―第三十五話 臨海学校(中編) ―
横島が第一陣を無慈悲なまでに殲滅し、怪魚の大群が押し寄せる。
そして、怪魚の口内に単眼の饅頭に手が生えた様な舟幽霊が詰まっているのを見た六道陣に緊張が奔った。
『ひしゃくくれー!』
「撃つんや!」
舟幽霊の大群が怪魚の口内から一斉に出陣する。「ひしゃくをくれー」と言いながら、その手には既に持っている。
既に班を展開済みな為、霊体ボウガンの射的距離内に入った瞬間、鬼道の指示と同時に無数の矢は発射された。
その大半は見事に舟幽霊を貫いていた。
『やった!?』
「まだよ〜!第二射!撃ちなさい〜!」
『は、はい!』
その結果に喜ぶ生徒達。だが、敵は全て迎撃したワケではない。
六道理事は何時もののんびりとした口調でありながら鋭い色を含んだ指示を出し、
己も何時の間にか持ったボウガンで矢を放つ。
彼女達は何時もの少し違った声音な六道理事の声に意識を再度集中し、動く。
美神除霊事務所の面々も既に散開し、各々担当する地点へと向かっている。
おキヌは弓と一文字でセットとして最前線。シロとタマモはコンビ同じく。横島は1人で遊撃。
美神は指揮官で最前線で指示を出す。
「結界防御ライン完成しました!」
「っ!結界工作班!後方300m地点の一式はどうしたの!」
「1,2年生を中心に展開中です!」
看板の様なモノを浜辺に突き刺し、結界が展開される。通常ならば、これで十分だ。だが、今回は違う。
美神は万が一を考え、もう一式展開する様に指示していたのだ。
だが、それが未展開なのを指摘し、展開をした彼女達に聞いたのだった。
「貴女達は手持ちの破魔札を予備以外全て使ったらボウガン班と合流!いいわね!」
『はい!』
美神はそう指示を出しながらボウガンを撃つ。彼女達は既に結界の近くへと接近していた舟幽霊を指示通り迎撃する。
「っ!わぉぉぉおぉぉおぉおん!」
「やあ!」
シロは咆哮をあげながら霊波刀を展開し、次々と切り裂いていく。そのシロを狐火で援護するタマモ。
シロが完全に後ろを取られる前にシロの少し後方へと来ていた舟幽霊を撃ち落すのだ。
コンビを組んで数ヶ月とは思えないコンビネーションだ。
最初は仲が悪かった2匹だったが、美神の教育的指導(折檻という名の鞭)に、
おキヌの指摘等(餌付け等の飴)により、このようなコンビネーションを会得した。
(美神への)恐怖の後に妙な信頼関係を得たのが基盤になっている。
(くっ!今は集中するするでござる!)
(はぁ・・・かなりまいっている様ね)
シロは自分の霊波刀で敵を葬る度に、師である横島の使っていた霊波刀と比べてしまう。
だが、それは戦場では命取りになる事を彼女は知っている。
故に意識をきり替えようとする。しかし、上手くいかない。
タマモは相棒であるシロの様子に内心溜め息をつきながら、援護し続ける。
六道陣は苦戦しながらも次々と撃破していく。ソレを海底で察知し、指揮を取る者へ報告する伝令の骸骨がいた。
「舟幽霊部隊7割が全滅しました」
「ほお・・・悪霊部隊を殲滅し、直に戦闘になったというのに・・・なかなかだな」
骸骨の報告に顔をニヤリと歪めてそう言う化け物。
亀と人間を混ぜた様な、醜悪な姿をしたソレは妙に満足気味だ。
「結界が二重に展開されておりますが、どうなさいますか。海坊主様」
「ふむ・・・通常のコマンド部隊を出せ。そして通常の舟幽霊部隊も全鬼だ」
「あら、切り札をきるのはまだ早いとでも?」
海坊主がそう指示を出した後に出てくる2本の角を生やした着物姿の女。
少し不満げに口を尖らすその姿はハッキリ言えば美人だ。
「まあ、そうだが・・・おまえは出るのか?」
「さあ、どうなるかしら?」
美女に海坊主は肯定し、そして問うが、美女はクスクスと笑うだけ。
海坊主は気にした様子は無いようだが、内心気味が悪く思う。
(さあ、うら・・・じゃなかったわね。横島様・・・・・・その力を見せて下さいまし)
(・・・あの女といい、この女いい・・・・・・蛇はこうも変わり者が多いのか?)
