インデックスに戻る(フレーム有り無し

▽レス始▼レス末

「この誓いを胸に 第六話(GS)」

カジキマグロ (2007-08-09 23:15/2007-08-10 08:09)
BACK< >NEXT


横島は広い車内の椅子に深く座り、移り行く窓の景色を静かに眺めていた。
彼が思い出しているのは、数十分前の屋敷での会話。
彼はそこで、冥香に一つの提案を出されたのだ。

はじめその話を聞いたときは拒否した。
不思議空間で精神を追い詰められ。
問答無用な強さを誇る式神に蹂躙されるなどで、彼は身も心も既にボロボロだったからだ。

だが、男とは悲しい生き物で……。
目の前に理想郷をチラつかされると、罠だと判っていてもついつい食いついてしまう。

男とは何時になっても少年の心を忘れない。
故に理想郷を追い続ける事はしょうがなくて、ましてや自分はまだ中学生で本当に少年なのだ。
だから理想を追い求めて何が悪い?
悪魔の誘惑に乗って何が悪い?
男であり、少年でもある自分には理想郷を求める熱い思いがある。

だから…。

だから……。

「そろそろ噛むのを止めて下さい。タマモさん。」

「ゴンッ!!」

メリッ。と何とも嫌な音が車内に響く。

「いででで!! しょうがないんや〜! 女子高に連れて行ってくれるなんて言う誘いは断れんのや〜!」 

「ウーーーーー!」

ゴリッ。

「ぬあぁーーーーーー!!」

横島が絶叫しながら、何とかタマモを頭から引き離そうともがくが、タマモはその九つの尻尾を巧みに使い、まるでタコのように横島の頭に絡み付き、自分の身体を完璧に固定していた。

「う〜〜。緊張するわ〜。お母さま〜、私大丈夫かしら〜。」

「大丈夫よ〜。冥子〜。横島君もいるから〜。胸を張りなさい〜。来年からはあなたも此処に入学するのだから〜。」

そんな横島たちを完璧に無視して、六道親子が仲良くお弁当を食べている。

頭から血を流しながら絶叫する少年の隣で、のほほんと弁当を食べる母と娘。
中々シュールな光景だ。

「タマモ!! マジやばい!! 頭蓋骨に穴が開く!! ギブ! ギブ!」

「ウーーーーー!」

「あ〜〜! お母さま〜。そのおにぎり私の〜。」

「え〜〜。私も食べたいの〜〜。頂戴〜〜。」

騒がしくなる一方の後部座席を、チラッと見ながら運転手(52歳、男)はため息を吐いた。
六道の専属運転手になってから10年……。
こんなにも騒がしかった事など、今まで一度も無かった。

(これが……奥様が仰っていらした少年の効果なのですかな?)

そう結論付けると運転手はハンドルを握りなおし、目的地である六道女学院に向けてアクセルを踏んだ。


この誓いを胸に 第六話 六道が為に鐘が鳴る。後編。


「ふっふっふっふ………。難にも引かず。信念を貫き。ついに辿り着いた! 理想郷! 俺のアヴァロン! いざや開かん桃色の門!!」

横島が高らかに右拳を天に突き上げる。
彼の眼からは感動の涙が、滞りなく流れていた。
ついでに額からは、未だにタマモから噛まれ続けている所為で血が滝のように流れていた。

「何あの子……。」

「頭から血を流して、泣きながら笑っているわ……。」

「病んでいるのかしら? 可愛そうに……。」

勿論そんな少年が女子高の中にいると不審者に思われるのは仕方がないことで、横島が警備員に突き出されなかったのは、隣にいる六道親子の御陰と言っていいだろう。

「横島君〜。あんまり叫んでると〜、変な人に思われるわよ〜。」

冥子と手を繋いでいる冥香が、横島に声をかける。

「大丈夫です! もう思われています! でも叫ばずにはいられないのです! 最近全くと言っていいほど普通の出会いが無く、何かとシリアスで殺伐としていました。ここらで一回ぐらいアダルトな出会いをしたいのです!」

「ねぇ〜〜。お母さま〜? 横島くん〜如何したの〜?」

冥子が横島のテンションがやたらと高い理由を、冥香に訊ねる。
そんな娘に冥香はニッコリと微笑んだ。

「横島君に〜深刻なエラーが発生したのよ〜。」

冥子はその母の言葉に「お〜〜〜。」と、何故か感心して手を叩いた。

「いや、別にエラーなんて発生していませんよ。俺は常に正常起動をしていますから。」

「それはそれで問題ね〜〜。」

冥香が口に手を当て、のほほんと笑いながら何気に酷い事を言う。
その言葉にちょっと傷ついたのは横島の秘密だ。

「あっ! 理事長先生。こんにちは。」

「本当だ。こんにちは〜。」

「こんにちは…。」

すると、冥香の姿を見つけた三人の女子生徒が、彼女に挨拶をしてきた。

「生まれる前から愛していました〜〜!」

そこへ自分の煩悩に忠実な横島が、華麗な足捌きで一番初めに挨拶をして来た女子生徒に飛び掛った。

「むっ!」

しかしその女子生徒はそんな横島の奇行にも冷静に対処した。
自分に迫り来る横島の右手首を掴み、そのまま一歩踏み込んで鳩尾に肘鉄。
横島の身体がくの字に曲がった瞬間。肘鉄をかました腕をそのまま横島の右脇に差込。
俗に言う一本背負いで横島を投げ飛ばした。

「どわああああああああ!! ぐはっ!!」

見事な放物線を画いて飛んでいく横島。
彼は2メートルぐらい離れた地点に背中から落下し、腹と背中を押さえながら悶え苦しんでいた。

「あ……。しまった…。」

横島を投げ飛ばした形で固まっていた女子生徒が呟く。
彼女にしてみれば条件反射で横島を投げ飛ばしてしまったが、彼は六道冥香の知り合い。
もしかして自分は、とんでもない無い過ちを犯してしまったのでは無いかと思ったのだ。
故に彼女は泣きそうな表情で冥香の方を見た。

