんにとり憑こうとして、失敗して近くにいた医者に…。
あの医者の精神世界は全てが医学関係で構成されていて、疲れたよ。ホント。
何度か暴走しそうになった場面もあったけど、頑張って落ち着かして何とかなりました。
わかった事。冥子ちゃんは基本の知識はちゃんとある。
いつもの態度があれだし、怖がりですぐパニックに陥るからわかり辛いけど。
落ち着けば少々時間はかかるが、最善の方法を選ぶ事が出来る。
ただ何かあるとすぐに式神に頼る癖がついてるから、性格と相まって能力が発揮し切れてないんだよなぁ。
宝の持ち腐れって奴だ。
幽霊は怖いけど、よっぽどグロかったり急に出てこられたりしなければ耐えられるみたいだし。
う~ん、あの性格が一朝一夕でどうにかなるとも思えんから。
徐々に慣れてもらうしかないか。
で、本日は冥子ちゃんが芦原邸を訪れております。
なんでも、いつものお礼を兼ねてという事らしい。
某高級店のフルーツタルトがお土産だった。
おばさんに住所を聞いて、ここまで一人でやってきたらしい。
ドアをあけたら満面の笑みの冥子ちゃんがいて。ちょっとびっくりしたぞ。
さらにその後ろ。
電柱の影に冥子ちゃんのおばさんの後ろに控えていたメイドさん――たしかフミさんがいいたよーないなかったよーな。
メイドさんて侮れないね!
丁度今日はいつも入り浸っている雪たちが、最近たるんでいるからとメドーサさんにどこぞに連れ出されていないし。
いたら問答無用で式神が攻撃しそうだから、良かったよ。
久々のお客様という事で、子供たち特にパピリオちゃんがおおはしゃぎ。
張り切って冥子ちゃんをリビングに案内し、お茶の用意も手伝ってくれた。
茶請けは冥子ちゃんの持ってきてくれたタルト。
式神を出しても驚かず、それどころか喜んでくれたパピリオちゃんに冥子ちゃんもご機嫌だ。
まぁ、パピリオちゃんが嬉しそうにパイパーを見せた瞬間、ものすっごい悲鳴を上げて式神が暴れだしそうになったけど。
必死になって止めました。
ペットだと説明したら、わかってくれた。
当のパイパーは分けてやったタルトをきれいに平らげ、テーブルの上で大の字になって寝そべっている。
こいつも大分馴染んできたよなぁ。
ベスパちゃんも式神を興味深そうに撫でながら、おいしそうにタルトをぱくついている。
冥子ちゃんもちょこまかと行き交うハニワ兵の姿をかわいい~と、黄色い声を上げつつ見守っているし。
ハニワ兵の存在そのものは別に疑問に思ってないみたいだから、良しとしよう。
ドグラに対してもニコニコ笑顔を向けている。
皆和やかな空気!と言いたいところだけど約一名、違います。
ルシオラちゃん。
なぜかずっとムッスゥ~とした顔。
何が気に入らないのか、俺の顔をじぃ~っと見ては逸らし。またじぃ~っと見ては逸らすを繰り返している。
呼びかけてみてもぷいっとそっぽを向かれるし。
ここ最近ずっと機嫌悪いみたいだし。
冥子ちゃんの仕事の手伝いであんまり遊んで上げられなかったから、かなぁ?
こーゆー時魔眼がいればアドバイスとかくれるのに。はぁ……。
まー、いないもんを当てにしても仕方ないけどさー。
隣では冥子ちゃんが俺と一緒にこなした仕事の話をしている。
「それでね~その時の横島君~、とっても格好よかったのよ~。
横島君は~優しくて~、冥子大好き~」
にっこり笑顔で冥子ちゃんが語れば、
「そーでちゅよ。お兄ちゃんは優しいんでちゅ!
お料理も上手でいつもパピリオちゃんたちの事を守ってくれるんでちゅよ~。ね、ベスパちゃん!」
パピリオちゃんもいい笑顔。
「ああ、うん。そうだね。……姉さん、大丈夫?」
歯切れ悪く同意するのはベスパちゃん。
なぜかルシオラちゃんの方をちらちら。
嗚呼、ルシオラちゃんの不機嫌オーラがより一層……。
きゃいきゃい話に花を咲かせるパピリオちゃんと冥子ちゃんは可愛いんですが。
あ、ベスパちゃんが式神数匹とともに庭へ。逃げた?
