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「想い託す可能性へ 〜 じゅうよん 〜」

月夜 (2007-07-12 03:02/2007-07-21 03:49)
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     想い託す可能性へ 〜 じゅうよん 〜


 『ご覧下さい! 直径四キロメートル程の面積が、一面草原となっております! ここは昨夜までは森だった場所です! スタジオのカワハヤさん、見えていますでしょうか!』

 ヘリコプターの機外カメラの映像を、同乗していたリポーターがかなり興奮した様子で実況している。

 彼らが飛んでいる空域には、他に三機ほどヘリコプターが等間隔に間を開けて旋回していた。多分、新聞社や他のテレビ局のヘリと思われる。

 機外カメラが映す映像には、オカルトGメンの物と見られる車両が草原となった場所の縁に停車していて、そこからGメンの職員が数名で地面やら空気中の残留霊気を調べている様子が見られた。

 『見えていますよ。いやー、凄い光景ですね。ぽっかりと綺麗な丸い円形に切り取られた様になっていますねぇ。巨大なミステリーサークルを彷彿とさせますが、GSのコウノさん。この事態をどう見られますか?』

 『え〜、ICPO超常犯罪課。通称オカルトGメンの一部職員による非公式見解によりますと……』

 テレビからは昨夜の事件の爪跡が、朝の7時過ぎに放映しているどのニュース番組でも突如起こった超常現象として大きく取り上げられていた。

 「たくっ。たいした現場経験も無いヒョウロクダマのGSが、評論家気取りでしゃしゃり出て好き勝手言ってんじゃないわよ! それに誰!? この非公式見解を述べた職員は!!

 今回の事件が世間でどう報道されているのかを知る為に、テレビを点けて垂れ流しながら事態の収拾に指示を出していた美智恵は突然テレビに向かって口調も荒く怒鳴った。

 どうやら寝不足の上に、事態の収拾をつかせる為に溜まったストレスで軽くキレたようだ。いや、それとも更年期障害かも……

 ギロッ 「なんか言った?」

 イイエ、ナンデモアリマセン

 「ど…どうしたんですか、先生?」

 いきなりテレビに叫んだかと思ったら、今度は虚空に向かって物凄い目で睨んだ自分の先生に、恐る恐る訊く西条。

 彼も今の彼女に関わる事などしたくは無かったが、周囲の同僚や部下の『おまえの管轄だろ、行けよ』という視線に圧(お)されて仕方無く尋ねたようだ。

 誰も、今の美智恵に関りたくはないらしい。

 「なんでもないわ、西条君。ちょっと聞き捨てならないモノが聞こえた気がしただけよ。それより、今報道されている事件に関して、現場から何か続報は届いてる?」

 西条の問い掛けに未だ視線は厳しくするものの気を取り直して答え、今朝未明からテレビなどで報道されている事件の続報が届いているか尋ねる美智恵だった。

 「いえ、これといった物は何も。今日の午前三時頃に巨大な浄化の術が発動し、現地で瘴気に侵されていた土地や空間が浄化された事以外は特に目を引く報告はされていません。ただ……」

 手元の書類を見ずにすらすらと今朝方報告された事実を述べる西条だが、報告書に記載されているある一点が気になって彼にしては珍しい事に言いよどんだ。

 彼の霊感が告げるのだ。これは絶対に厄介事で、あいつが絡んでいるのだと。

 報告書に記載されていた西条が気になる一点とは、あまりの瘴気に現場に近づけなかったGSがせめてもの情報収集にと得意の遠見の術を行使した結果だった。

 その報告書には、月明かりに煌めく金と銀の髪をたなびかせる少女達が遠見の術で見えたと記されていた。

 「ただ?」

 美智恵はそんな彼を珍しいわねと思いながら、先を促した。彼女も西条が持つ報告書と同様の物を持っているのだが、西条が何に引っ掛かっているかは解っていない様だ。

 彼女にとっては事件の核心を知っているだけに、彼が持っている報告内容を別段気にしていないからだろう。

 彼女が気になるのは、今回の事件の核心部分が知られた場合、情報の拡散をどこまで抑えられるかなのだから。

 「現地に最も近くに居た嘱託GSの美山さんが行った遠見の術の結果報告ですが、浄化の術が発動した前後でかなりの神気を持った存在が複数居たようです。残念な事に、あまりにも放たれている神気が高すぎて、その姿までは遠見の術では見る事ができなかったそうですが……先生、何か知っているんじゃないですか?」