「あら〜〜。流石今年新入生の期待の星ね〜。いい動きだわ〜。」

しかしそんな女子生徒の不安を余所に、冥香は嬉しそうに彼女の先程の動きを褒めていた。

「あ……。あの…。私……。」

「いいのよ〜。気にしない〜。気にしない〜。大丈夫だから〜。」

「すっ……すいません。」

女子生徒が申し訳無さそうに頭を下げる。
そんな彼女の後ろでは、横島が何時の間にか避難をしていたタマモと残り二人の女子生徒に棒で突かれていた。

「キュ〜〜。」

「ね〜。大丈夫? 変態君。」

「ユッキー。もしかしてコイツが噂の変態幽霊かも……。」

「誰が変態幽霊じゃ!!」 

横島が勢い良く立ち上がり、二人の女子生徒に声を荒げる。

「変態幽霊〜? 何かしらそれ〜?」

その話を聞いた冥香が首を傾げる。

「何でも数十分前から校舎の中に現れた悪霊らしく、更衣室やトイレなどに出現しては生徒達を襲うらしいのです。ですから今学校全体でそれ除霊をしようと、一年生徒達で動いているんです。」

横島を投げ飛ばした女子生徒が冥香の問いに答える。
言われてみれば確かに学校全体がピリピリしている様な感じがするし、見かける生徒達は全て三人一組で動いている。

「なるほどね〜〜。う〜〜〜ん。この学校は霊能力者が集まっているから良く悪霊が出るのよね〜。まあ、いいわ〜。これも実習と思って〜。皆で頑張って除霊しちゃいましょ〜〜〜。」

名案が浮かんだという感じで、冥香がポンッと手を叩く。
この学校の最高責任者の割りには軽い人だ。
まあ、女子生徒達も冥香の言葉に「お〜〜〜。」っと楽しそうに乗っているのだから、こんなのでいいのかも知れないが……。

「そうっすか? 大変っすね? いや〜〜〜。折角此処まで招待して貰ったのに残念だ。そんな忙しい事態が起こっているのならば、一般人はさっさと帰るべきですね。では、さようなら〜〜。」

何となく嫌な予感がした横島がタマモを腕の中に抱き、急いでこの場を離れようとする。

しかしその時には彼の襟首がしっかりと冥香に握られていて、その場を離れる事が出来なくなっていた。

「横島君の〜〜。いけず〜〜。手伝ってよ〜〜。」

「本気ですか!? 俺は一般人ですよ!? 勘弁してください!」

「一般人ね〜〜。おばさん〜〜。下手な嘘は嫌い〜〜。」

「嫌いって……。あんた……。」

横島の顔が冥香の言葉で引き攣る。
そんな二人の会話を聞いていた女子生徒たちは、眼を丸くして驚いていた。

「理事長先生。」

真剣な表情をして、横島を投げ飛ばした女子生徒が冥香に声をかける。

「な〜〜に?」

「彼は大丈夫なのでしょうか?」

その女子生徒の言葉に他の二人も頷く。
彼女達が言いたい事は、果たして横島に霊能力者としての実力が有るか如何かと言う事である。

どんな弱い幽霊でも霊能力者で無い者にとっては脅威だ。
それは霊能力者で無い者の攻撃が全く相手に届かないからである。
肉体にダメージを与える事は同じ肉体でも出来るが、霊体にダメージを与える為には常人よりも強力な霊力が必要になる。
もし、それが無い人間が除霊現場に居ると単なる足手纏いにしかならない。
故に彼女達が冥香にこういう質問をするのは至極当然なのである。

「ええ〜〜。勿論よ〜〜。」

その質問に対し冥香が自信満々に頷く。
その姿を見た女子生徒達は、もう何も言わなかった。
彼女達にとって冥香の態度が、何よりの信用になるからだ。

「君は確か…。横島君だったわね。」

横島を投げ飛ばした女子生徒が、彼に尋ねる。

「まあ、そうです………。」

「私は前野里美。こっちの背が小さいのが奈央。髪をポニーテールにしているのが雪よ。」

「よろしくね〜〜。ユッキーだよ〜。」

「まあ、よろしく。」

「はあ……。」

自己紹介をする三人に横島が曖昧な返事を返す。
スレンダーな身体と利発そうな雰囲気により少しだけ大人びて見える前野。この中で一番背が高く身体のラインが素晴らしいのにも関わらず、表情からか、幼く見えてしまう雪。背が横島と変わらないぐらいに低く(150cm前半ぐらい)独特の雰囲気を感じさせる奈央。三人ともタイプは違うが十分美人の部類に入る。
普段の横島からしてみれば、こんな女性達に自己紹介をされる機会など願っても無い事なのだが……。