ホントにどうしたものかと頭を抱えていると、いつの間にやらすぐ傍にルシオラちゃん。
「ええと、どうしたのかな?」
恐る恐るの問いかけはスルー。
俺の腕をぴょいと、横へどけて。
座りました。
ええ、膝の上に。俺の。
「あの、ルシオラちゃん……?」
「お兄ちゃんはイス! だから動いちゃ駄目!!」
「はい! えと、あの、でも…?!」
困惑しまくった俺の意見は黙殺し、ルシオラちゃんは膝の上から動かない。
まぁいっか。
小さい頃と違って、最近はこーゆースキンシップ無かったから。ちょっと嬉しいし。
結局その日は、冥子ちゃんが帰るまでルシオラちゃんは俺の膝からどきませんでした。
帰ってきたアシュタロスさんにその話をしてやったら、それはもう悔しがって!
ぜひパパにも~!!と暑苦しくルシオラちゃんに迫り、
「元はと言えば全部パパのせいなんだから! 大っ嫌い!!」
致死量な一撃を喰らい、リビングの片隅で腐臭を漂わせるオブジェと化した。
進歩しない事と変わらない事は全くの別だと、いい加減わかって欲しい。
深夜。都内某駅。
終電もとっくに過ぎたホームに佇むのは、俺と冥子ちゃん二人だけ。
冥子ちゃんの白い手には俺でも怪しいと感じる、古びた切符。
差出人の無い封筒で冥子ちゃんの元に送りつけられたらしい。
念の為クビラで視たけれど、悪い霊気は感じなかったというが。
これに乗れ、という事だろう。
冥子ちゃんはやる気満々。
俺は正直そんな怪しい切符を信じていいのか、少々不安。
それを素直に冥子ちゃんに訴えたところ、無邪気な笑顔で断言された。
「お母様にも~ちゃんと言ってきたから~心配ないわ~。大丈夫よ~」
一体何が大丈夫なのかわからないが、冥子ちゃんが珍しく意欲的なので何も言わない。
それに、何があったってきっと何とかなるだろう。
そして、その時はやってきた。
遠くから迫るライトが静まり返った駅を照らす。
静かに、ホームに姿を現すのは闇に包まれた列車らしきモノ。
ゆっくりと停車し、目の前ドアが招くように開く。
乗れという事か。
冥子ちゃんは行きましょう~と、いつもの調子。
さっさと乗り込んでしまった。
冥子ちゃんを一人にするわけにはいかないので、俺も後に続く。
中はごく普通の新幹線のようだ。
扉の前。冥子ちゃんの肩にいるクビラがきーきー鳴く。
「霊の気配が~とっても多いって言ってるわ~」
今出ている式神は他二匹、サンチラとアンチラ。
あまり狭いところでたくさん出現させるとこちらが危ないし。
「とりあえず、開けてみようか?」
言って、扉に手をかけ、引く。
むあぁ……。
引いた! いや、精神的に!!
俺の背後で冥子ちゃんのうめきが聞こえた。
気持ちはわかるよ、冥子ちゃん。
えー。簡単に言うと、あれです。ラッシュ。
満員電車のね。人一杯。みっちりって感じー。
しかも車両を埋めてるこいつら、全部幽霊だ。
どうしようかと振り向けば。冥子ちゃんも青い顔。
涙ぐんで無い分、かなり進歩したね☆
「と、とりあえず~先頭車両に~入ってみましょう~。親玉がいるなら~、きっと~そこにいるはずよ~多分~」
「わかったよ、冥子ちゃん。でも、ここは一体どうやって突破しようか…?」
俺の言葉に、冥子ちゃんはうんうん考えて。
「出てきて~ビカラちゃん~」
影から呼び出したのは茶色くて丸っこい奴。目も鼻もなく、牙の生えた口だけが目立つ。
「ビカラちゃんは~とっても~力持ちなのよ~。だから~幽霊の中を~突進しても~負けないわ~」
つまりビカラを先頭にして、俺達は他の式神に守られながらその後に続くという事らしい。
冥子ちゃんは呼び出したインダラに跨り、俺もハンズ・オブ・ガーディアンを発動させる。
「横島君~、大丈夫~? インダラちゃんに乗る~?」
「あ、平気だよ。ありがとう冥子ちゃん」
俺が笑うと、冥子ちゃんも笑い返してくれる。
こんな時だけど、冥子ちゃんの笑顔は和むなぁ~。
せ~の~。気の抜けた声を合図に、俺たちは幽霊の只中へと突き進んだ。
うおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉんんんん!!