クスクスと笑う女に海坊主は完全に気味が悪くなった。
女からは狂気に似た何かが漏れ出しており、それが背中を冷たい刺激を奔らせるのだ。
戦場である浜辺は激戦になってきた。いや、後退すべきかと思われる程戦況は宜しくない。
こちらは疲弊しているというのに、敵は次々へと襲ってくるのだ。
そんな中、舟幽霊の群れから何かが大量に撃ち出された。
「な、何!?」
それに怯えて、少し後ろへと無意識に動く少女。少女がいたそこに、それは着地した。
「へっ!?」
「あ〜失敗してしまいましたー。本当はもっと後ろへ着地する筈だったんですがー」
ソレは剣を持った結構小さな魚な様なモノ。メロウと呼ばれる人魚の一種と呼ばれるモノだ。
愛くるしい容姿のそれに少女は動きを止める。
「それはともかくー・・・死ね!ゴーストスイーパーッ!」
「きゃあ!?」
「う、撃ちなさい!」
可愛い容姿だというのに、いきなり剣呑な雰囲気を出し、その剣を振りかぶる小さなモノ。
それに対し、反射的にそう指示を出すその班の小隊長。
「う゛!?」
「あっ・・・わ、私ったらなんて事を!?」
「見かけに騙されてどうすんの!?」
「だっ、だって〜!」
その矢は見事にメロウの命を刈り取る。メロウを撃った少女は妙な罪悪感を感じ、そんな声を出す。
ソレに対し同級生である少女が嗜める。
ギリッ
それを見た横島は無意識に歯軋りをする。横島は後方50mで全体を見渡している為彼女達の行動を見てたのだ。
「1年生!除霊し辛いなら捕獲しなさい!」
「はい!」
ギリィッ
それを同じく見ていた高学年の生徒は網で捕獲しながらそう言う。その指示に従う大半の1年生。
次々と捕獲する彼女達に横島の目は更に鋭いモノとなる。
捕獲されたメロウに混じって、別のモノがいた。人面を持つカニ、平家ガニだ。その人面がニヤリと醜く歪む。
彼等は彼女達に気付かれない様に網をその鋏をもって切る。そして、機を待つ。
間近にいる1人の少女が完全に背を向けるその瞬間を。
「今じゃあ!」
「危ない!」
「えっ!?」
一匹の号令で全ての網から脱出し、襲い掛かる彼等。その姿に仲間の生徒が指摘するも、遅い。
振り返り見たのは剣を持ったメロウの大群に跳びかかる平家ガニの大群。
「ひぃっ!」
『ぎゃぁあぁああぁあぁぁぁぁああぁああ!!!』
もうだめだ。そう思った刹那、上空から青い光芒が襲来し、敵を滅する。
そして、少女の前に背を向けて横島は着地した。
「あの、ありが―――」
パン!
「・・・え?」
先程敵を無情に殲滅させた姿に恐怖を感じながらも、感謝の念を伝えようとした少女の顔は急に横を向いた。
それほど大きな音では無い破裂音の後にじんじんと痛む右の頬。
少女は何をされたのか理解できなかった。だが、痛む右の頬を押さえながら横島の顔を見、理解する。
自分はこの人に叩かれたと。
「死にたいのか!後先考えずに捕獲してどうする!」
「えっ、で、でも・・・」
「今みたいに襲われるという事を考えていたか!?いや、考えていたらこんな安易な方法は取らないだろうな!」
先輩の言う通りにやったと言い掛けた少女に激昂した声で言う横島。その声音に、完全に縮こまる少女。
「君達の行動で彼女は命の危険に晒された!自身の行動が仲間の命を危険に晒した事を自覚しろ!」
『ッ!』
そう言い残し、銃形の栄光の手で霊波砲を撃つ横島。
彼女達の心は傷つき1人で迎撃する横島の背を見る事しか出来ない。
(くそっ!)