この後の展開を考えると素直に喜べない。

「よし! お互いに自己紹介も終わったし……いくぞ!!」

「「お〜〜〜!!」」

「やっぱりか………。」

何時の間にか除霊を手伝う雰囲気になっているのに、横島は深いため息を吐いた。

「コン……。」

すると横島の心情を察したのか、タマモが彼の足に擦り寄って来た。

「タマモ……。」

横島はそんな彼女のお陰で少しだけ心が軽くなるのを感じた。
そして彼は優しく微笑むと、タマモを優しく腕の中に抱き上げた。

「そうだな……。そうだよな…。ありがとうなタマモ。前向きに考えれば合法的に男の楽園に入れるんだ! むしろ喜ぶべき事なんだよな!!」

横島は我が意を得たと言わんばかりに頷き、タマモに向かってサムズアップをした。
そんな彼の顔面にタマモは、無言で九つの尻尾を一斉に叩き込んだ。


「あらあら〜〜。楽しそうね〜〜。」

冥香が校舎の方へ向かう横島達を見ながら何時もののほほんとした笑みを浮かべる。

「いいな〜。私も一緒に行きたいな〜。」

そんな冥香の隣では、冥子が横島達を見ながら羨ましそうにしている。

「大丈夫よ〜。冥子〜。あなたにも参加してもらうから〜。」

「本当に〜。おかあさま〜。」

「ええ〜。」

「わ〜〜い。やった〜〜。」

その言葉を聞き冥子が嬉しそうに冥香に抱きつく。
太陽の様な明るさで笑い自分に甘える娘の頭を彼女は優しく撫でてあげた。

「でも〜。その前に私にショウトラを貸してね〜。」

「え〜。なんで〜?」

「お願い〜。」

「う〜〜〜ん。判りました〜〜。」

予想だにしなかった冥香のお願いに驚いた冥子は、少し考える素振りをすると頷き、自分の影の中から一匹の少し丸っこい、細目の犬みたいな式神を召喚した。

「ありがとう〜。じゃあ〜、彼女について行きなさい〜。フミさん〜。」

「はい、奥様。」

冥香が名前を呼ぶと一人のメイド服を着た女性が何処からとも無く姿を現した。

「あ〜。フミさんだ〜。」

フミと呼ばれた女性の姿を確認すると冥子は笑顔を浮かべ彼女に向けて手を振った。
フミもそんな冥子に微笑んで手を振り返す。

「フミさん〜。冥子をお願いね〜。」

「はい。では、お嬢様。私と共に行きましょう。」

「うん〜〜。」

冥子が元気良く返事をすると冥香から離れ、フミの下へ駆け寄った。
そして二人は姉妹の様に仲良く手を繋ぐとそのまま校舎の方へ歩いていった。

「さてと〜〜………。土台は整ったわね。」

冥子とフミの背中を見送る冥香の声の質が、気の抜ける間延びしたものから冷酷な策士のものへと変わる。

「後は任せたわよ。横島君……。」

その顔に妖艶な笑みを浮かべて……。


六道女学院。

全国でも珍しい霊能課と言う特殊な学課を持つ学校の一つで、此処には全国から霊能力に目覚めた多くの少女達が集められている。
六道女学院の他にも霊能課と言う特殊な学課を持つ学校は、奈良の大東寺高校、長崎の聖華高校、福岡の藤府高校などが存在する。
これらの高校の特徴としては、宗教がそれぞれの学校において深く関係し、霊能力に目覚めた人間でもかなり人を選んでしまう傾向にある事だ。

しかし六道女学院は違う。
此処は基本的に宗教など関係ない。
仏教だろうが、神道だろうが、キリスト教だろうが、ましてや無宗教だろうが入学できる。
ついでに言うと、冥香の許可さえ貰えれば、人間でなくとも入学できるらしい。
その証拠として、過去の卒業生には妖怪もいたそうな……。

形式に囚われず、繁栄の為に力を尽くしたこの学校は、霊能課が存在する高校の中では一番新しいにも関わらず、今では日本最大の霊能高校と言われるまで急成長した。
そしてこの学校を其処まで言わす程に成長させたのが、他でもない冥香だ。

六道女学院とは六道冥香の言わば、経営手腕の象徴の一つなのだ。


「さて……。私達が見回りをする区間なんだけど…。二階の音楽室から一年更衣室までとなっている。今回の悪霊はトイレや更衣室に良く出没するって言われているから、更衣室を調べるときは特に気をつけてね。」

横島達は今、二階の廊下で円になって今後の動きについての確認をしていた。

「「りょうかい〜。」」

「ういっす……。」

このチームのリーダーである前野の言葉に横島達が頷く。
この時横島はタマモの攻撃を受けて出た鼻血を押さえる為、鼻の穴にティッシュを突っ込んでおり少し喋り難そうだった。

「大丈夫か? 横島?」

前野がそんな横島を心配そうに見つめる。

「大丈夫っすよ鼻血ぐらい。それにもう殆ど止まっていますから。」

そこで横島は鼻の穴からティッシュをとる。

「ならいいけど……。」

「もう里美は心配しすぎ〜。ヨコが良いって言っているんだから心配しない。」

軽薄な口調で雪が前野の肩を叩く。

「そうそう。」

そしてそれに便乗するかのように奈央が頷いた。

「あんた達は、少しは心配してくれ……。」

そんな雪と奈央を横島が半眼で睨みつける。
しかしそんな彼の視線など何処吹く風。
彼女達は楽しそうに笑っているだけであった。

「まあ、あんまり時間も無いし……。横島が大丈夫と言うのならばさっさと行くか。」

三人の会話に前野が苦笑しながらも、既に視界の中に入っている音楽室へ向け歩き始めた。
そして騒いでいる横島達もそれに続く。

「だね〜。除霊に見事成功したチームには、特別ボーナスがもらえて成績がアップするらしいからね〜。頑張んないと!」

「確かに…。ユッキーは点数が欲しかろう。」

「如何いう意味よ? 奈央。」

「別に……。」

「はいはい。お喋り終わり。そろそろ音楽室だぞ。」

前野の言葉に睨みあっていた二人が頷くと、直ぐに真剣な表情で辺りを警戒し始めた。
余裕を持って先程まで会話をしていた様に思えるが、実際彼女達は緊張していた。
その所為か、動きが何処と無くぎこちない。

「実戦は初めてっすか?」

そんな彼女達の様子を見ていた横島が、自分の前を歩く奈央に質問をする。

「ええ……。横島君は?」

「俺っすか? 俺は〜。悪霊とはこれで二回目ですかね……。」

「本当に?」

奈央が驚いた様に眼を見開く。
彼女にしてみれば自分よりも年下である横島が、実戦を既に経験している事が信じられないのだ。
否、奈央だけでない。
前野と雪も、横島の言葉に驚いて眼を見開いている。
そんな彼女達の表情に横島は思わず苦笑してしまった。

「別に俺が倒した訳でも、戦った訳でも無いっすよ。俺は唯その現場に居ただけで……。何もしていませんよ。」

「あ〜〜。そうか〜〜。いや、ビックリさせるなよ。ヨコ〜。」

「現場に偶々居合わせた……。見たいな感じか?」

雪と前野がホッとした様に肩を落としながら横島に尋ねる。

「ええ……。まあ、そんなとこっすかね。」

「なるほど……。それで横島君は悪霊を華麗に倒すGSを見て憧れを抱いた……。だから将来GSになる為に霊能力の修行に励んでいて、六道理事長に認められるぐらいの力をその年で手に入れたと……。」

「おーーー! 何だかカッコいいね〜。何処のヒロー候補だよ。お前。」

奈央の推理を聞き、雪が楽しそうに声を上げながら横島の肩を力強く叩く。
その間も横島は、ずっと苦笑をしていた。


そんな単純な話では無いんだけどな……。


そう心の中で呟きながら。

「楽しそうな会話の最中悪いけど……。そろそろ中に入るよ?」

会話をしている最中に、音楽室に着いたので、前野が音楽室の扉に手をかけながら横島達に声をかける。

「りょうかい〜。任せて。」

「そうね、行きましょう……。」

「いいっすよ。」

前野の言葉に三人が頷く。
そして前野はゆっくりと音楽室のドアを開けた。


結果として空振りだった。

念のために横島が半分寝ていたタマモに頼んで、悪霊らしき霊気の匂いがないか如何かを嗅いで貰ったが、それらしき匂いは発見出来なかった。

まあ、このことは始めから予想していた事でもあり、横島達も特に何とも思わなかった。
しかし次の所も空振り、その次も、そのまた次も空振りで、流石にメンバーにも疲労からか。
段々と緊張感が無くなって来た。