 西条は気になっていた点についてはおくびにも出さず、別の報告を告げる事で誤魔化して彼の報告を聞く美智恵の笑みに何かを感じ取って尋ねた。

 西条の報告を目元に笑みを浮かべて聞きながら、美智恵はどこまで話そうかと思案する。

 (二つの枝世界融合や神道の根幹に関るサクヤヒメの禁忌は話せないわね。となると……)

 「そうね。一応核心と言えるモノは知っているわ。でも、あの場所で何が行われたかは、当事者達が寝ているから確認が取れてはいないの。さっき電話したら、まだ起きてないからって言われて断られたから確かよ」

 美智恵が確認の為に電話した相手は、勿論サクヤヒメだ。

 彼女は、朝の儀式が終わった後は常駐の巫女達と一緒に境内の掃除をするので、この時間は社務所から普通に繋いでもらえるのである。

 余談ではあるが、サクヤヒメは神気を極限まで抑え込んでいるので、霊能力を持たない人間には普通の人間に見える。

 なので、朝に参拝する比較的若い人達の中で、巫女達と一緒に働く彼女が女神だという事に気付いている者は居なかった。(念の入ったことに、サクヤヒメが纏う衣服は常駐の巫女達と同じ物だった)

 ただ、勘の良い人達は、不思議な雰囲気を持つ巫女さんがいるなと思っているくらいである。

 そんな中、参拝をするご老人達は歳を取らない巫女が居る事を知っているので、その若者達を見て自分達も気付かずにドギマギしていたなーと感慨深げに微笑ましく笑っている。

 気付いている彼ら彼女らは、サクヤヒメと一緒に若者達に対してイタズラをしている気分なのだろう。いつ気付くかと賭けをしている者達も居るくらいで、老後の楽しみの一つにしているようだ。


 閑話休題


 美知恵の答えに西条は驚き、いくぶん声を大きくして彼女から情報を引き出そうと試みた。

 「なっ! だったら、核心部分を教えて下さいよ! 現地からは社格の高い神社の神域のように浄化された跡しか見つからなくて、今後の類似事件が起きた場合の対応方針すら立てられなくて困っているんですから!」

 「あら、そこまで情報が揃っていて、一つの方針すらも立てられないの? ちょっと貴方を甘やかしていたかしらね?」

 「こんな少ない情報でどんな方針が立てられると言うんです!(うわっ、先生のあの笑みは久しぶりに見るな。あの笑みに今までどれだけの苦労をさせられた事か……)」

 美智恵が浮かべるいたずらっ子のような笑みに、背筋を伝う冷や汗を感じながらも強く問い返す西条。

 本当はこの場から逃げ出したいのだが、彼の紳士としての矜持がそれを許さない。だけど内心では、あの笑みを浮かべた美智恵からいったいどんな難問を出されるのか戦々恐々としていた。

 「少しは落ち着きなさい、西条君。まず第一に、さっき貴方も報告を受けていたじゃない。かなりの神気を持った存在が複数居たって。他にも現場からは社格の高い神社の神域のように浄化された跡があったんでしょう? この二つの情報から、少なくとも浄化の術を行ったのが神道の神様である可能性が高くて、あれだけ深刻に瘴気に侵されていた土地を復活させてくれたと判るわ。では、ここから考えられる事は何? 西条君」

 「そこまでなら僕も辿り着いていましたよ。今後の対応も一応指示済みです。中心に御神木として祈祷した木を植えて結界の要とし、周りに植林して鎮守の森として再生する予定です。勧請する神様は、まだ決めてはいませんが……。僕が先生に訊きたいのは、あれだけ巨大な霊障を起こした存在がなぜ今になって出てきたのかと言う事です! 今後の為にも対策を取っておかないと、後手後手に回れば被害が大きくなるだけです。今動いておけば、今後の我々の活動範囲における政府側との交渉も少しは楽になるんですっ」