亡者たちの怨嗟か嘆きか、それとも妬みか。
ビカラに吹き飛ばされ弾かれながらも、纏わりつこうとしてくる霊の姿は醜悪で恐ろしい。
冥子ちゃんはサンチラとアンチラがしっかり守っているし、俺に近付いてきた奴は切り払う。
後ろは見ない。
さっきちょっと視界に入ったけど、グログロのぐちゃぐちゃで…。
冥子ちゃんはインダラの上で、悲鳴を上げつつ頭を抱えているからそもそも周りを見ていない。
見ていたら即暴走していただろーなー。
そのぐらい怖い。
うおぅおうぅおうおぉうおぅうぅぅぅぅぅぅ……!!
背後に迫る悪霊。
今突入したのは一体何両目か?
「ああ~、ビカラちゃんが~疲れてきたわぁ~~!?」
悲鳴を上げる冥子ちゃん。
切羽詰ってるようには聞こえないが、それは結構ヤバイぞ。
「もう駄目ぇ~!!」
叫んだ瞬間、新しい車両に雪崩れ込んだ。
勢いのまま倒れ込む。
その上を津波のように悪霊たちが押し寄せる!!と、覚悟していたら――あれ?
何もこない。
ドアの向こう側で唸るだけ、一歩も入ってはこれないらしい。
式神たちに庇われ丸くなっていた冥子ちゃんも、不思議そうに身を起こす。
きょときょとした後、首を傾げた。
「あら~? ここ~、いつも~冥子が乗るところみたいだわ~」
ドアを見る。
グリーン車の文字が無性に眩しかった。
は! これが格差社会という奴か!?
…なんか哀しくなってくるので追求は止めよう。
悪霊たちは入ってこれないわけだし。
少し休めるかと思ったが、どうやらそう甘くは無いらしい。
クビラが甲高く鳴いている。あの声の調子は危機が迫っている時のものだ。
「冥子ちゃん、こっちに!!」
「横島君~!」
冥子ちゃんを抱き寄せた途端、足元がぐちゃりと歪む。
車両そのものが変化し波打つように湧き上がるのは、今まで見た中で一番でかい悪霊!
こいつが親玉か!?
『渡さんっ。この列車は渡さんぞぉー!!』
唸りを上げる悪霊。
泣くかと思った冥子ちゃんはけれど予想に反して珍しく――本当に珍しく、きつく悪霊を見据えた。
「冥子~、負けないんだから~!
シンダラちゃん~、お願い~!!」
影から飛び出すのは鳥のシンダラ。
冥子ちゃんの意思に応え、悪霊目掛けて羽ばたいた。
そのスピードはあまりに速く、俺の目では正直影も捉えられない。
ヒュガッ! ヒュヒュッ!!
鋭い音が聞こえるたび、悪霊の面積が小さくなってゆく。
その大きさが半分ほどになったとき、冥子ちゃんの影からまた式神が呼び出された。
「バサラちゃん、頑張って~!」
式神の中で最も大きい牛のバサラ。
ンモ~。
鳴いて、口というか穴が開く。
そしてとんでもない吸引力で悪霊の親玉を吸い込み始めた。
『うお!? うおおおぉぉぉぉぉぉぉぉおおおぉぉぉぉおぉぉぉっ!!?』
慌てて身を翻そうとしたが、もう遅い。
無駄な足掻きといわんばかりにバサラは全てを飲み込んでしまった。
それと同時に今まで列車にまとわりついていた闇が消え、中身の新幹線がその姿を露にした。
「凄いよ、冥子ちゃん! ちゃんと出来たね!!」
「えへへ~、横島君が~いてくれたからよ~」
ほんわほんわと和んだところで、現状を思い出した。
この車両は悪霊で構成されていた。
ならばその悪霊がいなくなれば……当然崩れる。
『こっちです、早く!!』
前方から、声。
新幹線の先頭車両の扉が開き、中から制服を着た女性が手を伸ばしていた。
足場が崩れる前に! 冥子ちゃんを抱えインダラに飛び乗った。
二人分の重さなど気にも留めず、インダラはいつも以上のスピードでドアに向かって進んでくれた。
「はー、助かった。冥子ちゃーん、大丈夫ー?