(まあ、しょうがないかな……。)

横島はそんな彼女達を一番後ろから見ながらそう思った。

訓練と実戦の違い。
それは極度の緊張感が有るか無いかだ。
よくスポーツ選手は本番の緊張感を持って練習に取り組めと言われている。
それは本番で自分の実力を十二分に発揮出来るようにする為の一つの訓練だ。
しかしそんな訓練を毎日のように続けている者達でさえ、本番で全てを出し切る事など簡単には出来ない。
その原因となるのが本番独特の緊張感。
これが選手の動きを硬くし、思考を鈍くし、疲労を溜まり易くさせる。
それにより敗北を決した者などこの世に腐るほど居るだろう。
更にだ、今横島達がやっている事はスポーツの試合とは違う。
ルールも、時間制限も何も無い。


言わば実戦。


何時終わるか判らない。何処に敵が居るのか判らない。下手をすれば死ぬかもしれない。
これから来る緊張感は想像を絶する物で、スポーツの試合とはまた違ってくる。
故に前野達が知らず知らずの内に、疲労を蓄積したのはしょうがない事なのである。

(それも初めての実戦だしな……。)

横島は過去に実戦を3回経験した事がある。
彼が未だに適度な緊張感と体力を一定に保っているのは、その経験が大きな要因となっていた。

しかし前野達は違う。
そんなに気温が高い訳でもないのに彼女達は額に汗を浮かべ、足取りも当初とは比べ物にならないほど重くなっている。
今幽霊が彼女達を襲ってきたらかなり危険だ。
敗北する可能性の方が高いかもしれない。


そこで横島の脳裏に嫌な考えが浮かんでしまった。


冥香がこうなる事を把握していなかった事などあるのか?


少し状況を整理してみよう。
この除霊作戦は基本的に三人一組でチームを組み行動をしている。
そのチーム分けも成績や相性などで決められており、非常にバランスが取れている。

例えば前野チーム。
万能型の前野。近接戦闘型の雪。補助要員の奈央。
先頭に雪を置き、真ん中に前野、最後尾に奈央を配置すれば、基本的に幅広い戦闘に対処出来るチームとなっている。
横島もその話を聞いたとき妥当な考えだと思ったが、この除霊行動に参加出来るのが一年だけと言う話には思わず首を捻ってしまった。

普通は逆では無いだろうか?
この学校の生徒は将来GSを目指す者が多い。
故に教育課程で除霊行動を行う実習なども存在し、上級生になればなるほど実戦経験を積んでいると言っていい。
何故冥香は態々素人同然の一年生のみで、除霊行動を行わせいるのか?
横島はその事を前野達に聞いてみたが、彼女達はこの除霊行動を決めたのは冥香では無く、教師達だと言った。
そして自分達のみで行う理由は、今後の為と教師達から言われたらしい。

横島はその話を聞き成る程と頷いたが、それは絶対に有り得ないと心の中で思っていた。
恐らく冥香は全てを知っていた。
この学校に幽霊が出た事も、一年のみで除霊行動を行わせている事も、そしてそれがどれだけ危険である事かも……。
今校舎の中で動いているチームは全部で30。
その中で唯一、助っ人的存在である横島がいるチームは、前野チームのみ……。
これが一体何を意図しているのか?
其処まで考えて横島は、何となく嫌な予感がするので改めて気を引き締めなおした。


そして場所はついに最後の一年更衣室。

「此処でラストか……。」

前野が更衣室のドアの前に立ち呟く。

「でも本当にいるのかな〜。もう、他の班が退治しちゃったとか?」

「それなら校内放送で知らせるはず……。」

雪の言葉に奈央が答える。

「そうっすよ。最後まで気を抜かず行きましょうよ。」

横島が真剣な表情で口を開く。

「そうだな、横島の言うと通りだ。最後まで気を抜かず行くぞ。」

そう言うと前野が更衣室のドアを開ける。
そして雪を先頭に前野、奈央、横島と言う順番で部屋の中に入っていった。

四人は暫く部屋の中を調べていたが、悪霊が襲ってくる気配は全く無かった。

「此処も空振りかな……。」

雪が呟く。

「ちょっと待ってください。タマモに匂いを嗅がせますから。お〜〜い。タマモ〜〜。起きろ〜〜。」

横島が頭上で器用に寝ているタマモを、起こそうと声をかける。
するとタマモが大きな欠伸をして、目を覚ました。

「キュ………?」

「タマモ、悪霊がいるかどうか匂いを嗅いでくれないか?」

「コン……。」

タマモが眠そうに目を擦りながらも、鼻を動かして匂いを嗅ぎ始める。

「キュ?」

「如何した? タマモ?」

「コン!」

「おっと……。何か見つけたのか?」

突然大きな声で鳴き、横島の頭から飛び降りたタマモは、先程の眠そうな顔を一変させ真剣な表情で匂いを嗅ぎ始めた。

「何かいるのか?」

前野が横島に尋ねる。

「判りません……。でも何か見つけたんでしょうね。」

二人が話している間にも、タマモは匂いを嗅ぎながら動き続けている。
そして彼女はある一つのロッカー前に辿り着いた。

「げっ……。」

すると雪が苦虫を潰したような顔をして声を上げる。
そんな彼女を無視して、タマモは器用にロッカーを開けると中からスーパーの袋を取り出した。

「コン♪」

そしてやたら嬉しそうに泣くと、彼女は袋の中を勝手にあさり始めた。

「ああああああ〜〜〜!! 我が家の晩御飯のおかず〜〜〜!!」

声を荒げ、雪が慌てて袋を取り返そうとタマモに掴みかかるが、タマモはそれをヒラリとかわし袋の中から油揚げを盗った。

「それカボチャと一緒に煮ようと思ったのに〜〜。返せ〜〜。」

「コン♪」

雪の悲痛の叫びを完全に無視して、タマモは好物の油揚げを丸呑みし喉をゴクリと鳴らした。

「あああああぁぁ………。」

その光景を見た雪がガックリと膝から崩れ落ちる。
正直油揚げを食われたぐらいで此処まで落ち込むのは如何かと思うが……。

「まあ……。何にせよ此処もはずれかな?」

何ともいえない表情で雪を見つめていた前野が奈央に声をかけた。

「そうね。」

それに対し前野と同様に何ともいえない表情を浮かべていた奈央が頷く。
彼女達の警戒心は、この一連の騒動で完全に解けてしまったようだ。

(本当にこれで終わりか?)