 美智恵のからかう様な問題の出し方にカチンときた西条は、見損なわないで下さいと言うかのように原因の根本と今後の対応指針を強い口調で答える。

 「政府との交渉も大切だけどね。今回の事件に限っていえば、交渉材料には為りえないわよ? 神道の根幹に関る事だし、本人達も公開するつもりはないでしょうから。ただ別口ではあるのだけど、妙神山の責任者から、今後世界規模で大きな霊障が起こる事が示唆されているわ。今回の事件もその一つではあるみたいだから、対処の準備をしておかなくてはならないのよね」

 西条の様子に遊びすぎたかしらと溜め息を吐きかねない様子で、美智恵は彼に説明できる部分を増やして話した。

 「今回と同じような霊障が世界規模で? ヒャクメ様から何か情報があったんですか?(これ以上の情報を先生から引き出すのは無理か……。だけど、世界規模の霊障だって? また厄介な事が起きるのか)」

 話をすり替えられたと気付いた西条ではあったが、すり替えられた話の方も無視できないくらいの情報だった為にそちらを先に訊く事にした。

 どうあっても、今回の事件の真相は話してはくれないだろうと、西条は先生の表情で覚ってしまったからだ。

 しかし同時に彼は、今回のような霊障が世界規模で起こると予言された事に内心で頭を抱えてもいた。

 今でさえ日本支部の処理能力はパンク気味なのだ。日本国内だけに留まらないとなると、本部との兼ね合いもあってあっちに丸投げしたい気分だった。 

 「いいえ、責任者と言ったでしょう? ヒャクメ様や小竜姫様よりも高位の方よ。まぁ、その場にはお二方も居たのだけどね。なんでも、“原因不明の空間の歪み”が世界各地で起こる事が判ったらしいのよ。『歪み』それ自体には人や動物などを吸い込んでしまうとかは無いのだけど、人間の悪想念に侵され易いらしくてそこから魑魅魍魎が出てくるらしいわ」

 「そんな世界規模の霊障なら、神族の方々の協力は得られないんですか?」

 美智恵の説明に西条は頭痛が増した気がした。それでも気を取り直して、せめて神族の助けでも得られないかと尋ねてみたのだが……。

 「その辺はまだ何とも言えないわね。私だって令子への依頼という形で聞いただけだから。でも、アシュタロス級の災厄でもない限り、不干渉を取るんじゃないかしら? 今は微妙な時期だから、神族は魔族を刺激はしたくないでしょうしね」

 神族にとっては微々たる現象だからねと付け加えて、美智恵は西条の質問に答える。

 彼女自身もこの事は妙神山から出発した後に気付いた事なので、現状の推測も交えて西条に答えている。それだけ横島の死亡と、それに端を発する二つの枝世界融合の話は衝撃的過ぎた。

 ただ、神魔の情勢は推測できても表の人間界の力は微々たる物なので、斉天大聖老師には助力を願うつもりではある。その為に令子が再び妙神山に行く時は、付いていくつもりの美智恵だった。

 「神族にとってはそうでしょうが……。ここで愚痴を言っても仕方がないですね。とりあえず、先生の口振りからだと今回の関係者の話は聴く事が出来そうですから、そちらはよろしくお願いします。僕は先生のおっしゃられた世界規模の霊障について、本部に各国の支部へ向けて注意を喚起するよう要請致します」