当の横島は内心頭に来ていた。彼女達にではなく、自分自身に。
横島自身何度も仲間の命を危険に晒し、そして救ってきた。
だが、ルシオラの様に助けようとして身代わりになり、逆にその命をもって救われた。
更に、おキヌの場合助けに行ったまでは良いが、あと一歩で殺された。
自身に向かう怒りと憎しみの一遍を偶然にも彼女達に向けてしまった事に横島は自己嫌悪する。
そして、その苛立ちを敵へ向け、連射し、次々と敵を斃す横島。
「(仕方ないわね・・・)反省はこの後にしなさい!今行動しないで誰かが死んだら後悔するわよ!」
『・・・はい』
動きを止めていた一部の六道陣だったが美神の喝の一言により行動を再開する。
美神は横島が言わなければ自身が言うつもりだった事を言われ、その結果フォローする事になった。
美神は横島が苛立ち、その末に言ってしまった事を勘付いていたのだ。
「そんなに気負わないで。横島クン」
「美神さん・・・」
彼女達が行動を再開した為、攻撃を停止した横島の背を軽く叩いて慰める美神。
「でも、俺は・・・」
「あんたが言わなかったら私が言ってたわよ。フォロー、頼んだわよ」
「分かりましたよ。人使いが荒いんですから」
「余計な事は言わない」
苛立ちの末、そんな行動をしてしまったと自己嫌悪する横島に対し、美神はフォローする。
そう言う美神に横島は苦笑いしながらそう言えば、軽く横島の頭をコツンと叩いて、再度前に出る美神。
その後ろ姿は美しかった。
規格外の力を持つ横島がいようとも、全てをカバーしきれるわけではない。
先程は殲滅重視、無差別攻撃に近かった為に出来た芸当であり、乱戦に近い現在の戦況では思うように動けない。
ゆっくりとだが、確実に追い込まれていく六道陣。
そして、破られる時は来た。
「ひしゃくー!」
「「「「「「「きゃぁああ!」」」」」」」
「っ!はあ〜!」
一体の舟幽霊が結界を突破したのだ。ひしゃくから水が無限に出てくる。
ソレを切欠に次々と侵入する舟幽霊。そして滾々と湧き出る大量の水。だが、それは止まる。
六道理事が手を一振りし、一瞬にして放たれた破魔札が水を出していた舟幽霊達を消し去った為だ。
口調こそ間延びしたモノだが、動きは鋭い。
「大丈夫か!?」
「ゲホッ!ゴホ!・・・無理よ!払っても払っても次々に出てくる!こんなのっ!皆死んじゃう!」
水を飲んだ生徒に駆け寄る鬼道教諭。肺に入った水を吐き出した少女は涙目で、恐怖に染まった声音で叫んだ。
「っ〜!鬼道クン〜第二防衛ラインまで後退よ〜!」
「はい!」
「死にたくない、死にたくないよ・・・・・・・・・」
六道理事は後退を決断した。そう指示しながら破魔札を投げつけ、次々と撃破する姿は老いを感じさせない。
素晴しくも鋭い動きで舞う様に破魔札を投げ続ける。
鬼道は六道理事の指示に蹲ってしまった少女を抱えあげると背中を自身の式神である夜叉丸に任せ撤退した。
少女の怯える声音が痛々しい。
「くっ!次から次へと!」
「そんな事言われなくても分かってるよ!」
息を切らせながらもおキヌ達も奮闘していた。基本は破魔札と霊体ボウガン、神通棍が基本装備である。
弓と一文字は神通棍を構え、お互い背中合わせに戦い続けていた。弓の洩らした悪態に一文字は声を荒げる。
(くっ・・・あの男が言った様にマズイですわ)
「2人とも一時撤退です!」
「「っ!」・・・仕方ないですわね!」
弓は心の中で認めたくは無いが、状況は横島の言葉通り芳しくは無い。
おキヌはボウガンを撃ちながら後方から聞こえる指示を2人に伝える。
その指示に対し、弓は苛立ちを込めてそう言い、3人は後退する。
見れば、銀と金のコンビ、シロとタマモも後退を始めていた。
「っ!横島クン!お願い!」
「分かりました!」
右手に栄光の手を纏い、その掌に拳大の霊気の玉を生み出し、掴む。
更に右手に左手を添え、玉の出力を増す。
玉は雷光と火花を放ち始め、その秘める破壊力は並ではないモノと誰にでも分かる様に具現化する。
結界のまん前に立ち、右足を前に出した半身になり左手を添えたまま右手を自身の胸の前に出す。
「うぉぉぉぉおぉおぉおぉおおおお!!!」
接触まであと一歩という刹那、横島は咆哮と共に横一線に薙ぎ払う。
一閃に放たれたソレは敵を横薙ぎに振り払い、全てを滅ぼした。
何も残らない。ただ有るのは静寂と荒れ果てた浜辺、抉れた海岸しかない。
「・・・馬鹿な」
誰かがそう呟いた。先程もそうだが、ありえない光景が彼等の前に広がっていた。
千はいたと思われる敵の群れは一瞬にして蒸発してしまったのだ。
さらに、横島が使用したのは継続されて放たれた高密度、高出力・・・集束された霊波砲だった。
だが、横島のソレは霊波砲と言うよりも霊波刀に近い。
そして、通常ではありえない出力と破壊力だ。通常では出せない威力だ。もっとも、何事にも例外は存在する。
「化け物・・・」
誰かがそう呟いた。