唯一人、横島は腑に落ちない表情で辺りを見回していた。
正直に言うとだ。
途中から横島は、この学校内ではタマモの鼻は余り役に立たない事に気がついていた。
もし何か悪霊の霊気の匂いが染み付いた物があれば、タマモはそれを基に悪霊を探し出せるかもしれない。
もし此処が、何の変哲も無い建物の中だったら悪霊の霊気を感じ取れたかもしれない。
しかし此処は数多くの霊能力者が存在する学校、普通より強力な霊気の匂いがあちら此方に充満している様な空間。
子供であり、まだ力がそんなに無いタマモが、この空間の中から悪霊の霊気を探し出す事など出来ないはず……。確証はないが……。
だから今頼りなのは八神との訓練で鍛えてきた自分の第六感。
そしてそれが今疼いている……。と言う事は……。

「横島、如何した?」

更衣室のドアの近くに立っていた前野が横島に声をかけてくる。
横島は考え事に没頭していたらしく、彼女達が廊下に出ていたことに気がついていなかった。

「ああ、いや。何でもないっす。」

「そうか? なら行くぞ。もう私達以外は外に出たからな。」

前野がそう言うと更衣室から廊下に出ようと一歩前へ踏み出す。

その刹那だった。

行き成りドアが物凄い勢いで閉まった。

「キャッ!!」

それに驚いた前野が悲鳴を上げ尻餅をつく。

「大丈夫っすか!?」

その姿を見た横島が慌てて前野の方へ駆け寄る。
ドアの向こうでは雪達が此方の無事を確認するかのように叫んでいる。

(やられた。やはり此処が当たりだったようだ。)

横島が舌打ちをして、部屋の中央に視線を向ける。
其処には30代ぐらいの男の幽霊が佇んでいた。

『おんなぁぁああぁ……。』

幽霊が……。否、悪霊が狂気を宿した目で前野を見る。
人間、ああなったらお仕舞いだな……。
横島は何となくそう思った。

「なっ!? 出た!!」

悪霊の姿を確認した前野が立ち上がり神通棍を取り出し正眼に構える。
その隣では横島も神通棍を取り出し正眼に構えていた。
そんな横島の姿を見た前野が、視線は悪霊に固定したままで彼に話しかける。

「横島もオールラウンド?」

「いや、俺は特化型ですね。」

「そう……。援護とか出来る?」

「合わせる事なら多分……。」

「なら、私が前衛で戦うからお願い。」

「………了解。」

前野は横島の言葉を聞くと地を蹴り相手との距離を一気につめた。

(速いな……。流石は期待の星ってか?)

横島はそんな事を考えながら悪霊を挟み撃ちにする為に後方へ回り込む。

「はあっ!!」

裂帛の気合と共に前野が悪霊の脳天目掛けて神通棍を振り下ろす。
しかしその一撃は虚しく空を切る。

「ちっ! ならこれなら!」

そう言って前野は破魔札を取り出そうとスカートについているポケットに右手を突っ込む。
そして悪霊目掛けてそれを投げつけた。

「悪霊退散!!」

その言葉が発動のキーなのか、破魔札が眩い光を発して爆発を起こした。
そして爆発の衝撃でガラスが割れ、ロッカーの何個かが大破してしまった。

「ふ〜〜。やったか?」

無事除霊出来たと思った前野が、構えをとき額の汗を拭う。

「馬鹿! まだだ!!」

すると横島の怒声が響く。
その声に驚いた前野が、再度構えをとろうとするが、それよりも先に煙の中から悪霊の姿が出てきた。

『おんなぁぁ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!』

「キャーーーーーー!!」

しっかりとした体制が整っていなかったのが仇となり、前野が悪霊の一撃で大きく後方へ飛ばされる。
そしてその時に彼女は神通棍を手から離してしまった。

『おんなああぁぁぁ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!』

それをチャンスだと思ったのか、悪霊が醜い笑みと瞳に欲望の色を浮かべながら前野に飛び掛った。

前野はその余りの光景に恐怖した。
悪霊と本格的に戦うなど今回が初めてであったが、彼女にはそれなりの自信があった。
彼女の霊的格闘センスは一年の中でもトップクラスだ。
それに加え霊格もこの学園の中でかなり高い方で、別に天狗にはなっていなかったが、それなりの自信にはなっていた。

だが蓋を開けてみると如何だ?
自分の攻撃は相手に全く通用しない。
それどころか油断をして吹き飛ばされてしまい武器も落としてしまった。
その所為でもう自分には抗う術がない。
故に彼女は恐怖した。
迫り来る悪霊に恐怖した。


怖い…。


怖い怖い……。


怖い怖い怖い怖い怖い!!


「いやーーーーーーーーーー!!!」

その恐怖は絶叫となって部屋の中に木霊した。


「俺を忘れるなよ……。」


肉を切り裂くような音と共に静かな、それでいて微かに怒気を含んだ声が辺りに響く。

「美人に手を上げる事は断じて許さん!」

見上げてみれば悪霊の口から神通棍が生えていた。

「霊力放出!!」

その言葉と共に神通棍が強烈な光を発し、悪霊は声を上げる事も出来ず消滅していった。

前野はその光景を呆然と眺めていた。
そして思わず苦笑してしまった。

成る程……。良く判った。
何故六道理事長が彼を推したのか……。
この横島という少年は自分とは何もかもが違う。
その心構えも、技術も、霊格も…。

「本当に……。凄いんだな…。君は…。」

「まあ、慣れてますから。」

前野の心からの賛辞に横島が照れたように頭を欠きながら答える。
そんな横島の態度に前野は楽しそうに微笑んでいた。

「ふふ…。さっきまであんな戦いをしていた者とは思えないな。」

「あ〜〜いや〜〜その〜〜。」

「ふふふふふ……。」

気恥ずかしくなってきたのか、横島の顔が少し赤みを帯びている。
横島は本能的にこのままだと会話のペースを相手に持っていかれると思い、今の雰囲気を強制的に断ち切ることにした。

「まあ、そんな事よりも邪魔者はいなくなった今!! ボクと一緒に大人への階段を一気に駆け上がりましょう〜〜〜!!」

そう叫ぶと横島が前野に向かって飛び掛ろうと一歩踏み出す。

「へっ?」

すると突然彼のバランスが崩れ、前野を本当に押し倒してしまった。
如何やら先程の戦いで更衣室のロッカーの中から色々物が床に転がっていたらしく、横島はそれに足をとられてしまったようだった。

(しまった〜〜〜〜〜!!)