 そう言って西条は自分のデスクに戻ってキーボードを叩きだす。無精髭が伸びているが、気にしている暇がないのだろう。

 美智恵は西条の背中に向かってお願いねと言いながら、公式見解を述べる記者会見の為の草稿を考えていく。たれ流されているテレビから、根拠にもとる意見を潰す為に。

 彼女がゆっくり休めるようになるには、もう暫くの時が必要だった。


 「ところで先生。先ほど令子ちゃんの所に依頼があったとの事でしたが? 妙神山からの依頼だったら、横島君の所ではないんですか?」

 西条としては軽く疑問に思った事だった。

 ここ最近は体調が優れずにGS活動を休業していた令子が、妙神山からの依頼を請けるとは考え難かったからだ。

 それが思わぬ答えを引き出した。

 「西条君。その事は、当分の間オフレコにしておいて頂戴」

 かなり厳しい視線で、だけどどこか申し訳無さそうに美智恵は西条を見て答えるのだった。

 なぜなら、二つの枝世界が融合するまでB世界の美神令子と西条輝彦は、それなりに仲が進んでいたのだ。令子の様子から、精神的な繋がり止まりではあったようだが。

 それが、枝世界融合によって記憶の塗り替えが行われてしまい、無かった事にされてしまった彼への美智恵が持つ申し訳無さの理由だった。

 (横島君に直接頼めない事でも起こったのだろうか? 横島君でさえ難しいとなると、依頼の難易度は格段に高いはずだが? しかし今、何が起こっているんだ? 先生が僕にさえ明かさない理由とはなんだ? 横島君の周囲でまた厄介な事件でも起きたのだろうか? 最近の先生は横島君の事となると過敏に反応する傾向がある。だとすると…もしや……)

 美智恵の言葉に西条は頷くことで答えて、内心では横島の周囲で起こる厄介事に危険な予感がよぎっていた。

 その危険な事に令子が関っているとは、今の西条が持つ情報では彼の中で結び付けることは適わないようだった


 再び場面は変わり、本宮の浅間大社拝殿。


 朝の日課の締めくくりである境内の掃除を終えたサクヤヒメは、客人の様子を確かめる為に再び拝殿へゆっくりとした足取りで向かっていた。

 (先ほど美知恵殿より連絡がありましたが、起こすのも忍びなく取次ぎを断ってしまいましたけど、まだ眠っていますよね?)

 サクヤヒメは歩きながら大社全体に張られている結界に感知感覚を繋いで拝殿へと飛ばし、中の様子を確かめてみた。

 (あら? 令子殿が起きられていますね。昨夜は、彼女達の中で一番疲労が激しいご様子でしたのに。何かを感じられたのかしら?)

 拝殿内で身体を起こした状態でぼーーっとしながら辺りを見回す令子を感じたサクヤヒメは、何かあったのだろうかと疑問に思い歩く速度を速めた。

 まさか大地の慰撫の波動で起きてしまったとは、考えもつかないサクヤヒメだった。


 「ふわぁ〜〜あふ(なんだったのかしら? さっきの温かく包み込むような霊力は……? おかげで疲労の極致にあった身体がずいぶんと楽になったわ。まぁ、あまりに気持ち良くて思考がまだ蕩けてるけど……)」 

 寝ぼけ眼で目覚めたばかりの身体を起こした令子は、小さく欠伸を噛み殺しながら視線を定めず、漠然とさっき感じた霊力の事を考えた。

 (なんだか地の底から迸ってきた様に思えるんだけど? そういえば、何ヶ月か間を置いて似た様な霊力を今までにも感じた事があるような……。う〜ん、ダメね。頭が蕩けきってて考えが纏まんないわ)

 寝起きの呆けた状態ではいくら令子といえども考えが纏まらないようで、無意識に上体をフラフラさせながら心地良さに身を委ねていた。


 おキヌちゃんは半分意識を覚醒させた状態で、地底深くから迸る陽の霊力を感じていた。

 (お姉ちゃんが大地の慰撫を行ったのかな? 私も手伝った方が良かったかなー? でも、忠夫さん以外にあんな格好、見せたくはないし……。あ、でも忠夫さんに望まれたら……キャー! キャー! 私ったら、私ったらなんて事をーー!

 眠りの海にゆらゆらと身を任せながらつらつらと思考するおキヌちゃんは、思考の途中でサクヤヒメが地の底で神楽を踊っている姿を思い浮かべて赤面して身悶え、そこから忠夫に求められたらと妄想を膨らませてより激しく身悶えた。

 (それにしても、いつもの大地の慰撫では考えられないほどの大きな霊力を感じるけど、何かあったのかなー?)