ありがとう、ええと君は?」
少しばかり汚れた姿の彼女はこの新幹線の心。九十九神だと名乗る。
『寿命がきたのでこれから天国に向かうところだったのですが……』
「あの悪霊たちに~邪魔されてたのね~」
『はい、この列車は回送だと何度言っても離れてくれなくてとても困っていたんです。それで冥子さんのところに切符を』
「でも、どうして冥子ちゃんに? 霊能者なら他にもたくさん」
『ああ、それはたまたま通りかかった芦原さ――』
「すみません、もういいです!」
あのおっさん、ホントに普段ドコで何をしてるんだ!?
「これで~天国に~行けるのね~。良かったわ~」
屈託なく冥子ちゃんが笑った。
『はい、これも冥子さんたちのおかげです。ありがとうございました』
九十九神の彼女は深々と頭を下げて。
光に包まれ新幹線ともども天へと昇っていった。
それを見送って、冥子ちゃんは本当に嬉しそうに笑うのだ。
「うふふ~。良かったわ~、冥子~役に立てたのね~」
その横顔が、仕事の達成感とはまた違った満足感に染められている事に気付いたけれど、聞かないことにした。
しばし光が消えた空を見詰め続けていた冥子ちゃん。
くるりと俺に振り向いて、そっと手をとった。
「あのね~横島君~。冥子ね~横島君が一緒なら~お仕事ちゃんと頑張れると思うの~。だから~これからも~、冥子のお手伝いしてくれる~?」
こてんと首を傾げて不安そうな上目遣い。
冥子ちゃん……。
「うん、大丈夫だよ! 言ってくれればいつでも手伝うから。頑張ろうね、冥子ちゃん!」
「わあぁ~、嬉しい~。横島君大好き~!!」
満面の笑み。きゅうっと抱き着かれました。
嗚呼、柔らかいなー。可愛いなー。
抱きしめ返して、頭を撫でて。
ふと思う。
「ところで、ここは一体どこー!?」
俺の叫びは空しく夜へと木霊したのでした。
新幹線はずっと走ってたんだよな。それで郊外に出るのは仕方が無いよな。
でも、明かり一つ見ないってどうよ!? ねぇ!!
その後、冥子ちゃん家の使いの人たちが迎えに来てくれるまでの数時間。
夜闇に怯えて泣きそうになる冥子ちゃんを宥める事に全神経を使ったのは言うまでも無い。
結局近くにあった六道グループの系列のホテルに泊まることになり、生まれて初めてロイヤルとかスイートだとかが付く部屋に入ったよ。
家に帰れば物凄~く不機嫌だったルシオラちゃんに出迎えられるし……。
「朝帰りするなんて……お兄ちゃんの馬鹿ぁ―――あっ!!」
怒られました。そりゃもうこっぴどく。
謝り倒して何があったか何度も説明して一緒にお出かけするという約束をして、何とか許してもらったけど。
ちなみに俺が怒られている後ろでにやにやしていたアシュタロスさんも、やっぱりルシオラちゃんに叱られたらようだ。
俺の苦労の元は雇い主だよなぁと、改めて実感した今日この頃。
続く
後書きと言う名の言い訳
今回は短くなれ~短くなれ~と念じながら書きました。最近どーも回りくどくて長くなってしまうので。
冥子ちゃんとのドキドキお仕事編、でしょうか。蛍の子は今回嫉妬の嵐でしたが。
でも冥子ちゃんが嫌いなわけではありません。横島君の良さを知ってる人なので嫌えないというジレンマが!
結果パパに当たりますが、まぁアシュ様だしね。仕方ないよね!
タイトルはいいのが思いつかなかったからです。
……そろそろシロを登場させたい。
ここまで読んで下さった皆様、ありがとうございました!!