横島が心の中で叫ぶ。
本来なら思いっきりジャンプをして相手に殴られるか、抵抗されるかの隙を作るつもりだったのが、一気に押し倒してしまった。

これは非常にやばい。
何がやばいって? 横島の理性がだ。
普段は大人びていて利発なお姉さま系の前野が先程の恐怖からか、瞳を潤ませ、此方を呆然と……。否、可愛らしくキョトンとした顔で見つめられるのは正直グッと来る。

「あ……。」

突然前野が色っぽい声を上げる。
それと同時に彼女の顔が赤みを帯びていく。
もしかして誘ってる? と横島は思ってしまった。

「その……。胸……。」

「胸?」

胸と言われたので横島の視線が前野の胸に行く。
其処にはしっかりと前野の小ぶりな丘を掴んでいる横島の右手があった。

(うおおおおお!! 何処の碇シンジだよ俺は!?)

この時点で横島の頭の中が混乱の極みに達していた。
それは前野の方も一緒らしく、二人ともこの場から動く事が全く出来ない。


するとその時、更衣室のドアが勢い良く開いた。


「大丈夫っ………か……?」

其処には雪や奈央、タマモだけでなく冥子やその他の生徒達がいた。

「ヨコ……。あんた……。」

雪が震える手で此方を指差しながら口を開く。

「やはり犯人は横島君だったか……。」

雪の隣にいた奈央が納得したように頷く。

「真に残念な事です。横島様が犯人だったとは……。」

冥子の隣に立っているメイド服を着た女性が、ハンカチを目に当て、泣いているフリをする。
その前に誰ですかあなたは?

「横島くんが犯人だったのね〜。横島くんは変態さんなんだ〜。でも、大丈夫よ〜。私フミさんから教えられたの〜。お友達が変態さんの道に入ったら正しい道に戻してあげるのが〜本当の友達だって〜。」

冥子が目に涙を浮かべながら、己の影から式神を召喚する。
言っている事は正しいが、恐らくやろうとしている事は激しく間違っている。
横島は助けを求めるかの様にタマモの方へ視線を向ける。
すると其処には、九本の尻尾の先に炎を出現させている子狐がいた。


あれ?

確かさっきまでそんな芸当出来なかったよね? 

もしかして此処に来てレベルアップ?


横島の額にダラダラと冷や汗が流れる。

「俺の話を聞いてはくれないかな?」

そして起死回生を狙って会心の笑みでタマモと冥子に話しかけた。

その返答は式神と炎だった。


「時々思うが良く生きているな…俺……。」

あれから見事にタマモと冥子のスーパーコンボに吹っ飛ばされた横島は、二階の一年更衣室の窓を突き破りそのまま地面に落下した。
それなのに打撲ぐらいですんでいるのは、当に脅威と言っていい頑丈さだろう。

「でも、やっぱり痛いな〜。全く如何して俺がこんな目に遭わないかんのですか? 冥香さん。」

「あら〜。それは横島君の天性の物ではないかしら〜。」

横島が節々の痛みで顔をしかめながら上体を起こし、何時もののほほんとした笑みを浮かべ、後ろに立っている冥香を半眼で睨みつけた。

「そんな天性お断りや! ……ところで今回の事件について全部知っていましたよね?」

「ええ〜。うちの高校では数年に一度抜き打ちで、ああいった事をするのよ〜。」

横島の問いに何でも無いかのように答える冥香。
その態度に彼は思わずため息を吐いてしまった。
普通こういう時は少しぐらい誤魔化す物ではないのかと……。

「……目的……。聞いてもいいですか?」

「別に構わないわよ〜。大した事でもないし〜。前野さんについての私の評価って覚えてる?」

「確か……。今年一年の期待の星でしたっけ?」

横島の答えに冥香が頷く。

「その通りよ〜。まあ、これは特定の進学高校でも言える事なんだけど〜。そういった所では生徒全てに平等ではないの〜。例えば一つの学年に100人の生徒がいるとするわね〜。でも実際教師側が真剣に見るのはその半数ぐらい〜。要は成績の良い50人ぐらいと言うわけ〜………何故だか判る?」

一瞬の沈黙と共に、冥香の口調がガラリと変わる。
その変化に横島は思わず目を大きく見開き驚いてしまった。

「………いえ。」

しかし横島は彼女の質問に答えた。
此処で沈黙してしまったら、またペースをあちらに持っていかれる可能性があるからだ。
それだけは何としても避けなければならない。

そんな横島の心情を知ってか知らずか。
冥香が妖艶な笑みを浮かべた。

「進学校が自分の所の名声を上げるには、結果を残さなければならない。全ての生徒の面倒を満遍なく見て、全員を何かしらの私立、国立に合格させるよりは、ほんの一握りの生徒を東大に合格させる方が、遥かに名声が上がるわ。それにそういった名声がある学校には、そういった生徒達が今度は集まるようになってくる……。ほら、そうすれば学校全体の実力が底上げされ、また名声が上がるわ。良い連鎖よね……これって……。」

「なら前野さん達がその名声を上げてくれる生徒だと……。」

「そうね。それにGS試験に合格する事は東大合格よりも難しいわ。平均で60倍はあるから。だから全国の霊能課がある学校から、一人か二人でも合格者が出ればそれでいいわけなの。私の学校では、数人の生徒に英才教育をさりげなく行う事でその一人、二人に毎年滑り込んでいるの……。ああ、此処が大事。さりげなくよ。もしあからさまに行うと非難が来るから……。黙らせる事は簡単だけど……面倒でしょ?」