 ひとしきり身悶えた後、おキヌちゃんは先ほど感じた陽の霊力がいつもとは比較にならないほどの大きさだった事に疑問を感じた。

 (んー嫌な感じはしないし、まぁいっかな。お姉ちゃんから感じる感情も何だか楽しそうだし……。これだけ大きな陽の霊力だったら、シロちゃんやタマモちゃんの回復も早まると思うし…って、あれ? 令子さんが起きた?)

 サクヤヒメから感じる楽しげな感情に心配する事は無さそうと判断し、シロやタマモの回復が早くなるだろうと考えが及んだ所で令子が身体を起こすのを感じたおキヌちゃんは、そちらに顔を向けた。

 おキヌちゃんが顔を向けたその先には、気持ち良さそうな表情を浮かべた令子がゆらゆらと身体を揺らしているのが見えた。

 (声……掛けてみても大丈夫かな?)

 半分寝ていた思考を覚醒させて、おキヌちゃんは考える。

 そこへ、拝殿の結界を解いてサクヤヒメが入ってきた。結界を解かれた拝殿内に、朝の清涼な空気が入ってきて室内の空気の澱みが祓われていった。

 「うぅ…寒いでござる。もう、朝でござるか? ……血が足りなくて身体がだるいでござるぅ

 「ん…ぃゃ……そこ……な…ちゃ…………はっ! え? あれ? ここは……? 横島さんは? あれ?」

 ひんやりとした空気に刺激されたのか、シロと小竜姫がもぞもぞと寝床で動きだした。それから間もなく、シロはだるそうにしながらもむっくりと起き上がったのだが……。

 小竜姫は身悶えながらいきなり飛び起きて辺りを見まわしている所をみると、珍しく寝惚けている様だった。

 寝惚けたまま正常に頭が働いていないらしく、彼女は顔を赤くしながら横島の名を呟いている。飛び起きる前の寝言からどんな夢を見ていたのか、激しく気になるところだ。

 普段の彼女達では考えられない程の朝寝坊ではあったが、それだけ昨夜の戦闘は霊力・体力ともに激しく消耗するものだったのだろう。戦いの場で唯一の人間だった令子の消耗たるや、推して知るべしである。

 ちなみにおキヌちゃんも例に漏れず消耗していたのだが、浅間大社はサクヤヒメのお膝元であり、分御霊の彼女にとっては急速に回復できる場所なので一番回復が早かったりした。


 「あらら、起こしてしまいましたか(これは浮かれ過ぎていましたね)。おはようございます、皆さん。巫女達と同じ朝食で良ければご一緒しませんか?」

 自分が拝殿の結界を解いた事で彼女達を起こしてしまったと考えたサクヤヒメは配慮が足りなかったと思ったが、起きてきた者達にそれほど体調不良が見られない事から気をとりなして食事に誘ってみた。

 おキヌちゃんと令子、シロと小竜姫は起きてきたが、ヒャクメは寝床から落ちていてそれでも眠っていた。さすがに寒いのか、シーツに包まってはいるようだ。

 女華姫は、意外にも目を覚ましてはいなかった。久しぶりに再会した妹の社で安心しているのかもしれない。

 タマモは……驚いたことに狐形態に戻って寝床でくーくーと寝息を立て、シーツに包まって寝ていた。人形を維持するのも億劫なほど、彼女は消耗していたのだろう。一瞬とはいえ、神仙の域まで己を高めたせいでもあるようだ。

 「おはよございます、お姉ちゃん。例の儀式、やったの?」

 令子に話しかけようとしたおキヌちゃんだったが、サクヤヒメが先に挨拶をしてきたので笑顔で答えて、疑問に思った大地の慰撫について聞いてみた。

 「ええ、行いましたよ。ちょっと張り切り過ぎちゃいましたけどね」

 おキヌちゃんの質問に小さく舌を出して、楽しそうにサクヤヒメは答えた。

 「おはようございます、サクヤ様。何か楽しい事でもございましたか?」

 小竜姫は朝の挨拶をしながらサクヤヒメの様子がかなり明るいことにつられて、自身も軽く笑みを浮かべながら聞いてみた。

 「楽しい事…なのでしょうか? 四百年来の憂い事が晴れたので、自然と嬉しさが表に出てくるようです」

 にこやかに笑みを浮かべて小竜姫の質問に答えるサクヤヒメ。

 (姉さまとヒャクメ殿にタマモ殿が起きていませんね。話を聴くところによると昨夜はご活躍でしたようですし、神楽陣を通さない陽の霊力は、意味付けをしない限り神・魔族にはあまり影響は無いですから仕方ないのかも知れませんね。タマモ殿は単純に霊力が足りてないご様子。陽の霊力で少しでも回復なされると良いのですが)