彼等に背を向けて立つ、服装を黒一色にした横島を形容するに相応しい単語だ。
自分達が撤退を選ぶほど危機的状況だというのに、横島はたった一撃でそれを逆転させた。
そして、もしその矛先が自分達に向けば・・・
そこまで考えてしまった者達は一様に顔を青褪め、恐怖にその心と顔を歪めた。
「・・・ふざけるなでござる」
「待ちなさい!」
「しかし!」
自分の師に向かう視線に我慢が出来なかったシロはその目に剣呑な光を宿らせる。
タマモは相棒の様子に危険と判断し、羽交い絞めにした。自身を拘束するタマモにシロは非難に近い目で見る。
「あんたが暴れても仕方が無いでしょう!」
「その様な事分かっているでござる!が、先生をあのような目で見るのは勘弁ならん!」
「・・・シロちゃん。気持ちは分かるけど、今は我慢して」
「おキヌ殿!」
「今は・・・我慢して」
説得を試みるタマモ。だが、シロの一度湧いた怒りは収まりはしない。
激昂するシロに落ち着いた様な声音で言うおキヌ。そのまま矛先をおキヌに向けようとしたシロだが止められた。
おキヌの顔は酷く無表情で、右手は白くなるまで強く握り締められていたのだ。
その声音は冷たい色が有った為、シロもタマモも何も言えなくなってしまっていた。
無表情な顔だが、その双眸は激情が渦巻く。
ぞれは、かつて彼等と同じく横島に恐怖を感じてしまったが故なのだろうか。
それは本人であるおキヌにすら分かりはしない。
「誰に助けてもらったのか分かっていても、怖いって感情は生まれてしまうものなの」
おキヌはそう静かにシロとタマモに言う。その目を真正面から向けられた2匹は一瞬だがゾッとした。
おキヌの目は暗かった。それは自身に向かう戒めであり、怒りでもある。
2匹はおキヌも横島に恐怖した事があると感じ取ってしまった。
そして、本人は横島が気にしなくても自身は自分を許せていないのだと分かってしまった。
「・・・横島クン」
「まだ、来ますね」
美神は昏い海を見ながら結界から出、横島にしか聞こえない位置で小さくそう言った。
自身の生きる為に働く勘が未だに最大レベルの警報をあげているのだ。
横島もそうなのだろうか。静かに同意する。
一方海の底では全滅の報を海坊主が聞いていた。
「ふふふ・・・流石は横島様です」
「・・・俺は出る。貴様はどうする?」
その報にクスクスと笑う女に海坊主は決断を下した。海坊主が出陣する事をハッキリとし、女に問う。
女は笑みのまま愉しそうに海坊主を見た。
「様子を見てから出ます。あの亀をご自由にお使い下さい」
「そうか」
そう言う女に海坊主は背を向け、浜を目指す。
静寂が支配する暗い、昏い海と浜。結界の外で油断無く睨みつける横島に、その側に立つ美神。
六道理事や一部の教諭や生徒を除いた彼等はその不気味なまでの静寂と横島が恐ろしい。
濃い闇の匂いと言うべきか、形容しがたい何かが霧となり出てくる。
季節や環境では決して発生しない霧は唯でさえ不安な彼らの心を更に不安にさせる。
「来る」
横島は静かに誰に言うとでもなく呟いた。霧の中に動く影が見え始める。
それも、1つや2つではない。余りにも多い。横島は右手から霊波砲を放った。
霧が一瞬だが晴れた。
『きゃぁぁあぁあぁぁぁぁああぁああああぁあ』
『いやぁぁぁああぁあああぁぁあああああああ』
浜辺いっぱいにいる異形の人型。魚と人、蟹と人、そしてその双方を中途半端に混ぜた様な人型の群れ。
生臭い腐臭に近い匂いを放ち、人の嫌悪感を刺激する。異形達は形、匂い、雰囲気等全てが異質であり、不気味だ。
ソレ等に六道陣の大半が後ろに向かって走り出す。
その異形を前に逃げなかったのは生徒や教諭を合わせて約2割程しかいない。
(これだけ〜・・・残念ね〜)
六道理事は内心そう呟いた。顔は未だに笑顔だが、その額から冷たい一筋の汗が流れた。
戦いは未だ終わらない。
―後書き―
思ったより長くなったので、一度きります。
まあ、海坊主と話をしているのが誰か、メッチャバレバレだと思います。
そして、横島のヤツ当たり・・・らしくない様に見えますよね。
兎も角、後編は今週中に出せると思います。多分ですが・・・
〜レス返し〜
・ソウシ様
隠し切れない上に、あまり隠してません。な状態です。
・DOM様
黒いマントが必要ですね。いっその事シロとの合体技で斬○竜巻でも?
・・・書く時は面白そうですが、書いた後、やっちまた・・・感が大きそうですね(汗)
・セルク様
時間が許される限り書きます。まあ、AO入試で受かったら10月から全開で書けますがね。
・アイス様
夏バテはキツイです。体重が有る方なんで余計に・・・ですが、めげずに頑張ります。
・February様
誤字報告等、いつもありがとうございます。
強化(狂化?)部隊との戦闘は後編になります。
確かに。水中大脱出や、水深80への生身でのダイブと比べればマシでしょうね〜