「面倒と言われましても……。」

横島は思わず引き攣った笑みを浮かべてしまった。
初めて会ったときは自分の母親と同類かと思っていたが……。
如何やらこっちの方がやばいかも知れない。

「そしてもう一つの目的は……。」

「まだあるんかい!?」

思わず横島は、声を荒げ突っ込んでしまった。
冥香はその横島の反応に嬉しそうに笑い、和服の袖の中からトランシーバーのような物を取り出した。
そして彼女が徐にスイッチを押すと、辺りに騒がしい女子達の声が響いた。

『すごいわ! 冥子ちゃん変態を退治しちゃった〜!』

『偉いわよ〜〜!』

『えへへ〜〜。』

『きゃ〜〜〜! かわいい何この子!』

『妖弧ね〜〜。尻尾が九本あるから九尾かしら?』

『でも、すごくかわいい! それにさっきの姿もかっこ良かった!』

『あ〜〜ん。お持ち帰りしたい〜。学食できつねうどん食べさせてあげる〜!』

『コン♪』

『冥子ちゃんも一緒に行こうよ〜〜。』

『うん〜。』

ここで冥香がスイッチを切った為、音が途切れる。
横島はそんな彼女の姿を黙って見つめていた。
そしてやっと判った。
彼女のもう一つの目的が……。

「冥子ちゃんの為……。ですか?」

「それとタマモちゃんよ。」

冥香のその言葉に横島の目が鋭くなる。

「如何いう事ですか?」

そう言った横島の言葉には、あきらかな警戒心が含まれていた。
しかしそんな彼の変化にも冥香は全く動じることなく、唯笑みを浮かべているだけであった。

「ふふ……。そんな警戒しなくていいわ。別にとって食おうと言う訳ではないのだから。」

「あんまり信じられませんね〜。」

「あら〜。信じてくれないの〜。おばさん悲しいわ……。」

冥香が服の袖を目元に当て、ヨヨヨっと泣いているフリをする。
普段の横島ならそれなりの反応を返すかもしれないが、今の彼は静かに冥香を見つめるだけであった。

「つれないわね〜。」

故にそれを感じた冥香も直ぐに芝居を止める。

「答えて下さいよ……。ふざけないで。」

「あらあら……。勇ましいわね〜。私にたてつく?」

冥香の表情からスッと笑みが消える。
その刹那、横島の身体に鳥肌が立った。
流石は日本最大のオカルト大家、六道の現当主だ。
ただ無表情で見られているだけなのに……殺気など全く感じ無いのに、威圧感が尋常ではない。
冷や汗が滞りなく流れ、自分の身体の体温がドンドン下がっていくのを感じる。

「必要とあるなら………。」

ゆっくりとした口調で、されどしっかりと横島が言葉を返す。
正直返答を返せた自分を、褒めてあげたいと横島は思った。

そして二人は無言でお互いを見つめる。

時間にして数十秒だったが、横島にはそれが数時間にも感じられた。

「良い顔ね〜。流石は百合子の息子かしら〜。」

すると突然冥香が、表情を一変させて嬉しそうに微笑む。
その変化に横島は一瞬驚いたが、それよりも彼女の言葉の方にもっと驚いた。

「お袋を知ってるんっすか!?」

驚愕に満ちた表情で冥香に訊ねる。

「私の掛け替えの無いお友達よ〜。幼馴染ともいうわね〜。」

「マジか……。」

「そして私に〜。こういった術を教えてくれた張本人なの〜。私って昔は素直で内気だったから〜。今みたいに人を騙したり陥れたり出来なかったの〜。でも〜。百合子のお陰で今はバッチリ〜。」

冥香が横島に向けてブイサインをする。
その姿に横島はガックリと肩を落とした。

(あのババア……。何ということを……。)

横島は遠い異国の地にいる母親を心の中で罵った。

「だからそんな百合子からのお願いは私断れないの〜。御免なさいね〜。横島君〜。」

「ちょっと待った……。お願いって何?」

横島が右手の平を冥香に突き出し、青白い顔で訊ねる。

「えっとね〜。あなたにこの世界が如何いったものなのかを教えて〜。だって〜。」

「という事は……。今回私が式神に吹っ飛ばされ、炎に焼かれ、あなた様に精神をこれでもかって程追い詰められたのは……。うちの母親の所為?」

「ピンポ〜〜ン。せいか〜〜い。」

冥香が拍手をしながら横島を褒める。
しかし今の彼には全く届かない。
まさかそんな落ちがあるとは、思いもしなかったのだ。
今回の黒幕が母親だったと言う落ちなんて……。

「は……。はは……。はははははは…。」

横島が涙を流しながら乾いた笑みを浮かべる。

「あらあら〜。涙が出るほど嬉しいの〜。良かったわね〜。愛されていて〜。おばさん羨ましい〜。」

「何処がじゃーーーー!!!」

横島が腹の底から叫び声を上げる。
この人は何でこうなのだろうか?
何処を如何解釈したらそうなるのだろうか?
この時横島はもう色んな意味で疲れていた。

「ふふ〜。判らない〜? 本当に愛されているのよ〜。」

「だから………。」

横島は疲労感からか、魚が死んだような目で言葉を紡ごうとするが、それは冥香の言葉によって遮られた。

「愛しているのよ。百合子はあなたの事を…。だから私にこんな事を頼んだの。だってあなたは此方の世界を知り、それでいて踏み込んでいるから。あなたが将来幸せを手に入れる為には、これから色々な障害を乗り越えなければならないわ。もしそのときにあなたに力が…知識が無かったら、あなたは利用されて捨てられるだけの駒に成り下がってしまう。百合子はそうなって欲しくないから、あなたに試練を課したのよ。」

「あっ……。」

その冥香の真剣な表情と言葉に横島は何も言い返せなかった。

「正直、親としては子供にこんな世界なんて知ってほしくないわ。でも……。それではダメなの。力がある者にはその分敵も多いから……。この子には何も知らずに一般人として生きていって欲しい。それは私達の様な親にとっての最もな願い…。しかしそれと同時に最も願ってはいけない事でもあるの。判る? 幾ら身内が、この子は一般人で何も知らない出来ない子だから関係ないといっても、巻き込まれるときは巻き込まれる。それに一般人として育てられたから戦う術も、逃れる術も持っていない……。それがどれ程危険な事か……。今のあなたなら判るでしょ?」