 サクヤヒメは周りを見渡して女華姫とヒャクメにタマモが起きていないのを確認すると、軽く小首を傾げて納得した。

 「えっと……サクヤ様? この何というか包み込まれているような温かい霊力の波動は、貴女が何かを行った結果なの? そのおかげなのか、疲労の極致だった体力と霊力がかなり回復したのを感じるのよ。(でも、全快には届いていない……。なんだか霊力キャパが増えた気がする)」

 令子はボーっと呆けて小竜姫やおキヌちゃんがサクヤヒメと会話をしているのを見ていたが、サクヤヒメがおキヌちゃんの質問に答えたのを聞いて、疑問に思った事を尋ねた。

 「おはようございます、令子殿。地に満ちる力よ 活力となりて彼の者を満たし給え ええ、貴女の霊力や体力が回復したのは、私が今朝がた行った神楽の影響と思いますよ。人の心身には主に癒しの効果がありますから(副次的には性的快感が得られますけど)。河川や土地に関しては、自浄作用を活性化させる効果がありますね」

 サクヤヒメは令子の方へと歩み寄ると、彼女の頭頂部に右手を添えて小さく祝詞を唱え、癒しの術を掛けながら質問に答えた。

 「そう……(あったかい。おキヌちゃんにヒーリングして貰った時と同じだわ)」

 頭頂部から広がる暖かい波動に身を委ねながら、令子は一言だけそう言って癒しの術が終わるまで身を任せた。

 「令子殿、体調はどうですか? 今の癒しの術でほぼ全快近くまで回復されたと思うのですけど」

 サクヤヒメは想定していた以上に癒しの術を令子に掛ける事になったので、ちゃんと回復したか不安になって聞いてみた。

 「ええ、さっきまでは少しダルかったけど、今はそのダルさも意識を向ければ感じる程度になったわ。ありがとう。でも、不思議なのよね。なんだか霊力キャパが昨日より増えたみたいなのよ」

 サクヤヒメの質問に令子は感謝しながらも、自分の身に起こった事が理解できずに首を傾げる。


   ドタッ


 突然、何か重い物が板張りの床に落ちた様な音が拝殿に響いた。

 令子とサクヤヒメ、おキヌちゃんが音のした方を見ると、そこにはうつ伏せで床に伸びているヒャクメが居た。

 「あ…あの、小竜姫さま? 何をなさっているんです?」

 固まっていた一人と二柱の内、おキヌちゃんが先に正気に返って、シーツを引っ張りあげた状態の小竜姫に恐る恐る尋ねた。

 おキヌちゃんが直ぐに動けたのは、突発的な非常識に慣れてしまった結果なのかもしれない。むしろ令子がすぐに正気に返らなかったのは、令子とおキヌちゃんが持つ優しさの質の違いなのだろう。

 サクヤヒメは口元に手を当てて固まっていた。どうも、こういった突発的な事態に慣れていないようである。

 「何って、寝坊したヒャクメを起こしているんですよ。いくら揺り動かして声を掛けても起きないので、掛け布団を剥いだのですが……それでも寝ていますね。困ったものです」

 ヒャクメが転がっている様を見て、心底呆れたように答える小竜姫。

 シーツを剥ぎ取られたヒャクメは床に半分うつ伏せになって寝ていたが、見方によっては死体に見えるかもしれない寝方をしていた。

 小竜姫の答えを聞いて、普段のヒャクメがいかにズボラなのか分かるような彼女のやり方だが、今回に限っては少々酷いのではないかとおキヌちゃんは冷や汗をかきながら思う。

 「小竜姫殿? ヒャクメ殿は昨夜の戦いでお疲れなのではないですか? 姉さまもまだ眠っていますし、その扱いは少々酷(こく)と思いますが……」

 サクヤヒメもおキヌちゃんと同じ事を思ったのだろう。おキヌちゃんが言えない事を言う。

 「ああ、確かにそうですね。いつもの感じで起こしていました。どうりで起きてこないわけですね。じゃぁ、彼女はほっぽっておきましょう」

 小竜姫はサクヤヒメの言葉にポムと手を叩いて納得して、まだ寝ているヒャクメを床から抱えて寝床へと移した。

 いくら、ヒャクメへの扱いが雑になっていようと、やはりそこは親友なのだろう。寝床へと寝かせたヒャクメにシーツを掛けなおした小竜姫は、ばつが悪そうにしていた。

 「皆さん、朝食は摂られるのですね?」

 サクヤヒメが気を取り直して再び彼女達を見渡して、食事を摂るか訊いた。

 「ああ、すみません。お願いします」

 「そうね。軽くお腹に入れておいて、後のことに備えなくちゃね」

 「拙者、に…ムガモガー!

 上から順に小竜姫・令子と続き、シロが要望を言おうとするとおキヌちゃんが彼女の口を後ろからふさいでしまった。多分、肉が良いでござるとでも言うつもりだったのだろう。

 おキヌちゃんが突然シロの口をふさいだのを見て、サクヤヒメは驚いた様にまたも右手を口元に当てていた。彼女が驚いた時の癖なのかもしれない。

 「あはは、お姉ちゃん。気にしないで。私とシロちゃんも食べます」

 「ひど…モガー! おキヌ…ムガー!? 横暴ー!!」

 「そ…そう? では、こちらへ。常駐の巫女達が煮炊きをする飯場がありますので、そこでお食事を摂って下さい」

 おキヌちゃんとシロの様子に少し引きながらも、サクヤヒメは彼女達を食事ができる所へと案内した。

 あとには未だ眠り続けるタマモとヒャクメ、女華姫が残された。


 忠夫が戻ってくるまであと四時間を切った。令子達はそれぞれの役目を果たす前に、腹ごしらえをすることにしたようだ。ただ気になるのは、女華姫とヒャクメとタマモが眠り続けているという事。単なる疲労であるならば良いのだが……。


                  続く


  こんばんわ、皆さん。月夜です。想い託す可能性へ 〜 じゅうよん 〜 をここに投稿です。前回のお話は今回のお話と全後編でお届けしておけば良かったかなと反省しています。あと、微妙に小竜姫さまが壊れてきてます。ご容赦下さい。
 誤字・脱字・表現がおかしな所があればご指摘下さい。

 では、レス返しです。レス戴きありがとうございます。

 〜読石さま〜
 毎回のレスありがとうございます。今回のお話がご期待に副えるものであれば幸いです。
>エロスよりシュールに感じました
 うーん、もっとエロ描写があった方が良かったでしょうか。あまり露骨な表現を入れると、皆様の想像を妨げると思いましたけど……。
>変な笑みが出てしまいました
 ニマニマと笑ってやって下さい。でも、もうちょっと痛快な笑いに持って行きたかったとも思ってます。
>気にせず書きやすい様に
 そう言っていただけると助かります。小説書いていると、自分の中に幾人もの人が居て、小説を書いている様に感じる時があって時々こういう不安が出てきます(汗

 〜アミーゴさま〜
 毎回のレスをありがとうございます。今回のお話がご期待に副えたものであれば幸いです。
>出産自体は喜ばしいこと
 サクヤヒメのご利益は安産祈願がデフォルトなので、元気の良い赤ちゃんが生まれた事でしょう
>もっとやれ!ってなもんですよ
 片鱗が見え隠れしてきてます。多分、後2話くらいで突入かも(爆
>SLAM D○NK
 ああ、なるほど! リアルタイムで読んでましたっ(ニヤリ 歳がバレますね(苦笑)


 タイプ打ちが進んでなんとか月末を待たずに投稿が出来ました。いつもこうなら嬉しいのに。なるべく次回も早く投稿できるように精進致します。
 では、次回投稿まで失礼します

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