悲しげな表情で冥香が言葉を続ける。
もしかして過去にそういった経験でもあったのだろうか?
横島には何も判らなかった。

「百合子はあなたの事を本当に愛している。だからあなたに知って欲しかったのよ。最後まで生き残るために……。」

冥香がそう最後に締めくくり口を閉じる。
二人の間には、重い体にねっとりと纏わりつくような空気が流れていた。

「冥子ちゃんにも教えるんですか?」

「ええ……。」

「そうっすか。」

横島がそれだけ言うと虚空を見上げる。
そこには青空の中にまるで線を引いたような雲が流れていた。
飛行機でも通ったのだろうか?
はっきりと見えていることから推測すると、ついさっき通ったらしい。

(全く気づかなかったな〜。)

それほどまで集中して冥香と会話をしていた。
キャラに似合わずシリアスを貫き通した。
もうこれ以上は無理だな……。キツイ。

「タマモ……。タマモを如何するんですか?」

だから今一番聞きたいことを聞こうと思い、横島は冥香に声をかける。

「危害を加えるつもりは無いわ。唯将来タマモちゃんがうちの高校に入学してくれたらな〜。って思っただけよ。」

「あ〜〜〜。成る程。」

横島が力なく頷く。
彼は今回の冥香の目的が全て判ったような気がした。
一つ目は、前野を鍛える事、それは将来的に六道女学院の名声を上げる為。
二つ目は、冥子をこの学園に受け入れさせるための工作。来年入学するらしいし……。
三つ目は、タマモを生徒達に受け入れさせるため。本来なら、九尾であるタマモを受け入れさせる事は、容易ではないのだが……。生徒達は簡単にタマモを受け入れた。恐らく生徒の中に冥香の手の者が混じって先導したのであろう。
そして最後は横島を鍛えるため。余計なお世話といえば終わりなのだが、母の愛情らしいのでそうもいえない。

「なんかも〜〜。疲れた。」

横島はそう呟くと地面に大の字に倒れた。

「本当に御免なさいね〜。お詫びにヒーリングしてあげるから〜。ショウトラ〜。」

普段の口調に戻った冥香が苦笑しながら、影の中からショウトラを召喚する。
そしてショウトラは「ばうっ」と一回鳴くと横島の顔面を舐め始めた。

「あの〜〜……。これは……。」

「ヒーリングよ〜。」

「そうですか……。」

ショウトラに物凄い勢いで舐められ続け、横島の顔は涎でべっとりと濡れていた。
確かに肉体の痛みは治まってきたが、精神的にはダメージが蓄積されているのは、気のせいだろうか……。

「そういえば〜〜。」

冥香が何かを思い出したのか、手を叩き横島に声をかける。

ああ……。また嫌な予感がする。

「百合子が新しいお弟子さんをとったんだって〜。」

「はあ……。」

「3年後には横島君に会いに来るらしいわよ〜。」

「何故!?」

「だって〜横島君の知り合いだから〜。」

「俺の知り合い!? 誰ですか!?」

横島が掴み掛からん程の勢いで冥香に詰め寄る。
しかし彼女は、意味深な笑みを浮かべているだけで、結局何も教えてくれなかった。

「じゃあ〜。私は行くから〜。ショウトラは少しの間貸してあげる〜。」

それだけ言うと冥香は校舎の方へ歩いていった。
横島は暫く呆然とその姿を見送り……。

「天の神様仏様……。悪魔でもいいから、もうこんな災難が起きませんように……。」

腕を組み、目を瞑って世界の神や悪魔にお願いをする。

すると……。

(えっ、嫌ですよ。面白いのに。)

(そやで、頑張り。)

やたらと凄そうな存在が、脳内で見事に横島のお願いを却下した。

「もういや……。」

神どころか悪魔にまで見捨てられ、横島は思わずそう呟いた。


あとがき

まずは此処まで読んで下さった方々に感謝を、そして感想ありがとうございます。

いや〜六道母を書くのは非常に楽しいですね〜。
彼女の台詞はドンドン思いついて書いていけます。
その所為で長い会話文が多かったのが少しだけネックですが……。

それはそうとして、次回はついにタマモが人化(漢字これでいいのかな)します。
そして伏線的にシロも出て、横島の葛藤も描くシリアスの方向で書き上げたいと思っています。

書き上げれるか不安ですけど……。

後、次回の落ちはGSの原作を読んでいる人なら直ぐにわかります。

では次回も読んで頂けたら幸いです。


レス返し

Tシロー様
大人の汚さを書くのが大好きな私……。鬼道父には生贄になってもらいました。

Cynos様
将来的には冥子もまた母みたいな女傑になるでしょうね〜。そして巻き込まれるのは横島と……。

万々様。
鬼道父は原作でもあれですから、本当に救いようが無いと思います。

DOM様。
八神繋がりで百合子と六道母が出会っていても可笑しくないかなと思い。幼馴染という設定にしました。

風来人様。
政樹君には確かに幸せを掴んで欲しいですが、六道に狙われているから大変だと思います。

タマ様。
誤字の訂正ありがとうございます。しかしタマモの嫉妬が日常となっていますね〜。横島も大変だ。

鹿苑寺様
原作では不可能だった幼少時での政樹ゲットは横島がいたから成功したといって過言では無いでしょう。

HAPPYEND至上主義者様
六道母は黒いです。ええ、それはもう書いていて楽しいぐらいに!

BACK< >NEXT

△記事頭

▲記事頭


名 前
メール
レ ス
※3KBまで
感想を記入される際には、この注意事項をよく読んでから記入して下さい
疑似タグが使えます、詳しくはこちらの一覧へ
画像投稿する(チェックを入れて送信を押すと画像投稿用のフォーム付きで記事が呼び出されます、投稿にはなりませんので注意)
文字色が選べます   パスワード必須!
     
  cookieを許可(名前、メール、パスワード:30日有効)

記事機能メニュー

記事の修正・削除および続編の投稿ができます
対象記事番号(記事番号0で親記事対象になります、続編投稿の場合不要)
 パスワード
    

PCpylg}Wz O~yz Yahoo yV NTT-X Store

z[y[W NWbgJ[h COiq [ COsI COze